◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:03:10.40 ID:d/9JR/ulo<>登場キャラ……鷺沢文香、プロデューサー

※鷺沢文香
http://i.imgur.com/hwXf0mt.jpg
http://i.imgur.com/acQrAA8.jpg


※地の文あり
※独自設定多め



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451754190
<>モバP「15年ぶりの鷺沢文香」
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:04:29.50 ID:d/9JR/ulo<>




――プロデューサーさんは……私をアイドルにしたこと、後悔していますか。




<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:05:59.83 ID:d/9JR/ulo<>



「モバPさん。最近、鷺沢文香と連絡取りました?」

ある日の仕事中、別事務所のプロデューサーと顔を合わせている時、
彼から不意に、かつての担当アイドル・鷺沢文香の名前を聞かされた。

「いいえ。鷺沢が引退して、地元の長野に戻ってから、それきりです。
 10年以上は話していないですよ。鷺沢が、どうかいたしましたか」



何事か、と俺が問うと、彼は何故か得意気にペラペラ喋り出した。

「もうすぐ、古書ブームが来るでしょう。
 新田次郎とか、向田邦子とか、横溝正史とか、大物がそろそろ著作権切れますから。
 それに合わせて、昔に鷺沢文香が主演で当てたアレ――古書店ミステリの映画をリメイクするんです」

「その企画、部外者の私へ漏らしていい話なんですか」
「んー、大丈夫ですよね。モバPさん、口が堅いでしょうから」
「はぁ」



鷺沢文香は、俺が昔――プロデューサーとして最前線にいた頃――担当していたアイドルの一人だ。

当時、文学部の女子学生だった文香が、神保町の古書店で店番をしていたところを、
俺が直接スカウトし、担当アイドルとした。

文香は当初、ライブを中心としたアイドル活動を行っていたが、
既に勢いに乗っていた渋谷凛や神崎蘭子と比べると、人気は物足りなかった。

さて、どうしたものかと思っていたところ、俺はあるベストセラー小説の映画化の企画を知った。
その小説は、古書店の女店主が主人公であった。

「それにしても、古書店シリーズとは懐かしい。そんなもの、やらせましたね。
 鷺沢は古書店の本棚が似合う珍しいアイドルだったので、ハマるかと思いまして」



古書店で実際に店番をやっていた文香なら、その主演にうってつけだ――と思った俺は、
プロダクションのツテで、女優経験のなかった文香を強引にオーディションへねじこんだ。

結果、文香は主演を勝ち取った。
演技力は未熟だったが、文香自身が役柄のイメージそのままだったのが幸いした。
映画もヒットを飛ばし、文香は一躍時の人となった。

「リメイクとなると、鷺沢版とも言うべき前の客を引っ掛けたいじゃないですか。
 だから、彼女を宣伝に使おうと声をかけたんです。でも、色よい返事がもらえなくて」
「鷺沢は、芸能界を引退して随分経ちますからね」



だが、文香の芸能生活は長く続かなかった。

あの映画が、あまりに鮮やかに人々の印象に残った。
以降の文香は、どのドラマに出しても、
劇中の――物静かで清楚な古書堂の女店主――イメージから脱皮できなかった。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:07:30.35 ID:d/9JR/ulo<>


「アレは鷺沢の代表作で……取ってきた直後は、私も担当Pとして鼻高々でした。
 しかし今振り返ると、アレが女優生命を縮めてしまったんじゃないか、と思います」

映画でもドラマでも、あのイメージ――素の文香――のようなニッチな役は、需要が少ない。
その上、アイドルからいきなり女優という転向で、演技の経験も不足していた。
演じられる役の幅が狭く、すぐに馬脚を露わしてしまい、仕事がどんどん減ってしまった。



「最初はステージで歌って踊るアイドルをやらせていたのに、
 下積みも無しでいきなり女優にしてしまって。彼女には、苦労をかけました」

仕事が減っていくに連れて、文香の芸能活動に対する意欲も冷めていった。
無理もなかった。俺の無茶振りに付き合わされて、それに必死でついていったら、あの有様だ。



ならば、文香をアイドル路線へ戻してやれば良かったのか。
それも、なかなかできない相談だった。

アイドルから女優へ、ヨソの部門のパイを強引に荒らしてからシレッと路線を戻す……
もし文香が女優として完全に失敗していれば、そんなマネしても臆面は無かった。

が、曲がりなりにもヒットさせてしまった。女優路線ならもっとうまくいくんじゃないか。
俺を含めた文香の周囲がそう思って、『あの当たりをもう一度』と、守株に傾いてしまった。

つまりは、プロデュースする側の都合だった。



あの映画から数年後、文香は引退を申し出た。
俺は引き止めた――今思い出すと、見苦しく思えるほど――が、文香を翻意させられなかった。

『もう私は、貴方の期待に応えるのが難しいと、そう思いますから……』

この言葉から、文香が包んでくれたオブラートを剥がしたら、
『もうついて行けない』ということだろう。



文香は東京を離れ、地元・信州の大学に戻ったと聞いた。

俺が文香について知っているのは、そこまでだった。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:08:18.08 ID:d/9JR/ulo<>



「実はね、モバPさん。今更になって、鷺沢文香の話を切り出したのは訳がありまして」

彼が口にした『今更』という響きが、妙にチクチクと刺さった。
彼にとって文香は、『あの人は今』に出るような過去の存在らしい。

確かに、かなり前の話だから、一般的には彼の感覚が正しいのだろう。

「リメイク版の女店主、うちのプロダクションの子がやるんです。
 だから、たった一日でもいい。鷺沢文香を長野から引っ張り出したい」
「彼女の説得を、俺にやれ、と」

俺の問いに、彼は頷いた。



「今の彼女は大学勤めで、連絡先を調べるのは簡単だったのですが、
 私が交渉したら断られてしまって。そのとき、彼女から気になることを聞いたのです」

彼はしばらく黙りこくった。
なんだよ。口が軽いくせに、勿体つけて。


「彼女は『モバPさんが来てくれるなら、話だけは聞きます』って言ったんです」



<> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 02:10:05.61 ID:6FHYe/fAO<> オススメスレに挙がってたの読んだよ。
あんたの作品が一番好きだ。期待 <>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:10:44.02 ID:d/9JR/ulo<>


彼との会話が終わって数日後。
俺は、文香が勤めている大学の職員名簿を調べた。

文香の肩書には『准教授』とついていた。専門分野は日本の古典文学らしい。
論文のタイトルを流し見してみた。いつの時代の日本文学かさえ分からなかった。

文香は芸能界から遠く離れた世界へ進んだのだ――その事実が、俺の内心を鈍く打ち据える。

文香にとって、俺の元でアイドルをやった経験に、何か意味はあったんだろうか。
文香の名前にくっついている肩書は、何も答えてくれない。
この教員紹介の欄だけを見た人は、まさかこの教官が元・アイドルとは思わないだろう。



俺は躊躇(ためら)った末に、文香が教鞭を執る大学へ連絡を取った。



文香と直接話すことはできなかった。俺は、自分の連絡先だけ伝えておいた。
すると半日ほど経ってから、俺の端末へメッセージが届いた。

『時間の都合がつけば、ですが――』

たったこれだけの枕詞のあとに、面会可能な日時だけが淡々と列記されていた。

文香は、俺に何か話すことがあるらしい。
そしてそれを聞くには、膝を突き合わせる必要があるようだ。
年配でもテレビ電話に抵抗がなくなった今の時代に、ゆかしいことだ。

俺は自分のスケジュールを、目を皿にして眺めた。
文香は何を話すつもりなのか。



端末越しのやり取りで日時を取り決める。
面会の日、俺は無理を利かせて仕事を切り上げ、東京から長野へ向かった。

信濃路へ向かう特急は、半世紀前のあずさ2号よりだいぶ早くなっていて、
文香とのことを思い出し切る前に、俺を長野まで届けていた。



特急を降りると、すっかり日が暮れていた。これは予定通りだ。
大学の先生は、時間に融通が利かないらしく、
文香が面会の候補に上げた時間帯は、どれも夕方か夜だった。



長野駅前には、噴水に囲まれて高々と立つ女性の立像がある。
名前は『如是姫』と言って、当地の名刹・善光寺にちなんだ像と聞いている。
『如是』は、是(これ)の如(ごと)く――望みのままこのように、という意味らしい。

文香が指定した待ち合わせ場所は、その像の前。

チョイスに皮肉めいた響きを感じるのは、
俺が文香に対して後ろめたさを背負っているせいだろうか。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:12:37.97 ID:d/9JR/ulo<>



「プロデューサーさんですね……お待たせいたしました。
 お久しゅうございます。鷺沢です」

俺が像のある広場で立ち尽くしていると、背中から声をかけられた。

「文香……こちらこそ、ご無沙汰で」
「私が東京から長野へ戻って、それ以来ですから……15年ぶり、でしょうか」



15年ぶりに見た文香の姿は、一目見たところ、さほど変わっていないようだった。

髪型は黒のセミロングでストレートのまま。前髪だけは歳相応に額を出していた。
夜の薄暗い中だから判然としないが、肌は記憶にある色より生白かった。
地味なスーツにやや大きめの鞄を抱えているのを見るに、大学から直行したのだろうか。



「こちらから呼び立てておきながら、遅参して申し訳ございません……」
「仕事だったんだろう、それなら仕方ない。学生か誰かが、質問に来たりとかしたのか。
 そうしたら文香の性格的に、きっちり納得するまで説明するだろうし」

文香はこちらを見つめたまま微苦笑した。

「図星かな。鷺沢先生は講義が終わるたびに、教壇に列ができる人気者だったり……。
 俺の学生時代に文香みたいな先生がいたら、何も無くてもムリヤリ絡みに行ったかも知れない」
「……おかげさまで、学生にもそれなりに構ってもらっておりますよ」
「お、文香の手前味噌とは珍しい」



俺の視線を避けるように、文香はくるりと向きを変えた。

「……お忙しいプロデューサーさんに、せっかくご足労いただきましたから。
 駅から少し歩きますが、いいお店をとっておきましたよ」
「では、お任せ致しますよ。鷺沢先生」
「……もう」

俺はどんな店に行くかわからなかったので、先導して歩く文香の後をただ追随した。
少し歩いて、駅前の繁華街が途切れたあたりで、文香が足を止めた。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:14:19.91 ID:d/9JR/ulo<>



文香に合わせて足を止めると、そこから古色蒼然とした日本家屋が見えた。
暖簾(のれん)がなければ、店と分からなかっただろう。

その暖簾をくぐってみると、室内では、ぼんやりとした闇と明かりが揺らめいていた。
和紙に包まれた灯明――骨董屋以外ではとうに消え失せた蝋燭の行燈が、照明に使われているらしい。



「今時、こんな店があるのか。まるで『陰翳礼讃』の世界だ」
「普段、眩しいステージをご覧じるプロデューサーさんには、物足りないかも知れませんが」

明と暗の境界が朦朧とした空間を、文香はしずしずと進む。
おそらく、彼女のお気に入りの店なのだろう。



「いや、このお店は好きになれそうだ。
 最近、スポットライトの光線が網膜にきつくて、
 かえってこういう趣が分かるようになってきたところなんだ」

俺も少しは繊細になったのかな、と呟くと、文香は口元を隠した。
なんだ、笑われてしまったのか。そんなに面白い諧謔だったとも思えないが。


<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:16:04.60 ID:d/9JR/ulo<>




書院を模した個室へ、文香と一緒に通される。

「お酒は召し上がられますか。翌日のご都合も、あるでしょうから……」
「是非ともいただこう。ただ、昔みたいにザルのマネはできないが」

文香との話が長くなると思って、俺はあらかじめ駅近くの宿をとっていた。
それで、いい雰囲気の店に連れて行ってもらったのだから、飲まない法はない。

「プロデューサーさんは、志乃さんや楓さんに酒量で張り合っておりましたね」
「最近は、もうさっぱりだ。スタドリとかで長年腎臓をいじめてきたのが祟って、
 いろいろな意味で無理の利かない体になってしまったから」



若かりし頃は――文香がそばにいた頃は――俺も無茶をしてきた。

そういえば、俺はアイドル時代の文香しか知らないが、文香もその頃の俺しか知らないのだった。
あちこちガタの来てる俺の姿を見て、年食ったなぁとか思ってるんだろうか。



「プロデューサーさんは、今もご活躍のようで。詳しくは存じませんが、お噂は伺っておりますよ」
「そうかな。あの頃のように、たくさん担当して馬車馬やってた頃に比べると、大人しいもんだよ」

俺の返事に、文香は小首を傾げた。

「そうでしょうか? 私、映画リメイクを知らせてくださったあの方から、ご教示いただいたのですが。
 プロデューサーさん、もうじき美城プロのアイドル部門のトップに就かれるそうですね」

俺は、映画リメイクの話を知らせてきた彼の顔を思い出した。

「美城プロの次期部門責任者を、長野くんだりまで呼びつけるなんて……だとか。
 ここまで露骨な言い方ではありませんでしたが、あの方には呆れられましたよ」
「他人のことだからって、勝手にペラペラしゃべって……」

俺は、彼との付き合いを考え直すことを決めた。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:19:17.74 ID:d/9JR/ulo<>


「長野まで押しかけてきて言うのもなんだが、仕事の話はさほど重要じゃないんだ」

文香は、意外そうな目つきになった。

「貴方が、私の素っ気ない返事にもかかわらずお越しになったので……
 もしかしたら、重要な案件かと思ったのですが」
「いいや。口が軽い彼は困るかもしれないけど、俺や文香が困ることは無いだろう」

文香が気を遣ってきたので、俺はその点について心配無用と断言した。
あくまで、文香はかつての映画版がヒットした時の主演女優。
宣伝する側としては、来れたら来て欲しいぐらいの勢いだろう。



「だいたいこの話は、文香も乗り気じゃないだろう。顔に『嫌だ』って書いてあるよ」
「私、そんな顔をしておりましたか……?」

文香は顔を俯けて、目だけでこちらを見上げてきた。

「顔はよく見えない。けど、文香が見せてくれないから、分かるんだよ。
 業界人が懲り懲りなのか、単に俺のツラが見るに堪えないのかは知らないが、
 今更、まともに顔を合わせたくないんじゃないか」



俺の言葉は、半分ハッタリで半分本気の推測だった。

文香は駅であったときからずっと、暗がりに半ば身を沈めて、まともに顔を見せてくれない。
お店の個室に入った今だって、部屋が行燈による薄暗がりのヴェールに包まれているから、
お互いの表情がなんとなく分かる程度の明るさしかない。

俺を相手するつもりがないのか。

あるいは、単に文香が谷崎潤一郎みたいな趣味になった可能性もある。



――が、文香は、俺の予想外の答えを返してきた。

「いいえ……私、貴方に含むところが……ということはございません。
 ただ私、大学帰りしか時間がとれなくて、貴方に会うのに、十分な身繕いもできず……」
「――あ、いや、わかった。もういい、もういいから、文香」



「今は、明るいところで貴方の目に晒すのが、憚られるのです……」
「……すまない、忘れてくれ」

俺は心底から文香に頭を下げた。
歳歳年年人同じからず、というのはお互い様だったようだ。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:20:56.25 ID:d/9JR/ulo<>



「貴方から連絡があって、それで返信を考えている時……
 貴方が来てくれれば、と思いました。来てしまったらどうしよう、とも思いました」
「面白い言い回しだな」

文香にしては、いやに引っかかる呟きだった。
文香は雄弁ではないが、言葉はしっかり選ぶ方だ。
こんな要領を得ない台詞を口にするとは、珍しい。



「お忙しい貴方が、東京から長野まで私のために来てくださる……ということは、
 未だに貴方が、私のことを気にかけてくださっている証……けれども」

燭台の明かりで揺らめく書院の光闇。
俺はその向こうに、滲み出るような文香の眼差しを見た。

眼光紙背――すぐれた読書家の目は、紙の裏まで見通すというが、
今の文香の目は、俺の顔の裏側まで見通してくるようだ。

「……けれども、それがポジティブな意味かどうかは、別ですから」
「つまり、何が言いたいんだ」

俺が文香に続きを促すと、文香はおずおずと言葉を続けた。



「プロデューサーさんは……私をアイドルにしたこと、後悔していますか」

<> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 02:21:08.61 ID:QbJYG+N1o<> 何年アイドルやってたのかは知らんが、30半ば〜40手前のふみふみか
問題ないな <>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 02:24:08.16 ID:d/9JR/ulo<> ごめんなさい中断です

話も文量もこれで折り返しです
今日の夜には終わります

>>6
ありがとうございます
自薦した甲斐があったぜ! <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 02:27:27.13 ID:ZQAeRhLCo<> 乙です <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 03:38:41.49 ID:fxawEPJT0<> 乙
この雰囲気すごい好き、続き楽しみにしてる <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 03:50:14.57 ID:/9INYf+go<> 今の寂しい環境のせいか恋愛事情ばかりが気になる <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 04:00:57.19 ID:uB1d0p9Ro<> これは期待 <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 06:11:15.33 ID:MciveAsu0<> え、何なのこの圧倒的な文章力
初めて読むけどすごく文章に引き込まれる
続きが来るまでに過去作を探して読まないと <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 09:44:11.61 ID:ppTHExwb0<> 陰翳礼讃か
現代文の教科書に載ってたなぁ

この人エロとか台本書きも多いんでそこ注意な>19 <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 10:43:12.13 ID:DueQW/xgo<> 幸せに慣れればそれでいいんだが不安だ… <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 14:16:42.45 ID:5kp7bzHHo<> とてもすばらしい
だがまゆの事は許さないゾ(鋼鉄の意志 <>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:40:26.59 ID:d/9JR/ulo<> (再開します) <> ◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:41:01.49 ID:d/9JR/ulo<>



俺は文香の問いに、口をもごつかせることしかできなかった。



文香をアイドルにしたことは、間違いだったろうか。

俺にスカウトされた当時、文香は19歳の女子大生だった。
そこから、一生でもっとも心身の瑞々しい数年を、
芸能活動のため、文香に捧げてもらった。



「申し訳ないが……後悔は、ある」



俺がやっと絞り出した声へ、文香は静かに応じた。

「貴方と出会った当時の私は、紙魚(しみ)のように、ただ紙にかじりついている本の虫でした。
 そんな私を、貴方は、ステージや銀幕へ導いてくださいました。
 長くは、続けられませんでしたが……胸を張れる結果を出せたと、そう思います」
「……そうか」



「そしてその結果は、偏(ひとえ)に、貴方のプロデュースの賜物です。
 それでも、貴方は……後悔しているとおっしゃるのですか」

文香の言うことは、妥当かもしれない。

鳴かず飛ばずのまま埋もれていくアイドル候補生が多い中、
文香は短い間とはいえ、芸能界の最前線で輝いていた。

「俺も、文香が東京を去って数年ぐらいは、プロデュースに成功したと自負していた」

文香の芸能活動は、商業的な成功か失敗かでいえば、確かに成功といえるだろう。

詮のない話だが、もし失敗していたら、
もっとすぐに素直に謝って、こんなにこじらせることはなかったかも知れない。



「でも、文香が大学で文学を続けてると聞いてから、
 俺はもっと根本的な問題を無視してたんじゃないか、という気がしてならない」

文香が、アイドルとして成功したかどうか――それよりも。
そんな皮相的な話ではなく、もっと本質的な話。



「俺が鷺沢文香を、神保町の古書店から芸能界へ連れ出したのは、
 果たして正しかったのか……そういう話だ」
<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:42:36.33 ID:d/9JR/ulo<>



「文香、君は活動の最後の方、明らかにやる気をなくしていた。
 その原因は、俺のプロデュース方針が迷走したのもあったろうが、
 『アイドルなんてやらず、きちんと大学へ通ってればよかった』と思ったからじゃないか」

文香は、芸能人として商業的には成功を収めていた。
だから、それからくる多忙さやなんやらのせいで、学業に支障があったはずだ。



「引退してからだって、例えば文筆業やるとか、出版社に勤めるとか、そういう転身だったら、
 『元アイドル・女優』ってレッテルが役立ったはずだが……」

しかし文香は、文学を究めるため大学へ戻った。
芸能活動で得た知名度が、無用の長物どころか足枷になりかねない分野だ。



「俺は、文香の才能を使い倒して、一時の美味しい成功だけもらって、
 そのために文香が本当にやりたかったことを、邪魔してしまったんじゃないか」

俺は今、とても情けない顔をしている。
それが、鏡も無いのに分かった。

「俺があの時、文香に声をかけたのは……文香のために、ならなかったんじゃないか、って」

行燈のぼやけた明かりが、有り難かった。
もし部屋が薄暗くなかったら、もっと酷い様を文香の目に晒していたから。
<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:43:21.08 ID:d/9JR/ulo<>



「……プロデューサーさんは、あの時も、今でも、本当にお優しい方ですね」

俺が言葉を詰まらせると、文香が口を開いた。



「プロデューサーさんが声をかけてくださった当時……確か、私は19歳でしたね。
 学生だったとはいえ、自分の選択へ責任を持たなければならない年齢です。
 ……私がアイドルになって、それで人生設計がどうなったとしても、それは私の責任でしょう」

だから、俺が『それ』を気に病むことはない、と。
文香のいうことは、たぶん正論なんだろう。

少なくとも、正論に聞こえる。



「……文香、その理屈は、アイドルが言うならともかく……
 アイドルの責任者たる担当プロデューサーが言っちゃあ、おしまいだ」

でも、心の底までそうやって割り切れるなら、
こちとら15年前のことなんか引きずっちゃいない。



文香は黙ってしまった。俺は沈黙に肺腑を締め上げられて、息もできない。
すぐに耐え切れなくなって、もう楽にしてくれ――と、文香に言葉を投げつける。

「逆に聞くが、文香は……アイドルになったこと、後悔していないか」

俺の問いに、文香は眉根を歪めた。
まるで、胸の病に苦しむ西施の顰(ひそ)みだった。


<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:44:02.06 ID:d/9JR/ulo<>


「貴方は、私に問われましたね。『アイドルになったこと、後悔していないか』と」

文香の舌は、ミステリの探偵役が推理を披瀝するように、重々しく言葉を紡いだ。

改めて『鷺沢文香はアイドルになるべきだったのか』と聞かされると、
この疑問に延々とこだわる俺が、まったくのダメプロデューサーにしか思えなくなってきた。

少なくとも、これはプロデューサーがアイドルに訊いていい質問じゃない。

でも俺はその疑問を、今日まで拭い切れていない。
だから、文香の名前を聞いて、俺の足は東京から長野まで衝き動かされた。



「プロデューサーさん。私の方を、向いてください」

文香の声に視線を引き上げられた。
文香が俺に向かって身を乗り出していたのに気づいた。
古書の紙がふわりと漂わせる、ほのかな甘さの匂いを感じた。



「15年もかかりましたが……今なら、言えます。その問いの答えを。
 顔を上げて。前を向いて。貴方の目を見て」

俺と文香は、プロデューサーとアイドルだった頃より近い距離にいた。
それを実感した一瞬、俺の心臓は年甲斐も無く跳ねた。

「貴方に応えてアイドルになったこと、一片の後悔もありません、と」



俺が至近で文香の瞳を見つめ返すと、文香はハッと色を変えて、
乗り出していた身を引っ込めてしまった。どうやら、勢いで前に出てきたらしい。



「……せっかくですから、私にも思い出話をさせてください。
 何から話せばいいのか、整理はついていませんが……聞いていただきたいことが、あります」

今も人前で話す職業なのに、この有様は恥ずかしい――と、文香は含羞を滲ませた。

俺はその様で、文香がアイドルになったばかりの頃を思い出した。
<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:44:34.91 ID:d/9JR/ulo<>



「冗長になってしまいますが……デビュー当初のことから、お話を。

 当時の私は、アイドルを目指すのが正しいのか?
 という核心的なことまで、考える余裕がありませんでした」



「ただ、活動そのもの……貴方とともに、アイドル・鷺沢文香の物語を綴(つづ)ること、
 その物語を通して私自身が変わっていけたこと、それらに何物にも代え難い喜びを覚えていました。
 古書に埋もれて、空想の世界に沈んでいた私が、アイドルですから……変わりもします。

 今になっても、ステージに立った時のことを夢に見ます。失敗も、成功も。

 そして、女優としては……貴方のプロデュースがあって、作品に恵まれ、
 15年経っても人が覚えていてくださるほどの、身に余る実績を残すことができました」



「私は、そんな自分に満足していたんです。してしまったのです。
 私が女優としてやっていけるよう貴方が東奔西走していた時に、
 私はここで安住したいと思ってしまったのです。

 私は、貴方の期待に応えるのが難しいと、そう思いました。
 だから、私から引退を切り出しました。私だけの貴方ではありませんから……」

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:45:05.67 ID:d/9JR/ulo<>


「引退してからしばらくは、まだ皆さんが覚えていてくださって……
 貴方がお察しした通り、色眼鏡で見られるなど、やりにくいこともありました」



「それでも、私は私なりに、懸命に学問へ打ち込みました。
 アイドル時代に負けないぐらい真剣に取り組みました。

 ……貴方と歩む物語を捨ててまで選んだ道。物にならなければ、私の気が済みません」



「……それも、なかなか上手く行きませんでしたが。

 芸能活動が多忙だった頃、私は大学を休学していて、ただでさえほかの人より数年遅れていました。
 その上、今言った通り……動機が不純でしたから。

 文学は、先人の残した言葉――その意を推し量る学問なのに。
 私は、自分の功名心を先人の言葉に押し付けていたのです」



「それで私は、何年か遅れて院を出ました。さて、どうしたものか」



「このご時世、文学で糊口をしのぐというのは、よほどの実績が無ければ叶いません。
 私にそんなものがあるはずもなく……私は、貴方のもとで稼いだ蓄えを切り崩しながら、
 大学でうだつの上がらない時間講師を続けておりました」

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:45:42.03 ID:d/9JR/ulo<>


「先の見通しを立てられない状況が、とても不安でした。

 芸能活動をしていた頃は、貴方が導いてくださったから、不安も乗り越えられました。
 しかし、引退してからは、もう貴方は道を指し示してくれない。

 そんな日々が続くと、私の心根もなんだか拗(ねじ)けてきて……

 お分かりになられますか。
 貴方の元を離れて何年も経って、私もいい年になったのに、
 経済的にも精神的にも、過去の貴方に頼りっぱなしだったのです。
 貴方に、合わせる顔がありませんでした」



文香の声も姿態も、俺が今まで見たこと無いほど痛ましく、
俺の堪え性のなくなった涙腺が、じりじりと騒ぎ出した。



「……お笑いくださっても結構です。
 笑えないなら、せめて詰(なじ)っていただければ幸いです。
 私の都合で、貴方に長い間、不義理を致しましたから……」

俺は口元を無理に広げようとして、表情筋を引き攣らせてしまった。
さぞ滑稽な表情だったろう。
これじゃ、笑うんじゃなくて笑わせに行ってるみたいじゃないか。

<>
◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:46:19.06 ID:d/9JR/ulo<>


「……あれ、文香、ちょっと待ってくれないか」

笑うのを諦めて一呼吸置いた瞬間、俺に一つ疑問が湧いた。



「大学へ連絡取る時に気づいたんだが、今の文香って准教だから、専任だよな」

卒業以来、とんと縁のない大学について、俺の知識は心許無かったが、
確か准教授や教授は専任しかなれなかったはずだ。



「ポストを得て、研究者として道筋がついたから、俺に会う気になったということか?」

俺の疑問を聞いて、文香は少し声を高くした。

「それもあるのですが……それに付け加えて、貴方に伝えたいことがありまして」

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◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:47:38.30 ID:d/9JR/ulo<>


「准教ポストは公募で、私より業績が上の方も応募されていたのですが、採用されたのは私でした。
 それが不思議だったので、私は担当のうちのお一方に、採用してくださった理由を聞いてみたのです。

 すると、その先生から、こんなお言葉をいただきました。



『先人の言葉から、それに込められた思いを汲んで、
 現代人に活かしてもらう――その橋渡しが、古典文学の意義です。

 しかし原文そのままでは、現代人に先人の思いが届きません。
 そのギャップを埋めるためには、人にものを伝える力が必要です。

 その力が一番すぐれていたのが、あなただった。それが理由です、鷺沢先生』



 ……と」


文香の目が笑った。それに引っ張られて、俺の頬も緩んだ。
今度は、痙攣しなかった。



「人にものを伝える力。
 立ち居振る舞い、声や呼吸の使い方、視線の受け止め方、ほかにも……
 私のそれは、貴方の元で教えていただいたことではありませんか?」

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◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:48:49.10 ID:d/9JR/ulo<>


「貴方に教えていただいたことを活かして、私なりの道を拓くことができたんだ、と。
 私が貴方の下で過ごした美城プロでの日々は、ただ私が楽しかっただけの徒花ではない、と。

 15年も経って、初めて誰かに認めてもらいました。
 
 それが嬉しくて、貴方に伝えたくなったのです」



本当に文香の言う通り、俺がアイドルや女優を文香へやらせたことが、
今の文香の地歩の、人生の、礎となっているのか。

そう信じられたら、そりゃあ俺だって悪い気分はしない。
ただ、なんだか、文香が俺に気を遣って、俺の功績を大袈裟に言ってる気がしなくもない。



そんな俺の内心を見通したのか、文香はさらに追撃を見舞ってきた。

「大学経由で貴方から連絡があって、それで返信を考えている時……
 貴方が来てくれるか、来てくれないか……どうかなと思いながら、返事を書きました。

 どちらでも構いませんでした。
 来てくれないなら、御礼は私の自己満足ですから、一筆書いて済ませるつもりでした。


 けれど、貴方は来てくださった。
 それは貴方が、未だに私のことを、東京から長野まではるばるやってくるぐらい、気にかけてくださっているということ。

 それは嬉しいのです……が、その『気にかける』というのが、
 負い目とか、後ろめたさとか、おそらくそういう感情なんだろうと、
 それを抱えて、貴方は長野にやってくるだろうと……そう思っていました」



鮮やかに、図星を指された。
こうまでピシャリとやられると、もう文香には敵わない気がしてくる。
文香の言い様が大袈裟だ……なんて疑問を差し挟むのが、くだらないと思えてくる。

アイドルだった頃は、俺の後ろをヒヨコみたいにくっついて歩いてたのに。
いつの間にか立派になって、俺より早く過去と向き合っていた。



「だから、そんな貴方に、15年間、申しそびれていた言葉を、改めて……
 貴方の下でアイドルとして活動できたこと、本当に感謝しています」



文香の、目遣いが、首や手の角度が、吐息が、言い回しが、間が、伝えてくる。
女優であった頃の流儀を残しつつ、おそらく教壇の上でさらに磨かれた文香の所作が、伝えてくる。
文香の伝えんとする心を、俺に伝えてくる。
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◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:49:20.30 ID:d/9JR/ulo<>





「さて、改めてお聞きいたします。
 プロデューサーさんは……私をアイドルにしたこと、後悔していますか」



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◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:50:09.48 ID:d/9JR/ulo<>





――あ……急な連絡すみません。美城プロのモバPです。
――先日伺った……例の映画で、宣伝に鷺沢を使えたら? という件です。

――昨日、長野に行って、久しぶりに鷺沢と話しました。残念ながら、断られてしまいました。



――顔色が悪い? 声もひどい?

――ああ、これは……ご心配されずに。ただの二日酔いです。

――鷺沢と会ったら昔話に花が咲いて、気分まで昔に戻って、
――つい若い頃の勢いで呑んだら、この有様ですから……。




(おしまい)





※『Bright Blue』歌:鷺沢文香(試聴)
https://www.youtube.com/watch?v=67bgK3LMkD4

CD好評発売中 みんな買おう聞こう!
あと先日募集していたjewelrysのカバーも何になるか楽しみですね



新年早々、文香Pのものすごく熱心な営業にほだされ、つい一本

書いてる途中、伝える力(性的な意味で)って電波が降りてきました
が、ほかで供給ありそうなんで無視しました

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◆Freege5emM<>saga<>2016/01/03(日) 17:50:51.99 ID:d/9JR/ulo<>

●過去作(文香) 今回とつながりはないですが、よろしければ

鷺沢文香「百薬の長でも草津の湯でも」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426413589/

文香「もしも美嘉さんが」志希「あたし達のおねえちゃんだったら!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436714850/

文香「包容力が欲しい?」志希「うん!」美嘉(えっ?)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1439724231/


<> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 17:57:15.67 ID:CwIn4vNOo<> 乙

良かった <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 17:58:18.58 ID:3JB3ph2C0<> 乙
心の底から乙

朝このスレを見つけてから過去作を探して
今オススメスレで挙げられていたのを読んでいた最中だけど、心にじんわりと染み渡る良作ばかり
俺もSS書いてるけど嫉妬するを通り越して羨望するレベル
読んでたら文香メインのSSを書きたくなってしまった <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 18:00:02.87 ID:FCHIG5OLo<> 乙
流石書き慣れてるなww
ついでに紙魚ってキモいよね! <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 18:19:46.41 ID:94n/YejwO<> >>36
これの一つ目もだけど、文体が文香の雰囲気にあっていて、素晴らしかったです
余韻がたまらんー <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 21:34:29.07 ID:Ouf5xrvyo<> 乙

とても良かった(伝える力のない感想)
文香感溢れるなあ <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/03(日) 21:59:28.94 ID:fxYeCOdFO<> 乙
語彙力高杉ィ! <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお迭りします<>sage<>2016/01/03(日) 22:30:18.99 ID:sAEVat8wO<> 西尾っぽい構成だな <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/04(月) 01:35:13.94 ID:cs/ZA12oo<> おつ
このままちゃっかり結婚しないかなあって思っちまったよ <> 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします<>sage<>2016/01/04(月) 09:39:03.39 ID:8yRsn4XFo<> おっつ <>