VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/10(土) 13:21:19.04 ID:U8IIs9aDO<>〜 朝 〜

男「……」

 昔から変な物を見る事があった。
 身体の一部が欠損して、中身が見えている人。
 血をダラダラと流している人。
 足が無く、ふわふわと浮翌遊している人。等々。
 要するに、幽霊が見えるという事なのだが、なのだが……

少女「おはようございます」

 果たして、ベッドの隣から笑顔を向けてくる、この『一糸纏わぬ生まれたままの姿』の少女は、幽霊なのだろうか?
 いや、幽霊であって欲しい。頼むから。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1352521278
<>男「悪魔探し?」 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 13:44:42.50 ID:U8IIs9aDO<> …………………………

男「本の精霊?」

少女「はい、そうです」

 サイズが合ってないだぼだぼのシャツを着た少女は、袖に隠れた腕を元気良く上げながら答えた。
 あの後、とりあえず自分の服を少女に着せた男は、今は死刑判決を聞くかのような神妙な面持ちで、少女の言葉を一言一句聞き逃さないように集中している。

男「本……あ、もしかして、ゴミ置き場にあった……」

少女「はい、昨日の夜に拾っていただきまして、そのままベッドへとお誘いになられました」

男「ぶふぉっ!?」

 少女の発言に噴き出す男。
 男はむせ返りながら抗議の声を上げた。

男「ち、ちょっと待って!
  その言い方はおかしい!」

少女「……? どこか間違えましたか?」

男「うっ……」

 昨日の夜、やけに立派な作りの本がゴミ置き場に捨ててあったのを見つけたのは事実。
 本の発するいかがわしい雰囲気に好奇心が働き、持って帰ったのも事実。
 そのままベッドで読み耽って、いつの間にか眠りに落ちてしまったのも事実。
 事実、ではあるのだが……

男「ベッドに誘うとか、いや、正しいんだけど……ちょっと……」

少女「……?」

男「と、とにかく! 君は本の精霊なんだね!」

少女「は、はい」

男「よし精霊ならば問題無い!
  全部解決! 精霊ってマジかよ!? と思わなくもないが、幽霊がいるくらいだから精霊がいたっておかしくない!」

少女「え、えっと……」

男「はい、バンザーイ!」

少女「え、ええっ?」

男「ほら、一緒にバンザーイ!」

少女「バ、バンザーイ……」

男「バンザーイ!」

 すべてゴリ押しで解決。
 男は極限状態にあった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 14:02:19.69 ID:U8IIs9aDO<> 男「よし、それじゃあオレは高校に行くから!
  拾ってごめん! 好きな場所に行っていいよ! じゃあね!」

 立ち上がろうとする男だったが、その裾を少女があわてて掴み、男を引き止めた。

少女「待ってください! あなたにお願いしたい事があるんです!」

 その瞬間、嫌な予感が男の身体を走り抜けた。

男「お願いしたいこと?
  ていうか、今さらだけど実体化してるね?
  いや、シャツ着てもらった時点で気づけって話だけどさ」

 なので、上手く話を逸らそうとしてみる。

少女「はぐらかさないでください!」

 が、少女はそれを許さない。

男「い、いや、あのね?
  別に話をはぐらかそうとしているわけじゃ……」

少女「……じー」

男「……」

少女「じー」

男「…………」

少女「叫んじゃおうかな?
   『助けてーっ!』って、このアパート全域に聞こえるくらいの大声で」

男「ごめんなさい勘弁してください許して」

 男に選択肢は無かった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 14:23:13.72 ID:U8IIs9aDO<> …………………………

男「悪魔探しだって?」

少女「はい、それをあなたに頼みたいのです」

 ちゃぶ台を挟んで、二人は向かい合っていた。

男「ま、待って! いきなり言われても分からないよ!」

少女「では説明しましょう。
   ……こほん」

 少女は一つ咳払いをすると、流れるように言葉を紡ぎ始める。

少女「この世界には天使と悪魔がいます。そして、人間の信仰によって彼らの力は保たれているのです
   いっぱい信者がいればお布施もたんまりでガッハガッハなのです」

男「ふむふむ」

少女「ですが、天使と悪魔は双方ともに自ら人間への干渉を行う事を禁じられています。
   イエスロリータノータッチなのです。
   しかし、ここに抜け道が一つ」

男「ほう? それは?」

少女「人間の方から彼らを呼び出す事は可能なのです。
   本来は一時的でも力を貸し与えるといった行為はアウトなのですが、今はグレーゾーンみたいな感じになっていまして……」

男「ああ、そういうのは向こうも同じなんだ……」

少女「しかしながら、そのグレーゾーンを越えるバカがたまにいるのです!
   人間界に居座り、勢力を増そうとするバカが!
   不法占拠! ビザ期限切れなのに残留野郎です!」

男「う、うん。それで?」

 エキサイティングする少女に少し引きながら男が言うと、少女は笑顔で、

少女「そういう不届き者たちを、一緒に追い返してやりましょう!」

 男の手を掴んで、にんまりとのたまったのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 14:32:33.50 ID:U8IIs9aDO<> 男「……はぁ、分かったよ。
  でも、これから学校だし、話を聞くのはその後な?」

少女「はい! なら私はここで待ってます!」

男「うん。それじゃ行って来ます」

少女「あ、あのっ!」

男「……なに?」

少女「昨日から何も食べてなくて、お腹がすいちゃったんですけど」

 そう言う少女の視線の先には、部屋の隅に鎮座する冷蔵庫の姿があった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 14:54:25.42 ID:U8IIs9aDO<> 〜 学校 〜

男「ちーっす」

クラメイ1「ちーっす」
クラメイ2「うぃっす」

 男はダベっているクラスメイトたちに軽く挨拶して自分の席にカバンを置く。
 そのまま自分も話に加わろうかと思った男だったが、聞こえてきた話題に足を止めてそのまま自分の席に着いた。

クラメイ1「女さんだけど、本当に酷い話だよ」
クラメイ2「塾で成績上がったって喜んでいたけど、こうなっちまったら元も子もないよな……」

男「……」

 それを聞いた男は苦い顔をして、クラスメイトたちから顔を背ける。
 しかし、顔を背けた先で教室の中央にある席が目に入ってしまった。

男「……」

 机の上に、一輪の花が差してある花瓶の置かれた席。
 そしてその席の隣には、膝から下の消えた女が立っている。
 しかし女は何をするでもなく、ただぼんやりと自分の席を見ながらその場に佇んでいた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 15:17:50.64 ID:U8IIs9aDO<>  二日前の夜。
 女は塾の帰りに水路へと転落した。
 不運だったのはそこが人通りの少ない場所だったということ。
 帰りの遅い事に不安になった両親が女をやっと見つけた時、女はすでに冷たくなっていたという。

男「……ちっ」

 男は舌打ちして、女の席から再び目を逸らす。
 妙に苛立たしかった。
 別に、女の事が特別好きだったという訳ではない。
 ただ、今にして生前の女を思い出してみようとすると、頭に浮かんでくる女はその顔に笑みを、本当に素敵な、今にもこぼれ落ちそうになるほどの素敵な笑みを顔に湛えていた。
 そんな人間が、そんな表情を他人に向けることの出来る人間が、こうも理不尽に命を奪われる事に男は憤りを感じていた。

男「……どうにもなんねーけど」

 だからといって終わった事態が好転するわけもない。
 男は机に顔を伏せ、周囲でひそひそと上がる『話題』を聞かないように両腕で頭を左右から囲い、そして──

少女「ひどいです〜っ!」

男「ぶべらっ!?」

 隣から思い切り体当たりをかまされた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 15:35:25.70 ID:U8IIs9aDO<> 男「え? お前、なんで学校に……」

少女「ひどいです〜っ!
   男さんは鬼畜です〜っ!」

クラメイ1「な、なんだなんだ!」
クラメイ2「だぶだぶのシャツに下はだぶだぶのズボンを穿いた少女!
      刻が見える!」

男「待て! ちょっと待って!」

少女「待ちません! 男さんの非道な仕打ちに私はブチ切れ寸前です!」

クラメイ1「なるほど、SMか」

男「ギャラリーうるさい!
  それと、なんでキレてるのお前!?」

少女「冷蔵庫の中身が空っぽでした!
   プリンとまでは高望みしていませんでしたが、フルーツ系のオヤツを夢見ていた私の期待を返してください!」

男「十分に高望みだよ!? あと、他人様の冷蔵庫に文句言うな!
  それにモヤシがあっただろ、モヤシがたっぷりと!」

少女「モヤシなんて飢饉でもなければ食べません! 家畜の餌です!
   少なくとも私はノーサンキューです!
   もっと人の尊厳を維持出来る程度の食事を希望します!」

男「オレの主食が家畜の餌と抜かしたかテメェ!?
  つーか、本の精霊が人権を主張するなよ!?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 15:49:52.66 ID:U8IIs9aDO<> 少女「うぅ〜!」

男「ぐぬぬっ!」

女教師「……何をやってるお前たち?」

男「はっ!? 先生!」

女教師「状況の説明を頼む」

クラメイ1「はっ! 男があの少女を家に連れ込み、SMプレイに励んでいたそうです!」

クラメイ2「そして、爛れた同棲生活の末に、ついに妊娠!」

クラメイ3「お願い! 産ませて!」

クラメイ4「うっせー! そんなに産みたけりゃ、今すぐ産ませてやるぜ!
      げしっ、げしっ、げしっ」

クラメイ5「やめて! お腹を蹴らないで!」

クラメイ6「といった次第であります」

男「捏造にもほどがあるよ!?
  つーか、ノリが良すぎだよおまえら!?」

女教師「ちょっと職員室に来ようか、男君?」

男「先生目が怖い!
  現法皇並みの黒いオーラが漂ってる!」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 16:38:30.44 ID:U8IIs9aDO<> 教師「それじゃ、職員室に来い」

男「待って! 話を聞いて!」

 教師に腕を引かれる男が、教室の出入口で突っ張ってなけなしの抵抗をする。
 そんな時だった。

男「……っ!?」

 ぞくり、と男の背筋を悪寒が走り抜けた。
 男は雷に撃たれたように、素早く反射的に背後を振り替える。
 教室の中央、花の活けられた花瓶の席の隣。

女「……」

 生気を感じぬガラス玉のような瞳で、女がじっと男を見ていた。

男「……っ!?」

 その瞬間、男の全身を凄まじい倦怠感と鈍痛が襲ってきた。
 まるで無数の手にしがみつかれ、そのまま爪を立てられて皮を突き破られるような痛み。
 男は直感的に理解した。

──ヤバイ。

霊が見えるという性質上、今までにも霊から『ちょっかい』を掛けられる事はあった。
 しかし、『これ』はその中でも群を抜いて危険な気配を帯びていた。

女教師「急にどうした男?」

男「うぅ……」

 男の様子がおかしい事に気付いた女教師が、廊下から聞いてくる。
 だが、男は答えない。答えられない。
 男の精神の集中はすべて教室の中央、女の霊へと向けられている。

女「……」

 やがて、女が消失した足で、一歩を踏み出す気配。
 二人の距離が、縮まる。

男「……」

 だが、男は心の臓をワシづかみにされたように動けない。
 そんな間にも、女は一歩、また一歩と男に近づいてくる。

男「……」

 動悸が激しくなる。
 視界が白く狭窄してくる。
 周囲の音が、消える。

女「……」

 やがて女は男の前に至り、そのままだらりと垂れ下がっていた両腕を上げて来る。
 そして、女の蒼白い両手が男の頭を左右から挟み込む、その寸前──

少女「早くご飯! ご〜は〜んっ!」

男「へぶらいっ!?」

 女の霊体を突き抜けて、少女が男に体当たり。
 男は少女と一緒に廊下へと倒れ転んだ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 16:47:55.38 ID:U8IIs9aDO<> 男「いてて……」

少女「ご飯プリーズ!
   出来ればデザート付きで!」

男「お前……って、金縛りがとけてる!?」

少女「ん? どったの?」

男「ナイスだ精霊! よくやった!」

少女「え? えっ?」

男「よし、一緒にファミレスへ行こう!
  高速で!」

少女「ファミレス! ご飯をごちそうしてくれるの!?」

男「ああ、それよりも早く行こう! 怖いから!」

女「……」

女教師「いや、おい」

男「じゃ、そういう事で早退します先生!」

少女「早退しまーす!」

女教師「待てコラ! おいっ!」

 女教師の怒声を背中に受けながら、男と少女の二人はすたこらさっさとその場を退散した。

女「……」

 そして、遅れてもう一人。
 その後を追うように、続く。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 17:11:56.19 ID:U8IIs9aDO<> 〜 ファミレス 〜

少女「ハンバーグにエビフライ〜」

男「ふぅ……しかし、良く食うなぁ」

少女「自分の懐が痛まないので、いつもの三割増しです」

男「ははは、ぶちのめすぞ?」

少女「でも、さっきはいきなりどうしたの?
   教室の出入口で固まって、ダラダラと汗を流して……暑がり?」

男「いや、違うっつーの。
  実はな……」

 男は自分が霊を見ることが出来ること。
 そして事故死した女と、その霊に襲われかけた事を少女に話した。

少女「ふーん」

男「ふーん、ってお前精霊だろ? 見えないのか?」

少女「うん、見えない」

男「おいおい」

少女「いや、私は自分のお仕事に特化された存在だから、無駄な機能を省かれているだけなのです。
   だからその『使えねー奴』的な視線をやめてください」

男「あっそ。
  そういやお前、何かオレに話があったんじゃないか?」

少女「あっ! そうです!
   ついついバナナイチゴチョコレートパフェの甘さに浮かれて忘れていました」

男「何を勝手にデザートまで頼んでくれちゃってるのテメェ!?」

少女「まあまあ、あーん?」

男「……? あーん」

──ぱくり。

 少女の手がスプーンを男の口の中へと運ぶ。
 そして男の口内で広がるスイーツの甘露。

男「甘い!」

少女「これでドローです」

男「甘い! その考えが!
  ノーマネーでフィニッシュ出来ると思うなよ!?」

──ぐりぐりぐりぐり。

少女「やめて! こめかみぐりぐりはやめて!」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 17:45:43.29 ID:U8IIs9aDO<> 少女「いたた……」

男「で、話ってなんだ?」

少女「あの、朝に言ってた悪魔探しの件なんですけど……」

男「あー、そんなのあったようななかったような」

少女「あったんです!
   詳しく説明しますよ!」

男「はいはい」

少女「……こほん、それでは」

 説明するときのクセなのか、少女はファミレスの椅子に座ったまま背筋を伸ばし、一つ大きく咳をつく。
 そして、つっかえる事もない流暢な話し方ですらすらと説明を始めた。

少女「悪魔探しの内容なんですが。
   基本的に悪魔を探し出して、その悪魔の名前を当てるだけの簡単なお仕事です」

男「それだけ? なんだ、簡単そうだな?」

少女「はい、簡単なんです!
   私はすべての悪魔の名前を記された本の精霊ですから、悪魔の特徴さえ分かれば一発で名前が分かります。
   名前を当てられた悪魔はその時点で人間との契約を破棄され、地獄へと強制送還されるのです。
   だから後始末をしなくてもよく、本当に、本当に簡単なお仕事なんですよ?」

男「へ〜」

少女「では、私と一緒に悪魔探しをしてくれますか?」

男「うーん、それなら……いいかも」

少女「やったー!」

 少女はだぼだぼの袖で隠れた両腕を上げ、満面の笑みを浮かべた。

男「はは、そんなに喜ばなくても……」

少女「いえいえ! 男さんの協力を取り付けられた事は、私にとってとても素晴らしいことなんですよ!」

男「そ、そうか……」

 屈託の無い笑顔を近付けられ、男はくすぐったくなって顔を逸らした。が、

少女「では早速、この『血の連判状』に自身の血でサインと、そしてこちらの『永久忠誠書』にも同じようにサインをお願いします!」

男「ちょっと待てーい!
  いきなり話がものものしくなったぞ!?
  特に後半! 永久忠誠って何だよおい!」

少女「え? た、多分気のせいでは?」

男「もしかして……オレにウソついてる?」

少女「ソ、ソンナコトナイヨ?
   精霊ウソツカナーイ」

男「……なぜにカタコト?」

少女「ほ、本当ですよ? 私は『ウソ』を言ってませんよ?」

男「『真実』をすべて語ってないだけとか?」

少女「………………」

男「図星かよ!?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 18:07:39.31 ID:U8IIs9aDO<> 少女「あ、あの……その……」

 少女が狼狽した様子で辺りに視線をさまよわせ始める。
 その視線は不自然に男から避けるように動いており、少女が何か後ろめたい事を男に隠している事は明らかだった。
 しかし、瞳に涙を溜めて今にも泣き出しそうな少女の様子を見ているうちに、自分を騙した少女の行為を非難する選択肢は男の内から霧散していた。
 それは何だか憚られるようなことだと、男には思えてしまったからだった。

少女「う、うっ……」

男「ったく、別に契約しないと言ってる訳じゃないっての」

少女「……え?」

 その言葉に少女が驚いたように目を丸くした。
 男は続ける。

男「オレはただ本当の話を聞きたいんだ。
  本当の事を言ってくれないんじゃあ、契約のしようも無いだろ?
  まずは腹を割って話そうじゃないか?」

少女「お、怒らないんですか? 私は男さんを騙そうとしたのに?」

男「怒ってるよ。
  だから早く本当の話をしてくれ。
  洗いざらい、全部」

少女「……はい」

 少女はしょんぼりとうなだれ、

少女「こほん」

 やはりクセのようで、咳を一つ吐いたのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 19:14:47.54 ID:U8IIs9aDO<> …………………………

少女「……というわけです」

男「うーん」

 結論から言うと、少女は嘘を吐いていなかった。
 ただ、後から継ぎ足された話が数ヶ所あった。

男「……殺人まで手を染めた悪魔か」

少女「……はい」

 まず、探す悪魔が危険極まりないものであった。
 少女が探している悪魔たちは、殺人を行って魂を集めている無法者たち。
 そういう奴らは力も強い高位の悪魔らしく、男たちが返り討ちにあう危険がある。
 というよりも、返り討ちで終わる可能性の方が高い。
 そしてもう一つ、悪魔は自分の能力や特性を巧みに隠しているということだった。

少女「悪魔は姿を変えられますし、最近は化学薬品やらなんやらたくさん手に入りますので、死体を上手く処理されて犯行の痕跡も残りにくいんです……」

男「じゃあどうやって正体を暴くんだ?」

少女「相手の魂を奪う時は必ず『自分の特性を死因』にしなければならないんです。
   雷を操る悪魔ならば雷による感電死を死因に、炎を操る悪魔ならば炎による焼死を死因にといった具合です」

男「それは何で?」

少女「一種のマーキングです。
   魂の因果律に介入して、魂の行き先を自分に変更しているんです」

男「なるほど、他に悪魔を特定する方法は?」

少女「悪魔が魂を刈り集めると、地上で死んだ方々の数と冥府に送られてくる魂の数に齟齬(そご)をきたします。
  そこから悪魔が誰をいつ殺したか分かります」

男「……なるほどな、どれが悪魔の犯行かはわかるのか」

少女「問題は、その悪魔が誰か、です」

男「……」

 男は頭の中で整理する。
 まず、制約から悪魔は自分の特性を犯行に残さなければならない。
 そして、どれが悪魔の犯行かは分かる。
 そこでふと男は思いついた。

男「なあ、悪魔ってそんなに地上に溢れているものなのか?」

少女「え? いえ、この国には数人いるかいないかですけど……それが何か?」

男「地上の悪魔の数が少ないなら、近隣で起きた悪魔の犯行はすべて同一の悪魔の物という事になる。
  人が死ねば新聞やテレビで報道されるし、ネットにも情報が上がる。
 その記録を並べていけば死因の共通点も浮かぶんじゃないかな?」

少女「あっ! た、たしかにそうです!」

男「殺された人の死因が分かれば悪魔の特性も分かる。
  そこから悪魔の正体も暴けるだろ?」

少女「はい! 分かります!」

男「……うん」

 少し希望が見えてきた。
 一度くらいなら手伝っていいかもしれない。
 男がそう思ったときだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 19:46:17.02 ID:U8IIs9aDO<>  ざわっ、と男の背中に悪寒が走った。

男「……っ!」

 あわてて、男は背後の気配に振り返る。

女「……」

 女が、立っていた。
 しかし、さっきとはどこか様子が違う。
 女に敵意は感じられず、代わりに柳眉をひそめたどこか物憂いな表情を浮かべているだけである。
 しばし見つめ合って無事を確認した男は、額に浮かんだ脂汗を手の甲で拭いながら、ゆっくりと口を開いた。

男「追いかけて来たのか……」

女「……」

 女は何も答えない。
 ただ無言で、男をじっと見つめてくる。
 すると、不意に少女が男に声を掛けてきた。

少女「どうかしたんですか?」

男「あ、いや。さっき女さんの霊の話をしたろ?
  ここについて来てるんだ今」

少女「そうなんですか!?
   危ないじゃありませんか!」

男「大丈夫、落ち着いて。
  あと大声出さないで、人がいるから」

少女「す、すみません……」

 辺りを見回し、少女は頭を下げながら小さくなる。

男「何だか敵意は持ってないようだ。
  どうやら落ち着いてくれたらしい」

少女「落ち着いてくれた、ですか?」

男「霊は何かを伝えたくてそこにいるんだ。
  でも、誰も存在に気付かない。
  初めて見える相手と出会えたら、興奮するだろ?」

少女「初めて? 昨日も学校に女さんの幽霊がいたのでは?」

男「ガン無視を決め込んでいた」

少女「……えっと」

男「生者は死人と関わってはいけない。
  その逆もまたしかりだ。
  相容れない者同士が縁を持つと、必ず不幸になる。
  今回は、女さんの発っした霊気の脅しにオレがバカ正直に反応してしまって、それで目を付けられてしまったようだけど、避けれるならば避けた方がいいんだよ、こういうのは」

少女「そういうものですか……」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/10(土) 20:06:35.91 ID:U8IIs9aDO<> 男「まあ基本は無視でいいさ。
  それより、せっかくファミレスで無駄な時間を過ごしているんだから、悪魔探しの……プロファイリングかな?
  それをやってみないか?」

少女「い、いいんですか? 女さんを放置しておいて」

男「どうにも出来ないからな。
  元々の思考力が失われているのか、霊とは意思の疎通が難しい」

少女「はあ、ではとりあえずここ数日の悪魔の犯行を……」

 少女が指をぱっちんと鳴らすと、どこからともなく数枚の紙が少女の眼前に現れた。

男「お、おお……」

少女「ふふ、こう見えても私は精霊ですよ?」

男「忘れてた」

少女「はうっ!?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/11(日) 18:38:54.06 ID:lTEsskoDO<> …………………………

男「まずは犯行場所か。
  君がうろついているという事は、やっぱり県内とかで起きているのか?」

少女「はい、詳しくはコレに×印で示しています」

 そう言いながら少女が一枚のプリントを差し出してくる。
 男が受け取って視線を向けてみると、それは市内全域の映った地図で、少女の言った通りにいくつか×印が点けてあった。

男「市内……なの?」

少女「はい、えと……何か問題が?」

男「いや、近いなー、て思って。
  でもこれって全部、殺人事件だよな?
  市内でこんなに殺人が起きたとか聞いてないんだけど……」

 ×印は全部で四つ。
 市内でこれだけ殺人事件が起きていればさすがに大事件なのだが、男が思い出すにテレビで報道された記憶は一切ない。
 首をかしげる男だったが、向かい合わせに座る少女が軽く説明してくれた。

少女「悪魔は様々な能力を持っています。
   それによって自然死や不幸な事故をでっち上げる事も可能なんです」

男「つまり……悪魔が殺人をしてはいるんだけど、周囲にはバレてなく、自然死や事故と思われてると?」

少女「そうなりますね」

男「あぶなかっしいなぁ……」

少女「そして、コレが被害者たちのプロフィールです」

 少女は指ぱっちんでいくつかの新しいプリントを召喚して、男に渡した。

男「警察の目も欺くような殺害方法か、素人の目がどこまで通用するか」

少女「何も難しく考える必要はありません。
   死因から悪魔の特性を推察する、それだけならば素人の男さんでも出来ます」

男「どうかな……やっては見るけど」

 男は被害者のプロフィールが書いてあるプリントへと目を落とした。
 プリントは履歴書に似た作りで、名前と顔写真の下に経歴やら犯罪歴やらが行を連ねて書かれていた。

男「……」

少女「何かありましたか?」

男「いや、悪い事は出来ないなぁって……
  ちゃんと見られてるんだな、うん」

 そのまま感心するようにうんうん頷きながら読みすすめる男。
 しかし最後の行へと至ると、そこに書かれている一文に目を細めた。

男「○月×日、自宅にて死去?
  あ、そうか。被害者のプロフィールだったな、コレ。
  でも何で死んだのか死因が書いてないような?」

少女「それを探すのがお仕事ですよ、ボケないでください」

男「ん、そうだった。悪い悪い……ん?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/11(日) 20:12:41.35 ID:lTEsskoDO<>  渡されたプリントの束がズレて、後ろのプリントがちらと見えた。
 そしてそこに見知った顔を見て、男は思わず声を上げていた。

男「女さん!?」

少女「え?」

 何事かと驚く少女をそのままに、男は束からプリントを抜き出してテーブルの上に広げる。
 顔写真。名前。在籍学校名。そして死亡日時。
 書かれている被害者のすべてが男の知る女のものだった。

男「女さんが……女さんが悪魔に殺されていた?」

少女「え? 女さんが? ど、どういう事なんですか?
   話がよく見えないのですけど」

男「死んで幽霊になってる女さんが、被害者としてプリントに載ってるんだよ! ほら!」

少女「は、はあ……コレが女さんですか」

男「何だよ、腑に落ちないような顔で?」

少女「いえ、私は幽霊が見えないから女さんの顔を見るのは初めてでして……それに」

男「……それに?」

少女「もしも女さんが悪魔の手によって命を落としているなら、女さんの魂は悪魔の物になっているはずです。
   自由に動き回れるはずはないのですけど……」

男「オレが嘘を吐いてるって言うのか!?」

少女「落ち着いてください男さん。そうは言ってません」

 少女は右の手のひらを男に向けて突き出し、吸い込まれそうな黒を湛えた瞳で男の目を真っすぐに見つめてくる。
 そのまま少女は凛と引き締められた顔で、男は興奮して少し紅潮した顔で、じっと互いを直視した。
 そして数秒後。
 先に口を開いたのは男だった。

男「そう……だな。ごめん。
  少し頭に血が上ってた」

 少女から目を離して男が額を押さえながら言うと、少女は「いえいえ」と笑顔で首を横に振って見せた。

男「でも、悪魔に殺されたなら何で、女さんの霊がここにいるんだ?
  魂だけは悪魔から逃げられたとか?」

少女「一度悪魔に殺されて因果律を狂わされると、悪魔から逃げる事は不可能です。
   おそらく因果律、死因が中途半端になってしまったのです」

男「中途半端?」

少女「『悪魔の特性による死』と『別の事象による死』が混じったのです。
   それで悪魔は制約で魂を奪えず、悪魔の特性の影響が混じっているために冥府の門も開かれず……といった所でしょうか?」

男「ごめん、よくわからない」

少女「えっと例えば……炎を操る悪魔が対象の『焼死』を狙ったけれど、悪魔の炎で熱せられた近くのガスボンベが爆発炎上。そして対象は死亡。
   こうなると死因は悪魔の炎に焼かれて死んだか、それともガスボンベの炎に焼かれて死んだかの半々になります。
   死因に関わるすべてが悪魔の能力によるものでないと、魂は奪えないのです」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/11(日) 21:26:33.61 ID:lTEsskoDO<> 男「それで女さんは浮遊霊になって……」

女「……」

 男が背後の女へと振り返る。
 女は自分が話題になっている事をまったく意に介していないようで、ぼうっと意思の欠落した瞳で男と少女のやり取りを眺めているだけだった。

男「このままだと、女さんはどうなるんだろう?」

少女「悪魔を地獄に強制送還して地上での影響力を喪失させないと、女さんはずっと地上をさまようはめになります」

男「……そうか」

少女「はい」

 男にとって、女は特別な相手ではない。
 だが今の脱け殻みたいな女を見ていると、居ても立ってもいられず、ただひたすらにどうにかしてやりたいという思いが、強く、強く男の胸に込み上げてきた。
 そして男は一息つき、やがてつぶやくように、言葉を静かに吐き出した。

男「探そう」

少女「……はい?」

男「探そう、悪魔を」

 自分でも驚く位に、はっきりと芯の通った男の声だった。

少女「男さん……それって」

男「一緒に、解決しよう」

 探偵の真似事ではなく、真相深くに踏み込む決意。
 男がそれを言葉にした瞬間、聞き訊ねてきた少女の顔が驚愕に固まり、遅れて一気にやわらぐ。
 そして少女は勢いよく男の手を取り、嬉々とした声を上げた。

少女「はい! 一緒に解決しましょう!」

 喜色満面を絵にしたような、見ているこちらも嬉しくなる満開の笑みを浮かべながら少女は元気よく答える。

男「うん、よろしく」

 それに何だか少しこっぱずかしくなって、男はそっぽを向きながら少女に返したのだった。

少女「では、この契約書にサインを……」

男「それはやだ」

少女「ふえぇ……」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/11(日) 22:12:02.49 ID:lTEsskoDO<> 〜 正午前・家 〜

 その後、二人は家へと戻って来ていた。

少女「それで、これからどうしますか?」

男「事故と判断されていても、一応は人が死んでいるからな。
  とりあえずの司法解剖結果くらいは出てるかもしれない。
  被害者名と市名をネットで調べれば……おっ、出た出た」

 キーボードを叩き、検索をかける。
 すると、すぐにいくつかの候補が上がって来た。
 男はそれらを片っ端から調べていき、そして目当ての情報へと辿り着いた。

男「あったぞ。なになに……風呂場で溺死?」

少女「夜、帰宅した家族が大学生の○○さんが浴槽内に沈んでいるのを発見。
   急ぎ病院に連絡して救急車を手配するも、搬送先で死亡が確認された。
   寒い時期、突然に身体を温めると危険です。気を付けてください。市民だより」

 市のホームページらしいサイトを見ながら、少女が音読した。

男「溺死、か」

少女「そういえば、女さんも……」

女「……」

 女は無言で視線を返してくる。
 女の幽霊も、ちゃっかり男の家に上がっていた。

男「とにかく、次のだ。
  悪魔の犯行は全部で四件、一応は全部見ておこう」

少女「はい」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/11(日) 22:42:59.17 ID:lTEsskoDO<> …………………………

男「浴槽で溺死。川で溺死」

少女「貯水池に落ちて溺死。そして女さんもまた……」

 検索終了後、二人は出てきた結果に顔を見合わせていた。

男「溺死か」
少女「溺死ですね」

男「つまり、これは水を操る悪魔って事か?」

少女「多分、そうですよ! 間違いありません!
   これで悪魔の目星がつきます!」

男「……うーん」

 男は何か引っ掛かりを感じた。
 しかしそのもやもやしたものの正体は分からず、続く少女の声にすべて意識の隅へと追いやられた。

少女「では次に悪魔がどこに住んでいるか、ですけど……」

男「悪魔が住んでいる? 人に化けたりしてるのか?」

少女「おっと、ごめんなさい説明します。
   悪魔は基本的に姿を消して、召喚者である人間の精神に隠れています。
   さっきの発言はその人間の住み家という意味です」

男「悪魔は人の精神に隠れている、か。
  スタンドやペルソナみたいなものか?」

少女「何ですかそれ?」

男「いや、分からないなら無理に気にしなくていいよ。うん」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/12(月) 21:53:04.82 ID:HIsFg2eDO<> 男「まず整理しよう、犯行は全部市内で起きているな?」

少女「はい」

男「むう……ところで、悪魔は君みたいな『悪魔を見つけて強制送還する存在』を知っているのか?」

少女「えっと、知っていると思いますけど……それは何でですか?」

男「犯行地域が限られ過ぎているんだよ。
  人の目は誤魔化せても、君みたいな存在は誤魔化せないと悪魔は知っているとする。
  すると、犯行地域を市内に固定しているのは、まるで自分は市内に居ますよって言ってるもんだよ」

少女「あっ、た、確かに!」

男「……はてさて、どういうことか」

少女「あの……悪魔は契約した人間から離れて行動する事は出来ません。
   もしかしたら、それが理由になっているかもしれません」

男「離れて行動出来ない?
  だとすれば、契約した人間に影響されてるのか?
  生活圏とか行動範囲とか」

少女「おそらくは。
   もしかすると、契約者は子供なんでしょうか?」

男「子供? 子供が悪魔と契約出来るのか?」

少女「はっきりとした自我があれば可能です。
   過去にも十歳に満たない子供が悪魔と契約を交わした事例があります」

男「そうなのか……。
  でもだからといって、子供の仕業とは言いきれないよ。
  市内に勤務先がある大人も大勢いる。
  生活圏が市内に収まる人間は子供以外にたくさんいるからな」

少女「ではいったい誰が……」

男「……」
少女「……」

 考え込む二人。
 しかし、いくら考えても答えは出ず、男は何の気なしに被害者のプロフィールが書かれたプリントをめくり始める。

男「うーん、被害者にも何か共通点があればなぁ……」

少女「溺死、といったくらいしか共通点はありません。
   でも、みなさん若い身空で気の毒な事です」

男「うん。みんなオレと大して変わらな……っ!?」

少女「男さん?」

男「それだ! でかした!
  被害者の一人は大学生、後の二人は高校生、そして女さんも高校生だ。
  被害者はみんな『学生』だ!」

少女「……っ!」

男「みんなが通っている学校に印を付けてみよう、何か分かるかもしれない」

少女「はい!」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/12(月) 22:42:28.99 ID:HIsFg2eDO<> …………………………

男「……出来た」

 付けられた×印は三つ。
 大学と、高校が二つ。

 それらは見事に地図の中央付近に固まっていた。

少女「市内の、中央」

男「ああ」

少女「この周囲に、悪魔の足跡が……」

男「あるかもしれないな」

 興奮気味に聞いてくる少女に、男自身も胸を小さく高鳴らせながら頷いた。
 何だか、秘密の宝の地図を見つけたような、そんな心持ちだった。

男「とにかく、この周囲に何かがある可能性が高い。
  今から行ってみよう」

少女「え? 今から、ですか?」

男「学校はサボりだからな。
  時間はまだまだたくさんある」

 そう言って男が少女に苦笑いを浮かべて見せる。
 しかし少女はそんな男に、まるで後ろめたい自分を恥じ入るように表情を曇らせると、そのまま顔を伏せてしまった。

男「お、おい。どうした?」

少女「い……いえ、何でもない……です」

男「何でもない、はないだろ。そんな……」

 しかし、男はそれ以上追及する事が出来なかった。
 伏せられた少女の顔からはその表情を伺い知る事は出来ない。
 だが、しゃくりあげ、嗚咽を漏らしながら肩を揺らし始めた少女を見れば、どんな顔をしているかは容易に想像することが出来た。
 男は手を伸ばしかけ、引き戻し、しかしすぐに思い直しておそるおそる少女の震える肩へと、そっと手を置いた。

男「こういう言い方、卑怯かもしれないけどさ……真実を話すって、約束したろ?
  話したくないなら無理にとは言わないけれど、誰かに話して楽になることもある……と思うぞ?」

少女「は……はい。そ、そうです……ね……」

 少女は鼻をすんすんと鳴らしながら、涙に濡れた顔を上げる。

少女「男さんは本当に……いい人です」

 そして少女はその涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を和らげて、大きく笑みを作ったのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/12(月) 23:34:32.51 ID:HIsFg2eDO<> …………………………

少女「本の精霊である私を書き記してくれた方は、それはそれは偉大な魔術師でした」

 あれから落ち着いた少女は、やはり例によって一つ咳をついてから、男に自分の身の上を話し始めた。

少女「その偉大な魔術師様は悪魔の危険性を誰よりも早く気付いていたのです。
   悪魔は決して人のためにならない、と」

男「……」

 男は口を閉じて、ただ頷いた。
 少女は続ける。

少女「魔術師様は冥府の者たちと結託し、悪魔の強制送還を始めました。
   しかし魔術師様も人間。いずれは天命に導かれてこの世を去ります。
   そこで魔術師様は御自身の命が尽きる前に私たちを書き記して、悪魔への対抗策としたのです」

 すると、そこで少女は柳眉を哀しげに伏せて言葉を湿らせた。

少女「ですが、近年はどんどん科学が進歩して、悪魔の犯行も巧妙になって来ました。
   古くさい私は右へ左へと悪魔に振り回されるだけで、毎回毎回逃げられて……
   私は本当にダメダメです……」

男「……」

少女「でも、そんなダメダメな私が一番許せないのは自分自身です。
   私は男さんを利用しようとして男さんに近づきました。
   でも、そんな私に男さんは良くしてくれて……あまつさえ自分から悪魔探しに協力してくれると言ってくれました。
   だから私……私は……」

男「……分かった、分かったよ」

 再び瞳に涙を浮かばせ始めた少女に男は頷き、その場でゆっくりと立ち上がった。

少女「……男さん?」

男「気に病むことはないさ。
  今回の事件は、オレも無視出来ないからな」

少女「それは……女さんのことですか?」

 少女の問いに男は答えず、代わりに少女の頭をぽふりと撫でた。

少女「はう」

男「あっちが洗面所だから、顔を洗ってこい。
  出掛けるぞ」

少女「え? それは……」

男「これこそ名誉挽回のチャンスだろう?
  それに、一緒に解決してくれるんじゃなかったっけ?」

 言っててこそばゆくなり、男は顔を赤くしながら少女から玄関へと顔を逸らす。
 そんな男の姿をどう見たか、少女は一度目を開いて固まり、そして元気よく答えた。

少女「はい! 一緒に解決します!」

 その時、少女がどんな表情を浮かべていたか、男は顔を背けていたので分からなかった。
 ただ後で少し、本当に少しだけ、その時目を背けていたのがもったいなかったと思う男だった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/12(月) 23:52:35.14 ID:HIsFg2eDO<> 〜 市内中央 〜

 男と少女、そして女の幽霊の三人は市内中央へと来ていた。

少女「来ましたね!」

男「ああ、でもこれからが大変だ。
  ちなみに、悪魔を探索する特別な方法とかは……」

少女「ありません!」

男「だよな、ひとまずは資料を見ながらぐるりと……おや?」

女「……」

 女の幽霊が歩き始める。
 時折立ち止まって振り返り、まるで男を導くように手招きしながら。

少女「……男さん?」

男「女さんが呼んでる。
  何か伝えたい事があるらしい」

少女「女さんが?」

男「とにかく、行ってみよう」

少女「はい」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/13(火) 00:27:58.89 ID:z2bbOqODO<> 〜 病院 〜

少女「ここは……病院?」

男「女さんもロビーで止まってる。行ってみよう」

 二人は自動扉の前に立ち、先に扉をすりぬけて病院内のロビーに立っている女の霊を追う。
 すぐに二人は女に追いついたが、女はそこに佇むだけで、元の無反応に戻っていた。

男「うん? どうしたんだろう?
  何か女さんが伝えたがっていたと思うんだけど……」

少女「病院に何かあるかも知れませんね。
   女さんのプロフィールに通院暦は……」

男「……無い、な」

少女「……ですね」

 その時だった。
 不意に、看護婦の一人が近づいてきて二人に声を掛けてきた。

看護婦「外来の方ですか?」

男「あ、いえ、自分らは少し人探しを……」

看護婦「あら? その紙は……あなたたち、女さんの知り合い?」

 女の顔写真に気付いた看護婦が男へと聞いてきた。

男「あ、はい。同じクラスでした」

看護婦「そう……悲しい出来事だったわね」

少女「女さんを知っているんですか?」

看護婦「ええ、よくお婆さんのお見舞いに来ていたわ。
    あんなにいい子だったのに、本当に残念ね」

男「お婆さんのお見舞い?」

看護婦「ええ、○○号室のお婆さんの所に良く来ていたわ。
    自分も塾で忙しいのに、毎週欠かさずに」

少女「毎週、お婆さんに……」

男「あの、そのお婆さんに会ってもよろしいでしょうか?」

看護婦「……? 会ってどうするのかしら?」

男「いえ、女さんの事を少し話したいかと……」

看護婦「残念だけど、お婆さんは……いえ」

 看護婦はそこで思い直すように頭を振り、男に頷いた。

看護婦「お婆さんも、女さんの話をした方が喜ぶわ。
    こちらからも是非、お願いします」

 そうして、二人はお婆さんの病室へと案内された。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/13(火) 00:59:19.71 ID:z2bbOqODO<> 〜 ○○号室 〜

 病室にはベッドが一つ。
 ベッドの上には鼻や口にいくつものチューブを通した老婆が横たわっていた。

看護婦「お婆さん、分かりますか?
    女さんのお友達が来てくれましたよ?」

お婆さん「……」

 看護婦がお婆さんの手を握って声を掛けるが、お婆さんは何の反応も示さなかった。

看護婦「……ごめんなさいね。たまに意識が戻るのだけれど……」

男「いえ、どうぞお構い無く」

看護婦「えっと、お婆さんはこうだし、どうします?」

男「せっかくですから、少しだけ話します」

看護婦「そう、それじゃあ私はお仕事に戻るけど、何かあったらすぐにナースコールで呼んでちょうだい」

男「はい、分かりました」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/13(火) 02:25:29.96 ID:z2bbOqODO<> 男「女さんのお婆さん、か」

少女「でも、これじゃあ何も聞き出せそうにありません」

女「……」

少女「女さんの様子はどんな感じでしょうか?」

男「病室に入って来ないな、つらいんだろう」

少女「そう、ですね」

女「……」

──キィ……キィ……。

男「ん? この音は?」

少女「車椅子、ですね」

 少女が答えるのと同時、開いた病室の扉の前を車椅子が横切った。

女性「あら? あなたたちは?」

 車椅子に乗っているのは二十歳前後の物静かな女性で、どこか憂いを含んだ儚げな顔をしていた。
 男と少女はそんな女性に小さく会釈を返してみせる。

少女「こんにちは」

男「こんにちは」

女性「どうもこんにちは、あなたたちはお婆さんのお知り合い?」

男「いえ、知っている友人がお婆さんのお見舞いをよくしていたようでして、その縁で少し話をと……」

 女の死を口に出すのはさすがに憚られた男が言葉を濁して告げると、車椅子の女性はどうやら事情を察してくれたらしく、その憂いた顔を哀しげに曇らせた。

女性「女さんの知り合い、ですね?」

男「……はい」

女性「女さんの件は……本当に、不幸な出来事でした。
   まさか、あんな事故が起きるなんて」

男「……そう、ですね」

 男はうなだれるしかない。
 しかし、そこで女の事をあまりにも知らな過ぎる自分がいる事に男は気付く。
 そしてそう気付いた次の瞬間、知らずと男の口から言葉が漏れ出ていた。

男「出来れば、女さんについて詳しく聞かせてもらえませんか?」

女性「……ええ、いいわよ」

 車椅子の女性は、快く頷いてくれたのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/13(火) 20:58:46.50 ID:z2bbOqODO<> 女性「私はずっと車椅子の生活でして、いつも病院の中を車椅子で一人徘徊していました。
   そんな折りです。急に車椅子の調子がおかしくなって私は廊下で立ち往生してしまいました。
   ……あれ? 座り往生、ですかね?」

男「ど、どちらでも構いません」

女性「ともかく、そうしてあたふたしていた私に、女さんが手を差し伸べてくださったのです。
   それが私と女さんの出会いです。
   女さんは気さくな方でして、人見知りする私もすぐに打ち解ける事が出来ました」

女性「お見舞いにいらっしゃった女さんは、お婆さんの前ではいつも笑みを絶やしませんでした。
   たとえ、話しかけているお婆さんが眠っていらっしゃっても……」

男「……」

女性「でも、無理に笑っているようではありませんでした。
   たぶん、女さんは本当に楽しかったんだと思います。
   学校の事やお友達の事をお婆さんに話す女さんは、とても幸せそうな顔をしていましたから」

男「そうですか……」

女性「あ、そうそう……女さんはクラスメイトの中でも、特に話題に上げる方がいましたよ?」

少女「……それはどなたでしょうか?」

女性「さあ? 私が詳しく聞こうとしても困ったように首を振るだけでしたから……あ、でも……」

少女「……でも?」

女性「その人はとても目が良かったようですよ?
   確か、普通の人なら見えないようなものがよく見えるとか……」

男「……っ!」

女性「あの様子だと女さん、きっとその子の事が……あら、男さん大丈夫? すごい汗ですよ?」

男「え? あっ、そ、そうですか?」

女性「ええ、すごい汗。
   顔色も悪いし、本当に大丈夫?」

男「……いえ、大丈夫です。本当に」

女性「そう、ならいいのだけれど」

少女「……」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/13(火) 23:05:53.61 ID:z2bbOqODO<> …………………………

女性「……それで女さんだけど……」

看護婦「失礼します……あら?」

女性「あらら? もしかして、お婆さんの治療ですか?」

看護婦「はい、今日はお婆さんの水を抜く日ですから……えっと……いいかしら?」

男「あ、はい」

 男が頷くと、看護婦がお婆さんの体に手を回して寝台車に乗せようとしはじめる。

男「手伝います」

少女「私も手伝います」

 それを見た男と少女はすぐに看護婦に加勢し、一緒にお婆さんを動かしにかかる。

看護婦「ありがとう、じゃ……せーのっ!」

 そうして三人は息を合わせ、お婆さんの体を寝台車へと移動させる。
 一仕事終えた看護婦は軽く額の汗を拭い、男たちに微笑みかけてきた。

看護婦「助かったわ。それじゃ、私はお婆さんを連れていくわね?
    手伝ってくれてありがとう」

 そのまま看護婦はお婆さんを乗せた寝台車を押し運び、病室から出ていった。

女性「……それじゃあ、私たちも解散しましょうか?」

 一人、車椅子に座ってるがためにお婆さん運びに参加出来なかった女性が言ってくる。

男「はい、付き合ってくれてありがとうございました」

少女「ありがとうございました」

女性「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 男たちも特に反対する理由が思い付かなかったので、二人は素直に女性へと頭を下げ、そこで別れたのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)<>sage<>2012/11/15(木) 14:38:19.64 ID:Zzd6T8u2o<> 乙
面白いな
期待支援 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/16(金) 00:30:14.30 ID:6pzTKXrDO<>  病室で車椅子の女性と別れた男は、廊下をとぼとぼと歩いていた。
 その後ろには遅れないように少女がついてきている。

男「……ふう」

少女「あの……男さん?」

男「え? ごめん、聞いてなかった。……なに?」

少女「……少し、休みましょう」

男「……うん」

 少女に促され、男は階段脇にある休憩所のベンチへと向かう。
 そのまま男は財布を取り出し、ベンチ脇にある自動販売機へ五百円玉を投入する。
 気がつけば、喉がカラカラに干上がっていた。

男「お茶でいいか?」

少女「はい」

 男はボタンを押し、自動販売機の取り出し口に落ちてきたお茶のペットボトル二つを手に取る。
 そして、男は片方を少女に渡しながらベンチに座った。

男「はい」

少女「ありがとうございます」

 少女は両手でペットボトルを受け取り、男の隣に腰を下ろした。

男「……」

少女「……」

 そのまましばらく言葉もなく、二人は黙ってお茶に口をつける。
 やがて一息ついた頃、男はおもむろに口を開いた。

男「……本当に、ただの友人だったんだ」

少女「え?」

男「女さんだよ。小学校から中高と一緒で……でも、そんな友人は他にもたくさんいるし、確かに仲は良かったけど特別というわけじゃ……」

少女「……はい」

男「大切な友人だった。それは間違いない。
  でも、取り立てて話をする仲でもなかった。少なくとも自分はそう考えてた」

少女「……はい」

男「でも女さんは……オレの事を楽しげに話していたらしい。
  ……どういうこと何だろうな?」

少女「それは……」

男「分かってるんだ。そんなの、女さん本人にしか分からない。
  確かめる方法なんて、もうないんだ」

少女「でも、男さんは女さんの幽霊を見ることが出来るじゃないですか!
   それで直接女さんに聞けばっ!」

 淡々と話す男の様子に耐えられなくなったのか、少女が声を荒げる。
 そんな少女に男は苦笑し、ゆっくりと首を横に振った。

男「幽霊は何も答えてくれないよ。
  死んでしまうとこの世の事に興味が無くなるらしくて、死ぬ直前に思っていた事や、生前に伝えられなかった事を伝えようと必死なだけだ」

少女「でも……」

 なおも何か言おうとしてくる少女だったが、男はそんな少女をなだめるように、少女の頭にぽふりと右手を置いた。

少女「あっ……」

男「愚痴を聞いてくれてありがとう。
  だいぶ、楽になったよ」

少女「い、いえ、そんな……あふぅ……」

 頬を赤く染める少女に礼を言うと、男はそのまま優しく少女の頭を撫でる。
 少女はどこかくすぐったいように目を細めるが、男の手を振り払うもなく、ただ撫でられるままにその場から動かなかった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/16(金) 00:59:30.22 ID:6pzTKXrDO<> 男「……なでなで」

少女「はふぅ……」

男「……なでなで」

少女「あふぅ……」

男「……ん?」

少女「……どうかしました?」

男「うん、今気がついたけど女さんがいないんだ」

少女「女さんが?」

男「お婆さんを追いかけて行ったのかな?
  少し気になるな」

 幽霊になると現世から興味が無くなるらしい。
 だがそんな幽霊が行動を起こすとなると、それなりの理由があるという事にもなる。
 男は少し気に掛かり、少女を撫でる手を止めて立ち上がった。

男「ごめん、ちょっと女さんを見てくる」

 男は飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨てながら、少女に片手を上げて頭を下げる。

少女「あ、私も行きます!」

 少女は飲みかけのお茶を一気にあおると、男と同じく空のペットボトルをゴミ箱に放り投げてベンチから立ち上がった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/16(金) 02:16:03.21 ID:6pzTKXrDO<> 〜 医療室前 〜

女「……」

男「あ、いた」

少女「やっぱりお婆さんを追いかけて行ってたのですね」

男「うん。やっぱりお婆さんが心残りなのかな?」

女「……」

 すると男の声が聞こえたかどうか、女が男の方へと振り返る。
 そうして女は静かに右の手のひらを広げ、自分の胸を押さえて見せた。

男「心残り……ということかな?」

女「……」

 女からの答えは無い。
 だがそんな時、廊下の先から声が響いて来た。

医者「そこで何をしている?」

男「?」
少女「?」

 男と少女が、聞こえてきた声の方に振り返る。
 そこには白衣を着た医師らしき男性がこちらを睨みつけていた。

医者「何をしているかと聞いているんだが?」

少女「いえ、その……」

男「知人のお婆さんが治療中なんですが、何か?」

 医者が少女を睨みつける。
 男はその視線を塞ぐよう、ずいと一歩前に出た。

医者「……ふん」

 しばし睨み合う二人。
 やがて医者は偉そうに鼻を鳴らすと、何も言わずにその場から離れて行った。

男「なんだよアイツ。むなくそ悪い」

少女「……あ、そ、そうですね」

男「お? どうした?」

少女「い、いえ、あの人……なんだか目付きがいやらしくて……」

男「いやらしい? ロリコンかよアイツ、まったく」

少女「……」

男「おや? どうした?」

少女「む〜!」

男「?」

少女「む〜む〜!」

男「??」

 少女はむくれた。
 男は訳もわからず、ヘソを曲げた少女をなだめるのに時間を費やしたのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/11/16(金) 07:37:54.23 ID:LXX+s7Kho<> 乙乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/17(土) 00:27:49.33 ID:Te1X6GhDO<> …………………………

少女「ぷんすかぷんすか!」

男「ご、ごめん……よく分からないけど……」

少女「む〜!」

男「うぅ……何で怒ってるんだよ……」

少女「怒ってません!」

男「怒ってるじゃん……って、あれ?」


看護婦「あら? あなたたち……」

男「あっ! 看護婦さん! 助かった!」

看護婦「……助かった?」

少女「む〜! む〜む〜!」

看護婦「あらら? 何だかご立腹?」

男「あ、あの……お婆さんは大丈夫ですか?」

 むくれた少女を横目に、無理矢理に話を逸らす男。
 看護婦は男のそんな見え見えの逃げの一手を見て取ると、どこか楽しげに目を細め、口元をイタズラ娘のそれっぽく吊り上げた。

看護婦「お婆さんは大丈夫よ。
    それよりも……」

男「……それよりも?」

看護婦「彼女を大切に、ね?
    可愛いからって、あんまりイタズラしちゃダメよ?」

 そして看護婦は男から目を離して、隣でむくれる少女へとウィンクをして見せる。

少女「か、かの……っ!?」

 その瞬間、頭から湯気を吹き出さんかと思わんばかりに少女の顔が真っ赤に染まった。

看護婦「あらあら……まあまあ……」

男「……?」

少女「あう……あう……」

男「……??」

看護婦「それじゃ、お大事にね〜?」

男「あ、はい。それじゃあまた」

少女「うむぅ〜」

男「……???」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/17(土) 01:42:16.62 ID:Te1X6GhDO<> 看護婦「あ、そうだ。最後に一つだけ」

男「はい」

看護婦「病棟のこっち辺りは危険な薬物を保管していたりするから、あまり近寄らないでね?」

男「あっ、すみませんでした」

看護婦「うふふ、それじゃあね〜」

 そう言うと、看護婦は男たちにひらひらと手を振りながら治療室の中へと去っていった。

男「ふう、そうだったんだ……あの医者が睨んできたのもそういう理由があったんだな……」

少女「はう、あうぅ……」

男「……さっきからどうした?」

少女「な、何でもありませんよっ!」

──ぽかぽか。

男「何故に殴る?」

少女「知りません!」

──ぽかぽかぽかぽか。

男「……」

少女「む〜!」

──ぽかぽかぽかぽかぽかぽか。

男「…………」

少女「む〜! む〜っ!」

女「……」

 外では太陽が傾き始めている。
 一日の終わりが、徐々に近づいて来ていた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/17(土) 03:51:30.79 ID:Te1X6GhDO<> 〜 自宅 〜

少女「では、悪魔探しを続けましょう!」

男「あ、あれ? さっきまで顔を赤くして何かぶつぶつ言ってたのにいきなりなん……」

少女「では、悪魔探しを続けましょう!」

男「……」

少女「では、悪魔探しを続けましょう!」

──ぽかぽかぽかぽか。

男「……うん、わかった。」

 ──触れない方が良いという事が。

男「でも、今日は女さんに付いていくだけで、大した手掛かりは見つからなかったな」

女「……」

少女「いえ、女さんが定期的に病院へと赴いていた事が分かったんです。
   そこから何か共通点を探し出せるかもしれません」

 言われて、男は何気なく被害者たちのプロフィール用紙に目を通し──

男「そうだな。もしかしたら病院という場所が被害者たちを結びつけたりするかも……しれな……」

 ──途中で、動きを止めた。

少女「……男さん?」

男「……通院してる」

少女「へ?」

 男の言葉に少女が怪訝そうに眉をひそめる。
 だが男はそれには目もくれず、用紙をめくり、次の、また次の被害者プロフィールへと急いで目を走らせた。

男「……これも、これもだ!」

少女「お、男さん? いったい……」

 一人置いてきぼりな少女が不安そうな目を男に向けてくる。
 男はそんな少女に被害者のプロフィール用紙をまとめて手渡し、興奮冷めやらぬままに説明した。

男「被害者全員……いや、女さん以外は……病院に通院していたんだ!」

少女「……っ!」

 はっと衝撃を受けたように、少女が受け取った被害者プロフィールにあわてて目を向ける。
 そして男の言葉が真実だと確認すると、少女は驚いたように感嘆の息を漏らした。

少女「ほ、本当です……」

男「……共通点が分かったか」

少女「で、でも! それじゃあ悪魔が病院にいるという事でしょうか?」

男「それは分からないよ。でも……」

少女「でも?」

男「真相全部を知っている生き証人……いや、死に証人なら心当たりがある」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/17(土) 03:54:48.56 ID:Te1X6GhDO<> 少女「それって……まさか!?」

 男の目線を追って少女が振り返る。
 部屋の片隅。
 少女には何も見えていないのだろうが、男の瞳にはこちらをぼんやりと眺めてくる女の姿がはっきりと映し出されていた。

男「女さん」

女「……」

 男はかすかな疑問を持っていた。
 『お婆さん』が心残りならば、女さんはずっと病院にいるのが妥当である。
 だが、数日前まで女さんの幽霊は『学校』にいたのだ。
 学校から生徒がいなくなるまで、お婆さんを放り出して。
 さらに、今は男と一緒に行動を共にしている。
 幽霊は現世に無関心。
 ならばこそ、幽霊の行動には明確な理由が伴う。

男「……オレに何を伝えたいのか、教えてくれないかな?」

 唾を飲み込み、声に出す。
 女さんが学校にいた理由は、男の『幽霊を見る能力』を知っていたから、それを頼りに男へと何かを伝えるため接触を図ろうとしていたのではないか?
 脅しまでして、無理矢理に、何かを伝えるため。
 そして、病院まで男を導いて行ったのも女さんである。
 もしも……もしも女さんの秘めた、誰かに伝えたい心残りが、『お婆さん』に関するものではなく、かつ『病院』に関わることだとしたら……?
 悪魔の被害者の接点となる『病院』だとしたら……それはつまり……。

女「……」

 男の脳裏を駆け巡る様々な思考を知ってか知らずか、女は宙を舞い、部屋の隅から玄関へ、そして扉をすり抜けて外へと移動を始めたのだった。
 まるで、それが答えだと言わんばかりに。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/17(土) 06:50:37.27 ID:ck+cyizlo<> 乙
面白いのに他に誰も気づいていないのか… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/17(土) 07:16:24.33 ID:ya8/Ee3DO<> 乙
1人書き込みがあればROMが10人は(ry <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/19(月) 14:52:13.65 ID:FnR9/GsDO<> 〜 病院 〜

女「……」

男「やっぱり、病院に戻って来たか……」

少女「あの、男さん?」

男「なに?」

少女「女さんが伝えたい事は……やっぱり悪魔に関する事なのでしょうか?」

男「それはまだ分からない。
  けれど、その確率は高いと思う」

少女「……そう、ですか」

男「それよりも、そっちこそ大丈夫?」

少女「え? な、なにがですか?」

男「もしもこれで悪魔に辿り着いたとしても、悪魔の強制送還とか名前とか、そういう難しい事はオレにはさっぱりだから」

少女「ああ、そういうことですか。
   大丈夫です、任せてください。こう見えても私は本の精霊ですよ?
   悪魔への対処方法は文字通り身体に刻み込まれています」

男「なら安心か」

少女「はい!
   それに私は人間と違って、ひっじょ〜に打たれ強いから、ちょっとやそっとじゃ死にません!」

男「死……そうか、相手は強い悪魔だ。殺される危険もあるんだよな」

少女「そ、それも大丈夫です! 男さんは私が責任を持って守ります!」

男「頼もしいよ」

 どうせ避けられない道なのだ。
 気合い満々で、ふんすっと鼻から息を吐き出す少女に、男は口元に笑みを作って見せた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/20(火) 02:17:28.69 ID:NklkQB2DO<> 〜 病院・ロビー 〜

男「女さんは……お婆さんの病室か……」

少女「男さん男さん」

男「ん?」

看護婦「……あら?」

男「あ」

看護婦「また、かしら?」

少女「はい、またお婆さんに会いに来ちゃいました。てへっ」

看護婦「『てへっ』じゃないわよ、もう。
    今日の面会はおしまい。お婆さんには会えません」

少女「ええ〜?」

男「自分たち以外にも、外から来た人がチラホラいる気がするんですけど……」

看護婦「お婆さんは治療で疲れています。眠っていて意識がありません。
    さて、ここで会いたいという学生が二名登場します。
    ……あなたたちなら会わせる?」

男「……いえ」

看護婦「でしょう?
    という訳で、今日は本当におしまい。じゃあ、また明日」

少女「む〜」

男「仕方ない。オレたちはお婆さんの身内でもないしな」

少女「でも、それじゃあ女さんを追いかけられません」

男「う〜ん、どうしたものかな?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/20(火) 11:55:02.84 ID:S0IQrhaDo<> 今読み終わった <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/20(火) 18:41:36.93 ID:NklkQB2DO<> 〜 お婆さんの病室 〜

少女「……という訳で、忍び込みました〜」

男「看護婦さん、お婆さん、ごめんなさい……」

少女「それで、女さんはどうしてますか?」

男「強いなぁ……えっと……」

女「……」

男「何か……ジェスチャーしてる……えっと」

 女さんはお婆さんを指差し、次に女さん自身の胸を指差した。

男「お婆さんを指差して、次に自分を指差してる」

少女「……?」

男「ちょっと聞いてみようか。
  女さん、それはどういう意味?」

女「……」

 男が聞き訊ねると、女さんはしばらくじっと男の顔を見つめ、やがて両手を口元に動かし始める。
 そして女はそのまま自分の口を覆い隠した状態で、再び男へと視線を投げ掛けて来た。

男「……えと……」

 男は首をかしげる。
 まだ、よく分からない。
 だから、もう一度女に聞こうかと男が口を開きかけた、その時だった。

少女「男さん、誰か来ます!」

 押し殺した少女の声に、はっと男は女から意識を戻す。
 すると、少女の言うとおりに外の廊下から病室へと近づいて来る足音が男の耳へと入って来た。

男「……っ!」

少女「お、男さん!」

男「隠れよう!」

少女「ど、どこにですか!?」

男「か、隠れられる場所に!」

少女「だからどこ!?」

 病室にはベッド以外にコレといって目を引く物もない。
 今更ながらに不法侵入者の気分を味わい、わたわたと慌てふためき始める二人。
 しかし、廊下の足音は止まる事無く病室へと近づいて来る。
 そしてやがて足音が病室の前へと至ると、ゆっくりと病室のドアが開き始めた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/20(火) 19:40:30.79 ID:NklkQB2DO<> 医者「失礼します」

 医者は病室に入って来ると、お婆さんのベッド脇まで歩み寄る。
 そしてお婆さんが静かな寝息を立てているのを確認すると、医者はすぐにきびすを返し、出入口にある病室の照明スイッチを落としてからドアを閉め、廊下へと消えていった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/21(水) 00:42:29.33 ID:v2L/FT2DO<> …………………………

男「行ったか?」

少女「ですね」

 医者の足音が聞こえなくなったのを確認して、二人はおそるおそるベッドの下から這い出た。

少女「ふう、見つからなくて良かったですね」

男「うん。でも、電気を落とされちゃったか。
  また点けるとおかしく思われるし、暗いまま女さんのジェスチャーを読み解くしかないな」

 幸い、ここは市内中央。
 夜で、しかもそれなりの敷地に囲まれて外界と隔絶された病院とはいえ、薄いカーテン一枚では防ぎきれない程度に外は光の喧騒に溢れている。
 男は窓枠から差し込んでくる光でうっすらと青白くなった部屋を見渡しながら、幽霊ゆえに医者の目を憚ることもなく一人立ち続けていた女の方へと顔を向ける。

女「……」

 女は男の視線を感情の消えた顔で受けながら、しかしさっきまでと同じように、お婆さんと自分の胸を指先で行き来させて見せるだけだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/21(水) 02:26:33.97 ID:v2L/FT2DO<> 男「う〜ん……どういう意味なんだろ?」

 男が首をひねってみるが答えは出てこない。
 すると、そこで女が不意に反応を起こす。

女「……」

 女はジェスチャーを止めて両腕を前に組み、どうしたものかと言いたそうな様子で首を斜めに傾げて見せた。
 そして数秒間沈黙。
 やがて女は組んでいた腕を解き、室内を浮遊しながら男へと向けて移動を始めた。

男「女さん?」

 男が声を掛けるが、当然ながら返事はない。
 女は無言のままに男の前へと移動し終えると、幽霊らしく無音で床に着地。
 そのまま女はゆっくりと両手を上げ伸ばし、男の首を左右から挟み込もうと……

男「ぬおうっ! な、なにすんだ!?」

 すんでの所で男は一歩後退り、女の両手は空を切る。
 しかし女はそんな様子の男を見て、やはりどうしたものかといった感じに首を横に傾けた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/21(水) 03:00:20.79 ID:v2L/FT2DO<> 少女「き、急にどうしたんですか男さん!?」

男「あ、ああ……女さんがオレの首を絞めようとしてきたんだ」

看護婦「……じー」

少女「女さんが!?
   そう言えば学校でも一度襲われそうになったって……」

男「いや、そんなに驚かなくても大丈夫……だと思う。
  殺意とか敵意とか、そんな感じではなかったし」

少女「はあ……そう、ですか……」

看護婦「……じー」

男「それより、どういうことなんだろうか?
  首を絞めようとしてくるなんて、それがいったい何を意味するのか……」

少女「ちんぷんかんぷんです」

看護婦「……じー」

男「……あれ? 何だかさっきから視線を感じるな?」

少女「あれれ? そう言われると、何だか廊下から光が差し込んで来ているような……」

看護婦「じー」

男「……」
少女「……」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)<>sage<>2012/11/21(水) 07:04:30.26 ID:j2PAkYhRo<> 看護婦さんかわいい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/22(木) 02:15:04.21 ID:RK5m6kvDO<> …………………………

看護婦「釈明の余地を与えてあげる。
    何か弁解は?」

男「……ありません」
少女「……ごめんなさいです」

 腕組みしながら頬を膨らませる看護婦。
 対する二人は床に直接座り、照明は元通りに病室を照らしていた。
 忍び込みはあっさりとバレたのだった。

看護婦「まったくもう、明かりの消えた病室から話し声が聞こえて来ると思って覗いてみてみたら……
    私以外に見つかったら大事だったのよ?」

男「すいません……」
少女「お婆さんとちょっとだけでも話せたらと思って……」

看護婦「……ウソくさい」

少女「はうっ?」

看護婦「正直に言いなさい、許してあげるから?
    だいたい、病室の電気を消してまでこっそり忍び込むなんて、絶対に何か企んでいるに決まっているのよ」

男「あの、一応……電気を消したのは自分らじゃありません」

少女「そ、そうです!
   見回りに来た白衣のお医者さんが私たちに気付かず、勝手に消して行ったんです!」

 自分らがベッドの下に隠れてやり過ごしたとは言わない。
 しかし看護婦はそこには深く突っ込んでこず、少女の言った医者という言葉に興味を引かれたらしかった。

看護婦「医者? 白衣を着たお医者さんが見回り?」

少女「は、はい! 男性で、二十代後半な感じの方で……」

看護婦「……その人の特徴、もっと詳しく」

男「特徴をもっと詳しく?」

少女「ええっと……昼間にも一度会った人なんですけど、何て言うか……その……」

看護婦「早く言えやオラ」

男「えっ!?」

看護婦「うふふ、冗談。
    大丈夫、怒らないから思ったままの言葉でいいわよ?」

少女「はい。その人……目つきが粘っこいというか、いやらしいというか……」

看護婦「あなたを見る目が?」

少女「は、はい……」

看護婦「……ほう、ほうほうほうほう」

男「あの、いったいその医者がどうかしたんですか?」

看護婦「いえ、ね?
    そのお医者さん、ちょっと心当たりがあるの。
    多分、変なウワサ持ちで有名なお医者さんよ」

少女「変なウワサ?」

看護婦「ええ。若いのに腕は一流だし、性格も問題ないのだけれど、どうにも黒いウワサがね……。
    悪魔と契約して一流の手術の腕を手に入れた、なんて陰口を叩かれるくらいだし」

男・少女「……っ!?」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/22(木) 02:40:16.66 ID:RK5m6kvDO<> 看護婦「あら? 急に目の色を変えてどうしたの?」

男「あっ、す、すいません。
  悪魔と契約なんて、ちょっと突拍子もない言葉というか……」

看護婦「うふふ、だからあくまでただのウワサ話よ?
    それにそのお医者さん、患者さんからは神の腕なんて言われてるわ。
    つまり確かな実力をお医者さんは持っているけど、それを認める事が出来ない周りの連中がひがんで『悪魔的な腕』って愚痴ってるだけなのよ」

男「はあ、そういうものですか」

看護婦「そういうものよ。
    でも、少し気になるわね」

少女「……気になる?」

看護婦「ええ、お医者さんが自分の足で患者さんを見回るなんて、滅多に無いことだから。
    ……これはもしかすると」

男「もしかすると?」

看護婦「おっと、話はここまでよ?
    もう真夜中、子どもは帰った帰った」

 しっしっ、と手首を払って追い出す仕草をする看護婦。
 こうなると男と少女の二人は無理に踏みとどまる事も出来ず、たいして抵抗もしないまま病室を追い出された。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/23(金) 03:28:15.75 ID:ZNKRYr0DO<> 〜 廊下 〜

少女「追い出されてしまいました」

男「看護婦さんもどこかに行っちゃったな」

女「……」

男「女さんは……相変わらずか」

少女「男さん、ちょっといいですか?」

男「なに? まあ、予想はつくけど……」

少女「はい、看護婦さんの話に出ていた医者の話です。
   悪魔を追って病院にやって来た私たちが、悪魔の腕を持つという医者に出会った。
   これは偶然なのでしょうか?」

男「偶然、と思わなくもないけど……。
  悪魔の腕と呼ばれているから悪魔かもしれないってのは少し短絡的過ぎないか?」

少女「ええ、それだけならばまだ偶然ですし短絡的過ぎます。
   ですが、私はふと考えたのです。
   『もしもその医者が悪魔との契約者なら、すべてのつじつまが合うのではないか?』と」

男「……」

少女「こほん……医者が悪魔との契約者ならば、通院していた被害者たちと面識があっても何らおかしくありません。
   さらに、医者という立場から被害者たちの生活環境や日常行動をそれとなく聞き出す事も可能です。
   そして、病院の医者という立場の人間には『死因の証拠を消しやすい』という悪魔にとってこれ以上無いくらいの環境が揃っています」

男「……確かに、医者ならカルテの捏造くらいは出来そうだ。
  職場である病院を中心にして、活動範囲が市内に収まるのも分かる。
  否定する材料も特に思い至らない」

少女「なら、やはり医者が怪しいです。
   すぐ医者を探しに行きましょう。
   善は急げ、です」

男「待て待て、医者を探して、医者が契約している悪魔の名前当てをするんだよな?
  悪魔の名前の目星はついてるのか?」

少女「はい! 水を操る悪魔というだけならば数多くいますけど、医者という立場の人間が欲しがるものを持ってそうな悪魔は一体しかいません!」

男「そ、そうか。なら大丈夫……なのかな?」

少女「はい、安心してくださ……あっ!?」

男「どうした?」

少女「医者です! 窓の向こう!
   電気の消えた病棟の廊下を歩いていたのが、自動販売機の明かりでチラッと見えました!」

男「なんだって?」

少女「行きましょう! 男さん!」

男「あ、ああ、分かった」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/23(金) 21:19:21.52 ID:ZNKRYr0DO<> …………………………

少女「確か、この辺りだったと思うんですが」

男「どっちの方向に行ったか分かるか?」

少女「いえ、見えたのは自動販売機の所だけです。
   廊下の先の道をどちらに曲がったかまでは、窓からは分かりませんでした」

男「そうか……ん?」

──キィ……キィ……

少女「車椅子の音?」

男「誰かこっちに来る。
  あの人は……」

女性「あら? こんばんは、奇遇ね?」

男「あなたは……病室で色々と話を聞かせてくれた女性さん?
  こんなところで何をしてるんですか?」

女性「うふふ、ちょっとした夜散歩をね?
   それより、あなたたちこそこんな夜中にどうしたの?」

少女「私たちは悪魔を追いかけてるんです!」

女性「……悪魔?」

少女「はい! 地獄からやって来た悪魔を取っ捕まえて……むぐぅッ!?」

 男はあわてて、少女の口を両手でふさいだ。
 そして車椅子に座る女性へと引きつった笑みを作りながら、上手くはぐらかすように説明した。

男「あ、あはは……悪魔というあだ名を付けられている医者がいまして、その医者が挙動不審にうろついている所を見たってコイツが言うもんですから」

女性「……ああ、なるほど。
   冒険心、好奇心、怖いもの見たさってヤツね?」

男「そ、そういうところです」

女性「ところで、そろそろ離してあげたらどうかしら? 両手を」

少女「むがー! むがー!」

男「あ、忘れてた。
  ごめんごめん」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/24(土) 03:17:29.71 ID:tcPNmXNDO<> 少女「げほげほ……もうっ! いきなりひどいですよ男さん!」

男「だから悪かったって。
  それより、お前こそ少し興奮し過ぎじゃないのか?」

 男が車椅子の女性に背中を向けて、女性からはそれと分からぬように少女に目配せをする。
 すると、少女は「うっ」と言葉を詰まらせ、やがておずおずと頭を下げた。

少女「……すみません。自分の方が軽率でした」

男「いいよ、分かってくれれば」

女性「……えっと」

男「おっと、すいません。二人だけで話に夢中になってしまって」

女性「いいのよ、別に。
   仲睦まじい子たちを見ていると、何だかこっちも幸せを分けて貰えた気になるからね」

男「あ、あはははは……」

女性「それで、あなたたちは悪魔と契約した医者を追いかけているのよね?
   彼なら多分、いつもの場所にいるわ」

少女「え? 知っているんですか?」

男「いつもの場所? そこはいったいどこですか?」

女性「そう、ね。私が案内してあげる。
   その方が、口で言うよりも分かりやすいでしょう?」

少女「そんな、悪いですよ」

女性「いいのよ、病院の中じゃ面白い事なんか滅多に無いのだから。
   うふふ、冒険に付き合ってあげるわ」

 女性はどこか憂いた印象を受ける優麗な顔に柔和な笑みを浮かべ、男たちへと向けてそう言った。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/25(日) 02:31:41.08 ID:TR/d6o+DO<> 女性「では、行きましょう。先導するわね」

少女「あ、わたしが車椅子を押していいですか?」

女性「あら? いいのかしら?
   それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

少女「はい、任せてください」

 女性を乗せた車椅子の後ろに少女が移動し、そのまま車椅子を押して進み始める。

男「やれやれ……」

 それを一歩離れて見ながら、男が軽く苦笑いを浮かべた時だった。

女「……」

 ずいっ、と唐突に、女の顔が男の眼前へと現れた。 男は驚き、後ろに仰け反って数歩下がる。

男「うおっと、と……
  急にどうしたの女さん?」

女「……」

 速まった鼓動を落ち着けるように息を整えながら、男が女へと聞き訊ねる。
 すると、女は両の瞳でじっと男を見据えながら、両手をゆっくりと水平に上げ始める。
 そして大の字となって男の行く手を遮るように両手を広げ終わると、女は静かに、男に向けて首を横に振って見せた。

男「……この先へ、行くなってこと?」

女「……」

 こくりと、女が首を縦に動かす。

男「……」

 女が反応してくれた。
 それについての驚きもさることながら同時に、男は背筋に冷たいものを感じていた。
 幽霊は無意味な行動はしない。
 つまり、(おそらくは)友好的な幽霊である女が「行くな」と示すならば、それに足るだけの「行ってはいけない危険な何か」があるという事に他ならない。
 そして、現状で思いつく危険なものと言えば、やはり悪魔に関する事以外に男は思いつかなかった。

男「……」

 時間が凍り付いたように、男と女の二人は廊下で向かい合ったまま視線を交差させる。
 感情を映さぬ冷淡な女の瞳に晒されるうちに、冬口の廊下だというのに男の額に冷や汗が滲み始めた。

──この先に、悪魔がいるかもしれない。

 男は覚悟していたが、いざ目の前に女が立ちはだかり命の危機を示唆されると、さすがに決意と足が鈍くなる。
 人間を容易く殺せるだけの力を持った悪魔がこの先に待ち構えているかもしれないのだ。
 果たして、女の手を振り払って進み、みずからの命を危険に晒すだけの意味があるのだろうか?
 男の胸中にて様々な思考が葛藤を始める。

少女「男さーん! 置いて行きますよー!」

男「待って、今すぐ行くから。
  ……女さん」

女「……」

 男は廊下の先を行く少女に答え、目の前に立ちはだかる女に声を掛ける。
 だが、男の内心での葛藤は決着していない。
 ただなにか言わなければという一心から口をついて言葉が出ただけである。
 しかし、それが正解であった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/25(日) 02:39:15.57 ID:TR/d6o+DO<> 男「確かに、悪魔は危険な相手かもしれない。
  でも、こっちには本の精霊がいる。
  大丈夫さ、名前を当てるだけなんだから」

女「……」

 一度声に出すと、残りはすらすらと淀みなく言葉にすることが出来た。
 その言葉は口にしている男自身にも妙に腑に落ちる説得力のある言葉で、まるで頭の代わりに口が心中の答えを紡いでいるようだった。

男「悪魔を野放しにすると、まだまだ犠牲者が出る。
  もしかしたら自分ならそれを止められるかもしれないというのに、ここまで来て全部投げ出して無視して逃げ帰りたくはないよ。
  それに……」

 男は額の汗を袖で拭い去りながら、女に言った。

男「それに、女さんをそのままにしておきたくは無いんだ。
  どこにも行けないまま地上を亡者のようにさまよい続けるなんて、友人をそんな目に遭わせたくは無い」

 男は真っすぐに女の瞳を見つめ返す。
 身体を襲う怖気も冷や汗も、今は完全に収まっている。
 先ほどまで男を気圧していたものたちは、何処かへと消し飛んで行ったようだった。

男「だからさ……退いてくれないかな?」

女「……」

 最後に男が告げると、女は何事か考えるように顔を伏せる。
 やがて女は再び顔を上げると、水平に伸ばしていた両手を下ろし、そのまま一歩片足を下げて男に道を譲るように身体を斜めにした。

男「ありがとう」

 言いながら男は女の前を通り過ぎ、少女の後を追う。

女「……」

 その隣に並んで歩くようにして、女も無音で浮遊移動を始めたのだった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/26(月) 20:32:54.76 ID:v6IERwADO<> …………………………

 気が付けば、時刻は夜の十時を過ぎていた。
 集団生活を営む上での常なのか、皆は消灯時刻に合わせた生活スタイルになっているようで、夜もまだ浅い時間帯だというのに人気は無く、通り過ぎていく病室の摺りガラス越しにちらほらと揺れる灯りからわずかに人の存在を窺えるだけだった。

……キィ……キィ……

 車椅子の軋む音が、しんと静まり返った廊下を進んでいく。
 夜間用のほのかな暖色灯が点々と灯る天井の下、男は緊張の面持ちで黙然と、少女と車椅子の女性に続いて進んでいた。
 男は女が道を塞いで注意喚起してきた事を少女に告げようかと迷ったが、少女が車椅子を押しながら女性と和気あいあいと話しているのを見て、開きかけた口を閉じた。
 少女も悪魔がいるかもしれないという事は十分に理解しているだろうし、これ以上心圧を重ねた所でどうにかなるものでも無いだろう。
 女性を巻き込む可能性はなきにしもあらずだが最悪、悪魔と対峙すると言ってもしょせんは名前を当てるだけ。状況が明らかに危険だと見たら女性を遠ざけるなり、自分が上手くカバーすればいい。
 男はそう理由をつけて自分を納得させた。
 しかし内心、少女の溌剌な様子に勇気付けられている自分がいて、またそれから離れたくないと思っている自分の一抹の不安にも男は気付いていた。

男「頑張らなくっちゃな……」

少女「……? 何か言いましたか?」

 気を入れるための独白を聞きつけた少女が振り返り、くりくりとした丸い瞳を男に向けてくる。
 男はかぶりを振って短く答えた。

男「いや、何も」

少女「……そうですか」

 続けて男が微笑を浮かべて返すと、少女はそれ以上突っ込んで聞いてくる事はせず、再び元通りに車椅子を押して歩き始める。
 男も気を取り直してその後に続き──
 女性の驚くような声が上がったのはその時だった。

女性「あっ!?」

少女「どうしました?」

女性「いました! 医者が!」

男「えっ!?」

 女性の言葉の意味を理解した男は急ぎ、女性の視線を追って首を廊下の向こうに振り動かす。
 果たして、そこには曲がり角へと消えていく白衣の端が一瞬だけ見て取れた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/26(月) 22:45:30.25 ID:v6IERwADO<> 少女「ほ、本当ですっ!?」

男「あ、後を追おう!」

女性「……あの、ちょっといいですか?」

男「え? はい、何でしょうか?」

女性「えっと、私の車椅子は音が出ますし、その、ここで……」

 言葉を濁す女性の様子からは、男たちに着いて行くのを憚るような感情がありありと見て取れた。
 男たちを案内こそしてくれた女性だが、考えてみれば医者の跡をこっそりとつけたというのがバレてしまっては入院している者として居心地が悪くなるだろう。
 粘着質な相手ならば変な噂を流されて、女性の肩身が狭くなるかもしれない。
 女性の態度は当然のもので、むしろ子供の好奇心にしか映らないだろう行動にここまで付き合ってくれた事を男は素直に感謝した。

男「はい、ここまで付き合ってくれてありがとうございました」

少女「ありがとうございました」

女性「ごめんね? それじゃ……」

 二人はそこで車椅子の女性と別れ、医者の後を忍び足で追い掛けた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(田舎おでん)<>sage<>2012/11/28(水) 23:14:23.04 ID:u5EAVIBlo<> なんかおかしいぞ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/29(木) 06:52:28.72 ID:kAJUbXzBo<> >>61
そういうレス怖いからもうちょっと具体的に書いてくれない? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/08(土) 00:35:04.12 ID:AAqGRuLbo<> どうなるんだよ
続きはよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/10(月) 19:29:00.76 ID:uF0E3gQJo<> いい感じのスレ見つけたと思ったら失踪してるよ・・・ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2012/12/25(火) 06:19:01.23 ID:co+mqMsIO<> まだか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2013/01/16(水) 20:07:51.44 ID:8boTBodIO<> これは一度上げないとな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2013/01/16(水) 22:12:00.08 ID:TDsVQk9J0<> 悪魔を相手取った推理モノって感じかな。
是非とも解決編を読みたいのですが… <> 1<>sage<>2013/01/17(木) 01:59:07.11 ID:9Z2Dor/DO<> 復帰保守

あと2日待ってて <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage saga<>2013/01/18(金) 18:41:20.49 ID:8fIycz7f0<> ktkr!
楽しみに待ってます! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/01/18(金) 20:31:41.55 ID:v/2Ot1mAO<> 期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/02/23(土) 15:55:02.07 ID:FZQ1NeZro<> 偽者だったのか <>