◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/16(木) 21:34:07.12 ID:iaEzW9dR0<>男「慚愧の雨と山椒魚」 の続編です。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447667382/
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487248446
<>男「路地裏、三日月の負け犬」
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/16(木) 21:44:39.18 ID:iaEzW9dR0<> ザアアァアアァアアァァ――
男(雨がざあざあ降っている。生憎傘は持っていない)
男(走って帰ろうと思ったが、どうせずぶ濡れになるんだ)
男(不毛な事は何よりも嫌いだ。俺は開き直ってゆっくりとした足取りで進む)
男(どうせ心配する人間なんて誰も居やしないさ。そうやって自分をあざ笑う)
男(心も身体も氷になったようだ。震えているのは寝不足のせいだと信じたい)
男「……」
男(俺は簡単に言うと天才だ)
男(その才能は大切な親友を殺し、俺の生きる活力すら奪った)
男(死ぬ勇気は無いくせに、与えられたものには不満ばかり)
男(そんな自分が心底不愉快で、許せないまま今日も生きる)
男(……街の看板の光は苦手だ。俺は追われる脱走者のようにそれを避けていく)
男(いや、脱走者と例えるにはいささか相応しくないか。なにせ彼らには生きる目的があるものな)
男(夜の路地裏は好きだ。暗くて良い。クソみたいな自分が闇に紛れる気がする)
男(紛れた所で、俺の罪が消える訳もないが)
男(……おや)
男「……あれは……人? 何故……」
男(妙だな……何故こんな路地裏で、傘も差さずに一人突っ立っている?)
男(女か……やけに肌が白い。白粉でも塗っているかのようだ)
男(まるで幽霊――)
男「なっ……消えた!?」
男(馬鹿な! 目を離していなかったと言うのに……)
男「……!?」
男(俺は暫くの間、何も言えず雨に打たれ続けていた) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 15:36:26.48 ID:SVHYy5tt0<>
男「ちっ……今日も雨か。鬱陶しい」
男(幸いにも風邪は引かなかったようだ)
男(しかし昨日の女は一体……)
男(……今日の夜も通ってみようか。どうせ時間なんざ腐るほどある)
男(傘は……ああ、骨が折れている。使えないか)
男(この前盗まれたからだな……これしか残っていない)
男(まるで俺のようである。ぽっきり折れてやる気が無い。手に取ってくれる人も居ない)
男「くっくっく」
男(そうして俺は自虐的に笑う。一体何年そうしてきた事か)
男(きっとこれからも俺は何も生み出さず、ただ呼吸を繋げていくだけなんだろう)
男(ああ、惨めだ) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 16:01:23.65 ID:SVHYy5tt0<> 男(結局、俺は傘を差さず、ずぶ濡れのまま街を彷徨う)
男(風邪がどうした。引いたところで特に今と変わらん)
男(時々すれ違う人々の目など、全く気にならない)
男(ほんの一度だけ出会う人間に好意的に見られた所で、それが一体何の役に立つ)
男(誰に聞かれている訳でも無いのに、そうやってまた言い訳を立てる)
男(幸せそうなカップルを肩で避け、俺は例の路地裏へ向かう)
ザアアアァアアアァアァ……
男(真っ暗な路地裏に、無愛想な雨音だけが響く)
男(そこは俺の為に用意されていた留置所のように感じた)
男「!」
男(昨日の女……)
女「今晩は。来ると思っていたよ」
男(女はそう言うと儚げに笑った。俺にはそれが随分嘘っぽく見える)
男「……あんたは……? 昨日消えたよな……」
女「やはり見ていたか、まあいいさ」
男「おい、答えになって……な……」
男(女に手を伸ばしたその瞬間に、俺の意識は暗転した) <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/02/17(金) 18:42:45.20 ID:EXEevu7H0<> 期待 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 22:04:20.20 ID:SVHYy5tt0<> 男「! これは……」
山椒魚『この雨は……儂の涙なのだよ』
男(これは俺……あの時の山椒魚……? 時が戻っているのか……!?)
女「へえ、君は随分と珍しい経験をしたんだね」
男「おい、どうなってやがる!」
女「別に、ただの興味本位さ」
男「おい待て……」グラッ
<>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 22:11:02.76 ID:SVHYy5tt0<> 男(ふと気が付くと、あの路地裏に立っていた。雨が容赦なく俺を濡れ鼠にする)
男「おい、説明しろ!!」
男(いつ振りだろう、大声を上げたのは)
男(何年も他者とまともに話していなかったせいで、喉が随分と弱い……思わず咳き込んでしまう)
女「僕は人の命を刈る者さ。ああ、別に君の命が欲しい訳じゃないよ?」
女「これはただの暇つぶしさ。まさか土地神と接触していたとは思ってなかったけれど」
男(嘘だろ……だが、あの山椒魚の存在からして、死神が居てもおかしくないか……!?)
女「迷惑をかけたね。それじゃ」
男「! 待っ……」
女「ふふっ」ニヤ
男(俺の静止を聞かず、女は陽炎のように消えてしまい)
ザアアァアアァァァ――
男(雨音が支配する闇の中に、独り取り残されてしまった)
男(俺の小さな心臓が、ばくばくと脈動してクズの血の循環を速める)
男(この気持ちは……何だ……?)
男「何を期待してやがる……クソ野郎」 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 22:13:34.00 ID:SVHYy5tt0<> 男(あの女の事が頭から離れない)
男(別に恋をしたとか、そんなのじゃない。俺にそんな資格なんて無い)
男(だが、相手は人間とは違う。俺の想像のつかない力を持っている)
男(もし……過去に戻れるのならば)
男(……本当に戻れるのだとしたら……!) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 22:28:07.53 ID:SVHYy5tt0<> 男(翌日、俺は同じ時刻にあの路地裏に向かっていた)
男(今宵はのっぺりとした雲は一切姿を見せず、明るい月がよく見える)
男(俺はさながら白熱灯に導かれる羽虫のように、闇の隙間に足を踏み入れた)
女「……おや、どうしたんだい?」
男(月明かりが女を照らしている。黒い衣とすらりとした白い脚が対照的に生える)
男(女は何処か余裕そうだ。俺が此方を訪れるのを確信していたのだろう)
男(不愉快だが、確かに俺に選択肢は無い)
男「頼む! 俺を過去に連れて行ってくれ!」
女「おいおい、僕は時を司っているんじゃないんだぜ? そんな事出来る訳ないだろう」
男「っそれでも……俺の過去の記憶を覗く事は出来るだろう!」
女「随分と過去に縋り付くねぇ。そんな事してやる義理はないな」
男「俺の命をやる!」
女「いらない」
男「……!」
女「そうだね、他の人の命でもくれるのなら考えようかな」
男「は!?」
女「無理強いはしないよ。明日……此処を抜けた交差点でやってもらおうかな」スッ
男「お、おい……」
男(消えた)
男(……俺は……) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/17(金) 22:37:37.48 ID:SVHYy5tt0<> 男(……俺は、友に会いたい)
男(たとえ過去の出来事だとしても……)
男(戻りたい……あの頃の……きらきら光っていた、何よりも幸せだった時代へ……!!) <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/02/18(土) 09:46:59.42 ID:YacqLstio<> まさか続きがあるとは <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/02/18(土) 16:41:59.84 ID:kmhwNbaA0<> きたい <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/18(土) 22:33:40.15 ID:7101tiau0<> 女「……くすくす」
男(もうすっかり暗い。俺は交差点の上の歩道橋で立ち呆けている)
男(寒空の夜と言う事もあり、人通りも今はほとんど無い)
男(! 前から子供が歩いてきた。塾帰りか……?)
ドクン
男(……隙だらけだ。あの歳の子供なら……ナイフで確実に……いける……!)
ドクン
男(チャンスは一回だけ……しくじれば終わり……)フー
ドクン
子供「……?」キョトン
男(友……!!)
ドクン!!
―― <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/21(火) 21:48:22.89 ID:n8hviNMg0<> 女「……さて、話を聞かせてもらおうか?」
男「……」
女「君は幸せな記憶に向かう唯一の機会を逃したんだぜ? それこそ自分の命を売ってもいいくらいの」
男「……山椒魚の事を思い出したんだ」
男「……大切な人が居なくなった奴の事を……考えちまったんだ……」
男「結局……俺は何も出来ない根性無しだったよ……」
女「ふーん」
男「……もう良いか。さっさと酒を呑んで潰れちまいたい気分なんだが」
女「まあ分かってたけどね……思った通りだ。相応しい」ボソ
男「あ?」
女「己を赦す事が出来ず、呪い続ける者……君みたいな人間が継ぐべきだ」
男(女はそう言うと、紫色に揺らめく気を纏った)
男(その気は複数の奔流となり、女の身体を走り……右手に集まっていく……)
男(そうして巨大な禍々しい鎌へと姿を変えた。なんだよ、結局殺されるのか)
男(ああ、でもやっと死ねるんだな)
女「まあ、最期に良い思いくらいはさせてあげようか」
男「……!」 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/21(火) 21:56:04.76 ID:n8hviNMg0<> 男(……戻っていく……戻っていく……!!)
女「おや……これはこれは」
男(……友の……葬式……)
女「おいおい、何項垂れているんだよ。君が望んだ事なんだぜ?」
男「分かってる……」
男(……ああ……この部屋だ……)
男(友と二人で笑いあった部屋……俺がその夢をぶち壊した部屋……!)
男『……うーん、この鳥は白の方が映えるんじゃね?』スッ
男「――馬鹿!! やめろ!!」
女「うるさいな、どうせ聞こえやしないさ」
男「……」
男(俺のほんのちょっとした気まぐれが……友を……)
友『男、たまには散歩でもしようよ。身体が鈍くなるよ』
男『おー、そうだなぁ』
友『ねえ、レポートってもう終わった?』
男『当然。飯食いに行こうぜ』
友『あはははは』
男『はははっ!』
男「……もう十分だ」
男(これ以上は……見れない……!!)
女「自分から言ったくせに……それじゃあ戻るよ」
男(友……) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/21(火) 22:03:33.41 ID:n8hviNMg0<> 男「……」
女「……さて、覚悟は良いかな?」
男「いいや」
女(ん? 目つきが変わった?)
男「俺は友の分まで生きる。これからも自分の罪を背負いながら」
女「おいおい、それは君が決める事じゃないだろ」
男「……」
――男の金魚の糞のくせに。なんか目障りだよな。
――良いよなぁ天才は、人生さぞかし楽しいだろうよ。
男「ッ!」ギリッ
男「そんなもん知った事か!! 俺達は……もう他人に左右されない!!」
男「俺達は自由なんだよ!! もう誰にも縛られてたまるか!!」
男(我ながら言っている事が滅茶苦茶だ。それでも)
男(友の分まで……俺は死ぬ気で頑張らなければ)
男(そうだ、絵を……絵を描き続けよう。あいつが好きだった絵を。あいつを殺した絵を)
男(惨めに苦しんで生き続けよう……それがあいつへの贖罪だ)
女「ふぅん」ヒュン
男「がっ……!」
男(しかし、俺の抵抗空しく、死神の鎌が俺の胸に突き刺さる)
男(目に見える速度では無かった……次元が違う)
男(……痛みすら感じない。気だるげな眠さが視界をじわじわと侵食していく)
男(畜生……畜生……! 友……!!)
男(重くのしかかる瞼の隙間から、奴が血の滴る左腕をこちらへ伸ばしているのが見えた) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/21(火) 22:14:59.57 ID:n8hviNMg0<> 男(……!)パッ
男(これは……どうなってる? 死んだ……のか?)
女「どうだい、身体の調子は」
男「てめっ……え……?」
男(黒い衣……? 服が先ほどとは違う。では俺は一体?)
男(ふと自分の手を触ると、こつこつとした無機質な肌触りが――いや)
男「骸骨……!?」
女「お憑かれさま。今日からは君が死神だよ」
男「は、はぁっ!? どういう事だよ!?」
女「今言ったじゃないか……君は一度死んで、死神になりました」
男「……!?」
女「時間が無いからさっさと伝えるよ、黙って聞いてね」
女「死神の力を君は使う事が出来る」
女「元に戻るには百人の魂を刈る事が必要」
女「百人目を殺し、その遺体に「自らの血」と「その者を含めた百人分の魂」を心臓に注ぐんだ」
女「そうすると、百人目が新たな死神となり、君は本当の意味で死ぬ」
女「以上だよ。継承しないと何をやっても死ねないからね。君が望んだ‘生き続けられる’とも取れるが」
男「……俺に人を殺せと?」
女「さあ、別に期限は無いから何をしていても構わないよ。どうせ人の死なんてすぐに慣れる」
女「数が違ってて失敗すると、またそこから百人やり直しだから……」
男(! 女が消えていく……)
女「ああ……魔力が馴染んで来たら……姿はすぐに擬態出来るようになるよ……それと……」
女「……「死者に会える湖」へ……行ってみると良い……」
女「すぐにやり方が分かるよ……」
女「君も……謝れるといいね……」
男「おい、待てよ!!」
女「ああ……やっと、死ねる……僕もようやく一緒になれるんだね……」
男「おい!!」
男(俺が肩に触れた瞬間、女の身体はふわりと煙のように消えて無くなってしまった)
男(言葉を無くす俺の前には、女の物であろうピアスだけが残った) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/21(火) 22:28:59.21 ID:n8hviNMg0<> 男「俺は、どうすればいいんだろう」
男(取り残された俺は、ピアスを拾って情けなく独り呟く)
男(魂を刈る……この鎌で? 俺が……?)フッ
男「うお、鎌が消えた」
男(ついさっき、子供一人すら殺せなかったのに……?)
男(俺は……)
男「……「死者に会える湖」があるとか言ってたな……」
男(そこに行けば……友に……会えるのだろうか……?)
男(とにかく、顔を何とかしないと……)ズズ
男「……! 出来た……ようだな。妙な感覚だ」
男(ぺたぺたと自分の頬を触る。柔らかい。うん、大丈夫みたいだ)
男(これが魔力を使う感覚なのだろうか? 今まで体験した事の無い感じだ……)
男「……!」
そう、血の流れを指先に集中させる感じだ。すっと心を研ぎ澄ませるんだ。
男(何だこれは、あの女の残留思念のようなものか……?)
さて、「繋ぐ」のを覚えないとね。まずは強力な魔力球を作って、その中心にさらに魔力を注いでくるくる回すんだ。渦を作るようにね。
男(その言葉に従うと、壁に黒く渦巻く水面のようなものが出来上がった)
ゴボボ……!
男(覗き込むと、深淵が広がっている)
男「繋がって……いるのか?」
男(しかし、初めて作ったものだぞ……もし失敗していたら……)
おいおい、怖がってちゃ何も掴めないぜ。まさしく君の人生のようにね。
男(うるさい、知ったような口を叩くな)
……もう僕の声も消えてしまう。後は君次第だよ。
男(……うだうだしていられない。どうせ俺に失うものなんてもう無いんだ)
男「……行くしかない!」
男(俺は知らずの内に震えていた出来立ての脚を叩くと、意を決してその渦に飛び込んだのである) <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/02/22(水) 10:52:35.40 ID:kZhLrl43o<> おお、こう来たか <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 12:47:23.56 ID:vHJlMSv10<> ホー……ホー……
男(激流に身を任せて投げ出された場所は、静かな夜の森だった)
男(……何だか、妙な雰囲気の森だな……梟の声がやけに遠く感じる)
男(世界の喧騒から隔離されたような……そんな感じだ。静かにしないといけない、ような……そんな空気が漂っている)
男(だが、強制されていると言うか……自然とそうしたくなるような……不思議だ)
男(これは……繋げたのだろうか? 一体何処なんだろう。俺の居た世界では無い事は確かだが)
男「おい、此処で大丈夫なのか?」
男(……駄目だ。もう聞こえない)
男(進んでみよう。進むしかない)ザッ <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 12:58:17.09 ID:vHJlMSv10<> 男(二十分ほど歩いた。体力が無かった生前と違い、いくら歩いても疲れない)
男(この世界にも月はあるのか。本当にあれが月かどうかは分からないが……満月の光が道を照らしてくれている)
男「……」ギュンッ
男(自分の身体能力が、想像以上に強化されている。人間とは思えない速度で走る事が出来る!)
男(いや、もう俺は人間じゃないんだ。そんな比喩はやめよう)
男(しかし、人間の頃はこんな風に走れなかったな……それこそ、学生の時くらいか……)
男(……死神となった今の方が、あのクソみたいな人生よりもよっぽど生き生きしてる気がするぜ)
男(皮肉なものだ) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 13:17:55.09 ID:vHJlMSv10<> 男(進んでも進んでも同じ景色だ。さすがに心細くなってくる)ザッザッ
男(俺の立てる足音だけが、暗闇の中でぽつりと浮き彫りになる)
男(本当に前に進めているのだろうか? 何だか同じ場所をぐるぐる回っているような気分だ)
男(何だろう、昔こんな気持ちになったような……)
男(ああ、これは小さな頃、知らない場所に一人で行った時の感覚だ)
男(帰り道が分からなくて、自分が夜に追いつかれてしまいそうに感じていた)
男「……ゴミクズ。今更何を怖がってやがる」
男(俺は拳を胸に打ち付けると、歩く速度を速める)
男(おや)
男「……何だあれは……?」
男(緑……と言うよりは翡翠色の……何だ? オーロラのようなものが漂っている)
男(……近くに行ってよく見ると、木々に茸のようなものが生えていて、それが放っているらしい。胞子なのだろうか)
男(この先に、何やら開けた所があるみたいだ。……)
男(自分の胸が高鳴っているのが分かる。俺の一番求めていたものが、この先にある)
男(俺は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、無我夢中で駆け出していた) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:16:14.89 ID:vHJlMSv10<>
男(辿り着いたのは、小さな湖だった)
男(辺り一面に漂う翡翠色のオーロラと満月の光が、何とも言えぬ神秘さを感じさせる)
男(湖の中央では、白い孔雀が水面に立っている)
男「……静かだ」
男(湖の上では、無数の火が星海のように浮遊している)
男(俺がそれに見とれていると、孔雀がこちらへ歩いてきた)
男「あんたは……一体……?」
あなたが新しい死神ですね。彼女から話は聞いていますよ。
男(! 直接声が頭に)
私はこの湖で、未練を残したまま死んでしまった魂を呼び寄せています。
彼らの心残りが晴れるその時まで、この夜の森に居場所を与えています。
男「……」
そして、貴方も大切な方を探しに来たのでしょう?
男「!」
男(白孔雀が見上げたその先から、紫色の火がこちらへ向かってきている)
男(あ、あれは……)
男(火は俺の目の前までやって来ると、激しく燃え盛り始めた)
男(形が変わって……い、いや、これは……まさか!?)
友「……」
男「……あ……」 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:21:11.01 ID:vHJlMSv10<> 男(……間違いない、友だ……)
男(言葉が……出てこない……)
男(俺は怯えながら彼の顔色を伺うが、友は何も言わない)
男(作り物の心臓が、一気に激しく鼓動する)
男(……友……友……!)
男(そこからは、思考が上手く纏まらず、心の思いだけが飛び出していた)
男「――すまなかった!! 許してもらえるとは思っていない!!」バッ
男「俺はお前の大切なものを壊してしまった!! ずっとずっと謝りたかった!!」
男「ずっと傍に居たのに、お前の苦しみを分かってやれなくて……すまない……!!」
友「……男」
友「謝るのは僕のほうだよ。君に悪意があったわけでもないのに」
友「心のどこかでずっと君の才能を僻んでいた。あの時、それが爆発してしまったんだ」
友「僕のせいで、随分と苦労をかけたみたいだね……御免よ」
男「……あ……」
友「もう良いんだ、どうか……自分を赦してやってくれないか?」
男「……う……あっ……!」
男(今までずっと、そんな言葉を夢見ていた)
男(そうして都合良く考えてしまう自分を呪い続けていた)
男(それでも俺は、俺は……謝りたかった!)
男「……あああ、ああっ……!!」
男(友が俺の肩を優しく抱き寄せる)
男(その瞬間、俺はついに目から溢れるものを抑えきれなくなった) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:23:30.61 ID:vHJlMSv10<> 男(友が消えてからは、ずっと心が荒んでいた)
男(涙を流したのは何年ぶりだろうか。慣れていないので目がずきずきと痛む)
男(今までの空白の人生の分の涙を流し切り、俺はようやく深呼吸をする)
友「それで、これからはどうするつもりなんだい?」
男「……俺は、死神になっちまったんだ……もう普通に生きる事は出来ないさ」
友「どうしてそう思うんだ?」
男「どうして、って……」
友「死神が普通に生きちゃ駄目だなんて誰が決めたんだよ」
友「誰が何と言おうと、君は君だろ?」
男「……!」
友「顔だって普通だし、きっと大丈夫だよ」
友「死んだ僕が言うのも何だけど、世界は僕らが思ってたよりも広いんだよ」
友「きっと生きてて良かったって思う日が来るよ。僕の分まで生きてくれないか?」
男「友……」
男「……分かったよ、俺は生きてみる。何せ親友に頼まれちまったからな」
男「俺、絵を描いてみようと思うんだ。お前が描けなかった分まで」
友「! そうか……うん、それは良い事だよ。是非とも沢山綺麗な絵を描いてくれ!」
男「ああっ!!」ニッ
友「良い顔だ、もう安心して……逝けるよ」フワッ
男「! ……友……お前にも苦労をかけたな……」
友「あはは、どうって事ないさ。親友だろ?」
男「……そうだな」
友「じゃあね、男」
男「じゃあな……友」
男(友は穏やかな笑みを浮かべると、満足そうに消えていった)
男(……ん、もう一つ火が近づいてくるぞ) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:25:07.56 ID:vHJlMSv10<> 女「やあ、どうだった?」
男「この声は……お前か」
女「謝った所で何も変わらないが、ごめんね。怒ってるだろ?」
男「当たり前だろ……でも、お前のおかげで親友に謝れた」
男「それに、元々俺を救うつもりで死神にしたんだろ?」
女「僕はそんな優しい人じゃないさ」
男「……よく言うぜ。まぁ……ありがとな」
女「ふふっ、まるで人が変わったようだね」
男「ああ、そうかもな」
男(そう言えば、最後に人に感謝した時はいつだろう)
男(女の魂の傍には、黄色い火が……あの魂はきっと)
男「……お前も、大切な人と一緒になれたんだな」
女「……うん。君のおかげでね」
男「ちっ、全く……幸せにな」
女「ありがとう、どうか君も……幸せにね」
男「……ああ。感謝してる」
男(女ともう一つの魂は、ゆっくりと上へ昇って行き……消えた) <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:26:33.01 ID:vHJlMSv10<> 男「さて」
行くのですか。
男「ああ、あんたは……ずっと此処に居るんだな」
それが私の役目ですから。随分と格好良い顔立ちになりましたね。
男「あんたにも感謝しないとな。友人に会わせてくれてありがとう」
ふふふ。そう言って頂けるのが一番嬉しいです。
男「此処は良い所だな……そろそろ行くよ」
はい。死神の力の使い方もまだ分からないでしょうし、また暇な時にでも遊びに来てくださいね。
男「気軽に遊びに来るような所じゃないと思うが……また来るよ」ゴボボッ <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:28:19.97 ID:vHJlMSv10<> 男「おお、無事に戻れた」
男(夢じゃないんだよな……本当に……まさかこんな日が来るとは)
男(寒かった風が、今はとても心地良い)
男(死神になれて良かった)
男「なぁ山椒魚。俺はやっと……生きる事が出来そうだよ」
男(ずっと胸に突き刺さっていた杭がすっぽりと抜けた気分だ)
男(そうだな、まずは明日スケッチブックを買いに行こうか)
男「ああ、今なら何でも出来そうだ」 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:36:10.85 ID:vHJlMSv10<> 男は黒い衣を深くかぶり直し、しっかりとした足取りで夜の街を歩き始める。
後ろから吹いてきた冷たい夜風が、ひゅるりと彼を包み込む。
しかし、以前とは違い、その風に嫌悪感を抱くことは無い。むしろ彼には、夜が自分を歓迎しているように感じる。
これからの彼の生活は、心配しなくても大丈夫だろう。もう彼には生きる理由があるのだから。
死神となった負け犬が、一人闇の中へと消えていく。その表情は何処か柔らかい。
彼の見上げた先では、巨大な鎌のような三日月が、静かに光っているのであった。 <>
◆XkFHc6ejAk<>saga<>2017/02/23(木) 23:40:18.24 ID:vHJlMSv10<> 終わりです。ありがとうございました。
過去作
男「夏の通り雨、神社にて」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437922627/
少年「鯨の歌が響く夜」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438310494/
少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449757236/
男「慚愧の雨と山椒魚」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447667382/
男「とある休日、昼下がり」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455541122/
男「とある平日、春の夜に」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1460366051/
男「とある街の小さな店」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457533059/
「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1458734925/
「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1470921413/
「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1478089126/
旅人「死者に会える湖」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463231919/
少年「魚が揺れるは灰の町」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463836215/
男「浮き彫り」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1465456264/
男「リビングデッド・ジェントルマン」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1467292922/ <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/02/24(金) 13:11:09.39 ID:HvpFQ5aHo<> 救われてよかった
乙 <>