◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:21:39.72 ID:8E0Mm5v40<>

時津風「ねぇーしれー。急に呼び出して、お話ってなーにー?」

提督「大事なことを思い出したんだ」

天津風「どうせまたロクでもないことなんでしょ。いいわよもう」

提督「いやいや、本当に大事なことなんだ。君たちにも関係のある話なんだぞ? いいのか?」

浜風「それはそれで嫌な予感がするのですが……」

浦風「提督さんはいっつも突然じゃけぇねぇ」

提督「思えば君たちないない駆逐隊がココへ来て、あっという間に3年という月日が経った……」

島風「え、まだ一か月くらいだよ」

提督「色々あったな……。墓掃除、テレビや雑誌の取材、水着だらけの大運動会……」

雪風「どれも楽しかったです!」

天津風「いや、最後のはやってない」

提督「どれも貴重な体験だ。だが、私は思い出したんだ。君たちがココへやって来た、本来の目的を」

浜風「駆逐艦の強さに定評のあるこの鎮守府に我々が一時的に所属することで、

   その強さを学ぶ……というような目論見だったと思いますが」

提督「そう! その通りだパイ風!」

浦風「提督さん、それセクハラじゃ」

提督「すいません」




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1473942099
<>提督「走れ、ないない駆逐隊!」 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/15(木) 21:23:29.20 ID:O31yg6pR0<> 待 っ て た <>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:26:05.19 ID:8E0Mm5v40<>


@提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454071396/ )

A提督「踊れ、ないない駆逐隊!」( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457606813/ )

B提督「輝け、ないない駆逐隊!」( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1461932975/ )

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:29:38.77 ID:8E0Mm5v40<>

提督「要するに、君たちを鍛え上げて中央の鎮守府へ送り届けるという、そちらの提督代理、翔鶴との約束だ。

   しかし、まだ特訓らしい特訓を何もしていないことに気が付いたんだ」

天津風「今さら!? っていうか本当に大事なことじゃないの!!」

提督「な? 大事な話だろ?」

時津風「このまま忘れててくれたら面白かったのになぁー」

提督「ここで問題。デデン」

浦風「唐突じゃね」

提督「よい駆逐艦が育つのはなぜか!? はい、雪風くんの答え!」

雪風「間宮さんのアイスが……!」

提督「おっ、間宮さんのアイスが……!?」

雪風「おいしいからです!!」

提督「あー、残念。全然ちがう」

浜風「何なのですかそのテンションは」

提督「じゃあ旗艦の天津風。なぜだと思う?」

天津風「それは…………そうね。嚮導じゃないかしら。優秀な指導者がいるから、優秀な部隊ができるのよ」

提督「さすが天津風だ。駆逐隊を指導する良き指導者の存在……

   そしてその指導者を指揮する優秀な司令官こそが重要であると。うむ、完璧な答えだ」

天津風「そこまで言ってない」

島風「おー、さっすが秘書艦。 ひゅーひゅー」

天津風「だから言ってないってば!!」

提督「まぁそういうわけで、期間限定ではあるが、ある人物に君たちの嚮導を依頼した」

時津風「えー、先生が付くのー? 時津風たちのペースでやらせてよー」

提督「まぁそう言うな時津風。既にお願いしてしまったし、そろそろココにも……お、来たようだな」



   コンコン



???「失礼します」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:35:54.83 ID:8E0Mm5v40<>

神通「ないない駆逐隊の皆さん、初めまして。私は軽巡洋艦、神通と申します」

提督「こちらの神通が、君たちの嚮導を務める」

雪風「わー、キレーな人です!」

提督「神通は美人なだけではないぞ。

   何を隠そうウチのナンバーワンの駆逐隊も、神通の指導を乗り越えて強くなったんだ」

浦風「へぇー。まさしく強さの秘訣みたいなお方なんじゃねぇ」

島風「ふっふっふー。でも島風たちは滅茶苦茶だから、一筋縄ではいかないよ!」

浜風「その通りですけど、威張って言わないでください」

神通「あはは……それは少し不安ですね。私は、人にものを教えるのが下手なので」

時津風「そうなのー? へー、じゃあ案外、時津風たちが教わることはあまりないかもねぇ。

    滅茶苦茶なのはたしかだけど、みんな強いから!」

天津風「こら時津風、調子に乗らないの!」

神通「いいえ、皆さんの腕が確かだということは存じています。

   陽炎型の性能にも劣らない素晴らしい戦闘技術、よく見ていましたから」

提督「神通の指導が必要ないと私が判断した場合、神通を嚮導から外す。

   それまでの間、みんなは嚮導の指示に従うこと、いいな?」

雪風「はい! 雪風、よく分かりました!」

提督「よしよし、良いお返事だ。神通もよろしくな」

神通「はい」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:39:41.04 ID:8E0Mm5v40<>

天津風「あの、神通さん。あたしたちこんなだから、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが……」

神通「いいんですよ天津風さん。うんと迷惑をかけてください」

天津風「え……?」

神通「私は嚮導です。どれだけ迷惑をかけられようと、この命に替えてでも教え子たちを守ります」

天津風「神通さん……」

神通「あ、ところで皆さん? 特訓を行う上で、最初に尋ねておきたいことがあるのですが……」

提督「………………」



神通「『楽しい特訓』と『少し辛い特訓』……どちらにしましょうか?」



浦風「へ? ……え、えぇっと……」

島風「速い特訓!!」

天津風( え……いきなり何この質問…… )

浜風( 質問が妙に意味深……いや、しかしこの笑顔は…… )




時津風「そりゃー楽しい特訓がいいよ。ねー、雪風?」

雪風「はい! 雪風、楽しいこと、大好きです!」





神通「はい。よく分かりました」ニッコリ






提督「では、特訓は明日からだ。皆、今日はしっかり休むといい」

時津風「はーい!」




   ぞろぞろぞろ…… バタン


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:44:38.71 ID:8E0Mm5v40<>

提督「急にお願いして、すまなかったな神通」

神通「いいえ。ですが、本当によろしいのですか? 私で」

提督「私は適任だと思うが」

神通「ありがとうございます。ですが私は、少し怖いです」

提督「…………」

神通「また……嚮導を変えてくれと言われてしまうかもしれません」

提督「君が嚮導を辞めたいと言ってくるパターンもあるな」

神通「本当に私、下手なんです。人にものを教えることが」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:46:01.13 ID:8E0Mm5v40<>

          〜 翌日 〜





  ハァ……ハァ……ハァ……


時津風「なんで……いきなり……走ら……されてるの……」

天津風「まずは……基礎体力を……つけろって……ことでしょ……」

浦風「うち……もう挫けそうじゃ……」

島風「今さらこんなの、島風には必要ないのに。……って、皆おっそーい!」

天津風「あなたが速いの、島風」

浜風「……どれだけ疑問があろうと……嚮導の神通さんが走れと……

   言っている以上、私たちはそれに従うしか……ありませんね」

神通「皆さん、顔が下を向いていますよ」

浦風「うぅ……そう言うても……体力が……」

神通「敵は前方にいます。下にはいません」

時津風「そもそも陸の上で戦闘なんてしないよぉ〜」

神通「つべこべ言わずに、ほら皆さん、頑張りましょう」

天津風「みんな……顔を上げましょ……。でないとこれ、終わらない……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:48:23.61 ID:8E0Mm5v40<>




神通「あなた達に足りないのは観察力……見る力です。いかなる極限状態でも、敵を見てください」

浜風「見る力……」

神通「敵がどのタイミングで砲撃を行うか、どこを狙って射撃するか……。

   すべては敵の体幹、表情……特に目の動きで察知することができます」

島風「えーっ?! でも、深海棲艦に表情なんてないじゃん」

神通「ありますよ。恐怖、怒り、嘲笑……相手が人型であればあるほど、表情は読みやすくなります」

浦風「深海棲艦の表情……うち、そんなん意識したことない……」

神通「目は口ほどにものを言う、というやつですね。これができて、初めて水雷屋です」

天津風「水雷屋のハードル高いですね……」

島風「スピードさえあれば敵の攻撃なんて当たらないのに」

時津風「そんなのできる気がしないよぉ〜」

雪風「雪風、時津風ちゃんの表情が分かります! すごく苦しそうです!」

浦風「あはは……深海棲艦がみーんな時津風みたいに、分かりやすい表情してくれとったらえぇのにねぇ」

浜風「そんな深海棲艦は、きっと怠けて深海に潜ったままですよ」

時津風「えー、ひどーい?!」




神通「さすがですね皆さん。お喋りできるくらいに余裕がありそうですし、あと2周、追加しましょうか」

一同「………………」






雪風「神通さん……鬼だと思います!」

天津風「これで……何度目の『あと2周』かしら……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:50:47.25 ID:8E0Mm5v40<>




             〜 数日後 昼休み 〜





天津風「みんな……ほら、食べないと」


一同「…………」


天津風「島風、食べるの遅い」

島風「食事が速くたって、何の意味もないんだよ、天津風ちゃん」

天津風「…………」

雪風「お腹すいてるのに、ごはんが喉を通りません!」

浜風「結局、初日から今に至るまで、走ってばかりでしたね……」

浦風「もうしばらく、艤装を使った訓練はしとらんねぇ……」

時津風「うー! イヤ! こんなの特訓じゃないー!」

天津風「時津風、文句言っちゃダメよ」

時津風「だいたいコレのどこが『楽しい訓練』なの!? 走ってばっかで辛いし、全ッ然楽しくない!」

雪風「思ってたのと違いました!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 21:57:24.78 ID:8E0Mm5v40<>





          〜 司令室 〜




提督「おお天津風、見事にやつれているな」

天津風「おかげ様で」

提督「特訓と秘書艦、同時にこなすのがキツイなら……」

天津風「いいわよ別に」

提督「そうか……。だが無理はするな。本当に辛くてダメそうなら遠慮なく言いなさい」

天津風「平気だってば。秘書艦は走らなくていいもの」

提督「そうじゃなくて」

天津風「え?」

提督「もし辛くて耐えられないというのなら、いつでも神通を嚮導から外すと言っているんだ」

天津風「…………」

提督「君はないない駆逐隊の旗艦でもある。天津風が大丈夫でも、

   他のメンバーが耐えられそうにないと感じているのなら、無理をすべきではないと思うがな」

天津風「………………時津風が」

提督「時津風が?」

天津風「今のところあの子が心配。ああいう運動得意じゃないし、ストイックな性格でもないし、それに……」

提督「それに?」

天津風「それにあの子……ずっと前に『艦娘には、なりたくてなったわけじゃない』って言ってたのが、ずっと頭に残ってて……」

提督「…………」

天津風「あたしも詳しいことはよく知らないけど……あの子が特訓で辛そうな表情をしてるのを見るたびに不安になるの。

    自分の意志とは反する形で艦娘となって、それで辛い思いをして……。

    自分が今艦娘であることを、本人はどう感じてるのかなって……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:00:03.26 ID:8E0Mm5v40<>

提督「…………。皆、艦娘への志願理由はそれぞれ違うだろうが、それなりの覚悟を持って志願している」

天津風「そうよ。いくら力を得ても沈むことはあるし、いくら平和を守っていても全ての人から感謝されるわけじゃない」

提督「そうだ。昨今では艦娘という存在に異議を唱える反政府組織の活動も活発になっている。

   そういう批判さえも覚悟のうえで、君たちは艦娘になったのだろう?」

天津風「えぇ。でも……」

提督「あぁ……だが、中にはそうでない艦娘もいる。志願という形はとっているが、

   何らかの事情で艦娘になることを余儀なくされた子もいるだろう。それは、時津風だけじゃない」

天津風「…………」

提督「そういった子たちでも、しばらくして艦娘として生きるうちに、艦娘であり続けたいと考える者もいる」

天津風「でも、最悪の場合……時津風は……」

提督「最悪、特訓が嫌になって艦娘を辞めたいと感じてしまうんじゃないか、と?」

天津風「…………」コクン

提督「もし彼女が自らの意志で解体処分を申し出た場合、私に引き止める権限はない。

   それも彼女が決めた、進みたい道なのだから」

天津風「だから迷ってるの。あたしたちが強くなるために必要な訓練なら、最後までやり遂げたい。

    でも、それで大切な仲間を失っていたら、悲しいじゃない」

提督「そうか……」

天津風「………………」

提督「……なら少し、気分転換でもしてみるか?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:05:34.35 ID:8E0Mm5v40<>






               〜 駆逐艦寮 会議室 〜




天津風「みんなお疲れさま。気分はどう?」

時津風「最悪ぅ」

雪風「雪風、もうずっと眠いです」

島風「くかー……」

浦風「もう動くのも億劫じゃ……」

浜風「さすがに体力の限界です」

天津風「うっ……みんな想像以上にぐったりしてるわね……。でも喜びなさい、良い知らせを持ってきたわ!」

時津風「はっ、もしかして特訓終了!?」

天津風「いや、違うけど……」

時津風「…………はぁ」

天津風「露骨にテンション落とさないでよ」

島風「ねー、天津風ちゃん、それで良い知らせって何?」

天津風「うん、実はね……あたしたち、街へ買い物に行くことになったのよ!」

雪風「わぁ、お買い物!」

天津風「そう、お買い物。というか、おつかいなんだけど」

浦風「おつかいはえぇけど、どうしてそんな話に?」

天津風「まぁ大まかに説明すると、業者への発注ミスがあったわけよ。で、必要な日用品がほんの少し不足しているの」

浜風「再度業者へ発注して運送させるのも手間なので、我々が自ら買い出しに行くということですか」

天津風「まぁそんなところね」

島風「でもそれ、わざわざ私たちがすることー?」

天津風「あたしたち、この辺りの街の様子とか知らないでしょ。それに地獄の特訓の慰労も込めて、気分転換にどうだって、提督が」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:10:22.28 ID:8E0Mm5v40<>

時津風「うー……それって気分転換なのかなぁー。どっちかっていうと雑用?」

天津風「甘いわね時津風。あたしたちは勇猛果敢、自由自適な駆逐艦よ!」

時津風「え、どゆこと?」

天津風「提督がどういう思惑であたしたちを指名したかなんてどうでもいいの。

    これは絶好のチャンス。あたしたちは、あたしたちのやり方で、この買い出しを意味のあるものにするのよ」

浦風「ほほう。何か企んどるねぇ、天津風」

天津風「いい? ここに提督がくれた買い物リストがあるわ」

雪風「分かりました! つまり、そこに書いてあるものを買うってことですね!!」

島風「え、当たり前じゃん、何言ってんの」

天津風「ところがどっこい。そうはいかないのが駆逐艦よ」

雪風「え?」

天津風「あたしたちのミッションは、このリストにあるものをいかにして“買わない”か」

浦風「買わない? じゃあうちら、街まで何しに行くん?」

浜風「資金を握りしめて豪遊でもしようと言うのですか」

天津風「そんなわけないでしょ。買わずに手に入れるのよ」

時津風「え、そんなことできるのー?」

天津風「ふふふ……まぁその方法については追々話すわ」

浜風「要は何とかしてお金を消費せずに物資を仕入れ、浮いた資金をこちらの手取りにすると」

雪風「さすが天津風ちゃん! ズル賢いです!」

浦風「秘書艦とは思えん発言じゃけどね」

天津風「いいのよ別に。向こうに戻れば秘書艦じゃないんだし」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:22:11.85 ID:8E0Mm5v40<>

島風「で、浮いたお金はどう使うの?」

天津風「いい質問ね島風。浮いた資金はズバリ、交渉材料に変えるのよ」

雪風「こーしょーざいりょう?」

天津風「必要な日用品は申請が通れば仕入れてくれるでしょ? でも、逆を言えば許可の下りないものは手に入らないの」

浜風「鎮守府は公的機関ですからね。わざわざ不要な物資を仕入れていたら悪評に繋がります」

天津風「そう、だから普通じゃ手に入らないものって結構あるのよ」

島風「例えば?」

天津風「体に悪いくらいの甘いものとか、お化粧品とか、あとは漫画や刺激の強い雑誌とか……。

    そういう世俗にまみれた物を、街で仕入れるチャンスなの」

時津風「うおー……天津風、すごく悪い顔してる」

天津風「それらを自分たちで楽しむのも有りだけど、交渉材料としては効果テキメン。

    夕食のおかずを一品増やせる、優先的にお風呂に入れる、

    夜中に抜け出したのがバレても口止めできる……可能性は無限大よ!」

浜風「とんでもないことを言い出す秘書艦様ですね」

雪風「でも……ちょっとワクワクしてきました!」

天津風「でしょ? やっぱりこれくらいの楽しみがないとね。特訓ばかりじゃ気が滅入っちゃうし」

浦風「ま、駆逐艦らしいといえばその通りじゃね。陽炎たちもこういうことしよったけぇ」

天津風「ね? いい考えだと思うわよね、時津風も」

時津風「うーん、まぁウチの旗艦が言うならねぇー」

天津風「ふふっ、皆もの分かりがいいわね。じゃあいい? 禁断の輸送作戦、決行は明日よ!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:32:46.43 ID:8E0Mm5v40<>






             〜 翌日 デパート 〜





雪風「ヒトマルマルマル。いつもより早く起きた雪風たちは、しれぇに挨拶した後

   電車とバスを乗り継いで、街のデパートまでやってきました!

   デパートは鎮守府よりも大きい家なのに、空気がひんやりしていてとても快適です!

   でも、のんびりしてはいられません。今からないない駆逐隊は、一世一代の大勝負に出るのです!!」




浜風「雪風がテンションの上がりすぎで謎のモノローグを語りだしましたね」

浦風「艦娘になってからはあまり街へは出られんけぇね」

島風「ねぇねぇ早く行こ! ねぇ、ねぇねぇ早く!」

雪風「すごいです! 広いです! 色んなものがあります!」

時津風「なーんか、島風がやかましいのはいつものことだけど……―――」

島風「ちょっとぉ」ムスッ

時津風「―――雪風がこんなにはしゃぐなんて珍しいねぇー」

雪風「はい! 雪風、こういう所、初めてなんです!」

時津風「え? うそ。雪風、一回もないの?」

雪風「一回もです!」

時津風「へぇー」

天津風「………………」

島風「ねぇねぇ早く行こうよー!」

浜風「そんなに急いでどこへ行く気ですか」

島風「わかんない!」

浦風「ただ走り回りたいだけなんじゃねぇ……」

天津風「さて、それじゃあ皆、ここからが本番よ。禁断の輸送作戦、第一の壁……それは……」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:36:53.33 ID:8E0Mm5v40<>

浜風「資金を浮かせることですね」

天津風「そう、要するに必要なものを買わずに手に入れることよ」

浦風「そんなこと、本当にできるん?」

天津風「できるわ。まずはこれ、提督の買い物リストを見てほしいの」

島風「割り箸、スリッパ、油性ペン、接着剤、フライパン、ソファ、綿棒、壁掛け時計……。なんかバラバラ」

天津風「そう、買い忘れの集まりだから当然ジャンルはバラバラ。それぞれの価値も大きく異なるわ」

時津風「へぇー……でもこのメモ、結構てきとーだなぁ。お金の計算してないんじゃない?」

天津風「良い所に気が付いたわね時津風。そう、これこそが、私たちの付け入る隙よ」

雪風「どういうことでしょう?」

天津風「いい? あの人ズボラだから、この商品はだいたいいくら、っていう計算しかしてないの」

浜風「調べもせず概算で内訳を立て、合計必要金額はこれくらいだから、我々にはコレだけのお金を渡しておく……ということですか」

浦風「それ、経費の使い方としてダメじゃろ……」

天津風「少し多目に見積もってあるから足りなくなることはないと言っていたわ。

    で、余った僅かなお金で甘いものでも食べて帰ってきなさいってね」

浜風「何気に温情ですね」

天津風「けどその温情……悪いけど投げ捨てるわ!」

浦風「提督さんが聞いたら泣くかもしれんねぇ」

天津風「このリストの中で一番の狙い目は『ソファ』よ。古くなった応接室のソファだと言っていたわ」

時津風「あーあれかぁ、雪風がかじって破いたやつ」

雪風「かじってないです!」

島風「あれは早く買い替えたほうがいいと思ってたよ。ちょっと飛び跳ねただけでボキって」

天津風「あんたたち……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:41:00.99 ID:8E0Mm5v40<>

浜風「話を戻しましょう」

浦風「それで、なんでソファが狙い目なんじゃ?」

天津風「提督が適当に見積もった中で、最も高額なものだからよ」

浜風「なるほど……だいたいの察しがついてきました」

天津風「禁断の輸送作戦……成功の秘訣は、とにかく激安なソファを手に入れることよ!」

浦風「あー……その差額分を、うちらの手取りにするっちゅうことじゃねぇ……」

島風「せこい」

雪風「でもそんな安いのだと、お尻が痛くなりそうです!」

天津風「どれだけ粗悪なソファでも構いはしないわ! 私たちないない駆逐隊は、どうせ近いうちにここを出るんだから!」








一同( なんでこんな必死なの…… )



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:44:46.22 ID:8E0Mm5v40<>





        〜 家具売り場 〜




島風「わーい、ふかふかー」

天津風「う、嘘でしょ……」

時津風「ねぇねぇ雪風ー、これ見てー」

雪風「あははっ、ヘンな形のソファです!」

天津風「ソファって、こんなに高いの……?」

浜風「そもそも安いものでどれくらいだと思っていたんですか」

天津風「500円くらい……」

浦風「それはいくら何でも安すぎじゃて」

天津風「ぬかった……完全に見誤っていたわ……これじゃ禁断の輸送作戦は……」

島風「天津風ちゃん! こっちの動くソファにしようよ! すごいよ! これ、なんか動く!」

時津風「あ〜、極楽〜、時津風、今日からデパートの子になる〜」

雪風「すぅ…………」スヤスヤ

天津風「っていうかあの人(提督)……きっちり最安値のソファで計算してある……!!」

浜風「どうやら下調べもしないズボラは天津風の方だったようですね」

浦風「ほーら天津風ぇ、いつもお世話になっとる提督さんの温情を投げ捨てるなんて言いよるけぇ、罰があたったんじゃて」

天津風「くぅ……変態提督のくせに生意気だわ……」

浜風「自分に非はないと言い張る気ですね」


島風「ねぇー天津風ちゃん! 早く次行こ! 次!」

時津風「むにゃ…………」スヤスヤ

雪風「すぅ……すぅ……」スヤスヤ


天津風「くっ……」

浦風「天津風、もういいけぇ、普通に買お?」

天津風「まだよ……まだ、最後の切り札が残っているわ!」

浜風「切り札?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:53:19.48 ID:8E0Mm5v40<>

天津風「着いたわ、ここよ」

浜風「福引会場ですか」

天津風「提督から一枚貰ったの」

浦風「またもや提督さんからの温情じゃねぇ……」

島風「あー! ガラガラマシーン回すやつ! 天津風ちゃん、私がやるー!!」

天津風「だめ」

島風「えーっ!」

天津風「これは真剣勝負よ……。見て、1等はハワイ旅行、2等は冷蔵庫、3等はソファ!」

浜風「なるほど……ここで3等を当てることができれば、ソファ代は丸ごとチャラにできますね」

天津風「そういうこと。しかも福引期間は3日間……今日はその初日だから、

    どーせ1等や2等なんて出やしない! 3等のソファが出る確率は高いはずよ!」

浦風「えらく偏った見解じゃね……」

時津風「ふぁ〜……。でも、そんなの絶対当たんないと思うなー」

天津風「そう決めつけるからダメなのよ。神通さんも言っていたでしょ、こういうのはしっかり見ることが大事なの」

島風「見る?」

天津風「そう……この福引会場の立地、周囲の客層、ガラガラや出玉の大きさ……

    その他の色々なことにも注視して、理論的に最適解を導き出すの」

時津風「おぉ……なんか天津風が頭良さそうなこと言ってる……!!」

天津風「そして、陽炎型の九番艦、天津風が導き出した答えは!!」


一同( ………… )ゴクリ……

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 22:57:45.14 ID:8E0Mm5v40<>

天津風「雪風に回してもらう!!!」



浜風「結局 運任せじゃないですか」

浦風「まぁ……そんなことやないかと思っとったけぇ、驚かんけどね」

天津風「さぁ雪風! いつまでも寝ぼけてないで、はい、これ持って、福引券!」

雪風「うぅ……なんでしょう……」

時津風「ガラガラやってほしいんだってさー」

雪風「ガラガラ?」

天津風「雪風、あなたはとにかく、余計なことは何も考えずにアレを回してくるだけでいいの。オッケー?」

雪風「うぅーん……よく分かりませんが、回してこればいいんですね?」

天津風「そうよ」

雪風「はーい……」

天津風「頼んだわよ……」









雪風「あの、これやりたいです」

お姉さん「あっ、はーい。それじゃあお嬢ちゃん、ゆっくり一回まわしてね」

雪風「はーい」


   ガラガラガラ……


天津風「いける……あの子の運と、物欲の無さなら……」

浜風「誰かさんの邪心が妨害しているのが見えますね」


   ガラガラガラ……     コトン


雪風「あ、出ました」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:00:50.27 ID:8E0Mm5v40<>



残念賞:香り付きポケットティッシュ





天津風「…………」

雪風「見てください! なんかスゴイもの貰っちゃいました! すぅ〜、はぁ〜、いい匂いです!」

時津風「くんくん。へー、ほんとだー」

天津風「終わった……。何もかも終わった……あたしたちの悲願は、ここで潰えたわ……」

浜風「いや、悲願と言うほどではありませんが」

浦風「どっちかって言うと、元の鎮守府に戻ることの方が悲願じゃろうに」

雪風「元気だしてください天津風ちゃん。いい匂いですよ」スッ

天津風「要らないわよ!」ペシッ

雪風「あぁっ、自販機の下に……」

天津風「はぁ……もうダメね。大人しく提督に言われた通りの買い物をして帰るしかないわ」

浦風「まぁまぁ天津風、そう気を落とさんと」

浜風「それにしても、天津風がこんなにもムキになるなんて珍しいですね」

島風「天津風ちゃん、いつも私たちが悪い事するとガミガミうるさいのに」

天津風「だって……最近みんな暗いから、あたし…………」




雪風「キラキラしてますね」

時津風「わー、ホントだ。ねぇ見て、スゴイよ天津風」




天津風「もう、何よ。今度はティッシュが光りでもしたの? こっちは絶賛真っ暗で……え、なにそれ!?」

雪風「指輪です」

天津風「いや、そんなの見れば分かるわよ! どうしたのよそれ!」

雪風「さっき自販機の下に落ちたティッシュを取ろうとしたら、これが一緒に出てきました!」

時津風「すっごいキラキラした宝石がついてるねー」

天津風「…………へぇ」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:11:00.74 ID:8E0Mm5v40<>

島風「天津風ちゃん、また悪い顔してる」

浜風「幸運の駆逐艦……恐れ入りましたね。その宝石にどれだけの価値があるかは分かりませんが

   福引でソファを引き当てるよりも、遥かに利益は大きいでしょう」

浦風「天津風? これ、どうする?」

天津風「ふふふ……大変なことになったわ……。これを換金すればおそらく相当な値が張って、

    もはや使い切るのが困難なレベルに……ふふふ……」

島風「おーい、天津風ちゃーーーん」

浦風「お金って人を買えて……いや、変えてしまうんじゃね」

浜風「やれやれですね」

天津風「さぁ雪風、換金しに行くわよ!」

雪風「え?」

天津風「え? じゃなくて、換金しに行くのよ」

雪風「指輪の落とし物なら、さっきあそこの店員さんに渡しておきました」



一同( ・・・・・ )



天津風「って、何してんのよ雪風ーーーーッ! あなたさっきまでの話聞いてた!!?」

雪風「だって、きっと落とした人が困っているでしょうし」

天津風「うっ、雪風から後光がッ!」

時津風「さすがは雪風。うんうん、偉い偉い」

雪風「えへへー」

浦風「じゃけど、あれ、レジ打ちのおばちゃんじゃね」

浜風「落とし物を預けるにしても、もっと人を選ぶべきだと思いますが」

天津風「今度こそ本当に終わったわ……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:14:50.03 ID:8E0Mm5v40<>

         









天津風「……どれだけ上手に買い物をしても、これじゃあ一品、二品が限界ってところね」

島風「ねー! 天津風ちゃんこれにしようよ! 羊羹!」

天津風「少ない資金で交渉材料を買うなら、消耗品は避けた方がいいわ」

島風「えー、いいじゃんもうそんなの。私これ食べたいー」

時津風「なら時津風はぁ、ビールとか飲んでみたいかなー」

浜風「ビールくらいなら鎮守府で購入できると思いますが」

浦風「そういうのって、鳳翔さんが管理しとるんじゃろ?」

時津風「そうだけどさー、この前ちょうだいって言ったら、ダメだって言われたもん」

天津風「艦娘は特別に飲酒を許可されているとはいえ……鳳翔さん、あまり駆逐艦には飲ませたがらないのよ」

雪風「えー、だったら尚更、飲んでみたいです!」

天津風「よしなさいって。ただ苦いだけだから」

雪風「むぅ〜」プクー

天津風「それに、どーせあたしたちがココで買おうとしても、売ってくれないでしょ。

    艦娘のことを良く思わない人もいるから、自分の正体を明かすのは危険だし」

浦風「駆逐艦のうちらからしてみれば、禁断の果実じゃねぇ」

浜風「ただ、交渉材料としてなら飲食物よりも、貸し与えることが可能な雑誌類等の方が良いというわけですね」

天津風「艦種を問わず誰でも好き好んで読むことのできる本が好ましいんだけど……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:18:35.49 ID:8E0Mm5v40<>

雪風「塗り絵! 塗り絵の本がいいと思います!」

時津風「時津風はこれがいいなー。ワンコ写真集、もふもふで可愛いなぁ」

浜風「とりあえず塗り絵は却下ですね」

雪風「えーっ」

浦風「ワンちゃんのは、浜風も好きじゃろ?」

浜風「い、いえ……そんなことは……」

天津風「たしかに動物の本は万人受けするわよね」

島風「動物ならこっちにしよ! 世界の最速動物ランキング!」

天津風「相変わらずねぇ……。ちなみに1位は?」

島風「ふむふむ……陸上1位はチーターだって。私とかけっこしたら、どっちが速いかな?」

天津風「チーターでしょ」

浦風「でもこれなら、普通に申請出せば買うてくれるかもしれんのぅ」

浜風「たしかにそうですね。動物の生態系を学ぶための参考書と銘を打てば、申請が通るかもしれません」

天津風「どうせ買うなら、どうだまくらかしても申請が通らない書物がいいわね。……ファッション雑誌とか?」

雪風「ふぁっしょんザッシ……どういうことが書いてあるんですか?」

島風「速く走れる方法とか書いてある?!」

天津風「例えば今 流行りの服装やお化粧のワンポイント、美味しいスイーツ情報とか、

    提督におねだりする時に最も成功率の高いやり方とか、そういう流行の最先端が集結した雑誌よ」

雪風「へー、そんな本もあるんですね!」

時津風「時津風はあんまりそういう本、興味ないけどなぁー」

浜風「とはいえ、この手の娯楽を目的とした書物は、入手困難かもしれません」

浦風「あ、でもでも、ファッション雑誌なら……ホレ、もうちっと過激な方がえぇよ」

島風「うわっ、なにその格好」

天津風「いやらしいわね」

時津風「これ、履いてないね」

雪風「不健全です!!」



浜風「…………」

浦風「…………」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:20:31.44 ID:8E0Mm5v40<>




  コツコツコツ……





黒服の男「そこのお嬢さん方」

時津風「わっ、びっくりした! な、なに!?」

島風「なにこの人。天津風ちゃんの知り合い?」

天津風「知らないわよ!」

浦風「は、浜風ぇ……」

浜風「今朝もテレビでやっていましたね……おそらく我々をよく思わない組織の……」

天津風「反政府組織……提督も言っていたわ……!!」

黒服の男「1階で福引をしていた少女というのはあなた達ですね?」

雪風「は、はい。ガラガラしてました」

時津風「うぅ〜、雪風になにする気!?」

黒服の男「おっと失礼。申し遅れました。名刺をどうぞ、こういうものです」スッ

雪風「…………っ!!?」

天津風「ど、どうしたの雪風! なんて書いてあるの!?」

雪風「か……」


一同「………………」


雪風「漢字がよめません!」




   ズコー!


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:23:51.20 ID:8E0Mm5v40<>









浜風「代表取締役、つまり偉い人です」

雪風「偉い人ですか。しれぇみたいですね」

天津風「あれはエロい人ね」

時津風「……で、雪風が自販機の下で拾った指輪の持ち主でもあるってことかー」

浦風「わざわざ探してお礼に来て下さったんじゃね」

黒服の男「大切な指輪を失くし、途方に暮れていたところでした。大変助かりました」

雪風「無事に持ち主さんの所に戻って良かったです!」

黒服の男「本当に、本当に大事なものなんです。感謝してもし切れません」

時津風「これってそんなに高価なものなんだぁー」

黒服の男「はっはっは。いいえ、これは駄菓子屋で売っているオモチャの指輪です。価値はありません」

天津風「えーーーーーっ!? そうなの!!?」

黒服の男「私の一人娘が、パパの誕生日にと僅かなお小遣いでプレゼントしてくれたものです」

雪風「へぇ、それじゃあ、大事なものですねっ」

天津風「そ、そっか……そうよね……そんな都合よく宝石が落ちてたりしないわよね……」

黒服の男「拾ってくれたのがあなたで、本当によかった……。ありがとう」

雪風「いいえ、どういたしまして!」ニッコリ

島風「拾ったのが天津風ちゃんだったら、こうはならなかったよねー」

天津風「うっ……」グサッ

浦風「換金しに行ったら、オモチャでしたーってオチがつくとこじゃったねぇ」

天津風「うぐっ……」グサッグサッ

浜風「現代版はなさかじいさん、と言ったところでしょうか」

天津風「うううっ……」グサッグサッグサッ

時津風「あーあ、これ以上言ったら泣いちゃうよ、天津風」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:26:55.18 ID:8E0Mm5v40<>

黒服の男「……それで、どうかお礼をしたいのですが」

雪風「え?」

黒服の男「私が経営しているのはジュエリー会社、すなわち宝石を取り扱うお仕事をしているのです」

雪風「へえー、すごいです!」

黒服の男「よろしければひとつ、お嬢さんに宝石を差し上げたいと思いまして」

天津風「ほ、宝石!? さすがは幸運の駆逐艦……あの紙切れを宝石に変えちゃうなんて……!!

    ソファなんて目じゃないわ! これであたしたちは何でも買える!!」

浦風「凝りとらんのう天津風」

浜風「凝りてないですね」

黒服の男「どうでしょうか。遠慮せず、この中から気軽に選んで頂けると……」パカッ

雪風「雪風、宝石は要りません!」



一同「…………え?」



天津風「……は? 雪風? 何言ってんの?」

雪風「出かける前にしれぇが、よく分からない物をもらっちゃダメだって言ってました!」

時津風「あぁー、言ってたねー、そういえば」

雪風「だから宝石は、要りません」ペッカー

天津風「ううっ……雪風がまぶしい……。どこまで徳を積めば気が済むのよこの子……!」

黒服の男「ふぅむ……しかしそれでは私もおさまりが……」

雪風「あっ、なら代わりに、これが欲しいです」

黒服の男「え?」

雪風「このメモに書いてあるもの、全部ください!」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:31:03.83 ID:8E0Mm5v40<>








             〜 翌日 司令室 〜





提督「どうだった? 楽しかったか?」

天津風「えぇ。あたしも皆も、いい気分転換になったわ」

提督「ふむ……領収書を見る限り、真面目に買い物してきたみたいだな」

天津風「ど、どういうことよ……」

提督「いや、てっきり君たちのことだから、色々とちょろまかしてくるかと思ったんだが」

天津風「は、はははっ、そんなこと秘書艦のあたしがするワケないじゃなーい」

提督「そうかそうか。まぁ私の自腹だからそれくらいは許そうとは思っていたが、杞憂だったようだな」

天津風「えっ、経費じゃなかったの!?」

提督「まぁな。経費だと色々面倒だし」

天津風「…………」

提督「これもないない駆逐隊の成長の証だな」

天津風「あは、あははは……そ、それほどでも」

提督「さて、残った仕事でも片付けるかー」

天津風「あたし、お茶を淹れてくるわ」

提督「お、気が利くな」

天津風( これからは、ちょっとだけ優しくしよう…… )

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:33:47.61 ID:8E0Mm5v40<>

提督「で、どうなんだ? 神通の特訓はまだ続くが、やっていけそうか?」

天津風「まぁ……たぶんね。厳しい特訓を乗り越えるためのモチベーションは確保できたと思う」

提督「モチベーション? ほう……上手くいくといいな」

天津風「えぇ……まぁ、あたしという人格を壊してまで手に入れたものだし……」ボソッ

提督「何か言ったか?」

天津風「いや、何も……」

提督「ないない駆逐隊の中でも『やる気がない』と称された時津風だけは、

   私も少し心配だったが……立派なリーダーがいれば安心だな」

天津風「買被りはやめて。それに時津風だって純然たる駆逐艦なんだから、

    まったくやる気がないなんてことはないわ。周りからそう見られやすいだけで」

提督「そうか……それもそうだな」

天津風「それにあの子、何でも感情を表に出してくれるから、フォローもしやすいのよ」

提督「犬みたいで可愛いよな」

天津風「…………」

提督「いや、天津風だって可愛いぞ!?」

天津風「…………はぁ」

提督「えっ……」

天津風「神通さんのこの特訓……いつまで続くの?」

提督「それは未定だ」

天津風「あっそ……。あたしが本当に心配してるのは、時津風じゃない方なのよね」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:37:22.04 ID:8E0Mm5v40<>









              〜 演習海域 〜





神通「皆さんおはようございます。清々しい朝ですね」

島風「やったー! 久々の海上訓練だー! 連装砲ちゃん久しぶりだねー!」

神通「あのまま走り込みの訓練だけでも良かったのですが、さすがに飽きてしまったので」

時津風「当たり前でしょ。一回で十分だよ」ボソッ

神通「何か言いました?」ニッコリ

時津風「何も言ってません!!」



神通「ところでこの演習海域……よくこんな人気の場所が取れましたね?」

浦風「広くて穏やかで涼しくて鎮守府にも近い、絶好の訓練スポットじゃけぇねぇ」

神通「普段なら予約がいっぱいで自由に使えないはずなのですが」

天津風「い、いやー、それがですね神通さん! 時雨たちが今日使う予定だったんですけど、

    急に都合が悪くなっちゃったっぽいーとかで、譲ってもらったんですよ〜」

浜風「天津風、そっちは夕立です」

天津風「あっ……」

神通「そうでしたか。私は障害物の多い遠方の演習海域の方が、流れが急で特訓に向いていると思いますが……」

一同「…………」ビクッ

神通「……ですが、空いているのならココの方がいいですね。もしものことを考えれば、鎮守府に近い方が何かと便利ですし」

一同「…………」ホッ

神通「それでは時間がもったいないですし、朝の特訓を始めましょうか」

一同「は、はい!!」

時津風「よ、よ〜し……」

神通「あ、ところで時津風さん、始める前に確認したいのですが」

時津風「え?」

神通「朝食は、きちんと抜いてきましたか?」

時津風「…………へ?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:40:48.07 ID:8E0Mm5v40<>










             〜 風呂 〜



時津風「やっぱり最悪……」

雪風「あはははっ、時津風ちゃん、帰り際にゲロゲロしててカエルさんみたいでした!」バシャバシャ

浦風「雪風は元気で羨ましいのぅ。ねぇ浜風?」

浜風「しばらく、何も考えたくないです」

天津風「うっ……やっぱりみんな暗いわね……」

島風「ふぅー……でも朝の一番風呂に入れるようになったのは嬉しいなぁー」

天津風「島風ぇ! あなたたまには良いこと言うのね!

    そう、交渉材料のおかげで、今までなかなか入れなかった朝の一番風呂に入れるようになったのよ!?

    あたし、これって結構デカいと思うけど、そう思わない浜風?!」

浜風「いえ、天津風はたいして大きくはないと思いますが」

浦風「もぉ〜、天津風ったら朝からお盛んなんじゃから〜」

天津風「誰もムネの話なんてしてないわよバカチチ!!」

時津風「まぁたしかに、この幸せがあるから特訓も頑張れるって気はするかもー」

天津風「時津風……あなた、がんばってるのね……」グスン

時津風「うえぇ、突然なにさ天津風。気持ち悪いよ?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:45:01.84 ID:8E0Mm5v40<>








             〜 別の日 演習海域 〜



神通「皆さんおはようございます。今日も素晴らしい特訓日和ですね」

時津風「え……すっごい雨降ってるんだけど……」

神通「素晴らしい特訓日和ですね」

時津風「いや……だから雨が……」

神通「特訓日和ですね」

時津風「はい」

雪風「あはははっ、びしゃびしゃです!」

神通「それにしても、今日もこの海域が使えるのですか?」

天津風「は、はい! 今日はその……暁たちがその、雨だからお休みするって!」

神通「そうですか? これくらいの雨で訓練を取りやめるような子たちではないと思うのですが……」

浦風「あぁーえぇっと、その、暁が風邪気味らしくて……」

浜風「雨の中での訓練は控えようとの話になったようです……」

神通「それは心配ですね……。あとで様子を見に行ってあげましょう」


一同「えっ!?」


神通「どうかしましたか?」

天津風「あっ、いや、ちょっとびっくりしただけで……!」

天津風( 帰ったら羊羹、追加で数切れ渡しておかないと…… )

神通「お見舞いくらいはします。あの子たちとも、あなた達と同じように特訓をしたことがありますし」

時津風「へぇー……そうなんだぁ」

神通「と言っても、当時のあの子たちは、ないない駆逐隊の足元にも及ばない実力。

   それでも彼女たちは音を上げず、無事終えることができました」

天津風「なっ……」

浜風「何気に皮肉を言われていますね」

浦風「うちら、一度あの子らに負けよったけぇねぇ……」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:47:18.74 ID:8E0Mm5v40<>









           〜 夕食 〜



時津風「うんうん。おいしーおいしー」

雪風「雪風、カツカレー大好きです!」

浜風「特訓は相変わらず辛いですが、慣れてきたこともあって食事が喉を通るようになってきましたね」

浦風「しかも今晩はカツカレー。交渉でカツの量も増えて、大満足じゃね」

島風「もぐもぐ。まさかチーターの本が……もぐ……おかずに変わるなんて……

   もぐもぐ……やっぱり速さって……もぐもぐ……大事だね天津風ちゃん!」

天津風「はいはい分かったから。お行儀悪いわよ」

島風「ごちそうさまー!」

天津風「速い……。ちゃんとよく噛んで食べなさいよ」

島風「だっておいしいんだもーん!」

天津風「美味しいなら尚更でしょうが。ってこら、口にカレーついてるって」

島風「これからお風呂だから大丈夫だよーだ」

天津風「だから尚更ダメなんだってば! あ、コラー!」

浦風「あははは、天津風、島風のお姉さんみたいじゃ」

浜風「手のかかる妹の世話は大変そうですね」

時津風「あははっ、やっぱりこういう楽しい時間があるといいよねー。特訓もこれくらい楽しければ文句ないんだけどなぁー」

雪風「え? 時津風ちゃん、特訓中もカツカレー食べたいんですか? ゲロゲロ?」

時津風「そういう意味じゃないからー!」

雪風「あははっ、冗談です!」

時津風「もー、雪風ってばー」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:48:44.79 ID:8E0Mm5v40<>









             〜 別の日 演習海域 〜




神通「皆さんおはようございます。今日はこの上ない絶好の特訓日和ですね」

時津風「嘘でしょー!? 台風、台風きてるってテレビが言ってた! 危ないって!」

神通「絶好の特訓日和です」

時津風「…………」

雪風「波がッ! ぶは……波がすごッ……あぶあぁ……波がすごいです!! 溺れそ……ぶあぁ」

島風「見て見てー! これ、今まで以上に速くなれるかもー!」

浦風「は〜ま〜か〜ぜ〜……うち、飛ばされそうじゃ〜!!」

浜風「あの……浦風、掴むのはいいですが、変な所を触らないでください」

神通「皆さん元気ですね。さすが駆逐艦です」

天津風「いや、決して元気というわけではないと思いますけど……」

神通「それにしても、今日もこの海域を確保できたのですか?」

天津風「こんな日に訓練しようなんて物好きいませんって!!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:51:52.89 ID:8E0Mm5v40<>







            〜 駆逐艦寮 ないない駆逐隊の部屋 〜





天津風「みんな、今日も一日お疲れさま」

時津風「うぅ〜……本当に疲れたよ今日は。溺れるかと思った……」

雪風「次があれば訓練じゃないときに遊びたいです!」

浦風「危険だからダメじゃって」

浜風「まぁ、明日から天気は回復するみたいなので一安心ですね」

島風「あしたは土曜日だけどねー」

時津風「なんか一週間、めちゃめちゃ長かったよう……」

天津風「はいはい。それじゃあ皆、ここでひとまず残弾の確認をしましょう。浜風」

浜風「はい。飴が多数、チョコレート8枚、スナック菓子が6袋、それから羊羹はまだ4本ありますね」

天津風「消費ペースとしては申し分ないわね。羊羹は貴重だから、神通さん絡みとか、そういう大事な時の取引に使うように」

浜風「心得ています」

天津風「そうね。うん、これまで通り食品の管理は浜風に任せるわ」

浜風「分かりました」

雪風「はい、天津風ちゃん!」

天津風「はい雪風、どうぞ」

雪風「雪風もおやつの管理、お手伝いします!」

天津風「だーめ。雪風、かじるから」

時津風「ソファもかじるもんねー」

雪風「かじってないです!!」

天津風「いい? 他の皆も、勝手に食べたり、与えたりするのは厳禁よ。

    これはあたしたちないない駆逐隊の財産。使用するときはあたしか浜風に一声かけること!」

雪風「はい! 分かりました!」

天津風「はーい良いお返事。じゃ、次は雑誌類ね。浦風」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:54:33.19 ID:8E0Mm5v40<>

浦風「ファッション雑誌6冊、動物の本が2冊、お料理本1冊、アニメ雑誌2冊、漫画雑誌8冊……漫画雑誌以外は、どれも貸し出し中じゃ」

天津風「あら? 漫画、意外と不人気なのね?」

浦風「ちぃと対象年齢が低すぎやったけぇ。次に仕入れる機会があれば、もっと大人な内容が良いかもしれんね」

島風「ねぇねぇ、チーターは? 一番人気はチーター?」

浦風「うーん……チーターも意外と人気じゃけど、一番人気はファッション雑誌じゃね」

時津風「ふーん、動物が一番だと思ったのになー」

天津風「まぁ艦娘とはいえ女子だものね。普段口には出さないけど、流行りものとかオシャレとか、やっぱり興味深いってことね」

浦風「中でも人気なんが、バストアップ方法の特集が組まれた雑誌じゃ、天津風!」

天津風「なんであたしの方を見ながら言うのよ! 龍驤さんにでも貸してあげなさいって!」

浦風「うん。今借りてるの龍驤さんなんじゃ……」

天津風「あっ……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/15(木) 23:57:38.95 ID:8E0Mm5v40<>

天津風「コホン。とにかく雑誌の貸し出しも順調みたいね」

雪風「おやつは食べたらなくなっちゃいますけど、本ならずっと使えますね!」

浜風「いえ、そうとは限りません。一度読んでしまえば、交渉材料としての効力はなくなります」

浦風「一応、回し読みはせんようにってお願いしとるけど、さすがにそこまで管理しきれんし……」

天津風「そういうことだから、雑誌の貸し出しについても、必ず私か浦風を通すこと、いいわね?」

雪風「はい! 分かりました!」

天津風「はいはい、二度目の良いお返事。次は島風、美容品」

島風「うーんと……口に塗るやつと、体に塗るクリームと、スプレー、ヘンな袋、どれもそこそこ人気」

天津風「分かりにくいから名前で言いなさいよ……」

島風「だってー、私これ興味ないもん」

天津風「あなたも女の子でしょうが……。まぁ、興味なさそうだから管理を任せてるんだけど」

島風「一番人気はこの口のやつ」

浦風「リップクリームじゃね。保湿はもちろん、さっと塗るだけでフルーティーな香りとぷるんとした艶感を出すことができる優れもの!

   そして何よりこの主張しすぎない控えめなタイプが、世の学生さんに大人気なんじゃ」

雪風「おぉー、すごいです! 店員さんみたいです!」

浦風「えへー、そんな褒めんといて〜。店員さんの言葉、そのまま言うただけじゃてー」

島風「でもこれ、もともと鎮守府にもあるでしょ?」

浜風「それは薬用リップですから、これとは違います」

島風「ふーん」

時津風「時津風はこのいい匂いのする袋が好きだなぁ、くんくん。ふへぇ〜」

天津風「危ない人にしか見えないんだけど……」

島風「まぁそんな感じ。リップが一番早くなくなりそう」

天津風「分かったわ。これらも同じく、貸し与えるときはあたしか島風に……いや、あたしに一声かけること」

島風「えっ」

天津風「じゃ、そういうことだからこれで残弾の確認は終わ……」

時津風「ねー、天津風ー」

天津風「なに?」

時津風「時津風と雪風だけ、なんでそういうの任せてくれないの?」

天津風「だって雪風はかじるし」

雪風「雪風はかじりません!」

天津風「時津風はこういう管理とか、面倒そうなのキライでしょ?」

時津風「むぅ〜……たしかにそうだけど、なんか疎外感……」

天津風「心配しないで。別に時津風に落ち度があるとか、そういう話じゃないから」

天津風( それに、時津風には余計な負担をかけさせたくないし…… )

時津風「まー、いいけどさー」

雪風「かじりません!!」

天津風「さ、もう寝ましょ。明日は土曜日だし、久々にぐっすりお寝坊できるわ」



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 00:00:44.05 ID:AEccOc3W0<>











               〜 日曜日 夜 〜




時津風「あーあ、もう明日は月曜日かぁ」

雪風「あしたは月曜日です」

時津風「まーたあの地獄の特訓を、5日間も続けなきゃいけないんだよねぇー」

雪風「神通さんの特訓、とっても厳しいです」

時津風「おつかい以来、何とかなるかもーとは思ってたけど、こうやって昨日今日とお休みを挟んじゃうとさー」

雪風「あー」

時津風「月曜日にガッコー行きたくなくなるあの感じと似てるんだよねー」

雪風「…………」

時津風「艦娘になればさー、ガッコー行かなくて済むし、少し楽になると思ったんだけどなー」

雪風「あはは、全然楽しい特訓じゃないですねー」

時津風「そうなんだよねー。結局最初のあの質問、なんだったんだろ」

雪風「雪風たち、試されていたんでしょうか」

時津風「あー、やっぱりかぁ〜。あそこで『少し辛い特訓』って選択をしておけばよかったかー」

雪風「そうかもしれませんね」

時津風「あー、やだー、特訓したくなーーーい」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 00:03:09.41 ID:AEccOc3W0<>








                〜 月曜日 朝 〜






神通「皆さんおはようございます。週末は十分に休めましたか?」

天津風「はい。あの……」

神通「あら? 時津風さんの姿が見えないようですが」

天津風「その時津風なんですけど、実はケガをしたみたいで少し遅れてくると……」

神通「ケガ?」

浦風「朝、階段の前を通りかかった時、たまたま階段で足を踏み外したとかで……」

神通「階段から落ちたのですか?」

浜風「いえ、階段で転んだのは白露だそうです。時津風は階下でそれを受け止めようとして、足を痛めたとか」

神通「そんなことが……。ケガの具合はいかがでしたか?」

島風「私たちは見てないよ。白露がそのことを私たちに伝えてきただけだもん」

雪風「時津風ちゃんは、医務室に寄ってからここへ来るそうです」

神通「そうですか……」

島風「あっ、時津風、来た」

時津風「あははー、ごめんごめーん、遅れちゃったー」

天津風「あなた足を痛めたって聞いたけど大丈夫―――って松葉杖!? ホントに大丈夫なの!?」

浦風「うわぁ……痛そうじゃなぁ」

時津風「ただの捻挫だよー。歩くと痛むから松葉杖貸してもらってるだけだし」

浜風「ただの捻挫ですか……。とはいえ侮れませんね」

時津風「安静にしてれば治るって言われたし、へーきへーきー」

神通「…………」

時津風「…………えっと、神通さん?」

神通「左足ですね。よく見せてください」

時津風「は、はーい……」

神通「…………」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 00:05:09.56 ID:AEccOc3W0<>

時津風「あ、あの……何か……」

神通「このテーピングは?」

時津風「し、白露がやってくれたんだー。時津風、こーゆーの苦手だし」

神通「…………」

時津風「…………」

神通「白露さんは器用で丁寧ですからね。彼女らしい巻き方です」

時津風「う、うん……」

神通「これでは特訓には参加させられませんね。残念ですが時津風さんは、足が治るまで見学です」

時津風「わかりましたー!」

天津風「ねぇ、時津風」

時津風「へっ!? な、なに? あー、ごめんね、時津風だけ特訓に参加できなくなって……」

天津風「バカ、そんなのいいわよ」

時津風「え?」

天津風「あなたがケガしたって聞いたとき、すっごく心配したんだから。早く治しなさいよ」

時津風「あ、うん……」

島風「白露をかばってケガしたんだもん、名誉の負傷だよねー、カッコイイなー!」

浦風「足が使えないと何かと不便じゃけぇ。困ったことがあれば、遠慮せんと言うんじゃよ」

浜風「戻ったら羊羹を食べるといいです。……一切れだけですよ」

時津風「あ、ありがと……みんな」

雪風「じゃあ、行ってきます! 時津風ちゃん!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 00:07:42.13 ID:AEccOc3W0<>









              〜 特訓後 司令室 〜




提督「新しい教え子はどうだ?」

神通「みなさん優秀ですね。とても上手です」

提督「ほう、神通が言うなら相当なんだな。長期遠征……じゃなかった、休暇中のあの子たちと、どっちが上手い?」

神通「互角ですね」

提督「互角なのか!? 実はないない駆逐隊って、すごい部隊なんだな」

神通「ですが間違いなく勝負となれば、ないない駆逐隊は敗北します」

提督「それは、チームワークの問題か?」

神通「チームワーク……そうですね。そういった観点ではたしかに劣っていますが、それも段々と改善されつつあります。

   あの子たちはきちんと、チームになってきています」

提督「じゃあ、他に問題があるのか?」

神通「技術もチームワークもほぼ同等……ですが、彼女たちには決定的に欠けているものがあります」

提督「ほう……それは……」

神通「提督にはまだ教えません」

提督「えっ、なんで!?」

神通「提督が知ってしまったら、そこに付け込んで間違いを犯してしまいそうですし」

提督「君は私を何だと思っているんだ……」

神通「…………言いましょうか?」

提督「やっぱいいです」

神通「では私は、これで失礼します」

提督「あ、最後まで教えてくれないのね、ないない駆逐隊の欠点」

神通「まだそうと決まったわけではありませんので」

提督「え?」

神通「これからそれを、確かめに行ってきます」

提督「どこへ?」




神通「白露さんのところです」



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 00:08:49.83 ID:AEccOc3W0<> 本日はここまでです。
続きは明日の夜に更新予定です。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/16(金) 01:45:34.63 ID:OPkwnaH60<> ずっと待ってた! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/16(金) 05:11:27.96 ID:DpiYz6220<> 乙です! <>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:11:40.37 ID:HbKlDUMz0<>









                 〜 昼食後 昼休み 〜




時津風「ふぅ〜、おなかいっぱーい。おかず一品増えただけで、こんなに満腹になるなんてなー」

時津風「…………あー、違うかー。今日は訓練してないから、あんまりお腹減ってないだけかー」

時津風「…………」

時津風「皆あーんなに心配しちゃって。もっと憎まれ口叩かれると思ってたのになー」

時津風「浜風が羊羹食べていいって言ってたっけ……。ちょうどいいや、もう食べたことにしておこっと」


   ぞろぞろぞろ……


時津風「あ、神通さん? 天津風たちも、どうしたの?」

神通「足の具合はどうですか?」

時津風「え、あぁはい。安静にしていれば何とも―――」


    トン


時津風「うわっ……っとと、なに神通さん急に押したりして、手押し相撲?」

神通「左足、きちんと踏ん張れるみたいですね」

時津風「あっ」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:15:57.65 ID:HbKlDUMz0<>

神通「もう一度尋ねます。足の具合はどうですか?」

時津風「いや、これはその! そろそろ治って来たーっていうか、テーピングのおかげで痛みはあんまりないっていうか!」

神通「…………」

時津風「あ、それにそれに、時津風こう見えて、結構我慢強いしー!」





天津風「もうやめて、時津風」





時津風「えっ……あ……天津風?」

天津風「もう全部、バレてるの」

時津風「え……」

天津風「買い出しのこと……交渉のこと…………あなたのことも……」

時津風「…………」

神通「白露さんから話は伺いました」

時津風「…………」

神通「あなたが白露さんを庇い、負傷したという話を作り上げ、テーピングまで巻いてもらう……。

   羊羹を賄賂として与え、口裏を合わせるようかけ合ったそうですね」

時津風「そ、それは……」

神通「その後の調べで、ないない駆逐隊の部屋から大量の菓子類や雑誌等が見つかりました」

浜風「…………」

浦風「…………」

島風「…………」

神通「どうやら同じような手口で、演習海域を譲ってもらうなど

   色々と自分たちの都合のいいようにやり取りしていたようですね」

時津風「ご、ごめんなさ……」

神通「謝罪をする必要はありません。これらのことは、何も今に始まったことではありませんので」

時津風「え?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:22:41.58 ID:HbKlDUMz0<>

神通「駆逐艦の伝統とも言える行為です。

   こういった取引、他にもギンバイや不当な書類提出……私たち嚮導も、提督も、それらをすべて黙認しています」

時津風「じゃあ……」

神通「ですがひとつだけ、許せないことがあります」

時津風「…………」

神通「それは……チーム内の駆逐艦、たった一隻の弱い心が、仲間を裏切ったことです」

時津風「…………っ!」

神通「司令室であなた達に挨拶をした時、私は言いました。『楽しいと訓練』と『少し辛い訓練』どちらがよいかと」



神通「どちらを選んだからと言って、特訓の難易度を変えるつもりはありませんでした。

   ただ私はあなた達の、戦闘に対する意識を知っておきたかったんです」

時津風「戦闘の……意識……」

神通「訓練とは、本番を想定して行うもの。すなわち訓練も、生死をかけた戦闘です。

   深海棲艦との戦闘は辛いですし、怖いです。中には戦闘を楽しもうと考える艦娘もいますが……

   ですが、もともと『楽しい戦闘』などというものは決して存在しません」



神通「あなた達が選んだ『楽しい訓練』とは、心の脆弱さ、戦闘意識の甘さです。

   ですから私は、あなた達を走らせました。走るというのは、自分との闘い。

   弱い自分と向き合い、立ち向かうことですから」



神通「やがて海上訓練に移り、心の弱さも改善してきたと感じ始めた……その矢先の出来事が、コレです」

時津風「あ、あの……時津風は……」

神通「深く胸に刻んでください。あなたは自分ひとりだけが助かろうとして、敵を目前にしながら、仲間を見捨て、逃げ出しました」

時津風「…………」

神通「私はあなたに失望したと共に……強く、憤りを感じています」


一同「…………」


神通「午後からの特訓は中止します」

時津風「え……」

神通「今回のこと……そして、これからのことについて……あなた達ないない駆逐隊で、よく話し合ってください」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:27:21.18 ID:HbKlDUMz0<>









                〜 駆逐艦寮 〜





時津風「みんな……ごめん……」

一同「…………」

時津風「あの……」

天津風「どうして……」

時津風「今日一日だけ……どうしても訓練に出たくなくって……軽い気持ちで……」

天津風「そうじゃない……そうじゃないわよ、バカ!!」

時津風「えっ……」

天津風「あなたがそういう性格だってことくらい知ってる! 特訓とかアツイことが嫌いなのも

    走るのが苦手なことも、スグに音を上げて逃げ出そうとすることも……全部知ってるわよ!!」

時津風「ごめん……」

天津風「全部知ってるわ……でもあたしたちは、あなたが必要だから、大好きだから、一緒にいてほしいから……だから頑張ったのに……」

時津風「天津風……」

天津風「時津風が特訓を嫌にならないように、たくさん考えたのに!

    いっぱいいっぱい考えて、ズルイことまでして、ヒドイことまでして、頑張ったのに! すっごいあたし、頑張ったのに!!」

時津風「…………」

天津風「でも……それでも足りないって、どうして!? あたし、これ以上あと、何を頑張ればいいって言うのよ!!

    このバカ津風ーーーー!! うわぁあああああんっ!!」

浦風「よしよし、もうえぇよ。天津風はもう十分……よう頑張ったけぇ」

天津風「うわぁあああん! もうイヤだぁあああ! 旗艦なんてやりたくないよぉおおおお!! うわぁああああん!」

時津風「くぅ……うぅ……」

浜風「時津風……私たちは何も、あなたを責めているわけではありません。

   辛い訓練から逃げ出したいなんて、ここにいる全員が一度は考えたことです」

時津風「…………」

浜風「ただ私たちは、酷くショックを受けました」

島風「私たちさー……最初はバラバラだったけど、最近は上手くいってるなーって。

   背中を預けられるっていうか、信頼し合える駆逐隊になれたって、思ってた……けど」

浦風「辛いことがあるとスグうちらに嫌じゃーって言ってくる時津風が……今回は言わんかったけぇ。

   まだまだ信頼し合える仲じゃ、なかったんやねって……」

時津風「………………」

一同「………………」

時津風「…………雪風は?」

島風「いなくなった」

浜風「時津風のことが分かって以来……どこかへ消えてしまいました」

時津風「…………そっか」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:29:51.54 ID:HbKlDUMz0<>









               〜 夜 司令室 〜



提督「ふむ……天津風、今日はもう上がっていいぞ」

天津風「え、でもまだ残ってるじゃない」

提督「今日は色々とあって疲れたろ? 秘書艦を休ませるのも私の仕事だ」

天津風「いいわよそんな気遣い、気持ち悪い」

提督「私は気持ちいいぞ」

天津風「…………」

提督「いや、ノーリアクションはやめて」

天津風「……ねぇ、全部、知ってたの?」

提督「全部?」

天津風「ほら……その、買い出しとか、諸々のこと」

提督「当然だとも。君たちの事なら、私は何でも知っている。

   駆逐艦の皆がいつ何をギンバイして、どんな取引をしていて、何に興味を示しているか……

   さらには身長体重スリーサイズ足の大きさと……」

天津風「真面目に話してるのに……」

提督「…………。神通も言っていただろ? そういうの君たちのヤンチャは、もはや伝統みたいなもので、黙認していると」

天津風「そっか……そうだったんだ。はぁ……」

提督「何か不満だったか?」

天津風「だって……色々してやったりな気分でいた自分たちが、バカみたいに思えてきて……」

提督「自分たちで創意工夫を凝らして生活をより良くする、結構なことじゃないか。

   天津風だって、皆のために色々考えて頑張ったんだろう?」

天津風「そうだけど…………結局ダメだったじゃない……」

提督「…………」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:31:44.46 ID:HbKlDUMz0<>



             コンコン





提督「ん? ……入れ」





               キィ……




時津風「…………しれー」

提督「お、時津風か。どうした?」

時津風「あのぉ……」

天津風「あ、えっと、時津風!!」

時津風「…………」

天津風「あの……お、お昼は、ごめんなさい。あたし、取り乱しちゃって……反省してるわ」

時津風「……ううん、天津風は悪くないし……時津風の方こそ、ごめん」

天津風「あたし、考えたんだけど……あたしたち、今まで色々あったけど、その度に何とか乗り越えてきたじゃない?

    だからきっと大丈夫よ! 明日また、皆で神通さんの所に行って……―――」

時津風「―――……そのことで、しれーにお話があって来たの」

天津風「……え?」

提督「なんだ? 言ってみなさい」

時津風「ずっと……どうしたらいいんだろうって……考えてて……それで……あの……」

提督「…………」




時津風「艦娘、辞めることにした」




天津風「…………は?」

時津風「時津風を……解体してください」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:39:56.44 ID:HbKlDUMz0<>

天津風「解体……? 待って、あなた自分が何言ってるか分かってるの!?

    あたし……時津風に、そうなってほしくなかったから、あんなに……」

時津風「…………」

提督「天津風。少し、席を外してもらえるか」

天津風「嫌よ!! あたし、秘書艦!!」

提督「秘書艦は関係ない。ここからは私と、時津風との話だ」

天津風「そんな…………」

提督「…………」

天津風「……分かったわ」


      コツコツコツコツ   パタン



提督「……ふぅ」

時津風「…………」

提督「それで、一応訊いておこうか。解体を希望する理由を」

時津風「自分のこと……自分が一番、よく分かってるから」

提督「ほう?」

時津風「雪風みたいに素直じゃないし、浜風みたいに賢くないし、浦風みたいに優しくないし、

    島風みたいに強くないし、天津風みたいにしっかりしてないし……

    きっと時津風の心の弱さは、ちょっとやそっとで変われるものじゃないし……」

提督「周りと比べて劣っている自分に耐えられなくなったことが、解体の理由か?」

時津風「……これじゃあきっと、また皆を裏切っちゃうし、迷惑かけちゃうし……」

提督「自分が足を引っ張るくらいなら、仲間のために身を引こう、ということか?」

時津風「…………ちがう」

提督「どう違うんだ?」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:42:03.22 ID:HbKlDUMz0<>

時津風「そんな……『逃げ』とか『偽善』みたいなのじゃないもん……」

提督「なら、他に理由があるんだな?」

時津風「それは……」

提督「それは?」

時津風「だから……その……これは、時津風の選んだ道じゃないっていうか……!」

提督「どういうことだ?」

時津風「だから…………もう!! 時津風は、艦娘になんて、なりたくなかったって言ってるの!!」

提督「…………」

時津風「海は好きだけど、戦うなんてイヤだし! 辛いのもイヤだし、痛いのもイヤなの!!

    艦娘になるしかなくて、仕方なくなっただけなの! 望んでなったわけじゃないの!!」

提督「弱さからの逃げでもなく、仲間を想う偽善でもなく、自分の進みたい道を歩むための選択だということか」

時津風「そういう感じのやつ……」

提督「なるほど……」

時津風「だから……解体して……」

提督「…………」

時津風「………………」

提督「ここに、解体の誓約書がある」

時津風「……っ!」

提督「既に私の承認印も押してある。本当に君が解体を望むのであれば、ここに氏名を書きなさい」

時津風「氏名……」

提督「駆逐艦時津風ではない…………君の、本当の名前だ」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:43:57.01 ID:HbKlDUMz0<>












天津風「時津風は……?」

提督「書類にサインをして出て行った」

天津風「なんで……止めなかったのよ」

提督「彼女が自分の意志で選択した道らしいからな、私には止められないさ」

天津風「でも……そんな……」

提督「天津風は、なぜ止めなかったんだ?」

天津風「…………」

提督「扉の向こう側で聞いていたんだろう?」

天津風「だって…………」





 ―――――――――時津風は、艦娘になんて、なりたくなかったって言ってるの!!





天津風「あんな風に言われたら…………もうあたし、なんて言えばいいか分からない……」




<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:46:06.87 ID:HbKlDUMz0<>








              〜 翌朝 〜




神通「今日も絶好の―――――――――」

島風「絶好のマラソン日和ですねー……」

神通「私のセリフを取ってはいけませんよ、島風さん」

島風「私、短距離がいい」

神通「なるほど、短距離走もいいですね。とりあえず50本で」

島風「えっ……」

浦風「もぉー……島風が余計なこと言うからじゃけぇ……」

浜風「しかも50本で収まるとは到底思えない口ぶりですしね……」






天津風「あの、神通さん……時津風は……」

神通「私に尋ねる必要がありますか? 秘書艦の天津風さん」

天津風「うぅ……。じゃ、じゃあ雪風は? 今朝から姿が見えないんですけど」

神通「私も知りません。特訓が嫌になったのでしょうか」

浜風「まさか雪風まで……」

浦風「うちら、結局またバラバラになるんじゃね……」

島風「はぁーあ……疲労で体もバラバラになりそうー」

天津風「雪風……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:49:47.51 ID:HbKlDUMz0<>










           〜 昼 〜




天津風「ねぇ提督」

提督「ん?」

天津風「時津風は……」

提督「今朝、鎮守府を出て行った」

天津風「そっか、やっぱそうなんだ……。あの子ったら……私たちに何も言わずに……」
              
提督「…………」

天津風「それで、雪風は?」

提督「雪風?」

天津風「特訓に出てこなかったの。朝起きた時はいたんだけど」

提督「雪風については何も心当たりはないが……」

天津風「なんだか……胸騒ぎがするの……」

提督「心配し過ぎじゃないか?」

天津風「だって……ねぇ、提督は雪風のこと、どこまで知ってるの?」

提督「そりゃもちろん―――」

天津風「ふざけた回答したら、一生口きかないから」

提督「―――もちろん……よく知らない」

天津風「私も詳しいことまでは知らないけど……雪風って、ちょっと特殊なのよ」

提督「特殊?」

天津風「艦娘になった経緯が」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:55:00.49 ID:HbKlDUMz0<>

提督「幸運の駆逐艦、『雪風』の名を受け継ぐほどの人材だからか?」

天津風「そう、天性の才能ってやつよ。他の皆が努力して艦娘になるのとは違って、あの子には生まれながら才能があったらしいわ。

    その才能があったから、あの子は艦娘になった。ううん……艦娘になるよう育てられたって噂よ」

提督「才能に恵まれているが故に、生まれながらにして艦娘ということか……」

天津風「そういうこと。艦娘になるしかないって所は時津風と一緒なんだけど、事情は全然違うの」

提督「なるほどな。それで、どうして急にそんな話を?」

天津風「あたし……怖いのよ。あの子が……雪風が何を考えているのか全然分からなくて」

提督「何も考えてなさそうに見えるが……?」

天津風「そうかしら? 時津風が『艦娘になりたくなかった』って言ったのを聞いてから、もしかしたら雪風もって……」

提督「…………」

天津風「それにね。その才能ある雪風がどうして『本気を出さない艦娘』なんて言われてるか分かる?」

提督「他者に見せ場を譲ってしまうとか?」

天津風「ううん。演習でも戦闘でも、あの子は常に本気だし、遠慮なくその才能を発揮してる」

提督「それじゃあ何故そんな不名誉なレッテルが貼られたんだ?」

天津風「笑ってるからよ」

提督「笑ってる?」

天津風「そう……あの子ね、いつも笑ってるの」

提督「それは、いいことなんじゃないか?」

天津風「問題なのは、どんな場面でも笑ってるってこと。どれだけ深刻でも、ピンチでも」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 21:58:14.83 ID:HbKlDUMz0<>

提督「なるほど……そういうことか……。いや、なら今回はどうなんだ?

   時津風が辞めてしまって、それでも笑っているのか?」

天津風「さぁね、姿を見せないから。雪風はいつもそう……。

    さすがに笑ってられないような事態になると、ずっと黙ってたり、その場からいなくなったりするの」

提督「だから今も姿をくらませているわけか……」

天津風「周りの人からすれば、雪風って常にヘラヘラしてる子なの。

    時津風と同じ……周囲から『そう思われているから』ないない駆逐隊の一員になったのよ」

提督「事実はどうであれ、周囲の評価がそうさせたわけか……」

天津風「あたし、この特訓では時津風が心配だって言ったけど、本当に一番心配なのは雪風だった。

    あの子は時津風と逆。どれだけ痛くても、辛くても、苦しくても、あの子は笑ってるから。

    笑えるほど楽しいはずがないのに、笑顔のままで、表情を変えないから……」

提督「…………」

天津風「あの子ね……デパートに入るの初めてって言ってた。

    電車やバスでデパートに向かう途中でも、何もかも珍しそうにしてた……」

提督「…………」

天津風「もしかしたら雪風も、時津風と同じで艦娘になりたくないって思ってるかもしれない。

    生まれた時から人生を決められてるのにウンザリしてて、自分で選んだ道を進みたいって、思ってるかもしれない……」

提督「天津風……」

天津風「あたしは……そんな雪風の気持ちに気付いてあげられてないんじゃないのかって思うと…………すごく怖いの……」




<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:00:17.57 ID:HbKlDUMz0<>








島風「大変だよーーーーーーー!!!」











天津風「島風?」

島風「大変! 大変なんだよ!!」

提督「落ち着け島風、一体何が大変なんだ?」

島風「提督! ヘンタイなんだってば!」

提督「なっ、失敬な」

浦風「はぁ……はぁ……島風……速すぎじゃて……」

浜風「はぁ……はぁ……テレビを……つけてください」

天津風「テレビ?」


    ピッ


<< 現在、犯行グループはデパート内に立てこもり、複数名の人質にとっている模様で――― >>


天津風「これ……前に私たちが行ったデパートよね。立てこもり事件?」

提督「例の反政府組織絡みか……」

島風「これ! ここ見て!」

天津風「…………え? 何かある?」

浜風「はっきりとは分かりませんが、この人質の中……時津風らしき姿が見えます」

天津風「たしかに……え、でも、まさかそんな……」

浦風「たしか時津風、あそこのソファ売り場をえらく気に入とったけぇ……」

天津風「デパートの子になるとかぼやいてたわね……」

提督「事件に巻き込まれたってことか……」

島風「ねぇ、天津風ちゃん!」

天津風「えぇ……分かってるわ。今すぐ行きましょう!」




    タッタッタッタッ




提督「え、ちょっ、待ちなさ…………行ってしまったか……」






提督「やれやれ……どれだけ特訓しても、勝手に出撃してしまう所は変わらないな」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:03:53.43 ID:HbKlDUMz0<>







           〜 駅 〜





島風「もーっ! おっそーい!!」

浦風「バスの到着時刻、もうとっくに過ぎとるのに……」

浜風「バスが遅れているようですね」

天津風「もう、こんな時に! ……いや、こんな時だから遅れてるってこと?」

浜風「そうかもしれません。我々がここで待ち呆けていても、意味がありませんね」

島風「えーっ! じゃあどうするの!? あとはバスでデパートまで行くだけなのに!」

天津風「走りましょ」

浦風「デパートまで? 結構な距離だと思うんじゃけど……」

天津風「結構な距離ならあたしたち、走り慣れてるじゃない」

浜風「確かにそうですね。しかもゴールがはっきりしているので、まだ易しい方です」

島風「おーっ! 今こそ特訓の成果を見せるとき!」

浦風「まさかこんな形で特訓の成果が発揮されるとは思っとらんかったけどのぅ……」

天津風「じゃあ皆、準備はいい? ないない駆逐隊……走るわよ!!」



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:06:45.49 ID:HbKlDUMz0<>





             〜 デパート前 〜




島風「とうちゃーく!」

浜風「はぁ……はぁ……しかしこれは……またしても壁ですね」

浦風「当たり前じゃけど……すごい人の数……。ケーサツもおる……」

天津風「くっ……これじゃあ潜入どころか、様子を伺うことすら……」

島風「突破しよう!」

天津風「そんなのあたしたちがケーサツに捕まるし、中の人質にも危険が及ぶわ」

浜風「ここは穏便に、こっそりデパート内へ潜入するしかありません」

天津風「でも周囲は囲まれてるし、どうやって……」

浦風「ふっふっふ……うちにえぇ考えがある」

浜風「浦風?」

浦風「じゃーん! 探索用、式神セットじゃ!」

島風「えー、なにこれ!」

浦風「偵察機と同じ。これをデパート内へ忍び込ませて、中の様子や音を探索するんじゃ!」

天津風「へー、すごい。式神って何でもアリなのね……。っていうか、何でこんなの持ってるのよ」

浦風「龍驤さんから頂いたんじゃ。例の雑誌を優先的に貸し出す代わりにって」

天津風「ふーん……って、え? それってつまり、龍驤さんからこっそり追加の報酬を貰ってたってことにならない……?」

浦風「てへっ」

天津風「てへじゃないわよ!!」

浦風「いやー、こういう事態を想定してのことじゃてー。

   別に浜風コレクションを充実させるためとか、そういうイカガワシイ目的じゃー決してないけぇ」

浜風「う、浦風……」

島風「怖い」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:09:47.87 ID:HbKlDUMz0<>

浦風「さぁそれより、今は時津風が最優先じゃ。式神さん頼むよぉ、それっ」


    ブーーーン


天津風「あ、飛んだ」

浦風「で、こっちの操作用の紙を額に押し当てることで、式神視点での操作や聴覚を得るんじゃ」

浜風「なるほど……これで中の様子を伺えるわけですね」

浦風「うん。これを額に……あーっ」

浜風「あの……」

浦風「あー、しまったー。手が滑ってー、操作用の紙が浜風の胸元にー」

浜風「…………」

浦風「これー、一度貼るとー、効果が切れるまで剥せんのにー」



島風「……ねぇ、天津風ちゃん」

天津風「しっ……私たちは関わらないようにしましょ」

島風「うん……」



浜風「あの、浦風……」

浦風「こうなったら仕方ない! うちが浜風の胸に顔をうずめて、式神を操作するしか!!」

浜風「えっ……」

浦風「これもすべて時津風のため! 浜風なら分かってくれるはずじゃ!」

浜風「…………わ、分かりました」

浦風「やったー!」


    ぎゅっ   ぱふん


浜風「…………」

浦風「うーん、やわっこくてえぇ匂い……じゃのうて、うんうん、リンク成功。

   これが噂のばーちゃるりありてぃ……。浜風VRシステム!」

浜風「変な名前を付けないでください。あと、あまり頭を動かさないでください」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:13:45.47 ID:HbKlDUMz0<>


浦風「うーん……見えるとはいえ、視野が狭くて周囲の状況を把握しづらいのう……」

天津風「なら大まかな進路はあたしが誘導するわ。双眼鏡あるし」

島風「おおー、さすが天津風ちゃん」

天津風「ただ背の高い野次馬とか、看板が多くて視認し辛いわ。あたし自身も動き回りながらでないと……」

島風「なら私に任せて、天津風ちゃん!」

天津風「え?」

島風「最速の駆逐艦島風が、天津風ちゃんの足になる!」

天津風「……えっと……つまり?」

島風「合体だよ!!」

天津風「……は?」

島風「いくよーー!」

天津風「えっ、ちょっと……きゃっ、どこ触って……!!」


    ガシャン! ガシャン! ガシャン!!


島風「うおーー! 合体完了! 島風改二!!」デデーン

天津風「何が島風改二よ! ただ肩車しただけじゃない!?」

島風「天津風ちゃん重い……」

天津風「う、うるさいわね!!」

島風「よし、じゃあ動くよー」

天津風「あ、待って、そんないきなり動いたら……ああっ!」

島風「びゅーーーん」

天津風「きゃーーーーっ!! 速い速い速すぎ! 落ちる! 落ちるってば!!」


         ピタッ


島風「どう? この辺ならよく見える?」

天津風「はぁ……はぁ……視界良好よ……どうもご苦労さま……」

浦風「はぁ……はぁ……天津風たちが移動すると、うちらも動く必要があるけぇ大変じゃ」

浜風「いや、無線でやり取りすればよいのでは……」

浦風「なるほど。たしかにそうじゃ」


    もにゅっ


浜風「ナチュラルに顔をうずめないでください……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:17:30.37 ID:HbKlDUMz0<>

天津風「ええっと……どこか入り込めそうな場所は……あっ、浦風、そこから東へ10メートル、上空3メートルに移動して」

浦風「了解じゃ…………お、この排気口じゃな」

天津風「えぇ、そこから侵入しましょ」

浦風「うぅ……暗い……あ、出た。天津風、窓からうちの式神、見えるじゃろ?」

天津風「うーん……待って、看板が邪魔ね……。島風、このまま西へ移動して」

島風「どっち? 右? 左?」

天津風「左!!」

島風「はーい」

天津風「だから速いってばーーー!! ストップ! ストップ!!」

島風「はーい」

天津風「はぁ……はぁ……。浦風聞こえる? 式神が見えたわ。

    時津風たちがいるのは1階の広場だから、階段を下りる必要があるわね。

    そのまま進むと右手に階段が見えるはずよ」

浦風「了解。…………うーん」

浜風「あの、浦風……態勢、辛くないですか」

浦風「うーん……少し辛いのぅ」

浜風「座りますか」スッ

浦風「そうじゃね」スッ

浜風「…………それにしてもこれ……周囲の視線が非常に気になるのですが……」

浦風「あっ、階段じゃ」

浜風「…………」

天津風「ゆっくり下って。下の階には見回りっぽい人が数人いるから、怪しまれないよう低空飛行で」

浦風「了解。気付かれそうになったらゴミの振りでもすればえぇけんね」

島風「天津風ちゃん、太った?」

天津風「だからうるさい! 今そんなことどうでもいいでしょ!!」

浦風「ゆっくり……ゆっくり……あっ!!」

天津風「何? どうしたの?!」

浦風「何かに……人にぶつかったみたいじゃ」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:19:39.47 ID:HbKlDUMz0<>

浜風「まさか、犯行グループの一人にバレたのでは……」

天津風「浦風、音声拾って!」





???『ん? なんでしょう、これ?』





浦風「この声どこかで……わわっ!? 雪風!?」

天津風「えっ!!?」

島風「何でこんな所にいるんだろう?」

浜風「まさか……今朝から姿を見せなかったのは、時津風を追いかけていたから……」

天津風「ねぇ浦風、こっちからの声は送れる?」

浦風「出来るはずじゃ。……雪風、雪風!!」



雪風『あ、浦風ちゃんの声です! 随分ペラペラになっちゃったんですね……!!』



浦風「良かった……天津風、雪風との連絡がとれたけぇ、どうする?」

天津風「とりあえず窓から姿を見せるよう伝えて。あとバカって言っといて」

浦風「おバカな雪風さん。窓に近寄ってって、天津風が言うとるよ」

雪風『雪風、おバカじゃありません!』

天津風「雪風の無事を確認……ふう、ほんと、あの子も人騒がせなんだから」

浜風「光信号を送ります。カ・ジ・ル・ナ・ユ・キ・カ・ゼ」

雪風『かじってません!!』

浦風「どうやらうちらのことも見えたみたいじゃね」

島風「でもこれラッキーだね! 式神だけじゃやれることに限りがあるし!」

天津風「そうね。浦風、雪風に伝えて―――」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:22:21.98 ID:HbKlDUMz0<>




浦風「雪風、時津風のところに行くんじゃろ?」

雪風『……はい』

浦風「なら、今からうちらがナビゲートするけぇ、言う通りにするんじゃよ?」

雪風『はいっ!!』

浦風「じゃあうち、雪風の頭にでもくっついとるけぇね」

雪風『わぁ……あの浦風ちゃんが、本当にペラペラです。龍驤さんみたいです』

浦風「本人には言わんようにね」




浜風「全体の様子は天津風、建物内部の様子は浦風、アクションを起こすのは雪風……

   この連携さえあれば、時津風の元まで無事に到達できそうですね」

浦風「真・浜風VRシステムの完成じゃ!」

浜風「…………」

天津風「お喋りはそこまで。さて……このまま階段を一気に駆け下りたいところだけど、
 
    下の階段前に見回りがいるから迂回した方がいいわ。浦風、別の階段を使うよう指示して」

浦風「了解。雪風聞こえとる? その階段はダメじゃ。別のを使いって天津風が」

雪風『了解しました!』

天津風「私たちも移動するわよ、島風」

島風「はーい」

天津風「……」ギュッ

島風「あっ、ちょっと天津風ちゃんリボン掴んじゃダメ!」

天津風「いいじゃないの、ちょうどイイところに生えてるんだから。あなた速いし、掴まってないと落ちるの」

島風「もぉー!」


     タッタッタッタッ


浜風「肩車しながら動き回っているあの二人も、十分異様ですね……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:23:37.68 ID:HbKlDUMz0<>







              〜 数分後 〜



天津風「ストップ!」

浦風「雪風、ストップじゃ」

雪風『何でしょう?』

天津風「その先にも見回りがいるから、一度また階段を上って迂回して」

浦風「階段上って迂回じゃ雪風」

雪風『はぁ……はぁ……なかなかたどり着けません』

浜風「だからといって、敵の索敵に引っ掛かっていては意味がありません」

島風「速さが足りない!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:25:29.80 ID:HbKlDUMz0<>








              〜 数分後 〜




天津風「もう……まただわ……階段を上るよう指示して」

浦風「雪風、階段を上るんじゃ」

雪風『うぅ……またですかぁ』

浜風「迂回ばかりでなかなか時津風のもとへたどり着けませんね……」

雪風『わっ』

浦風「わあわわわわわわああああっ!?」

浜風「ど、どうかしましたか、浦風?」

浦風「うぅ……雪風が階段で転んだんじゃ……酔った……おぇ……」

浜風「吐きそうな時は……吐く場所を考えてくださいね」

天津風「雪風が転んだって……大丈夫なの!?」

雪風『あいたたた……うぅ、膝をすりむきました……』

浦風「ほっ……軽傷みたいじゃ」

島風「さっきからずっと階段上り下りしてるし、疲労がスゴイのかも」

雪風「痛いです…………でも……でも雪風は、挫けません!」

天津風「雪風……」

雪風「雪風は、時津風ちゃんに早く会いたいです。早く会って、伝えきゃいけないことがあるんです!!」

天津風(雪風……無理をさせてごめんなさい。今はあなただけが頼りなの。

    どうかあの子を……時津風を助けてあげて! 雪風!!)


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:28:38.61 ID:HbKlDUMz0<>






            〜 デパート 1階 広場 〜




男「我々は、あなた方人質を傷つけたくはありません。どうか、おかしな気など起こさぬよう」

時津風( もぉ……なんでこんな目に…… )

男「我々は世界の神たる深海棲艦を深く信仰し、政府と対立する組織である」

時津風( 早く帰りたいなぁ……まぁ、帰る場所なんてないけど )

男「発達しすぎた人類の文明を滅ぼし、古き良き姿へと浄化するための存在、

  それが深海棲艦であることを諸君らに分かっていただきたい。

  我々の要求は、深海棲艦に対する攻撃の中止。そして、憎き武装集団、艦娘制度の撤廃である」

時津風( 武装集団だなんて……人聞き悪いなぁ )

男「我々は世界を平和に導く団体である。

  この要求が政府によって認められたとき、諸君らを無傷で解放することを約束しよう」



   ざわ…… ざわ……



時津風( まぁ……そっか。いくら雑誌やテレビで宣伝したからって、

     艦娘をよく思わない人はまだいるよね。この人たちはちょっと特殊な気もするけど )

男「諸君らは何も恐れることはない。むしろ誇るべきだ。

  今ここで政府からの承認を得ることができれば、諸君らは人質ではなく、世界平和の協力者となるのだから」

時津風「こんな迷惑なことしておいてよく言うよ……それよりソファの所に行きたい……」

男「ん? 今、誰か何か言ったか?」

時津風( しまった……声に出てた……! )

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:30:46.10 ID:HbKlDUMz0<>

男「まさかこの中に……諸悪の根源たる艦娘が紛れ込んでいるのではないだろうな……」

時津風( やばっ…………いや、でも違う。私はもう…… )




女の子「艦娘を悪く言わないで!」



男「ん?」

時津風( え? )

女の子「私、前にテレビで見たもん! 艦娘はすごいんだって、人知れず皆を守って、一生懸命戦ってくれてるんだって!!」

時津風「…………」

男「この状況でそんなことが言えるとは、大した度胸だ。世界平和の協力者にふさわしい少女だ」

女の子「私、おじさんたちの仲間になんてならない! だって……だって私、大きくなったら艦娘になるんだもん!!」

男「ほう?」

女の子「私は艦娘になりたい! 艦娘になって、テレビで見た人たちみたいに立派になって、皆を守るお仕事がしたい!!」

時津風「………………」






    ――――――私は、どうして艦娘になったんだっけ?




<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:33:28.70 ID:HbKlDUMz0<>

時津風( 家の事情……生きていくために、艦娘になるしかなかった………… )

時津風( そっか、普通はああいう風なんだ。天津風だってきっとそうだ。

     ああやって、艦娘に憧れて、誰かを守りたいって思って、自ら志願するんだ………… )

時津風( すごいなぁ……自分で艦娘になる道を選んだ人って。

     やっぱりあの女の子くらいの強い心がないと、立派な艦娘にはなれないのかな……。

     仕方なく艦娘になった私とは、やっぱり違うよね )

時津風( 私は艦娘の中では落ちぶれてた方だけど……でも、

     今日までやってこれたのは、楽しかったから。雪風や、皆と一緒で楽しかったから……それだけ…… )





    ――――――それだけ、かな? 他にもあるかな?





男「勇気ある少女に教えよう。深海棲艦の活発化が進んだのは全て、艦娘による反撃がきっかけである。

  人類が潔く罰を受け入れ、罪を償いさえすれば、それで世界は平和になっていたのだ」

女の子「そんなの違う! 艦娘の皆は、私たちを守ってくれてるんだもん! 私たちの、ヒーローなんだもん!!」

時津風「ヒーロー……」






    ――――――私が今日まで、艦娘でいられた理由……




<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:35:22.19 ID:HbKlDUMz0<>

男「やれやれ……狂信者には何を言っても無駄のようだ。心苦しくはあるが、未来の悪の芽は、摘み取る必要がある」

女の子「ひっ……」

時津風「…………っ!!」

男「少女よ。お前の罪は、私が今ここで断罪する」

女の子「来ないで…………」








時津風「待って!!」








男「ん?」

女の子「…………?」

時津風「その子は、今は何の関係もない」

男「ほう?」

時津風「深海棲艦が何を考えてるかなんて知らない……艦娘が本当に正しいのかとか、そういうのもよく分からない……」

男「…………」

時津風「でも! 艦娘や艦娘を目指す人たちに、罪なんてない!

    艦娘は深海棲艦と戦いたいんじゃなくて、皆を守りたいの! だから艦娘やってるの!!」

男「…………お前は、何者だ」

時津風「私は…………私は! 陽炎型の十番艦、駆逐艦時津風!!!」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:38:31.21 ID:HbKlDUMz0<>





              パァン!





男「なんだ!? 照明が消えた!?」

時津風「え、なに?!」



         ドコ!  バコ!!


 「うわぁ!」   「なんだお前は!?」   「ぬぁあああっ!」


男「なっ、どうした!? お前ら、何が起きてる!?」

    
    「でかい刀を持った女が……うっ……」


男「刀!? どういうことだ……くっ、こうなったら人質を……」



雪風「雪風キーーーーーック!!!」



男「のわぁっ!!?」

時津風「雪風!?」

雪風「陽炎型の八番艦、雪風! ペラペラの浦風ちゃんと一緒に、参上です!!」

浦風『はいはい、ペラペラじゃね』

時津風「浦風?!」


天津風『昨日ぶりねサボりの時津風! 随分と楽しそうなことしてるじゃないの!』

島風『あはははっ、ぱふんぱふーん』

浦風『あ、コラ! うちの浜風に何しよるんじゃ!』

浜風『この通信方法、なんとかならないんですか』


時津風「みんな…………」

雪風「皆で時津風ちゃんを……迎えに来ちゃいました!!」

時津風「雪風ぇ……」












男「全員そこを動くなッ! 撃つぞ!!」




<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:41:57.40 ID:HbKlDUMz0<>

時津風「……!?」

雪風「雪風キックを受けても立っていられるなんて……!」


男「喋るなガキ共! くっそ……人の形をした怪物め……小癪な真似を……」









神通「拳銃ですか……。そんなものまで用意していたのですね」








時津風「神通さん!?」

男「ほう……そのでかい刀……お前が私の仲間を」

神通「この軍刀はレプリカです。仲間の方々には気絶して頂きました」

男「貴様も艦娘か……。だが、陸の上では所詮ただの女。

  拳銃まで使うことになるとは思わなかったが、これで私の勝ちだ」

神通「刀と拳銃では、射程の長い拳銃の方が有利ですからね。私たちも深海棲艦との戦闘では、近接戦闘は行いません」

男「分かったら今すぐその刀を捨てな。さもないと、お前はハチの巣になる」

神通「……ですが、火器の扱いにはコツが要ります。

   あなたのように拳銃を奥の手にしている小心者は素人同然。対して、私たちは火器の扱いのプロです」

男「何が言いたい」

神通「私はこう言っているんです……」





神通「……そんな小さな心と銃弾では、私には当てられません」





時津風「神通さん……カッコイイ」

雪風「雪風もあんなこと、言ってみたいです……」

男「チッ……これがハッタリだとでも思っているのか? 本当に撃つぞ!」カチャッ

神通「…………」

男「…………っ!」

神通「…………」






     ダァン!!



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:46:10.26 ID:HbKlDUMz0<>

時津風「撃った!!」

雪風「神通さんは……!?」




神通「ほら、当たりません」




男「ま、まさか……外したのか!? そんなバカな!?」

神通「時津風さん」

時津風「は、はい……」

神通「先ほどのあなたの言葉……忘れませんよ」

時津風「え?」

神通「川内型の二番艦……いえ、今はあなた達の嚮導、軽巡洋艦神通として、少し嚮導らしい所をお見せしましょう」スッ

雪風「嚮導らしいところ……?」

時津風「…………」


男「か、刀を抜くな! 捨てろと言っているだろ!!」

神通「敵の攻撃に対してはまず表情を見ること、相手の目を見ること―――」

時津風「まさか神通さん……」

神通「―――そうすることで、射撃タイミング、弾着地点予測が可能になります」


  コツ……コツ……コツ……


男「く、来るな!! 動くな!!」



  バァン! バァン! バァン!



神通「あなた達ないない駆逐隊であれば、できない技ではありません」

雪風「神通さん……弾丸を避けてます!!」

時津風「う、嘘でしょ……」

神通「これができて、初めて水雷屋ですよ」ニコッ






<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:51:06.56 ID:HbKlDUMz0<>









              〜 その後 司令室 〜





時津風「みんな……心配かけてごめんなさい」

雪風「もう、まったくです!」

天津風「あなたもでしょうが雪風」

雪風「へ?」

提督「ともあれ、全員が無事に帰ってこれたみたいで安心した。あ、神通はあとで警察から感謝状が贈られるそうだ」

神通「あら、そうなんですか?」

島風「へー、すごーい! ねぇ、私たちには!?」

提督「勝手に出撃したないない駆逐隊には、毎度おなじみの罰則がある」

島風「えーっ」

天津風「当たり前でしょ。むしろ警察にバレてたら大変なことになってたのよ?」

島風「神通さんだって、立入禁止なのに正面から入って行っちゃったじゃん」

天津風「ま、まぁ……それはそうだけど……」

神通「ああいうのは、さも当然のように堂々と入っていけば、案外止められないものなんですよ」

浜風「神通さんも、我々に負けず劣らずヤンチャしてますね……」

浦風「まぁ結果オーライで、おまわりさんも許してくれたみたいじゃね」

時津風「あの、神通さん……」

神通「はい」

時津風「ありがとうございました。危ないのに、裏切り者なのに……」

神通「そうですね。艦娘でなくなったあなたを、助ける義理なんてありませんし、本来なら警察の方にお任せするところでした」

時津風「…………」

神通「ですが、あなたはあの場所で、自分を駆逐艦時津風と名乗っていましたね」

時津風「はい……」

神通「私は最初に、こうも言いました。私は嚮導として、あなたたち教え子のことを、この命に替えても守ってみせると」

時津風「神通さん……」

神通「あなたはあの瞬間、紛れもなく駆逐艦時津風でした。……私の教え子でした」

浦風「ふふっ。うちらだって、裏切り者だーなんて思っとったら、助けになんて行かんかったけぇ」

天津風「やっぱりあなたは、あたしたちの仲間だもの」

時津風「みんな……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:54:31.92 ID:HbKlDUMz0<>

雪風「時津風ちゃん!」

時津風「雪風?」

雪風「朝、雪風に、一緒に鎮守府を出ないかって、言ってくれましたよね」

時津風「うん……」

天津風「いつの間にそんな話を……」

雪風「でも雪風は、艦娘を辞めるという選択肢は無いんだって言って、断っちゃいました」

提督「…………」

雪風「あれからずっと考えてて……やっぱり違うって思って、それを言いたくて、時津風ちゃんを追いかけていったんです」

時津風「……違うって?」

雪風「雪風は最初から艦娘で、周りからもそう言われてて、当たり前みたいに艦娘をしていて……。

   雪風には、決められた道しかないって思っていました」

時津風「…………」

雪風「でも、時津風ちゃんと一緒に遊んだり訓練したりして、ないない駆逐隊の一員になって、

   皆でこの鎮守府にやって来て、気付いたんです。

   艦娘という道は他人に決められた道ですけど、いつの間にかそれは、雪風の進みたい道になっていました」

時津風「雪風……」



雪風「だから雪風、訂正します! 雪風は艦娘でいたいから、辞めることはできません!」




天津風「…うっ………ひっく……」

島風「あれ? 天津風ちゃんどうしたの? お腹すいた?」

天津風「うるさい……」

天津風( 雪風……そうだったんだ……。良かった……本当によかった………… )



<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 22:57:34.81 ID:HbKlDUMz0<>

時津風「ねぇ……しれー」

提督「なんだ?」

時津風「私……時津風に、戻れないかな……」

提督「解体処分の取り消しを希望しているのか?」

時津風「うん」

提督「解体処分の取り消し自体は行えないが、新規着任扱いならできなくもない」

時津風「じゃあ……!!」

提督「だが、軍令部にその要求が通るかどうかは分からない。

   うちは以前にも一度同じようなことをしているからな……二度目は許可されない可能性が高い」

時津風「そんな……」

提督「たとえどんな理由であろうと、君は確かに自分の意志で、解体を希望したんだ」



一同「………………」



時津風「私だって……たしかに最初はイヤだった。艦娘になりたくなかったのも事実だし、向こうの鎮守府でも、ずっとそう考えてた……」

天津風「時津風…………」

時津風「でも……私も雪風と同じ。色々あってここまで来て……みんなで頑張るのがたのしくて……。

    それに……デパートで女の子に、艦娘はヒーローだって言ってもらえて、すっごく嬉しかった。

    艦娘をやっててよかったなって思えた……」

提督「…………」

時津風「いつの間にか、艦娘であり続けたいって、思うようになったの! だから、しれー……!!」

提督「それが、君の本心なんだな」

時津風「うん!」

提督「そうか………………なら、君は明日からも駆逐艦時津風だ」





一同「え?」


<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 23:01:52.50 ID:HbKlDUMz0<>

島風「もしかして提督、解体の取り消しは難しいって、嘘ついた?」

提督「嘘じゃないさ。本当に不可能に近いんだぞ」

浦風「じゃあ……明日からも時津風って言うたのは、どういう……」

提督「ちょっと雪風、この書類を大きな声で読んでみなさい」

雪風「はい!」



雪風「えーっと、わたし駆逐艦時津風は、ないない駆逐隊を代表し、偉大なる司令官に忠誠を誓うことをここに宣言します!!」

時津風「は?」

雪風「そして、ないない駆逐隊一同は、司令官の命令になら何でも従うことも誓いまぁす!!」





一同「はぁああああああああーーーっ!!?」





浜風「何ですかその頭の悪そうな誓約書は……」

天津風「ちょっと時津風! なに変な書類にサインしてんのよ!?」

時津風「えぇ!? 知らないよ!?」

提督「何言ってるんだ時津風。私の目の前でサインしただろ、昨日の夜」

時津風「だって……サインしたのは解体の誓約書で……」

提督「私が渡したのはこっちの誓約書だ。内容をよく見てサインしなかった時津風が悪い。なぁ神通?」

神通「まだまだこの子たちには、見る力が足りていないようですね、提督」

島風「うわー、詐欺だー、提督詐欺ー、いけないんだー」

提督「私のポケットマネーでお菓子やら雑誌やらを買い漁ったのは、どこの可愛い駆逐艦だったかな?」

天津風「うっ……」

<>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 23:03:46.78 ID:HbKlDUMz0<>

浦風「あれ、もう交渉材料としては使えんねぇ」

浜風「残りの羊羹、今から全部食べてしまいましょうか。肝心の私たちが、まだ一切れも食べていませんし」

雪風「雪風、端っこのトコが食べたいです!」

時津風「あー、ズルイ! 時津風も端っこがいいー!」

島風「二人はダメだよねぇ天津風ちゃん。苦労かけられた私たちが食べるべき!」

天津風「あなた達、何で今そんな話してんのよ……」

神通「ふふっ、元気そうでなによりです。ですが……大丈夫ですか?」

天津風「え、何がです?」

神通「せっかくの羊羹なんですから、吐き出しては勿体ないと思いますけど?」



一同「…………」



雪風「あの……神通さん……!!」

時津風「いま……吐くって聞こえたような……」





神通「さぁ皆さん。本日も、素晴らしい特訓日和ですね」





時津風「うわぁあああん!! この鬼教官ーーーー!!!」














おわり <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/16(金) 23:07:53.30 ID:DpiYz6220<> 乙でした! <>
◆2VMIBbqgAw<>saga<>2016/09/16(金) 23:11:23.76 ID:HbKlDUMz0<> ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
4〜5か月ぶりの投稿となってしまいました……。

今回のテーマは、弱い心と艦娘として生きる理由……みたいな感じでしょうか。
月曜日の会社や学校、部活動、様々な辛いことから逃げ出したくなる気持ちが、きっと彼女たちにもあるのではないでしょうか。

大好きな陽抜が終わりを迎えてしまい残念……という気持ちのまま、次回がないない駆逐隊の最後のお話になる予定です。
それではまた。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/16(金) 23:17:12.21 ID:z4demVb50<> 乙〜
これでまた数ヶ月は戦える <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/16(金) 23:21:15.30 ID:Moz8y0w00<> 超乙! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/18(日) 03:01:29.88 ID:CWYNo3p5o<> 乙! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/18(日) 11:31:06.29 ID:IdQaqAVyo<> おお続編か乙 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/19(月) 01:06:08.78 ID:ZRfPpYQGO<> おつ! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2016/09/23(金) 23:33:53.72 ID:HiyrKIy3o<> おつ <>