VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 21:24:43.80 ID:NZLxTVaw0<>人間にはカバーがかかっているようだなんてことを、いつもつるんでいる連中に言おうものなら、また
何を言いだしたんだこいつは、とか言うに決まっている。

それで遼介がまたよくわからないことを言い出したぞ、なんて笑うんだろう。
だから言わずに、思うだけにする。

たとえ笑われても、それでも俺は思う。
何かで隠されていると。
根拠なんてない。
感じるだけだ。

例えば俺が高校にいつも通り登校する。
クラスにいる人間のほとんどが、何を考えているかわからない………と、そんなの当たり前のことだと言われるかもしれない。
しかし、毎日一緒のクラスで顔を合わせて………いや、あまり話さない奴もいるけど、すぐ近くにいる人間のことを、知ることが
できないというのが無性に気に入らない。

毎日、毎日。
言いようのない苛立ちを感じるのは、悪いことだろうか。
世界が、隠し事をしている。
俺に何かを隠しているし、隠し続けている………ような気がする。

ああ、苛立つのは隠されているんじゃなくて、騙されているのではないかと思うからだろうか。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1354019083
<>【オリジナル】神がかってる。 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 21:31:06.54 ID:NZLxTVaw0<> がたん、がたんという一定のリズムに揺られていると、自分でも何故こんなことを考えているんだというようなことに
時間を使ってしまう。
詩人か、俺は。
平和な国、日本の片田舎の地方鉄道で年代物の座席に寄りかかっていると、少し眠くなる。

一定のリズムや振動というのは人を睡眠状態に移行させる効果があるらしい。
夜、なかなか眠れないという人はいないだろうか。
俺もそうだった。
布団に入ったときは、自分の呼吸を落ち着かせて、そのリズムだけに集中してみよう。
いつもより眠りやすくなるはずだ。
これは俺がたった今考えた大嘘だから全然効果がないかもしれないが、責任を取るつもりは一切ない。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 21:44:45.44 ID:NZLxTVaw0<> 窓の外に見える………いや、流れる駅、電柱、水田、小屋、住宅。
眩しい夕日。
車内には垂れ下がる広告。
毎日掃除はしているのだろうが、決して綺麗とは言えない年季のある座席。

平和な光景は眠気を誘うが、俺の降りる駅まではまだ遠い。
さて、どうしよう。

「………お」
目を細めたのは、眠くなったからではない。
学校から帰る電車の中でちょうど俺の向かい側の席に座っているその女子は本を読んでいた。
内容はわからないが、俺に見えるその表紙がやたらとカラフルだったため、少し目が覚めたような気分になった。
驚いたというよりも、異質なものを見つけたので顔をしかめた、といった気分だった。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 22:07:33.91 ID:NZLxTVaw0<> 表紙には青い背景………だが、赤や黄緑が混ざっている、三原色を駆使した眩しい色合いだった。
淡い色使いではない。
日本的ではなく外人が好みそうな派手さ。
俺が抱いた感情は、感心ではなく心配だった。
ああいう目立つのは………うまく言えないが俺の経験上、ろくな事がない。
特に制服で、通学中に、というタイプは俺が苦手とする………いや、苦手になったタイプの人間だ。

さて、あの本はもしかしたら女子の間で流行っているものなのだろうか。
そういうことはたまにある。
何が流行るかわかんないからな。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 22:14:43.00 ID:NZLxTVaw0<> 流行であると言うだけなら、これ以上は見ても仕方がないか、と自分の学生カバンの中から暇つぶしになるものでも探そうかと思った。
しかし彼女が読んでいる本の表紙にタイトルや作者名などが含まれていないことに気がつくと、手を止めた。

彼女の読んでいる本には、表紙にタイトルが書いてない。
作者名すらも。
いや、文字がない。
随分と不便な本もあったもんだ、素直な感想を抱いた。
………ていうか、そんな本あるのか?
いや、これも流行りなのか?
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 22:21:45.80 ID:NZLxTVaw0<> 俺はその女子を観察する。
やや鋭い目元の黒い曲線が美しく、賢そうに見える。
本に目を落としているので、もっとしっかり顔が見えるようにと、少し身をかがめている俺は嫌な人間である。

まあ、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。
なんとかして欠点を探したいと、そう思ってしまう、思わされてしまう顔立ちだった。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 22:29:01.34 ID:NZLxTVaw0<> ―――そうじゃないだろ俺。
本を見てたんじゃねえのかよ。
本を見てたはずだ。
というわけで、彼女の手元に視線を戻す。
やはり強烈な違和感を放ち続けるその本はどうやら、紙製ではない。
いや、ページは紙なんだろうけど、この表紙はなんだ、布か?

俺の視力はそれほど良くない………眼鏡をかけていた時期もある。
それでも材質くらいはわかるはずだ。
布に似ているが、しかしこんな、毛羽立っているというか、羽のような………?
少し考えて、表紙の真実に気づく。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 23:00:12.97 ID:NZLxTVaw0<> 文庫本カバーというものがある。
言い方とか呼び方にはいろいろあるんだろうけど、つまり本屋で小説を買った時に、店員さんが表紙にかけてくれるものなんだが、そのほとんどは、店名が一定の間隔で入っているくらいのシンプルな柄で、紙製のもの。
ブックカバー。

世の中は広いもので、高級な本革製のカバーを使っている読書家もいると、いつか見たテレビ番組で言っていた覚えがある。
もちろん一般的な高校生の俺はそんなところに金をかけたことなんてないし、一生わかる気がしない価値観だ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 23:06:02.24 ID:NZLxTVaw0<> そう、カバーだったのだ。
文庫本カバーだったのだ。
「カバーってのは目立たないようにするためのものであって………」
なんていう、常識的な意見を呟く。
見知らぬ人に大声でツッコミを入れることができる人間だったら、さぞかしストレスとは無縁の生活ができることだろう。

近くに座っていた会社員風の男に聞こえたようで一瞬見られた程度だった。
高校に上がっても、こういう「変わった奴」ってのはいるもんなんだな、と冷めた見方をするようになった。
俺は随分と、冷めてしまった。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/27(火) 23:25:36.25 ID:NZLxTVaw0<>
しかしこの女子、失礼な意見を述べさせてもらうなら………美人ではあるが可愛さがない。
そんな―――、表情だった。

面倒な仕事を押し付けられた時のような。
思いつめているような。
違うところにいるような。
ブックカバーの子は、不思議と俺の目を引いた。
彼女が纏う空気には吸い込まれそうな何かが、そういう成分が含まれていた。
魅力的ではあるのだろうが、もったいない、惜しい、明らかに欠けている、という壊れそうな存在感。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/28(水) 00:07:16.20 ID:vaDjQVyu0<> その時、突然………本当に突然のことだった。
轟音と共に視界が振動した。
車両が巨人に殴られたかのように揺れ、眠気が彼方に飛び去る。
すぐ近くの窓ガラスに亀裂が入ったのを視界の端に捉えながら、俺は車内を見回す。
乗客が何事かと周りを見回す。
ぴしり、と上から、天井から音がした。
割れた。
何が?
ガラスだけじゃない、蛍光灯が割れたようだ。
一瞬だが白い光を放ち、頭の芯まで響く鋭い刺激音が車内に反響した。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2012/11/28(水) 00:11:27.54 ID:vaDjQVyu0<> 電球がむき出しになっているタイプではなかったため、ガラス片が頭の上から降ってくる、なんてことはなかったが、安心はできない。
ギシギシと車内が揺れる。
玩具じゃあるまいし、電車というのはこんな軋み方をするのか。
古い公園に置いてある遊具のような、冗談だと思いたい、そんな揺れだった。

「地震だ」
「地震………」
「地震」
車内で知らない声がいくつも聞こえて、俺の真っ白な思考に染み込んだ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/28(水) 00:12:42.36 ID:vaDjQVyu0<> 今日はここまで <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府)<>sage<>2012/11/28(水) 12:24:19.35 ID:uHzRkV3Do<> 何故NIPなのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/29(木) 22:30:38.99 ID:GEmWBkrY0<> 地震が起きたらどうする?
突然地震が起きたら。
義務教育を終えた人間なら何ヶ月かに一度は避難訓練というイベントを体験したことがないだろうか。
あれは授業を潰してくれるから大好きだったんだけど。
そういえば高校に入ってからはまだやっていない。
とにかく。
地震が起きたら。
ええと、地震が起きたら!
そうだね、「机の下に隠れる」だね!
頭の中で、体操のお兄さんみたいな声優が答えた。
………体操のお兄さんみたいな声優って誰だよ。
どうやら混乱して思考が乱れている俺。
落ち着け八拓遼介。
この国に住んでいれば、地震なんてそうそう珍しいことじゃあないだろ。

俺は電車内を見回す。
机の下に隠れ………ない、机がない。
電車には机がない。
当たり前だ!
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/29(木) 22:42:10.52 ID:GEmWBkrY0<> 頭上から聞こえる金属の軋みや、車内の不明瞭なざわつきの中にいるとこっちまで不安になる。
照明が点滅し、白と夕暮れの赤が交互に目に入る。
さっきの衝撃でどこかが変形したか、故障したかしたらしい。
そしてそのまま走り続けているものだから、泥船に乗っている時というのはこういう気分なのだろうか。

見れば行動力のある乗客が何人か、隣の車両に移ろうとしている。
運転席に行こうとしているのか、ドアに手をかけている男がいた。
ドアを力いっぱい引いたはいいが開かず、格闘の末に、ばん、ばん、と叩き出した。
どうやら開かないらしい。

怖いなら逃げるのもひとつの手だが、何しろ逃げ場がない。
俺も生まれてから十六年。
いろんな出来事があったが、走っている電車から脱出した経験はなかった。
自分の人生経験はまだまだ薄っぺらいなと感じつつ、見回す。
この鉄道の車両には開閉可能な窓があるが、人が抜け出せる程大きく開けることができただろうか。
仮に窓から抜けたとして、無事に済むだろうか。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/11/29(木) 22:49:02.54 ID:GEmWBkrY0<> いや、そもそもこれは地震なのか、そこからまず、疑わしかった。
地震だと言ったひとが、乗客がいたが、それは確かにありえない話じゃあなかったが、俺の頭に引っかかるものが残っていた。
何かが電車を上から殴った。
俺は最初に、そう感じた。

車内に霧のようなものが立ち込めていることに気づく。
それに夕暮れの赤が反射し周りの人間の表情が見えにくい。
匂いを嗅ぎ、それが霧ではなく煙であることに気づく。
ヤバイ、やっぱり故障して………もう、どこかで火事になってるんじゃないか。
この車両じゃない。
見回した限り、火の手は見当たらない。
それに、もしも火事だったら既に乗客の誰かがもう騒いでいるはずだ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/01(土) 21:05:45.40 ID:kTFBi13f0<> 申し訳ない。ここはオリジナルはダメなのか
sageるようにする <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/01(土) 22:07:31.29 ID:c5CtRUCAo<> いやいやオリジナル禁止じゃないよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/01(土) 23:47:11.66 ID:S2Jr+t/Yo<> 制度上の問題はなかったと思うから続けていいよ、全然
vip派生のここでは珍しいなと思っただけ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:19:33.12 ID:zeJEQrkI0<> そうか
まあ、まったりやります <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:21:34.59 ID:zeJEQrkI0<> 天井から、金属が変形する音がした。
………何かが天井に乗っているのか?
空気が焦げる匂いが強くなる。
「おい! 止まらないのか!」
近くから男の声が聞こえた。
電車内の様子は赤い煙でよく見えない。
電車は走り続けている。
おかしい。
止まらない。
いくら故障したからって、駅が来れば止まろうとするはずだ。
運転手はどうしたんだ。
異変に、故障に気づいていないのか。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:23:46.95 ID:zeJEQrkI0<> 『ジッ』
また違う音が響いた。
スピーカーだ。
『ざ………キャク……………』
おそらくアナウンスなのだろう。
いつも聞く男の声だが、今日はほとんど聞き取れない。
『キャク………キャ………オ』
日本語になっていない場合、アナウンスと言えるのだろうか。
ガリガリとノイズが入り、音が弾けて、裏返る。
車内にいる、おそらく全員が耳を塞いだ。
それはすぐに止んで………運転手が止めたのだろうか、アナウンスはピタリと止んだ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:37:00.02 ID:zeJEQrkI0<> 天井から吊り下がっている広告「グレートな夏の宝くじ」は、今まさに、パチパチという音を立てて燃えているところなので、一等がいくらなのかわからなくなっていた。

―――べこんッ。
天井がまた音を立てて、凹んだ。
俺の足元まで揺らす衝撃。
やはり天井に、いや天井の上に何かいる。

そう確信した時だった。
視界が明るくなる。
いや、眩しくなった。
風が吹いて、車内の煙を乱した。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:48:43.62 ID:zeJEQrkI0<> 見ればドアが開き、その向こうにはいつも見ている景色が流れていた。
「………ッ!」
電車が走っているのに、ドアが開いている。
俺は固まったまま、風と夕日を受けて様子を見守るしかなかった。。
どういう理由か知らないが、ドアが開けばそれは脱出のチャンスではあるはずだが、俺はドアに近づくことが
できなかった。

いや、既に近付いている………先客が、いた。
女の子が一人、開いたドアの前で揺れるように立っていた。
青空のような色の本をその手に持って、彼女は今にも飛び降りそうに見えた。

風を受けているためか、その本のページが走っているようにはためく。
………本を持っているのか?
開いている。
どうして?
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:53:26.20 ID:zeJEQrkI0<> がたん、がたん。
――――窓の外には、川が見えた。
がたん、がたん。
高校に入ってからは通学中に毎日見る川で、俺にとってそれ程思い入れのある川ではないが、それでも休日になると釣り人が集まって来る様子は印象に残っている。
特に驚きもしない、見覚えのある風景。
この川があるということは、俺の降りる駅は近いということだ。
「………うん?」
がたん、がたん。
電車の音以外に何も聞こえないことに気づく。
おかしい。
俺はさっきまで火花が、電気が―――。
そうだ。
照明が故障して、火の手が上がって、それで。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:55:32.75 ID:zeJEQrkI0<> 天井を見上げてみる。
ひび割れて配線が見えている―――なんてことも無く。
広告が目に入る。
「グレートな夏の宝くじ」は一等を当てると二億円だそうだ。
それから床も確認する。
何十年か踏み慣らされているタイルは、シミがところどころにある程度で、何の破片も散らばっていない。

向かいの席を見やると、床に足が届かないような子供が携帯ゲームをいじっている。
その隣で、バッグを膝に乗せ、半分寝ているような様子のお婆ちゃん。
やはり平和だ。
そして異常だ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/02(日) 01:57:10.25 ID:zeJEQrkI0<> 何もない。
じゃあ………夢だった?
いや待てよ、この大学生は見覚えがある………俺が勝手に大学生だと思ってるだけだが。
この男も、さっきあの場にいた。

それなら、と俺は見回す。
「あ………」
見覚えのある女子が違う車両に移っていく様子が目に入った。
歩き方が特徴的だった。
空中を滑っているように揺れ、体重を感じさせない歩き方だった。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/05(水) 22:42:02.19 ID:21cMidT70<> 「本当なんだ。いや、マジで………本当に煙の匂いがして、制服に火花が掠って少し焦げたりもしたし………
いや、残ってないんだけど、証拠みたいなものは残ってないんだけど、とにかく夢じゃないんだ!」
「大丈夫。信じるよ。信じるからさー」
「ああ、ホラお前それ、全然信じてない態度! ホラお前!」
「ああ、信じてる。完全に信じた。夢でもいいんけどね」
「なんだよそれ!」
「なんでもいいんだよ、それより………あるだろ?ねえ、もっと重要なことがあるでしょう?」
「………うん?」

家に帰った俺は、電話で中学時代の友人と会話していた。
いや、会話とは言えないかもしれない。
俺が一方的に「電車内で見たよくわからない夢」の話をして、閉口がウンウンと頷くだけといった様相だった。
閉口というのは、こいつの名前だ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/05(水) 22:48:45.88 ID:21cMidT70<> 「いや、だから、俺以外は見てないんだって。
乗ってる人全員が平和な日本丸出しの顔だったって言ってるだろ。
やっぱりただの夢だったのか………?
定期見せる時の駅員もいつも通りの対応だったしなあ」
「いやいや、そうじゃない、そうじゃない」
「うん?」
「その子は可愛かったんですか?」
………。
「はい?」
「だからその、カバーの子は可愛かったんですかと聞いているんです」
「………。」
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/05(水) 22:57:24.04 ID:21cMidT70<>
「文庫本カバーの子は好みのどストライクだったんですねー」

閉口という男の性格というか性質というか、思考回路がよく表れている台詞である。
どんな奴かと聞かれたら、大体こういう奴だ。
正直、かなり苦手。

「閉口、お前さあ………」
「生きててよかったな。電車が事故ったりしなくてよかった」
「………ああ」
「いや、事故ったからこそなのか。ああ、八拓くん、キミねえ、吊り橋効果って知ってる?」
「………うん。」

やはり苦手。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/05(水) 23:05:17.98 ID:21cMidT70<> 「電車が停電してよ―――いや、すごかったぜ? 乗客がパニックで俺の席にも」
話せば話すほど、虚しくなる気がする。
俺は何をしているんだろう。
なんで熱心に唾を飛ばしながら夢の話をしてるんだろう。
そう、夢だ。
俺だけが見てた、見えた、大げさな別世界だ。
そのはずだが、しかし。

「電車が、ね。 へえ、電気が消えて………それ………では停車したんですか?」
電話の向こうが少しうるさい。
車道が近いようだ。
「いや、それどころかスピードが上がってるようだった………。止まらないんだ。各駅停車しなかったんだぜ? ありゃ、故障とかいうレベルじゃなかった、うん。」
「何か近い話があった気が………」
閉口が唸る。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/05(水) 23:34:40.35 ID:21cMidT70<> 「近い話って、怪談の類か?」
閉口は怖い話が大好きだ。
いや、人をおちょくる行為、それに使える知識全般が好きだ。

「………グレムリン」
「うん?」
「グレムリンって知ってます?」
「グレム………あー、攻撃力1300くらいの」
「浅いなあ」
「………機械やコンピュータなんかに、イタズラをする妖精。いや、悪魔だったか?」
「覚えてるんじゃないですか」
「お前のせいでな」
妖怪だのモンスターだのの仕業、か。
便利ではある。
俺も今度から停電とか機械の故障が起こったらグレムリンの所為ってことにしておこう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/09(日) 22:00:18.71 ID:CMNIc/dE0<> 「電車の電気系統を弄ってショートさせた、ということでしょう」
「嘘くせー」
「………はぁー」
どうした、溜め息なんてついて、と口にしようとしたが、飲み込む。
これは俺が言いだした夢の話。
だったら嘘くさいのはどっちか、最初からわかっている。
これはただの夢、まやかし。

でも俺は、誰かに話さずにはいられなかった。
カバーの子は、あの子は確かにそこにいた。
現実で見た。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/09(日) 22:19:19.45 ID:CMNIc/dE0<> 「電車の中で居眠りしてなかった?」
「そんなこと………」
いや、眠かった。
眠かったが、俺は昔からそういうことを、そういう無防備な姿をさらけ出すタイプじゃないと自覚している。
どちらかというと閉口の方が、いつも眠そうでどことなく………弱く、消えてしまいそうな雰囲気があった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 15:50:52.63 ID:UYAEEgB60<> 何かしらの痛みがあれば、軽い怪我でもあれば現実味があるんだが、そういった痕跡は残っていない。ただ、こういう光景を見たんですよと俺が言っているだけ。

「………」
やっぱり夢を見ていただけ、なのか。
ここで俺は自分の制服を見る。
白い夏服の袖には火花で焦げた跡も何も、なかった。

「閉口」
「ん?」
「俺が見た女子の話に戻るぞ」
「おお!」


俺が開き直って話題を閉口に合わせると、ぶほん、と受話器の向こうで楽しく吹き出された息が、ノイズになってこちらに届いた。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 21:59:01.05 ID:UYAEEgB60<>
「おっほう、おっほほう!」
「静かにしなさい」
「してるよ」
「………声が出てるじゃないか」
「今のは興奮して出た呼吸だよ、呼吸音だよ」

「………じゃあ息を止めれば」
「それは無理。で、どんな感じの子なんだろうねえ」
「………どんな子だったっけ」
「おい」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 23:01:02.77 ID:UYAEEgB60<> 「魅力的ではあったんだろう?」
「いや、まあ………」
少し悩んだ。
おそらく美人の類ではあるが可愛さがないと、あの時そう感じた。

車内の煙が晴れた瞬間の光景が蘇る。
彼女の後ろ姿、勢いよく入ってきた風で彼女の髪と、青い本のページがはためく。
夕日が金属製の手すりに反射して金色に光っていた。

「………魅力は、あった」
これ以上ないくらい、絵になっていた。
俺は特に美術的な才能はないが、おそらくああいうものを芸術というんだろうと、そんなことを思ったが、口に出したら茶化される。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 23:11:04.84 ID:UYAEEgB60<> 「………青い本を持ってた」
「それが、魅力?」
「うん。………あっ、いや、あと歩き方が格好良かった」
「歩き方? あのねえ、なんていうか聞きたいのは………もういいや」
落胆を一応隠そうとしているような、そんな息遣いが聞こえた。

受話器から口を離して、ため息でもつきたいという心の声が聞こえるかのようだった。

「はあぁー………」
俺に聞こえるようにつきやがった。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 23:22:25.51 ID:UYAEEgB60<> 「うん、どんな本だったかはわからないけど読書好きなのかな?やたくんと同じじゃん」
「やめろ」
「ん、何を?」
「気持ち悪い呼び方、やめろ………あと俺は、それほど読書好きなわけじゃねえよ」
知識をできるだけストックしておかないと落ち着かない、それだけ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 23:32:11.50 ID:UYAEEgB60<> 「年は?高一?」
閉口は元気よく質問を続ける。

「ああ、俺らと同じ………だと思う。いや、大人っぽい印象はあったけど………ううん」
さて、どうだろう。
「でも良かったじゃないか。明日も会えるし」
「え?」
「ん?」
明日も? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/13(木) 23:46:49.16 ID:UYAEEgB60<> 「いや、同じ電車で会ったんだろ?帰りに、同じ車両で、通学中に」
「ああ、そうか、うん。」
そういうことね………確かに言われてみれば当たり前である。

「今日初めて会ったのか?」
「………たぶん」
当たり前ではあるが、おかしくもあった。
季節は夏。
入学して三ヶ月も経っている。
今まで電車内で見かけたこともなかったなんてことが、あるだろうか。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/17(月) 17:41:29.14 ID:tZFy+Han0<> その後、俺は閉口のくだらない話に付き合わされた………なんていう言い方はするまい。
頭を冷やして考えてみれば、俺の話の方がくだらないんだから。

いや、でも俺の知らない教師の名前を列挙されて、そいつの悪口を畳み掛けられても
どうすればいいかわからない。

違う高校なんだからわかるわけねーだろ。
いや、同じ高校のやつらには吐き出せないのか。

この電話の相手が可愛い彼女とかだったらもう少し楽しいのだろうか。
うん、幻滅するだけだろう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/17(月) 17:51:41.06 ID:tZFy+Han0<> お前の高校の近所のパン屋がめっちゃ美味いとか、対岸の火事みたいな情報を
与えられても困る。
火事にはなってないけどな。
今日、火事にに巻き込まれたのは俺だけどな。

「だからさ、お前の高校の近くにはあんまり行ったことがないんだよな」

「ああ、そりゃわかるよ。こっちはそれくらいしか事件的なものがないから………電車がぶっ飛んだりしてないから」

「ぶっ飛んではいないけどな」

「カバーの子、見つかったら電話な?告ってから」

「しないよ」
適当に電話を切った。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/17(月) 18:09:05.11 ID:tZFy+Han0<> ―――はい、いませんでした。

翌日、がたんがたんと揺れる電車の中を一通り歩き回った。
前の車両の一番前のドアから入って、さりげなく全座席の乗客を見回しながら後ろの車両に向かって歩いていく。

人の顔を見るというのは、苦手だった。

どうも、俺は昔から目つきが悪いらしい………そういう指摘をされる。
だから、チラチラとさりげなく………これでも十分に挙動不審で怪しい男である。

一番後ろの優先座席に腰掛ける。
高校生の通学時間にお年寄りは少ないから構わないだろう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/18(火) 00:15:30.84 ID:eHFvl1sK0<> 昨日の夕方に同じ車両にいたから、今日の朝に同じ車両に乗っているなんて限らない。
限らないけれど、可能性はそれなりにある。

同じ通学路だということは分かっている。
………しかし、仮に彼女を見つけたとして、会ったとしてどうするか。
何か声をかけるべきだろうか。

「昨日電車が火事になった時にいましたよね」
小さく呟いてみる。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/18(火) 00:30:03.24 ID:eHFvl1sK0<> ますます不審な男である。
しかし、昨日のカバーの子の行動も不審だった。

火事が起きたとき、彼女はドアの前に立っていた。
もちろん彼女以外にもドアの近くに集まる人は多かったけれど、俺にはまるで、彼女が

ドアを開けたように見えた。
こじ開けたのではなく、彼女がいたからドアが開いた、とでも言うような絵だった。

本を片手に開いて。
ただ持っていたのではなく、本のページがしっかりと開いていて、バタバタと、
はためいていた。
大事な本だから、持って逃げようとしていた………という様子ではなかった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/18(火) 00:53:12.79 ID:eHFvl1sK0<> 彼女の歩き方は、火事で逃げる際のそれではなかった。
こんな言い方はおかしいかもしれないが、まるで空を滑るような………。
素直に格好いいと、そう感じる立ち姿だった。

携帯が振動した。
閉口からのメールだった。
「制服見た?どこの高校かわかるだろ?」
説明不足なのは昨日の話の続きだからだろうから、カバーの子の制服は
どんなだったかという話だろう。

あいつもなかなか熱心な奴である。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/20(木) 22:31:40.58 ID:k0nUOAQv0<> コンビニに入ると、奧村がこちらを一瞥した。
そしてその後、ジャンプに興味を戻す。

コンビニにおける、置けるジャンプなんていうのは当然週刊漫画雑誌のそれであり―――、いや、月刊だとか
ヤングだとかウルトラだとか、何種類かあるんだが。
要するに彼女は立ち読みをしていた。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/20(木) 22:36:26.44 ID:k0nUOAQv0<>
「………ジャンプ、面白いか?」
女が読むなんて珍しい、と思うのは俺の偏見だろうか。

「面白いよー? あぁ、いいなあって思う」
「どの辺がいいんだ?」
「男として生まれて少年として青春したかったなあって」
ぱたり、と。
ゆっくりと閉じてレジに移動する。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/20(木) 22:53:07.50 ID:k0nUOAQv0<>
彼女の口元は常に笑みによって持ち上がり、瑞々しい肌と子供のような瞳を持つ………などと説明すれば聞こえはいいが、俺は彼女が、この女が少し苦手だった。
なんだろうね、いつも笑っている奴って、ちょっと気持ち悪いじゃん。
あと、趣味が女らしくない。
ジャンプとマガジンとサンデーとチャンピオンを毎週読んでいるらしい。

「オススメはないの? お昼ご飯の」
「味についてはお前の方がわかるんじゃないか? 俺はコスパ重視なんだ、最近は」
「ふぅん」

高校の食堂に慣れた俺は、新たな食生活を開拓しようと思い立ち、コンビニで
昼飯を選ぶようになった。
毎朝、電車が駅に着いてそのまま学校に向かうと10分くらいは余裕がある。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/20(木) 23:09:04.96 ID:k0nUOAQv0<> 自然と、コンビニに立ち寄って時間を潰すことが増えた。

「ハーゲンダッツ………」
奥村が遠くを眺めながら呟いた。
「うん? なんだって?」
「夏にアイスを食べると美味しいんだよ?」
首を傾げながら真顔でこちらを見る。

「うん、そりゃまあそうだけど………。 でもお前それ、昼飯にするつもりか」
「考慮に入れてる。………あ、そうか、溶けるのか」
ううむ、と唸る。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2012/12/20(木) 23:24:23.08 ID:k0nUOAQv0<>
「いや、待って―――閃いた。」

そう言ってアイスコーナーのクーラーボックスというか、冷凍食品コーナーの中からカップのアイスをひとつ取り出す。
「買ってくる」
「ん」
俺も移動し、並べられているパンの中から、細長いパンが8個ぐらい詰まっているものを
いつもなら選んでいたんだろうが、新商品の白い生地のチーズが入ったパンに手を出した。

手を出してみた。
俺の食べ物の好みは変化し続けている。
それは奥村の影響が、少なからずある。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/01/13(日) 19:36:19.60 ID:VGsqMI/IO<> もう続かないのかな <>