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HTML化した人:lain.
結標「天使を拾ったわ。悪魔みたいな天使だけど」
1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/11(月) 15:45:01.98 ID:sGg1NbJIO
一方さんが天使で結標が拾って一緒に住むパラレル。

・基本やっぱりマイペース

・あわきんショタコン健在

・二年くらい経つと一方さんが成長してあわきんと同じくらいになります

・二人で暮らしてほのぼのしたり、後半甘くなったり

こんな感じでよければどうぞ。

簡単な紹介
結標淡希
霧ヶ丘女学院に在学中。だが学校は行っているようで行っていないようなもので、早退することが多い。
能力の高さと本人の性格からしてあまり人と接することは好まない。ただし数少ない友人はいる。
でもショタコン。やっぱり座標移動。
一方さんを拾ってからは料理本を買い占め中。天使を手なずけたいけど噛まれることがしばしば。

一方通行
突然落ちてきた天使。結標に拾われて一緒に暮らし始める。二年くらい経つと結標と同じくらいの年齢まで成長する。
本人いわく天使は一定の年齢まで急速に成長し、あとはあまり変わらないらしい。
ちなみにこの世界に来た理由は秘密。好物はハンバーグ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1339397101(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/11(月) 15:47:37.15 ID:0ipPrECq0
 
  「天使を拾ったのかと思ったのよ。でも、まるで悪魔みたいね」










 どんなに手を伸ばしたところで、届かない空が嫌いだった。

 好きなところに行ける、どこへだって行けると希望を持っていた子供の時は我ながら純粋無垢で。

 あの空にだけは届かなかった。




 1、翼の折れた天使








  「・・・・・・・これ、生きてるのかしら」

 コンクリートの道端に転がっているのは、一人の少年だった。真っ白な外見は人間的な容姿から離れ、まだ幼さが取れない顔つきがとても愛らしい。
 色素の抜けた髪が太陽の光の粒を受けて流れていき長い睫が呻きながらぱちぱちと瞬きをしていた。小さな唇からは健やかな寝息が聞こえ、まるで
 子供が母親の胸の中で昼寝をしているようでとても平和的な光景だった。
 住宅街のコンクリートの、しかも真昼間でなけばの話だ。
  (・・・・・学校、早退するんじゃなかったわ。まさか家出でもしてきたのかしら)
  (・・・・・本当に、真っ白な外見してるわ。まるで)
 人間じゃないみたい、かといって触れるのも躊躇われる怖ささえなくむしろ触れたらどんな感触がするのだろうか。
 指先をさらりと少年の髪の毛に絡ませ、すいて息を飲んだ。そしてぴくんと目元が動いた後ゆっくりと睫に隠された瞳が重なった。
 雪のように白さを保った容貌には似つかわしくない赤い瞳。
 鋭さを秘めて貫かれる強さを持った丸い瞳がじっと結標を見つめていた。そうして手を引っ込めようとする前に、乱暴にふり払われた。
 膝を突いていた状態で思わず尻をついてしまいかける言葉すらわからないまま起き上がった少年は、やはり似つかわしくなく吐き捨てた。

  「勝手に触ンじゃねェ、ショタコン」

 年齢不相応な暴言に沸々と怒りが込み上げるも、幼い少年に大人げなく切れるのもいかがなものか。
 
  「そ、そうねごめんなさい。ところで僕こんなところでどうしたの?迷子?」
  「・・・・・うるせェンですけど」
  「・・・・・・ごめんなさい」


3 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/11(月) 15:49:56.52 ID:sGg1NbJIO
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/11(月) 15:50:34.67 ID:0ipPrECq0

  (可愛くないわ・・・・私が今まで出会ったショタ・・・じゃなくて子供たちの中で一番可愛げがないわ)
  そんな自分を無視して辺りを見回す少年。ここはアパートやマンションが立ち並び、公園も近接する住宅街だ。同じような四角形の建物としかわから
 なくて、住所さえわからないのだろうか。
  やがて、一言消え入る声が響いた。

  「・・・・・空が、すげェ遠いンだなこの世界は」

 当たり前のこと。
 誰だって空は飛べないし、手を伸ばしたところで遥か彼方だ。
 当たり前の夢物語を、少年は不思議そうに眺めていた。
 
  「空、飛びたいの?お生憎鳥みたいに羽でもないと無理よ。私も無理だもの」
  「だからよォ、うるせェっつてンだよ」
  「・・・・ババアじゃなくって、せめて淡希って呼んでくれないかしら。ならせめてあわきんでも」
  「黙れ、ババア」

  (・・・・・ババア、ババアって言ったわね)
 背中を向けて現役女子高生に年増扱いをされ、大人の余裕をそこらへんにぶん投げた。
 まずは口の聞き方がなってない、子憎たらしいガキにお説教&拳骨でもしてやらないと。
 隙だらけの背中の裾を掴むと、途端に少年があからさまに動揺した。

  「・・・・・・・・っ、このバカ・・・・っ」

 一瞬の出来事で、何かが視界を埋め尽くした。反射的に目を瞑って時間をかけて目を開けていった。
 何て事のない空、のはずだった。明るい空色に彩られた代わり映えのしない景色のはずで綺麗とも思えなかったのに。
 太陽の光を受けて、あの少年と同じ色をしたそれは時間をかけて今も目の前で舞っている。
 ひらひらと一つ一つがこの少年の一部であるかのように、綺麗だなんて言葉一つで表しきれないまま少年は振り向いた。








 生えているのは、この世界で言われる天使の羽そのもので彼の周りに散り待っていくのはそれで花が花弁を散らしているのと似ていた。







  (・・・・羽?え、何どういうこと)
 生きてることを示してわずかに動いたり、風になびく羽は昔見た物語の天使をこの場に呼び寄せたみたいで。
 少年は、がしがし頭をかいて大人らしいため息をついた。
 すると、つまりは人間らしさがない要望をした少年は本当に人間ではなくて天使だった。
 天使が舞い降りてきた神話をふと思い出して今自分は夢を見ているのではないかと錯覚した。
 
  「・・・・・・どォしてくれンだ。不用意に背中触りやがって。あとよ、見せモンじゃねェから見ンな」

 あっという間にしまわれた翼と、舞っていた羽が一瞬で視界から消えた。残っているのは目つきの悪さが目立つ少年と、間抜けに地面に座り込んでいる結標だけだった。
 少年は力が抜けて動けずにいる結標の胸倉を乱暴に掴んで、さっきの天使らしさからかけ離れた目つきと言動をした。
 
  「消えろ」

 命令口調を言い返したくなるも、体は自然と動いて言葉のままに元の帰路に戻った。
 もしかしたら、家に帰ったら忘れているかもしれない。
 そう思いながらもう一度光の中の天使を思い描いた。





5 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/11(月) 15:52:33.69 ID:sGg1NbJIO
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/11(月) 15:53:53.05 ID:0ipPrECq0


  「・・・・・世の中不思議なこともあるものね」

 きっと誰かに話したところで笑い話にされる。話題のネタにすらならないかもしれないが。
  (・・・・・あ、でも)
  (そんな相手もいないのよね私)
 学校でも常にクラスメイトと疎遠状態で、というよりは自分から壁を作って人間関係の煩わしさから逃れていたのだった。
 おかげで得たのは静かな時間と平和な日常で、授業中も教師の単調な論語を聞くよりも窓越しの空を眺めている方がよか
った。
 こんな非現実な出来事もただの思い出としてしまわれるのももったいない気がした。
 だが、少年は消えろと言ったのだ。
 そこまで考えてぴたりと結標は足を止めた。
 そうえいばと最初の疑問に行き当たった。どうしてあの少年はあんなところで倒れていたんだろう。家出、ではないだろう
 し迷子でもなさそうなのは表情が語っていた。
 まさかという予想ほどよく当たってしまうのを自分はよく知っている。
 子供らしく、頼ればいいのにわざわざ消えろだなんて言ったのはきっとそういうことなのだとしたら?
 思い当った一つの結論。決して当たって欲しくない想像がリアルに形を成していって順調だった足取りがぎこちなくなって
また止まってしまった。
 たとえここで戻ってきたとしてもしけろりとした表情で、バカにされてしまったらそれこそ自分は間抜けでバカな印象を持
たれるだろう。
 そうだ平気そうな顔を見られたら、今度こそ何も言わずに帰ってしまおう。
 勢いよく踏み出して、駆け出した。
 
  「あぁ、もう・・・・・ホントほっとけないわね!」

 子供限定で発揮されるお節介が今回ばかりは悪い方向に働いてしまった。
 元来た道を戻ってみると、案の定力なく地面で息を切らして倒れていた少年がいて苦痛で目を向けるだけが精一杯だった。
 鞄を投げ捨てて質素なシャツを捲ると、乱暴に巻かれていた包帯から滲んだ血から見える傷口が覗いていた。
 
  「全く、子供なら子供らしく痛いって言いなさいよ・・・・こんな傷どこで・・・!」
  「・・・・・消えろ、つったろ・・・・ばかか・・・ンのババアが」
  「ババアじゃないわ、結標淡希よ。家まで飛ぶわよ、・・・・本当に可愛くないわね、あなた」

 飛ぶという言葉に反応した少年に皮肉交じりで笑った。
  
  「飛ぶって言っても、空を飛べはしないけれどね」


7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2012/06/11(月) 18:57:10.08 ID:Dl6/4/Yc0
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/11(月) 19:10:07.97 ID:5BYAw2d00

おもしろそう!一方通行マジ天使
9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2012/06/11(月) 21:06:40.09 ID:hs1c70IC0
乙!
期待
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/11(月) 23:32:51.59 ID:d3ImO71n0


  「・・・・・本当に拾ってしまったわ」

 一人で住むには広いマンションのリビングまで座標移動をし、シングルベッドに横たわらせた後急いで新しい包帯とその他の救急用の道具で自分の知識と経験で応急処置を済ませた。ただあくまでも応急処置。医者が行うような適切なものではないし病院で本格的な治療が必要な傷の深さだった。少年はひとまず眠れるくらいには落ち着いたのか、目は閉じられたまま時折シーツの上で身じろいでいた。
 起きたら何か食べれるだろうか、軽食くらいは作って用意してあげた方がいいかもしれない。出来れば口当たりがよくて消化しやすいものがいいだろう。
 病院食と言えばお粥辺りが妥当かもしれない。最近は手料理など全くしておらず冷凍食品やコンビニ弁当で済ませる不摂生な生活をしていたが、幼い子供には温かい手料理が一番。それくらいは結標にもわかっていた。
 部屋を離れようと立ち上がるところで、自分の袖口が掴まれた。意識はないはずなのに縋るような、でも振り払おうと思えばいつでも出来る力だった。


 そうだ。彼は、少年は天使だった。翼があった。羽がひらひら舞って。

 だとしたらこの少年はいくらでも空を自由に飛べるのだろうか。翼が躍動して動いていたのだからこの地上から飛び立てるのだろう。

 幼いころこの能力で空すら飛べるんじゃないかと夢見ていた記憶がまたリフレインしてきた。
 
 あの頃、自分は空を飛びたかったのだ。
















 卵の塩粥を作って自室に運んで来てみると、少年は起きていたが胸元を抑えつけて呻いていた。
 そして部屋の中には昼間見た翼の欠片である羽がいくつも仄かな煌めきを放ちながら落ちていた。背中には少年を守るように展開された翼が呻き声に反応して弱々しく包んでいた。床に触れるとすぐに淡い光と共に消失してしまい何度も繰り返している状況だった。
 静かな部屋の中、不規則に息を吐いて声を押し込めていた。あれだけの傷の具合ならのたうち回ったっておかしくないし、下手をすれば処置した傷が開いてしまうこともわかって堪えているのだろうか。シャツにはまだ点々と血が滲んでいた。
 慌てて駆け寄ると、焦点が合っていない瞳と目が合った。

  「・・・・・苦しいの?もう、病院に行った方がいいわ・・・・こんな傷じゃ本当にあなた」
  「ちげェよ・・・・体が、馴染ンでねェだけだ・・この傷だってしかたねェモンだ」
  「だって、」
  
 このまま放っておいたら、本当に死んでしまう。大丈夫だとか強がりを言われたところで、今の少年には生気がほとんど感じられなかった。
 その灯でさえ今薄らいで揺らいでは消えかかかっているではないか。
 
  「オマエらとは・・・体のつくりからしてちげェ。だから、こンなン・・・・明日になりゃ治ってンだよ」
  「でも、苦しそうじゃない・・・・それはどうにもならないの?」
  「・・・・・何で、そこでオマエがンな顔してンだよ・・・・・しかも・・・消えろつったのに勝手に拾ってきやがって」

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/11(月) 23:33:17.99 ID:sGg1NbJIO
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/11(月) 23:34:30.20 ID:d3ImO71n0
 口調が和らいできたのは本人が言う自己治癒能力が働いてきたからなのか、悪態が戻ってきている。
 ただの瞬間移動しか能のない自分に出来ることはもう彼の痛みを少しでも緩和する為に話し相手になってやることかもしれない。
 そっと、触れた手がわずかに震えて汗ばんでいてもし苦しいと一言口にしたら楽になれるのにそれすらしない。
 子供のクセに、ちっとも子供らしくないのが今では冗談で笑えすらしなかった。
 ぎゅっと、手を握ってそばに寄ると大人しくなったのか翼が開いて結標も一緒に包んで温もりを共有した。
 
  「・・・・・ねえ、その翼で空って飛べたりするのかしら?」

 気になっていたことを聞いてみる。
 無視されてもおかしくなかったが、意外にも答えは返ってきた。

  「・・・・だったら、ンだよ。空飛ぶのなンざ・・・・大したことじゃねェだろ」
  「でも、私憧れてたわ。子供の頃から、私はどこへでも飛べる能力があったのよ。好きなところにいつでも行ける。幼い私にはその力で
  空も飛べるんだ、って信じてた」

 信じていた、はずだった。

  「・・・・実際は、そんなこと出来るはずもなくて。空だけは届かなかった。当たり前よね、たかだか瞬間移動が出来るだけで私には翼も
  何もない。飛べるなんて子供が見るリアリティの欠片もない夢だったのよ。よくあるじゃない。テレビで見た主人公みたいに魔法が自分に
  もいつか使えるんじゃないかって夢と希望を持つ・・・・私にもそういう時期があったのよ」

 時が過ぎるにつれて、年齢を重ねていくにつれてそれを悟った。そして、バカらしいことを考えていたんだなと笑ってしまった。
 大人に近づいていくと余計な余裕が出来てしまうから諦めるのだって簡単に出来る。
 皮肉にも、それを簡単に実現してしまう存在はここにいるのだが。
 苦く笑って、両手で小さな指先を絡めて煌めく翼を優しく見つめた。

  「だから、綺麗だとは思ったけど、羨ましかったの」

 バカみたいでしょ。
 笑って欲しくて話したのに、少年はちっとも笑ってくれなかった。相変わらずの仏頂面だった。片手を時間をかけて動かして、翼に触れていた。
 
  「・・・・・今は、俺も飛べねェよ」

 オマエと同じだ。
 唇を小さく動かして言ったセリフと共に目を向けると、翼の一部が完全に開ききっていなかった。変な方向に折れ曲がってしまっていてそこだけがぎこちなく動いてしまっている。
 力を込めて無理に動かそうと努力しているようだが、ちょっとはためいているだけで変わっていなかった。
  (・・・・もしかして)
 結標はちょうど手が届くところにあった翼に指先だけで感触を確かめてみた。

  「折れているの?ここ・・・・」
  「・・・・・あァ」
  「・・・・治るの?その傷みたいに」
  「時間は、・・・かかるかもしンねェけど」

 目を背けて、ぽつりと呟いた。

  「じゃあ、私にもいつか見せて欲しいわ。飛ぶところ」
  「・・・・もォ、疲れた。寝る」

 ごろんとベッドに寝転がった少年は、言葉もないまま眠りについた。
 結標の手を放さないまま、自分は天使と初めての夜を過ごした。





13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/11(月) 23:52:28.27 ID:sGg1NbJIO
今日の投下はここまでです。
見てくださった方ありがとうございました。
雰囲気はこんな感じですがこの後はもう少しほのぼのした話がメインになったりするのが予定です。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/12(火) 00:58:10.68 ID:OQ2+vO8H0
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/13(水) 20:07:13.44 ID:qxt85GSIO
こんばんわ〜
それでは今日の分投下です。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/13(水) 20:09:11.58 ID:W4BTkL2o0
 


 2、真昼の月





 目を覚ましたら、誰かに抱きしめられていた。
 目線だけを変えると身じろぎしながら添えられるだけの腕が小さな少年の体を引き寄せ、気の抜けた顔を晒している。ぱちぱちと動く睫毛を見つめながら、そしてふわりとした質感の伸びた前髪が頬をくすぐって少しだけ身を引いて向かい合った。温かいベッドの上、隣で眠っている少女、淡い電球、ストライプ模様のカーテンから引き込まれていく太陽が顔を出していた。少年はぱちぱちと丸く大きめの瞳を瞬きさせて、ようやく昨日の出来事を思い出せるまでの余裕が出来始めていた。余計なお節介に巻き込まれて一日で皮膚も無傷で塞ぐ傷口に必要のない包帯を不器用に巻きつけて、しょっぱそうなしかも卵の殻入りの卵の塩粥を持ってきて、しまいには隣で添い寝をするという呑気な少女だった。
 緋色の髪を二つに束ねた髪は無造作に乱れ格好は制服のまま第一ボタンだけ外されていて、そのすべらかな手は自分の手を包んでいる。
 そうして周りをはためかせて、消失と出現を繰り返す羽が散っていて少年は広げていた純白の両翼を小さくして、可愛らしい子供の翼へと形を変えた。
 絡まっていた手から体をすり抜け、少年は自分の手を開いたり閉じたりしていた。
 それは自分の感覚が取り戻せているかの確認、ではなくやっと今まで欲しかったものを手に入れたという確認だった。
 翼があるから、自由ではない。
 見下ろして平気な顔で悲劇も幸せも見下ろす空は、とても嫌いだった。
 だから少年は自ら翼をへし折って空の遠い世界に降り立った、見る景色は変わらない。でも、遠くなった。
 手に届かなくなった。
 今の自分は、好きなところにいつでも飛んで行ける翼を手に入れた。
 
  「・・・・・こいつは、どォするか」

 彼女は自分が天使であると真っ先に悟り、家に連れ込み、綺麗で羨ましいと、その時だけへにゃりと緩んだ顔で笑った。
 空を飛べるのがそんなにいいのか。
 空を近くで見るのが、そんなに素敵なのか。
 この空は、こんなにも綺麗だというのか。
 世界はいつでも不平等にいらないものを押しつけて、なお生きろと言うのに。他人事のように。

  「・・・・あ、・・起きてたのね。やだ、私ったら寝ちゃってたんだ」

 目元を擦りながら、重そうに体を起こした結標が今度はそばにあった少年の頬をぺたぺた触ってくる。

  「よかった、ちゃんといて。夢じゃなかったのね」
  「・・・・・・一晩中人をだきまくらにしてたヤツの言うセリフじゃねェ」
  「翼、ちっちゃくなってるわね」
  「・・・・こォしてンのが楽だからだよ。俺はおとなじゃねェから、翼はちゃンとしまえねェンだよ」

 しまえないこともないが、未熟な成長の体では翼は最小限の形でしかとどめておけない。
 小さく、ぱた、ぱたっと童話に出てくるのは恐らくこっちのイメージの方が強いだろう。
 感心したように瞳をキラキラ、などとした効果音が似合いそうな表情で身を乗り出して顔を近づけた。

  「おはよう、天使さん」

 少年が無言で固まっていると、結標と名乗った少女はにこにこしている。

  「ところで、天使さんは朝は目玉焼きに味噌汁、ご飯は大丈夫かしら?」
  「・・・・・・・・え」

 初めて、少年は反応に戸惑っていた。
 目を泳がせて今言うべき答えを探して、ぶつかって、でも口を開こうと唇を懸命に動かそうとしていた。

  「・・・・・・・たべ、る・・?」
  「ええ、だってお腹好いてるんでしょ?」
  「・・・・よく、わかンねェ。でも、めだまやきって・・・・食べれるモンなのか?」
  「卵をフライパンに乗せるとすぐ出来る、料理初心者お気に入りの手料理よ」






17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/13(水) 21:08:01.60 ID:qxt85GSIO
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/13(水) 21:12:42.13 ID:W4BTkL2o0

 聞き慣れない単語ばかり並べられて、どうやらそれは食べられるものらしかった。
 結標は軽く首を傾げて様子をうかがって、頭を撫でてきた。
 こんなにも優しく、温かく触れてくる存在の手を握り返し方を知らない。それこそ何も知らない幼子が覚えたての言葉を発音する、手探りな状態だった。

  「・・・・・もしかして、天使という可愛い生き物はお腹は空かないのかしら?」

 天使、というものは空腹は知らない。何かを摂取しなくともその世界を満たす空気で呼吸をする行為だけで生きることそのものを実現してくれる。
 中には物好きな天使もいて、人間の世界の食べ物に手を出しているのを見かけたことはある。
 生きる、というのはただ何もせずに眠っているだけでもそれを成立させてくれる。人間は食事をしなければ餓死をしてしまい、天使にはそれがないのだから体の作りさらにその先を辿れば始まりそのものがかけ離れてしまい、生き方そのものを変えてしまった。
 食べられないこともないが、食事は自分にとっては意味を持たない。
 ただ素直に言ってしまったら、彼女の好意を押し返すことにもなるし優しさを惜しまない結標に冷たく言い放つのは無理だった。
 
  「でも、食べれないことはないのよね?」
  「・・・・ン、まァ、できっけど」
  「なら、一緒に食べましょう。今着替えも用意するわ。その服血がついてるし、あとで洗濯しておくわね」

 万歳をさせられて上着を手に持って結標は口ずさむように手を振っていなくなった。
 もう、どうせなら今すぐそこのベランダから飛んで逃げて行ってしまえる。
 開けた視界は魅力的であったが、それよりもさっきの「めだまやき」というものの方に少年は惹かれた。
  (・・・・めだまを、焼いた料理はそンなにおいしいのか?)
 







  「・・・・・目玉焼きぐらいなら出来るわよね。何せ卵を割ってフライパンに乗せるなんて、子供でも出来るわ」

 自身を落ち着かせる為に自己暗示をしながら、じりじり台所に近づいて片手に握り潰さんばかりの卵と戦っていた。
 掛け時計の規則的に秒数を知らせる時刻は、もう昼前になっていて今頃は学校にいた頃だ。元より今日は行く気もなかったし、学校から連絡を受けたこともない。つまりは前例があるので学校側は放置していることになる。優秀な生徒には多少の融通は許されるし使える時に使っておくべきだ。そしてそういった行いが周りから反感を買うことも重々承知している。
 それに今の自分には学校で決まった時間に決まった言葉を吐き出す教師と、愛想と嫌悪まみれな生徒たちと肩を並べるくらいならあの少年と時間を忘れて特別という響きを持つ一日を過ごす方がよほど有意義ではないか?
 だから、まずは美味しい目玉焼き、味噌汁、ご飯を振る舞いたい。
 空腹がなくとも食べられるようだし、味覚もあるならせめて「おいしい」という一言をもらいたい。
 ところが一人暮らしが長いせいかまともな手料理はテレビ越しで見て、素っ気なくチャンネルを変えた記憶しかない。
 加えて結標はかなりの不器用で、針の糸通しもまともに出来ないという意外な弱点があった。

  「あら、卵が割れてしまったわ」

 床に無残に音を立てて、潰れてしまった卵を片付ける。

  「今度は殻が混じってるわ」

 白い破片と混ぜこぜになってしまい、やり直し。

  「・・・・・・目玉焼きにならないわ」

 綺麗な黄身がフライパンの上で波上に広がって、目玉焼きになってくれない。

  「・・・・・・すす、スクランブルエッグにでもしようかしら。そうね、あの子にはこれが目玉焼きなのよって言っておけば問題ないわ!同じ卵料理だもの大丈夫よ」

 かといっていたいけな子供に嘘を教えるのはいたたまれない。
 でも結標にとって目玉焼き、という料理ですら困難極まりなかった。そこで悪知恵が脳内を悶々と埋め尽くして嘘をつく、という考えに誘導していく。
 頭を抱えているとリビングからひょっこり顔を出して、テーブルに行儀よく座った。いかんせん目が好奇心と期待でいっぱいで結標を追い詰めるのは十分の無垢な瞳と、手にお膝をする愛でて撫でまわしたいくらいの可愛さが思いとどまらせた。

  「・・・めだまやきィ」

  (・・・・・・・・・無理だわ)
 だってあの子可愛すぎる。死ぬ、もうダメ。
 もう一度奮い立った結標だったが、運悪くインターホンが邪魔をした。

  「・・・・・誰かしら。というか、私に会いに来る物珍しい人間なんていたのね」
  
 玄関先で声をかけようと口を開きかけたところで、一旦思い悩んだ。
 恐らく、このドアの向こうにいるのは結標の知人。
 そしてこんなところに、こんな適当な時間に訪れる物好きな人間。

  「結標ー、アメリカ帰りのお土産いるかにゃー?今なら特別サービスで、アメリカのプラチナブロンドの魔法少女・モエモエのブロマイドつきだから
 ここを開けるんだぜい」

 結標に唯一気さくに手を振ってくる幼馴染の声だった。


19 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/13(水) 22:17:40.32 ID:qxt85GSIO
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[saga]:2012/06/13(水) 22:30:29.11 ID:W4BTkL2o0
  
  「へえ、目玉焼きが作れない?だったらこの手抜き料理のスペシャリストの土御門先生にお任せだにゃー。にしてもとうとう結標も手料理だなんて萌えスキルに目覚めたのは、同士が増えた気分で嬉しいぜよ。まあ、舞夏にはまだ及ばないけどな」

 リビングに迎えると、結標が嫌な顔をして土御門が冗談笑いを浮かべるのが挨拶となっており彼女が気を許せる数少ない知人でもあった。同い年でありながら彼は現在進行形で世界を巡って、土産を持って立ち寄ってくる。大抵は外国人専用の土産物ショップにて片手でぶら下げてくるようなもので、物もちがいいお土産をもらうことが多いのだがたまに自分が理解できない次元のブロマイドや写真集をセットにされることもある。
 決まって何故世界を飛び回っているのかと聞くと、とっても大事なお仕事ですたい、と軽々しい口ぶりで上手く誤魔化すのだ。その雑談に使うトーンと、馬鹿笑いっぽい笑みと、そして立ち入らせない言葉を巧みに使って言及を避けてくるのだ。
 少年は突然の来訪者に怪訝そうににらみを利かせながら翼は一度しまって、またにらみつけていた。
 当然土御門の目につかないはずがない。

  「ほうほう、手料理ってあの子のことかにゃー?何、隠し子・・・・にしては似てないけど夫の愛人っていうならわからなくもないぜい」
  「子供の前で下品極まりない言葉は控えてくれないかしら?」
  「えーじゃあ、誘拐でもしてきたのかにゃー」
  「違うわよ、拾ったのよ!・・・・その、行くとこないみたいだから、昨日会ったばかりで」

 天使でした。そう馬鹿正直に言えるはずもなく、拾ったとだけで押し通した。
 ひとまず台所に呼んで一通り朝の事情を話すとやれやれなポーズで胸を叩いて、頼もしさをアピールしてきた。
 二人のやり取りを見つめていた少年に土御門は視線を合わせて、子供相手用の口調に変える。
 彼はこういった人に対しての接し方は器用にこなせているので、人への好かれ方や嫌われ方も動作や声の落とし方で使い分けも出来る。
 
  「で、お名前は何て言うんだにゃー?僕」
  「・・・・しね」
  「それにしても真っ白けな子供だぜい。男かにゃー?」
  「・・・・うぜェ」
  「俺のことは元春お兄ちゃん、でいいぜい?」
  「・・・・しね」

 待つこと、3秒。

  「なあ、結標こいつ可愛くない」
  「・・・・・・さすがのロリコンでも、手に負えなかったわね」
  「俺はロリコンじゃなくてシスコんですたい。まあ、それはオマエも同じムジナだにゃー。んじゃあ、そろそろ台所につこうぜい」

 まず料理をする以前の問題で、卵が綺麗に割れないという致命的な問題があった。力加減が左右するこの最初の動作、どうしても力んでしまい10回に一回しか成功した試しがないという絶望的な結果。実際に手つきを観察しながら、土御門は実演しながらポイントを得たアドバイスをしてくれた。
 卵を割る時ではなく、その前のプロセス。卵をやんわり手にすること。
 ひよこを手に持っている、っていうイメージですたい。
  (・・・・その例えはどうなのかしら)
 柔らかく手に持って、次は割る手順に入っていく。

  「優しく手に持ったら、卵の赤道面にひびを入れる。これも力加減は控えめに、そして両側を指で押し広げながら割っていく。普段料理で使う卵って何も気にせず自然とやってのけることが多いんだけど、実際に説明するとこんな感じだぜい」
  
 不思議と土御門の言葉をすんなり従ってみると、とうとうフライパンに乗せるという仕上げにまで至った。
 焦げる臭いが香ばしく白身と黄身がきっちり分かれて丸い形はまさしく目玉焼き。
 フライパンとにらめっこをしている間に土御門は味噌汁の準備にかかってくれていて、小刻みな包丁で具材を刻む音が聞こえてきた。
 リズム良い音の中、土御門の起源はよさそうで微笑ましいものを見る視線だった。
 昔から何かを見て、察する観察眼に長けている彼は自分の悩みは何でもお見通しで全てが透かされているのではないか、と疑問に思うも彼はそういった時一番の対応をしてくれる。そっとして欲しい時は、見守るだけ。相談に乗って欲しい時は、最高のタイミングで話を振ってくれる。そんな土御門に甘えてきたのも本当のことであり、彼の背中でなら安心して眠れていた時期もあった。自分があの少年と同じ年齢の時限定ではあったが。
 なので結標も土御門に対しては無下にも出来ない、腐れ縁という絆で今までずっと繋がって引き寄せられた。
 知らなくていいところまで知り尽くしてしまっている存在とも言う。
 
  「今日の結標、何か女の子みたいで微笑ましいですたい」

 結標の唇が結ばれた。

  「・・・・・いい意味に聞こえないわね」
  「うん、可愛いって言ったらわかるかにゃー?」
  「かわ・・・・バカ言わないで。可愛いって言葉は、無邪気な子供に使う言葉よ」
  「それでも、かーわいいんだにゃー」
  
 頑張れにゃー、と背中をぽんぽん叩かれると台所を離れていった。別に帰るのではなく空きのベッドを借りて一眠りつくだけ。
 サングラスの下に若干色の濃い隈が今回は重労働であったと察し、おやすみなさいと言葉を交わして見送った。
 どうせ彼がいなくなるのは、夜中になるだろうから。
 沸々と湯気を立てる味噌汁の仄かな味噌の香りと、こんがり焼きあがった目玉焼きと、満足げにしている結標だけが台所に残っていた。



 
 
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/13(水) 22:49:49.91 ID:qxt85GSIO
今日の投下はここまでです。
ちなみに土御門は結標と幼馴染設定なので今後もちらほら出てくる予定です。

それでは、見てくださった方乙でした
あとタイトルの真昼の月は、アレのたとえなのですが……まあネーミングセンスはスルーの方向でお願いします
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/14(木) 00:40:25.74 ID:nnWW51Ixo

不覚にも「・・・めだまやきィ」がかわいくて悶えたw
しかし天使の脳内では、とんでもない目玉焼の想像図が
広がってんだろうなw
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/14(木) 07:38:16.07 ID:XLHlHuwIO
乙。
土御門×結標に目覚めかけたのは俺だけか……?
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/14(木) 07:38:16.04 ID:XLHlHuwIO
乙。
土御門×結標に目覚めかけたのは俺だけか……?
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/06/14(木) 12:36:18.00 ID:CV1iefoi0
三人いるみたいだな
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/14(木) 13:32:07.07 ID:r1TiHQGIO
>>25

おまえもかよww

あと乙
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/14(木) 19:06:39.32 ID:VNmPP7k30
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)[sage]:2012/06/15(金) 21:14:29.61 ID:0my1AaVP0
良作の予感。
一方座標大好物だから期待してる。
早く成長した一方さんが見たいな。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/17(日) 16:25:09.12 ID:AHs27FXIO
久しぶりです、レスくださった方感謝です。ありがとうございました。

それでは今日の分投下です。



30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[saga]:2012/06/17(日) 16:32:21.77 ID:brrObVd70

  「はい、出来たわよ。・・・・・まあほとんど土御門のおかげなんだけど」

 テーブルの上に並んだ上質な食器の上には、ベーコンを乗せた目玉焼きにほわほわと出来たてのお味噌汁、そして艶々の炊き立ての白米と朝食が少年の前に置かれた。デザートとして冷蔵庫にはぷっちんプリンやナタデココヨーグルトも買っておいたのであとで出すことにしよう。
 胸を張って出せる食事と言えないのは大半が土御門のご教授と結標がしたことといえば卵を割ったりフライパンを見張ったりと一人で出来ましたなどと言えるには程遠かった。見た目だけはまともになったものの、実はベーコンの下は焦げ目がついてしまっていたり黄身も完全に固まっており程よい半熟目玉焼きにはならなかった。 
 一方味噌汁はというとほんのり香る味噌を下味として具材は豆腐とわかめとネギ、と至ってシンプルなチョイスではあったが味が染み込む一手間を加えたり目測と経験だけで素人目から見る結標でさえも舌鼓を打ちたくなる自称・舞夏直伝味噌汁の出来上がりだった。
 こうして見比べると、質素な味噌汁が目立って結標の焦げ隠しの目玉焼きが見劣りしてしまっている。
  (・・・・料理は味よりも気持ちよ!気持ちだけなら、この味噌汁にだって)
 見よ、このプロ顔負けのお味噌汁。
  (負けてるわ・・・・・でも、頑張ったし、私にしては頑張ったもの)
 明日から多少は料理に手を出してみないと自炊もまともに出来ない女はこの少年の前では顔向けするのも悔やまれてしまうから。
 少年は食い入るように、目玉焼きとにらみ合いをしていた。

  「・・・・めだま、ンなモンを人間は食うのかよ」
 
 つんつん、と箸で恐る恐るつっついてそう言った。

  「おつきさま、みてェだけど。食うのもったいねェ」

 言いつつ箸でつついてると、今度はぶっすり刺してしまい涙目になった。
 
  「ゥ、めだまァ・・・・めだまさしちまった」

  (・・・・目玉焼きって、まさかこの子本物の目玉を焼いたとでも思っているのかしら)
 考えただけでもおぞましいが、少年は本気で目玉を焼いて食べるものだと信じ込んでしまっているのだろう。
 
  「大丈夫よ。目玉焼きっていうのは何も本当に目玉を焼いてるわけじゃないから。・・・・・卵っていう、丸い形のものを割ってそのまま焼いた料理のことよ?」
  「たた、たまごの目玉をくりぬいたのがめだまやき、なのか?」
  「・・・・そうじゃなくて。とにかく美味しいんだから、卵焼きって思えば全然平気よ」

 結標の屈託のない笑顔と、焦げ焦げ目玉焼きと交互に見つめ少年はフォークに持ちかえて小さくかぶりついた。
 しばらく口の中で十分噛んでから、一回ゆっくり飲み込んで一言目の口を開いた。

  「ン、・・・・おいしィ」

 砕けた笑みが広がって、二口目を口に入れて頬張った。
 
  「ほんと!?あ、その・・・・焦げたりしてるんだけど、それでも美味しい?」
  「いがいとうめェ、このめだま。オイ、今日からこのめだまやき毎日つくりやがれ。毎日食うンだからな」
  「そこまで気にいったんなら喜んで」
  
  (・・・・・この際目玉でもいいわ。あ、でもこの子こんなに可愛く笑えるのね)
  (土御門、可愛いっていうのはこういう幼げな子に似合う言葉なのよ?)
 調子に乗って頬杖をつきながら、えいとぷにぷにした少年の頬をつっついた。

  「かーわいい」

 残さず味噌汁も目玉焼きも白米も食べ終えて腹を膨らませた少年に食後のデザートを出した。 
 ぷっちんプリンは子供の大好物なのは天使であろうと同じらしく、卵焼きの時と同じ反応でスプーンで様子見していた。すると気が緩んだのか翼が出てきて嬉しそうに動いていた。どうやら本人も気づいていないらしくぱた、ぱたっと幼い翼の音を立てて上機嫌に足もばたつかせていた。
 カラメルソースに移る自分の姿を見つめ、顔を揺らしながらはしゃいでいる。  
 
 

31 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/17(日) 16:32:56.65 ID:AHs27FXIO
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[saga]:2012/06/17(日) 16:33:51.26 ID:brrObVd70
  「ぷるっぷるゥ」
  「甘くてね、これもとっても美味しいわよ」

  (思ったんだけど、この子会った時よりだいぶ言葉が幼くなってるわね)
  (気を許してもらっている、ということかしら・・・・・・)
 一晩。天使の少年と出会ってまだ時間は経っていないが、結標は少年のことをまともに知らなかった。綺麗で可愛らしい天使であると言うこと以外は年端のいかない子供ということ以外は。 
 このまま、この天使さんは自分の家に住みついてくれないだろうか? 
 そうしたらめいいっぱい可愛がってあげるというのに。
 それは今まで触れたことのない幼い温もりを知ってしまったからこその欲求。純粋な人の心を直に見て、聞いて、触れてしまったから。
 スプーンですくい、ゆらゆらと揺れるプリンを口に入れて滑らかな甘さを舌で転がして時間をかけて味わっている。 

  「・・・・・ンま、うンまィなこのぷっちンぷりン」
  
 結標はこの和やかな雰囲気を壊したくはなかったが、あえて口を開いた。
 どうしてこの世界にやってきたのか。

  「・・・・思い、だせねェンだ」

  (・・・・また、大人っぽい話しぶり)
 別人の思考を植え込まれたような、言語を成長させたかのように時折少年の口調が変わっているのを結標は理解した。気が抜けると子供らしい口調になって、そして今は拙い話し方があまり見られない。 
 少年は天界、という世界で生まれたらしい。その世界はどこよりも空に近く、空の色に包まれて生きてきたと言う。
 
  「・・・・俺が、天使っつゥことと空がきらいっていうこと以外は・・・・・覚えてねェンだ。だから、俺、空を飛ンだ記憶もねェ」
  「・・・・・怪我をしていた理由も?」
  「・・・生まれた時と、天使がどォいうモンかっていうのは嫌っていうくらいわかってて・・・・きっと、キライだから空から逃げち
  まいたっかたンと思う。あァ、そォだ」

 名前もちゃンとあったンだよな、俺。
 辿り辿りの口ぶりは頼りなくて、泣いてもいいはずなのに彼には辛いと叫ぶ為の記憶さえ置いていってしまったからなのか。
 結標は小さな翼ごと少年を抱きしめた。折れないよう、子供の体を胸元におさめて色を失くしている白さの通った髪に指先を絡ませた。
 指先にわずかに触れる翼から温もりが伝わり、輪郭をなぞりながら。

  「・・・・じゃあ、名前も一度も呼んでもらった記憶もないの?」
  
 腕の中で一度、小さく首を縦に振った。
  
  「なら、私に教えてくれないかしら。名前、ずっと昨日から呼んでみたかったから」
  
 唇で音を紡いで、少年は自らの名前を初めて言葉にした。
 
  「私の名前は・・・・もう言わなくてもわかるわよね?」

 今日から、あなたのそばにいる人間の名前。
 結標は悩んでいた。もしも、少年が自由に世界を飛びたいと自分の手を逃れたいなら喜んでこの手を放してしまおうと。鳥は人の手の中よりも、どこまでも続く空の景色を翼を広げて飛び、世界を知っていく姿がよく似合うだろうから。
 ずっと、なんて言わない。
 でも、せめて少年が自分の生まれた理由と、折れた翼でまた飛んで行けるようになるまでは、自分のそばに置いておきたい。
 
  「結標淡希。今日から、あなたのそばにいる人間の名前よ」

 柔い頬を両手で包みながら、何度目かの自己紹介をして、少年・一方通行もまた結標の頬をずっと弱弱しく幼い手で頬に添えてくる。

  「・・・・・ばァか」
  「うん」
 
 力が抜けてしまった、まさしく天使のような愛くるしい笑顔で一方通行は口を開いた。
 そこまで言うンなら。

  「・・・・しょォがねェから、一緒にいてやる」

 翼の折れた天使と、翼が欲しかった少女。
 二人の軌跡はここから始まりを告げた。
 







 それはとある天使と、人間と、そして彼らを取り巻く人間たちの物語。









33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/17(日) 17:16:21.54 ID:AHs27FXIO
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/17(日) 17:23:00.07 ID:brrObVd70

 3、落下予報




 一人きりの日常に、淡い光が彩りを添えた。






 一人きりで迎える朝。
 一人きりで鳴りっぱなしの目覚まし時計を止めて。
 一人きりで、この無駄に広いマンションの中で生きてる。
 
  「・・・・・き、ろ」

 聞きなれない、意識を揺さぶる声がして。
 どこか懐かしいと思った。子供の頃の自分がベッドで寝坊をした時は、よく目覚ましより先に耳に囁くモーニングコールをされて。
 
  「・・・・お・・・・きろ」

 おはよう、を言われて返して。
 今日もいい日になるといいね、晴れるといいね、そんな会話をいくつかして。
 誰かと始める一日が当然のようにそばに置かれて受け取ってはそれを繰り返して。
 幸せを積み重ねていった、置いてきぼりの過去がちらついた。
  
  「おきろっつってンだろ、ノロマ」

 メシつくれよ。
 シーツを剥がされて寝ぼけ眼の目を重たげに開け視界を広げていくと、ちんまりとした顔の少年、一方通行が顔を覗かせていた。
 質素なシャツではなく結標のおさがりのパジャマを着て、裾も余っているのか指がちょこっと出てクマさん柄のプリントされた子供用のパジャマがとてもよく似合っていた。ぺしり、なんて軽い音を鳴らして頬を叩かれると結標はようやく今の状況を把握した。
  (そうだったわ)
 そうだ、自分は天使を拾ってしまって現在進行形で一緒に暮らしているのだった。
 あれから一緒に身の回りの日用品を揃える為に近所の学区へと買い出しに行ったりと近所の人には親戚の子がお泊りに来た、というその場凌ぎの言いわけで素早く通り過ぎていってもう早三日。土御門は予想通り空き部屋のベッドを空っぽにしていなくなっていた。
次に来るのはいつだろうか、連絡くらい来る時によこせばいいのに、とちっとも尻尾を掴ませやしない幼馴染を愚痴ってみたりするのも慣れっこだった。
 そうして一方通行にはというとまずは箸の使い方から教えたり、テレビに話しかけていたり怖がったりしているのを宥めたり、常識なるものを教えていくことから始めた。
 
  「おはよう、天使さん」
  
 小さな天使に朝一番におはようと。
 柔い笑みでそうやって伸しかかっている天使を抱きしめて、おはよう、って言ってから初めて結標の朝が始まる。

  「・・・・・オマエ、その呼び方やめろっつってンだろ。あとくるしいンですけど」
  「じゃあ、おはよう、一方通行」

 覚えたての名前を呼ぶ。
 照れくさそうに翼が動いて喜んでいるのがまるわかりで。

  「・・・・・おォ、・・・・ン、だから俺めだまやき食いてェンだって言って、」
  
 ぎゅー。

  「くるしィっつゥの」
 
 そしてしばらくしてから。
 ひたすら朝のめだまやきをねだる天使に結標はゆっくりとカーテンを開いた。

  


35 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/17(日) 20:15:21.67 ID:AHs27FXIO
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/17(日) 20:17:37.67 ID:n3ICNk8n0
  
  「ガッコー?」

 結標の格好がいつもの普段ではなく雰囲気の締まったブレザーと刻みの入ったプリーツスカートに紺のハイソックス、着慣れた制服を着た結標は鏡の前で手直しをしていた。規定よりも若干短めにあしらってあるスカートからはすらりと見え隠れする足が伸びている。首元のポイントのネクタイをきゅっと緩めると、後ろでくいくい引っ張る一方通行が珍しそうなものを見る目で丸い目をきょとんとさせていた。今一方通行からしたら結標は別人にでも見えているのかもしれない、何せ制服姿を彼にお披露目するのは今日が初めてなのだから。
 手の中で弄んでいたヘアゴムで長く腰まで流れている髪の毛を二つに束ね、鏡の前ではいつもの自分が映っている。
 義務教育を終えた延長線でしかない高校というものは蛇足にしか感じられなく、規則的に通うことで本来はあるはずのない義務感を押し付けられている気がして。
 とても、くだらないものを押しつけてくれたな。
  (・・・・でも、どうせ問題を起こしたところで)
  (忙しくて来れない、って一言で済ませる親の言うことを聞いてる時点で、私も人のことを言えないわよね)
 普段は電話もよこさないでいるクセに、いざ自分に面倒事を押しつけられると決まって迷惑はかけるな、と言う。
 まるであんなに愛したやったのに、とわざとらしく見返りを求められるように。
 感傷に浸る寸前に意識を引き戻し、また隅っこへと追いやった。

  「ええ、だから今日から留守番させることになるんだけど」
  「むすじめ、いねェの?」
  「・・・・どうせだからサボろうかしらね」
 
 こういう時頼れる人間がいない、というのは不便だった。

  「でも、あっちにはむすじめのトモダチ、いるンじゃねェの?」
 
 テレビで得たうろ覚えの情報をそのまま言っている一方通行に少しだけ、言葉を詰まらせた。
 無知な天使には学校は魅力的な場所だと刷り込まれたらしかった。大抵ピックアップ番組で取り上げられた時、ワンシーンとしてよく教室の平和な光景が映し出される。そこには親の手から離れて円滑な人間関係を築いた生徒たちの微笑ましい姿があるのだから、幼い少年が表面上でしかないものを感じ取れないのは当たり前のこと。
 
  「いってこいよ、ガッコー」

  (・・・・そんな顔で言われたら、断れないじゃない)
 子供特有の無邪気な笑顔で、そして気遣ってもらったら大人の結標の方が情けなくなってくる。
 何だかんだ一方通行と離れて寂しいのは結標の方なのかもしれない。

  「・・・・・しっかたねェなァ」

 すると、結標の頬を掴んでこつん、と額を当てた。
 ぐりぐり、とくっつき合って下した前髪がくすぐったそうに声を漏らして、そっと額が離れた。

  「おでこぐりぐりィ、って勇気が出るおまじなィらしいぞ?」

 これで勇気出たろ。
 温かい掌で、背中を押されてしまった。
 結標は力が抜けたように床に座り込んで「・・・・・・はい」と顔を抑えて、何回もこくこく頷いた。
 






37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/17(日) 20:21:07.77 ID:AHs27FXIO
今日の投下はここまでです。

お付き合いしてくださった方乙でした。
次辺りにもう少し話を進める予定でもあります。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/17(日) 22:58:19.25 ID:+siU9v1i0

なんか無性に目玉焼きが食べたくなった
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/18(月) 00:22:41.39 ID:Xix7rh4IO
おつおつ
凄い癒されるな
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/18(月) 17:59:58.45 ID:T+w+lm9IO
どこかで見たことのある文体だな……誰だっけ?
あと乙。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/19(火) 13:06:55.63 ID:Hh3rfPu80
乙。良スレだ
あわきんの友人は■■さんだと思ってたのに…
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/20(水) 21:57:17.31 ID:V75TW3XIO
お久しぶりです

>>14ちなみにスレ主はこれが初めてのSSなんで、ここ以外ならあるかもしれないですね。文章は気をつけたりしてるんですがいかんせん書き方は模索中なんですよ……

それでは今日の分投下です。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/20(水) 22:08:27.46 ID:SDaNv/Nk0
 結標が家を留守にした後、もしもの時の合鍵と使い方を教えてもらった一方通行は早速外出した。久々に吸い込む外の空気に気分をよくして、玄関に新しく揃えられた一回りサイズぴったりの靴を履いて馴染んだ頃には裸足よりもずっと歩きやすいことを知った。
 その場をとてとて走ってみたりマイペースに散歩気分で歩いて回ってみたり一方通行は密かな好奇心に胸を躍らせていた。色も景色も初めてばかりの世界に落とされた少年は、子供の持つ純粋な興味に目を煌めかせては見るものにふるふる指先で触れることから始めたりもした。
 それは堅くて冷たく、そして柔らかかったりじめじめしていたり擬音語づくめの表現しか出来なかったが赤子のようにそこからこの世界を学べるなら、一つでも多く知っていきたい。
 一人の少女が、手を差し伸べる人間がいる世界はどんな色で彩られて。
 どんな優しい世界でつくられているのか。
 本当は、我儘を言うのなら結標と一緒にいたくてガッコーなんか行ってほしくなかった。
 もっと教えてほしい、ここのこと。
 もっと、教えてほしい。
 結標のことを。
 思い出したら願い出したら止められない欲求を叶えてくれるお節介な少女はいない。
 踏み出そうとした足を引っ込めて、視界を反転させ一方通行は本来の目的の為に幼い、小さな我儘を飲み込んだ。
  (・・・・いンだ。帰ってくるまでにうンと練習してむすじめびっくりさせてやる)
 
  「あれ、こんなところでどうしたんだにゃー?」

 気さくさを含んだ声が一方通行の耳を突き抜けた。
 明らかに地毛ではなく目に痛い金髪に本心を隠すのに打ってつけの彼の年ごろには似合わないサングラスに、これまたアロハシャツと奇抜な格好。
 ひらひら手を振って来たそいつに見覚えはあった。
  (・・・・むすじめの、知り合いっつてたな。つちみかどつったか)

  「そういや今日は登校日・・・・だし、あいつのことだろうから学校には行ってると思うけど・・・・一方通行はどうしたんだにゃー?」
  「関係ねェし。つゥかガッコーってオマエも行くモンなンじゃねェの?」
 
 一方通行の知識として、ガッコーというものは大人じゃない子供たちが通っている場所という単純な意味としてだった。

  「いやー、俺の場合は大人の都合っていうのがあるんでいわゆるおサボりってヤツですたい」
  「おめでてェヤツ。・・・・・ついてくンなよ、クソつちみかど」
  「ついていくにゃー。保護者替わりだぜい」

 確かにここで多少口数が多いのがうっとうしい土御門にこの世界を案内させるのもいいかもしれない。だが、今一方通行には好奇心よりも優先させたいことがった。
少なくとも人目に触れないところで、ひっそりと、そして結標を驚かせるのが目標。
 よって土御門はただの邪魔くさい奴に過ぎなかった。
  (シカトしてやらァ)
 無言で歩くと土御門がわざわざ隣に並んで、まるで足の長さの違いを見せつられているかのような歩幅の違いに苛々した。
 変わらず明るい口調で土御門は口を開いた。

  「今日来たのは、実はありがとうって言いに来たんだにゃー」

 止まらないままの、けれども速まらない歩き方のまま。

  「止まらなくていいから、聞いてて欲しいんだけど」
  「・・・・・・・・・・・・」

 耳だけは傾けた。



44 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/20(水) 22:20:21.14 ID:V75TW3XIO
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/20(水) 22:22:25.93 ID:SDaNv/Nk0
 
  「あいつ、親から学園都市に捨てられたようなモンだったんだよ」

 まだ馴染まない言葉を抜きにしても、一方通行には意味ぐらいわかる。
 淡々と、落としたトーンがため息交じりに一方通行の鼓膜を揺さぶった。

  「昔から親の期待をかけられてたんだよ。その時は当たり前みたいに愛情を受けて、笑ってさ。俺ずっとそんなあいつ見てきたけど、ほんと幸せそうだったと思う。だからずっと頑張ってたよあいつ。勉強もスポーツも、人間関係も、全部が全部期待通り・・・・いやそれ以上だったな」
  「・・・・・・・・・・」
  「見てるこっちが、大丈夫か、ってくらいにな」

 乾笑いをしながら、目を伏せて、それから土御門の笑みを止めた。

  「中学なってからだったな。あいつの両親と結標がいるところあまり見なくなったの。気になって聞いてみたら、相変わらずちゃんとやってるって。完璧そうでさ」

 空に、静かな音がぽつりと。

  「完璧すぎて、愛せないってさ」

 土御門から見てもあの頃の結標は全てが全て、欠けたところなどなかった。それには裏打ちされた努力があるのはもちろん、本人にも決まった強い意志がなければ決して実現などできないこと。小さな頃よく遊んでた頃は面倒ばかりかけて、何かした時は決まって一緒に謝ってくれて泣いてる時は背中を擦ってくれて、優しく、包み込む声色で、もとはる、だいじょうぶだよ、と言ってそばにいてくれたらしかった。
 そこで一方通行はあの時を思い出す。
 初めて手を差し伸べて、自分がその手を取った瞬間、抱きしめてくれた瞬間、全てが温かかった。その無駄に温かい手のせいで、振り払えなくて。
 ここにいる理由になっている。
 土御門も、つまりはそんな一人なのだろう。

  「・・・・・・でも、あの二人は知らないんだよ」

 結標が俺のところで散々泣いたこと。
 それを聞くよりちょっと前、俺の家の玄関でインターホン何回も鳴らして、悪戯って思って見たら。
 ぐちゃぐちゃの顔して、泣いてしゃがみ込んでた。
 元春、どうしよう、どうしよう、どうしたらいいの。
 どうしたら、好きだって言ってもらえるのって何回も言って、声出して泣いて。
 気持ちをいっぱい叫んでた。

  「俺には、話聞いて抱きしめてやるぐらいしか出来なかった。その後すぐあいつはここで一人暮らし始めたよ、そこからあいつ変わった。あんまり人に感情見せなくなってた。俺にも。正直、バカだよなあって思うよ。あんなの、ただ強がってるだけだったのに何で気づかないんだって。つらい時につらいって言えなくさせてたクセに、あれだけあいつにも期待させておいて・・・・・頑張らせておいて、その裏でどれだけ努力してたのか知らないで。完璧なんてあるはずないのに、人の心まで完璧なんてないのにな。泣きたい時にただ大丈夫って言ってただけって・・・・・気づけばよかったのに、ほんっと、思うんだ」

 土御門が膝を折って、同じ視線で、もう一度笑った。

  「それでも、あいつはオマエと出会った。そして、ちゃんと笑えるようになってる。それは俺にも嬉しいことだよ。・・・・・土御門さんは結標の笑顔が、大好きだからにゃー」
  「・・・・・なンも、出来てねェけど。一緒にいて、めだまやき食って、寝てるだけじゃねェか」
  「一緒にいられる誰か、が今のあいつには一番必要なんだ」

 背中を押すにも、支えてやるにも誰かの存在はきっと力になる。人を動かす力になる。
 それには大きな身長だって、年齢だって必要ない。
 そばにいたいという気持ち一つで出来ること。

  「俺はそういうわけにもいかないからにゃー。だから、代わりに結標のこと守ってやって欲しいんだぜい」

 ぽんぽん、と軽く頭を置かれてちゃんと家に帰るんだぞー、とふらりと土御門はいなくなった。
 微かに残った残り香を仄めかすかのように、一方通行の中で何かが滲んでいった。

 











46 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/20(水) 22:29:33.34 ID:V75TW3XIO
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/20(水) 22:31:31.11 ID:SDaNv/Nk0
  
  「・・・・・・・やっぱりにサボればよかったわ」

  (・・・・もし、外に出て知らない人に話しかけられたらどうしたらいいのかしら。いやその前にあの子はまだ何も知らないから、
  興味のあるもの触ろうとするクセあるし、・・・・・・もう、何であそこであの子を置いていったりしたのよ!!)
  (そ、そりゃ確かにおでこぐりぐり、はダメージが大きかったわよ)
 指で子供体温を直に額で感じたところをなぞって、顔を抑えて赤面しまくった。赤い焼きついて離れない色が間近で大きく映って
自分よりも滑らかで落ちていく前髪を触れ合わせてあんなことをされてしまっては頷かないわけがない。
 学校は昼休みの時間になって一段と騒がしくなり、結標は取り残されていた。というよりも率先して取り残されている、という表現が正しいのだが一人でお弁当を開いていた。お弁当、もといコンビニ弁当が結標の毎日の昼食なのであり寝坊して時間がないとかメニューのレパートリーが思いつかないとかそういった悩みとは遠かった。
 その代わり健康には優しくない、添加物たっぷりの和食弁当だ。
 これからは手料理の弁当頑張ろう、などと意気込んでいると向かい側に誰かが座った。

  「場所。いい?」

 そういえば、もう一人この教室に取り残されているクラスメイトがいた。
 黒髪を腰までさらりと伸ばして、弁当を広げる。女の子要素たっぷりの手作りお弁当はついつい目移りしては手作りも何もあったものではないコンビニ弁当とは比較にすらならない。

  「・・・・・私のこと。ちゃんと認識してくれるの結標くらい」
  「そんなことないわよ?姫神はまだ転校生だから馴染めてないだけ。私とは違うわ」
  「そうかな。それにしても。そのコンビニ弁当体に悪そう。私のお弁当は栄養もばっちりなお弁当なのに」
  
 珍しい時期にやって来た珍しい転校生。
 いかんせん目立ったところがなく第一印象が薄めなのと本人の性格からなのか馴染むのには時間がかかるらしかった。
 だからと言ってクラスで一番浮いている結標と昼休みを一緒にするというのもずれてがいる気がする。
 ほやほやの厚焼き玉子に新鮮なプチトマト、形のまとまった料理の腕を感じさせるミニハンバーグ。全てにおいて結標の完敗だった。

  「ねえ。何だか結標変わった気がする」
  「・・・・・・・毎日顔合わせて、変わったも何もないんじゃないかしら」

 箸で口に厚焼き卵を入れながら顔を見合わせてやはり頷く。
 それでも変わった、と。

  「うん。ちゃんと笑えてる」

 ただ呆れているだけなのに、勝手に納得されている。

  「苦笑いよ?」
  「でも。そっちのがいい。雰囲気が柔らかくなったというか」
  「・・・・・・・・・そう、かしら」

  (・・・・・今まで、笑うとか、喜んだりするとか、無縁だったから忘れてたとばかり思ってたのに)
  (思ったより、忘れようもないのねこういうのって)
 昼休みの短い自由時間、少しの雑談をしてから立ち上がるといってらっしゃい、と一言言われた。
 
  「・・・・やっぱり。気になる。結標を変えた子」

 結標の背中を見守る彼女は知りようもなかった。
 そんな結標を変えたのが小さく、可愛い、一人の天使であることを。









48 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/20(水) 23:32:18.05 ID:V75TW3XIO
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/20(水) 23:32:35.56 ID:Qq3aCRD50
 
 午後に差しかかった時間、チャイムが鳴る前に早退を決め込んだ結標は出席日数を気にかけながら一方通行の顔を見られると想像しただけで頬が緩んだ。引き締めても、あの愛想がないようで幼げな表情を考えただけでまた力が抜ける。学区に隣接している街通りは当然ながら結標のような学生はほとんど見かけず、ゲームセンターでサボりの為に有り金を使い果たしてしまった生徒がちらほらと。同じサボりにしたって自分の方がまだマシだとも思えた。
  (・・・・テレビでも見て寝てたりするかも。その時はあったかいココアでも入れて、毛布もかけてあげないと)
 ローファーがリズム良い足音を鳴らす中、通り道に目立つ数人がいた。
 一人の男を囲んで数人の女性が話している学生であり真面目な立場の結標からしたら物珍しい光景。
 囲まれている男も端正な顔立ちからうかがえる男性らしさを残した線の細めの体で落ち着いた男色のジャケットを羽織り、柔和な笑みでその度に女性たちがさっきの結標とは別の意味で緩んだ表情をしていた。
  (いるのね。世の中にああいうのって)
 呆れとかいう以前に感心すら覚えてしばしまじまじ見つめてしまいながらも、平然と横切ろうとする。
 若干の聞き耳を立ててだが。

  「でさ、そいつ俺に何て言ったと思う?俺自意識過剰な女ってあんま好きじゃねえの、独占欲っつーんならまだ可愛いけど自己中となるとマジ冷める」
  「わかるそれ、うちの彼氏もそんなタイプだし振り回されるこっちの身にもなってみろって言いたくってさあ」
  「俺意外と一途で純粋な子がタイプなんだわ。なかなか出会いはないけどな」

 案の定の恋愛話にある程度の予想が当たった。中身があるようなない話だ。
 興味が失せた結標はさっさと帰ろうと切り替える。何だか損をしてしまった気分だ。ついでに時間も。

 「あはは、けどそういうのって結構カタブツみたいな子じゃない?冗談通じなさそうー」
 「ばーか、そこがいいんだって。・・・・・ああ、そうそう」

 一瞬、ものの数秒にも満たないがその男と目が合った。

  「あの子みたいな、さ」

 明らかに自分に誇示する瞳が結標を見て、にっこり笑んだ。
 表情が緩むどころか固まって、どことなく視線が泳いで焦点が合わない。そして立ち止まってしまったのも失敗だ。
  (・・・・きき、気のせいよ。まさか今通りすがったばかりの女子高生に向かって、そんなのないわ)
 いっそ座標移動で逃げてしまいたくなったが、変にあたふたしたところで相手の悪戯心をくすぐってしまうのもいかがなものか。
 とりあえず平静を装って逃げてしまおう。帰って一方通行に癒してもらえば明日になったら綺麗に忘れてしまっているだろうし、くだらない思い出の一つとしてもしまっておける。
 半分速足で逃げようとしたところで、がっちり腕を掴まれて今度は近い距離で男の顔が見えた。肩までの長さの栗色の髪の毛が揺れている。

  「そこのツインテールで女子高生で俺のこと嫌悪たっぷりで見てた、オマエのことなんだけど」
  「・・・・・え、あ、なな」
  「・・・・・・勝手に無視してくれてんなよ?」

 街の往来で人通りも少なくない歩道の真ん中で人の目線が痛く、かといって振り払おうにも力が叶わない単純計算がよぎった。
 その後ろで女性たちの文句が口を揃えて出てきた。

  「ちょっと帝督、あたしらの相手はぁ?」
  「また後でな。まとめて相手してやるからさ、今はこの子に俺集中してんだから。ほら俺って気まぐれなヤツだから」
  「約束だかんね。もう」
  「ああ、後でたっぷり可愛がってやるから」

 結標には到底理解できない会話をしてから、女性たちが立ち去ってから相変わらずまともな反応すら出来ないのをいいことに主導権は男が握っていた。
 それどころか冷や汗まで浮かび上がり、後ずさるのみ。

  「ん?」
  「・・・・・・・あの、放し「あーわかった」
  「オマエ、実は男とまともに手も握ったことないとかそういうタイプ?へーえ、めっずらしいなあ。今時の女子高生ってみんなファ
  ーストキスの経験当たり前、って思ってたけどいたんだなこういう子。俺が口説いた中でも珍しいよオマエ」

  (・・・・男って、土御門しかいないわよ。そもそも私こういう耐性がないんだから、どうしたらいいかなんて)
  (・・・・・わかるわけないじゃない)
 そもそも言われるまで口説かれてる状況すら掴めていない結標は年上の男に対する接し方など慣れているのは教師と父親と親戚ぐらいで、こんな毛色の違う男への接し方など経験もないし耐性もない。
 お互い譲らずの立場で、優勢の男が一歩前に進んだ。

  「ちなみに逃げたら問答無用で拉致る」

 言葉の意味がわからなかったわけではない。
 冗談で言えるとも思えないセリフだと察せなかったわけではない。
 危機感に対する条件反射で結標は座標移動によって男の手からすり抜けたどころか姿を消した。動揺の中演算処理が完全に為されなかったせいか彼女はあるものを一つ残していってしまった。
 それが決定的かつ致命的なのは今現在は男のみが知る。
 校章を見て霧ヶ丘女学院だと確信に変え、表面が質の良い革張りの生徒手帳を開いて呟く。

  「結標淡希、か」

 そして、今までの笑みとは違う嘲笑が張りついた。

  「・・・・・・・へえ、んだよあいつ。あんな女の子の世話になってんのかよ」

 これからの行く先をイメージして、どう引っ掻き回してやろうかな、と。
 考えたら楽しみがまた増えてきた。
  
  「あの堕天使ヤロウが」



50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/20(水) 23:39:10.00 ID:V75TW3XIO
今日の投下はここまでです。付き合ってくださった方乙でした。

ちなみに最後の男はもう察しの通りです。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/21(木) 02:14:42.11 ID:6Z1s7HPk0

話が動き出したって感じですねwwktk
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/22(金) 00:04:09.62 ID:iLB5vQ0IO
こんばんは〜
今日は少し短くなりそうですが三話目と四話目の冒頭を投下します。
見てくださってる方本当に乙です。まったり進みますが付き合ってもらえると感謝です。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/22(金) 00:21:57.53 ID:JdRI/drp0
 
 帰路にやっと辿り着いた結標の足取りは重かった。ものの数分知らない男と触れただけで自分の気力を削ぎ落とされてしまって、戸惑いと焦燥が綯い交ぜになって胸の中でぐちゃぐちゃになっていた。視線を外すことを許さない不思議な目をしていて、食い入るように見つめてしまう綺麗という言葉だけでは足りない容貌は何故か一方通行と面影が重なった。見慣れた道に戻るまであの男の「逃げたら拉致る」宣言をされてしまったおかげで物陰に隠れては人の気配に気を遣ってやっとマンションの目の前にまで足を進められた。余計に神経をすり減らしてしまい早々の癒しが必要だった。そう、出来れば小さい少年で翼がちんまい、天使を抱き締めて。
 そしてさっきのやり取りが頭を掠め掴まれた手首を見つめていると、感触は消えないままリアルに再現出来てしまう。
 もしあのまま逃げられずにいたらどうなっていたか。
 もちろんニュースで目にするような他人事めいた事件に巻き込まれる可能性もあっただろうし、結標の判断は正しかっただろう。
  (でも、そういう危険な感じじゃなくて)
 目に見えるような、触れて危ないなんてわかりやすいものではない。もっと奥底にある感覚が告げるものは危険とは別種の、触れてはいけない存在であると体中が告げていたから。
  (・・・・あれ、何・・・・この感覚。いえ、それを考えたってどうしようもないじゃない。もう・・・・会えないんだから)
 確かめる手段がないのだから動く理由もない。
 考えて立ち止まってたところで前には進まない。進むには今こうして前を向くだけが唯一の手段だ。
 不思議な、貴重な思い出。そう分類してしまえばいい。どうせ学園都市といってもたった一人と名前も知らない相手と巡り合う可能性は限りなく低い。それでも同じように出会いを繰り返すなら。引き寄せてしまうのならば。
 それは運命、と呼ぶべきかもしれない。
 あの軽薄な男と自分がそんな大層なもので結ばれてしまっているかはともかくとしてもだ。
 鞄のミニポーチから鍵を探ろうとした時、ふと結標の頭上に何かが触れた。感触は髪に柔く触れる程度で手を当ててみても何も触れられなかった。疑問符を浮かべながら見上げると空からいくつもの羽の欠片たちが降っていた。それらだけが時間を止めたかのように風に吹かれ飛んでいきながら落ちていく。
 
  「・・・・・・・これって、あの子の」

 消失と出現を繰り返す翼は間違いなくあの天使から。
 よく見るとそれは屋上から降ってきているらしく、結標は駆け出した。
 


















  「・・・・むすじめ?」

 マンションの屋上で翼をはためかせて羽を降り積もらせていた天使は斜めに首を傾げて息切れになっていた結標に駆け寄った。
 くい、っと制服の裾を掴んで引っ張って嬉しそうに羽も反応していた。ちなみに小さく凝縮させていた子供の翼と違い完全な形をした翼だとばっさばっさ、と上機嫌であることを表現している。

  「おかえりィ、むすじめ」

 テレビで覚えたばかりの言葉を拙い発音で口にし、愛らしい微笑みが降った。
 懐かしい響きにやっぱり帰ってきてよかった、と帰るべき場所に当たり前のように存在する少年にただいま、とこちらも慣れない言葉を並べた。ずっと遠い昔玄関をくぐると決まってかけられる帰ってくることを喜んでくれる言葉だったが、今となっては遠い思い出で届かないワンシーンたちだった。いつから遠く、なんて覚えてはいないけれど改めて向き合うつもりもないしずっと前に奥に追いやったはずだった。
 自分の中に眠る色のない思い出たちで。
 今は、こんなにも近い。
 こんなにも近くで笑って綺麗な色で自分の世界を埋めてくれている。
 周りを見ると特に目立ったところもないようだが、一方通行は結標の顔を見るなりぷいっと顔を背けた。




54 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/22(金) 00:22:42.52 ID:iLB5vQ0IO
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/22(金) 00:58:06.96 ID:RFZF76Fj0
  
  「・・・・・・せっかく、おどろかしてやろォと思ってたのに。なンでこンな早く帰ってきてンだっつゥの」
  「おどろかせたい、って?」
  「オマエ、言ってたじゃン。飛べるよォになったらイチバンに見せてほしいって。だから、練習。飛べるよォになる」
 
 会った夜つい漏れた本心をこの少年は純粋にそのまま受け取り、忘れずにその些細な願いを叶えようとしてくれている。どこまで純真無垢な天使なんだろう。こんな自分の願いまで聞き入れてくれるなんて。本当に可愛らしく、愛しいと思ってしまう。
 膝を地面について滑らかに透き通った頬の肌に自分の指を通らせた。指先を躍らせて撫でるとくすぐったげに身をよじって声を漏らして、いやいやをして余計に愛でたくなった。ありがとう、という感謝の思いを乗せて少年の頬に触れて伝えた。
 それから成果を聞いてみるとなかなか上手くはいかなくて、折れてしまった羽の一部が疼いてしまい失敗続きだと言う。翼の一部が折れてしまっているのが理由らしいが感覚を掴めば飛べるはず、と力説していた。けれどもそれが実現するには難しくて壁にぶつかってしまっている状況なようだった。一方通行としては結標が帰ってくるまでには飛べるようになって、驚かせてやるのが目標だったらしい。
  (・・・・・もしかして)
 話を聞いて懸命に頷いているうちに、もしかして一方通行は結標の願いを叶えたいと同時に初めての空を飛ぶという感触を肌で感じてみたいのかもしれない。天使でありながら少年は空を飛び羽ばたく瞬間をその後を知らないし覚えていない。肌を撫でる風を受けて空の一部となる瞬間を心待ちにして好奇心でいっぱいなのだとしたら。
 ちゃんと見届けてやりたい。
 試しに結標の前で翼を一面に広げると綻んでしまった、左翼の根元がバランスを崩してしまいこてん、と可愛らしい音を立てて尻もちをついてしまう。

  「うーん、そうね。いっそのこと一度小さい方で飛んでみたらどうかしら?」

 一度首を縦に振ると背中からちょこっと顔を覗かせるくらいの翼が見え隠れし、少しだけ勢いをつける。風を受けて鼓動する翼がふわりと一方通行の体を浮かび上がらせた。コンクリートの地面からふわりと5センチ、と飛んでいるよりかは浮かんでいるという表現が似合っているものの若干不安定で傾いてふらふら危なげない。
 放っておけなくてむず痒くなってしまい手を伸ばして小さな手を取った。するとバランスが取れたのかそのまま翼だけがぱた、ぱたっ、と動いていた。
 例えるならば自転車の補助輪を外して相手に後ろから支えてもらっているようなイメージで、まだ誰かの手を借りないと一人で乗れないといったところ。
 
  「・・・・・・・えと、じゃあ、ゆっくり手を放すわよ?」
  「ン」
 
 惜しげに手を放してみると感覚を覚えたのか尻もちをつくこともなく、空を飛ぶとは言えないまでも落ちることなく風に流されそうになりつつ浮かんでいた。
 しばらくその場でくるくる回って、背中の翼がリズムよく喜びを露わにしていると急に力が抜け落ちたのか結標の前で顔面落下してしまい痛そうな落下音に耳を抑えたくなった。地面から顔を見せると潤んだ瞳を向けながら触れてしまっただけで崩れ落ちてしまいそうなくらいに弱々しくふェ、という嗚咽の声が喉から出てきた。
 
  「・・・・大丈夫よ。最初の日だけでこれだけ飛べればすごいじゃない。それに、私にちゃんと一番に飛ぶところ見せてくれたし・・・・それが一番嬉しいから。また明日から練習しましょう?」

 気持ちだけで嬉しくてたまらないのに、これ以上を求めてしまうのは贅沢だ。
 目尻を手で擦って、赤く腫れてしまった目を瞬きさせながら口元をうじうじさせている。

  「・・・・むすじめ、おどろいたのか?」
  「そうね。もちろん驚いたわよ。それとあと、もう一つ」

 でも、それ以上に。
 自分の為に頑張ってくれている姿が。

  「・・・・・・・ありがとう。一方通行」

 それは少年にとっては生まれて初めての言葉。
 喜びを含めた優しい音が、一方通行の胸の中で何回も響いた。

  「・・・・そこまで言うンなら、もォちっと練習してやらァ」

 照れた表情の中にある本心を知っているからこそ、結標は続きの言葉を素直に聞き入れた。

  「ンで、次はむすじめを運んで飛べるよォになってやンだ」

 青空を背景にこれからを描いて口元を結んだ一方通行が、真っ白に透る髪の毛を風に晒しながら宣言した。
 無限に広がる空の下、一方通行と結標は新しい約束を交わした。
 指切りつきの、小さく、秘密の約束。
 







56 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/22(金) 00:58:41.27 ID:iLB5vQ0IO
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/22(金) 02:18:01.95 ID:YEYaQP0e0
 

 4、迷子の天使たち

 その日、少女の幼気な瞳には奇跡が降り積もっている空が映し出されていて。

 もう二度と迷子になるなよ、というはにかんだ笑みに背中を押されて栗色の髪が甘く優しかった。

 

  









  

 結標が玄関先で靴を履いて、一方通行が見送るというのが続いてかれこれ一週間。相変わらず天使一人を置いてしまうのは尾が引けるが毎朝聞けるいってらっしゃいが耳に馴染んでは残ってしまい、それを聞けるのが楽しみでいってきますと言うのが習慣となっていた。些細で温かい言葉をもらって与えてようやく一日が始まる。日が昇って、沈んでいき一日を初めて終わるのと同じように二人の朝はそこから始まりを迎える。
 変化を織りなす日常に差し込まれる、大切な一時だった。
 ここ最近は結標の料理の実力、もとい目玉焼きのレベルは上がってきており焦げ目もなく程よく美味しい半熟目玉焼きに近くなってきていた。これも日頃から予約していたお料理番組やパソコンで基礎的な手料理の秘訣を頭に叩き込んだ地道な結果であり、何より美味しいと言ってくれる一方通行の存在あっての上達でもあった。そしてやっぱりたまに訪れる土御門に見てもらい的確なアドバイスをメモして卵を何個も使って練習してきて台所に向かってきたのもあったのだろう。
 触れる前髪もそろそろ切らないといけない。そう思い始めた時期、季節替わりなのだから夏服も入れ替えてやらないといけないし、一方通行の長袖もそろそろ買い換えてみよう。近場のデパートで着せ替えてみるのもいいかもしれない。 
  (派手な色よりはモノトーン系の色が似合いそうよね。出来れば動き休めでフィットしそうな子供服辺りにでも出かけてみようかしらね)
 早起きをしつつも子供にはまだ目が開いたり閉じたりと忙しく、ソファで足を動かしながら着ぐるみが踊って話しかける幼児番組に目を輝かせながらソファを抱えていた。そして結標が玄関に出ようとする時間ちょうどに必ず背中を追いかけてくれる。
 
  「今日は近所を散歩してみンだ」

 学校に行っている間は大抵家でテレビを見ているか、屋上で飛ぶ練習をしているようだが今日は気分が違うらしい。
 それに前々から外の景色にはうずうずしていたのも知っていて、欠かさず結標に報告するあたり素直な性格をしている。

  「そうよね。たまには色んなところに行って知ってみたい年頃だものね。この辺りといえば、広めの公園もあるし同じくらいの友達も出来るかもしれないわね」
  「・・・・トモダチ」
  「そうなったら、私にも紹介してくれると嬉しいし」
  「・・・・・・ンじゃァ、むすじめは初めての俺のトモダチっつゥことになンのかな」

 天使の初めての友達。
 それは、何だかとても素敵かもしれない。

  「こんな私でよければ、喜んで」

 腕時計と見合わせてそろそろだとドアを開けた。
 帰ってこられるのは夕方頃で出席日数と見合わせての登校なので昼食はあらかじめ下準備を昨晩にして朝冷蔵庫にしまってあることも教えてあるので食事の方は心配ない。
 そうであっても子供一人に留守を頼む、のは心もとないし土御門に頼みたかったが生憎彼と連絡がつくことは珍しいので当てにならない。
 何より土御門にも都合があるのだしこちらの事情に付き合わせてしまうのも気が引けてしまっていた。

  「ああ、でもくれぐれも迷子には気をつけるのよ?ここの近所って結構広いし迷うかもしれないからいざって時は風紀委員に道を聞くといいわ」
  「俺はそこまでガキじゃないですゥ」
 
 唇を尖らせている姿になら心配はいらないわね、と宥めてドアを開けた。

  「・・・・・あとよォ」
 
 言いにくそうにちらちら目を向けて、物欲しそうにしていて。
 
  「帰ったら、・・・・話・・いっぱい聞いてほしィンだけど。ンで、今度はむすじめと一緒にそこにいきてェなって」
 
 精一杯の我儘を口にする。

  「・・・・・だから、そン時までいっぱいむすじめの為にとっておきの場所見つけて、つれてってやる」
  「・・・・・・じゃあ、楽しみにしてるわ。休日一緒にいっぱい出かけられるようにしとくしピクニックもいいかもしれないわね?お弁当も持ってってみようかしら」
  「めだまやきも、食いてェ」
  「もちろん入れるわよ。あとサンドイッチとかも。じゃあ、今度の土曜日はピクニックに決定かしらね」
  「決定ィ」
  
 そして、いってきます、いってらっしゃいと一緒に。
 新たな楽しみを一つずつ増やしていった。










58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/22(金) 02:29:28.52 ID:iLB5vQ0IO
今日の投下はここまでです。付き合ってくださった方乙です。

結標はコツコツ料理の腕を目玉焼き限定で上げてますが、その次はハンバーグ辺りに挑戦するつもりでもあります。その辺りの話も書けたらなあって思います。
それと今回の四話目は一方通行と次いで結標もメインですがもう一人います。冒頭がヒントやもしれませんね。

それでは、おやすみなさい〜
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)[sage]:2012/06/22(金) 02:40:15.09 ID:0RO29fREo
おつ!
なごむわぁ
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/22(金) 08:51:23.55 ID:XyNraSWL0

うわあああ姫神キター
ありがとうございます!
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/23(土) 00:44:45.99 ID:XYTM4X1IO
乙。未元座標ェ……あと二年後一方さんにあわきん抱っこして飛んで欲しい。
マジこれ良スレだと思ってる同士この指止まれ。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県)[sage]:2012/06/23(土) 00:53:51.77 ID:pNlvSjxs0
>>61
俺のとまったに常識は通用しねぇ
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/24(日) 00:09:33.05 ID:wXwmuWsIO
乙。俺も指とまるぜ。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/24(日) 00:10:10.77 ID:wXwmuWsIO
すまん。下げ忘れサーセン。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage]:2012/06/24(日) 00:25:45.12 ID:RGjiU5fz0
>>61
ハーイ
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/25(月) 00:43:37.69 ID:N8qN0yTIO
今後もサブキャラは増える予定?ですがひとまずこれで落ち着く感じですかね。
姫神も何気に出していけたらなんて。

それでは今日の分投下です。

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 00:46:38.27 ID:Cdn+VUwt0
  
 あの時は、空が遠くに思えた。
 どこまでも届かない先の見えない色に呑まれることもなく、安心して胸を撫で下ろした。
 そして今は、どうしてだろう。

 遠くなってしまった空を見る度、寂しくて、何かを失った消失感に満たされてしまうのは。

 それはきっと、抜け落ちた記憶だけがはっきりと覚えている。

 自分を構成する世界の一部であったからこそ。

 





 誰の目にも触れず一時の自由を手に入れた一方通行はというと。
 猫とにらめっこをしていた。








 一歩を踏み出す度に、コンクリートを踏みしめる感触と靴音が新鮮だった。
 後ろ髪を攫っていく風が懐かしくて思い切り吸い込んで吐き出して、生きているという感覚を摘み上げていった。
 視界の端っこに映るのはちろちろと舌を出して毛繕いをする丸っこい黒目がくりくり動く三毛猫が塀の上でまったりしていて、精一杯の背伸びで爪先立ちをしてにらめっこをした。しばらくすると喉を鳴らしながらくぁ、と欠伸をしてゆっくりしたペースで体を起こすと気まぐれがモットーな猫は気丈に新しい昼寝どころを探すついでの散歩を始めた。
 自分よりもずっと小さく愛らしく佇んでいた猫の後ろを一方通行が頼りない足取りでついていき、幼心は自分よりもずっとこの世界をよく知る首輪なしの野良猫に惹かれていた。毛繕いされた整った毛並みに触ってみたくて、ひくひく動く鼻を真正面から見つめてみたくて、唯一の意思表現である一鳴きを耳に慣らしたくて残したくて。
 意味のないこと、と笑われてしまうかもしれないけど。
 一方通行の目に映るちっぽけな水たまりも、ふと漂う土の匂いも、自分と同じくらいの子供たちが駆け回っている楽しそうな声も、そして目の前で尊く命を体現する可愛い猫という生き物も。
 全てが愛しい。そんな一言でくくれてしまう初めてを、呼吸をして胸の中で高鳴っていく。

  「・・・・・・かァわいィ」

  (テレビで見たみてェに、にくきゅーとかがぷにぷにしてンのかな)
  (触りてェ。ぷにってしてみてェ)
 抱き上げて肉球を指で押している自分を想像すると、口元の力が抜け柔く笑みをつくり塀の上を器用に歩く猫の後を追いかける。
 何とかして触れないだろうか。精一杯の背伸びで爪先立ちしても届かなかったし、塀に上っても身軽な猫なのだから一方通行の手からすり抜けられてもしまうだろう。
 子供の頭で頭を抱えた結果、とある結論が出た。そう、とても簡単な答えだ。
 翼で飛んで抱いてしまえばいい。
 結標の壊滅的な料理レベルの上達と同時進行で一方通行も5センチから2、3メートルまでの高さを飛べるようになっていた。その間が長く転んでは尻もち、転んでは顔面落下、けれどもいつかは結標を抱いて飛ぶという目標の為に努力を続けた結果がこれだ。
なのでこの程度の塀ならもちろん楽勝だった。
  (・・・・けど、むすじめから言われてンだよなァ)
  
  「人前で翼は出さないこと。まあ、ここの学園都市では翼が出るっていうのも珍しい程度で済むけど人にバレるとやっぱり危ない
  から気をつけること。ちょっと驚いたり感情によって翼が出るみたいだから、気をつけるのよ?」

 あの時は馬鹿正直に素直に頷いてしまったが今になって一言一言が棘となって、頭に残った。
 無駄にあんなことを言いつけたわけではないのを一方通行でも理解していた。自分が困らないよう、いつだって気遣って惜しまず笑顔をくれる結標との約束は一つだって破りたくなかった。
 そしていざ自分の本能とを天秤にかけて、ぐらぐら揺れている。いけないことだとわかっているのに迷ってしまっている。
  (・・・・ちょっと、だけ)
 ちょっとだけなら人目にだって触れられないまま、猫を抱いて降りてしまえばいいんだ。
 顔を上げて一足で駆け出そうとした先、その猫の体が急にぐらついて弱々しく塀から落ちていく様が一方通行の呼吸を止めた。
 そこから先の動きは早く、地面に叩きつけられる前に手が届くよう子供の脚力なんてたかが知れているのだから翼が一斉に広がり
脈打つと自分の中にはぐったりしている猫がおさまって包まれていた。

  「・・・・・よか、ったァ。でも・・・何でいきなりコイツ」

 落ちたんだ、っていう続きを言えなくなってしまった。
 天使という生き物だけに許された、無垢さを秘めた翼を見て、一人の少女が息を飲んでいた。
 陽の光が降りそそぐ昼間の真空が見下ろす元で、一方通行は初めて結標以外の少女と出会った。

  

68 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/25(月) 00:47:34.44 ID:N8qN0yTIO
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 00:51:41.75 ID:Cdn+VUwt0

  「えーと、」
  「っ」
  「・・・・・こんにちは?ってミサカはミサカは天使さんに挨拶をしてみたり」

 不純物を含まない純粋さだけが、誰の為でもない人間とも呼べない一方通行に向けられる。
 逃げようと思わなかったのはそれがとても耳に残しておきたい声色を持つ、自分の名前を呼ぶ結標と同じで。
 そっと距離を縮めて手の中にある猫に触れるくらいまで、鼻先をかすめてしまうまで顔を近づけてきた少女の動作も一方通行が拒めない温度と距離感で自分の心を解いていっているからだった。
 
  「うーん、やっぱり怪我してるかも、ってミサカはミサカは現状報告してみたり」

 笑顔を崩して優しく息を整えてやるかのような手つきで頭を撫でながら、言った。

  「・・・・けが?してンのかこいつ」

 袖から伸びている、一方通行よりも幼く見えた指が猫の右足を指差した。わずかに傷口から滲んでいる血がして微かに鉄錆びの独特の匂いが鼻をかすめていって、浅い呼吸を繰り返す姿を肌で感じて好奇心だけで動いていた子供の純粋さが痛みとともに自分に返ってきた。
 誰だって見たらわかる傷口が痛々しさを増して、瞳に血ではないものが滲んでいき視界が揺らいだ。輪郭が淡く線を描きとうとう零れ落ち頬を伝いそうになって慌てて袖で拭った。自分を責めている時でもないとわかっていたからこそだった。
  (よく見たら、だれにだってわかるのにちっとも気づけなかった)
 こういう時結標がいたら大丈夫、って言って頭を撫でてくれただろう。笑って許してくれたかもしれない。でも、今だけは誰かに怒って叱って欲しい気持ちであふれ返る。
 もし気づきもしないで、そう思ったら。もっと早く気づいてやるべきだった。
     
  「だーいじょうぶ、ってミサカはミサカはあなたを励ましてみる」

 自分の上から重ねられた手から伝わる温もりが、一方通行の中で形を成さずひしめき合う感情を取り除いていった。
 笑顔がとめてもよく似合う少女がぎゅ、っっと握ってくる。一方通行の心ごと抱きしめてくれているかのようで。

  「手当てをちゃんとしてあげれば治るし、またお散歩も出来るようになるから泣かなくても大丈夫だよ、ってミサカはミサカは優しいあなたに言ってみる」
  「なっ・・・?なな・・・泣いてねェし」
  「嘘。そんなに綺麗な涙を流してバレバレなのよ、ってミサカはミサカは優しい天使ににっこり笑ってみたり」

 手を引かれて立ち上がると、ちょうど自分の目の高さに少女の頭があり風にふわふわ揺れる水玉のワンピースに頭の上で一際目立つくるんと一回可愛らしくはねたアホっ毛に愛着が持てる少女だった。
 陽だまりをまとった少女は、一方通行の片方の手を取ってもう一度、無償の笑みを浮かべて自己紹介をした。
 鈴を鳴らすような、心地いい声で。

  「ミサカの名前は打ち止めっていうんだよ、ってミサカはミサカはあなたに自己紹介してみる」

 自分の名前を呼んで欲しい、と思った。

  「あなたの名前も、教えて欲しいな」











70 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/25(月) 00:52:13.42 ID:N8qN0yTIO
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 01:08:47.10 ID:Cdn+VUwt0

  「いやーまさか会って早々荷物持ちさせられるとは思ってなかったですたい。で?今日は卵何個割るつもりなんだにゃー」
  「・・・・そうね、今土御門の頭でいくつか割ってやろうかしら」
  「はははは、冗談に決まってるんだにゃー」

 スーパーで今日の夕飯の買い出しの最中に幼馴染の顔を見かけたので帰りを途中まで一緒にすることにした。どうやら彼も久方ぶりの学校生活に溶け込んで帰ってきたところで、今日は平和な一日を過ごせたらしい。サングラス越しに時折映る瞳を見れば大体土御門が今何を考えているかぐらいはわかる。
 それでも掴めるのはほんの一握り、嬉しいか悲しいかの境目を瞳の色に混ざる感情を見つめるだけなのだがそうでもしないと彼は本心を晒し出してくれない。
 そうして見つめていてつい目が合うと、からかっているのか優しからなのか目元を細めて微笑んでくる。驚くくらいに温かく、わざわざ覗き込むまでもなくそしてその隙に額を小突かれた。「そんなに見つめられたら照れるんだにゃー」と砕けた言葉と共に。そうやって結標は今まで土御門の隣を歩いてきた。今は、その間にあの天使も挟んでの日常となっているところだった。 
 どうせ二人いるならタイムセールスの卵も買えるとのことでお一人様三パック限りなのを二倍増しで買えるしそのおかげでビニール袋がはち切れそうに膨らんでいた。お互いの片手はビニール袋でふさがっていて面白い学校での話を笑い交じりに聞いた。
 つんつん頭のクラスメイトが落ちていた缶につまずいて、その拍子に女子の胸元にダイブした話。
 青髪のピアスのクラスメイトとメイド談義をして禁断の愛の上でぜひ世界中の妹にメイドでご奉仕制度をつくるべきという話。
 受け身になって聞く話はどれも面白くて、でも自分はそういう楽しい学校の話が用意できていないのがちょっとだけ気まずかった。
  
  「それでね、休日にピクニックに行こうってことになったの。・・・・だから料理のレパートリー増やそうかと思って」
  「それで今度はサンドイッチとタコさんウインナーにチャレンジ中とは、いやーもうこれ花嫁修」
  「ええ、わかってたけど。わかってはいたけど黙って」
 
 ビニール袋の中にはちゃんとお目当ての料理本も入っていて、土御門もわかっててからかっているんだろう。
  (そりゃ家事は不器用だけど、・・・花嫁って大げさよ。大体そんな相手でさえ)
 ふと思い浮かんだのは素直にお留守番をしてくれる天使だった。
  (・・・・さすがにダメよ。まだ、子供だし)
 じゃあもし子供ではなく大人になったらどうなのだろうか。一方通行だっていつまでも幼い姿のままではないだろうし身長も成長期ならすぐ結標を抜かすかもしれないし、あどけないトーンも土御門みたいな低めの変声期にだって入るだろう。
 そうなったら。
 尽きないことを考えても出口もあったものでもないので話題転換をすることにした。

  「そうえいば舞夏ちゃんって、今は海外研修だったかしら?そっちも世界中飛び回ってるんなら会えないの?」
  「んー、まあ中々難しいところかにゃー。連絡は毎日取り合ってるし、元気ってわかってるんなら俺は安心出来るんだけど」

 実は土御門には義妹である舞夏という妹がある。昔から彼女も交えて遊ぶことも多く土御門自身も聞き分けのいい妹を溺愛していて今でも話題の中に彼女のことが上がるのも少なくはない。今はメイドの海外実習の為会う機会には恵まれず結標もたまにメールをし合う感じで土御門も似たようなものだった。
 話す時はもう、嬉しそうに自慢の妹だと豪語する。そんな土御門を見るのは嫌いじゃなかった。
 
  「・・・・・世界に一人しかいない妹なんだから、ちゃんと大事にしてあげなさいよ?好きならなおさら」

 常日頃から妹愛と自称している土御門なら絶対肯定する言葉が返ってこない。
 それどころか立ち止まらせてしまった。
  (・・・どうかしたのかしら。あ、それとも私地雷踏んで・・・・・・)

  「・・・・・・好き、ね」

 自分でワンフレーズを口ずさみ結標の顔を下から覗き込むふうにして、苦笑した。

  「そう、だな。まあ」
  「・・・・・・・・土御門?」
  「ずっと、・・・好きだにゃー。それで笑って、怒ってくれて、泣いてくれたりしたらもっと好きかもしれない。俺が好きだと思ったヤツにはやっぱ幸せになってもらわないと俺がイヤだし、もしそうじゃないヤツが隣にいるんなら」

 一発殴ってやりますたい。
  (・・・・舞夏ちゃんの、話よね?)
 好きな人間には幸せになって欲しいのは誰しも思うことで、当たり前のことなのに。上手く飲み込めなくて当てはまらない。
 彼が心の中で口にして、愛おしげに今呟く人の名前がわからなかった。
 物思いに耽っていると次の瞬間には鼻をつまれた。

  「ん、っ」 
  「まあこんな話はそこまでとして、さっきピクニックに行くって話を聞いたけどそれ俺も行ってもいいかにゃー?」
  
 赤くなった鼻を抑えながらオーケーをすると土御門が謝りながら頭をよしよし触ってくる。
 
  「・・・・いぃ、けど。いきなり何するのよ」
  「えー?だって今の結標の顔何されても気づかなそうな間抜け面だったもんでつい」
  
 苛めたくなったんだっていう言葉と一緒に、その後もいつも通りのまま帰り道を並んで歩いていった。






72 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/25(月) 01:09:04.16 ID:N8qN0yTIO
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 01:15:57.07 ID:Cdn+VUwt0
 
  「わー、ここが天使のおうちなのね、ってミサカはミサカはわくわく気分であなたのあとをついていってみたり」

 打ち止め、と名乗る少女が広いマンションの一室で顔をひょっこり出したりしながら、リビングのソファのクッションに猫を寝かしつける。まずは傷口の消毒をして止血をしてやり、包帯で固定してやることから始めなければならない。初めて結標に会った日も同じようにして処置をされていたのだが、あの緩みっぱなしの包帯の巻き方や消毒薬を塗ったくる不器用満載の処置だけは見習わないようにしないとと思った。テレビの隣にある箪笥の二番目の引き出しに救急箱があるので手探りながら使えそうなものを引っ張り出していく。
 円形の軟膏薬の効能に書いてある漢字に苦戦しているところで、こういうものは猫にも塗って大丈夫なのか皮膚が拒絶反応を起こしたりしないか、とこれも朝番組を心なしに見ていたことから起こる疑問。
  (・・・・だいじょーぶか)
 どのみち放置が一番危険なのだから一先ずはという形でまとめてしまおう。
 ぴょんとはねたアホっ毛が肩から覗いてきたところで。
 そこでようやく一方通行は口を開いて向き直った。

  「・・・・・・何でついてきてンだよ」
  「だってミサカもあの猫が心配だったんだもん、ってミサカはミサカは主張してみたり」
  「フホーシンニューシャが何言ってやがる」
  「あとねあとね、ミサカ的には天使さんのおうちは空の上だって思ったけど、思ったより普通のマンションでちょっとびっくり、ってミサカはミサカは感想を伝えてみたり」
  「・・・・そりゃァご期待どおりでわるかったですねェ。なンならほんとうにお空に飛ンでってやろォか」

  (何か、むすじめバカにされてるみてェで腹立つ)
 打ち止めが少し間を置いてから、笑みを含んだ言い方をする。

  「ううん。むしろよかった、ってミサカはミサカはちょっと安心」
  「・・・・・・・ァ?」
  「だって、お空の上だったら天使さんに手が届かないから。ここだったらちゃんと手が触れられるもん、ってミサカはミサカは
  天使さんに親近感が湧いてみたり」

 もっと言えることあっただろうと思わなくはなかった。一方通行のような天使はこの世界では空想の世界で人の手によって生み出された想像上の存在だと定義づけられている。その存在を信じるものもいれば現実から見ていない存在だと切り捨てる人間もいる。
 そしてこの少女と、結標は前者だ。信じていていたら素敵だよね、って一言の思いを抱いて自分の存在を肯定してくれる。
 うずくまったまま小さく動く丸い猫の足を開きながら、血を止めていく。
  (・・・・・あれ)
 薄まらない赤い色素を詰め込んだ血の色を視界に入れっぱなしだったのか、脳裏に何かが掠めていった。赤と、何故か黒のイメージが離れなくなってこびりついてしまう。線と形すらはっきりしないそれは確かに懐かしい以上に遠くにしまい込んだしまっている。見飽きてしまっている思いがする血の色と懐かしい黒い色の、欠落してしまった記憶なのかもしれない。理由もなく確信してしまった。
 刹那少しだけ形が鮮明に雑音が邪魔をしながら線を成していった。
  (・・・・これ、って)

  「一方通行」

 名前を呼ばれた瞬間、猫なら尻尾を立てて驚いているかのように髪の毛が逆立ちそうになった。
  
  「あれ?えと、変わってるけどあなたの名前なんだよね、ってミサカはミサカはあなたに確認してみる」
 
 ぎこちなく包帯を巻く一方通行に代わって打ち止めが丁寧に手慣れた手つきで何回かに渡って傷口を覆い隠しながら、巻いていく。
 普段から自分の名前を呼ぶ人間は結標と土御門くらいなので呼び慣れないせいもあった。でも自分が記憶を失くす前はもっと多くの存在に自然と口に出されていて、こんな違和感もなく受け取っていたのだとしたらやっぱり記憶が抜け落ちていることが寂しくもあった。
 それもこれからきっと埋めていかなければいけないと思うけれど。
 大体落ち着くと呼吸も静かなものに変わり二人で安堵からくるため息をつくと、冷蔵庫にあるゼリーを皿によそってやった。
 不法侵入者であろうと猫の処置を手伝ってくれたし、何だか振り払える気もしなかったから。
  (・・・・ンでも、なたでここは俺のだかンな)
 適当にテレビでもつけてやると昼間の再放送ドラマだったり、結標が普段の予約必須な奥様お料理番組など暇潰しにはなる番組たちが映っている。

  「そォいや、何でオマエはあそこにいたンだよ」

 思ったことを話題に振ると打ち止めは冷たいオレンジゼリーをスプーンですくいながら、噛み締めている最中だった。
 
  「ミサカは天使さんを探しに来たの、ってミサカはミサカは秘密の目的を明かしてみる」
  「・・・・・・は?天使って」
  「あ、でもミサカが会った天使さんはあなたじゃない人なの、ってミサカはミサカは誤解気味のあなたに説明してみる」

  (・・・・俺のほかにも天使がいる?)
 自分と同じように、この世界に降りて生活をしている天使。少なからず一方通行のような例外ではなく自分の意思で選んだのが天界ではなく人間の世界。そして打ち止めはその天使を探しに来た、と言っている。
 一旦ゼリーの皿を足の上に置く。

  「ミサカ、迷子になった時あったの。周りには誰もいなくって寂しくなって、誰かの名前呼んでも誰も来てくれなかった。ただ泣
  いてたミサカのところに栗色の髪のキレイな男の人が来て大丈夫だよ、って慰めてくれたの」











74 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/25(月) 01:16:23.92 ID:N8qN0yTIO
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 01:20:59.09 ID:Cdn+VUwt0
 
 それは猫に夢中になって追いかけまわしていた時のこと。
 尻尾を左右に揺らしてマイペースに散歩中の猫の後ろをとてとて追いかけて、草むらをくぐったり塀の上を上りあがったり小さな冒険をした後に待っているお約束の展開だった。猫は駆け足で見失ってしまい周りは見知らぬ人と建物ばかりで打ち止めを安心させてくれるものが何一つなかった。
 花柄のカエルのキャラクターがワンポイントの小銭入れにはバスに乗るお金はたったの十円ぽっちで動く足で公園に行きついた。夕方で太陽の温さも色も失っていく時間帯にとうとう不安が込み上げてきて、泣きじゃくった。
 誰でもいいから大丈夫って言って欲しかった。心細くて一人じゃ何も出来なくて、そんな不安さと寂しさだらけの涙を流して叫んだ。
 大好きな姉の名前を、家族の名前を。自分はここにいるんだよって気づいて欲しくて。
 大粒の涙が筋となって粒となって流れ落ちていった。

  「お嬢ちゃん、迷子か?」

 顔を上げると肩にかかる栗色の髪が印象的で、瞬きをする度に映る睫の長さと整った顔立ちが同じ目線の高さにあった。
 滲んだ涙をすくう素振りで細く男性特有の骨ばった指が目尻を拭ってきた。
 黙って何回も頷くとテノール調の声が打ち止めの寂しさを埋める声色で心なしか大丈夫、と抱きしめてくれているかのような感覚になった。長めの前髪から覗く瞳がそう言って打ち止めより薄めの髪の毛が頬に触れて撫でてきた。

  「・・・・ど、しよ・・・ぅっ・・ってミサカは、ミサカは」

 気持ちを吐き出して、シンプルな言葉ばかりが喉をついて出てきた。
 そんなことを言っても困らせてしまうだけかもしれないのに。煩わしく思われてしまうかもしれないのに。
 質のよさそうなジャケットの裾に縋りついた。

  「よし、じゃあお兄ちゃんが今からいいもの見せてやる」
  「・・・・・っ、いぃ・・・もの?」
  「それで泣き止んだら、一緒に家族探そうぜ。いっぱいママのこと呼べばきっとあっちが慌てて走って、抱きしめてくれるって。そうしたら今度はお嬢ちゃんが優しく抱きしめてやれよ?」

 端正な顔立ちからうかがえる男性らしさを残した線の細めの男は、一人の泣きじゃくっていた少女に宥める為に頭を撫でて笑顔で落ち着かせていた。






 そうして立ち上がった視界の先に本来は混ざることのない色が形を帯びて、降っていた。





 空の色にも染まらない、純白の翼が背中から見えて打ち止めと男の周りにいくつもの羽が時を止めたように地上に足をつけると光の欠片を散らせて
消えていく。目の前の翼は淡い光を煌めかせながら大きく姿を見せていた。
 生きているかのように、呼吸をしているかのようにわずかに動いている。
 手を伸ばして、ようやく触れられた羽はやはり触れただけで煌めきをわずかにとどめて空の中に風と共に一部となって見えなくなってしまっただけかもしれない。温かく一瞬で霧散してしまう光の粒と姿を変えてしまう羽たちに目を奪われていた。
 絵本の中でよく見る、可愛らしく美しい天使を見る度会ってみたい見てみたいという気持ちは膨らんでいった。でも大人からはいない、という現実味だけが冷たい反応で切り捨てられて。でも、想像するのは自由だ。いたっていいしもし見つけられたなら。
 笑ってくれているなら。
 素敵なことだと思わずにはいられないから。
 
  「・・・・・すごい。あなたって天使さんなのね、ってミサカはミサカは喜びをあらわにしてみる」
  「そ。俺実は天使なの、んで元気は出たか?」
  「うん!ってミサカはミサカは頷いてみたり」
  「じゃあ行くか。ほら手つないでこうぜ、ああ、それとな」

 人差し指を口元に当てて、打ち止めも真似っこをしながら。

  「ひみつー、ってミサカはミサカはわかってるよってしーってしてみる」
  「おう、わかってんじゃん」

 秘密、な。
 誰もいない公園で、お互いに笑いながら奇跡をあの日体験した。



  
76 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/25(月) 01:21:22.54 ID:N8qN0yTIO
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/25(月) 01:23:17.67 ID:Cdn+VUwt0

  「天使さんの笑顔が忘れられなかったの。あの笑い方は人に優しく出来る、あったいかい笑顔だったからちゃんとお礼を言いたいの、ってミサカはミサカは出来ればもう一回会いたいっていうことを口にしてみる」
  「・・・・・天使探しっつゥことか?」
  「うん。そこでね、同じ天使さんにお願いがあるの、ってミサカはミサカは提案してみる」

 クッションの上で半分くらい目を開けた猫の喉元に触れながら、打ち止めは唇を噛みながら開く。

  「ミサカと一緒にその天使さんを探して欲しいの、ってミサカはミサカはお願いしてみる」

 今日会ったばかりで、天使だって知っても変わらない笑顔と言葉で接してくる少女は思った通り結標よりも幼くけれども同じ雰囲気で懐まで入り込んでくる。
 それに自分もその天使について知りたいし、会ってみたいと好奇心とは異なる興味があった。会って何を言うか何をしたいかは明確ではないにしても同じ存在なら天使であるなら言葉を交わしてみたかった。この世界で天使はたった一人ではなかった寂しい事実を吹き飛ばしてくれるような存在がいるなら、その天使とも友達になれるかもしれないと思えたから。
 打ち止めと結標がそうであったように。
 その答えは案外あっさりと言い出せて、起き上がった猫が欠伸をするのにつられて。
 瞳が微睡んだ頃には額を合わせて二人と一匹、夢の中だった。







 それから一時間後。




  「・・・・・・・どうなってるのかしら、これ」




 

 ソファの上で安心しきって一匹の猫を抱く二人の少年と少女を見て、しばらく固まっていたが。
 とりあえずは掛け毛布でも持って来よう。
 わずかに笑みが零れた後、そう思った。







  (天使が二人に増えたみたいね)






 そんな冗談めいたことを呟きながら。









78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/25(月) 01:27:52.71 ID:N8qN0yTIO
今日の投下はここまでです。

四話はこれにて終わりで五話から天使探しをします。そろそろあの人も動くところに入ったりとするんじゃないかなあと思っています。

ではここまでお付き合いしてくださった方乙でした〜


79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/26(火) 10:35:01.07 ID:lltO4VrIO
おつー
ショタコンを好きになるシスコン……
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/27(水) 19:25:27.57 ID:2he0UVUIO
マイペースながら見てくださってる方乙です。今は小さい一方さんということで第一部辺りですが登場人物についてちょっと紹介。

姫神秋沙
霧ヶ丘女学院の季節外れの転校生。その性格と存在感からかクラスにはまだ馴染めず結標とお弁当を食べる仲。
基本天使については感知しないものの、一方通行はウサギみたいだと思ってる。
特技は平手打ちで料理。後の結標のお料理師匠。

打ち止め
一方通行の初めての同い年の友達。天使探しをしている途中で偶然一方通行の翼を見て感激する。
ちなみに彼女いわくキレたら近所を停電する長女と基本めんどくさがりで朝帰りもする不良もどきの二女と打ち止めの三姉妹で住んでいる。
二年後アクセラレータがパパセラレータに進化する原因となる。

新しい登場人物が出たらまた紹介しておきます。今日にまた更新予定なので夜中頃出没するかも、遅くなって明日ぐらいには。
あと、もうちょっと書きための出来る人間になりたいぜ。

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/27(水) 22:20:35.16 ID:6uIOaGhIO
予告通り今日の分を投下しますね。

忙しいので短くなるかもしれませんが付き合っていただけると感謝です。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/27(水) 22:27:49.58 ID:aamfwH960

 5、looking for.....?




 今度は、天使をもう一人拾ってしまいました。
 
 なんていうフレーズがとてもよく似合うお昼寝の光景でした。













  「・・・・放置、ねえ。そりゃまあずいぶんお優しい決断をなさったことで」
 
 学園都市の中でも特筆して有数の人間のみが集まるとあるマンションの一室で、色素の薄い栗色の髪をさらわせながらテラスの窓を開けっ放しにしていた。無地のカーテンが揺れる先に見える赤髪がぼんやりと薄めの布越しから覗いている。飲みかけの無糖コーヒーのマグカップを持ち直して、口をつけると特有のクセがしつこい苦みが舌先から広がっていく。今はまだ昼前の午前中だが夕方にもなると空の色もあいつと同じ色に染まり一つになる。その瞬間が好きだ、とあいつは言った。この見下ろす立場の存在のあいつが唯一喜びを舌で転がすような声で一言口にしたお気に入り。
 決してお互い顔を合わせることもなく、背中越しに交わされる会話は無機質で抑揚の欠片も感じられなかった。
 頭に浮かぶ話したのも数分あるかないか、けれども必然と運命と装って出会った一人の少女を描いた。
 長い髪をツインテールに結んで人ごみにまぎれたら見つけられそうもない、特徴の薄い少女だったと思う。軽い言葉と口調で堅い表情を崩してやると面白かったが恐らく時間が経てばただの些細な思い出の中に埋もれて、そんなヤツいたかな、程度の存在で終わってしまう。
 だからこそ誰もアレに気づかないでいるのだろうが。
 悟すように物静かな声がテラスから透って耳に届く。 

  「不満か?」
  「いえいえ、俺としてもそっちの方が助かる。面倒事は押し付けられるし、思い知るのはむしろあの子一人だろ。・・・・それに俺らってそういう存在だろ?薄情とかいう言葉がよく似合うような、さ」
  「・・・・・それで、これからどうするつもりだ?」

 干渉するか否か。
 興味心を含まないある程度の自由を許された言葉に返事に行き詰った。
 代わりに己の本心に従って質問で返した。
 
  「それは聞きたいのは俺のセリフなんだけどよ」
  「言っただろう。俺様からあいつに干渉するつもりはない。どうせあいつは記憶を失くして俺様のことも覚えてはいないだろうしな。今のあいつに会ったところで面白味もないだろう?」
  「じゃあ、あの子に手を出すつもりか?」

 返ってきたのは振り向いた笑みだけで、悪戯心たっぷりの妖しいわずかな笑顔だった。口元だけ笑みを形づくって目は今ここにいる自分にすら向いていない。そもそもあいつの心自体この世界にすらないのかもしれない。心の底から手を伸ばしたい何かに出くわした際に自分の心をこの世界に下して、思う存分弄ぶのがあいつの生き方であり存在理由でもあるかもしれない。
 今も続く一人の天使と少女の踊るさまを世界で一番高いところから見下ろしているように。
 この男には世界というものはどんな色で、どんな形をして視界で満たしているのか。
 もしかしたら一生自分には理解出来ないかもしれないし、したいとも思えない。
 その指先に絡みつけている糸の先にはどんな結末を用意し、過程を置いていきどこに導こうとしているのか。

  「・・・・・オマエって、絶対世界は自分の為に回ってるとか思ってるタイプだろ。運命とかいう言葉真に受けて信じちまうようなヤツ」
  「間違ってはいないだろう?」

  (間違ってるさ)
  (少なくとも、たった一人の天使ごときが誰かの運命を変えられるって思ってること自体)
 きっと声にして諭したところで自分の意義を捻じ曲げてくれるような柔和な性格もしていないだろうし、そういった綺麗ごとはむしろ聞き飽きているかもしれない。だからこそ言葉にはせず行動と意思で否定をする。

  「なあ、オマエは思い知るべきだと思うぜ?」

 その運命、という定義自体を変えてしまえる存在も一握りに存在することを。誰もが誰かの手によって動いて倒れてしまうちっぽけな存在だけで終わらないことを。
 予測不可能な人間を甘く見ない方がいい。
  (・・・・ま、あんな女の子一人にそれを望むってのも可哀相かもしんねえけどな)
 何もまだ語るに至らない、始まったばかりの物語は空白のままページを捲ることになる。  
 











83 :イーモバイル対策[sage]:2012/06/28(木) 00:09:33.57 ID:rlZgKq5IO
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/28(木) 00:18:33.28 ID:2rz0fHmf0

 「・・・・・天使が二人に増えたみたいね」

 いつも鍵を開ける音に過敏に耳を寄せてドアを開ける頃には玄関に立っておかえり、というお出迎えがなかったのできっとソファで疲れて眠っているんだろうなと起こさないよう足を忍ばせてみた。天使の寝顔をぜひとも拝見したくてひょっこり顔を出してみると健やかな寝息が二人分で一匹の猫を抱き寄せて眠りの中だった。しかも知らない女の子で言葉にならない寝言を漏らしながら一方通行の手を無意識なのか握ったまま。幼いあどけなさをそのまま露わにした少女はぱちりと大きな瞳を数回瞬きさせた後しばらく夢見心地だった。
 首を斜めに傾げると、少女もつられて首を斜めにして結標をぼんやり見つめてへにゃりと笑った。
 そうして人差し指を小さな唇に当てて、歯を見せて笑って頷きを求めた。目配せした先には寝返りを打ちながら力の抜けた表情をしてお昼寝中の一方通行が口元をもごもごさせたりしていた。
  (起こさないように、ね)
 初めての小さな来訪者をソファから少し離れたテーブルに誘うと、冷蔵庫で冷やしてあるジュース、好みを聞くとオレンジジュースが好きだと小声で希望を口にしてくれたので一方通行用のコップに注いだ。自分は昨晩から作っておいた麦茶を一口含んでから椅子に座った。
 彼女の名前は打ち止め、と言う。
 名前といっても彼女曰く愛称であり本名は別にあるらしい。ただあるきっかけで慣れ親しんだのが本名よりも愛称の方であり名前で呼ばれるのはむず痒いそうで。両手にコップを持って喉の渇きを潤しながら自分のことを並べて教えてくれた。

  「それでミサカは大冒険をしてここまで来たの、ってミサカはミサカは道中のミラクルを思い思いに語ってみたり」
  「電車を乗り過ごして、お金がなくなってふらふらしてここまで来たなんて本当に大冒険ね・・・・・あの子ったらいつの間にこんな可愛い女の子と仲良くなったのかしら。全然聞いてなかったもの」
  「うん。ミサカたちは今日出会ったばかりなんだよ、ってミサカはミサカは本当のことを口にしてみる」

 笑みが絶えず相槌を打ちながら聞いていると、聞き流せない話が耳に入った。
 その時の打ち止めが一番笑顔であふれて、自慢話のように足もぱたぱた動かしながら話してくれた。

  「でも天使さんと同居してるあなたがとっても羨ましいな、ってミサカはミサカはあなたの妹希望を示してみたり」
  「・・・・・・・・天使?あ、ああそうよね!天使みたいに可愛いものね」
  「?天使みたいじゃなくて本当に天使さんなのよ、ってミサカはミサカはあの翼を思い出してほっこりしながら教えてあげてみたり」

 怪我をしていた猫を助ける為に翼を出して抱きとめたこと。
 その翼がとても綺麗で、忘れられなくて、素敵だったということ。
 天使だということがすぐにわかったということを余すことなく教えてくれた。
 表情だけは穏やかさを保ちながら内心はため息をついてばかりとなってしまっていた。
  (・・・・・早速、バレたのねあの子・・・・いやまだこんな小さな子なだけよかったって思えばいいのかしら)
  (あれは本当は翼じゃないって、ただの見間違いって・・・・言えば納得してくれるかもしれない)
 言いくるめてしまえば驚くほど受け入れてくれる子供ならば、ころりと信じてくれるかもしれない。
 けれども小さな少女の夢を壊すような言葉はかけるべきではないと思ったし、天使だと知ってなおさらに一方通行と仲良くなりたいと願う希望を守ってあげたいとも思った。仮に誰かに話したとして本当に天使がいるんだと信じる大人は皮肉にも少ない。彼女だけの秘密にとどめておけば、純粋さで出来た希望だけは心に残る。
 実は結標もサンタクロースはずっと信じていた人間だったりする。
 だからそういう大人にとっての忘れかけの気持ちは、せめて壊さず守っていきたい。
 もぞり、と動く音がすると一方通行が寝ぼけたまま立ち上がりふらふら足取りが危なげなく結標に近寄ってきた。弱く結標の裾を引っ張ると今度はこてん、と額をくっつけて立ったまま眠ってしまった。
 このままベッドまで運んであげたかったがもう夕飯の時間でもあるので、おはよう、と囁くとうっすら赤い瞳が半分開いて微笑みながらおはよォと言葉を交えて隣に座らせた。
 まだ寝ぼけたままの一方通行が眠たげな声色で質問を投げた。

  「・・・・そォいや、天使って俺のほかにもいるっつってたな。それってどンなヤツだったンだよ」
  「・・・・え、天使って・・一方通行の他にもこの世界に天使がいるの?」
  「それを今こいつに聞いてンだ。・・・・俺だって、びっくりしてンだ」

 綺麗と称する以上に心に焼きつける翼を持ち、自由に空を知る存在。
 その存在が一方通行以外にもこの世界で翼を隠して生活して、人に混ざっている。
 そんなことがあるのだろうか。いや、今までその可能性を考えようともしなかっただけでこの世界に天使が住み着いていない確証なんてどこにもない。ここにいる天使がそれを証明してくれているのだから。
 指折りながら打ち止めは記憶を手探って途切れ途切れに特徴を思い出していった。

  「えっとね。確かその人は栗色の髪で」
  「栗色の髪で?」
  「背が高くって、カッコいい顔をしてて」

 打ち止めの言う通りに頭の中で想像を膨らませていった。

  「ちょっと言葉づかいが女の子慣れしてて、あと髪の長さも肩まである男の人だったんだよ、ってミサカはミサカは思い出しながら正確に言ってみたり」

 栗色の髪の毛で、背が高くつまりは長身で顔が綺麗で。
 言葉遣いが女の子慣れしていて、肩の長さまで髪の毛がある。
 男の人。
 結標の表情がぎこちなく固まったまま、動かなくなった。

  「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  (・・・・何故かしらね。すごく見覚えがあるんだけど、でもあんなのが・・・・あんなのが)
 あの日出会った軽薄な男が浮かび上がり、否定する度に何度もそうだと言いたげに頭から離れなくなりさらに二人の視線が刺々しい。
 でも、確かに人間とは違う雰囲気と容貌は天使という存在がしっくりくるしよく当てはまる。もう一度会うことになる、確信めいた思いがついて離れないのは無意識のうちに同じものを感じ取って出会うべき存在だと体が教えてくれたかもしれない。
 心の中で何かを訴えかけていた正体はこれだったんだろう。
 
  「あ、あー・・・そういえば、このことは家族の人は知ってるの?」

 知らない、と一点張りの返事。

  「・・・・・・え、えっとそれってつまりは」

 状況と返事にそぐわない満面の笑みと共に結標の最悪の予測が的中してしまった。

  「つまりは家出してきたのね、ってミサカはミサカは改めて事情を紹介してみる」





85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/06/28(木) 00:27:40.46 ID:rlZgKq5IO
短いですが今日の更新はここまです。

見てくださってる方がいるだけで励みになるのでちまちま更新やっていけたらと思ってます。
それにしてもあの人は最後の最後で動く人なので今は傍観しているだけですが、動くとしたら確実に結標と一方通行の平和を崩しかねないのであまり目立たないという……なので代わりにあの男が動くというわけです。もう名前も出る予定のあの男です。

次の更新は間が空くかもしれませんがまたその時に。
それでは見てくださった方ありがとうございました。乙でした〜
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage]:2012/06/28(木) 08:00:59.81 ID:ZrRJ+BIF0

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/29(金) 20:07:16.59 ID:JEbxXAtIO
時間を空けながら今日の投下をしたいと思います。

それにしても小さい頃はサンタからの手紙を喜んで色んな人に自慢してたなあ、とか思い出しました。今では笑い話ですが。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/29(金) 20:11:22.97 ID:/Qgldv8u0

  「・・・・・いえ、で?」

 結標の麦茶を横取りしていた一方通行の視線と笑顔で言うことでもない事実をさらりと口にした打ち止めの視線を受けながら、一人大人の結標がまともな反応をした。結標にしては珍しく動揺に一気に表情を崩し、慌てて立ち上がって行き場のない手を泳がせたりして忙しい有り様となっている。
 きょとんとした疑問だけを含めた顔つきで二人の子供が疑問符を浮かべながら、しばし沈黙という形で見守っている。
 対してそんな二人の気遣いに目を止めないまま慌てまくっている結標が子供みたいだった。

  「たたた、大変じゃない家出って!こういう時って警察呼べばいいのよね・・・・えっと警察、あ、警備員に言うべきなんじゃ」
  「おちつけ、むすじめ」
  「落ち着いていられないわよ!家出なん・・・・・・・て、ダメよそんなの・・だって、」
 
  「いい加減にしなさい。ホント、何考えてるかわからない子ね。あなたって」
 奥底に蓋をして閉じたまま、しまっておいた記憶が顔を覗き込ませた。
  (・・・・そうだ。私も、したことあったわ。家出。そう、ただ心配だけしれもらえたらよかっただけのくだらない理由で)
 怒るでもなく、悲しむのではなくただ呆れているだけの、感情の言葉。心が向かない瞳だけよく覚えていたから。あの人にとって自分はどれだけの価値がある存在なのかわからなくて、ちっぽけな存在であることを認めたくなかった。
 日ごろから貯めておいた全財産だけを持って親の手を初めて親の手の届ないところへ逃げた日がちらついて、いくらでも自分を嫌いになってしまえる気がして。
 あの時、ただ私は。 

  「むすじめ」

 髪の毛を引っ張られて腰をかがめてみると。
 ぺちり、と両頬を叩かれて目が覚めた。

  「・・・・・・どォした?」

 視界いっぱいに映る、無垢な白と瞳とが重なって現実に引き戻された。
 口を開きかけて、それでも一回閉じると例のおまじないをする。額と額を合わせていい音を鳴らすとようやく彼女らしさが戻ってきた。

  「・・・・ごめんなさい。でも、やっぱり連絡はした方がいいと思うわ。・・・・・心配してくれるような、優しい人なんでしょ?」

  (この子は、私とは違う。いなくなったらちゃんと心配してくれる。探しているかもしれない)
 上を向いて深呼吸をして、もう一度視界を綺麗にし直した。もう一度、手放せないまま持っている記憶を隅っこにしまった。
 誰にも見せないように。
 そこで苦さを噛み締めながら、唇を結んだ打ち止めが氷だけ残ったコップを見つめながら、小さく肯定した。
 
  「うん。とっても大好きなお姉ちゃんだよ、ってミサカはミサカは心残りを話してみる」
  「・・・・それでも、ダメなの?」
  「きっとね、ミサカが遠くに・・・ましてや天使さんを探しに行くって言ったらきっとお姉ちゃんたち心配すると思うの。確かに家出はよくないってわかってるよ。でも、それでも一度でもいいの。怒られる覚悟だって出来てるから、もう一度あの天使さんに会いたい」
  
 励ましてくれて、踏み出す勇気をくれてありがとうと。
 そして、一番伝えたいことがある。

  「それでいてくれてありがとう、ってそう言ってあげたいんだ、ってミサカはミサカは口に出してみる」

 いつだったかすら記憶も薄らいではいるものの、自分にもこんな時はあったように思う。
 いないはずの存在を、夢と希望にあふれた存在との出会いに期待で胸いっぱいに膨らませて。朝起きたら今日は不思議で素敵なことがあるかもしれない、なんてことを思いながら楽しい一日になるようにと祈った子供の時。
 現実を知らない、いたいけな思いだけを胸にして成長していくのが子供だと結標もよく知っている。

  「・・・・前にね、天使さんがいたらいいなって話したことがあったの。会ってお話してみたいんだって。でもね、大抵は大人の人とかトモダチは笑うの。そろってそんなのいるわけない、って空想の中のファンタジーだって。笑ったり呆れられたり・・・・ミサカのお姉ちゃんはそっかって言って話は聞いてくれていたけどやっぱり信じていなさそうで何回も同じこと言われたの」

 少しだけ、顔を俯かせて首を傾けながら自分の思いを引き出していった。

  「けど、それを本当の天使さんが聞いたらどう思うんだろうって、ミサカは一番に考えちゃった、ってミサカはミサカは考えてみる」




  
89 :イーモバイル対策[saga]:2012/06/29(金) 20:12:05.69 ID:JEbxXAtIO
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/29(金) 21:08:24.19 ID:/Qgldv8u0
 
 所詮は誰かの手によって、誰かの一人がちな想像によって生まれた仮初めの存在。根拠も理論も何一つない中で生まれた最初は名前すら与
えてもらえなかったちっぽけな存在だったとして。
 きっと一人の願いを込めて心を持って、体を持って世界に意味を抱いて生まれてきた存在なのだとしたら子供でも大人でも純粋な何かを信じる気持ちだけは忘れず否定されずにいたかもしれない。
 けれども今の世界はそんなに綺麗に回ってはくれない。お優しいだけの空想を冷たい目で見下ろしてしまうことも多いのが、皮肉にも現実だったりもするから。
 道行く大人たちや学生たちに聞いたとしても、同じことを口にしてしまうだろう。さも当たり前かのように。

  「・・・・ミサカは子供だからこういうこと考えるかもしれないけど、もし本当にいたら、みんなにいないって言われたら・・・・・寂しいよねって思う。ちゃんとここにいるのに、いないって言われたら・・・・自分はここにいていいのかなってことを気にしちゃうから。ミサカはそうだから・・・・だから、いてくれたこと、本当に嬉しかった。夢じゃなかったんだって思う。思ったから、いてくれてありがとう、って足りない分の感謝をしてあげたい、ってミサカは本当の理由を言ってみちゃったりしたり」
  
 会えたことを心から喜んで、今度はあの時言えなかった分もまとめて伝えたい。

  「・・・・もちろん、あなたもだよ、ってミサカはミサカは目の前の天使さんにありがとうって伝えてみる」
  
 最初は言われた意味を理解出来ていなかったのか、目を丸くしたきり薄く口を開いていたがそのうち照れ臭そうに気持ちを受け取った。
 真っ赤に染めた顔で、気持ちの返し方をわからないでいて、でも逃げないでいる。
 人からの好意に瞳を揺らして、結標の腕に頬を寄せてきた一方通行の髪の毛に指を通した。

  「・・・・なら、その天使を何が何でも見つけないとね」
  「うん!ってミサカはミサカは手を挙げて賛成してみる」
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  「「で?」ってミサカはミサカはむすじめとダブル視線で見つめてみる」

 たとえ世界の裏側にいたって、何気ない近くにいたとしても。
 必ず。
 
  「・・・・・いいンじゃねェの?別に」

 どこにいても、見つけてみせる。












  「・・・・むすじめ、おふろォ」
  「あ、もうそんな時間だったのね。夕飯が遅くなっちゃったから当たり前か・・・・・今わいたところだから入るのがいいわね」
  
 冷蔵庫にあるものであり合せの具材でパスタを三人分、新品の料理本の説明と写真を比べて二人の口に合うような料理を皿に並べた。人並みとは言えない手つきでパスタの茹で具合をキッチンタイマーで見計らったり、料理本や奥様番組から拾った基本的な包丁の扱い方は猫の手を意識したり自家製のトマトソースを味見しながら調味料で子供の口にもやさしい味付けとなるように微調整を加えたりした。手元が狂って塩をかけすぎたり、中和しようと砂糖を多少大めで甘いトマトソースが出来上がってしまったのはご愛嬌。ワンラインの入った大きめの洋皿によそってしまえばトマトの酸味が鼻腔をくすぐってカバーしてくれたのか、長さがまばらなパスタを差し引いても美味しいミートソースパスタには近づけられた。
 台所に向かった当初は包丁が猫の手とも知らず、味噌汁も味噌をお玉と菜箸でお湯に溶かし馴染ませていく作業も知らず味噌をそのまま鍋に突っ込んで一パックそのまま無駄に残飯行きという無残な結果ではなかっただけ進歩だ。特に目玉焼きに関しては一方通行限定でオーケーサインが出ているので、これだけが得意料理となっているのだ。
 感想は、甘くてトマトな味、なんて息ぴったりの感想をもらってしまったが。
 立派な自炊への道のりはまだ長いらしいことを自覚した結標料理上手な幼馴染とクラスメイトに今度ぜひご教授してもらおうと、スケジュール帳に花丸印をつけた。
 その後は打ち止めが普段見るという某カエルのキャラクターの「ゲコ太☆大冒険〜愉快な仲間とちょこっとラブコメ風味〜」を目を輝かせて夢中になって一方通行から毎週予約決定となって、結標もゲコ太の弟のミニサイズゲコ次郎にきゅんとしてしまったのも束の間のことであった。
 夕飯が終わった後なので子供にとっては目を擦りたくなる時間なので、早めに入れてベッドに寝かしつけるのがいいだろう。

  「・・・・ン、じゃァぷにってすンのやめる」
  
 拾ったと聞いた猫を抱きながら、肉球を指で押すのがマイブームとなった一方通行が唇を尖らせた。
 言いつつ、ぷにぷにする指は止まっていないが。

  「じゃあ、私もちょっとぷにぷにしていいかしら?」

  (・・・・肉球。一度触ってみたかったのよね) 
 擬音語だけじゃ満足出来ないと思った結標が薄桃色のそれをそっと指で軽く押した。柔らかく押し返してくる感触に無意識に何回もクセになる肉球をぎゅむぎゅむつついたり指先で触れたりしながら、ちょっとときめきました。
 すると疑問に思った一方通行が緩んだまま力が戻らない結標の頬に触れると、そのまま引っ張り、左右に伸ばす。
 動かない口を頑張って動かしながら、言葉にならない声が出てきた。
 
  「いひゃぃ、あくしぇられぇーたいひゃいっへば」
  「・・・・・・むすじめのほっぺも、ぷにぷにしてらァ」
  「いーひゃーぃー、ひいてふの、ほぉ」
  「ぷにっぷにィ」

 そんな天使の笑顔を見せられたら、怒る気だって失せてしまう。
 くすぐったさと痛さでを感じた後、胸の中で眠る猫のように頬ずりされてしまった結標は。
 お風呂がわかしっぱなしなのを放置して、お返しにめいいっぱいこっちも頬をすり寄せてみた。
 







91 :イーモバイル対策[saga]:2012/06/29(金) 21:09:19.66 ID:JEbxXAtIO
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/29(金) 21:49:38.56 ID:/Qgldv8u0
 
 三人でゲコ太アニメのエンディングを鼻歌にしてお風呂から上がった後、一人欠伸をしていた一方通行は先にベッドに横になった。もちろん猫も一緒にで、結標も週末とは言ったものの夜更かし理由もないので引き出しからおさがりのパジャマをリビングに持ってくると打ち止めがテラスで夜の暗さが目に馴染むくらいの色に星が瞬いている。その下にいながら見上げては、何かを懐かしそうに自然に開いている口元が語っている気がした。
 だとしても、この夜にたった一人で佇んでいるには寂しい背中であるし夏とはいえ肌寒い時間でもあった。
 吹き抜けた風に身を固まらせながら、見つめる先は何なのか結標は同じ夜を見つめながら察した。
 寄り添って自分のカーディガンを肩にかけてやると、やっと気づいた打ち止めが振り向いた。
 膝を折って、彼女の本心に触れてみた。

  「ホームシック?」
 
 思った通りに打ち止めが初めて、表情の色をなくした。
 代わりに埋めていったのは、寂しさだということもわかったうえで結標は聞いたのだ。

  「・・・・むすじめはずっと、ここで暮らしてるんだよね。親と離れて。・・・・こんなに離れて、寂しい、って思ったことある?ってミサカはミサカは聞き返してみる」
  「寂しい、か」

  (どうなんだろ、それ)
 きっと自分がいなくともあの家は温和な家庭を築けている気がする。いなかったかのように食事をして、些細な会話をして、眠って。だって寂しいと思ってくれているなら結標はここにはいない。
 求められていない。あの家に帰ることを。
 もし一言でも、帰ってきて、と待ち望んでいた言葉をかけられて。手を差し伸べてもらったとして。
 もう全部遅いと思う。今更だなって。
 世界で、一つの家族の中でさえこんなにも自分は小さくちっぽけな人間なのだから。 
 だからそのもしもを今一緒に住んでいる天使に置き換えてみた。まだ住み始めて間もないけれど、自分の生活の中にあの天使がいなくなってしまうのは。
 きっと。

  「・・・・・・うん。私も、とても寂しい。大切だって思っているから、いなくなったらって考えたら・・・・・嫌だって思うから。我ながら子供っぽい理由だけど」
  「そう、だよね・・・・ミサカもそう思う。空見てたらミサカのお姉ちゃんたちも同じ空を見てるのかなって思ったら離れられなくて。・・・・早く、会いたいなって考えずにはいられなくなっちゃった。おかしいね。ミサカが決めたことなのに、勝手に寂しがって・・・・ほんと子供だよね、ってミサカはミサカは情けないと自覚してみたり」

 えへへ、と恥ずかしげに下を向きながら笑みを絶やさずにいる打ち止めを優しく力を入れて抱き上げた。
 そして結標は思う。
 自分と同じ幼さと純粋さで出来た、この小さな少女と。
 一人ぼっちの自分に出会いをもたらした、可愛らしい天使と。
 どちらも大事にして見守っていきたい。抱き締めていきたいと、空に架ける星一つに願いをこめて。

  「じゃあ、帰ってきたらまずはごめんなさいからね」
  「・・・・・うん。それまで、天使さんを見つけるまでミサカ頑張るね、ってミサカはミサカは流れ星にお願いしてみる」

 天使さんに会えますように。
 手の中にある存在を、大事にしていけますように。










  「・・・・・お、流れ星かよ。やっべ早くお願いしとくんだったけこの世界では」


 運命を変えていけますように。





  「めっずらしいんだにゃー。・・・・んじゃ、早めに星が逃げないようにお願いしとくかにゃー」


 大事な人が、今も笑っていられますように。



 
  「・・・・・・きっれェな、お星さまじゃン」


 こんな日がずっと長く、そして今一番そばにいる人とこれからもいられますように。





 それぞれの思いを流れ星という希望に乗せて、今日も出会いをもたらした一日に終わりを告げた。




93 :イーモバイル対策[saga]:2012/06/29(金) 21:51:46.68 ID:JEbxXAtIO
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2012/06/29(金) 23:10:38.88 ID:h32JKYb20
 区切りがやっとよくなったのでこの辺りで今日の更新はこの辺で。
 
 見てくださった方乙でした。次は更新ごとに一話完結を目指したい・・・・です。
 あと寝る時は仲良く川の字で寝てるんだなあと思ってます。プラス猫で、結標と一方通行の飼い猫になるかは検討中です。ちなみに名前も検討中。

 それでは見てくださった方乙でした!
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/06/30(土) 15:32:49.93 ID:rWKVMWsIO
おつおつ。
あわきんとお風呂いいなあ。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/07/01(日) 03:12:23.25 ID:2kjEp0LYo
乙。

俺も3人に混ざって風呂入りたい…。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/07/09(月) 22:54:00.72 ID:AhTWmeAIO
あえての上げ。そわそわ。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/07/21(土) 22:53:45.64 ID:cJ+ASckIO
乙。仲良し三姉妹にやにや。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage]:2012/07/23(月) 23:39:18.27 ID:t+te24+u0
乙。今更読んだけどぷるっぷるゥにやられたわ。待ってる。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/07/27(金) 19:31:08.64 ID:uiz4Wg8IO
フィアンマ&垣根だと…….!あとあわきんのほっぺたむにむに
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/05(日) 15:21:18.01 ID:lkxqg9lIO
とんだクソスレだった
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2012/08/05(日) 19:57:03.58 ID:uqfnnZ0A0
とんだクソヤロウだった
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/08/08(水) 15:59:24.30 ID:YXFYE58IO
クソスレっつぅ事実書いただけだっつのww一方通行の話し方おかしいだろwだからスレないだけの話
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)[sage]:2012/08/08(水) 16:41:25.37 ID:a7zEjqf1o
スレない……?
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/08/09(木) 00:06:15.30 ID:IP6L8KmDO
一方通行がスレてないってことだな!
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/09(木) 04:22:05.85 ID:1ad08yqIO
馬鹿なヤツ……あとここの一方さんは色んな意味で天使だぞ
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/08/10(金) 15:14:00.00 ID:foHQX8Df0
そしてあわきんもマジ天使だった



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