VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:34:07.33 ID:okqOkho00<>※このSSは以前VIPで乗っ取りで書いたやつを改稿したものです。
うん、「焼き直し」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、一晩眠って見直したら、誤字はひでえし終わり方もあれだしでなんじゃこりゃ?って思ったんだ。
クウガは放映当時に一回見たっきりだったし、Fateもクリアしたっきりだったしね。
だからもっかい原作見直して、プロットをきちんと練って書き直すことにしたんだ。
一度見た人は退屈だと思うけど、内容は中盤からかなり変わると思う。

それじゃ、投下しようか。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1344771247
<>五代雄介「聖杯戦争?」 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:36:09.16 ID:okqOkho00<>  
 未確認生命体事件終息より四年後――警視庁 科警研 am8:27

榎田「ゴウラムが消えた?」

 出勤してきて早々に、そんな報告を受けた彼女――
 科学警察研究所の責任者である榎田ひかりは、眉を顰めて相手の言葉を繰返した。

部下「ええ――これを見てください」

 ひとつ頷き、彼女の部下にあたる男がモニターの再生スイッチを入れる。

 映し出されたのは科警研の保管庫に設置された監視カメラの録画映像である。
 
 壁際に設置されたスチール棚に細々とした物品が納められている中、
 部屋の中心に鎮座している巨大な石像が一際目を引いた。

 巨大なクワガタを模して造られたそれが、榎田がゴウラムと呼んだ装置である。
 古代の民リントが、戦士クウガの駆る馬の鎧として鋳造した意思を持つオーパーツ。
 四年前に休眠状態で発掘され、未確認生命体事件を契機にその機能を取り戻し、"四号"のサポートを行っていた。

 映像に映し出されたゴウラムに、当時の金属のような光沢は無い。
 事件が終息してから半年ほどで再び休眠状態となり、それからはずっと科警研の倉庫に保管されていたのだ。

 映像の中の時間が進み、やがて画面に変化が現れ始めた。

榎田「――腐食? いえ、これは」

 榎田が不可解そうな声を上げる。

 保管庫にあったスチール製の棚が、まるで物凄い勢いで風化するように、
 あるいは蟻にたかられる砂糖菓子のように崩れていく。

 棚に載せられていた資料や試薬が床に落ち、保管庫が凄まじい荒れ模様を見せ始めていた。

榎田「まさか……ゴウラムが?」

 ゴウラムは周囲の鉱物を取り込んで駆動する。
 スチール棚がボロボロになっていく様子とは真逆に、ゴウラムには四年前のような金属の色艶が戻り始めていた。

部下「この後、ゴウラムは天井を突き破って飛翔。以後の行方は不明です。情報を集めてはいますが……」

榎田「……分かったわ。上へは私が報告しておくから、沢渡修士に連絡をとって貰える?」

 退室していく研究員から視線を外し、榎田は再び映像を見つめる。

榎田(……何年も全く反応を示さなかったゴウラムが急に再起動――これは何を意味してるの?)

 ゴウラムには意思がある。4年前も、その意思をもって己の使命を懸命に果たそうとしていた。

 戦士の駆る馬の鎧足らんと。心優しき戦士の助けという役割を全うしようと。

 だから、もしもゴウラムが再起動するというのなら、それは、

榎田「五代くんに、何かが……?」

 四年前のあの日を最後に――それ以降一度も顔を見せていない男の名を、榎田はぽつりと呟いた。

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(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:37:08.32 ID:okqOkho00<>  
 ゴウラム消失より一年後――冬木市 深山町商店街 pm17:06


 衛宮士郎はその日、夕飯の買い物をする為に後輩である間桐桜とその場所を歩いていた。

 マウント深山と呼ばれる、その昔ながらの商店街は当然ながら娯楽施設に乏しい。
 腹を空かせた運動部の男子学生等ならともかく、帰宅部の士郎と年頃の女の子である桜が制服で歩くような場所ではない。

 しかしそんなことを気にする衛宮士郎ではなかったし、
 間桐桜は士郎の行くところならどこへでも、まるで懐いてしまった野良の子犬のように後をついていっただろう。

桜「先輩、今日は何を作りますか? 冷蔵庫にお豆腐が残ってましたけど……」

士郎「……今日は藤ねえも忙しくて寄れないっていってたからな。そうなると、結構な量だぞ、あれ」

桜「あー……そうですね。そうすると麻婆みたいな大皿料理だと残っちゃうかも」

士郎「いや、桜がいればそんなこともないんじゃないか?」

桜「なっ、先輩、私、そんなに大食いじゃ――!?」
 
 所帯染みた二人は、どこまでも所帯染みた会話を展開させながら商店街を歩いていく。

 そんな牧歌的な雰囲気の中――ふと、士郎の耳に争うような声が飛び込んでくる。

店員「困りますよ、お客さん。無銭飲食なんて……とりあえず警察呼びますよ、いいですね?」
五代「いやっ、本当に違うんですって。ほら、お金ならあるんですよ」
店員「外国紙幣じゃないですか!」

 見れば道ばたに土で薄汚れたバイクが止まっており、
 その横で壮年に差し掛かった男と大判焼き屋の店員が相対し、なにやら口論を交わしていた。

士郎(見かけない人だな)

 無論、さしもの士郎と言えどもこの商店街の利用客を全員把握しているわけではない。
 単に、その男がこのマウント深山において異質であったというだけの話だ。

 男の身なりは、はっきり言ってしまえば薄汚れていた。

 まるでどこか、文明の恩恵が薄い土地をバイクで走り回っていたかのよう。
 そのせいで本来は温厚なあの店のおばちゃんもヒートアップしているのだろう。

 確かに、あの格好では食い逃げ目的にしか――って、

士郎「……桜、悪い。ちょっと待ってて」
桜「え、あの、先輩?」

 衛宮士郎。正義の味方志望。
 目の前で困っている人がいて、そして助けられるのなら、彼は躊躇いもしない。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:37:40.74 ID:okqOkho00<>  
士郎「へえ。世界中を旅してたんですか」
五代「ああ。一通りぐるっと、コイツでね。帰ってきたのは今日なんだ」

 コンコン、と五代はオフロード仕様バイクのガソリンタンクを叩く。
 商店街近くにある公園のベンチ。
 そこで士郎と桜、そして五代雄介と名乗った男は大判焼きを食べながら談笑していた。
 
五代「でも本当に助かったよ、士郎君。いや〜換金するの、うっかり忘れちゃってて」
士郎「いいんですよ。金額的に損はしてませんから」

 先ほどのトラブルは店員の顔馴染みだった士郎の取りなしと、
 士郎が五代の食べた大判焼きの代金を立て替えることで無事、閉幕を見せていた。

五代「でも、よく俺の持ってる紙幣が日本円でいくらか、って知ってたね?」
   「マルクって、ドルほどメジャーじゃないと思うんだけど」

士郎「ああ、それはじいさ……いや親父が旅をするのが趣味で、そのお金をよくお土産代わりにくれたんです」

五代「ふーん。ソーセージとか、好きだったのかな」

 さて、と五代は残りの大判焼きを口に放り込むと、ベンチから立ち上がった。

五代「改めて、ありがとう士郎君。それじゃ、俺はそろそろ行くね」

士郎「もう行くんですか?」

五代「ああ。日本には帰りたい場所もあるし……それに、これ以上ここにいると馬に蹴られそうだから」

士郎「? この辺に牧場なんてなかったと思いますけど……」

 五代の言葉に桜が頬を染め、士郎の返答に五代が苦笑する。

五代「……桜ちゃん、頑張って」

 華麗にサムズアップを決め、五代はバイクに跨った。
 エンジンをかけ、颯爽と走り去ろうとし――

五代「――あ、そうだ。士郎君、銀行ってどこかな? お金、換金しないと――」
士郎「銀行……ですか?」

 士郎は桜と顔を見合わせ、そしてひとつ頷き合う。
 高校の下校時間は、とうに過ぎている。

士郎「……あの、もう閉まってると思いますけど」

 五代はエンジンを切った。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:40:21.20 ID:okqOkho00<>
 
 ――結局、衛宮宅にお邪魔することになった。

五代「なんていうか……いい子だよなぁ、士郎君」

 野宿でもするという五代を、士郎は半ば無理矢理自分の家に連れて行った。
 曰く、「最近は物騒であるから」らしい。

 貰った古新聞を読めば、それが比喩でも何でもなく、
 最近この辺りで横行している連続殺人事件のことを指していることが理解できた。

 人が起こしたとは思えぬ怪事件。

 新聞の片隅にはこうあった。5年前の再来。

 過去、日本で頻発した未確認生命体事件が再び起こったのではないかと。

五代「……」

 ……それは、あり得ない。
 あり得ないということを、五代自身が一番よく知っている。

 しかし――現実に、事件が目の前にある。

五代(誰かが悲しむのは、いやだな)

 ご馳走なった夕餉は暖かかった。
 それは温度のことではなく、衛宮士郎という少年の人柄だろう。

 桜という少女も、最初は怪しい身なりの自分を警戒していたが、
 最後の方は二、三言葉を交わす程度には慣れてくれた。

 あの幸いを守れれば良いと思う。

五代(あと一度だけ……なら)

 腹部に手を当てて、打算する。まるで内臓の調子を慮るかのような動作。
 だが――五代が気に掛けているのは、臓腑よりもなお深きに位置し、今の五代の根幹を成す存在である。

五代「……頑張れる、よな」

 そして、五代は薄汚れたビルの壁面から背を離した。

 時刻は深夜。冬木市でも新都と呼ばれる区域のとある路地裏に五代はいた。

 その感覚を捉えられたのは、彼の人ならざる感覚が働いたからだろうか。

 天を睨み、地を蹴る。

 飛翔。彼の肉体はすでに人ではなく、そして人を超越している。
 己の身長の数倍を跳び、対面のビルの壁をさらに蹴りつけて飛ぶ。

 数秒後には、背を預けていたビルの屋上にまで到達していた。

 街を歩いていて見つけた違和感の大本はここだ。

 グロンギとどこか似ている、しかし決定的に違う存在の痕跡。しかし、 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:41:34.92 ID:okqOkho00<>  
五代「……女の子?」

???「……」

 屋上で佇んでいたのは一人の少女だった。赤いコートを身に纏い、こちらを睨み付けるように立っている。
 勘が外れたか、と五代は苦笑は浮かべた。
 驚かせてしまって悪かったと、両手を掲げて謝罪のポーズを取ろうとする、と。

???「"動かないで"」

 その動きを、言葉一つで封じられた。

五代「っ!?」

 体がまるで石にでもなったかのように重くなる。
 挙げようとしていた両腕は、だらりと力なく垂れた。

 間違ってはいなかった。五代は再度、認識を改める。

 そもそも鍵の閉まって居るであろう雑居ビルの屋上に、こんな時間に佇む少女が常人であるはずもない。

 少女が口を開く。まるでこれは予定調和だとでもいう風に、相手の自由を容易く奪いながら。

???「この時期冬木に入ってきた、外国帰りの男――」
???「その日の内にあの子に接触した。そしてその身体能力……」
???「何者かは知らないけど、冬木のオーナーとして……そして聖杯戦争の参加者として」

凛「何にせよ、見逃すわけにはいかないの」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:44:37.11 ID:okqOkho00<>
 遠坂凛という少女を魔術師として――聖杯戦争に参加する魔術師として評価した場合、どういう評価が下るか。

 一言で表すなら、天才的な若輩といった言葉が相応しいだろう。

 なるほど、その身に宿す才能はまさに当代随一。
 しかし経験は足りず、そして魔術師として必要な冷徹さも備えているとはまだ言い難い。

 今宵、五代と接触したのも決して得策ではない。
 仮に相手が聖杯戦争のマスターであるのなら、未だサーヴァントを召喚していない自分に勝ちの目は薄い。

 令呪の反応は無いが、魔術回路を閉ざしていれば隠蔽は可能だ。

 とっておきの宝石を十と、形見のペンダントを持ち出したとはいえ、
 魔術に対して絶対的な防護を誇る三騎士のサーヴァントであれば役に立たない可能性は高い。

 それでも彼女がこの接触を押し通したのは、この怪しい男が間桐桜に接触したからだ。

 間桐――桜。間桐になった桜。マキリの家の桜。
 かつて自分の妹だった少女。もはや無関係であるはずの魔術師。

 救う義理はない。それでも放っておけないこの身はなんて無様。

凛(いえ、違う。マスターが誰か把握しておくのは定石よ。
  相手が回路を完全に閉ざしているのなら、こうして直接対峙するしかない。
  そもそも私は冬木の管理者だもの。取り調べるのは正しい行動)

 そんな自己防衛処置を施しながら、魔術刻印のある左腕を五代の頭にかざす。
 暗示は成功し、もはやこの男は動けない。
 まずは記憶を無理矢理覗いて、そして必要なら脳を掻き回し廃人にしてしまえばいい。

 その時だった。男の口から、言葉が漏れたのは。

五代「き、みは……」

凛「……?」

 手を止め、続きを待つ。
 この深度まで暗示を成功させてしまえば、回路を起動させることもできない筈。
 まな板の上の鯉でしかない男の戯れ言を聞く余裕はあった。

五代「ひ、とを、殺す、のか……」

 人を殺す存在であるのか、と。

 連続殺人事件の犯人であるのか、というつもりで五代が口にしたその問いは、遠坂凛の心の琴線に触れた。

 いつもの彼女なら流せた問いだろう。

 だがこの時の彼女は自身の魔術師らしくない行動に自己嫌悪しており、
 そんな自分に対する言い訳を胸中で並べていた。

 人を殺せるのかというという問いかけ。それは魔術師としての責務を果たせるのかという意味。

 男の問いは、図らずしも遠坂凛の心中を逆撫でした。

 だから、

凛「ええ。それが必要ならね」

 彼女は、その"一線"を踏み越えた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:46:09.39 ID:okqOkho00<>  
五代「……そうか」

 響いた声に、凛ははっとして顔を上げた。
 相手の声の質が、変わっていた。

五代「君が……誰かの笑顔を奪うのなら」

 暗示の下から漏れる、掠れた声ではなく。

 確かな意志を見せつける、戦士の声に。

五代「……止めて、みせる!」

 鉛のようだった男の両腕が、鋭く、そして迷いなく動く。

 凛もそれに反応し、バックステップで距離を取る。
 記憶改竄の術式は破棄し、強力な呪いを刻印に詠唱させた。 

 男は構わず動き続ける。両手を腹部のやや下へポイント。
 丹田の辺りを押さえつけるかのような動作に呼応し、その部位が歪み、

 強大な神秘の気配が、解き放たれた。

凛(……!? 違う、こいつはマスターじゃない!)

 ちっ、と舌打ち。

 ポカをやった。これほどの神秘ならば、きちんと事前に探査すればその余波くらいは感じ取れただろう。
 自分の知らない、無名の魔術師が持っていて良い神秘の格ではない。

 ならば可能性はひとつのみ。

凛「防音、終了――狙え、一斉射撃!」

 フィンの呪いを解き放つ。数は無数。速度は音速にすら届く、機関銃の如き掃射を。
 ――通じぬことを、半ば予想しながら。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:46:43.47 ID:okqOkho00<>
 
 着弾。轟音とともに、土煙。

 しかしその中には確かな人影。

 どこも欠けることはなく、それどころか――甲冑のようなものを、纏っている。

凛「やっぱり――サーヴァント!」

 影が動く気配を見せた。突進の構え。

 サーヴァントと格闘するなど冗談ではない。逃げに徹するべきだ。凛はさらに後ろに飛んだ。
 魔術刻印は主を助けるための術式を片っ端から詠唱し、
 すでにその身は羽毛よりも軽くなっている。

 再度、跳躍。凛の体は容易くフェンスを越える高さに到達する。

 ――その足を、甲冑が掴み止めた。

凛「なんて――」

 出鱈目。英霊の脅威を分かってはいたが、実感はしていなかったということ。

 魔術で強化した凛の身体能力は、100メートル以上の距離を7秒で走り抜ける。

 その彼女に、甲冑は追随してみせた。
 靴越しに伝わる力からは不吉な予感しかしない。
 このまま屋上の床に叩き付けれられば骨折では済まないだろう。

 ――だけど、

凛「――引っかかったわね!」

 次の瞬間、甲冑はつんのめるようにその動きを止めた。
 その右手には、少女のローファー"だけ"が残されている。

 逃走の速度すら、サーヴァントに敵わぬことなど承知。

 だからあえて靴を掴ませ、その瞬間、足を引き抜いたのだ。

 もっとも、それでは一瞬の足止めにしかならない。

 だから次の手もすでに打ってある。

 甲冑の頭上にきらめく小粒の光があった。
 跳躍する際、上に投げておいたとっておきのトパーズ。

凛「解放!」

 屋上に、風が吹き荒れる。
 本来なら家屋数軒をぶち抜くはずのその風は甲冑を数メートル後退させるだけに留まったが、
 しかしサーヴァント相手に命を拾えるなら上等。

 凛は夜の街を落下しながら、相手の姿を目に焼き付ける。

 ――赤の鎧を身に纏った、戦士の姿を。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:48:15.78 ID:okqOkho00<>  
 風が収まった屋上で、五代雄介は変身を解いた。

 久しぶりの変身はどうにか上手くいったようだ。
 体が動かなくなったときは焦ったが、秘石の存在を意識した瞬間、重圧は消えてくれた。

五代「……」

 後を追うべきだったが、それをしないのは彼も混乱していたからである。

 最初は少女が例の連続殺人の犯人なのかとも思った。
 新聞やニュースで知りえた殺人現場の様子からして、
 相手がグロンギのような奇妙な力を使うかも知れない、とは予想していた。

 しかし聖杯戦争やサーヴァントといった理解できない単語。
 そしてどう見ても連続殺人鬼に見えない、相手の冷静な判断。

 そういったものが、五代の足を止めていた。

五代「本当にあの子が犯人なのかな……?」

 少なくとも自分に襲いかかってきたのは事実だが、確信が持てない。

 五代はがりがりと頭を掻くと、自分も帰るためにビルから飛び降りようとして、


 ――ずきりと丹田を襲った、鋭い痛みに顔をしかめた。




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(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:49:44.40 ID:okqOkho00<>
 
 翌朝。士郎が目覚め、土蔵から這い出した時には、すでに五代が起きていた。

五代「おはよう、士郎君……え、なんでそこから出てくるの? 倉庫でしょ、そこ」

士郎「いや、がらくた弄ってたらそのまま寝ちゃって……おはようございます、五代さん」

 それにしても、と士郎は庭を見渡した。
 武家屋敷だった衛宮家の庭は広く、この冬の時期は枯れ葉がよく散乱しているのだが、
 今朝はそれが全くない。

 その因果関係は、五代の手にしている竹箒に集約されているようだった。

士郎「掃除してくれてたんですか?」

五代「ああ、お世話になっちゃったしね。それに掃除は得意なんだ。2000の技のひとつだし」

士郎「2000の技?」

 耳慣れぬ単語に、士郎が首を傾げる。
 聞いてみると、どうやら過去の恩師と『2000年までに2000の技を覚える』という約束を交わしたらしい。

士郎「いい話だな……いや、感動しました。五代さん、約束を守ったんですね」

五代「うん、まあね。親みたいな人だって思ってるから」

士郎「親との約束……ですか」

 どこか奇妙な感慨を含んだ士郎の声音に五代は首を傾げたが、しかしすぐにそれは中断された。
 五代が大きなくしゃみをして、鼻を垂らしたからだ。

五代「っくしゅ! うー……やっぱり冬は寒いなぁ」

士郎「他所と比べるとそんなに寒くならない、っていうけれど……五代さん、風邪ですか?」

五代「いや、もうほとんど治ったんだけど、ちょっとまだ体が重くて……」

士郎「あれ。客間、寒かったですか? 母屋の和室よりはましかと思ったんですが」

五代「いやー……実はちょっと深夜に散歩をね」

士郎「危ないですよ! 物騒だって言ったじゃないですか!」

五代「そう、危ないんだ」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:50:16.71 ID:okqOkho00<>  
 言って五代は竹箒を母屋の縁側に立てかけると、真剣な瞳で士郎を見つめた。

五代「士郎君、これからしばらくはさ、夜の間、外に出ないほうがいいよ」

士郎「……何かあったんですか」

 五代のただならぬ様子に、士郎も表情を変えて応じた。

五代「説明はしにくいんだけど……とにかく、約束してくれるかな?」

士郎「……分かりました。出来る限り、控えます」

 士郎の返答に、五代は笑みを浮かべた。

桜「せんぱーい……と、五代さーん。朝ご飯ができますから入ってくださーい」

士郎「……しまった。今日も桜に朝ご飯を任せてしまった」

五代「しまった、そういえば士郎君を起こすように頼まれてたんだった」

 男二人、ぺしゃりと額を叩きながら玄関へ回る。

士郎「五代さん、そういえばよく箒の場所分かりましたね?」

五代「箒を探すのも、2000の技のひとつだからね」

士郎「凄い汎用性だな2000の技……」



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(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:50:48.55 ID:okqOkho00<>  
五代「それじゃあ、俺はこれで」

 朝食を食べ終わり、士郎と桜の登校に合わせて、五代もバイクを押しながら門を出た。

五代「ご飯、美味しかったよ。うん。やっぱり日本食が一番だよね」

士郎「これからどこへ行くんですか?」

 問われて、五代は一瞬だけ足を止めた。

五代「知り合いの刑事さんに会いに行く予定だったんだけど……」

 そう。それが五代雄介が日本に帰ってきた理由。
 時間的な余裕はさほどない。約束をしているわけではないが、しかし時間は残されていない。

 だが、それでも。
 この街にかつての未確認生命体のような脅威があると知ってしまえば。

五代「――やっぱりもう少し冬木にいることにしたよ」

 五代雄介は、そこから眼を逸らすことが出来ない。

士郎「それじゃ、まだ家にいたら……」

桜「先輩、あまり引き留めるのもご迷惑ですよ」

 士郎の言葉に苦笑しながら、五代はヘルメットを被った。
 ありがたい話だが、昨晩の少女との争いに二人を巻き込むかもしれない。
 それもまた、五代にとって許せることではなかった。

五代「しばらくは新都のビジネスホテルにでも泊まろうかと思ってるんだ。
    もし何か困ったことがあったら……ほら、この番号に電話して」

 そう言って五代は自身の持つ携帯の番号が書かれている名刺を二人に渡す。
 
 桜が首を可愛らしく傾げて、「2000の技?」と呟いているのを尻目に、五代はバイクを発進させた。

 また会いたいが、できれば会いたくない。そんな矛盾した気持ちを胸に抱いて。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:51:36.05 ID:okqOkho00<>  
 冬木市を大雑把に説明してしまうのなら、真っ二つにしたジャガイモとでも形容できようか。

 中央の未遠川で二つに区切られ、東側が新都、西側が深山町という風になっている。

 片や近代的に発展した新都、片や武家屋敷などかつての趣を残す深山町。

 外国紙幣を換金できるような大きな銀行は、新都にしか存在しない。

 その為、五代は一度新都に行ってお金を換金し、それから再び深山に戻って昨日の大判焼き屋にお詫びに行かねばならなかった。

 五代の人柄と持ってきた菓子折りに気を良くしてか、主人とは無事和解し、仲良くなって大判焼きをひとつサービスして貰う。

五代「さて、これからどうしようかな……」

 再度新都にまで戻り、新都の公園――とは名ばかりの空き地――に五代は腰を落ち着けた。

 ベンチの上で二日連続の大判焼きを囓りながら、ぼんやりと周囲を見渡す。昼間だというのに、人気はない。

 自分に時間はあまり残されていない。あの少女に再び会う必要がある。それも可能な限り早く。

 少女の年頃は士郎達と同じくらいだろう。ならばこの時間は学校に行っているのか。
 それともグロンギのように擬態できるというだけで、そういう人のコミュニティには属していないのか。

凛「いや、学校には行ってるけどね。流石に今日は休んだわ」

五代「もしかして、俺のせいで休ませちゃった?」

凛「そうね、靴も片方取られたままだし」

 座って良い? と尋ねてくる少女に、五代は頷いて場所をあけた。

凛「その様子だと、あの後私が放った使い魔には気づいてたんでしょ?」

五代「ツカイマ? いや、何となく見られてるなー、って気はしてたけど」

凛「そう、それで。こんな人気のない場所でぼーっとしてたのは、やっぱり私を誘ってたのね」

五代「え? いや、別に。これからどうしようって悩んでただけだけだよ」

 そう五代が呟くと、凛はぴしりと硬直した。
 そのまましばらく沈黙して、やがて何かを諦めたかのようにはあ、と溜息をつく。

凛「……安心した。やっぱり貴方、魔術師じゃないんだ」

五代「そういう君も、やっぱり連続殺人犯じゃないよね?」

凛「連続殺じ……ってなんで私が――!」

 と、叫びかけて、凛はこほんと咳払いをした。仕切り直すように、ベンチに座り直す。

凛「どうやらお互いに誤解があったみたいね。
  私の相棒も貴方からサーヴァントの気配はしないって言ってる。アサシンのクラスってわけでも無いみたいだし。
  ねえ、この際だからお互いの情報を交換しない? 貴方、今のこの街に留まるには物事を知らなすぎるわ」

 そうして、二人はお互いの身分を明かし合った。

 凛は聖杯戦争と魔術師のことを。

 五代は五年前の未確認生命体事件の真相と、自らの体に隠された霊石アマダムのことを。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:52:56.93 ID:okqOkho00<>  
凛「未確認生命体事件……か。あの事件は私も覚えてるわ。
  冬木のオーナーとして、この地を正体不明の怪物に蹂躙なんてさせられなかったから」

 それは五年前に日本で起き、世界を震撼させた事件の名称である。
 古代の遺跡より復活した謎の生命体が、身の毛もよだつような方法で人を次々に殺していった事件。

 最後には、たった一度の殺戮で三万人もの死者を出した。

 当時まだ中学生に上がる直前だった凛も、冬木の管理者たる遠坂の当主として、
 未確認生命体に対する防備や結界の準備を、後見人に手伝ってもらいながら行っていた。

凛「幸い、この辺には一匹も現れなかったんだけどね。
  あの件は、この国での影響力が弱い魔術協会や聖堂教会じゃなくて
  この国独自の退魔機関が主導で動いてたから……私のところまで情報が降りてこなかったし」

 ぶつぶつと呟いている凛を傍目に、五代は突如叩き付けられた莫大な情報を前に呆然としていた。

五代(聖杯……戦争。サーヴァントと魔術師……)

 ――いや、それは情報の量に圧倒されていたのではない。

五代(連続殺人の犯人はそれに参加した魔術師。魔術師は……自分の為に、一般の人を利用する)

 ならばそれは、ゲーム感覚で殺人を行っていたグロンギと何が違うのか。
 魔術師は反論するだろう。これはゲームではなく、根源に辿り着くための研鑽であると。

 だが五代雄介という人間にとって、そんな主張は知ったことではない。

 どこかの誰かの笑顔を守る。それが五代雄介の行動原理。

凛「――と、それはともかく。
  貴方、今すぐに冬木を出た方がいいわ」

 だからこそ、そんな凛の言葉に五代は反発した。

五代「どうして?」

凛「貴方が底抜けのお人好しで、この戦争をどうにかしたい、と思っているのは分かるわ。
  それが可能な力を持ってるってことも、貴方が例の『4号』だっていうのなら納得できる」

 未確認生命体第4号――世間から見たクウガの呼び名。

 人々を襲う未確認生命体から、人を守るために戦った唯一の未確認。

 その姿を消した時期から見て、一晩で三万人を殺戮した例の『第0号』と相打ちになった、というのが世間一般での定説である。

 もっとも、こうして五代は生きているわけだが。

凛「でも、今回はそれが不味いの。貴方のそれ」

 そう言って、凛は五代の腹部を指差した。
 アマダムを嵌め込まれた、変身のためのベルト――アークル。

 昨晩実際に目にして掴んだ性能と、いま五代から聞いた特性。
 それらを組み合わせて弾き出した解は、これが英霊の宝具にすら匹敵する魔術礼装であるということ。

凛「阿呆みたいな神秘を積み重ねてる上に、装備者を伝承保菌者にする特性。
  断言してもいいけど、魔術師なら放っておかない。
  最悪生きたまま標本にされるか、殺されて霊石を摘出されるわ」

五代「そう簡単には――」

凛「いいえ。強い、弱いの問題じゃないの。
  貴方の抱える神秘を奪うためなら、協会の封印指定狩りが動いてもおかしくないんだから。
  今までばれなかったのは、この国が魔術協会の干渉を受けない特殊な環境だったから。
  でも聖杯戦争に絡んでしまえば、絶対に報告が上まで行くわ」

 そうすれば、もはや普通の生活はままならなくなる。
 そんな凛の忠告に、しかし五代は折れない。

 もとより、代償が"普通の生活を続けられなくなる"ということなら――躊躇う必要すらない。

五代「……それでも俺は、みんなに笑っていて欲しいんだよ」

弓「――たわけが。ならばそのまま死ねばいい」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:54:11.89 ID:okqOkho00<>  
凛「っ、アーチャー!?」

 驚愕の声を上げる凛と、突如響いた声に当たりを見渡す五代の前に、
 赤い外套を纏った褐色色の男が現出する。

五代「サーヴァント……」

 五代が身を硬くする。どう見ても友好的ではないその態度に。

弓「お人好しだな、凛。君も他人のことを言えまい。
  この男は死ぬのが分かっていても行くという。ならば勝手にさせておけばいいだろう。
  見ず知らずの人を救う? ああ尊い行動だな。素晴らしい。感涙を禁じ得ないよ。
  ならば好きにするがいい。その理想に殉じるのなら幸せなのだろう?」

凛「ちょ、ちょっと――」

 勝手に現界した上、何故か喧嘩腰の従者に凛は慌てて制動をかけようとする。
 だがアーチャーは止まらなかった。
 それどころか、いつの間にか両腕に二対の短剣を握りしめている。

弓「いや――ならばここで私たちに狩られるのも納得済みということだ。
  魔術師である遠坂凛と、聖杯争奪戦参加者の私にな。
  その霊石――宝石を扱う遠坂の家なら十二分に活用できるというものだろう」

 陰剣の切っ先を向けられ、五代は困惑を浮かべる。

五代「……ええと、その。アーチャーさん、でいいのかな?
    戦わなきゃいけない理由なんてないと思います、けど」

弓「私のマスターの話を理解していなかったのかね?
  聖杯戦争など、結局は殺し合いだ。貴様はそれに干渉すると言い、私たちはその参加者だ。
  そら、殺し合う理由には十分というものだ」

五代「凛ちゃんは、無差別に人を殺すような子には見えないよ」

弓「ほう、無差別でないなら殺してもいいと?」

五代「……それは」

弓「先ほどの話は聞かせて貰った。未確認生命体だったか」

 そして、弓兵は皮肉気な笑みを口許に浮かべ、

弓「まったく『都合の良い事件』もあったものだと失笑してしまうよ」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:55:37.34 ID:okqOkho00<>  
 ――ぱしっ、という乾いた音が当たりに響いた。

 それが、五代雄介が意識を取り戻して始めに耳にした音。
 あるいは、その音を切っ掛けに意識を取り戻したのか。

 どちらでもいい。ただ、いまある現実として、

弓「ほう、やる気か。意外だな。もう少し冷静なタイプかと思っていたが」

 アーチャーが、戦士の拳を短剣の背で受け止めている。

 ――かつて、初めて"変わった"時のように。

 いつの間にか、五代の全身を白い鎧が包み込んでいた。

五代「――あ」

 不味い。

 五代の背筋から冷や汗が噴き出す。
 昨晩の感覚からして、短時間の変身ならあと数回はいけると踏んでいた。

 だがそれは都合の良い幻想に過ぎない。

 こうして少し挑発されるだけで、軽く心をざわつかせただけで。

 "今の"五代雄介は、秘石の力に振り回される。

五代(落ち、着け。制御しない、と)

 脳裏を掠めるのは"一年前の"惨劇。

 ――広がる荒野。

 ――砂と化したゴウラム。 

 ――鮮血に染まった右腕。

 あれを繰り返してはならない。そう思い、心を保とうとして。

弓「ならば是非も無い――ここで死ね、下らぬ理想の徒よ」

 五代の攻撃に応じて、人類の到達点である英霊、アーチャーが放った殺気に。
 反射的に身構えてしまった五代の心は大きく揺れて――そして、その手綱を取り落とした。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:56:12.81 ID:okqOkho00<>
 
 空間が歪み、戦士の鎧が白から、昨晩も見た赤色のものに変化する。

凛(やっぱり――)

 凄い。空恐ろしいまでの年代を重ねた神秘。
 神秘の格としては、自分のアーチャーを軽く凌いでいる。

 神秘は古ければ古いほど強大になる。

 リントの戦士、と言ったか。

 おそらく、その起こりは西暦が始まる前後。
 下手をすればそれ以上の年月を重ねたそれは、魔術師垂涎の品だろう。

 当然、あれならばサーヴァントにもダメージを与えられる。

五代「――!」

 赤の戦士が繰り出す拳を、アーチャーが短剣の腹でいなす。

 そういえば、自分のサーヴァントもこれが初戦闘だ。

 昨晩――五代雄介と遭遇して、彼をサーヴァントと誤認した後。

 凛は家に戻り、サーヴァント召喚の儀式を執り行った。

 あの異形との遭遇戦は肝を冷やしたが、しかしさほど魔力は消耗していない。

 補助の宝石を少し増やせば、万全の体制で召喚できるだろう――凛はそう確信していた。

 しかし、魔力量は問題なかったものの、彼女は別のミスを犯していた。

 彼女の魔術回路が最も活性化する時間。その時間をつい一時間ほど、うっかり間違えてしまったのだ。

 結果、出て来たサーヴァントは狙っていたセイバーではなくアーチャー。

 おまけに記憶喪失とかふざけたことを抜かすので、能力も正体も分からない。

凛(クラスも間違いだった、てんじゃないでしょうね……)

 今も弓を扱うべきクラスの癖に、アーチャーは双剣で戦闘を始めていた。

凛(……なんであいつは五代雄介にあそこまでむきになるのかしら?)

 凛は首を傾げる。

 そもそも昨晩に凛が遭遇したという、あの赤い戦士にもう一度接触してみることを強く提案したのは――

凛(アーチャー、あいつ自身の筈なのに)
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:56:51.94 ID:okqOkho00<>  
 凛が訝しむ間にも、戦闘は続行される。

 戦士と同じく赤色を纏う弓兵は、接近戦で互角の戦いを見せていた。

 ――いや、それでは少し語弊があるか。
 弓兵は押されている。数回、拳とぶつかり合うごとにその短剣を取り落としていた。

 だが奇妙なことに、アーチャーは落とすたびに新たに剣を虚空から取り出している。

 無理に剣を保持しようとはせず、あえて手放して次撃を防御する。
 それは武器が無数にあるからこそ可能な戦法だった。

 故に陥る千日手。戦士は弓兵の防護を抜けず、しかし弓兵は攻めに転じることが出来ない。

弓「――躊躇いなく、全てが急所狙いか。
  謝罪しよう、五代雄介。お前は"人の守り方"を心得ている」

 所詮、戦って何かを守ろうとすることは、相手を殺すことでしかないと。

 アーチャーは皮肉気に笑って、そう告げた。

五代「――!」

 その挑発に反応してか、戦士の猛攻がさらに苛烈さを増す。

 今までは両手だけしか使っていなかったが、さらにそこに足技が織り交ぜられていく。

凛「……」

 その光景に、凛は一抹の違和感を覚えた。

 五代雄介。きちんと話したのはさっきが初めてだが、それでも人柄くらいは掴めたものと思っていた。

 表裏の無い、典型的なお人好し。おそらくそれを大きく外す、ということは無い筈。

 だが、それならば。

 今こうしてアーチャーの安い挑発に激昂しているそれは、そのイメージから逸脱する。

凛(むしろ――逆?)

 どちからといえば、怒っているのはアーチャーのほうだ。

 マスターの意に反する行動を取り、重圧がかかっている筈のその身で戦士と戦い続けている。

 まるで――あの五代雄介の在り方を認められないとでもいうかのように。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:57:27.91 ID:okqOkho00<>  
 そう。感情的になっているのは弓兵。

 ならば――それと相対する赤き戦士は、如何なる精神状態で戦っているのか。

五代「――」

 戦士は無言。その攻撃の勢いを増していくだけで、一言も返そうとはしない。

凛(だけど、それって)

 凛は別の可能性を思う。

 あの戦士の苛烈さが、弓兵の言葉によって引き出されたものではなく。

 ただ自然に――それこそ下り坂を転がる大岩がさらなる加速を得ていくように、自然に増大していくものならば。

 改めて得たそんな印象に、凛はゾクリと背筋を震わせた。

 その行き着く先には何があるのか。闘争の先にあるものなど決まっている。
 死、破壊、破滅。表現の言葉に差異はあれど、それは致命的なカタストロフィに他ならない。

 それがどちらに訪れるにせよ、アーチャーを止めるべきだ。

凛(……でも、その手段が私にはない)

 すでにアーチャーには、召喚直後に使用した『命令に絶対服従しろ』という令呪の効力が作用している。

 期間を限定しない上に曖昧な内容だった故その効果は減じているが、
 それでもアーチャーは己のマスターが抱く『戦闘を停止しろ』という念を理解しているはずだ。

 その上で眼前の光景があるというのなら、それこそ再び令呪を用いるしかないが、

凛(サーヴァントへの強制命令権。令呪は、三回しか使えない。
  いいえ、三回目を使えばマスターは英霊を使役できなくなるから、実質自由に使えるのは二回だけ……)

 すでに遠坂凛は、その一画を失っている。

 その事実を前に、凛はゆっくりと令呪の刻まれた腕を下ろした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:57:59.17 ID:okqOkho00<>  
 両の短剣が吹き飛ばされる。これで地に落ちた剣は十を数えた。

 戦士と弓兵の戦闘は佳境に入ろうとしている。

 否、弓兵がそれを望み、そして幕を下ろし始めた。

弓「――終わりだ。その理想に殉じるが良い」

 戦士の一撃をそれまでのように受けるのではなく、後退して回避。
 それで稼いだ一瞬の時間で弓兵は双剣を投じた。

 放たれた肉厚の短剣は愚直に間合いを詰めた戦士に――当たらない。
 くるくるとまるでブーメランのように回転しながら、戦士の左右を通り過ぎていく。

 再び接近戦の間合いに持ち込まれ、振るわれる戦士の拳。
 それをアーチャーは再び"投影"した短剣でもって受け止める。

 投剣を避けられても、弓兵の表情に焦りや驚愕は無かった。全てが思惑通りだ。

弓「鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

 アーチャーが扱う武装はすべてレプリカに過ぎない。

 この双剣のオリジナルは古代中国の、とある名匠によって打たれた陰陽剣だ。

 その性質はさながら磁石の如く――二つの短剣は引かれ合い、決して離れ離れにならない。

 投じた二振りは弧の軌道を描き、アーチャーが持つ本来なら有り得ない"二組目"の双剣の下に戻ってくる。

弓「心技、泰山ニ至リ――」

 戦士の連撃を、アーチャーは真正面から受け流し続ける。

 正直、辛い。もとより筋力のステータスは向こうが一ランクは上だろう。
 その上で、今の自分は令呪の縛りにより全ステータスにペナルティを受けている。

 こうして拮抗状態を作り上げられているのは、多種多様な戦場を渡り歩いて構築した戦闘論理のお陰だ。

弓「心技、黄河ヲ渡ル」

 不利な状況。そしてここで勝利できても、相手がサーヴァントでないのなら得るものは無い。

 それでいて失うものは多い。マスターとの信頼関係、自分の技量を他の参加者に知られる可能性、戦闘に使用する魔力。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:59:04.24 ID:okqOkho00<>  
弓(だが、それでも――!)

 警告でも脅しでもなく、アーチャーはここで戦士を殺すつもりだ。

 五代の語る青臭い正義が気に入らない。それもある。

 だがそれはおまけのような理由に過ぎない。

弓「唯名、別天ニ納メ」

 何故ならアーチャーは"この戦士を知っている"。

 知っているからこそ――"五代雄介が聖杯戦争に干渉するというのなら"ここで殺さなくてはならない。

 ――両雄、共ニ命ヲ別ツ……! 

 鋼が空気を裂く鋭い音。

 背後から迫る白黒のニ剣に、ようやく戦士が気づく。振り返りもせず、片腕で迎撃。

弓(それで詰みだ!)

 意識を集中する。背後から襲わせるべく投じた双剣は、この一瞬のための時間稼ぎに過ぎない。

 地に落ちている五組の双剣の内、二組が爆発した。

 壊れた幻想――宝具に魔力を過剰注入し、込められた神秘諸共破裂させる。

 もっとも陰陽剣のランクでは大した殺傷力は期待できない……アーチャーの狙いは戦士ではなく、残り三組の双剣。

 すでに布石は打ってある。落とした剣の布陣は、戦士を囲うように仕組まれていた。

 爆風によって宙に跳ね上がった剣は、俯瞰すれば歪な六角形の頂点にも見える。
 その六角形の対角線が交差する一点に、戦士はいた。

弓(そして干将莫耶は、互いに引かれ合う――!)

 浮き上がった多数の双剣が、中心の戦士を切り裂かんと殺到する。

 戦士のした行動はただひとつだった。先ほど迎撃した短剣を素早く屈んで拾い上げただけ。

 そこまでで限界だった。迎撃に回避、その他、全ての行動を時間は許さない。

 しかし戦士の心に焦りは無い。悲しみも歓喜も、何も無い。

 それは、ただ目の前の"敵"を只管効率的に倒そうとする兵器のようで―― <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 20:59:44.84 ID:okqOkho00<>  
凛「このっ、いい加減にしなさいっての――!」

 戦場に、少女の声が響いた。

 否、実際には響かなかっただろう。何故なら、直後に全てを吹き飛ばす大爆発が起きたからだ。

凛「防音終了。二番、解放!」

 少女が自身の持つ、十年掛けて魔力を注ぎ込んだ宝石を惜しげもなく投入。

 己のサーヴァントであるアーチャーと、五代雄介に向かって。

弓「な――!?」 

五代「!?」

 アーチャーは己の主が本気で攻性魔術を行使しようとしていることを察し、
 赤い戦士もまた、投じられた宝石から放たれる凄まじい気配を感じたのだろう。

 両者が、それぞれに防御の構えを取る。回避はできない。
 本気の死闘の最中、絶妙のタイミングで横槍を入れられればそんな時間は無い。

 結果、凛の宝石魔術は防御の上から二人を吹き飛ばした。

 爆音と、爆煙。

 それが引けば、後に残るのはぜーはーという荒い少女の吐息だけだった。

 大きく抉れた公園の敷地を眺め、やがてうっすら汗を滲ませた額に手を当て、

凛「……やっちゃった」

弓「やっちゃった――ではないだろう!?」

 がばり、と土を被って転がっていたアーチャーが起き上がって絶叫する。

弓「君は馬鹿か!? 直撃していたら私の対魔力では防ぎきれなかったぞ!?」

 そんなアーチャーの叫びに、凛はぎょろりと眼球を動かし己の従者を睨み付けた。

弓「……う」

 気まずそうなうめき声を最後に、弓兵が沈黙する。

凛「馬鹿っつーのは、マスターのいうことも聞けない駄犬のことを言うのよ」

 じゃらりと手の中の宝石を弄びながら凛は言った。
 令呪は使えない。だが遠坂凛は、その程度のことで従者の制御を諦めるような弱卒ではない。

弓「……すまない。熱くなり過ぎたようだ」

 アーチャーが頭を下げる。

 宝石は凛の切り札だ。遠坂の魔術は本来、攻撃には向かない。

 だからこそ、何年も掛けて魔力を蓄積した宝石を使い捨ての魔弾として用いるという、
 非常にコストパフォーマンスの悪いことをしなければならない。

 それをひとつ、無駄に使わせてしまった。

弓(……そうだ。今の私は"抑止"ではない)

 主に勝利を謙譲すべきサーヴァントにあるまじきその振る舞いをアーチャーは恥じる。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:01:34.66 ID:okqOkho00<>  
弓(だが、それでも)

 否。それだからこそ。

 この少女のことを第一に思えばこそ、しなければならないこともある。

五代「……う」

 小さく響くうめき声の主を弓兵は睨み付けた。

 戦士の装甲を解いた五代が、頭を振りながら起き上がろうとしている。

 一瞬――消え行くその装甲が赤ではない別の色に見え、弓兵の目つきがさらに険しくなる。

 その従者の態度を訝しみつつも、凛は五代に向き直った。

凛「――ごめんなさい、五代雄介。貴方にも謝らないといけない」

 手を差し出して五代が起き上がるのを助けつつ、頭を下げる。

凛「アーチャーの制御をしくじったのは私の責任。その後、止めるために乱暴な手段を使ったのも。
  言い訳はしない。貴方は聖杯戦争に巻き込まれた。ううん。私が、巻き込んでしまった」

五代「あ――いや。そんなことは」

 爆発の衝撃か、あるいは他の要因があるのか。
 どこか虚ろだった五代の瞳がようやく焦点を取り戻し、目の前で謝罪する少女を認識した。

凛「――でも、まだ間に合うわ」

 少女が顔をあげる。そこに、先ほどまでの罪悪感は見当たらなかった。
 払拭したのか、あるいは塗り込めたのか。ともかくいまは魔術師らしい、毅然とした面持ちが張り付いている。

凛「今すぐ街を出なさい。これは警告ではなく、忠告。
  今の戦いで分かったでしょう? 貴方は確かに強い――けど、危うい強さだわ」

五代(……危うい、か)

 凛は"そういったつもり"でその言葉を口にしたわけでは無い。
 単に、サーヴァント相手に確実に勝ちを拾える力量はない、と言いたかっただけだ。

 だが『危うい強さ』という言葉は、別の意味を持っていまの五代の心に深く突き刺さった。

凛「だから忠告よ。ここに留まる限り貴方は常に命を落としかねない位置にいる。
  貴方は魔術師じゃない――この戦争に縛られることはないの」

 話はそれでおしまい、ということなのだろう。

 赤い少女は五代の返事を待つこともせず、背を向けて歩き出した。

 後に残るのは五代と弓兵。

弓「……一応、私も謝罪しておくとしようか。マスターの意向でもあることだしな。
  だが言っておくぞ。マスターは忠告といっていたが、私のこれは警告だ。
  お前はこれ以上、聖杯戦争に立ち入るな」

五代「……それって、俺が弱いから、ですか?」

弓「フン――貴様の力は実際に戦った私が一番よく知っている。
  だからこそ、これは"警告"なのだ」

 そして、弓兵はその言葉を放った。

弓「人を殺す怪物になる前に冬木から去れ、五代雄介」  <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:02:07.46 ID:okqOkho00<>  
五代「なっ……!?」

 五代の目が見開かれる。
 胸に渦巻く暗い不安。それを一目で見抜かれたことに対して。

弓「自覚はあるようだな。ならば分かるだろう?
  この街が、今の貴様にとってどれだけ危険かということが。
  今の貴様が、この街にとってどれだけ危険かということも」

 容赦なく、弓兵の言葉は五代の臓腑をずたずたに引き裂いた。

 五代は腹部に手を当てる。そこに埋まる秘石、アマダム。それを庇うように。 

弓「未確認生命体事件、か。先ほども言ったが、都合の良い事件だな。
  人外の、人に仇をなす、絶対悪のみを相手取る。そこで貴様は正義の味方だったというわけだ。
  だがこの戦争はどうかな。参加者の中にはえげつない者も居るだろうが、それでも人間だ。
  サーヴァントとて、そうだろうよ。霊長を超えた霊長。その根幹は依然、人のままだ。
  貴様は人を殺せるか? 9を救うために、1を殺せるか?」

 未確認生命体第四号。それは常に他の、人を襲う未確認だけを相手に戦ってきた。
 四号だけは人を襲わず、ただ人を守り続けようとしてきた。

 だから赤の戦士は人と戦ったことが、ない。考えたことすら、ない。

 故に、この戦争で誰かを守ろうというのなら。

弓「どこかの誰か、顔も知らない誰かの為に、目の前に存在する人間をその拳で打ち砕けるのか?」

 その質問に、五代雄介は――



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━ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:02:35.11 ID:okqOkho00<>  
 リントの戦士クウガ。その中核をなす霊石アマダム。

 その性質を一言で表すなら、人体改造装置。

 霊石から全身へと伸びていく神経状の物質が、人を人以上の存在に変質させる。

 より、戦闘に適した状態へと。

 アマダムの力を引き出す度、その改造は進んでいく。

 止まることはなく、一度装着したアマダムは外すことが出来ない。

 ならば――その行き着く先はどこなのか。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:04:02.64 ID:okqOkho00<>  
【新都ビジネスホテル】【PM10:43】
 

五代「……」

 五代はホテルの部屋で、蛍光灯の明かりに手のひらを透かした。

 手の末端が赤く透ける。だがそれが血液だという保証は無い。

 この中に、「人」はどれだけ残っているのか。

 結局、アーチャーとはあのまま有耶無耶のまま別れてしまった。

 次に出会うとき、あの二人組は自分にどういった態度をとるのか。

 いや――そもそも、会うことはあるのか。

 五代の頭の中では、アーチャーの問いかけが未だに渦巻いていた。

 人を守るために、人を傷つけることができるのか。

 結局、その質問に答えることは出来なかった。そして今も、答えは出ていない。

五代「人を傷つけずに……人を守れれば」

 それが出来れば最良だろう。

 だが今の自分に、それができないことは身に染みて理解させられた。

 あの時――自分はアーチャーに殴りかかるつもりなど『なかった』のだから。

五代「やっぱり……時間が足りないかな」

 立ち上がり、荷物の入った鞄に手をかけた。

 その時、タイミングを図ったように、五代の携帯が着信を告げる。

五代「……」

 知らない番号だった。もとより、この携帯に登録されている番号はひとつだけだ。

 この携帯を無理やり自分に持たせた、とある人物の番号だけ。

 だから、無視することも出来たが。

五代「もしもし、五代で」

桜『五代さんですか!?』

 五代の声を押しのけるようにして響いたのは、焦りを浮かべた少女の叫び。

 ただならぬ様子に、五代は鞄を放り出した。

五代「桜ちゃん? どうしたの、落ち着いて」

桜『助けて、助けてください! 先輩が、血塗れで』

 ぶつりと、そこで通話が途切れる。

 つーつー、ととぼけた電子音を響かせる電話機を、五代はしばらく眺めていた。

 いたずらにしては、彼女の声は真に迫りすぎていた。

 五代の頭の中で、思考が渦を巻く。

 だが迷ったのは一瞬。

 バイクのキーだけを手に、彼は部屋を飛び出した。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:04:36.11 ID:okqOkho00<>  
◇◇◇


 その日、間桐桜が衛宮の家に居たのは、前日に出会った五代雄介という男のせいだった。

 この時期、外国から冬木にやってきた男。

 そして故意か偶然か、魔術師である衛宮士郎に接触した男。

 魔術師と疑う材料は十分だった。

 御爺様に頼み込み監視用の虫を飛ばして貰えば、
 やはり常人ではなく、あの遠坂凛と互角以上の勝負をしている。

 桜は恐怖した。

 五代は、アレは自分の日常を打ち砕きに来た存在なのではないかと。

 だけど、

五代『あれ、桜ちゃん? 早いね。ご飯作りに来てくれたの?』

五代『悪いね、お邪魔しちゃって。大丈夫、今日出て行くから』

五代『え、これ? いや、泊めて貰ったお礼に掃除でもと思って……』

 彼が悪い人でないことは、すぐに理解できた。

 五代雄介は衛宮士郎と、自分の好きな先輩と『同じ』なのだ。

 他人に悪意を抱かず、誰かを助けたいと思える、とても好ましい人。

 だけど、異形には違いない。

 その不安が拭えず、桜はその日部活を休んで衛宮家に向かい、家主を待っていた。

 ――だが、それが裏目に出た。

 今日は何の用事も無い筈なので、衛宮士郎は真っ直ぐ家に帰ってくる予定だった。

 だがどこかの誰かさんに弓道場の掃除を押しつけられた士郎は帰りが遅くなり。

 詳しいことは分からないが、制服に穴を空け、血塗れの姿で帰ってきた。

桜(サーヴァントだ)

 桜は怯える。もはや日常は打ち砕かれた。

 士郎の体に残る神秘の残り香。紛れもなく聖杯戦争の参加者に襲われたということを明示している。

 何故か怪我は治療されていたが、記憶処置は施されていない――誰がこんな手抜きを。

 魔術師は、例外なく神秘の秘匿に執心している。

 謎の異形に襲われたという記憶持つ衛宮士郎は、再びサーヴァントに殺される。

 だが自分にはそれを防ぐ手段がない。

 魔術は使えない。英霊には通じないだろうし、先輩に魔術師と知られることは耐えられない。

 ライダーを従える権利は兄が持っている。返せといって、あの兄が素直に聞くとは思えない。

 だから、桜が頼れるのはただひとり。

 遠坂凛以上の戦闘力を持ち、救いを求める懇願を拒めないであろう男。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:05:16.73 ID:okqOkho00<>  
 そして名刺の番号に電話をかけ、ようやく繋がったことに安堵し、

槍「――よう。一晩で二度も死ななきゃならねえとは、運が悪いなぁ坊主」

 間に合わなかったことに、絶望した。

士郎「桜……逃げろ」

 自分の目の前で、衛宮家の庭で、木刀を持った士郎と、ランサーのサーヴァントが対峙している。

 五代雄介は、まだこない。それなのに、状況は動き出してしまった。

 ランサーが槍を突き出す。応じて、士郎も木刀を振るった。

 到達点たる英霊と、魔術師とはいえその腕前は三流以下の衛宮士郎。

 結果は分かりきっていた。士郎はその胴体に槍を突き入れられ、背にしていた土蔵の中に叩き込まれる。

桜「あ――」

 空中に、先ぱいの血がいっぱいナガレテイル。

 桜は声を上げた。

桜「――あは、は」

 壊れたラジオのような、声を上げた。

 碌に動かしたことも無い魔術回路をフル稼働させる。感情のタガは外れた。後先考えずの最大出力。

桜「声は遠くに――私の檻は世界を縮る!」

 架空元素の嵐が吹き荒れる。

 間桐桜。魔術師としての実力は皆無に等しい。

 なけなしの魔力さえも体内に宿す刻印虫に喰われている。

 それでも、回路の隅から隅までの魔力を掻き集め、渾身の一撃を放った。

 だけど、それでも。

槍「なんだ、テメエも魔術師だったのか」

 サーヴァントには通用しない。

 対魔力に容易く吹き散らされる自身の全力に、涙が出そうになる。

 間桐桜の怒りも、涙も、あらゆる全てが、蹂躙される。

桜(力、もっと、私に力があれば)

 そんな後悔も、猛速で迫る紅い槍の前には意味をなさない。

 だが――

槍「……何もんだテメエ? サーヴァントじゃ、ねえな?」

 ――少女の『願い』だけは届いた。

五代「――桜ちゃん。ごめん、遅くなった」

 赤の戦士が、槍兵の前に立ち塞がる。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:07:13.07 ID:okqOkho00<>  
桜「あ――五代さん。ダメ、ダメです。だってもう、先輩は」

五代「……分かってる」

 赤の戦士の声には悔恨があった。間に合わなかった。少年と少女の笑顔を救うことが出来なかった。

 だが希望が残されていないわけではない。

五代「でも、まだ助かるかも知れない」

 言われて、桜ははっとする。

 そうだ。もしかしたら、傷は浅いかも知れない。

 応急処置くらいなら自分にも出来る。救急車が来るまでもたせれば、もしかしたら。

槍「そうだな。あの坊主、咄嗟に強化した木刀で俺の槍を受けた。
  呪ってもいねえし、いますぐ手当すりゃ助かるかもな」

 ランサーの言葉に、桜もまた僅かな希望を見出す。

 だが、とランサーは続けた。

槍「――だが、助からねえなぁ。確かに手当すりゃ助かるかもだが。
  ここで全員、俺に殺されちまうんだから」

五代「助かるよ」

 言ってから、五代は首を振った。言い直す。

五代「――助ける! 行って、桜ちゃん!」

 桜が土蔵に駆け込んでいくのを尻目に、五代とランサーがぶつかり合う。

槍「最高だなぁおい! サーヴァントじゃねえ奴がここまでやるたぁ!
  ああ本気が出せる闘争なんざ夢みてえだ!」

 令呪の誓約から逃れ、重圧から逃れたランサーが嬌声をあげた。

 ランサーの戦闘スタイルはシンプルだ。
 小細工は無し。獣染みた速度と膂力で、只管槍を急所に刺し込もうとしてくる。

 まるで槍兵のお手本のような戦い方――しかしその技量は並みのものではない。

 それがランサーのサーヴァント。槍兵の到達点だった。

五代「……っ!」

 対して赤の戦士は黙したまま、連続で翻る朱の軌跡を拳で迎撃する。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:07:54.65 ID:okqOkho00<>  
 戦況は赤い戦士が不利だ。

 防御するのが精一杯という有様。反撃の機会など、そこに見つけられるわけも無い。

 朱槍と赤拳。徒手空拳の戦士に比べ、槍兵はクラスに違わぬ必殺の武器を手にしている。

 歴然とした武装の差――それもあるが、身体能力・技量、その全てにおいても槍兵が上回っている。

 特に速さだ。膂力はまだ食いつけた。だが速度は圧倒的にランサーに分がある。

槍「さあどうした! 助けるんじゃあ無かったのかよ!?
  足掻けよ藻掻けよ! じゃねえと殺されちまうぞ!」

五代「……!」

 さらにランサーのギアが上がる。もはや槍の穂先は紅い瀑布の如く。

 そしてついに、赤い戦士の反応速度を上回った。

五代「ぐぁっ!」

 戦士の防御をすり抜けた槍が、胸部装甲の一部を抉り取った。

 地面を転がり縁側に叩き付けられる。

槍「……それが限界か?」

 槍を引き、何とか起き上がろうとしている戦士を見ながらランサーが呟く。

 訝しげに、首を傾げた。

槍「ただの勘だが……お前にはまだ、"先"がある気がするんだがな」

五代「……」

 それは槍兵がもつ戦士のとしての経験か、はてまた野生の勘か。

 何れにせよ、ランサーのいう"先"――それは的外れな意見ではない。

 当然、それに五代は心当たりがあった。だが、

五代(出来るのか。今の俺に)

 仮に出来ても、制御できるのか。

 いまも五代はライジングフォーム――金の力を使っていない。

 こうして通常の赤の戦士を維持するだけで精一杯だ。

 おまけにこの姿すら、五年前ほどはもたない。

 逡巡する五代に、ランサーははぁ、と溜息をついて、

槍「……出し惜しみしてんのか? なら、しゃあねえか」

 五代に、背を向けた。

五代「……?」

 意図が読めず疑問符を頭上に浮かべる五代に対して、ランサーはこともなげに告げる。

槍「今から俺はあの坊主と嬢ちゃんを殺しにいくぜ――そこで見物してろ」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:08:39.75 ID:okqOkho00<>  
 ――思考する前に、体が動いた。

 手を伸ばす。今朝方使って、縁側に立てかけたままの竹箒を掴んだ。

 制御をしくじればどうなるのか。その不安はある。

 だがそんなものは後にしろ。でなければ、もっと大きな不安に潰される。

 恐怖を塗りつぶす。その為に必要な色は青。

 目の前では蒼い槍兵が駆け出していた。恐ろしく、速い。速いが――

 流水ならば追いつける。その後ろ姿を追いかけるように、腹の底から叫んだ。

五代「――超変身!」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:09:05.44 ID:okqOkho00<>  
 背後から響く声を聞いて、ランサーは立ち止まった。

槍(そうだ、それでいい。勝ち負けなんざ二の次。つまらねえ任務は三の次だ)

 ランサーの真名はクー・フーリン。アイルランドの大英雄。

 その生涯は闘争に彩られ、そして闘争によって生涯を閉じた。

 よって、その価値観は闘争に根ざす。

 彼にとっては戦いこそが全てなのだ。

 この戦争に応じたのも、戦いたいという一点の願いを叶える為。

槍(俺が欲しいのは勝利じゃねえ。戦いだ。
 クランの猛犬を前にしても、怖れず向かってくる奴と命を削りあいたい)

 その点で言えば、この戦士は合格だ。

槍「だが……なんだそりゃ、猿真似か?」

 自分の頭上を飛び越えてきた戦士をみて、槍兵は苦笑を浮かべる。

 戦士の色が変わっていた。

 青く、そして長物を手にした戦士。

 自分と瓜二つ。それで対抗しようというつもりか。

槍「いいねぇ。槍使いとしてのプライド、くすぐられちまうぜ」

 言葉と同時に地を蹴った。

 戦闘が再開する。

 お互いに得物が届き合う間合い。青の戦士と槍兵は、持ち前のスピードを活かして立ち回り続ける。

 技量はランサーが上だ。速度もまだ槍兵に分があった。もとよりクー・フーリンは神に近しい。

 彼の身体に流れる神の血がもたらす力は、人間を凌駕する。

 しかし、食いついてくる。

槍「――ぉ」

 得意の槍の間合いで、自分が突き放せない。

 それは、有り得ない槍裁きだった。

槍「――ぉお」

 師たるスカアハより学んだ槍の絶技は世界最高。

 過去から未来に至るまでを見渡しても、自身に届く槍使いなど三人も居ないだろう。

 だが、こいつは。

 この戦士は、食いついてくる。

槍「――ぉぉおおおおおおおお!」

 気概だけでクー・フーリンに届こうとする者など、生前ではいなかった。

 この最高が、もうすぐ終わってしまうのが残念でならない。

 歓喜に次ぐ歓喜。狂喜に次ぐ狂喜。ランサーは夜天の下、雄叫びをあげた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:09:48.38 ID:okqOkho00<>  
五代「……っ。負け、るか!」

 ドラゴンロッドとゲイ・ボルグが火花を散らす。込められた幻想同士がぶつかり合い、ありえざる邂逅を叫びあう。

 青い戦士は全力でロッドを振るい続けた。

 気は抜けない。否、思考などする余裕は無い。

 脳裏に浮かぶ映像は過去のクウガ。流水の如き戦士。その動きをただ模倣(トレース)する。

 武装の扱い方、活かし方。その全てはアマダムに蓄積されている。

 だからこそ――今の五代にとって、超変身は危険だった。

五代(……長くは、もたないっ)

 槍兵と一合打ち合うたびに"五代雄介"は磨耗し、その削れた下から"クウガ"が浮上する。

 肉体を書き換えられる怖気。魂を汚染される苦痛。その全てが五代に圧し掛かり――

五代(だけど、負けられない!)

 ――それに五代は耐え続ける。

 背後に守るべき笑顔がある。それならば、五代雄介は耐えられる。

五代「はぁああああああっ――!」

 ロッドが光る。封印エネルギーを込めた乾坤一擲。スプラッシュドラゴン。

槍「っ、こいつぁ――!?」

 放たれたそれを槍兵は魔槍で受けた。瞬間、エネルギーが炸裂する。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:10:22.44 ID:okqOkho00<>  
槍(いまのは、やべえ)

 衝撃に後退しながら、ランサーは敵の持つ武器を睨み付けた。

 サーヴァントには急所がある。首と心臓。サーヴァントの核たる霊核だ。

 逆に言えば、それ以外の箇所は弱点に成り得ないということ。

 腹に剣を突き刺されてもそれだけでは死なないし、出血によるショック死もしない。

 だが今、あの青い戦士が打ち込んできた一撃に込められたエネルギーには奇妙な侵食性があった。

槍(ありゃあ天敵だな。武器以外じゃ受けられねえ)

 あれが直接サーヴァントの身体に叩き込まれれば、特別な加護でも無い限り、そのサーヴァントにとって致命傷になるだろう。

 それはつまり、あの戦士が本格的に自分を倒し得る"敵"になったということ。

槍「――名乗れよ、戦士」

 滑るにように退いた槍兵が、獰猛な笑みを浮かべて囁いた。

槍「今宵は俺が喚ばれてから二番目に最高の時だ。
  ああ、マジな話死んでもいい。殺せたら最高だ。だから名乗れよ。
  お前の名を心臓に刻ませてくれ。クランの猛犬、クー・フーリンの心臓に」

五代「……?」

 五代は困惑する。

 先ほどまでとは打って変わって、どこか礼儀正しさまで感じる槍兵の態度に。

 対して、五代の途惑う気配を察したのか、ランサーは笑った。

槍「さっきの反応で予想はしてたが……アレか。
  他人を助ける為には戦えるが、それ以外だとからっきし、ってタイプか」

五代「……」

 見透かされている。

 無言を肯定と取ったのか、ランサーは返答を待たずに続けた。

槍「気にすんなよ。俺に関していや、きっちりと悪党だ。
  ただ悪党でも大切にしているものはある……とか言うと戦いにくくなるのか。
  あー面倒くせーな! よし分かりやすくしてやっか」

 そう言って、ランサーは宙に指を躍らせた。

 赤い軌跡が、文字を模る。

槍「アンサスのルーンだ。火の力を秘めている。こいつを――」

 宙に浮遊する文字を、ランサーが指で弾く。

 力を加えられた赤い模様は、宙を飛んで土蔵の壁に張り付いた。

槍「――あの坊主達がいる建物に刻んだ。一分後、あの建物は発火して崩れ落ちる」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:11:25.50 ID:okqOkho00<>


 
五代「……!?」

 慌てて振り返る五代。
 だがその横を、さらに別のルーンが飛んでいった。土蔵の扉に張り付く。

槍「これは不動の土を表すオシラのルーン。もうあの扉は開かねえよ。
  ――さて、これでもアレは原初のルーンだ。一分で無効化は出来ねえ。
  テメエが二人を救うには、俺に名乗って、俺を倒すしかないわけだが」

五代「なんで――なんでこんなこと!」

槍「あと三十秒ー」

 五代の絶叫を、にやにやと笑ったランサーが遮る。

槍「お膳立てはしてやったんだ。もうくだらねえ問答なんざやめようや。
  ……さもねえと、テメエは無駄死にになるぞ」

 人懐っこい笑みを捨て、ランサーが狂犬の貌を剥き出しにした。

五代「……」

 納得は出来ない。

 この槍兵が根っからの悪人だとも、思うことができない。

五代「……っ」

 だが横目で土蔵を確認すれば、そこには燦然と光る死の模様。



 分からない。分からない。分からない。

 ――じゃあ、分かることは?

五代「――あの子達の笑顔を、守りたい」

 士郎君も、桜ちゃんも。

 笑顔で生きていて欲しい。それは嘘偽りの無い、五代の本心だ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:11:56.86 ID:okqOkho00<>  
五代「――クウガ、五代雄介」

 覚悟を決めた。敵を倒そう。それで笑顔を守れるのなら。

槍「――ランサー、クー・フーリン」

 それは相手も同じ。決着が、訪れる。

 先に動いたのは、槍兵だった。

槍「刺し穿つ――」

 槍を大きく引き込み、必殺の一撃を見舞おうとする。

 対して、戦士は動こうとしない。

五代(力では……敵わない)

 ならば真っ正面からぶつかり合えない以上、相手の一撃をいなしてカウンターを入れるしかない。

 ――この時、五代雄介は、槍兵の真名にさほど注意を払わなかった。

 サーヴァントが宝具を使う。その意味を理解していなかった。

 もしも魔力の動きを感じることができたのなら、五代は何を以ってしても相手の行動を妨害しただろう。

 紅の魔槍は、周囲の魔力を暴虐なまでに食い尽くしていた。

 鯨が大量の海水を飲むように、それは圧倒的なまでの収奪だった。

 魔術師ならば、その光景を前にして抵抗する気さえ起こらなくなるだろう。

 世界が震える。呪いの槍のおぞましさに。因果律すら我が物とするクー・フーリンの技量に。

槍「――死棘の槍!」

 真名開放。禍々しい輝きを纏った槍が奔る。

 対する戦士の行動は冷静だ。携えたロッドで朱槍の軌道をずらし、間合いの内側に踏み込んで、

 ――背後から戻ってきた槍の切っ先に、心臓を貫かれた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:12:38.26 ID:okqOkho00<>  
 身体を貫く衝撃に、戦士は敗北を悟った。

 視線を落とせば、槍の切っ先が背中から胸までを一気に貫通しているのが見える。

五代(槍が……曲がって……!?)

 薄れ行く意識の中で、昔の記憶を思い出す。

 大学時代。考古学を専攻していた友人がアイルランドの神話について話してくれたことがあった。

 ゲイ・ボルグ。相手が叫んだ槍の名前。それは、確か――

五代(絶対に……心臓を貫く槍)

 回避など無意味。文字通り"必殺"の槍。

 もっと早くに思い出すべきだった。

 だが、もはや後悔しても遅い。

槍「……戦士クウガよ。心臓、確かに貰い受けたぜ」

 どこか寂しげな槍兵の声を最後に。

 五代雄介の意識は、闇に落ちた。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:13:13.98 ID:okqOkho00<>  
 終わりか、と槍兵は確かな手応えを感じ、息を吐いた。

 戦士は紛れも無い強敵だった。この戦争に呼ばれてから、初めて真っ当に戦えた相手。

 あのいけ好かない弓兵とは違い、実直そうな人柄もランサーにとって好ましい。

槍(出会い方が違えば――か)

 へっ、とランサーは笑う。そんな感傷は、戦いを求めて戦場に出ていればいくらでも得ることが出来る。

 だがそれでも、この戦士がクー・フーリンにとって、感傷的になるに値する存在だったことに違いは無い。

槍(ああ、満足だ――)

 上手い料理をたらふく食った後のような満足感と、空っぽになった皿に対する虚無感。

 混在する正逆を、ランサーは溜息にして吐き出した。

 ――そして、次の瞬間、その身体が震えた。

槍「あ?」

 ランサーが疑問の声を上げる。

 自身の槍は必殺。それをまともに食らった相手は確かに死んだ筈。

 だがそれならば、何故――目の前の戦士が、自分の霊核にロッドを突き立てているのか。

空我「……」

 この、黒い瞳の、戦士は。


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(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:13:46.96 ID:okqOkho00<>  
 次に五代雄介が目を覚ましたのは、ベッドの上でのことになる。

五代「……?」

 見知らぬ天井。状況を確かめる為に起きあがろうとするものの、、

 何故か体が赤い布でぐるぐる巻きになっていて、ベッドを軋ませるだけに留まった。

 ――と、脇から声が響く。

士郎「五代さん、目を覚ましたのか!? 良かった……!」

五代「士郎君? ……っ、無事、なのか?」

 ランサーに自分は負けた筈。ならば何故。

 だが五代の台詞に、士郎はさらに声を張り上げた。

士郎「それはこっちの台詞だ! 五代さん、心臓に穴が開いて……!」

言峰「――さて、病人の前では静かにして欲しいものだがな」

 新たに乱入してきたのは、黒衣に身を包んだ神父だった。

 べたべたと五代の体を許可もとらず触りまわし、赤い布が緩んでいないかを手早く確認していく。

五代「……お医者さん?」
 
言峰「似たような役割はこなすが……ふむ、意識はあるか。少年、手空きなら凛を連れてきてくれ。
   あちらも大方の刻印虫は取り除いた。あとは経過を見るだけだ」

士郎「あ、ああ。分かった」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:15:16.12 ID:okqOkho00<>  
言峰「さて、凛が来るまで数分といったところか」

 士郎が出て行って、扉が閉まった後。

 言峰綺礼と名乗った人物は、酷薄な薄笑いを浮かべて五代に向き直った。

五代「言峰さんが助けてくれたんですか?」

言峰「その質問は、根底から間違えている」

 笑みを絶やさぬまま、神父は、

言峰「何故なら君はまだ助かってなど居ないのだからな、リントの戦士」

 そんな不自然な言葉を、まるで息でもするかのように吐いた。

五代「……え」

 絶句する。

 それは自分の知る医者とは180°違うこの男の態度にか、それとも、

言峰「何故、私が君の腹に埋まる霊石アマダムのことを知っているか、かね?
    それともまだ己自身が助かっていないという事実に驚愕したのか。
    果てまた――君がもはや助からぬ身であると、君自身も承知しているからか」

 自分の全てを見透かされている。そんな錯覚を覚えたからか。

五代「……俺の記憶を読んだんですか?」

 魔術師はそんなこともできると凛から聞いていた。

言峰「――そこまで趣味は悪くない。単に、昔取った杵柄というだけのことだ。
   リントの遺産の内、いくつかは聖遺物として教会に保管されているのだから。
   そしてやはり、君は自分の体のことを知っているのだな」

五代「……はい」

言峰「――ならば私から言うことはない。
    しいて医者の立場から言わせて貰うのなら、もう秘石の力は使わぬことだ。
   唯でさえ短い残り時間が、さらに短くなる」

五代「……あと、どのくらいもちますか?」

 この言峰という人物は、医術と魔術の両方に精通しているような印象を受けた。

 ならば自分の知りたかった答えも返ってくるかもしれない。

 事実、神父はふむ、と僅かに黙考してから答えてきた。

言峰「……はっきりとはいえないが、そうだな。
   一ヶ月。それより長いということはあるまい」

五代「一月……ですか」

 思わず声が震えた。

 予想していた答えとは、大きく違わない。

 それでも――それが事実だと他人に保障される衝撃は大きかった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:15:52.32 ID:okqOkho00<>  
言峰「絶対安静にしていれば、という条件付だがね。
    そしてそれを過ぎれば、君の望みは叶わぬものとなる」

 言峰の言葉は終わらなかった。要求した答えに、それ以上のものを付加してくる。

五代「俺の、望み……?」

言峰「"死ぬことすら難しくなる"……そう言っているのだよ、五代雄介」

 五代は息を止めた。胸の内を完全に明らかにされた。その驚愕に。

言峰「すでに君は、心臓を貫かれた程度では死ぬことが出来なくなっている。
    変身する度に肉体の強度は、生命力は、再生能力は上がっていく。
    やがては自害すらままならぬほどに、だ。
    その点で言えば、ランサーの宝具は君を殺し得るものだったようだがね。
    持ち主が死んであの槍の呪いが解けなければ、君は死んでいただろう。
    だが君は生き残ってしまった。死ぬことは、さらに難しくなった」

五代「……予想は、していました」

言峰「だが覚悟はできていなかった。違うかね?」

五代「……」

 場に落ちる、沈黙。 

言峰「……気に病むことはない。少なくとも、私はそんな君を好ましく思うよ」

 ぽん、と言峰の手が、慰めるように五代の肩を叩いた。 
 困惑する五代に、神父は優しく、努めて優しく言葉を重ねていく。

 それはまるで、煮え滾った汚泥のように甘く。

言峰「君のしたことは人道的な見地から見ても立派なことだろう。
    五年前の未確認生命体事件でも、君に救われた人は大勢いたはずだ。
    恐怖を拒絶するのではなく、それにひたすら耐えて戦う君の姿を、私は賛美する」

 そう言って、神父はニコリと笑みを浮かべた。

五代「あ……」

 五代は何か言おうとして、喉に言葉を詰まらせた。

 真っ正面からの賞賛に、

 神父から感じる、拭いきれぬ違和感に、

 声帯は麻痺し、舌が凍り付いた。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:16:22.82 ID:okqOkho00<>  
 その時部屋の扉が開いて、凛が入ってきてくれたのは幸運だった。

凛「来たわよ、綺礼。彼、目を覚ましたんだって?」

言峰「……ふむ。今回はここまでか」

 ベッドの傍に立っていた神父の巨体が離れていくのを、五代はほっと見送った。

言峰「凛。私は席を外す。あと三十分ほどしたら彼の聖骸布を外し、出て行くがいい。
    ここは中立地帯であり、サーヴァントのマスターがいても良い場所ではない」

凛「言われなくても出てくわよ」

 ひらひらと手を振る凛に、言峰は苦笑を浮かべて部屋から出て行く。
 入れ替わりに入ってきた士郎が、何故か神父を横目で睨み付けたのが気になったが。

 凛が肩を竦めながら、横たわる五代に話しかけた。

凛「……あんた、綺礼に何かされなかった?」

五代「え? 何か、って……」

 思い出すのは神父の言葉だ。何故か、自分の行いを手放しに褒めてくれた。

凛「あいつはね、人の傷を抉るのが大好きなサド野郎なのよ。
  だから何か変なこと言われても聞き流して相手にしないこと。衛宮君もね」

士郎「遠坂。俺は、別に……」

 不満げに反論する士郎。だが五代はそれを遮って疑問をぶつけた。

五代「待った。先に教えてくれない? あれからどうなったのか。
   凛ちゃんが何でここにいて……桜ちゃんは、どうしたの?」

凛「……一応、桜は無事よ。あれから色々あったの」

 桜という名前に、少しだけ表情を暗くして。
 遠坂凛は、ここに至るまでの事情を話し始めた。

 五代がランサーと相討ちになったこと。

 その直後に士郎がセイバーを召喚し、
 その魔力の波動を察知した凛とアーチャーが駆けつけたこと。

 刻印虫によって苦しみ始めた桜と、驚くべきことにまだ息のあった五代を助けるため、
 士郎と凛が一時休戦して、霊媒医師である言峰綺礼の教会まで運んだこと。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:17:01.28 ID:okqOkho00<>  
五代「俺が、ランサーを……?」

凛「遠目だったから、細かい状況はよく分からないけど……
  でもあんたが倒したのは確かよ。心臓を貫かれながらも、カウンターに持ち込んだ。
  覚えてないの?」

五代「いや……全然」

 記憶も、実感もない。

 ――それが空恐ろしい現実を暗示している気がして。
 耐えられず、話題を逸らした。

五代「それよりも桜ちゃんだ。刻印虫って……」

凛「……桜の家はね、魔術師の家系なの。
  刻印虫は、宿主の魔力を食べて生きる寄生虫。
  あの子、なけなしの魔力で魔術を使ったから、刻印虫が魔力の代わりに肉体を蝕み始めたの」

士郎「桜に……あんなものを、埋め込むなんて……!」

 ぶるぶると怒りに震える士郎。

 彼らの共有していた日常の一端を知るだけに、五代も表情を歪めた。

五代「士郎君……」

凛「……あんたもそんな顔しないの。大丈夫だっていったでしょ。
  綺礼が自分の魔術刻印を犠牲にして、大部分は摘出してくれた。
  あとは安静にしていれば持ち直すわ」

五代「そうか……良かった」

 五代がほっと全身の力を抜いてベッドに倒れ込む。
 その様子を一瞥すると、凛は顔を背け、一度口を閉ざした。

凛「……衛宮君に聞いたんだけど。
  あんた、桜にお願いされて助けにいったんだって?」

五代「え、あ、うん。桜ちゃん、必死だったから」

凛「そう……」

 再び、沈黙。

 昨日の昼間、聖杯戦争に関わることに関しての問答について
 何か言われるのではないかと思っていた五代は不自然な沈黙に眉をひそめる。

凛「その……まあ、昨日は色々あったけど。
  桜がランサーに殺されなかったのは、その……」

士郎「あ、そうだ。まだ言ってなかった。
    五代さん、ランサーから守ってくれて、ありがとう。
    俺も桜も、死なずに済んだ」

凛「……っ!」

 なにやらもの凄い勢い、プラス怖い顔で士郎を睨み付ける凛。
 
 士郎は本気で怯えていた。

士郎「ど、どうしたんだよ遠坂。
    俺、なんか不味いことやったか?」

凛「……別に? ふん、衛宮君、そろそろその人の聖骸布、外してあげなさい。
  着替えはそこ。私は外で待ってるから、なるべく早くね」

 そう言って、ずんずか部屋から出て行くと、バタン! と乱暴にドアを閉めた。

五代「……なんか機嫌悪かったね」

士郎「……厄日だ。俺のイメージがガラガラと崩壊していく。
   っていうか遠坂の奴、五代さんのことあんたって呼んでましたけど……
   五代さんもなんかやらかしたんですか」

五代「昨日の昼間の件かなぁ……まあいいや。
   じゃ、士郎君。とにかくこの布、頼むよ」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:17:29.02 ID:okqOkho00<>  
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 凛と士郎が五代の部屋に入っていくのと入れ違いに廊下にでた言峰綺礼は、
 穏やかな笑みを崩さずに呟いた。

言峰「……五代雄介。とんだイレギュラーだが、しかし思わぬ名優でもある」

 人でなくなる恐怖をはね除けられる強さはなく、しかし同じ恐怖に耐える気概を持っている。

 絶妙なバランスだ。言峰はその精神性を、心より楽しんでいた。

 懸命に藻掻く五代の生き方を。

 必死に足を動かす、羽虫のような死に様を。

 ――言峰綺礼は、心から楽しんでいる。

言峰「本当に――感謝するぞ、五代雄介。
   お前自身もさることながら、ここに私の愉悦が揃った。
   衛宮の後継、師の忘れ形見、そして――」

 言峰はドアを押し開けた。
 そこには毛布にくるまって怯えている少女の姿。

桜「……嫌……嫌……先輩に、知られた……
  汚い体を、虫のことを知られちゃった……」

言峰「……そして、偽りの聖杯」

 実に――素晴らしい。

 言峰綺礼は、少女と目線を合わせるように腰を下ろした。

言峰「……嘆くことは無い。間桐の娘、君の存在を私は祝福しよう」

 そんな神父の言葉に、少女は胡乱な目線を向ける。

 そこに期待は無い。この苦しみをどうにかしてくれる存在など、いるはずが無い。

言峰「なに、道に迷う者を導くのが神職というものだ。君が迷うのなら、私が道を示そうでは無いか。
    ――あらゆる願いを叶える、奇跡のような道を」

 少女の目が、僅かに見開いた。

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(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:18:41.17 ID:okqOkho00<>  
剣「貴方が五代雄介ですか」

 五代たちが教会から出ると、そこには黄色い雨合羽を羽織った奇妙な少女が待ち構えていた。

 凛々しい顔立ちと清浄の雰囲気。それは紛れも無く人間ではない。

剣「ああ、失礼しました。私はセイバー。士郎のサーヴァントです。
  私のマスターを救ってくれたことに感謝を」

 ぺこりと慇懃に礼をしてくる少女に、五代は慌てて首を振った。

五代「いやそんな、俺の方こそ助けて貰ったみたいですし……って、そういえば士郎君も魔術師だったのか」

凛「? 教会の中で話したでしょ?」

五代「そうなんだけど、やっぱり実感が湧かなくて」

 凛に聞いていた『己の目的のためなら他者の犠牲を厭わない』という魔術師像と
この実直そうな少年は、完全にイメージが乖離する。

士郎「まあ、俺は碌に魔術も使えないへっぽこだから。どっちかって言えば、魔術師よりは魔術使いだし。
    ……それより、五代さんこそ『四号』だったんですね」

五代「うん。俺は"クウガ"って呼んでるんだけど……でも、よく分かったね?」

 未確認生命体事件は五年も前の出来事だ。

 実際に巻き込まれでもしなければ、詳細までは覚えていない筈。

 特に『四号』に関しては、週刊誌などで多少騒がれはしたが、
警察による報道規制で本格的な正体の追求などは行われなかった。

士郎「そりゃあもう! だって俺、四号は憧れだったんですよ。新聞もスクラップしてましたし」

五代「憧れ?」

士郎「はい。だって人知れず未確認と戦うなんて、正義の味方みたいじゃないですか」

 ――五年前の冬、衛宮士郎は養父から理想を引き継いだ。

 正義の味方になるという子供染みた理想。だがそれを実現させる方法が、少年には分からなかった。

 ちょうど、そんな時だったのだ。未確認生命体事件と、それに立ち向かう四号が現れたのは。

士郎「ガキの時分だったんで影響されやすかったってのもあるんだろうけど、
    四号は本当に俺にとっては英雄だったんです」

五代「そんな大層なものじゃないんだけどなぁ……」

 五代はぽりぽりと頬を掻く。

 神父のどこか含みのある賛辞ではなく、この少年の裏表のない言葉はくすぐったい。

 ――特に、今の自分にとっては。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:19:53.15 ID:okqOkho00<>  
凛「……お話中悪いけどね、衛宮君。その話、その位にしたら?」

士郎「……なんだよ遠坂、冷めてるな。あの四号だぞ? サインのひとつくらい貰いたいじゃないか」

凛「いや、私はいいんだけど……」

 そう言って、凛は意味ありげに視線を逸らす。

 それを辿ると、その先には雨合羽の少女が佇んでいた。ただし、何処か不機嫌そうな雰囲気を纏わせて。

士郎「……あの……セイバー、さん? 何か気に障ることでも……」

剣「別に。どうぞ、お話を続けてください。マスターにとってはそちらの御仁"が"英雄なのでしょう?
  私のことなど気になさらず、さあ」

 つーん、と明後日の方向を向いて言ってくるサーヴァント。

士郎(うわ、拗ねてる。どうしよう遠坂)

凛(そりゃあ目の前であんな話されちゃあねぇ。ていうか私に振らないでよ。
  貴方のサーヴァントなんだから、自分でフォローくらいしなさい)

弓「――その位にしたらどうだ、凛」

 声が響くのと同時に、霊体化していたアーチャーが実体化する。

 その猛禽のような視線は、士郎と五代の二人に向けられていた。

弓「話すのなら、今はもっと重要な事項がある筈だが」

剣「……アーチャー」

 現れたサーヴァントに、セイバーも瞬時に気持ちを切り替え、士郎と凛の間に割って入った。

弓「そう睨むな、セイバー。休戦はまだ続いている。こちらから仕掛ける気は無い。
  今だけは、だがね。君のマスターも聖杯戦争に参加すると決めたことだしな」

五代「士郎君が?」

士郎「……ランサーみたいな奴が他にもいるっていうのなら、止めなきゃいけない。
    だから、俺はこの戦争に参加することにしました」

五代「でも、それは――」

弓「危険だ、ということを言いたいのなら無用だ。その小僧は全てを承知した上で決断した。
  令呪も宿り、聖杯に選別された正式なマスターだ。それを部外者が止める権利は無い」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:20:26.26 ID:okqOkho00<>   
弓「むしろ、お前はどうなのだ五代雄介。先日、忠告はした筈だが。
  危険というのなら、お前がこの戦争に関わり続けることこそ危険だろうさ」

五代「……俺の身体のこと、どうして?」

弓「さて、ね。理由などどうでもいいだろう? ――さあ、どうする?
  お前のエゴで街を危険に晒すのか、潔く身を引くのか」

凛「……アーチャー? 何を話して……」

 凛の言葉を無視して、アーチャーは五代を鋭く睨み付けた。誤魔化しは許さぬ、という意思表示。

 そして、五代は、

五代「……引くことは、できない」

 そう、はっきりと口にした。

五代「戦うのは嫌だ。だけど、誰かがあんな奴らのせいで笑えなくなるのはもっと嫌だから」

 何かが解決したわけではない。正論ということならば、アーチャーの言っていることが正しいだろう。

 だけど、脳裏に半狂乱の少女の姿が浮かんだ。

 槍を突きつけられ、想い人を殺されかけ、必死に隠していた物を無理やり晒しだされた間桐桜。

 五代はそれを前にして引ける人間ではない。それはどれほど磨耗しても違える事の無い彼の行動原理。

凛「……つまり、これからも聖杯戦争に関わり続けるってわけね?」

五代「うん。忠告を無視するようで悪いんだけど……」

 ちらり、と弓兵の方を見やる。アーチャーはふん、と鼻を鳴らして霊体化した。

凛「……好きにしろ、って。もう、直接言えばいいのに」

 はあと溜息を吐く凛に、しかし五代は胸中でアーチャーの言葉に含まれる真意を考えていた。

 好きにしろという言葉。それは勝手を許すというよりも――

凛「ま、いいか。それより、今後のことだけど――」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:20:56.76 ID:okqOkho00<>  
◇◇◇

 ――結果として、凛と士郎の休戦条約は今夜限りということになった。

 凛としては、いずれ必ず敵対する相手と馴れ合うつもりはないらしい。

士郎「でも、俺は遠坂と戦いたくないけどな」

凛「あんたね、これは聖杯戦争なのよ? ま、帰ったらセイバーにちゃんと相談することね。
  ……ところで、何でこいつまでこっちに来てるの? 新都にホテルを取ったんでしょう?」

五代「俺のバイク、士郎君の家の前に置いてきちゃったからさ」

士郎「あの時は慌てててそれどころじゃなかったからなぁ……もう遅いし、五代さん、泊まっていったらどうですか?
    いいだろ? セイバー」

剣「最終的にマスターが判断することですが……そうですね、彼には恩もある。
  聖杯戦争の参加者でもないことですし、私が拒む理由はありません」

五代「うーん。でも悪い気がするなぁ」

凛「……あんたら、な〜にそんな緩い会話してんのよ」

 教会からの帰り道。既に深山町の中ほどにまでさしかかり、彼らは大通りの交差点にまでやってきていた。

 休戦は此処までだ。ここで士郎と凛は別れ、次に会った瞬間から敵同士になる。

 四人の足が止まった。止めざるを得なかった。

 ただし、それは友好的な関係が終わる感傷からではない。

???「待ってたよ、お兄ちゃん」

 死が、彼らの行く手を遮っていた。

五代「なんだ、あれ」

 眼前に立ち塞がるのは小さな白い少女。それだけならば、なんら驚くべきことは無い。

 だがその背後には明確な死がそびえたっていた。巌のような巨体に理性の無い瞳。

 邪気の無い少女と禍々しい狂戦士。その組み合わせは異常に過ぎる。

剣「サーヴァントか!」

 セイバーの羽織っていた雨合羽が千切れ飛び、その下から鎧が現れる。

 相手に戦闘の意志があるかどうかを確認するようなことはしない。

 そんな無駄を打てば、一瞬で全滅しかねない。

イリヤ「初めましてセイバーのサーヴァント。そしてトオサカのリン。
     わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

凛「アインツベルン……!」

弓「……どうやら、もう少しだけ同盟を続けた方が良さそうだ」

 アーチャーも実体化し、後方へ跳躍。手には黒塗りの弓が握られていた。

 向けられる二体のサーヴァントからの殺気。だがイリヤと名乗った少女は意にも介さず、

イリヤ「それじゃ、殺し合いを始めましょう。やっちゃえ、バーサーカー」

 囁かれた言葉に従い、狂戦士が咆哮した。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/12(日) 21:21:23.30 ID:okqOkho00<> 今日はここまで。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/12(日) 21:26:05.01 ID:lGaGcOduo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/12(日) 21:26:40.21 ID:iraI55Dpo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県)<>sage<>2012/08/12(日) 21:40:02.47 ID:M6QohYlPo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/12(日) 21:47:11.83 ID:TUioxl/DO<> めぞん一刻ではないのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/12(日) 22:02:53.51 ID:BvnB4nWso<> 乙。
中盤からは以前とは展開変えるとな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/12(日) 22:38:24.57 ID:H8Cl4VCko<> セイバーがオンドゥルに見えるのは気のせいだよな、うん <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/13(月) 01:46:49.77 ID:rTUTyf2Ho<> 乙

確かにライダー系スレで剣だけだとブレイドが先に浮かぶな
もちろん読めばセイバーってのはすぐ分かるけど <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/13(月) 08:55:19.87 ID:04/PynoIO<> セイバーはできればセとかに略して欲しいかな。
前の読んでたけど、内容は既に変わり始めてるんだね。
紅茶がクウガ知ってる理由は想像つくけど、それだと五代ガチですくわれねえなぁ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/14(火) 02:22:51.69 ID:XNXEez8Go<> むしろセイバー、アーチャー表記でいいんじゃ。

アーチャーが今の私は抑止云々とか既に旧版と差異あったか。ふむ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(群馬県)<>sage<>2012/08/17(金) 02:11:53.11 ID:X3oM1I+v0<> 乙
前のやつ一気読みしてきたけど、アーチャーとのやり取り増えたりバサカいたり、色々増強されてるね
て言うか立て逃げ借りて即興だったってのがすげーよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(茨城県)<>sage<>2012/08/20(月) 15:57:36.30 ID:f4piHRHS0<> バサカ戦やべーんじゃねぇか・・・ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越)<>sage<>2012/08/20(月) 19:14:59.47 ID:Yoq9caSAO<> ランサー相手にドラゴンフォームでいったから
ここはタイタスフォームの出番じゃね? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/20(月) 20:43:41.97 ID:s+5k4U5po<> タイタンフォームな <> 1<><>2012/08/26(日) 00:14:38.68 ID:RYRfYK8G0<> >>58 >>59
とりあえずセイバーだけセイバー表記に直してやってきます。
投下ー <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:16:34.45 ID:RYRfYK8G0<>

 聖杯戦争という仕組みを生み出した始まりの御三家。遠坂。マキリ。そしてアインツベルン。

 その三つの中で新興の家系である遠坂と衰退していくマキリを押しのけ、最大の勢力を誇るのがアインツベルンだった。

 かつては五つの秩序の内、第三法を担っていたという魔法使いの家系。

 そしてその失われてしまった第三魔法を取り戻そうとする彼らの執念は海よりも深い。

 イリヤスフィールという少女はそんな彼らの最高傑作であり、バーサーカーというサーヴァントはそんな彼らの切り札だった。

 故にそのアインツベルン最強の布陣は、他のサーヴァントなど寄せ付けない。

 黒の巨人が夜天を駆ける。その速度と勢いはさながら猛獣の荒々しい大瀑布を連想させた。
 バーサーカーという一個体が近づいてくる。それだけで高層ビルが倒壊してくるかのような圧力を身に受ける。

 それでもその程度で怯むなら、英霊を名乗る資格など無い。

 セイバーは前へ、アーチャーは後ろへ。言葉すら交わさず役割を分担する。それは彼らが幾千の戦場を駆け抜けた証だった。

 バーサーカーの前進を濁流とするならば、セイバーのそれは流星の如く。無駄なく伸びやかに、一直線に失踪する。

セイバー「はぁあああああ!」

狂「■■■■■■■■――ッ!」

 一合。不可視の剣と、無骨に削りだされた岩斧が打ち合わされる。

 たった、それだけ。

 ただそれだけで、実力の差は露呈した。

セイバー「ぐぅっ!?」

 バーサーカーの巨剣を受け止めるセイバー。その顔に苦痛が浮かぶ。

 それは単純なステータスの差だった。バーサーカーに技量は存在しない。

 ただ、純粋な反射と速度と筋力で、セイバーの剣技は完封された。

イリヤ「そのまま潰しちゃえ、バーサーカー!」

 イリヤスフィールが喜色に塗れた声で命ずる。

 だがセイバーとて、無策で突撃したわけではない。この接触は、あくまで相手の力を量る為のもの。

凛「アーチャー! 援護!」

 号令が飛ぶ。

 バーサーカーがさらに強力な一撃を叩き込もうとし、それを阻むように幾条もの銀閃が降り注いだ。

 アーチャーの狙撃だ。同時にニ本の弓が放たれ、狙いたがわずバーサーカーの眼球に直撃する。

 恐るべき弓の冴え。それはまさしく弓兵のクラスとして呼び出されるに相応しい絶技。

 だがそれも、一瞬の目晦まにしかならない。

狂「■■■■■■――!」

 アーチャーの作り出した僅かな隙に、セイバーが剣の間合いから離脱する。

セイバー「援護、感謝しますアーチャー」

弓「なに、気にするな。それよりどうだ?」

セイバー「ええ、実力不足を認めるのは情けないが、真正面からでは先の通り。
      遅延戦闘なら何とかこなせそうですが」

弓「ならば私がとどめを――と言いたい所だが、あの防御力は厄介だな。
  ただの矢では弾かれるだけか」

 弓兵の鷹の目は、バーサーカーが先ほどの攻撃でなんら痛痒を得ていないことを見て取っていた。

 僅か一撃のやり取りで方針と戦術を組み立てていく彼らは、紛れもなく生粋の戦闘者だろう。

 だがその英霊達の中においてでさえ、あのバーサーカーは頭一つ抜けている。
<> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:18:27.99 ID:RYRfYK8G0<> 凛「……流石に眼球に直撃して無傷ってのは変ね。何か詐欺をやられてるわ」

イリヤ「詐欺だなんて心外ね」

 本当にそれだけが不満だという風に唇を尖らせて、白い少女が言葉を挟む。

イリヤ「これはわたしのバーサーカー――ヘラクレスの持つ宝具の効果よ」

凛「な――」 

 絶句。真名と宝具を自ら口外するという、この戦争において極まりない悪手。

 だがその自信も、従えるサーヴァントの真名と宝具の効果を知れば頷けるというものだろう。

 十二の試練(ゴッドハンド)。

 それがバーサーカー――ヘラクレスを守護する宝具の名前だった。

 一定以上の神秘が篭っていない攻撃を強制的にキャンセルし、さらには11回の自動蘇生まで備えている。

 アーチャーの弓も、セイバーの剣も、その防御を突破するに値しない。

凛「なんてインチキよ、それ! ヘラクレスなんて唯でさえ化物なのに」

士郎「このままじゃジリ貧だ。なんとかしないと――」

凛「分かってるけど、逃がしてくれそうにないでしょあれは……!」

 イリヤスフィールと名乗った少女は、ただ楽しげに己が従者の圧倒を眺めている。

 それは虫を殺して遊ぶ子供と同じだ。故に、虫の嘆きを聞き入れるようなことはしない。

 ならば、ここを切り抜けるためには力が必要だった。

 ざり、と少年と少女の間をすり抜け、一人の男が前に出た。

五代「イリヤスフィール……ちゃん? でいい?」

 言葉を交わす暇すらなく開始された戦闘に、五代は正直戸惑っていた。

 相手はどうみても人間の少女だ。グロンギの人間態のような、見せかけだけの容姿ではない。

 雰囲気が違った。殺戮に躊躇いを持たないという点は共通している。

 だが未確認のそれが覆しようのない悪意から齎されるものだったのに対して、
 この少女から感じるのは何も知らない子どもが持っているような無邪気な残酷さ。

 五代にとって、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは人間にカテゴリされる存在だった。

イリヤ「初対面のレディにちゃん付けなんて礼儀がなってないわね
     魔術師じゃないみたいだけど……常識があるのなら、まずは名乗り返したらどう?」

五代「あっ、ごめん。俺、五代雄介っていうんだけど」

 皮肉を交えた要請に馬鹿正直に応えてくる男を見て、イリヤはくすりと笑みを洩らし、

イリヤ「ふぅん。五代、雄介か。それじゃあ、五代。運が悪かったね
     何でリンやお兄ちゃんと一緒にいるかは知らないけれど、見られちゃったら殺すのがルールだから。
     セイバーとアーチャーが終わったら、次は五代の番だよ」

 何の躊躇いも無く、そんな言葉を口にした。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:19:16.06 ID:RYRfYK8G0<> 五代「いや、待ってってば!」

イリヤ「うーん……ダメ。だってそういう規則だもの。
    殺されたくないっていうのは理解できるけど、わたしだってマスターなんだから」

五代「だからそこは、話し合いとかでさ。そんな、いきなり殺すだの殺さないだのっておかしくない?」

イリヤ「根本的に勘違いしてるみたいだけど」

 溜息をついて、少女はその赤い瞳を針のように細めた。

イリヤ「聖杯戦争っていうのはね、殺し合いが前提なの。
    そうじゃなきゃ聖杯は降霊しないし、戦争だって終わらないよ?
    正確に言えば、期間が過ぎれば聖杯からのバックアップはなくなっちゃうけど……
    その場合、残ったサーヴァントがどういう行動にでるか分かる?」

凛「……現界するために、手段を選ばなくなるサーヴァントも出るでしょうね。
  具体的には人を殺してその魂を奪う。サーヴァントにとっての食事は第二、第三要素だから」

五代「な……」

イリヤ「そもそも、わたしは聖杯戦争に勝つことが目的で造られたんだもの。
     妥協や話し合いなんてできるわけないじゃない」

五代「造られ……?」

 不穏な単語に眉をひそめる五代。だがイリヤはそれに構わず、

イリヤ「さ、もういいでしょう? 諦めて――潰れちゃえ!」

狂「■■■――!」

セイバー「ぐぅっ!?」

士郎「っ、セイバー!」

 バーサーカーの岩剣が走る。上から下へ叩きつけるプレス機のような一撃を辛うじて剣で受け止めるセイバー。

 そのまま押し付けられる岩の塊を不可視の剣で受け続けるが――不味い。

セイバー(抜け出せない!)

 アスファルトが陥没し、セイバーの具足は地に捉えられていた。

 もっとも、セイバーにとってアスファルトなど砂場の砂のようなものだ。やろうと思えば一瞬で砕き、脱することはできる。

 だがその一瞬を、バーサーカーは与えない。

 アーチャーの援護とて、この態勢になれば無駄だろう。もとより通じぬ矢に意味など無い。

 先のような目晦ましをしても、バーサーカーはただ力を込め続ければいいだけなのだから。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:21:05.19 ID:RYRfYK8G0<>
五代「……くっ!」

 躊躇っている時間は無い。ここで止めなければ、セイバーは遠からず死ぬ。

 そうなれば、後ろにいる少年は笑顔を失うだろう――だから五代は駆け出した。

 サーヴァント同士の戦場。常人ならば圏内に入った瞬間、絶殺される空間に向かって。

士郎「五代さん!? 無茶だ、怪我だって治ったばっかりなのに――」

凛「アーチャー? ……ええ、分かった。五代! 一瞬でいいから隙を作って、セイバーを離脱させて!
  そしたらアーチャーが大きいのを使うって!」

 背後からの声を受けて、五代は腹部に手を押し当てる。瞬間、アークルが具現化した。

五代(あの剣を受けたら赤や青じゃおしまいだ……緑なら遠くから攻撃できるけど、銃が無い)

 ランサー戦で見せたように、クウガは手にした物体を自分の武器に変換することが出来る。

 だが、何を手にしても武器を作り出せというわけではない。

 特に緑の武器――遠距離から攻撃するためのペガサスボウガンは、
 やろうと思えば鉄パイプや警棒から生成できる他の色の武器と違って"射抜くもの"から作り出さねばならない。

五代(なら、紫だ。それでも多分、完全には防げないだろうけど……)

 あの巨人の力は凄まじい。かつて戦った第46号と比べても遜色ないだろう。

 故に、肉を切らせて骨を絶つ――否、こちらの骨を断たせて、敵の皮膚に切れ込みを入れる。

 そんな捨て身を、五代はなんら疑問に思わず実行した。

五代「変身!」

 右手で宙を切り裂き、叫ぶ。瞬間、霊石はそれに応え、五代の身体を装甲した。

 ――白色に、装甲した。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:22:54.03 ID:RYRfYK8G0<>  
五代「な……!?」

 驚愕。

 おかしい。確かに自分は防御に優れる紫の戦士に変身しようとした筈だ。だが事実、身に纏っている装甲の色は白。

 グローイングフォーム――最弱の形態。

五代(……もしかして、まだ回復しきってなかった!?)

 アマダムとて無制限に力を奮えるわけではない。無茶をすれば、その分力は低下する。

 不味い、と五代の脳裏で警鐘が鳴った。

 そもそも紫の金のクウガでもノーダメージでは済まないであろう攻撃を、白のクウガが受ければどうなるか。

五代「……っ」

 しかし、止まれない。

セイバー「……く、ぁ!」

 既に五代は走り出している。視界には苦しむ少女が映ってしまっている。

 だから五代は止まらなかった。止まれなかった。止まる気も起きなかった。

 一撃。一撃だけ入れればいい。その後のことなど知ったことではない。

イリヤ「嘘、なにそれ……!? バーサーカー、迎撃しなさい――"狂え"!」

 正体不明を前にして、イリヤは容赦をしなかった。

 本来、バーサーカーのサーヴァントは理性を捨てることでステータスを強化するクラスだ。だが、

凛「それこそ嘘でしょ、今までは狂化スキルを使ってなかったっていうの!?」

 主神の直系たるヘラクレスは、先のランサーよりも神に近い。
 いや、その逸話を考えれば、彼には既に神の一席に数えられるだけの力があった。

 その肉体をさらに強化するなどという反則が通れば――その力は、第46号の電撃体すら凌駕しよう。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:23:21.30 ID:RYRfYK8G0<>  
 主人の指示で、バーサーカーの意識が五代の方に向いた。

 狂化しても、完全な制御下におかれている。それはイリヤスフィールもまた規格外のマスターであることの証左。

 巨人は両手で保持していた剣を片手で握り治す。

 自由になった片手。それで迎撃をする構えだ。

五代「……はぁぁああああああ!」

 先に仕掛けたのは五代。跳躍し、とび蹴りを繰り出す。右足にエネルギーが集中し、赤い光を薄く放つ。

 グローイングキック――下位のサーヴァントなら、掠るだけでエネルギーが流入し多大なダメージを負わせるだろう。

狂「■■■■――!」

 だが鉛色の巨人を相手にするにはあまりにも役者不足。

 巨人の豪腕が唸る。宝具ですらない、ただの拳撃。

 なんら特殊な能力を持たない凡百のそれが、白のクウガの一撃を真正面から叩き潰した。

五代「がっ……!」

 背中から地面に叩きつけられる。肺を押しつぶす衝撃に意識が跳ねて回った。
 それを逃さぬように伸ばそうとする腕すら動かない。体中のスイッチが切れて、機能が全て停止した。

 変身なんてとっくに解除されている。冷たい夜気が頬に触れた。だがその温度すら五代には認識できない。

 何故ならば、そんなものよりもっと冷たい、もっと濃密な、死の気配に包まれている。

狂「――――」

 言葉すらなく。

 巨人は、再度拳を叩き付けた。

 ぐしゃりという、肉の潰れる音。鮮血がアスファルトを彩り、

士郎「……ぐ、ぁ」

五代「……士郎、くん?」

 自分を突き飛ばして盾となった少年の姿を、五代はその視界に認めた。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:24:11.11 ID:RYRfYK8G0<> ◇◇◇

 五代が変身した瞬間、士郎は結果を予測した。即ち、

士郎「……駄目だ」

 戦士の敗北という結果を。

 衛宮士郎は正義の味方に憧れ、第四号に自分の理想を見た。

 故に、知っている。あの白い装甲は初期の初期――最初に四号が纏っていた装甲の色だ。

 士郎はクウガの仕組みを知らない。色によって能力が変わるということも聞いていない。

 だが予想は出来た。五年前、未確認生命体による被害は日を追うごとに甚大になり、
 その度に戦士は装甲の色を変じさせた。

 ならば、最初期にのみ使われていたあの装甲は最も弱いものなのではないか?

 あの装甲からは力を感じなかった。それでも自分では足元にも及ばないだろうが、あの巨人には対抗できない。

 ならば、何故五代はあの色に変身したのか。

士郎「……そんなの、決まってる」

 魔術は基本的に等価交換だ。莫大な術式を作動させたければ、莫大な魔力が必要になる。

 あの戦士もきっと同じだ。弱い装甲になってしまったのは、きっとランサー戦の傷が響いているから。

士郎「くそっ、俺のせいじゃないか――!」

凛「え、衛宮くん!? ちょっと、なにを――!」

 凛の声を無視して、士郎は走り出す。五代を追って死地に向かった。

士郎「同調開始……!」

 魔術回路を作り上げ、撃鉄を叩き込んだ。自分の衣服に未熟な強化の魔術を施す。

 あの戦士が彼我の力量差に気づいていないわけがない。

 それでも引かないのは、背後に自分たちを庇っているからだろう。

 士郎は知っている。五年前、四号が如何に偉大な英雄であったか。

 士郎は憧れた。その英雄としての在り方に。

 故に、衛宮士郎は走った。英雄に追随するように。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:26:21.31 ID:RYRfYK8G0<> セイバー「マスター――!?」

 そして、その結果がこれだった。

 振ってきたのが斧剣で無かったのは幸いだろう。出来損ないの強化による防御で、命は皮一枚で繋がった。

 即死は、しなかった。

 下半身の感覚がない。潰されたのだろう、と士郎はぼんやり思った。

セイバー「貴様ぁああああああああああああああ!」

 セイバーが激昂する。全身から魔力を放出し、小柄な身体に似つかわしくない剛力を得た。

 それでも狂化したヘラクレスの膂力を撥ね退けることなど不可能だっただろう――本来は。

 それを成し遂げたのは、白の戦士による一撃だった。

狂「■――?」

 気のせいか、巨人の声ならぬ声にすら戸惑いの成分が含まれているように感じられる。

 バーサーカーの拳に刻印が刻まれていた。先ほどの一撃は相討ちだった。

 その刻印から発生するエネルギーが、ヘラクレスの動きを僅かに阻害している。

 そうだ――それはもとより、封じることに特化した力である。

 それでも、効果は一瞬だ。封印エネルギーでヘラクレスを抑えることができるのは僅か一瞬。

 一瞬で、バーサーカーのゴッドハンドは封印エネルギーを無効化した。

 だが同じくその一瞬で、剣の英霊が戦場に復帰する――!

セイバー「我が主から離れろ、下郎が!」

 後先考えぬブースト。後先考えぬ一撃。

 それはまるでミサイルのように、一直線にバーサーカーへと吶喊した。

 不可視の剣が斧剣をかちあげ、バーサーカーにたたらを踏ませる。

士郎(でも、駄目だ)

 セイバー渾身の一撃でも、バーサーカーは体勢を崩しただけだ。

 その体勢を整えるまでに一秒。対してセイバーは無理な魔力放出が祟り、一時的にスタミナ切れのような状態になっている。

 自分の介入は、死を一秒先延ばしにしただけ。絶望的な状況を変えることは出来なかった。

 ――だって、そう。そんなのは英雄の役割だ。

 倒れ伏す士郎の視界には、立ち上がったひとりの男の背中が映っている。

 傷だらけのその背中に、衛宮士郎はかつての養父を幻視した。

 何度傷ついても、何度打ち倒されても、血反吐を吐きながら立ち上がり、人を守る為に立ち向かうその姿。

 それを人は――

士郎「五代さん……」

五代「変……身!」

 ――正義の味方と呼んだ。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:26:55.02 ID:RYRfYK8G0<> ◇◇◇

 燃えるような赤い手甲に包まれた拳を握り締める。

 再度の変身。マイティフォーム。今回はいとも容易くその形態への変身に成功する。

五代「ああ、そっか」

 五代は己の拳を見つめながら、しみじみと呟く。

 気づいた。気づかせてくれた。衛宮士郎という少年が思い出させてくれた。

 白のクウガにしか変身できなかった理由――それはダメージが残っていたからというわけではない。

 初めてベルトをつけた時と同じだった。単に、覚悟が足りなかっただけ。

 五代雄介は五年前より弱くなった。その優しい心は折れずとも、身体の方が限界だった。

 五代雄介は己の限界を知った。自分の末路を知った。恐怖を押し殺すのが難しくなった。

 ――そうだ。自分はクウガになるのを怖がっていた。

『"死ぬことすら難しくなる"……そう言っているのだよ、五代雄介』

 言峰の言葉が頭の中で反響する。

 その事実は恐ろしい。変身が、もとより残り少ない五代雄介の時間を削っていくのがどうしようもなく怖い。

 もとより、五代雄介はグロンギやサーヴァントのような"超人"ではない――あくまで"人間"なのだ。

 だから恐怖や怒り、痛みや悲しみを感じて、それに押しつぶされそうにもなる。

五代(でも――それよりも、俺は誰かが泣く方が、嫌だ!)

 思い出したのはその想いだった。死を厭わず飛び込んできた少年に、五代は五年前の自分を想起する。

 誰かを救いたい。守りたい。心の底から湧き出てくるその想いが、恐怖心を凌駕する。

 セイバーが死ねば士郎は傷つくだろう。士郎が死ねば、桜は悲しむだろう。

 故に、この瞬間において――

五代「イリヤスフィールちゃん。実はさ、俺って他にも名前があるんだよ」

 ――五代雄介は、五年前の強靭さを取り戻し――

五代「俺は――"クウガ"だ!」

 ――再び、誰かの笑顔を守る為の名前を名乗った。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:27:34.18 ID:RYRfYK8G0<> ◇◇◇

イリヤ「嘘……」

 バーサーカーの巨体が宙を舞った。

 ほとんど密着した状態から、助走もなしに垂直に蹴り上げられる。

 その光景を前にしてなお、イリヤは眼前の事実を認めることが出来ない。

 バーサーカーが圧倒されたわけではない。
 容易くバーサーカーが吹き飛ばされたのは、セイバーの一撃で体勢が崩れていたから。

 再び巨人が地に舞い戻れば、二度とこのような事態は起こるまい。

 だが認められなかった。許せなかった。あのようなサーヴァントでもない存在が、最強たるこの身に一矢報いるなど!

イリヤ「クウガ……クウガね」

 心に名前を刻み込む。しばらくは――殺すまでは払拭できそうにないその名前を。

イリヤ(いいわ。セイバーはいらないけど、貴方には興味が湧いた。今日はこのくらいで引いてあげる)

 くすりと、イリヤはその容姿に相応しくない艶美な笑みを浮かべる。

 今宵、ここに様々な幻想が集った。

 清純の騎士たる剣の英霊、セイバー。

 荒れ狂う死の山たるバーサーカー。

 誰も成し得ぬ、正義の味方という尊い理想。

 そして、それを成そうとする二人の男。

 そうした数多の幻想が衝突しあった、この夜の戦闘は、





 ――I am the bone of my sword. <我が骨子は捻じれ狂う>

 

 

 擦り切れ、磨耗し、壊れた幻想の介入で幕を閉じる。 <> 1<>saga sage<>2012/08/26(日) 00:28:30.88 ID:RYRfYK8G0<> 今日はここまで <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/26(日) 00:45:54.69 ID:HChcrmizo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/26(日) 01:12:26.91 ID:oiQUxJNDO<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長崎県)<>sage<>2012/08/26(日) 11:14:29.64 ID:ZWmuAthAo<> おおおあのリメイクか超期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2012/08/26(日) 16:30:44.10 ID:uuxGKV0S0<> リアルタイムで見てましたよ
がんばってください! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 04:42:36.16 ID:1n4Y7WP4o<> まさかこれをまた見る日が来るとは……頑張ってください <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/07(金) 03:35:37.10 ID:wzBpv3nR0<> 今度は鯖戦でアルティ無双が見れるか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(群馬県)<>sage<>2012/09/14(金) 20:42:33.45 ID:apv3LiP+0<> ひとたび書き込めば永遠に汝と共にありて その楽しみとならん <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県)<><>2012/09/23(日) 00:03:20.62 ID:ChuxgN6K0<> 主マダー? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越)<>sage<>2012/09/23(日) 11:54:06.82 ID:rn0viQsAO<> 相変わらずのクオリティで僕、満足! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県)<>sage<>2012/10/11(木) 13:47:30.91 ID:Nt/llxBq0<> まだー? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/26(金) 23:06:54.08 ID:ihQZFSZDO<> マダー? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/26(金) 23:21:05.05 ID:Y8WJbV/3o<> 今日が落ちる日か <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)<>sage<>2012/11/05(月) 11:18:59.48 ID:1VMIYszeo<> まだかのー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県)<>sage<>2012/11/08(木) 22:44:51.09 ID:3PfX4/Ha0<> まーだー? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県)<>sage saga<>2012/11/12(月) 15:14:50.56 ID:GIj1s0Tl0<> まだー? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2012/12/02(日) 00:41:37.63 ID:Rfh0BMFh0<> 3か月 <>