◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:18:19.20 ID:6In1ZKZSo<>ベン・トー×AnotherクロスSS

前スレ
【ベン・トー×Another】Another wolves
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371726485/

前スレでは未咲が全部美咲になってました
すみませんでした



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1374679099
<>【ベン・トー×Another 2 】Sexual deviate
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:22:17.39 ID:6In1ZKZSo<>
 Chapter1

  Sexual deviate―変態―


 April


 1


 4月6日。

 
 ラルフストア、半値印証時刻。


 僕、佐藤洋は、フロアに大の字になり、呆然と天井の照明を見上げていた。


佐藤「く……てっしー……」


勅使河原「…………」


 勅使河原は完全に意識を失い、白目を向いて失神していた。


佐藤「望月……!」


望月「…………」

顎髭「…………」

坊主「…………」


佐藤「みんな……! くっ……そぉ……!」


 望月も、顎髭も坊主も……。

 みんな、ボロボロだった。

 手も足も、出なかった。

 この――――
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:25:47.10 ID:6In1ZKZSo<> 梗「ふふ! 相変わらず下手っぴぃなカゴ技ですこと! 見崎さん!」


見崎「これはカゴ技じゃない、あえて言うなら人形技」


梗「重り入りの人形に毒まで使うなんて! 高林さんに言いつけて差し上げますわ!」


見崎「別にいい。わたしには未咲がいるもの。高林くんが怒っても平気」


梗「わたくしにだって鏡がいますわ!」


見崎「何それ、関係なくない? それに告げ口なんて卑しい真似するのね」


梗「なんですって!?」


見崎「ほんと、口調ばっかりお上品で。中身は卑しい、その上いやらしい」


梗「いっ、言いましたわね! もう我慢なりませんわ! 今日という今日は徹底的に叩きのめして差し上げます わ!」


見崎「出来るものならね」



未咲「ふふっ、鳴、ファイト〜」

鏡「姉さん! 藤岡さんもいるんですから! 見崎さんに集中しすぎないで!」



佐藤「…………強えぇ」


 ――――この、二組のコンビ狼……。

 《ミサキ》《オルトロス》の戦いに巻き込まれ、僕たちオムっパイ5人組はものの見事に叩きのめされてしまっ た。

 秒殺だった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:28:51.99 ID:6In1ZKZSo<> 二階堂「無様だな……《変態》」


佐藤「く……! 二階堂……!」

 両コンビ狼の乱戦の隙を突き、弁当を奪取した二階堂 が、冷ややかな目で僕を見下ろす。


二階堂「まったく……あの《アヌビス》が見込みがあると言うから期待して来てみれば……まさかこんな《変態》だとはな……」


佐藤「く……!」

 その呼び方はやめろ……!

 と、言いたい所だったが、強くは言い返せない理由があった。


 スーパーのフロアに倒れ、ボロボロになった僕の服装――――


佐藤「スースーするぜ……! 畜生!」


 僕は、夜見山北中学の制服……『女子の』制服を着ていた。


二階堂「まさか麗人のを盗んできたのか? お前、思春期も大概にしろよ?」


佐藤「うるさいな! これには深い事情があるんだ! 決して好きで着ている訳じゃない! ちょっとこれしか用意 できなかったんだよ! 裸でスーパーに来るよりマシだろ!?」


二階堂「嘘だな。ならお前、何故リボンタイまでしっかりと着けている。ご丁寧にハイソックスまで履いて……」


佐藤「う……!」

 痛い所を……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:30:55.55 ID:6In1ZKZSo<> 二階堂「仕方ない事情があったとして、そこまで完璧に女子の制服を着込んでいる理由はなんだ? え? 趣味なんじゃないのか《変態》」


佐藤「うぅ……!」

 言えない、ちょっとどんなもんかと思ってリボンタイを着け、鏡でチェックしてみたなんて言えない……!


二階堂「とにかく、これから教室で会っても話し掛けないでくれ《変態》じゃあな」


 そう言い残して、二階堂は立ち去って行った。


佐藤「くそぉ……!」


 何故、僕は女子の制服を着て大の字で倒れているのか。


 僕が女子の制服を着てスーパーに来るはめに陥った理由……。


 その理由を説明するためには、少し時間を遡る必要がある――――
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:33:35.23 ID:6In1ZKZSo<>
   2


 4月6日の朝。


 僕と著莪は、憂鬱な気分で3年3組の扉を開いた。

 登校中も会話は少なく、重苦しい気分だった。

 場合によっては今日から、せっかく友達になれた見崎を 〈いないもの〉として扱い、無視しなければならない。

 そう思うと自然と足が重くなり、口数も減ってしまった。


 僕より見崎との付き合いが長い著莪はなおのこと憂鬱そうで、いつもの飄々とした態度が完全になりを潜めていた。

 つられて僕も、見崎やクラスのことを考えて気もそぞろになり、朝食時にコーヒーをこぼしたり、学ランと間違え て著莪のブレザーを羽織ってしまったりと、妙に落ち着か ない朝を過ごしていた。


佐藤「おはよー」

著莪「はよー」

和江「あ、あやめ、洋くん……おはよう」

渡辺「おはよー」


 教室の扉を開けると、僕の妻こと佐藤和江さんと渡辺さんが入り口の傍で話していた。

 〈申し送りの会〉の際、著莪からちょっと紹介されたのだが、佐藤さんは苗字が同じなので僕を下の名前で呼ぶ。

 いつどのタイミングで彼女を『和江』と長年の連れ合いの如く呼び捨てにしてやろうかと画策しているのだが、まだ実行に移す機会は訪れていない。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:35:41.60 ID:6In1ZKZSo<> 著莪「まだ?」

和江「うん……」

渡辺「見崎さんは遅く来るんだよね」

佐藤「そう言ってたね」


 〈いないもの〉になる見崎は、僕たちより遅く登校する手筈になっていた。

 席の確認が取れる前に見崎が登校していては対策に不備が出る恐れがあるため、僕たちと見崎の登校時間ははっきりと分けられていた。

 見崎が来る前に席が埋まってしまった場合〈いないも の〉対策が実行に移される。


勅使河原「よーっす!」

望月「おはよう」
 

 勅使河原、望月が登校。
 

佐藤「よーっす」


 続々と登校して来る生徒たち。

 しかし、席に着いている生徒は少数で、席が足りているのかどうかの確認はまだ出来ずにいた。

 早く登校していた対策係、クラス委員の面々が、教壇の周りに集まって何かを相談していた。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:38:05.17 ID:6In1ZKZSo<> 風見「席は?」

桜木「まだ全員来てません……」

中尾「こんな日くらいさっさと来いよな……」

杉浦「泉美、みんなには席に着いていて貰おう」

白梅「そうですね、その方が確認しやすいです」

赤沢「そうね……みんな! もうすぐ見崎さんの登校時間だから、席に着いていて!」


 赤沢さんの号令でみんなが席に着く。

 〈申し送りの会〉と同様席順に指定は無く、またも狼で固まって座った。


高林「おはよう」


 後から来た高林くんも近くに座る。

 そして。


桜木「赤沢さん、あと来ていないのは綾野さんだけです……!」


 喜色満面の桜木さん。

 対策係を除く全員が着席し、あと登校していないのは見崎と綾野さんだけ。


赤沢「はぁ……彩の奴……」


 赤沢さんがため息をついた。

  
 桜木さんの表情を見れば、結果を待つまでもなかった。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:39:53.68 ID:6In1ZKZSo<> 赤沢「席は足りているわ」


 赤沢さんの表情が緩む。

 そういえば彼女の柔らかい表情を見たのは、これが初めてかもしれない。


 教室の空気が一気に和らぐ。


勅使河原「はぁ……ははっ、よかったー」

望月「あはは……」

高林「よかった……」

佐藤「よかったな、著莪」

著莪「はぁ……うん……!」


 張り詰めた様子の著莪も、安心したようにため息をついた。

 〈ない年〉である事が確定し、見崎を〈いないもの〉にしなくても良いと決まった二重の安堵感があるのだろう。


勅使河原「ははっ、それにしてもまた最後は綾野かー」

望月「3月もそうだったね」

高林「綾野さん、遅刻多いからね」


 気が抜けたのか、教室の各所から明るい笑いが聞こえてくる。

 そして、綾野さんが来ないまま見崎の登校時間。


 ――――ガラッ


見崎「…………」
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:41:53.31 ID:6In1ZKZSo<> 著莪「鳴、おはよ」

佐藤・勅使河原「「はよー!」」

高林・望月「おはよう」


見崎「! おはよう」


赤沢「おはよう見崎さん。席は足りてた。彩がまだ来てないけどね」


見崎「そう……よかった」


 空いた席に座る見崎。

 その直後。


 ガラッ!


綾野「ごめーん! 遅れたーって……あれ……」


見崎「…………」


 席につく見崎を見て固まる綾野さん。

 クラスメイトたちは騒がしく教室に入ってきた綾野さんに気を取られ、一瞬静まり返った。

 
 そのまま誰も口を開こうとはしなかった。


 全員で咄嗟に、綾野さんに悪戯を仕掛けた形になった。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:43:32.69 ID:6In1ZKZSo<> 綾野「えっとー……もしかして?」

高林「………」

 
 入り口の傍にいた高林くんに声を掛け、首をかしげる綾 野さん。

 高林くんも以外に人が悪い。

 綾野さんと目を合わせ、そのまま黙って俯いてしまった。


綾野「てっしー……?」


勅使河原「…………クッ」


 笑いを噛み殺し、肩を震わせる勅使河原。


綾野「…………」


 綾野さんは何かを悟ったような表情になり、空いた席、見崎の隣に座る。


見崎「おはよう、綾野さん」


綾野「へっ! ふぇっ!?」ガタッ


 ほとんど席からずり落ちそうになりながら、綾野さんは素っ頓狂な声を上げた。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:45:45.28 ID:6In1ZKZSo<> 見崎「気をつけたほうがいいよ。遅刻は内申に響くから」


綾野「うぇ? え?」


赤沢「ふふっ、見崎さんの言う通りね」


綾野「え、あれ?」


赤沢「席は足りてた。今年は〈ない年〉よ」


綾野「…………え?」


勅使河原「ぶっは!」

 勅使河原が吹き出す。


高林「くく……!」

 笑いを堪える高林くん。


 教室のあちこちから笑いが漏れる。


綾野「あ、あー……もう、てっしー! いっくん!」

 ようやく事情を察する綾野さん。


勅使河原「はっはは!」

高林「ははは」


綾野「みさきっちゃんもひどいよ!」


見崎「ふふっ、ごめんね」


赤沢「これに懲りたらもう遅刻はしない事ね」


綾野「うぅ……もう!」


佐藤「ははは……」


 今年は〈ない年〉

 春休み中はずっと気が重かったが、これでようやく懸念は晴れた。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:48:09.51 ID:6In1ZKZSo<>
   *


 始業式を終え、その日は解散になった。

 さっさと帰宅する生徒、教室に残って話をしている生徒、皆思い思いの放課後を過ごす中、僕たちは見崎の周り に集まって今夜の相談をしていた。


 争奪戦に行くかどうか、今夜はどんな弁当が出るのか。

 そんな話をしながら、ダラダラと時間を潰していた。


佐藤「3月からこっち、ろくな晩飯食ってないよ」


見崎「佐藤くん、連戦連敗だもんね」


 狼になってからというもの、毎晩ラルフストアに通って争奪戦を戦っていたが、弁当の奪取率は0に近かった。

 おかげでまともな夕食にありつけておらず、足りない栄養を補うため昼食代がかさみ、参戦当初に期待していた食費の節約は思うように出来ていなかった。

 敗者の味方どん兵衛も、さすがにもう食べ飽きてきていた。


著莪「だからオムっパイ組に入ったのが失敗なんだって、 こいつらといたら争奪戦には勝てないよ」


勅使河原「なんだとぅ!」

望月「ひどいよ著莪さん、僕たちだって頑張ってるのに!」
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:50:18.04 ID:6In1ZKZSo<> 見崎「でも、獲れてないでしょ? オムっパイ」


高林「ちょっと邪念が強すぎるんだよ。君たち佐藤くんの参入でより一層結束が強まってるし。駄目な方向に」


佐藤「そうは言うけどなぁ……」

 著莪や高林くんの言うことも尤もなのだが……。

 僕としてはこっちに来て最初の友達を大事にしたい気持があって、中々オムっパイ組からの独立を決断できずにいた。

 たまにオムっパイ組がいない時の方が、明らかに見崎や高林くん相手の戦闘でも善戦できていたし、もうスーパーでは彼らとの縁を切ってもいいかな、とは思っていたのだ が……。


高林「佐藤くん、素質はあるから勿体無いよ」 


見崎「未咲も言ってたよ。佐藤くん一人の時はけっこう強いって」


佐藤「うーん……」


 2人がこの話をするのもこれが最初という訳ではなかった。

 その度に僕は迷うのだが――――
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 00:50:45.57 ID:4TYTjvfuo<> 待ってた <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:51:58.29 ID:6In1ZKZSo<> 勅使河原「よーちん! 駄目だかんな!」

望月「佐藤くんが最後の希望なの! 佐藤くんさえいればなんとか卒業までにオムっパイが獲れる!」


佐藤「! 僕が皆を裏切る訳がないだろ!?」

 盟友の慰留により、脱退を躊躇ってしまうのだった。

 10日ほど争奪戦を戦ってみてわかったのだが、オムっパイ組ははっきり言って泥舟である。

 オムっパイ奪取限定でチームを組んでいる彼らだが、今望月が言ったようにオムっパイ奪取に成功した実績は皆無 であり、なんとその敗北の歴史は二年に及ぶという。

 オムっパイをオムっパイたらしめる魅力に惹かれれば惹かれるほど、僕らは弱くなる。

 オムっパイという魅惑の弁当には腹の虫への集中を阻害し、男性狼を弱体化させる魔力があるのだ。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:54:53.22 ID:6In1ZKZSo<>  狼として弱くなる事。

 オムっパイに執念を燃やす余り、それもまた良しと変な悟りを開いてしまった彼らは、はっきり言って馬鹿だ。

 だがそんな馬鹿な男友達は貴重である。

 それが転校先で出会った仲間だとすれば尚更だ。

 ちょっと簡単には縁を切れそうにない。

 だから――――


佐藤「一度も勝利を分かち合えないまま脱退なんて出来ないよ、やっぱり」


 つい、こんな事を言ってしまう。


著莪「だからさ、争奪戦の勝利は分かち合うもんじゃないんだって」


見崎「一緒に夕餉を囲む時以外は、敵。争奪戦の最中は敵は味方で味方は敵。己の糧は己で掴むの」


勅使河原「なんだよ、見崎だって藤岡と組んでるじゃねぇか」


見崎「美咲は別。美咲はわたしの半身だもの」


高林「《オルトロス》の2人もそんな感じだね。2人で1人って感じ」


著莪「鳴たちも、傍から見りゃ双子にしか見えないもんな〜。お前らの色ボケグループと違って、ちゃんと弁当に 意識を集中させてるし」


佐藤「そういえば、藤岡さんはなんであんなに強いの? 自分で弁当を獲る気がないのに、どうしてあんな……」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 00:58:06.35 ID:6In1ZKZSo<> 見崎「未咲はあの店の弁当の事は熟知しているから。ラル フストアを主戦場にしている狼の中では、未咲が一番古株なの。ラルフストアの弁当の味をよく知ってるし、知識も豊富だから、それを元に腹の虫の力を高めているの」


佐藤「腹の虫……結局そこか……」


著莪「それが全てだよ、スーパーじゃ。格闘技の経験とかある奴でも、腹の虫の力が弱けりゃ弱い」


高林「佐藤くんはさ、まだ争奪戦への理解が足りていないね。無理に脱退しろとは言わないから、せめて一人で乱戦の中に飛び込む経験を積んだ方がいいよ」


佐藤「うん……ちょっと考えてみるよ」


勅使河原「はぁ、よーちん……頼むよ、お前みたいな強いのが仲間になるの初めてなんだわ……」ガシッ


 勅使河原が僕の肩に腕を回す。
 

佐藤「髭と坊主の先輩がいるじゃんか」

勅使河原「言っちゃあなんだがあの2人はもう駄目だ。オムっパイへの邪念が強くなりすぎて、最近じゃほとんど素 の状態で戦ってる」


望月「強く長く求めすぎたんだ、オムっパイを……このままじゃ、いずれ僕や勅使河原くんも……だから、君の力が必要なんだ……お願いだよ、佐藤くん」ギュ


 僕の手を取り両手で握り締める望月。


佐藤「いや……」

 高林くんも藤岡さんも、この二人にしても……。

 どうしてこんなに僕への評価が高いのかわからない。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:00:29.93 ID:6In1ZKZSo<> 勅使河原「な、頼むよ! よーちん!」

望月「お願いします……!」


 必死な表情の2人。


佐藤「いや……別に抜けるって決めた訳じゃ――――」

 
 その時だった。



???「「「きゅふふふっ」」」



佐藤「――――う」ゾワッ

 背後から、謎の笑い声。

 同時に、背中を虫が這い回るようなおぞましい気配 ――――


佐藤「――――!」チラッ


 勅使河原に密着されたまま、顔を横に向け視線だけを後に向ける。


 そこには――――


桜木「…………」ヒソヒソ

柿沼「…………」キュフフ

白粉「…………」ニチャア…


 3人の眼鏡っ娘が、こちらを見て何かを話していた。

 女子のクラス委員の桜木ゆかりさん。

 少し地味ながら三つ編みおさげが似合う柿沼小百合さん。

 
 そして……。


 なんだ……あの白粉さんの粘度の高い陰湿な笑みは……?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:03:15.73 ID:6In1ZKZSo<>  白粉花さんといえば、まだ戦った事はないがHP部の狼で、小柄で小動物じみた可愛らしさのある娘だと思ってい たのだが……。


 なんなんだ、あの邪気は……?


 か、風邪でもひいたかな……なんだが寒気が……。

 ずうぅぅーん……という、以前にも感じたような重低音が……頭の中に……。

 何なんだ、白粉さんの視線から感じるおぞましさは……。


著莪「何見てんだ? 佐藤」
 

佐藤「いや……」


著莪「? ああ、あいつらか。丁度いいや紹介しとくよ。 おーい、花ー」



白粉「……!」ビクッ

 著莪に呼ばれ、肩を震わせる白粉さん。 

著莪「ちょっとこっち来いよー」


白粉「は、はい!」ステテ


著莪「花、知ってるだろうけど。こいつ従兄弟の佐藤。狼なんだ」


佐藤「初めまして……」
 

白粉「はひ、は、初めまして……! 白粉花です」

 どもりながら、深々と頭を下げる白粉さん。

 どうやら人見知りする質のようだ。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:05:13.96 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「えぁっと、さ、佐藤さん、狼だったんですね。スーパーでお会いしたことがないので、知りませんでした」

 頭を上げ、何故か照れたように笑いながら話す白粉さん。

 うむ……やはりただの可愛子ちゃん……?

 邪気は気のせい……なのか?


高林「佐藤くんは、今の所ラルフストアでしか戦っていないからね」

 《氷結の魔女》槍水仙は、ラルフストアとは別の店を縄張りにしているらしい。


白粉「そうなんですか……道理で……」


佐藤「? 何が?」


白粉「は、いえ! えぁっと、部長が同じクラスの狼を勧誘しないなんておかしいなって」
 
高林「熱心だからね、槍水さん」


白粉「よ、よくみなさんとご一緒なので、もしかしたら、とは言ってたんですけど……」 

著莪「どう? 入ってくれる奴いそう?」 


白粉「は、はい……2年の禊萩さんと淡雪さんが、入ってくれ……る?」


勅使河原「なんで疑問形?」


白粉「えぁっと、部長がちょっと強引に誘っていて……口約束だけは取り付けたみたいです……」


望月「はは……槍水さん、部の存続のために必死だもんね」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:07:31.61 ID:6In1ZKZSo<> 勅使河原「でもよーちんは駄目だぜ! こいつは俺たちの仲間だからな!」

佐藤「ちょっとてっしー、苦しい」

 勅使河原が肩に回した腕に力を込める。

 すると。


白粉「ほほう……てっしー、よーちんの仲ですか……」ニチャ…


佐藤「……!?」

 白粉さんの表情が一変。

 おどおどとした様子が消え、眼鏡がキラリと光る。


白粉「『仲が良い』のですね……お二人とも……」


佐藤「ひ……!」

 白粉さんの眼光に未知の恐怖を覚え、反射的に後ずさる。

勅使河原「うわ……!」

佐藤「っと! てっしー!」

 ほとんど僕に体重を預ける体勢になっていた勅使河原がバランスを崩す。

 勅使河原を抱きとめるように支えようとしたのだが ――――


勅使河原「って!」ドサッ

佐藤「!」

 
 ――――そのまま、僕が勅使河原を押し倒す体勢で、床に転んでしまった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:09:57.36 ID:6In1ZKZSo<> 著莪「なぁにやってんだよ」


高林「大丈夫?」
 

勅使河原「って〜」

佐藤「悪い、てっしー、だいじ――――!?」

 
 その、瞬間だった。



   怨



佐藤「〜〜〜〜ッ!?」ゾワッ



 きゅふふふ……

 きゅふふふ……


 ――――と。


 謎のおぞけ。

 謎の笑い声。


白粉「新ジャンル……てし×さと」ボソリ


佐藤「……!」

 白粉さんが何かを呟いた。



桜木「かざ×てしも捨て難い……」

柿沼「だが、これも良い……」


 きゅふふふ――――

 と。


 遠巻きにこちらを見ていた桜木さんと柿沼さんの囁きが、確かに耳に届いた。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:13:39.92 ID:6In1ZKZSo<>
 てし×さと。

 かざ×てし。


 その言葉が何を指すのかはわからなかったが、僕の耳には何か、おぞましいモノを呼び起こす呪文のように聞こえた。


白粉「…………」ニチャア


 形容しがたい恐怖に心臓が早鐘打つ。

佐藤「ハァーッ」ドクン

 きゅふふ……    「ハァッ」ドクン


「ハァーッ」ドクン   きゅふふ……

    きゅふふ……

「ハァッ」ドクン  「ハァーッ」ドクン


 呼吸が乱れる。


勅使河原「お、おいよーちん? 大丈夫か? なんか息荒いけど……」

佐藤「あ? ああ、大丈夫」

 身を起こし、ついでに勅使河原に手を貸す。


白粉「息が……荒いですね、佐藤さん。何か『興奮』するような事でも……?」


佐藤「ハァッ え、いや。 ハァ―ッ 特には……」


白粉「例えば……勅使河原さんと体が密着したから――――」


佐藤「!?」

 そうか……!


白粉「――なんて事はないですよね?」


 てし×さと……そういう事か……!


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:15:27.57 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「あっ、ある訳ないだろ!?」

勅使河原「!」ビクッ


著莪「どーしたぁ? 佐藤」


佐藤「あ、いや。別に……」

 しまった。

 つい焦って大声を……。



 きゅふふふ……



桜木「公衆の面前で……あんなにハァハァしちゃって……」

柿沼「それにあんなに焦って……」



佐藤「……!」

 やはりそうか……!

 この3人は――――


白粉「…………」ニチャア…


佐藤「――――ッ!」ゾクリ

 ホモが好きなのか……!


 きゅふふふ……

 きゅふふふ……

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:17:25.10 ID:6In1ZKZSo<>
   *
 

 その後――――


 著莪は女子の友達の家に遊びに。

 望月は美術部へ。

 高林くんは定期検診のため病院に。

 見崎は藤岡との約束があるからと、それぞれの予定のために解散した。

 残った勅使河原とともに、僕は帰宅しようと廊下を歩いていたのだが……。


桜木「あ」

柿沼「来た」

白粉「佐藤さん、勅使河原さん」


佐藤「う……」

勅使河原「おっす、どうしたお前ら」

 生徒玄関の下駄箱の前で、白粉さん、桜木さん、柿沼さんの3人が僕たちを待っていた。


白粉「いえ、ちょっと。佐藤さんにHP部の部室をご案内しようかと思いまして……」


勅使河原「む、駄目だせ、白粉。よーちんは俺たちのだからな!」

 僕の肩を抱く勅使河原。
 

 ――――きゅふ……
 

佐藤「…………」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:19:43.35 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「いえ、違うんですよ。私たちは決してそんな……ただ、佐藤さんに市外の学校の話をお聞きしたいなって…… 部室なら『お茶』も出せますし……」

桜木「おいしい『お菓子』もありますよ……」

柿沼「勅使河原くんも『是非ご一緒』に……」


勅使河原「ほんとかー? 部室に行ったら槍水がいて入部届けに無理矢理サイン……とか、そんな事ねぇだろう な?」


白粉「それでしたら平気です。部長は今2年の新入部員候補に念押しに行っていますから」
 
勅使河原「んー……ならいいけど……どうする、よーち ん?」

佐藤「ん……僕は別にいいけど……」

 この3人の趣味からして、この誘いには不穏な何かを感じるが……。

 だかといって、転校して来て間もない今はちょっと断り辛い。

 付き合いの悪い奴と思われるのも嫌だし。
 

佐藤「いいよ、行こう。HP部の部室も見てみたいし」


白粉「決まりですね」

桜木「では行きましうか」

柿沼「きゅふ……」


 そして、僕たちは旧校舎にあるHP部の部室に移動した。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:22:09.23 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「市外の学校って言っても、こことそんなに変わんないよ?」


 部室は8畳ほどの狭い部屋で、真ん中に会議用の縦長のテーブルが2つ並べて置かれていた。

 元は資料室か何かに使われていたのだそうだ。

 僕たちはそのテーブルの一角に座り、桜木が用意してくれたお菓子を食べていた。


桜木「それでも、高校とかは佐藤くんのほうが詳しいでしょうし……」
 

佐藤「そうだなぁ、僕は出来れば丸富に行きたいんだよなぁ。家出たいから、地元の高校には興味ないんだ」


白粉「へぇ……著莪さんも丸富志望だそうですね」


勅使河原「マジかよ。よーちんも著莪も丸富とか頭良すぎだろ……」


佐藤「はは、てっしーがアホすぎるんだよ。まさかあの悪ガキの頃のまんまでかくなってるとは思わなかった」


勅使河原「言ったな、この」コツン


佐藤・勅使河原「「ははは」」


桜木「お二人、仲がよろしいんですね……」キュフ


白粉「…………」ニチャ
 

佐藤「はは……」

 まさか、今のやり取りですら妄想の燃料に……!?


柿沼「お茶、入りましたよ」カチャ


佐藤「あ、ありがとう」


勅使河原「サンキュ」


白粉「…………」ニチャ


佐藤「?」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:24:32.15 ID:6In1ZKZSo<>
 prrr

勅使河原「お、わり。電話」


 お茶に口を着けようと勅使河原のPHSが鳴り響く。


勅使河原「はいはい……え?学校だけど?…………あ……あー! ごめん すぐ帰るよ!」ピッ


佐藤「どした?」


勅使河原「悪い、ちょっと今日家の用事あるの忘れてた! 俺帰るわ!」バタバタ


 ごめんなー!

 と言い残して、勅使河原は慌ただしく部室を出て行った。


桜木「チッ……佐藤くんは、せっかくですから召し上がって行って下さいね」


佐藤「あ、うん……」ズズ…


 お茶に口をつけながら、僕は奇妙な感覚に囚われてい た。


 何か……。


柿沼「これもどうぞ……」


佐藤「ありがとう……」ズズ…


 何だろう――――


白粉「そうだ、お見せしたいものがあるんです」


佐藤「……何?」ゴクン


 ――――取り囲まれた……?


 ような――――?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:26:50.65 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「これ、私たち歴代のHP部員が獲った月桂冠のシールなんです……」


佐藤「へぇ……凄い……僕まだ――――?」フラッ


 白粉さんが見せてくれたのは、一冊のファイル。

 中には、無数の月桂冠シールが貼られていた。

 まだ一度も獲った事のない月桂冠シールがこれほど大量に貼られている様は僕にとっては圧巻――――
 

 なのだが、なんだ――――


白粉「どうしました? 佐藤さん……」


佐藤「いや、なんか――――」


 急に、眠気が――――


柿沼「フッ……」

桜木「…………」ニヤッ


佐藤「う――――」


 意識が――――……


 ドサッ


白粉「…………」ニチャア


  *

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 01:29:19.89 ID:6In1ZKZSo<> 今日は以上です
また明日来ます

白粉先生に仲間が欲しかったのでこんなことになりました
柿沼さんは調べたら二次で前例があるようですが <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 01:40:22.83 ID:2kIy5R0jo<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 01:53:34.59 ID:8PEO1Q/qo<> ついに来たか乙!
これからまた楽しみ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 03:11:17.66 ID:BA479g8no<> 乙待ってたぜ
この学校狼率が凄まじいな

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:11:25.12 ID:6In1ZKZSo<>
 3月に初めてお見かけした日から……目をつけていたんです……。


 ふふ、わたしはマッチョにはそれほど興味はないんですけど……。


 わたしも、カップリングありきというか……望月くんとか辻井くんとの絡み前提でなら……。



 きゅふふ……



 いえいえ、佐藤さんの体は絶対に一見の価値ありですよ……。


 白粉さんがそこまでおっしゃるなら……。


 では、そろそろ……。



 きゅふふふ……



 脱ぎ脱ぎしましょうね〜。


 わたしは上を……。


 わたしは下を……。



 きゅふふふふ……

 きゅふふふふふふ……



 あらあらあら!


 まあまあまあ!


 ほぉ……これは……想像以上に……。



 きゅふふふふふふふ!


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:14:32.43 ID:6In1ZKZSo<>
 男の子ってすごい……!


 惚れ惚れする胸板……腕も凄く……太い……です。


 見事。見事です……中学生にして、よくぞここまで練り上げました、佐藤さん……では『資料収集』に移りましょうか……。



 きゅふふふふふ!

   パシャ! パシャ!

 きゅふふふふふ!

  パシャ! パシャ!



 …………。


 …………。


 …………。



 きゅふ……。



 ……イッちゃう?


 イッちゃいますか……。


 当然です。最後の花園を見なければ、薬まで盛った意味がありません。



 きゅふ……!



 さあ『最後の一枚』を……ていうか、佐藤くんこれ……!


 まさか……!?


 さっきまで勅使河原さんとじゃれていたから……!?



 きゅっふう……!?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:17:01.88 ID:6In1ZKZSo<>
 意識もないのに……!


 佐藤くんの佐藤くんがstand by oneselfして……!?


 いや……いや、これはハーフ……フルではないはず……佐藤さん程の殿方がこの程度な訳が……。



 きゅっふふぅ……。



 まぁ、中を見ればわかりますよね……。


 ですね。それでは、最後の一枚……。


 脱ぎ脱ぎしましょうね〜。



 きゅふ――――




佐藤「――――ッ!!」ガバッ

桜木・柿沼「!」

白粉「チッ」



佐藤「…………」

桜木・柿沼「…………」

白粉「…………」



佐藤「…………何してんの?」

 何で、僕裸で……。

 パンイチで……。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:19:49.02 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「…………」

桜木・柿沼「…………」

 
 何で白粉さんは……いや、白粉は僕のトランクスに手をかけてるの……?


佐藤「桜木さんと柿沼さん……その『カメラ』は一体……」

桜木「あ、これですか? せっかくだから使い捨てのカメラなんかじゃなくて、本格的なもので撮りたいと思いまして」ニコッ

柿沼「ええ、お父さんから借りてきたんですよ」ニコッ


佐藤「ふーん…………へぇ…………えっと、あとさ」


桜木「なんでしょう?」


佐藤「白粉、お前なんで僕のパンツ脱がそうとしてんの?」


白粉「…………チッ」

桜木「はぁ……」

柿沼「…………」


佐藤「…………ねえ、そのカメラで『ナニを』撮ろうと ――――」


白粉「――――散ッ!」

桜木・柿沼「ッッ!」バッ!


 ガラッ!

 ピシャッ!


佐藤「!?」

 
 僕の質問を遮り、突如白粉の号令。

 即応し、瞬時に部室から逃げ出す桜木、柿沼。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:22:25.74 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「ッッ!」ササッ

佐藤「!??」


 白粉は何故か、素早く僕の制服を拾い――――


 ガラッ!

 ピシャッ!


 小動物じみた機敏な動きで退室。


佐藤「おい待て! 僕の制服!」

 慌てて後を追おうと扉に手をかけだのだが、そこで僕は気づいた。

佐藤「おいおい……なんて格好だよ、僕……!」


 おそらくは寝ている間に制服を剥ぎ取られたのだろう、 僕は裸にトランクス一枚という格好だった。

 しかも、あの3人の内誰がやったのかは不明だが、僕はパンイチに、何故か上履きだけを履かされていた 。


 装備はトランクスと上履きのみ。


 靴下は脱がされているのに彼女たちは何故、裸足に上履きだけを履かせたのか……。

 まったくもって不可解だったが、そこにドス黒い何かを感じずにはいられない。

 男の中には裸なのに靴下だけは履いているという状態にエロスを見出す輩がいるが、これはその亜種……?

 この格好が『裸上履き』というハイレベルな『コスチューム』である可能性に思い至り、僕はこのままの状態で廊下に飛び出す事を躊躇した。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:25:09.92 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「くっ……! どうすれば……!」


 扉に手を掛けたまま僕は、ダラダラと冷や汗を流した。

 放課後とはいえ、まだ校内に人は多く、しかも場所は文化部の部室がいくつかある旧校舎である。

 僕が知っているだけでも第二図書室の現象部に美術部、そしてこのHP部の部室が存在し、現在も多くの部員が活 動している。

 そんな中にこの変態じみた格好で飛び出し、あの3人を追う……!?


 馬鹿げてる……!


 まだ転校して来たばかりで今日が登校2日目だというのに、こんな全力でパブリックエネミーしちゃってる格好で 校内を走り回るなんて、そんな真似が出来る訳がない……!


佐藤「……! そうか! 白粉の狙いは!」


 奴が僕の制服を持ち去った理由……!

 自分たちを追って来れないようにするためか……!


佐藤「白粉……! あの緊急時によくそこまで……!」


 どうする……!

 このままここで立ち呆けていては奴らの思い通り。

 かといってこの格好で室外に飛び出しては、この先一年間の夜見北での生活を暗黒に染め上げる強烈なインパクトを級友たちに与えてしまうだろう。


 駄目だ、身動きが取れない……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:27:47.01 ID:6In1ZKZSo<>
 どうする……どうすればいい……!

 誰かに助けを求めるか……。

 
 著莪……は駄目だ。

 奴ならこの状況を面白がり、公衆の面前で、僕を『転校生の佐藤くん』たらしめている最後の砦であるトランクスをずり下げ、腹を抱えて爆笑するくらいの事はやってのける。

 その結果僕は『転校生の佐藤くん』から『変態の佐藤』 あるいは『女子に性的なイジメを受けた情けない変態の佐藤』に成り下がる事だろう。


 著莪は駄目だ。

 救援を求めリスクを引き込む愚は犯せない。


 一番頼りになる高林くんは病院、勅使河原は家の用事があると言っていたし、見崎は普段の争奪戦の時から僕をことある事に変態呼ばわりするから著莪と同じ理由で呼べない。


 残るは望月……彼しかいない。

 望月は現在同じ校舎の中にいるし、PHSも持っている。

 携帯で連絡を取って、彼に何か着るものを持ってきて貰うしか――――


佐藤「!」


 ――――って!

 駄目じゃん! 携帯制服のポケットの中じゃん!

 服ごと持ち去られてんじゃん!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:31:35.90 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「〜〜〜〜ッ!」


 な、なんてこった……!

 万策尽き果てた……!


佐藤「…………」


 しばし裸上履きで黙考。

 しかし、この状況を打開する良案は浮かばなかった。


 それどころか、このまま裸上履きでこの部屋にいては、 2年生部員の勧誘に行っているというHP部部長、槍水仙さ んが戻ってきてご対面してしまうという新たな懸案が浮上してしまった。

 女子部員しか在籍していない部の部室で裸上履き……。

 どう頑張っても言い訳不能な状況である。

 変態のそしりは免れない。

 その上槍水さんとお近づきになりたいという、細やかな希望の芽も摘み取られてしまうことになる……!


佐藤「くそっ、あいつら……!」


 恐ろしい……!

 何が恐ろしいかってジョジョ……!


 これだけの事をされたのに『イジメを受けた』という印象を自分がまったく持っていない事が恐ろしい……!

 
 転校して来たばかりの僕に薬を盛り、服を剥ぎ取り裸を写真に収めるというその行為は、おそらく『悪意』によって成されたものではない。


 僕自身、信じ切れない可能性ではあるが……。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:34:17.32 ID:6In1ZKZSo<>
 彼女たちは、どちらかといえば『好意』で僕にこんな事をした……。


 そんな風に感じられてならない。

 おぞましいのは、その好意の質である。


 彼女たち各個人が、異性である僕に向けた純然たる好意ではなく……『ある特定の趣味人』として向けた好意であるという点だ。


 あの3人がホモが好きなのは疑う余地がない。


 地元の同級生にもちょっと怪しい子はいたし、ネットでその手の趣味人と交流のあるネネから少し話を聞かされていたので、僕は彼女たちの邪気を察知する事ができた。

 極めてマイノリティな趣味であるから、勅使河原や望月、高林くんが気付けなかったのも無理はない。

 普通は思いもしないだろう、まさか女性に薬を盛られて脱がされるなんて、考える訳がない。

 というか、奴らは勅使河にも一服守ろうとしていたが、その場合はどういった写真が撮影されていたのだろう か……。


 まさか意識のない僕と勅使川原をからめ――――


佐藤「なんていう……」ブルッ


 よそう……。

 考えるだけで恐ろしい。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:36:09.10 ID:6In1ZKZSo<>
 今はこの状況をどうするか、だが……。

 ……どうしよう?

 窓から出て著莪家に向かう?


 駄目だ。無理だ。


 人に見られるリスクを増やしてどうする。

 校舎の中を歩くことさえ躊躇しているというのに、外なんて歩けるかよ……!

 助けは呼べない、この格好で外に出るのは論外。

 このままここいても槍水さんと鉢合わせ……。


佐藤「くっそ……!」ダンッ


 八方塞がりな状況に苛立ち、テーブルを叩く。


 ――カチャ


 衝撃で、お茶のカップが揺れた。


佐藤「この中に……ッ!」

 
 この中に僕を眠らせた薬が……!

 なんて卑劣……!


 なんという邪悪!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:38:30.73 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「くっ……!」ギリリッ


 なんで……僕がこんな目に合わなければならないんだ……?


 だんだん……『ムカっ腹』が立ってきたぞ……!


 なぜあの変態どものために僕がビクビクして『お願い神様助けて!』って感じに立ち往生しなくちゃあならないんだ?


 どうして……。

 ここから無事に帰れるのなら『下痢腹かかえて公衆便所を探しているほうがズッと幸せ』って願わなくっちゃあならないんだ…………?


 ちがうんじゃあないか?

 『逆』じゃあないのか?


 僕は断じて女の子に一服盛って裸の写真を撮るなんて卑劣な真似はしないが…………。


 『仮』に。


 仮に『やる』か『やられるか』……このどちらかの立場に立たされるなら……その『運命』に抗えないというのなら…………。


 『やる』側に立つべきなんじゃあないのか?


 男なら……!


 『やられる』側ではなくッ!

 『やる』側に立つべきなんじゃあないのかッ!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:40:50.17 ID:6In1ZKZSo<>
 これでいいのか! 佐藤洋!


 裸を撮られただけでなくッ!

 男の尊厳まで踏みにじられてッ!

 そのうえ世間体を気にしてコソコソ卑屈に逃げ回って!!


 お前はいつからそんなに情けない男になった!


 違うだろう!

 断じて違う!


 違うはずだ!


佐藤「僕の『取るべき行動』はッ!」ダッ!


 ――――ガラッ!


 桜木、柿沼、白粉――――!


佐藤「貞操の危機におびえて逃げ回るのは『変態ども』ッ! きさまらの方だァーーーッ!!」タダッ!


 僕は裸上履きで廊下に飛び出した。


 何かが大きく間違っている。

 歯車が狂い始めている。


 その自覚はあったが、男として、裸で廊下を掛けない訳にはいかないのだった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:44:56.34 ID:6In1ZKZSo<>
   *


 薬を盛られて脱がされた……ここまでやられたんだから、ちょっとくらいお返ししてもいいよね?


 具体的には、制服を取り返すべく揉み合いになって、あんな所やそんな所にタッチしちゃったり……『少し』彼女たちの制服が乱れちゃったりしてもしかたないよね……?


 うん……仕方ない……。


佐藤「仕方ない…………よなぁッ!」


桜木「ひっ……!」


 桜木ゆかり!
 

佐藤「待て! 僕の制服を何処へやった!」


桜木「知りません! 白粉さんがどこかへ持って行きました!」


 旧校舎の木製の床を軋ませ、僕は桜木を追っていた。

 廊下に出てすぐ、ある教室から出てきた桜木と鉢合わ せ、最初のターゲットを桜木に定めた。

 発見時距離があったため、まだ捕獲には至っていないが、僕のリスク(トランクスの裾からジュニアがボロリす る)を恐れぬ猛ダッシュで差は急激に縮まっていた。


佐藤「制服だけじゃない! フィルムも回収させて貰う!」


桜木「あれは駄目です! わたしの写真です!」


佐藤「僕の写真だろうが!」

 僕のヌード写真だろうが!


桜木「お、お父さんのカメラですし! それに佐藤さんのはだ――写真以外にもまだ現像してないフィルムが!」


佐藤「僕以外にも被害者がいるの!?」

 常習犯かよ、お前ら!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:48:11.58 ID:6In1ZKZSo<> 桜木「被害者だなんて! わたしたちはそんなつもりじゃ ……! わたしたちはただ……!」


佐藤「……!」

 やはりこいつらに悪意はないのか……!


桜木「えっと、えっと……! とにかく違うんです!」


佐藤「何が違う!」


桜木「誰にも見せませんから!」


佐藤「そういう問題じゃない! 自分たちが同じことをされたら――――」


桜木「?」


 そうだ……。

 そうだよ……もうさ、口で言ってもわかんないんだよね? きみたち……。

 ならさ、身を持ってわからせるしかないよね?

 無理矢理脱がされて……裸の写真を撮られる心の痛みをさ……!


佐藤「ふひっ」


桜木「!?」ゾクリ


 やられたことはやり返さないと……!


佐藤「もういい、実力行使だ! 桜木さん! 写真と制服、そして『男の尊厳』は無理にでも奪い返す!」


 なぁに、下着までは取りゃしないさ!

 男女平等!

 これでイーブンだ!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:50:45.07 ID:6In1ZKZSo<> 桜木「ひえっ……とにかく、フィルムはお渡しできません!」


 廊下の角を曲がる桜木。

 彼女はそれほど足が速くない。

 曲がり角で減速するタイミングは僕にとって好機だった。


佐藤「逃がさん!」

 加速して追い詰める!



桜木「あっ」

???「ん? 桜木さん、どうしたんだい? そんなに慌 てて……」



佐藤「! しまった!」

 角の向こうで人の声。

 この声は確か――――



桜木「助けてください! 風見くん!」



 やはり――――!

 駄目だ! 加速しすぎて急停止できない!

 この格好を晒してしまう――――!


 ズザアアアッ!


佐藤「〜〜〜〜ッ!」ピタッ

 右足を伸ばし左膝を折り、コンパスで円を描くように床を滑り、なんとか桜木に飛びかかろうとしていた勢いを殺す。


桜木「!」


風見「…………は?」


 突如として曲がり角の向こう、桜木の背後から現れた半裸の僕に、呆気に取られる風見くん。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:53:32.12 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「くっ……!」

 しまった!

 見られた……!


風見「えっと……何してるんだい? 佐藤くん……そんな格好で……それに桜木さん、助けてって一体……」


佐藤「これは――――」


桜木「! 助けてください風見くん! 追われているんで す!」ギュ


風見・佐藤「!」


 僕の弁明を遮り、風見の手を取り必死に哀願の表情を作る桜木。

 この女……!

 半裸の僕と必死に逃げる桜木さん。

 事情を知らない者が見れば、僕は痴漢にしか見えないだろう。

 桜木の奴……!

 変態のくせに僕を変態に仕立てるつもりか!


佐藤「違う! 僕は被害者だ! この格好は彼女たちが ――――!」


風見「…………桜木さん」

桜木「は、はい」


佐藤「クッ、聞いてくれ風見くん!」


風見「逃げて。この場は僕に任せてくれ……」


桜木「! はい! ありがとうございます!」タッ


佐藤「風見くん!」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:55:52.08 ID:6In1ZKZSo<> 桜木「――――フッ」ニヤッ


佐藤「!」


 風見くんの背中越しに、不敵な笑みを浮かべて走り去る桜木。

 悪魔め――!


佐藤「おい待――――」


風見「佐藤くん……」


佐藤「!」


風見「いや……佐藤……」クイッ


 風見くんは片手で眼鏡を持ち上げ、僕を呼び捨てにした。

 転校生への気遣いなんてもういいや……言外にそう言われた気がした。

 恐れていた事態。

 僕の中学生としての社会的地位の崩壊……!

 だがまだだ!

 『変態の佐藤』誕生だけは阻止しなくては!


佐藤「違うんだ! これは桜木さんや白粉に――――」


風見「…………彼女たちに……?」


 風見くんは冷たい目でこちらを睨んだ。

 一応弁明だけは聞いてやろう、そういう表情だった。

 苦しいが僕の身に起こったことをありのままに話すしかない。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 21:57:46.69 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「っ……その、薬を盛られて……眠らされて……」


風見「は?」


佐藤「ふ、服を脱がされて……」


風見「はぁ!?」


佐藤「ひっ……」ビクッ

 うう……!

 ありのまま説明しているだけなのに……!

 風見くんの表情が怒りに歪んでいく……!

 怖いよこのクラス委員!


風見「それで!」


佐藤「うっ……それで……写真を撮られました……」


風見「写真!?」


佐藤「はい……裸の……」


風見「桜木さんが? お前の?」


佐藤「はい……あ、あと、白粉さんと柿沼さんも……」


風見「ふぅん…………へぇ…………佐藤さ」


佐藤「はい……」


風見「僕を舐めてんのか」


佐藤「…………」

 やはり、こうなるか……。

 しかし、これで諦めるわけにはいかない。

 誠心誠意、丁寧に説明して、誰が加害者で誰が被害者なのかを明確にしなければ……。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:00:34.98 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「ち、違うよ、風見くん。僕はそんなつもりじゃあ……えっと、最初から説明すると、まず白粉さんがHP部の部室を見せてくれるっていって、市外の高校の話とかしてて――――」


風見「それで、お茶か何かを出されて、その中に薬が盛ってあった……と?」


佐藤「! そう! そうなんだ、それで眠らされて……」


風見「ふぅん…………ふっ……くっ……ははっ!」


 可笑しそうに首を捻り、笑いを漏らす風見くん。

 何故だかわからないが、態度が軟化した……?

 僕の話を信じてくれるのだろうか?

 もしかしたら彼女たちの性癖はクラスの人間に知れ渡っている?

 あり得る話だ。

 よく考えたら『かざ×てし』のかざって風見くんのことなんじゃないのか?

 風見くんもかつて奴らの餌食になったことがあるとか……。

 よくわからないが、とりあえず風見くんに調子を合わおこう。

佐藤「……ははっ、ほんと、わけわかんないよね……あはは――――」



風見「笑うなァッッ!!」



佐藤「ひぃっ!」ビクッ <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:02:42.71 ID:6In1ZKZSo<> 風見「笑えねぇよ! 桜木さんに白粉さんに柿沼さんだと!? あの大人しい3人がそんな事する訳ねぇだろう が!」


佐藤「でも――!」


風見「でももへったっくれもあるか! 『僕のゆかり』が ――――」


佐藤「!?」

 『僕の』?  『ゆかり』?


風見「てめぇの汚い裸なんか見たがる訳ねぇんだよ! まして写真に収めるなんて!」


佐藤「! まさか……!」

 二人は付き合って……!?


風見「僕のゆかりを変態呼ばわり……それも性犯罪者クラスの……あり得ない……あり得ないよ……佐藤。とんでもない侮辱だ。こんな事が許されていい訳がない……」


佐藤「……!」ゴクリ

 いや……この感じは違う。

 付き合っているのではなく……!


風見「佐藤……僕は君を許す訳にはいかなくなった……ゆかりの良き友人として……未来の恋人……将来の夫とし て……!」


佐藤「……!」

 やはり片思い……それも色々とこじらせちゃってるタイプの……!

 桜木の先ほどの不敵な笑みはこういう事か……!

 桜木の奴、風見くんの気持を知っていて利用しやがったな……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:07:22.95 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「風見くん……! 本当に違うんだ! 僕は何もやましい事はしていない……! 信じてくれ……!」


 無駄を悟りながらも僕は、弁解を諦めなかった。

 このままでは被害者同士の潰し合いになる。

 奴らの手の平で踊らされてしまう!


佐藤「風見くん! 桜木さんは君を利用――――」


風見「――――もう黙れ」

佐藤「!」

 風見くんは2メートル程離れていた間合いを瞬時に詰 め、その端整な面立ちを僕の鼻先に突きつけた。


佐藤「なっ! 速――!」

風見「クラスに紛れ込んだ《変態》は、クラス委員の僕が処理する」ガシッ


 僕の肩を掴む風見くん。


風見「去勢してやるよ!」ブオッ

佐藤「うおっ!?」


 風見くんの膝蹴り。

 僕は腰を引いてそれを回避。

 僕の股間のあった位置を、風見くんの膝が掠めた。


佐藤「風見くん……!」

風見「ちっ!」


 本気じゃないか……!

 スーパー以外の場所でこんな殺気を感じたのは初めてだ!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:10:42.71 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「ッ……く! 去勢なんて!」バッ

風見「!」


 肩に掛けられた手を振りほどく。


佐藤「――される謂れはない! 目を覚ませ! 君は彼女たちに騙されているんだ!」

 僕は変態じゃない!

 変態は僕じゃない!


風見「……それでもいい」


佐藤「!?」


風見「『仮に』君の言う事が真実だとして……ゆかりが変態で君が被害者だったとしても……ゆかりは僕に助けを求めた。なら、僕は彼女を助ける。それだけだ」


佐藤「! 風見くん、君は……!」

 僕はこの時、彼の説得を諦めた。


 風見くんには、僕の言葉は届かない……!


風見「真実なんてどうでもいいんだよ、佐藤。 君は半裸でゆかりを追い回した。それだけでもう、君は僕の敵だ」


佐藤「……僕は変態じゃ……ない」

 僕に言えるのはもう、そんな事だけだった。


風見「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 どちらでも、僕のやることは変わらない」


 構えを取る風見くん。

 その気配は、まるで半額弁当を目の前にした狼のようだった。


 彼は、やる気だ。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:12:59.84 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「…………馬鹿野郎が」


 僕もまた構えを取り――――


佐藤「――――」クルッ


 風見くんに背を向け――――


風見「! 佐藤!」


佐藤「――――ッ」ダッ

 
 ――駆け出した。


風見「待て! どこへ行く!」


佐藤「逃げるんだよォォーーーーッ!!」


 スーパーでもない場所で戦えるか!
 

 こうなったら奴らの悪行の証拠……僕の裸が収められたフィルムを奪取し、身の潔白を証明するしかない!


 まずは白粉を探して制服を取り返す!


 セクハラのお返しはまた後日ということで!


  *

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:13:51.22 ID:6In1ZKZSo<> 休憩
今日中に書き溜め全部投下します <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 22:14:50.68 ID:8yQak80eo<> 一旦乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 22:23:15.93 ID:BA479g8no<> 乙
腐女子ども怖え
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/25(木) 22:25:04.96 ID:rymj9o+zo<> 乙です <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:45:49.83 ID:6In1ZKZSo<>
 きゅふふふ……


 きゅふふふ……


 きゅふふふ……



佐藤「どういうつもりだ……? あいつら……」


 風見くんを振り切り、立入禁止のテープで封鎖された階段の前に差し掛かると、上階からあの可愛らしくもお ぞましい笑い声が……。


 何故、校舎の外に逃げない……?

 半裸の僕は外までは追っていけないというのに……。


 きゅふふふ……


 きゅふふふ……


 きゅふふふ……


佐藤「…………」ゴクリ

 上にいるのがあの3人だとわかっているのに、階段を昇るのを躊躇してしてしまう。

 旧校舎に木霊する笑い声、その主である彼女たちが、僕には何か……宇宙を乱す物の怪の様に感じられる……。


風見「佐藤ォーーッ! どこへ行った! 大人しく僕に裁かれろ!」


 風見くんの怒声。

 激しく床を軋ませ、こちらに近づいてくる。


佐藤「! くそ! 昇るしかない!」


 僕はテープを乗り越え、階段を上がった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:49:05.79 ID:6In1ZKZSo<>
 きゅふふふ……


 きゅふふふ……


佐藤「どこだ……教室の中か……?」

  
 廊下に奴らの姿は見えない。

 逃げ場のない上階に向かった意図が掴めず不気味だが、 風見くんがいる以上、僕も後には引けない。



 きゅふ――――


 ガタッ

 タタタッ


佐藤「!」


 ある教室から、笑い声と物音。

 音のした教室の前に走る。


佐藤「……ていうか……ここって……」


 階段を昇って三番目の教室……。

 ここって、旧校舎が現役だった頃に3組だった教室なんじゃ……。

 プレートがないから断定はできないが、多分そうだよな……。


『ミサキって知ってる?』


佐藤「…………」

 烏頭の陰気な語り口がフラッシュバックする。

 烏頭とは春休み中、何度かスーパーで戦い、心身ともにいくつかのトラウマを植え付けられていた。

 烏頭に聞かされた、幽霊譚などの怪談よりもさらに即効性の高いグロ系の話までついでに思い出してしまった。


佐藤「うぅ……」

 あいつら……。

 今年は〈ない年〉だからって悪趣味な場所に潜伏しやがって……。

 糞っ!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:51:52.34 ID:6In1ZKZSo<>
 ガラッ


佐藤「白粉!」

 僕は扉を開け放ち、叫んだ。


白粉「! サイト――佐藤さん……」

桜木・柿沼「!!」ササッ


佐藤「?」

 中には案の定、3人の変態が……。

 桜木、柿沼が何かを隠したが……何だ……?


白粉・桜木・柿沼「ッ!」ダッ


佐藤「! 待て! 落ち着け!」

 逃げようとする3人を制止する。


白粉・桜木・柿沼「…………」ピタッ

 
 立ち止まる3人。


佐藤「もう、わかった。お前たちがイジメ目的で僕の裸を撮った訳じゃないことはなんとなく……わかる。だから、 写真を返せとは言わないから、制服だけは返してくれ」


白粉「…………本当に? 後で返せって言いません?」


佐藤「ああ、言わないよ。とにかく、こんな格好じゃ家にも帰れない。写真は諦める。これで手打ちにしようじゃないか。お前らのことも誰にも言わないよ」

 嘘だけどね。

 とりあえず制服を取り戻すための方便だ。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:54:25.12 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「…………わかりました。私たちもさすがに制服を奪ったのはやりすぎたと話していたところですし……」



 サトー! ドコダー!



佐藤「……それと桜木さん、下で叫んでる風見くんの誤解を解いてくれ……もう僕、完全に変態認定されちゃってるから……」


桜木「はい、わかりました……ふふっ、それにしても……」


佐藤「?」


桜木「あんなに怒ってるのにここまで昇って来ないあたり、風見くんらしいですね。真面目というか臆病という か……」


 愛おしげに微笑む桜木さん。

 どうやら彼を利用したことにも悪気はないようだ。


佐藤「……桜木さんさ、新参者の僕がこんなこと言うのもなんだけど……そういうの、良くないんじゃない?」

 本来なら第三者の僕が口を出す問題ではないが、風見くんが不憫でつい言及してしまう。


桜木「? そういうの?」


佐藤「いや、風見くんってさ、明らかに桜木さんのこと ――――」


桜木「――――めです」ボソッ


佐藤「?」


桜木「――駄目なんなんです! 風見くんは勅使川原くんと『仲良し』なんです! わたしなんか、わたしなん か……!」


柿沼「……」ウンウン

 切迫した様子で叫ぶ桜木、神妙な面持ちで頷く柿沼。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 22:56:36.06 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「あ、ああ……わかった悪かったよ、余計なこと言って……」

 想像よりも遥かに彼女たちの業は深いようだ。

 これ以上踏み込むと、何がどう『仲良し』なのか詳しく解説しかねないので、もう桜木さんを刺激するのはやめて おいた。


白粉「風見さんと勅使川原さんは幼馴染でしてね? 同じ幼馴染として嫉妬した佐藤さんと風見さんで勅使川原さんの取り合いになる……つまりは恋の鞘当て……いや、竿あ ――――」


佐藤「黙れ」グイッ

白粉「あうっ」

 白粉の後ろ髪を引っ張って黙らせる。


佐藤「もうわかったから早く制服を返せ!」

白粉「は、はい! どど、どうぞ!」

佐藤「まったく……!」

 白粉の差し出した制服を受け取り、シャツを広げる。


佐藤「…………ん?」


白粉「ど、どうしました?」

桜木・柿沼「…………」


佐藤「いや、なんか……僕のシャツ、綺麗になっているような――――あ……」


 ――――ない。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:00:21.93 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「ない……」


桜木・柿沼「……!」

白粉「? け、携帯でしたら学ランのポケットに……」


佐藤「いや……そうじゃなくて……」


 今朝こぼしたコーヒーのシミが……ない。

 
 どうせ学ランで隠れるし、時間もなかったからそのまま出てき たんだけど……。


 これはどいうことだ……?


 まさかこの3人が洗濯しておいてくれたなんんてことがある訳がないし……そんな時間もない。


 一つだけ――――


 一つだけ、考えられる可能性がある。

 しかし、何故そんなことをするのかがわからない。

 『そんなこと』をして、一体彼女たちにどんな得があるというんだ……?


佐藤「桜木さん、柿沼さん……その背中に隠した紙袋……中身は何……?」


桜木・柿沼「…………えと、これは……」

白粉「チッ……意外と鋭い……」


佐藤「ッ! やはりその袋の中身は――――!」


白粉「行って!」

桜木・柿沼「ッ!」バッ


 ガラッピシャ!


佐藤「あっ! おい――――!」

白粉「ッッ!」ササッ

佐藤「えっ!? アッ、なんで――!」


 ガラッピシャ!


佐藤「おい!」

 白粉の合図で速やかに逃走する桜木・柿沼。

 そして白粉は何故か、僕に渡した制服を再び奪い、一人遅れて逃走した。


 ただし――――

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:04:51.01 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「なんでこんなこと……!」


 学ランのみを、僕の手元に残して――――


 これは一体どういうことなんだ……!?

 何故学ランだけを……携帯か?

 高価な携帯だけをとり あえず返すため?

 いや、しかし僕の推測が正しいのな ら……この制服は……。


佐藤「…………」バサッ

 裸上履きの上に学ランを羽織ってみると、案の定……。


佐藤「…………」ダボッ

 サイズが合わない。

 丈が長すぎてトランクスが全て隠れてしまい、まるで裸の上に学ランだけを着ているような感じになってしまって いる。

 袖も長すぎて指先しか出ない。


 これは明らかに僕の制服ではない。


 何を目的にしているのかは不明だが、これは奴らが用意したダミーで、本物は桜木と柿沼が隠し持っていた紙袋の中……!
 

佐藤「糞ッ! 何だってそんなに僕の制服に執着するんだ!」

 奴らは『僕が着ていた』制服を欲している……?

 他に理由が思いつかない……。

  
 しかし、僕の中の常識がそれを否定する。


 男が女の着ていた衣服に関心を示すというなら、それが性的に逸脱した欲望だとしても、男が女に向けた欲望という点だけは理解できなくもない。

 
 だが奴らは……なんなんだ……。


 他に可能性が思いつかないのに、それでも同年代の女子に自分の衣服が盗まれたという現実に頭がついていかな い。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:08:20.28 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「……あっ、携帯は……!」

 ポケットの中には一応白粉の言っていた通り携帯が。

 これで今度こそ助けを呼ぶか?

 いや、そんなまどろっこしいことは考えていられない。

 奴らが近くにいる内に捕まえて制服を取り戻す!


 ガラッ


佐藤「待ておしろ――――」



白粉「本当に――――」



佐藤「!?」

 教室を出ると、逃走したかに思われた白粉が扉のすぐ前に立っていた。



白粉「期待を裏切らない方ですね……まさか、こうも上手く事が運ぶなんて……」



佐藤「なっ、何を――――」

 このプレッシャーは……!

 殺気……いや、邪気……!

 さっき教室で感じたのと同じ……!

 
白粉「お似合いですよ……」ニチャア



佐藤「ハァッ  なん……だと……? ハァッ ハァーッ まさか……! ハァーッ」



白粉「『その格好』……裸の上に学ランだけ着ているみた いで……ええ……とっても『お似合い』です……」



佐藤「〜〜〜〜ッ!」ゾクリ

 そうか――――!


 こいつらの目的は僕の制服を奪うことではなく――――!


 僕の装備を『裸上履き』から『裸学ラン』にランクアップさせるのが狙い――――!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:14:26.40 ID:6In1ZKZSo<>
 とりあえず肌が隠せる安心感で何の疑問も持たずに着てしまった……!


 ということは……!


 逃げ場のない上階に潜伏したのも、説得に応じるそぶりを見せたのも――――


佐藤「ハァッ、ハァーッ! ッ……! 桜木が部室の傍にいたのはまさか……!? ハァーッ!」

 遠くへ逃げる時間があったにも関わらず、桜木が旧校舎の……それも部室のすぐ近くにいたのは……!


白粉「ええ、わざとです。本当はあのまま桜木さんがあなたをこの『旧3組』の教室までおびき寄せる手筈だったのですが……まぁ、結果的に風見さんが佐藤さんをここまで追い立ててくれましたね……」クスッ


 ――――パシャッ!

 パシャパシャ――――!!


佐藤「!」


桜木・柿沼「…………」ニヤッ


佐藤「桜木……柿沼……!」

 脇に控えていた2人に裸学ランの写真を撮られた……!


白粉「全てはこのため……佐藤さんに『裸学ラン』になって頂くための布石……薬で眠っている間に全て済ませられれば、こんな回りくどい手は必要なかったのですがね……目覚めてしまった時のために用意しておいたサブプランが役に立ちました…………勿論『裸上履き』で校内を駆け回る佐藤さんのお姿も――――」


柿沼「撮らせて頂きました。ブレるといけないので、ビデオで」ニコッ


佐藤「ハァッ ハァーッ ハァーッ あ、悪魔……! 悪魔め……!!」


白粉「……悪魔にもなりましょう……佐藤さんの公衆の面前での筋肉の躍動、佐藤さんの素敵なコスチュームプレイ……それが見れるなら、それをフィルムに焼きつけられるなら……私は鬼でも悪魔にでもなりましょう……!」


佐藤「狂って……腐ってやがる……!」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:17:14.48 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「ふふっ……桜木さん、柿沼さん、行ってください」


桜木・柿沼「はい」タタッ


佐藤「な、おい、制服――――!」


白粉「まだですよ、佐藤さん。まだ、もっともっと、その恥ずかしい格好でこの旧校舎の中を右往左往して頂きま す。どうか――――」ダッ


佐藤「! 白粉!」


白粉「私たちを追ってきて下さい――――佐藤さんの写真が確実に私たちの手にあり続ける保証なんてどこにもないんですからね……」


 去り際にこちらを振り返り、不吉な捨て台詞を残していく白粉。

 そのままハムスターのように廊下を駆け、階段を降りていった。


佐藤「! うっ……ぐ……!」

 白粉の奴、僕を脅して……?

 行くしかないのか……?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:20:23.10 ID:6In1ZKZSo<>  
 いや待て、挑発してくるということは、この先にも何か罠があるのは確実……。

 それに風見くんの態度から察するに、奴らの性癖は公にはなっていない。


 考えてみれば当然の話だ。

 奴らにだって世間の目を気にする常識くらいはあるだろうし、この夜見北での、そして世間の狭い夜見山市での生活があるのだ。

 ホモ好き、そしておそらくはマッチョ好きである趣味なんて大っぴらにする訳がない。

 奴らが僕の写真を衆目に晒すということは、奴らもまた自分たちの性癖を世間に晒すリスクを侵すということ ――――


佐藤「……」

 ――いや、そうでもないか……。

 奴らは撮影した写真を匿名で掲示板にでも貼り出せば、それだけで、ノーリスクで僕を変態に貶めることが出来る……。


 白粉の去り際の言葉は、僕に自分たちを追わせるための露骨な挑発……。

 それは間違いない。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:26:41.46 ID:6In1ZKZSo<>  かといって、奴らの本懐は僕を変態に仕立て上げることではなく、僕の痴態を愉しみ、その姿を写真やビデオに収めること。


 ということは挑発はブラフ……。


 いや、だが、だからといって、奴らがいつでも僕の写真を衆目に晒す事が可能なのも揺るぎない事実なのだ。


佐藤「糞っ! あいつ……! どこまで僕を弄べば……!」


 つまりはこういうことだ。

 白粉は僕の不安を煽り、自分たちを追わざるをえない状況を演出しているのだ。

 白粉は自分たちの思惑がこちらに露見することまで計算に入れて行動している。

 僕に考えさせ、その上をいく罠を仕掛けている……。


 ……もうこれ以上、奴らを追うのは得策ではない。


 これ以上、あの3人(なんとなく主犯は白粉という気がするが)の掌で踊ることもない。

 奴らの目的は裸学ランで校内を駆け回る僕の痴態を映像に収めること…… そして、その先にそれ以上の何かが仕掛けられている可能性だってある……。

 何せ相手は、薬で眠らせている間に目的を果たせなかった場合、逃げるのではなく、僕が追っていくことを前提と した策を練る悪魔。

 世間体よりも男のプライドを選んで半裸で外に飛び出したのに、それすら奴らの書いたシナリオの一部だったの だ……。


 …………勝てない。 

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:30:29.43 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「…………」


 敗北の二文字が脳裏をよぎる。


 これ以上、奴らにお返しなんて考えるべきではない……。


 僕の社会性が、奴らを追えば追うほど下落していく。
 
 追えば追うほど、変態になっていく……。

 
 負けた、負けたんだ……僕は。


 ポケットの携帯で著莪に救援を要請して……何か着るものを持ってきて貰おう……。

 もうあの3人を下着姿に剥いて因果応報、なんて馬鹿な考えは捨てよう……。


佐藤「……」



 僕は携帯を取り出し――――



佐藤「…………ない」



 ――気づいた。



佐藤「ないッ!」



 広部さんに貰ったストラップが……!


 著莪に貰った(買わされた)ソニックのストラップが……!


 ない――――!!



佐藤「――――ッ! 白粉ィィぃィッ!!」ダッ

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:33:14.77 ID:6In1ZKZSo<>
 携帯を……!


 携帯を返したのはこういう訳か!!


 悪魔め!


 あの可愛らしいペンギンのストラップが、僕の趣味で選んだものではないことを見抜いて!


佐藤「貴様ァァァっ! この外道がァッ!」


白粉「来ましたね……」


 誰かから贈られた大事なものであることを見抜いて!


佐藤「返せ! 僕の広部さんを!!」バッ!

白粉「広部さん、と仰るのですか……『贈り主』は」


 人質に!


 地元を離れた今、僕にとっては広部さんそのものといっていい大切なストラップを!


佐藤「許ざんッッ!!」

 そのうえ、ソニックまで!!

 僕の僕らのソニックまで!!


 階段の踊り場で僕を待ち構えていた白粉に飛び掛かる。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:37:31.43 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「ふふっ……佐藤さんほどの殿方が惹かれる方です。さぞかし素敵な女性なのでしょうね……」

佐藤「ッ! 貴様ァ!」

白粉「ふふふ……」


 白粉を捕まえようと伸ばした手をスルリスルリと躱される。


白粉「さぁ、こっちですよ、佐藤さん。ペンギンさんとハリネズミさんはこちらですよ……」スタッ


佐藤「チッ! 身軽な奴め!」


 階段を飛び降り、僕を誘うように妖しく笑う白粉。
 

佐藤「待て!」

 しかし白粉の奴、ソニックがハリネズミだって知ってるのか!

 まぁ、それは今はどうでもいいか……!


白粉「ふふふ……」


 歩幅は小さいのに異様に足の速い白粉の後を追って、廊下を駆け抜ける。



桜木・柿沼「きゅふふ……」ガラッ



佐藤「!」

 白粉の前方を走っていた2人が近くの教室に入った。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:41:29.94 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「さぁ……こっちですよ……」


佐藤「……!」

 まず間違いなくあの教室に次の罠が仕掛けられている。

 どんな罠が仕掛けられているかわからない以上、白粉があの教室に入る前、あと数メートルでケリを着けなければ!

 白粉が教室に入る前に捕まえる!


佐藤「あまり僕を舐めるなよ! 白粉! 『5メートル』だッ!」


 あと5メートルでケリを着ける!


 羞恥心で僕の運動能力に制限をかけていた学ランを脱ぎ捨てる。

 コスチュームプレイの気恥ずかしさで萎縮していた体に、脱衣によって喝を入れたのだ。


 マニアックな衣装より半裸の方がずっとマシだ!


 悪魔に勝つには、僕も魔道に堕ちる覚悟を決めなければ!


白粉「サービス精神旺盛な方ですね! 筋肉美を晒して私を追って来てくださるなんて!!」 


佐藤「お前のために脱いだんじゃない! 僕は僕のために脱いだんだ!」


 貴様らの意思ではなく自分の意思で!

 学校という公の場で半裸に!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:44:24.26 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「ますます素敵な話です!」


佐藤「その余裕も――――ッ!」グッ


 親父に、爺ちゃんに幼い頃より鍛えられたこの体……!

 その筋肉の躍動が見たいというのなら……!


 見せてやる!


 腹の虫の力が物を言うスーパーでは活かせない、同年代トップクラスのこの無駄身体能力を……!


佐藤「ここまでだッ!!」バッ

 ガシッ!

白粉「!」


 こちらを振り返り筋肉に気を取られつつ走っていたせいで速度が落ちていた白粉に、全力ダッシュ(半裸)からの ヘッドスライディング(半裸)で喰らいつく(犯罪)。


白粉「ふぎゅ!」ビタンッ

佐藤「よしッ!」


 白粉の足首を掴む。

 捕獲成功。


 白粉は前のめりに倒れた。


佐藤「白粉……! 制服、フィルム、そしてストラップ は……返して貰う……!」ムクリ

白粉「ひっ……!」サッ


 白粉は、先ほど桜木たちが持っていたと思しき紙袋を懐に隠した。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:46:18.53 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「とりあえずは制服! 僕の社会性を返せ!」

白粉「やっ! 嫌です! まだ佐藤さんの、細マッチョの体臭を堪能していません!」

佐藤「ッ! お前、僕を裸学ランにするだけじゃ飽き足らず! 僕の香りまで!?」

 
 さすがにそれだけはないと思っていたのに……!

 お前らどれだけ僕にカルチャーショックを与えれば気がすむんだ!


白粉「資料なんです! 小説の資料なんですぅ!」

佐藤「小説!?」


 それはあれか!?

 つまり……その……『かざ×てし』『てし×さと』とかそういうあれか……!

 お前、妄想だけじゃ飽き足らず……!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:49:45.48 ID:6In1ZKZSo<> 白粉「『リアリティ』なんです!  『リアリティ』こそが 作品に命を吹き込むエネルギーであり『リアリティ』こそが エンターテインメントなんです!」

佐藤「お前……」

白粉「たとえば一般人なら普通気持ち悪いと言って放り投 げるだけの男子の制服! どんな縫製で男性の肉体を包み、内側のどんな箇所に匂いが付着しやすいのかとか、男子と女子の制服の細かい差異とか、小説家は見て嗅いで知っていなくてはいけません!」

佐藤「お前は……!」

白粉「体臭というものは空気に触れてはじめて香るものですが……その香りの源は体のどんな箇所から分泌されていて……」

佐藤「」

白粉「公衆の面前で衣服を奪われた男性はどんな行動を取るのかとか……! リアリティのために知っておかなけれ ばならないんです!」

佐藤「おっ、お前は露伴先生か! なんだよその検証! クモの味見よりおぞましいわ!」

白粉「? クモ?」

佐藤「と、とにかく! 僕の制服は返してもらう!」

白粉「嫌です! お願いします! もうちょっと! もうちょっとだけ!」

佐藤「ふざけんな! 僕の制服だろうが! 白粉、お前これ完全に犯罪だぞ! 大人しく返せ!」

白粉「嫌ですぅ!  私の制服! 細マッチョの体臭ぅ!」


 駄目だこいつ……!

 善悪を超越するレベルで僕の制服に執着していやがる……!

 もう強引にでも奪い返さなくては……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:52:54.78 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「この……! 寄越せって! 僕の制服!」

白粉「嫌です! 私の制服ですぅ!」

佐藤「いや、僕のだってば!」

白粉「私の佐藤さんの制服ですぅ!」

佐藤「お前の佐藤さんなんていないよ! いいから寄越 せって!」

白粉「私のですぅ!」

佐藤「僕のだよ! ッこの!」


 不毛なやり取り。

 紙袋を懐にしっかりと抱えた白粉と、床の上で揉み合いになる。

 半裸で女子を廊下に押し倒しているというのに、僕に興奮や罪悪感は微塵もなかった。


佐藤「それと写真! 僕の写真を寄越せ!」ゴロゴロ

白粉「嫌ですぅ! 私の写真ですぅ!」ジタバタ



 ガラッ



佐藤「僕の写真だろうが!」グイグイ

白粉「私の写真ですぅ!」ゴロゴロ



???「…………」



佐藤「制服ッ写真ッ! よ・こ・せっ!」グイッ

白粉「私のですぅ!」ゴロッ



???「……佐藤くん」



佐藤「!」

 ――――殺気!?
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:55:37.97 ID:6In1ZKZSo<>

 ゴキャッ!!


佐藤「――――がハッ!?」



???「怒ってもいいですか……?」



白粉「う、梅ちゃん……!」


白梅「もう大丈夫ですよ、白粉さん。この――――」



佐藤「白梅さん……!?」

 い、今の一撃は……!


白梅「この変態転校生は、私が成敗しますからね……」


佐藤「〜〜〜〜っ!」

 て、転校生は残った!


白梅「まったく、転校早々やってくれますね、佐藤くん。 まさか女子に……よりにもよって白粉さんに半裸で襲いかかるなんて……」


 汚いものを見る目で僕に歩み寄る白梅さん。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/25(木) 23:59:35.94 ID:6In1ZKZSo<> 佐藤「ち、違うよ! これは白粉たちが――――」

 
 バチンッ!


佐藤「ふげっ!」ドサッ


白梅「怒ってもいいですか?」


佐藤「も、もう――――!」

 怒ってるじゃんか!

 風見くんより問答無用じゃんか!


白梅「さすがに言い逃れはできませんよ。現行犯です。半裸で白粉さんに襲いかかり、制服を剥ぎ取ろうとした。そしておそらく、あなた……」


佐藤「なっ! ちが――――」


白梅「白粉さんの写真を撮りましたね? それも破廉恥な。それを白粉さんが取り返そうとして……」


佐藤「ちっげぇよ! 制服を剥ぎ取られた、写真を撮られたって認識で合ってるけど! 被害者と加害者が逆だ! やられたのは僕! やったのは白粉たちだよ!」

 いちおう弁解はする!

 してはみる……!

 多分……。


白梅「……あなた、私を舐めてるんですか?」


佐藤「……ッ!」

 ほらぁーー!!

 こうなるに決まってんだよ!

 僕自身、説明してて違和感ありありだもん!

 普通は逆だもん!

 女子が男子に性的悪戯なんてしないもん!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:02:14.25 ID:QXKPHXhOo<>  第三者にとっての起こり得る現実、想定、推測可能な事実は、普通に考えれば、僕が加害者で白粉たちが被害者の性犯罪事案なんだろうね!

 しかも白梅さんが目にした全て、僕が半裸で白粉にのしかかり何かを奪おうとしている様はまさしく今、白梅さんが言ったとおりの言い逃れ不可能な状況なんだもんなぁ!

 ほんと! やんなっちゃうなぁ!

 白粉たち、ここまで計算に入れて行動してんのかなぁ!

 ハハッ! してんだろうなぁ!


佐藤「信じられないかもしれないけど、本当のことなんだ! 」

 それでも諦めるわけには……!

 それでも僕はやってない!

 第三者に現場を抑えられたのはピンチであると同時にチャンスでもある。

 厳然たる事実として、僕は被害者なのだ。

 堂々と被害を訴え、白梅さんにこの窮状をなんとかしてもらえばいい。

 なんで僕のほうが萎縮して口を噤まなきゃならない!

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:06:18.06 ID:QXKPHXhOo<> 佐藤「よく考えてみてくれ! 転校してきたばかりでこんな、その後の生活が全部台無しになるような真似するわけ ないじゃないか! 僕は好き好んで女子を廊下に押し倒す ような卑劣漢じゃない!」

 苦しい!

 何が苦しいって今僕が半裸なのが凄く苦しい!

 半裸で白粉を押し倒した事実は覆らない!

 ああくそっ!

 僕にエコーズACT1があれば!

 信じて! 白梅さん!


 信じて!


白梅「…………そうですね。それもそうです。よくわかりました……」


佐藤「! わかってくれたか!」

 嘘!?

 信じてくれたの!?


白梅「ええ、よくわかりました。仕方ないといえば仕方のないことです……」


佐藤「……?」

 白梅さんの目が据わって……。

 こいつは……!


白梅「――――ッ!」

 ブオンッ!

佐藤「〜〜〜〜ッ!!?」


 白梅さんの平手を皮一枚で躱す。

 本当に……!

 白梅さん――――!


白梅「仕方のないことです。白粉さんのような可憐な女生徒を目にすれば……あなたのような野獣が自制できないのもや むを得ないこと……この時期での転校や〈現象〉なんて訳 のわからない話を聞かされたストレスもあったのでしょうしね……」


佐藤「お、白粉が可憐……!?」

 僕の目には妖の類にしか見えないけど……?

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:10:27.06 ID:QXKPHXhOo<> 白梅「でも安心して下さい。そんな時のために私がいるのです……白粉さんがあなたに襲われることは私がいるか限 りありえませんし、あなたもまた、性犯罪者に堕することなく、ぎりぎり一般人として私に裁かれることでしょう……あなたは――――」


佐藤「白梅さん……話を――」


白梅「――そう、少し性的に逸脱しているだけの……《変 態》さんなのです……おイタをした罰を受けていただければ……大きな問題にはしないであげます。情状酌量の余地ありということは……ええ、理解しています。いますので……」


佐藤「ハァーッ 白梅さん……! ハァッ 白梅……!」

 恐ろしい……!

 風見くんの何倍も……この白梅さんは……!


 白梅は!


 ブオン!


佐藤「くッ――――お!」


白梅「怒ってもいいですよね?」


佐藤「もう怒ってるじゃんか!」


白梅「佐藤くん、避けないでもらえますか? その汚い顔が叩けません」


佐藤「嫌だ! なんで僕が殴られなきゃいけないんだ」


白梅「まだ言いますか。いいでしょう、その腐った性根、 叩き直してあげます」


佐藤「糞ッ! 僕の話を聞け! 僕をこんな格好にしたのは白粉だ! 僕は変態じゃない! 変態は――――」


白粉「……!」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:14:29.87 ID:QXKPHXhOo<> 佐藤「白粉の方だ! 僕じゃない! 白粉は――――」

 悪いが白粉!

 このまま変態になるわけにはいかない!


 暴露させて貰う!

 貴様らの悪行!


 その狂気を!


佐藤「――マッチョ好きだ!」


白梅「もう――――」ダンッ!


佐藤「!?」


白梅「お黙りなさい」ブオッ

 ゴゴンッ!

佐藤「ごっはッ……!?」


 白梅のボディブロー……!

 鳩尾に――――!?

 この威力は――――!


白梅「これ以上、白粉さんを侮辱すればあなたの社会性は保証しません。今ならまだ、あなたの悪行を暴露するのだけは勘弁してあげると言っているんです」


佐藤「この……!」ギリッ

 わからずやめ……!


佐藤「……!」グッ

 つい、拳を握り締める。

 この10日ほどで身についた反撃の習性が首をもたげる。

 が、さすがにスーパー以外で女子をぶん殴るのはまずい。


 ここはやはり――――

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:16:34.39 ID:QXKPHXhOo<> 佐藤「っ!」クルッ


白梅「! 佐藤くん!」


佐藤「――――ッ!」ダッ

 僕が罰を受けなきゃいけない道理なんてない。

 かといって白梅に話は通じない……。


 ならば!


白梅「待ちなさい!」


佐藤「嫌だ!」


 再び逃げるまでだ!
 

佐藤「僕は変態じゃない! 僕は変態じゃない!」


 情けなくてもいい!

 冤罪で裁かれるよりはいい!


   *

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/07/26(金) 00:17:09.47 ID:QXKPHXhOo<> 今日は以上です
また数日後に <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/26(金) 00:20:30.19 ID:EUoEbJeNo<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/07/26(金) 00:49:58.47 ID:s92VPfJAo<> なんだよこのクリーチャーども
こいつらならデスニードラウンドのやつらとも渡り合える気がする <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:04:33.42 ID:gbQJpyNmo<>
 理不尽すぎる白梅裁きから逃れ、僕はその後数時間に渡り校内を逃げ回った。


 逃走が長引いたのには理由があった。



「いたか!?」


「駄目だ、どこにもいやしねぇ!」


「草の根分けても探し出せ! 探し出して白梅様の前に引きずり出すんだ!」


「一年は念のため旧校舎の中を洗い直せ!」


「「「はいっ!!」」」


「二年は俺と一緒に新校舎方面だ!」


「「「はいっ!!」」」



佐藤「ハーッ ハァーッ ハァーッ!」


 白梅の放った20名以上の刺客に追われ、落ち着く暇もなく校内を逃げ回る嵌めに陥っていた。


 どうやら彼らは白梅の私兵らしかった。


 制服の生徒もいれば、一度帰宅していたらしい私服の生徒、そしてなぜか上下迷彩の戦闘服に身を包みエアガンを携えた危険人物。

 男女混合、多種多様な人材で構成された追跡部隊に追い回され、僕は逃げ場を失いつつあった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:08:05.90 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「仕方ない……! もう一度あそこへ……!」


 白梅から逃れた後、僕は旧校舎を離れていた。

 今聞いた限りでは新校舎周辺には、練度のやけに高い統制の取れた2、3年生部隊が向かったようだし、ここはもう一度旧校舎方面に向かったほうがよさそうだ。


 なぜ新学期初日に、既に白梅が新入生を掌握できているのは大きな疑問だったが、恐ろしいのであまり深くは考えないでおいた。

 
 周囲を警戒しつつ再び旧校舎へ。

 向かうは封鎖された上階。

 再び、旧三組の教室へ。


 あそこなら人は寄り付かないだろうし、隠れるにはうってつけだ。

 
 僕を探し旧校舎を徘徊する一年生の目を盗み、テープを乗り越え旧三組の教室に入る。


佐藤「フゥ……」

 安堵の息が漏れる。

 この教室に入ってこんなに安心してしまうあたり、状況の異常さを物語っている。

 手汗でベタベタになった携帯で著莪に連絡。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:11:51.32 ID:gbQJpyNmo<>
著莪『はいよー』


佐藤「著莪、頼みがある」


著莪『いきなりなんだよ? どうしたー?』


佐藤「詳しい事情を話している時間はない……何も聞かず学校まで何か着るものを持ってきてくれ……!」


著莪『着るもの?』


佐藤「ああ、ちょっと訳あって、今半裸なんだ。トランク スに上履きのみで校内を逃げ回っているんだ……!」


著莪『半裸って……それに逃げ回ってるって誰から……』


佐藤「白梅だよ! あいつに変態扱いされて、奴の部下らしき連中に追われてる!」


著莪『あはは……いつか何かやらかすとは思ってたけど、 まさか新学期初日とはなぁ……』


佐藤「何言ってんだ! 僕は何もやってない! これは白粉たちがだな……!」


著莪『でも白梅様に追われてんだろ? 誤解だろうと何だろうと相手が悪いわ。お前今、けっこう詰みに近いよ?』


佐藤「……! それは……」


 僕だって、なんとなくはわかっていたことだ……。


 白梅の私兵立ちは、完全に僕を半裸で校内を徘徊し女子を押し倒した変態だと思っているようだし、数時間の逃走で僕の体力は限界に達しつつあった。

 その上、校内に散った追手は、どうやら時間が経つごとに数が増えているようだし……。

 もう、僕の名誉を取り戻すことは不可能に近い。

 佐藤は変態。

 この事実を覆すには、それこそ白粉たちが自首でもしない限り無理だ……。

 事が大きくなり過ぎている。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:14:35.47 ID:gbQJpyNmo<>
著莪『なんとなくいずれこうなる予感はしてたけど、 早かったな〜、白梅様に目ぇつけられるの』


佐藤「……とにかく、着るもの、頼むよ……冤罪で罰せられるのだけは御免だ」


 もう、身の潔白を証明するのは後日になっても構わない。

 もし明日以降、僕の名誉が著しく損なわれることがあったとしても……変態呼ばわりされることがあったとして も、その時はあの3人が持っているフィルムを奪取し奴らの悪行を世に暴露してやるまで。

 今はとにかく、この場から逃げ出すことが最優先だ。


著莪『わぁったよ、そんで、今どこにいるんだよ?』


佐藤「……旧校舎の、旧三組の教室……」


著莪『お前……どんだけ追い詰められてんだよ……』


佐藤「仕方なかったんだよ……! もうここしか落ち着ける場所がなかったんだ……!」


著莪『はぁ……そんじゃ勅使川原あたりに行かせるわ……あたしそんなとこ行きたくないし』


佐藤「てっしー、家の用事があるって言って帰ったんだけど……」


著莪『いや、さっきスーパーで会ったけど、暇そうにしてたぞ? もう用事は済んだんじゃない?』


 それもそうか。

 もうあれから三時間近く経ってるもんな……。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:16:37.40 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「とにかく、それでいいから頼む……!」


著莪『あいよ。そんじゃそこで待ってろよ? そこならほぼ確実に誰も来ないから』


佐藤「そうするよ、急ぎで頼む」


著莪「あいよ」


 ピ


佐藤「ふぅ……」

 電話を切り、とりあえす一息。



 ドタドタ



佐藤「!」



「こんな所まで来るかな……いくらなんでも……」


「しゃーないだろ先輩の言いつけだし」



佐藤「…………!」

 一年生部隊……!

 ここまで上がってくるなんて……!

 まだ入学仕立てでミサキの話を知らないのか……!?



「ここ……」


「いや、ここはねぇよ。いくらなんでも一人でこんな所に潜伏とか……あの変態、今年の3組の生徒だって話だし……」



佐藤「……」

 よかった……どうやら一年生も知っているようだ。

 行け、行ってくれ、ここで見つかったらもう逃げ場がない……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:18:23.16 ID:gbQJpyNmo<>
「いや、でもだからこそって事は考えられないか? ここなら人は寄り付かないし、潜伏場所にはうってつけなん じゃ……」


「あー……」



佐藤「……!」

 名推理……!

 一年生とはいえ、さすが白梅の配下ということか……!

 僕は再び逃避行に戻る覚悟を決めた。

 が。



「……だからって、俺とお前だけでこの部屋調べんのか? 俺は嫌だぜ……」


「そりゃ、俺だって……」


「…………もういいだろ。この階調べたってだけで十分だよ。先輩たちだって、自分らがここに来るのが嫌で一年に 旧校舎の捜索押し付けたんだぜ」


「だな、バカ正直にこんな所まで調べる必要にないか……」


「そうだよ、もう行こうぜ。下の奴らと合流しよう」


「ああ」


 タタタッ



佐藤「…………はぁ……」

 行ってくれた。

 今度こそ、一息。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:21:36.41 ID:gbQJpyNmo<>
 どうやらミサキの話は、一年生にも浸透しているようだ。

 ここまでは追って来ないと見込んではいたが、本当にこの教室には誰も寄り付かない。

 桜木さんは風見くんを臆病と言っていたが、それは彼に限った話ではないらしい。

 著莪ですらここに来ることを嫌がっていたし、僕や白粉たちの方が異常……ということなのだろうか。

 夜見山岬にまつわる話が人避けになることを、今は喜ぶべきなのだが……。


 なんか……。


 なんだろう、いざ落ち着いてしまうと……。


 僕まで怖くなってきちゃったじゃんか……。


佐藤「………」


 あらためて旧三組の教室を見回す。


 汚れた窓から差し込む西日が、埃の舞う室内を淡く照らす。

 使われなくなった机や椅子が在りし日の旧三組を想起させ、聞かされた26年前の話が、僕の頭の中で生々しく肉付けされていくようだった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:24:39.37 ID:gbQJpyNmo<>
 室内の様子が物置も同然なのがせめてもの救いだった。

 これがもし、もっと教室の体裁を保った状態だったなら、僕は5分とこの場所にいられなかっただろう。

 烏頭の陰気な語口が脳裏をよぎる。

 〈申し送りの会〉以来、身近にいる著莪や勅使川原の怯えように当てられて、僕の中にもすっかり〈現象〉への恐怖が根付いてしまっていた。

 長時間の逃避行で疲弊していることもあり、もうこれはちょっと、耐えられそうにない……。


 怖すぎる。
 

 早く……早く来て、てっしー……!


 何このロケーション、冷静になると超怖いよ……!


 prrr


佐藤「!」ピッ

 来た!


佐藤「てっしー!?」
 
勅使川原「おう、よーちん、大丈夫か?」


佐藤「大丈夫じゃないよ! 今どこ!? 早く来てくれ!」


勅使川原「いやな……それなんだけど……」


佐藤「?」


勅使川原「降りてこれねぇ? 俺もそこ行くのちょっと嫌っていうか……」


佐藤「てっしー……」

 お前もか……。

 仕方ない。

 僕もこんな所に長居はしたくない。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:26:45.28 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「わかった。白梅の手下がいない所に誘導してくれ」


勅使川原「ああ、なら、どっかの部室がいい。一年の奴ら、遠慮して部室の捜索はおざなりになってる。HP部の 部室がいいと思うぜ」


佐藤「そうか、わかった……」


勅使川原「今階段の近くに誰もいねぇ、すぐ降りて来い」


佐藤「うん、そうするよ」


 そして僕は旧三組の教室を後にした。

 階段を降り、紙袋を手にした勅使河原と落ち合う。


勅使河原「何時間か会わないうちに何て有様だよ、お前……半裸だわ埃まみれだわ……」


佐藤「話は後だ。今はとにかく部室に……」
 
勅使河原「あいよ。今あそこは誰もいないみたいだ。急いだ方がいいな」


佐藤「ああ、槍水さんがいないうちに……」


 HP部の部室に到着。

 幸い、中には誰もいなかった。
 

勅使河原「ふぅ……」


佐藤「てっしー、それでブツは?」


勅使河原「ああ、これ。著莪から預かってきた」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:29:48.67 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「助かる。これ着たら、また校外まで奴らに見つからないように誘導してくれ」


勅使河原「ああ、それなんだけどな、よーちん……」


佐藤「? なんだよ」


勅使河原「悪い……俺に出来るのはここまでだ。校外への脱出は自力で何とかしてくれ……」


佐藤「な、なんで?」


勅使河原「……呼び出されてんだ。俺も……」


佐藤「……まさか」

 てっしー……そんな……。


勅使河原「『白梅様』に、お前の捜索に加わるように、連絡受けてんだ……」


佐藤「てっしー……なんで……」

 勅使河原も白梅の兵隊の一人……!?


勅使河原「いや、ちょっとな。二年の時に あいつに弱み握られちまってよ……他の奴らもみんな似た ようなもんさ。中には単純に白梅が好きでやってる奴らもいるが、大半が白梅に何かしらの弱み握られてこんなことやってんだ」 


佐藤「……」


白梅『今なら、あなたの悪行を暴露することだけは勘弁してあげると言っているんです』


 そういうことか……。


 あの時白梅に従っていた場合、僕も奴の手駒に加えられる事になっていたのかもしれない……。


勅使河原「あいつはちょっと怖いぜ。なんせどうやったのかは知らないが、一年の4月から生徒会長やってんだぜ? 前の会長蹴落としてさ。会長の肩書き持ってると色々と便利だからとか言ってよ」


佐藤「……」

 新一年を既に手駒に加えていることといい、何者なんだ白梅……。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:32:09.96 ID:gbQJpyNmo<>
勅使河原「という訳だから、ここまでしか手伝えない。すまねぇな」


佐藤「僕の居場所は……奴らには?」


勅使河原「言ってない。この後、知らないふりしてお前の捜索に加わるつもりだ」


佐藤「そうか……わかったよ。それなら仕方ない。脱出は自分で何とかするよ」

 僕を売るつもりがないのならそれでいい。

 立場を曲げてここまでやってくれただけでも十分だった。


勅使河原「悪いな……それじゃあ、俺はもう行くぜ。新校舎の方に呼ばれてるからよ。何かあったらこっそり連絡する」


佐藤「ありがとう、てっしー」


勅使河原「おう。それとな、いよいよって時には白梅に従うのも一つの手だぜ。手駒に加わりさえすれば、あいつ、 お前の立場も保証してくれるはずだし」


佐藤「ああ、覚えておくよ……」


勅使河原「じゃあな……」ガラッ


佐藤「ああ」


 ピシャ


 勅使河原はHP部の部室を出ていった。


佐藤「覚えておくよ、勅使河原……」

 そんなこと……奴に降伏するような真似、絶対にしないけどな。

 今回の逃走は、あくまでも一時的撤退にすぎない。

 後で絶対に白粉たちの悪行を暴き、僕の無実を証明してみせる……!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:34:27.92 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「さて……」ガサ

 何はともあれ、今は数時間ぶりの衣服だ。

 これでようやく肌が隠せる。

 社会性を、文明人としての尊厳を取り戻せ――――


佐藤「…………」


 著莪から届けられた紙袋を開け、僕は固まった。


佐藤「…………」ピッ


 著莪の携帯番号をコール。


著莪『はいよ〜』


佐藤「お前ふざっけんなよッ!!!」


著莪『なに〜? なんかまずかったか〜?』


佐藤「まずいわ! なんでッ! なんで――」


 著莪からの救援物資。

 送られてきた衣服――――

 それは。
 

佐藤「――女子の制服なんだよッ!!」

 ふざけやがって!

 遊んでんのか!?

 今はそういうの要らないんだよ!


著莪『いや〜、じつはさ〜……』


佐藤「まさか……!」

 お前まで白梅に……!?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:37:51.56 ID:gbQJpyNmo<>
著莪「いや、私は勅使河原みたく弱み握られてるとかじゃないんだけどな……なんていうか、ちょっと別の意味で目 え着けられてて……」


佐藤「別の意味……?」


著莪「いや……うん……ちょっと、な。白梅様の趣味ってい うか……そういうあれで……」


佐藤「趣味……?」

 著莪には珍しく歯切れが悪い……。

 とにかく、白梅の手駒の確保に用いられる手法は脅迫だけではないということか……?
 

佐藤「だからって、なんで女子の制服なんだよ!」


著莪「いやさ、佐藤は助けたいけど白梅様に歯向かうのもなんか気が引けて……それで、折衷案というかなんというか……色々考えてるうちになんかこう……楽しくなってきちゃって」
 
佐藤「著莪……」

 体から力が抜ける……。

 どうやら僕の救援と白梅への畏怖の間で葛藤が生じたようだが、それでもやはり著莪は著莪だった。
 

 楽しくなっちゃった……か。


 はぁ……でもまぁ、それならしょうがないか。
 
 楽しくなちゃったんならしょうが――


佐藤「――なくないわ! どうすんだよ他に救援のあてもないのに!」


著莪「どうしような。望月も白梅の手下だし。高林は病院、鳴は未咲とお買い物。もうさ、それ着て帰って来るし かないんじゃない?」


佐藤「ッッ! お前なぁ……!」

 ていうか望月もかよ!

 手広いな白梅!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:40:20.17 ID:gbQJpyNmo<> 著莪「まぁ、とにかく、あたしに出来るのはここまでだな。とりあえず肌は隠せるし、女子のふりして帰って来い よ。途中まで迎えに行ってやるから」


佐藤「お前、絶対僕の女装が見たいだけだろ……!」


著莪「へへ、まぁな〜」


佐藤「……」

 著莪の悪戯っぽい笑みが頭に浮かぶ……。


佐藤「で、別の服を持って来てくれるつもりはないわけ?」


著莪「ないよ。今あたし、家であせびとゲームやってんだ。そっちも面白そうだけど、わざわざ学校まで行くのダ ルいし」


佐藤「いい気なもんだな……従兄弟がピンチだってのに……」


著莪「あははは、別にあたしがヤバイ訳じゃないしぃ〜」


佐藤「…………」


著莪「そんじゃもう切るわ。気を付けて帰ってこいよ〜」


佐藤「あ、著莪――」


 ピッ

 ツー…ツー…
 

佐藤「あいつ……!」

 どうする……?

 もう一度著莪に電話を掛けるか……?

 いや、どうせ掛け直した所で代わりの服を持って来てはくれないだろう……。

 このままここにいては槍水さんと鉢合わせする可能性もあるし……。

 ここは……。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:44:25.91 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「…………」ゴクリ

 紙袋の中身を見る。

 着てみるか……?


佐藤「いや、いくらなんでも……」


 袋から著莪の制服を取り出し、広げてみる。


佐藤「ふむ……」
 

 著莪と僕はほとんど同程度の体格だと思っていたのだが、こうして見ると女子の制服というものは意外とタイト だ。

 身長は同じくらいでも、著莪もやはり女の子ということか……。


佐藤「ふむふむ……」バサッ


 そういえば今朝著莪のブレザーを間違えて羽織った時も、羽織った瞬間に窮屈だと感じて間違いに気づいたっけ。

 やっぱり男女で肩幅とか違ってくるもんなんだなぁ。
 

佐藤「なるほどなるほど……」プチプチ


 はは、やっぱりシャツもキツイや。

 著莪は胸があるから、上着のサイズは比較的合うんじゃないかと思ったんだけどな。

 胸囲は僕のほうが大きいんだな。


佐藤「はは……」シュルリ


 いつの間にか……体格に性差が現れるほど、成長していたんだな、僕たちは……。


佐藤「ふ……」キュッ


 こうやって知らず知らず、大人になっていくのかな…… 僕も、著莪も……。
 

佐藤「まったく……」


 時の流れというものは……。

 ままならないも――――


佐藤「――――ハッ!」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:47:08.06 ID:gbQJpyNmo<>
 さすがに――――


 女子部員しか在籍していない部の部室である。


 部室の隅には鏡が……姿見が設置されていた。


 その、鏡面に映る自分の姿を見て、僕は息を飲んだ。


佐藤「なんて格好だよ、僕……」


 試しにちょっと、ブレザーだけでも羽織ってみよう。


 そう軽く考えただけのはずが……。
 

 制服のサイズ差から見て取れる僕と著莪の成長の跡を、 感慨深く思っている内に……!


 全部着ちゃってるじゃん!

 何やってんだよ僕!

 こんなの裸より遥かに変態的じゃんか!


佐藤「おっと、いけない」シュル


 スカートの裾からトランクスが覗いていたので、スカートを下げて隠す。


佐藤「よし――――って」

 違う違う!!

 なにスカート直して満足してんだよ僕!

 違うだろうが! 脱ぐんだよ! こんなの着てるよりまだ半裸あの方がマシ――――


佐藤「――なんか、何かが足りないような……?」


 鏡を見て、その女子の制服に必要不可欠な物に気づいた。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:49:13.46 ID:gbQJpyNmo<>
佐藤「ああ! そうか! えっと……」ガサ


 袋を漁る。

 著莪の奴ちゃんと入れておいてくれてるといいけど……。


佐藤「! あった! よし、これを――」


 リボンタイを装着。


佐藤「うん、これでよし! ――――って!」

 違う違う違う!!!

 何やってんだ僕!

 違うよ! 脱ぐんだよ! 何リボンタイ着けて満足してんだよ!

 何も「よし」じゃないよ!?

 変態度増してるから!


佐藤「あとは……うん、著莪の奴気が利くな」


 袋の中には、ハイソックスが。

 これでむさ苦しい脛毛だらけの足を隠せる。

 ソックスを装着。


佐藤「うん、完璧! ちょっとピチピチなのが気になるけど……まぁまぁいけてるよね!」

 いやぁ、我ながら結構、なんというか……まぁ、悪くはな いんじゃないか、これ。

 僕の女装も捨てたもんじゃな――――


 ――――って!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:51:59.67 ID:gbQJpyNmo<>
 だから違うよ!

 なんだ、どうした僕! 疲れてんのか!!? 落ち着けよ! 一回落ち着こう!

 鏡をよく見ろ、中にいるのはどう見てもむさ苦しい筋肉質な女装男子だよ!

 気持ち悪い、何考えてんだ……どうしちゃったんだ僕は……いくら他に着るものがないからってこんな……こん な……。


佐藤「……いや、しかし」ジッ


 やっぱり、なくはない……ような気もしなくはない……?



 コンコンコン



???「失礼しまーす」


 ガラッ


佐藤「!?」


???「二年の禊萩です。入部届を――――」


佐藤「あ…………」


???「…………え?」


 ショートの黒髪に眼鏡、スラリと伸びた長い手足が印象的なスレンダー。

 僕は一瞬、女装を見られたことも忘れて「ああ、この娘が槍水さんが勧誘していた二年の禊萩さんか……入部届って ことはHP部に入ることにしたのか。へぇ、綺麗な娘だな」などと場違いなことを考えていた。

 
 現実逃避だった。


 目を丸くし、入り口で固まる禊萩さん。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:54:28.26 ID:gbQJpyNmo<>
???「あの……えっと……」


佐藤「あー……」


 禊萩さんは、僕の格好を頭の天辺から爪先までじっくりと見下ろし、首を傾げた。


禊萩「えっと……その、は、はじめまして」


佐藤「……!」


 禊萩さんは困ったように笑い、ペコリと頭を下げた。


禊萩「2年3組の禊萩真希乃と言います……えっと、よろしくお願いします」


佐藤「…………」


 人間、慌てた時というのは不思議なものである。


佐藤「これはどうも、ご丁寧に。僕は3年3組の佐藤洋です」


 僕もまた丁寧にお辞儀をし、自己紹介をした。


真希乃「えっと、ここはHP部の部室で合ってますよね?」


佐藤「うん、そうだよ。ようこそ、HP部へ。椅子をどう ぞ。入部届を持ってきたって言っていたね」

 いつまでも入り口に立っていられては困るので、さもHP部員であるかのように振る舞い、僕は禊萩さんに入室を促した。
 

 どうやら禊萩さんは僕の女装をスルーするつもりらしい。


 わざわざここがHP部の部室なのかを確認するあたり、 僕の格好を奇異に思っていることは間違いないが、スルーして頂けるのならその厚意に甘えさせてもらおう。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:56:44.91 ID:gbQJpyNmo<>
真希乃「はい……槍水さん、この時間はいつも部室にいるからって、入部するつもりがあるならいつでも来い と……」


佐藤「ああ、そうなんだ。今部長は外していてね、そこにかけてちょっと待っていて貰えるかい? なに、すぐ戻ると思うからさ」

 彼女を不安にさせないため、努めて紳士然と振る舞う。

 禊萩さんに、密室で変態と二人きりという意識を与えてはいけない。

 また、彼女をこの部屋から逃してもいけない。

 室内にいる僕の存在を外部に知られてしまう恐れがある。

 今、僕がやるべきことは、彼女を警戒させずこの部屋に留め、彼女より先に部屋を出ることだ。

 まさか禊萩さんの前で着替え出すわけにはいかないし、 もうこの格好で外に逃げ出すしかない。

 
 よく考えたらこの格好は、顔を隠せば変装になる。


 まずはこの部屋で顔を隠すための何かを探し、槍水さんが来る前にこの部屋を脱出する。

 禊萩さんにはもう完全に変態さんだと思われてしまっているだろうが、それに関してはもう諦めるしかない。


 なぜ今日に限って綺麗どころとのファーストコンタクトが多いのか。

 僕は運命を、白粉を呪った。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 01:58:56.02 ID:gbQJpyNmo<>
真希乃「はい、そうさせて頂きます」


佐藤「禊萩さんも――」


真希乃「あ、真希乃と呼んで下さい。皆そう呼ぶので……」


佐藤「あ、そう。真希乃も狼なんだってね。槍水さん、結構強引な勧誘をしてたって聞いたけど、よく入る気になったね」


 まずは引き止めるための適当な会話。


真希乃「はい。あの、水泳部との掛け持ちでもいいからって……部室にはあまり来れないかもって、言ってあるんですけど……」


佐藤「へぇ、真希乃、水泳部なんだ」


 僕は席につかず、部屋を見回り、顔を隠せるものを探す。

 部屋の隅に置かれたロッカーには鍵が掛かっており開けられず、棚にはお徳用の紙コップや各種ボードゲーム。

 一通り調べてみたが、手頃なものはなかった。

 あるとすればカーテンくらいなのだが、さすがにこれでは大袈裟すぎる。


真希乃「はい……水泳も好きなので、でも、HP部も面白そうだったので……」


佐藤「へぇ………」

 何か、何かないのか……。

 急がないと槍水さんが戻ってきてしまう……!

 もうこれ以上、変態の汚名を着せられた状態で美人さんとご対面するのは嫌だ!
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:01:47.75 ID:gbQJpyNmo<>
真希乃「あの、佐藤さん……」


佐藤「ん、なにかな」ガサゴソ


真希乃「何かお探しですか? 手伝いましょうか?」


佐藤「いや、いいよ、座ってゆっくりしてて。ごめんね、 忙しなくて」


真希乃「いえ……それと、あの……佐藤さん、さっきから気になっていたんですけど……」


佐藤「…………なに、かな?」

 来たか……?

 どうする、逃げるか……?


真希乃「大変失礼な質問なのですが……佐藤さんは…………」


佐藤「……」ゴクリ


真希乃「佐藤さんは……男性、ですよね?」


佐藤「……勿論、そうさ。僕は男だよ?」


真希乃「で、ですよね。もしかしてボーイッシュな女性なのかな、と思って……聞いておいてよかったです。安心しました」


 ホッとしたように笑う真希乃。
 

佐藤「はは、こんな格好してたら無理もないよね」

 僕が変態である可能性よりも、性別不詳な外見の女性である可能性に気をとられていたのか……。

 良い娘なのか、天然さんなのか……。

 どちらにせよ、これで彼女に警戒される心配は薄れた。

 なんかこの娘ならごまかし切れそうな気がしてきた。


佐藤「ちょっとわけあって女子の制服しか着るものがなく てね」


真希乃「そうなんですか」 


佐藤「ああ、男子の制服がちょっと痴女に――――」


 ガラッ


槍水「来てくれたか! みそは――――」


佐藤「!?」


真希乃「あ、槍水さん」
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:04:41.42 ID:gbQJpyNmo<>
槍水「…………お前、転校生の?」



佐藤「あ、あ……!」

 お、終わった――――



槍水「その格好は…………」


 扉を後ろ手に閉めながら、槍水さんは怪訝な表情で僕を見詰めた。


佐藤「いや、これは――――」

 間に合わなかった。

 見られてしまった……!



槍水「お前一体――――」


 ドンドンドンッ!


槍水「!」




佐藤「……!」
 

 扉を激しくノックする音。

 追手か……!?


槍水「なんだ、騒々しい」


 扉越しにノックに応える槍水さん


「白梅様の遣いのものです! 現在半裸で校内を徘徊し女生徒を襲った変態を捜索中です! 室内を調べさせて頂きたいのですが!」


槍水「変態……?」



佐藤「う……」

 変態と聞き、僕に視線を向ける槍水さん。

 まずい、これは……!
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:24:29.23 ID:DEIzGamGo<> 佐藤「く……!」

 ここまでか……!



「開けてください! 中を検めさせて頂きたい!」



槍水「……断る」


佐藤「!」



「な、なぜ――――まさか中に……!」



槍水「勘違いするな。中には私と……『部員候補』しかいない……『半裸の』変態などここにはいない」



「しかし……! それでも念のため……!」



槍水「お前たち一年だな……? 白梅の遣いと言っていたが、あいつとこの部には互いに不干渉を貫く取り決めがある。あいつの部下なら、決まりは守ってもらわないと困る」



「……!」



槍水「この部室を強引に捜索するというのなら、私の方から白梅に抗議せざるを得なくなる。その場合はお前たちの責任問題になるぞ。それでもいいのか?」



「……! わかりました……中に変態はいないんですね……?」



槍水「だから、いないと言っている。そんな奴がいたらこんなにのんびりしているものか」



「それもそうですね……では、これで失礼します……」


 ドタドタ



槍水「行ったか」


佐藤「槍水さん……」

 どういうつもりだ?

 確かに僕は今、半裸ではないけれど……。

 女装している不審人物であることには違いない。


 なのに何故……。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:26:16.18 ID:DEIzGamGo<>
佐藤「なんで……」


槍水「? 奴らの言っていた変態とは、お前のことなのか?」


佐藤「はい……僕は変態ではありませんけど……奴らが追っているのは僕です……」

 気づいていなかったのか……?


槍水「女子を襲った、というのは本当か……?」


佐藤「! 事実ですが、決して疾しい所はありません! 詳しくは話せないのですが……! 変態行為を働く意思は皆無でした! ちょっと止む負えない事情があって……」


槍水「だろうな。そうだと思った」


佐藤「! 信じてくれるんですか……!?」


槍水「さっき白粉に会ってな。お前が狼だという話は聞いていた。狼が半裸で女性を追い回し襲い掛かるなどと……そんな卑劣な真似をするはずがないと、そう思っていた」


 白粉……!

 まだ学校にいるのか……!


佐藤「ありがとうございます、匿って頂いて。それで、あの、白粉はどこに……? ちょっと用があるんですけど……」


 おそらく槍水さんは白粉たちの趣味に関しては知らないはずだ。

 親しい間柄らしい白梅も知らない様子だったし、奴らは普段、槍水さんに対しても擬態して生活している可能性が高い。

 今ここで奴らの悪行をぶちまけては、せっかく僕を匿ってくれた槍水さんを敵に回しかねない。

 白粉たちを糾弾した所で、僕の格好が半裸、女装では説得力に欠ける。


 いやどう見ても変態はお前だろ、という話なのだ。


 女性が男性に性的虐待を加える事例も、世の中なくはないのだろうが……。


 付き合いの短さもあって、僕を信じる者は少ない。

 ここは槍水さんには、白粉たちのことを話さずにいたほうが賢明だろう。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:27:36.58 ID:DEIzGamGo<> 槍水「一度家に帰ると言っていたぞ。校門の所で会ったんだ」


 一度家に……ということは、僕の裸が収められたフィルムは持ち去られた後と見て間違いないだろう……。

 やはりフィルムの回収は、今日の所は諦めるしかない。

 
佐藤「そうですか……」


槍水「それより佐藤、お前追われているんだろう? こんな所でゆっくりしていていいのか? 白梅は白粉と仲が良いから、この部屋にも来るかも知れんぞ?」


佐藤「? 白梅とこの部は、互いの不干渉を約束しているんじゃ?」

 理由は想像がつかないが、さっきそう言っていたけど……。


槍水「活動内容にはな。しかしまったくの没交渉というわけではない。さっきのはブラフだ。一年を追い払うために少し大袈裟に言っただけだ」


佐藤「そうだったんですか……でも、校内から出ようにも、白梅の手下が校内を巡回していて……」


槍水「ふむ、なるほど。事情はよくわからんが、要は佐藤、お前は校外へ脱出したいと……それも白梅の手下に見つからずに……」


佐藤「? ええ、はい」


槍水「そうか、なら手を貸してやろう」

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:28:23.97 ID:DEIzGamGo<>
佐藤「え! 本当ですか!」


槍水「ああ、その代わり――――」ニッ


 槍水さんは腕を組み、不敵に笑った。


佐藤「……? なんです?」


 少し、嫌な予感がする。

 しかしその予感は――――



槍水「脱出の手助けをする代わりに……」


佐藤「…………」



 どこか、著莪の悪戯に、そうとわかりながらも付き合う、あの時のような……。



槍水「HP部に入部して貰う。助けて欲しければ部員になれ、佐藤」


佐藤「…………それは」



 悪くはない、そんな『嫌な予感』だった。
 

 
   *

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:30:16.46 ID:DEIzGamGo<>

槍水「この辺りでいいか?」


佐藤「はい。助かりました」


真希乃「ドキドキしました……」



 学校を少し離れた所で立ち止まり、僕は変装を解いた。


 あの後、僕は槍水さんの条件を呑みHP部に入部した。

 
 槍水さんが演劇部から借りてきたサングラスと、真希乃が花粉症対策で持っていたマスクで顔を隠し、校内を巡回する歩哨の目を欺き、校外へ脱出するに成功した。

 
槍水「今夜の争奪戦が終わったら部室に来い。そこで正式に入部届にサインして貰う」


佐藤「はい、わかりました」


槍水「麗人たちを連れ来ても構わんぞ」


佐藤「はい、でも、争奪戦が終わった後っていうと、だいぶ遅い時間ですけど……いいんですか? 部室使っちゃって」


槍水「窓からこっそり入るんだ。さすがに半値印証時刻のあととなると、学校には入れない」


佐藤「いつも争奪戦後は部室で?」


槍水「いつもというわけではないがな。私は小学生の妹がいるから家に帰ることも多いし、白粉も兼部している文芸部の活動でいつも忙しそうにしているし……週に2、3回といった所か」


 白粉……文芸部って……。


佐藤「……わかりました。詳しい話はまた後で聞かせて下さい。今はとにかく早く着替えたいので……」


槍水「そうだな、また後で。逃げたら承知しないぞ?」


佐藤「大丈夫ですよ。わかっています。真希乃もありがとう、助かったよ」


真希乃「いえ、上手くいって何よりです」


佐藤「本当にありがとう、それじゃあ」タッ


槍水「ああ」

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:31:46.41 ID:DEIzGamGo<>
 そして2人と別れ、僕は再びサングラスとマスクを装着し、帰路を急いだ。

 顔を隠していても、やはり女装で往来を歩くのは抵抗があった。

 
 羞恥心と帰宅を急ぐ焦燥の間に、僅かな興奮を見出したのは新たな発見ではあったが……。


 それは誰にも言えない。


 佐藤洋、中3の春の淡い思い出として、今後永久に胸の内にしまっておかなければならない秘密だ。


 女装により、開いてはいけない扉に手をかけている……そんな実感があった。

 
佐藤「はぁ……やっと」


 著莪家に帰り着く頃には、もう日が傾き始めていた。

 
佐藤「…………ん?」


 玄関の扉を開ける直前、僕は気づいた。

 玄関の横、著莪家の門の内側、敷地内に、見慣れぬ自転車が……。

 著莪パパは通勤に車を使っているし、この家にはリタのママチャリが一台あるだけで、自転車は他にないはず……。
 

 気になるのは、自転車が、まるで生垣に隠すように停められていることだった。


佐藤「あせびちゃんのにして大きい……これは」


 猛烈に嫌な予感がする……。

 僕は携帯を取り出し、著莪に連絡を取った。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:32:57.72 ID:DEIzGamGo<>
著莪『はいよー』


佐藤「著莪……ちょっと聞きたいんだけど」 


著莪『なんだよ?』


佐藤「今、あせびちゃんの他に誰か来てる……?」


著莪『ああ、風見が来てるぞ?』


佐藤「!?」

 風見くん……!?

 追跡部隊の中にいないと思ったら、家に先回りしていたのか……!


著莪『なんかお前に用があるからって。あいつ白梅様とは無関係だし、いいかなって思ったんだけど……まずかった?』


佐藤「……それで、風見くんは今どうしてる?」


著莪『それがさ、靴も脱がないで玄関でお前待ってるぞ』



佐藤「〜〜〜〜ッ!?」


 今、この扉一枚隔てた向こうに……!?


 危ねぇ……! 

 自転車の存在に気づかなかったら……今頃……!


著莪『あたしらとゲームでもやってようぜって誘ったんだけどな。玄関先で待たせて貰うって言って聞かなくて』


佐藤「追い返すことは出来ないか……?」


著莪「ああ〜……いやな、あたしもなんか落ち着かないからそれとなく帰るように言ってみたんだけどさ、全然聞かないんだよあいつ。『お構いなく』とか言ってさ……」


佐藤「…………ッ! それなら窓から僕の服を――――」


 ――ガチャ


佐藤「――!」



風見「佐藤くん……帰ったのかい……?」ユラッ

 

佐藤「!? 糞っ!」ダッ


 物音で気づいたのだろうか、玄関の扉が開き、風見くんが顔を覗かせた。

 その瞬間、僕は駆け出した。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:34:35.71 ID:DEIzGamGo<>

風見「待て! 佐藤ぉぉ!」



佐藤「ひいぃ!」


 風見くんが生垣に隠した自転車を出している間に、僕は著莪家を脱出。


 再び逃避行に戻った……。


   *


 その後、自転車で猛然と追って来る風見くんを、入り組んだ細い路地に逃げ込んで躱し、僕は夜見山に来て最初の夜にみんなで夕餉を囲んだ公園に逃げ延びた。


 学校に戻る事は当然できず、現状で著莪以外の味方である槍水部長、真希乃の連絡先も知らず、女装で街を練り歩くわけにもいかず……。


 一度著莪家に戻ってはみたのだが、再び耐久作戦に切り替えた風見くんが今度は家の前で自転車に跨って待ち伏せており、中に入ることもできず……。


 著莪に救援を頼んでは僕の著莪家への接近を察知される恐れがあったため、迂闊に連絡をとることもできず……。


 しかたなく公園に戻り、僕は山の形をした遊具のトンネルの中に身を隠し、じっと時を過ごしていた。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:35:46.04 ID:DEIzGamGo<>
佐藤「…………腹、減ったな……」グゥゥ


 腹の虫が鳴る。

 
 とっくに日は落ち、僕は暗闇の中、膝を抱え、空腹に耐えていた。


 惨めだった。

 
 なんて一日だ……。


 新学期初日から、今日は本当に……。


佐藤「はぁ……」


 携帯で時刻を確認する。


 ラルフストアの半値印証時刻が近づいていた。


 これだけ散々な目にあって、この上半額弁当までお預けなんて絶対に御免だ。


 もう、このままの格好でスーパーへ向かうしかない。


 僕は覚悟を決め、穴蔵から抜け出した。



 そして――――
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:38:07.67 ID:DEIzGamGo<>
未咲「あっははははは! なにその格好ー!」


著莪「ぶふっ、想像以上の破壊力だな〜」


見崎「佐藤くん、本当に変態さんだったんだね」


勅使河原「マジでさ……本当にどうしてこうなった……半裸から、どうしてこんなことに……」


望月「佐藤くん……」


高林「…………趣味かい? 佐藤くん」


梗「期待のルーキーと聞いていましたのに」


鏡「これは……」


二階堂「とんだ変態だな……」



 みんなに女装を笑われ、呆れられ――――



見崎「どいて!」

 ガンッ!

佐藤「げはっ!?」


 争奪戦が始まり――――


梗「邪魔ですわ! 変態さん!」

 ガキャッ!

佐藤「ぐはッ!」


 見崎と梗にボコボコにされ――――



佐藤「……ッぐ……!」フラリ


 ドサッ


佐藤「…………」



 フロアに、大の字に。


 散々な一日の締めに、女装して女子に惨敗するという屈辱を味わい、僕は少しだけ……。


 ほんの少しだけ、涙を流した。


 男の子だけど、今日は仕方ないよね?


 ちょっとくらい泣いちゃっても、仕方ないよね……。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:39:19.99 ID:DEIzGamGo<>    

   3 



梗「鏡!」


鏡「はい! 姉さん!」


見崎「!」


未咲「だいじょぶ! 任せて〜!」



佐藤「…………」



 二階堂から《変態》の二つ名を頂戴し、敗北した僕は《ミサキ》と《オルトロス》のコンビ戦をただ黙って見詰めるしかなかった。


 逃避行での体力の消耗は腹の虫の力を高めはしたが、二つ名持ちが複数入り乱れる戦場ではさほどの意味もなく、僕は戦闘不能の状態に追い込まれていた。



鏡「ふッ!」


未咲「させない!」


見崎「――――ッ!」

 ガキャッ!

梗「くっ!」



 見崎の左側、眼帯の死角に回り込み、攻撃を仕掛ける鏡。

 見崎の死角を守るように、見崎の左サイドへの位置取りをキープする未咲。

 死角を未咲に任せ、逆サイドから仕掛ける梗を迎撃する見崎。


 なぜ見崎があの眼帯に拘るのかはわからないが、《ミサキ》の2人はあのポジショニングをコンビ戦の基本としているようだ。


 基本的に、奔放に動く見崎と梗に、未咲と鏡が動きを合わせるのが両コンビの共通した戦い方らしかった。


 戦力は拮抗し、長期戦の様相を呈していた。

 今売り場に立っているのは、あの四人だけだ。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:41:26.44 ID:DEIzGamGo<>
高林「いつもああだよ、あの四人は……」


佐藤「高林くん……」


 勅使河原や望月を瞬殺し、早々に弁当を奪取していた高林くんが、レジで会計を済ませて戻ってきた。


高林「まるで意地の張り合いさ。お互い絶対に譲らないんだ。戦力的にも五分と五分だしね」


佐藤「あの四人の戦い方はいいの? コンビで戦うのは……」


高林「2対2だからね、あれはフェアな戦いさ。コンビで単独の狼を狙う時は、許さないけどね」


佐藤「なるほど……」


高林「それに彼女たちはライバル同士だから、邪魔したくないんだ」


佐藤「たしかに、ちょっと割って入れないね、あれは……」



未咲「しつっこいな〜、もう! 大人しく自分たちの縄張りに引っ込んでりゃいいのに!」


梗「嫌ですわ! あなたたちとの決着を着けるまでは!」


鏡「姉さんもこう言っていますので、お付き合い願います」


見崎「迷惑な話。でも、この店の弁当は絶対に譲らない」


梗「ふん! 今日も頂いて帰りますわよ! 1つと言わず2つ!」


見崎「させない!」



高林「はは、だよね」


佐藤「はぁ……まったく今日はついてないよ……

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:42:30.02 ID:DEIzGamGo<>
見崎「ふッ!」


梗「このッ!」



 両コンビはその後も互いに譲らず、戦いは熾烈を極め――――



見崎・梗「「穫った!!」」



 見崎と梗が一つすつ弁当を奪取し、終結した。



高林「いつも通りだね。コンビでそれぞれ1つずつ。今日も決着は着かず……か」


佐藤「…………引き分け」


 楽しげに笑う高林くん。

 弁当を獲り損ね、大切な何かを失った僕としては、ただ嘆息するしかなかった。


   *
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:43:21.17 ID:DEIzGamGo<>

勅使河原「マジかよ……よーちん、そんな……」


望月「信じてたのに、信じてたのに、佐藤くん」


佐藤「仕方なかったんだ。白梅から逃げ出すために……」


著莪「はは、まぁいいじゃん。オムっパイ組と心中し続けるよりはさ」


高林「そうかもね」


 争奪戦が終了し、僕はみんなにHP部に入部したことを告げた。


見崎「それで、今から学校?」


未咲「わたしも行きたい! 鳴の学校!」


佐藤「うん、みんなも誘って来いって、部長が……」


勅使河原「なんだよ部長って……もう部員気取りかよ……」


望月「僕たちも行こう、槍水さんに抗議するんだ……!」


勅使河原「ああ、だな! 佐藤を取り戻すんだ!」


高林「僕もお邪魔しようかな、この2人が面倒なこと言い出さないように」


著莪「あたしも行く。一人飯なんてごめんだし」


佐藤「うん、じゃあ行こうか」

 もう誰も僕の女装にツッコまない……。

 このまま僕は変態になっていくんだろうか……。



 7人でゾロゾロと連れ立って学校へ。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:44:21.27 ID:DEIzGamGo<>
 部長に聞いていた通り、一階の女子トイレの窓の鍵が開けられており、そこから中に入る。


見崎「わざわざ女子トイレから侵入とか、どれだけ変態さんなの……」


佐藤「もう怒るのも疲れたよ……部長が開けたんだから、仕方ないだろ……」


 
 さすがに白梅の兵隊たちはもういなかった。


 部室に到着。


槍水「来たか。なんだ、えらく多人数だな」


佐藤「あ、まずかったですか?」


槍水「いや、構わない。食事は人数が多ければ多いほどいい」


真希乃「こんばんわ」


 部室では部長と真希乃、そして――――


白粉「こ、こんばんわ」


佐藤「…………」


 白粉が。


佐藤「おい、お前……」


白粉「あ、あの……! ちょっとこちらに!」


槍水「?」


 白粉に袖を引かれ、部屋の隅に移動。


白粉「昼間のことなんですが……!」


佐藤「お前……! この場で暴露するのは勘弁してやるが、後で覚えておけよ……?」
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:46:15.29 ID:DEIzGamGo<>
白粉「あの、そのことなら、もうご心配はいらないということをお伝えしたくて……」


佐藤「……どういうことだ?」


白粉「あの、私の方から梅ちゃんに、さっきのあれは誤解だって伝えておきましたので……」


佐藤「一体、どういうつもりで……」

 怪しい……昼間の一件で僕の中で白粉のイメージは地に堕ちていたので、とてもではないが信用できない。

 またぞろ何か企んでいるのではと勘ぐってしまう。


白粉「えあっと、私としても、梅ちゃんにあの趣味を知られるのは……少なくとも今は嫌なので……佐藤さんに私たちのことは黙って頂きたくて、それで……」


佐藤「あれだけのことしておいて……都合の良いことを……」


白粉「すみません。でも、佐藤さんのことは、梅ちゃんの兵隊さんたちにも箝口令を敷いて頂いて……昼間の件に関わった方以外には漏れないようにお願いしておきましたから、どうかこれで手打ちにして頂けないかと……」


佐藤「……僕の写真とビデオは……? 返してもらえるんだろうな?」


白粉「それは嫌です」


佐藤「何でだよ!」


白粉「ひ、被写体は佐藤さんですが、カメラやフィルムは私たちの所有物ですし! こ、こればかりは譲れません……!」


佐藤「お前らは……!」

 だが、しかし……。

 箝口令を敷くことで昼間の一件をなかったことにできるのなら、半裸の写真くらいくれてやってもいいか……?
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:47:39.06 ID:DEIzGamGo<>
白粉「絶対に誰にも見せませんから……! お願いします……! 佐藤さんを下さい……! 私たちに……!」


佐藤「必死すぎるわ……」

 ドン引きだった。

 誰がお前らなんかに……。


白粉「写真、頂けないのなら……」


佐藤「?」


白粉「梅ちゃんに緘口令、取り消してもらいます……それでもいいんですか?」


佐藤「お前……」

 結局脅迫してんじゃねぇか……。


佐藤「そっちこそ、いいのか? 僕にだってお前らの悪行を暴露することができるんだぜ?」


白粉「昼間の風見さんや梅ちゃんの反応を忘れましたか? 証拠のフィルムがない限り、佐藤さんの話を聞いてくれる方はいません。それにフィルムが佐藤さんの手にあったとしても、それを私たちが撮ったと証明する術はありませんよ……?」


佐藤「う……」

 そういえばそうだ。

 僕が馬鹿だった……。

 フィルムがあった所で、僕の捏造を疑われるのがオチか……。

 
 これは……仕方ない……。


佐藤「わかった。フィルムはくれてやる。その代わり、白梅には……」


白粉「わかっていますよ。勿論、私たちも口外しません」


佐藤「なら、もうそれでいいや……」

 とにかく、僕の風評被害が抑えられるのなら、もうそれで……。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:49:11.73 ID:DEIzGamGo<>
白粉「それにしても佐藤さん……」


佐藤「ん? なんだよ?」


白粉「とても素敵な格好ですね……まさか女装の趣味がおありだとは……ぜひその格好も一枚―――」


佐藤「調子に乗るな」グイッ


白粉「あうっ!」


 後ろ髪を引っ張って黙らせる。

 昼間の邪気を感じないと思っていたら、急に開放しやがった。



槍水「おい、お前たち、さっそく仲が良くなったのはいいが、夕餉にするぞ。腹が減った」



佐藤・白粉「「はい」」

 

槍水「それと佐藤」


 部長に一枚の紙切れを手渡される。


佐藤「ああ、はい」


 HP部の入部届だった。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:50:30.03 ID:DEIzGamGo<>
槍水「公式に認められている部ではないがな、入部する際にはきちんと届を出す決まりなんだ」


勅使河原「よーちん……マジで入っちまうのか……」


望月「佐藤くん……」


高林「2人とも、野暮は言いっこなしだよ。経緯はどうあれ佐藤くんが決めたのなら、僕たちに口を挟む権利なんてない」


著莪「そーそー、入部したからって、部員以外の狼との共闘はOkなんだから別にいいだろー?」


てし・望月「うう……」


佐藤「2人とも、ごめんよ。もう決めたことなんだ」


 助けて貰った恩もある。

 部長の色香に惑わされている。

 そんな気もしないではなかったが、それ以上に……。


佐藤「……よし、と。これでいいですか?」


槍水「ん、確かに受け取った。これでお前はHP部の狼だ」


 昼間、白粉に見せられた無数の月桂冠シールが頭から離れない。


 先ほどの《ミサキ》と《オルトロス》の戦いが。


 まったく敵わなかった自分の弱さが。


 頭から離れない。


佐藤「よろしくお願いします、部長」


槍水「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 僕は強くなりたかった。


 そして、いつかこの手で月桂冠を。


 最高の勝利の一味を……!

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:51:25.03 ID:DEIzGamGo<>
未咲「佐藤くん、おめでと〜」


見崎「おめでとう?」


著莪「入部おめでとうってことだな」


勅使河原「よーちん、こっちもいいけど、うちらとの共闘も忘れないでくれよ」


望月「お願いだよ……」
 

高林「はは、とにかくこれで素質が埋もれすにすみそうだね」


佐藤「そうなるといいんだけどね……」



 女装しているので締まるものも締まらないが……。


 こうして僕は、夜見北HP部所属の狼となった。



 慌ただしい……本当に慌ただしかった新学期初日の夜が更けていく。


 新しい仲間と夕餉を囲み、今夜の所は……。


 敗者の味方、どん兵衛を啜っておいた。



   *

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:52:31.78 ID:DEIzGamGo<>  
 翌日。


 久保寺先生から、3組にもう一人転校生がやって来ることが明かされた。


 自然気胸……というらしい。

 肺に穴が開く病気で、夕見が丘にある井上総合病院に入院しており、登校は五月からになるそうだ。


 名前は榊原恒一。


 僕と同じく親が仕事の都合で海外に行っており、お母さんの実家がある夜見山に引っ越してくることになったのだとか。


 久保寺先生、そして対策係の面々は時期外れの転校生を〈現象〉が始まる兆しと考えたらしい。


 転校生が来ることで、席が足りなくなる。


 今年はこれまで違い、一ヶ月遅れで始まるのでは、と。


 念には念を……とのことだった。
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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:54:25.46 ID:DEIzGamGo<>
 結局、五月から見崎鳴は〈いない者〉になることになった。


 楽しい時間はあっけなく終わりを告げた。


 気遣う著莪や槍水部長に言った見崎の一言が、忘れられない。



見崎「大丈夫。わたしは、狼のみんなと未咲以外とは……あまり、つながっていないから。烏頭先輩も言っていたでしょう? わたしが適任なの」



 気にしていない。


 誰かが代わりにやるよりは、自分がやった方がいっそ気楽だと。

 卒業までクラスメイトに無視され続ける……〈いない者〉として扱われるというのに……。


 見崎は淡々と、そんなことを言う。


 仲良くなれたつもりでも、やはり見崎には、どこか計り知れない所がある。


 そういえば出会って以来、彼女と争奪戦に関する話以外、まともにしていないことに、ふと気づいた。


 見崎が多弁になるのは、争奪戦に関する話題だけだ。


 意外に愛嬌があると感じていたが、それは彼女の隣に未咲がいる時だけなのだと……。


 今更ながら、気付かされた。


 それを寂しいとは思ったが、だからといって……。


見崎「佐藤くん、烏頭先輩の言ったこと忘れてないよね。ちゃんとしないと、駄目だからね」


佐藤「わかってるよ……」


 僕に……。


 僕たちにできることなど、何もありはしないのだった。


  <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:55:34.92 ID:DEIzGamGo<>

   4

    

未咲「ふふっ、さっきの男の子、佐藤くんよりリアクション良かったね」


見崎「もう、一人の時はやらないでって言ってるのに」


未咲「別にいいじゃん」


見崎「怖い人だったらどうするの? それに……」


未咲「それに?」


見崎「わたしも見たかった。佐藤くん越えのリアクション」


未咲「ふふっ、なら、またルーキーが来たらやろうね、あれ」


見崎「うん。楽しみ」


未咲「ふふふっ楽しみ!」


 ……………。

 ……。

 …………。


見崎「未咲は繋がってるんだね…………未咲?」


未咲「スゥ……スゥ……」


見崎「寝ちゃったか……」スッ


未咲「…………」


見崎「…………ッ!」


見崎「そんな、どうして……!?」


 …………。

 ……。

 ……………。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:56:17.42 ID:DEIzGamGo<>
未咲「楽しかったね、遊園地」


見崎「うん……」


未咲「また行こうね」


見崎「うん、でも……生きた心地がしなかった。もう、あんまり、行きたくないな……」


未咲「あんなのそうそうあることじゃないって! もう大丈夫だよ。それに……」


見崎「?」


未咲「鳴が一人であのお店のお弁当獲れるようになるまで、死ぬわけにはいかないからね」


見崎「うん……!」


未咲「それじゃあ、またね」


見崎「うん、また」


未咲「…………」



 ドサッ



見崎「――――未咲?」


 …………。

 ………。

 …………。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:57:36.08 ID:DEIzGamGo<>
未咲「へへ、ごめんね。カッコつけた直後に。遊園地でさ、あんなことになってもなんともなかったのに……」


見崎「……治るんだよね?」


未咲「またそんな心配そうな顔して……化学療法っていうの? 最近は白血病って治る病気らしいし」


見崎「お薬が効かなくても、骨髄移植っていうのがあるらしいから。そしたら、わたしからとればいいし」


未咲「お医者さんも鳴から貰うのが一番いいって言ってたけど……ありがと」



見崎・未咲「…………」



見崎「退院したらさ、また遊びに行こうね」


未咲「うん……」


見崎「そういえば、もうすぐ誕生日だよね。なにか欲しいものある?」


未咲「鳴も誕生日だよね」


見崎「わたしの欲しいものは……元気な未咲でどう?」


未咲「それはなかなか難物ですぞ?」


見崎「ふっ」


未咲「ふふっ」



見崎・未咲「あははは」



未咲「ふふっ……わたしはあの子がいいな。鳴の家で見た人形」


見崎「うん、なんとか頑張ってみる」 


 …………。

 …。

 ……………。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:58:13.30 ID:DEIzGamGo<>

見崎「――――――――」



 その連絡を――――


 見崎鳴は自宅の電話で受けた。


 言葉を失い。


 電話の子機を取り落とし……。


 鳴は。



見崎「――――ッ!」



 姿見に映した自分の顔に向かい――――


 握りしめた、拳を。


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 02:59:46.26 ID:DEIzGamGo<>

   5



 4月28日。

 
 消灯時間のすぎた井上総合病院の廊下を、ぼく、榊原恒一は携帯を持って歩いていた。


 気胸で入院していたことを、インドにいる父に伝えるためだ。


 4月20日に入院し、今日で8日目。


 医療機器の関係で携帯が使えず、また祖母にも父には自分で連絡すると言ってあったので、今日まで連絡が遅れてしまっていた。

 連絡は明日以降にしようかとも思ったのだが、今夜はなんとなく寝付けず、祖母が持ってきてくれた携帯を手に病室を抜け出した。


 一階の食堂にでも行こうか……。

 そんなことを考えながら明かりの落ちた廊下を、携帯のディスプレイを見ながら歩く。


 すると前方から、


あせび「あ〜恒一くんだ〜」


恒一「あせびちゃん……こんばんは」


 もっきゅもっきゅと不思議な足音を立てながら、でぶ猫の着ぐるみ(あれは彼女のパジャマだ)を着た井上あせびが歩いてきた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:00:25.06 ID:DEIzGamGo<>
あせび「もうチューブ外れたんだね〜、よかったねぇ〜」


 肉球で僕の胸の辺りを撫でながら、あせびはにっこりと微笑んだ。

 本当に、心底嬉しそうに。まるで自分のことのように、あせびは喜んでいた。


 良い子……ではある。

 それは間違いないのだが……。

 
 あせびに胸を撫でられると、やはり肝が冷える。


恒一「う、うん……今日、やっと開放されてね……」


あせび「じゃあもう少しで退院〜?」


恒一「うん、そうなるね」


 入院以来、僕は胸腔ドレナージという処置を受けていた。

 胸にメスを入れチューブを挿し込み、肺と胸膜の間にたまった空気を排出する処置なのだが……。


 その治療を受けている間、何度かドレナージの機械が停止したことがあった。


 原因は不明。

 停止するたびに機械を取り替え治療は再開されたのだが、同じことがその後も何度も起きた。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:01:45.18 ID:DEIzGamGo<>
 医師たち病院のスタッフは揃って首をひねっていた。

 何が原因なのか、皆目検討がつかないと。

 とにかく機械を取り替えて治療を続行するしかないと。


 そんな中、ぼくは気づいていた。


 機械が止まる原因に。

 いや、その時は、原因とまでは考えてはいなかったのだが……。

 機械が止まる時、その時はいつも必ず、あせびが病室にいるということに……ぼくは気づいていた。


 僕はこう考えていた。

 機械の不調と、あせびちゃんの来訪になんらかの因果関係があるのではないか……と。


 考えたところで、くだらない妄想だと誰にも話すことはなかったのだが……。

 原因不明の不具合はさらに続き、ぼくの治療はたびたび中断された。

 ある時ぼくは、頻繁に治療が中断されること、機械にチューブで繋がれろくに起き上がることもできないストレスから、この妄想を仲良くなった看護婦さんにぶちまけた。

 仲良くなった看護婦さん。

 水野さんに。

 ホラー小説好きの水野さんなら、機械の不具合の原因があせびにあるという妄言を、笑って聞き流してくれるのではないかと思ったのだ。

 しかしぼくの話を聞いた水野さんは顔を青くし、慌てた様子で病室を出ていった。

 しばらくして、水野さんは白衣を着た壮年の医師を連れて戻ってきた。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:02:54.12 ID:DEIzGamGo<>
 ぼくの担当医とは別の医師で、その貫禄ある風貌から、なんとなく立場のある人なのかなとは思ったのだが、医師はこの井上総合病院の院長だった。


 あせびの父親だった。


 あせびの父、井上院長はまず、ぼくに深々と頭を下げた。

 すまなかった、と。

 なぜ立場のある立派な大人が、ぼくのような中学生に頭を下げるのか……。

 その理由には、すぐに察しがついた。


あせび父「これを貼れば、もう機械が止まることはなくなるだろう……本当にすまないことをしたね」


 そう言って院長が取り出したのは、2枚の御札だった。


 院長は黙々と、ドレナージの機械と、僕のベッドの裏に1枚ずつ御札を貼り付けた。


 そして……これでよし、と呟いた。


 入院している病院の院長が、医療機器とベッドに御札を貼って「これでよし」である。

 普通なら不安になるところだが、この時ぼくは、あせびと知り合って以来のモヤモヤが晴れて、すっきりとさえしていた。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:04:41.89 ID:DEIzGamGo<>  
恒一『あせびちゃんは……やはり?』


あせび『ああ、察しの通りだよ。あの子はなんというのか……ちょっと、いや、かなり人より不運なんだ』


恒一『…………不運?』


あせび父『その不運に、あの子は知らず知らずの内に他人を巻き込んでしまうことがあるんだ……基本的にその異常な不運は、あせび本人に作用するらしいのだがね、稀にあせびと親しくなった者も不運に巻き込まれることがある……きみのドレナージの一件もそのひとつなのだろう』


恒一『そうなんですか……では、この御札があれば……?』


あせび父『うむ。もう大丈夫だろう。あせびが近づくとその御札は徐々に効力を失っていくが……その時は新しいものに取り替えてあげよう』


恒一『あせびちゃんはもしかして……自分の不運に自覚がない……?』


あせび父『うむ……むしろ、さまざまな不運に巻き込まれてなお無事な自分を、並外れて幸運な人間だと思っている……だから、どうか……このことはあの子には…………あの子を傷つけたくはないのだ……』


恒一『わかりました……。あせびちゃんには、このこ
とは言いません……』


あせび父『ありがとう、榊原くん……。それと、あせびの被害にあったきみに、図々しい願いではあるのだが……』



 院長はもう一度頭を下げ、


あせび父『どうか、あの子と仲良くしてやって欲しい……! 恐ろしい性質を持ってはいるが、本当に……! 本当に良い子なんだ……!』


 搾り出すような声で、そう言った。


恒一『だ、大丈夫ですよ、あせびちゃんが良い子だっていうことは、ぼくもよくわかっていますから……! 学校も同じですし……』


 ぼくが恐縮してそう答えると、院長は目に涙を浮かべて「ありがとう、ありがとう」と繰り返し、最後にぼくの手を握りしめて病室を去っていった。


 なんだか、どっと疲れる出来事だった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:05:32.03 ID:DEIzGamGo<>

あせび「そしたら寂しくなるね〜、退院してもあっちのこと忘れないでね〜?」


恒一「おおげさだな……学校は同じなんだから、またすぐ会えるよ」


あせび「そうだね〜、同じクラスになれるといいね〜」


恒一「はは、そうだね……」

 あせびちゃんの友人になるということに関しては、それは望むところなのだが……。

 身も心も弱っている今、それについて考えるのは辛かった。

 彼女の友達をやっていくには、かなり胆力がいる。

 今はとにかく、体を治すことだけを考えていたかった。


恒一「あせびちゃん、今夜は病院にお泊り?」

 あせびちゃんは父親の経営するこの病院で、入院中の独居老人や子供の病室を訪問し、たまに泊まることもあるのだそうだ。
 
 親の病院でボランティアのようなことをやっているのだ。

 ちなみに、あせびの出入する病室には必ずあの御札が貼られているらしい。

 本当に……。

 例の不運さえなければ、本当に良い子なのだが……。
 

あせび「うん、この階のおばあちゃんの部屋にお泊り〜。恒一くんは夜のお散歩〜?」


恒一「うん、そんなとこ。ほら、前に言ったと思うけど、インドの父さんに電話しようと思ってさ」


あせび「ああ〜、そっか〜。でもほどほどにしないと看護婦さんに言いつけちゃうからね〜? 電話したらすぐに帰るんだよ〜?」


恒一「うん、わかってるよ」


あせび「それじゃ、あっちおばあちゃんとこ行くから〜、また明日〜」


恒一「うん……また明日」


 もっきゅもっきゅと、でぶ猫の着ぐるみ姿で手を振り、あせびちゃんは去って行った。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:07:28.51 ID:DEIzGamGo<>  
 明日、か……。


 早く治して退院しないと……身がもたないかも知れない……。


恒一「はぁ……」


 脱力し、手近にあったベンチに腰を下ろした。


 やはり、今の状態ではあせびの相手は気疲れする。


 心身ともに負荷をかけてはいけない病気だから、入院中はあせびを避けてくれて構わないと言われているのだが、やはりあの無邪気すぎる笑顔を見ると、ついつい相手をしてしまう。

 あせびの相手くらい気軽にできる健康を、早く取り戻したいものだが……。

 そうは思っても、少なくとも今は……。

 これで退院しても毎日同じ学校に通うことになるのか……などと、嘆息してしまう。


 正直、気が重かった。


 一昨日お見舞いに来てくれた新しい学校の同級生も、なんだかおかしな感じだったし……。



赤沢『恒一くん、って呼んでいいかしら?』


 あの時の、赤沢さんの……。

 
赤沢『よろしくね、恒一くん』


 あの握手は一体何だったのだろうか……。


白梅『…………』


恒一『……?』


 赤沢の手を握るぼくを、厳しい目付きで見詰める白梅の、あの表情は一体……。


 男子と女子のクラス委員、風見と桜木の、なにかに怯えるような、あの――――


恒一「…………はぁ」


 よそう……。


 考えても仕方のないことだ。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:09:11.29 ID:DEIzGamGo<>
 とにかく……。


 父の脳天気な声でも聞いて、今夜は大人しく病室に戻ろう。


 ぼくは立ち上がり、エレベーターを目指した。


 使い慣れない携帯のディスプレイを睨みながら、到着したエレベーターに乗り込む。


恒一「あ、すみません……」


 携帯に気を取られ、ぼくは先客のすぐ傍に身を置いてしまった。

 非礼を詫び、身を離す。


???「…………」


 そこにいたのは、ぼくが来月から通う夜見北の制服を着た少女だった。

 小柄で華奢な体格。

 艶のある黒髪、白蝋めいた美しい肌。


 眼病でもわすらっているのか、左目には眼帯が。


恒一「…………」


 そしてなにより目を引いたのは、彼女の右手にぶら下がる人形だった。

 
 こんな所でなぜ人形を……。

 
 美しくはあっても、どこか浮世離れして見える少女だった。


 かろうじて……。


 かろうじて、左手に持った、スーパーだかコンビニだかの袋が、彼女の人形めいた美貌に、人間らしさを与えているようだった。
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:10:18.51 ID:DEIzGamGo<>
恒一「あの、きみって夜見山の生徒?」


???「…………」コクリ


恒一「地下に……なにか用?」

 目的階のボタンを押そうとしたところ、パネルに店頭しているのは地下二階のボタンだけだった。

 あそこには確か……。


???「そう」


恒一「だけど、確か……」

 地下二階にあるのは、機械室や倉庫、それに……。


???「届けものがあるの」

 
 淡々とした口ぶり。


???「待ってるの。可哀想なわたしの半身が、そこで」



恒一「……?」

 そこで、ぼくは気づいた。


恒一「ねぇ、怪我してるの? 口元……?」

 彼女の口元、その左端が、僅かに赤く変色していた。

 彼女の白い肌には、目立つ痣だった。


???「平気。いつものことだから。それに……見せてあげないといけないから」


恒一「…………?」


???「一人でも大丈夫だって、一人でも――――」


 続く、彼女言葉を聞いた、その時だった――

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:11:12.35 ID:DEIzGamGo<>
???「『獲れる』って見せてあげないといけないから……」


恒一「…………」


 ずうぅぅーーん……という、重低音のようなものが、頭の中で鳴り響いた。


 耳鳴り、だろうか。

 エレベーターに乗っているから……それで……?

 
 エレベーターが地下二階に到着する音で我に返る。


 少女は無言で僕の横をすり抜け、廊下に歩み出した。


恒一「あ、きみ――――」



???「……」



 ぼくは咄嗟に、彼女を呼び止めた。


 少女はぼくの声に足を止めたが、こちらを振り返りはしなかった。


 ぼくは閉じかけたエレベーターの扉を抑え、身を乗り出した。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:12:18.01 ID:DEIzGamGo<>
恒一「きみ、名前は?」


 僅かな間をおいて、少女はこちらに背を向けたまま、答えた。


???「メイ……」


 相変わらす淡々とした、そっけない口ぶりだった。


???「ミサキ……メイ」
   

 そして少女は、そのまま廊下の奥に歩み去った。


恒一「…………」


 エレベーターを降りてすぐの所にある、案内板が目についた。


 やはり、この地下二階には……。


 機械室、倉庫、そして……。


 霊安室しかないのだが……。


 妙な、胸騒ぎを覚えた。


 なぜだろう。


 『いつものことだから』


 という、彼女の言葉……。



恒一「…………」



 ミサキメイの唇の端に刻まれた赤い傷跡が、頭に焼き付いて離れなかった。



   * * * *

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/02(金) 03:15:59.86 ID:DEIzGamGo<> 今日は以上です
これでchapter1終了

Anotherキャラの天敵にしてAnotherなら死んでたキャラ筆頭のあせびちゃんは3組からは外しました
入れるとあせびちゃんに字数をかなり割くことになるので <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/02(金) 03:31:25.05 ID:lnI8KDj3o<> 乙
逃走劇長すぎるだろwww

恒一登場か
そして未崎になにがあった
さっきまでピンピンしてたのに
あと
あせびちゃん現象なんかより強いの持ってそうで怖い <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/02(金) 03:54:58.20 ID:ttPGALpW0<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/02(金) 05:16:30.17 ID:U+oOlY7jo<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/03(土) 20:11:21.29 ID:kfi7SZyjo<> 乙です
やっぱりそこはそうなる運命なのか…… <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:05:03.24 ID:wwd767cEo<>

 Chapter 2

   Into the chaos―交錯―



  May



   1


 5月18日、月曜日。


 無事退院し、連休明けから登校し始めて数日が過ぎた。


 新しい学校での生活は概ね順調で、怜子さんに言われていた都会の私立中学との違いも意識するほどではなかった。


 昨年の事件で有名になり、大きなマイナスイメージのついた「サカキバラ」という名前に関しても、前の学校のように同級生にからかわれたりすることもなく、転入前の大きな懸念は杞憂に終わっていた。

 
 ぼくの苗字の問題は、もしかすると久保寺先生からみんなに申し送りがあったのかもしれない。


 赤沢をはじめ同級生の何人かはぼくを名前で呼ぶし、苗字で呼ぶ生徒も、どこかぼくを呼ぶ時は努めて明るく振舞っているような……腫れ物に触るような態度だった。


 息苦しさを感じないではなかったが、前の学校で強いられた、苛めというほどではない、しかし悪意のないからかいで確実にストレスのたまっていく生活を思えば、格段に快適な学校生活だった。


 自意識過剰だとは思ったが、時期外れの転校生を意識するのは皆も同じだったようだ。


 明るく迎え入れてくれる表面的な雰囲気の中に、僅かな緊張が見てとれるようだった。


 これは時間が解決してくれる問題。

 そう、思う反面……。


 その緊張が、やや過剰な気もしていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:06:13.92 ID:wwd767cEo<>
 それも生徒の間だけではなく、担任と副担任の間にも、同種の緊張が漂っているような……。


 さすがに、考えすぎだとは思うのだが……。


 もう一つ,気になるのは……。


 何よりも気になるのは、あの病院で会った――――



佐藤「サカキ〜、飯食おうぜ」


勅使河原「教室で食う? 中庭にでも行くか?」


恒一「あ、ぼくは――――」


 昼休み、ぼくはある目的で昼食は一人で済ませようと思っていたのだが、転入以来なにかと声をかけてくれる勅使河原と佐藤に捕まってしまった。


恒一「ああ、ぼくは――――」


佐藤「ん?」


勅使河原「なんだ?」


恒一「――いや、中庭に行ってみたいな。ほら、最初の日に案内してもらって以来、行ってないし」


 誘いを断ろうと思ったのだが、ちょっと思い直して、佐藤の提案に乗ってみる。


 2人の反応を待つ。


佐藤「……ああ、だな。じゃあ、行くか」コツン


 佐藤が肘で小さく勅使河原を小突いた。


勅使河原「……よし、じゃあ行こうぜ、ベンチ埋まっちゃう前に」


 その動作は何か、勅使河原を咎めているような……。


恒一「……うん、行こうか」


 転入以来、ずっと違和感を感じてはいたが……。

 やはり、この2人……。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:06:56.35 ID:wwd767cEo<>
 ぼくを一人にさせないように、気を配っている……?


 休み時間も、移動教室の時も、昼休みも……。


 ことあるごとに、この2人はぼくと行動をともにしようと近寄ってくる。

 最初は単純に、転校生のぼくを気遣ってくれているのだと思っていたのだが、なにか様子がおかしい。


 大袈裟に言えば……。


 この2人は、ぼくの校内での行動を監視している……。


 被害妄想。

 自意識過剰。


 これこそ考えすぎだとは思うのだが、2人がぼくの行動を監視する理由に一つ心当たりがあった。


 転校初日に、佐藤と勅使河原、それにクラス委員の風見くんの案内で中庭に行った時のこと。

 
 ベンチに一人腰掛けるミサキメイを見つけ、声を掛けようとしたぼくを、3人は慌てた様子で止めようとしていた。


 ぼくは構わずミサキに話しかけたのだが、それ以降、クラスメイトの一部のぼくに対する態度がおかしい。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:07:42.42 ID:wwd767cEo<>
 赤沢、白梅、風見、桜木。


 佐藤と勅使河原。


 著莪、槍水、白粉、高林、望月。


 転入以来ぼくによく話しかけてくれた面々。

 この数日、接することの多かった彼ら。


 ぼくが見崎に話しかけることに、彼らはそれぞれ、眉を顰め……。


 桜木や白粉に至っては、怯えているようにさえ見えた。


 最初は彼らの不審な態度の原因が全くわからなかった。


 彼らがぼくの、見崎への接触を快く思っていないなんて、想像もしなかった。

 何をそんなに、嫌そうな、困った顔をして……。

 怯えて……。

 その理由が見崎にあると、ぼくはすぐには気づけなかった。

 気づいたのは、この――――



佐藤「サカキは今日も弁当か。いいよな〜」


恒一「うん……」


 
 同じ転校生の、佐藤洋。


 彼の態度がきっかけだった。
 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:08:49.75 ID:wwd767cEo<>    
佐藤「僕なんて今日もパンだけだよ」


恒一「著莪さんのお母さん、イタリアなんだってね」


佐藤「そう、もう、この一ヶ月パンとかコンビニ弁当ばっかり」


恒一「ぼくも向こうにいた時は多かったな、コンビニ弁当。作るのが面倒な時はさ」


勅使河原「サカキ、料理できるのか?」


恒一「うちは父さんと2人だからね、家事は一通り自分でやってたよ」


佐藤「そっか〜……僕も少しは覚えたほうがいいのかもな……このままだと著莪ママが帰ってくるまでもちそうにないや……」


勅使河原「佐藤、晩飯もカップ麺ばっかりだもんな」


佐藤「てっしーだってそうじゃんか」


勅使河原「俺は家で飯食えるからな、お前ほど毎晩どん兵衛の世話になってねえよ」

  
佐藤「じゃあ、てっしーんちに招待してくれよ。著莪も一緒に」


勅使河原「そりゃ、お袋に頼めば嫌とは言わないだろうけどよ。お前はそれでいいのかよ」


佐藤「……よくないけど」


勅使河原「だろ?」


恒一「? よくわかんないけど、人の家で晩御飯ごちそうになるのは気が進まないってこと?」


佐藤「あ、ああ、まぁ。そんな感じ」


恒一「だったら、ぼくが佐藤のお弁当作って来てあげようか」


佐藤「! 本当?」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:09:34.23 ID:wwd767cEo<>
恒一「うん、おばあちゃんと一緒に作れば、大した手間にもならないだろうし」


佐藤「そ、それじゃあ、一日くらい、お願いしてみようかな……」


恒一「うん、じゃあ今度作ってくるね」


佐藤「助かるよ、サカキ……!」


 感涙しかねない様子の佐藤。

 不審に思うところはあっても、一ヶ月以上コンビニ弁当暮らしとというのはさすがに同情する。



勅使河原「手作り弁当か……これでサカキが可愛い女の子だったら完璧なのにな」


佐藤「もうこの際、その点には目をつぶるよ」


恒一「はは、悪かったね、女子じゃなくて――――あ」



ミサキ「…………」



恒一「……ちょっとごめん」


佐藤・てし「!」


 勅使河原と佐藤の冗談に笑っていると、中庭の隅を歩くミサキの姿が見えた。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:10:08.15 ID:wwd767cEo<>
 ぼくは立ち上がり、その後を追おうとしたのだが―――― 
   
 
 佐藤が。


佐藤「あ、あー! 楽しみだなー! サカキの手作り弁当ー!」


恒一「!」


 突然、大声で。    


佐藤「早く食べたいなー! サカキの愛情たっぷり手作り弁当ー!」


恒一「えっと……?」


 まるで喧伝するように、そんなことを叫んだ。


 すると。



白粉「ほほう……」ガサッ



恒一「!?」


佐藤「やはりいたか……」ボソッ



 ベンチ付近の茂みの中から、白粉が現れた。

 首からカメラ下げている。

 何を撮っていたんだろう……?


佐藤「神出鬼没な奴め……」


白粉「佐藤さん佐藤さん、榊原さんにお弁当を作ってもらうんですか?」


佐藤「ん……まあな」


白粉「愛情たっぷりと言っていましたがそれはあれですか? 物理的な愛情、ということですよね?」


恒一「なに言ってるの? 白粉さん……?」


 たまに白粉さんはよくわからないタイミングでテンションが上がる。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:10:40.27 ID:wwd767cEo<>
佐藤「物理的……? どういうことだ? 物理的って言えば弁当自体――」


白粉「いやですよぉ、言わせないで下さい。榊原さんの物理的な愛情……つまりあの、白濁の……食ザ――」ニチャァ


 ?


佐藤「口を閉じろ」グイッ


白粉「あうっ!」


恒一「あ、佐藤……!」
 

 佐藤が白粉の後髪を引っ張る。

 この数日でもう何度も見たが、やはり男子が女子の髪を引っ張る光景には驚かされる。

 どうも2人にとっては当たり前のやり取りらしく、佐藤が白粉の髪の毛を引っ張ったところで2人の間に深刻な空気は流れない。

 
 この佐藤、これでぼくと同じ転校生だというのだから恐れ入る。


 とてもではないが、2人は知り合ってたった一ヶ月の関係には見えない。

 
 そして、いつも通りなら、そろそろもう一人――――



白梅「佐藤くん――――」


恒一「!」


佐藤「……!」


 やはり、来た。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:11:19.57 ID:wwd767cEo<>
 バチンっ!


佐藤「ぶげふっ!?」


 白梅の平手が一閃。

 佐藤が吹き飛ぶ。


白梅「女性の髪を引っ張るなと、あれほど言っておいたのに……」


佐藤「う、白梅……! これは白粉が……」


白梅「まだ言いますか、それ」


 ブオンッ


佐藤「ッッッ!」


 平手を躱す佐藤。

 見事な上体の捌きだった。


白梅「怒ってもいいですか? 佐藤くん」


佐藤「! 毎度毎度お前は……!」


 うん、もう怒ってるよね、どう見ても。


白粉「う、梅ちゃん、もういいから、行こう?」


 見かねた白粉が間に割って入る。


白梅「……白粉さんがそうおっしゃるのなら」


 佐藤を庇うような白粉の態度に眉を顰めつつも、白梅は大人しく引き下がった。


白梅「では、行きましょうか。白粉さん、あなたまだお昼を食べていないでしょう? 趣味の写真もいいですが、ちゃんと食べないといけませんよ」


白粉「う、うん、じゃあ行こうか」


 そうして、白粉と白梅は教室に戻っていった。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:12:18.13 ID:wwd767cEo<>
恒一「写真が趣味なのか……白粉さん。昼休みを潰してまで撮るなんてよっぽど好きなんだね」


佐藤「たぶん、、サカキや白梅が思ってるような趣味じゃないけどな……」


恒一「?」


勅使河原「大丈夫かぁ? 毎度よくやるぜ、お前も」


恒一「ほんと、仲がいいのか悪いのかよくわかんないね、きみたち」


佐藤「あの2人と仲が良いなんてこと、あってたまるかよ……!」


 そう毒づく佐藤だが、やはり今の一連の流れ、お決まりの流れは佐藤たち3人でじゃれているように見えなくもない。


 最初は完全に苛めだと思ったものだが。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:13:19.36 ID:wwd767cEo<>
 佐藤がなにか失態を犯すなり失言するなりして、白梅や赤沢に殴られたり踏んづけられたりしているのを見た時は、深刻な苛めだと誤解したものだった。


 『いつものことだから』


 思い出されるのは、見崎のあの言葉。

 そして唇の傷。

 学校での見崎の扱いを目の当たりにして、僕が真っ先に疑ったのは見崎が苛められているという可能性だった。

 それも、その苛めは暴力を伴う凄惨なもので……。

 などと想像していたのだが、皆は見崎をいじめるどころか怯えていて、ぼくが見崎に近づくことを嫌がっていて……。


佐藤「いてぇ……白梅の奴、まったく手加減しやがらねぇ……」


 この佐藤などは、今やったように、みずから騒動を引き起こし、ぼくの注意を引き付ける形で、見崎への接触を阻もうとしている……。


 ぼくが見崎に近づくのが嫌なら、口でそう言えばいい。


 なぜこんな、体を張った回りくどい方法を取るのか……。


 その理由がわからない。


恒一「…………」

 中庭を見渡す。

 佐藤たちの茶番に気を取られているうちに、見崎はもういなくなっていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:14:00.27 ID:wwd767cEo<>
勅使河原「白梅を刺激したくなかったら、白粉に絡むのはご法度だぜ、サカキ。これ夜見北の常識な」


恒一「絡むって……ぼくはあんなことしないよ。女の子の髪を引っ張るなんて」


佐藤「僕だってわかってはいるんだけど……あれしかないんだ、奴へのせめてもの抵抗なんだ……」


恒一「……?」


 佐藤は相変わらず、よくわからないことを言う。

 佐藤だけは、どういうわけか、見崎よりも白梅よりも、白粉を強く恐れているようだった。
 
 なにをそんなに、あの小柄で大人しい白粉を恐れることがあるのか。

 その理由も、まったく想像がつかない。


 この佐藤洋、第一印象は勅使河原と同じく、ちょっと間の抜けた……言ってしまえば、お馬鹿さんだと思っていたのだが……。

 
 先ほど勅使河原が、ぼくが見崎に初めて話しかけた中庭に行くことを提案した時の、あの咎めるような態度。

 今の、見崎の姿を確認するやいなや白粉に絡み、ぼくの気を引く騒動を引き起こす機転といい、妙に目はしが効くところがある。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:14:43.74 ID:wwd767cEo<>
 単なる馬鹿というより、馬鹿を装った道化というか、なんというか……。


 ぼくの気を引くために、いちいち白梅に殴られ赤沢に踏んづけられ、槍水に頭を撫でられ著莪に笑われている様は、まるで佐藤が、みんなに呆れられながらも可愛がられている、愛すべき馬鹿犬のように見えたりもするが……。


 とにかく彼はどうやら、単なる馬鹿というわけでもないようだった。


 僕の考え過ぎかもしれないが、佐藤はおそらく、ぼくが佐藤の態度を不審に思っていることにも気づいている。

 
 気づいていてもなお、それでも強引に、なりふり構わず、ぼくの見崎への接触を阻止しようとしている。


 そんな風に見えた。


佐藤「さて、とにかく飯だ。さっさと食っちまおう」


恒一「うん……そうだね」



 しかしまぁ、佐藤のそんな、体を張った努力も……。



佐藤「? どした、サカキ」


恒一「いや……なんでもない」


佐藤「…………?」



 無駄に終わっているんだけど。  



 ぼく、先週の金曜に御先町の『工房m』で、見崎と会って話しちゃってるし。


 そのことを、体を張る佐藤を見て、少し気の毒に思わなくもなかった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:15:20.67 ID:wwd767cEo<>
   2



 その二日後。


 5月20日、水曜日。


 校内での見崎との接触は佐藤に阻まれ続け、かといって校外で見崎に会えることもなく、クラスのみんなに見崎のことを聞ける雰囲気でもなく……。


 転入以来ぼくが抱き続けている不審は何一つ晴れることはなかった。


 苛めではない。


 これは確証はないが、もう間違いない。


 では、なんなのか。

 なぜ見崎は、学校であんな……。



勅使河原『いないものの相手はよせ! やばいんだよ、それ!』



 勅使河原の電話越しの切迫した声。


 そして水野さんに聞いた、先月27日に……ぼくが見崎に初めて会った日に井上総合病院で亡くなったミサキという名の少女。


 入院中のあせびの時に続いて、ぼくは再び、馬鹿な妄想に囚われていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:16:59.38 ID:wwd767cEo<>
 〈いないもの〉


 27日に亡くなったミサキとは、あの見崎のことで……。


 見崎は実は幽霊で、もうこの世には「いない」……。


 そんな妄想に囚われていた。


 みんなが見崎をまるでいない者のように扱い、接触を恐れるのは、そういうわけなのではないかと。


 馬鹿な考えだとは思っても、あせびの一件がぼくの妄想に留まらず、医療の現場で現実的な脅威として認識されていたことが頭にあって、妄想をやめられずにいた。


 今回も、まさか……と。


 そんな風に思ってしまう。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:17:38.96 ID:wwd767cEo<>
 勅使河原は来月になったら事情を話してくれると言っていたが、今話せない理由はなんだ……?


 ぼくの見崎の接触をあれだけ露骨に阻止しておいて、その理由を話さない、話せない理由……。


恒一「はぁ……」


 ぼくは祖母宅の自室でため息をついた。


 考えてもわからない。


 見崎がこの世に存在しないなんて妄想をしてしまうほど考える材料が不足した状態で、一人やきもきとするのは辛かった。


 ぼくは立ち上がり、机の上の財布を掴んだ。


 このまま部屋に籠っていては気が重くなる一方だ。


 夕食前に、少し散歩に出て夜風に当たることにした。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:18:09.68 ID:wwd767cEo<>
恒一「おばあちゃん、少し出掛けてくるよ」


「あら、こんな時間に?」


恒一「うん。リハビリがてら、ちょっと散歩。夕飯までには帰るから」


「そうかい。気を付けて行って来るんだよ」



 祖母宅を出て、目的地も決めずに歩いていたのだが、自然と足がバス停に向かってしまった。


 土地勘がまだ薄いせいか、ぶらぶらと歩いているつもりでも、つい知っている道を選んで歩いてしまう。


 ぼくの頭にあるのは、学校行くルート、病院へ行くルート、そして、御先町の「工房m」に行くルート。

 この3パターンだけだ。

 一度佐藤に著莪家でゲームでもやらないかと誘われたのだが、彼らへの不審もあって断ってしまった。

 著莪家のある紅月町は、前の土曜に少し散策してはみたが。


 バス停に到着。

 ちょうどバスが着いた所だった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:18:43.23 ID:wwd767cEo<>
 なんとはなしに、そのバスに乗り込む。

 頭にあったのは、やはり見崎のことだった。


 祖母には夕飯までには帰ると言ってあったが、
少し遠出をしてみることにした。


 もしかしたら、見崎にまた会えるかもしれないと、そう考えていた。


 先週の土曜と同じく、紅月町のバス停で降りる。

 御先町で降りようと当初は考えていたのだが、「工房m」はもう閉まっている時間だし、この辺りも見崎の生活圏内なのではないかと思い直したのだ。

 
 視線を彷徨わせながら、土曜と同じ道を歩く。

 時刻は18時を少し回っていた。


 この時間に見崎が外を出歩いているとすれば、買い物かなにかだろう。


 そう考えて商店街を歩いてみたが、結局、見崎には会えなかった。


 引き返してもう帰ろうと思ったところで、ぼくは足を止めた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:19:09.45 ID:wwd767cEo<>
 近くに、確か……。


 一件、スーパーがあったはず。


 定かではないが、確か土曜の散策の時、見かけた気がする……。


 探してみようか……。

 どうしようか……。

 今日はもう遅いし、また後日にするべきか……。


恒一「…………」


 いや――――


 行ってみよう。


 病院のエレベーターで会った時、見崎が持っていたスーパーかコンビニの袋を思い出していた。


 スーパーか、コンビニ。


 そこなら見崎に会えるかもしれない……。


 ぼくは祖母に、偶然友達に会って一緒に食事をすることになったと嘘の連絡を入れ、記憶を頼りにスーパーを目指した。



   *

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/06(火) 17:19:35.90 ID:wwd767cEo<> 今日は以上です
また金曜に
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/06(火) 17:47:53.94 ID:9h4PZ+/Io<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/07(水) 00:19:40.47 ID:VSEeeioqo<> 乙
恒一が出る前と後で雰囲気変わりすぎだろwww <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:45:54.73 ID:2k/vf9IGo<>
   S



 5月20日の夜。


 僕はこの日もラルフストアで、半値印証時刻を待っていた。


 HP部に入部し泥舟オムっパイ組から降りたのはいいが、それだけで劇的に実力が向上するはずもなく、相変わらず弁当の奪取率は低かった。


 弁当が穫れていないことに加え、サカキの見崎への接触を阻止する役目を、サカキとよく話しているからという理由だけで負わされてしまい、僕の肉体的、心理的負担は相当なものになっていた。


 みんな僕が、哀れな転入生であることを忘れているんじゃないのか……。


 そんな風に思えるほど、僕は勅使河原とセットで、サカキの監視、見崎への接触阻止にいいように使われていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:46:49.39 ID:2k/vf9IGo<>
 赤沢さんと白梅はサカキの転入初日に学校を休んでいた。

 
 赤沢さんは風邪。

 白梅は風邪で寝込んだ白粉の看病のため。


 白粉は、ちょうど地元の出版社に務めるお母さんの出張(主夫をしているお父さんはその付き添い)で居ない時に風邪をひき家で一人になってしまい、そこに白梅が看病に……ということらしい。
 

 そのせいで、〈対策係〉の仕切り役である2人がいなかったせいで、サカキに〈現象〉に関する説明をするのが遅れてしまい、彼は――――

 
 転校早々、見崎に話しかけてしまった。


 僕、勅使河原、風見くんの制止も聞かず。


 まだ〈現象〉が始まったと決まったわけではない。


 しかし〈いないもの〉対策はこれで破綻したことになる。


 犠牲者は出ていないにせよ、クラスの空気は一気に張り詰めた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:47:23.78 ID:2k/vf9IGo<>
 正直、おいおいふざけんなよ対策係、なに出鼻でいきなり躓いてんだよ、と思わなくもなかった。


 それで僕が割を食わされるのはさすがに納得がいかなかった。


 しかし、大きな失態をおかした、白梅、赤沢さんの2人に……。



赤沢『ごめんなさい。佐藤、勅使河原。来月になって〈現象〉が始まっているかどうかがわかるまで、なるべく恒一くんの傍にいて、見崎さんへの接触を阻止して欲しいの』


白梅『私たちが揃って欠席したことで、このようなことになってしまって……勝手なお願いであることは承知しているのですが、どうかよろしくお願いします。一番彼の傍にいて違和感のないあなたたち2人が適任なのです』



 などと頭を下げられては、拒否することはできなかった。


 それによく考えれば、悪いのは2人だけではないのだ。


 現象に関してどんな風に切り出すべきか迷い、まごまごしていた僕たちにも責任がある。


 そして僕は勅使河原とともに、6月までサカキの監視を務めることになった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:47:54.76 ID:2k/vf9IGo<>
 正直、おいおいふざけんなよ対策係、なに出鼻でいきなり躓いてんだよ、と思わなくもなかった。


 それで僕が割を食わされるのはさすがに納得がいかなかった。


 しかし、大きな失態をおかした、白梅、赤沢さんの2人に……。



赤沢『ごめんなさい。佐藤、勅使河原。来月になって〈現象〉が始まっているかどうかがわかるまで、なるべく恒一くんの傍にいて、見崎さんへの接触を阻止して欲しいの』


白梅『私たちが揃って欠席したことで、このようなことになってしまって……勝手なお願いであることは承知しているのですが、どうかよろしくお願いします。一番彼の傍にいて違和感のないあなたたち2人が適任なのです』



 などと頭を下げられては、拒否することはできなかった。


 それによく考えれば、悪いのは2人だけではないのだ。


 現象に関してどんな風に切り出すべきか迷い、まごまごしていた僕たちにも責任がある。


 そして僕は勅使河原とともに、6月までサカキの監視を務めることになった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:49:08.89 ID:2k/vf9IGo<>
 サカキも男の子なんだな、と。


 ならば――――


 男の子ならば。


 僕が白粉におイタをして白梅に叩かれる流れがマンネリ気味で、サカキの興味を強く引けなくなってきている今――――


 ここは一丁、手近にいる女子のスカートでもめくってサカキの注意を引き付けることにしよう、と。



 …………。



 今にして思えば、僕は白梅に殴られすぎて頭がおかしくなっていたのかもしれない……。


 僕と勅使河原は幼きあの日のように、クラス中の女子という女子のスカートをめくってめくってめくりまくった。


 サカキは顔を赤くし、僕と勅使河原によるスカートめくりテロに気を取られ、見崎を見失っていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:53:45.29 ID:2k/vf9IGo<>
 作戦は成功。


 成功、してしまった。


 してしまったが故に、僕たちは暴走した。


 サカキはスカートめくりにも次第に興味を示さなくなっていった。

 紳士過ぎるサカキは小涼さんのスカートをめくっても呆れるばかりで赤面しなくなっていた。

 それどころか、軽く涙目になった小椋さんをサカキが慰め、僕たちを叱る一幕すらあった。


 そんな馬鹿な、という話である。


 小椋さんのスカートがめくれているんだぞ!?

 なぜそんなに平然としていられる……!?


 という話である。
 

 いや、見崎から注意を引き付ける、という目的は果たしているのだから、別にサカキのリアクションに拘る必要など微塵もないのだが……。


 なんとなく、腑に落ちない。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:55:23.88 ID:2k/vf9IGo<>
 僕と勅使河原は、サカキと小椋さんに、続いて赤沢さんにこっ酷く叱られながら、忸怩たる思いを抱えていた。

 僕と勅使河原は、こう考えた。

 きっと、サカキは小椋さんがそれほど好みではなかったのだろう、と。


 小柄で、どことは言わないが平坦な小椋さんは見崎と体型が似ており、サカキのお気に召すと思ったのだが、体型は大きな問題ではなかったようだ。


 ではなんだ、黒髪だ、あの白い肌がサカキのハートを射止めたのだと僕たちは結論を出し、できるだけ肌が白く、黒髪の女子のスカートをめくってめくってめくりまくった。


 めくってめくってめくってめくって――――


 しかし、サカキは呆れるばかり。


 僕たちはそれぞれ、白梅と赤沢さんから手酷い制裁を受け、スカートめくり作戦は中止に追い込まれた。


 めくればめくるほど僕たちの株が下がり、サカキの株が上がっていく現実に、心が押し潰されそうだった。 

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:56:01.97 ID:2k/vf9IGo<>
佐藤「はぁ……」


槍水「佐藤、大丈夫か?」


 もう、女子で僕の味方をしてくれるのは、この槍水部長だけだ。

 スカートめくりはサカキの注意を引くための作戦なのだという苦しい説明で、すんなりと納得してくれた部長だけだった。

 この一ヶ月ほどでわかったことだが、この部長、少し天然さんなのかも知れない。


 ちなみに部長のスカートはめくっていない。


 これに関しては複雑な男心というやつだ。

 
 勅使河原にも意地でもめくらせなかった。


佐藤「はい……なんとか。サカキが来てから体重3キロ落ちましたけど……」


 ちなみにそれ以前の争奪戦連敗で3キロ痩せていたから、この二ヶ月で6キロ減ということになる……。

 体重が60キロを割ったことが親父や爺ちゃんに知れたらなんて言われるか……。

 見かねた著莪が、ここ何日か毎晩、夜食にお握りを握ってくれているが……。


 それでも、全然足りない……。

 タンパク質が決定的に足りていない。

 野菜もあまり摂れていないし。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:56:28.86 ID:2k/vf9IGo<>
槍水「大変だな……クラスで話題になっていたぞ。最近、佐藤が久保寺先生みたいになってきた、と」


佐藤「ははは……さすがにあそこまで酷くは……」

 ない、と思いたいが……。

 
 担任の久保寺先生も、最近、目に見えてやつれてきていた。

 〈現象〉に、転入生が2人、それに受験生クラスの担任とあっては、さぞ心労もおありだろう……。

 最初に会った時には苦手なタイプだと思ったが、今では先生に妙な仲間意識が芽生えていた。


槍水「とにかく、今夜はその飢餓感を力に変えて戦うしかないな」


佐藤「……ですね」


 弱り過ぎてそれも難しい状態にあるが、そう考えて挑むしかない。

 気を取り直して、僕は今夜の戦場に意識を集中させる。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:57:03.14 ID:2k/vf9IGo<>  
 今夜スーパーに集った狼は、まず、僕と部長。

 高林くん、あとは、名も知らぬ高校生が数人。


 二つ名持ちは、高林くんと部長だけ。

 
 著莪はあせびちゃんの家に遊びに行っている。

 勅使河原、望月も今夜は自宅で家族と食べると言っていた。


 ここ最近、二つ名持ちの強豪を相手取ることが多かったが、今夜は少ない。

 
 今夜はチャンスだ。

 部長とはHP部の決まりで競合することはないし、最大の脅威は《アヌビス》高林郁夫。

 彼だけだ。

 彼さえ突破できれば、あとはルーキーの僕でも五分に戦える連中が数人いるだけ。


 今夜はなんとかなるかもしれない……。


槍水「《アヌビス》の相手は私に任せろ」


佐藤「はい……お願いします」


槍水「その分、他の狼にまでは気が回らなくなる。他の奴らに獲らせるなよ?」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:57:39.13 ID:2k/vf9IGo<>
佐藤「はい……わっかっています。ただ……」


槍水「ん……ああ。『それ』に関しては、今夜は来ないことを祈るしかない……」


佐藤「そう、ですね……」


 僕たちには、もう一つ懸念があった。


 もう一つの懸念――――


 それは。
 


槍水「!…………噂をすれば」


佐藤「勘弁してくれ……」


 部長が入り口の方を見て呟く。

 僕も気づいていた。


 狼が入店した気配……。


 この気配は……。


  
見崎「…………」


 見崎鳴。


佐藤「…………」


槍水「…………」


 見崎が僕たちのすぐ傍を通り過ぎ、弁当コーナーへ向かう。


 当然、僕たちは話し掛けることはせず、黙ってそれを見送る。


 見崎と距離が離れた所で、部長が口を開いた。


槍水「厄介な……」


佐藤「はい……」


 もう一つの懸念……それは、見崎の存在だった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:58:36.61 ID:2k/vf9IGo<>  
 5月に入り〈いないもの〉になって以降、見崎はその立場を争奪戦に利用し始めた。


 3組在籍の狼がいる夜を狙ってスーパーに現れ〈いないもの〉であることを逆手に取り、見崎を無視せざるを得ない僕たちから、悠々と弁当を奪っていく……。


 高林くんはこれを『いないもの戦法』と呼んでいた。


槍水「どうしたものか……あの、みさ――」


佐藤「部長……!」

 
槍水「む。すまん」


 見崎を〈いないもの〉として扱うのは、校内だけでいいのか。

 それとも校外でもそう扱うべきなのか、そもそも、見崎の話をすること自体、見崎を〈いるもの〉として扱っていることにはならないか……。

 〈いないもの〉対策の成否を分けるボーダーラインがどこにあるのかわからない以上、迂闊に見崎の話をすることはできない。

 そのため、僕たちは見崎の戦い方に関する相談すら、できずにいた。


槍水「佐藤、予定変更だ。2人で高林を止めるぞ」


佐藤「はい、それしかないですね」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 19:59:43.96 ID:2k/vf9IGo<>
 見崎のこのえげつない戦法に対し、僕たちが当初とった対策は至ってシンプル。


 しばらく見崎が主戦場にするラルフストアを離れるか、争奪戦自体、6月まで休養するか、というものだった。


 もう仕方がないと、狼の意地でクラスに迷惑をかけるわけにもいかないだろう、と。


 みんなそれで納得しかけていたのだが……。

 
 これに反発する狼が一匹。


 フェアプレイの権化、《アヌビス》高林郁夫である。


 5月の高林くんは荒ぶっていた。

 
 見崎のアンフェアな戦い方に。

 それを容認せざるえを得ない自分に、苛立っていた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 20:00:24.68 ID:2k/vf9IGo<>   
 見崎のあの戦い方は、争奪戦においては卑怯でもなんでもないのだが……。


 むしろ立場を逆手にとった賢い戦法であると言えるし、〈いないもの〉という辛い役目を負わされた見崎の数少ない特権、という見方さえできるのだが。


 争奪戦の暗黙のルールよりも、自身の主観における公平さを優先する高林くんにとっては、案の定、完全にアウトな戦い方らしかった。


 クラスの決め事と狼の誇りの間で板挟みになり、苛立った高林くんは、ある時ついに見崎に攻撃を仕掛けた。


 それを現場に居合わせた僕、著莪、白粉、勅使河原、望月で必死に制止。


 その後、みんなで高林くんを説得したのだが、聞き入れてもらえず……。


 高林くんは1人、見崎の主戦場であるラルフストアに出向き続けた。


 高林くんを一人にするわけにもいかない僕たちも、それに同行するしかなかった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 20:01:17.06 ID:2k/vf9IGo<>
 今夜、僕は出費がかさむのを覚悟で外食に出掛けるつもりでいたのだが、今夜ラルフストアに出向く狼が部長だけだと知って断念せざるを得なかった。


 部長はかなりの実力者ではあるが、1人で高林くんを止めるのはいくらなんでも厳しい。


 本当に、心臓が弱く体育の授業にも出られない高林くんのどこにあんな力が眠っているのか……。


 本気モードの高林くんは、手の着けられない強さだった。



槍水「藤岡が来てくれれば……少しは楽になるんだがな」


佐藤「ですね。あいつが来てくれれば、見崎だってあんな戦い方はしないでしょうし……」


 未咲がいれば、単純に未咲が僕たち3組の狼の相手をすれば済む話なのだから。

 
 ここ最近、姿を見ないがどうしているのだろう……。


 見崎が僕たちに無視されているのを見たら、彼女はなんと言うだろうか。


 まぁ、間違いなく怒られるよなぁ……僕たち。


 お姉ちゃんだもんなぁ、未咲……。


佐藤「はぁ……」


槍水「佐藤、時間だぞ。覚悟を決めろ」


佐藤「はい……」



 半値印証時刻。


 今夜も、不本意極まりない争奪戦が幕を開ける。
 

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/07(水) 20:04:09.81 ID:2k/vf9IGo<> 今日は以上です
場面転換時の*をSとKに変えます
Sが佐藤視点でKが恒一視点です

次は5月が全部書けたら来ます
この辺からテンポアップしていきます <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/07(水) 20:10:42.88 ID:Dqz4medbo<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/07(水) 22:31:21.26 ID:VSEeeioqo<> 乙
いないもの作戦強すぎるだろ <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 21:58:14.33 ID:xfW5UDDZo<>

   K



 スーパーを探し始めて一時間近くが過ぎようとしていた。


 すぐに見つかると思っていたのだが、慣れない町の夜道で迷ってしまい、一度知っている道、御先町へ向かう道に出て、そこからさらに紅月町に戻るという回りくどいルートをとっているうちに、こんなに時間が経ってしまった。


 最初からこうすればよかったのだが、紅月町で道を聞き、ぼくはようやくスーパーに向かうことができた。


 スーパーなら見崎に会えるかもしれないと気が逸り過ぎていた。


 すっかり遅くなってしまった今でも、一度スーパーまで行って見崎がいるかどうか確かめずには帰れない気分だった。


恒一「あった……」


 思わず声が漏れる。


 前方に、スーパーの明かり。

 
 店名はラルフストア。


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 21:59:42.59 ID:xfW5UDDZo<>
   S


 
 争奪戦開始。


 僕と部長は、高林くんの近くに急行した。


 弁当に意識を集中しつつ、高林くんの暴走を止めることを優先する。


 腹の虫の加護を得ずに高林くんの相手はできない。

 しかし、それでいて弁当の奪取は二の次とする。


 気の持ちようが難しいが、できなければ高林くんの暴走を許してしまうことになる。



高林「ッッッ!」

 バガンッ!

佐藤「ぬッ!?」


 生姜焼き弁当に思いを馳せつつ、高林くんの右掌打を受け止める。


槍水「佐藤!」


佐藤「! はい!」


高林「!」


 後退し、部長に正面を任せ、ぼくは高林くんのサイドに回り込む。


槍水「行かせない! 高林!」

 ガキャッ!

高林「くっ!」


 部長のミドルキック。

 ブーツの底を、両腕をクロスさせ受け止める高林くん。


佐藤「――――ッ!」


 高林くんが僅かに後退し、開いた間合いを僕が埋める。

 右拳を握り込み、振りかぶる。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:00:19.04 ID:xfW5UDDZo<>
佐藤「ッッ!」

 ゴンッ!

高林「ぐあっ!」


 高林くんが咄嗟に上げたガードをかすめ、クリーンヒットはならず。

 しかし拳は鼻先に届いた。


佐藤「部長! 僕が!」


槍水「佐藤!」


 芯は捉えきれていない……!

 後続打を打ち込み、今度こそ!
 
 
高林「腕を上げたね……! 佐藤くん!」


 肘から先で顔を覆うように、緩やかにガードを保持する高林くん。

 
佐藤「くっ!」

 ガッ!

高林「だが―――」


 高林くんが頭部周辺に腕で作ったスペースに間合いを狂わされ、追撃ならず。

 僕の右拳は高林くんのガードに阻まれた。

 そして――――


高林「まだまだ!」

 ゴンッ!

佐藤「ごハッ!?」


 間合いが詰まったところに、カウンターのボディアッパー。


 鳩尾を下から抉られる。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:01:18.83 ID:xfW5UDDZo<>
佐藤「うっ……ぐ……!」


 最初の夜のように無様に吹き飛ばされたりはしないが、この一撃は……!


高林「とどめ――――」

佐藤「!」


 まずい……!


槍水「佐藤! 下がれ!」


佐藤「! くっ!」

 
 無理矢理に体を動かし、なんとか後退。


槍水「フッ!」

 ダガンッ!

高林「ちッ!」


 即座に間に割って入る部長。

 腰を落とし右の掌底をねじ込むも、高林くんはこれをブロック。


佐藤「……ッ!」


 僕にはあれができない。

 高林くんのカウンターを恐れ、部長のように強く深く踏み込めない。
 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:02:57.47 ID:xfW5UDDZo<>  
 腹の虫の加護を得て、争奪戦時のみ心臓の病を忘れて戦う高林くんだが、だからといって戦闘中はあまり無茶をしない。

 争奪戦後の反動を恐れているのだ。

 基本的には受けに回り、確実に相手の攻撃を捌き、コンパクトなカウンターを狙うのが彼の戦い方。

 防御、攻撃、ともに動きは最小限。

 巧みなディフェンスに焦らされ、大振りになった所に、振りは小さくとも腹の虫の力を最大限に乗せたカウンター。

 もう何度、このパターンでやられているか。

 敗北の経験で反射的に腰が引け、踏み込みが浅くなってしまう。


槍水「ッッ!」

 ドンッ!

高林「!」


 部長のように、強く速く、思い切りのいい一打を打ち込み、高林くんを怯ませ追撃するのが正解だとはわかっているのだが、それがどうしてもできない……。


佐藤「…………」



見崎「――――」

 バチンッ

「ぐっ!?」


「クッ……!」


「…………」

 
 少し離れた所で、見崎が3人の高校生狼を圧倒していた。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:03:38.26 ID:xfW5UDDZo<>
 1人は膝を突き、1人は既にフロアに倒れ伏している。


 あの人形は今日は持っていない。


 見崎は直接的な戦闘は不得手なタイプだが、おそらく、あの高校生たちに、事前に毒を仕込んでいたのだろう。


 優勢とはいえ、見崎が男子高校生3人を相手に戦っているというのに、そこに未咲がいないことに、やはり違和感を覚える。

 心無しか、見崎の左のガードが高い。

 眼帯の死角を自力でカバーしようとしているようだ。


佐藤「…………」


 本当に、未咲は何をしているのか……。


 事情を話せないから、見崎の方で彼女を争奪戦から遠ざけているのだろうか。


 ドゴンッ!


槍水「がはッ!?」


高林「――――ッ!」ダッ


佐藤「ッ!」


 しまった! 

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:04:15.59 ID:xfW5UDDZo<>
槍水「ッ! 佐藤!」


佐藤「くそ!」

高林「散漫だよ、佐藤くん」


 見崎に気を取られているうちに部長が一撃貰ってしまった……!


 部長が腰を落とし体勢を立て直す隙に、高林くんが僕に迫る。


高林「フンッ!」

 ゴンッ!

佐藤「ぐッ!?」


 鳩尾に二発目……!


佐藤「ぐ、え……!」


 膝から力が抜ける。



見崎「!」


高林「ッッ!」ダッ 


 高林くんは、そのまま見崎の方へ。


佐藤「ッ! 駄目だ! 高林くん!」



見崎「ッッ!」ダッ


 見崎は身を翻し、弁当コーナーへ。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:04:52.70 ID:xfW5UDDZo<>
佐藤「駄目だって!」ガシッ

高林「! 離せ! 佐藤くん!」


 追いすがり、高林くんを羽交い締めにする。

 拘束を解こうと暴れる高林くん。


佐藤「離さない! 高林くんだってわかってるだろう!? 堪えてくれ! 頼むから!」

高林「嫌だ! この場だけは! スーパーでだけは、彼女をあんな――――!」


 言いたいことはなんとなくわかるが……!

 それでも駄目なものは駄目だ!


高林「許せないんだ! あの戦い方は―――」

佐藤「くっ……!」



 高林くんが一層強く暴れ、声を荒らげる。



高林「フェアじゃない!! フェアじゃないよ! あんなの!」 

佐藤「!」



 その、瞬間――――

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:06:50.40 ID:xfW5UDDZo<>

見崎「ひゃっ!?」ズルッ



 高林くんが『フェアじゃない』と叫んだ瞬間、見崎が――――



見崎「!」ドテッ



佐藤「!?」


 何もない所で足を滑らせ、すっ転んだ。

 顔から、フロアに。


 こう、ベチャっ――と。



見崎「…………」グスッ


「…………」


「…………」



 静まり返る売り場。


 
佐藤「…………」


槍水「…………」


 あまりにも見崎らしからぬ……間の抜けた転びかただった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:07:38.68 ID:xfW5UDDZo<>

見崎「…………」ムクッ



 ゆっくりと立ち上がる見崎。

 こちらに背を向けているので見えないが、目元を拭っている……?


 見崎まさか……な、泣いてるの……?


佐藤「ああ……」


槍水「うう……!」


 見崎のあの哀れな姿を見ていると、何かと彼女の世話を焼いていた未咲の気持ちが少しわかる気がした……。


 なんだあれ……!

 た、助けてやりてぇ……!


 転んでゆっくりと立ち上がり、涙を拭いながらとぼとぼと弁当コーナーに向かうあのあの姿……!


 ちょっと足がひょこひょこしてるし……!

 膝も打っちゃったのかな……!?


 うわぁ……手ぇ貸してやりてぇ……!

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:08:20.90 ID:xfW5UDDZo<>
槍水「ッッくそ!」


佐藤「部長……」


 小学生の妹さんを溺愛しており、根っからのお姉ちゃん気質である部長が歯噛みする。

 きっと、今すぐ駆け寄って見崎のお世話をしてあげたいのだろう。

 しかし、見崎が〈いないもの〉である以上、それは許されない。

 歯がゆいのは僕も同じだった。


 くそう……!

 見崎、早く弁当を獲って行っちまってくれ!

 もう見てらんねぇよ!


高林「みさ―――」

佐藤「!」

高林「――モガっ! んー! んー!」


 高林くんが見崎の名前を呼ぼうとしたので、口をおさえる。

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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:09:42.94 ID:xfW5UDDZo<>  
見崎「…………」グシュ



 見崎が弁当コーナーに到着。

 そして彼女が弁当に手を伸ばした、その時――


 ――――ジジッ


見崎「!?」


佐藤「! これは……!」


 売り場の証明が点滅。

 
 ブツン――――


見崎「!」



佐藤「!?」


槍水「停電!?」


 店内の全ての明かりが落ちる。

 暗闇に包まれる店内。 


 ゴチンっ  


見崎「あたっ!」



佐藤・槍水「!」 


 暗闇の奥から、何かがぶつかる音。

 続いて見崎の声。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:10:28.95 ID:xfW5UDDZo<>
 ――――ジジ


 ――パッ


槍水「……なんだったんだ?」


佐藤「……さぁ」


 停電は一瞬だった。


 すぐに明かりが点き、見崎の方を見ると――――

   

見崎「…………!」



 見崎はフロアにへたり込み、頭を抱え、ぷるぷると震えていた。

 見崎の足元にはこの店のレジ袋が……。

 まさか、あれに足をとられて、棚に頭を打ったのか……?


 なんてこった、すぐ助けに――――


佐藤「って」


 ――できないんだった!

 糞! 見崎頼む、早く弁当を!

 高林くんだっていつまでも抑えておけないぞ!
 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:10:57.81 ID:xfW5UDDZo<>
見崎「……!」キッ



佐藤「?」


 なんだ? 見崎の奴、こっちを睨んで……。

 ……いや。

 高林くんを睨んでいるのか……?


 なんだって高林くんを?

 八当たり……?

 
 高林くんのせいで慌てて、転んだから……。


 しかし、それこそ見崎らしくもない。


 では一体どうして……。


佐藤「あ……」

高林「んー! んー!」


 そうか……。


 今のがそうなのか……?


 今、見崎を見舞った不運が……。



 《アメミット》


 高林くんの、オカルト染みた特性……。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:12:03.03 ID:xfW5UDDZo<>  
見崎『高林君はね、不思議なの。わたしのような『毒使い』とか……狼としての特性そのものが高林君に「フェアじゃない」と判断された場合、その狼はもう高林君のいる戦場では絶対に半額弁当に辿り着けなくなる。そういう狼は高林君の事を《アメミット》と呼ぶ』



 3月の見崎の説明を思い出す。

 高林くんに「フェアじゃない」と断じられた狼の末路。



見崎『《アメミット》になった高林君を相手に、あと一歩って所まで行ったことも何度かあったんだけど……その度にね、弁当奪取寸前でスーパーが停電になったり……何故か捨ててあったバナナの皮で足を滑らせたり……戦闘に勝てないだけじゃなくて、あり得ない不運が重なって絶対に弁当に辿り着けなくなるの』



 心臓が羽より軽ければ長く危険な旅を経て楽園『アアル』に辿り着く事が出来る。

 逆に心臓が羽より重ければ『アメミット』に心臓を貪り食われ永遠に『アアル』に至ることはできない。



 ――だったか。


 
 スーパーにおける楽園とは、弁当コーナーを指している。


 今、見崎は高林くんに……《アヌビス》の審判を《アメミット》の断罪を受け、楽園に、半額弁当に辿りつけない状態にある……。


 そういうことなのか――?

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:12:29.48 ID:xfW5UDDZo<>
 烏頭はこの特性を、狼としてのもの、というより――――


 《死神》の二つ名で恐れられる、あせびちゃんの『異常な不運』と同種のもの、と考えているようだったが――――



高林「ッッッ!」バッ


佐藤「あっ!」


 僕が気を抜いた隙に拘束を解き、駆け出す高林くん。



佐藤「待って! 高林くん!」

 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:13:00.64 ID:xfW5UDDZo<>  

   K



 ずっと暗い夜道を歩いていたせいか、明るいスー
パーの店内はなんだかほっとする。


 せっかく来たのだから、なにか飲み物くらいは買って帰ろうか。


 そんなことを考えながら、ぼくは商品も見ずに見崎を探していた。


 鮮魚コーナー、精肉コーナーはなんなく彼女のイメージにそぐわない気がして通り過ぎ、島棚の間を見ながら店内外周の通路を歩く。 


 
 するとその時――――


 ――――ジジッ


 ブツン――――


恒一「! 停電……?」


 パッ


恒一「……?」


 しかし、すぐに明かりは点いた。

 
 なんだったんだ……?
 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:14:07.46 ID:xfW5UDDZo<>

佐藤「待って! 高林くん!」



恒一「……? 佐藤?」

 
 前方から、佐藤の叫び声。

 高林もいるのか……?


 外周通路の、角の向こうからだ。


 基本的に騒がしい奴だが、こんな所でも……。


 さすがに、これは注意してやった方がいいかな。


恒一「まったく、なにやって―――」タッ


 駆け寄り、ぼくはそこで信じられないものを見た。


恒一「!?」



「…………」


「…………」

 
「…………」


 
高林「――――ッ!」


見崎「……!」



佐藤「高林くん!」


槍水「クッ!」


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:15:01.62 ID:xfW5UDDZo<>
恒一「……!」


 フロアに倒れた、3人の、この制服は高校生だろうか。

 とにかくフロアに倒れピクリとも動かない3人の男子高校生。


 佐藤、槍水、そして――――


 いた。


 見つけた。


 見崎鳴――――



 でも、なんで―――!



恒一「ッッ!」ダッ

 
 なんで、高林が見崎に襲いかかっているんだ……!


 わけもわからず、高林と見崎の間に割って入る。 


高林「!?」

恒一「おい!」


見崎「!?」



 ゴガッ!



恒一「ぐ……!」


 高林の拳を顎に受ける。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:16:26.76 ID:xfW5UDDZo<>
 視界が明滅する。


 この……!


 心臓が弱くて走れもしないんじゃなかったのか……!


高林「きみ……!」


 瞠目する高林。


佐藤「サカキ!」


恒一「く――――」


 暗転する視界。


 遠のく意識。


 完全に気を失う直前――――



見崎「榊原くん――――!」



 見崎の、ぼくを呼ぶ声が聞こえた気がした。

 らしくもない叫び声だった。
   

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:17:16.20 ID:xfW5UDDZo<>
   S
 


佐藤「…………」


槍水「…………」


高林「…………」



恒一「…………」



 あの後……。


 対策を無視して見崎に仕掛けた高林くんの一撃を受け失神したサカキを、マッちゃんの許可を得て休憩室に運んだ。


 見崎は一瞬、サカキを心配する素振りを見せたが、すぐに自分の立場を思い出し、弁当を……僕が狙っていた生姜焼き弁当を奪取し売り場から姿を消した。


 僕たちに話し掛けてはいけないという意識があるのなら、なぜ見崎はラルフストアに顔を出すのか……。


 高林くんが〈いないもの戦法〉を無視しようとしていることぐらい見崎だってわかっているだろうに。


 なぜ、この店の弁当にこだわるのか。

 その理由に、まったく検討がつかない。 


 僕たちは失神したサカキをそのままにしておくわけにもいかず、争奪戦を中断しサカキを介抱した。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:20:04.95 ID:xfW5UDDZo<>
 3人とも、弁当は獲っていない。


 きっと、見崎に倒された高校生が目を覚まし、獲って帰ったことだろう。


 敗北の悔しさはあった。

 しかし、それ以上に――――


槍水「榊原の家の近所にもスーパーはあったはずだが……」


佐藤「ええ、それがなんで……」


 ――サカキのことが気になっていた。

 なんで、こんな時間に、土地勘のないサカキが自宅から離れたスーパーにいるのか。

 その理由は、考えるまでもない。

 きっと、サカキは見崎を探していたのだろう。

 校外でなら、僕達の邪魔が入らないとでも考えて……。


槍水「訳がわからんだろうな……榊原にしてみれば」


佐藤「ええ、無理もないことですけど……」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:20:36.06 ID:xfW5UDDZo<>
高林「すまない……ぼくが、あんな……」


 高林くんは、サカキを、争奪戦に無関係な一般人を殴ってしまったことで、とりあえず落ち着いていた。


佐藤「仕方ないよ、あれは……」


槍水「ああ。榊原が起きたら、事情を――争奪戦に関する事情を説明して、謝ろう」


高林「うん……そうだね……」


 今はただ、サカキが起きるのを待つ。
 

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:21:06.79 ID:xfW5UDDZo<>
   K



恒一「…………争奪戦に関しては……わかったよ。うん、驚いたけど、よくわかった」


高林「本当にすまない……榊原くん、病み上がりなのに……」


恒一「それを言うなら、高林くんだって……」


高林「ぼくは平気さ」


槍水「争奪戦の最中はな」


恒一「腹の虫の加護ってやつ?」


高林「そう」


佐藤「はは、驚くよな。やっぱ」


恒一「そりゃあね……」


 目を覚ますと、そこはスーパーの従業員用の休憩室だった。

 目を覚ましたぼくは佐藤、槍水、高林の3人から半額弁当争奪戦に関する説明を受けた。

 驚いたし、正直アホかと思ったが、今はそんなことよりも――――

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:21:42.54 ID:xfW5UDDZo<>
恒一「それで、争奪戦のことはともかく、見崎は? 見崎もきみたちの言う、狼ってやつなの? それで高林くんは……」


 驚くよりも、先ほど高林が見崎に襲いかかっていたということは、それは高林にも見崎が見えているということで……。

 ぼくの妄想は、見崎が幽霊なのではないかという疑念はこれで晴れるのだが。


 しかし、3人は。


佐藤「…………」


槍水「…………」


高林「……それは、ね」


恒一「……! それは? なに?」


佐藤「高林くん……!」


高林「はぁ…………ごめんよ、榊原くん」


恒一「…………何だっていうんだ、本当に」


 見崎の名前を出した途端、こうして押し黙ってしまう。

 高林だけは、何か話してくれそうではあるが……結局は他の2人と同様、口をつぐんでしまう。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:22:24.67 ID:xfW5UDDZo<>
佐藤「サカキ、それに関しては、何も話せない。前に言った通り、6月までは……」


槍水「頼む。それで納得して欲しい」


恒一「話せない理由も、話してくれない……?」


佐藤「そう、せざるを得ない。すまない……」


 せざるを得ない、か……。

 佐藤たちにとっても、現状は不本意なものであるということか……?


 とにかくこれ以上、佐藤たちを問い詰めても無駄だろう。

 おそらく、他のクラスメイトも同じ……。


 これは佐藤の言うとおり、6月になるまで待つしかないのか……。


恒一「……帰るよ。おばあちゃん、心配してると思うし」


佐藤「ああ、バス停まで送るよ」


恒一「うん。あ、そうだ佐藤、お弁当、なにが食べたい? どうせだからここで材料買って帰るよ」


佐藤「はは、サカキ……本当に作ってくれるつもりだったのか……」


恒一「冗談だと思ってたわけ?」


佐藤「いや、なんか……悪いな」


恒一「いいよ……そんな」


 悪いな、とは……。

 見崎のことを話せないのに、ということだろうか。


 しかし、話せない心労が、佐藤が痩せこけてしまっている一因なのではと思うと、少しだけ……。


 こちらも、申し訳ないと思ってしまうのだった。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:23:01.39 ID:xfW5UDDZo<>
   S


 サカキを争奪戦に巻き込んでしまった翌日。


 5月21日の朝。


著莪パパ「あやめ、洋、ちょっと来なさい」


佐藤・著莪「なに〜?」


 著莪パパがリビングのテーブルに朝刊を広げ、僕たちを呼んだ。


著莪パパ「これを見なさい……!」


著莪「なんだよ、パパ…………!?」


佐藤「ふああぁ…………あ!?」


 テーブルに広げられた新聞……。


 それを見て、一気に目が覚めた。


 著莪パパが購読している、日経新聞……その、広告面に……!



 『セガは、倒れたままなのか?』


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:24:06.32 ID:xfW5UDDZo<>
佐藤「こいつは……!?」


著莪「……こないだ発表された、例の……?」


著莪パパ「おそらく、それ関係だろうね」


 一面を丸々使ったインパクト絶大な広告だった。

 モノクロの写真。

 
 どことも知れない草原に、倒れ伏す落ち武者たち、地に突き立てられた刀……。


 そして大きく掲げられたコピー……。



 『セガは、倒れたままなのか?』
  


 思わずそんなわけあるかと否定したくなるこのコピーの下に『◎明日の広告に続く。(予定)』とあるが……。


 著莪の言う通り、これは戦先日、11月20日に発売されることが発表されたセガの新ハードに関する広告と見ていいのだろうか……。


 しかし(予定)って……。


 予定じゃ駄目だろう……。


 これだけじゃ『サターン、プレステに負けました』という敗北宣言を、わざわざ広告費を払ってしているようなものじゃないか……。


 しかしその辺がまたセガらしいと言えなくもないのだが。


著莪パパ「とにかく、明日だね」


著莪「こりゃ楽しみだな〜」


佐藤「ホント、なんなんだろうな」

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:24:41.68 ID:xfW5UDDZo<>   
   S


  
 さらに翌日。

 
 5月22日の朝。


佐藤・著莪「ご苦労様でーす」


「はぁ……どうも」


 僕と著莪は、揃って早く目が覚めてしまい、玄関の前で朝刊の配達を出迎えた。


 いそいそと家に入り、朝刊を広げる。


 そして、広告面には。


佐藤・著莪「!!」



 前日の広告で、地に倒れていた鎧武者たちが全員起き上がり、刀を天に掲げる写真――――  


 その上部の、コピー……。


 『11月X日』

 『逆襲へ、Dream cast』


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◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:25:22.16 ID:xfW5UDDZo<>  
佐藤・著莪「こ、これが……!」


 
    Dream cast



 何も知らなければ、パッと見、なんの広告なのか理解できないかも知れない。


 しかしコピーに掲げられたDream castの文字が、僕たちセガマニアにははっきりと、反撃の狼煙に見えた。


 これこそ、新ハードの名称。


 ドリームキャスト。


 Dream cast


 逆襲。


 11月20日じゃないのか発売日、と思わなくもなかったが。


著莪「佐藤、こいつは……」


佐藤「ああ、絶対に……!」


 とにかく、これで―――!


著莪「始まってないことを祈るばかり――と思ってたけど……!」


佐藤「ああ……! 始まったとしても、死ぬわけにはいかなくなった……! 絶対に!」



 弱った体に闘志が漲る。


 何があろうと、僕たちは生きて秋を迎え、Dream castと年を越し、春を迎え――――


 その先もずっと、セガと共に戦い続ける……!


佐藤「僕たちの戦いはこれからだ……!」


著莪「ああ……!」


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:26:09.75 ID:xfW5UDDZo<>
   S



 5月26日、火曜日。


 中間試験2日目。


 女子のクラス委員、桜木ゆかりが亡くなった。


 同日、直前に事故に遭っていた桜木のお母さんも病院で息を引き取った。  

 
 お母さんが事故に遭った車を運転していた叔母さんは、重体ではあったが、一命は取り留めたらしい。


 3組の構成員である桜木と、その二親等以内の親族であるお母さんが同日に亡くなった不幸な偶然を、僕たち3組の面々は当然、ただの偶然とは考えなかった。


 考えるわけにはいかなかった。


 僕も少からず因縁のある桜木の死に同様したが、すぐに思い至る。


 次は自分かもしれないという可能性に。


 次は著莪かもしれない、槍水部長かもしれない、白粉かもしれない。


 始まってしまったのだ。


 これから毎月、人が死ぬ。 

 
 
 僕と著莪は、近所の神社でお守りを買い、中にドリームキャストの広告を切り取って入れた。



 数日前に上げた気炎は、すでに立ち消えていた。


<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:26:48.94 ID:xfW5UDDZo<>
   k



 桜木が亡くなった。


 試験中にお母さんが事故に遭ったと知らせを受け、 慌てて教室を出た桜木は、階段を降りる際に足を滑らせ、手に持っていた傘の先端がたまたま喉に刺さり、病院に搬送中の救急車の中で亡くなったのだそうだ。


 死因はショックと多量の出血。


 教室から出て、廊下で離す見崎とぼくを怯えた様子で見詰め、桜木はぼくたちのいない方へ、遠回りの西階段を選び、あんな事故に遭った。


 その光景を目の当たりにした瞬間、胸に痛みを感じた。


 病院に行くと、案の定、胸の痛みは気胸によるものだった。


 幸い再発までには至っていなかったが、ぼくはその後、自宅療養を言い渡され、学校には行っていない。

<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:27:14.46 ID:xfW5UDDZo<>
 同級生の不幸には当然ショックを受けたが、僕の頭にあったのは療養明けに聞かせてもらえるはずの見崎に関する事情だった。


 大きな不幸を目の当たりにしてなお、まだそんなことを気にするのかと、我ながら呆れなくもないが……。


 桜木の死の直前の、あの怯えた表情……。

 以前、見崎のことを櫻木に聞こうとした時も、そうだった。

 彼女は見崎に怯えていたのだ。


 そう思うと……。 


 見崎のことを、考えずにはいられない。


 彼女は今、どうしているのだろうか……。


 なぜだか無性に、そんなことが気になった。



 * * * * *  

 
<>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/08(木) 22:30:12.68 ID:xfW5UDDZo<> 今日は以上です
これでChapter2終了

ようやっと死んじゃうかもしれないベン・トー、燃えAnother開幕
ググったらドリームキャストの広告画像掲載してるブログがあって助かった <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/08(木) 22:38:08.14 ID:5h3jjR66o<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/08(木) 22:50:32.72 ID:lR1B4fEko<> 乙
ついに始まったか…
フェア林強え <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/10(土) 17:33:04.33 ID:EHYAIIF6o<> 乙です
序盤の運命は劇的には変えられないか……
ところで、もしかして182-183の間で文章抜けがないか?
どうも文脈が…… <>
◆/CAUbbUAk6<>saga<>2013/08/10(土) 18:29:56.50 ID:2X6Obbfoo<> >>233ご指摘感謝です
以下>>182と>>183の間
 


 かといって、サカキに26年前の話、〈現象〉の話を直接するわけにもいかず……。


 苦肉の策として、僕はサカキが見崎に気をとられた瞬間、何か別の注視せざるを得ない事態を引き起こし、サカキの意識を見崎からこちらに引き付ける作戦をとった。


 具体的には、あえて白梅に叩かれるような状況を作り出したり――――



 女子のスカートを、めくったりしていた。



 …………。



 仕方なかった。



 サカキは相当強く見崎に興味を惹かれているようで、見崎を校内で見かけるたび、会話も打ち切って、引き寄せられるようにフラフラと歩いて行ってしまうのだ。

 
 僕と勅使河原は、それを見て頷き合ったものだった。


 おいおいサカキの奴、随分と鳴ちゃんにご執心のようだぜ、と。

<>
◆/CAUbbUAk6<>sage<>2013/08/10(土) 18:35:38.44 ID:2X6Obbfoo<> 更新はまた今度
chapter3は全部一度に投下します <>
◆/CAUbbUAk6<>sage<>2013/08/29(木) 23:52:05.73 ID:JbrVz84No<> 来週中に投下します <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/30(金) 00:03:40.33 ID:djzkyB//o<> 了解 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/08/30(金) 01:23:33.90 ID:5QbdSVkro<> 投下予告ktkr <> ◆/CAUbbUAk6<>sage<>2013/09/05(木) 19:33:26.35 ID:D6mcYHQfo<> 今週無理そうです
来週にします <> 以下、新鯖からお送りいたします<>sage<>2013/09/05(木) 19:47:40.69 ID:EtyGcXuMo<> 了解 <>
◆/CAUbbUAk6<>sage<>2013/09/13(金) 01:29:04.26 ID:gwMQOIoJo<> また一旦依頼出してきます
そのうち完結はさせます <> 以下、新鯖からお送りいたします<>sage<>2013/09/13(金) 01:31:24.72 ID:4vuOfCWdo<> 把握 <> 以下、新鯖からお送りいたします<>sage<>2013/09/13(金) 11:22:03.87 ID:fXI/MbGEO<> 了解 <>