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HTML化した人:lain. ★
俺専用
1 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/08(金) 22:48:23.39 ID:LlOydEAo

「私の弟になる気は無いか?」

 見慣れた町並み、夕日も沈んで
俺の視界は月と星と街灯で保っている。

「僭越ながら一部始終を見ていた」

 生臭い鉄の匂い。なんて遠回りに伝えてみたところで結果は変わる訳も無く。
ただただ生々しく痛々しく仰々しく苦々しい死体が、血みどろが広がっている。
誰の所為? 俺の所為? いや違う筈だ、そう思いたい。

「そうだ君は悪くない、その通りだ」

 細長いシザーハンズが俺に声をかけて来る。
嫌に心に響く声は、俺に浸透していく。

「君の名前は?」
「まともに呼ばれた事の無い苗字と名前が一つずつ。あだ名はキョン」
「そうか…。で、私の弟になる気はないかな?」
2 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/08(金) 23:05:39.89 ID:LlOydEAo

 
俺の後ろにはコンクリート塀と死体、
俺の手元には如何なる用途の物か判断しかねるが刀の様な形状をした細い包丁。
俺の前方には中学のころの針金で作った人形の様な人間。
はい、状況判断終了。非常によろしくない。
ってかなに平然と談笑モードに入ってるんですかねこの人は?
弟にならないか? なにそれ、ロザリオでも渡せばいいんでしょうか?

「いや、正直その提案は本当にありがたいんですが
 ぶっちゃけのんびりと談笑しているほど余裕が無く手ですね。
 俺としては早々にこの場を立ち去ってしかるべき所に身を投じようかと」

 さらに言うなればその鋏、両刃の鋏なんて初見もいい所ですが、
形状から言って絶対紙切れないじゃん、一体何を切るのですか? 人?
はは、俺が言うのもなんだが危険人物ですよ。

「キョン君、君は素晴らしいと思うよ。
 そこの彼から凶器を奪い、一振りで首を両断。血液の噴水。
 芸術点を上げよう」
「はぁ、…じゃなくてですね。あなたが誰かは知りませんが
 俺はちょいとした手違いとは言え人を殺戮っちゃったので
 しばらくまじめにお勤めでもしようかとですね」
3 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/08(金) 23:11:25.81 ID:LlOydEAo

「零崎双識、それが私の名前だよキョン君」

 背広に眼鏡、ネクタイをしっかりとした
その型にはまったサラリーマンな風貌。
でかい鋏。
やたら細い体躯。

「君はなにか思い違いしている、君は手違いで殺したんじゃないし
 その女性も勘違いで死んだわけじゃない」

 大げさに両手を広げる零崎さんちの双識さん、
異常なまでの長さの腕プラス鋏でこの道の端から端までを
完全に彼がその身で塞ぐ。馬鹿じゃないのかこの人。

「彼女は死ぬべくして死んだし、君もなるべくしてなった」
「…なにに?」
「零崎に、殺人鬼にさ」
4 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/08(金) 23:31:59.69 ID:LlOydEAo

「いやいやいや! ちょ、ちょっと待ってください零崎さん」
「苗字だなんて他人行儀な、お兄さんと呼んでくれて構わないよキョン」

 一歩こちらに歩み寄る双識さん。
そのフレンドリーさは場合によっては非常に好感を持てるもので
友好的に接してくる年上の男性(でかい鋏所持)相手に
こんな感情抱くのは俺自身も甚だ申し訳ないのだが。
…この人はなかなかにハイレベルの変態とお見受けする。

「大体、人を一人殺しただけで殺人鬼って…。人殺しではありますけど」

 一人殺しただけ、不意に口からでた言葉に後から気付いたが
それに対する道徳的観念からの呵責は皆無だった。

「数は関係ないよキョン、この場合問題なのはそこじゃない」


 
5 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/08(金) 23:51:41.55 ID:LlOydEAo

「例えば、君は自主的に警察にこれからいくとするだろ?
 つまり自首するために、ね。するとどうだろう、
 気がつくと君は警察をそのちゃっちぃナイフで殺している。
 ならば一回自宅に逃げ帰ってみようか?
 しかし驚き、君の帰宅をしって顔をだした家族を片っ端から殺してしまうことだろうね。
 なら友人に匿って貰う? 恋人や先輩後輩に先生親戚、誰でもいい。
 君はその発現したばかりの溢れる殺意に任せて片っ端から[ピーーー]だろうね、
 それは断言してもいい。君はもう殺人鬼で殺人狂だ」

 断言、宣言、高らかに俺をキリングジャンキー呼ばわりする双識さん。
しかしそれを不快に思ったり、それに対し感情を高ぶらせるような無かった。
むしろ逆というか、お前の居場所はここだと手招きされるような、
そんな安堵感というか、迷っていた自分に対して答えがだされた安心感。
安全、安穏、安定、安堵、安心、安寧、安静、安泰、安楽。

 ふと、この人に、遠く昔あったことがある気がした。
懐かしいような、郷愁をそそる感覚。
頭は否定する、初対面の危険人物で、しかもまずいところを見られた。
しかし心のどこかは唱え続ける、知っていると、心のそこから。
6 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 00:19:43.30 ID:bB.aVEoo

「あなたは何者なんですか?」

 手段の一つとしてあった、"口封じに[ピーーー]"という未来に続かない選択。
思考の一つとしてあった、逃避、逃亡、逃走という何処にも続かない選択。
可能性の一つとしてあった、刃を自らに向けるという圧倒的に何も無い選択。
それら全てを捨てて俺は自らの意思で一歩目の前の零崎双識と名乗る男に、
近づいた。

 そこにあったのは確信、予感めいた何か、
シックスセンスと言えば格好の良いただの勘に近い、
しかし全身の毛の一本に至るまでがそれを正答だと言っている。
俺は、知っているこの感覚を、この零崎双識という人間を、

何よりも零崎という存在、そのものを。
              マインドレンデル
「私は零崎一族が一人、自殺志願、零崎双識、しがない殺人鬼さ」



「よろしく、お兄さん」
7 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 00:44:24.48 ID:bB.aVEoo

「あぁ、そうだ」

 自分が持っていたそのナイフを俺は振り返り持ち主に返す。
必要ないから。
しかし当然ながら屍は受け取ってはくれない、
仕方が無いので俺は屍の腹部の辺りにナイフを突き刺して。

「ではいこうか兄さん」
「順応が早くていいね、うん、じゃあ行こうか新しい弟君」

 俺はこくりと頷いて、その場を離れる。
死体を放置しておくことも、
俺の指紋がべったりとついたナイフをそのままにしておくことも、
そもそも俺が殺したことも、誰が死んだのかもどうでもよかった。

 それでも俺が足を止めたのは、なんというか、惰性。
俺がただの高校生だったころの、惰性。



「お疲れ様、長門。来世では普通の女の子になれると良いな」

 ばいばい。
 さようなら。
 おやすみなさい。
8 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 00:44:54.99 ID:bB.aVEoo

―――

 釘バット、といえばもうそれだけで鈍器が一発で思い浮かぶ。
細かなディティールまで鮮明にイメージできる
それは昔のヤンキー、もしくはツッパリ、もしくは不良、さらにはアウトロー、
そんなちょっと頭のネジが緩んだのか、むしろキツク締めすぎた反応か
中身が晴れやかに曇天になってる若人の武器というのが定番だが。

 俺は自然に自重のみで硬い地面にめり込むその"釘バット"に嘆息をつく。
釘バットは通常、木製バットに釘を直接カンカンと打ち込んで完成する、
実は使い手の苦労が垣間見える装備品なのだが。

「…」

 この釘バット、愚神礼賛はなんともさらに愉快な構造をしている。
持ち手からバットの本体、釘の一本に至るまでがすべて一つの鉄塊で出来ている。
重量は不明だが、少なくとも両手で持ち上げるのが一杯一杯で
これを振り回して戦闘を行うなんてのはちょっとしたスペクタルだ
9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 04:37:42.89 ID:bB.aVEoo

――――

 釘バット、といえばもうそれだけで鈍器が一発で思い浮かぶ。
細かなディティールまで鮮明にイメージできる
それは昔のヤンキー、もしくはツッパリ、もしくは不良、さらにはアウトロー、
そんなちょっと頭のネジが緩んだかむしろキツク締めすぎた反応か
中身が晴れやかに曇天になってる若人の武器というのが定番だが。

 俺は自然に自重のみで硬い地面にめり込むその"釘バット"に嘆息をつく。
釘バットは通常、木製バットに釘を直接カンカンと打ち込んで完成する、
実は使い手の苦労が垣間見える装備品なのだが。

「…」

 この釘バット、愚神礼賛はなんともさらに愉快な構造をしている。
持ち手からバットの本体、釘の一本に至るまでがすべて一つの鉄塊で出来ている。
重量は不明だが、少なくとも両手で持ち上げるのが一杯一杯で
これを振り回して戦闘を行うなんてのはちょっとしたスペクタクルだ
10 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 05:07:14.21 ID:bB.aVEoo

「え〜っと? 大将? これ、え? これが獲物な訳?
 これで人を[ピーーー]場面が想像できないんだけど?
 武器に殺される勢いなんだけど、マジで言ってるんですかい?」

 零崎軋識、愚神礼賛、シームレスバイアスなので双識の兄さんとか
一族のなかでも親しい人間には通称アスと呼ばれてたり。
してるらしいが、ちょっと待ってくれ。鉛? これ全部が鉛?

「…頭の5cm上から落とされただけで死にそうだ」

 麦藁帽子に汚れたタオルを首にかけて、
田舎の軽トラにスイカとかを乗せて畑耕してそうな大将。
兄さんのあの狂気蠢く鋏に続いて身近な物を極限まで凶悪化させてるシリーズだ。

11 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 05:25:27.76 ID:bB.aVEoo

 対する俺はというと別になにがあるわけじゃない。
ただただ双識の兄さんに連れてこられた、というかついてきたのか。
俺は一人しか殺してない、殺人鬼未満の存在だ。
当然愛用の殺戮道具なんて常備しては居ないのだが、

 ふぅん…、零崎ってのはこんなのの集まりなのか。
話は道中双識の兄さんに聞いてはいたが、
俺もやっぱりなにかしら特出した武器を創作するべきなのかね?

「ほら緯識、それはアスに返してあげなさい。アスはそのバットにお熱だからね、
 五分以上手元を離れてると暴れる程なんだ。気持ち悪い変態だろ?」
「おめぇに言われてくないっちゃ…。大体変な嘘を吹聴すんなレン、
 新しい家族に変態扱いされるのを良しと出来るほど俺は心が広くないっちゃ」
「そうかい? 私はいくら変態と呼ばれても構わないよ、むしろ歓迎だね。
 そういった、一見罵詈雑言ともとれる言葉を交わすことでより親密度が増す」
「変態っちゃな」
「変態ですね」

 
12 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 05:30:45.64 ID:bB.aVEoo

 対する俺はというと別になにがあるわけじゃない。
ただただ双識の兄さんに連れてこられた、というかついてきたのか。
俺は一人しか殺してない、殺人鬼未満の存在だ。
当然愛用の殺戮道具なんて常備しては居ないのだが、

 ふぅん…、零崎ってのはこんなのの集まりなのか。
話は道中双識の兄さんに聞いてはいたが、
俺もやっぱりなにかしら特出した武器を創作するべきなのかね?

「ほらキョン、それはアスに返してあげなさい。アスはそのバットにお熱だからね、
 五分以上手元を離れてると暴れる程なんだ。気持ち悪い変態だろ?」
「おめぇに言われてくないっちゃ…。大体変な嘘を吹聴すんなレン、
 新しい家族に変態扱いされるのを良しと出来るほど俺は心が広くないっちゃ」
「そうかい? 私はいくら変態と呼ばれても構わないよ、むしろ歓迎だね。
 そういった、一見罵詈雑言ともとれる言葉を交わすことでより親密度が増す」
「変態っちゃな」
「変態ですね」
13 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 05:38:16.98 ID:bB.aVEoo

―――

 零崎緯識。
姓は零崎、名は緯識。
それは俺という個の名前となった。
殺人鬼としての新しい俺の、名前。
家族、という言い方にまだ若干の違和感はある物の
とにかく零崎一族からの呼ばれ方は相変わらずのキョンだったりする。

 久方ぶりにまともに名で呼んでもらえると思ったのだが、
悲しいかな双識の兄さんはキョンを一日で家族全員に浸透させることに成功してくれた。
愛してるよ兄さん。
よくもやってくれたな。

「で、どうしたもんかな…」

 家族、って言っても働いて家借りて
みんなで一緒に暮らしましょう。ってそんな悠長かつ暢気なものじゃない。
各自がそれぞれに勝手に暮らしてるし、
家族同士でもほとんど顔をあわせない奴も居るらしい。
勝手に生活して、勝手に殺して、勝手に家族と名乗ってる。
集団、仲間、家族、一つのコミュニティとしてのルールがない。

『何よりも家族を優先するべし』

 それだけが零崎一族として果たすべき、守るべき事象だと双識の兄さんは言っていた。
14 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 05:51:31.69 ID:bB.aVEoo

「言ってた、だけだからな…。
 その後の方針とか今後俺がどうしたらいいのかとかさっぱりきっかりわからん…」

 大体、あんだけ俺が殺人狂で
誰かを見かけたら[ピーーー]、何が何でも[ピーーー]、是が非でも[ピーーー]、老若男女問わず[ピーーー]
みたいな奴だと言っていた癖に、結局放置してどっか行っちまったし…。
そもそもこの町に俺がとどまるのって不味くないんですかね?
宇宙製のインタフェースとは言え人を殺してる上に、上記のような常軌を逸した俺の現状。
正直ハルヒやなんやらに会うのは非常にまずいし。
家に帰るわけにも行かない。
[ピーーー]ことに躊躇いがあるというか、単に後味が悪そうという自分の感覚。
そしてその感覚すら受け入れてる自分。そして受け入れてる自分をなにも思わない自分。

「つまるところ無感情ってこった」

 口にしてみた。
えらくシンプルになった。

「しかし参ったな、双識の兄さんの愛弟のように放浪しようにも金が無いし。
 個人所有の家なんかも無いし…、いや路頭に迷ってるな…」

 殺して金をぶん取るという選択もあるが、
やっぱり俺にはどでかい鋏も鉛の釘バットも、ただのナイフすらも無いのだった。
15 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 06:03:16.32 ID:bB.aVEoo

「いや、あればさくっと殺したのかっていったら…」

 まぁ[ピーーー]んだろうな。
双識の兄さん曰く。しかし会話してる限り、
そして自分自身を観察しこうやって思考を流してる限り、
零崎の大将や兄さんやその他の人たちも個性的ではあるが普通に見えたし、
俺自身もなにかわかりやすくなにかが変わったようには思えない。

「精神病は自覚症状ないのが多いと聞くしな」

 一人で一頻り頷いてからポケットに手を突っ込む、
財布と分けて持ってる緊急用の金銭が全部で1257円。
百円均一ショップ行ってカッターナイフの一つでも所持しておくか?
いや、でもカッターを持ってレジに向かったらレジの人を殺してしまうかも知れんな…。
しかし万引き行為に走るのはごめんだ。
殺戮に抵抗がなくなっても、その他のボーダーまで一律で下がったわけじゃない。
そもそも万引きはやったことない、不慣れな手つきでつかまって殺人量を増やすわけにもいかん。

「…どうしたもんかね?」

 
16 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 06:06:17.34 ID:bB.aVEoo

―――

 
「いや、あればさくっと殺したのかっていったら…」

 まぁ殺 すんだろうな。
双識の兄さん曰く。しかし会話してる限り、
そして自分自身を観察しこうやって思考を流してる限り、
零崎の大将や兄さんやその他の人たちも個性的ではあるが普通に見えたし、
俺自身もなにかわかりやすくなにかが変わったようには思えない。

「…精神病は自覚症状ないのが多いと聞くしな」

 ただ、それでもわかった。理解はできないがわかった。
頭でなく心で理解できた、とでもいうのかね? 感覚的に、
あぁ、同じだな。一緒だな。変わらないな。そう思った。

 一人で一頻り頷いてからポケットに手を突っ込む、
財布と分けて持ってる緊急用の金銭が全部で1257円。
百円均一ショップ行ってカッターナイフの一つでも所持しておくか?
いや、でもカッターを持ってレジに向かったらレジの人を殺してしまうかも知れんな…。
しかし万引き行為に走るのはごめんだ。
殺戮に抵抗がなくなっても、その他のボーダーまで一律で下がったわけじゃない。
そもそも万引きはやったことない、不慣れな手つきでつかまって殺人量を増やすわけにもいかん。

「…まぁ、そんときはそんときだろ」

 
17 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 06:19:42.62 ID:bB.aVEoo

―――

 結果、として俺がこの行動によって手に入れたもの、導き出したものと言えば。
非常に危うくはあるものの、しかし敵対行動をとらない者に対しての殺戮衝動は
自分の意思で抑える事ができるという結論だった。

「…そりゃそうか、じゃなかったらいくらなんでも生活できないよな。
 食い物とかだって買い物しなくちゃ手に入らないし、この辺は慣れなんだろうか?」

 俺は安っぽいカッターナイフを三本と、替え刃。
あとは飲み物と菓子パンを買って店からでた。
一応曲がりなりにも刃物を持つと安心感が違う、
そしてポケットに入れたカッターをいじりながら誰かがこう来たら振り向きざまにとか、
正面からきたらどう往なしてどこをどういう風に切り裂くのが一番効率がいいかとかを
余念無く、予断無く、頭の中で組み立てていく。

18 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 06:25:01.10 ID:bB.aVEoo


 ふと、自分の足が店からでてから
素直に自宅に向かってることに気がついた。
当たり前の、当然の行動を行っていることに気がついて。
俺は慌てて踵を返して道を戻る。

 歩くこと、それを意識的に行わなくてはいけないというのは
なかなかに億劫な作業だった。
無意識に、身の任せるままに足を動かせば必ず大なり小なり行きなれた道を選ぶ。
行きなれた場所、つまりは自宅に学校、駅前の広場に鶴屋邸なども含まれる。
そしてその全てに俺が会いたくない人間の面影がある、思い出がある。
どこに行っても誰かしらと出会いそうで、俺はあっちじゃないこっちじゃないと
知らない道を選ぼうとして、知らない道が無いことにまで気がついた。

 この町全ての道を、俺はSOS団だったり、異能力大事件の関係だったりで
きっちり網羅しつくしていたらしい。
19 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/09(土) 06:33:24.65 ID:bB.aVEoo

「ダメだ、金が無いなら歩いてでもどこか別のところに行かないと」

 生まれも育ちもこの町で、徹頭徹尾この町で過ごしてきた俺。
しかし去らねばならぬというこの状況、環境、
空虚な感覚や、切なさや悲しさや後ろ髪引かれる思いが、無い。

「街をでて旅をするならするで、どこか目的地が欲しいところだな…」

 そして次の瞬間には日本列島一周なんかを妄想して
わくわくしたりする。妹の幼い笑顔も両親の柔らかな表情も、
ハルヒの騒々しい声も、古泉のシニカルな顔も、朝比奈さんのメイド姿も、
なにもかもがどうでもよくなっていた。

 いやどうでもいいわけじゃないが、
こう、価値観の変動だろうか。
長門の首を意図せずに、違う意図して、
そんなつもりは無かったが、違う明確な殺意を持って、
咄嗟にナイフを振るって、違う首を刎ねるつもりで、
殺したあの瞬間から、多分俺は別人なのだろう。
20 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/05/10(日) 23:46:37.47 ID:ykJsepMo

「…いやそれも違うな」

 自己欺瞞、自信を誤魔化して
 自己嫌悪、別人として開き直れば痛くない?
 自己満足、結局俺は徹頭徹尾俺自身でしかなく
 自己陶酔、[ピーーー]ことに[ピーーー]自分に俺は

「あの、すいません」
「はい?」

 声をかけられて、振り返る。
そこにあるのはなにもない、今まで歩いていた道、
誰も居ない、細い道の流れ。

「…あれ?」

 一拍おいて視界に入る自分の右腕、
力を入れすぎることも、抜きすぎることも、
意識することも、しかし頭からかけ離れた無意識でもなく。
ただ当然、平然、自然、俺は買ったばかりのカッターを血濡れにしていた。
悄然、漠然、未然、足元には金魚の如く口を開閉する青年。
判然、瞭然、呆然、俺はあと数分も生命活動が持たないであろう青年、
その死に様をしばらく眺め、その場を去った。
21 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/10(日) 23:52:23.68 ID:ykJsepMo

 俺は俺であって俺でしかない。
我思う故に我あり。
以前の俺と今の俺はなにも変わってない、
新しい趣味に目覚めたり、それに飽きたり。
同じだ、同じ。
俺は愉快にもこの年になって自分の気がついてしまったのだ。
いや、不愉快にもこの年になるまで気がつけなかったというのか?

「そうだ、京都に行こう」

 どこか遠くへ足を運ぶのなら、京都がいい。
俺がこの国で唯一心から好きな都市だし、
前々から京都には長期滞在したいと思っていた。
…いや、それだけじゃない。なにか、心惹かれるなにかが京都にある。
家族が居るのかも知れないし、そうじゃないのかもしれない。
ただ、京都という場所になにやら異常に惹かれる。

「京都か、新幹線で五時間位か? もう少し短いか?」

 新幹線は高いからな、
仕方ない、もう会うことの無いだろうハルヒに
いままで奢った分を返してもらおうかな。
22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 00:19:27.79 ID:fJbyzXco

 『きちきちきちきちきち……』

 『きちきちきちきちきち……』

 『きちきちきちきちきち……』

 刃をだしてはしまい、だしてはしまい。
まるで精神異常者になったような気分だが、
しかし思考はクールにシャープにクレバーに。
脳内シミュレーションは円滑に行われ、
感情は果てなく冷酷に、感覚は限りなく鋭敏に。
23 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 00:31:38.77 ID:fJbyzXco

「あっ」

 50m程歩いて転向。
軽く小走りに血溜まりに帰還。

「ん〜っと、ちょいとすまん」

 20秒ほど散策しポケットから財布とハンカチを拝借。
社会人らしい金銭が詰まった皮財布をしっかりと頂戴し、
木綿のハンカチーフで恋人の涙の代わりにカッターの滴る血液を拭き去る。

「どうもありがとう」

 屍の顔にところどころ紅くなったハンカチをかけ、
軽く両手を合わせる。

「あとは拝みの松五郎に任せた」

24 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 00:42:21.89 ID:fJbyzXco

―――

 さて、大変申し訳ないばかりだが。
道中の描写というものは文章に直すと些か以上に
平凡で平坦なので省かせていただく。
まぁ言うことがあるとするならば使い物にならなくなった
カッターの刃を二度ならず付け替えたということだろうか。

「しかしこの場合はおのぼりさんと言うのかね?」

 右見る、知らない。
 左見る、ここどこ。
 前見る、人が一杯。
 後見る、駅。

「…、まぁいいか」

 とりあえず歩き始めてみた。
いうまでもないことだが、ここは京都。
25 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 01:39:16.83 ID:fJbyzXco

 一時間もあるく内にすっかり迷った。
地図があるわけでなし、目的があるわけでなし、
土地勘があるわけもでなし、正直ここはどこ私は誰的な状況だった。

「…」

 それでも、何故だろう、
変な話というか物言いになるが、それでも迷うことなく足は動き続けていた。
感覚的な志向、こっちに向かうべきだとなにかがそっと背中を押す。

「参ったな…」

 そうして気がついてみれば俺は変な人に絡まれていた。
26 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 01:55:52.08 ID:fJbyzXco

「お腹が空いたんだよ…」

 お前はシスターか、と突っ込みたくなる発言をする少女。
しかし君の着ているマントは純白とは物凄い勢いで相反する真っ黒だ。
っていうかとりあえずしゃくとり虫のような体勢から立ち上がれ、
人と話すときは目線を合わせなさい。

「お腹が空いて力がでないんだよ…」

 食品戦士と腹ペコ小学生を混ぜたような発言をしてくれるな。
残念だが僕の顔をお食べとはいかないんだ、現実は厳しいなあ。
27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 02:08:12.28 ID:fJbyzXco

「お兄さんっ! できればいいんだけどその手に持ってるパンをわたしにくれるわけには―」
「いかないなぁ」
「そこをなんとかっ!」
「…うんいや本当に誠残念至極でならないのだけれど
 俺はそろそろお暇させていただこうかな
 早く帰らないとお母さんにじくをサボったことがバレちゃうからな
 本当に残念だ道行く困った少女一人助けられない自分が悔しくてならないが
 この悔しさをバネに俺は明日から行き倒れの人には優しくしようと誓うよ
 ありがとう見ず知らずの少女よ」

 立て板に水でまくし立ててから、素早くその場を去らせてもらう。
助けようと思って一緒に居てさっくりと首を掻っ切ってしまってもつまらないしな。
買い物の時のように最初から意識してれば抑えられるようだが、
先ほどのように不意に声をかけられるとつい手が出ちゃうみたいだし。
あんまり他人との長時間の対話はご遠慮しておくべきだろう。うん。

「はぐっ!」
「おうっ!?」

 なにをしてるんだこの馬鹿!
人のスニーカーに噛み付くとか馬鹿ですか!?
っていうか普通そのまま引きずられるだろ、どんだけ顎の力がハイなんだよ。
この少女に猿轡をしても意味が無いんじゃないだろうか。
いやしないけど。
28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 17:44:56.78 ID:fJbyzXco


―――――――――――
29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 17:46:36.69 ID:fJbyzXco

「なんて雨なのよ!外に出られないじゃない!」

 涼宮はそう怒鳴り散らした。
窓からは細かな水滴が一定のリズムで地面にぶつかり
延々とノイズのような音を部屋に響かせている。

「まぁ仕方ないだろ、ただでさえ多い上に今は雨季 だ」

 俺は涼宮を宥めるようにそういって窓の外を見つめた。
確かにここ一週間引っ切り無しに雨は降り、
洗濯物は溜まる一方だった、乾燥機があるからいいものの
やはり天日干しにかなうものは無い。
俺はため息を吐きつつ、半分は自分のための提案をした。

「俺が車を出すから、ちょっと商店の辺りに買い物でも行くか?気晴らしにさ」

 食器棚につけたフックからキーを取り、人差し指でフラフープの要領で回す。
涼宮は一瞬悩んだものの、ほぼ即答と言っていい速さで俺の提案に乗った。


30 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 17:50:50.37 ID:fJbyzXco

 俺が住む家は一つのとある島の中心に存在している。
島自体は対して大きくは無いのだが、
四方八方の島の中心に存在するため交流の場であることから
それなりに発展はしていて、生活水準は比較的高いと言えた。

 俺は涼宮を助手席に座らせて、紺のセドリックにキーを挿して
エンジンを動かした。多少古臭い角ばったデザインが俺は気に入っている
本当は泥がつくためあまり雨の中を走らせたくは無いのだが
涼宮の愚痴に延々つきあわされるよりはいくらかましである。
俺は賃貸のガレージから車を発進させて、舗装されていない道を
予想以上の泥を散らかしながら商店に向かった。

「ちょっといじらせて貰うわよ」

 涼宮は車のダッシュボードを漁って、MDを取り出して勝手に流し始めた。
それは日本という国がまだ存在していた頃に流行った曲、
当然だ、辛うじて残った陸地はまだ発展途上の島ばかりである
今は新しい歌を作る暇なんて無い、作っても聞かせる場が無い。
…そもそも、当時のアーティストなんてものが生き残ってるのかすら怪しい
だからどんな新しい曲でもそれは数年前のものという形になるのだった。

「これ、いい曲ね」

 涼宮は自分の勘による選曲があたっていた事を誇らしげにしつつ
目を閉じて歌に浸っていた。
俺は少しだけアクセルを踏む力を弱め、道路の凹凸を出来るだけ静かに通ることにした。
31 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 17:58:32.20 ID:fJbyzXco

 しばらくゆっくりとしたスピードで走っていると、少しだけ賑やかな通りにでる。
俺は車を止めるべく、デパートの駐車場に入った。
このデパートは代々続く鶴屋財閥が経営していて、
その一人娘は俺達の共通の知り合いだった、
明朗快活で才色兼備、天は二物を与えずなんて言ってられない人なのだ。
しかも当然ながらお金持ちで、鶴屋財閥の次期当主
いやはや俺や涼宮がなんで知り合いなのか理解に苦しむな。

 俺は車から降りてため息を吐きつつ、鍵を閉めた。
すると付近から甲高いブレーキ音が聞こえてきた、
外と違って階層式の駐車場のここは雨に濡れてないはずだが、一体なにかあったのだろうか?
そう思って横の大きなワゴン車から顔を出してみてみると
なにやら見覚えのある車、その車はガクンガクンと揺れたかと思ったら
次の瞬間俺のいる方向へ猛スピードでやってきた。
俺が咄嗟に動けず、硬直して突っ込んでくる車を待ち受けていると、
一メートル程手前でまたブレーキ音をさせて急停止した。

「ごっめーん、大丈夫?」

 急停止した車からはかがみが心配そうな顔をして降りてきた、
助手席から見たところを見ると運転席に誰が座っているのかは考えるまでも無い。

「つかさ、姉に言わせる前にお前が言うべきじゃないのか?」

 多少つっけんどんになってしまったが仕方あるまい。
危うく俺は神に仕える巫女に轢き殺されるところだったのだ、
神様に直接あっても俺は願い事なんてありゃしないぞ。
あって長生きしたいといったことぐらいだが、その時既に死んでるんじゃ意味が無い。

「ごめ〜ん、まだ取り立てなもんで…」

32 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 17:59:20.71 ID:fJbyzXco

 つかさはかがみに促されて、謝りながら降りてきた。
しかしとりたてにしてもひどいだろ、かがみの最初の頃もかなり乱暴ではあったが、
つかさはそれに二つ三つ余計に輪をかけて酷い。
大体かがみもコレの隣によく座ってたな、神経が細い俺には無理だぜ。

「うっさいわね、私が太いと言いたいわけ?」
「いんや別に」
「…まぁ、確かに降りたかったけどさ。でも私が降りたら本当に何も無い
 あの道で横転してるわよ? この子は」

 俺は納得して、かがみの肩に手を置いて心のそこから同情しようとして、やめた。

「そこまでわかっているなら、なんでお前が運転しないんだよ?」

 そういうとかがみは少しぎこちなく笑っていたが。

「お姉ちゃん昨日飲み過ぎて二日酔いになっちゃってるんだよ。またダイエット失敗した〜って」

 横からつかさがそう答えを教えてくれた。
かがみは即座につかさにヘッドロックをかましたものの
時既に遅しだ、タイムイズマネーだ、…いや後者は違うな。

「まぁ、なんだ、その頑張れ」

 俺は今度こそかがみの両肩に手を置いて同情した。
ダイエットに失敗したことでなく、不出来な妹をもった姉にだ、
人は轢こうとするし、空気は読めずに言いたくないことを暴露するしな。
33 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:02:01.97 ID:fJbyzXco

「つかさ、もう少し空気は読もうな?」

 俺は漫画のように目の幅と同じ幅の涙を流すかがみに代わってそういったが、
つかさはよく理解できていないようだった。
ついでに涼宮はその間ずっとボンネットに寄りかかって
エンブレムを弄り回していた、頼むからもがないでくれよ。

――

 結局、俺を轢きかけた柊姉妹もどうやら俺達と同じ目的、
つまりは退屈しのぎの気分転換をかねたドライブだったらしく
どうせなら友人同士仲良く買い物でもいかが?
と言うかがみに従い俺達は四人で商店街を回っている。

 この柊姉妹は鶴屋さんと同じく俺や涼宮の共通の友人で、
この二人も鶴屋さんとは面識がある。
実家は神社で前述の通りこの二人は巫女をやっているのだが
現在はかがみの上の二人の姉で手が足りているらしく、
俺や涼宮の住んでいるアパートの近くに部屋を借りているらしい。
また二人暮しの上、実家からの仕送りがあるためか
その部屋が俺や涼宮より多少いい部屋だという情報も耳に入っている。
情報の出所は、やはり共通の友人で双方の家に上がったことのある奴だ
性格からして多少の誇張はあるのだろうが、実際問題バイト+仕送りの生活は
バイトオンリーの俺や涼宮よりは多少余裕のあるものであるのは確かだろう。
過去に一度涼宮が家賃を半分ずつの負担にしてルームシェアをしないかと言ってきた事があるが
結局俺が8:2ぐらいの負担になるのは目に見えてるため、そのときは断った。

 …あれ?この割合でも俺の負担が軽くなるのに変わりは無いんじゃないか?
34 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/05/11(月) 18:13:14.27 ID:fJbyzXco

「あんた、少しは気を利かせなさいよ、そこまで鈍感?」

 考え事をしていると、他人の声が聞こえなくなるのが俺の欠点だ、
俺は涼宮にそう声をかけられて回りを見渡すと、
女性のファッション系の店舗の前に俺は立っているらしく
なるほど今かけられた言葉の意味が理解できた。

「すまん、ボーっとしていた」

 俺は素直にそういって、反対側にあるちいさなアンティークショップに、雨にぬれないように走って向かった。


 カラン、と涼しげな来客を知らせるベルが鳴った。
実はこの店は前からきてみたかったんだ、なかなか寄る機会が
なかったため素通りしてたんだが。ふむ、なかなかいい雰囲気の店だ、
高級感溢れるものが置いてあるものの
人を寄せ付けない、なんか嫌みったらしい成金貴族のような感じではなく
ただただ純粋に頭が下がってしまうような、高貴な純粋の空間だった。

 俺はしばらくの間、へぇとかほぉとか言いながら棚に並べられたティーセットだとか
皿とかなんだとかを見ていた、実際はどうだか知らないが
皿がのっている机もずいぶん高そうなものに見える。
しばらく大して普段使わない脳の引き出しから数少ない知識を拾い上げつつ眺めていると
非常に心惹かれる、小さなカップがあった。
35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:16:18.96 ID:fJbyzXco

「…それが好きなんですか?」

 いきなり声をかけられ、驚いて声のした方に顔を向ける、
すると静かな穏やかな顔をした知り合いの顔があった。

「みなみか、お前最近バイト始めたとは言ってたがこんな所で働いていたんだな。
 通りで全然見かけない訳だ。…にしても今日はよく知り合いに会うな」

 俺は今日何度目かになるため息を吐きつつ、先ほどの質問に答えることにする。

「で、このカップだが。……好きってのとは違うんだと思う、ただ惹かれた」

 答えになってるのかなってないのか、
俺は誰もいない店内で、カップに目を向けてそう呟いた。

「…5000円」

 するとみなみは独り言のようにそういった。

「なに?」
「5000円です、そのカップお買い得です」

 聞き返す俺に、みなみは朴訥とした表情で、そういってきた。
俺は「そうか」と自然に財布を取り出していた。
中に入っているのは2枚の諭吉と数枚の野口。
今月の生活費だ、ただでさえ雨季で電気代がかさんでるんだ、そう無駄には出来ない。
だが思い立ったが吉日とも言う、俺は意を決して諭吉をみなみに渡していた。
彼女はそれを受け取って、カップをつかんでトテトテと奥に向かっていった。
レジから5000円札にして俺に手渡してきた、一緒に包装された小さな箱とともに、
俺は礼を言おうとしたのだが、何か違う気がしたため言うのを止めた。
だから代わりに、なんとなく髪の毛をくしゃっとやってやり
「また来るよ」といって店を出ることにした。
36 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:24:16.65 ID:fJbyzXco

―――――――――――――

 女性の買い物は長い。
先の店で時間をつぶしてから更にそろそろ20分は経とうかとしている。

「流石に遅いな…」

 目の前の小さな店舗。
ファンシーな装飾、看板は明らかに女性客に向けてのデザイン。
しかしウィンドウ越しによく見ると中にはカップルなのか男の影もちらほら見えた、

「…仕方ないか」

 その様子と時間に押されて俺は隠れるように店内に入った。
だがあまり一人でいるところを店員に発見されたくはないな…。

「あんたなにやってんの?」

 しばらく捜索を続けていると、
いつのまにか後ろにいた涼宮が俺にあきれたように声をかけてきた。

「お前達が遅いから迎えにきたんだよ、どこにいたんだよ探しちまったよ」

 俺はいつの間にか低くしていた体勢を戻して、
仁王立ちしてる涼宮に向かってそういった。
37 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/05/11(月) 18:24:30.51 ID:fJbyzXco

「あにいってんのよ、それはこっちの台詞よ私達とっくに店出てたのよ?」

 みるとガラス張りの扉の向こうにはかがみとつかさがこっちに手を振っていた。
涼宮の言ってることに耳を傾けていると、
実は俺がアンティークショップでみなみと話しているときには店を出ていたらしい
つまり謝るべきは俺のほうらしい、ちくしょう。

「じゃあそろそろ行きましょうか」

 そういってたったか行ってしまう涼宮にさっきの店のことを言うべきか否かまよったが
結局言わないで置いた、他意はない。
38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:47:05.56 ID:fJbyzXco

「たっだいま〜」

涼宮はアパートに着くなり俺の家の扉を空けて叫びながら中に入っていった。
俺はいつものこととそれを無視して、向かいの涼宮と書かれた表札がかかっている扉を
車のキーと一緒にくっついている合鍵であけ、玄関のところに涼宮の荷物を放置した。

 柊姉妹はあの後適当にぶらぶらしてつかさの運転で帰って行った。
ちゃんと帰れればいいのだが…。
思考しながら大きな荷物の中から少しだけある自分の荷物を引き上げる。
もちろん小さく包装されたカップを忘れない、
ビニール袋にまとめて、涼宮の部屋の鍵を閉める。
そしてやっと向かい側の自分の家の中に入る、出かけたときの通例だった。

 部屋に入ると涼宮は俺の部屋のテレビをつけて
自分で入れたらしいコーヒーを飲んでいた。
色々といいたいことがあるものの、涼宮の家にはテレビは無いし
コーヒーに関しては、横に俺の分も作られてることで帳消しにしとこう。
…だが。

「……マグカップは他にもあっただろう?」

 コーヒーはなぜか俺の魚の名前の書かれた湯飲みに注がれていた

「別に味は変わりはしないでしょ?」

 涼宮は俺の抗議にしれっと答えて、テレビから視線を動かさなかった。
俺もテレビに目を向けると、強張った表情のアナウンサーが原稿を読んでいる
どうやら十数個残ってた日本の島の中でもっとも小さかった例の島がとうとう沈んだらしい。
39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:52:38.94 ID:fJbyzXco

 あそこには行ったことがない、
というか島民が他の島の行き来をすることなんてめったに無く。
貿易関係を抜きにすれば月に数回の定期船がお互いの島を行き来してるだけだ。
だからどんな島だったのか知らないが、聞いた話だと台風がよく通るらしく、
四方八方海だらけの小さな島でのその環境。仕方ないといえば仕方ないのかも知れんな。
俺は湯飲みのコーヒーを口に運びつつなんともいえない気分に浸っていた、
だがそれは騒がしい電子音でかき消された、湯飲みを置いて電話にでる。

『やふー!キョ…』プッ、ツーツー

 俺は何事も無かったかのように座りなおした。
ジリリリ、すぐにかかって来る電話
もう一度立ち上がり電話に出ると。

『こんにちは、キョンさんお久しぶりです』

 電話の主が変わっていた。
流石というべきかあいつはこういうときの対処法をよくわかっている。
俺がこの子に先ほどのような行動を取れないのを知っての行動だ。
俺はこの義姉妹の姉が向こう側で笑っているのが手に取るように想像できた、
というより含み笑いのようなクスクス声が電話越しに聞こえていた。
40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:53:10.95 ID:fJbyzXco
―――――――

>>27
41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:53:15.89 ID:fJbyzXco

「っていうか汚いからやめなさい!」

 俺のスニーカーはそんなに古いわけでも安物って訳でもないが、
しかし確実に汚れてるし、結構な間履きこんでいる代物だ、
決して少女が口にしていい物ではない。
しかも見ようによっては美少女。

「だが残念だがな、俺は眼鏡属性はないんだ」
「ふぇ?」
「いや、なんでもない。いいから靴を放せ。この状況は俺にも君にもよろしくない。
 俺のスニーカーは食っても絶対美味くない」

 だが少女は離した瞬間俺が
ダッシュを決め込もうと思ってるのか、中々離してくれやがらない。
―仕方ない。

「パンやるから」
「わーいっ!」

 現金な奴だ、口調や無闇に元気なところとかが妹を想起させる。
あのまんま育ったらこうなってそうだな…、流石に行き倒れはしないだろうが。
42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 18:53:24.80 ID:fJbyzXco

「?」

 俺の靴に素晴らしく並びの良い歯形を残してくれた少女は、
起き上がる際に不思議な行動を見せた。
うつ伏せに寝転んでいた状態から、膝を内側に折り曲げて
膝立ちになり片足ずつ地に足の裏をつけて立ち上がる。
…なぜ普通に手を使わない?
というか、そういえばマントから腕をだしてる姿を見ていない。

「お前そのマントの下は――」

 ぐぅ、という音に遮られた。
実際には数段音のレベルは高かったのだが、
相手が女の子ということで少しは気を使う俺。

「…とりあえず食え」
「うんっ! お兄さん大好きっ!」
「あんま初対面の人間にそんなこと言うんじゃありません」
「もがもが…」
「包装ごと食うな!」

 俺が差し出したのは市販の菓子パン、惣菜パン、
それをやはり手を出すことなく口で加えて持っていってしまった。
そしてしばらくそれをもごもごとやった後、
「お兄さん空けて欲しいかなっ!」などと言ってきた。
開けてやったらやったで、やはり手は使わずに口で受け取り、
もふもふとそれを食す少女。

「…なんか、嫌な感じするんだよな」

 変態というか変人。
俺が今のところまったく普通人状態のことも合わせて考えると
どうにもこいつはただの頭の弱い少女に見えるのがうそ臭く感じる。
43 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 19:14:10.78 ID:fJbyzXco

 そっと、口の中の食べ物で頭が一杯になってる少女のマントに手を伸ばす。
若干背徳的だし、罪悪感というか色々と沸きあがるが…。

「…ん?」

 …ん?
いやいや、おかしい。
昔映画でこんなものを見たことがある、
肩を外して抜けられるかどうか賭けをしてる場面浮かぶぞ。
ぶっとい皮のベルト、胸にクロスにかけられ、縫われた袖、
一人では決して着脱できないその形状。
まるで拘束衣ではありませんか。
まさに拘束衣ではないでしょうか?

「…ここに入ってるの全部やるよ」
「もが!? ももっふぁ!?」
「なに言ってるかちょっとわからないんだけどそういうことで」

 供物をささげて俺はその場を離れさせていただこう。
初めて家族にあったときとは逆ベクトルの予感、
ってかそれを抜きにしても普通に関わりたくない。

44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 19:44:45.80 ID:fJbyzXco

「あっ、お兄さん待ってよっ!」

 ごくんとパンを飲み込んで引き止められた。
そして無視すればいいのに素直に立ち止まる俺。
何故だろうか、か弱すぎる少女に調子が狂う。

「お兄さん名前はっ?」
「名前?」

 名前、自分という個人を表す呼称。
自分を表すとともに自身を束縛する鎖。
この場合俺はなんと名乗ればいいのだろうか?
…決まってるか。

「零崎…、緯識」
「おぉっ!?」

 汚ねぇ、大声と同時に多量の唾が飛んできた。
口を抑えなさいと言いたいが、抑える手があの状況では無理だろう…。
本人はもしかしたらあれを異常と思ってないのかもしれないし、
俺としてはなにも知らさずに放っておいてやろうと。
ってかやっぱり深いところに関わりたくない。
45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 19:50:11.14 ID:fJbyzXco

「え!? え!? 零崎さんですか!?」
「…一応、まがりなりに、かろうじて、そうだ」

 少しその過剰な反応にたじろぐ、
零崎という名になにかあるのだろうか?
曰く最も忌み嫌われる一族らしい、
マズったかもしれない。

「じゃあお兄さんは零崎人識って人知ってるかなっ?」

 少女は幾許か目を瞑ってうんうんと唸った後に
意外な名前を口に出した。
双識の兄さんの愛弟、零崎人識。

「なんでそんなことを聞くんだ?」
「ちょっと用があるんだねっ!」
46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 20:28:12.92 ID:fJbyzXco

 "零崎"に用があるという拘束衣の女。
字面を見れば明らかにおかしいし、
俺以外の家族ならその場をうまく切り抜けられたのかもしれない。
この目の前の少女を[ピーーー]なり、この少女から情報を引き出すなり、
単にいなすにしても色々とできただろう。

 だが俺は半人前だった。
自分の獲物を持たず、殺した人数はまだ十に満たない。
なによりこの少女の雰囲気が俺の危機感、警戒心をゆっくりと根こそぐ。

「お兄さんはこの辺りで起こった連続殺人事件を知ってるかな?」
「初耳だ、寡聞にして聞いてない」
「そっか! とりあえずそういう事件があったんだっ!」

 へーとしか言いようが無い。
…まぁその事件の犯人がその零崎人識という事なのだろうが、
殺人鬼がたくさん人を殺しましたという当たり前のことしか思わないし。
感想としても「はー、頑張ってるんだなー」としか言いようが無い。



47 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 20:33:35.86 ID:fJbyzXco

「大体なんでそんな事を調べてるんだ?」

 まさかただの好奇心で調べてるって訳じゃないだろう。
物事には因果がある、原因と結果。目的と手段。
知的好奇心とかそんなものとは無縁そうなこの女の子が、…ねぇ?

「依頼されたんだ!」
「…依頼?」
「そう、わたし名探偵だもん!」
「あ゛ー…」

 そうか、この子は痛い子だったのか。
なるほどなるほど、嫌な予感的中だな、背筋がちくちくするほど痛い。
アイタタタタ、頭も痛くなってきた。
名探偵? ははっ、見るからに少女だし頭の中はさらに幼そうだぞ?
痛い痛い。
48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 20:43:12.91 ID:fJbyzXco

 俺が心のそこから欠片も信じてないことを
流石に表情や態度から察せたらしく、
ここで初めて少女はむっとした顔をした。

「む〜、お兄さん信じてないでしょ」
「そりゃそうだろ、君みたいな子が探偵なんて言われても―
「名探偵だねっ!」
「…名探偵だなんて言われても信じるにたる要素がなにもないからな」

 行き倒れてたし。
名探偵ってのは衣食住に困るほど稼げない職業なのだろうか?
まぁ、警察に協力しても賞状しかもらえないよな。金銭を国から渡されるはず無いよな。
切ないなぁ。

「じゃあお兄さん、マントの後ろにあるポケットからお財布だしてくれるかなっ?」
「は? なんで?」
「いいからっ!」

 言われて渋々マントを探る。
拘束衣を着た少女の臀部付近をまさぐるのはなんとなく変態っぽい。
49 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 20:48:50.47 ID:fJbyzXco

 俺が心のそこから欠片も信じてないことを
流石に表情や態度から察せたらしく、
ここで初めて少女はむっとした顔をした。

「む〜、お兄さん信じてないでしょ」
「そりゃそうだろ、君みたいな子が探偵なんて言われても―
「名探偵だねっ!」
「…名探偵だなんて言われても信じるにたる要素がなにもないからな」

 行き倒れてたし。
名探偵ってのは衣食住に困るほど稼げない職業なのだろうか?
まぁ、警察に協力しても賞状しかもらえないよな。金銭を国から渡されるはず無いよな。
切ないなぁ。

「むぅ〜、じゃあ代わりに推理をしちゃいます」
「ほう、見せてもらおう」
「お兄さんはいまお腹が空いてるねっ!」
「そりゃ腹が減ったから食い物を買ったのに、それを目の前で全部食われたからな」
「ほらあたった」
「ほらじゃねえ」

 ダメだこいつ、なんとかしようがない。
50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 20:53:47.14 ID:fJbyzXco

「あっお兄さん!?」
「悪いけど、本格的にこれ以上時間を無為につかえないんだ。
 今夜寝る場所もないもんでな」

 俺は素早く距離をとって少女に別れを告げる。
…あぁ、そういや名前聞きそびれたな。

「ヘイ、そういえば君の名前は?」
「匂宮理澄、いい名前だねっ!」
「自分で言うな馬鹿」

 俺は今度こそと踵を返してその場を立ち去る。
51 :修正[sage]:2009/05/11(月) 22:38:18.43 ID:fJbyzXco

「あっお兄さん!?」
「悪いけど、本格的にこれ以上時間を無為につかえないんだ。
 今夜寝る場所もないもんでな」

 俺は素早く距離をとって少女に別れを告げる。
…あぁ、そういや名前聞きそびれたな。

「ヘイ、そういえば君の名前は?」
「匂宮理澄、いい名前だねっ!」
「自分で言うな馬鹿」

 俺は今度こそと踵を返してその場を立ち去る。




 ……匂宮?
52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/11(月) 22:41:24.52 ID:fJbyzXco

 変な名前、っていまの俺が言えた事じゃないか。
この時点の俺は、まぁこんな程度しか頭をまわさなかった。
大して気にしなかったし、その名について調べたり聞いたりも行わなかった。
『いまの俺と同じくらい変な名前』そこから導き出されるいままでの違和感の正体など、
少しばかし思考を回してみればすぐにたどり着きそうなものだというのに。

 しかし、いつもならどんな質問にも答えてくれる宇宙人は
すでに俺が殺してしまっていたのだった、悲しいことに。

53 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 01:50:45.95 ID:4HENN0Qo


 変な名前、っていまの俺が言えた事じゃないか。
この時点の俺は、まぁこんな程度しか頭をまわさなかった。
大して気にしなかったし、その名について調べたり聞いたりも行わなかった。
『いまの俺と同じくらい変な名前』そこから導き出されるいままでの違和感の正体など、
少しばかし思考を回してみればすぐにたどり着きそうなものだというのに。

 しかし、いつもならどんな質問にも答えてくれる宇宙人は
すでに俺が殺してしまっていたのだった、悲しいことに。
いや、悲しくはないのだが。
しかし長門も俺がこうなってしまうのを防ぐためにあんな行動をとったと思うと
多少なり想うこともないでもない。観察観測が任務の長門が
それでもイレギュラーの異変を阻止しようとした。
しかも多分その結果をわかってなお行動した。
少し、感慨がわきかけたが。しかし朝倉とその行動の理念が似通ってる気がして、
逆に不快感を覚えた。
54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 01:51:33.77 ID:4HENN0Qo

――――

 次の日、公園プラス新聞紙という類い稀なる悪環境で夜を過ごした俺は
起きて早々全身の痛みに意気消沈する。
毎朝これは勘弁願いたい、今度からは多少虫がいても芝生なりなんなりで寝る。
絶対だ。

 空は曇天、新聞紙が軽く湿ってるのでごみ箱にイン。
水道を借りて軽く顔を洗ってベンチに腰掛けて今後の方針を固めようと想う。
55 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 01:51:47.84 ID:4HENN0Qo


――――――
56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 01:58:50.28 ID:4HENN0Qo

 入学してからすでに二月程度がたち、
色々なことに区切りがついて高校生活にも慣れてきた頃合。
このころには仲良しグループという物も確固とした形で構成され、
休み時間などにはそれぞれが中心人物の机付近に集まるという情景が
度々見られるようになった。

「キョーン」
「…なんだ?」

 それは俺とて例外ではなく、
中学からの友人、高校入ってからの友人の双方を合わせて
小さなグループの一員となっていた。

「さっきの授業なんだけど…」
「また寝てたのか? 俺のノートに期待するとはよっぽどだな、柊の姉には借りんのか?」
「授業を受け持つ先生が違うからやってる単元の順番が違うんだよ…」
「はぁん」

 谷口・国木田・白石と俺を加えた男子組、
それに目の前の同年代なのに少女と形容したくなる長い蒼髪の子、
そして彼女の友人三名を加えた面子、それが俺がよくつるむ連中だった。
57 :修正変更[sage]:2009/05/12(火) 02:03:43.17 ID:4HENN0Qo

 入学してからすでに二月程度がたち、
色々なことに区切りがついて高校生活にも慣れてきた頃合。
このころには仲良しグループという物も確固とした形で構成され、
休み時間などにはそれぞれが中心人物の机付近に集まるという情景が
度々見られるようになった。

「キョーン」
「…なんだ?」

 それは俺とて例外ではなく、
中学からの友人、高校入ってからの友人の双方を合わせて
小さなグループの一員となっていた。

「さっきの授業なんだけど…」
「また寝てたのか? 俺のノートに期待するとはよっぽどだな、柊の姉には借りんのか?」
「授業を受け持つ先生が違うからやってる単元の順番が違うんだよ…」
「はぁん」

 目の前の同年代なのに少女と形容したくなる長い蒼髪の子、泉こなた。
彼女を中心にした女子四人組に俺は現在+1として編入されている。
58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:08:46.36 ID:4HENN0Qo

 といっても、男子の友人がいなかったりするわけではなく、
親しい男子も何人かいることはいるのだが。
それはグループとは少し違う感じである、
理由はわからんが少しだけ接し方が冷たいときもあるし。
まぁ基本仲はいいのだが。

「ほらよ」
「やっふー、ありがとうキョン! これで黒井せんせに殴られんですむよ」

 それはよかったな。
だがお前は知ってるだろうか、以前お前が丸写しをした所為で
ノートを貸した俺が酷く怒られたことがあることを、
あの時内容同じなのに評価がお前だけ低いのはそういう理由だったんだぞ。

「あ、そだそだ」
「なんだ?」
「お昼、たまには中庭で食べない? 今日天気いいしさ」
「ん、いいぞ。気分転換だな」
「そ」

 こなたは立ってる状態で座ってる俺とほぼ目線が同じだ。
その身長の低さと真っ青な髪色に驚いて
入学初日に話しかけてしまったのが仲良くなるきっかけ、だったように思う。
59 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:13:02.44 ID:4HENN0Qo

 とてとて、とあからさまに小さな歩幅で俺の後方に移動する泉。
別にお礼に後ろから抱きしめてくれるわけではなく、
単に俺の後ろの席だというだけだ。
窓際の一番後ろ、それが泉の席。
というわけは俺はその前なので当然窓際後方二番目となる。
中々のポジションだと思うのだが、しかし泉が居眠りと遅刻の常習犯のため、
逆に監視されて俺までしっかりしてないといけないというバットケース。
次の席替えはいつだったっけね?

「…っと、よし終わり!」
「早いな」
「慣れだよ慣れ!」
「慣れるほど人のノートを写すな」

 授業間休みは大して自由度が高くないため、
窓の外を眺めながら次の授業まで待っていようとすると、
思ってたよりも相当早くノートが返却された。
60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:14:23.10 ID:4HENN0Qo

 とてとて、とあからさまに小さな歩幅で俺の後方に移動する泉。
別にお礼に後ろから抱きしめてくれるわけではなく、
単に俺の後ろの席だというだけだ。
窓際の一番後ろ、それが泉の席。
というわけは俺はその前なので当然窓際後方二番目となる。
中々のポジションだと思うのだが、しかし泉が居眠りと遅刻の常習犯のため、
逆に監視されて俺までしっかりしてないといけないというバットケース。
次の席替えはいつだったっけね?

「…っと、よし終わり!」
「早いな」
「慣れだよ慣れ!」
「慣れるほど人のノートを写すな」

 授業間休みは大して自由度が高くないため、
窓の外を眺めながら次の授業まで待っていようとすると、
思ってたよりも相当早くノートが返却された。
あまり自慢できないことを無い胸を張って言う泉に
嘆息をつきつつ、俺はタイミングよく開いた扉とともに入ってくる教師を見て
素直に黒板に目を向けることにした。
61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:34:10.23 ID:4HENN0Qo

―――

「やっほキョン」
「ん、おぉ柊か」
「だから名前でいいって、つかさもいるし呼びにくいでしょ?」
「まぁそうだが…」

 昼休み、泉に言われた通り中庭で一人弁当を抱えて待機していた俺。
一番乗りにやってきたのは先にあげた四人組の中で
唯一隣のクラスに所属する柊かがみだった。
前述の会話から察せるように、彼女には姉妹がいる。
というか双子だ。そしてその双子のもう一人が同じクラスの柊つかさとなる。

「しっかしこなたの奴、人を呼んでおいて自分はまだとはね」
「ま、のんびりしようや。その為に中庭にきたんだし」
「はいはい」

 
62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:45:47.74 ID:4HENN0Qo

 雑談。
 とりとめない話。

「日焼けするとさ、皮がペリペリって剥けるじゃない」
「あぁ、あるな」
「なんなのかしらねあれ」
「いや、皮以外の何者でもないだろ」
「そうじゃなくて、あの現象よ」
「…さぁ?」

 意味のない会話。
 流れ行く対話。

「インナーイヤホンのさ、パッドあるじゃない」
「ん、あるな」
「なんか勢いよく引っ張ると耳にパッドだけ残らない?」
「いや、ないだろそんなこと。っていうかもっと大事に扱え」
「たまになるのよ」
「知らん」
63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:49:04.46 ID:4HENN0Qo

 そんな調子で数分話していると、
ようやく泉がのんびりとした歩調で歩いてきた。

「やぁやぁ待たせたね〜」

 待たせたという焦りやすまなさが欠片も感じれない。

「気のせい気のせい」
「嘘こけ」

 へらっと笑いながら俺の隣にどかっと腰を下ろす泉、
そしてそれにあわせて円を描く感じで残り二名も芝生にそっと座る。

「いい天気ですねキョンさん」
「あぁ、晴天って感じだな」
「晴れと晴天ってどう違うの?」
「空に浮かんでる雲の割合だ柊」
「だから名前で…」
「すまん、つい」

 これが俺のここしばらくの日常だった。
64 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 02:56:16.76 ID:4HENN0Qo

 昼にはみんなで飯食って、
放課後や休日にたまに誰かと遊びに行ったり。
逆に家に遊びにこられたり。
そこそこに高校生活をエンジョイしていたし、しているという自覚もあった。
素直に言えば楽しかった。
泉たちはベクトルは違えどみんな可愛かったしな。

「あっ、今日はつかさがお弁当作ったんだね?」
「うんそうだよー」
「いやぁ、手が込んでるからすぐわかったよ〜」
「うっさいわね!」
「まぁまぁお二人とも」

 四人のやりとりを見てるのも愉快だったし、
その中に自分が混ざれているのがすごく幸福に感じれた。
だけど、それも来年になったらクラス替えもあるし、
最後には卒業してばらばらになる。

 この時の俺はそんな当たり前を失念していた。
65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 17:37:06.47 ID:4HENN0Qo

―――

「は?」

 いくらか時間が経ち、
大した問題もなく俺は毎日を泉たちと過ごしていた。
俺はそれに対する違和感などとうに無くし、それを平然と受け止めていたが。

「いやだからさ、お前は誰と付き合ってるんだ?」

 やっぱり女子の中に一人俺が混じっているのは、
他の男子からしてみれば異質に映るようで。
それが嫉妬や羨望交じりの主観だとしても、
しかし正しい一つの物の見方であることも俺は理解していた。

「付き合うって…、べつにあいつらとは友達だからな」
66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 17:44:14.63 ID:4HENN0Qo

 放課後になるなり俺に接近してきて謎の質問を投げかける谷口、
俺の返答に、質問をしてきた谷口は嘆息をつく。
呆れと言うかなんというか、よくわからないため息だ。

「そうだろうとは思ってたがな…」

 後頭部を掻きながら、演出過剰に言う谷口。
そして俺と谷口の会話を聞いてやってくる国木田という友人。

「まぁキョンの好みとは少し違う感じだしね、みんな普通の子だし」
「どういう意味だ国木田」
「そのまんまだよキョン、中学の頃から変わった女性が好きだったみたいだし」
「無茶苦茶を言ってるぞお前、しかも俺はいまだかつて誰かに恋愛感情を抱いたことなどほぼ無い」

 従姉の姉さんが最初で最後だ。
…ちくしょう、思い出したくも無いことを。

「でもよぉキョン、お前はどうだか知らないが。
 対するあいつらはどうだよ? 好意の無い男子を一人グループに入れるか?」
「恋愛と友愛とを混合するな馬鹿者」

 俺は会話をしつつほぼ中身など皆無の鞄を手に取り
二人を無視して扉の方に歩き出す。
こういうとき廊下側だと話しかけられる前に教室から離脱できるから便利だ。
67 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 17:57:19.51 ID:4HENN0Qo

 それに、
今日は泉と少し遠出する予定なのだ。
あいつの趣味は特殊だと思うが、
俺だってゲームや漫画くらいは嗜むしべつに否定はしない。
というか結構面白いものが発掘できたりするので悪くない。

「だからお前のそういう曖昧な態度がだな―」
「うるさい」

 さらに続けようとする谷口を制する。
視界の端に蒼く長い髪の毛が入ったからだ。

「お前の妄言には明日にでも聞き流してやるから、今日はこの場にてさらばだ谷口」
「あっこの野郎!」

 喚く馬鹿と肩を竦める国木田を置き、
小走りで泉に近づいて肩を叩く。

「よっす」
「おっキョンさん」
「行くか」
「うぃ」
68 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 18:16:08.45 ID:4HENN0Qo

 男女間の友情だとか、そんな陳腐でチープな話。
俺は好きじゃない。
親しくなれば男は女に下心を大なり小なり持つ、
では女は? 俺は過去に女性として存在したことがないのでわからない。
知るかそんなこと、といった感じだ。
興味もないし関心もない、どうでもいい、無関心。
快楽主義、一時的な感情に任せるというと語弊招くかもしれないが、
しかし今のこの愉快な幸福感と充足感とがあればそんな事象など
非常にどうでもいい、歯牙にもかけない些細な問題に過ぎなかったということ。

「どしたのキョン、なんかあった?」
「いや、さっき谷口に変なこと言われてな」
「ふぅん? どんなこと?」
「くだらないことさ」
「ぶー、おしえろよー」
「やなこった」

 それでも俺が口を閉ざしたのは、なぜだろう?
繰り返すことになるが、やっぱり俺自身に自覚が、あったからなのだろう、
いま冷静に分析すればそういうことになると思う。
69 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 18:25:33.97 ID:4HENN0Qo

「ちぇ〜」
「お前に言ったところで、へー、で終わるぞ? 多分だが」

 このちっこい泉、多分男女含めていま俺が一番親しい人間であろう。
それに、下心やそれに類する感情があると
俺はあまり考えたくない、考えて、
それが真実だったとき俺はいままでと同じように接せはしない。

「で? 今日はなにを買いに行くんだ?」
「漫画の新刊、かな?」

 かな? って、目的を定めないで行くから
毎度散財する羽目になるんだ。
もしくは必要最低限以外持っていかないという手もある訳で。

「そしたら通販と変わんないじゃん、行って見て触って欲しいものを探さなきゃ!」
「わざわざ欲しいもの作ってまで財布を軽くはしたくないね」
「キョンはまだまだだな〜」
「そうかい」
70 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 18:35:46.41 ID:4HENN0Qo

 他愛ない会話。
数秒後にはどんな会話をしていたか忘却してしまいそうな、ありふれた雑談。

「そういや、話は変わるけどさ」

 そんな当たり前の会話に、
 そんな当たり前の会話だからこそ、
 いきなり切り替えられたその方向性、ベクトルに俺は反応し損ねた。

「キョンって好きな人とか居るの?」
「…あ?」

 いまさっき、谷口から受けた追及。
この場で泉とその会話をしたくなくていなしたやり取り。
それをあろうことか泉のほうからふってきた、
多少意味合いは変わるものの、最終的には変わらない。
どうして男女間では恋愛をこじつけないと気がすまないのか。

「キョンってば浮ついた話全然聞かないジャン?
 谷口君みたく彼女欲しーとか言ってるわけでもないしさ、
 こんなに可愛いおなごが近くにいるのに全然普通だしさ」
「戯け」
71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 19:12:53.53 ID:4HENN0Qo

 少し、口調が冷たくなった自分。
たったこれだけのことにも平静を保てないとは、
馬鹿か。

「…もしかして」

 泉はそれを受けて少し顔を伏せる。
嘆息。自分のくだらない思考で他人を傷つけるとはなんたる愚行。
俺は素直に謝ろうと口を開こうとして。

「キョンってホモ?」
「死んでしまえ!」
「あっ、図星!?」
「違うわ! 殊勝な顔でなにを言うかと思えばそれか!?
 ちくしょう、謝ろうとして損した! 俺の気持ちを返せ」
「はい」
「それはただの窒素だ!」

 ただの漫才になった。
なんだこれ?
72 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 22:35:55.85 ID:4HENN0Qo

―――

「キョン君! おかえりー!」

 帰宅すると、いきなり腹部に衝撃。
毎度の事なので腹に力入れてるにしても、
後ろに一歩下がってしまう程に全体重を乗せたタックル。
俺が避けたらきっと妹は大変なことになるだろうと
容易に想像ができるため俺は毎日やむかたなしとタックルを受け続けてる。

「ただいま」
「今日のご飯ね! シチューだって!」
「ほぅ」
「ブロッコリーいっぱいだって!」
「…ほぅ」

73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 23:04:08.22 ID:4HENN0Qo

 部屋ついて、制服を脱いで着替える。
結構疲れていたのでそのままベッドに倒れこみたいと思ったが
流石にそれは自重しておく、倒れこめば即爆睡してしまうだろう。
鞄から携帯をとりだす。
メールが二通、柊の姉からと涼宮って奴からだった。

「…涼宮にアドレス教えたっけ?」

 …あぁ、いつだったか部活をつくるとか言って
俺を勧誘してきたときに強制的に知られたんだった。
あの時は拒否したんだったか、
校門での奇行をみて、拒否してよかったと思った。
74 :修正[sage]:2009/05/12(火) 23:26:11.93 ID:4HENN0Qo

 部屋ついて、制服を脱いで着替える。
結構疲れていたのでそのままベッドに倒れこみたいと思ったが
流石にそれは自重しておく、倒れこめば即爆睡してしまうだろう。
鞄から携帯をとりだす。
メールが二通、柊の姉からと涼宮って奴からだった。

「…涼宮にアドレス教えたっけ?」

 …あぁ、いつだったか部活をつくるとか言って
俺を勧誘してきたときに強制的に知られたんだった。
あの時は拒否したんだったか、
校門での奇行をみて、拒否してよかったと思った。

「んで柊からは…」
「キョン君ご飯!」
「んあ? あぁ、わかったわかった」

 パタンと携帯を閉じてベッドに放り階下に下りる。
75 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 23:36:34.78 ID:4HENN0Qo

―――

 どうにも長期的な描写になるとマンネリ的になる翌日という表現、
もう少し表現の多様化を狙いたい書く側としては
少々以上にやっかいなこの存在。
一体どうしたものかと頭を悩ましてみるものの大した効果も無く。
結局は翌日としか表せない本日、
俺は学校に行くかどうかちょっとばっかし悩んだ後に
制服の袖に手を通すことにした。

「行ってきまーす!」

 一足先にでていく妹の声に急かされるように
階段をダッシュで降りて靴を履く俺の心中には
昨日の柊姉からのメールが無意味に重く主張してる。
76 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/12(火) 23:46:43.56 ID:4HENN0Qo

 いつもの通学路が不要に重力を増してる気がする。
まぁ気のせいも甚だしいのだが、それでもそう錯覚した、
それはつまり俺の脚が重く、身体が重く、心が想く、のしかかる。

「おはようキョン」
「おっすキョン」
「…うっす」

 教室の扉を開いて、それはさらに悪化する。
俺の席の後ろ、窓際最後尾、泉こなたの席、
それが空席であるという事実。
それが俺の心の嫌なところをほどよく突付きまわす、
非常に不愉快だった。

「ん? …あぁ泉か、また遅刻じゃねぇの?」
「最近はあまりなかったからね」
「そうだな」

 多分、遅刻ではない。そんな確信。
きっとあいつは起きている、
起きている状態で布団に包まっている。
そんなイメージが脳に浮かぶ。

「…はぁ、だから恋愛なんて嫌なんだ」
77 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 01:48:28.66 ID:di8Hyigo

――――――ー―――

お題 「雨」

『ハロオブルウ』

 雨降って地固まるという小学生でも知っている言葉がある。
砂地に雨が降れば、一度は泥となるが最終的に乾けば硬い塊となる。
それは確かに的を射ているが、しかし一例に過ぎない。
土砂災害は雨で起きる、ずれた大地は元には戻らない。
降雨量が多ければ、砂は流され泥にすらならない。
それに乾いたところで、結局石とは違い砂の塊なんてのは強い力がかかれば壊れる物、
俺自身幼少の頃は砂場の硬くなった砂の塊を砕いて遊んだ頃もあった。

 わかっている、これは屁理屈だ。
だが、屁理屈でも理屈は理屈だ。
あながち外れてるわけでもない、少なくとも、誤りではない。
牽強付会荒唐無稽、どうぞ御自由に、しかし俺は信じない、
一度破綻した人間関係などそう安々と戻りはしないし、
戻ったところでそこには不信と疑念と妥協とが残る。

 人間なんて、偉そうにしていたところでたかが霊長類の中で賢いだけ。
腐った思考に汚れた社会に乱れた行動に狂った発言、
俺は人間という団体が滅ぶことを心の底から欲していた、
だから


――――――
78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 02:14:20.45 ID:di8Hyigo
>>78

 わざと乱暴に自席につき、
鞄をふっくにかけて窓の外を眺める。
話し相手がいない朝の数分間が、非常に長く感じる。
HRまで15分、担任のことを考えるにあと20分程度、
俺はしばらくそのまま空の青さを目に焼き付けていたが、
それにもすぐに飽きてしまい、席の近い高翌良に声をかけに行った。

「よぉ高翌良」

 礼儀正しく折り目正しい高翌良、
一限の授業の教科書ノートを既に机の上に置いて
なにやら読書に勤しんでいた。

「あらキョンさん、おはようございます」

 俺が話しかけると高翌良はすぐに顔を上げて微笑み、
読んでいた本に栞を入れて机にしまう。

「…おはよ」
「なんだか少し眠そうですね?」
「あぁ、昨日寝不足してな」
79 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/05/13(水) 02:20:01.38 ID:di8Hyigo

 それでも一応四時間は寝たし、
顔にはださないようにしていたがやはり鋭い、
というか予測していたんだろうな。
彼女は聡明だ。俺が今日この場で話しかけてくることも
きっと彼女の中ではわかりきっていたことなんだろう、
でなければ話しかけてすぐに本から顔を上げることなんてあるはずがない。
彼女の読書中の集中力は良い意味でも悪い意味でも強い。

 そもそも登校してきて一番に話しかけてこないで
自分の席で読書をしてる時点で、昨日のあれやこれやを聞いてるとしか思えない。
…ちくしょう、謀られた気分だ。
この場合話が早くて助かる場面だろうのに、
いや、俺としてはあまり他言したくないからやっぱり歓迎するべきでない事態だな。

「…柊から聞いたのか」
「えぇ、昨晩」
「まったく泉思いなのは良いが、少しは俺にも気を使ってもらいたい」
「ふふっ、キョンさんは男性ですから」
「…そういうのなんていうか知ってます?」
「さぁ?」

 軽い笑顔、やりにくい笑顔、文句の一つも言えない。
飲み込まされる微笑、柔和で温和で、まったくもう。
80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 02:28:02.92 ID:di8Hyigo

「どこまで聞いてます?」
「…一応の流れは把握しています」

 流れ、ねぇ。
それを柊から聞いたってことは
泉は結構詳細に柊に話してくれてしまったようだな。
女として一括りにするのはまた語弊がありそうだが、
こういった込み入った話を平気で友人に暴露するのが女性の性質の悪さだと思う。
そりゃ男だって話すだろう、そりゃ話すよ、一人じゃ辛いから、
だけど話されたほうも連絡網の如く話を回すんじゃねぇ、
なんで胸の内に留めて置けないんだよ。
人の口に戸は立てられぬといっても、しかし限度があるだろ、
だだ漏れは勘弁してくれよ。

「キョンさんは…、その…」

 先ほどまでの笑みがなりを潜める。
少し真剣な表情で、躊躇しながら少しずつ言葉を形作る高翌良。
…なにやら嫌な予感がする。
81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 02:31:32.85 ID:di8Hyigo

 軽く上気した頬、なにを聞こうとしているのか高翌良は
まわりを少し見渡して、小さく咳払いをし、
こちらに顔を寄せて小さな声で一言言ってきた。

「キョンさんは同性愛者なんですか?」
「やっぱりかっ!」

 嫌な予感が大当たりした、
ボケの基本の繰り返しギャグか、そうですか。
打ち合わせしてんのかよ。 そこまで泉は話したのか? すげえ余裕だな。
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 02:42:42.54 ID:di8Hyigo

「本当ですか?」
「当たり前だ!」
「ふぅ、良かったです勘違いで」
「どこをどうしたらそんな勘違いに行き着くのか細かく教えていただきたいね
 場合によっては指導を頼みたいくらいだ」

 芝刈り機がないからホモってレベルの曲解だと思う。
というか大声をだしすぎた、周りが奇異な目でこちらを見てくる。
まぁ高翌良は人当たりが良くて委員長だからな、
俺が一人で騒いでるように映るかも知れん。
…やだなあ。

「いえ、キョンさんの断った台詞が問題ですかね」
「流れって、そこまで伝わってたら本当にだだ漏れじゃねぇか」

 こりゃ柊に文句の一つでも言わなくては気がすまんぞ。
むしろ文句の一つ位で済まされることに感謝感激していただきたい。

83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 02:55:25.96 ID:di8Hyigo

「ではなぜそのようなことを?」

 あのようなこと。
 断った台詞。
 『俺は、恋愛に興味が無いから。正直気持ちには答えられない』
 理由?
 言う必要など無いし、義務もない。
 ただ、義理は、かろうじてあった。

「そのままの意味だよ、友達として仲良くしてる分には楽しい。
 高翌良とも柊姉妹とも、勿論泉とも、仲の良い友達だ、
 毎日くだらないことを話してるのはこの上なく楽しい。
 愉快だし、痛快だ。だけどそれに恋愛感情をこじつけたくはない、
 俺はそういった感情を抜きにお前達といままで付き合ってきたつもりだし、
 これからもそういった思考や意向や趣向を変えるつもりはない。
 俺は、男女だからってそういったファクター越しにしか
 物事を判断できない人間にはなりたくない。それだけだ」
84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 04:02:59.08 ID:di8Hyigo
>>54

―――

 料亭、といって俺のような一般的な高校生(今現在の俺がこの様な肩書きや一般などという
形容を用意て自身を表すのはどうかと思うが)が浮かべるイメージといえば
精々”広い”とか”日本庭園がる”とか”高い懐石料理がでる”程度の
テンプレートな、ステレオタイプな物しか想像できやしないのだが。
しかしではこの場はどうなのかというと。

「なんだ食わんのか?」
「いえ、こういうの初めてで」
「『こういうの初めてで』。ふん、初めてだろうがなんだろうが
 まさか箸の使い方や飯の食い方まで初めてなわけがないだろうが」
「…いただきます」

 でてきたのは控えめな量の、しかしあからさまに高そうな懐石料理。…味は薄い。
そして襖を開けて外の廊下の向こうには一面に砂利がしいてあり、
獅子威しまでしっかりある日本庭園。そして広い。
俺の中のイメージ像を修正したり、イメージを増やしたりすることなど
何一つも無いテンプレートな日本料亭だった。
まぁ、京都だしな。
85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/05/13(水) 04:18:49.41 ID:di8Hyigo

「あの〜…」
「黙って食え」
「…」

 もくもくと、食事を続ける。
話をしにこの場に来たはずなのに。
食事中に会話をしないんじゃあまり効率がいいと思えない、
こういうときは食事の時間を削減するためじゃないのか?

「…」

 とか思うものの、黙って食事を続ける。
一応奢ってもらってる訳だし、
金がなく非常にぎりぎり綱渡りな数日をこなしていた俺としては
本当にありがたいのだ。味は薄いけど。

 それにこの男。
少し怖い。
態度は理知的、物言いは静かで穏やか、
無駄に貫禄があり、この間の行き倒れさんの知り合いだというこの人。
普通に考えれば初対面というあれやこれやをさっぴいても
こんな感情を抱くほうが間違ってる。
確かに初めて声をかけられたときはその外観の奇抜さに驚いたが。

 そんな表層の隙間から漂うこの怖気はなんだ?
86 :テスト[saga]:2009/05/13(水) 04:49:51.42 ID:di8Hyigo
高良
殺す
デブ
87 :妹「お兄ちゃん(ry」2009/05/13(水) 09:38:45.97 ID:di8Hyigo
――――

教室

女子A「あっ! 妹ちゃん帰ってきた!」

友「妹! 大丈夫だった!?」

妹「へ? な、なにが?」

女子B「こういう時の呼び出しはお仕置きと称された性的な悪戯が待ってるって友が…」

妹「ううん、そんなことはなかったよ。先生にすごく心配されちゃって、…私って変態なのかな?」

女子A「そ、そのことなんだけどさ」

妹「?」

女子B「妹ってお兄さんとそんなことしてるの?」

妹「しっ! してないよっ! お父さんとお母さんが寝静まるのを待って
  お兄ちゃんと夜な夜なエッチなことをするなんて考えられないよ! 考えてるけど!
  確かにお兄ちゃんは格好よくて頭もよくて運動もできるパーフェクトお兄ちゃんだけど!
  確かに私はそんなお兄ちゃんが大好きで、そんなことされたいと思ったことは数え切れないけど!
  それでもお兄ちゃんのちんちんを咥えたり!
  あろうことか直接私の中せいしだされたりなんかあるわけないよ!」

女子A「そ、そっか…」

友「あんた…、お兄さんとそんな…」

ヒソヒソ…

女子B「どう思う?」

女子A「やってるとしか思えないよね…」
88 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/05/13(水) 09:43:22.10 ID:di8Hyigo
―――
89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/14(木) 05:05:14.79 ID:ZZu0bcco

姉「で、どうなの?」

兄「そうだよ…」

姉「へー、誰?」

兄「お前だよ」

姉「わ、私!?」

兄「ずっとお前を見てた」

姉「…実は、私も」

兄「姉!」

姉「兄さん!」

妹「おめでとう」

友「おめでとう」

女子A「おめでとうございます」

女子B「おめでとう」

兄&姉「ありがとう」

 Fin
90 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/14(木) 06:10:10.60 ID:ZZu0bcco
>>39

「二ヶ月ぶりぐらいかな?二人ともどうせならもっと近くに住めばよかったのに」

 俺がそういうと、

『キョンキョンだって私達がお金ないの知ってるくせに〜』

 予定と違う声が恨みがましい調子で聞こえてきた。
俺は少し受話器を耳から離して、受話器を見つめてから
嘆息をついて耳に当てなおす。

「いつの間に入れ替わったんだよ」
『スピーカーホンですよーだ』
「あぁそうかい」

 妹のほうはいいのだが姉のほうは少し話してるだけで疲れる。
俺はこの二人、特に姉のほうが涼宮と仲がいいのをいいことに
テレビに夢中になってる涼宮を呼び、涼宮に相手をさせることにした。

「おい、こなたとゆたかちゃんが電話してきたけど話すか?」

 涼宮は俺の台詞は聞くと手元のコーヒー(マグカップだ)を飲み干して
テレビの電源を切ってこっちにやってきた。
俺はあっちの義姉妹やってるようにスピーカーに変更して受話器を置いた。

「やっほーこなた、ゆたかちゃんも」
『やふーハルにゃん、またキョンキョンのお家にお邪魔してるのかい?』
「なにいってんのよ、私がきて邪魔に思うわけ無いじゃない」

 女三人寄れば姦しい、ゆたかちゃんはあまり会話に参加してるわけじゃないが
旗から見ている俺からすればまさにその諺通りだった。
この状況で会話に入ることは不可能と早々に判断した俺は
とっとと部屋に入ってコーヒーを飲むことにした。
あの調子ならしばらく話しているだろう、俺はテレビを付け直してニュースに耳を傾けた。
91 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 06:12:30.92 ID:ZZu0bcco

「電話もういいわよ」

 涼宮がそういって部屋に戻ってきたのは意外と早く20分程度だった。
一時間以上話してるだろうと思ってた俺としては結構驚いたが、
理由はすぐに涼宮の口から発せられた。

「こなた達、今からこっちに来るって言ってたわ」

 俺は咄嗟に頭を抱えて窓をぶち破って雨の中をはだしで駆け出したくなったが、
大怪我をするだけで何の解決にもなってないことに気がついて止めた。

「あのな涼宮、こっちって言うのはもちろんお前の…」

 俺が希望的観測を述べようとなんとか言葉を発したのだが。

「この部屋よ」

 見事に打ち砕かれた、今日はどうやら静かに寝ることも邪魔されるらしい。
この部屋は宴会場でも溜まり場でもないはずなんだがな…。
だが、この雨の中北の村からやってくるってことは、車を買ったのだろうか?
免許を取ったのに車がないと嘆いていたのはついこの間のように記憶しているのだが、
俺は外から流れてくるテレビの砂嵐のような音にどこか落ち着きつつ
もうすぐ消えるはずの短い平穏を味わっていた。

「コーヒー飲み終わったみたいだからもう一杯入れといたわよ」

 撤回、こいつがいる限り平穏は無いのだった。
俺は湯気を立てて香りをここまで放っているコーヒーが入っている湯飲みをしばらく眺めていた。
92 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 06:20:18.19 ID:ZZu0bcco

―――

 どっどどどうど、どどうどどどう。
 てな感じで風が吹き始め、窓に当たる雨がいっそう強くなった。
よりいっそう視界が悪くなり、こんな状況で来るといっていたこなたたちは大丈夫かと
多少心配しかけていたが、そんな心配なんて関係ないとばかりに
すぐにエンジン音がし、クラクションを軽く二回鳴らしてきた。
窓から見ると、雨で見にくくはあるが確かに下に車が止まっていた。
車は大き目のワゴンである。

 金がないと口癖のように言ってるくせに
よくこんなもんをこのご時世で買ったといってやりたい。
俺は涼宮に一言声をかけて、かさを持って外に出て
カンカンと音のなる古びた金属製の階段を下りていった。
途中の踊り場が濡れて転びかけたが、そこはなんとか持ち直し、
足元に気をつけて外に出てみれば、
先ほどの車が俺をスポットライトのようにヘッドライトで視覚的攻撃を仕掛けてきた。
ってかハイビームのままにしてんじゃねぇよ、眩しいだろ。
俺は雨の一斉射撃を受けて本来の倍近くの重量になってる傘を握りなおし、
もう片方の手で目を守りながら、車に近づいていった。
93 :上記修正[saga]:2009/05/14(木) 06:29:09.34 ID:ZZu0bcco

―――

 どっどどどうど、どどうどどどう。
 てな感じで風が吹き始め、窓に当たる雨がいっそう強くなった。
よりいっそう視界が悪くなり、こんな状況で来るといっていたこなたたちは大丈夫かと
多少心配しかけていたが、そんな心配なんて関係ないとばかりに
すぐにエンジン音がし、クラクションを軽く二回鳴らしてきた。
窓から見ると、雨で見にくくはあるが確かに下に車が止まっていた。
車は大き目のワゴンである。

 金がないと口癖のように言ってるくせに
よくこんなもんをこのご時世で買ったといってやりたい。
俺は涼宮に一言声をかけて、かさを持って外に出て
カンカンと音のなる古びた金属製の階段を下りていった。
途中の踊り場が濡れて転びかけたが、そこはなんとか持ち直し、
足元に気をつけて外に出てみれば、
先ほどの車が俺をスポットライトのようにヘッドライトで視覚的攻撃を仕掛けてきた。
ってかハイビームのままにしてんじゃねぇよ、眩しいだろ。
俺は雨の一斉射撃を受けて本来の倍近くの重量になってる傘を握りなおし、
もう片方の手で目を守りながら、車に近づいていった。
するとこなたが車の窓からひょいと顔をだす。
94 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 06:43:10.15 ID:ZZu0bcco

「車どこに止めればいい〜?」
「別に使う人間も少ないしその辺に止めとけばいいだろ」

 ぞんざいに俺が返答をするとこなたは「了解」と言って顔を引っ込める。
そして車は動きだし、本当に"その辺"にとめる。
いや、確かに間違ってはいないんだけどさ…。
ややあって、バタンとこなたが向かって右側から降りてくる、
…右側から、つまり車視点で言うと左側。
当然普遍的な車のハンドルは右側についていて、
ゆたかちゃんは免許を持っていない。
このことから導き出される結論は一つ、
こなたの奴、誰かを足に使いやがった。
しかし当のこなた自身は俺の心中を察すことなく
飄々と笑ってこっちにやってくる。

「やほー、キョンキョンひさびー」
「ちょっとまて、お前とゆたかちゃんだけじゃなかったのか?」
「だって私車持ってないよ? 知ってるくせに〜」
「買ったのかと思ったんだよ!」

 雨の中傘を差してハイテンションのこいつについてくつもりは毛頭無く、
俺は早々に会話を切り上げて、車のハンドル側から降りてきた
比較的話しやすい人物に声をかけることにした。
95 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/14(木) 07:17:23.27 ID:ZZu0bcco

 のんびりと歩いてくるみゆきは、にこにこと微笑んでいる。
毎度彼女のマイナスイオン満載の笑顔に俺は骨抜きだが、
しかしそんなのはおくびにもださずに話しかける。

「よぉみゆき、わざわざこんな雨の中をこなたの所為ですまんな」
「いえいえ、私も久しぶりにみなさんに会えるので嬉しいですよ」

 うふふと笑うみゆきはやっぱりその育ちのよさを感じさせて
俺的好感度ゲージの上昇がとまらない。
しかしみゆきを足代わりに使うなんてこなたの傍若無人さは涼宮さながらだな、
流石に鶴屋さんにはかなわんが、みゆきだって
俺らのような一般人とは比べられんお嬢様だというのに。

「そういえば、みなみさんが今日キョンさんがお店に来たっていってましたよ」

 あぁ、そういえばみなみもそっちの方面住みでしたね。
どっかで働いてると聞いてたんですけどあんなところだったなんて驚きましたよ。

「あそこみなみさんのおじい様が趣味で始めたらしいんですけど
 小さな頃からおじいさんのそういうのを見てたから興味を持って、って事らしいですよ」

 …あぁ、そういえばみなみもそっちの方面の人間でしたね。
このちょっとした交友関係の中の経済格差に多少の不条理を感じつつ
とりあえず三人を連れて家に戻ることにする。
涼宮が部屋で何か良からぬことをしているかも知れんからな。
あいつを一人で家に置いているのは結構不安だ。
96 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 08:39:15.14 ID:ZZu0bcco
―――

「鍵が閉まってる」

 俺の部屋の扉を開けようとするとガチャンと無機質な音がし、
その後うんともすんとも言わなかった。
俺はたかがしたに知り合いを迎えにいくのに
自宅の鍵など持ってきていないのであける術などない。
仕方なく反対側の涼宮の扉に手をかけると
タイミングよく内側から扉が開いた。

「あらちょっと早かったのね、今色々宴会の用意をしてたんだけど」

 宴会?ちょっとまて俺の家を惨状にするつもりか?
ってかゆたかちゃんはまだ18だし、お前も20になるのは来月じゃなかったか?

「あにいってんのよ、昔の法律なんかほっときゃいいのよ」

 そうかい、まぁいいから俺の部屋の鍵を閉めていくなよ、
入れないじゃないか、廊下で凍えてるのはごめんだぞ?
何が悲しくて自宅の前で凍死しなくちゃならん。

 俺がそういうと涼宮は鍵を開け、俺に手に持っていた酒やらなんやらを渡して
また部屋に戻っていった。ってかこんなに溜め込んでいやがったのか
たまにしか買い物いかんくせに凄い量だな。
俺はとりあえず三人を家に上げて部屋に連れて行くことにする
来て早々、先が思いやられるといったところか。
97 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 08:41:43.59 ID:ZZu0bcco

「おじゃまー」
「お邪魔します」
「どうもお邪魔します」

 こなた、ゆたかちゃん、みゆきさんと順に上がっていくが
このあたりに若干性格が出ている。こなたは適当に靴を脱ぎ、
来たことある勝手さからか俺の部屋に俺よりも先に行ってしまった。
その反面ゆたかちゃんと、みゆきさんはキチンと靴を揃えていた、
こなたの分までキチンと揃えているあたりがまたなんとも。
しかし、今は無いがここに涼宮の靴も入るとなると
ぼろアパートの一人暮らしの玄関には少々多すぎる量の靴が並ぶことになるな。

 足の踏み場も無いというのはこのことか。
…いやこの言葉はまだ取っておこう、
この後惨状になって祭りが過ぎ去ったあとの俺の部屋のためにな。
俺はネガティブな思考を繰り広げつつ部屋に向かった。
今更だが俺の部屋は2Kのアパートだ、ぼろいし隙間風があるが
家賃を考えればなかなかにいい物件だと思っている。
98 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 08:44:14.00 ID:ZZu0bcco

 二つの部屋。
そのうち一つが涼宮がきたり、いまこなたが向かった部屋。
もう一方がベットとか本棚とかあまり見られたくないものが置いてある部屋だ。
別に本棚が見られるのが嫌なのはプライベートなものであまり人に触られたくないだけだ、
まったくもって他の意図が無いことをここに明記しておく。

 部屋につくとこなたはさっそくテレビをつけて、ずいぶんとくつろいでいる、
俺は中央の机に渡された品々を適当置いて、ゆたかちゃんとみゆきさんに座るように促した。

 さて、我が家の人口密度が著しく上昇している現状、
ただでさえ激しい雨が降って湿度が高い上に俺の部屋にこの人数、
少々息苦しさを覚えるのは俺だけだろうか? 俺だけなんだろうな。
聞くまでも無い、俺以外の輩は楽しげに談笑しつつコップに入ったアルコールを飲んでいる。
桃色に染まった女性人はたしかにそそるものがあったが、
流れてくるアルコールのにおいが単純にそれを楽しむことを阻害する。
窓をあけて換気したいものの外は相変わらずの雨で、雷も鳴り始めている始末だ。
…そういえばみゆきさんあなたも飲んでますけど車じゃなかったですか?

「私が運転するよ〜」

 黙れ酔っ払い。
涼宮に続いて二番目に飲んでるお前に運転なんかさせたら
確実にお前達三人の明日はないぞ。
さらに言っておくと俺の家に泊めるスペースはないし、
あっても男友達じゃないんだから遠慮願いたいんだがな。
どうしてもってなら涼宮に言ってくれよ?
99 :日本沈没[saga]:2009/05/14(木) 08:54:05.12 ID:ZZu0bcco

「なにいってんのよ、あんたんところと同じつくりの私の家にスペースあると思う?」

 このやろう、酔っ払ってるくせに正論を言ってきやがるから性質が悪い。
いったいどうしたものか、俺が送ってくという手もあるが、
それをやった場合、みゆきさんの車がここに置き去りになる。
もしくは俺が夜中に一人隣の村から歩いて帰宅する羽目になるか、どちらかだ。
雨の降りしきる夜を一人で歩く、しかも距離的に着くのは朝になるかも知れない、
そんなのは絶対に、誰がなんて言おうと御免だ。

 だがしかし同じ距離をみゆきさんに歩かせて車を取りにこさせる訳にも……。
こんなときに一人素面だと痛い目見る、それは前からわかっている事なのにな、
止める人間がいなくなれば際限なく俺の部屋が地獄絵図に近づいていくのもわかっている。
はぁ、とため息をついていると
玄関から来訪者を知らせるチャイムが鳴った。
すでに時計の短針は真上を見上げつつある時間、
見知らぬ人間が尋ねる時間じゃないだろう。俺は救いの女神かはたまた笑みを浮かべた悪魔か
多少の希望と多大な諦観を持ちつつ、
どうせと心に予防線を張って酔っ払いを尻目に玄関に向かった。
100 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 00:11:30.25 ID:JdgbGFwo
―――――――――――――


 ガチャ、と音を立てて開いてくのは我が家の最終防衛ライン。
その向こうにいたのは、数時間前に別れたはずの二人。

「こなたに宴会があるから来いと言われたんだけど…」
「またあったねー」

 あぁ、何だろう。一体どういう反応を取るべきかなのだろうか?
俺はとりあえずこなたを呼んで現状説明を行わせようと思い、
やかましい我が部屋の方を振り返るとすでにこなたは後ろにいた。

「やふー、遅かったじゃんかよーもうみんなかなり飲んじゃってるよ」

 しかも当然のように二人に声をかけている。
まぁ二人を呼んだ張本人ならチャイムが鳴った時点で気付いてるだろうからな。
しかしそれはともかく、先刻と比べて幾分意識がハッキリしているようなので
俺としてはしっかり説明をしてもらいたいんだがな。

「なにいってんだよ〜、答えがわかってるのに質問するのは意地が悪いぞ」
「弁解する余地を与えてるんだ馬鹿たれが」

 俺がのらりくらりとした態度に少々苛立っていると
そんな状況を見ていたかがみがやや困ったように呟く。

「ちょっと、私達来ないほうが良かった?」

 横を見ればつかさが落ちつかない様子で視線をキョロキョロさせているし、
仕様が無い、靴を一旦棚に片付けてこなたを追っ払ってから
あらためて二人に入るよう促した。
101 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 00:19:46.36 ID:JdgbGFwo

「あんたなにこなたいじめてんのよ!」

 新たな訪問者を従えて部屋に入るなり、
俺は涼宮にそう大声で怒鳴られた。
こなたに先程の件であること無いこと言われたんだろうが
とりあえずは時間を考えろ時間を。
この家の壁の薄さはさっきも言ってたがお前も知っての通りだろうに。

 俺はぶつくさつぶやきながら、後ろの二人に適当に座るように言い
こっちこいとジェスチャーする涼宮に渋々近づいていった。
瞬間、涼宮のそのすらりとした長い足が俺の太ももに勢いよくヒットした。
腿かん言ううのだろうか?
じんじんと筋肉の束が疼痛を俺に訴えている。素直に痛い。
この狭い、しかも現在俺を含めて7人の人間がいるような場所で
よくもこのような鋭い蹴りを入れられるもんだ。
被害を食らった俺でさえ感心するね。
痛みに耐えつつ涼宮のほうを見ると、
その向こうでこなたがしてやったりといった含み笑いを俺に向けていた。

「あら、大丈夫ですか?」

 そういって俺に声を書けてきてくれたのはみゆきだった。
彼女は琥珀色の液体の入ったグラスを片手に微笑みながら俺に近づいて。

「ファイトです!」

 肩をポンと叩いて、そう愉快に言ってまたゆたかちゃんの元にふらふらと戻っていった。

「ゆたかさんも、もっと飲みましょう!」

 みゆきさんはいつの間にかグラスの代わりに持っていた
ウイスキーの瓶の中身をゆたかちゃんが持ってるグラスに注ぎ始めた。

「ちょっと!みゆき、なにやってんの」
「あわわ、こんなに飲めませんよぅ」
「大丈夫です大丈夫です」

 あの、ちょっと待ってください。あなたはそんなキャラだったっけ?
アルコールが入るとボケのほうに回んのか…。
俺の仕事が増えていく…、かがみという常識人が来た事を差し引いてもマイナスだ。
俺は痛みの和らいできた足を擦って、なんとか立ち上がると
せめて一矢報いんとこなたと雑談モードに入ってる涼宮のつむじをギュッと押しこんでやった。
102 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 00:32:25.39 ID:JdgbGFwo

「次はそこを右です」

 俺は助手席のみゆきに言われたとおりにハンドルを切る。
今俺はみゆきの車を運転して、みゆきさんとこなた
そしてゆたかちゃんの三人をを送ってる最中だ。
かがみが来てくれたおかげで、二台の車を使って三人を送り、
みゆきの車をおいて、もう一台で帰るという画期的な手段が取れることになった。

 これで狭い家に人を泊めたり、俺が数時間雨の中歩かなくてもよくなった。
いまではかがみを呼んでくれたこなたに感謝すら覚えるね。
ただ普段使っている自分の車とは違い、大きめの車のため多少気を使ってしまうな。
バックミラーにはかがみが運転している車が映っており、
俺が運転しているこの車と同じように曲がってきた。

「運転上手なんですね」

 雨の勢いが和らいだものの、いまだぬかるんだ道をゆっくりとした速度で走っていると
後部座席からゆたかちゃんが身を乗り出して俺に声をかけてきた。

「そうでもないよ、確かにかがみよりはずっと走ってるけど
 つかさは問題外だしなこなたはペーパーだし、比較出来るのが少ないからじゃないか?」

 俺は振り向くわけにはいかないので、そのままの状態で答えた。
と、信号が黄色になったのでブレーキを踏んで速度を下げた。

「ほら、安全運転だし」

 ゆたかちゃんは俺のその行動をみてそう感心したようにいった。
俺は別にそんなつもりはなく、ただ黄色の時点で行ってしまえば、
後方のかがみが通るときには赤になってるだろうと思っただけだ。
ただそのことを言うのはなんとなく気恥ずかしいので、俺は曖昧に誤魔化してしまった。
103 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 04:08:21.74 ID:JdgbGFwo

「オーライオーライ」

先に車から降りたみゆきが先導し、俺はそれに従って車をバックさせて車庫に入れた。
そして可愛らしいストラップがついたキーをみゆきに返す。

「ではおやすみなさい」
「あぁ、また今度」

 別れの挨拶を適度に交わして、かがみが停めているに向かう。

「じゃあねみゆき!」
「はい、かがみさんもありtがとうございました」

 ウィンドウを空けて手を振るかがみとそれに答えるみゆき、
俺はそんな二人を横目にかがみの車の助手席に乗り込む。
ちなみにゆたかちゃんとかがみの車に乗ってたこなたは
少し遠回りして二人のアパート付近で降ろした。
しかし自分が助手席に座るのは久しぶりだ。少しむず痒い。
などと思っているとかがみが車を発進させ、自宅に戻るみゆきの背中を少し眺めてから
車の内蔵スピーカーから流れるラジオ番組に耳を傾けていた。

「そういえばさ」
「どうした?」
「さっきの信号、気を使ってくれたんでしょ」
「…なんのことだ」

 多分気付いてるとは思ったが、わざわざ言ってくるとは思わなかった。
俺はまたも知らんふりを決め込んで曖昧な返事をした。

「あんたは昔からそうよね。気配り、ってかまぁとにかく気を使うのにさ
 それを指摘されても知らぬ存ぜぬを通すのよね」
「…さてね」
「あんたがそんなだから、たまになんかしてあげようかなって気になっても
 なかなかチャンスが来ないんじゃない」

困ったことになった、俺は自分の事になるとてんでダメなんだ、
俺はふてくされたように窓の外を見つめる作業に移った。
104 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 04:22:42.16 ID:JdgbGFwo

「…そういや、こなたと何話してたんだ?」

 コレは話を逸らそうとかそういうのじゃなく、単純な興味からの発言だ。
いや、本音は話を逸らす意図もあるが。こなたは送るとき、
かがみと一対一で話したいからとかがみの車に乗り込んだのだった。

「別に何も」

 かがみはさきほどの俺のように急にトーンダウンして一言そういって黙る。
そして家に着くまで会話がなくなってしまった。

「起きなさいよつかさ、ほら行くわよ」

 家に着くと残っていたつかさと涼宮は俺の部屋で豪快に寝ていた。
どれくらい豪快かというと、某暴力ガキ大将の歌のようだ。
…ダメだこのたとえは訳がわからない、
酔っ払い空間にいて俺も空気中のアルコールにやられたのかも知れん。

「お前もだ涼宮、お前は家がすぐそこなんだからすぐ起きろ早く起きろ今起きろとっとと起きろ」

 そういってぺちぺちと顔を叩くものの、涼宮は寝言を言いつつ
俺の手から逃れるように寝返りを打って丸くなってしまった。
お手上げとばかりにかがみを見ると、やはりと言うべきかつかさのほうも起きる気配は無さそうで、
かがみも両手の手の平を上に向けて肩を竦めた。
どうしたものか、さっきと違って二人ぐらいならこのまま寝かせとけばいいんだから
べつに問題ないと言っていえないこともないが…。
俺が真剣にどうしたものかと考えていると、
かがみが空いてるグラスを持ってきて、ウイスキーを注ぎ始めた。
105 :日本沈没[saga]:2009/05/15(金) 04:26:16.09 ID:JdgbGFwo

「なにやってんだ?」

 俺がそう聞くと、かがみはもう一つのグラスにも注いで俺に渡してきた。

「どうせこの二人は起きないだろうし、もうこんな時間じゃない。
 さっきまでは車運転しなくちゃいけなかったから飲んでなかったし、
 そこの二人が起きるまで飲みしましょ。ほら乾杯」
「何に乾杯するんだ?」

 聞くとかがみは幾許か逡巡して悪戯を思いついた子供のような顔をして。

「苦労する友人を持ったあんたに乾杯」

 俺は苦笑いをしてグラスを受け取り。

「不器用な妹を持ったかがみに乾杯」

 そうやってかがみに続いて、グラスの中身を煽った。
雨と、急に人の居なくなった部屋で冷えた体が内側から熱せられる感覚に
俺は久しぶりに浮かれ始めた。
湿気りはじめたつまみを食べながら、
最近あった事の愚痴をお互いに言い合いそして酒を飲む。

 気がつけば雨がやんで少し流れた雲から
久しぶりの朝日が部屋を照らす時間になっていた。
いまだに起きない涼宮とつかさ、ずいぶんと酩酊してきた俺とかがみ
他にも数名いて宴会をしていた部屋が朝日に照らされた。
俺はずいぶんと靄のかかった頭で自分の部屋の感想を呟いた。


「足の踏み場も無いな」
106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/17(日) 08:33:25.31 ID:kmLkWB6o
―――

ふいんき  (←なぜか変換できない)
そのとうり (←なぜか変換できない)
がいしゅつ (←なぜか変換できない)
しゅずつ  (←なぜか変換できない)
たいくかん (←なぜか変換できない) 
はなじ   (←なぜか変換できない)
げっきょくちゅうしゃじょう (←なぜか変換できない)
加藤わし  (←なぜか変換できない)
きむじょんいる(←何故か変換できる)
せんたっき  (←なぜか変換できる)
うーろんちゃ (←なぜか変換できる)
ほっぽうりょうど(←なぜか返還されない)
香港    (←もう返還されない)
童貞    (←なぜか卒業できない)
勉強    (←これもできない)
やればできる(←何故かやってもできない)
柏レイソル (←二度と昇格できない)
本拠地不明のヴェルディ(←二度と昇格できない)
早漏    (←何故か我慢できない)
空気    (←なぜか読めない)
おすぎ   (←お前には言われたくない)
駅伝    (←何が面白いか分からない)
田村亮子  (←お世辞でも綺麗と言えない)
水戸黄門  (←何故か戦闘時にたまにしか狙われない)
トイレのトラブル (←8000円)
見つめあうと(←素直におしゃべりできない)
俺の青春時代(←もう戻ってこない)
Romantic  (←止まらない)
107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/18(月) 03:51:22.47 ID:vjYqGqIo
―――

 TOT現象しかり、ゲシュタルト崩壊しかり、
人間の脳というのはなんだかんだいって貧弱な作りをしている。
同じ字や物を見続けると認識に齟齬が発生して、
正しく視認できなくなったり。なにか行動を起こそうとした次の瞬間に
ぽろりとなにをしようか忘れてしまったり。
脳のCPUはどうにも性能が悪くちょくちょく処理落ちするような
どうにも出来がいいとは言い難い作りをしている、
コンピュータの記憶媒体としてはジャンクもいい所だ。

 だが、じゃあそれは脳味噌自体の性能の限界なのかといったらそうじゃない。
RAMとしてもROMとしても脳味噌自体のスペックは華々しい、
見た物、聞いた物、嗅いだ物、味わった物、触れた物、
その全てを記憶し、忘却せず、一生を過ごすだけの容量があり
実際そういった能力を持ち、過ごし、死んでいく人間も存在する。
暗算で三桁以上の累乗計算を行う人間も存在する。
何千という未来を幾許かの時間で読み取り最善を狙い戦うものも存在する。

 しかしそれはもはや人外魔境の様相を呈した存在、
一種の超能力というべき物。従って僕の様な一般人(この場合一般人という
括りが必ずしも人類の中で最も普遍的な形から外れてないという意味ではない)
が使いこなせる脳の能力などたかが知れていて、
ゆえに僕は鐚走の家に向かって歩みを進めていた。
108 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/18(月) 03:59:51.24 ID:vjYqGqIo
>>107

 本日、僕はふとその活用し切れてない脳の度忘れの所為で
鐚走の下の名前をすっかりかっきりさっぱりしっかり忘れてしまった。
人間というのは本当に適当な生き物で、前述のような特殊な脳回路をしてる
人物でなければ物事をどんどんと忘れていく。
どんなに得意な科目だって、一年もやらねば解式なんて忘れるし。
どんなに親しい相手だって、一度も呼ばねば下の名なんて忘れる。
僕はいつも鐚走のことは鐚走としか呼んでいなかったし、
あいつも僕のことを名前で呼んだことなど過去一度も無いだろう。

 それでもやはりたった二人の友人の名前を忘れるというのは
不実極まりない当然のマナー違反だろうので。
僕は事前連絡、所謂アポイントメントを取ることなく
思い立ったが吉日とばかりに鐚走の家にのんびりと歩いている。

 いや、べつに家に向かってるからといって
本人に会って直接「お前の名前なんだっけ?」という質問をするつもりではない。
流石に人付き合いに疎い僕でもそれはタブーだということくらいは理解できる。
そういう意味じゃアポイントなど取る必要はそもそもない。
僕はあいつの家に行って誰かに答えを教えてもらいに行くわけじゃない、
あいつの家を見に行くだけなのだ。
109 :修正[saga]:2009/05/18(月) 04:02:34.83 ID:vjYqGqIo

 本日、僕はふとその活用し切れてない脳の度忘れの所為で
鐚走の下の名前をすっかりかっきりさっぱりしっかり忘れてしまった。
人間というのは本当に適当な生き物で、前述のような特殊な脳回路をしてる
人物でなければ物事をどんどんと忘れていく。
どんなに得意な科目だって、一年もやらねば解式なんて忘れるし。
どんなに親しい相手だって、一度も呼ばねば下の名なんて忘れる。
僕はいつも鐚走のことは鐚走としか呼んでいなかったし、
あいつも僕のことを名前で呼んだことなど過去一度も無いだろう。

 それでもやはりたった二人の友人の名前を忘れるというのは
不実極まりない当然のマナー違反だろうので。
僕は事前連絡、所謂アポイントメントを取ることなく
思い立ったが吉日とばかりに鐚走の家にのんびりと歩いている。

 いや、べつに家に向かってるからといって
本人に会って直接「お前の名前なんだっけ?」という質問をするつもりではない。
流石に人付き合いに疎い僕でもそれはタブーだということくらいは理解できる。

 僕は足を止めて目の前に広がる異様な光景に
しばし目を留めて、三秒程度してから踵を返して
来た道をそのまま辿って帰路に着いた。
アポイントなど、そもそも取る必要はないのだ。
僕はあいつの家に行って誰かに答えを教えてもらいに来たわけじゃない、
あいつの家を見に来ただけなのだ。
110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/18(月) 04:12:11.25 ID:vjYqGqIo
>>109

 さて、関係ないがここは石垣島じゃない、
ましてや沖縄ですらない、立派な首都圏である。
そして広い、由緒正しく格式高い旧日本家屋。
それが鐚走の実家、なのだ。
端から端までで1200m走ができるあいつの家はでかい、
そして異様で、異端で、異形で、異常だ。
広い敷地に存在する屋敷といって構わない日本家屋。
その高い高い屋根よりもさらに高い石垣。
厚さも優に1mを超える分厚い石の壁が周囲をグルリと囲っている。

 僕が見たかったのはその光景だけだ。
だからさらに正鵠を記すのであれば、僕は家を見に来たわけですらなく。
家を囲むこの圧倒的な存在感を誇る壁を眺めに来たのだ。
この石壁は、そのまま鐚走の名前を表している、
名は体を現すなどという陳家で陳腐な物言いがすんなりと当てはまるほどに。


 鐚走監獄。
 僕のたった二人の友人の一人が彼だった。
111 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/05/19(火) 14:19:53.49 ID:xg13k9Qo

 べつにその二人が僕にとっての愛と勇気って訳じゃないが、
しかし我ながら自分の交友関係に対し少々疑問を覚える。
友人なんて心の底から信頼できて、助け合える、
自分の全てを打ち明けられる親友が一人居ればいいと聞くが、
ならば件の二人の友人がそれに匹敵するかと言えばとんでもない。
112 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 11:11:01.50 ID:zIIvcWAo
――――
113 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/22(金) 11:19:47.69 ID:zIIvcWAo

 およそこの世と呼ばれる物に流れなど無く、
故に流されに流され続けて留まり続け。
そこには凝り固まったしこりの様な不協和音が残る。

 八月、なによりも誠実を愛し実直を貫き
そして誰よりも素直で居ることを選んで生きてきた
真実の探求者。つまるところこの僕は、
必然とも言えるこの事象に対し明らかに無関心を貫いてきたし
これからもそうだと信じ続けていた。
…いや、戯言だけどね。
114 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 11:34:41.64 ID:zIIvcWAo

 実のところ僕が玖渚の所に足を運んだのに
特に込み入った事情やなにかがあった訳じゃない。
それは大きな意味でも小さな意味でも誇張無く、
なんの用も無かった。不必要な行動だったと言い換えてもいい。
いや、なんの用も無かったと言ってもそりゃ僕なりに

 玖渚になんとなく会いたかったとか。
 玖渚となんとなく話したかったとか。
 玖渚になんとなく抱き付かれたかったとか。
 玖渚となんとなく食事したかったとか。

 そういった僕自身の意図はあったし、
そもそも根本的に不必要だとも僕は思っちゃ居ない。
玖渚にあってあいつの長い髪を梳かしてやるだけで
僕の精神的安定が保たれるのだからこれはまぁ必要だろう。
それに僕がたまに顔をだして玖渚の生活、
特に食事関連を補助してやらなくては
あいつはジャンクフードだけで過ごし続けるのだから
やはりそういった面でも僕が玖渚のマンションにべスパで向かったことは
無駄ではないのだろうと思う。ここしばらくの懸案事項だった左腕の完治報告もしたかったしね。
115 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 11:55:41.71 ID:zIIvcWAo

 僕はつらつらとそんな思考に脳の要領を割きながら。
流れ作業のようにいつもの手続きを行い、
玖渚の居住している32階に直行した。
しかし馬鹿じゃないのに玖渚は高いところが好きだ、
自身は一人じゃ階段も上下できないような身体の癖に。

 人間は自分とかけ離れたものにこそ憧れを抱くとも言うが、
だけど玖渚にそんな気概があるとも思えない。
あんな自分一人じゃ外出もできない空間に自ら居を構える
その玖渚の意図は、そういえば僕は知らない。

「あっ、にーちゃんやほー」
「…やほー玖渚」

 指紋認証と鍵を使って扉を開け、
さあ玖渚探しにダンジョン探検と洒落込もうとした僕は
入って早々の声に脱力と言うか肩透かしを食らった気分だった。
116 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 12:06:26.87 ID:zIIvcWAo

「にーちゃん、どしたの?」
「…いやなんでもないよ」

 玖渚に会いにこのマンションに来る度に
毎度苦戦を強いられる玖渚探しのフェイズが、
まさかのスキップを食らって少々戸惑い気味の僕だった。
…ん?
ちょっと待て、いま玖渚の奴僕のことをなんて呼んだ?
イントネーションは変わらないし母音が同じだから
つい聞き流してしまったけどこいつ『にーちゃん』って呼んでなかったか?
いやいや、もしかしたら気のせいかもしれない。
玖渚がこんな無意味で地味な悪戯をする筈が無いし、
精密機械な玖渚の口から言い間違いが起こるとは思えない。
考えられるのはやはりネコ型ロボットよりネジが欠け落ちた
僕の脳か耳が判断を誤ったと見るべきだろう。

「うに? どしたの?」
「…いや、玖渚、僕のことなんて呼んだ?」
「にーちゃん」
「…」

 勘違いじゃねえじゃん。
ってかなんだよ『にーちゃん』って、僕は直さんじゃねえぞ。
それともこれは新しいプレイなのか?
僕はそうと思って無かっただけで玖渚はマンネリというか倦怠期を感じていたのか?
それはそれで中々に遺憾であるが、どちらかといえば口調や呼び方より
コスプレとかの方向に走ってほしかった。…戯言だよ?
117 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/22(金) 12:24:42.41 ID:zIIvcWAo

「にーちゃん、どしたの?」

 いやいやいや、確かにその体躯と表情と『にーちゃん』のコンボは
うん、中々の破壊力を持ってはいる。それは認めよう、頑張った。
しかし悪いけど僕には妹属性などない、嫌いじゃないけれどそれじゃ駄目だ、
メイド服を同じ事をしてきたらどうかわからないけれど。

 …待てよ? にーちゃん=兄ちゃんであるとは限らないんじゃないか?
そうだ、哀川さんあたりにまたぞろ変なことを吹き込まれたのかもしれない、
哀川さん発端ならこの意味のなさも理解ができるというものだ。

「どうしたのってか、お前がどうしたんだよ友」
「うに?」
「いや、うに? じゃなくてさ。なんで呼び方変えたんだよ? 悪か無いけどむず痒いんだよねそれ」
「え〜、にーちゃんはにーちゃんって呼ばれるの嫌?」
「嫌じゃないけどさ、その行動の意味がわからないよ。なにがしたいんだよお前」
「わかんない」
「わかんないって…」
118 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 13:15:22.35 ID:zIIvcWAo

「にーちゃん、どしたの?」
「いやお前がどしたのって話で…、ってか同じ入り方を三回も繰り返すなよ!」
「うにに、今日のにーちゃんは変だね? ん、でもいつも変だから
 変なのが普通になる訳だから。にーちゃんはいつにもまして普通だね」
「どちらにしても貶しにしか聞こえないよそれ」

 だけどどうやら玖渚の奴、素で僕のことをにーちゃんと呼んでるっぽいな。
悪戯とか気分転換とかその他諸々でなく、
今日僕はここに来た理由のように曖昧模糊とした有耶無耶であやふやな
そんな特に意味もない行動の結果がこれなのだろか?
…だとしたら、まぁ付き合うのも悪くないのだろうか。

「オーケイ、わかった負けたよ友」
「なにに?」
「お前にだよ。とりあえずお前が僕のことをにーちゃんと呼ぶことを許容しようと言ってるんだ」
「ほんとに? いえーい、愛してるよいーちゃん」
「…お前ってそんな天邪鬼野郎だったっけ?」
「野郎じゃないよん、生物学上僕様ちゃんも女だからね〜」
119 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 13:45:36.91 ID:zIIvcWAo

「……」

 まぁ、そんな感じ。
確か事の始まりとしての玖渚との前振り会話は大体こんなだった。
120 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 14:08:20.60 ID:zIIvcWAo

―――

 僕は玖渚としばらく談笑に興じ、
日が沈む前に別れを告げてべスパでのんびりと一時間ほどかけて
自分の家であるボロいアパートに帰宅した。

 しかしながら、玖渚のマンションが最高級で豪奢な
この国でも指折りのでかさの建築物であるのに対し、
僕のアパートは最下級ないし最低級の粗末な
この国でも指折りのしょぼい建造物だろう。
なんというか貧富の差が顕著だなあ、などと感慨に耽りつつ
ギシギシとどうやっても音が鳴る階段を登り、
みいこさんの部屋を通り過ぎて自室に入った僕。
早いうちに帰宅したはいいけれど、
じゃあなにかやることがあるのかと言ったらそうではなく、
まぁ結局ボケッとする羽目になるのだけれど。

「姫ちゃんで遊ぼうかな…」

 いつもなら僕が帰宅もしくは姫ちゃんが帰宅して
すぐにこの部屋にやってきて僕にいじめられにやってくる姫ちゃんなのだが、
ついこの間の期末テストで全教科赤点という
最高難易度のミッションをコンプリートした彼女は夏休み入って一週間も近い
本日も補習があり、多分寝ているのだろう。
121 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 14:40:26.71 ID:zIIvcWAo

 別に姫ちゃんが補習で疲れるのは
自業自得甚だしいので僕としては知ったこっちゃないので、
いまから姫ちゃんの部屋に向かってボロい扉を楽器に
力強いリズムを叩いても僕としては全然構わないのだけれど、
しかしそれを理由にあまり変なフラストレーションを溜めさせても困る。

「早い夕食にでもしようかな…」

 やむかたなしに趣旨変えして降ろした腰をあげようとした時、
不意に動きを止めて僕は息を潜めた。
ギシギシと階段の軋む音、それが聞こえたからだ。
時間も時間、確認はしてないがしかし薄くてボロいこのアパートの壁は
みいこさんも上階の崩子ちゃん萌太くん兄妹も、そして筋肉爺さんも
現在自室にいるのがなんとなく把握できる。
つまりはいま足音を立てているのは誰かの客人、ということになるのだろうか?
しかしこのアパートに客人だなんて面倒ごとを運んでくる配送屋なのは
もはや決定項と言っていいだろう。

「しかもなんか僕っぽいし…」

 足音は階段のそれから廊下のものに変わり、
奥側である僕の部屋の前に向かってきている。
122 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 15:17:14.84 ID:zIIvcWAo

 足音が止まったのは
結局予想通りというかなんというか、
もはやお約束とも言える僕の部屋の前。
トントンと調子よく二度もノックされてしまっては
正直者たる僕は居留守を決め込むわけにも行かず、
ようやっと僕はターミネーターでシュワルツェネッガーが
時間を越えたときのようなポーズをといて玄関の扉を開けた。

「…」
「やっほー」
「……なんで僕の住所がわかったんですか」
「調べた」
「……愛知から京都までどうやって来たんですか」
「歩いた」
「……」

 扉の向こうには愉快にも不愉快な動物学者、
春日井春日が揚々と立っていた。
123 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 15:29:01.79 ID:zIIvcWAo

 さて、聡明にして高名、敏感にて多感な方々は
既に大体を把握しているだろうが、ここから先の展開はほぼ予想通りだと
僕は戯言遣いという肩書きに則って宣言させてもらう。
ここに記されるのは物語の裏側にすら描かれない、おまけのおまけの舞台裏。
なんら新しいものなど見当たらない相対的にも絶対的にも主観的にも客観的にも
総じて意味を成さない自己満足で自己完結で自己陶酔の物語の断片。
破片拾いなど存在しないこの世界で終わりに終わり続ける螺旋を
ひたすらに述べる道化の滑稽さ、その帰結、末端。

 ただ一つ違うことがあるとするならば、
この場に零の横に零を掛けて三つ、零の底に零を重ねて二つ。
合わせて一つ、這わせて零へ。僕と同じでありながら究極に正反、
絶無にして皆無の殺人鬼が舞台にあがったということだろうか。

 まぁ傑作にして戯言なんだけどね。
124 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 16:10:04.91 ID:zIIvcWAo

―――

 メイド服というのは僕にとって最強の萌えポイントであり、
なによりも僕の最大の弱点なのだとこの時になってやっとこ理解した。

「なんにもないねこの部屋」
「やかましい」
「生活感がないと言うか明日にでも引越しするの? って感じだよね」
「余計なお世話です」
「本当に生きてるの君?」
「生物学者に酷いこと言われた!」

 明らかに失態、明らかに失敗。
メイド服に釣られてこの人を家に上げるなんて僕はどうかしていた、
キャラは面白いが同居人としては色々と無理がありすぎる。
なんというか濃いのだ。
僕以外のこのアパートの住人も大概だが、この人は彼らにタメを張れる。
羨ましいとは思わないけど。

「布団は一つしかないの?」
「この部屋に誰かが泊まりこむようなことがあるとでも?」
「確かに君って友達いなそうだもんね」
「やかましい」
125 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/22(金) 16:20:19.80 ID:zIIvcWAo

 こうも遠慮も思慮も考慮もなく、
不躾に部屋を物色(という程物品は多くないが)されるといっそ清々しい。

「つまりこれから私は君と一つの布団で寝るわけだね」
「僕は床で寝ます」
「なんでかな私は全然構わないけど」
「僕も貴方となにか起こるとは皆目思ってはいないですけど、
 しかしその行動によって万一にでも顔見知りにあらぬ誤解を与えてしまわぬようにです」
「いけず」
「黙れ」

 しかし、春日井春日。
彼女は女性としては背が高く、まぁ僕よりもその頂点は空に近い。
僕も小柄ではあるけれど一応成人間近の男である、
起きて半畳寝て一畳などと言ってもやはりこの部屋に二人いるだけで
なにやら圧迫感と言うか閉塞感というかが感じられる。

「あの、春日井さん。いまさらですが他を当たってくれる訳には―」
「これからよろしくいっきー」
「…その呼称は一体」
126 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 00:26:42.00 ID:rjOTqO2o
『時計 噴水 ライトアップ』

 私が住民票を置いてる地域には、少々ばかり有名な公園がある。
国内ドラマなどで二度三度と、背景として映された事のあるその公園には、
私などの素人目に見させてもらえば些か以上に
金銭の無駄としか思えぬ英国的な時計台がある。
 時計台が公園にあるというのもそれはそれで想像し難いかも知れぬが、
当然この公園は児童が遊戯に没頭するばではなく、
敷地面積が一平方キロを超える自然公園である。
私はその自然公園中央、時計台に背を向けて
またも英国風な(あくまでも風である。
まるで西洋かぶれした歌舞伎役者のようで私から言わせれば見るに堪えない)
噴水の端に腰を掛けさせて頂いている。と、言うのは今朝方に私が唯一頭のあがらぬ妹に
今夜ここに来るよう無為と思えるほどに念を押されたからである。
でなければ私が斯様な所謂待ちぼうけとも言える状態を良とするはずもなく――。

 不意に破裂音がした、火薬の爆ぜる音だ。
音がした方を見れば噴水の向こう側、妹が嫌らしい笑顔でこちらを見ている。
私は呆れの嘆息を付き、妹に近づこうとして直後立ち止まる、
噴水が光り始めたのだ。
ざぁざぁと音をたてていた流れていた水の一筋一筋が、
ファイバーの様に光を反射させて輝き煌めいている。

「―――」

 妹がなにを言ったのか、咄嗟に聞き逃した。
が、ライトアップされた噴水の向こう。時計台の揃った針と妹の手元の花を見れば
いかに鈍感な物でも理解はできようて。

「ありがとう」


127 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 00:46:09.23 ID:rjOTqO2o
『雨宿り 流星 ボールペン』

 私は雨が好きだ。
雑踏の中にいながら、傘の下、自分のいる所を雨が区切ってくれてるようで。
普段なら聞こえる足音や他人の話し声、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。
雑音が、雨音という雑音で書き消されて私と言う個が隔絶される。
その感覚を私はこの上なく好ましく思っている。が、それは濡れる事を良としてる訳ではない。

 現に物書きとしての活動によって衣食住を得てる私は、
最近では少数派である直筆での執筆を行っていることも相俟って
原稿用紙が濡れぬように近隣の店舗にて雨宿りを敢行している訳で。

 ここでセカンドバックを見つめ、溜め息の一つもつかせてもらった。
その中には前述の通りバックアップなど存在しない原稿があり、
さらに情報を追記するならば、私は万年筆を使う更なる少数派で、当然インクは水に滲む。

 やはり主義を曲げてでもボールペンかなにかにするべきだったと嘆息を重ねる。
最近のボールペンはガラスに書けるものもあると言うのに私もレトロである。アナクロだ。

 雑誌エリアの向こうの空は厚い雲が見え、止む気配のない雨がアスファルトをたたく。
趣味と言うか日課として聞いてるラジオは射手座流星群の到来を話題にしていたが
これでは星もなにも月すら観測できないだろう。
流星群の存在を教えた時の妹の表情を思えば残念至極であるが、こればかりは仕方ない。
私の雨が好きだと言う趣向が天候に影響を与えたという場合でなければ、
これは妹に対し私が罪悪を感じるのは不実であろう。
「……」
 しかし、同居人の機嫌は取っておくに越したことはない。
そう結論づけると私は炭酸飲料の2リットルペットを掴むと、ビニール傘と合わせてレジに運んだ。
流星があの雲の向こうにすでに存在するならばこの雲を消してくれないだろうかと思いながら。



128 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 00:47:24.45 ID:rjOTqO2o

 これ、この毒々しいまでの紅い花あるじゃん、えっと…、リコリス?
 ……それは、単子葉植物網ユリ目ヒガンバナ科の彼岸花の事かな? リコリスはその英名だけれど…。

 というような会話を、相変わらず似合わぬ伊達眼鏡をかけた友人と交わしたのは、
確か先週だったように記憶している。
珍しくその日は友人宅へお邪魔し、その際にだされた座布団のカバーに感性を疑うような、
当人でさえ毒々しいと表する彼岸花が描かれていた。
その圧倒的な威圧感に私は一瞬だが座るのをためらった物だ。

 さて、豆知識だが、彼岸花には二つ花言葉がある。
 一つは再会。これは彼岸花としての花言葉。
 一つは悲しい思い出。これはリコリスとしての花言葉。
春と秋の季節にある彼岸、この花が咲くのは後者で、名の由来もそこにある。

 彼岸、彼方の岸。
 向こう側の岸。悲しい思い出。
 中々に暗喩的ではないか、と不謹慎にも物書きの性格でつらつらと物思いに耽る。

 話は飛ぶが飛行船、これは素晴らしい乗り物だ、非常に安全かつ快適らしい。
HからHeに内封気体を変更して以降事故の事例はほぼ皆無で、友人は飛行船を利用して
短期間の旅にでると言った際に私の蘊蓄を引用して再会をと彼岸花を寄越した。

 しかし、あぁ、しかしながら、君は彼岸花を最初になんと呼んだか?
リコリスの花言葉は悲しい思い出で。友人は別れ際にそれを私に託して、
そして彼岸に行ってしまった。彼方の岸へ行ってしまった。
飛行機の事故は宝くじを一枚買って一等に当たるより困難と言うなら、飛行船は?
座布団を指差して笑った友人は幸運にも不幸に見回れたのだろうか?
 とにもかくにも、友人の意図は裏切られ。彼岸花はリコリスとして私の元で枯れ果てる。
 黒く縁取りされた友人の写真を見て、やはり伊達眼鏡は似合わぬと思った。


129 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 00:48:05.06 ID:rjOTqO2o
『飛行船 座布団 彼岸花』


 これ、この毒々しいまでの紅い花あるじゃん、えっと…、リコリス?
 ……それは、単子葉植物網ユリ目ヒガンバナ科の彼岸花の事かな? リコリスはその英名だけれど…。

 というような会話を、相変わらず似合わぬ伊達眼鏡をかけた友人と交わしたのは、
確か先週だったように記憶している。
珍しくその日は友人宅へお邪魔し、その際にだされた座布団のカバーに感性を疑うような、
当人でさえ毒々しいと表する彼岸花が描かれていた。
その圧倒的な威圧感に私は一瞬だが座るのをためらった物だ。

 さて、豆知識だが、彼岸花には二つ花言葉がある。
 一つは再会。これは彼岸花としての花言葉。
 一つは悲しい思い出。これはリコリスとしての花言葉。
春と秋の季節にある彼岸、この花が咲くのは後者で、名の由来もそこにある。

 彼岸、彼方の岸。
 向こう側の岸。悲しい思い出。
 中々に暗喩的ではないか、と不謹慎にも物書きの性格でつらつらと物思いに耽る。

 話は飛ぶが飛行船、これは素晴らしい乗り物だ、非常に安全かつ快適らしい。
HからHeに内封気体を変更して以降事故の事例はほぼ皆無で、友人は飛行船を利用して
短期間の旅にでると言った際に私の蘊蓄を引用して再会をと彼岸花を寄越した。

 しかし、あぁ、しかしながら、君は彼岸花を最初になんと呼んだか?
リコリスの花言葉は悲しい思い出で。友人は別れ際にそれを私に託して、
そして彼岸に行ってしまった。彼方の岸へ行ってしまった。
飛行機の事故は宝くじを一枚買って一等に当たるより困難と言うなら、飛行船は?
座布団を指差して笑った友人は幸運にも不幸に見回れたのだろうか?
 とにもかくにも、友人の意図は裏切られ。彼岸花はリコリスとして私の元で枯れ果てる。
 黒く縁取りされた友人の写真を見て、やはり伊達眼鏡は似合わぬと思った。


130 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 00:56:36.08 ID:rjOTqO2o
『傘 算数 ブランコ』

 傘が壊れた。
 いや、そりゃ確かに安物のビニール傘ではあるけれど、
買った当日も含めてまだ片手で数えるくらいしか使ってないのに。

 こうもあっさり根本から折れてしまうとは、春一番に対し感嘆すら沸く。
仕方なしに折れた傘を持って自宅に帰還しようと歩みを早めると、
霧雨の中の公園で金属の軋む音がする。
みれば強風の影響か、無人のブランコ二つ、ただ空虚に揺れていた。
私は霧雨に打たれながら、ブランコがその動きを止めるのを見届けてから
折れた傘をそこになにくれとなく立て掛けて。自宅に向けてその歩みを再開した。


 遅いよ、なにをしていたの? と、帰宅するなり妹に言われ。
次いで、傘を持って行ったのになんでそんな濡れてるの? と、問われた。
私は呆れる妹に、強風に傘をもってかれたと事実を若干歪曲させて伝えて
渡されたバスタオルの代わりに、わざわざ出無精の私が雨の中を外出した理由を妹に差し出す。

 宿題をしていたのかい? ……いや、遠慮しておこう、私は知っての通り文系でね。数字は苦手だよ。
自室の中心のテーブルに広がる算数ドリル、まだ数学と呼ばれる前の基礎勉学。
中国では暗算と言う言葉は暗殺と策略を掛けた意味合いになると言う無駄な知識を
ひけらかして妹をあしらい、自分の湿った髪を撫で付ける。跳ね上がった。

 頼む事を諦めた妹は机に向かい早々に頭を抱える。
私はそれに苦笑を浮かべ、手伝う代わりに気分転換をと話を始めた。

 ――私の友人の話をしよう。


131 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 01:00:53.56 ID:rjOTqO2o
伊達眼鏡 マグカップ アイロン

 眼鏡と言う物を自分は愛用している。
愛用、などと言ってもまぁ、単にコンタクトに趣向を変えた際に癖が抜けずに
苦肉の策として買ったと言うのが現実なのだけど。
しかしフレームだけのそれは比較的安価でド近眼の自分のレンズの厚さが反映されず、
種類の選択の幅が広いので、いまではお洒落の一環としている。

 前使っていた黒ぶち眼鏡だと自室で文庫を片手に紅茶を嗜んでいても
どうにも眼鏡自身が野暮ったくて、イマイチ様にならなかった。

 それに普通の眼鏡だとズレると当然ズレた範囲は裸眼になる。
いつだったか友人に「なにをそんなに怒ってるの?」と冗談半分にアイロン掛け中に問われたもので。
 また、雨や室内外の気温差などで視界がぼやけることもなく。
料理をしてても湯気で白くならない事には感動したものだ―玉葱は御免被るけれど。

 ……と、言うのが゙私゙の友人が先程まで゙私゙に対して行った伊達眼鏡、
ひいてはコンタクトの良さに対する講義だった。

 私はマグカップの中のカフェオレを啜りながら、その他人の夢の内容や自慢に並んで
非常にどうでもいい話を反芻しながら。いくら眼鏡を華麗なものに変更しようと
結局は人物自身の造形と似合っているかいないかだろうと思い。
楽しそうに語っていた友人を想起し人知れず笑みを浮かべた。


132 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 01:02:44.77 ID:rjOTqO2o

木工用ボンド 粉薬 炭酸飲料

 私は錠剤を水無しで飲む事ができる事がささやかな自慢だ。
多少喉がイガイガするのが欠点と言うか、残念な事だが。しかし緊急時、
例えば断水時などに薬を飲む時に役立つスキルで。
さらに無理に例を挙げるならば、日曜大工として作成した棚を木工用ボンドで接着したものの
乾くまで押さえてなければならず、その間に普段服用している薬の時間になり、
薬自体はポケットに入ってるものの当然手を放して水道までいけない現状などだ。

 しかし前述の通り私が無水飲下できるのは錠剤に限る訳で、粉末のそれは含まれない。
粉薬を水無しで飲んでみれば、二秒で喉に張り付いて涙目になるだろう。

「…あぁ」

 そう言えば、台所まで行かなくても部屋にある小型の冷蔵庫に飲み物があったような気もする。
私は断然に珈琲党なので、清涼飲料の類は好まないのだけれど、
妹が圧倒的に炭酸派なので多分コーラや三ツ矢サイダーなり入ってるだろう。

 私は、片手で棚を押さえながら振り向き冷蔵庫に手を伸ばし、
 バランスを崩して棚が崩壊した。


私は冷蔵庫と棚の間で這いつくばりながら、たかが漢方薬をなぜそんなに必死に飲もうとしていたのか
しばらくの間思案することにした。


133 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 01:15:31.61 ID:rjOTqO2o
『愛 勇気 アンパン』

 毎度変わらぬ自分語りで大変申し訳なく思うばかりなのだが。
私はアンパンと呼ばれる物が嫌いだ。これは芥子の実からなる覚醒剤の話で無く、
単に菓子パンの話と取って貰って構わない。

 何故嫌いか、と言うとこれも偏見と言うのか、所謂刑事の張り込みから派生して警察を想起するからだ。
青い制服を纏い、愛と勇気の名の元に正義を謳う国家公務員、儚い。

 別に私自身が彼等『スコットランドヤードの諸君』に個人的に、
猜疑心や敵愾心を抱く様な事象は過去にあった訳では無い、無いのだが。
古今東西警察のスキャンダルのない国は無いし、高圧的な態度や最近の信頼度の低迷による
一般人に対しての不信の行為の多々、私とて上記では無いと言った物の、やはり職務質問を受けた事はある。
あれは不快極まりない行為であった。

 ……いや、この場は私が警察に如何なる怨恨を所持しているかではなく、アンパンの話であったか。
さてアンパン、私がわざわざ嫌いな物の話をしたのは現に目の前にその存在が確固たる物として置かれているためだ。
つまり私に食べろとこれをだされた訳で、これが友人からならば辞退するのだが、妹からとなれば話は別だ。

 窒素の詰まった袋を開封する。かじる。
ため息を一つ、長々と付き合って貰って誠に有り難く思うが、読んで貰った通り私はアンパンが嫌いであっても、
不味いと思ってはいないのだ、牛乳があればよかったのにと思い私はアンパンをかじる。


134 :遠子「VIPで三題噺よ心葉君」[saga]:2009/05/26(火) 01:40:01.26 ID:rjOTqO2o
『駆け落ち 駅のホーム 力任せに殴られる』

 残業で遅くなった所為で時刻は深夜、
僕は終電に間に合うように少々急ぎ足で駅に向って歩いていた。
別にどうということはない異常も何もない普遍的な行動。
僕は黒い革の鞄に詰まった仕事の道具や書類を重く感じながら
細い階段を時計を気にしながら上っていく途中、不意に大声で怒鳴られた。

 それがまともな言葉として発せられていたとは到底思えない、
意味のない威嚇のような怒鳴り声に僕は少々ばかし腰を抜かした。
動揺と驚愕で背後からぶつけられたそれに恐々としながらふりかえり、
そこをなんとさらに驚き力任せにぶん殴られた。

 僕は決して小柄な体形ではない。
中肉中背の極々一般的な成人の身体をしている。
にも関わらず力任せに頬に拳を入れられた僕は階段を
その勢いで五段程省略させられた。
上っていた時に背後からなので当然吹っ飛んだ方向は位置的に上、
これは正直感嘆すべき程の膂力だろう。

 痛みでくらくらする頭を片手で押さえながら見てみれば、
大柄な男が華奢な少女を連れて息を荒げてそこに立っていた。
少女はその大きく黒い瞳に涙を浮かべ、そして男は少女の手首を力強く握り締めている。

「…」

 僕は悟った。
この二人は駆け落ちの最中なのだ。
男が少女を引っ張って追っ手から二人で逃げている途中、
少女は歓喜と追っての恐怖で涙を浮かべ男は二人で逃げるために走り続け息を荒げる。
そしてその道中に邪魔な一般人が道を塞いでいた。なるほど納得だ、これは殴られても仕方ない。
いや、状況を察した僕としては応援したいくらいだ。

 僕はすっくと立ち上がり男の方に向いて軽く頭を下げて道を空けた。
二人のこれからは色々と苦難に満ちた道程になるだろうけれど、めげずに頑張って欲しい。
男は僕をしばらく睨んでいたが、追ってくる少女の親御さん達を考えたのか
脱兎のごとく僕が空けた空間を通って階段を登っていった。
その際少女がぼろぼろと涙を零して僕を意味深な目で見てきた、
きっと見ず知らずの人に親切にされて疑心暗鬼だった彼女の心が少し穏やかになったのだろう。
僕は去っていく彼女に軽く手を振って微笑みかけた。

 鞄を拾い、腫れた頬を擦っていると終電が出発する音がした。
これで僕はタクシーを使用した帰宅をしなくてはならなくなったが、
しかし一つの駆け落ちカップルのことを考えるとそれは大した問題ではなかった。
彼らが去った駅のホームをしばらく僕は眺めて、
そしてタクシーを拾うために階段を降り外に出る。
今日はいい日だ。
135 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/26(火) 19:19:13.57 ID:rjOTqO2o
―――
136 :50音作品 その1[saga]:2009/05/26(火) 19:49:42.56 ID:rjOTqO2o


「あ」

 ふと、立ち止まり上を見上げる先輩。
一歩遅れて俺も立ち止まって振りかえると
先輩はなにかをじっと眺めてるようで。

「どうしたんですか?」

 そう聞いてから、同じ方向の空を眺めてみた。
雲が一割を切っている、紛れもない晴天。
ここまでの晴天になると遠くの空が逆に白く見えて
晴れてるのかなんなのかわからなくなる。
先輩はチラッと俺を見てから空の一点を指差して。

「ん? ほれ見てよ、飛行機雲飛行機雲」

 そう細く伸びていく白い線を愉快気に示した。

「…あ〜」
「反応が薄いな〜」
「まぁ、だって飛行機雲ですからね」
「じゃあ飛行機雲を最後にこうやって見上げたのはいつ?」

 薄くなっていく線を名残惜しそうに見つめてから、
俺の方に向き直りジト目でこっちを見る先輩に
そういえばこうして見るのは純粋だった小学生以降無かったのかも知れないと思う。

「夏の大きな入道雲とかさ、冬に雪が降り始める瞬間とかさ。
 春先にたんぽぽを見つけたときとかさ、秋の紅葉茂る山とかさ。
 そういった物って、年取るごとに感動、薄れちゃうよね」
「…まぁそうですね。特に最近は色々とズレてきてますし」
「私は、いつまでもこうして季節ごとの流れ見たいのを、感じてたいな」

 俺は、先輩から視線を逸らして再度空を見上げてみた。
そこにはもう、飛行機雲の姿は無かった。
137 :50音作品 その2[saga]:2009/05/26(火) 20:01:28.69 ID:rjOTqO2o

「いっ」

 読んでいた本から目を上げて声をした方を見れば、
縫い物をしていた筈の彼女は人差し指を咥えて涙目で俺を見ていた。
家事が得意で手先が器用、料理が上手でそつがない、
そんな彼女のパーソナルから見れば珍しい失敗だった。

「大丈夫か?」
「ん、痛い」
「そりゃそうだろ…」

 俺は本に栞を挟んで立ち上がり、
棚に常備してある救急絆を取り出し彼女に近づく。
彼女が舐めた為に大して血はでていなかったが、
それでも放って置くと人差し指の腹にぷっくりと紅い液体が膨らむ。

「珍しいな、お前が裁縫で怪我なんて」
「えへへ。君がさっき本読んでたじゃない?」
「あぁ」
「その横顔を見ながらやってたらプスッて」
「…馬鹿」

 くるりと指先を一周するように救急絆を貼って
彼女の広い額を軽く小突いて隣に座る。

「あれ?」

 本を読み始めたら中断することを基本的にしない筈の俺に
不思議そうな顔をする彼女。

「お前がまた怪我したら困るからな」

 俺がそういうと彼女は、ひどく優しい笑みを浮かべた。
138 :50音作品 その3[saga]:2009/05/26(火) 20:55:07.24 ID:rjOTqO2o

「う」

 下校中、坂の途中で立ち尽くしている後輩を見つけた。
俺が忍び足で近づきその後頭部をポンと叩くと、
後輩は上のような呻きを上げて慌ててこちらを向いて構える。

「なんだその手は? 蟷螂拳か?」
「え、あ、先輩」

 不意に後頭部を叩いてきた不埒者が俺だと気づいて
目を開いて体勢を直し軽く頭をさげる後輩。

「なにを見てたんだ? 道端でボウッとしてると轢くぞ?」
「いや、そこは避けてくださいよ…」
「無理だ」

 嘆息をつき、その後付近の木に向き直る。

「くもの巣、見てたんです」
「くもの巣?」
「はい、今日の昼ごろ軽く雨が降ったじゃないですか」
「少しだけ天気雨が降ったな」
「それで、水玉がくもの巣について真珠のネックレスみたいで」

 丸く、規則正しく形作られたくもの居住スペース。
その節々の繋ぎ目にたまる大小様々な水滴が、日の光を反射してキラキラと光る。

「綺麗だな」
「へ!?」
「くもの巣が」
「あ、そ、そうですね…」
「…なに勘違いしてるんだ?」
「べ、べつにしてません!」
139 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/26(火) 21:39:10.43 ID:rjOTqO2o
――――

 恥の多い人生を送ってきました。
それは誰がどうと自分に対して評価を行ったわけじゃない、
お前はこうだ、それはどうだ、世間的にはそれは恥だ。
そんな程度の低いやりとりを、俺は一々気にしたりはしない。

 ただただ自分自身がこの瞬間までの人生を振り返って
その比率を表として明文化した場合に恥が占有する割合が大きいと
判断したからに他ならない。

 俺の大半は羞恥と暴走と狂乱でできている。
ユニーク、普通、優柔不断、変人、団員その一、
シスコン、冷静、熱情、リアリストにロマンチスト、
トリヴィアリストで変な女が好き、そして優しい、易しい。
多種多様な形容、評価、どれもこれも的外れだと思うばかり。
あぁ、こいつは俺と言う個人をその程度の理解しかできてないのかと言う嘲笑。
そして俺と言う個人はその程度には他人を偽れてるのかと言う安堵。


――――
140 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/26(火) 22:59:24.73 ID:rjOTqO2o
――
141 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/26(火) 22:59:32.05 ID:6UPrAcDO
 岩城小石の事は実際の所結構前からその存在を知っていた。
と言うのも、石城小石はありがちな形容で語るならいわゆる有名人って奴だったからだ。しかし、有名人と言ってもまぁ色々とあるわけで。
 それは例えば容姿や学力や部活や、あるいは少し変わって素行等。
多感期の人間の集合である高校生である、他人と明らかに目立つ違いがあれば
大なり小なり噂になるものだが。
しかし石城小石は上記のどれでもない、ある一つの特殊性によって名が知られている。

 石城小石は双子なのだ。
だから正確に言うなら有名なのは石城小石ではなく、石城小石姉妹、とでも言えば良いだろうか。

 そう、石城姉妹ではなく、石城小石姉妹。
 姉の姓は石城、名は小石。
 妹の姓は石城、名は小石。
 二人合わせて石城小石姉妹、それが彼女達の特殊性。有名たる所以だ。
142 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/26(火) 23:00:03.99 ID:rjOTqO2o
―――
143 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/26(火) 23:00:28.00 ID:6UPrAcDO
主人公の名前候補
威境 亡思
(いさかいなし)
特急道 不定
(とっきゅうみちふてい)
夜見酒 彼方
(よみさけかなた)
太刀 鋏亡
(たがたなきょうな)
宵乃 明星
(よいのあけほし)
読刻 携行
(よみときけいこう)
読刻 常備
(よみときじょうび)
鏡写 表裏
(かがみうつしひょうり)
鏡写 僕
(かがみうつしぼく)
緋樹神 夏惹
(ひきがみなひき)
愛餓 鎖薙
(あいうえさなぎ)
幼樹 施設
(おさなぎしせつ)
嗚呼謂 憑鳴
(ああいいつきな)





咲樹夜風
雨雲雫
先駆屋形
後追船
鉄柄鉋
御鏡釖
鎌鍵銭
針鐚鋸鍍銃鈍釵鎧釼
鋲錨鐘鉦鎖釶錙錏鑄鍋錮鈷鋪銘鑼鏤鑪鈩鋭鋏鈿鑢
144 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/26(火) 23:04:33.73 ID:6UPrAcDO
朝霧 梅々(あさぎりばいばい)
猪乃餓 鍋(いののうえなべ)
雨枝 霜(うえだしも)
鋭柔 鵺(えいやわぬえ)
御終山 赤毛(おわりやまあかげ)
果々糖 甘味(かかとうかんみ)
如月 列車(きさらぎれっしゃ)
薬漬 病(くすりづけやまい)
芥子 午舞(けしごむ)
湖而侭 真慈娘(こじまままじこ)
佐々燈 廿飴(ささとうにじゅうい)
死神 屍折(しにがみしおり)
鈴好 音菜(すずずきおんな)
脊髄 病魔(せきずいびょうま)
初縫 針(そぬいはり)
底無 之濡間(そこなしのぬま)
棚中 乙子(たななかおとこ)
千々刃 刀(ちちばかたな)
紡灯 祠(つむとうほこら)
笛上 片花(てきかみかたか)
通雨 午後(とおりあめごご)
七誌 灯(ななしあかり)
新妻 幼(にいづまおさな)
布糸 炬燵(ぬのいとこたつ)
猫々 若(ねこねこにゃ)
退韻(のいん)
葉々来蘭堕 サララ(ははららださらら)
非科学 幽霊(ひかがくゆうれい)
苳乃 阿(ふきの あ)
紅東 芋(べにあずまいも)
彫物師 黒糖(ほりものしこくとう)
牧場 牛刀(まきばぎゅうとう)
身動偽 一(みじろぎひとつ)
無銘 峰(むめい ほう)
綿羽 鵜毛(めんぱうもう)
文字化 夫婦(もじばけめおと)
屋儘田 夜代(やままだやたい)
雪語 御伽(ゆきがたりおとぎ)
宵緋 勅紗(よいあけちょくしゃ)
楽々 日々(らくらくひび)
両隣 空間(りょうどなりくうかん)
留守番 電話(るすばんでんわ)
霊園内 本屋(れいえんないほんや)
楼々燭 濁流(ろうろうそくだくりゅう)
炉火煙 陽炎(ろびえんかげろう)
炉火焔 陽炎(ろびえんかげろう)
忘形見 虚依(わすれがたみうつろい)
145 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/26(火) 23:04:40.35 ID:6UPrAcDO
臥薪 巫(がしんかんなぎ)
祇園 炎華(ぎおんえんか)
偽音
絶音

軍艦長柄 未琴(ぐんかんながらみこと)
劇場幕 誓(げきじょうまくちかい)
劇場幕 宴(げきじょうまくうたげ)
護衛 従束(ごえいじゅうそく)
戯言 伊井(ざれごといい)
地響 雪崩(じひびきなだれ)
杜撰 童話(ずさんどうわ)
銭金 投棄(ぜにがねとうき)
続々 博士(ぞくぞくはくし)
騙誌 鷺(だましさぎ(島田変形)
地核威 未完(ぢかくいみかん)
面隠 仮面(づらかくしかめん)
伝統 退治(でんとうたいじ)
童謡 寓話(どうようぐうわ)
媒体上 中旬(ばいたいじょうちゅうじゅん)
美術岩 完遂(びじゅついわかんすい)
舞台裏 まなこ(ぶたいうらまなこ)
弁学裂 虎馬(べんがくさきとらうま)
暴飲 暴食(ぼういんぼうしょく)
派犠 乃木(ぱぎのき)
匹略 咬無(ぴきりゃくがむ)
釜山 石榴(ぷさんざくろ)
辺 紫山頂(ぺんむらさきさんちょう)
歩時 底部(ぽじてぶ)
146 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/26(火) 23:18:42.12 ID:rjOTqO2o
>>105

 さて、どうしたものか。
 俺は結局昼近くまでかがみと二人で飲んでいた。
お互い破天荒で少々常識に欠けた友人関係を持っているもの同士、
色々と弾む話といか積もった愚痴もあったからな。
しかし、普段そういう抑制させる立場に立っている俺達、
かがみと二人になり、久しぶりにそれから開放されたためか
酔いによる睡眠欲に敗北を喫し、次に目が覚めたときにはばっちりきっかりと
俺もかがみも二日酔いになっていた。

「痛い〜、頭がガンガンする、視界が歪む〜」

 ほぼ同時に起きた俺達は起きて早々、似たような呻きを発した。
惨状の部屋でぶっ倒れてた俺達は、何とか立ち上がり顔でも洗おうとして
涼宮とつかさが居ないことに気がついた

「あんた達やっと起きたわね!」

 俺が虚ろな目であたりを見渡していると、
部屋の入り口から涼宮がエプロン姿で顔を出して威勢のいい声で俺達に声をかけた。
あまり大きな声をだすな…、頭の中でノートルダムの鐘が鳴り響くだろうが。
といってみたもののまぁ当然だが、涼宮は俺の懇願に耳を傾けることなどなく。

「あにいってんのよ、情けないわねそれでも男?」

 なんて一喝されてしまった。
いっそ殺してくれ、そんな情けない思考に惑わされながらも
よろよろと涼宮の横を通って台所に向かった。
147 :日本沈没[saga]:2009/05/26(火) 23:25:11.39 ID:rjOTqO2o

「おはよー」

 こめかみを押さえ、のそのそと前進する俺達につかさは元気に挨拶をしてきた。
なぜこの二人はこんなに元気なのか、それに答えるのは簡単だ。
なぜなら既にこの交友関係ができ、
こいつらと親しい付き合いを始めてから10年近く経つからな。
つかさは前から子供体質で少量の酒で時間的に寝ちまったんだろうし。
涼宮が二日酔いをしたところなんて見たことが無いし、想像もつかない。

「あらつかさ、美味しそうなの食べてるじゃない。どうしたの?」

 かがみが、昨日二人で飲んだときの話題の四分の一を占めた人物に声をかける。
見れば確かにつかさはテーブルに座って、スクランブルエッグやら狐色のトーストやらを食べている。

「私が作ったのよ」

 そういって涼宮が後ろからずんずんと俺達を押しのけて台所に舞い戻ってきた。
足元のふらつく俺はそれだけで吹っ飛びそうになったがなんとか持ちこたえる。
涼宮はそんな俺の様子に目をくれずに食器棚から二つのコップを取り出し、
冷えたお茶を入れて俺とかがみによこす。

「飲みなさい酔っ払い」
「お前にそれを言われるとはな…」

 俺は悪態をつきながらそれを素直に飲み干した。
148 :日本沈没[saga]:2009/05/26(火) 23:30:11.73 ID:rjOTqO2o

「あ゛ー…」

 若干生き返った気がする。
確か二日酔いってのは血中アルコールが水分と共に無くなって
脱水症状のようなことになるため起きる現象と聞いたことがある。
涼宮に頼んでもう一杯水を飲み、軽く頭を振るとずいぶん頭がすっきりした。
かがみの方も幾分顔色がよくなったように見える。

 多少すっきりしたところでとりあえずテーブルについて一息つく俺、
嘆息をついて盛大に肺に入っている空気を外に押し出すと
カチャ、と食器の触れ合う音がして俺の前につかさが食べてるものと同じものが置かれた。

「それはあんたの分、かがみの分もあるわよ」

 涼宮はそういって空いてる席にもう一つ皿を置いた。
材料は考えるまでも無く我が家にあったものだろうが、俺は何も言わずに
ただ一言だけ礼を口にして食べ始めた。
149 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/26(火) 23:38:42.74 ID:rjOTqO2o

 突然だが、料理ってのは単純なものほど難しいと聞く。
単純ゆえにごまかしが聞かないのが理由だそうだ。
複雑なものはそれぞれの味が混ざるため、
多少のミスならはごまかせる。だから和食なら玉子焼きを焼ければ一人前。
そして、俺の目の前に並ぶのはトーストとスクランブルエッグというやはり単純なものだ、
コレは和食ではないが、どんな種類のどこの国の料理であれ
やはり卵料理というのは難しいらしい、
俺は滅多に見ない涼宮の料理の腕前を存分に、文字通り味わっていた。

「ご馳走様」

 そういって俺は食器を持って流しに置きに行き、
なにもないシンクにそれを置いて思う。

「涼宮は朝食をもうとったのか?」

 すると俺の言葉を聞いた涼宮は眉をひそめ、無言で時計を指差した。

「…昼食はとったのか?」

 涼宮の行動の意味を理解した俺は、訂正しつつ聞きなおす。

「あんた達の分だけ作ると思う? むしろあんた達の分がついでよ」

 実を言うとなんとなくいつもと違う涼宮の行動に
やや対応に困っていた感のある俺だがこの台詞で俺は一気に脱力した。
150 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:27:11.12 ID:JnvcIgDO
>>145
選考漏れ

秋雨中 梅梨
(あきうなかばいり)
嫌奇螺 光
(きらきらひかる)
葛餅 菱
(くずもちひし)
星石 青春
(せいせきあおは)
津茶屋 抹茶
(つちゃやまつさ)
桃透 絶ナ
(とうすぜな)
濡又 底無
(ぬまたていむ)
盗人 善
(ぬすびとぜん)
火役 高翌良
(びえきたから)
苳乃 薹
(ふきのとう)
同上

星屑 砂利
(ほしくずじゃり)
御寺託 久依
(みじたくながい)
盲森 夫婦
(もうもりめおと)
鰐待 列車
(わにまちれっしゃ)
深巫 くしゃみ
(みかんなぎくしゃみ)

公の名前
挽殺 夏樹
(ひきころしなつき)

一々 小一
(いちいちこいち)
151 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/27(水) 01:30:06.12 ID:JnvcIgDO
鏡越しの自分
故の正反対
同一に限りなく近い相違、相似
矮小と広大
共に歩く君と僕

魔法使いの同居人
不味い煙草
金銭感覚の狂い
アルバイト、いえない仕事
安い2DKのアパート

不幸と幸福の総和=0
規定の幸福量
二人ぼっちの世界
長い長いお話

暗闇と光るモニター
過去と現在との相似
魔法使いの彼女
パイプベッド
キャスター椅子

―

機械的な街
偽名移住
カードキー
偽装工作
大量の本
仕事
152 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/27(水) 01:30:28.03 ID:JnvcIgDO

告白 酷薄 黒白

幸せ 死合わせ

紅 暮れない

乾いた血 鎌鼬

思考回路 嗜好懐露

霜雪 想殺

破壊衝動 儚い情動

強迫観念 倒錯概念

月光 激昂

硝煙 終焉

喪失 奏質

追悼 髄糖

境界線 崩壊戦 放火以前

偶像 創造 想像 幻像 肖像 立像

穢れ 誉れ

奏策 臓裂
153 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:35:32.70 ID:JnvcIgDO
01

甘口団子と言う人間は名前が表すように甘ったるい人間でも丸っこい人間でもないことはクラスの連中なら誰もが知っていることだ。尖ってるとまでは言わないが、しかし甘口団子の態度に刺々しさ、無愛想さなどを感じない人間は少ないだろう。
甘口団子は常に朴訥とした表情で、ふと思えば神秘的だとかミステリアスなんて形容したくなるような雰囲気を醸し出しているので。
今では新入生やすれ違い様に振り向くその他大勢に対して失笑を漏らす僕だって、二年と少し前。つまりは十五歳歴十ヶ月程度の頃、やはり同じように見蕩れたものであった。
その時の甘口団子の反応が「気持ちが悪い」の一言だったのだから、まったく彼女の性格が伺えるものだ。
その甘口と僕は二年間、今年で三年連続で同じクラス(我が校はクラス替えと言う概念はないので当然だ)と言うことになるが、その性格に起因するものだろう甘口団子に話かけて会話を会話として成立させることができる人物を今のところ一人しか知らない。
まあ、僕だが。
今では僕は唯一甘口団子と話す人間にもなっている。
今日だって甘口団子は指定席に座って窓の外を覇気のないいつもの朴訥とした顔で見ているのだった。
それは朝のHRから始まり授業中であろうがなんかしらの変化がある訳じゃなく、思い出したかのようにするまばたき以外、身動ぎ一つしやしない。
まれに窓の外を眺める以外のことをしていると思えば、僕なんかにはどこの国の言葉かわからないようなマイナーな哲学書や文学書を読んでいたりと、とにもかくにも不思議な奴である。
しかしそれでも甘口は非常に成績が良く、教師にあてられでもすれば、淀みなく正答を答えるのだから。僕のようにすべての問いに対してわかりませんと答えるよりも多分(五十歩百歩ではあるもの)性質が悪い。
154 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:36:05.21 ID:JnvcIgDO
 優等生と言う形容からはかけ離れているが、しかし全教科学年一番と言うのはそう簡単に取れるものではないだろう。
 素行がそれに反比例するように悪いのが問題でるが。
授業態度に関しては前述の通りであるが、しかしそれだけなら大したことではない。
 最近の学生、いや、僕を含めた最近の若者と言うか、そんな風に授業を上の空で聞いてる奴なんかクラスの半数くらいいる。それくらいならかけ離れるとまではどうやっても転ばない。
 授業が簡単すぎてつまらないと言う、できすぎる子供にありがちな現象だ。
 だからそうじゃなくてもっと分かりやすい面、態度じゃなくて容姿、外面である。
 いや、なにも眼鏡を甘口が掛けていないことを言ってるのでない。そもそも甘口は委員長じゃない甘口に委員長をやらせたら学級はおろか学校崩壊は免れまい。
 だから甘口の髪形はポニーテイルだ、長く艶やかな髪の毛を後頭部で束ねたふさふさのポニー。
 ピンク色の。
 ショッキングピンクでなく、普通の桃色チックな感じなのが救いと言った感じのピンク。
 一般公立高である我が校でそんなファンキーな髪色をしてるのは当たり前だが甘口だけだ。(しかもその桃色髪の毛が異様に似合っているのだこれはもう一種の才能だろう)
 金髪…いや茶髪にしてるだけで白い目で見られる都会から離れたこの田舎町で、多分甘口は唯一のピンキーだろう。
 そんな問題児が成績優秀と言うのは、素直に性質が悪いことだと思う。それこそ前述の事などなど霞むくらいに嫌な事だ。
 現に今も教師に指名されどっかの国の古い政治的事情について朗々と話している。またこの声が非常に聞きやすく頭に入ってくる。
155 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:37:23.19 ID:JnvcIgDO
 甘口は普段、一対一で話しているとまるで自分が責められてるような錯覚に陥るほどに冷たい声をしているのだが。なぜだろう演説とかに向いてる感じだ、有無を言わさない的に。
 政治家には決してならないでもらいたいが、しかし一面では向いてると言えるのかもしれない。
 絶対にならないでもらいたいが。

 さておき、とりあえず当座における甘口の人物像の説明は大体終えたと思う。 しかし個性的と言うか、単純に奇人変人の多いこのクラス、その中でも比較的普通な仲が良い甘口でこれなのだからまったく今後の僕の苦労がよくわかってしまう。
 まぁとにかく、甘口団子。
 彼女が今回の主軸である。


  02

「甘口さんはなんだって?」
「なんでもいいって」
「あ、やっぱり?」

 クラス単位で何かを決める際、最低限の手続きとして全員の意見を聞かなくてはならない。そういった時、毎回僕は甘口と浮雲の中間で行ったり来たりする羽目になる。
 まぁ大抵の場合は「なんでもいい」の一言で今回もまたそうだった。

 浮雲雪は委員長だ。
 眼鏡もかけてる。髪形は長いストレートで、この二年間(やはり当然だが浮雲とも三年連続同じクラスだ)幾度となく三つ編みに変えることを提案しているのだが毎度却下されている。
 残念。
 また、浮雲は優等生でもある。
 成績はそりゃ甘口には劣ると言わざるを得ない、だがまぁそれは比較であって、底辺を彷徨いている僕からしてみれば大して二人の間に差があるとは思えない。(事実このクラスのテストの平均点が(僕みたいなのが居るにも関わらず、だ)他クラスより毎度多少高いのはこの二人が同じクラスに居るからだ。教師は一体何を基準にしてこの二人を同じクラスにしたのか甚だ疑問である)代わりに浮雲は酷く人間ができている。これ以上ない人格者だ。(ちなみに甘口はこれ以上ない人格破綻者だ)
156 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:37:58.35 ID:JnvcIgDO
 そしてやたらとフランク、トップクラスの成績を持ちながら、しかし僕のような出来の悪い奴にも対等に接してくれるいい奴で、多分学校で一番顔の広い奴でもあるんだろう。一年から三年生までの各教室から職員室や部活棟まで、彼女の耳に入らない情報はないそうだ。
 また学校の授業等の所謂お勉強だけじゃなく教養の部分、雑学と言うかやたらと広い知識を浮雲はそのちっこい身体に蓄えている。 それにガリ勉と言う訳じゃなく休み時間や昼食時なども楽しそうに談笑している姿をよく見掛ける普通の女の子で、そういう点でも非常に好感が持てる。
 しかし浮雲はそんないい奴ではあるのだが時折そのベクトルが乱反射してしまうことがある。結果として(この言葉は誤用の方が広く浸透しているため普通に使うのも些か緊張するものの)所謂確信犯的行動にでることもしばしばなのだ。
 先の例えで言うならば浮雲は甘口に話しかけても眉をひそめることなく嬉々と声をかけ続ける稀有な人間だったりするのだが。
 悲しいかな会話にはまったくなっていない。
 いつも黙ってる甘口に浮雲が述べつ幕無しに捲し立てるだけで、まるで壁と話してる様ですらあるのに気にした様子もなくつらつらと世間話に華を一人で咲かしているのだ。しかも長時間どこにも行かず律儀に無視をし続ける甘口は、浮雲が居なくなってから決まって僕で苛立った自分の鬱憤を晴らそうとするのだった。
157 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/27(水) 01:39:32.49 ID:JnvcIgDO
「まったく、ヒッキーも積極的に聞き出そうとしてくれないしね…。甘口さんがどうでもいいって答えることをどうでもいいって思ってるでしょ?」
「まぁ確かにそれは否めないが、……その前に人を自宅で人生に大して籠城してる奴みたいに呼ぶな」
 緋樹神夏惹、僕の名前。
「でもさひっくん、甘口さんが心を君だけに開いてる訳よ? その辺どうよ」
「それだけ聞くと僕とあいつがただならぬ仲みたいだが、僕達は生憎そんなロマンチズム溢れるような仲じゃない。…あと人をしゃっくりの効果音みたいに呼ぶな委員長」
「委員長じゃなくて浮雲ですぅ、名前で呼んでよね!?」
「………」

 あと、やや情緒不安定。
 僕は浮雲の事を当然好ましく思ってるし、彼女が居るから僕と甘口の話し相手がお互いのみという、なんともお粗末なことにならずに済んでいるのだが。(甘口からしてみればどうでもいい海外の政治経済情報を聞かされて―海外の政治経済が世間話に入るのかは兎も角として―不愉快極まりないだろうが、僕としてみればやはり唯一の話し相手が甘口と言うのは避けたい)
 ただ一つ、やはりその点においてだけはやはりどうしようもなく彼女の欠点なのだろうと思う。
 それにその僕らから見た欠点だって、他の相手には普通に映っているわけで、まったく天が二物も三物も与えたような世の中の不公平さをひしひしと感じさせてくれる。あげく僕には二物どころかそのまま荷物を背負わされてる気分で、このうえ浮雲はその一般的なフレームの眼鏡を顔面から排除すれば見目麗しい容姿がさらにあると言うのだから、これはきっと浮雲は人生のスーパーエリートなのだろうと、嫉妬なんて感じずにただひたすらに感動するばかりである。
「ねぇ聞いてる?」
「あたっ」
 叩かれた、他に強いて無理にでも欠点をあげるならこの微妙な手の速さだろうか?
まぁそれも親しみやすいとかフレンドリーに変換されるのだろうけど
「まったくヒッキーは対人会話スキルが足りませんな」
「悪意の波動を感じさせる発言だな、大体聞いてたのかどうか答える前に叩くとはどういう了見だ?」
「じゃあ聞いてたの?」
「もちろん」
 もちろん聞いてなかった。
「……ふぅん」
 さて、会話と独白がまったくと言っていいほどに関連性がなかったのであえて言うなら現在は学校の放課後。
 先程甘口がどうでもいいと言い放った修学旅行の班分けを済ませ、大半の生徒が三々五々帰宅して、がらんとなった教室。
 つまりヒッキー呼ばわりの前後で時間帯が少しずれている。
 僕がほぼ予定調和の「どうでもいい」を届け、それを受けた浮雲がため息混じりに「やっぱり」と呟いて黒板の暫定班でそのまま決定し、帰りのHRを終えた後に僕の元に甘口に対する僕の態度に文句を言いに来た、というの流れ。
 ちなみに甘口と僕は、当人である僕ら二人を覗いたクラスの総意によって(僕と甘口が抜けた時点で総意と言えるのかはわからないが)めでたく同じ班に決まった。
 ノリが良いというのも度を越えると集団で嫌がらせをしてるのと変わらないと言う手本であった。(と言っても他に甘口と組める人間などいないのもやはり事実なので腑に落ちないながらも受諾した)
「長崎」
 黙々と四角い色紙を折り続けていた浮雲は唐突にその手を止めて呟く。
 机の上は様々な形に折られた色とりどりの折り紙が積み重なっている。
「長崎って言ったらチャンポンだよね」
 いきなりなにを言い出すのかと思えばこいつ。
「んなもんそこらでも食えるだろ」
「チェーン店じゃなくて本場のだよ」
「つってもチャンポンなんて僕にしてみりゃ麺の太い五目ラーメンと言うイメージしかないけどな」
 僕は食に対しての好き嫌いはほとんどないのだが、それでもよく食べるもの、あまり食べない物と言うのがある。僕にとって麺類は基本的に素麺を除いて全て後者だ。
「そういうのを好き嫌いって言うんじゃない?」
「嫌いだから弾いてるわけじゃない、単に腹持ちの問題だ」
「素麺は?」
「夏は素麺とスイカを食べながら風鈴をBGMに花火を見るのが日本人だろ」
「冷やし中華は?」
「中華って入ってるだろうが」
「私冷やし中華派なんだけど……」
「非国民!」
「えぇ!?」
158 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/05/27(水) 01:39:51.12 ID:JnvcIgDO

 平和ボケした会話だった。
 なぜかこの手のちょっとした趣向の話と言うのは盛り上がる。
口論に発展することも多々あるが。
「そもそも修学旅行の行き先は長崎じゃなくて北海道だし」
 なにあたかも長崎に行くような雰囲気だしてるんだよ。
 びっくりするなぁ。
「はぁ、飛行機って乗ったことないんだ私」
 言いながらぱたぱたと再び折り紙を折って返し、多種多様な形を作っていく。僕はその中でもよく知っている形のものを拾い上げる。
「鶴って、一体なにがどう転んで千羽集まれば願いが叶うなんて豪気な話がでたんだろうな」
 他にも擦ると魔神が出てくる古ぼけたランプとか、一年に一度しか会えない天人の恋人とか。
「ま、確かに人の願いを叶えてくれる御伽話ってのはあとを絶たないよね」
 それはきっと自分じゃ何もできなかった奴が考えた現実逃避の空想。
他力本願。
「君は歪んでます」
「ほっておけ」
 言ってる内に三つ新たに鶴が並べられた。
159 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv2009/05/27(水) 01:41:21.95 ID:JnvcIgDO
 うん、やっぱり紫や赤より白一色が鶴には似合うものだ。
 だけどよくこんなに色々知ってるなものだ、僕なんか小学校卒業して以降一度も折り紙なんかしたことなかったし。当時にしたって折れるものなんて高が知れてた。
「じゃ、あれだ、緋樹神君に手伝ってもらって試しに鶴を千羽折ってみる?」
「無茶言うな」
 いま僕の目の前にある物で鶴も含めてまともに折れるのなんて一つたりとてない。
「でも、もしも本当に願いが叶うとして」
「…?」
 やおら真剣になる浮雲。そのくせ表情的には嫌に素敵に不敵な笑みを浮かべている。
 一拍前までの砕けた調子はどこに行ったのか。
「もしも願いが叶うとしたら緋樹神君はなにを叶えてもらうのかな? うん?」
「なんでそんなことを聞くんだよ…?」
「何事に対しても消極的な緋樹神君が自分のためになにを願うのか、気になるじゃない」
 そう悪戯っぽい笑みを浮かべる浮雲に対し、僕は。

 03

 僕は委員長として委員長らしく教室の戸締まりやら諸作業をすると言う浮雲に別れを告げ、私物しか入っていないカバン(欠片も受験生の自覚が見られない僕)を片手に教室をあとにする。既に下駄箱前の扉は閉められてるだろうから靴をとって職員用玄関からでないといけないだろう、なんて考えながら階段を降りる。
 歴史あると言えば聞こえはいいものの校舎を含めたなにもかもが古いだけの我が校。金属製の下駄箱も例外ではなく、あちこちが酸化鉄で赤茶にコーティングしてあり、靴を取り出そうとその小さな扉を開けば、もれなく甲高い掠れた音がひび割れたコンクリの壁に鳴り響く。
 暗く鳴り始め、人のいない場所で鳴る耳障りな音は否応なく僕の心の嫌な部分をいい具合に刺激してくれる。
「ん?」
 ふと、靴に掛けた指に違和感を感じる。僕の使ってる下駄箱は一番上の段にあるため踵の付近の布しか視界に入らないので、とりあえずそのスニーカーを引っ張りだす。
 ……なぜ、僕のスニーカーの内側で紙切れが画鋲で磔獄門の刑に処されているのだろうか?
 僕は画鋲を引っこ抜きその紙切れを手にとってみる、中敷きに空いた複数の一ミリ程度の穴がなにやら非常に切ない。
 小学生じゃないんだからまさかこんな低レベルな行動でいじめと言うわけでもなかろうと、磔にされていた紙切れを裏返すと、案の定、甘口の物と思わしき理路整然とした字で数行。僕宛の罵詈雑言が書かれていた。
 僕はビビりながらその短文を数度くりかえし読み直して、その紙切れを畳んで財布にしまった。
 内容は暴言を除いてから簡潔にまとめると。『今日は金曜日なので下駄箱でしばらく緋樹神君を待っていたのだけど、あまりにも遅いから先に帰ってる。明日埋め合わせしてもらうからそのつもりで』
 以上のようになる。
 ……まいった。
 僕はその後、諸作業を終えた浮雲に声をかけられるまで頭を抱えて、呻く作業に没頭していた。
160 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 01:59:45.61 ID:yCCVxu6o
 01.

 甘口団子と言う人間は名前が表すように甘ったるい人間でも
丸っこい人間でもないことはクラスの連中なら誰もが知っていることだ。
尖ってるとまでは言わないが、しかし甘口団子の態度に刺々しさ、
無愛想さなどを感じない人間は少ないだろう。

 甘口団子は常に朴訥とした表情で、ふと思えば神秘的だとかミステリアスなんて
形容したくなるような雰囲気を醸し出している。
今では新入生やすれ違い様に振り向くその他大勢に対して失笑を漏らす僕だって二年と少し前。
つまりは十五歳歴十ヶ月程度の頃、やはり同じように見蕩れたものであった。
その時の甘口団子の反応が「気持ちが悪い」の一言だったのだから、まったく彼女の性格が伺えるものだ。
その甘口と僕は二年間、今年で三年連続で同じクラス(我が校はクラス替えと言う概念はないので当然だ)
と言うことになるが、その性格に起因するものだろう甘口団子に話かけて会話を会話として
成立させることができる人物を今のところ一人しか知らない。
まあ、僕だが。
今では僕は唯一甘口団子と話す人間にもなっている。
今日だって甘口団子は指定席に座って窓の外を覇気のないいつもの朴訥とした顔で見ているのだった。
それは朝のHRから始まり授業中であろうがなんかしらの変化がある訳じゃなく、
思い出したかのようにするまばたき以外、身動ぎ一つしやしない。
まれに窓の外を眺める以外のことをしていると思えば、
僕なんかにはどこの国の言葉かわからないようなマイナーな哲学書や文学書を読んでいたりと、
とにもかくにも不思議な奴である。しかしそれでも甘口は非常に成績が良く、
教師にあてられでもすれば、淀みなく正答を答えるのだから。
僕のようにすべての問いに対してわかりませんと答えるよりも多分(五十歩百歩ではあるもの)性質が悪い。

161 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:01:49.14 ID:yCCVxu6o

 優等生と言う形容からはかけ離れているが、
しかし全教科学年一番と言うのはそう簡単に取れるものではないだろう。
素行がそれに比例するように悪いのが問題ではあるが。
授業態度に関しては前述の通りだが、しかしそれだけなら大したことではない。
最近の学生、いや、僕を含めた最近の若者と言うか、
そんな風に授業を上の空で聞いてる奴なんかクラスの半数くらいいる。
それくらいならかけ離れるとまではどうやっても転ばない。
授業が簡単すぎてつまらないと言う、できすぎる子供にありがちな現象だ。
だからそうじゃなくてもっと分かりやすい面、態度じゃなくて容姿、外面である。
いや、なにも眼鏡を甘口が掛けていないことを言ってるのでない。
そもそも甘口は委員長じゃない甘口に委員長をやらせたら学級はおろか学校崩壊は免れまい。
だから甘口の髪形はポニーテイルだ、長く艶やかな髪の毛を後頭部で束ねたふさふさのポニー。
 ピンク色の。
 ショッキングピンクでなく、普通の桃色チックな感じなのが救いと言った感じのピンク。
一般公立高である我が校でそんなファンキーな髪色をしてるのは当たり前だが甘口だけだ。
(しかもその桃色髪の毛が異様に似合っているのだこれはもう一種の才能だろう)
金髪…いや茶髪にしてるだけで白い目で見られる都会から離れたこの田舎町で、多分甘口は唯一のピンキーだろう。
そんな問題児が成績優秀と言うのは、素直に性質が悪いことだと思う。
それこそ前述の事などなど霞むくらいに嫌な事だ。
現に今も教師に指名されどっかの国の古い政治的事情について朗々と話している。
またこの声が非常に聞きやすく頭に入ってくる。
162 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:04:14.67 ID:yCCVxu6o

 甘口は普段、一対一で話しているとまるで自分が責められてるような錯覚に陥る程に
冷たい声をしているのだが。なぜだろう演説とかに向いてる感じだ、有無を言わさない的に。
政治家には決してならないでもらいたいが、しかし一面では向いてると言えるのかもしれない。
絶対にならないでもらいたいが。

 さておき、とりあえず当座における甘口の人物像の説明は大体終えたと思う。
 しかし個性的と言うか、単純に奇人変人の多いこのクラス、
 その中でも比較的普通な仲が良い甘口でこれなのだからまったく今後の僕の苦労がよくわかってしまう。
 まぁとにかく、甘口団子。
 彼女が今回の主軸である。


  02.

「甘口さんはなんだって?」
「なんでもいいって」
「あ、やっぱり?」

 クラス単位で何かを決める際、
最低限の手続きとして全員の意見を聞かなくてはならない。
そういった時、毎回僕は甘口と浮雲の中間で行ったり来たりする羽目になる。
まぁ大抵の場合は「なんでもいい」の一言で今回もまたそうだった。

 浮雲雪は委員長だ。
眼鏡もかけてる。
髪形は長いストレートで、この二年間と少し(やはり当然だが浮雲とも三年連続同じクラスで毎年浮雲が委員長だ)
幾度となく三つ編みに変えることを提案しているのだが毎度却下されている。
 残念。
 また、浮雲は優等生でもある。
 成績はそりゃ甘口には劣ると言わざるを得ない、
だがまぁそれは比較であって、底辺を彷徨いている僕からしてみれば
大して二人の間に差があるとは思えない。
(事実このクラスのテストの平均点が(僕みたいなのが居るにも関わらず、だ)
他クラスより毎度多少高いのはこの二人が同じクラスに居るからだ。
教師は一体何を基準にしてこの二人を同じクラスにしたのか甚だ疑問である)
代わりに浮雲は酷く人間ができている。これ以上ない人格者だ(ちなみに甘口はこれ以上ない人格破綻者だ)。
163 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:07:08.40 ID:yCCVxu6o
 そしてやたらとフランク、トップクラスの成績を持ちながら、
しかし僕のような出来の悪い奴にも対等に接してくれるいい奴で、
多分学校で一番顔の広い奴でもあるんだろう。
一年から三年生までの各教室から職員室や部活棟まで、彼女が道を歩けば必ず誰かが笑顔で話しかけてくる。

 また学校の授業等の所謂お勉強だけじゃなく教養の部分、
雑学と言うかやたらと広い知識を浮雲はそのちっこい身体に蓄えている。
それにガリ勉と言う訳じゃなく休み時間や昼食時なども楽しそうに談笑している姿を
よく見掛ける普通の女の子で、そういう点でも非常に好感が持てる。
 しかし浮雲はそんないい奴ではあるのだが時折そのベクトルが乱反射してしまうことがある。
結果として(この言葉は誤用の方が広く浸透しているため普通に使うのも些か緊張するものの)
所謂確信犯的行動にでることもしばしばなのだ。
先の例えで言うならば浮雲は甘口に話しかけても眉をひそめることなく嬉々と声をかけ続ける稀有な人間だったりするのだが。
悲しいかな会話にはまったくなっていない。
いつも黙ってる甘口に浮雲が述べつ幕無しに捲し立てるだけで、
まるで壁と話してる様ですらあるのに気にした様子もなく
つらつらと世間話に華を一人で咲かしているのだ。
しかも長時間どこにも行かず律儀に無視をし続ける甘口は、
浮雲が居なくなってから決まって僕で苛立った自分の鬱憤を晴らそうとするのだった。

「まったく、ヒッキーも積極的に聞き出そうとしてくれないしね…。甘口さんがどうでもいいって答えることをどうでもいいって思ってるでしょ?」
「まぁ確かにそれは否めないが、……その前に人を自宅で人生に大して籠城してる奴みたいに呼ぶな」

 緋樹神夏惹、僕の名前。

「でもさひっくん、甘口さんが心を君だけに開いてる訳よ? その辺どうよ」
「それだけ聞くと僕とあいつがただならぬ仲みたいだが、
 僕達は生憎そんなロマンチズム溢れるような仲じゃない。…あと人をしゃっくりの効果音みたいに呼ぶな委員長」
「委員長じゃなくて浮雲ですぅ、名前で呼んでよね!?」
「………」

 あと、やや情緒不安定。
 僕は浮雲の事を当然好ましく思ってるし、
彼女が居るから僕と甘口の話し相手がお互いのみという、
なんともお粗末なことにならずに済んでいるのだが。
(甘口からしてみればどうでもいい海外の政治経済情報を聞かされて
―海外の政治経済が世間話に入るのかは兎も角として―不愉快極まりないだろうが、
僕としてみればやはり唯一の話し相手が甘口と言うのは避けたい)。

 ただ一つ、やはりその点においてだけはやはりどうしようもなく彼女の欠点なのだろうと思う。
 だけどその僕らから見た欠点だって、他の相手には普通に映っているわけで、
まったく天が二物も三物も与えたような世の中の不公平さをひしひしと感じさせてくれる。
あげく僕には二物どころかそのまま荷物を背負わされてる気分で、
このうえ浮雲はその一般的なフレームの眼鏡を顔面から排除すれば見目麗しい容姿がさらにあると言うのだから、
これはきっと浮雲は人生のスーパーエリートなのだろうと、嫉妬なんて感じずにただひたすらに感動するばかりである。

「ねぇ聞いてる?」
「あたっ」

164 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:08:06.40 ID:yCCVxu6o
 叩かれた、他に強いて無理にでも欠点をあげるならこの微妙な手の速さだろうか?
まぁそれも親しみやすいとかフレンドリーに変換されるのだろうけど

「まったくヒッキーは対人会話スキルが足りませんな」
「悪意の波動を感じさせる発言だな、大体聞いてたのかどうか答える前に叩くとはどういう了見だ?」
「じゃあ聞いてたの?」
「もちろん」

 もちろん聞いてなかった。

「……ふぅん」

 さて、会話と独白がまったくと言っていいほどに関連性がなかったのであえて言うなら現在は学校の放課後。
先程甘口がどうでもいいと言い放った修学旅行の班分けを済ませ、大半の生徒が三々五々帰宅して、がらんとなった教室。
つまりヒッキー呼ばわりの前後で時間帯が少しずれている。
僕がほぼ予定調和の「どうでもいい」を届け、
それを受けた浮雲がため息混じりに「やっぱり」と呟いて黒板の暫定班でそのまま決定し、
帰りのHRを終えた後に僕の元に甘口に対する僕の態度に文句を言いに来た、というの流れ。
ちなみに甘口と僕は、当人である僕ら二人を覗いたクラスの総意によって
(僕と甘口が抜けた時点で総意と言えるのかはわからないが)めでたく同じ班に決まった。
ノリが良いというのも度を越えると集団で嫌がらせをしてるのと変わらないと言う手本であった。
(と言っても他に甘口と組める人間などいないのもやはり事実なので腑に落ちないながらも受諾した)

「長崎」

 黙々と四角い色紙を折り続けていた浮雲は唐突にその手を止めて呟く。
 机の上は様々な形に折られた色とりどりの折り紙が積み重なっている。

「長崎って言ったらチャンポンだよね」

 いきなりなにを言い出すのかと思えばこいつ。

「んなもんそこらでも食えるだろ」
「チェーン店じゃなくて本場のだよ」
「つってもチャンポンなんて僕にしてみりゃ麺の太い五目ラーメンと言うイメージしかないけどな」

 僕は食に対しての好き嫌いはほとんどないのだが、それでもよく食べるもの、
あまり食べない物と言うのがある。僕にとって麺類は基本的に素麺を除いて全て後者だ。

「そういうのを好き嫌いって言うんじゃない?」
「嫌いだから弾いてるわけじゃない、単に腹持ちの問題だ」
「素麺は?」
「夏は素麺とスイカを食べながら風鈴をBGMに花火を見るのが日本人だろ」
「冷やし中華は?」
「中華って入ってるだろうが」
「私冷やし中華派なんだけど……」
「非国民!」
「えぇ!?」
165 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:10:44.00 ID:yCCVxu6o

 平和ボケした会話だった。
 なぜかこの手のちょっとした趣向の話と言うのは盛り上がる。
ヒートアップしすぎて口論に発展することも多々あるのだけれど。

「そもそも修学旅行の行き先は長崎じゃなくて北海道だし」

 なにあたかも長崎に行くような雰囲気だしてるんだよ。
 びっくりするなぁ。

「はぁ、飛行機って乗ったことないんだ私」

 言いながらぱたぱたと再び折り紙を折って返し、
多種多様な形を作っていく。僕はその中でもよく知っている形のものを拾い上げる。

「鶴って、一体なにがどう転んで千羽集まれば願いが叶うなんて豪気な話がでたんだろうな」

 他にも擦ると魔神が出てくる古ぼけたランプとか、一年に一度しか会えない天人の恋人とか。

「ま、確かに人の願いを叶えてくれる御伽話ってのはあとを絶たないよね」

 それはきっと自分じゃ何もできなかった奴が考えた現実逃避の空想。
他力本願。

「君は歪んでます」
「ほっておけ」

 言ってる内に三つ新たに鶴が並べられた。
 うん、やっぱり紫や赤より白一色が鶴には似合うものだ。
 だけどよくこんなに色々知ってるなものだ
、僕なんか小学校卒業して以降一度も折り紙なんかしたことなかったし。
当時にしたって折れるものなんて高が知れてた。

「じゃ、あれだ、緋樹神君に手伝ってもらって試しに鶴を千羽折ってみる?」
「無茶言うな」

 いま僕の目の前にある物で鶴も含めてまともに折れるのなんて一つたりとてない。

「でも、もしも本当に願いが叶うとして」
「…?」

 やおら真剣になる浮雲。そのくせ表情的には嫌に素敵に不敵な笑みを浮かべている。
 一拍前までの砕けた調子はどこに行ったのか。

「もしも願いが叶うとしたら緋樹神君はなにを叶えてもらうのかな? うん?」
「なんでそんなことを聞くんだよ…?」
「何事に対しても消極的な緋樹神君が自分のためになにを願うのか、気になるじゃない」


 そう悪戯っぽい笑みを浮かべる浮雲に対し、僕は。
166 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:10:52.01 ID:yCCVxu6o

 03

 僕は委員長として委員長らしく教室の戸締まりやら諸作業をすると言う浮雲に別れを告げ、
私物しか入っていないカバン(欠片も受験生の自覚が見られない僕)を片手に教室をあとにする。
既に下駄箱前の扉は閉められてるだろうから靴をとって職員用玄関からでないといけないだろう、
なんて考えながら階段を降りる。

 歴史あると言えば聞こえはいいものの校舎を含めたなにもかもが古いだけの我が校。
金属製の下駄箱も例外ではなく、あちこちが酸化鉄で赤茶にコーティングしてあり、
靴を取り出そうとその小さな扉を開けば、もれなく甲高い掠れた音がひび割れたコンクリの壁に鳴り響く。
暗くなり始め、人のいない場所で鳴る耳障りな音は否応なく僕の心の嫌な部分をいい具合に刺激してくれる。

「ん?」

 ふと、靴に掛けた指に違和感を感じる。
僕の使ってる下駄箱は一番上の段にあるため踵の付近の布しか視界に入らないので、
とりあえずそのスニーカーを引っ張りだす。
 ……なぜ、僕のスニーカーの内側で紙切れが画鋲で磔獄門の刑に処されているのだろうか?
僕は画鋲を引っこ抜きその紙切れを手にとってみる、中敷きに空いた複数の一ミリ程度の穴がなにやら非常に切ない。
小学生じゃないんだからまさかこんな低レベルな行動でいじめと言うわけでもなかろうと、
磔にされていた紙切れを裏返すと、案の定、甘口の物と思わしき理路整然とした字で数行。
僕宛の罵詈雑言が書かれていた。
 僕はビビりながらその短文を数度くりかえし読み直して、その紙切れを畳んで財布にしまった。

 内容は暴言を除いてから簡潔にまとめると。
『今日は金曜日なので下駄箱でしばらく緋樹神君を待っていたのだけど、
あまりにも遅いから先に帰ってる。明日埋め合わせしてもらうからそのつもりで』

 以上のようになる。
 ……まいった。
 僕はその後、諸作業を終えた浮雲に声をかけられるまで頭を抱えて、呻く作業に没頭していた。
167 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:31:34.78 ID:yCCVxu6o
―――
168 :九曜[saga]:2009/05/27(水) 02:31:40.85 ID:yCCVxu6o

 部室棟、通称旧館と呼ばれる校舎。
その中の一室、文芸部と書いてある部屋の扉の前に俺はいた。

「…おい、文芸部と書かれてるが本当に使っても良いのか?」
「構わないらしいよ。少なくとも彼女はそう言ってた」
「彼女?」
「そう」

 微笑みを絶やさず返答しながら、目の前の少女は文芸部の部屋の扉を開く。
そして目に入った部屋、文芸部の部室は非常に簡素な物だった。
小さな本棚と折り畳みの長机、そしてパイプ椅子がいくつかある。
それがこの部屋にある物のすべてだった。……いや、もう一つだけ、
…正確には一人なのだが、一つだけと思うほどに身動ぎのしない長髪の少女がいた。

 パイプ椅子に腰掛けて、扉の開閉の音にも見向きもしないで窓の外を眺める人形の様な少女。
先程あいつが言ってた、"彼女"と思わしき少女は、少ししてようやくこちらを向いて、

「――周防九葉」

 そう短く呟いた。
俺はそれが彼女自身の名であることにしばらく気付きはしなかった。
非常に平坦で平淡な声質、淡白で希薄な声量。俺は再度空の観察に戻った周防九葉に向かって
念のための質問というか、確認をさせてもらう。

「あー、周防さん? いいのか本当にこの部屋を借りても」

 彼女は空から目を逸らすことなく。

「――いい、私は―――気にしない」

 そう言い放った。
内容よりも彼女が発する、音と形容しかねない声に気圧されて黙る。

「ね? 僕の言った通りだろキョン」
「はいはい、その様だな、……佐々木」

 意気揚々と俺の顔を覗き込んできた佐々木が笑う。
そして人差し指をたてながら喉を鳴らす様ないつもの微笑みとともに、

「では明日から放課後はここに集まってもらうからねキョン」

 それが、俺が本格的に逸脱する事になった切っ掛けで、
俺の人生で最も輝く三年間の開幕記念日だった。
169 :九曜[saga]:2009/05/27(水) 02:32:05.34 ID:yCCVxu6o
 正直認めたくなかった部分もある。それでも否応なしに気付いてしまうことがある。
年を少しずつ重ねる毎にはっきりと形作られる現実と言う名の自分の天井、限界。
誰にも一度は経験したことのある自身の万能感、万有感、
自分が特別だと思えた根拠の無い自信、自分を中心に世界が回ってると本気で思えたあの頃、
その全てが嘘偽り夢幻だと気付いていて、それを俺は認めたくなかったんだ。

 この世には正義の味方はいない。
超人的な能力を持ち、一人で世界を変えられる人間など存在しない。

 超能力者も、未来人も、異世界人も、宇宙人も、地底人も、天上人も、透明人間も
スパイダーマンもバットマンもスーパーマンもウルトラマンもウルフマンもゼブラーマンも、
この世には存在しやしない。仮に存在しても、彼らは接触してこない。

 超能力者は接触してこない。
未来人は接触してこない。
異世界人は接触してこない。
宇宙人は接触してこない。
地底人は接触してこない。
天上人は接触してこない。
透明人間は接触してこない。

 スパイダーマンは接触してこない
バットマンは接触してこない
スーパーマンは接触してこない
ウルトラマンは接触してこない
ウルフマンは接触してこない
ゼブラーマンは接触してこない。

 接触してこない物は観測できない。
観測できないものは、存在してもしなくても変わらない。
だから存在しない。
一種逆恨みにもにた鬱屈した気分、それと同時に知覚するガキな自分の卑称さ矮小さ、
所詮学校の塀の中で大半を過ごす囲まれた世界。
認めたくないと思うほどに身動ぎとれなくなるこの状況で、
それでも数少ない安息をもたらしてくれるのが、学校での友人との対話と言うのがまたなんとも言えない。
 結局、どう足掻こうとも俺はどうしようも無いほどに一般的な男子中学生だった、
その為、なんの疑問も抱くことなく一般的な男子高校生に昇華した。いや、なにも思わずにと言う訳じゃない。
誰にもあるようなメランコリーさも、今まで通っていた中学から去ることに対する空虚な感覚も
そりゃ確かに有るにはあった。けど、結局高校なんてのは義務教育みたいなもので、
俺は大した感謝も感涙も無く中学を卒業したし。
大した感慨も感動もなく高校に入学した訳だ。

「どうもよろしくお願いします」

 恙無く進行した式を終えて、恒例の自己紹介を無難にこなした俺は、
席に座り直し一息、前の席の女子に話しかける。

「しかしまさかまた同じクラスとはな佐々木」
「ふふっ、僕も予想外だったよ。…でもお陰でこの一年間は楽しく過ごせそうだ」
170 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 02:38:35.09 ID:yCCVxu6o
―――
171 :修正[saga]:2009/05/27(水) 02:39:31.87 ID:yCCVxu6o
>>165

 僕は委員長として委員長らしく教室の戸締まりやら諸作業をすると言う浮雲に別れを告げ、
私物しか入っていないカバン(欠片も受験生の自覚が見られない僕)を片手に教室をあとにする。
既に下駄箱前の扉は閉められてるだろうから靴をとって職員用玄関からでないといけないだろう、
なんて考えながら階段を降りる。

 歴史あると言えば聞こえはいいものの校舎を含めたなにもかもが古いだけの我が校。
金属製の下駄箱も例外ではなく、あちこちが酸化鉄で赤茶にコーティングしてあり、
靴を取り出そうとその小さな扉を開けば、もれなく甲高い掠れた音がひび割れたコンクリの壁に鳴り響く。
暗くなり始め、人のいない場所で鳴る耳障りな音は否応なく僕の心の嫌な部分をいい具合に刺激してくれる。

「ん?」

 ふと、靴に掛けた指に違和感を感じる。
僕の使ってる下駄箱は一番上の段にあるため踵の付近の布しか視界に入らないので、
とりあえずそのスニーカーを引っ張りだす。
 ……なぜ、僕のスニーカーの内側で紙切れが画鋲で磔獄門の刑に処されているのだろうか?
僕は画鋲を引っこ抜きその紙切れを手にとってみる、中敷きに空いた複数の一ミリ程度の穴がなにやら非常に切ない。
小学生じゃないんだからまさかこんな低レベルな行動でいじめと言うわけでもなかろうと、
磔にされていた紙切れを裏返すと、案の定、甘口の物と思わしき理路整然とした字で数行。
僕宛の罵詈雑言が書かれていた。
 僕はビビりながらその短文を数度くりかえし読み直して、その紙切れを畳んで財布にしまった。

 内容は暴言を除いてから簡潔にまとめると。
『今日は金曜日なので下駄箱でしばらく緋樹神君を待っていたのだけど、
あまりにも遅いから先に帰ってる。明日埋め合わせしてもらうからそのつもりで』

 以上のようになる。
 ……まいった。
 僕はその後、諸作業を終えた浮雲に声をかけられるまで頭を抱えて、呻く作業に没頭していた。
172 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 04:47:14.42 ID:yCCVxu6o
設定関係ってやたらと容量がでかくなるな
世界観にキャラの性格にその背景
勢力図に歴史、各組織の構成図に目的、
各種魔法やその他能力の説明に物によっては呪文の詠唱文
それに人間以外の架空生物の体長含めた外観に各個の能力に生態系
獣人とか魔族等の亜人種がいるならそれぞれの関係や発端の理由や生活水準

それに架空の鉱石や植物
鉱物なら硬度に色合いに名前は当然だし、その使用用途に加工の仕方等
植物なら花の色に香り、実の形に食用なら調理方法をそうでないならその他の使用法を
そして架空生物との食物連鎖とか毒の有無に生態系

なにより大事なのが大陸や海、山脈に川や湖、洞窟や森など曰くつきのなにか
各国の発祥からそれぞれの寓話や伝記、王政だったり民主主義だったり宗教系だったり
それぞれの関係や軍隊の規模、制服や敬礼の違い
言葉のイントネーションの違いや価値観の違い、習慣の違い
などなど設定は多岐に及ぶ訳で
173 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 07:45:53.27 ID:yCCVxu6o
立ち入り禁止に匍匐全身
携帯禁止にPHS
煙草禁止に葉巻を吸って
18歳未満購入禁止のエロ本を万引きするような解決策
174 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/27(水) 18:51:31.28 ID:NUA8vSko
―――
175 :日本沈没[saga]:2009/05/27(水) 18:58:37.65 ID:NUA8vSko
>>149

「ご馳走様、ハルヒあんたこんなに料理上手だっけ?」

 少し遅れてかがみがそんなことを言い出した。
ついでにつかさは俺達より早く食べ始めていたのにも関わらず
まだチマチマとトーストを食べている。
両手で一枚のトーストを持って端から齧ってくその姿は愛玩用の小動物などを連想させた、
生憎俺は実物をお目にかかったことがないのだけどな。

 いまや野生の動物というと=昔で言う絶滅危惧種となるからな、
そういや、みなみのところは犬を飼ってるとか言ってたな。
ふむ、こんなことを考えていると実家のシャミセンに会いたくなってきたな、
あいつもそろそろ年だからな、いきなり居なくなったりしたら寂しいもんがあるし。
それに妹にも最近連絡とって無いしな、
今度の短期バイトが終わったら顔でも出しに行くことにしよう…っと話が脱線しまくってるな、

 俺が動物思考をめぐらせてる間にかがみと涼宮の間でもなにやらやり取りがあったらしく、
こんど涼宮が洋食を教える代わりにかがみに和食を教えて貰う、ということらしい話しを聞いた限りではな。
同じ方向で違うジャンルが得意なもの同士で教えあいという訳か、
俺にはそんなに夢中になる趣味なんて無いに等しいからな。
そういったなにか好きな物に対して誰かと共有すると言う感覚がわからないんだが、
……多少羨ましいかもしれないな。鈍さも抜けて頭が上手く回り始めた俺はコーヒーを入れて
壁にもたれながら二人の様子を眺めていた。
176 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/27(水) 19:10:51.57 ID:NUA8vSko

 ギュッと水を絞った雑巾で車を拭く。
先日の土砂降りの中の走行で受けた雨が乾いて、
なにやら水垢が残ってしまっている、それを俺は丁寧に時間をかけて雑巾で磨いていく。

「こんなもんか」

 久方ぶりに天気もよく、もうすぐ夕暮れ時だというのに辺りは結構明るかった、
俺はバケツの中の汚れた水をその辺に撒き、
ピカピカになった我が愛車をしばらく愛でてからガレージを閉め、自室に戻ることにした。

 相変わらずいつ抜けるか不安でならない階段をきしきしと上っていくと、
踊り場から水平線の向こうにゆっくり沈んでいく大きく燃える太陽が見えた。

「うおっ、茜色の空か…。綺麗だなこりゃ」

 ここで俺がカメラを持っていたなら問答無用でそのレンズを輝く太陽に向けていただろうが、
いかんせん俺にはそんな記録媒体など持ってない。
それにもし持っていたとしても、一旦部屋に戻ってカメラを取りこの場に走ってきたところで、
もはやその光景は今俺が目にしているそれは別の何かだ。
撮ろうと、撮りたいと思ったその瞬間を逃した俺は、ただこの情景を眺めるのみ。
切なさと言うかなんというか、哀愁にも似たなにかに駆られながらも俺はしばらく日没と呼ばれるその現象を眺めて。
そして一段飛ばしで階段を駆け上がり自宅の扉を力強く開いた。

 ガチャンッ、と扉が開けば、
そこには先ほどまでの喧騒が嘘のような静寂が
ただ、ぽつねんと存在しているだけだった。
177 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/27(水) 19:26:05.31 ID:NUA8vSko

 柊姉妹はしばらくあのまま料理談義をしていたのだが、
流石に一泊した後だしと言うことで半刻程前に帰宅した。
涼宮の奴は多分俺の向かい側にある自宅に戻ったのだろうと思う。

 まぁ家に友人が居ると言うのに、
それを放置してまで洗車を敢行するような輩でもないんでね、俺は。
風呂場に使用したバケツを置いて、腕時計で時間を見る、
…そろそろ数少ない娯楽形の番組が放送する時間帯になるな。
いや、普段はそういうのを見る性質じゃないんだが、いま俺の身体を包んでいる
なんと表現すればいいのだろうか? 虚無感、が一番近いだろうか?
長い間読んでいた本が終わったりしたときとかに胸に残るわだかまりのような靄、を
誤魔化すには、まぁいいBGMぐらいにはなるだろう。

 いまだにアルコール臭残る部屋でコーヒーをすすりながら、
身を乗り出してテレビのスイッチを入れる。
人によってはこのご時世に不謹慎だとか思う奴もいるのだろうけど、
戦時に宝塚歌劇団が重宝されて、あちらこちらに遠征したように
こんな時でも、こんな時だからこそ、人には気の休まるときが必要なのだと思っている。
あれだ、何の本だったか東北からの遠征軍の兵士に
雪国の芝居を見せたら、偽物の雪に感動して泣き出したという戦中の話もあったじゃないか?

 俺はいつのまにかよくわからない方向へ飛んでいった思考に
訳もわからぬまま頷いて、コーヒーをまた少し口に含む。
ほろ苦い味に甘み、鼻を通る薫り、微かに残るその後味、
…たまには豆を挽いた、インスタントじゃないコーヒーでも飲んでみたいもんだ。
若干そこに固まってた砂糖の所為で中身が減るにつれて甘みがじわじわ増してくコーヒーを飲みつつ
俺は実にもならない番組をしばらくの間眺めていた。
178 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/27(水) 22:09:15.18 ID:NUA8vSko
―――

 朝、二日続けて今日も晴天らしく、
昨日情緒ありげに沈んでいった太陽は元気に融合と分裂を繰り返して
カーテン越しに俺の顔を心地よく照らしてくれる。
いつもの甲高い目覚ましの音でなく、その柔らかな日光で目覚めた俺。

 丸一日たってアルコールの匂いも綺麗さっぱりと消えてくれたし、
清々しいという形容は正しく現状を指す言葉なのだろう。
と、寝ている間に固まった関節を一本一本鳴らし、ほぐしていきながら
俺はつらつらとそんな風に考えていた。
やっぱり寝起きは背骨や首が良くなるものだ、
上体を後ろに反らせるとポキポキと軽快な音を立てて間接が鳴る。
この身体の関節がなる現象をキャビテーションというらしい、
なんでも間接の部分に存在する液体の中に気圧の差で気泡ができ
それが潰れる際にポキッと音がするらしい。
まぁ、どうでもいいんだけどな、そんな原理なんかはさ、
曲げたり伸ばせば鳴る、鳴れば気持ちがいい。それで十分だろ。

 俺はベットから降りて、ぐしゃぐしゃになったシーツを適当に伸ばしてから
机の上に乗っている携帯と財布をポケットに突っ込んでバイトに向かう。
といっても車じゃないしましては徒歩なんて馬鹿げた行動はとらない、
バイクだ。俺は基本的にバイトには400のバイクを使って向っている。

 朝の張り詰めた空気の中を誰もいない道を一人で走る。
風を感じるには自転車が一番の乗り物というが、バイクだって中々のもんだと思う。
こうやってフルフェイスのシールドを開けっ放しにして、
泥臭い湿った空気を肺にいっぱいに入れると最高の気分だ。
179 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/28(木) 02:45:21.80 ID:9b4WJNQo
―――
180 :五月二十八日 誕生日作品[saga]:2009/05/28(木) 04:16:31.63 ID:9b4WJNQo

 その人は小さく、細く、たおやかで、
柔らかく、強く、芯がある人だった。
同年代平均の身体を二まわりほど小さくさせた体躯の癖に
その分周りより元気で、明るく愉快に振舞っていた。
彼女の目立つ、蒼い髪。
俺はいつしかそれに恋をした。


『蒼先告諾』


 俺の肩よりも低い頭頂部。
にも関わらず俺より二つ年上の、最上級生。
始めて話したのは、確か小早川と会話してる所にに
彼女がやってきた時だった筈だ。

「私は泉と申すものだが、…お前がキョンか!」
「なっ、なぜそれを!?」
「ゆーちゃんから話は聞いた! 貴様の過去もな!」
「なんだって!? それは真か!」
「ふっふっふ、実は私とお姉ちゃんは一緒に住んでいるのよ!」
「謀られたって…、ことか…」

 なんて会話は毛頭行われていなかったが、
しかし大体の流れはこんな感じだったように思う。
初対面の時からテンションが高く、やたらめったらフレンドリーで
人並みに人見知りする俺としては対応に困って仕方なかった。
まぁそれはその外見と二年先輩と言う条件も重なっているのは自明だが。
181 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/28(木) 22:55:25.44 ID:9b4WJNQo
>>111

 網走も鰐待も確かに友人である、確かに親しい。
だが僕が彼らに信頼や信用を持っているのかといったら答えは否だ。
信じる心だなんてそんな陳腐な物を僕は古今東西一度も所持したことがない、
それは自分自身に対しても同じ事で、結局僕は疑心暗鬼の餓鬼だという意見もあるだろうが、
しかし網走も鰐待も人間性に圧倒的な欠陥がある奴で、
詐欺師の持ちかけた話よりも信じるに値しない者なのだ。

 まぁそんな奴しか友人が居ない僕も大概似たようなもので、
第三者から比較されれば不本意ながらほぼイコールで結ばれる事も理解してる。
僕も網走も鰐待も、どいつもこいつもここらに住んでる奴らは馬鹿ばかりだ。
頭のネジを纏めて落として、隙間にこびり付いた錆だけで辛うじて形を保ってるような
どうしようもない糞野郎の掃き溜めのような街だここは。
182 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/28(木) 23:27:23.16 ID:9b4WJNQo
>>111

 鐚走も鰐待も確かに友人である、確かに親しい。
だが僕が彼らに信頼や信用を持っているのかといったら答えは否だ。
信じる心だなんてそんな陳腐な物を僕は古今東西一度も所持したことがない、
それは自分自身に対しても同じ事で、結局僕は疑心暗鬼の餓鬼だという意見もあるだろうが、
しかし鐚走も鰐待も人間性に圧倒的な欠陥がある奴で、
詐欺師の持ちかけた話よりも信じるに値しない者なのだ。

 まぁそんな奴しか友人が居ない僕も大概似たようなもので、
第三者から比較されれば不本意ながらほぼイコールで結ばれる事も理解してる。
僕も鐚走も鰐待も、どいつもこいつもここらに住んでる奴らは馬鹿ばかりだ。
頭のネジを纏めて落として、隙間にこびり付いた錆だけで辛うじて形を保ってるような
どうしようもない糞野郎の掃き溜めのような街だ。
183 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 01:15:34.14 ID:6pVW89Qo

「崩子ちゃん、要するに避妊さえすれば問題ないんだよね?」

 正直と誠実をこの上なく愛し、偽りと欺瞞をこの上なく憎む
実直にて堅実な根っからの善人。つまるところこの僕は十二月、
クリスマスと言う欠片も必要性の感じない祝日を翌日に迎えたこの日。
抱き枕…、ではなく、僕の愛すべき妹分である自称僕の奴隷に
なにをとち狂ったか以上のような発現をぽろりと口にしていた。
…戯言ですむかな?

184 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 01:28:15.18 ID:6pVW89Qo


 粉砕された骨董アパートの土地に新しい建築物ができあがるまで、
僕は限りあるお金で崩子ちゃんを連れて借りた似たり寄ったりのボロい賃貸。
その癖家賃は倍の一万円也。

「一応聞きなおしてあげますけど…、戯言遣いのお兄ちゃんはいまなんて言いました?」

 その一室(などと言ってもそもそも部屋は一つしかないのだけれど)。
崩子ちゃんは小さなテレビを見ていたその瞳を僕に向ける。
何故だろうか、いつぞや崩子ちゃんにやられた腹の傷がやたらと痛んで仕方ない。

「うん? 僕いまなにか言ったかな? テレビの見すぎじゃないかな崩子ちゃん。
 いくら暇だからってテレビに一日中噛り付いているのはどうかと思うよ僕としてはね。
 まぁ外にでて、少し目を離すと小動物を殺戮しちゃうから家にいるのは仕方ないにしても
 もう少し健康的な行動を取ったらどうかな?」
「それで性交渉をと?」

 しっかり聞こえていたらしい。
言い逃れはできない。
お腹の傷はちくちくと痛い。
さよなら現世。
185 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 01:37:22.62 ID:6pVW89Qo

「まぁお兄ちゃんも20歳の男性ですし、そういった押さえ切れない情動も理解はできます」

 理解されてしまった。
これはこれで恥ずかしい。

「しかし避妊をしようと実際に行為に及んでしまえば同じことです。
 子供ができるか否かではなく私の身体が性行為に適さない事が問題なのですお兄ちゃん」
「ごめんなさい」

 テレビに背を、僕に正面を向けて説教モードに入った崩子ちゃん。
僕は一体何を思って先の発言をしてしまったか後悔しながら、
正座をして崩子ちゃんに謝罪を入れてみる。
十三歳に説教される二十歳という滑稽な姿にも耐える。
切ないなあ。

186 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 01:47:06.13 ID:6pVW89Qo

「…こほん」

 言葉をとめて一つ咳払いをする崩子ちゃん。
さっきまで一応反省の姿勢をみせるため床に目を落としていたのだけれど、
見れば崩子ちゃんはやや頬を紅く染めている。
なんだかんだ言ってもまだ中学生の年齢、
いきなり僕の口からあんな言葉がでた事に照れてるのだろうか?
だとしたら…、うん、ありですね。

「ですが、お兄ちゃんも男の人ですし本当に七年間なにもなしというのも無体な話でしょう」
「うん、悪かったと思ってるよ。なんなら土下座でもするから命だけは…………ん?」

 あれ?
ちょ、ちょっと待って。話の方向がおかしいぞ?
えっと、とりあえず僕の命は大丈夫っぽいけど、
その代わり僕の不用意な発言は別のベクトルに進んでる気がする。
もしかしてもしかして、崩子ちゃんそれは期待してもいいのかな?
187 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 02:02:18.42 ID:6pVW89Qo

「あ、あのー、崩子ちゃん?」
「なんでしょうお兄ちゃん」
「…イエ、ナンデモアリマセン」

 声が裏返るのがわかる。



いや、ちょっと待って
マジでエロ路線?
188 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 02:20:24.48 ID:6pVW89Qo

 殺風景な六畳間の和室。
主たる家具など崩子ちゃんが拾ってきたテレビデオと
崩子ちゃんが拾ってきた冷蔵庫、そして崩子ちゃんの服が入ってる小さな箪笥位のもので。
カーテンすらないその狭い部屋の真ん中、
僕の目の前で崩子ちゃんは真っ黒い、魔女のキキが着てるようなワンピースを脱いで
まだまだ幼い、それこそ玖渚と対して変わらないまでの身体を惜しげもなく晒している。
…いや、下着はつけているけれど。下だけ。

「…どうでしょうお兄ちゃん」
「どうでしょうって…」

 僕は決してロリコンではない。
ロリコンと言う言葉が指す種族の感情が皆目理解できないほどロリコンではないけれど、
しかしながらその病的なまでの白く光を弾く幼い肌や、
そこにぽつんと存在する小さな小さな桃色の突起の彩りに咄嗟に息を呑まずにはいられなかった。
189 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 02:34:50.16 ID:6pVW89Qo

「直接的な物は当然七年待っていただきますが、
 …間接的な物なら、少しくらいは目を瞑ります」
「マジですか!?」

 我ながらずいぶんと冷静から外れた反応だった。
第三者に見られたらロリコンの誹りは免れない上に、
即座に通報されて佐々さんに厄介になってしまう。
…それはそれで悪くないけど、社会的には良くない。

「…本当に大丈夫ですよね?
 無理矢理直接的行為に及ぼうとしたら私も怒りますよ?」

 怒るイコール僕の生命の危機なのは一発で理解できたので
とりあえず肯いておく僕。
なんだか人妻に飼いならされてる童貞の気分だ。
酷く犯罪の匂いがする。
僕にも人間らしいところが残ってたんだなあ、と感慨にふける反面。
その人間らしいところが犯罪的って最悪の展開じゃなかろうかとも思う。
…まぁいいや。いまの崩子ちゃんの姿の前には法など無意味だ。うん。
190 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 02:48:57.18 ID:6pVW89Qo

 崩子ちゃんは僕を疑惑の目でしばらく見ていたが(またこの目が立ってる崩子ちゃんと
座ってる僕の立ち位置的に見下されてる感じで酷く倒錯的な気分)、
しばらくして嘆息を一つ。最後の布(まぁ当然だけど下着だ。最後の着衣が靴下というのも
ありと言えばありだけど僕はそこまで変態ではない、と思いたい)を脱いで僕に一歩近寄る。

 近づけばより一層崩子ちゃんの身体がはっきりと見える。
真っ赤な頬紅よりも紅い唇に、淡い桜色の乳首がその雪のような純白の肌に映える。
僅かなふくらみしかないその胸も、薄いくびれしかない腰も、
全身のどこもかしこもが幼さからくるやわらかさが感じ取れる。
張りがあり、染みの一つもない、この世の女性全てが喉から手が出るほど欲しがるだろう肌。

「…触っていい?」
「どうぞお兄ちゃんのお好きなように」

 許可を得て、恐る恐る崩子ちゃんのお腹に触れてみた。
見かけの冷たい印象とは裏腹に、僕よりも高い体温は触れた指先が熱く感じられる程で、
軽く汗ばんだ崩子ちゃんの肌の吸い付くような感触に僕はくらくらする。
191 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 03:03:22.16 ID:6pVW89Qo

「ん…」

 堪え切れずに甘く、熱い吐息を漏らす崩子ちゃん。
その普段の声色とは違う艶っぽい声に、
たまらず触れていた崩子ちゃんの腹部に顔をうずめて頬擦りをする僕。
紛う事なき変態のできあがりだった。

「なんかいい香りがする…」
「んっ、そんなに強くしないでくださいお兄ちゃん」

 柔らかで甘い体臭、フェロモンとでも言うべきそれが
ぷにぷにとした崩子ちゃんの身体から僕の鼻腔に入り脳髄を刺激する。
小さな切れ込みのような崩子ちゃんのおへその真横に僕はそっと唇をつけ
軽く吸うようにしてその純白の肌に紅い赤い朱い跡を残す。
崩子ちゃんは、またそれに反応して甘い息を漏らす。
この少女が僕のものである証を、彼女の身体にいくつも残していく。

「お兄ちゃん…」
192 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 03:13:03.57 ID:6pVW89Qo

 へその横に一つ作り、少しずつ上に顔を上げながら
唇をあてがっては、軽く吸い付いて紅い跡を残す。
ゆっくりと、ゆっくりと、崩子ちゃんの汗の香りと味を吟味しながら、
やがて僕の唇は薄い盛り上がりを見せる少女の乳房にさしかかる。

「…はぁ、…はぁ、お兄ちゃん…」

 僕を幾度も荒い息の合間に呼びながら、潤んだ瞳で僕の行為を眺める崩子ちゃん。
そして呼ばれるたびに自分のしてる倒錯的な行為に僕は興奮していく。
小さいながらも張り詰め自己主張する桜色の突起、
僕は舌先をちょいと伸ばしてそれをつつく。
「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げて身体を振るわせる崩子ちゃんに
悪戯心を沸かせた僕は幾度も繰り返し左右のそれを突付き、舐め、吸い付く。
193 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 03:33:47.28 ID:6pVW89Qo

 そんな筈がないのに、崩子ちゃんの突起は他のどこよりも甘く、
まるで甘露のように感じ、僕は集中的にそこを舐め続けた。
唇で挟むように小さなそれを銜え、舌先でチロチロとくすぐるように撫で上げる。
その度に崩子ちゃんはくぐもった声をあげ、細くたおやかな体躯を振るわせる。

「気持ちいい?」
「…わからないです」
「わからないことないでしょ、自分のことなんだから」
「………気持ちいいです」

 頬は紅く染まり、瞳は濡れいまにも泣きそうで、
前髪は汗で額にへばりついて、真っ赤な唇からは絶えず甘い吐息が流れ出る。
そんな姿に嗜虐心をそそられる事大の僕は笑顔で愛撫を再開する。
倫理や道徳などという概念はもはや遠い過去に捨て去っている。


「お兄ちゃ…ん」
「なに?」
「お兄ちゃん…」
「なにかな崩子ちゃん」
「…好きです」
「僕もだよ」

 言って僕は崩子ちゃんを畳に寝かせて、
細い太ももに顔を移動させた。
194 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 03:43:43.57 ID:6pVW89Qo

 秘裂と呼ぶには幼すぎるその場所。
産毛もないまっさらな恥丘に一本だけ伸びた線分。
赤子と変わらないその秘部は、
しかし透明で粘度の高い液体をとろとろと太ももから膝下まで流している。

「ねぇ、崩子ちゃん」
「…何も言わないでください、言ったらお兄ちゃんでも許しません」
「ん」

 許されないと困るので黙ることにした。
僕はそして黙ったままいきなりべろりと太ももに垂れた液体を舐め上げる。

「ひぅっ!?」
「あ、ごめん」
「ご、ごめんじゃないですお兄ちゃん! いきなりなんてことを…」
「いや、何も言わないでって言われたし」
「それにしたって…」

 会話しながら口の中で舌を動かし舐めあげた液体を味わってみる。
…不思議な味だ。
僕はそれをわざと音を立てて飲み込んでみると、
崩子ちゃんは見る見る内に真っ赤になって顔を背けてしまった。
あぁもう! 可愛いなあ!
195 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 13:41:41.43 ID:6pVW89Qo
a
196 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 13:55:56.06 ID:6pVW89Qo

「お兄ちゃん…」
「なんだい?」
「…直接はだめですよ?」
「わかってるって。つまるところ本番以外はなんでもオーケイな訳でしょ?」
「ちがっ…、ひゃぅ!」

 崩子ちゃんの言葉が終わる前に彼女の一本の筋に舌を這わせる。
さっきまで触れていた身体のどこよりも柔らかく、弾力のある感触。
微かな抵抗があり、舌が筋に入り込むと同時にせき止められていた
大量の愛液が溢れ出て僕の口に濃い味を広げる。

 その量はさっきまでの比ではなく、
寝転がっている崩子ちゃんの臀部を流れて畳におねしょのような染みを広げる。
僕もそんなに経験豊富な方ではないのだけれど、
しかしこんなのは初めて見た。濡れるというか溢れる感じ。
スゲー肉体の神秘を垣間見た。
197 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 14:05:00.71 ID:6pVW89Qo

「崩子ちゃん?」
「んっ…、な、なんですか?」
「すげー溢れてるけど、こういう風に自分で弄ったことかなりあるでしょ?」
「…知りませんっ!」

 形容しがたい顔をして、両手を隠す崩子ちゃん。
照れ隠しのその様は非常に可愛らしいのだが、
その際に僕の頬に膝で一撃入れてくのはどうにかならないのかな?
…いてえ。

 頬を撫でさすりつつ、一度中腰になってエロい体勢の崩子ちゃんを見下ろしてみる。
……。…あれ? そういやなんでこんなことになってんだっけ?
……。あぁ、そうだ。崩子ちゃんが誘惑してきて僕がルパンしたんだった。

「うん、思い出したぞ」
「お、兄ちゃん? …終わりですか?」

 ほっとしたような、物足りないような、そんな感じの表情。
素敵だと思います。
僕はそんな期待に答えるべく、黙って一本の秘裂に指を伸ばし
軽く押し込むようにしながら上下にこすり上げ、
そのまま空いた腕で崩子ちゃんを抱き上げてキスをする。
198 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 14:18:47.99 ID:6pVW89Qo

 薄く、きゅっと閉じた唇を舌で舐め、
そして軽く啄ばむ様に口付けを繰り返す。
秘部を絶えず刺激している手は愛液で手首まで濡れ、
動かすたびに「くちっ」とか「くちゅっ」とか淫靡な音を立てる。
キスをやめ、荒く息をする崩子ちゃんをじっと見つめると、
時折唇の隙間から見える彼女のちいさな舌。

「…崩子ちゃん」
「は、い…?」
「舌だして、べーって」
「…ん」

 僕に促されるがままに可愛らしい舌をベッとだす崩子ちゃん。
その舌はやはり、唇に劣らず林檎のように赤い。
少しだけその舌が呼吸に合わせて上下するのを眺めてから、
舌を自分の唇で挟んで、強く吸い上げる。
199 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 14:25:44.10 ID:6pVW89Qo

「んんっ…!? んぅ…」

 流石にこれには驚いたのかなんなのか、
崩子ちゃんは嫌々をするように身体を動かして声にならない声を上げる。
至近に見える目の端には涙が浮かんでいて、いまにも零れ落ちそうな危うい状態を保っていた。

「んぐぅっ!?」

 僕の膝の上、僕の腕の中でじたばたとしていた崩子ちゃんは、
暴れた所為で手元が狂い、少女の筋をいじめ続けていた指先が
上部の少し硬く芯のある突起を押しつぶすと同時に悲鳴を上げてぐったりとしてしまった。
…ここまでやっといてなんだけど、少しやり過ぎたかも知れない。
えっと、…ごめんね?

「はぁ…、はぁ…」
「崩子ちゃん大丈夫?」
「…はぁ、…お兄ちゃんの、変態……」

 否定はできなかった。
というか否定のしようがなかった。
明らかに万人が認める変態野郎の姿がそこにあった。
恐るべきことにこの僕だ。
200 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 15:14:25.94 ID:6pVW89Qo

 変態、変態か…。
しかも僕がいままで見てきた変態とは方向性が違う。
人外に程近い天才やらなんやらとは違う、ただの変態。
僕が、変態。中々受け入れがたい。

「お兄ちゃん…」
「ん? なにかな崩子ちゃん」
「私だけ裸なのも恥ずかしいので…。お兄ちゃんも脱いでください」
「…」

 まぁ、いまさらってことで。
僕は頷いてさっさと言われたとおりシャツを脱ぐ、
気づかぬうちに僕も汗ばんでいたようで、張り付いていたシャツが湿って重い。

「…」
「…」

 服を脱ぐ僕をじっと見つめてくる崩子ちゃん。
地味に恥ずかしかったりするけれど、
明らかに崩子ちゃんのほうが色々されてて恥ずかしいはずなので
敢えてなにも言わずにズボンも脱ぎ去る。
視線がなんか一箇所に集中した気がするけどそれもとりあえずは無視。
201 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 15:21:48.13 ID:6pVW89Qo

 力抜けて倒れこんだ姿勢のままの崩子ちゃんに覆いかぶさり、
紅潮した耳たぶを甘く噛んでみる。
いまさっき頂点に達したばかりで敏感なのか、
たったそれだけの動作に崩子ちゃんはピクピクと身体を振るわせる。
色っぽくて艶っぽい。というかストレートに言えばエロい。

「崩子ちゃんさ、一人で気持ちよくてずるくない?」
「ふぇ? …えと、それは」
「そろそろ交代してよ」

 耳たぶを噛みながら息を吹きかけるように囁く。
くすぐったそうにしながらトロンとなった瞳でこちらを、
そして僕の最後の着衣が隠す部分を見つめる崩子ちゃん。
実は結構限界近かったり。
自分のものには一切触れていないにも関わらず、だ。
だって崩子ちゃん本当にエロいんだもん。
言い訳。早いわけじゃないよ。うん。
202 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 15:31:15.55 ID:6pVW89Qo

 崩子ちゃんはしばらく逡巡した後、
ゆっくりと起き上がり、いわゆる四つんばいになってこちらを向く。

「…えっと、それも脱いでくれますか?」
「ん、ちょっと待っててね」

 僕は最後の砦を脱ぎ捨て、
四つんばいの崩子ちゃんの少し前方に胡坐をかく。
崩子ちゃんはとうとう姿を現したラスボスに少々困惑気味の様子だったが、
意を決した様に前に進んで僕のそれを握った。
力強く。

「ぬあっ!?」
「あっ、ご、ごめんなさいお兄ちゃん!」
「い、いや大丈夫…、だけど優しくね。お願いだから」

 仕切りなおし。
崩子ちゃんはもう一度、そろそろと手を伸ばして、
今度は慎重に側面を突付きだす。こそばゆい。
興味津々といった感じで吐息がかかる位置まで接近してくる崩子ちゃん。
あぁ無垢で穢れを知らない少女に性的な事をする快楽を僕は知ってしまった。
もう戻れない。こんにちはロリコン道、僕は君を極める。
203 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:13:05.02 ID:6pVW89Qo

「これ、どうしたらいいんですか?」
「どうしたらって…、そりゃ…ねぇ?」

 先やらなにやらを指の腹で突付きながら、
上目遣いに問いかけてくる崩子ちゃん。
危うくその刺激だけで暴発しそうになって慌てて腰を引く。

「え? ……ふふっ」

 僕の行動を不思議そうに少し見た後、
僕の顔と脈動する部位を交互に見つめて嫌な笑いを浮かべる崩子ちゃん。
どうやら動きと表情で僕が早々に限界なのに気がついたらしく、
即座に親指と人差し指で輪を作り根元をつかみ、
ぱくりとむしろ楽しそうに先の部分を唇で咥え込む。
柔らかな感触と暖かな感覚にとっさに腰が浮く。
さらに崩子ちゃんは咥えたまま、少し笑って唾液でぬめる舌先で
くすぐる様に尿道付近を舐めまわす。

「ほ、崩子ちゃん、た、タンマ!」
「ふぁめれす」
「うぐっ…」

 くびれのあたりをレロレロと舐めあげられながら、
唇で噛むようにはむはむと刺激を咥えられ。
竿にかかった指先を上下にして、
崩子ちゃんはとどめとばかりに勢いよく音がするくらいにモノを吸い上げて。
僕はいたいけな少女にされるがまま、その小さな口にだくだくと精液を吐き出した。
204 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:19:37.90 ID:6pVW89Qo

「んくっ…。んっ、…まずい」
「はぁ…、はぁ…。当然だと思うよ崩子ちゃん」

 べつに漫画みたいにとんでもない量がでる訳じゃないにしても、
彼女にしてみれば決して少なくはない量の白濁液を
しかし崩子ちゃんは健気にも白い喉を鳴らして飲んでくれた。
その姿が、異様に愛しく思えて。
僕は崩子ちゃんを強く抱きしめてみた。
か細く、僕にでも折れそうなほどか弱い身体で、
僕を受け止めてくれた崩子ちゃんが、愛しくて愛しくて。

「ねぇ崩子ちゃん…」
「…駄目ですお兄ちゃん。避妊しようとなんだろうと、やっぱり駄目です」
「…ちぇ」
「私も我慢してるんですから、お兄ちゃんもがまんしてください」
「らじゃ…」
205 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:28:00.69 ID:6pVW89Qo

 ラジャしたものの、しかし口で一回してもらった程度で収まるほど
ここ数ヶ月の溜まりは浅くない。
かと言ってもう一回口で頼むのも気が引けるし。
胸は崩子ちゃん全然ないからできないし。

「…崩子ちゃん、後ろ向いてくれる? 四つんばいのままで」
「へ? …構いませんけど、本当に本番は駄目ですからね」
「わかってるって、そうじゃないよ」
「……これでいいですか?」
「…」
「お兄ちゃん?」
「あっ、うん、いいと思うよ。凄く良い」
「…はぁ」

 四つんばいになってこちらにお尻を向ける崩子ちゃん、
肘と膝をつくような形なので当然長さの都合上お尻が突き上げられて
非常にそそられる体勢である。なにか形に残したい気分だけど。
やっぱりそれは駄目だろう。変態にも限度がある。 
206 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:34:41.64 ID:6pVW89Qo

 崩子ちゃんに肘をつかないで、直接顔を畳につける感じにしてもらい
より臀部を強調させる体勢になってもらう。
僕はそっと近づいて、崩子ちゃんの開いた太ももを両手で揃える。
…うん、パーフェクト。状況は完璧だ。

「あの、お兄ちゃん。なにをするつもりですか?」
「ん〜、素股」
「すまた、ですか?」
「あぁ、崩子ちゃんは知らないんだ。てっきり知ってると思ってたけど、
 まぁ13歳だから当然か。素股ってのはね、こうやって崩子ちゃんの太股と性器の隙間に
 僕のモノを入れて擬似的な性行為を行うこと、かな」
「…はぁ」

 なんかため息をつかれてしまった。
直接的じゃないからいいじゃん。

「まぁいいですけど…。お兄ちゃんの情熱には私も少々引き気味です」
「マジで?」
「少し」

 うわぁ。
207 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:42:27.33 ID:6pVW89Qo

 崩子ちゃんの発言に予想外に落ち込んだ僕。
しかし身体は正直なもので、崩子ちゃんの霰も無い肢体に
視覚的興奮を覚え続けて萎える事など無い。
片手でそっと支えて、崩子ちゃんの足の付け根、
愛撫によって軽く開いた性器の少しした辺りに狙いをつけ、あてがう。

「うっ…」

 愛液でぐしょぐしょになった太股に亀頭が触れるだけで
めちゃくちゃ気持ちがいい。
逸る心を抑えつつゆっくりとぷにぷにの太股に進入させる。

「…お兄ちゃん。気持ち良いですか?」
「めちゃくちゃね、正直ヤバいよ」
「なら、よかったです」

 太股を抜けて、ぽっこりとしたお腹に先が触れる。
多分、うつ伏せでうずくまって腰をあげてる崩子ちゃんからは
その様子が鮮明に見えていることだろう。
208 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:47:35.76 ID:6pVW89Qo

「崩子ちゃん…」

 キュッと時折震えた太股が僕を締め付けて、
僕はうわ言のように崩子ちゃんを呼ぶ。
それを受けて崩子ちゃんが、

「…あの、お兄ちゃん。いまだけ、いまだけでいいですから」
「…?」
「崩子、って呼んでください」
「わかった、よ。崩子」

 その会話が僕の理性の限界だった。
承諾した時に微かに上げて見せた崩子ちゃんの微笑みに耐え切れずに
僕は腰を引いて、太股の柔らかな肉質を味わってからまた強く押し込む、
まるで獣さながらに快楽を求めて、崩子ちゃん自身を求めて僕は動いた。
強引で強行な僕の動きに崩子ちゃんの華奢な身体はぐいぐいと引っ張られて揺らぐ。

「はぁっ! はぁっ!」
「ん、あぅ、あっ! お、お兄ちゃん好き!」
「崩子、崩子…僕も好きだよ!」
209 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 16:55:49.99 ID:6pVW89Qo

 ボロいアパートの一室で嬌声を上げる二人、
汗の雫を垂らして、お互いの身体を貪る原始的な衝動。
誰になんと言われようとこの瞬間僕は崩子ちゃんを愛していたし、
崩子ちゃんから伝わってくるものもやはり愛だった。
これは、戯言でも傑作でもなく、僕の本心で。

「ふっ…、ダメっ、お兄ちゃん! ま、また…飛んじゃいますっ」

 崩子ちゃんの筋に押し付けるように、
その上の敏感な突起を押しつぶすように角度をつけて幾度もグラインドさせる。
崩子ちゃんは身体を前後に大きく揺らしながら声をあげる。
愛液は白く濁った色になり崩子ちゃんの太股と僕の性器をべとべとにさせて、
部屋には前後する度に大きな水音が響く。

「あっ、お兄ちゃん! だ、ダメぇぇ!」

 一際大きな声を崩子ちゃんが上げ、
全身をビクビクと痙攣させて絶頂に達する。
それと同時に強く締められた太股に挟まれた僕も限界を向かえ、
崩子ちゃんの肌に色合いの違う白い液体をぶちまけ、
僕と崩子ちゃんは折り重なるように倒れこんだ。
210 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 17:06:01.37 ID:6pVW89Qo

―――

 祭りの後、というかなんというか。
どんなものでも後片付けが一番手間がかかる虚しく切ない作業で、
特にこんな畳にべったりとついた自分の精液の処理となれば
それはもう虚しさはさらに倍のゴールデンハンマーだ。
家賃が倍の変わりにシャワーがついてるのが不幸中の幸い。

「…お兄ちゃんあがりました」
「こっちも大体終わったよ崩子ちゃん」
「そうですか」
「ただし匂いが残りそうだから、ファブリーズかなにか買ってこないと」
「ですから最初に敷くタイプのフローリングをと言ったんです」
「なるほど、最初からこうなることを崩子ちゃんはわかってたんだね」
「なっ!? ち、違います!」

 バスタオルを胸から下に巻いただけの崩子ちゃん。
なんだろう、昨日までは問題なかったのに、ことに及んだあとだからか
その姿までもがやたらと色っぽく見える。
211 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 17:12:38.06 ID:6pVW89Qo

「なんですかお兄ちゃん?」
「…いや、なんでもない」

 やだなあ、その内道行く女子中学生に劣情を抱いたりするのだろうか?
僕がそんなやつ見かけたら絶対通報物だぞ。
いや、ぶっちゃけて。

「そうですか」

 言いながら、そのまんまの格好で僕の隣に座る崩子ちゃん。
僕の肩に頭を乗せ、目を閉じている。
肩から感じる体温がなんだか優しい感じがする。

「でも、これで私とお兄ちゃんは晴れて恋人ですね」
「…ん?」
「だって今日、クリスマスイブです。イブに交わった男女が恋人同士でなくなんですか?」
「いや、ま、まぁそうだけど…」
「それともお兄ちゃんは私を遊びのつもりで抱いたんですか?」
「そ、そうじゃないけど…。っていうか本番はしてないし…」
「私が止めなければしていたでしょうに」

 否定できない。
事実だし、この上なく真実だし。
212 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 17:18:20.16 ID:6pVW89Qo

「恋人同士って認めてくれますか?」
「…う、ん」

 軽く崩子ちゃんにびびりながら頷く僕。
笑顔で僕に問いかけてくるのはいいんだけど、目は笑ってないし。

「ふふっ、よかった」
「…なにが?」
「恋人同士、な訳です私と戯言遣いのお兄ちゃんは」
「うん…、まぁそうだね」
「浮気は、許しませんから。みいねえさんとか、メイドの人とか、赤い人とか青い人とかいますけど。
 私がお兄ちゃんの彼女ですから、そこをお忘れなく」
「…はい」

 12月24日。
僕にちょっと独占欲の強い彼女ができました。
喜ばしいことなのに腹の傷がちくちくと痛むのはなぜだろう?
213 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 17:26:49.69 ID:6pVW89Qo
―――
214 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 17:31:34.42 ID:6pVW89Qo

「…ここが住居ですか?」
「一応ね、しかも結構人が入ってて開いてる部屋は無いんだ」
「それで、貴方は私にここに住めと?」
「うん、まぁ一応ね。身寄りがないんでしょ? 僕が言い出しっぺなんだから責任くらいはとるよ」

 六月末、僕は松葉杖を突きながら骨董アパート前で以上のような会話を交わした。
包帯でぐるぐると巻かれた状態の先のない右手首を制服の袖から見せる子荻ちゃんと。

215 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/30(土) 17:52:29.67 ID:6pVW89Qo

 二階の奥、みいこさんの部屋を過ぎて短い廊下を少し歩いた先の僕の部屋。
ポケットから出した鍵で扉を開けて中に入る僕と子荻ちゃん。

「…絶句ですよ」
「いや、まぁ確かに狭いけど家賃めちゃくちゃ安いし結構いいところだよ?」
「一時的なアジトとしてなら兎も角、ここを住居として長期的に使用するだなんて…」
「つっても僕は特に家電製品とか所有しない人間だからね」
「…絶句ですよ」
「二回も絶句しなくてもいいんじゃないかな…」

 今月頭に哀川さんと僕で行った首吊高校潜入作戦。
そこで起こった事件はまだ記憶に新しい。
姫ちゃんと子荻ちゃんも、その悲しいほどに被害者で、切ないまでに加害者で、
僕は、自分のできることを、できる範囲で、できるだけやり、
その結果が、子荻ちゃんの生だった。
あの場で、僕がとっさに彼女の襟を引かなければ、
彼女はバラバラの肉塊に変わり果てていただろう。
216 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 18:00:27.28 ID:6pVW89Qo

 「自分の行動の結果としての状況」、僕は哀川さんとのその後の対談によって
姫ちゃんの方はともかく子荻ちゃんの方は完全に自分でどうにかしろと言われた。
ついでに姫ちゃんはまだ入院中。

「まぁ流石に布団くらいは用意するけどさ、新しく君のためだけに部屋借りてあげるほど
 僕って裕福なわけじゃないんだよね。無職の大学生だしさ」
「確かに貴方も働くには不向きそうですからね」
「お互い様だよ、いまは」

 松葉杖の僕と片手をなくした子荻ちゃん。
どちらも労働には向かない体調である。
…まぁ子荻ちゃんはそんなことを言った訳ではないだろうけど。

217 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 18:18:23.36 ID:6pVW89Qo

 座布団もなにもこの部屋にはないので、
とりあえず子荻ちゃんには床に直接座ってもらう。
お茶だそうにも茶葉もヤカンも湯のみも無いので代わりに水をコップに入れて置いてみた。
ものの見事にシカトされた。う〜ん。

「しかしいまさらだけど、よくもまぁ素直についてきたね子荻ちゃん」
「は? どういう意味ですか?」
「いや、子荻ちゃんなら得意の策で逃げようとも思えば絶対に追跡不可能な位に
 僕から逃走できただろうと思ってね。ただでさえ僕は松葉杖で君は足自体は自由だ」
「…そうですね。あえていうならば、タイミングを見失ったんですかね」
「タイミング?」
「貴方を殺すタイミングも逃し続け、貴方の口車に乗っかり、そして結果私はここにいる。
 逃げるタイミングもなにもかも、いまの私にはないんですよ。だから、一種の諦めです」

 力なく肩を竦めて見せる策士。
それは取りようによっては戯言遣いに対しての敗北を認めたようにも取れる。

「…そうとってもらって構いません。私は確かに貴方に敗北し貴方に救われた。
 貴方がついて来いと言ったからついて行くし、貴方がここに住めというならそれも承諾しましょう」
218 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/30(土) 18:23:09.96 ID:6pVW89Qo

 肩にかかる長い黒髪を左手で払って、
疲れたような微笑を浮かべる子荻ちゃん。

「それに、私もあなたに個人的な愛情を向けていますし」

 …、あぁそういえばそんな会話もした気がするかな。
というかその誤解は解かれてないままなのか。
ぼくとしてはまぁ展開が楽そうでいいのだけど、
たらしになったみたいでそれはそれでやだなあ。

219 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 01:15:36.38 ID:4kVBJywo

「…まぁいいけどさ。それについては色々とノータッチでいた方が
 ぼくも子荻ちゃんも幸せだと思うんだ、個人的に」
「なるほど、確かに互いに愛情を向けあう年頃の男女がこんな狭い部屋に同棲というのは
 世間的にも問題がありますからね。その辺はとりあえず不問ということで」
「…」

 ぼく個人としては同居、もしくはルームシェアなんてのも今時で良いなと思うのだけど、
戯言遣いたるぼくとしては策士の彼女の発言を尊重する形で。
ぼくと子荻ちゃんの同棲生活が始まった、と言っておこうと思う。

 …しかし子荻ちゃん。
確かに好みだとは言ったけど、こうも素直に好意と受け取って
しかもあんなにもぼくが嘘つきでペテン師で詐欺師で戯言遣いだと言ったにも関わらず
なんの疑いもなくぼくに好意を向けるというのは、策士としてどうなんだろう?
やっぱり環境の所為で恋とかと無縁だとそういったところは純粋なのだろうか?
…正直ぐっと来ます。

「よろしく、戯言遣いさん」
「…よろしく子荻ちゃん」
220 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 01:26:49.68 ID:4kVBJywo

―――

 ということで同棲生活一日目。
この場合、上記の流れから一夜たっての明くる朝のことを指すと思ってもらって構わない。

「おはようございます」

 ぼくがこの間まで使用していた布団から目を覚ます子荻ちゃん。
当然だが彼女をぼくの家に連れてきてその日に布団一式を買える筈もないので、
子荻ちゃんにぼくの布団を一時的に譲渡したのだ。

 さらに当然だがぼくはその横で一緒に、なんて展開はさらにある筈もないため、
床に直接着の身着のまま眠る羽目になった。
首やら腰やらが痛むが、そこは若さとキャラとハートが大まかカバーだ。

「おはよう子荻ちゃん、ボロい布団でごめんね。よく眠れたかい?」
「…あなたの匂いがしました」
「そっかー…」

 どういう反応すればいいのかわからず、適当に流してしまった。
正直辛すぎる、素なのはわかるけど突っ込みたくて仕方がない。
巫女子ちゃんが入れば捻りの効いた鋭い突込みを即座に入れてくれるだろうけど、
ぼくには生憎そういったことには疎いのだ。
221 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 01:36:07.95 ID:4kVBJywo

 というかなんだその表情は、
いいからぼくの布団からでてくれないかな子荻ちゃん。
匂いがした発言とかその体勢とか色々と色々なんだよ。

「えっと子荻ちゃん?」
「…はい?」
「とりあえず朝食でも食べる?」
「えぇ、いただきます。けどなにも食べ物の香りがしませんよ?」
「残念だけどこの家には調理器具の一つもなくてね。
 子荻ちゃんの着替えとか色々買うついでに外に食べに行こうかと思って」
「そうですか、わかりました」

 ある程度会話を交わす短い間に意識は覚醒し終えたのか、
布団からひょいと立ち上がって両手を上げてのびをする子荻ちゃん。
やっぱり胸が大きい。強調されるような形になってより一層。

「…なにか不穏な気配を感じました」
「気のせいだと思うよ」
「そうですか?」
「そうです、間違いなく気のせいだよ、子荻ちゃんもちょいとお疲れ気味で感覚が鈍ってるんじゃないかな?」
「…」

 
222 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 02:08:03.46 ID:4kVBJywo



「それでさ、学校はどうしようかって話なんだよね」

 ぼくは朝食と昼食を兼ねた食事、
お洒落に言うならブランチをファーストフード店で取りながら
向かいに座ってコーヒーを啜る子荻ちゃんに話しかけている。
ぼくらが座る席の間には少量の衣服と小物。
いつだったか巫女子ちゃんの買い物に付き合ったときの
購入した量と比較すると明らかに少ない。
というのも子荻ちゃんがそんなに外にでることもないし、
不経済の無駄遣いだからと、必要最低限以外のお洒落着や嗜好品を
まったくといって良いほどに程に手に取らなかったからだ。

「それは澄百合、のことですか?」
「いや、そうじゃなくて。べつのそこらの普通の高校だよ、
 日本じゃ高校までが義務教育みたいな所あるからね。
 女の子だからそこまで深刻になることもないだろうけど、
 やっぱりでておいたほうが今後の生活にも影響あるし」
「…興味ありませんね。一般人がやる勉学を私が必要するとでも?」
「ま、そうだよね。だったら直接大学なり行った方がいいよね」

 関係ないけど子荻ちゃん、買ったばかりのスリムジーンズとTシャツというラフな格好。
やっぱり澄百合の制服は目立つ。
223 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 02:16:59.04 ID:4kVBJywo

「…そもそもこの腕でどうやって勉学に励めと?」

 いまだ包帯の解かれぬその右手首。
ぼくも両手の指を十本の内九本折ったことがあるけれど、
しかしそれとはやはり比べられないのだろう。
それにぼくは両利きだけど子荻ちゃんは違う。
義手をつけるにしてもリハビリとか色々お金も時間もかかるし、
そう上手くはいきやしない。

「…ごめん、少し無神経だったかな」
「べつに構いません。不自由はありますけど、その内慣れるでしょうし」
「…」

 少し、打ち解けてきた気がしていただけに
この沈黙はむやみやたらに気まずく重く感じる。
完全にぼくのハンドリングミスだ。
どうにか子荻ちゃんに笑顔を作らせないと。

「あー、そうだ。じゃあなんていうのかな」
「…なんでしょう」
「永久就職ってのは…?」
「……は?」

 さらに沈黙。
墓穴を掘った上に、脱出しようと横穴を掘ったら水源見つけて溺れた感じだ。
ストレートに自爆。ぼくは馬鹿か。
224 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 17:47:57.20 ID:4kVBJywo

「…」

 子荻ちゃんはいぶかしむ様に、というかもろにぼくをいぶかしんでいる。
目を細めてぼくをじっと見て身動きひとつしない。
ここで「なんちゃってー!」なんて言ったらまた場の空気も変わるのだろうけど、
しかしぼくはそんなキャラじゃないので黙ってコーヒーを啜るにとどめる。
子荻ちゃんだけならいざ知らず、赤の他人にまで白い目を向けられるのはごめんこうむる。
チキンと呼ぶがいい。

「…昨日はノータッチと言っておきながら、次の日にはプロポーズですか?」

 そんなつもりではなかった。
いや、確かにそう聞こえないでもないけど。
女の子には結婚という道もある、という一つの話だったつもりなんだ。
やっぱり子荻ちゃんはそういうところがストレートでピュア。
可愛らしいけど扱いづらい。…これも策なのだろうか?
…ないな。
225 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 17:56:30.51 ID:4kVBJywo

「いやいやいやいや! そうじゃない、そうじゃないよ子荻ちゃん
 ちょいと勘違いしているみたいだけど、べつにプロポーズとかそんなんじゃない。
 まさか! まさかだよ子荻ちゃん! そういう手もある、そう言おうとしただけでね、
 べつに結婚しようって誘ってるつもりじゃないんだよ。本当に。
 君ならぼくが嘘をついてるかどうかくらいわかるだろ?
 わかるよね? うん、よかった。実に助かるよ子荻ちゃん。
 それだけ聡明なら安心だ。まさか貧乏でその日暮らしな大学生と
 その場の流れに流されて結婚してしまうようなへまはしないだろうとぼくは安堵するばかりだよ。
 子荻ちゃんのことだからきっとその慧眼を持ってして格好よくて金銭にゆとりのある
 性格も素敵で君を守ってくれる正直な男性を見つけるだろうと思うよ。
 まぁ、ぼくも正直という点じゃそこそこいい線言ってると思うんだけどね、
 だけど他の面じゃどうしようもない奴だよぼくって人間はさ。
 毎日が苦労と苦悩で一杯で息抜きの一つもできないような生活になってしまう、
 そんなのはごめんだろ? わかったらぼくみたいな甲斐性無し以外にいい男でもだね…」
「…私はべつにそれはそれで悪くはないと思いますが」

 あぁ、どうしよう…。
226 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 18:14:05.71 ID:4kVBJywo

 一拍、子荻ちゃんが手に持ったままだったカップを口に運び、
音もなくソーサラーに戻す間の静寂。
そして子荻ちゃんは言い聞かすように口を開く。

「それに、私はあなたに個人的愛情を向けてるといったはずですよ?
 あまりそういった事の後にする話じゃありません」

「…でもね子荻ちゃん。
 好き、とか嫌いとか、そんなものは食べ物と同じなんだよ、
 突然ひっくり返るし、ふとした拍子に入れ替わる。
 特にぼくみたいな奴は、少し踏み込めばすぐに後悔する」

227 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 18:17:21.17 ID:4kVBJywo
「それは私が決めることです。
 私は別に裕福さ余暇も求めてません。そんなもの、必要ありませんから。
 婚姻というものは、そういったものではないのでしょう?
 それに繰り返すようですが、あの高校に通い殺戮を知り、
 こんな腕をした私を誰が求めるというのですか?」

 …いくらでもいる、とか、まぁそんな気休めの言葉を吐こうとして。
黙った。騙すのも誤魔化すのもぼくの独壇場でぼくの十八番だが。
なんとなくそうするのを躊躇ってしまった。
理由は、わからない。

「私は、好いた人と共に居たいという気持ち。
 それを互いに持ち、行動に移した結果が結婚という形だと解釈してます。
 あなたが私にこの前言った言葉は嘘ですか?」

 だからそれは君の勘違い、誤解、錯覚、気のせい。
そう切り払うことは容易く、そして非常に困難だった。
どうするか悩み、そうしてできた空白の時間にだした正直者たるぼくの答えは。

「嘘じゃないよ、君が望むのなら。結婚、しようか?」
「…あは」

 自身を偽って彼女の笑顔を守る。
偽善にまみれた選択だった。
228 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 18:45:47.62 ID:4kVBJywo

―――

 そんなこんな。
なるようにならない災厄はぼく自身も巻き込んで、
まさか驚き子荻ちゃんと結婚とい一つの結果をたたき出し。
幸か不幸かお互い法的に結婚できる年齢の為。
あっさり役所で婚姻届を頂いて、
しっかりぼくと子荻ちゃんが必要項目を書いて、
さっくりと役所に提出して。

「お前さぁ、確かに行動の責任取れとは言ったけど
 いきなり結婚は流石にどうかと思うぜ?」
「ぼくもまさかこんな形で身を固める羽目になるとは思いませんでしたよ」
「まぁ、お前がいいならいいけどよ。
 あぁそういや一姫も退院して今日あっこの一階に向かわせたから、よろしく」
「は? …あぁ、そういやそうでしたね。哀川さんが―」
「だーかーらー。苗字で呼ぶなっての、いい加減覚えろよ」
「…潤さんが先に借りたから、子荻ちゃんがぼくの部屋にきたんでしたもんね」
「そ。だから一姫のこと頼んだぞ。
 …っとそれと一応、おめでとう、か?」
「さぁ、多分いいんじゃないでしょうか」

 あの後、言ってもいないのに知ってる哀川さんとの会話がこんな感じだった。
哀川さんが知ってるということはまぁ、玖渚も知ってるんだろうなーって勢いで、
正直直さんに殺されやしないか冷や冷やしながらぼくは生活している。
229 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 19:00:36.59 ID:4kVBJywo

「ぼぅっとなにしてるんですか?」
「盤無し一人オセロ」
「…はぁ」

 勿論それは一人ではなく、非常にできた嫁さんと一緒である。
家はまだ骨董アパートであるが、
サクッと策士のお陰でずいぶんスペースが有効に使われるようになった。
少なくとも衣食住がきっちり賄われて、住居と呼べる程度には、なった。

「あ、これ手伝ってくれませんか?」
「りょうかい」

 子荻ちゃんは器用というかなんというか、
非常に万能で、炊事洗濯掃除にと完璧にこなしてくれる。
ぼくは見てるだけだ。
…いや、たまに手伝うくらいはする。
230 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 19:12:17.70 ID:4kVBJywo

 いまだってほら、食事の為の食器をだしたりしてる。
…ぼくは小学生か。などと思っていると、
ボロい蝶番が外れる勢いで玄関が勢い良く開いて、反動で閉まった。
…見てみぬ振りをしよう。

「ししょー! なにやら恋しそうな匂いが!」
「普通に再度開けて入ってくんな。
 てかどんな匂いだよ恋しそうな匂いって、
 是非教えてもらいたいよその匂いの探知方法」

 姫ちゃんが匂いにつられてやってきた。
さっきのいい間違いは普通に考えたら…。ま、美味しそうな匂いだろうな。
というか、ぼくは気にしないけど一応対外的にはぼく新婚。

「あっ! 師匠、もしかしてパジャマですか!?」
「いや、もう昼過ぎだし。普通にジーパン履いてるじゃん。
 まぁ邪魔かってんなら別に気にしなくていいけどね、今更だし」
「さて一姫、突然ですが働かざるもの?」
「空腹で野垂れ死ね?」
「人情もなにもあったもんじゃないな」
231 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 19:19:26.14 ID:4kVBJywo


 ぼくと子荻ちゃんと、姫ちゃん。
二人ともアパートの住人とはそれなりに仲良く、
そこそこに楽しくやってるようなんだけど。
魔女から言わせれば家族ごっこ。
崩子ちゃん曰くままごと。
この状況というか環境というか、疑問を抱かれてるのは間違いないと思う。
ぼく自身が確信を持てない以上、それに対してなにを言えるわけでもなく。

「ししょー」
「うるさいよ、ちょっと黙ってて」
「あなた」
「うん? なにか用かな?」
「あからさまな態度のさです!」
「いや、当たり前だと思うけど…」
「師匠を死傷させますよ!?」
「こえぇ!」

 それでも、歪ながらも、少しでもぼくがこの状況を楽しいと思えてるなら。
とりあえずはそれでよしとしよう。そう思う。
232 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/31(日) 19:57:10.32 ID:4kVBJywo
子荻ちゃんでエロは書けなかった
嘘です、書きたくなかった
嘘です、書きたい気持ちもありましたがあの流れでエロに持ち込むには長くなりそうだったので
あともつかえてるしやめました
最後の辺りでいーちゃんに阿良々木さんが混ざったのはご愛嬌と言うことで



次なにやろう
233 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 22:14:22.81 ID:4kVBJywo

 ナイフが散乱していた。
数えるのも馬鹿らしい位の数のナイフが、
一本の道を作るかのように地面を覆いながら続いている。
もはやナイフとしてこれ以上使用することなどできない程に
折れ、砕け、ただの鉄片としか判別できないものすら混じる。
零崎人識は、そのほぼ中心に息荒く肩膝に座っていた。
身に纏う服は千切れ、ところどころに血が滲んでいる。

「はぁ…、はぁ…」
「ふぅ…、へぇ…」

 背中合わせ。
零崎人識に寄りかかるようにして、同じく息を荒げる少女。
やはり所々がほつれ、襤褸切れになりかけた衣服を着ている。
べつにパンク系という訳ではない。

「撒きましたかね…?」
「いや、無理だな…」
「…はぁ。…なぜ、です?」
「一時間経ってねぇから、な」
234 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 22:34:00.40 ID:4kVBJywo

 言って人識は立ち上がる。
ジャリと分厚い底のブーツがナイフの破片を踏みつけにして音を立てる。
もう一仕事といった感じで首を回しこきこきと骨を鳴らし、
周囲に気を張り一歩後ろに下がる。
合わせて少女も立ち上がり、どこからか取り出した鋏のような凶器を口に咥える。
よくみれば、少女が切る服から覗く両手に
おおよそ指や掌や手の甲と呼ばれる部位が拝見できない。

「はぁ…、傑作だな…」
「毎度思うんですけどその傑作ってなんなんですか? 地味に気になるんですよ」
「ん? これの意味?」
「ですです」
「…戯言じゃねぇ、ってことかな?」

 バァーンッと近くにあった気が轟音と共に吹き飛び、
細かな木片に変わり果てる。
濛々と煙を立てる、先刻まで大樹がたっていた場所に、人形のシルエットが一つ。
235 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/31(日) 22:53:33.83 ID:4kVBJywo
―――
236 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 22:59:30.40 ID:4kVBJywo

 私にはこれといって得意なことや自慢できることが無い。
妹は確かに自慢ではあるが、そかしそれは少し意味合いが違うと思う。
気楽さを求めて入った軽音部も、そこそこ楽しくそれなりできるようになってきたが、
しかしそれだって人並み外れて人並み以上という訳じゃない。
私には私という個を形成する確固たる性質が足りないのでないだろうか?
目立つことなく、潜むことなく、中心には居ず、かといって傍観者でもない。
私は私という中途半端な位置合いが大嫌いだった。
237 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 23:15:09.40 ID:4kVBJywo

 律の積極さや求心力や、澪の可愛さや意志の強さや、紬の包容力や穏やかさに、
代わる私だけの特性、特徴、性格、性質。いくら鏡の前で自問自答したところで、
結果なんてのはいつも同じ、わからない、見つからない、知らない、知れない。
切ないとか哀しいとか虚無感とか虚脱感とか、
ふとした拍子に泣きたくなるこの私の全身を覆う圧倒的な不快感。

 なにかが違う、なにかがおかしい、
肌に合わない、違和感、ズレ、認識の違い、感覚の違い。
なにもない、空の下で3D眼鏡を掛けているような、
絶対で絶大な不協和音を常に感じ続けて、
それでも私は周りに合わせて笑顔を絶やさず、輪に加わって。
238 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/05/31(日) 23:40:45.28 ID:4kVBJywo
 ストレスが無いといったら嘘になる。
不満も不快も不安も不信も不当も不備も不利も全部が全部限界で、
私は壊れてしまったのだろう。
不干渉、不感症。
おかしいと感じ、おかしいと思い、だけどおかしいままに続けてきた所為で、
負荷が限界を超えてギミックがまるでトリックのように砕けた。
そしてその先にあったのは非日常、異常へのクリック。

「…澪ちゃん」

 だけど、だけど、だけどだけどだけどだけど。
私は、環境に、状況に、不満は抱いていたけど。
私は、感覚に、感情に、不信を抱いていたけど。

「りっちゃん、むぎちゃん」

 それでもみんなは好きだったはずなのに。
239 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/05/31(日) 23:54:01.89 ID:4kVBJywo

 素の自分で接してはこなかった、
確かに演技してた自分が居た。
けれど一緒に居ると少しだけでもこの現実を忘れられた、
みんなで仲良くしてると私も幸せなんだと錯覚を得られた。

「ごめん…、ごめんねみんな…」

 ここに在らせられるのは死黙り。
清流の如く溢れる鮮明な血溜り。
私を取り巻く、さまざまなしがらみ。
その根源、原因たる友人が、生気のない、
あるはずのない光を失った瞳を宙にさまよわせている。

「ごめん…、ごめん…、ごめん…」

 哀しかった。
死んでしまった事実がじゃない。
殺してしまった真実でもなく。
大してショックを受けていない自分。
哀しい、私が彼女たちの屍を前にして悲しくないと思ってることが、また悲しい。
240 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 00:04:29.07 ID:8UUQc9Io

 涙の一つも流れやしない。
謝罪の言葉を入れながらも口角はあがるばかりで。
なんだろう? 立て続けに最悪な事態が起きて笑うしかない?
違う。
なんだろう? 状況がどんな形であれ打破されたのが嬉しい?
違う。

 安堵、絶大なる安堵。
安心、安定、安息、安楽、安穏、安静、安全。
私は咄嗟に彼女たち三人の尊き命を奪った自らの右手、
そこに握られた安物の刺身包丁を掲げる、
まるでそれが私の聖典であるかのように。

「ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全然悲しくないよ
 ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全力で殺しちゃったよ
 ありがとう、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。おかげで私は全快したよ」

 ここが私の居場所だ。
吹っ切れたその瞬間に私は自分を手に入れた。
241 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/01(月) 00:52:57.36 ID:8UUQc9Io

 私の、私が、私は、私と、私に、私へ、私を、私も、
私だけの私。
似てると言われ比較されたり、誰かの個性に埋没したり、
そんなことはもうない。

「…あなたはどちらの零崎さんで?」

 不意に、後ろから声を掛けられた。
同年代の、女の子の声だということしかわからず、
記憶に無い声と、現在の私の状況を考えて振り向きざまに
握っていた包丁で襲い掛かっていた。

 敵じゃない。
襲い掛かり、包丁を胸元に構え、
突きの体勢で走り始め三歩目で私は自分にブレーキを掛けてつんのめる。
迎撃をせんと意味のわからない、あえて形容するなら鋏のような凶器を構える少女に、
私はこの心のざわめきを抑えつつ、包丁をおろし聞く。

「あなたは誰?」
「零崎、…舞織」
242 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 01:11:47.41 ID:8UUQc9Io

 あぁ。と納得しかけた。
名乗られただけで、納得する要因やなにもが無いというのに。
零崎舞織。その名前を聞いただけで、ほっとした。よかった、と。
まるで親とはぐれた子供が泣き出す前に自力で親を見つけられた、そんな感覚。

「…あー、はいはい。あれですね、双識さんが私を見つけてくれたのと同じ感じですね」

 口で鋏を咥えながら器用に喋る女の子。
つい、私はその状態を見て構える、と表記したけど。
彼女は両腕の手首から先が無く、
しかしそれを隠す様子も無く半そでの可愛らしいシャツを着ている。

「えっとー、あなたのお名前は? 私は名乗ったんですから、ね」
「平沢唯です、…よろしく零崎さん」
「ん〜、なんか違うんですよね〜。えっと、普通に舞織ちゃんと呼んでください、もしくはお姉ちゃんでも可」
「わかりましたお姉ちゃん」
「…まさか本当にすぐお姉ちゃんと呼ぶとは思いませんでした。
 双識さんに言われた時は私、ぶっちゃけ変態野郎に対する警戒心しかなかったですよん?」
「はぁ…」
243 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 01:59:37.37 ID:8UUQc9Io

 異質、異端、異常、異形。
同じ人の姿をしてるのに、
可愛らしい外見をしたその目の前の少女が酷く歪で捩れて見えて。
そして私と同じだと理解した。
違和感、不協和音、その他感じていた認識のズレの発端足る理由。
私が異質で異端で異常で異形で、その癖普通の人間のみんなに混ざっていた、
それが理由だったのだ。

 ならばおかしいのは環境でも状況でも状態でもない。
私がおかしく、狂っていたのだ。

「零崎ってなんなんですか? あまり聞かないお名前ですけど」
「…んぅ〜、サークルみたい感じですかね?」
「サークル。…部活みたいな感じですか?」
「まぁ、似た感じです。夜間学校の年齢関係なしにやたら仲のいい部活のような?」
「なるほどなるほど。で、その零崎さんは如何様な活動を?」
「人殺し、かな? 殺人鬼の集まりですよ」
「なるほどなるほど」
「で、あなたもその一員です」
「…それはなるほどできません」

244 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 02:18:55.24 ID:8UUQc9Io

 少しだけ、足を後ろに下げて距離をとる。
包丁を握る手に微かに力が入り、無意識に零崎舞織さんとやらの
口に咥えた狂気を孕んだ凶器の射程距離外かつ、
私の持つ包丁がぎりぎり届く微妙な距離を保つように身体が動く。

「…うぅん、やっぱりそうなりますよねぇ」

 きっちり見抜かれている。
同一故に融通が利かない。
私は警戒を強め、しかし強いシンパシーを感じずには居られない。

「人識君が居てくれれば楽なのにな…、
 私ってば実は双識さんと人識君以外の零崎さんと面識ほぼないかもです…」

 困ったように肩を竦めて嘆く舞織さんに、
こちらも困惑するばかりで。
後ろに下がった所為で右足のかかとが血溜まりに触れ、
無意味に私の焦りを助長する。

「あっ!? ちょ、ちょっと!?」

 驚いたような、というか思いっきり驚いてる舞織さんの声を背中に、
私は元友人の現肉塊を踏み台に塀を越えて逃走することにした。
敵なら当然逃げてしかるべし、
245 :修正[saga]:2009/06/01(月) 02:19:45.07 ID:8UUQc9Io

 少しだけ、足を後ろに下げて距離をとる。
包丁を握る手に微かに力が入り、無意識に零崎舞織さんとやらの
口に咥えた狂気を孕んだ凶器の射程距離外かつ、
私の持つ包丁がぎりぎり届く微妙な距離を保つように身体が動く。

「…うぅん、やっぱりそうなりますよねぇ」

 きっちり見抜かれている。
同一故に融通が利かない。
私は警戒を強め、しかし強いシンパシーを感じずには居られない。

「人識君が居てくれれば楽なのにな…、
 私ってば実は双識さんと人識君以外の零崎さんと面識ほぼないかもです…」

 困ったように肩を竦めて嘆く舞織さんに、
こちらも困惑するばかりで。
後ろに下がった所為で右足のかかとが血溜まりに触れ、
無意味に私の焦りを助長する。

「あっ!? ちょ、ちょっと!?」

 驚いたような、というか思いっきり驚いてる舞織さんの声を背中に、
私は元友人の現肉塊を踏み台に塀を越えて逃走することにした。
敵なら当然逃げてしかるべし、
敵じゃないなら追いかけられてぶっさり行くこともないだろう。
そう判断して時間稼ぎをかねて私は逃走を選択したのだ。
246 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 02:56:46.30 ID:8UUQc9Io

 包丁は、包丁本体で掘った穴に捨てた。
血塗れた制服の上着も、
ポケットに個人が特定できるものが入ってないのを確認して同じ穴に埋めた。
ワイシャツと、黒いミニスカート。
薄着も薄着、軽装も軽装。
そんな格好で私は見慣れ、歩き慣れた道を駆ける。
疾駆、というには鈍足過ぎる私の足、
しかしそれでも走らずには居られない。
同族を見つけた歓喜。狂おしいほどの耽美。賢しいまでの狂気。
全てが私を走らせる。

「お姉ちゃん!? ど、どうしたの!?」

 そんな私をとめることができたのは、たった唯一の自分の自慢。
たった一人の愛すべき妹、憂だった。
247 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 03:10:08.88 ID:8UUQc9Io

 さっき包丁を捨ててよかった。
心からそう思った。
それは他人の血液で滴るまでに濡れた包丁を構える私を、
憂に見られたくないなんていう浅い理由ではなく。
単に包丁を持っていたら、呼ばれた瞬間に愛妹の憂すらも
一秒の逡巡すらなしにその首を撥ねていただろうからだ。

「お、お姉ちゃん部活は? な、なんで上着を着てないの?
 というか、どうしたのその顔…?」

 失態。
服や凶器や舞織さんに気をとられて、
顔にかかった血飛沫を拭う事をすっかり忘却していた。

「あははー、さっき転んじゃって…」
「こ、転んだって…。その血すごいよ!?」

 誤魔化せそうに無い。
けど、だからといって憂は、憂いだけはダメだ。
例え憂か私のどちらかが死ぬというのなら、私は憂を生かして死を選ぶ。

「と、とりあえず家に行こう? 顔を洗って手当てしないと…」

 絶対に転んだ訳じゃないとわかる顔。
それでも憂は私を信じてそう言ってくれる。
乾いた血、膝にも肘にも額にもない傷。
なのに憂は…。
248 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 03:17:19.70 ID:8UUQc9Io

 憂は優しい子だ。
憂いを持つ人と書いて優しいと書く。
そんな名前に込められた想いに答えるように、優しい純粋な子だ。
いまだって、傷一つ無い私の頬を何も言わずに濡らしたハンカチで拭っている。

「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、全然平気だよ」
「よかった」

 笑顔で、屈託の無いその笑顔で。
私を見つめる憂。
そこに疑い、疑念、疑心、疑惑、そんなものはなく。
私が無傷であることを素直に喜ぶ妹の姿しかなく。
だからこそ私は心を痛める。

「…なにがあったの?」
「ん?」
「私、なにがあってもお姉ちゃんの味方だから!」

 できた妹、賢く、強く、芯があり、決して折れず、器量が良く、優しい。
そんな妹が、いまの私の状態からなにも感じれぬはずが無く。
私を思うからこそ、ぐっと血が滲むほどにかみ締めた唇で、
涙ながらに問いかけてくる妹。
…いい妹を持ったものだと、心の奥底、私の中心から思う。

「私はね、憂」
「うん…」
249 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 03:25:56.83 ID:8UUQc9Io

「殺人鬼、なんだって」
「…え?」

 疑惑は無くても困惑はする。
疑心が無くても乱心はある。。
疑念を持たなくても雑念は持つ。
憂は私の言ったことを理解できない様子で、硬直している。
それは理解力が無いのではなく、単に理解の拒否。
硬くなに受け入れようとしない、憂の反抗。
理解してるからこそ、それを認めない、足掻き。

「お姉ちゃんが、殺人鬼?」
「そう、なんだよ」
「だ、誰がそんなこといったの!?
 わ、私がお姉ちゃんのことをそんな風に言った奴を怒るから!
 お姉ちゃんは、凄くて、格好よくて、可愛くて、たまにドジで、おっちょこちょいで…。
 でも私の自慢のお姉ちゃんなんだよ!? そ、そんなこと言うなんて!」

 違う、違うんだよ憂。
そうじゃないんだよ?
べつに学校の子に言われたわけじゃない。
虐めとか、中傷とか、そんな小さな話じゃない。
もっと革新的で確信的で核心的な、話。
250 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 03:31:18.51 ID:8UUQc9Io

 私がそんな物言いを、見ず知らずの人間にされた。
そう思っただけで憂はもういまにも泣きそうに、
涙をその大きな瞳に浮かべて悲しそうにしている。
たった一人の姉妹が、こんなに素敵な妹で私は嬉しい。

「違うよ、憂」
「なにが…?」

 だからこそ。

「私は殺人鬼になったの」
「どういう、こと?」

 だからこそ、私は言わなくてはいけない。
他の誰でもなく、愛しいたった一人の姉妹に、真実を告げる義務が私にはある。

「私はなんの理由もなく、欠片の躊躇いも無く、ミリ単位の同情もなく」

 居なくなる姉の本質を、本性を、本来を、

「殺したんだよ」

 教えて上げなくてはいけない。
それが私の姉としての最後の役割。
251 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 03:38:36.09 ID:8UUQc9Io

「うそだっっっ!」

 憂の、悲痛の叫びに。
私は友人を殺した際も流さなかった涙を、零しそうになった。

「嘘だよお姉ちゃん、そんなわけないよ!」
「嘘じゃないの、憂」
「嫌だよ! なんで、お姉ちゃん! そんな! ひどいよ! …なんで!」
「落ち着いて憂。私はね、やっと居場所を見つけたの」
「私が! 私は居場所にならないの!? そんなの! そんなのってないよ!?」

 私のスカートの裾を掴んで座り込み、
もう留める事のできなくなった大粒の涙をぽろぽろと流す憂。
これでいいのだろうか? 強いと思っていた憂は、私の存在、在り方一つでこんなにも揺らぐ。
そんな妹を置いて、私だけ居場所を見つけていなくなっていいのだろうか?
そう、思ってしまった。

「無理ですよう」
「舞織さん…」
252 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 04:08:11.04 ID:8UUQc9Io

「あれ? お姉ちゃんじゃないんですかー?」
「いや、えっと…」

 舞織さんを見た瞬間に本能的に安堵する。
けれど理性はこの状況が最悪だと判断する。
この状態の憂と、私と同類で先輩らしき舞織お姉さん。
不義理の姉と血縁の妹。この二人を決して近寄らせてはいけないと、
脳のどこかが勧告を鳴らす。

 憂を殺されてはいけない。
かと言って舞織お姉さんを払いのけ、押し返し、
ましてや敵対関係になるのは不味い。

「あなたは?」
「零崎舞織です、よろしく憂ちゃん。一部始終を見させてもらいましたけど、
 ずいぶん姉妹愛の強いんですね、感動的ですよ」

 一見普通の会話。
ながらも探るような、いぶかしむ目を隠さずに向ける憂と、
挑発するような、小馬鹿にするようなイントネーションをつける舞織さん。
253 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/01(月) 04:13:53.88 ID:8UUQc9Io
                           \
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            /           ′ /   l  |  | |  ヽl   '.   '.
        //     / /     l  〃    l|  |  | | l|   | l  l    l  ',
.      //     /  ,′   / || ″  / l:| l| l|  | } l|   |l j|  |   | l
    //    // /l |   ′ l| |:!  /.:/|:|l::| |l  l /::厶 −|l |:| l |   l |  |
.  ///    / /  /:::| |  |   || l:| j/::/' |::l::| ||  .:/イ     川::|:|l|   | |  |
// /  /l/ //l   /:::/|| :| _ l:|_l|::/// //|::| || .::/ //   ノj/|:|リ   | | |
/   /  /::/ //l   /:::/ l | .:|   |:| |!::/7¬/ |::| l|::/ / ≫=气ミ辷|/ ,    | | |
   /  /::/ //| ' ::/l ∧|:::|   |l| j/' __-  |:l |l'  〃 ト-::::j } }/j ′  ト.  |
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254 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 15:11:48.69 ID:8UUQc9Io

 にこにこと、あるいはへらへらと、
道端で友人を偶然見かけたかのような足取りでこちらに向かってくる舞織さん。

「えっと…唯ちゃん?」
「なんですか?」
「あの三人がお初?」
「…えぇ、まぁ」

 なるほどなるほどと頷いてみせる舞織さん。
なんだろう、少し馬鹿にされた気分だった。
しばらく悩んだように頭をくるくると廻しながら呻いて、
ようやっと不思議そうに口を開く。

「そっか、そっか…。う〜ん、でもあっさり無意識でお友達をキルった上に
 咄嗟に私も刈ろうとして、なにより感覚を頼りにそれを抑えたっていうね…。
 んで、そこの憂ちゃんは殺そうとしてないしさ」
「…あなたですか?」

 
255 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 15:27:15.30 ID:8UUQc9Io

 私のスカートの裾を握って、
懇願するように泣きじゃくっていた憂は、やはり聡明で。
いつの間に立ち上がっていたのか、
私と近づいてくる舞織さんの間に立ち塞がるかのように両手を広げる。

「あなたがお姉ちゃんに変なことを吹き込んだんですか?」

 止めなさい、憂。
舞織さんに、話しかけ、あまつさえ怒りをぶつける様な真似はしてはいけない。

「憂ちゃん、あなたお姉ちゃんが好きなのはいいですけど、
 そんな盲目的に信じていたら、それは愛じゃなくて信仰だと思いますよ?」
「うるさいっ! あんたになにがわかる、私にはお姉ちゃんが居ればいいの!
 私のお姉ちゃんを変えないでよ! お姉ちゃんは人殺しじゃない!」

 止めて、お願いだから舞織さん。
憂に、怒鳴られ、あまつさえ諭しにも耳を傾けなくても、

「お前…、うぜぇな…」

 殺さないで、ください。
256 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 22:55:59.30 ID:8UUQc9Io

 諦観傍観楽観静観。
短いスカートがめくれるのにも構わず、
長い足を振り上げホルダーに収まる鋏を落とし、咥える舞織さん。
その姿を見て、あぁ、もうだめだ。
ごめんね憂、守ってあげられなくて。
なんて走馬灯の如く諸々を想起し始めながら、

「…やめです。あの後双識さんがどうなったかを考えると、
 少し自重したほうが私の命に安全っぽいです」

 瞳の前数センチに迫った私の爪にたじろぐことなく、
白けたと言わんばかりに肩を竦める舞織さん。

「まったく、なんか状況が似通ってやーですねぇ。
 私を見つけてくれた双識さんの気持ちがややわかった感じですよ、
 ま、そのとき私は目玉じゃなくて腕に爪を立てるだけの可愛い女の子でしたけど」
257 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/01(月) 23:37:15.38 ID:8UUQc9Io

「お、ねい、…ちゃん?」

 突き出した人差し指と中指を引っ込めて、
守っていたはずの姉が飛び出し目前の女に
目潰しを食らわそうとしたところを直視した妹。

「…ま、こういうことですよ憂ちゃん。
 ちょっと危うかったけど、論より証拠、わかりやすくていいんじゃないですか?」
「ごめんね憂。お姉ちゃんはもうダメみたい。
 いまのだって、無意識で咄嗟に憂を殺されないために殺そうとしちゃった」
「同じ血を体内に流す妹を生かす為に、
 同じように他人の血をぶちまける姉を殺そうとしますか。
 最初はそんなもんですよ、うん。
 それに唯ちゃんが私の妹なら、その妹の憂ちゃんも私の妹みたいなもんですしね」

 義理の義理ではあるけれど、そうなるのだろうか?
けれど例えそうなるとしても、憂がそれを受け入れることなどありそうにないが。
258 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 12:46:41.37 ID:xPusePEo

「そういうことで」

 両手があれば拍手でも打っていただろう舞識さん、
私の肩をぐいとひっぱり無理やりに組んで。

「あなたのお姉ちゃんはですね、
 基本的に殺人鬼です。
 根本的に殺戮者です。
 抜本的に殺人狂です。
 根幹的に殺掠兵です。
 殺すのがニュートラル、殺すのがデフォルト。
 自我を持って他意を歪め、
 児戯の如く生命を刻む。
 あなたのお姉ちゃんは、悪いけど私が連れ去らせていただきます」

 先制する様に、宣誓する様に、
牽制する様に、宣言する様に、
私よりも少し低い背で、可愛らしい女の子であるところの舞識さんは、
顔を歪に歪ませて、憂を黙らせる。
259 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 12:57:58.41 ID:xPusePEo

「い、…やだよ」

 敵意と害意に塗れた悪意の殺意を受けて尚、
私の妹は私の為に声を絞り出す。
泣きながら、でも必死に食い下がるその様は、
無様で、滑稽で、惨めで、情けなくて、
でも、それでも、私の目には酷く高尚に、偉く高潔に、辛く崇高に、
女々しいまでの雄々しさを感じずには居られなかった。

「お姉ちゃんが、居なくなったら。
 私は生きてられないよ…、
 お姉ちゃんが居ないなら、生きていてもしょうがないよ」
「でも、私が居ても。
 もしかしたら憂を殺しちゃうかも知れないんだよ?」

 肩を組まれ、腕を首に廻されて、
つまるところ動きを制限され、拘束されながらも私は一歩進む。
息が少し苦しくなるが、それでも憂に近づいてみる。
家族愛、違う。姉妹愛、違う。
これはそれらとはかけ離れた、愛。
性別的にも、近親的にも、良とされず可とされない、愛。

「お姉ちゃんが居ない生活を長々と送るくらいなら、
 私はお姉ちゃんと暮らしてお姉ちゃんの手で死にたい」

 涙をぼろぼろ流し、膝は向けられる恐怖に震え。
両の拳は指先が白くなるほどに握られ、噛み締めた唇からは血が滲む。

「…ごめんなさい」
260 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 13:18:11.71 ID:xPusePEo

「ふぇ?」
「ぐえっ…。ちょ、ちょっと舞織さん。タップタップ」
「あ、ごめんです」

 首を絞めていた腕を解いてもらい、
舞織さんに正面から向き直り、再度頭を軽く下げて謝る。

「ごめんなさい」

 と、謝罪。

「…どういう意味ですかね? ちょっち理解できないんですが」
「舞織さんが、私と同類で同属で同種だというのはわかりました。
 多分舞織さんについていけば、もっと同じのがあるんでしょう。
 それも、興味ありますし、楽しそうです、
 でも私は憂を置いていくことはできそうにありません


 ですから、私は連いていきません」

261 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 13:57:28.25 ID:xPusePEo

「えー、参ったな…」

 後頭部をとんとんと手首で叩きながら、
私がとった行動、選択に対してではなく、
そんな選択肢が存在していることそのものに戸惑ったように
ぶつぶつとアスファルトに向かって言葉を落としていた。

「まー、ねー、私は零崎になってからは家族に会えなかったからわからないけどね。
 確かにあん時に変なのに絡まれて家族皆殺しにされてなかったら
 そういう選択もあったのかなーって思わないでもないですけど…」

 ドンと、後ろから衝撃。
何をしやがるこいつ貴様私の命を狙う刺客か、とは欠片も思わなかったけど
少しびっくりして、慌ててみてみれば。
予想通り憂がへばりついて、声にならない泣き声を漏らしていた。

「どれだけ続くかは知りませんが、
 まぁそれまで自分を殺して家族ごっこもいいんじゃないですか?
 殺人鬼がなによりも自分を殺すというのもあれですよねー」
262 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sage]:2009/06/02(火) 14:06:55.27 ID:/5955Mgo
http://blogs.yahoo.co.jp/simba_240/folder/709579.html
263 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 14:11:39.49 ID:xPusePEo

「舞織さん家族いないんですか?」
「同属である私が家族なんてものを所持してるとでも思いましたか?
 家賊はいますけど家族はいませんよわたくしめは」
「…他の人たちは?」
「それは他の零崎の方々という意味ならば、それは同様です。
 零崎以外に血縁としての家族を持つ人間など皆無で絶無ですよ」
「なら私は激レアですか」
「そういう意味なら敢えて貴方を凡庸にする必要はないかもですねー、
 思索的実験って奴ですか? あれ、試作的実験でしたっけ?」

 私に聞かないでくださいと言った感じだったけれど、
まぁこのまま進むのならば悪くない方向なのは感じられた。
舞織さんはどうやら、現状維持を認めてくれそうな雰囲気である。
憂のサバ折り攻撃(正確にはサバ折りは内臓を痛めつける技ではないが)に耐えつつ
黙って彼女がだす結論を待つ。
264 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 14:33:11.62 ID:xPusePEo

   ―――

 チャイムの音がする。
私はそれを受けて椅子代わりに座っていた机から降りて玄関に向かう。

「あ、お姉ちゃん私がでるよー?」
「ううん、いいから早くご飯作っててー」
「はーい」

 軽い会話をこなしてすぐそこの扉を開けば、
やっぱりというかお約束というか、
可愛らしい同年代の女の子が立っていた。
ちゃっちいサングラスをカチューシャのようにして、
Tシャツに赤いジャケットを羽織った目立つ格好をした舞織さん。

「やっほー」
「どうも」
「で? どうですかい?」
「いや、一応まだお互い生きてますよ」
「そっかそっか、やっぱり有識ちゃんは特別なんですねー、殺さない殺人鬼なんてさ」
「…私はその名前受け入れてませんよ」

 友達の家に遊びに来た高校生と、それを迎える高校生の様な風景。
実際には肩書きは高校生ではなく殺人鬼、関係は友達ではなく家賊、だけれど。
265 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[sagesaga]:2009/06/02(火) 14:45:34.80 ID:xPusePEo

 私はとりあえず舞織さんを家に上げて扉を閉じて、
客人用のスリッパをだす。

「しっかしあれですねー、三ヶ月でずいぶんと様変わりしましたねこの家も」
「そりゃあ、生活してますからね」
「とりあえず、これ」
「すいませんねー」
「べつにいいんですよう、また一週間ここでぐでぐでさせてもらいます、よっ」
「いたっ、義手が付いたからって一々叩くのやめてくださいよ」

 あれから、近所で同級生三人を殺戮してしまった私は、
憂と一緒に駆け落ちよろしく両親にも黙って遠くに引っ越して暮らしている。
金銭的には私と憂がバイトしつつ、
舞織さんがどこからか調達したお金を茶封筒で渡してくる。
そしてその代わりにお金を受け取ってから一週間、
食う寝るのだらけた暮らしをここで観察という名目でしていくのだ。

「どうもー憂ちゃん」
「どうも零崎さん」
「だからですねー、名前か有識ちゃんを呼ぶようにお姉ちゃんと呼んでといってるですのに」
「却下です、一も二もなく却下です。有無を言わさず却下です」
「ま、いいんですけどー」
266 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 14:59:28.22 ID:xPusePEo

 さっきまで私が座ってたところに座り
テレビを見始める舞織さんにため息をついて私も新しく座布団をだし座る。

「憂ちゃん、ご飯まだですか?」
「貴方の分はありません」
「そういっていつもだしてくれるんですよねー憂ちゃんは、
 ツンデレはもうそろそろ衰退してますよ?」
「違います!」

 なんだかんだいって二人は仲がいい。
こうやって喧嘩して、そうしてそれを眺めてる私を含めて。
三姉妹のようにも思えるときがある。
少なくても、私には舞織さんは姉だし、憂は紛れも無い妹で。

「はい」
「おー、シチュー。なるほどご飯はださないというのはこういうことですか」
「ち が い ま す !」
267 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/02(火) 15:10:40.29 ID:xPusePEo

 ぎゃあぎゃあとエプロンをしたまま机につく憂と、
もう勝手に食べ始めている舞織さんと、苦笑いを浮かべて眺めてる私。

 …あれから、私は人を一度も殺してない。
じゃなければ、まぁバイトなんてできるはずが無い。
きっと、りっちゃんみおちゃんむぎちゃんを殺してしまったのは、
耐えかねて絶えかけて、自分の確認行為で。
自分の居場所をはっきり認識して、いまの私は不安も不信も解消されたから。
殺さないでいられるのだろうと、思う。

「食パンとってー」
「はいお姉ちゃん」
「こっちのお姉ちゃんにもください」
「やです」
「はい、どうぞお姉ちゃん」
「有識ちゃんは優しいですねー」
「その名前で呼ぶなら上げません」
「唯ちゃんは可愛くて優しくて自慢の妹ですですねー」
「どうぞお姉ちゃん」
「ありがとうございます」

 でも、普通ではいられないことも知っている。
私の選択肢にはいつでも殺すという選択が否応無く現れる。
殺す人間は、一人も殺して無くても殺す。
普通の人間には無い、人を殺したことがあるからこその感覚が私には埋まってる。
268 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/02(火) 15:38:11.89 ID:xPusePEo
SHYな言い訳 仮面でかくして
踊ろ踊ろかりそめの一夜を
きっとお前もなやめる聖母
棄てな棄てな まじなプライドを今は
迷いこんだ幻想(イリュージョン)時を止めた楽園
むきに眉をひそめてもこころうらはら
こんなにも感じているじゃないか

WAKE UP! DESIRE (好きさおまえが)
LIGHT UP! YOUR FIRE (好きさ死ぬほど)
目眩くってくれ PLEASEPLEASEPLEASE
WAKE UP! DESIRE (I WANT YOUNONONO)
LIGHT UP! MY FIRE (I LOVE YOUNONONO)
ゆれて魔性のリズム

やけにそそるよターンも妖しく
踊ろ踊ろかりそめの輪舞を
爪の尖まで愛で満たされて
燃えな燃えな紅くルビーより紅く
愛はいつもはてしない甘くかおる瞬間
絹のドレスひろげればゆれるまなざし
俺だけを見つめてくれよ永遠に

WAKE UP! DESIRE (もっと素直に)
LIGHT UP! YOUR FIRE (もっと本音で)
罪な素顔はもう STOP STOP
BABY COME ON DON'T STOP THE MUSIC
WAKE UP! DESIRE (I WANT YOUNONONO)
LIGHT UP! MY FIRE (I LOVE YOUNONONO)
じれて魔性のリズム

いっそ X・T・C 俺と X・T・C 強く強く

WAKE UP! DESIRE (I WANT YOUNONONO)
LIGHT UP! MY FIRE (I LOVE YOUNONONO)
とけて魔性のリズム
269 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 00:53:47.07 ID:FCHb/h.o
>>267

 べつにいい。
構わない、と思う。
思わないけど、思い込む。
自己満足で、自己欺瞞の、自己暗示。
お父さんに、お母さんに、一回だけでもあってごめんなさいと謝りたいけど。
いまはそれもできません。

 りっちゃんに、謝りたい。
 みおちゃんに、謝りたい。
 むぎちゃんに、謝りたい。
許さなくていい、思うように糾弾してください。
ただ、それでも私は私なりに、
人を殺さない、殺人鬼として、
人を殺さない、殺戮者として、
人を殺さない、殺人狂として、
人を殺さない、殺掠兵として、
いまの生活を、少しでも長く楽しみたいんです。
270 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 01:07:14.98 ID:FCHb/h.o

「お姉ちゃんどうしたの?」
「どうもしてませんよ?」
「あなたじゃありません」
「酷いですねー憂ちゃんは」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「…ううん。ただ」
「ただ?」

 ただ、卑怯で卑屈で卑小な幸せだなと思いまして。

 さぁみなさん、こうして私は人を殺さない殺人鬼
殺さずに居られないのに殺さない殺人鬼と相成りました。
愚鈍で愚昧で愚図な私に科せられた十字架はあまりに重く、鎖は余りに太く、
他人の命を軽んじた私は、辛うじて生きるに留めています。
しかしそれを甘んじて受けましょう。これは素敵な妄言で、虚言に過ぎません。
零崎なんて無く、有織なんて存在しない、きっとこれはフィクションです。
欠片も意味を成さないメビウスの輪の如き人生を、私は舞台の上で演じます。
私は、私という人間の幕が閉じるまで、
殺戮という概念の意味という意味を全て、殺戮しきって見せます。
どうか彼方の友人に最後の矜持を見せられるよう、祈りを。
さようなら。また会う日まで。


それでは。

「零崎を始めます」
271 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 05:14:09.19 ID:FCHb/h.o
―――
272 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 05:27:00.29 ID:FCHb/h.o

 暴力的で残酷な描写のある作品というものは往々にして
狭量な大人の格好の餌食になる。
趣向と行動の関連性など皆無で、身の回りに触れる物が思考を決定付け
行動選択の元となるのならば、なによりも大人達が子供たちの行動の原因で、発端でしかない。
ならばそんな風な思考をする大人たちも、やはり子供時代に身の回りになったものに
洗脳のように施された思考回路で物事を考えているに過ぎない。
ならばこの世のどこに正当たる正答があるのか、
完全な第三者など無く、完璧な傍観者など無く、完成された審査員など居ない。
そんな世界は、すでに破綻して、破常して、破損している。

 そして世界というこの大きなシステムはまるで不気味なほどにそのくだらない流れを受け入れてる。
暴力的で残酷なのはこの世界そのもので、故に無干渉、不干渉。
僕たちは身の回りに溢れすぎてる暴力に、殺人に、戦争に、いい加減飽き飽きしている。
例え暴力的で人がどれだけ悲惨に無惨に不様に殺され、屍が量産されようと、
結局は御伽噺と同じ本を閉じてさようならという程度。
テレビでやるニュースも、電源を切ってはいおしまい。
なにもかもがそうだ。どうして人はこうも無関心でいられるのだろうか?
この間の事件でも、結局人が一人死んでも、僕の小さな世界すら変わらずに進み続けていた。
273 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 05:30:45.53 ID:FCHb/h.o

―――

 嫌奇螺 光《》という人物が僕の知り合いに居る。
274 :圧倒的修正![saga]:2009/06/03(水) 05:34:22.55 ID:FCHb/h.o

―――

 嫌奇螺 光《きらきら ひかる》という奴のことを、
この時点の僕は欠片も知らなかった。
二年と少し嫌奇螺とは同じ教室で机を並べてはいるけれど、
僕がその間に知った嫌奇螺の情報なんて微々たる物で、
そもそもというもの彼という個人になど言ってしまえば興味が無かった。


275 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 05:37:14.96 ID:FCHb/h.o

主人公名前候補
>>143
キャラクター名
>>144>>145
選考漏れ
>>150
ネタ
>>151>>152

捕物語
>>160-165>>171
276 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 05:47:32.55 ID:FCHb/h.o
>>274

 嫌奇螺 光《きらきら ひかる》という奴のことを、
この時点の僕は欠片も知らなかった。
二年と少し嫌奇螺とは同じ教室で机を並べてはいるけれど、
僕がその間に知った嫌奇螺の情報なんて微々たる物で、
そもそもというもの彼女という個人になど言ってしまえば興味が無かった。

 いや、これはまぁなにも彼に限ったことじゃない。
僕が現在机を並べているクラスメートの中で、
まともに人物紹介ができるのなどそれこそ僕自身を除けば
戦場ヶ原と羽川だけになってしまう。
それは人によっては寂しいだとかなんだとか感情を重ねたりするんだろうけど、
僕からしてみれば自分にとって価値の無い人間の情報など限りある脳の容量の無駄遣いでしかないと思う。
これに関して僕はいままでもそしてこれからも変えることの無い価値観の一つで、
今だって変わってない。
だから、きっと僕が彼女のことをこれほどまでに深く知ってしまったのは、
きっと彼女が僕にとって価値の無い人間でなくなったという、ただそれだけのことなんだろうと思う。
277 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 06:15:02.90 ID:FCHb/h.o

 ヒカリスワン


 長期休暇というか、もはや連休というレベルで僕は平日で無い日が続くのが嫌いだ。
それは元々イベント事のある日だと調子が悪いというか、
居心地の悪さを感じているのもそうだけれど、ゴールデンウィークだったり春休みだったり、
色々とありすぎたことも関係してるんだと思う。
というか関係してるのだ。四ヶ月足らずでそれを忘却の彼方にできる程、
僕の海馬は仕事を放棄していない。
という訳で、僕はまたぞろ気分転換というか現実逃避という感じで
家をでてぶらぶらと歩く羽目になっていた。
いや、別にでなくてはならない訳も歩かなくてはならない訳も前述の話にはないのだが、
僕の気分的にはこれはもう脅迫観念とすら言えるなにかとして存在しているのだ。

 ありがたいことに僕は常人よりも少しばかし疲れにくい身体をしているので、
折角だから海にでも向かおうかと意気込んで歩き始めて二時間弱。
潮の香りもなにもしない辺鄙な道を歩いていた。
278 :\[saga]:2009/06/03(水) 07:42:11.69 ID:FCHb/h.o
>>182


 鐚走も鰐待も確かに友人である、確かに親しい。
だが僕が彼らに信頼や信用を持っているのかといったら答えは否だ。
信じる心だなんてそんな陳腐な物を僕は古今東西一度も所持したことがない、
それは自分自身に対しても同じ事で、結局僕は疑心暗鬼の餓鬼だという意見もあるだろうが、
しかし鐚走も鰐待も人間性に圧倒的な欠陥がある奴で、
詐欺師の持ちかけた話よりも信じるに値しない者なのだ。

 まぁそんな奴しか友人が居ない僕も大概似たようなもので、
第三者から比較されれば不本意ながらほぼイコールで結ばれる事も理解してる。
僕も鐚走も鰐待も、どいつもこいつもここらに住んでる奴らは馬鹿ばかりだ。
頭のネジを纏めて落として、隙間にこびり付いた錆だけで辛うじて形を保ってるような
どうしようもない糞野郎の掃き溜めのような場所。
それが僕等の住む日本国内特殊自治領域、平塚という街だ。
279 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 07:56:23.43 ID:FCHb/h.o

 特殊自治領域。
つまりは法治国家たる日本から隔離された独自の体系で成り立ち、
全ての事象をその内部で処理し、解決させる治外法権のようなもの。
この場所は、日本という国から見離され、見捨てられ、見限られた、
陸の孤島とも言える小さく小汚い町なのだ。

 アンダーグラウンド、とでも言うと理解の助けになるだろうか?
あるいはとある世界での長崎、とか。
どちらにせよ、この場所がまともに成立していないことだけはわかると思う。
抜け穴だらけとはいえ、日本という国を先進諸国の中でも指折りの上位国として
きちんと成していた法がこの土地ではなくなり。
代わりに自法と呼ばれる必要最低限のロボット三大原則のような
曖昧で有耶無耶な物がここでは法として確立している。

 一つ、人は人を殺めてはならない。
 一つ、人は人の所得物を奪ってはならない。
 一つ、人は人の所得物を破壊してはならない。
 一つ、人は銃砲刀剣類の所持を認めない。
 一つ、USBを介した結果であれば上記に反してもこれを罰しない。

 三大原則ではないが、これが基本的にみなが知る最低限の原則。
こんなものはいまどき馬鹿な小学生でも当然と弁えていることで、
それしか明記されていないということは法などあってないものだと言う事だ。
280 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 08:25:05.28 ID:FCHb/h.o

 現に、殺めることを禁止しつつも殺さない程度の暴行は禁止されていない為、
外を歩けば頻繁に暴力的でグロテスクなシーンにでくわす。
他にも、奪うのはダメでも譲渡は許可されているし、恐喝も許可されている。
この為暴力に頼った脅しによって、友好的に金銭の受け渡しが行われてる場面にも、
やはり多々でくわしてしまうのだった。
僕が外を出歩きたくない理由の三つの内の一つがこれらだ。
外を歩けば巻き込まれてしまう。
スリや強盗、また家を空けてる間に空き巣が入ったりはないのだが、
友好的に近寄ってきた人間に友好的に多額の金額を譲渡してしまう羽目になる。

「はぁ…、面倒ですね…」

 そして五つの項目の最後。
USBの効果としての凶器の所持、USBの結果としての所持品の強制的な所有権の移行、
そしてUSBを介した人死には罰は科せられないという。法とは名ばかりの無法。
恐喝、暴行の現場に比べれば頻度は非常に少ないが、
そのラストの無法によって死体を目にすることも稀にある。
他人の屍なんて、見たくも無いものをまざまざと見せ付けられて、
ただの子供たる僕は一体どう反応しろというのだろうか?
僕がでたくない理由の三つの内の一つがこれだ。
281 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 08:36:58.92 ID:FCHb/h.o

 そして最後の一つが。

「面倒? そりゃ俺の方だぜ、お前みたいなガキの相手をするんだからよ」
「僕はしてくれと頼んだ覚えはありませんよ。勝手に現れてなにを言ってるんですか」

 USBを僕が持っていることだ。
この土地に居る以上、所持者はそれとわかるようにそれを常時持ち歩かなくてはならない。
これは法にはないが、ローカルルールみたいなものだ。
それに結局USBを隠したところで首にあるコネクタから悟られるのだから、
USBを置いた所で戦う術が無くなるだけで戦いを避けられない。
ならば持つしかないのだろう。

「ついでに言っておくが俺のUSBの内容量は七十と八だ」
「はぁ、それは凄いですね」
「お前の分、加算させてもらう」

 噛ませ犬の発言どうもありがとうございます。
僕はそんなことを思いながら似合わぬ桃色のUSBを首に接続し、
機関銃のインストールを始めた見知らぬ男を眺めていた。
282 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 08:38:53.36 ID:FCHb/h.o
―――


 鐚走の家から歩いて一時間程。
僕は一つの川、その脇に広がる長い雑草が生い茂る地帯にぽつんと、
線路なんか周囲にありもしないのになぜか存在する二両の電車の車両の前に辿り着いた。

 久しぶりに家の外にでたついでに鰐待の所にも向かうことにしたのだ、
親友だの信用だの、前述のとおり僕はこの二人のどちらにも抱いていないが。
しかしあえて、どちらがより近いかと言えば鰐待の方になる。
それは鐚走が男で鰐待が女で、そして僕が男だからとかそういった意味じゃない。
ただ単に、比較的鰐待のほうが好ましい性格だからというだけだ。
まぁそれもあくまで比較的なわけで、
やはり鰐待自体は破天荒で手のつけがたい人物なのだけど。
…実は僕自身の住居からは十五分もしない距離だったりもするこの川原。
鰐待はこの二つの傾いて蔦が無茶苦茶に絡みついた電車両に住み着いている。
283 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 18:22:59.34 ID:FCHb/h.o

 電気の通ってない電車のドアなんてのは、
それなりに大きな衝撃によって窓なり扉そのものなりを破壊しなければ
中に入れない一種壁のような物なのだが、鰐待はそれを素手で襖の様に開閉する。
いまだって当然電車にチャイムなんて無いのでごんごんとノックをして、
数秒も経たないうちに片手でヒョイと絶縁扉並みに硬く閉ざされてるドアを開くのだ。

「よっす緑茶」
「…いや、まぁ間違ってないんですけどね」

 タンクトップにハーフパンツというキャラクター性を考えると
ステレオタイプとすら言える出で立ちの鰐待。
しかしならば一緒に装備してそうな物品、煙草や酒類は所持していない。
未成年ならばしかるべしなのだろうけど、その辺役になり切れて居ないと思う。
いや、キャラとか役とか、どうにもメタ的だけれど。

「とりあえずあがるか?」
「まぁ、こんな虫だらけの場所で会話を行いたくはありませんからね」
「ん、じゃあ入れよ」

 言ってさっさと中に入ってしまう鰐待。

「あ、扉閉めといて」

 …無茶言うな。
284 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/03(水) 18:35:49.65 ID:FCHb/h.o


「で、ぶっちゃけなんの用事な訳? めんどいからちゃっちゃと本題入れよ」

 車両の中は座席が取っ払われ、
冷蔵庫にテレビに炊飯器や電子レンジ、湯沸し器や冷風機なんぞもある。
照明だって当然あるし、もう一つの車両にはベットもある。
生活水準はむしろ僕より良好と言える。
どうやってガスや水道や電気をここに引いてるのか僕は知らないし興味ない。

「はぁ、べつに特筆した用事はありませんが」
「嘘ぶっこいてんじゃねぇぞ」
「割かしマジですけどね、強いて言うなら会いに来たと言うところですかね」
「誰にだよ」
「あなた以外に誰がこんなところに居るんですか?」
「あー、マジで私に会いにきただけなわけ?」
「そうですよ、僕が信じられないんですか?」
「信じてくれねぇ奴を信じれるかボケ」

 まぁそりゃ正論。
僕は黙ってだされたコーヒーを啜る。苦い。
なんで砂糖やミルクがないんだ。馬鹿なのだろうか。
ブラックが格好いいのは中学生までだ。
285 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 18:53:47.17 ID:FCHb/h.o

 表情にはださないで、取り合えずマグカップを机に戻す。
そもそも僕は基本的に紅茶派なのだ。
僕の家には紅茶葉がいつも十数種類置いてある。
こだわりはないけど、もう癖みたいなものだ。
ないと落ち着かない。…となると癖というより一種の中毒だな。

「お前が私に会いにねー。用事があるよりむしろこえぇよ私は」
「その言い方は心外ですね。
 けどまぁさらに言うならば鐚走の家に向かったついでという感じですかね」
「鐚走の家? 行った所で意味ねぇだろ、あいついつも居ないし」
「えぇ、会いに行ったんではなく家を見に行ったんです」
「…また名前忘れたのか?」
「度忘れです」
「度忘れが多いんだよ。自分の名前わかるか?」
「緑茶」
「それはさっきの冗談じゃねぇか」
「でしたね」
286 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 19:12:29.34 ID:FCHb/h.o

 冗談は置いといて。
確かに用は無いけど意味も意図も無いわけじゃない。
そこまで僕は愚鈍な人間では無いはずだ。

「鰐待」
「ん? なんじゃらほい」
「今日またデバイスに会いました」
「ですですか」
「危うく蜂の巣にされまる所でしたよ」
「ふぅん、へぇ、ほぉ」

 明らかにやる気が無い。
287 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/03(水) 19:50:39.77 ID:FCHb/h.o

 冗談は置いといて。
確かに用は無いけど意味も意図も無いわけじゃない。
そこまで僕は愚鈍な人間では無いはずだ。
僕は真剣さを演出しながら一つ咳払いする。

「鰐待」
「ん? なんじゃらほい」
「今日またデバイスに会いました」
「ですですか」
「危うく蜂の巣にされまる所でしたよ」
「ふぅん、へぇ、ほぉ」

 ここまで完膚なきまでにどうでもよさそうにされると
僕の方までどうでもよくなってくる。
こういう伝播はよくないなぁと思いながら、ため息を吐いて
少し調子を砕いてから再度話を試みる。

「最近ちょっとばかし多いですよね、こういうの」
「まぁな、私も先週タンクローリーの操作法を覚えたぞ」
「それはまたずいぶんと愉快ですね」
「結局通常の車とサイズ以外かわんねぇけどな」
「そんなもんですよ、実際は」
288 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 20:04:49.17 ID:FCHb/h.o

 知らないものほど想像と妄想と偶像とが混ざる。
例えば銃を海外などで実際に撃ったことがある人ならば感じたことがあるだろ。
『あれ? この程度の物なのか? こんな物なのか?』
そんな肩透かしにも似たなにか。
自分の日常や平常から離れたものほどそれは大きくなり、過大で過剰な期待。
見ると聞くとは大違い、百聞は一見に如かず。
僕だってこの街の腐乱さをちょくちょく解説したものの、
しかし外からこの街を見ていた時、伝聞として知りえた知識で感じていた感覚は、
実際に足を踏み入れるとあっさりと雲散霧消してしまった。

 日本という国にある地獄。
      ・ ・ ・ ・
 それはこの程度なのかと。
失笑し、一蹴し、一笑に付したものだ。
289 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 20:15:08.37 ID:FCHb/h.o

 結局真実なんて、良い意味でも悪い意味でも、
想像より、思っていたよりも良かった悪かった、なんてことは無い。
この世にあるトップとボトムの差なんて、大して違いなど無いのだ。
自治領域の内外での違いだなんて、突き詰めれば人が上品ぶってるかどうかの違い。

 酷く稚拙で乱雑で適当な作りをしているのだ。
人間も、社会も、世界も。

「へーい煎茶君?」
「…誰ですかそれ」
「お前だよお前」
「…べつにいいですけど」
「で、言いたいことはそれだけ? 注意勧告?」
「ですね。…といってもどうせ思い付きです、暇なんでしょう? なにかゲームでもやりませんか?」
「おっ、いいねぇ。なにやる?」
「それでは将棋でも」
290 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 20:39:54.04 ID:FCHb/h.o

―――

 僕の家はボロいが広い。
そしてなにより普通だ。
でかい塀に囲まれた屋敷や、放置車両と比較するまでも無く普通だ。
二階建てのアパート、その一階端の家が僕が借りている家だ。
この場合借りているというのは賃貸という意味ではなく、
勝手に上がりこんで住居として使用させてもらってるという意味だけれど。

「重畳な話ですよね、まったく」

 3DKと一人で使うには少々手に余る広さのこの家は
細く入り組んだ路地の奥、わかりにくい場所にある。
三つの部屋のうち、私室として使っている部屋で
僕は真っ黒なUSBを一台のノートPCに繋ぐ。
291 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/03(水) 21:42:45.13 ID:FCHb/h.o

 カーテンの無い窓から入り込む月の光と、
モニタだけが光源の暗い部屋。
照明がないわけじゃないのだけれど作業中はつけないのが僕の流儀なのだ。
目が悪くなるだけで利点なんて無いのだけれど、
これもやっぱり癖なのだ。悪癖ほど、直らない。

「…特に何もありませんね。予想外にお金が入ってるのが救いでしょうか」

 モニタに表示される多数のフォルダ、ファイル
多様な情報、多数の武器、多種のスキル、多量の金銭。
新しく増えた七十五のファイルのうち、
すでに所持しているもの、不要なものを取捨選択してDeleteしていく。
結局残ったのは金と三つのファイルのみ。

「おしまい」

 USBを抜いてパソコンを閉じ、照明を付ける。
部屋にはPCとそれを置いてる机と椅子、そしていくつかの本が床に直置きになってるだけだ。
私室などと言ってもその程度、このなにもなさが心地よい。
292 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 00:50:31.99 ID:rS4fDjQo

 ここいらで一度唐突に突然にUSBというものに関して説明を行わせてもらう。
いや、説明と言っても誰になにを言うわけじゃない
僕の数ある中毒の一つと考えてもらって構わない。
僕は独り言の際、それを他人にそのまま聞かせても意思疎通ができるように、
言い間違いの訂正、例の複数開示、原因、過程、結果、考察、
といった具合に独り言を演説のように構成させて行っている。
馬鹿らしくもある行動なのは承知の上なのだが、
しかし自分の思考をまとめて整理するには役に立つ。
そういった感じで一つUSBについて考えてみる。

 USBというのは基本的にはPCに繋いでデータのやり取りをする
携帯型大容量記憶機械であることに間違いは無い。
小さく、百円ライターと同等の大きさで、
色や形状にそれぞれ多少の差異があるそれは。
しかしこの平塚圏内でのみ、もう一つの用途を持つ。

 それが人間のデータ化。
所持者の知識、経験、記憶、所得物、金銭。
それを全てデータ化してUSBに仕舞い込む。
293 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 01:04:06.99 ID:rS4fDjQo

 所持者は首筋にポートを持っている。
身体に埋め込まれたそれにUSBを差込み、
中に入っているプログラムをインストールすれば、
所持しているユーザーはなんでもできる。
僕のUSBに入っているフォルダ総計は八百五十四。
その場に応じてプログラムを起動させれば、
この世の全ての移動兵器を自在に動かせたりもする。

 わかりやすく言うなればマトリックスの世界だ。
データを組み込めばなんでもできる。
まぁ違いはこの世界は機械の中ではなく、あくまでも現実で、
僕ら人間は生身の身体を持っていて制約を色々と受けているということだ。
だからビルとビルを飛んで渡る事などできないし、
何も無い空間に乗り物や銃器などを出現させることもできないし、
ましてや自分のデータをコピーして百人のスミスになることもできない。
全は一、一は全などと言っても個は個で個でしかない。
そして、普通はあまりないのだが、
収集欲や金も含めた物欲等の強欲によってそのデータを奪おうとする輩がいる。
そしてUSBを奪われ破壊されればその所持者は命を絶たれる。
法の五つ目、その意味はこういうことだ。
日本国内特殊自治領域平塚。

「…面倒ですよね」
294 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 05:50:37.56 ID:rS4fDjQo

 複雑すぎるのだ。
なにもかもが。
そりゃ外じゃ無縁仏の情報を拾ったりとか、
遺棄された死体の処理とか、
殺人事件の被害者の記憶を探って犯人特定したりとか、
役に立ってるのも知っている。
…って挙げた例が全部生殺に関わってるってどうなんだろうか。
まぁわかりやすさを求めた結果であって僕の嗜好が出たわけではないと判断して、
目を領域内に戻せばこの有様。
盲森夫婦という人間を返り討ちにした今日の僕の行いだって、
罪に問われることなく、無事として処理される。
処理されるというか、処理されない。
なにもなかった、そう無視される。
あの遺体は掃除屋のじいさんかなにかが拾ってごみと一緒に焼いて終わり。
盲森という人間が同じように過去にデータを奪った七十七の人間だって、
やっぱり同じこと。焼かれ爛れ跡形も無く消滅する。
存在としても、書類上でも。
完膚なきまでに亡き者を無き者にする。
ただでさえ平塚内の人間は日本という国に存在してないことになっている。
首都圏神奈川の一都市、平塚の対外的に流れてる情報。
過度の過疎によるゴーストタウン、人口ゼロ。
それが国外に知られてる平塚だ。
295 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 09:31:05.02 ID:rS4fDjQo

 あとがき

 よく何かを継続して行ってる人間のことをげんえきと呼びますが、
しかし人間はすべからく最初はげんえきなのだと思います。
混じりっ気の無い液体、生まれたばかりの人間はそういった感じで、
そして色々な成分を成長と共に取り入れて個性とか自分とか
そんな感じのなにかを確立していくんだと思います。
より多くの種類の成分を色々取り込んで混ぜれば、
それだけ複雑な人間になるでしょうし。
周りからなにも吸収できずに大人になった人は、
所謂世間の荒波って奴に強制的に薄められて面白みの無い
大多数の薄っぺらな大人になってしまうんだと思います。
 じゃあだからって無理やりにあちこちから適当に赴くままに
取り込んでみたりすれば、それは複雑て深いというか、
単に濁って見えにくいだけの人間になっちゃったりします。
結局は取り込む量も質も見極めが重要ということです。

 このお話は平塚と呼ばれる架空の場所を舞台に
四人の子供たちがUSBと呼ばれる架空の機械を使って
どうにか心地よい場所を見つけようとするお話です。
心地良いなんていっても主観によって選択は様々で、
四人だってそれぞれに思惑があり目的があります。
紆余曲折やらなにやら色々あって少し面倒な内容だと思いますが
そんな物をこうして世に広められたのも編集者の言葉ありきです。
なんだかんだ言ってそれなりにいい内容になってる気がします。
296 :修正やねんて[saga]:2009/06/04(木) 10:50:14.11 ID:rS4fDjQo
>>293


 複雑すぎるのだ。
なにもかもが。
そりゃ外じゃ無縁仏の情報を拾ったりとか、
遺棄された死体の処理とか、
殺人事件の被害者の記憶を探って犯人特定したりとか、
役に立ってるのも知っている。
…って挙げた例が全部生殺に関わってるってどうなんだろうか。
まぁわかりやすさを求めた結果であって僕の嗜好が出たわけではないと判断して、
目を領域内に戻せばこの有様。
盗人善という人間を返り討ちにした今日の僕の行いだって、
罪に問われることなく、無事として処理される。
処理されるというか、処理されない。
なにもなかった、そう無視される。
あの遺体は掃除屋のじいさんかなにかが拾ってごみと一緒に焼いて終わり。
盗人という人間が同じように過去にデータを奪った七十七の人間だって、
やっぱり同じこと。焼かれ爛れ跡形も無く消滅する。
存在としても、書類上でも。
完膚なきまでに亡き者を無き者にする。
ただでさえ平塚内の人間は日本という国に存在してないことになっている。
首都圏神奈川の一都市、平塚の対外的に流れてる情報。
過度の過疎によるゴーストタウン、人口ゼロ。
それが国外に知られてる平塚だ。
297 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 11:46:52.15 ID:rS4fDjQo

 僕は抜いたUSBにキャップをして、
ポケットにしまってつけたばかりの電気を消す。
もう就寝、という訳ではなく夜食の一つも買いに行こうということだ。
買いに行く。つまりそれは物品を売っている場所がある訳で、
売買が成立してるということは経済も成立してることを表す。
ま、表した所でなにがどうこうって訳じゃないけれど。
少なくとも僕にとっては。

 僕が空腹を覚えていて、僕がお金を持っていて、
外には空腹を満たす食料を売ってる場所があるということだけが僕にとって大事なのだ。
そしてこの街に住む誰もが、理解している。
だから、この街でも問題なく店は営業できる。
ここがなくても他に行けばいい、なんていうことができない街だから。
そこが確実な僕等の生命線だから。
襲撃をかます人間なんて皆無にして絶無。

「行ってきます」

 僕は誰も居ない空間に向かって呟いて、家を出た。
298 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 12:06:26.96 ID:rS4fDjQo

―――

「つまりさ、茶屋はなにがしたいのかってことだよ」
「僕がなにをしたいかですか?」
「お前はなんか色々とやってるじゃないか」
「それはそうですよ、十人十色。みんながみんな色々やってます。
 個人的に言わせてもらえれば一人一色なんてのはありえないから十人百色って感じですけどね」
「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。
 俺が言ってるのは茶屋がなにか俺とか鰐待に隠し事をしてるということだ」
「隠し事はお互い様ですよ。大体完全に自分を他人に知られるなんて空恐ろしいこと誰だってしませんよ。
 自分自身ですら騙し騙しやってきてるんです。
 人に嘘を付いていけないなんてそんなの無茶苦茶ですよ、生きるなってのと同義です」
「だからそうじゃないんだよ茶屋。君は塀を破壊しようとしている」
「鐚走の家のですか? それはとんでもない、ずいぶんと荒唐無稽な話ですね。
 僕になんの利があってそんな強行に及ぶのですか」
「違うってば、聞けよ人の話しを、殺すぞ」
「やめてくださいよ」

299 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/04(木) 12:08:07.89 ID:rS4fDjQo

「お前はこの平塚の塀を破壊しようとしているんじゃないのか?」
「僕個人の力でどうこうできるようならこんなに大量の人間がここに閉じ込められたりしませんよ」
「まぁ、そりゃそうだけどさ。でもやっぱりお前って違うじゃん」
「違うとは? 外部から来たとかですか?」
「じゃなくて、根本からさ」
「言ってる意味がわかりませんね。汲み取れません」
「なんて言うのかな…。えっと、ここに人間っていう機械媒体があるわけだよ」
「はい」
「んで、骨格があって、回線繋いで、モーターくっ付けて、コンピューター乗っけて、バッテリー乗せて、一つ組みあがるわけだ」
「ですね」
「で、それぞれ人間の個人で出力が違う訳だよ。構成物質の違いとかさ、モーターの威力とか、色々」
「トルクチューンとレブチューンみたいな感じですね」
「そんで飯食って燃料補給して、眠ってCPU冷ましてハードディスクにデフラグかけて」
「なるほど」
「お前はさ、その当たり前を凌駕しちまってるんだよ」
「凌駕ですか」
「なんかさっきの例えだとハイパーダッシュみたいな感じ、
 電池もニカドとかマンガンとかじゃなくてリチウム電池見たいなの積んでてさ」
「それは確かに凄いですね、驚嘆です」
「だけど失格。凄いけど失格、というか凄いから失格って感じだな」
「鐚走に言われると軽く死にたくなりますね」
「いいんじゃないの? お前は死んだほうがいいだろ」
300 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 12:55:30.10 ID:rS4fDjQo

 キャラ設定

茶屋 抹茶《ちゃやまっちゃ》 語り部 男 未成年

僕たる語り部 丁寧語キャラ
USBの所持者 紅茶党の甘党 
身長170cm 体重53kg
ハイパーダッシュ内臓のオキシライドバッテリー
USBの色合いは黒 内容フォルダは八百五十四
補足だがフォルダ一つに人間一人分のデータが蓄積される


鐚走 監獄《あばしりかんごく》 友人 男 未成年

広い由緒ありそうな日本家屋が実家
しかしその敷地を囲むように巨大な分厚い塀が囲っている
よくある思春期の同級生キャラ
身長173cm 体重58kg
茶屋の唯二無三の友人

鰐待 列車《わにまちれっしゃ》 友人 女 未成年

放棄された電車を家代わりに使ってる
豪快な性格のサバサバしたキャラ
身長164cm 体重不明 B80 W55 H81
茶屋の唯二無三の友人

桃透 絶ナ《とうすぜな》 不明 不明 不明

身長152cm 体重42kg
B77 W54 H79


盗人 善《ぬすびとぜん》
かませ犬
301 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 15:55:42.43 ID:rS4fDjQo

 目が覚めると午後だった。
僕は元々長時間寝ないと動けない人間なのだが、
昨日は別段遅く寝たわけじゃないのにこれとは
とうとう僕の万年寝たろうも堂に入ってきた感じだ。

「…入りたくありませんね。素直に嫌です」

 しかし嫌な夢を見た。
夢というか、記憶、思い出に近い何か。
その癖これだけ長時間寝てるんだから、
この部屋の空気中には睡眠ガスの成分が散布されてるんではないだろうか。
…ないだろうな。

「あー…、しばらく鐚走には会いたくありませんね。
 あと一ヶ月は会話したくなりませんのこれは」

 僕の海馬が蓄積している鐚走との会話の記憶の中で、
最も気分が悪くなるのを再生して、僕の脳はなにをしたいんだろうか。
不必要な記憶はとっとと削除して欲しい、
それこそUSB内の他人の記憶みたいにサクッと消せたら楽なんだろうけど
自分自身のデータが入ってるフォルダだけはどうにもできないからなあ。
302 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 20:43:14.48 ID:rS4fDjQo

 目が覚めると午後だった。
僕は元々長時間寝ないと動けない人間なのだが、
昨日は別段遅く寝たわけじゃないのにこれとは
とうとう僕の万年寝たろうも堂に入ってきた感じだ。

「…入りたくありませんね。素直に嫌です」

 しかし嫌な夢を見た。
夢というか、記憶、思い出に近い何か。
その癖これだけ長時間寝てるんだから、
この部屋の空気中には睡眠ガスの成分が散布されてるんではないだろうか。
…ないだろうな。

「あー…、しばらく鐚走には会いたくありませんね。
 あと一ヶ月は会話したくなりませんよこれは」

 僕の海馬が蓄積している鐚走との会話の記憶の中で、
最も気分が悪くなるのを再生して、僕の脳はなにをしたいんだろうか。
不必要な記憶はとっとと削除して欲しい、
それこそUSB内の他人の記憶みたいにサクッと消せたら楽なんだろうけど
自分自身のデータが入ってるフォルダだけはどうにもできないからな。
303 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/04(木) 20:58:53.83 ID:rS4fDjQo

「…とりあえず紅茶でも入れましょうか」

 プリンス・オブ・ウェールズ
アッサム系のブレンドでストレートで香りを楽しむのが基本。
キッチンにある数少ない道具、その中の大半は紅茶関係の道具。
ティーサーバーに缶から取り出した茶葉をキッチリ軽量スプーンで量り投入、
お湯を入れて蒸らしつつ昨日買い物した袋からクッキーをとりだす。
安物でも何でも茶請けが無いとダメな僕。これも中毒。
というよりこだわりと言うか、意地みたいな話。

 何故僕が紅茶にこんなに嵌っている理由はわからない。
嫌いなものの理由は聞いても構わないが好きなものの理由は聞いてはならない、
それは某姉弟が言っていた。
某姉弟など、軽くぼかしたのは、
単に台詞と姉弟ということ以外覚えてないからだが、
はて、あれは一体なんだったろうか?
304 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 03:14:36.77 ID:2CaRyQMo

―――
305 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 03:48:22.22 ID:2CaRyQMo

 抜けるような空、アスファルトで焼き土下座が再現できそうな太陽の元気具合。
間違いなく夏である今日、僕は暇をもてあまして散歩をしていた。
暇を持て余してというか、正確には気まずい雰囲気を持て余すというかなんというか。
今日は7月の20日、つまりは海の日。

「…やっぱり逃げちゃうんだよなぁ」

 情けないというか、男らしくないというか。
僕はいっそのこと一時間以上歩かなければ辿りつかない海岸を
目的地にしてしまおうかなどと思ってみる。
時期も時期、それでいて夏休み前。
ぎりぎりでなんとかなりそうな混雑具合っぽいし、
まぁ行った所で海パンもなにもないし、眺めて終わるのが精々なんだけれど。
少し浸ってみるのもいいかと足先を海方向に向けて、
そこでぴこぴこと上下するツインテールと
このくそ暑い中感嘆物の巨大リュックを背負っている八九寺を視界に捕らえた。

「おう八九寺」
「おや、ドアラ木さんではないですか」
「どっかの球団のDVDまでだしているマスコットみたいに呼ぶな。僕は阿良々木だ。」
「失礼。噛みました」
「違う、わざとだ……」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「貸しました」
「十一は勘弁してくれ!」

306 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/05(金) 03:56:33.65 ID:2CaRyQMo

 やかましいいつものやりとり。
休日というだけでなんとなく調子が悪かった僕の心が落ち着く。
やっぱり八九寺はいいなあ。持って帰りたい。
とかいう拉致に近い思考を僕が考えてるとは知らずに
無警戒にも平然と話しかけてくる八九寺。
いや、なにもしないけどさ。

「で、どうしたんですか阿良々木さん。またプチ家出ですか?」
「僕は家出なんてプチだろうとマジだろうとしたことはない。
 けどまぁあれだよ、前にも言っただろうけど休日って苦手でさ」
「そうですね。両親がたまの休みで疲れをとりながら、
 ”お前は毎日休みでで羨ましいな、ただで食う飯は美味いか?”
 って言ってくるのが阿良々木さんは苦手なんでしたね」
「一応僕高校生だからな!? ってかそんな状況が得意な人間なんていねーよ!」
「おや違いましたか」
「見当違いも甚だしいよ!」
「でも近い未来そうなるのでしょう? なにやら恋とか愛とか言う幻に唆されて
 ランクの高いところを無謀にも受けて落ちていま流行のニートとなると聞きましたが」
「そうならないように勉強教えてもらってんだろうが! なに、一体なににそんな予知を聞かされたんだよ!?」
「聞くまでもありません、阿良々木さんが休日に家に居づらいという理由だけで
 勉強を放棄してこんなところをぷらぷらしているのを見れば誰でもわかります」
「くっ、反論できない…」
「そして二十歳でホームレス、三十路になってで病になり、四十で他界するのです」
「最悪の未来じゃん! 僕何一つ誇ることなく死ぬわけ!?」
「安心してください。その不様な死に様は反面教師として私が後世に伝えます」
「もしその通りになったら最後に僕はお前を道連れにするからな!」
「阿良々木さん、声が大きいですよ迷惑な」
307 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 04:02:32.88 ID:2CaRyQMo

 なんて恐ろしい小学生だ。
なんでこんなに自信満々に僕の未来の不幸を語れるんだ。

「そんなの私が阿良々木さんのことを嫌ってるからに決まってるでしょう」
「僕もお前が嫌いだよ!」
「本当にですか?」
「あぁそうだよ! まったく折角年長者として仕方なく話しかけてやったというのにさ!」
「本当に私のことが嫌いと?」
「大嫌いだね、ここで別れたが最後二度と会うことは無いだろう」
「本当の事を言ったらパンツを見せてあげましょう」
「大好きです!」
「うわっ…」
「引くなよ!」

 小学生にドン引きされた。
さりげなくショックだ。
というか小学生女子のパンツに釣られる男子高校生って通報物だろ。
こんな話を聞かれただけで警察に任意同行を求められそうな奴は僕じゃないと思いたいが、
当然僕以外の何者でもなかった。変態と呼ぶのは構わない。だが紳士もそこに足してほしい。
それが僕の願いです。
308 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 04:10:46.32 ID:2CaRyQMo

「いえ、パンツに惹かれたのにも引きましたが
 それ以上に白昼堂々小学生に大好きだと告白するということに引きました」
「いや、ほらそれは近所の子供や親戚の姪に言うようなものでさ。
 そんな異性として好きだとかどうとかじゃないじゃん?
 やっぱり僕としてもその辺の分別は弁えてるつもりだよ。うん。
 僕が八九寺に言った大好きという言葉の真意もそれと同じものでだな」
「…」
「ごめん! 嘘ついた!」
「一回死んでみては如何ですか?」

 小学生に自殺を薦められる男子高校生。
流石にこれは僕じゃないだろうと周りを見渡してみたら、やっぱり僕だった。

「ちくしょう! こうなったら自棄だ! パンツ見せろ八九寺!」
「き、キャー! キャー! ギャー!」
「コラッ、暴れるな! …ってこの野郎! なんで今日に限ってスパッツ履いてるんだよ! 脱がしてやる!」
「ギャー! ギャー! がうっ!」
「いてぇ! なにしやがる!」
「がうっ! がうっ! がうっ!」

 まぁ、お約束というか。
いてぇのもなにしやがるも僕の方で。
309 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 04:18:36.54 ID:2CaRyQMo

「落ち着け! 八九寺、僕の目を見るんだ!」
「ふーっ! ふーっ!」
「しっかりしろ! 僕は怖くないぞ八九寺!」
「…はっ! ここは誰、私はどこ」
「ここは日本で君は僕の恋人の八九寺だ!」
「…それは本当ですか?」
「当然だ! 僕はこれまでの一生で一度も嘘をついたことがない!」
「…」
「ごめん! 嘘ついた!」
「記憶が曖昧なのをいいことに小学生を恋人にしようなんて見下げ果てた人ですね…」

 僕を思いっきり蔑む目で見てくる八九寺。
その手の趣味の人には多大なダメージを与えるのだろうけど、
マゾでもなければロリコンでもない僕にはなんの影響も無い。
いやぁロリコンじゃなくてよかった。

「…とかなんとかやってるうちに結構時間経ってるなあ」
「話を逸らしてもダメです。今日のセクハラや発言は後日羽川さんに報告しますので」
「僕に死ねというのか!?」
「自業自得です」

 その通りだった。
因果応報とも言う。
310 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 04:23:56.59 ID:2CaRyQMo

 しかし実際問題、
八九寺と駄弁っているとどうにも時間が早く過ぎる。
楽しい時間はあっという間だな。

「私としては非常に長く感じられましたよ」
「僕がそばに居ると緊張して一秒が一時間に感じられるって? ははっ、参ったな」
「もう阿良々木さんは百万回位死に続けてください」
「いいのか? お前は感動で涙がとまらなくなるぞ」
「もし阿良々木さんが死んで私が涙するとしたらそれは嬉し涙に相違ありません」

 ぴしゃりと言い放たれた。
少しやり過ぎてしまったかも知れない。
今度からはもう少し八九寺のことも考えてセクハラしよう。
311 :旧サーバーにロールバックしましたFrom vs302.vip2ch.com sv[saga]:2009/06/05(金) 04:29:54.73 ID:2CaRyQMo

 僕はそう心に決めて、
八九寺に別れを告げて立ち去った。

「なに格好よく終わらせようとしてるんですか?」
「いや、ほらそろそろ暗くなってくるし帰らないと」
「帰る前に私に言うべきことありませんか?」
「今日もありがとう?」
「違います! 私は感謝を求めてるわけじゃありません!」
「…本当にごめんなさい」
312 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 01:13:32.11 ID:BDfneR6o
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313 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/06(土) 01:19:57.18 ID:BDfneR6o
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314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 01:38:47.41 ID:BDfneR6o
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315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 17:17:09.63 ID:BDfneR6o
>>303

 徒然なる思考に身を任せながら、
居間に向かって僕はギョッとした。
表情や態度にはでてなかっただろうけれど、
しかし驚愕、というレベルの驚きを僕は感じていた。

「どちら様でしょうか?」
「…」

 返事が無い。
けれど二本足で起立してこちらを睨んでくるような屍はこの世にないだろう。
ゾンビだとかなんだとかが存在しない限り生者の筈で、
ならば僕に対して反応を返せるだろう。

「あの、勝手に上がられると困るんですけど」
「お前はこの家の所有者ではないだろう。勝手に上がりこんでるのはお前も同じだ」
「…まぁそうですけど」

 なんだろう。
確かにその通り、正論もいい所なんだけれど。
なんか納得いかないなぁ。
316 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 17:25:57.29 ID:BDfneR6o

「茶屋、だったか。茶屋だったよな?」

 僕が立ってる位置と正逆。
向こう側の壁に沿う形のシンクに寄りかかるようにしていた誰かさんは、
僕の苗字を呼びながら一歩こちらに近寄ってくる。
時と場合によっては警戒するべき事態。
というか家に侵入されてる時点で警戒するべきなのだろうが、
僕はあまりこの時点ではそういった感情を抱いていなかった。
それは敵意がないとわかった。なんて格好いい理由だったりではなく、
単に思考が状況に追いついてないだけだったりするのだけれど。

「そうですけど、なにか僕に個人的な用でも?」
「ん、そうだな。そうだ、用があってきた」

 僕に用事がある。
つまり僕に会いにここにきた。
ということはこの場所に僕が住んでいることを知っている。
それを知っているのは基本的に鐚走と鰐待オンリーだ。
…ふぅん、やるじゃん。
317 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 17:42:14.19 ID:BDfneR6o

「ところで茶屋、聞きたい事があるんだ。聞きたいことがあるんだよ」

 前述のように、そしてこの人物が言っているように
僕は正式な手続き(この場合は単にUSB自体と平塚全体の
データバンクに登録すること、になる)を行っていないので
調べようとして調べられることじゃないのだけれど。
というか当然のように僕の名を呼ぶなぁこいつ。
呼び捨て。

「なんでしょう?」
「お前、紅茶好きなのか?」
「…えっと」

 そうだけど。
もちろん好きだけど。
なんでこのタイミングなのかな?
この人は僕の葛藤など知らぬ存ぜぬでダンボールに詰められた
大量の茶葉が入った缶を物色しているし。
318 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 17:58:46.28 ID:BDfneR6o

 いや、本当、勝手に人のコレクションに触るなよ。
中身が空になっても缶はとって置くんだからな僕は。

「で、どうなんだ?」
「いや、好きですよ当然」
「そうか、ならよかった」

 一人頷き、部屋の中心あたりに腰をおろす、
おろす…。なんだろうか?
一応服の上からわかる身体の線や身長を加味すれば、
女っぽいのは理解できるんだけれど。

「紅茶を入れるところだったんだろ? 私にも頼む」
「…はぁ」

 図々しいというか、意味がわからない。
けど、とりあえず僕は意味のわからさに流されてしまわないうちに。

「で、あなた誰なんです?」
「桃透、絶ナかな。桃透、絶ナだ」

 それ人の名前かよ。
…僕が言うなって話か。


まぁ、こんな感じで、登場人物が揃ったのだ。
揃ってしまったのだ。
揃わなければ、始まらずに済んだというのに。
319 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 18:58:33.79 ID:BDfneR6o

―――

 発端と終焉は同じ場所で迎えるべき。
というのは確か鐚走が言った言葉だった、
…いや、鰐待だったかもしれないし、もしかしたら僕だったかもしれない。
まぁ誰が言おうと、結局言葉の意味自体は変わらない、
変わるのは重みと真実味だ。

 曰く、人間というのは奇跡である。
生から死へ向かう中で多種多様な線を描いていく。
何かが、始まったところから線が始まり、終わった所で途切れる。
それだけなら単に一本のなにか、地面に落ちた糸くずの形のような、
なんだかよくわからないものだけれど。
しかし、始まりと終わりが同じ場所であるならば、それはなにかを囲む円になる。
丸くなくても、なにかを囲む区切りとなる。

 そしてそこに囲まれたものが、経験とか、思い出とか、糧になる。
けれど、誰でも最初の場所なんて忘れて右往左往。
結局どこにも辿り着けずに終わっていく。
好きに放浪してもいい、だけど最後にここに戻ってきなさい。
人生に置ける、目的、目標、そして束縛。
320 :修正[saga]:2009/06/06(土) 19:05:43.29 ID:BDfneR6o
>>303

 徒然なる思考に身を任せながら、
居間に向かって僕はギョッとした。
表情や態度にはでてなかっただろうけれど、
しかし驚愕、というレベルの驚きを僕は感じていた。

「どちら様でしょうか?」
「…」

 返事が無い。
けれど二本足で起立してこちらを睨んでくるような屍はこの世にないだろう。
ゾンビだとかなんだとかが存在しない限り生者の筈で、
ならば僕に対して反応を返せるだろう。

「あの、勝手に上がられると困るんですけど」
「貴方はこの家の所有者ではないでしょう?
 勝手に上がりこんでるのは貴方も同じかと思いますが」
「…まぁそうですけど」

 なんだろう。
確かにその通り、正論もいい所なんだけれど。
なんか納得いかないなぁ。
それに若干キャラ被ってません?
まだほんの数人しかでてないのにキャラ被るって…。
321 :修正[saga]:2009/06/06(土) 19:06:54.52 ID:BDfneR6o

「茶屋、でしたか。茶屋でしたよね?」

 僕が立ってる位置と正逆。
向こう側の壁に沿う形のシンクに寄りかかるようにしていた誰かさんは、
僕の苗字を呼びながら一歩こちらに近寄ってくる。
時と場合によっては警戒するべき事態。
というか家に侵入されてる時点で警戒するべきなのだろうが、
僕はあまりこの時点ではそういった感情を抱いていなかった。
それは敵意がないとわかった。なんて格好いい理由だったりではなく、
単に思考が状況に追いついてないだけだったりするのだけれど。

「そうですけど、なにか僕に個人的な用でも?」
「えぇ、そうですね。そうです、所用がありまして」

 僕に用事がある。
つまり僕に会いにここにきた。
ということはこの場所に僕が住んでいることを知っている。
それを知っているのは基本的に鐚走と鰐待オンリーだ。
…ふぅん、やるじゃん。
322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 19:08:23.96 ID:BDfneR6o

「聞きたい事があります。聞きたいことがあるんです」

 前述のように、そしてこの人物が言っているように
僕は正式な手続き(この場合は単にUSB自体と平塚全体の
データバンクに登録すること、になる)を行っていないので
調べようとして調べられることじゃないのだけれど。
というか当然のように僕の名を呼ぶなぁこいつ。
そして地味に呼び捨て。うぅん、掴みにくい。

「なんでしょう?」
「…貴方、紅茶好きなんですか?」
「…えっと」

 そうだけど。
もちろん好きだけど。
なんでこのタイミングなのかな?
この人は僕の葛藤など知らぬ存ぜぬでダンボールに詰められた
大量の茶葉が入った缶を物色しているし。
323 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 19:24:57.50 ID:BDfneR6o
やっぱり修正なしで
324 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 19:37:41.86 ID:BDfneR6o
>>319

 まぁ、だからそれがどうした、と言われれば
別にどうもしない。としか答えられないのだが。
僕が言ったにしろ、鰐待や鐚走が言ったにしろ、
こういった一見深そうで、全く意味の無い事を口にしてるときは
大抵がその場の思いつきでそれっぽく適当に並べてるだけ。
僕が偶然とはいえこんなことを思い出したのは僥倖とすらいえる。

「これは、美味いな。美味い」
「そうですか。気に入ってもらえたようでなによりです」
「私も紅茶は好きでな。うん、お前の好感度もあがったぞ、よかったな」
「ですか」

 好感度って。
初対面の人間のルートに入るつもりは僕にはないのだけどなぁ。
なんかエンディングもハッピーっぽくないし、
というか早く本題に入って欲しい。
325 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 23:01:17.39 ID:BDfneR6o

「本題。本題ね」
「えぇ、用事があるのでしたらくつろぐ前にそっちを消化してください」

 自分にしかいつも紅茶を振舞う相手もいないので、
この場にあるカップは一つきり。
そしてそれを彼女が使ってるために僕は飲めない。
理不尽。不条理。

「私はお前に折り入って頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「あぁ、付き合って欲しいんだ。付き合って欲しい」

 この場合、恋愛要素はほぼ除外。
ならば行動を共にするということになるが、
しかし買い物に連いていくのとは違う。
面倒ごとの予感以外のなにものもしない。

「私は茶屋抹茶、お前を知っている」
「そうでしょうね。如何なる方法で知ったのか、
 わざわざこの家にやってきたわけですからね」
326 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 23:26:33.21 ID:BDfneR6o

「それだ。それなんだよ」

 ぐいと残っていた紅茶を一口で飲み干して、
桃透絶ナは少し興奮した様子で身を乗り出す。
その際力強く置かれたカップが僕は偉く心配なのだが、
多分空気が読めない奴と思われそうなので黙る。

「私は知っている。知ってるんだ。
 お前の事だけじゃない、鐚走監獄のことも鰐待列車のことも」

 知っている。
その言葉はどこまで通じるのか。
知っている、どの辺りまで知っているのか。
僕の居場所がわかったのだから他の逸脱した
住居を構える二名の家は即バレとしても、
もしかしたら僕が知りえなかった彼らの背景を知れるかもしれない。

「あなたは何者ですか?」
「私はマザコンだ」
「…は?」
327 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/06(土) 23:32:30.65 ID:BDfneR6o

 いきなりそんな母親が好きであることを告白されても困る。
へーそうなんですか、それはそれは今の反抗的な若者が
氾濫する中で素晴らしく純粋な心をお持ちのようですね。
僕ももし母が生きていたそうなってたかもしれませんよ。
なんて言えばいいんですかね?

「ん、あぁ、間違えた。そうじゃない。そうじゃなかった」


「私はこの領域のマザーコンピューターをしている」
328 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 00:13:12.89 ID:fWU4TiIo

―――

 そろそろ夏だな、とか思ってみる。
僕はどちらかというと夏より冬が好きな人種だ。
冬は厚着をすれば暖かく過ごせるが、
夏は全裸になっても暑いのだ。
僕は鰐待のように冷風機など持っていない、
どころか扇風機すら所持していないのだ。

「好きなときに遊びに来ていいぜ? 家近いんだからよ」
「むしろ泊まらせてください。寝苦しいのが一番辛いですから」
「べつに構わんけど、ベット一つしかないぜ? 一緒に寝るか?」
「非常に魅力的な提案ですが辞退します。以前骨を折られかけましたから」
「あぁ、そんなこともあったなぁ」
「ので、深夜の内に毛布の一枚くらい持ってきますので」
「あいよ」

 
329 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 10:17:53.94 ID:fWU4TiIo

 そこまで話して、背中をどんと強く押される。
背中を、というか位置的には肩に近い場所。
振り向いて見てみれば睨む様な瞳、
たったこれだけ世間話をするのも堪えられないらしい。
ちょっとした世間話は真剣な話をする前に必要な潤滑剤だというのに。


「鰐待」
「なんだ? …っていうか、まぁそっちの見知らぬ誰かの関係なのはわかるけどよ」
「話が早くて助かります、正直僕には手に負えません。…あいたっ」

 僕の後ろに控えていた桃透絶ナは、
その台詞を聞いた直後に僕の背中に蹴りをくれる。
腰の入った良い蹴りである。

「折り入って頼みがある」
「私に、頼み?」
「この場合はお前たちだな。お前たちにだ」
「私たちに、ねぇ」
330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 10:28:15.77 ID:fWU4TiIo

 向かいあう僕と鰐待、そして…桃透絶ナ。
一々フルネームで呼ぶのも面倒なのでこれ以降は
彼女が望んだのもある為、絶ナと呼ばせてもらう。
昨日、僕の前に唐突にやってきた絶ナのした荒唐無稽な話、
当然鵜呑みにするわけにもいかない僕としては
とりあえず判断材料を増やす為に、
そして判断するための時間を増やす為に、
鰐待を呼び出して絶ナに会わせることにしたのだ。

「…ようするに、だ。お前はなにがしたいんだ?」
「なにがしたい。なにがしたい、か。それは目的を聞いてるのか?」
「あたりめーだ」
「ふぅん、なるほど。私の目的か。私の目的はだな」
331 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 22:18:51.16 ID:fWU4TiIo

―――
332 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 22:24:47.05 ID:fWU4TiIo

 何がなんだかわからない。
いや、わかっている。わかりすぎてわからないこの感覚。
情報過多、処理しきれずフリーズしてるというのが最も近い。
ヌルつく右手、ツンとくる不快な匂い、窓の外では蜩が飛び交い、
傾いた太陽が紅く部室を照らし出す。

 赤く、紅く、朱く。
酸素と結合して浅ましいまでの鮮血は黒く濁り、
自分の足が血黙りに踏み込んでいることに気づいて引き上げてみれば
足跡がくっきりとできてしまうまでに凝固が始まっている。

「…なんだか、なぁ」

 鈍く光を放つ薄い金属塊、見慣れぬ刃物。
それを首から生やしてだくだくと流血する屍。
おかしいな、おかしいぞ。
333 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 22:36:25.09 ID:fWU4TiIo

 乾き始めた血がべっとりとついた靴底を、
まだ清潔、ではないが少なくとも血塗れていない場所で擦ってみると、
ぐちぐちと気味悪い音がする。

「いや、まぁ力があろうとなかろうと身体の構造は人間だ。
 まさか刃物で傷つかない肉体を保持してるとは思ってないが、
 …にしてもあっさり過ぎる、よな、こんなの」

 指や手のひらの皺、隙間に入った血が固まり
俺の手を固定するような変な感覚。
全ての動物の体内を流れている最も身近な液体の癖に、
なんなんだろうか、体外に出た瞬間に感じるこの嫌悪感、拒絶感、不快感。
格好つけて、芝居がけて、その血を舐めるような事はしない、
気持ちが悪い。早く洗いたい。

「おい神様、仮にあの世があるなら、お前は向こうで閻魔様にどんな歓迎を受けるんだろうな?
 少々興味があるし、多少愉快そうだ、向こうで多大な時間を持て余せハルヒ」
334 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/07(日) 22:50:26.92 ID:fWU4TiIo

 天は人の上にも人の下にも人を作らない、
代わりに人の上に神という存在を作ってしまった。
意図も意思も意味も意向も意地も、
なにもない、無自覚の神様。
なんと迷惑な存在だろうか。

「でも、なぁ…」

 嫌いじゃ、なかった。
迷惑で迷惑で、どうしようもなく俺を振り回し振り翳し続けてくれた
あの力だけは一級品、性格三級品の神様を、それでも嫌ってなかった筈なのに。

「俺はどうしてハルヒを殺したんだ?」

 悪意は、多々有った。
 敵意も、時折知った。
 害意を、度々持った。

 けれど殺意を抱いたことなど古今東西無く。
殺した事実を追いて過程や原因がぽっかりと消えうせている。
335 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 19:59:13.57 ID:m3vmGgEo

 十月、誰よりも博愛で誠実で、
この世の欺瞞と傲慢を打ち砕かんとこれまで生きてきた
根っからの正義感。つまるところのこの僕は
一人の少女と請負人に出会った。
少女は僕の天敵のような存在で、請負人は見るも耐えないような、
まるで昔の僕のように薄弱な存在だった。
奇しくも十月、最悪が嫌いと評したこの月に
僕はなにを思ったか彼らがこの十月に死んでしまわないように、
自ら動いてしまった。

それ自体が彼らを殺す引き金になりかねないというのに。
…まぁ、戯言なのは変わりないのだけれど、ね。
336 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 20:18:59.33 ID:m3vmGgEo

―――

 正確には揉め事処理屋、というらしい彼ら。
いつだったか僕が哀川さんと同じ道に進み、
しばらくして哀川さんが教えてくれた呼称、職業。
名前が違うだけでやってることは大体は同じ、
他人の依頼を受けて、それを解決する。
請負人は他人の代わりに物事を片付ける。
揉め事処理屋は他人の代わりに揉め事を処理する。
ここでの違いは僕や哀川さんは金と折り合いが付けば
どんな些細な事でも依頼を受け、こなすのだが。

「揉め事処理屋っつーのはよ、そのまんま揉め事オンリーな訳だ。
 人事間の諍いとか、あんまり表にでねー事件やらなんやら、
 気分が悪くなるような事柄を専門にしてんだよ」
「はぁ、例えば《殺し名》関係、みたいな?」
「似て非なるものだないーたん。だけど鋭いぜ、殺し名七名とは違うが
 非て似たもの、裏十三家族、だったけな? 知ってるか?」
「いえ、まったく」
337 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 20:58:30.84 ID:m3vmGgEo

 嫌なことを聞いてしまった、とこの時は素直に思った。
単純に数だけを数えれば《殺し名》のほぼ倍、
零崎や出夢君や奇野さんみたいな連中がそんなに居るというのは
僕としてはどうやっても歓迎できない事象だ。
崩子ちゃんみたいのが一杯だというなら対応も変わるけど、
どうやら崩子ちゃんは結構イレギュラーっぽいしなあ。

「歪空、堕花、斬島、円堂、崩月、虚村、
 豪我、師水、戒園、御巫、病葉、亞城、星噛」
「なんですかそれ」
「数えれば十三あるんだからそこから発展しろよいーたん、
 自分で考えなきゃダメだぜ?」
「ということはそれが裏十三家って奴ですか?」
「そ、いま挙げたのは奴らの家名だな。
 それぞれが血縁、家族内でのみその技を伝え、
 その圧倒的な戦闘力で裏世界を牛耳ったって話だ。
 ま、いまじゃその半数以上が断絶してるらしいけどな」

 ますます《殺し名》に似通っている。
高い身体能力と閉鎖した家系内での伝統、
裏世界とか言うならばそこにあるのは殺戮の歴史。
338 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 21:19:32.11 ID:m3vmGgEo

「つっても、処理屋の方にしても十三家にしても
 普通にしてりゃ一生関わんねえから安心しろ」
「…それを僕にいいますか」
「あー…、まぁいーたんなら会っちまうかもな」
「マジで勘弁してもらいたいですよ…」

 そんな感じの会話を行って、ちょうど一週間。
僕は非常に難儀している。
そもそも哀川さんがそんな思わせぶりな発言して
何事もなかったことなどこれまでの経験からしてないのだ。
いつだってなにか面倒毎の最初と最後には哀川さんが
仁王立ちしてシニカルな笑みで僕を見ているのだから。
339 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 21:40:53.17 ID:m3vmGgEo

「…にしても」

 ふわふわの、…なんだろう?
ゴスロリ的なお嬢様的な、高級な感じのドレス。
細い手足に薄い唇、俯いた瞳の長い睫。
白くキメ細やかな肌、長く美しい髪。
全てが整っていて、むしろフランス人形のような印象の少女、

「なんで直接連れてくるんですか? いじめですか?」
「はっはっは、なんつーの? つまりこの間のはネタフリって奴だ」

 意図の伝わらないネタを振らないでください。
飄々としてなにを当たり前のように。

「でも、ほら、この間言ったのとは別口、表御三家の方だ」
「十分以上に面倒ごとです。むしろ多数に認知されてる分性質が悪いです」
「ま、そういうことで。しばらく頼んだわ!」
「……なんて無茶苦茶な」
340 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 22:12:25.32 ID:m3vmGgEo

 九鳳院、その知名度は僕でも言われればわかる程といえば
それなりに理解してもらえるのではないだろうか?
いや、我ながら情けないのだが、
僕の記憶力は相も変わらずのザルなので仕方が無い。
少しはマシになったかも、なんて自分では思うのだが
それは人として致命的なレベルから、
人としてヤバイレベルに上がった、みたいな感じなので
僕としてはやっぱり沈黙を保つしかない。

「九鳳院紫ね」
「そ、お前とはむしろ相性がいいんじゃね?」
「むしろってなんですか?」
「細かいこと気にすんな。…っとそろそろ私はいかなくちゃ!」

 
341 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/08(月) 22:16:50.54 ID:m3vmGgEo

 九鳳院、その知名度は僕でも言われればわかる程といえば
それなりに理解してもらえるのではないだろうか?
いや、我ながら情けないのだが、
僕の記憶力は相も変わらずのザルなので仕方が無い。
少しはマシになったかも、なんて自分では思うのだが
それは人として致命的なレベルから、
人としてヤバイレベルに上がった、みたいな感じなので
僕としてはやっぱり沈黙を保つしかない。

「九鳳院紫ね」
「そ、お前とはむしろ相性がいいんじゃね?」
「むしろってなんですか?」
「細かいこと気にすんな。…っとそろそろ私はいかなくちゃ!」

 わざとらしく腕時計を見ながら大声を上げる哀川さん。
そんなもの必要ないだろうにこの動作のために小道具として装備したのだろう。
微妙に小賢しいがしかしそんなこと僕が哀川さんに言えるはずも無く、
「じゃ、これは先渡しの金な。こいつの生活費も混ざってるから」と
僕に分厚い茶封筒を渡してさっさと消えてしまった哀川さん。
…そういえば今回はいつものやりとりをしてない。
342 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 02:25:29.11 ID:f5SYNUco

 まぁそんなことは置いておく。
この場合は些細なことは無視しておかないと僕の脳がハングアップしてしまう。
ただでさえ許容量が少ないんだから効率よく使わなくてはならない、
そして最も今優先すべきは事態。そんなもの考えるまでも無い。

「…君の名前は?」
「…」

 無視された。
小学生になったかどうかの年齢の女の子に無視された。
確かに! 確かに僕は決して子供に好かれる人間ではないけれど!
だからって一応の礼儀として名前を問われたら子供らしく素直に
少し舌足らずな口調で名前と言いつつ年齢を指の数で表して、
さらに言ってる数字と指の数が違い、それを指摘されて照れるような動作をするべきだろう!
常識として!

343 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 02:36:34.87 ID:f5SYNUco

 …少し脱線したので戻させてもらう。
子供相手ということでやや大げさに差し伸べた手が気恥ずかしい。
僕はううん、と気を取り直して再度名前を聞きなおしてみ。る
全く僕が子供に優しいお兄さんでよかったね、
ロリコンという意味ではないけれど。

「誘拐犯になのる名は無い」

 なんとも芯のある、凛とした響きの声で叱責された。
しかも爆弾発言。僕を誘拐犯呼ばわりだった。
この場合哀川さんが実行犯。そして僕はその相棒といった感じか?
あの人、本当に無茶苦茶だな、脳内回路が常時スパークしてやがる。
僕はこの少女乃至関係者からの依頼なりなんなりか、
最低でもこの少女から今回の事に関して情報が聞けるんじゃないかと思ってたんだが。
これは予想外。いや、むしろ予想通りなのだろうか。
非常に嫌な予感がする。
ここの所鈍ってた予感がビンビンきてます。
ちくしょう、あの茶封筒の中身がどれだけだろうと割にあわねぇぞこれ。
嫌だなぁ、ここの所入院してないですんでるんだぞ?
らぶみさんにはもうしばらく会わないでいたい。
344 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 02:47:06.81 ID:f5SYNUco

「ゆ、誘拐犯…?」
「そもそも、他人に聞くときは自らの名を名乗れ痴れ者め」

 なんとも、古風で厳かな喋り方で、
まぁそういう要素も色々と最近では需要あったりなかったりだけど。
…痴れ者って、僕は君に今のところ何一つしてないんだけど…。

「僕の名前、か」
「そうだ、まさか名前が無いというわけじゃないだろう?」
「さて、どうなんだろうね? 僕は本名をいままで三人にしか教えてないのが自慢でね」
「嘘だな」

 間髪居れずに虚偽扱いされた。
たじろいで咄嗟に少女を見ると少女は僕をまっすぐに、
その綺麗で穢れを知らない幼い瞳で見つめてくる。
自分の内面を探られるようで、自分の内側に踏み込まれるようで、
僕はすぐに目を逸らしてしまった。

「名を三人に教えていない。これは…、うむ、本当っぽいが、
 しかしそれを誇ってはいないな?」
「…だからなにかな? 悪いけど君みたいな子供に、
 ましてや初対面の相手にどうこう言われる程僕は簡単な作りをしてないつもりだけどね。
 確かに誇りに思ってないことは事実だけど、
 事実をそのまま口にするのは他人に嫌われやすい行動の一つだからね、年長として忠告しておくよ」
「なら元より真実を口にすればいいのだ」
「そんなことをしたら世界は二秒で崩壊するよ」
345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 03:00:12.27 ID:f5SYNUco

 なんだろう、やりにくい。
子供なんて、確かに口八丁手八丁が聞かない、
理屈も常識も哲学も良識も無い、感情で動く生物で
最初から僕の苦手とするタイプのなのだが。
妹や真心や玖渚や姫ちゃんとか
出夢君や玉藻ちゃんやその手合いのとか
そういうやりにくさじゃない、僕の意識どうこうや立ち位置の違いどうこうじゃない、
ノイズ君や統乃さんや名も無い彼女のようなやりにくさ、
戯言が響かない、分厚いゴムを殴ったかのような感触。

「君は誰だ…?」
「おまえは馬鹿なのか? だから名を聞くなら…、と今聞かれたのは名前じゃないか…」

 うぅん、と悩んで九鳳院の少女は口にする。

「私は九鳳院家の娘、九鳳院紫だ」

 九鳳院の、紫。
それが僕を翻弄する事件の、始まりの少女の名だった。
346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 03:28:05.71 ID:f5SYNUco

「で?」
「は?」
「だから、不本意ながらもわたしは名乗ったのだ。お前も名を名乗れ」
「…ん〜、さっき三人だけって言ったよね。本名を呼んだことがあるのは」
「あぁ、言ってたな」
「全員死んでるんだ」
「…ぬ」

 少し子供には現実的過ぎたか、反省しなくては。
どうにも調子が狂う。なにもいま紫ちゃんに真実を話さなくてもよかったはず、
それこそ回りくどく誤魔化せばいいのに、だ。
嘆息一つ、拍手を叩いて肩を竦めて仕切りなおし、
目深にしていた紫ちゃんも顔をあげて僕を見る。

「僕の身の回りで僕と繋がりがある人間はみんな好き勝手にあだ名で呼んでるから、
 君もそうすればいいんじゃないかな?」
「…例えばどんな?」
「いままで呼ばれたことがあるのは《いっくん》《いの字》《いー兄》《いのすけ》に
 《いーの》《いーちゃん》《いーいー》《師匠》《戯言遣い》、とかかな」
「変なあだ名ばっかりだな」
「僕もそう思うけどね」
347 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 04:53:39.65 ID:f5SYNUco

「というかだな」

 しばらく悩んでから紫ちゃんが口を開いた。

「ん? どうかしたかな」
「誘拐犯をあだ名で呼ぶのも私は抵抗がある」
「…」

 そうか、そういえばこの子はそう解釈してるんだったっけ。
よくないな、過程はどうあれ哀川さんによろしくされてしまった以上、
最低限僕はこの子の世話をしなくてはならない。
その上で僕の事をこの子が誘拐犯(の相棒)と思われてるのはよくない、
ありがたいことに僕は僕が誘拐犯で無いことを知ってるので
ここはしっかり大人として間違いを訂正してあげよう。

「なにか勘違いしてるみたいだけどね紫ちゃん。
 僕は誘拐犯じゃないし、君をどうこうする予定もない、
 僕としても正直なにがどうなってるのかわからないんだよね。
 哀川さんってば相当軌道が読めない人だから。
 できれば君の知ってることとかここに来る経緯とかを聞きたいんだけど」
「…」

 じっと僕の目を見てくる。深い、深い、不快、瞳。
なんでそんな目で見られないといけないだという暗い感情が湧いて出る。
それでも意地なのかなんなのか目を逸らさずにいると、
二度頷いて紫ちゃんは

「なるほど、嘘じゃなさそうだ。
 そうか、しかし私も突然あの女にさらわれたから正直訳がわからんのだ」

 哀川さん…、もう少しアフターケアっていうかなんていうかをしてください。
なんで訳のわからない人間同士を集めて放っておくんですか、
と思ったところで茶封筒に目が行く。
…なに説明書的なのが入ってないか、微かな希望をかけて、
腕を組み悩む紫ちゃんを置いて手に取り封を開ける。
348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 05:32:54.59 ID:f5SYNUco

 上部の部分を千切り引っ張ると、大きくパンッ! と音がした。
不意を打たれたのか視界の端でひっくり返る紫ちゃんが見える。
ドレスなんだからもう少しおしとやかにして欲しいな、個人的に。

「…クラッカー、か?」
「な、なんだそれは!?」
「いや、パーティとかで景気付けにやる奴で、
 今みたいに音を鳴らすんだよ、あとは紙ふぶきとか…」

 いいながらとりあえずくっついてる紐をはがして
中から折りたたまれた書類と札束を取り出す。
札の方はざっと150万位はありそうだ。
まだ目を瞬かせる少女を僕は一瞥してから書類に目を通す。
一枚目、マジックででかでかと『これが青酸カリと酸だったらいーたんは死んでたぜー』と。
…馬鹿かあの人。

「なにかわかったのか…?」
「いや、再確認ができただけかな、今のところ」

349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 05:44:15.45 ID:f5SYNUco

 その後、呆れながらも残りの書類に目を通す。
ざっと読んでみたが、大体の内容は把握できた。
つまりあれだ。うん、哀川さんは本当にこの子を誘拐してきやがった。
この子の素性とかその他詳しいことは上手い具合にはぐらかしてあるけど、
その事実からだけでも不味さがわかる。
これは今の僕が踏み込んでいい場所じゃない。
明らかに四年前の僕の領域だ。

「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
「…おまえはいま、嘘をついたな」

 またも一蹴された。
この世の中には優しい嘘と呼ばれる類の物があると教えておかなくてはならないらしい。
正直、なんで保護者でもなんでもない僕がそんなことを? と言った感じなんだけど。
家庭教師をやっていたこともあったけど、僕は他人に物を教えるのが上手くないのだ。
勉強とか型に嵌ったのならまだしも、生き方道徳倫理なんてのは範囲外もいいところだ、
なんていったって僕が教えてもらいたいのだから。

「なにがそこに書いてあったのかは聞かないが…、
 よくないことが書いてあったのだろう?」
「…まぁね」
「わたしには良くわからんが、とりあえずしばらく頼まれたからには
 わたしからも頼むぞいーちゃん」
「ん…、ん? いまなんて呼んだ?」
「いーちゃん、と呼んだのだ。とりあえず先の呼称の中でそれが一番気に入った」
「…そうかい」
350 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 06:05:49.07 ID:f5SYNUco


 しかしこの子に嘘は通じない。といっても、ならば真実を言ってない場合は?
嘘しか言わない人間はどうなる? 昔の玖渚のように自分自身を偽れる人間はどうだ?
嘘を言ってるが当人はそれを勘違いによって真実と思い込んでたら?
彼女は一体どのレベルまで人の嘘を見破れるのだろうか。
…やめた。僕らしくない。
〜〜っぽいとか、そういう固定的な物言いは好きではないが、
しかしキャラクター性や人間性というのは大事だ。
九鳳院という異常をも超えた超常な家系の人間とはいえ一少女に、大人げない。

「ところで、多分わたしはしばらくここで世話になるのだろうが、
 わたしの部屋はどこになるのだ?」
「…君の部屋、か」

 そういえば考えてなかった。
先ほどから居るのは仕事用の部屋で、べつにプライベート用の部屋もあるが
そちらは多分まだ玖渚が寝てるし…、っていうか玖渚になんて説明すればいいんだこれ?
いや、いまはそれは置いておこう。
仕事部屋と私室とは区別してるからこの部屋には寝具の類は無いし、
かといって新しく部屋を借りるってのも面倒だ、
そもそもその場合僕もしばらくそっちに移住しなくてはならない。
二重生活は面倒だし、この子を一人別室に放って置くわけにもいかない。
351 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 06:15:05.85 ID:f5SYNUco

「…って、えぇぇ!?」
「む、今度はなんだ?」

 今度はというか、君がなんだ!
何故君はいきなり服を脱いでいるんだ!
悪いけど僕にはそういう趣味は無いんだ、
ロリコンとかそういった言葉から最も縁遠い人間と評判なんだぞ?

「嘘だな」
「え?」
「ん? …いや、微妙だな、どっちだ?」

 悩むな。スパッと受け取ってくれ。
というかそれは僕にそういった趣向があることを示してるのか?
今日知った事実の中で最もショックがでかい。
…いや、それより早く服を着てくれ。
誰かに見られたら社会的に僕は死ぬ。
多分肉体的にも精神的にも殺される。
戯言遣いは三度死ぬ。

352 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 23:30:27.81 ID:f5SYNUco

 迷走、というかむしろ暴走とも言える僕の思考。
というかその着替えを取り出してるボストンバッグはいつからそこにあった。

「さっきの女が置いていった、適当に服類だそうだ」
「…それはある意味助かったのかな、買いに行くには少々僕の精神が耐えられそうに無い」

 女児用の衣服や下着やらを買いあさってる成人の男を見かけたら、
僕なら迷い無く一瞬の逡巡も躊躇いの無く通報する。
いや、人によっては子供の服ってのも考えられるが、
自分の外見を第三者目線で観察するにあたって父親という肩書きは絶対に当てはまらない。
実際に子供が居ないのだから当然だが、
その当然の所為でしばらく青い制服の連中に追求されるのはごめんだ。
警察関係のつてが無いわけじゃないけど、
そんなしょぼい事に使いたくない。情けなさがむしろ倍増する。

「で、私の部屋のことだが」
「あぁ、そんな話もしてたね。ん、とりあえずここは仕事用の部屋だから隣の私室にきてくれるかな?」
「ん、よかろう」
353 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/09(火) 23:48:08.08 ID:f5SYNUco

 無地のTシャツと茶のズボン。
先ほどまでの煌びやかなドレス姿とは打って変わって、
普通の女子小学生のようないでたち。
似合っていたというか、やはり様になってるとでもいうのだろう
あのドレス姿でなくなったのは少し残念な感じだが、
しかし僕としては多少対応しやすくなった。
子供は子供らしい格好で居てくれた方がいい。
僕も、子供らしい子供ではなかったけれど。

「おうっ、いの字、大家がまた文句を言っ――」

 紫ちゃんを連れて玄関を開けたと同時に、
丁度ノックしようとしてしたらしいポーズのみいこさんとでくわす。
台詞が途中で止まった理由など考えるまでも無く、考えたくも無い。
服装を変えて少々ボーイッシュではあるけれど、
しかしそれは男の子と間違えるレベルじゃない。
確かにこの位の年頃で顔の整ってる子は中性的ではあるが
この艶やか髪の毛や長い睫や、なんやらかんやらが
紫ちゃんが女の子だと一目見てわかる程に主張してる。
そもそも僕が男の子を連れてたとしたら、それはそれでまた問題だ。

「みいこさん、なにか言う前に僕に一言喋らせてください」
「…なんだ?」
「あとで説明します」
「…わかった」
354 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 00:34:39.35 ID:ZuROaYYo

 後程きっちり説明をする代わりにと、
一応は不問にしてくれたみいこさんは、ただ一つ
『崩には見られる前に説明しとけよ?』と
骨身に渡る助言を僕に寄越してその場を去り。
強張ってるのが見ずとも触れずともわかる表情を誤魔化しながら
息を整え、不遜に僕を見上げる紫ちゃんと共に私室に入った。

「…ここが僕のプライベート用の部屋になるのかな」
「なにもかわらんではないか」
「は?」
「だから、ここでどうやって暮らすというのだ?」
「いやいや、なに? なに言ってるんだい紫ちゃん。
 ここには寝具があるしテレビや箪笥などの家財道具もある。
 生活環境は整ってるでしょう」
「こんな狭いところでか?」

 こんな狭いところって…。
確かに二部屋の家というのはあまり広くは無いけれど、
だからって少女に唾棄されるような狭さではないはずだ。
そもそも、前はこれの半分の広さで、
僕はそこで生活をしていたんだけれどそこのところはどうなのだろう。
355 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 00:59:12.56 ID:ZuROaYYo

「寝るのはここでいいとしよう」
「うん、妥協と譲歩は人間に最も大事な事だよ紫ちゃん」
「食事はどこですればいいのだ?」
「ここだね、食事は基本的にプライベートな行いだ」
「食堂はないのか?」

 君は一体一般庶民に何を期待してるのだ。
なにも僕が一般的で健康的な清く正しい庶民とは言わないけど、
でも生活水準は一般的な物で、それを否定するのは少々心証が良くない。

「リビングは?」
「この家は所謂2Kという奴なんだ、リビングは無い」
「風呂は?」
「さっき通り過ぎたところがそうだけど?」
「…これが普通なのか?」
「そうだね、所帯持ちだったら一軒家だったりマンションだったり
 もっと広いだろうけど、僕はこれぐらいが丁度良いと思うよ」
「…むぅ、そうか。ならば私も対応するしかないのか」
「不承不承仕方なくみたいにいわないで欲しいな。
 九鳳院がどんな場所か知らないけど、
 そんな生活は世界規模でも極僅かなレベルだと思うよ。
 僕だって裕福じゃないけど、でも幸福ではある、衣食住が確約されてるからね?
 そういった貧富の差って、教えてもらってないかな?」
「…すまぬ、贅沢を言った」
「いや、我侭贅沢は子供の特権だから気にすることはない。
 ただそれを当然と思わないようにね」
「うむ」
356 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 01:32:54.30 ID:ZuROaYYo

 なんて会話をこなしつつ、
なんだかすっかり紫ちゃんがここにしばらくとはいえ
住むことが規定事項みたいになりつつある。
哀川さんにもらった書類の中には万が一にも
僕が投げ出さないように悪魔の一言も添えられていたとはいえ、
この子の対応の早さや誘拐された側だというのに冷静で堂々とした佇まいなど、
些か驚嘆ともいえる感情を抱いている。
これは九鳳院の英才教育、ないしは帝王学のようなものの結果なのだろう?

 認知度に反比例するかのように、その内情を外部に鐚一漏らさない九鳳院。
どことなくそれは澄百合学園の一件を彷彿させる。
超に超を重ねてまだ足りぬ、超の上に超を三つ重ねて均衡が取れる
名門上流階級専門女子高、その名に隠された殺戮兵の教育現場。

 そして哀川さんが言葉を濁し、僕に頼むと置いていった少女、
玖渚機関を筆頭とする経済力の世界、
四神一鏡が制する政治力の世界、
殺し名七名 呪い名六名が偏在する世界、
そして普通の世界。
四分割した世界の中で最も力があると評された普通の世界をさらに三分割した一つ、九鳳院。

「どうしたいーちゃん」
「…久々に、戯言だなと思って」
357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 03:55:04.05 ID:ZuROaYYo

―――

 京都の夏は異様に暑く、京都の冬は異常に寒い。
古風で伝統を受け継いだ日本文化の中心ではあるが、
そんなところまで侘び寂びを持ち込む必要はないと僕は切に思う。
防寒着を着込むことをしない僕としては非常に切実で、
まだ十月という時期にも関わらず身を切るような風がそこここに流れている。

 人類最悪の言葉が不意に頭をよぎる。
九月は人が死なず、十月は人が死ぬ。
僕の身の回りで人が死ぬことは少なくなったとはいえ、
それでも職業柄人死にはそれなりに今でも遭遇する。
九鳳院という名前は、どうしてもそれを想起させる。

「嫌だなあ…」

 呟きは薄く白く凍って、すぐに消えていく。
早朝とはいえ、もう息が白くなる季節だというのか。

「…嫌だなあ」



358 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 04:13:13.29 ID:ZuROaYYo

 現在、僕の傍らには紫ちゃんはいない。
塔アパートの住人に任せて僕は所用の為に歩いている。
いままでは関係ない向こう側の名前だった九鳳院、
哀川さんが黙秘してるのなら最低限は自分で調べるしかない
単にそういうことだ。
僕はコンピューターに強いわけじゃないし、
自宅でできることなどたかが知れている。

「お久しぶりですわお友達」
「どうも、ご無沙汰してます小唄さん」

 というパターンで、僕が頼れるところ、あてにしてしまう、人間。
筆頭の哀川さんが問題を運んできて黙秘している、
つまり僕に知られたくないから教えないでいる。
哀川さんがブロックしてるその状態で僕が情報を手に入れるために
頼れる人物など本当に限られている。

 石丸小唄さん。
僕があの直後、いの一番に連絡をとったのが彼女だ。
359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 04:51:01.51 ID:ZuROaYYo

「あれ? 真心は一緒じゃないんですか?
 いまは小唄さんと一緒に行動してると哀川さんに聞きましたけど」
「いまは別件の後片付けの最中ですわ、
 ですから今日はわたくしだけですけど、お友達はなにか不満でもありまして?」
「いえ、もしかしたら久しぶりに話せるかと思っただけで、
 目的を達するには小唄さんがいれば問題ないです」
「それは十全ですわお友達」

 新京極付近、国際ホテルの一階喫茶店。
毎度お馴染みの待ち合わせ場所。
いつもの帽子にデニムのズボン。
向かいに座った僕にすばやくよってくるウェイターに
コーヒーを頼み、自分の分の紅茶を優雅に一口含んでから
小唄さんは話を切り出す。

「今回の頼み、わたくしはなにをすればいいんですの?」
「調べ物、ですかね。ちょいと厄介な事に足を踏みこんだっぽくて」
「厄介な事ですか、それは調べ物自体も厄介な物ですの?」
「でなければ小唄さんにわざわざ頼みませんよ。
 僕が小唄さんに頼む物は、小唄さんじゃなきゃできないことだけです」
「それはずいぶん買っていただいて十全ですけれど、一体なにを調べろというんですのお友達」
「九鳳院」

 小唄さんの動きがとまり、
いぶかしむように僕をじろじろと見つめてくる。
360 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 16:43:34.97 ID:ZuROaYYo

「聞き間違えならばいいのですけれど、
 あなたいま表御三家の一つ、九鳳院、といいました?」
「えぇ、間違いじゃないですよ。その九鳳院について調べてもらいたいことがあるんです」
「…はぁ、厄介も厄介、相当な大厄介事ですわお友達。
 あそこに忍び込むのは無理とはいいませんがそれなりに無茶です、
 あんな所のなにが知りたいので?」
「できうる限りの全て、ですかね」
「全て、ですの?」
「えぇ、小唄さんのできる限り目一杯の事を調べてほしいんです」
「……はぁ、わかりました。できる限り、やってみますわ
 期間の指定はありまして?」
「いえ、特に切羽詰ってはいないので」
「わかりました。そうと決まればここでのんびりしてる時間はありません、
 早速ですが準備に取り掛からせてもらいますわ、それではお友達、ごきげんよう」

 会話時間、約五分程度。
短時間の会合は小唄さんがいつものように伝票を持って去っていく形で終了した。
これで、第一目的は達せられた。
次は第二目的、保険という奴だ。
これも小唄さんに頼んでもよかったんだけど、両極端の双方を彼女に一任するのも酷だ。
彼女と僕は仕事ではなく私件として会っている、
つまりは小唄さんは僕に対してボランティアで調べ物をしてくれる形になる。
必要以上の負担はかけるわけにはいかない。
それに、保険のほうに関しては他につてがある、
ここから向こうにのんびりと歩いていけば丁度昼頃だし。
361 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 17:42:32.35 ID:ZuROaYYo

 楓味亭。ネーミングから大体想像できるように食事処で、
さらに言うとラーメン屋という奴だ。
ここに僕が仕事の関係で知り合った情報屋が居る。
久方ぶりに見るこの建物と、ラーメンの香りを感じながら
僕は正面の店入り口から、暖簾をくぐって中に入る。
従業員の軽快な威勢のいい声にでむかえられながら、
いくつも空いている場所の中で厨房に近い一つに腰を下ろす。

「おっ! いっちゃんか!」
「どうもお久しぶりです銀正さん」
「半年振りくらいか? いや、あの時は助かった。今日は銀子に用事か?」
「えぇ、そんな所です。調べ物を頼みたくて」

 情報屋、というのはその名の通り
情報を売買することを業としてる人間の事だ。
売買というからには当然お金はかかるのだけれど、
前回のことで彼女の腕を知ってるためここに来た。
それに貸しがあるので一回だけ割り引いてくれるそうだし。
362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 19:28:14.99 ID:ZuROaYYo

 と、僕の目の前に水がなみなみと注がれたコップが乱暴に置かれる。

「どうも看板娘さん」
「…注文は?」
「塩ラーメン」

 無愛想な少女、
年頃は大体崩子ちゃんと同程度。
村上銀子、僕が会いにきた情報屋その人だ。
彼女は僕の注文を聞くと、顔見知りだというのに会話の一つもなしに
そのまま厨房に注文を届けて、僕に目を向けることは一度も無かった。
きびきびとしたその動きやなにやらは
決して僕の嫌いな物ではないのだけれど、
彼女はどうにも僕が好ましくないらしかった。

「…ずいぶんと嫌われちゃったなぁ」
「なに言ってんだい、ありゃ、あれだ、照れ隠しみたいなもんだ」
「はは、そうだといいんですけどね」

 会話をしていると、また従業員の声がして
銀子ちゃんはその客の下にきびきびと歩いていく。
363 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 22:33:46.08 ID:ZuROaYYo

「はい塩ラーメン」
「いただきます」

 僕の前におかれるラーメン。
うん、久しぶりだけどやっぱり美味しそうでなによりだ。
時間も少したって客足も増えてきたようで、
色々と骨を折った甲斐もあるというものだ。
僕は見慣れた四角いぐるぐるの描かれた容器に入ったラーメンに手をつけ

「変態」
「ぶっ!?」

 ると同時に聞こえてきた声に危うく噴出しそうになる。
一体全体どのような意図があってその様な発言を行ったのか、
僕はほぼ反射的に声のした方、先ほどきた客と会話する銀子ちゃんを振り向く。
見れば、銀子ちゃんと同世代の男の子を発見した、
線の細い感じ、というと年齢も相まって萌太君の事を思い出すところだけど
しかし方向性が違う感じだ、決して格好いい訳でも綺麗でもなんでもない、
普遍的な男子高校生の外見。
364 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 22:44:54.14 ID:ZuROaYYo

 銀子ちゃんは無愛想に
少年は肩を竦ませながらややおどおどした感じで、
しかしそれなりに仲良さそうに会話してる。
傍から見れば普通の同級生、といった感じ。
しばらく会話を行ったあと、銀子ちゃんはやっぱりきびきびと他の席に向かってしまう。

「シンちゃん、久しぶりじゃねぇか。元気か?」
「まあまあですね」

 銀正さんと話して、銀子ちゃんに銀正さんが怒鳴られて。
なるほどずいぶと親しくしているようだけれど。

「…ふぅん」

 しかし、どこか違う。
なにがと問われればわからないのだけど、
直感で堅気じゃない、とわかった。
銀子ちゃんにもそれは少しあるけど、彼女はインターネット越しにしか
そういったやり取りは行っていないから薄くしかわからないそれが、
そこの気弱そうな少年の体からは、はっきりとでている。
よくないなぁ、その年で、よくない。
僕だってその年のころはER3で素直に勉学に励んでいたというのに。


 
365 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/10(水) 22:52:09.39 ID:ZuROaYYo

「…」
「…ん?」

 僕の視線に気が付いてしまったのか、
少年が銀正さんから僕に目線を移動させる。
つい僕は彼に軽く会釈すると、彼も少し笑顔を作って頭を下げる。

「はい、もやしラーメン大盛り、お待ちどうさま」

 ドンと力強くどんぶりを彼の前に置く銀子ちゃんを見て、
僕は少年から目を離して自分の前のラーメンに向き直る。
やや伸びかけた麺はそれでも美味しく、
今朝方からなにも口にしていない僕の腹を満たすには十二分であった。


 紅、真九朗という名前。
そしてその少年が哀川さんの言っていた揉め事処理屋であるということ。
それを僕が知るのはほんの少し後である。
366 :なすーん[なすーん]:なすーん
                     __        、]l./⌒ヽ、 `ヽ、     ,r'7'"´Z__
                      `ヽ `ヽ、-v‐'`ヾミ| |/三ミヽ   `iーr=<    ─フ
                     <   /´  r'´   `   ` \  `| ノ     ∠_
                     `ヽ、__//  /   |/| ヽ __\ \ヽ  |く   ___彡'′
                      ``ー//   |_i,|-‐| l ゙、ヽ `ヽ-、|!  | `ヽ=='´
                        l/| | '| |!|,==| ヽヽr'⌒ヽ|ヽ|   |   |
  ┏┓  ┏━━━┓              | || `Y ,r‐、  ヽl,_)ヽ ゙、_ |   |   |.         ┏━┓
┏┛┗┓┗━━┓┃              ...ヽリ゙! | l::ー':|   |:::::::} |. | / l|`! |i |.        ┃  ┃
┗┓┏┛     ┃┃┏━━━━━━━.j | l|.! l::::::ノ ,  ヽ-' '´ i/|  !|/ | |リ ━━━━┓┃  ┃
  ┃┃    ┏━┛┃┃       ┌┐   | l| { //` iー‐‐ 'i    〃/ j|| ||. |ノ        ┃┃  ┃
  ┃┃   ┃┏┓┃┗━━━.んvヘvヘゝ | l| ヽ  ヽ   /   _,.ィ ノ/川l/.━━━━━┛┗━┛
  ┃┃  ┏┛┃┃┗┓     i     .i  ゙i\ゝ`` ‐゙='=''"´|二レ'l/″           ┏━┓
  ┗┛  ┗━┛┗━┛    ノ      ! --─‐''''"メ」_,、-‐''´ ̄ヽ、              ┗━┛
                   r|__     ト、,-<"´´          /ト、
                  |  {    r'´  `l l         /|| ヽ
                  ゙、   }   }    | _|___,,、-─‐'´ |   ゙、
                    `‐r'.,_,.ノヽ、__ノ/  |  |      |、__r'`゙′
                            |   |/     i |
                             |          | |
367 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[桜_res]:2009/06/11(木) 15:46:43.56 ID:BDzxz9.o

 
「…」
「…ん?」

 僕の視線に気が付いてしまったのか、
少年が銀正さんから僕に目線を移動させる。
つい僕は彼に軽く会釈すると、彼も少し笑顔を作って頭を下げる。

「はい、もやしラーメン大盛り、お待ちどうさま」

 ドンと力強くどんぶりを彼の前に置く銀子ちゃんを見て、
僕は少年から目を離して自分の前のラーメンに向き直る。
やや伸びかけた麺はそれでも美味しく、
今朝方からなにも口にしていない僕の腹を満たすには十二分であった。


 紅、真九朗という名前。
そしてその少年が哀川さんの言っていた揉め事処理屋であるということ。
それを僕が知るのはほんの少し後である。
368 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 03:29:38.96 ID:Qgxvr5Eo

霜霙 露雪
(しもみぞれ つゆゆき)

369 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 04:11:41.94 ID:Qgxvr5Eo
【名前欄】
名前欄に「!janken」→ジャンケンをランダムに
名前欄に「!schindler」 → 今日のエレベーターのご様子:
名前欄に「!rozen」 → 薔薇乙女(蒼星石と雪華綺晶除く)+ひろゆき
名前欄に「!ryokou」 → 〜でも池
名前欄に「!ba---ro---」 → 今日のバーーローー:
名前欄に「!bluename」 → 名前欄が蒼くなる
名前欄に「# hiroyuki」→ ひろゆき@どうやら管理人 ★
名前欄に「# root」→ root▲ ★
名前欄に「# hiroyuki」→ FOX ★

【目欄】
目欄に「桜_res」:本文ピンク
目欄に「蒼_res」:本文青色
目欄に「inaba_res」:○●が赤
目欄に「nasu_res」:本文紫色
目欄に「red_res」:本文赤色
目欄に「美鳥_res」:本文緑色

【内容欄】
# hiroyuki →⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン
# root →⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン
# fox →⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン
ドラ えもん→青い狸
デ ブ →[ピザ]
多 村 →[スペランカー]
死 ね →[ピーーー]
殺 す →[ピーーー]
あの事件→【禁則事項です】
姉 歯→ [ヅラ]
ひろゆきは 包茎 →[あぼーん]
馴れ合い きめぇ →あぼーん
なす 板 → 強制で名前メ欄投稿日本文がなすーんになる
全角w → wwww
みさ くら→ [らめぇぇっ!]
あべ ひろし → [アタタタタタタタタタタタタタタタタタ]
亀 田 → [切腹]
田 代 → [ネ申]
桧 山 → [連絡無し]
粉 雪 → こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
ドド ドド → ┣¨┣¨┣¨┣¨
魔 力 → 魔翌翌翌力
翌 力 → 翌翌翌翌力
370 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 04:50:19.23 ID:Qgxvr5Eo

―――

「で、今日はどんな厄介な用事なの戯言遣いさん」

 楓味亭の裏口、
つまりは目の前の銀子ちゃんたち家族の家の玄関であり、勝手口。
そこにくるなり銀子ちゃんは目も合わせずに冷たく言い放つ。
やっぱり嫌われてるんじゃないだろうか。

「ちょっと仕事の用事でね。仕事ではあるけど私事ではないよ
 請負人と情報屋として君に聞きたいことがあってね」
「…はぁ。なに? 見ての通り店の方も忙しいですけど」
「そうだね、…さっきの男の子は君の恋人なのかな?」
「違います、ただの幼馴染みたいなもの」
「そうかい、幼馴染ね、いい響きだ。最近はとんと聞かなくなったよね、幼馴染」
「仕事であって私事ではないんでしょ? 早くしてください」

 急いては事を仕損じるという慣用句を知らないのだろうか?
…ほんと、嫌われてるな僕。
よし、これからはもっと頻繁に楓味亭を利用する事にしよう。
371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 04:57:33.08 ID:Qgxvr5Eo

「裏十三家って、知ってるよね?」

 裏十三家、そのフレーズを僕が口にして
やっと銀子ちゃんは僕と目を合わせてくれた。
小唄さんと似た反応、やっぱり表裏関係なしに極端な存在なんだと認識をし直す。

「十三の家系、それぞれの特徴とか特技、現在の状況とか諸々。
 できる範囲、君が安全且つ確実に手に入る情報で、
 真偽問わず全て情報を、データでまとめて僕の方に送って欲しい」
「期限は?」
「べつに切羽詰っては無いけど、そうだね、今週中で」
「…はぁ、なにに足を突っ込んでるのか知らないけど。適当に死なないようにね」
「心配してくれるのかな?」
「べつにそんなんじゃないです。ただ、数少ない顔見知りの客だから」

 
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 21:13:26.83 ID:Qgxvr5Eo

―――
373 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/12(金) 21:21:10.50 ID:Qgxvr5Eo

 人殺し、というとややインパクトが先行し
イメージも固定されたものになりがちではあるが。
しかし暗殺とかゴミ掃除とか制裁とか、
なんだかんだオブラートに包んでみたところで結果は同じこと。

 大金の伴う依頼、それを受けた人殺し。
それが結果であって事実であって真実だ。
だけど、殺すだけじゃない、それじゃあ意味が無い。
殺すには、依頼とはいえ間接的に人を殺すには多大な動機が必要だ
当人にはこれと決まった人間を殺すに値する理由がある。
たとえ大金を積んででも、殺す理由が。

 死体をそこらに転がしておけば、
殺された人間から殺しを依頼した人間にまで一足飛びに向かう。
今の『スコットランドヤードの諸君』は優秀だ。
だから埋める、正確には地面に埋めるわけではないのだが、
決してそれがそれを発覚しないところに死体を『埋葬』する。
殺人は重要性が高く『スコットランドヤードの諸君』も奮起するが、
行方不明はそうではない。

 殺しからその隠蔽までを金銭で行う。それが僕の所属する『埋葬機関』だ。
374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/15(月) 04:23:35.04 ID:19r9nb2o

―――
375 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/15(月) 04:38:23.05 ID:19r9nb2o

USB前日譚『欲求不満な僕等は「平塚」で殺し合いをさせてもらえるようです』



 僕は、この世にとって僕自身の存在が害悪であることを理解していた。
生きることが害悪で、存在することが罪悪で、
口にするものは最悪で、行動すれば災厄で、
ただの無関心すら高尚で、ただの普通すら高嶺で、ただの平常すら高級であることを、
僕は嫌というほど自覚しながら、理解しながら、把握しながら、生きてきた。
自ら死を選ぶほど臆病者ではなかったから、生きてきてしまった。
この薄汚く、汚染され汚濁された国の片隅で、
蔑みと嘲り、侮蔑と嘲笑、その身に受けてでも生きてきた。
それをどうとは言わない、同情してくれとも、共感してくれとも、言わない。

 多分僕だけじゃない、僕以外の彼らにしたって、
同じようにそれぞれ己の事を認識していたのだろう。
この《不浄都市小田原》のアウトロー、スラムに住んでいた
僕等134人全てがキッチリと自認していたのだ。
僕等はどうしようもなく劣悪であることを。

 それでも彼等は知る自らの幸福と、本当の最下層を、
自らの命を持ってして、知る。
この後僕等が足を踏み入れた最低の地『日本国内特殊自治領域・平塚』で
376 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/15(月) 04:47:35.99 ID:19r9nb2o

 今後の展開
『USB』での《僕》が平塚に住むことになった原因としてのゲーム
《僕》と鰐待、鐚走との対面
《僕》の家の所在や構造や、性格、自身のキャラ付けの理由等
『USB』での行動理念の根幹も合わせる、その辺りは『USB』自体を進めつつ考える

 ゲームの内容
つまりはバトルロワイヤル
ただしブロック分けによる移動不可領域ルールは使用せず
首輪形の爆弾も無し、ただし違反者にはなんらかの手段で絶命がもたらされる
134名各自に武器 弾薬 食料 水 地図 多少の金銭が分配される
生き残る為には自分以外の参加者を10名以上殺戮すること
最低限の殺戮数でゲームが進めば最大で13人が生存できる
武器の種類には偏りがある
『日本国内特殊自治領域』内の先住人にはあらかじめ伝達があり
ゲームには関与しないものの通常と同質の生活を送っている
《僕》が貸与された武器が黒きUSB
377 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[!桜_res]:2009/06/15(月) 07:47:16.88 ID:19r9nb2o
―――
378 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/15(月) 07:50:51.61 ID:19r9nb2o

 四月、なによりも誠実を愛し博愛を心掛ける世界随一の正直者、
詰まるところこの僕はとある少女と出会う。
彼女にとって他人は他人でしかなく、自分もまた他人でしかなく。
故に彼女は僕よりも高い次元での傍観者であった。
自分を徹頭徹尾他人として論ずる彼女は超能力者亡き
この世界で最も中心に近い存在だったのかも知れない。
まぁ傍観者である前にただの戯事遣いである僕にはそれこそ
徹頭徹尾他人事でしかなかったんだけれど。
379 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/19(金) 01:02:35.23 ID:En6Uh2co

 マユに言われて借りてきたアダルトDVDをなにくれとなく眺めながら、
僕は上記のように常軌を逸したとすら言える発言をしていた。
もちろん発言した言葉は自体は嘘だけど。
発言した事実は嘘じゃなかった。

「ほんと?」
「なにがですかね?」
「じゃあ今夜! ううん、今から!」

 即断即決。
時と場合によっては美徳だけれど現状の僕からして見れば
非常に困った事態になったと嘆息するしかないのだった。
嫌、自業自得だから仕方ないのだけれど。
まいったまいった、泣いちゃいそうだ。
嘘だけど。
380 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/19(金) 01:12:24.18 ID:En6Uh2co

「やほー! じゃ、じゃ、ちょっと用意するから!」

 用意ってなんのだよ。
道具とか使うコアなやり方など僕は存じ上げない。
僕は大人のキスがどういう風に行われるのかも知らなかった
純粋無垢なピュアピュアチェリーなんだぞ。
一部を除いて嘘だけど。

「ちょっ、ちょっと待ってまーちゃん。
 いや、口にしたは良いけど、子作りはまずい
 子作り的行為に及ぶのは吝かではないけど子供が実際にできたらヤバイ」
「避妊すればいいんだね!」

 そうなるよねー。
前言撤回というより前言補強という結果になった。
いや、まぁ僕も一応生物学上男だ。
そしてマユは生物学的には女で顔は可愛い。
ならばそういう行動にでても、まぁ悪いこともないんだけれど、
それでマユの依存性が高くなっても困る。
381 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/19(金) 03:45:48.86 ID:En6Uh2co

―――

 そこには荒野としか形容の仕様が無い
広く続く荒廃した大地と、薄くさざめく海と、
小さな、小さな、しかし力強い生命力を感じさせる一粒の種と、
そして僕しか存在しなかった。
どうしたらいいのか、わからず僕はくるくると辺りを見回す。

 ”君があると思うから、そこに世界があるんだ”

 声が、どこからか聞こえた気がする。

 ”想像してごらん、君が想い、描くたびに、世界は広がって形作られる”

 いまいち理解ができなくて、僕は少し首を捻った。
でも、理解はできなくても、なんとなくわかった気がして、
僕はポケットにそっと手を入れる。
指先に触れる、暖かな木材の欠片の感触。

 ”この世界、君の最初の一歩たる場所はどこだい?”

 僕の、最初の一歩、原点、回帰、その根幹。
ポッケから取り出したのは、小さなポスト。
可愛らしい、ポストが僕の掌にのっていた
382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/19(金) 03:57:46.06 ID:En6Uh2co

 小さなポスト。
童話にでてくる家の門にそっと置かれてるようなそのポストを、
僕はそっと荒野に立たせる。
硬い地面に、一箇所、柔らかな土色の場所にポストの支柱の先端をさして、立たせてみる。

 パァッと、光が一面に現れた。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
様々な光が僕の視界を埋め尽くし、
そしてポンと軽快な音が一つしたと思うと見慣れた家が経っていた。

 ”見慣れた? 違うよ、これを見るのは始めてのはずさ”

 声がまた言う。
確かに、こんな家や大きな木、広い牧場も含めた広大な敷地。
そのどれもが僕の記憶には欠片も無い姿だ。
だけど、見慣れた、と感じる不思議な感覚。
郷愁を誘われるイメージ。

 ”それは君の中の家、君がポストを埋めた瞬間に思い描いたマイホームの姿”

 なるほど。
だから僕はこんなにも始めてのはずの建築物にここまでも心惹かれているのか。

 ”残りの世界も、君が思い描く形で世界は広がっていくよ。そして僕のところに来て”

 そこまで話して、聞こえていた声はさっぱりと消えてしまった。
僕のところ、それが意味する場所は、まだわからないけど、
それでも、きっといつかわかる。僕自身が想像する形で、きっと会える。
そんな気がして、僕は一歩、見慣れた初めての場所に足を踏み入れた。
ここからが、僕の始まりだ。 
383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/19(金) 10:20:18.21 ID:En6Uh2co

―――

いい加減区切りもこのやり方以外でつけるべきだと思うんだ
でないとレス数が大幅に削られるんだが

あと、過去の分を安価でまとめるなりなんなりしないと厳しいな


―――
384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/20(土) 06:18:42.01 ID:UGpe6wso

あれれ? おかしいな このドキドキは
キミの腕の中であふれだす
ぽろり こぼれた涙 さくらんぼ
もっと ぎゅっと ずっとしてて☆

(すきすきすkiss×4 ハイハイ!)
(すきすきすkiss×4 キュンキュン!)

まだまだかな
キミのハート ちょっとすっぱい?(ホント?)
おやおやおや
待ちきれない このままじゃ(ねぇ、待ってぇ〜)

すました顔でキメて!
戸惑うふりはヤだよ
何気なくふわっと肩に回す手
瞳 近づく…
(ほんとはね…ずっと好きだったの…ナイショだよ…)

あれれ? 小さな胸が 震えてる
抱きしめられたら壊れちゃうよ
夢で見ていたのより切ないね
だから もっと そっとしてね

ぽろり なぜだか涙 溢れちゃう
大人になるための痛みかな?
キミに触れられた頬 染まってく
キスはちょっとだけ待ってね

(すきすきすkiss×4 ハイハイ!)
(すきすきすkiss×4 キュンキュン!)
385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/20(土) 06:18:48.46 ID:UGpe6wso

やだやだやだ!!
よそ見はやだ! 夢中でいて(ぷんぷんっ)
ハラハラハラ
私はまだ子供だもん?(だも〜ん!)

キミの余裕がぐさっと
胸の奥に刺さるよ
こんな私 すぱっと忘れさせて
ねぇ 優しいキスで
(なんだかね、きゅんってしちゃうの ナイショだよ…)

あれれ? 唇がもう触れている
キミのまつげが 瞳に映る
鼓動 波打つ速さ 急上昇
だけど ちょっと…ううん…かなりシアワセ?

コトリ…時計も止まる瞬間に
壊れそうな心 溶け合った
赤く弾けた私 さくらんぼ
キミとずっと 繋がってたい
(ああ、神様ぁ…この唇は彼と出会うために生まれて来たのですね…)

すました顔で キメて!
戸惑うフリはヤだよ
何気なくふわっと肩に回す手
瞳 近づく…
(だってね、こんなの初めてなの…ナイショだよ…)

あれれ? おかしいなこのドキドキは
キミの腕の中で あふれだす
ぽろり こぼれた涙 さくらんぼ
もっと ぎゅっと ずっとしてて☆

あれれ? 世界がぐるり まわってる
ふわふわ 夢心地 風まかせ
ずっと待ってた 恋は止まらない
だから ずっと離さないで

(キ〜すきすきすkiss×4 ハイハイ!)
(キ〜すきすきすkiss×4 キュンキュン!)
386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/28(日) 13:12:49.28 ID:46A5.Ewo

 僕が彼女とであったのはまだ彼女がラルトスだった頃で、
そして同時に僕が九歳の時だったように覚えている。
当時はその年齢からポケモンを持つことを許されず。
たまに母に連れられた公園で遠めに見かける野性のポケモンや、
稀に見かけるトレーナー同士の戦いや、
テレビの向こうの大会の映像が僕にとっての全てで。

 だからあの時、僕の目の前に現れたポケモン
当時は名も知らなかったあの小さなラルトスは
僕が始めて手の届くような距離で見た初めての経験だった。
387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/28(日) 13:16:37.65 ID:46A5.Ewo
――――
388 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/28(日) 13:21:34.45 ID:46A5.Ewo

  僕が彼女と出会ったのはまだ彼女がラルトスだった頃で、
同時に僕が過去に無い程の敗北と
そして挫折を味わった頃だったと僕は記憶している。
―彼女、という呼び方に以前友人から疑問を持たれたこともあったが、
しかし僕は敢えて昔から今も変わらずに
ラルトス(いまはキルリアであるが)を人間と同列に並ばせて彼女と呼び続けるつもりだ。

 ラルトス、そしてそこから進化する過程のポケモン。
彼女たちは人の心に敏感で多感で、共感してくれるポケモンだという知識があり
ならばあの時、あの心持の、あの僕の前に彼女がふと現れたのは
必然とでもいえるのかも知れない。
僕はそう思っている。

 だから、だから僕はいま、彼女の話を少しだけしようと思う。
389 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/28(日) 14:32:00.86 ID:46A5.Ewo

 過去に類を見ない敗北、などと言っても
それはいまもどこかで誰かの勝利と引き換えに与えられる
多数の事実の一つでしかなくて。
僕がそれに挫折を覚え、情けなく挫けていた事だって
他の誰かが昔か今か未来に同じ事を感じるだろう。
そんなことを、僕はわかっていなくて、
なんで僕だけと悩んで悔やんで恨んで憎んでさえいた。

「なにがそんなに悲しいんですか?」

 そんな時、彼女が。
僕の膝ほどの身長の、小さな彼女が現れたんだ。
390 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/28(日) 15:05:04.10 ID:46A5.Ewo

 正確に言えば、彼女は僕に向かって
その小さな口を開閉させて喉の膜を震わせ空気に振動を起こしそれを声として発声したわけではない。
ただそこに、僕の後方にちょこんと立っているだけで、
僕の耳も、彼女が、目の前のポケモンが言葉を口にしたとは認識していなかった。
しかし声は聞こえてくる。

「どうしたんですか? なにがあったんですか?」

 知識としては、ラプラスを筆頭に
テレパスなどを介して会話するポケモンはエスパーを中心に存在するということを知っている。
そして目の前のラルトスはそのまんまエスパーで、
しかも人の心に強く反応するポケモンだから不思議は無い、そう思っていた筈だ。
実際僕はそのとき、パニックになることは無く、
素直に返事を返していたのだから。
それは、単に感情が沈んでいて浮かばなかっただけかも知れないけど。

「酷く、自分が情けないんだ。
 あんなに自信があったのに、あんなに簡単に負けちゃった」
「それは悲しいことですか?」
「どうだろう? ただ、凄く惨めで辛いかな」

 なんとなしに、つらつらと心情を口にしていた。
それは彼女達の特性か、それとも彼女だったからかは、わからない。
いまもして、それは詳らかになっていない。
もし彼女でない他の彼女達がその場にいたら、同じように僕は彼女達を彼女のように扱っていたのかどうか
いまだにわからない。
391 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/28(日) 15:34:30.87 ID:46A5.Ewo

「なんでそんなに辛いんですか?」
「自分の未熟さが浮き彫りになったから、かな。
 だから今までの自分が恥ずかしくて、悔しくて、
 切なくて、辛くて、悲しいのかもしれない」
「でも、その気持ちは愛しいものじゃないですか?」
「愛しい、かな? 疎ましいとは思うけれど。もしくは卑しい、と」

 小さな首を軽く傾げる彼女。
この辺りで気づいたが、
彼女の種族は人の気持ちに敏感だが、
過敏でもあるため、臆病で、人の前に姿を現すことが少ないと聞く。
ならば、やっぱり彼女が彼女だったから僕の前にでてきてくれたと、思うべきなんだろう。
その方が、僕も救われる。

「私はまだ生まれてから大して何をしたわけじゃないです
 だからあなたになにを言っても結局は経験の薄い空論ですけれど」

 そこで、一つ、声が止まる。
遠慮するように、躊躇するように、逡巡していた。
気づけば座り込んで、彼女と同じ目線を共有していた僕は、
黙って身体を逸らして空を見上げてみた。

392 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/28(日) 15:41:40.88 ID:46A5.Ewo

 あの時、彼女が僕になにを言って
そして僕が彼女になんと返したのかは黙秘する。
ただ、最後に僕は「ありがとう」と言って、
彼女は僕に「どういたしまして」と言った。
表情は変わらず、会話といえるのか怪しい、
下手をすれば傷心の僕が見てる夢幻とすら言われかねない
一方的なやりとり。
それでも僕は、頭に響く小さな声に感情を感じ、
その細く綺麗な声に心を癒され、そして恋をした。

 あの日から今まで、彼女は僕の事をマスターと呼んでいる。
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/06/28(日) 16:27:13.97 ID:46A5.Ewo

―――

 僕は大多数のトレーナーと同様に
定住地というものを持っていない。
家族が居る故郷、実家、というものはあるけれど。
でも基本的に故郷に戻るのは年に一回程度の頻度で、
だから僕はこの日もいつもどおりポケモンセンターに足を運んで、
生活の一部である一連の作業を行って部屋を借りた。

「ここがマスターの部屋ですか?」
「僕の、という訳じゃないけど。今から明日の昼まではそうだよ」
「?」
「一時的に借りてるだけなんだよ。大体のトレーナーはそうだ
 ジムリーダーとか、ブリーダーとかはその限りじゃないけど
 ウォッチャーとかトレーナーは根無し草が基本だよ」
「そうなんですか」

 彼女は、僕と二人きりの時だけ僕に話しかけてくる。
それは単に彼女のテレパスの範囲が一人に限定されるからで、
僕の妄想説が濃厚という訳じゃないのだが。
394 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/06/28(日) 16:36:06.14 ID:46A5.Ewo

 小さな一人用の部屋。
ほとんどタダに近い金銭で貸し与えられる部屋なのだが、
しかしベットはふかふかでシャワールームは広く。
壁紙はいつ、どこのセンターでも真っ白で、
経済とかそういった福祉が整ってることがよくわかる。
どこの街に行っても、必ずセンターは存在する。

「なるほど、憩いの場なんですね」

 彼女はベットに腰掛けながら僕の説明に耳を傾け、
納得したように一人頷いている。
彼女を、僕はボールに入れていない。
それは単にいつでも彼女を傍におきたいと言うのもあったし、
僕が彼女に話しかけられるきっかけとなった、
挫折と敗北を受けた少年のスタイルを真似たというものあった。
女々しいと言えば女々しい。
395 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 16:24:39.45 ID:T.By1C.o

―――


 七月、悪を知らず正義を行い。
穢れを知らず純粋を保つ、清廉潔白の如き正直者
つまるところこの僕はまたぞろ哀川さんに引っ張られ、
そうして新たな才者とであった。
彼女は完膚なきまでに完璧で、
一人で完全なまでに完結していた。
彼女と彼女の周りの人間、
そして哀川さんと不肖ながらこの僕を交えた
あの深く不快な物語は、この時点では始まってすら居なかった。

いや、まだ終わってないかも知れないのだけれど。
それもまた、戯言。
396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/01(水) 16:32:14.89 ID:T.By1C.o


 黒神めだか、
箱庭学園の一学年十三組に所属。
偏差値は90で成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、
さらには家は世界経済を担う大金持ちとちょっとばかし
羨望の粋で収まらず次の段階に感情が移行しそうな人間。
新入生でありながら支持率98%で生徒会長に任命、
会長、副会長、会計、書記、庶務の全てを一人でこなす
一人生徒会、それが今回僕の、
否、哀川さんの目的としている人物だった。

「あー、それはちょっち訂正だ」
「はい?」
「いまは庶務と書記は別の生徒が担当してるってよ」
「そうなんですか。…というか平然と独白に訂正入れないでくださいよ」
「気にすんなって、あたしといーたんの仲だろ?」
「……それで、その箱庭学園はまだですか?」
「んにゃ、もう見えてくる」

 言われて目線を哀川さんから正面に戻せば、
なるほどすでに校舎と思わしき建造物と門が見えてきている。

「…普通ですね」
「なんだ、澄百合みたいのがよかったか?」
「いえ、そうじゃないですけど…」
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/01(水) 17:11:34.79 ID:T.By1C.o

 一年十三組。
その組の数からすでに知れるように
この高校は相当なマンモス高校だ。
故に、多くの主観趣向意思意向を持つ人間が
累々と集まっている場でもある。
にも関わらず支持率98%、というのは
あるいみ異常、というしかない。

「いいんですか? 正面からいきなり進入して」
「話は通してあるからな。無問題無問題」
「…ならいいんですけど」

 僕個人としては哀川さんが起動して行動している、
その時点で問題大有りなのだけれど。
まぁ災いの元には綴じ蓋をしておくに限る。


398 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 17:18:46.93 ID:T.By1C.o

 正門から威風堂々とばかりに
哀川さんの愛車、真っ赤なコブラをど真ん中に駐車し
校舎の窓から顔を出す数多の生徒の視線を無視して
正面玄関から校舎に足を踏み入れる哀川さん。
ここまで来てなんだけれど、僕はこの高校に来た理由
さらにいえば黒神めだかちゃんとやらに会いにきた理由を
完膚なきまでに知らされていない。
知らされたのは彼女のパーソナル、それだけだ。

「で、哀川さ―」
「いーたん、お姉さんをあんまり怒らせんなよ?」
「…潤さんは如何なる理由でもって黒神めだかちゃんに会いに?」
「ん〜、約束…かな」
「約束、ですか」

 約束、約束。約束ねぇ…?
ずいぶんとまた、その、センチメンタルな感じ。
哀川さんはそのめだかちゃんと知り合いなのだろうか?
399 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/01(水) 19:22:43.27 ID:T.By1C.o

 しかし…。

「あまりにも堂々すぎませんか?
 僕が注目されることに慣れてない所為かも知れないですけど
 ひっじょうに多数の視線が居心地悪いです」

 現在時刻は昼時を少し過ぎた頃、
昼食も終わって生徒諸君が最も活発に行動する時間。
よりにもよってそんなあちこちに生徒が歩いてる状況下で
部外者の僕達が廊下を平然と歩いていれば、
それはそれは目を引く。特に高校生なんてのは
普段と違う、噂とか外部からの刺激には非常に敏感で多感なのだ。
また合わせて語るに哀川さんのその外見も助長させている。

 ま、僕にしてみれば視線が哀川さんに集中するので
まだ比較的楽とも言えるのだけれど。

「いーたんは臆病すぎんだよ。
 べつにわりぃことしにきたんじゃないんだから胸張っとけ」
「だから僕はなにしにきたのか知らないんですってば」
400 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 20:11:42.50 ID:T.By1C.o

 等々、雑談を適度に交えつつ
視線行きかう廊下を歩き階段を上り、
そうしてたどり着いたのは、
色とりどりの花に囲まれた一つの扉。
扉上部にかけられる札の文字は「生徒会室」

「依頼をこなす度に一つ増やす、でしたっけ」
「聞いた話だとな」
「ですか」

 聞いた話。
それは当人から、という解釈をしていいのだろうか。
いまだに関係がわからない。
先刻聞いた際に依頼という言葉を使わなかったのも気になるし、
この部屋の主と哀川さんがなんらかの繋がりがあるのは確定っぽいんだけれど。
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/01(水) 20:26:30.34 ID:T.By1C.o


――――

 生徒会室内部。
右手をご覧ください、左手をご覧ください、
どこをかしこも花でございますと言った具合。
ざっと見たところ小さいの大きいの合わせて大体百は下らない。
入学してから今日までで約三ヶ月強、
一日に一つ依頼をクリアしてる計算になる。
なんだろう、相手は高校生だというのに
正式な請負人たる僕がなにやら敗北感を覚えている。

「……で、その哀川潤さんがめだかちゃんに一体何の用スか?」

 とか僕の内心は放っておくにして。
今は目の前のこの少年の相手をしなくてはならない。
腕章に書かれた庶務の文字から
あとから入った二人のうち一人ということなんだろう。
402 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 20:56:51.89 ID:T.By1C.o

 体格、口調、頭髪、服装。
決して真面目な一高校生には見えない。
類が友を、じゃないけれど哀川さんを持ってして完璧という言葉を使わせた
高校一年生と行動をともにしてる人間。
健全普通の男の子、とは行かないらしい。

「いや、その噂の生徒会長さんにちょいと用があってね」
「用、ってなんスか?」
「当人が居ないからいまは君に僕から言えないよ」
「…めだかちゃんはいま三年の先輩方の依頼内容を
 聞きに行ってますから。その内戻ってきますよ」
「なら、ここであたしらは待たせて貰うかな」

 
403 :修正[saga]:2009/07/01(水) 21:51:43.42 ID:T.By1C.o

 体格、口調、頭髪、服装。
決して真面目な一高校生には見えない。
類が友を、じゃないけれど哀川さんを持ってして完璧という言葉を使わせた
高校一年生と行動をともにしてる人間。
健全普通の男の子、とは行かないらしい。

「いや、その噂の生徒会長さんにちょいと用があってね」
「用、ってなんスか?」
「当人が居ないからいまは君に僕から言えないよ」
「…めだかちゃんはいま三年の先輩方の依頼内容を
 聞きに行ってますから。その内戻ってきますよ」
「なら、ここであたしらは待たせて貰うかな」

 厚顔不遜なその態度に名も知らぬ少年はなんかしらの不平もしくは不満を
口にしようとしたようだが、哀川さんの無言の圧力に屈したどうか
沈黙を選んだようだった。
僕も少し考え事をさせてもらおう。
404 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 22:08:49.62 ID:T.By1C.o

―――

 京都の夏は暑く、京都の冬は寒い。
七月上旬にもなれば蒸し暑く
うだるようなという形容がぴったりと嵌りこむ
非常に不快指数が高い日々が繰り返されるのだが。
骨董アパート改め塔アパートの僕の部屋には、
この間からエアコンという文明の利器、
快適の代わりに公害を撒く
一は全とか、全体の奉仕者とか、
そういった心温まるお話を完膚なきまでに
無視した電化製品を設置してある為
心地良い生活を送っていた。

「いの字、もう少し設定温度を下げてくれないか?」
「これ以上下げたら電気代がまずいですよ、
 それに、すでに二十度、下手するとでんこちゃんに怒られるような設定です」
「そうですよみい姉さん、あまり冷えすぎると風邪になったり身体がだるくなったりしますよ」
「というか君たちはなんでここに集まってるのかな?」
「涼しいからだ」

 送っていた、のだけれど。
代わりに僕の家にはその冷気をもって英気を養おうと
こうして一種の集会所というか溜まり場のようになっていた。
405 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/01(水) 23:46:33.10 ID:T.By1C.o

 まだこれも一人暮らしの大学生の家だったりすれば
いくらか青春的な感じもするのだけれど。
しかし僕は普通に社会人だ、
しかも自宅を仕事場として使ってる人間でもある。

「崩子ちゃんはまだいいにしても
 みいこさんは自宅につければいいじゃないですか…」
「そんな金は無い」
「…」

 玖渚は私室で寝ているからまだ比較的これでも静かなほう。
みいこさんも崩子ちゃんも大人しいから、
だけどこれに七々見の奴や崩子ちゃんの友達とかが
混ざってくるともう僕の手には負えなくなってくる。
家主が一番冷遇されている。
切なくなってくる。

 と、悲観的思考をしていたところに
ノックもせず、声もかけてくることなく

「ちょっと付き合えいーたん、少し位は報酬もだすしさ」

 音もたてずに唐突に突然に漫然と屹然と
まったく時間の経過を感じさせない外見で
相も変わらずのど派手な服装で、
みんな大好き僕らの哀川さんが立っていたのだった。
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/02(木) 00:06:39.49 ID:5XhLRtYo

「ま、巻き込まれたなんて言っても
 結局的には自分の意思でついてきてるんだから世話無いよな…」
「ん? なんか言ったかいーたん」
「いや、べつに…」

 テクテクと、とことこと、つかつかと、
リノリウムの床、昼休みも終わり生徒の姿も見えなくなった
廊下を歩く僕と哀川さんと他二名。
向かっているのは体育館、その裏手の奥まった場所である。
体育館裏、といえば桃色な雰囲気、乃至は険悪な雰囲気の
どちらかが感じ取れる場所であるが、
今回は、まぁ希望的観測とは裏腹に後者である。
そしてここは校舎である。
…いや、冗談だよ?

「で、えー、あんたさぁ」

 不意に、並んで歩いていた先ほどの
庶務担当の男の子が僕に話しかけてきた。
僕は頭の中の少々痛い思考を早々に放棄して
何食わぬ顔でそれに答える。

「ん、なにかな善吉君」
「あんたは、なんなんですか? あの人の助手かなんか?」
「あ〜、どうだろうねその辺は、同業者で先輩で、
 でも今日のところは助手、なのかな」
「はー」
「君は?」
「はい?」
「あの―

 僕は僕と善吉君の二歩前を
哀川さんと話しながら歩いている少女、
めだかちゃんを示しながら聞く。

 ―生徒会長さんとはどうなの?
 パッと拝見したところ、結構長く深い仲っぽいけれど」
「…まぁ、幼馴染って奴ですよ」
「幼馴染ねぇ。またずいぶんと使い古されて、尚且つ絶滅寸前の要素だね」
「はい?」
「いや、こっちの話」
407 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/02(木) 12:01:57.01 ID:5XhLRtYo

「沙汰にはなっていないが、我が校の生徒が二名
 三日前と一週間前に亡くなった。殺された訳でも自殺したわけでも
 病死でも事故死でも当然寿命なんかでもなく、ただただ死んでいた」

 生徒会室で待つこと十五分ほど、
扇子片手に入室してきた黒神めだかちゃんは
僕達を見て第一声そう口にした。
独白のように、独言のように。
人死。なるほど、僕と哀川さんに向けられていた好奇の視線、
そういった面でも関係があるのだろうか。
人が二人死んで、大して間を空けず学校にやってくる部外者。

「そして昨日、同じく生徒が一人
 体育館裏でただ死んでいるだけの姿で発見された」

 ただ死んでいるだけ。
その言葉は、しかし”ただ”と淡白に淡々と流していいものではない。
死は、与えられるものだ。
自分、時間、他者、その他偶然の産物だろうと、与えられるものだ。
死は、発生するものじゃない。
408 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/02(木) 23:32:42.98 ID:5XhLRtYo

「ここだ」

 来客用のスリッパのまま
体育館の裏手の湿っぽい土を踏みしめる。
そうして案内された場所は、
どこにでもある風景。
建物の所為で日陰となり、コケっぽい何かがあちこちに見られ
また反対側には植え込みが並ぶような
典型的体育館裏。

「秋雨中三年生が昨日ここで死んでいるのが発見された」
「はぁん、つってもそれっぽい痕跡っつーのはなんもねーのな」
「出血をしてるでもなく。殴打された痕も無く。
 その他死因と言える物はなにもないそうだ」
「死因無き死体、ですか。
 老衰でも窒息や出血多量に衰弱だったり熱や冷気や感電その他全てに該当しないと?」
「そういうことになる、年老いたから死んだ、酸素が足りなくて死んだ。
 ではなく、死んだから死んだとしか言えない死体」

 そんなこと、可能なのか?
生命活動をなんの理由も原因も発端も起因もなしに停止させることなんて
本当にそんなことが。
409 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/02(木) 23:50:59.18 ID:5XhLRtYo

 人が死んだとは思えないほどなんら変わらない景色。
他二名の発見場所も、多分ここと相違ないのだろう。
言われなければ、言われても、そうとは見えない情景、
正直、僕もここで本当に人が死んだとは思えない。
実感が、無い。

「ふぅーん、へぇ〜、ほぉー」

 しかし、哀川さんにとって見れば
そうではなかったようで。
しきりに一箇所を、多分死体が転がっていたであろう場所を
嫌な笑みと共に眺めながらなんとも言えない声を発していた。

「なにしてんだあの人…」
「さぁね、僕にもわからないよ」

 
410 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/03(金) 00:10:46.92 ID:Tle1u3Eo


「…なるほどな」

 哀川さんはしばらくただの地面としか見えない場所を眺めた後、
たった一言そういった。
話を聞いて現場を見て、それだけで全てがわかったという風に
推理小説の探偵が決定的な証拠を見つけた瞬間のように
皮肉気な笑みを浮かべながら両手を組み、軽く身体を伸ばす。
本当にこの人は…。
まだ序盤数ページだというのにもう事件を解いたのか、と。
思った。
哀川さんが足を運べば実際、謎なんて謎でなく
問題なんて問題なく、不明も不審も不備も不条理も何もかも
完膚なきまでに解決させ完結するものだと、思っていた。

「これはお前の領分だ、譲る」

 そう、素敵に不敵な笑顔で僕の肩を叩くまでは。
411 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 17:21:01.52 ID:Tle1u3Eo
―――

 星石 青春。
三年十二組、出席番号19番。
成績は上の中、吹奏楽部所属。
一般的な女子高校生で一週間前に屋上で発見された最初の死者。

 火役 高良。
二年四組、出席番号27番。
成績は芳しくなく、素行不良の点も見られる。
所属している部活は無し。喫煙による補導されたことが一回。
三日前に二階男子トイレにて発見された二番目の死者。

 秋雨中 梅梨。
三年二組、出席番号2番。
成績は中の上、所属している部活は無し。
一般的な男子高校生で先日体育館裏にて発見された三番目の死者。

412 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 17:30:39.53 ID:Tle1u3Eo

 以上、今回の死者の簡単なパーソナル。
正直関連項目も無く、お互いに交友関係があったわけでもなく、
早々に詰んだ感じなんだけれど。
ぶっちゃけ僕としてはとっとと哀川さんの解決編を聞きたいのだが、
まぁその哀川さんが僕に丸投げしてくれたので
僕としては最低限行動をしなくてはならない。
まずはゆっくりと現状把握だ。

「そういえば、あの生徒会長の娘とどんな関係なんですか?
 約束、とか言ってましたけど。旧知なんですか?」
「んー、まぁ以前ちょろっととある依頼の過程で知り合ってな
 一回だけ無償で手助けしてやるって言ってたんだよ」
「はぁ、それはそれは」

 無償でお手伝い、か。
なんだか哀川さんらしいなあ。
……ん? 無償で?

「その場合今朝言っていた僕への報酬というのは?」
「あたしのポケットマネーだ。太っ腹だからな潤ちゃんは」
「…ですか」
413 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 18:21:31.91 ID:Tle1u3Eo

 嘆息。
その後軽く発見現場の状況を記された紙に目を通す。
どの死者が発見された時も、第一発見者は最初
それが死体だと気づかず、話しかけたりしたらしい。
そして無反応なので接近してみて、やっとそれが生きてないことに気が付いた、と。
流石にその死体の写真とかは手元に無いが、
実際問題、死因が無ければ身体は生者のそれと大した違いなどありはしないのだろう。
呼吸が無く、脈が無く、意識が無く、命が無いだけで、
傍から見ればなにも変わらない肉体。
それは、むしろ腐乱死体よりも、見るに耐えない物なのだろうと、
ぼくは思うのだけれど。

「で、どうだ? なにかわかったかいーたん」
「…ぼくは生憎安楽椅子属性じゃありませんし、探偵でもないし刑事でもないんですよ。
 正直現場の一つと被害者、と言って良いのかわかりませんが、
 死者の人柄と現場の初期状況を知っただけじゃなにもわかりません」
「ふぅん…」
「?」

 予想外の反応。
哀川さんの事だからぼくに対して茶化すか意味深な言葉を吐くかしてくるか
どちらかをしてくると思ったんだけど。
まぁいい。ワトソン気分で付いてきたらいつの間にかホームズ役を強制的に演じさせられてる。
それはもういい、とやかく言わない。哀川さんについてきた時点であらゆることを諦めている。
414 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 18:29:49.60 ID:Tle1u3Eo

 だけど、解せない。腑に落ちない。
ぼくが誰かの代わりになにかをするのは構わない、
それはぼくの仕事で今のところの生甲斐だから。
だからそれが哀川さんが相手でも、
哀川さんの代わりだとしてもそれはいい。
代替品の代用品、好きにすればいい。
でも、今回の依頼は哀川さんの私情絡みではないのか?
事件の解決が依頼の内容じゃないのか?
すでに答えがでている中、こうしてぼくが思考を巡らせるのは
非常に馬鹿らしくて阿呆らしい道化の如き行為じゃないのだろうか。

 黒神めだかちゃんは一体哀川さんになにを頼み。
哀川さんはなにをぼくに隠し、なにをぼくにやらせたいのだろうか?
…やめた。込み入った事を考えるのは後でにしよう。
最後に全てを完全に関門を簡単に陥落させ感嘆させるのは哀川さんの役目で、
そこまでぼくが持っていけば、そのまま真実も知れるだろう。
ぼくはもう一つ嘆息を吐く。
できる、かな?
415 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 18:40:58.14 ID:Tle1u3Eo

「できるできないの問題じゃあない。
 やるかやらないか、だぜいーたん」

 哀川さんは、そうぼくの心を読んだような台詞を残して。
そしてこの場、生徒会室からでていってしまった、
パタンとスムーズに閉まる扉の軽い音を残して。

「そんなのは、なんでもできる人の理論ですよ哀川さん」

 ぼくは二度ほど言葉を反芻して、
視界を埋め尽くさんばかりの花に投げかけるように
そう言葉を吐き出した。

「で、どうするんスか?」

 思わぬところから返答がきた。
いや、文節は繋がってないから返答というよりは
新たに言葉をかけられたと言った方が適切か。

「どうする、ってぼくに聞かれても困るんだよね。
 依頼を受けたのは哀川さんで、依頼したのは黒神めだかちゃんで、
 丸投げされたのを勢いで受け取ったはいいけど、依頼内容もぼくはわからないんだよ?
 次の死者をださないようにすればいいのか、事件を解決すればいいのか、
 それとも居るかもしれない犯人を見つけるのか、それとも死んじゃった三人の死因を突き止めるのか。
 ぼくはなにをすればいいのかぶっちゃけわからないんだよね」
416 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 21:24:29.71 ID:Tle1u3Eo
名前欄テスト
417 :「とれないや…血のにおい」[saga]:2009/07/03(金) 21:25:07.09 ID:Tle1u3Eo
test
418 :「俺はここで水を撒くことしかできない」[saga]:2009/07/03(金) 21:26:33.22 ID:Tle1u3Eo
テスト
419 :「ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」[saga]:2009/07/03(金) 21:28:12.13 ID:Tle1u3Eo
名前欄おもれー
420 :「僕は、君に会うために生まれてきたのかもしれない」[saga]:2009/07/03(金) 21:28:22.71 ID:Tle1u3Eo
てす
421 :「シンクロ率、0。セカンド・チルドレンたる、資格なし」2009/07/03(金) 21:28:54.40 ID:99cHaCw0
てすてす
422 :「とれないや…血のにおい」[saga]:2009/07/03(金) 21:30:00.16 ID:Tle1u3Eo
え?誰?
423 :「もう二度と負けられないのよこの私は!」[sage]:2009/07/03(金) 21:47:05.31 ID:/bt5yQAO
テストテスト
424 :「いいの。私は泣かない。私は自分で考えるの。」[saga]:2009/07/03(金) 21:48:54.43 ID:Tle1u3Eo
え?
ここに誰かが書き込むのは
400まで俺一人で進めてきて初めてのことだ

びっくり
425 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/07/03(金) 23:18:48.38 ID:Tle1u3Eo
>>415

 赤裸々につらつらと八方塞りであることを語るぼくに
善吉君は少々以上に困惑した様子を見せる。
ま、そうなるよね。

「で、君はなにか知らないかな。
 黒神めだかちゃんとは長い付き合いで一番親しいんでしょ?
 話、とか聞いてない?」

 もう少しためるつもりだった本題を早々に切り出してみた。
見た感じ、そして話した感じや聞いた感じだと
やはりこの少年もめだかちゃんと行動を共にしているだけあって
普通から少しばかり離れた人間らしいけど、
しかし回転が速い、思考作業が得意というわけでもならしい、
遠回りな言い方とか回りくどい言い回しは苦手と見える。

「あ〜、哀川さんって人のことは少しだけ…
 でも詳しいことはめだかちゃんも話してくれなかったッスね」
「ふぅん、哀川さんのことはなんて?」
「万能無敵の完璧超人、とだけ、
 あのめだかちゃんがそんなことを言うからどんな人かと思ったんですけど…」
426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/07/03(金) 23:26:53.87 ID:Tle1u3Eo

 彼は先ほど哀川さんがでていった扉を少し見つめ。
嘆息交じりに言う。自身の観察眼の無さを露呈させる一言を。

「今回のこともあんたに全部任せちゃったみたいですし、
 なんか期待はずれというか、肩透かしというか、
 めだかちゃんがなんであそこまで持ち上げたのかわからないスよ
 完璧っつーんだったらめだかちゃんだって…」
「善吉君」
「…はい?」
「ぼくはあの人とずいぶんと長いこと一緒に居る。
 そりゃ今回みたいに適当かましたり色々と巻き込まれて死にそうになったこともあるけど、
 それなりに長い時間を哀川さんと過ごしてきた。
 その目で、その経験でものを言わせてもらうとね善吉君。

 君の幼馴染がどれだけの事をこれまでにしてきたとしても、
 絶対に哀川さんには適わない」

 これで、モチベーションもあがった。
理由も、押し付けられた以外にできた。
やる気も、理由もできたなら、あとは行動。

「あの人以上の人間なんて、存在しないとぼくは転地天命にかけて言える
 それを、証明して見せよう」
427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[saga]:2009/08/08(土) 19:31:20.22 ID:qcebewDO
あげとこう
428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/08/11(火) 20:07:02.65 ID:Zs3DB/20
さげとこう
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/08/12(水) 09:29:21.99 ID:wDrvYiAo
彼はどこへ行ってしまったのか
430 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/08/12(水) 14:58:49.22 ID:ADKHFUDO
書き込みがある……だと……?
431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[age]:2009/08/13(木) 14:40:25.39 ID:9KxIpr2o
age
432 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/02(水) 08:33:36.20 ID:9AdGJBUo
さて
433 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/02(水) 21:47:33.48 ID:S6viNUUo
お?
434 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/02(水) 22:51:59.61 ID:9AdGJBUo
おや、やっぱりこんなスレにも見てくれる人が居るのか
それは、まぁ冥利に尽きる話だよな
435 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/03(木) 00:19:26.23 ID:5JTRu/Mo

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                         / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;,'
                     (.゛ー'''", ;,; ' ; ;;  ':  ,'
                   _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'  ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ  __ノ


436 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/03(木) 01:08:39.82 ID:EoICmkko
ちょッ・……………………?!
437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/04(金) 20:07:47.49 ID:BLxlSyYo
えっ
438 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/05(土) 04:13:54.07 ID:leMMWyso
なにか?
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/05(土) 19:06:57.41 ID:vUY9bD6o
えっあっなにも
440 :修正 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/11(金) 01:24:32.75 ID:1lrAlkso
>>426

 彼は先ほど哀川さんがでていった扉を少し見つめ。
嘆息交じりに言う。自身の観察眼の無さを露呈させる一言を。

「今回のこともあんたに全部任せちゃったみたいですし、
 なんか期待はずれというか、肩透かしというか、
 めだかちゃんがなんであそこまで持ち上げたのかわからないスよ
 完璧っつーんだったらめだかちゃんだって…」
「善吉君」
「…はい?」
「ぼくはあの人とずいぶんと長いこと一緒に居る。
 そりゃ今回みたいに適当かましたり色々と巻き込まれて死にそうになったこともあるけど、
 それなりに長い時間を哀川さんと過ごしてきた。
 その目で、その経験でものを言わせてもらうとね善吉君。

 君の幼馴染がどれだけの事をこれまでにしてきたとしても、
 絶対に哀川さんには適わない」

 これで、モチベーションもあがった。
理由も、押し付けられた以外にできた。
やる気も、理由もできたなら、あとは行動。

「あの人以上の人間なんて、存在しないとぼくは天地神明にかけて言える
 それを、証明して見せよう」
441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/11(金) 03:48:46.45 ID:J/FbkSco
続きを期待!
442 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/11(金) 05:30:52.18 ID:1lrAlkso
続きの予定は未定なんだ
というか、最近は度々俺以外の書き込みを見かけるけど
このスレで小説のストーリー追ってる人とかっているのか?
いるならそれはどれくらい?

やっぱり気になるんだ
443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/11(金) 08:33:22.66 ID:J/FbkSco
いるよ
444 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/09/16(水) 16:06:09.99 ID:bQOWEWko


せーの!

でも そんなんじゃ ダメ
もう そんなんじゃ ほら
心は進化するよ もっともっと

言葉にすれば 消えちゃう関係?
なら 言葉を消せばいいやって
思ってた? 恐れてた?
だけど あれ? なんか違うかも?

千里の道も一歩から
"石"のように固い そんな意志で
塵も積もれば大和"撫子"?
"し"抜きで いや死ぬ気で!

ふわふわり ふわふわる
あなたが 名前を呼ぶ それだけで
宙へ浮かぶ

ふわふわる ふわふわり
あなたが 笑っている それだけで
笑顔になる

神様 ありがとう
運命の 悪戯でも
巡り会えたことが 幸せなの

でも そんなんじゃ ダメ
もう そんなんじゃ ほら

心は 進化するよ もっともっと

そう そんなんじゃ やだ
ねぇ そんなんじゃ まだ

私の事 見ててね ずっとずっと
445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/16(水) 19:30:55.61 ID:MXG2Z8.0
な、なにやってるだー!!









コピペおいしいです(^q^)
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/09/23(水) 13:34:01.91 ID:06O7AV6o
ずっと見てるよ
447 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/02(金) 20:29:41.25 ID:UluI06oo
いじめっこを題材にした歌の曲名がわからない

机に花が飾られていた
いくら泣き叫んでも誰も聞いてくれない
わからなくてもいいから話しを聞かせて欲しい
ガラスで腕を指してみた 同じ紅い血が流れていたのに

こんな歌詞のだったんだけどな……
448 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:19:53.49 ID:Xyux2Eko

 鉛玉が私が隠れているコンクリートの壁にぶつかり、爆ぜる。
短い破裂音がして壁の一部がかけ落ちてリノリウムの床を転がる。
そして間を置いて同じく床に落ちて小さく高い音を立てる薬莢。
私をとりまく音の全てが、醜い殺戮衝動に溢れていた。

 壁から手を、手に握る小銃だけを突き出して
無作為に引き金を三度引く。
乾いた小さい火薬の破裂音と共に三度、軽く上に向かう反動を感じる。

「ぐぁっ!?」

 運良く弾の一つが"生徒"に命中したらしく、
情けない呻き声と共に力抜けた肉体が床に倒れ伏せる音が届く。
しかし私に向かう銃声は欠片もそれに構う様子を見せず、
複数名の放つ弾丸は私が背にしている壁と、
向かいの壁とを無残にも破壊させる。
449 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:21:09.51 ID:Xyux2Eko

 私は再度銃を壁から突き出して幾度か引き金を引いた後、
足跡を極力消してその場から走り別のルートから進行することにした。

 この"学校"の"生徒"は約二百五十名。
その内常時武装を許可されてる第三学年の人数は五十名、
火器の所持を許可されてる第二学年は八十名。
残りは武装をしてない、武装ができない第一学年百二十名程。
実施的な敵戦力は二学年と三学年の計百三十名。

 来た道を戻りながら先刻殺した"生徒"からサブマシンガンを奪い、
使っていた銃は肩にかけて弾を温存する。
ついでに他にも数名の"生徒"の死体を漁り弾丸を拾い、先を急ぐ。
二つの廊下と三つの教室を通過したところで一時停止、
この先からは掃討を行っていないため"生徒"が多数いる。

 直後銃声、射撃されるまえに影で存在に気づいた私は
咄嗟に柱に隠れ、的の射なくなった弾丸は廊下に設置されている
蛇口の一つを破壊して噴水のように水を撒きちらかす。
銃声に"生徒"が集まる前にとサブマシンガンを片手に
すぐに柱から飛び出して"生徒"を射殺、
そのまま走りやってきた数名の"生徒"も
まとめて亡骸に変えてさらに進む。
どうやらここら辺には一学年が多いのか、
銃火器を持たずモップやバットやらで無謀に襲ってくる
"生徒"がわらわらと沸いてくる。
450 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:23:02.68 ID:Xyux2Eko

 タタタとマシンガン特有のあの乾いた連続の銃声を
響かせてその群れを一分足らずで一掃し
全てを不気味な肉塊にジョブチェンジさせる。
周囲の白い壁も、薄汚れた廊下も、割れた窓も、
そして死体も全てが赤く紅く朱く染まり血液の匂いが充満する。
好きでも嫌いでもない、微妙な匂い。
その内、空気も紅く染まるであろうこの場から
私はなんの感慨もなく歩みを進めた。

 完全制圧させるには、もう少しかかりそうだ。

―――

「ブラボー、ブラボー」

 傷一つ、服のほつれも、返り血すら浴びず戻ってきた私を
"先生"は芝居がかった調子で両手を大きく叩いて迎えた。
しかしその人間味のある台詞とは裏腹に言葉自体は
非常に機械的な合成音に過ぎなかった。

 私はだらしない服装で装甲車によりかかる"先生"に近づいて
脇をしめた海軍式に近い敬礼を行ってから報告を行う。
私も"先生"も軍靴を履いてる訳ではないから例の音はしないけれど。
451 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:24:01.59 ID:Xyux2Eko

「咲苑学園、全"生徒"の掃討終了しました」

 直立する私の後方にある、私が先程まで居た"校舎"は
生命の一つも存在しないただの古びれた建造物として
あと一時間くらいは、建っていられるだろう。
一時間経てば、ただの瓦礫に変わるだろうけれど。

「はい、ご苦労様でーす。銃火器の回収及び"生徒"の死体の回収は
 こちらで行うのでもう"下校"してかまわないから」
「了解しました」

 覇気の感じられない口調の"先生"。
私はどうせしなくても気にしないであろう
敬礼と会釈を自身への義務として行い、
肩に下げた銃をガシャガシャと鳴らしながらその場から離れた。

 それと入れ替わるように、私が殺戮した"咲苑学園"の"生徒"と
"生徒"が所持していた武器を回収するための数人の部隊が
ぞろぞろと"校内"へと向かっていくのが見えた。
彼らは彼らで色々と武装しているのだが、
果たして死体の相手というのは私よりも重装備で
赴かなくてはならない程の大層な仕事なのだろうか?
私にはとてもそうは思えないのだけれど。
むしろ私の様な仕事をしている人間にこそ
その装備を支給するべきだと思うのだ。
452 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:25:00.42 ID:Xyux2Eko

 なぁんて、本当はいらないけど。
あんなの火力と引き換えに機動性が失われてしまう、
いくら防弾チョッキがあろうと、
動きが愚鈍で多量に被弾すれば意味がない。
私には、無用だ。

 校舎の周囲を部外者が入らないようにと
ぐるぐると多重に巻かれた『KEEP OUT』の黄色いテープをくぐり外にでて、
停めてあった自分のバイクに近寄る。
制服のスカートのポケットから鍵を取り出し
エンジンをかける。

「……」

 腕を上げて、少し匂いをかぐ。
服が少し血なまぐさい、
きっと髪も少し硝煙の匂いがするだろう。
帰ったら、まずはお風呂に入って、しっかり髪を洗おう。
そう思いながら、私はバイクに跨って、
そのまま誰も居ない道路を
ヘルメットもつけず重低音を響かせながら走り出した。
453 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:26:12.38 ID:Xyux2Eko

―――

 本棚には、本の代わりに種々様々な拳銃が並んでいる。
壁にはショットガンやライフルなどが掛けてあり、
机には整備中の分解された銃や各種弾丸が並ぶ。
生活的な物は一人暮らし用の冷蔵庫を筆頭にした家電が少々、
それに簡易パイプベッド、一つだけまともに本が収納されてる本棚、
14インチのテレビデオ、あとは紅茶好きの親友のために
置いた紅茶葉の缶が転がっている位。

 そのあまりにも無骨すぎる部屋を、
私はシャワーで湿った長い髪をタオルで拭きながら歩く。
フローリングの冷たく簡素な感触が足の裏を撫で、
髪から零れた水滴が点々と床に風呂場からの道を作る。

「今日は涼しい……」

 タオルを片手にカーテンすらない窓を開き、
入ってくる風を全身で感じる。
この部屋は狭いし、キッチンは高さが合わなくて背中が痛くなるし
コンロは使いにくいし、炊飯器と電子レンジを同時に使うとブレーカーが落ちるし、
ユニットバスだし、ゴキブリどころかムカデもでるけれど、
こうして夜に窓を開くといい風が入ってくるので、
少しは気に入っている。
454 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:28:06.13 ID:Xyux2Eko

 ひんやりと秋口の冷やかな風で身体の火照りを冷ました私は
壁にかかっているカレンダーを覗く。
今日の"遠足"は少し手間だった。
あれから二階と三階の全"生徒"を滅し
残った四階へ逃げた第三学年の除去に移ったのだが、
十数名の第三学年生徒が篭城してしまい
仕方なく複数枚の防火用耐熱耐圧コーティング壁を一枚一枚
物理的に突破しなくてはならなかった。
虎の子のグレネードも使ってしまったし、
これでは収支があわないと思う。

 ま、それでも明日と明後日は振り替え休日。
日曜日も併せての三連休なので、
久しぶりにのんびりとしようと気分を切り替える。

 ……あぁ、でも先に新しい弾も買わないといけない。
冷蔵庫の中身も補充しないといけないし、
他にも日用品を色々と買っておきたい。
連休でなければ買出しで一日が終わってしまう。
タオルを床に投げ、まだ湿る髪をそのままに
天井につけたS字フックにぶら下がる物干しから
白のタンクトップとショーツだけ身に着けてベッドに横になる。
今日の"遠足"で、直接的な外傷はないものの、
やはり広い"校舎内"を重い銃や弾丸を持ちながら走り回るのは
それなりに体力を消耗するし。
銃を幾度も撃てば肉体的ストレスも溜まる。
そうやってつまるところの疲労を大きく覚えていた私の身体は
窓を開けたまま電気も消さずにそのまま意識を失った。
多分、大きな寝息と共に。
455 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:29:59.16 ID:Xyux2Eko

―――

 翌日、時期も時期だというのに風呂上りに
髪もまだ濡れた状態で服を着ず、布団もかけず
さらには窓を開け放って寝た私は危うく風邪を引き掛けた。
夜中に寒さゆえの尿意に起きた際に気がついて閉めて、
冷えた身体を布団に潜り込むことで暖めたからよかったものの。
あのまま朝まで迎えていたら、いくら鍛えてると言っても
確実に熱をだしていただろう。

 そんなことを思いながら、
変に跳ねてる髪を掻きつつあくびをして起き上がる。
大きく伸びをして、全身の骨を鳴らして
顔を洗って歯を磨いて、髪を梳かして朝食を取る。
人間なら誰でもやる目覚めてからの一連の流れをこなして
床に適当に置かれた財布を広いあげて
ジーパンとTシャツ、それにジャケットと
時期的に少し早い位の出で立ちで部屋を出た。

 私の住んでいる借家は非常にくたびれていて、
廊下の床はぎしぎしと歩くたびに音を立て
蛍光灯はいつも頼りなく明滅を繰り返す。
鉄製の階段は錆びて歩くたびに高い音がするし、
手すりは同じく錆びて体重をかければ
即座に破損してしまうだろうと思われる。
456 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:30:52.44 ID:Xyux2Eko

 カンカンと音を立てて一階に降り、
誰もいないフロアを抜けてアパート玄関から外に出る。
同時に雲ひとつ無い空からは太陽が見え、
鋭い光と心地よい温もりに晒される。
瞳を手のひらで庇いながらそんな空を見上げる。

 とりあえずは生モノもあるし、
かさ張ってさらに重い食料品は最後として
やはり先に日用品とか買うべきだろうと進路を決め、
徒歩数分のディスカウントショップにてさっさと買い物を済ます。
この時点で既に大きい買い物袋がふたっつ。
さらに回って肉野菜等を買い、顔なじみのガンショップにも足を運んで、
その上全部を一人で持たなくてはならないと思うと
もう帰って残りを明日に持ち越したくなるほどげんなりするが
しかし仕方ない親友が用事で手伝いにきてくれないのだから
一人でやるしかないのだし。
明日になったらなったで外にでたくなくなるだろう。

「…………」

 ふと気付く。
ねっとりとした不快な視線。
湿度の高い都心の夏のようなべたつく気分の悪さ。
ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認するふりして
傷一つ無い表面のガラスで後方を確認し、
即座にジャケットで見えないように肩から下げてきた
グロックの安全装置を解除する。
457 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:33:49.40 ID:Xyux2Eko

 この場でいきなり銃を抜いてのドンパチ銃撃戦と
洒落込んでも構わない。けれどどうやらあっちもすぐに
どうこうという訳ではなさそうで、その場はグリップから手を放す。
万一でも勘違いだと対処に困るので、できればあちらから
アプローチを仕掛けてきての反撃という形で殲滅したい。

 先刻までと変わらない歩調で進みながら
相手の出方とそれに合わせた最善の殺し方を模索する。
防弾チョッキの類を着衣していないのはいつも通りとして――。

「……っ」

 大きなエンジン音。
一気に加速し空回りをするタイヤの音。
私は買い物袋を少し離れた位置に投げて、
先ほどの車がこっちに猛進してくるのを振り返りながら確認する。
どうやらさりげないつもりだったが先程の動作で、
気づいたことに気付かれたらしい。

 避けるのは間に合わない。
私はそう判断し、衝撃を食らった際にダメージのでかい
ぶつかる側の胸をたたんだ右腕で、
同じく内臓含むわき腹を左腕で庇い、
車が私にぶつかる寸前に地面を蹴って車の進行方向を同じ方向に跳ぶ。
458 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 18:35:52.84 ID:Xyux2Eko

「ぐっ……」

 ドンと右半身に強い衝撃。
胸をガードしていた右腕がボンネットにぶつかりミシッと
力を加えひしゃげさせた木の枝のような音を立てた、
折れては居ないがひびは入ってるだろう。

 普通の事故ならこの時点で車は停止するなりなんなりし、
轢かれた肉体は慣性で前方へ投げ出されるのだが。
どうやらアクセルをふかし続けているのか、
私の身体はボンネットに張り付いたままになっている。
そのまま車は数十メートルほど加速しながら進んでから、
もう十分だと判断したのか急ブレーキをかける。

 やっと私の身体はここで車とのペッティングを終え、
先述のとおり前に投げ出される。
アスファルトのざらついた路面に
この速度でそのまま落とされては山葵のように摩り下ろされてしまうので
私はその速度のおかげでやや長い滞空時間を生かして
体勢を変えて足から着地、そのままでは当然とまり切れないので
バク宙バク転をつなぎ、靴底をタイヤ痕のように残して勢いを殺す。
その途中で両脇の銃を取り出し車に向ける
弾は双方のマガジンに入ってる弾丸十七発プラス一発、
限りある弾をどうつかって効率よく掃討するために
私は再度アクセルを吹かす如何な素材で
できてるかわからない車本体でも、
防弾性であろうフロントガラスの向こうにいる
人数もわからない敵でもなく、
車のバンパーとアスファルトとの隙間の中間点
そのさらに少し下を狙って引き金を引き続ける。
459 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 19:02:05.21 ID:Xyux2Eko

 弾は全てが全てほぼ狙い通りに直進し、
車体下のアスファルトにぶつかり、火花を散らして兆弾する。
直下で跳ね回る弾はほとんどが車の裏側
車の動力部である機械部品に吸い込まれる。
当然その動力部には燃料であるガソリンタンクも含まれていて。

 轟音。爆音。
車は再度発進乃至は逃走することなく、
紅く橙な炎と黒い煙を巻き散らかして沈黙した。
周囲の住民は私と車の残骸を尻目に
そ知らぬ顔で足早にその場を去って行く。
私は空になったマガジンを抜き取り、
ジャケットの内ポケットの替えのマガジンと入れ替え、
知らぬ間にずいぶんと遠くなった買い物袋を取りに歩く。

「……しまった」

 歩き始めて一歩。
その感触にため息をつく。
今日買わなくてはいけないものが一つ増えてしまった。
460 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/09(金) 22:37:30.20 ID:Xyux2Eko

__
    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
'''''""" ̄ ̄
           -=ニニニニ=-


                          /⌒ヽ   _,,-''"
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461 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 03:15:54.59 ID:wU.2nJAo
>>459

―――

 一つのでかい黒板を中心に扇状に広がり
それぞれ後ろに行くと一段y軸が高くなる座席。
一般的な大学の教室のそれの最後尾の一つに腰を下ろし、
持っていたプラスチックの鞄を置いて中から筆記用具を取り出す。

 右腕を包帯でぐるぐるに巻いて固定した私に、
しかしこの教室の誰もが見向きなどしない。
何故なら、この位の怪我は常に誰かがしている。
この教室の人間が、誰一人なんの怪我もしてないという状況を、
私は過去に見たことが無い。
ここは、そういう場所なのだから。

 "十教大学"
数多ある戦術学統合研究大学の中でも、
最高峰の地位を誇る我が校。

 私は。……私も、結局はただの"生徒"に過ぎないのだ。
ただ他校のそれよりもよりも数段優れてるだけの、"生徒"。
462 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:18:07.67 ID:wU.2nJAo

―――
463 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:19:18.77 ID:wU.2nJAo

 カランと扉の上部についた来客を知らせるベルが涼やかな音を鳴らし、
私は久方ぶりに聞くその音を受けながら店内に足を進める。

「マスターいつもの」
「はい」

 カウンターに座って私が注文すると、
すでにマスターは私の顔を見て用意していたかのように
素早くいつものカクテルを私の前に差し出す。

 店内にはどこかで聞いたことがある、
しかし曲名がでてこないようなそんなクラシックが
邪魔にならない程度の音量で静かに流れている。
私はカクテルを少し眺めて、少し口に含む。
甘い、爽やかなアルコールの味がした。
464 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:20:24.98 ID:wU.2nJAo

 私の他に客は二人だけ。
小さい店というのを除いても、相変わらず少ないお客に
人知れず微苦笑が浮かぶ。

 そしてその二人のお客も、
大して間を置かずに代金を置いて
カランと小さなベルの音と共に店をでていってしまった。
残ったのは、私とマスターだけ。

「相変わらずね」

 二人だけになり、クスクスと私は笑いながら
あまり似合ってるとは思えないバーテンダーの服装をした
客と常連以上に古い付き合いのマスターに話しかける。

「それは店がか? それとも俺がか?」
「両方、かな」
「ま、そうだな。どっちも確かに相変わらずだ」

 ポーズでしていたグラス磨きの手を休めて、
彼はカウンターの向こうにある椅子に腰掛け
客用のそれより小さなグラスに度数の低いお酒を注ぐ。

「だが、お前も久しぶりのわりに変わった様には見えんぞ」
「そうかしら? でもこの間鏡を見たら白髪があったのよ」
「そんなもん、俺だってとっくだ」

 笑って、一口グラスに口を付ける彼。
私もそれにつられて半分まで減ったカクテルを飲み干す。
彼はそんな私を見てまた少し笑って、立ち上がり扉に向かう。

「今日は久しぶりだし、たまには語り合うか橘」
「それはいいですけど、でも少ないお客さん逃がしていいの? キョンさん」
「ま、大丈夫だろ」

 そういって、彼は扉のノブにぶら下がる表札を裏返した。
465 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:21:36.68 ID:wU.2nJAo

―――

「結婚、とかしないんですか?」

 新しく作ってもらったXYZを飲みながら私は問う。
いつまでも、指輪のつかない互いの左手の薬指。
二十歳も半ば以上過ぎ、
同級生だった友人で結婚してる人も少なくは無い。
私はいわゆるOLって奴で毎日お仕事だし、
彼は彼でこんな所でこんなことをしている。
あまり、出会いと縁があるとは言い難い。

「考えてない訳じゃないがな」
「相手がいないってのはなし」
「……あー」
「佐々木さんも涼宮さんもいたでしょう?」

 彼は言われて目を逸らす。
わかりやすい反応に私は嘆息をつく。
高校時代、中学時代から想いを募らせていた彼女達は、
しかし無残に散り、佐々木さんは別の男性と結婚して
涼宮さんは確かいまは自分の会社で仕事一筋のような形で過ごしてる。
二人とも、魅力的過ぎる女性だったろうに。

「否定は、しないさ。ただ俺は友達以上としては見れなかった
 それだけ、なんだよな……きっと」
「それだけ、なのよね。あなたにとっては」

 ただそれだけが、しかし圧倒的な壁だった。
本当に悲しいけど、それだけの話。
その二人だけじゃなくて、他にもチャンスはあっただろう。
全てが素敵で耽美で知的な女性ではないだろうけど、
でもその中の一人も彼を虜にできなかったというのなら、
それは哀しくて悲しいようにしか思えない。

「お前だって、人のこと言えないだろう」
「私は、青春時代は組織でお仕事だったし。
 社会人になってからは、そんな余裕……ないわよ」
「余裕、ね」
 
 くいっとグラスを傾ける彼。
度数の低いといっても、立派にウイスキー。
バーテンダーという立場の所為かお陰か、
ずいぶんとお酒には強くなったみたいで。
466 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:22:28.80 ID:wU.2nJAo

 小さくて、確かに客は少ないけれど
でも私だけじゃなくて、他にも昔馴染みの友達も来てるみたいだし。
個人的には、自分の店に友人が集まって騒げるというのは
すごく素晴らしいことだと思うのだけど。

「それに関しては同意だな。
 谷口や国木田も先週来たし、古泉も先月だかに顔を見せに来た」
「ちょっと連絡取ればここで同窓会ができそうね」
「ま、会いたくても会えない人間もいるけどな」
「……もっと未来で、きっと会えるわ」
「だといいな」

 彼の先輩であった未来人の朝比奈さん、
私の同輩であった同じく未来人の藤原君、
その二人は自分達の生きる時代に戻ってしまった。
どんな気分なんだろうか、他の友人達はこうして関係を続ける中で
自分だけがどこか遠くへ行くというのは、
疎外感とか孤独感とか虚無感とか。
小さい頃、親の都合で転校したことを思い出す。

「まぁいまは博士課程進んでるあのハカセ君に期待するしかないな」
「あぁ、あなたが亀を川に放り投げたという……」
「曲解だ」

 等々、アルコールが少しずつまわり
顔が少し熱くなってきた私と彼は
しばらく二人だけで会話を続け、時折笑っていた。
そのちょっとした感覚が心地よく、
ゆえにどこか物悲しかった。

「好きです」

 と、先程の会話の流れで言えたなら楽だった。

「私とかどうですか?」

 なんて冗談交じりに言えそうだったのに。
アルコールの酩酊感なんてのは、
べつに勇気を助長する程の物ではなかった。
467 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:23:55.38 ID:wU.2nJAo

「おっと、もうこんな時間か」
「え? うわっ、嘘よね?」

 言われて見てみれば、壁にかかっている洒落た時計は
日付が変わって既に一時間の経過を伝える。
別に明日は休みだから慌てる必要は無いのだけど、
しかし予想外に俊足だった時間に私は驚いた。
気づけば結構お酒も飲んだ気がする。

「じゃあそろそろ帰らなきゃ……。えっと、いくら位?」

 椅子から立ち上がりマスターである彼に聞いてみる。
足元が軽くふら付いたが、この時期のこの時間帯は風が酷く冷たい、
外にでて深呼吸すればずいぶんと頭もすっきりするだろう。
そんなことを考えながら財布を取り出すと、
彼は少しあごに手をやり逡巡してから。

「いや、今日はいいよ。俺の奢りだ」

 そう豪気なことを言い放った。

「こんなに飲んじゃったし、店も閉めさせちゃったのに悪いと思うんだけど……」

 私が座っていた椅子、
そのカウンターには空になったグラスがざっと両手で足りない位ある。
それに彼はこの後片付けなども一人でしなくてはならないのだし
色々とこのまま帰るのは後味が悪い気がする。

 という感じのことを口にしてみると
彼は「は、お前がそんなん気にするとはな」と
ちょっと小馬鹿にしたように言って見せた。

「どういう意味かしらね」
「べつに。ただ、変わってないようで、やっぱり変わってるんだなって思ってさ」
「……それはそうよ。変わったようで変わってなくて、
 変わってないようで、変わっていて。ぐちゃぐちゃになってくのが、人だから」
「ないまぜだぁな」

 すいっとまるで素面みたいに歩いて
使ったグラスたちを流しに手早く運んでいく彼。
どうしようか、手伝おうか? とか思ってるうちに全部片されて、
私は間抜けに立ち呆ける形になってしまった。

「また、来いよ。近いうちにさ、ちょいちょい顔をだせ。それでいいから」
「え?」
「つまんないんだよ、お前来ないと」
468 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:25:04.79 ID:wU.2nJAo

 水道から流れる水の音が、どこか心地よい。
カチャカチャと、食器の触れ合う高い音が、少し楽しい。

「なんかさ、よくわかんないけど、
 寂しい……、のかな? まったく三十路も近い男が情けない話だが、
 でも、お前が今日久しぶりに来て、すげぇ楽しかったし、
 お前がどうこう思う必要はないから。だから、また来いよ」

 食器の相手をして、こっちに顔を向けないで、
彼はそう照れ隠しなのかぶっきらぼうな調子で言葉を落とす。
それを受けて、私が一体どんな表情をしてるのか、
だから彼はずっと知らないままで、私もわからないままで。

「そう……する、ね」
「あぁ。頼むわ」

 アルコールの所為とは違う理由の熱さが、
私の顔全体を覆うのを感じて私は一人笑い彼に背を向ける。
大人になって履くようになったヒールの音を小さく立てて、
私はカランと言う音と共に店をでた。

「……はぁ、さむっ」

 言葉と共にでた吐息は、
軽く白く凍って、風とともに流れて消えた。
冬が、もう近い。

「ちょ、ちょっと待て橘!」

 雲が流れて、月が見え隠れして。
さぁて、行こうと思った矢先に、彼に呼び止められた。

「これ、着て行けよ。その格好じゃいくらなんでも寒いだろ」

 彼は腕に持っていた薄手のコートを私によこした。
茶色い、長い間使っているのであろうコートを。

「いいの?」
「あぁ、ちょっとボロいかもしらんが、我慢してくれよ。
 まだ冬本番じゃないからそれで間に合うだろ?」
「……うん、ありがとうキョンさん」
「気にすんな。じゃ、俺は片付けの続きあるから」
「ん、ばいばい」

 そういってまた店に戻ってしまう彼。
私は受け取ったコートに腕を通して、
少し丈が長く余ってしまった袖を握りながら。
今度こそ帰路に着いた。

 もう、寒くは無かった。
469 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:26:00.48 ID:wU.2nJAo

―――
 
 カランと扉の上部についた来客を知らせるベルが涼やかな音を鳴らし、
私はその音を受けながら店内に足を進める。
店内にはどこかで聞いたことがある、
しかし曲名がでてこないようなそんなクラシックが
邪魔にならない程度の音量で静かに流れている。

 一枚のコートを、羽織ることなく腕にかけていた私は
カウンター席の一つに腰を下ろす。
マスターは、黙ってグラスを磨いていた手をとめて
扉にかかる表札を裏返して、戻ってきた。

 カウンターの向こう、一つの椅子に腰掛けて
静かに微笑むマスターに私も微笑を返す。

「マスターいつもの」
「はい」

 座ったマスターのすぐ手元に置かれたお酒、
それらはシェイカーに入れられ、振られ、そしてグラスに注がれる。

 私はそのカクテルを少し眺めて、口を付ける。
甘い、爽やかないつもの味がした。
470 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 18:27:05.32 ID:wU.2nJAo

__
    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
'''''""" ̄ ̄
           -=ニニニニ=-


                          /⌒ヽ   _,,-''"
                       _  ,( 芋  ) ,-''";  ;,
                         / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;,'
                     (.゛ー'''", ;,; ' ; ;;  ':  ,'
                   _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'  ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ  __ノ





471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/10/10(土) 23:05:29.54 ID:TLP4tIM0
プリンあたりに投下すれば良いじゃ無いか
一目につかないのは惜しい作品だとおもうんだよねぇ
472 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/10(土) 23:43:30.54 ID:wU.2nJAo
まぁ勝手な自己満足作品だしね
多人数投下系のスレも和気藹々と楽しいんだけどさ...
473 :ブログお礼画面その1 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/11(日) 03:49:56.62 ID:M88/0QQo
「お兄ちゃん、これが欲しいです」

 浴衣姿が異様に良く似合っている崩子ちゃんに
そんな風にわたあめをせがまれ、ビニールの袋に入ってるそれを
一つ、買う。五百円也。

「花火は何時からだっけ?」
「七時半からですお兄ちゃん」
「そっか」

 七月の七日。
ポニーテールの日であり、
また一部では七夕などと呼ばれ小規模ではあるが祭りをしているところもあるらしい今日。
ぼくはみいこさんと崩子ちゃんに不健康者の烙印を押されてしまったため、
名誉挽回の為に二人を連れてこうして近くの神社まで足を運んでみたわけで。

「いの字、私はこれが欲しいぞ」
「……みいこさん、もう少し遠慮しましょうよ。
 というか一応社会人なんですからそれくらい自分で」
「むぅ、げその方で我慢するから、な」
「いや。な、じゃないですよ、本当」

 イカの足、三百円也。
本当、こういう出店の食べ物というのは原価とか考えちゃいけない作りになっている。
それでも食べたくなるのはムードというか雰囲気というか、
限定に弱い日本人みたいな、国民性の問題なんだろうかとも思う。
実際なんだかんだ言ってもぼくだって結構色々食べている。
それは、まぁ、二人にだけお金使ってぼくが食べてないのが悔しい、みたいな
子供っぽい面が大いにあっての行動とも言えるのだけど、そんな感じ。

「しかし、みいこさんも崩子ちゃんも浴衣、
 めちゃくちゃ似合ってますよね」
「そうか? いの字も着てくればよかったのに」
「いえ、ぼくは持ってないんで」
「そうか、それは仕方ないな」
474 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/11(日) 03:50:58.32 ID:M88/0QQo
>>473

 というよりも。
ぼくは浴衣とかそういった物が壊滅的に似合わないから
たとえぼくがゆかたを所持してたとしても着ないんだけどね。
本当にぼくは日本人なのだろうかという位、和服とかが似合わない。
だからといって洋服なら様になるというわけでもないのだから、
もしかしたらぼくが不健康なのはそういった理由もあるのかもしれない。

「そういえば二人は短冊とか、やりました?」
「わたしはやってません。願い事とか、ないですし」
「それは子供としてどうかとも思うけどね」
「私はやったけどな」
「はぁ、どんな願い事を書きました?」
「新しいバイトが決まりますように、って書いた」
「……切実ですね」

 そんな願い事を書かれて秘め事にいそしんでいるであろう
天人両名はいかな反応をするのだろうか?
というかまたクビになってたんですかみいこさん。

「うむ、店長と喧嘩してな」
「喧嘩って……、手ぇだしてないでしょうね?」
「当たり前だ、私は大人だぞ?」
「大人はそんなバイトをぽんぽんクビになったりしませんよ……」
「まぁ、お兄ちゃんも人のことは言えないと思いますけど」
「ごもっともで……」

 ま、そんな感じ。
雑談以外の何物でもない会話を淡々としながら、
時折ぼくの財布の中から小銭を取り出してみたり、
みいこさんが出店の人に値切り交渉したり
崩子ちゃんがやはり出店の人におまけしてもらったり
その程度。日常の範疇、平静の範囲。
別段なにがあったわけじゃないと思うのに、
でも、凄く色んなことがあった気がした。
結局一度もぼくは笑わなかったけれど、
少しだけ、笑うタイミングというのが感じれたと思いたい。

「お兄ちゃん、そろそろ花火が始まるのでそろそろ帰りましょう」
「そうだね。…部屋でただ眺めてるのもアレだから、スイカでも買ってこうか」
「む、悪いないの字、なにからなにまで」
「いえ、べつにもういいんですけどね…」

 その後、ぼくが二つ買ったスイカは
七々美とか、荒唐丸さんとか、みんなで食べて、すぐになくなった。

475 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:23:32.83 ID:EuW.i1Mo

―――

476 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:24:42.66 ID:EuW.i1Mo
 夏、は、暑い。
これはもう当然の事象。
1+1が2になる位の誰もが意識しない程に浸透しきった当たり前。
人間はその暑さと戦うために色々と行ってきた、
少しでも涼しくあるために知識を身に着けたり、
環境と引き換えに快適な空間を作る機械を発明したり、
逆にその暑さを受け入れて楽しんでみたり、色々。
じゃあ僕が、今年の夏、昼に熱せられたアスファルトから放熱されることによって
湿度と気温があがり、不快指数の高い、所謂熱帯夜になっている日々を、
如何なる手段で過ごしきったのかというと。

「……いや、べつにいいけどさ。久方ぶりに顔見せたと思ったらそれか?」
「鰐待のところには冷風機があるじゃないですか。
 僕のところには扇風機の一つもないんですよ…」

 友人の所に転がりこんだのだった。
正直迷惑であろうとも思っていたし、非常識な気もしたのだけれど、
しかし毎日のように続くじめじめとした夜に辟易とした僕の精神は
そんな常識など無視してこの場に足を運ばせた。
こうして話してる間にも、鰐待が立っている扉の向こうから
涼しげな風が流れてきて僕の頬を撫でてくるのだ。

「ま、あけっぱにしてても中が暑くなるし、とりあえず入れよ」
「感謝します」
「……お前に初めて礼を言われた気がするな私は」
「かも知れませんね」
「初めて礼を言われたのがこんなことって……。なんか損した気分だな」
「ま、大半は僕も同意ですけどね」

 中に入り、鰐待が扉を閉めてしまえば外界の空気ともさよなら、
非常に心地良い空気で満たされていた。
エアコンの刺々しいまでの冷気とは違う涼しさを感じる。

「とりあえず珈琲でも飲むか?」
「アイスなら頂きます」
「ん、じゃあいま作る」
「どうぞお構いなく」
「順序がおかしいだろ」

 鰐待が住むここ。
二つの部屋で構成される内の一つ、
少しでかい螺子が飛び出してる床を見やりながら
僕は一つの椅子に腰掛ける。
心地良い。真夏日の街並みからデパートに入ったように汗が引いていく。
……ま、デパートなんて一昨年を境に目にすることすらないのだけど。
などと考えてるうちにもう珈琲はできたのか、
鰐待から「ほれ」と渡された氷の浮かぶグラスを無言で受け取って一口。
477 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:25:35.40 ID:EuW.i1Mo
>>476


「相変わらず鰐待の珈琲は美味しいですね」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうかい」

 言ってもう一口。
鰐待の入れる珈琲は本当に美味しい。
僕は圧倒的に紅茶党なのだが、鰐待の入れた珈琲だけは飲めるのだから、
やっぱり、本当に美味しいんだろう。
鐚走なんかは、不味いと言っていたけど、
あいつの場合は炭酸飲料以外口にしない味覚馬鹿だから、論外。

「で、新茶」
「なんでしょう?」
「泊まるのは大いに構わないけど、どこで寝るんだお前」
「……あぁ」

 すっかり忘却していた。
僕の海馬は相変わらずの残念さだった。
いくらここのところ寝不足続きといっても、
それくらいわかりそうなものなのに。
と、仕方なしにこの暑い中を自宅までもう一往復して
軽くかけるものでも取ってくるべきか否か悩むよりも早く
「なんなら一緒に寝るか?」と提案してくれた、
僕の友人は意外と親切で優しい奴なのかもしれない。
……しかし警戒心は無いのだろうか?
色々と、あけっぴろげなのかなんなのか。

「貸してやる布団の余裕は無いし、かといって床で寝かせんのもな」
「ま、ぶっちゃけちゃえば自宅でも床で寝てるのと大して変わりませんけど。
 鰐待がいいならお言葉に甘えさせてもらおうかと」
「ん、じゃそれでいいな。つーのも私がすでに眠いんだよ」
「でしょうね、パジャマ姿ですもんね」

 描写のし損ねというのは語り部を担う人間としてはどうかと思うものの、
まぁ致命的ではないレベルだろう。このぐらい許容範囲だ。
ついでに柄とか詳細に関してはし損ねではなく意図的な沈黙で通させてもらう。
僕のためにも、鰐待のためにも。
478 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:26:31.28 ID:EuW.i1Mo
>>477

 ということで、就寝。
先ほどまでいた部屋とは違う、
言うなれば寝室と呼ばれる場所。
そこに置かれているベッドは意外と大きくて白くてふわふわで、
非常に寝心地の良さそうなベットだった。
ただ、大きいといっても一人で使うにはといった感じで、
二人で入るには少し手狭かもしれない、という大きさ。

「どした?」
「いえ、なんでもありません。お邪魔します」
「で、番茶は、いつまで泊まんの?」
「夏が終わるまで。明日にでも寝具の類は持ってきますよ」
「りょーかい。ま、たまにゃお前に頼られんのも悪か……ふぁぁ、ないな…」
「しばらく世話になります」
「ん、……おやすみ」
「おやすみなさい」

479 :ブログお礼画面その2「USB外伝小話」 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:27:56.44 ID:EuW.i1Mo
>>478

―――

 会話を終えると同時に寝息が聞こえ始める鰐待の隣、
久しぶりに寝返りを何度も打つことなく眠れそうだと一人静かに喜ぶ。

「ベッドで寝るのも、二年ぶりになるんですかね……」

 ここに来る前、来た後。
なにが変わったとか思わないけど、
それでも何が変わったのかといったら、やっぱり生活体系なのだろう。
電気が消えてたくさんの窓から入る月光の中、
なぜかそんな昔のことに気をめぐらせている僕がいた。

「……くー」
「しかし、鰐待は寝るとこうも大人しくなるんですね…」

 僕の横、くの字に身体を曲げて静かに眠る鰐待。
口調や行動や体型や、その他諸々でつい忘れがちになるけれど、
やっぱり寝顔は割かし可愛らしいもので。

「……ん?」

 不意に、こちらに身体の向きを変え、
僕の腰に足を、僕の胸に腕を絡ませ、まるで抱きついてくるような体勢になる鰐待。
なんだこれは、誘惑か、罠か、なんだこれは!?
とか思って引き剥がせずにいるうちに、
万力の如き力で身体を締め上げられた。

「なっ……!? い、いった、ちょ、ストップ、鰐待起きてください、ほんと、いや、
 やめてくだ、痛い痛い、やめ、マジで、やめ、やめろ!」

 僕が、初めて敬語キャラを捨てた瞬間だったように思う。

―――

 そろそろ夏だな、とか思ってみる。
僕はどちらかというと夏より冬が好きな人種だ。
冬は厚着をすれば暖かく過ごせるが、
夏は全裸になっても暑いのだ。
僕は鰐待のように冷風機など持っていない、
どころか扇風機すら所持していないのだ。

「好きなときに遊びに来ていいぜ? 家近いんだからよ」
「むしろ泊まらせてください。寝苦しいのが一番辛いですから」
「べつに構わんけど、ベット一つしかないぜ? 一緒に寝るか?」
「非常に魅力的な提案ですが辞退します。以前骨を折られかけましたから」
「あぁ、そんなこともあったなぁ」

 そんな、回想
480 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:33:04.18 ID:EuW.i1Mo

―――

481 :ブログお礼画面その3 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:35:48.99 ID:EuW.i1Mo


 岩城小石の事は実際の所結構前からその存在を知っていた。
と言うのも、石城小石はありがちな形容で語るならいわゆる有名人って奴だったからだ。
しかし、有名人と言ってもまぁ色々とあるわけで。

 それは例えば容姿や学力や部活や、あるいは少し変わって素行等。
多感期の人間の集合である高校生である、他人と明らかに目立つ違いがあれば
大なり小なり噂になるものだが。
しかし石城小石は上記のどれでもない、ある一つの特殊性によって名が知られている。

 石城小石は双子なのだ。
だから正確に言うなら有名なのは石城小石ではなく、
石城小石姉妹、とでも言えば良いだろうか。

 そう、石城姉妹ではなく、石城小石姉妹。
 姉の姓は石城、名は小石。
 妹の姓は石城、名は小石。
 二人合わせて石城小石姉妹、それが彼女達の特殊性。
 有名たる所以、原因、起因、つまりは理由だ。
482 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:36:39.59 ID:EuW.i1Mo

―――

483 :ブログお礼画面その4「サヴァン妹」 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:40:21.34 ID:EuW.i1Mo
およそこの世と呼ばれる物に流れなど無く、
故に流されに流され続けて留まり続け。
そこには凝り固まったしこりの様な不協和音が残る。

 八月、なによりも誠実を愛し実直を貫き
そして誰よりも素直で居ることを選んで生きてきた
真実の探求者。つまるところこの僕は、
必然とも言えるこの事象に対し明らかに無関心を貫いてきたし
これからもそうだと信じ続けていた。
…いや、戯言だけどね。

 実のところ僕が玖渚の所に足を運んだのに
特に込み入った事情やなにかがあった訳じゃない。
それは大きな意味でも小さな意味でも誇張無く、
なんの用も無かった。不必要な行動だったと言い換えてもいい。
いや、なんの用も無かったと言ってもそりゃ僕なりに

 玖渚になんとなく会いたかったとか。
 玖渚となんとなく話したかったとか。
 玖渚になんとなく抱き付かれたかったとか。
 玖渚となんとなく食事したかったとか。

 そういった僕自身の意図はあったし、
そもそも根本的に不必要だとも僕は思っちゃ居ない。
玖渚にあってあいつの長い髪を梳かしてやるだけで
僕の精神的安定が保たれるのだからこれはまぁ必要だろう。
それに僕がたまに顔をだして玖渚の生活、
特に食事関連を補助してやらなくては
あいつはジャンクフードだけで過ごし続けるのだから
やはりそういった面でも僕が玖渚のマンションにべスパで向かったことは
無駄ではないのだろうと思う。ここしばらくの懸案事項だった左腕の完治報告もしたかったしね。
484 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:41:12.68 ID:EuW.i1Mo
>>483


 僕はつらつらとそんな思考に脳の要領を割きながら。
流れ作業のようにいつもの手続きを行い、
玖渚の居住している32階に直行した。
しかし馬鹿じゃないのに玖渚は高いところが好きだ、
自身は一人じゃ階段も上下できないような身体の癖に。

 人間は自分とかけ離れたものにこそ憧れを抱くとも言うが、
だけど玖渚にそんな気概があるとも思えない。
あんな自分一人じゃ外出もできない空間に自ら居を構える
その玖渚の意図は、そういえば僕は知らない。

「あっ、にーちゃんやほー」
「…やほー玖渚」

 指紋認証と鍵を使って扉を開け、
さあ玖渚探しにダンジョン探検と洒落込もうとした僕は
入って早々の声に脱力と言うか肩透かしを食らった気分だった。

「にーちゃん、どしたの?」
「…いやなんでもないよ」

 玖渚に会いにこのマンションに来る度に
毎度苦戦を強いられる玖渚探しのフェイズが、
まさかのスキップを食らって少々戸惑い気味の僕だった。
…ん?
ちょっと待て、いま玖渚の奴僕のことをなんて呼んだ?
イントネーションは変わらないし母音が同じだから
つい聞き流してしまったけどこいつ『にーちゃん』って呼んでなかったか?
いやいや、もしかしたら気のせいかもしれない。
玖渚がこんな無意味で地味な悪戯をする筈が無いし、
精密機械な玖渚の口から言い間違いが起こるとは思えない。
考えられるのはやはりネコ型ロボットよりネジが欠け落ちた
僕の脳か耳が判断を誤ったと見るべきだろう。

「うに? どしたの?」
「…いや、玖渚、僕のことなんて呼んだ?」
「にーちゃん」
「…」
485 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:42:03.53 ID:EuW.i1Mo
>>484

 勘違いじゃねえじゃん。
ってかなんだよ『にーちゃん』って、僕は直さんじゃねえぞ。
それともこれは新しいプレイなのか?
僕はそうと思って無かっただけで玖渚はマンネリというか倦怠期を感じていたのか?
それはそれで中々に遺憾であるが、どちらかといえば口調や呼び方より
コスプレとかの方向に走ってほしかった。…戯言だよ?

「にーちゃん、どしたの?」

 いやいやいや、確かにその体躯と表情と『にーちゃん』のコンボは
うん、中々の破壊力を持ってはいる。それは認めよう、頑張った。
しかし悪いけど僕には妹属性などない、嫌いじゃないけれどそれじゃ駄目だ、
メイド服を同じ事をしてきたらどうかわからないけれど。

 …待てよ? にーちゃん=兄ちゃんであるとは限らないんじゃないか?
そうだ、哀川さんあたりにまたぞろ変なことを吹き込まれたのかもしれない、
哀川さん発端ならこの意味のなさも理解ができるというものだ。

「どうしたのってか、お前がどうしたんだよ友」
「うに?」
「いや、うに? じゃなくてさ。なんで呼び方変えたんだよ? 悪か無いけどむず痒いんだよねそれ」
「え〜、にーちゃんはにーちゃんって呼ばれるの嫌?」
「嫌じゃないけどさ、その行動の意味がわからないよ。なにがしたいんだよお前」
「わかんない」
「わかんないって…」

「にーちゃん、どしたの?」
「いやお前がどしたのって話で…、ってか同じ入り方を三回も繰り返すなよ!」
「うにに、今日のにーちゃんは変だね? ん、でもいつも変だから
 変なのが普通になる訳だから。にーちゃんはいつにもまして普通だね」
「どちらにしても貶しにしか聞こえないよそれ」

 だけどどうやら玖渚の奴、素で僕のことをにーちゃんと呼んでるっぽいな。
悪戯とか気分転換とかその他諸々でなく、
今日僕はここに来た理由のように曖昧模糊とした有耶無耶であやふやな
そんな特に意味もない行動の結果がこれなのだろか?
…だとしたら、まぁ付き合うのも悪くないのだろうか。
486 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:42:54.19 ID:EuW.i1Mo
>>485


「オーケイ、わかった負けたよ友」
「なにに?」
「お前にだよ。とりあえずお前が僕のことをにーちゃんと呼ぶことを許容しようと言ってるんだ」
「ほんとに? いえーい、愛してるよいーちゃん」
「…お前ってそんな天邪鬼野郎だったっけ?」
「野郎じゃないよん、生物学上僕様ちゃんも女だからね〜」

「……」

 まぁ、そんな感じ。
確か事の始まりとしての玖渚との前振り会話は大体こんなだった。

―――

 僕は玖渚としばらく談笑に興じ、
日が沈む前に別れを告げてべスパでのんびりと一時間ほどかけて
自分の家であるボロいアパートに帰宅した。

 しかしながら、玖渚のマンションが最高級で豪奢な
この国でも指折りのでかさの建築物であるのに対し、
僕のアパートは最下級ないし最低級の粗末な
この国でも指折りのしょぼい建造物だろう。
なんというか貧富の差が顕著だなあ、などと感慨に耽りつつ
ギシギシとどうやっても音が鳴る階段を登り、
みいこさんの部屋を通り過ぎて自室に入った僕。
早いうちに帰宅したはいいけれど、
じゃあなにかやることがあるのかと言ったらそうではなく、
まぁ結局ボケッとする羽目になるのだけれど。

「姫ちゃんで遊ぼうかな…」

 いつもなら僕が帰宅もしくは姫ちゃんが帰宅して
すぐにこの部屋にやってきて僕にいじめられにやってくる姫ちゃんなのだが、
ついこの間の期末テストで全教科赤点という
最高難易度のミッションをコンプリートした彼女は夏休み入って一週間も近い
本日も補習があり、多分寝ているのだろう。
487 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:43:45.82 ID:EuW.i1Mo
>>486

 別に姫ちゃんが補習で疲れるのは
自業自得甚だしいので僕としては知ったこっちゃないので、
いまから姫ちゃんの部屋に向かってボロい扉を楽器に
力強いリズムを叩いても僕としては全然構わないのだけれど、
しかしそれを理由にあまり変なフラストレーションを溜めさせても困る。

「早い夕食にでもしようかな…」

 やむかたなしに趣旨変えして降ろした腰をあげようとした時、
不意に動きを止めて僕は息を潜めた。
ギシギシと階段の軋む音、それが聞こえたからだ。
時間も時間、確認はしてないがしかし薄くてボロいこのアパートの壁は
みいこさんも上階の崩子ちゃん萌太くん兄妹も、そして筋肉爺さんも
現在自室にいるのがなんとなく把握できる。
つまりはいま足音を立てているのは誰かの客人、ということになるのだろうか?
しかしこのアパートに客人だなんて面倒ごとを運んでくる配送屋なのは
もはや決定項と言っていいだろう。

「しかもなんか僕っぽいし…」

 足音は階段のそれから廊下のものに変わり、
奥側である僕の部屋の前に向かってきている。

 足音が止まったのは
結局予想通りというかなんというか、
もはやお約束とも言える僕の部屋の前。
トントンと調子よく二度もノックされてしまっては
正直者たる僕は居留守を決め込むわけにも行かず、
ようやっと僕はターミネーターでシュワルツェネッガーが
時間を越えたときのようなポーズをといて玄関の扉を開けた。

「…」
「やっほー」
「……なんで僕の住所がわかったんですか」
「調べた」
「……愛知から京都までどうやって来たんですか」
「歩いた」
「……」

 扉の向こうには愉快にも不愉快な動物学者、
春日井春日が揚々と立っていた。
488 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:45:28.12 ID:EuW.i1Mo
>>487

―――

 メイド服というのは僕にとって最強の萌えポイントであり、
なによりも僕の最大の弱点なのだとこの時になってやっとこ理解した。

「なんにもないねこの部屋」
「やかましい」
「生活感がないと言うか明日にでも引越しするの? って感じだよね」
「余計なお世話です」
「本当に生きてるの君?」
「生物学者に酷いこと言われた!」

 明らかに失態、明らかに失敗。
メイド服に釣られてこの人を家に上げるなんて僕はどうかしていた、
キャラは面白いが同居人としては色々と無理がありすぎる。
なんというか濃いのだ。
僕以外のこのアパートの住人も大概だが、この人は彼らにタメを張れる。
羨ましいとは思わないけど。

「布団は一つしかないの?」
「この部屋に誰かが泊まりこむようなことがあるとでも?」
「確かに君って友達いなそうだもんね」
「やかましい」
489 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 06:46:19.69 ID:EuW.i1Mo
>>488

 こうも遠慮も思慮も考慮もなく、
不躾に部屋を物色(という程物品は多くないが)されるといっそ清々しい。

「つまりこれから私は君と一つの布団で寝るわけだね」
「僕は床で寝ます」
「なんでかな私は全然構わないけど」
「僕も貴方となにか起こるとは皆目思ってはいないですけど、
 しかしその行動によって万一にでも顔見知りにあらぬ誤解を与えてしまわぬようにです」
「いけず」
「黙れ」

 しかし、春日井春日。
彼女は女性としては背が高く、まぁ僕よりもその頂点は空に近い。
僕も小柄ではあるけれど一応成人間近の男である、
起きて半畳寝て一畳などと言ってもやはりこの部屋に二人いるだけで
なにやら圧迫感と言うか閉塞感というかが感じられる。

「あの、春日井さん。いまさらですが他を当たってくれる訳には―」
「これからよろしくいっきー」
「…その呼称は一体」

 さて、聡明にして高名、敏感にて多感な方々は
既に大体を把握しているだろうが、ここから先の展開はほぼ予想通りだと
僕は戯言遣いという肩書きに則って宣言させてもらう。
ここに記されるのは物語の裏側にすら描かれない、おまけのおまけの舞台裏。
なんら新しいものなど見当たらない相対的にも絶対的にも主観的にも客観的にも
総じて意味を成さない自己満足で自己完結で自己陶酔の物語の断片。
破片拾いなど存在しないこの世界で終わりに終わり続ける螺旋を
ひたすらに述べる道化の滑稽さ、その帰結、末端。

 ただ一つ違うことがあるとするならば、
この場に零の横に零を掛けて三つ、零の底に零を重ねて二つ。
合わせて一つ、這わせて零へ。僕と同じでありながら究極に正反、
絶無にして皆無の殺人鬼が舞台にあがったということだろうか。

 まぁ傑作にして戯言なんだけどね
490 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/13(火) 07:00:16.66 ID:EuW.i1Mo

―――

491 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/10/14(水) 06:43:11.32 ID:/ZTOgADO
鷹梁 不詠屍《たかはし ふよむし》
『GAME OVRE』
492 : ◆7SHIicilOU[sage]:2009/10/14(水) 06:58:16.20 ID:/ZTOgADO
鷹梁 不詠屍《たかはし ふよむし》
『GAME OVRE』


透椰 詐然萢《すかやし さしかやち》
『Fata Death』

怒富由 抹敷志《ぬふよし まつしくし》
『LOVE Piece』

余払串 窮詑《よふつくし きゆた》
『Voice Bug』
493 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/31(土) 20:37:11.94 ID:dIVu93Mo

―――


 八九寺真宵は小学生で僕の友達である。
とかなんとか言い出してみると、
僕と八九寺のパーソナルを比較、検証した後
大抵の人はなんかもう居た堪れない気分になるような
視線を僕にぶつけてくるだろうと思う。

 それに対して僕はこの国に戦争や紛争ような暴力がなく、
平和であるという対外的な名目に反する治安のよくない情勢を嘆くべきなのか
それとも自分自身の外見に対して嘆けばいいのかわからないところだが。
しかし、嘘は言ってないし偽ってもない。
真実を隠蔽したわけでも歪曲させた訳でもない。

 ただただそれは真実で現実で事実なのだ。
僕は八九寺真宵を道端で見かければ気軽に声をかけるし、
その逆だってよくあることで、
直接問うたことはないけれど僕達は確かに友達だった。
494 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/31(土) 20:48:01.34 ID:dIVu93Mo

 今年の春休み、僕は人間じゃなくなって、
いまもその後遺症が残る人間もどきだし。
八九寺だって素直に普通の小学生とは言えない程に
色々と抱え込むことがあるけれど。

 それでも。
 それだからこそ。

 僕達の友情は普通よりも硬く、普遍よりも強く、普段よりも靭くあると
そう、信じていままで仲良くやってきたつもりだった。
普通じゃないからこそ、普通らしく。
だけれどそれは、永遠ではない。
陳腐でチープな言い回しだけれど、
しかし僕はそれをどこか忘却していて。

 だからこのお話は、端的に言ってしまえばただの喧嘩だ。
友達の大切さを忘れ、友情を当然と思い、
友愛を平然と扱い、そして仲違いしてしまった。
ただの盛大に軽快な、ちょっとだけ複雑な喧嘩。
そしてそこからの仲直りのお話。

 雨降って地固まる。
たったそれだけの、お話。
495 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/31(土) 21:12:06.89 ID:dIVu93Mo


 『まよいフォックス』

 目が覚めると夜だった。
なんて言ってみるとなんとなくファンタジー系の匂いがしないだろうか?
夜の世界に閉じ込められたとか、
世界の時間が止まったみたいな方向性で、
少しばかり終焉の感じが見え隠れするような気がする。

 なんて、実際は僕が単に昼寝をしてさらに寝過ごしただけだけれど。
それに春休みの二週間はむしろそれがデフォルトだったし、
目が覚めて真っ暗闇というのは別段どうってことはない事態だ。
真っ暗でも部屋の中見えるし。
496 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/31(土) 21:21:53.39 ID:dIVu93Mo

 のそりと起き上がり布団をでて時計を確認すると、
寝すぎとかどうとか言うレベルの寝過ごしではないことが発覚。
すでに日付が変わって一時間という時刻だった。

「……いや、これはないだろ。
 いくらなんでもこれはない、今日……じゃなくて昨日一日の起床時間がどうなるんだよ」

 えっと……? 休みだと言うのに八時に妹達に起こされて、
朝食を食べながらテレビを見て、
昼を過ぎた頃に昼寝してそのまま――か?
二十四時間の内の二十時間近く寝てる計算になるぞ。
マジかよ。なんで誰もなにも言わなかったんだ……。
497 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/10/31(土) 21:35:23.25 ID:dIVu93Mo

 折角の休みを無意義に消費した後悔で軽く凹む僕。
こんだけ寝たらもう明日の朝まで寝れる訳が無い、

 普段から夜型の人間はいいかも知れないが、
突然夜に目が覚めると正直暇のつぶし方に困ると言う。
外にでても店なんか開いてないし、
友人知人に連絡しようにも迷惑になるだけだし。
春休みのときも羽川が漫画を持ってきてくれなければ
学習塾跡に居る時間のほとんどを退屈に過ごしていただろう。

「……散歩でもするか」

 暗い部屋の中でうっすらと見える自分の影と
しばしの間睨めっこをした後、なんの変化も見られないのを確認して
立ち上がった。
498 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 01:19:21.27 ID:A2ygjZoo

―――

 周囲は闇夜と呼ぶにふさわしく、
多数の羽虫に集られた街灯が等間隔で小さく光を放つ
その周辺のみが仄かにスポットライトのように宙に浮かんで見える。
田舎と嘆くほどではないにしても、決して都会ではない僕の街、
その唯一の光源の幾つかは明滅を繰り返しどことなく不気味な雰囲気を醸し出している。

「この時間じゃあ流石に八九寺も居ないだろうしなぁ……」

 季節柄のひんやりとしたか風が僕の頬を撫でる中、
ゆっくりとした歩調で僕は近くの公園を通り過ぎようとして――。

「おや、せせらぎさん」
499 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 02:23:42.04 ID:A2ygjZoo

 噂をすれば影が差す。
その言葉の意味合い、強さについては僕はこの身に沁みているが、
しかし前述の通り現在は深夜、小学生が出歩いていい時間ではない。

 月明かりもそぞろな公園の入り口。
いつものリュックを背負い、ブランコに腰掛けていた八九寺が僕を呼ぶ。
僕は、いくつかの言いたいことを封じてとりあえずはいつものように返す。

「春の透き通った川の爽やかな流れみたいに呼ぶな、
 僕の名前は阿良々木だ」
「かみました」
「違う、わざとだ……」
「かみまみた!」
「わざとじゃない!?」
「狼マスター!」
「カッコいいっ!?」

 まるで狗神遣いのような肩書きを得たところで一区切り。
僕はため息を一つついて公園に足を踏み入れる。
500 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 03:07:02.86 ID:A2ygjZoo

「なにしてんだ八九寺」

 小さく足を動かし、ブランコに揺られ揺られる八九寺。
まぁこいつに限って一般の女子が不安に思うような事態は起こらないだろうけれど。

「見ての通り、私に帰る家のあてなんてありませんから朝までの時間つぶしです」

 あっけらかんと言い放つ八九寺に、
しかし僕は一瞬言葉に詰まる。
こんな時間に八九寺と会うことがいままでなかっただけで、
今日だけでなくこれまでずっとこうして夜を過ごしていたのだろうと。
そんなことは少し頭を巡らせれば自明のことで、
でも僕はなんとなしに、どうにかしてるのだろうと勝手に納得していた。

 まるで、沢山撫でてやって、
明日の今頃には居なくなってるだろうと思ってた箱に入った捨て犬に
次の日同じ場所で出会ってしまった時のような、バツの悪さ。
501 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 04:12:18.95 ID:A2ygjZoo

 しかし、僕の家に招くような雰囲気でもないし。
実際招いたところで月火と火憐が同じ屋根の下に居る以上、
押入れにしまっておきでもしなければただでさえ危うい僕の
家庭内の立ち位置が決定的に崩れ去ってしまうことは目に見えている。

「……そっか」

 だから、いま僕にできることなど大してない。
慰めなんて意味が無いし、
家に招くことも別の住居を宛がう事もできない。
なら僕がここで取るべき選択は。

「まぁ、僕も似たようなもんだ。
 いまさっき目が覚めたところでさ、丁度いいから話し相手になってくれよ」

 この程度、今日一晩に限り八九寺に募ってるであろう
寂しさを切なさを、紛らわせてやる程度のこと。

「こんな深夜に起床とは、阿良々木さんはずいぶんと不規則な生活をしているようで」
「同じ時間に起きてる小学生にどうこう言われたくはないけどな……」

502 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 04:33:11.27 ID:A2ygjZoo

 八九寺の隣、空席のまま風に揺れるブランコに腰掛ける。
八九寺はそんな僕をチラリと横目で窺って、
そして何事も無いかのように足元に目を戻した。

「しかし阿良々木さんはどうしてこんな時間に起きたんです?」
「ん、いや……」

 まぁ、普通の疑問だよな。
でもどうしよう、素直に答えたらまた辛辣な言葉をかけられるんだろうなぁ。
丸一日をほとんど寝てすごしたとか、当然ながら受験生の行動じゃねぇもん。

「その、ほら、そろそろ受験も本格的に近づいてきただろ? だから、そのさ」

 とりあえずお茶を濁してみた。
小学生に対してすら見栄をはる無様な僕がそこにいた。
でもまぁ、それでも八九寺のことだからそんな僕の虚栄心など見透かして
鋭く事実を言い当てて色々言われるんだろうなぁとか思っていると。

「あぁ、先日に徹夜でもして、変な時間に寝てしまったんですか。
 ダメですよ、勉強というのは長い時間続ければいいというものではありませんよ
 時間の長短よりも集中力が問題ですから、そんなことしてたら身体が持ちませんから」

 呆れた様にため息を付きながら普通に心配された。
……あれ、言葉上では上手く誤魔化せた感じなのに全然嬉しくない、
それに助かったという安堵も浮かんでこない。
503 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 04:45:59.19 ID:A2ygjZoo

「でも、頑張ることはいいことですから。
 私は阿良々木さんを応援してますよ」

 笑顔。
子供の純粋かつ無垢な笑顔を僕に向ける八九寺。
その言葉、その笑顔に僕は――。

「ごめんなさい! 嘘つきました!」

 速行で膝と両手の平、そして額を地につける土下座の形をとり
大声で小学生女児に謝罪を述べる僕だった。
しかし八九寺はそんな僕に対し、
先程の笑顔とは似ても似つかぬ嫌らしい笑みを浮かべて。

「はい、知ってましたよ」
「なっ、謀られた!?」
「阿良々木さんはこういう反応に弱いって羽川さんが言ってました」
「同盟こえぇ!」
504 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 15:44:14.00 ID:A2ygjZoo

 羽川と八九寺が仲良くするのは、
絶対に悪いことじゃなくて、きっと良いことなんだろうと思うけれど
こういった情報の共有は僕としてはいただけない。
八九寺にうかつにセクハラすると羽川にちくられるんだもんなぁ。
まったく世知辛くなってしまったものだ世界も。

「いえ、今も昔も変態に対する対処の仕方は変わらず即逮捕です」
「……」
「おや、反論しないんですね変態木さん」
「変態木!? 流石に無茶が過ぎる!」
「ではロリコン木さんとでもしましょうか」
「もうなにがなんだかわからない!」

 静まりきった夜の公園で、
やかましくも姦しく談笑する僕達。
傍から見れば歪でも、この時僕達は確かに笑っていた。
505 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 16:08:16.16 ID:A2ygjZoo

「おや、もうこんな時間ですか」

 そうしてしばらくの間普通に就寝してる近隣住民に
迷惑をかける会話を連ねていると、
不意に八九寺が時計も見ずにそういった。
言われて空を見上げれば、
端の方が少しずつ明らんできたのが確認できた。

「ずいぶんと話し込んじまったみたいだな」
「楽しい時間はすぐ過ぎると言いますし」

 八九寺はいいつつブランコの動きを
地面に靴底をするようにして止める。

「なんだ、もう行っちまうのか?」
「えぇ、そろそろ活動し始める方々も増えますし、
 阿良々木さんも今日は学校があるのでしょう?
 早いところ家に帰らないと仕度が間に合わないんじゃありませんか?」
「ん、確かにな」
「それに妹さん達に見つかっても面倒なんでは?」
「ん……、確かにな……」
506 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 16:19:55.32 ID:A2ygjZoo

 流石にかなり寝溜めしたし、
まだまだ僕は眠くないので本音としては
もうしばらく八九寺と身にも実にもならない会話を続けて居たかったんだが。
妹達に発見されて一々変な追及なぞ受けたくはない。
特に火憐の方は最近やたらに僕に絡んでくるし。

 別にやましいこと、例えばエロ本とかを買いに行ってた訳じゃないので
そこまで気にすることではないのだろうけど、
嫌なものはやっぱり嫌だし。

「あぁ〜あ、早く一人暮らししてぇなぁ」
「学生ニートの阿良々木さんには夢のまた夢ですよ」
「……確かにバイトの一つもしたことないけどさぁ」

 だけど学生ニートって……。
小学生に言われたくねぇなそういうの、
色々と切なすぎる。なんだろうこの切なさ。
507 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 22:52:28.49 ID:A2ygjZoo

 僕が心から沸きあがる謎の感覚に耐えようと
目頭を指先で押さえて白む空に顔を向ける。
あぁ、綺麗だな空。やけに滲むけど。

「おや、どうしました阿良々木さん」
「えっと……、よくわかんないや……」
「自分のことなのによくわかんないとは
 だからダメなんですよ駄目駄目さん」
「お前が僕に暴言を吐きたいだけなんだということはわかるぞ!」
「暴言? 事実を述べたですけど……」
「現実はいつも僕に辛辣だ!」

 
508 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/01(日) 23:37:00.15 ID:A2ygjZoo

 とかやった辺りで本日は解散。
八九寺は「それでは阿良々木さん、ごきげんよう」と言って
またとことこ小さい歩幅でどこかに歩いていってしまった。

 きっと八九寺は、また僕にどこかで話しかけられるまで、
もしくは八九寺自身が僕に話しかけてくるまで、
一人でずっと当てもなく歩き続けるのだろう。

 そう思うと、いまからでも追いかけて呼び止めて、
僕の家にでも連れてって居候でもなんでも
座敷童子のように居座らせたいものだけれど。
扶養されてるただの学生ニートであるところの僕は、
こういった事態に対し非力どころか無力で。

「はやく一人暮らししてぇよなぁ……」

 八九寺の寂しさを見過ごすしかできない自分に、
異様に腹が立った。
509 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 12:22:58.03 ID:8ZHMB1so

―――

「兄ちゃんどこ行ってたんだ! 心配したじゃないか!」

 住宅地の端の方、太陽がじわりじわりと姿を現す中を
僕は玄関ポストから中を覗いて内側で待ち受ける誰かが
存在しないことを確認して音もなく帰宅。

 五分五分程度と思っていたが、どうにか今回は
バレずに済んだようだと軽く安堵をしつつ
暖かい家内の空気に身を任せて自室に戻る僕。
朝の空気は比較的綺麗で、今日みたいに
散歩から帰ってきた時に感じる家の匂いというものが
なんかやけに落ち着いたりする。
こういう匂いというのは各家庭それぞれにある、
他人の家に行くとすぐわかるなんとも言えない匂い。

 なんだか女の子の家に関して匂いとか言うのも
やや変態っぽい気がして困るのだけれど、
実際神原の家も、戦場ヶ原の家も、千石の家も、
それぞれそういう匂いがあった。
羽川の家には、まぁ、言った事がないのでわからないが
なんか消毒液の匂いがするんじゃないだろうかとか勝手に想像してみる。
病院みてえだ。
矯正プログラム。リハビリ。
510 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 12:45:59.14 ID:8ZHMB1so

 まぁ、匂いというのはそれに限らず
人間に対して色々と影響を及ぼす物で、
逆にあまりにも標高の高い山とかだと
動植物が居ないためになんの匂いもなく
登山者達は非常に不安になるとかもよく聞く話で。

 つらつらとそんな思考を適当に流しつつ、
僕は僕の部屋、もっとも僕が落ち着く場所に帰依した。
した、ら、何故か大きいほうの妹、
栂の木二中のファイヤーシスターズの実践担当、
阿良々木火憐が僕のベッドででかい身体を猫のように丸めて転がっていた。

「……心配してくれるのは兄として、まぁ、喜ばしいことなのかも知れないし
 場合のよっては心配かけた事に対し謝罪をしてやってもいいけどさ」

 僕は僕の姿を見るなり上体を起こして大声を出す火憐に近づいて、
側頭部に鋭くハイキックを見舞ってやった。
火憐は避けようともせずベッドに再度ぶっ倒れたが無視。

「なんでお前がこんな時間に僕のベッドで寝てんだよ!」
「兄ちゃんの帰りを待ってたに決まってんだろ!」
「意味がわからない! なんでそこで待つ必要があったんだよ!」

 フェイントか? フェイントかけたかったのか?
511 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 13:08:39.54 ID:8ZHMB1so

「確かにここで待つ必要はなかったけどさ……」
「なかったのかよ!」

 よいしょ、と言いながら起き上がってきたばかりの妹に再度蹴り。
今度は少し手加減したのだが、火憐は大げさにぐはっ! とか言いながらぶっ倒れる。
おきあがりこぼしみたいだなあとか思ったけど、
流石に蹴る理由が面白いからで蹴られては火憐も反撃してくるだろうので自重。
というかなんでこいつは僕の不在に気づいたんだろうか?

「そんなん気配で一発に決まってんじゃん。
 トイレに行こうと思って部屋をでたら兄ちゃんの部屋から兄ちゃんの気配がしねーからさあ」
「気配で!? すげえ! お前そんなことできたのかよ!」

 つーか気配で不在がバレるなら、
過去に僕が夜な夜なでかけた際の小細工は全て無意味となるんだけれど。
うわあ、もう迂闊にエロ本の一つも買いにいけねえじゃんかよ。

「まぁ兄ちゃんが夜に居なくなるのはよくあることだから最初は気にしてなかったんだけどさ
 一時間しても二時間しても帰ってこないからなにかあったのかと思って」
「なにか合ったって、例えば?」
「敵対勢力に捕まったとか、抗争に巻き込まれたとか」
「お前らと一緒にすんなや! 僕はただの一般人だからな!?」
「なに言ってんだ兄ちゃん、あたしの兄ちゃんである兄ちゃんがただの一般人な訳ないだろ」
「ぐっ……確かに! っていうか自覚あんなら少しは控えろよ」
「やりすぎなくちゃ正義じゃないってどっかの誰かが言ってたぜ?」
「んなもんを見本にすんな!」
512 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 13:56:29.92 ID:8ZHMB1so

 ぐだぐだだ。
なんかもうよくわからない。
えっと? なんの話してたんだっけ僕。

「兄ちゃんがどこでなにをしていたかという話」
「いや、火憐ちゃんが何故僕のベッドで丸くなっていたかという話だ」
「あぁそうか。ん〜、でも大した理由じゃないぜ?」
「大したことなくても理由があるなら言ってみろ」
「兄ちゃんは家に居ないし他のみんなも寝てる訳で、
 折角だから兄ちゃんの匂いでも……」
「変態だーーっ!」

 妹が変態だった。
おかしいとは思っていたんだ、
なんかあの歯磨き事件以降やたら絡まれる(物理的に)頻度が増えたし、
僕も少しは仲良くなれたんだろうとか思ってたけど、
まさかそういう方向に妹が走り始めたなんて……。
恐るべき神原マジック、あの行為の残滓がこんなにも強い影響を及ぼすとは、
これも一種のつり橋効果なんだろうか?
あのとき僕が火憐に感じた可愛さとかその他諸々の決して抱いてはいけない感情を
火憐も僕に対して抱いてしまったのだろうか。
あぁ僕はなんて安易に神原マジックを使用してしまったんだろうか……。
大切な妹の今後の人生を狂わせてしまうなんて。
513 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 14:40:31.38 ID:8ZHMB1so

「そ、そんなに匂いをかがれるのが嫌だったのか!?」
「違うっ! いや、違わないけどどこかズレてる!」
「なら代わりにあたしの匂いをかいでもいいから!」
「お断りだ! なんで兄妹でお互いの匂い嗅ぎ合ってんだ!
 普通にヤバイ状況だからそれ! 母さんにでも見られたら即家族内会議だ!」
「そのときは素直にあたしと兄ちゃんの関係を白状すればいいじゃないか!」
「僕とお前の関係で親にわざわざ改めて言うことなんてなにもねえよ!
 ただの兄妹以外の何者でもねえ! 捏造すんな!」
「じゃあどうすればいいって言うんだ!?」
「なにもしなきゃいいんだよ!」

 馬鹿すぎる会話だった。
つーか時間を考えろという話だった、
まだ早朝だというのに、本当お前ら本当は親に発見されたがってるのかという声量だ。
落ち着け僕。

「ほら、僕は違うけど、男が初めて異性を感じるのは母親とか言うように
 火憐ちゃんも一番近い場所である兄の僕に変な風になってるだけだって、
 それがこの間ので助長されてるだけなんだからさ、
 火憐ちゃんは、彼氏居るだろ? 明日にでも会ってこいよ、そうすればきっと元通りに……」
「あっ、瑞鳥君とは別れた」
514 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 14:57:16.14 ID:8ZHMB1so

「ん?」

 いま、なにやら今後の明暗を決める
決定的な台詞が平然と吐かれた気がする。

「え? ちょ、……なに?」
「だーかーらー、あたしもう瑞鳥君とは別れちゃったし」
「は? え、なんで?」

 僕がそう聞くと火憐は
わざとらしく照れてますみたいなポーズを作って。
わかってるくせにぃ、とか本格的に僕のピンチを招く言葉を口にした。
……いやいやいや、意味がわからない。
ちょっと待ってよ、なにこの展開、
今回の話って八九寺がメインじゃなかったっけ?
なんで妹と危ない雰囲気醸しだしてんの?
落ち着け僕、もしかしたらこれは火憐のハイセンスなジョークかもしれない、
きっといまにも堪えられなくなった爆笑がこの部屋を包むに違いない。

「僕は騙されないからな! わかってるんだからな、
 僕がそこで火憐ちゃんに下手な行為に及ぼうとしたところでカメラを構えた月火ちゃんが
 ドッキリの看板もって突入してくることくらいな!」

 言いながらバンと部屋から飛び出してみたが、
廊下にはいまかいまかと出番を待つ月火はいなかった。
515 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 15:49:11.69 ID:8ZHMB1so

 ぎゅっと、いつの間にかベッドから立ち上がっていた火憐が
後ろから僕に抱き付いてきた。
遊びとか勢いでやってくるいつもの首に腕を回す形ではなく、
僕の胸の辺りに腕を回して、密着するように抱きついてくる火憐。

「火憐ちゃん……」
「なに、兄ちゃん」
「いまのところまだ明言はされていないから、
 勘違いかもしれないけどさ。マジなの?」
「うん……。ごめん」
「そっか……」

 僕は回された火憐の腕をつかみ、
少しだけ力の抜けたのを確認してから火憐に向き直る。
火憐は、頬を紅潮させ、瞳を潤ませてこちらを見ていた。
僕は。

「ごめん火憐ちゃん」
「そ、うだよね……」
「そんなこと言われてさ、僕は兄ちゃんのままじゃいられない」
「えっ?」

 僕はそういって、火憐を抱き上げてベッドに放る。

「に、兄ちゃん?」

 慌てた様子の火憐に僕はなにも言わず、
覆いかぶさるように自分もベッドにあがる。
そして、火憐に顔を近づける。
火憐はそこでゆっくりとまぶたを閉じ、
僕は火憐の薄い桃色の唇に――。
516 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 16:08:10.28 ID:8ZHMB1so

―――

 秘技・章変えリセット。
なにも起こってないよ。
……いや、本当に、なにもしてないよ、
法に触れるようなことも、倫理的にまずいこともなんにも。
実際あのままだったら危なかったのは事実、
というか危ないもなにもストレートに及んでいただろうけど
そこはそれ、運命の悪戯とか神の意地悪とかそんな感じで
隣の部屋、つまりは妹達の部屋から目覚ましの鳴る音が聞こえてきたのだ。
……あとは、まぁ、察しの通りと言っておくしかあるまい。

 まぁ月火はそこまで寝起きのいいほうではないので、
即座に居間に移動、たまたま目が覚めたからテレビでも見てたんだよー
みたいな感じで命の危険は逃れた。

 けれど火憐とは後日改めて話さなくてはならなくなり
中途半端に終わった行為とかも含めて、
非常に気まずい感じである。
この心持のまま羽川と会ったら最後、
全て一瞬で悟られてしまうことは明白で
僕としてはもうどうしたらいいのか頭を抱えるばかりである。
517 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 16:29:22.47 ID:8ZHMB1so

 しかしいくら頭を痛めてもそんなすぐに解決策など浮かぶはずもなく、
受験生たる僕としては羽川に全てが露見する危険を目の前にしながらも
制服に身を包んで学校へ向かわなくてはならず、
僕はママチャリで温まりきらない朝の空気の中を
うんうん唸りながら前進する。

「む、おはよう阿良々木先輩。今日も清々しい素敵な朝だな」

 空気に居た堪れなくなっていつもより早く登校した所為か、
校門で痴話喧嘩を行うカップルを尻目に校内に入ると同時に
神原が軽快に僕の目の前に現れた。
自転車に乗っている僕の目の前に。

「あぶねえ!」

 意識を脳内に巡らせてばかりいた僕は、
それに気づくのが遅れ危うく神原を轢きそうになるが
甲高いブレーキ音を響かせて間一髪ストップ。
避けろよ神原。つか飛び出すなよ神原。

「なんだ、轢いてくれても構わなかったのに」
「その残念そうな表情をやめろこのドM!」
「無論阿良々木先輩だからこそだ。他の男の自転車には轢かれ様と思わないから安心してくれ」
「全然安心できねえ! むしろ不安で一杯だ!」
518 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 22:56:07.82 ID:8ZHMB1so

 もう一回この位置関係でペダル踏み込んでやろうかと一瞬思ったが
しかしそれをやっても神原は喜ぶだけだし。
僕はと言うとたちまちこの変態のファンにフルボッコにされるだろう。
一定以上の知名度を得れば常に周囲にボディーガードが居るようなもんだ、
いいなあスター。

「どうした阿良々木先輩、具合が悪いなら私が太もも枕をして差し上げるが?」
「太もも枕!? なんだ太もも枕って! 初めて聞いた!」
「だが阿良々木先輩、考えても見てくれ。
 普通に膝枕などと言っても、実際に頭が乗ってる部分は太ももじゃないか」
「まぁ、本当に膝に乗せたら後頭部痛いだろうし……」
「だから私はちゃんと事実に適した名称をつけるべきだと思うんだ。
 太ももに頭を乗せるならきっちり太もも枕と言うべきとな!」

 ……言いたいことはわかる。
わかるんだけどさあ、お前が言うとなんか反発したくなるよ神原。
他の事ならまだしも、こういう事だと特に。

「とりあえずお前の意見はわかった。
 つまり事実と名称が食い違ってるのが許せないんだな?」
「そういうことだわかってくれて嬉しいぞ阿良々木先輩。
 それに、太もも枕の方が耳にしてムラムラするしな!」
「あぁそんなことだろうと思ったよ! やっぱり神原は神原だな!」

 本当この後輩は期待を裏切らねえ。
それと、校門入ってすぐのまだ登校する生徒の多いこの場でそんなことを
声高らかに口にしていいのかよスター。
スターは周囲に常にボディーガードが居るのと同時に
周囲に常にマスコミが居るわけでもあるんだぞ?
519 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 23:10:50.87 ID:8ZHMB1so

「何を言ってる阿良々木先輩。私はすでに引退した身だぞ?
 スターとか言うのも昔のこと、今の私は普通の女子高生だ」
「それはどうだろうな……」

 夏休みに火憐に存在を教えられた神原の非公式ファンサイト、
その名も神原スールのことはまだ記憶に新しい。
火憐もあそこの訪問者数は衰え知らずとこの前言っていたし、
悔しいことにこの変態は面が結構いいからな、
もうしばらくはスターの肩書きは消えないだろう。

「っていうかそうだよその火憐ちゃんだよ!」
「ん? どうした阿良々木先輩、急に妹さんの名前を叫んで。
 とうとう妹さんの処女を奪ってしまったのか?」
「そうじゃねえ!」

 惜しいけど。
非常に世間的に厳しいことにその発言はかなり近いけど。
でも危うく惜しいどころド真ん中大正解になるところだったことを考えると
素直にそうじゃねえとも言い切れないけど!
でも違う!

「む、違うのか。 先程から阿良々木先輩の身体から妹さんの匂いが
 強く匂って来るんだが、そうか違うのか……」
「匂いで判断できるのか!?」

 いや、そういえば戦場ヶ原も匂いで羽川の存在を見通したことがあったな。
なんだそれ、一子相伝の極意みたいな物なのか?
僕にもできるかなその技、少し使ってみたいんだけど。
520 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 23:20:43.67 ID:8ZHMB1so

「なにを言ってるんだ阿良々木先輩。
 阿良々木先輩が本気になればこの位造作もないだろう?
 いや、阿良々木先輩の事だからな、きっと周囲10km以内なら
 どこに誰が居るか即座に風に流れる匂いで判別できるに違いない!」
「なに断言してんだお前!? 流石にそれは人間技じゃねえぞ! 無茶振りにも程がある!」
「ま、……まさかできないのか!?」
「できるかっ!」

 あー、ちくしょう面白いなぁ。
話が全然進まなくてイライラするべき場面なのに、
それ以上にこいつと話してると無駄に面白いから困る。
けど、今回は流石にこのまま解散でおじゃんでございますになっても困る。
家庭崩壊の危機が普通に接近してるんだからな。

「家庭崩壊……? やはり阿良々木先輩、妹君に手をだして……」
「そうじゃ――、……そうだよ」

 反射的に否定しようとして、
それだと振り出しに戻るので諦めて肯定した。
処女は奪ってないけど、しかし手をだしたのは事実だ。
蜂に刺された訳でもないのに、個人的感情に流されてキスをした。
それは手をだしたに含まれない筈がない。
521 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 23:27:45.20 ID:8ZHMB1so

「僕に歯磨きを使った技を教えたの覚えてるか?」
「ん? ……あぁ、あれか。覚えているぞ阿良々木先輩。
 あれは私の編み出した技の中でも五本の指に入る――」
「あれをな、前に上の妹にやったんだよ」
「は?」

 間の抜けた声を上げて、ポカンとした表情になる神原。
うん、まぁそうなるよな。
神原のこういう表情を見るのは珍しいので、写メでもしようかと思ったが
いまはそんな場合じゃない。

「あれを妹さんにやったのか阿良々木先輩」
「うん、罰ゲームと称してな」
「馬鹿じゃないのか?」

 ……発明した人間に言われた。
しかも思いっきり素で言われた。
なんだこの屈辱感。
522 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/02(月) 23:58:48.54 ID:8ZHMB1so

「ははぁ、わかったぞ阿良々木先輩。
 確かあの頃に上の妹さんと少し仲良くなったとか言ってたのはそれが原因か。
 なるほど、歯磨きプレイは実際かなり"くる"物があるからなあ」
「ご明察だよ。素晴らしい着眼だ神原」
「そしてそれ以降親しくなった結果妹さんから本気で言い寄られて
 例の如く女の子と押しに弱い薄弱な阿良々木先輩はあえなく墜落といったところか」
「ご名答だよ。素晴らしく慧眼だ神原」
「……馬鹿じゃないのか?」

 あまりにも会話の内容が深くなってきたし、
時間も結構経ってしまったので一先ず駐輪場に移動。
自転車から降りて近くの植え込みに座っての会話であるが、
場所が変わっても神原の言葉は変わらなかった。

「なあ阿良々木先輩。馬鹿じゃないのか?」
「何度も繰り返すな! 自覚してるよそれくらい!」
「自覚してることは、自覚してないより良いとか思っては駄目だぞ先輩」
「お前は本当に戦場ヶ原に似てきたな……。
 戦場ヶ原がデレたからってそんな代役を務める必要なんかないんだぞ神原」

 僕の心がマッハで挫けそうだ。
なんで僕は後輩から虐められてるんだろう?
お前のパーソナルはドMだろうが、
なんで僕を軽快にSるんだよ……。
523 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 00:23:31.42 ID:m6hTSZEo

「まぁそんなことは置いといてだ」

 置いてかれた。
そんなことと言われた。

「つまりなんだ阿良々木先輩。
 阿良々木先輩は私が伝授した歯磨きプレイを妹さんに行ったら妹さんに惚れられた、と。
 そしてよもやとは思うがそれの責任を私に求めようなどということをしようと?」
「えっと……」
「それはな阿良々木先輩。
 銃を撃ったら、人が死んでしまい、その責任を生産してる会社に求めるようなものだぞ?
 結局は物や技術に罪はなく、それを扱うもの次第で意味が変わるのだ。
 パソコンのファイル共有ソフトの製作者だって無罪になっただろう?
 それともなにか、私は阿良々木先輩にアレを教える際、
 この技を妹さんに使うと惚れられるので注意してくださいと言うべきだったかな?」

 正論だった。
この上なく正論だった。
ここまで理路整然と言われて、なお我を通すほど僕は厚顔無恥でない。
いや、一時でも責任を神原に押し付けようと、
自分の行為の結果から目をそむけようとした。
それだけでも十分厚顔無恥な行動か。

「……ごめん神原。これは徹頭徹尾僕の責任だったな」

524 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 00:42:27.45 ID:m6hTSZEo

 情けない。
兄なら妹の全てを受け入れて然るべきとか普段はほざいてる癖に、
土壇場でこの有様か。そりゃ呆れるわな。
火憐もこんな兄に一時とは言え恋愛感情を抱いてしまうなんて、
しかも既に居た彼氏とも別れてしまって。
僕は火憐に取り返しのつかないことをしてしまったんだ。

「……阿良々木先輩の良いところは直ぐに素直に謝れるところだと、私は思うぞ」

 不意に、神原は先程までの批難する口調を改めて
普段の声質に戻し、小さくそう言った。

「取り返しの付かないことなんてない」
「神原……」
「いますぐ答える必要などないではないか。
 確かに流れのまにまに妹さんを抱きそうになったのは猛省すべきだろうが、
 しかし反省することと後悔することは違うぞ?
 妹さんを思うなら、妹さんにきっちり本音でぶつからなくてはな」
「……本音で、か」
「それで結果が近親相姦なら、なに国外逃亡すれば良いさ」

 そういってケラケラと愉快気に笑う神原。
僕は、なんというかころころと変わるその態度に嘆息しつつ。
ただ感謝の念をこめるばかりだった。
525 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 00:59:53.94 ID:m6hTSZEo

「ん……」

 と、神原が突然眉を顰めて珍しくも不快そうな声をだした。
僕はつられて神原が見ている先に目を向けると、
後輩と思しき男女の二人組みが喧々囂々と口喧嘩しているのが見えた。
どうやら校門前でやりあっていたのとは別のカップルのようだけれど。

「……また、喧嘩か」
「また、というからには、これが二度目以上ということか阿良々木先輩」
「これで三度目だけど……。神原もか?」
「うむ、同性だったりカップルだったりと様々だが、
 登校中だけで四組喧嘩していた」
「そりゃまた凄いな……、結構距離があるとはいえそれは異常だろ」
「しかも少し聞き耳を立ててみると、誰も彼もが本当につまらないことで喧嘩をしているように思える」
「ふうん、人の機嫌を悪くさせる怪電波でも流れてるのかね?」

 一ミリも思ってないことを口にしてみる。
けれどそれに対する神原からの返答はなく、
少し考えこむように顎に手をあてて目を伏せている。
こういうとき、神原が自分の内側に言うべきだと言うほどではないが、
言っておきたい何かを溜めているということをそろそろ付き合いの長い僕は知っている。

「なにか言いたい事があるなら言えよ神原。
 ぶっちゃけもう僕等の間で遠慮もなにもあったもんじゃないだろ」
「……そのだな、関係ないとは思うのだが。
 先程阿良々木先輩を私が捲し立てた時も、
 そこまで自分の感情が高ぶっていた訳でもないのに
 強く責めるような言い方になってしまってな、
 いや、今更な弁解なのはわかっているのだが……」
526 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 01:13:57.30 ID:m6hTSZEo

 もごもごと、段々語尾を小さくして言い切り、
どこかシュンとした神原は割合可愛かったが。
ふうん、言い方になってしまった、ね。
どうだろう、神原のことだから嘘や誤魔化しって訳ではないだろうけれど、
所謂"口を滑らせてしまった"みたいなことは誰にでもあることだし、
ことさら気にすることでもないのかな。

「いや、事実は事実だ。
 逆に叱咤されて目が覚めたみたいなさ、すっきりしたよ。ありがとう」
「そうか、流石は阿良々木先輩だ。心が広いなんてものじゃないな、
 私なんかには広大すぎて全貌が掴めそうにないぞ、
 阿良々木先輩の役に立てて私は心の奥底から歓喜に震えている」
「……そういうところは変わらないのなお前」
「当然だ、私が口上でなにを言おうと
 阿良々木先輩を尊敬するこの心だけは一生不変だ」
「やっぱりお前格好良いよ」

 目の前で喧嘩別れする男女二人を尻目に、
僕達は仲良く笑って別れた。
もう予鈴が鳴る寸前だ。
527 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 13:13:53.01 ID:m6hTSZEo

―――

「どうしたのお兄ちゃん、狐に吊るされたような顔をして」

 特にイベントもなく学校の授業を消化して、
何事もなく家に帰宅した僕を出迎えたのは
肌けきった和服で居間に寝転がる月火の上記のような言葉だった。

 しかし、吊るされた顔ってのがいまいち想像できないのは
僕の想像力不足なんだろうか? とか思いつつ、
とりあえず狐に摘まれたの間違いだろ、と訂正を入れる。
それに身に積まされる話ならされたけど、
狐に摘まれた顔は多分してないぞ僕は。

「まぁなんでもいいよ、で、どうしたのお兄ちゃん
 そんなションボリした表情で、とうとう彼女に振られた?」
「なんでそんな楽しそうに振られたと聞くのか僕にはわからないな」
「だって、前二人で居るの見たことあるけど
 凄い可愛い人だったじゃん。お兄ちゃんには勿体無いよ」

 ……あぁ、そうかこいつはツンの戦場ヶ原を見たことはないのか。
確かにデレっつーかドロ状態の今の戦場ヶ原だけを見れば
そんな感想がでてもおかしくはないの、か?
528 :修正[saga]:2009/11/03(火) 13:17:02.15 ID:m6hTSZEo

―――

「どうしたのお兄ちゃん、狐に吊るされたような顔をして」

 特にイベントもなく学校の授業を消化して、
何事もなく家に帰宅した僕を出迎えたのは
肌けきった和服で居間に寝転がる月火の上記のような言葉だった。

「なんだよ狐に吊るされた顔って、意味がわかんねえよ馬鹿」
「じゃあ狐に睨まれた蛙のような顔」

 ……多分それはたまたま目が合っただけだと思うな僕は、
狐も蛙もお互いに興味なさそうだもん。
それに、多分狐に摘まれた顔と言いたいんだろうけど、
そんな顔は多分してないぞ僕は。
身に積まされる話ならされたけど。

「まぁなんでもいいよ、で、どうしたのお兄ちゃん
 そんなションボリした表情で、とうとう彼女に振られた?」
「なんでそんな楽しそうに振られたと聞くのか僕にはわからないな」
「だって、前二人で居るの見たことあるけど
 凄い可愛い人だったじゃん。お兄ちゃんには勿体無いよ」

 ……あぁ、そうかこいつはツンの戦場ヶ原を見たことはないのか。
確かにデレっつーかドロ状態の今の戦場ヶ原だけを見れば
そんな感想がでてもおかしくはないの、か?
529 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 14:13:39.42 ID:m6hTSZEo

「彼女とは良好にやってるよ」
「ふうん」

 と、急に冷めた調子になる月火。
冷めたというか、白けたというか、
拗ねてる、のか?
いまいち僕には判別し辛い。
月火は、そんな僕の沈黙をなんと取ったかそっぽを向いたまま呟く。

「火憐ちゃんがさあ、彼氏と別れたんだって」

 しんみりと、呟く月火。
すでに本人から暴露されてる僕は、反応に詰る。
タイムリーというか、なんというか。

「最近少し不調気味ってのは聞いてたんだけどさ、
 なにが切っ掛けなのか知らないけど急に別れちゃったって」
530 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 14:33:16.80 ID:m6hTSZEo

「急に?」
「うん、理由は教えてくれないんだけどさ。
 ただ喧嘩したってしか言わないの」
「喧嘩、ね」
「うん。なんかここ二,三日やたらみんなギスギスしてる。
 いつもどっかで誰かが喧嘩してるの」
「月火ちゃんとこもそうなのか」
「お兄ちゃんの高校も?」
「そんなところだな。今日一日で既に六回位」

 何事もなく、とか言ったものの
実際はそんな感じ。
僕自身のエピソードには関係がないけれど、
しかし規模の大小関わらずあちこちで喧嘩をしているのを見かけた。
神原の言うとおり、聞いてみれば非常にくだらない内容で。

「じゃあそれがションボリしてる理由?
 お兄ちゃん私達とは結構喧嘩するくせに他人の喧嘩とか嫌いだもんね」
「確かにそうだけど……。でもそれは理由じゃないな」

 喧嘩、喧嘩。
羽川のいつもより激しかった説教は、関係あるのだろうか?
単にあれは僕の罪状がでかかっただけという話だけれど、
でも、あちこちでこうも喧嘩続きと言う話を聞くと
どうにも関連性を疑ってしまうのは、もう仕方ないことなんだろう。
531 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 14:48:55.40 ID:m6hTSZEo

「月火ちゃんはどうなんだ?」
「へ?」
「月火ちゃんは、えっと、蝋燭沢君だっけ?
 彼と仲良くやってるのか?」

 以前はラブラブボンバーとか
よくわからないことを言い放っていた月火。

「ん、微妙かな」

 しかし反応鈍かった。

「微妙?」
「……火憐ちゃんじゃないけど、私も喧嘩しちゃってさ。
 なんで喧嘩したのかわかんないんだけど
 ただ、喧嘩になっちゃって」
「なんで喧嘩したのかわからない?」
「うん、まぁすぐ仲直りはできたんだけど……」

 理由もわからず喧嘩なんて、
そんなのあるのだろうか?
大なり小なり怒りを持つには原因があって起因がある、
それらがなしにいきなり喧嘩に発展するなんて
気が触れたとしか思えない。
気が触れて、期が振れた。
532 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 15:07:28.14 ID:m6hTSZEo

「あー、月火ちゃん」
「なに?」
「なんか欲しいものあるか?」
「なんで? お兄ちゃんらしくないね、裏でもあるの?」
「ねえよ、つか傷心の妹を気遣ってなにが悪い。僕はお前の兄だぞ?」
「あははっ、らしくないかも。
 っていうかお兄ちゃんも私達がいきなり気遣うようなこと言ったら
 絶対いまの私みたいな反応するじゃん」
「あー」

 するな、絶対するな。
というかしてきたな、これまで。
以前勉強で夜遅くまで根を詰めてる時に
月火が気を利かせて夜食を持ってきてくれた時が一度あったが、
その時の僕の第一声は「ありがとう」でも「助かるよ」とかそんなものではなく
「毒でも入ってんだろ!」だった。

 もちろんその後勉強どころではなく、
命がけの鬼ごっこに発展したのはわざわざ説明するまでもないだろう。
まったく、とんだ兄貴である。

533 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 15:15:12.55 ID:m6hTSZEo

「まぁいいや、いらないならそれでもいいけど――」

 相変わらず寝転がったままの月火に背を向けて、
再度玄関に向かおうとしたところで。

「プリンが食べたい、あとシュークリーム」

 月火が起き上がって、小さくそういった。

「コンビニ産でよけりゃあな」
「うん。二つずつだよ」
「……了解」
「あぁ、あとお兄ちゃん」
「うん?」
「せめて着替えてからでかけたら?」

 帰ってきてすぐの僕は、
まぁ当然制服のままの姿だった。
534 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 22:52:30.82 ID:m6hTSZEo

―――

「おさわ狐」

 忍はその本来の元来の生来の、
吸血鬼足る頃を髣髴させる厳かな口調でそういった。
それはここ最近、日常の中で耳にする忍の声とは一線を駕す
少しばっかり真剣な声質だった。
このところふざけたノリの忍しか見ていず、
自分のキャラをガンガンぶっ壊していく彼女に
少々以上の懸念を覚えていた僕はこの様子に安堵を覚える。

「おさわぎつね?」
「静岡県を中心に知られておる狐の怪異じゃな。
 仲睦まじい恋人同士の仲を不和にする怪異らしいの、
 人に喧嘩をさせるのが好きで、美女や娘に変化して
 男を惑わし、女房を逆上させたと言う話があるそうじゃの。
 で、そうして気の赴くままに数々の喧嘩をさせるものの、
 どれもこれもなんで喧嘩していたのかわからなくなるそうじゃ」

 ブランコに腰掛けて揺られながら説明をする忍は、
本当に傍から見ればただの可愛い金髪少女でしかなく、
その為にどうにも発言と外見がちぐはぐである。
まぁいい加減慣れてきたけど、やっぱり思うことは思う。
535 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 23:07:02.24 ID:m6hTSZEo

 狐。
哺乳綱ネコ目の哺乳動物。
日本で一番目にする機会が多いのは、
その中でも特にアカギツネ。
北海道周辺に住む映画やドラマにでてくる
キタキツネは――その亜種。

 あれから。
月火に言われて着替えを行ってから家をでて、
散歩がてら自転車でなく徒歩でコンビニまで向かったのだが。
その道中で八九寺に遭遇した。

「おやアバラ木さん」
「僕を脊椎から内臓を取り囲む形で付いている骨みたいに呼ぶな八九寺、
 いい加減僕も諦めようかと思うけどそれでも根気強く言わせてもらうぞ。
 僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「撒きました?」
「僕はつけられていたのか!?」


 
536 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/03(火) 23:27:02.86 ID:m6hTSZEo

 道中。
より詳細を記すならばコンビニにて
火憐と月火の分、そして自分の分のプリンとシュークリーム、
そして適当なスナック類を購入しての復路。

 季節柄日の沈みが段々と早くなり、
のんびりとした歩調と、地方である為の
最寄のコンビニまでの距離が合わさって
その頃にはもう既にずいぶんと辺りは暗くなっていたのだが
なんとなく、本当になんとなく普段通らない道を通って
過去に一度も足を踏み入れたことのない公園に入った所で
八九寺が昨日、いや、今朝の様にブランコで揺られてるのを見つけたのだ。
残念なことにブランコは入り口の正面方向に設置されてるため、
僕がなんかしらのスキンシップを行おうとする前に
僕自身も八九寺に発見されてしまったけれど。
537 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 00:22:06.52 ID:Nc4wGcso

「しかしお前も本当神出鬼没だな八九寺、
 こんなところに公園があること自体僕は知らなかったぞ」

 一日に二度、しかも双方共に偶然で
八九寺と遭遇するという幸運に僕は若干浮き足立つ。

「それは単に阿良々木さんがインドア派の根暗引き篭もりだからで
 アウトドア派な元気溌剌少女の私が公園を
 阿良々木さんより多く知っててもおかしくありません」

 今朝とは違い、同じようにブランコに座っていても
能動的に勢いをつけて漕いでいる八九寺。
スカートでそんなスピードをだせば当然中身なんて
パンチラどころかパンモロしちゃってるのだが
まぁそれを指摘しては八九寺が恥ずかしいだろうと僕は黙する。
……他意はない。本当にないよ?

「つーか高校生にもなって公園で遊ぶことなんてほとんど無いからな」
「そうなんですか? 確かに大人が公園で遊んでるのなんてみたことないですけど」
「高校生は大人ではないだろう……」
「でも子供と言われるのは嫌なんでしょう?」
「……そうだよなあ。中途半端な時期なんだよ僕達の年頃って」
538 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 00:31:26.65 ID:Nc4wGcso

 唐突に自分の立ち位置について
物思いに耽ってみる羽目になった。

「で、そんな引き篭もりの阿良々木さんはまたどうしてこんな所に?
 ご両親に働かないで食う飯は美味いか? とか言われたんですか?」
「いや! たったいま僕が高校生でどうこうって話してたよな!?」
「あぁすみません、いまのは一年後の阿良々木さんの事でした」
「未来視!? やめろよそういうの! マジで凹むから!」
「だってそうでしょう? 今朝もあんな時間から出歩いていて、
 いまだって学校終わって勉強に励むかと思いきやまた出歩いて、
 もう受験なんて絶望的ですよ。素直に諦めたらどうですか?
 試合終了しちゃっても、どうせ誰も落胆しませんから」
「お前は年上の高校生を泣かしてなにがやりたいんだよ!?
 僕はなんで年下の小学生の言葉にこんなに挫けてるんだよ!?」
「事実はなによりも心に突き刺さりますからね、ご愁傷様です阿良々木さん」
「ちくしょう! こんな生活!」

 馬鹿と馬鹿が馬鹿な話を連ねていた。
なんで僕と八九寺では真面目な話ができないんだろうか、
これは一種の呪いではないかとすら思えてきた。
539 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 00:42:54.25 ID:Nc4wGcso

 きぃ、とブランコがいままでとは違う力の動きに音を立て、
八九寺がブランコの勢いが最も前方にかかる瞬間に
鎖を握っていた手を離して小さく跳躍して、
前に立っていた僕の横辺りに軽い音と共に着地した。

「本当、馬鹿な話ばっかりですね」

 八九寺は、自嘲するように呟いた。
いままでの会話の流れとは似遣わない、
切なそうで、刹那な表情。

「阿良々木さんには、実のところ感謝しています。
 こうしてくだらない話を阿良々木さんとしている間は、
 ……一人ぼっちじゃありませんから」

 いつも尊大な態度を取ってる八九寺の姿が、
不意に、その元から小さな体躯より、さらに一回り小さく見えた。
そしてそれと同時に、肩が、少し重くなった気がした。

「なに言ってんだよ。僕なんか居なくても、
 他にいくらでもいるだろうが、唐突にらしくねえこと言ってんじゃねえぞ八九寺」

 いや、そうじゃない。
本当はそんなことを言おうとしたんじゃなくて、
……なにを言おうとしたんだっけ?
540 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 01:02:59.41 ID:Nc4wGcso

「らしくない、……かもしれませんね。はい、らしく、ないです」
「どうしたんだよ八九寺、急にしんみりしちまってよ」
「わかりません。ただ、言っておきたくなったんです」

 なにを?
と、言おうとして、それは口を出ずに留まった。
代わりに出たのは、まるで僕が渋々話を聞いてるとでも言いたげな、
ため息が、一つだけ。そして肩はまた少し重くなる。

「阿良々木さん、は、なんで、私にそんなに仲良くしてくれるんですか?」
「なんでって……。そんなの――」

 そんなの。なんだろう。
えっと、理由。

「そんなの、八九寺が寂しいだろうからに決まってるだろう。
 構ってやらなかったら可哀想じゃないか、
 だからお前と仲良くしてるんだよ」
「可哀想、……ですか。寂しいだろうから、ですか」
「そうだよ。放って置いたらずっと一人で放浪してそうだしな、
 大丈夫、お前が望む限りは僕はお前の友達だ」
541 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 01:25:23.76 ID:Nc4wGcso

「私が望むから、友達、ですか」

 違和感が、酷い。
おかしい、僕はこんなことを、
違う、本当は、僕はなにを、
わからない、なにを口にしているんだ、
間違ってる、ズレている、擦れている、振れている。

「私が望んだら……」
「ん? どうした八九寺」
「私を、私が望んだら」

 泣きそうな、辛そうな、悲しそうな哀しそうな。
そんな顔を八九寺は僕に向ける。

「阿良々木さんが、……お嫁に貰ってくれますか?」

 それに対して僕は。
542 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 01:29:56.58 ID:Nc4wGcso

「なにを言ってるんだお前は?」
「っ! ……いえ、なんでもありません」

 八九寺は、唇を噛んで、静かに目を伏せて、
僕に背を向けて歩き始めた。

「どこへ行くんだ?」
「……帰ります」

 静かに言葉を紡ぐ八九寺に、
僕は、追い討ちをかけるように。

「帰るってどこに? 家なんてないんだろ?」

 その台詞を、僕は言い終えることは無かった。
高く鋭い音、ぶれた視界と頬の痛みから、
思いっきり平手を食らったことが理解できた。

「阿良々木さんの馬鹿っ!」

 最後に僕に怒鳴り散らしていった八九寺は、
確かに泣いていた。
涙に、濡れて。悲しみに塗れていた。
途端に、消える肩の重み。

 僕は、最低だ。
543 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 01:45:23.74 ID:Nc4wGcso

 追いかけることもできた。
いまから走れば小学生と高校生、
多少の時間的遅れはハンデにもならない。
けれどできなかった、自分の愚かさに、情けなさに、
だらしなさに、軟弱さに、そして八九寺を傷つけてしまったという事実に、
打ちひしがれることで精一杯だったから。

 だから、僕の影から忍がひょっこりでてきたことにも、
その忍が僕が持っていたビニール袋から
僕の分のシュークリームとプリンを取り出したことにも、
そしてその二つを両手に抱えてもぐもぐと食べながら
先刻まで八九寺が座っていたブランコに腰掛けていることにも、
忍が自ら口を開くまで気が付けなかった。

「喧嘩した理由がわからなくなる」
「そうじゃ、だから喧嘩しても直ぐに仲直りということが多い
 正直あまり意味があるとは思えない怪異なのじゃな。
 それにお前様とあの小娘がそうでなかったように、
 恋人同士を喧嘩させる怪異と言っておるが
 その精度もあまり高くはないようじゃのう」

 パクパクと僕のプリンをカラメルまで綺麗に平らげて、
シュークリームも指先についた生クリームまで舐めながら
忍は他人事のようにおさわ狐について淡々と語る。
544 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 15:10:05.24 ID:Nc4wGcso

 いや、実際他人事も他人事だろう。
忍は以前明言した、人も怪異も助けないし殺さない、
ただし主である僕を除いて、と。
それに今回でてきたのは助けるためなんかではなく、
ただ単に寝ている忍にとって僕の感情の奔流が
目障りの耳障りだったと、それだけの話しだろう。
肌触りと舌触りも多分悪そうだし。
……関係ないか。

 ん? というかちょっと待てよ?
恋人同士、もしくはそれに順ずる仲の良い男女に
次々と喧嘩をさせる怪異って言ったよな?

「言ったのう」
「だけど待ってくれ、神原は同性異性問わず喧嘩をしていたと言っていた。
 僕自身、男同士で喧嘩をしている組を一回だけど見かけたぞ、
 それはどういうことなんだよ?」

 これでは話が噛み合わない。
他の部分はこの一連の異常とも合致しているが、
その一点でも不一致があるならば本当に怪異なのか疑わしくなる。

「なんじゃそんなことか」

 しかし忍は、僕の持つビニール袋に入っている
残りのシュークリームとプリンを物欲しげに見つめながら
なんてことなさそうに返答する。

「たんにそれは男同士のかっぷるという奴だったのじゃろう?」
545 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 15:28:15.88 ID:Nc4wGcso

「……うっわあ、マジかよ」

 こんな場面でいきなりそんなコアな関係バラされても
反応に困るってんだよ……。
つーか、そいつらクラスメートなんだけど、
今後僕はどうやって接せればいいんだよ?
うわあ、前々からやたら仲がいいとは思っていたけどさあ。
なんか、色々と知りたくなかった。

 マジで、やってることはセコいけど
実際にこれらがおさわ狐の仕業だとしたら
かなり二次被害がでかくないか? 特に僕。
直接的被害として八九寺、そしてもしかしたら神原、羽川。
二次被害として火憐と知りたくも無い周囲の人間関係情報の入手。

「で、忍。そのおさわ狐を退治するには一体どうすればいいんだよ?」

 八九寺と仲良くやってるのは、
あいつと話してて楽しいからだ、そして単純に僕達は友達だからだ。
可哀想とか、寂しそうだからなんて、そりゃ思うけど、
でもそんなのは友達として、思うだけで、
それを理由に付き合ってきた訳じゃない。
八九寺が望む限り友達で居続ける、そばに居続ける、
それは確かに本音だけど、あんなお前のためにやってやってるんだよみたいな気持ちは無い。
ただ僕が居たいからいるだけなんだ。
なのに、その馬鹿狐の野郎。

「さての」
546 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 15:45:37.92 ID:Nc4wGcso

「いや、さてのじゃなくてさ」
「だから知らんのじゃ、この怪異についてはあの小僧もほとんど触れずに
 概要だけで次の怪異を話し始めよっての。
 実際お主が直接的被害を受けて、今も他の連中のように仲直りできず居るのは
 お主の中の吸血鬼の血が会話の間も自意識を確立させておったからじゃろう。
 だから他の連中のように喧嘩したという事実を除いて忘れてしまうこともなく、
 素直に仲直りすることができなかったというそれだけのことじゃ。
 思うに、あの小娘の方は既にほとんどを忘却しているだろうの、
 あの時さっさか追いかけてお主が詫びの一つでも入れればそれで解決だったじゃろう」
「……そう、なのか」
「多分、じゃがのう。いくら精度が悪くても、お互い吸血鬼もどきである
 儂とお主の会話には影響をだせんじゃろうし、儂にはそれ以上はわからんがの」

 僕が背中に隠したビニール袋をなおも見つめ続けていた忍だが、
やっとこ諦めたのかここで初めて僕の目を見ながら喋った。

「ま、いまは蝸牛の小娘よりも儂はお前様の妹御の方が優先すべきだと思うがの」
「なぜお前がそれを!?」
「あの位の時間なら儂もまだ眠気がある程度で起きとるわい。
 で、どうするのじゃ? 当然ながら家族である妹御じゃから
 今夜にでも再度なんかしらのアプローチがあることは明白じゃろうの、
 その時にまた今朝方のように勢いに流されて睦いでしまうのかの?」
「なっ!? おまっ、なんてことを!?」
「じゃが事実じゃろう? 今朝とて邪魔が入らねばそうなっていたじゃろうに」
547 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 16:07:18.52 ID:Nc4wGcso

 この忍の口調が、怒った様ならまだ謝れた。
呆れた様ならまだ言い返せた。
責める様なら、まだ、救われた。
けれど忍は、ただただ言うべきことを言っているだけ、
淡々と単調に端的に、抑揚なく情緒もなく、ただ述べる。
それは、どんな言い方よりも僕に刺さる。

「小娘の方はお主が一言謝ればそれですむ、
 もとより小物大物関係なしにそういう存在の怪異なのじゃからな。
 だが、主の妹御の方は違う、恋人と別れたのは狐の所業でも、
 それ以外は全て意思と意義にまみれた意味ある行動。
 兄として振舞うか男として振舞うか、お前様の好きにするがいい」

 ふっ。急に付いた電灯にかき消される影のように、
忍は音もなく僕の目の前から姿を消した。
そして僕は、たった一人公園に残された。
548 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 23:05:39.10 ID:Nc4wGcso

―――

 それから、八九寺を探してひたすらに駆け回った。
駆け回って走り回って、知ってる公園も知らない公園も
目に付いたらとりあえず入って八九寺の姿が無いかくまなく探して、
見つからなければまた右を行っては左に行ってと体力の続く限り走り回った。
忍が以前学習塾跡から居なくなった時とは違い、
誰の力を借りることなく、たった一人で探し続けた。

「ゆ〜きや、コンコン。あられやコンコン」

 そうして、八九寺の姿を捉えたのはもう日が沈みきってしばらく。
"ろうはく"と読むのか"なみしろ"と読むのかいまだにわからない浪白公園、
奇しくも、僕と八九寺が始めてであった、あの公園だった。
八九寺は、僕に背を向けるようにして、童謡を静かに歌いながら
一人公園の中心辺りでしゃがみ込んでいた。

「八九寺」
「……阿良々木さん」

 噛みは、しなかった。
549 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 23:15:55.02 ID:Nc4wGcso

 咄嗟に答えてしまったのだろう、
八九寺はハッとした表情をして顔を逸らす。

「なにようですか阿良々木さん。
 私はいま機嫌がよくないですよ」

 ぶっきらぼうに言い放つ八九寺。
トレードマークのリュック越しの後姿は、
これ以上なく不機嫌そうで、
まるで話しかけるなと言うオーラが立ち込めているようだった。
けれど僕はそこで黙るわけにはいかないから。

「ごめん八九寺。お前はもうほとんど覚えてないだろうけど
 僕はお前に酷い事を――」
「いいんです」

 僕が台詞を言い終わらないうちに、
聞きたくないとばかりに八九寺は言葉を被せる。

「どうせ、私は、可哀想な、ただの迷子ですから」
「え?」

 覚えて、る、のか?
550 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 23:27:57.71 ID:Nc4wGcso

「すみません阿良々木さん。
 私、誤解してたんです、阿良々木さんが仲良くしてくれるからって
 ずけずけと、ぬけぬけと、勝手に親しく思ってました」

 八九寺は、しゃがみ込んだまま
こちらを見ずに一人ごちるように語る。
でも違う、それは違うんだ八九寺。

「私が勝手に楽しく思ってる裏で、
 阿良々木さんがどんな気持ちでいるかなんて
 いままで考えたことありませんでした。ごめんなさい」

 いや、なんで覚えてるのかなんてもうどうでもいい、
むしろこの方がちゃんと謝れる。
僕が覚えてる以上、忘れた八九寺に謝罪をしてもそれはフィフティじゃない。
理由はわからないが覚えてるなら、
僕は覚えてる八九寺に、ちゃんと謝れる。
それなら、後悔はしないだろうから。

「違うんだ八九寺! そうじゃない、そうじゃないんだ!」
「なにが違うんですか!?」
「さっき言ったことが全部だよ! そりゃ確かに僕は八九寺を可哀想と思ったこともあった、
 それは確かに事実だけど、僕がお前と仲良くしてるのはそんな理由じゃなくて!」
「じゃあ教えてください! どうして阿良々木さんは私と仲良くしてくれるんですか!?」

 お互い声が少しずつ荒がる。
その途中、八九寺がとうとう立ち上がり、こちらを向いた。

「なっ!?」
551 :修正[saga]:2009/11/04(水) 23:30:42.68 ID:Nc4wGcso

「すみません阿良々木さん。
 私、誤解してたんです、阿良々木さんが仲良くしてくれるからって
 ずけずけと、ぬけぬけと、勝手に親しく思ってました」

 八九寺は、しゃがみ込んだまま
こちらを見ずに一人ごちるように語る。
でも違う、それは違うんだ八九寺。

「私が勝手に楽しく思ってる裏で、
 阿良々木さんがどんな気持ちでいるかなんて
 いままで考えたことありませんでした。ごめんなさい」

 いや、なんで覚えてるのかなんてもうどうでもいい、
むしろこの方がちゃんと謝れる。
僕が覚えてる以上、忘れた八九寺に謝罪をしてもそれはフィフティじゃない。
理由はわからないが覚えてるなら、
僕は覚えてる八九寺に、ちゃんと謝れる。
それなら、後悔はしないだろうから。

「違うんだ八九寺! そうじゃない、そうじゃないんだ!」
「なにが違うんですか!?」
「さっき言ったことが全部だよ! そりゃ確かに僕は八九寺を可哀想と思ったこともあった、
 それは確かに事実だけど、僕がお前と仲良くしてるのはそんな理由じゃなくて!」
「じゃあ教えてください! どうして阿良々木さんは私と仲良くしてくれるんですか!?」

 お互い声が少しずつ荒がる。
その途中、八九寺がとうとう立ち上がり、こちらを向いた。
両腕に、一匹の狐を抱いて。
552 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/04(水) 23:45:48.02 ID:Nc4wGcso

 狐。
黄金の毛並みを公園の街灯のしたで煌かせ、
ふさふさの尻尾を自在に揺らめかせながら
確かに八九寺の腕の中に一匹の狐が存在した。
爛々と光るその瞳は僕を一直線に見据えて、
僕はすぐにそいつがおさわ狐そのものであることを理解した。

「なっ!? 八九寺その狐!」
「はい? ……あぁ、この子ですか、
 阿良々木さんと喧嘩した直後に突然現れてですね、
 なんとなくこの子のあとをついてきたらこの公園についたんです。
 ってそんなことはどうでもいいんですよ!
 阿良々木さん、なんで話を逸らそうとするんですか!?」
「いや、話を逸らそうとしてる訳じゃなくてその狐が!」
「この子がなんだって言うんですか!
 いまは阿良々木さんと私の話です、この子は関係ないでしょう!?」

 八九寺はどんどんヒートアップしていく、
先程は僕がおかしくなり八九寺は通常状態だった。
こんどはその逆ということなのだろうか?
ならその狐が怪異だとかそんなことを言っても意味がない、
僕はただ、質問に素直に答えた方がいい。
たった一言だ、すぐにすむ。

「わかった。言うよ八九寺、僕がどうしてお前と今まで仲良くやってきたかって?
 そんなの簡単だ! 簡単すぎる!

 お前のことが好きだからに決まってるだろうが!」
553 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 00:10:22.10 ID:WxLDEKUo

 スッと、八九寺の腕の中にいた狐が
地面に軽やかに降り立ち、八九寺の足元を少し回ってから、
一度だけ甲高く鳴き声を上げて、
のんびりとした歩調で公園から出て行ってしまった。

「お、おい八九寺?」
「えっと……? おや、マハラ木さん」
「僕をインド周辺の王の称号みたいに呼ぶな、
 しつこいようだけれど僕の名前は阿良々木だ八九寺」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「マジ歯痛?」
「歯医者は嫌いなんだ!」

 狐が公園をでた途端に、
文字通り憑き物が取れたようになった八九寺。
だからもう、全部忘れてしまったのかもしれないし、
そうじゃないのかもしれない。もしかしたら八九寺なりの照れ隠しなのかもしれない。
でも、とりあえず一区切り。このやり取りをもってして仲直りはできたのだろうと、僕は思う。

「なぁ八九寺、一ついいか?」
「はい? なんでしょう阿良々木さん」
「ゆきやコンコンじゃなくて、あれはこんこだからな」
554 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 00:24:16.14 ID:WxLDEKUo

―――

 後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつもとは違い、下の妹、月火にのみ叩き起こされた。
理由は簡単だ、僕が昨日コンビニにでかけて
八九寺とぐだぐだやらかしていた間に火憐が帰宅し、
その異変に気づいた月火が詰問、馬鹿な火憐はあっさりと白状し
八九寺と別れ帰ってきた僕も含めて緊急兄妹会議。
火憐はしばらく僕に近づいてはいけないと月火がお触れをだしたのだ。

 当然(ここで当然という語句を持ってくるのは兄として
恥ずかしいやらなにやら複雑であるが)、火憐はそれに対して
猛烈に反発したのだが、数分の問答の後渋々承諾させられた。
そこはそれ、実戦担当と参謀担当の違い。

「大丈夫だ! ちょっと距離を置いたくらいじゃ兄ちゃんへの愛は冷めないぜ!」

 と会議終了の際。
つまり、しばらくは出来なくなる距離での会話の締めくくりに
火憐はそんな格好良いことを言っていた。
妹じゃなければ胸キュンする場面だろうことを思うと残念でしかたない。
555 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 00:39:21.49 ID:WxLDEKUo

「おさわ狐は喧嘩をさせ、
 その一連の流れを眺めてるのが好きじゃったようじゃの。
 だから喧嘩をして両人が別れたところでその場を離れる、
 ゆえに離れた時点で怪異の効果はなくなり喧嘩の理由を忘れて仲直りと言った訳じゃ、
 今回あの小娘が覚えていたのは単にお主に乗っかっていたおさわ狐が
 別れた小娘の方に今度は憑いたということじゃろう。
 だから覚えていたし、だから忘れた」

 僕の部屋、扉の前で月火が見張ってるという一歩間違えばヤバイ状況で
忍はめちゃくちゃ遅れた上に溶けたシュークリームを届けた罰として
月火に再度買いに行かされたケーキの一つを食べながら
昨日の流れの中での僕の疑問に答えてくれた。

「つまりあの狐は自分の存在する周辺の空間に影響を及ぼす怪異ってことか?」
「自身がわざわざ化けたりしていたという話もあるしのう、
 そんなところが限界なんじゃろうよ。
 高度な自意識も持たない動物の怪異じゃからな」
「ふうん」

 あの、前振りの長さに反比例するような
あっさりすぎる幕引きは小物臭溢れる感じだし
なんというか拍子抜けというか肩透かしというか、
ぶっちゃけ徹頭徹尾なにがやりたいのかわからない怪異だったけど。
しかし、その実際の影響力とはべつのところで本当に迷惑な怪異だった。
556 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 00:49:10.59 ID:WxLDEKUo

 祭り自体はしょぼい癖に、
後片付けばっかり苦労する。

 火憐の事は神原には自分からばらしたにしても、
羽川には即座にバレて正座説教を食らったし。
月火からだって素直に話し合いの場を作ったわけではなく、
実は帰宅早々にアイスピックが僕を襲ったりもした。
この流れでおさわ狐がやらかしたことなんて、
火憐が彼氏と別れる切っ掛けを作ったくらいなのに、
そこからの余波が酷すぎるのだ。

 それに、忘れていたけどクラスメートの疑惑の二名。
彼等はまぁ怪異本来の伝承と同様に仲直りしたらしく、
本日もべたべたと仲良く友達同士を演じていた。
先日までは無駄に仲が良い奴等と言った所だったのに
なにやらそれに背筋にそら寒いものを感じるのは仕方のないことだろうと思う。
557 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 00:56:57.07 ID:WxLDEKUo

 まぁそんなこんな。
後始末にはまだまだ時間はかかりそうだけれど、
多発していた小さな小さな喧嘩は終わりを迎えて
ゆっくりとまた普通の日常に僕の世界は戻りつつある。
しばらくは学校では羽川に白い目で見られ(これは別にそこまで悪いことじゃないと
僕個人では受け止めている)、自宅では火憐と月火の攻防が
しょっちゅうそこかしこで起きるんだろうけれど。

「阿良々木さん」

 でも、こうして何事もなかったかのように
日々を過ごせるのは、何よりも得がたい幸せなのだと。

「遅ればせながら、言い忘れていたことを言わせてください」

 僕は自転車を止めて八九寺と笑いながら。

「私も、阿良々木さんのこと、好きですよ」

 しみじみと、思うのだった。
558 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 01:08:37.05 ID:WxLDEKUo

  あとがき

 よく何かを継続して行ってる人間のことをげんえきと呼びますが、
しかし人間はすべからく最初はげんえきなのだと思います。
混じりっ気の無い液体、生まれたばかりの人間はそういった感じで、
そして色々な成分を成長と共に取り入れて個性とか自分とか
そんな感じのなにかを確立していくんだと思います。
より多くの種類の成分を色々取り込んで混ぜれば、
それだけ複雑な人間になるでしょうし。
周りからなにも吸収できずに大人になった人は、
所謂世間の荒波って奴に強制的に薄められて面白みの無い
大多数の薄っぺらな大人になってしまうんだと思います。
じゃあだからって無理やりにあちこちから適当に赴くままに
取り込んでみたりすれば、それは複雑て深いというか、
単に濁って見えにくいだけの人間になっちゃったりします。
結局は取り込む量も質も見極めが重要ということですが、
しかしその見極める目も取りこんだ経験で培われる訳で
運とかなんとか人間も大変だなあとかしみじみ思います。
559 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 14:32:00.44 ID:WxLDEKUo

 あとから補足を入れるようではまだまだ未熟だなぁと痛感しながら
とりあえず多かったあとがき説明

 つまるところ端的に言えば、よくある人間はカンバスであるというアレ
>よく何かを継続して行ってる人間のことをげんえきと呼びますが、

 これの"げんえき"は 現役ですね、導入です

>しかし人間はすべからく最初はげんえきなのだと思います。

 で、こっちの"げんえき"は原液を表します
つまり人間は生まれたときはみんな同じ何者にも影響されてないまっさらということです

>そして色々な成分を成長と共に取り入れて個性とか自分とか
 この成分、という表現はカンバスパターンなら絵の具
そしてそれらを取り入れるというのは筆を入れるという行為に相当します
それぞれ色も香りも感触も味も違う成分、もしくは絵の具
つまり自分以外からそれぞれ知識や経験を取り入れて、
最初は同じだった真っ白の紙、原液から少しずつ離れていって
個性という液体、絵ができるわけです

>じゃあだからって無理やりにあちこちから適当に赴くままに
 ここまでくれば言いたいことはわかってもらえると思いますが
つまるところ経験にも知識にも良悪があり、
むやみやたらにつめこめばいいというものではなく
絵ならば見れたものではなく、それは絵と呼べるものではなくなりますし
それ以上の上書きなんてできません。
同様に液体ならば、見るも無残な濁った液体になり、
しかも器の許容があるためやはり継ぎ足しなんてできません。

 まぁ、そんな感じで
560 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 20:27:14.65 ID:WxLDEKUo

 『かれんバタフライ』

 阿良々木火憐は僕にとって大切な妹だ。
もちろんもう一人の妹である月火も同様、
僕にとってかけがえのない自慢の妹達である。
それは妹達が生まれる前から、
そして僕が死に逝くその時も、
変わらないと断言できる数少ない事柄である。

 一見仲は悪くとも、しかし僕は本当に命をかけなければ
妹達を助けられないような状況になったら、
躊躇なく逡巡なく迷いなく戸惑いなく素直に命を投げ出せるほどに
それは強固で確固たる僕の矜持だった。

 なんてことを真昼間から堂々と言ってみると、
多分恥ずかしい奴だと僕が思われて終わりだろう。
妹達なんかは照れたり喜ぶよりも先に気持ち悪がるかもしれない。
「兄ちゃん馬鹿じゃないのか?」と火憐が呆れて、
「お兄ちゃん頭でも打ったの?」と月火が冷めたことを言う。
そういう兄妹関係だった。

 以前は。
561 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 20:35:17.46 ID:WxLDEKUo

 というのも、以前は上記のように
一見どころか百見したところで仲の悪い兄妹で、
僕は妹達のことを困った奴等だと呆れていたし、
妹達は僕のことを不甲斐のない兄だと哂っていた。

 だと言うのに、最近はそれが変わってしまった。
いや、なにも本気で互いを憎みあうほどに険悪な仲に悪化したわけではない、
むしろその逆だ。仲良くなったのだ。
けれどただ単に仲良し暦、ならぬ仲良しこよしになったのなら
変わってしまった、などと憂うようなことは言わない。
じゃあどうしたのか?

 簡単だ、仲良くなりすぎたのだ。
仲良くなりすぎて、それはいつ一線を超えるかという
危険思想にすらなりつつある。
そんな細い糸の上のやじろべえ見たいな兄妹関係。

 阿良々木火憐は、本気でこの僕、
阿良々木暦に恋慕の情を抱いてしまった。
そして阿良々木月火はそれを知ってしまっている。
ちょっと前までは考えられないほどの、
仲良くなってしまったからこその緊迫感。

 このただでさえ複雑な兄と妹の問題は、
さらに怪異をもってしてさらにおかしく破綻する。
ぎりぎりの平衡を保っていたトランプのタワー、
もしくはジェンガや類するなにかのように、
一瞬で、砕け散ったのだ。
562 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 20:41:16.80 ID:WxLDEKUo

 僕に限らず、誰しも自身の家族のことは語りたがらない。
それは僕自身以前口にした言葉だ。
特にこの話はストレートにプライベートな物語、
だけれど敢えて僕はここに全てを語ろうと思う。

 それがなにを招こうとも、
今回のような事態を二度と起こさないために、
僕は僕の、僕達兄妹の恥の全てをここに記そう。
そうすることで、一つのけじめをつけよう。
でなければ、きっと一つも前には進めないだろうから。

 先に申してしまえば、
この話に終わりなどない。
ハッピーエンドもトゥルーエンドもない、
バッドエンドすら欠片も見えない。
ただただあるのは中途半端な解決と曖昧模糊とした解釈、
それだけだ。
この話を終えたところで僕達兄妹の関係を清算することはできなかったし、
きっとこの先何年もかけて大人になってからもぐずぐずと滞るだろう。

 それでいい、兄と妹というのは、
きっと、そういう関係のことだと、僕は思うから。

 さて、前振りが長くなってしまったけれどそろそろ始めようと思う。
僕と妹の、盛大な故意の恋話を。
563 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 21:39:46.73 ID:WxLDEKUo

―――

 目が覚めたら火憐が目の前で寝息を立てていた。
僕は特になにをするわけでもなく、起き上がって大きく伸びをして
火憐を起こさないように布団からはいでる。
目が覚めると美少女が居た、というのはどうにもライトノベルっぽい、
もしくは青少年の想像を掻き立てる小説っぽい気がするけれど、
なんてことはない、お互い服を着ているし、火憐は実の妹だ。

 ……いや、逆にまずいのだろうか?
ううむと首をかしげながらとりあえず部屋のカーテンを開け、
続けて窓も開けて外気を取り込み部屋の換気を行う。
時期を考えれば狂気の沙汰とも言える行動、
案の定肌を切るような冷たい空気が部屋中に広がり
それを感じ取った火憐が僕の布団でまるくなる。
564 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 21:48:05.96 ID:WxLDEKUo

 こんな感じの目が覚めると美少女が居た、
というのはどうにもライトノベルっぽい、
もしくは青少年の想像を掻き立てる小説っぽい気がするけれど、
なんてことはない、お互い服を着ているし、
そもそもとしてその美少女足る火憐は実の妹だ。

 ……いや、逆にまずいのだろうか?
ううむと首をかしげ布団にうずくまる妹を見下ろす。
以前なら考えられなかった行動、
考えられなかったと言うか、単に妹の居る兄として
普通なら考えてはいけない領域だろうと思う。
こういうのは、あくまでもフィクションの中でしか起きてはいけない、
リアリティのない非現実的な事象の筈だというのに。

「相手が誰だろうと、自分がどんな立場だろうと、
 女の子のそういった純粋な気持ちには真剣に答えなきゃダメだよ阿良々木君?」

 一ヶ月と二週間ほど前、
一匹の狐の所為で起きた事件の後遺症として
僕が受けた一時間以上にも及ぶ説教の締めくくりに、
羽川はそう屹然と言い切った。
565 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 22:04:31.53 ID:WxLDEKUo

 真剣に答える。それは時と場合と感情によっては
次のステップに進むことも止む形無しと言うことなのだろうか?
みたいなことを羽川に言ったらその後さらに数時間の説教を食らった。
そりゃまぁションボリするしかない話である。

 とか徒然なる思考をだだ漏れにしていると、
ノックも為しに僕の部屋の扉が開いた。
……いや、どうだろう。これは素直に開いたと表現していいものか困る、
扉が物凄い速度で限界まで開いてから壁に激突し、
さらにその反動で再度閉まろうとするほどの勢いで開いたのだ。
もうそれは"開いた"などと生易しい表現ではなく、
なんかぶっ飛んだとでも表現したほうがむしろ近い気がする。
そうしてそんな閉まりかけた扉を抑えて入ってきたのは、
まぁもはや定例とかしつつあるが下の妹の月火だった。

「火憐ちゃんは……、あぁっ! やっぱりこっちにきてる!」
「おはよう月火ちゃん」
「おはようお兄ちゃん。っじゃなくて!
 お兄ちゃんからもダメだって火憐ちゃんに言ってよ!」
「僕が言って止まるなら苦労しないわな」
566 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 22:14:57.17 ID:WxLDEKUo

 月火は僕にも怒りの矛先を向けながら
いまだ僕の布団を抱きしめて惰眠を貪る火憐を叩き起こす作業に入った。
火憐は空手を筆頭とした格闘技系を習うパワフルな妹で、
朝練などの為に早起きは得意だったはずなのだが、
ここ最近は月火が寝た後に今日のように添い寝を仕掛けてくるため
やや起床時間が遅れ気味。
これが実妹でなければ如何程の萌えが湧き出るのかと
僕は度々残念に思うのだ。

「ん〜? 朝? おはよう兄ちゃん」
「おはよう火憐ちゃん」
「もうっ、本当に二人とも緊張感がないんだから!
 お父さんとお母さんは下に居るんだよ!?」

 もうとっくにわかっているだろうけれど、
僕がどうかはともかく、火憐は以前の事件以降
本人曰く実はそれ以前から僕に対して
並々ならぬ恋愛感情を抱いている。らしい。
そのためこうして一種の夜這いをかけてきたり、
それを知っている月火が家庭崩壊阻止の為に奔走したりしているのだが。
僕個人の意見としては多分もうバレてるんじゃないかと思う。
なにしろ阻止しようとしている月火自身が、
こんな馬鹿でかい声で堂々と叫んでいるのだから。

 下手するとご近所さん達には周知の事実なんではないだろうかと、
ここのところの登下校時のおばさんたちの視線から推測してみる。
567 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 22:41:48.15 ID:WxLDEKUo

 なんというか、生暖かいのだ。
それでいて少し余所余所しい感じ、
酷く居た堪れない気分になる。

 というか、ちょいと前。
火憐の禁断的感情が露見してからしばらくは
月火が火憐の監視を行って僕への一時的接触を極力減らしていたのに
どうしてここのところはそれがなくなっているのだろうか?

 アンサー、単に月火は同じ兄妹ではあるが
ことこの事態に関しては第三者なのだ。
つまり、付き合いきれなくなった、というのが真相。
とは言っても知ってしまった以上
見てみぬ振りはできないから、と現状ができあがる訳だけれど。

 羽川にはあんなこと言ったし、言われたけど
本気で真剣に火憐とラブコメする訳にはいかないし
かといって無碍にあしらうなんてことはもっとできないし。
宙ぶらりんの状態。
精々その内火憐が諦めて他に好きな人でもまたできれば
僕のことなんてさっぱり忘れてくれるだろうと
そんな希望的観測をする程度だった。
568 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/05(木) 23:47:02.69 ID:WxLDEKUo

 楽観視、そう言われれば確かにその通りだと言わざるを得ないけれど。
この時点では他に動きようが無かったのも事実。
だから僕は放棄した訳でも逃避した訳でもない、
その点だけはわかって欲しいと懇願するばかりである。

 でも、もし、僕がこの時既に
火憐に対して好悪問わず何かしらの動きを見せていたならば
結果は自ずと変わっていたのだろうと思う。

 わかるはずの無い未来に対して対策を立てなかった事に
いくら悔やんでも意味の無いことなのは承知の上だけれど、
でも、と思わずにはいられない。
569 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 00:44:53.33 ID:Ome80Ewo

―――

「暦お兄ちゃんはこういうのどう思う?」

 千石がガラスケース越しに指をさして
僕に感想を求めてくる。

「ん? 千石にはそういう派手なのよりこっちの方が千石には似合うんじゃないか?」
「う〜ん、そっか。暦お兄ちゃんはこういうのが好きなんだ」
「いや、僕の好みというより千石に似合うと思っただけで……」

 千石はそういって並ぶ指輪に視線を戻してしまう。
僕はというと店員さんの微妙な目線に曖昧な笑みを返して
この空気の中を耐え抜いている。

 いま僕は近所のアクセサリーショップに来ている。
この間千石に買い物に付き合って欲しいと言われたため
兄的存在である僕としては断るわけには行かないだろうと承諾したのだが。
その一番最初に立ち寄ったこの店の指輪コーナーで
千石は蝋で固めたように動かなくなってしまった。

 シルバー製の大量生産の指輪、
そこまで熱心に見るものなのかなあと僕は思うのだけれど
中学生である千石、しかも大人しく装飾品の類をあまりつけない彼女にとっては
こういったものは物珍しいのだろうと一人結論をだしてのんびりと千石の後姿を眺める。
570 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 00:56:56.40 ID:Ome80Ewo

 千石は、あぁじゃないこうじゃないと呟きながら
たまに僕の方を伺いつつ指輪を吟味し続けている。
女の子の買い物は長くなることくらい承知の上だし、
ガハラさんと一緒に買い物にでたときも
妹に付き合ったときもやはり一つの店で一時間程度
平気の平左でかけていたので別段どうこう思いはしないのだけど。

 色々なものを見て楽しげに回るのではなく
思いつめたような表情をして指輪を見つめている千石を眺めていると
どうにも僕としてはなぜか微妙に焦る気分になる、
なぜか店員さんもチラチラと僕を物言いたげに見てくるし。
違うんだ、別に僕と千石は怪しい関係とかじゃくて
単にちょっとしたお買い物をしてるだけで……。

「え〜と、千石。なんだったら僕がそれ買ってやろうか?」

 それからさらに待つこと十分。
僕はなんだかよくわからない雰囲気に負けてそう口にしていた。

「え、そんな悪いよ暦お兄ちゃん」
「ほら、でもクリスマスも近いしさ。ちょっと早いプレゼントってことで」

 言って千石が見ていた銀の指輪を一つ手に取る。
板状の指輪、その側面には多分ガラスだろうけれど
いくつもの石で十字が模られている。
571 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 17:33:44.25 ID:Ome80Ewo

 幸い値段も大した金額じゃないし、
臨時収入も最近あったところだ。
僕は千石が眺めていたその指輪をとって
レジへと持っていった。
店員のお姉さんは先程までとは打って変わって
にこやかなスマイルで手早くレジスターに入力を済ませ
手馴れた手つきでその指輪を小さく包装してくれた。
僕はそれを受け取り、店をでようとすると。

「あ、暦お兄ちゃん待って」

 千石は別の指輪を持ってレジに向かっていった。
ん。
なんだ、別にお金がなくて悩んでたって訳じゃないのか?
でもだからって二つ買う必要はないよな、
見たところサイズの違う同じ指輪っぽいし。
572 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 17:41:55.69 ID:Ome80Ewo

 どういうことだろう?
なんて僕が店の入り口付近で漠然と考えていると、
千石は会計を終えて包装されたばかりの指輪をもって
僕に駆け寄ってきた。
まぁ、駆け寄ってきたなんて言っても、
あくまでも千石の駆けるであって、効果音はとてとてって感じ。

「はい、暦お兄ちゃんの分」
「ん? あぁ、ありがとう?」

 なるほど、僕が千石の奴を買ってやったから
そのお返しということなんだろうか?
でもそれだったら普通に自分のお互い買えばよかったんじゃないだろうか。
たまに千石はよくわからないことをするよなあ。
ま、僕は千石の兄みたいなものだし?
そういう行動にも付き合って然るべしと言った所か。

「じゃあこっちは千石のだな」
「うん、ありがとう暦お兄ちゃん」

 しかし、クリスマスを目前にして指輪のプレゼントを交換するなんて
まるで恋人同士の行いみたいだな。
千石にはそんな気は当然欠片もないんだろうことはわかっているけれど、
なんとなく少し照れくさい気分になってしまう。
千石にそんな気はないんだろうけど。
573 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 20:44:27.41 ID:Ome80Ewo

「つけてみたらどうだ?」

 僕がそういうと、早速千石は僕が買った方の指輪を指にはめた。
左手の薬指に。
……えっと? ん、んん?
あー、まぁ、千石は中学生女子だしな
指輪といえば左手の薬指と言う風な印象を持ってるんだろうな。
それが僕がプレゼントしたとか、クリスマスがどうこうというのは
まったく意識せずに行動してるのなら、僕はここで口をだすべきじゃないだろう。
いたいけで純粋な少女の夢を壊すわけにはいかないからな。

「大切にするから、この指輪、撫子の宝物にするからね」
「う、うん」

 なんだろう? 時折感じるこの息苦しい感覚は、
冬だしな、喉風邪の前兆かもしれないな。
帰ったら薬でも飲むとしよう。

「暦お兄ちゃんもつけないの?」
「ん、あ、そうだな。うん、つけるよ」

 言って千石に渡された方の指輪を取り出して
どの指につけるか迷っていると。

「左手の薬指がいいと思うな」
「え? い、いやそれは……」
「暦お兄ちゃんは左手の薬指以外に指輪をつけちゃいけないんだよ」
「左手の薬指じゃないといけないのか……」
574 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 21:01:31.84 ID:Ome80Ewo

 消去法主義なのは相変わらずなんだな千石。
普段は一体どんな生活を千石は送ってるんだろう?

「ん?」
「どうしたの暦お兄ちゃん」
「いや、この裏側になにか彫ってあるなあと」

 千石に言われるがままに左手の薬指に指輪を嵌めようとして
初めて気が付いたのだが、表面に模られた十字の裏側、
嵌めてしまえば見えなくなる所に小さく蝶の柄が彫られてあった。

「うん、私それが気に入ったからこの指輪にしたんだよ」
「そうなのか?」
「ほらよく蝶の羽の動きがどこか遠くで大きな嵐になるって言うでしょ?」
「よくかどうかはわからないけど聞くかな」

 バタフライ効果とか、そういうことだろう。
僕も詳しくは知らないけど、多分千石もよくわかってないだろうから
この場合は風が吹いたら桶屋が儲かる的な方向で捉えとこう。

「で、それに倣って私も少しずつでも行動をしていけばいつか手に入れられるかなって」
「ん? 千石はそんなに頑張って手に入れたい物があるのか?」
「うん、あるよ……。すっごく欲しいもの……」

 そういって笑顔で答える千石。
その瞳に、なにやら怪しい光があったような気がしたけれど、
きっと気のせいだろうと思う。
575 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 21:51:04.47 ID:Ome80Ewo

―――

「兄ちゃんお帰りー!」

 帰宅するなり非常にやかましい出迎えの声と共に
火憐が僕に突然抱きついてきた。

 詳しいところは何度聞かれようとぼかすものの、
しかし僕より微妙に身長が高い火憐が
格闘技で鍛え上げた脚力で勢いよく僕に抱きついてきた。
これはもはやラグビーの全身タックルに程近い威力があるわけで、
いくら吸血鬼の残滓残る僕といってもいきなりのそんなアタックに耐えられる筈も無く。

「ぐはっ!?」

 僕は火憐共々玄関でもんどりうって転がる羽目になった。
つーかマジで死ぬかと思ったわ、なにを考えてるんだこの愚妹、
玄関の扉に頭を一度ならずぶつけたぞ。

「遅いぜ遅いぜ遅いぜ兄ちゃん!
 あんまりにも遅いから寂しさのあまり兄ちゃんの温もり求めてベッドでほにゃららを――」
「てめぇ! それ以上言ったらマジで絶縁するぞ!
 月火ちゃんもこいつ引き剥がすの手伝ってくれ!」
「えー、私もうダメになっちゃった火憐ちゃんとも変態なお兄ちゃんとも関わりたくないよ」
「ちくしょう! この場面を見る限り正論っぽい!」
576 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 22:18:54.54 ID:Ome80Ewo

 火憐の顔面を掴んで横にどかす。
本当、お前は大型の犬かってんだ、
パワフルにも程があるぞ。

「で、お兄ちゃん。せんちゃんとはどうだったの?」

 どうにかこうにか忠犬というより、
単に人懐っこいだけの馬鹿犬から逃れ起き上がった僕に
月火はあんまり興味ないけど、
仕方ないから聞いてやるといいたげな質問をよこした。

「あー、まぁ、楽しかったよ」

 あの後、やたらテンションの高い千石と二人で
あちこちの店を見てまわった。
お互いお小遣いのみで生活してる身なので、
ほとんどウィンドウショッピング的だったけれど。
普段とは違う露出の少し多目(千石基準)のおしゃれな服装の
千石と二人で出回るというのも悪い気はしないというものだ。
いや、そういえばあぁいうのも家の中ではよく着てるんだっけ?

 あと、最初の店以外はどこもあんまり時間をかけて
店内を見て回るということをほとんどしなかったな。
もしかしたらあの店は最初から目をつけていたのかも知れない。
まぁ千石が買い物に付き合って欲しいと言った時の台詞が
「一人だと行きづらいから」だったし、それは無いか。
その台詞は口実で、実は何度もあの店に下見もしてあって
店の店員さんとも知り合いにだなんてのは
まさか千石に限ってありえないだろうしな。
577 :修正 ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 22:21:33.36 ID:Ome80Ewo

 火憐の顔面を掴んで横にどかす。
本当、お前は大型の犬かってんだ、
パワフルにも程があるぞ。

「で、お兄ちゃん。せんちゃんとはどうだったの?」

 どうにかこうにか忠犬というより、
単に人懐っこいだけの馬鹿犬から逃れ起き上がった僕に
月火はあんまり興味ないけど、
仕方ないから聞いてやるといいたげな質問をよこした。

「あー、まぁ、楽しかったよ」

 あの後、やたらテンションの高い千石と二人で
あちこちの店を見てまわった。
お互いお小遣いのみで生活してる身なので、
ほとんどウィンドウショッピング的だったけれど。
普段とは違う露出の少し多目(千石基準)のおしゃれな服装の
千石と二人で出回るというのも悪い気はしないというものだ。
いや、そういえばあぁいうのも家の中ではよく着てるんだっけ?

 あと、最初の店以外はどこもあんまり時間をかけて
店内を見て回るということをほとんどしなかったな。
もしかしたらあの店は最初から目をつけていたのかも知れない。
実は何度もあの店に下見もしてあって、店の店員さんとも知り合いで
指輪そのものも何度も吟味して選んだとか。

 ま、千石が買い物に付き合って欲しいと言った時の台詞が
「一人だと行きづらいから」だったし、
千石に限ってそんな事ありえないだろう。
いけないいけない、まったく自意識過剰になってる気がするな僕は。
578 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 23:01:02.84 ID:Ome80Ewo

 千石がそんなデート前の恋する女の子みたいな行動を、
まさか僕相手にするわけがないか。
駄目だな千石を少しでも疑うような真似をしては、
兄的存在失格じゃないか。

「楽しかった、ね。まぁお兄ちゃんが楽しかったならせんちゃんも楽しめただろうし」

 ま、いいか。と月火はそういって、
居間に戻ってしまった。
多分テレビで芸能ニュースでも流し見してるんだろう。
それよりも、帰ってきて早々問題なのは
もはや言うまでも無いことだろうけれど、
的ではなくもろに実妹の火憐だ。
マジでこいつ最近見境ねえな、
その内僕は妹に逆強姦食らうのではないかと戦々恐々だ。
そういう役割は神原の専売特許だとばかり思っていたのに、
まさかの身内だよ。

「火憐ちゃん、僕はいまからちょいと着替えるから絶対に部屋に入ってくるなよ?」

 なにが悲しくて妹にこんな忠告をしなくてはならないのか。
切ないなあ。
579 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 23:46:15.09 ID:Ome80Ewo

 悪い気はしない。
というのは偽らざる本音だ。
立場上問題あるのはわかっていても、
しかし身贔屓を差し引いても可愛い一人の女の子に
こうもむきだしの行為を向けられるのが嫌な訳が無い。
そういう意味じゃ羽川の忠告は珍しくも的外れだ、
以前こそ仲は良くなく、喧嘩の耐えない悩みの種たる妹であったが。
けれどそれが無くなれば単にあいつは可愛い僕の大切な妹という立場だけが残る。
どうして無為にできようかという話だ。
それに、どういう理由であれ、火憐にキスをしたのは僕だ。
一回目は、確かに仕方なかったという、怪異という理由がありこそすれ、
二回目は完全に僕の意思で火憐をそういう目で見た。

 まぁ、そうして多重的な意味で強く出れないからこそ
火憐はもしかしたらという期待を乗せて僕にぶつかってくるし、
月火は曖昧な僕とネジの飛んだ火憐に呆れきってしまってる訳だが。
どうだろう、僕はこの状況を心の底では歓迎してないか?
口上では拒否してるような、困惑してるような態度を取っているものの、
外では流石にべたべたしてこないことを良いことに
彼女とは別の可愛い年下の女の子と毎日いちゃつける日々を
本当に僕は喜んでいないと断言できるのか?
答えは、考えるまでも無い。
ノーだ。

 僕は、この状況を、多少なりとも好ましく思っている。
それが現実で真実だ。
歪んだ、僕の本音だ。
580 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/06(金) 23:58:30.26 ID:Ome80Ewo

 悪い気はしない?
そんなオブラートに包みに包んで歪曲させた台詞じゃ足りないだろ?
喜んでいる。嬉しがっている。楽しんでいる。歓迎している。
だってそうだろう? 彼女はいるとはいえ、キスが精々その先はまだ。
柔らかくなりよく笑う様になった戦場ヶ原は確かに魅力的だ。
つまらなくなったなんて感情は一度も湧かないし、
ゆっくり進んでいけばいいと思っている。

 でも。
でも? でも、なんだ?
違うだろ。僕はそんな屑野郎にいつからなった? 成り下った?
そうじゃない、そうじゃないと思っているのに。

 僕は火憐を――――と思っている。

 薄汚い実情。
薄気味悪い内実。
薄ら寒い欲望。

 そんなものが自分の中にある。
そしてそんな感情の所為で、僕は妹を傷つける可能性がある。
いや、きっと、絶対、その内、傷つける。
火憐は、傷ついたなんて思わないかもしれない、
けれど確実に傷つく。
僕の手で、傷をつける。
581 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/07(土) 13:55:13.88 ID:CRUbLeco

「兄ちゃんなにしてんだ? って、まだ着替えてねーのかよ
 一体部屋でなにやってたんだ兄ちゃん」
「火憐ちゃん……」

 部屋の扉が開き、隙間から覗くように火憐が顔をひょっこりとだしている。
以前セルフカットを行った髪は半年でまた元通りの長さに戻り、
お決まりのポニーテイルが垂れ下がっている。

「あれから何分経ってると思ってるんだ兄ちゃん
 しかもまだ着替えてねぇとか言ってなにしてんだよ、
 焦らしプレイなのか? そうなのか?」

 お前を神原に紹介したのは本当に間違いだな、
悪い影響を受けすぎだろお前。
その手の話題は完膚なきまでに嫌っていたのに。
戦場ヶ原から神原に受け継がれて次はお前か、
絶対にそういうの自分の後輩に伝授しないでくれ。
数年後とかのこの街の変態率が跳ね上がる。

582 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/07(土) 14:04:18.88 ID:CRUbLeco

「あー、ちょっと考え事をしてた」
「考え事? 兄ちゃんが?」

 本気で意外そうな顔をしやがったこの野郎。

「受験生は忙しいんだ、悩み事も多い」
「私も受験生だぞ兄ちゃん」
「お前は付属中学だろ」

 高等部にあがる際に、確かにテストはあるが
クラス編成の参考程度のテスト。
落ちることはない。

「いいからでてけ馬鹿。今度こそ着替えるから」
「へいへい」

 蓮っ葉というか、単に適当な言葉遣いで
顔を引っ込めて扉を閉める火憐。

「あー、参ったなマジで。ここんとこかなり深刻だぞ」

 おかしくない?
ちょっと前まで妹萌え? そんなの妹の居ない奴の幻想だろ?
実際居たらそんなのあるわけねーじゃん、
はっ、ヤダヤダ、実の家族にどうこう感情抱くなんて人として終わってるだろ。
まったく持たざるものの気持ちもわからないでもないけど、
お前じゃあいくら可愛くて若くても母親に萌えられるか?
馬鹿らしいなあ。とか言ってたんだよ僕?
ここまでふてぶてしくは無いけど、でもそんなスタンスだったじゃない。
意味わかんねえよ。なにこの心変わり。
トラップ発動した訳? 魔法解除のカードはどこにあるんだよ。
583 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/07(土) 14:52:17.72 ID:CRUbLeco

「ん?」

 ふわりと、甘い香りがした。
甘いといっても、微かに、
菜の花のような柔らかい匂い。
僕の部屋にそんな匂いを発するものはないし、
消臭剤や芳香剤の類でもないように思う。
火憐が香水でもつけていたのだろうか?
……火憐が香水。
めちゃくちゃ似合わないというか、
人物と物品とが非常に相反してる。

「でも、他に考えようがないよな……」

 火憐が香水ね。
年頃の女の子なら普通なのかもしれないけど、
月火にチョップを突然思いっきりやっても
凶器を持ち出せんでした並に違和感がある。
香り自体は嫌いじゃない感じだからいいけど。
584 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/07(土) 16:14:12.30 ID:CRUbLeco

 なんて考え事をしてるうちにまた乱入されてはたまらない、
僕は手早く適当な部屋着に着替える。
着替える、のだが。

「……、あれ?」

 ちょ、ちょっと待ってほしい。
これは違う、違うんだ。
まさかこんなことになるとはまったく思ってなかった。
いや本当、マジで、て言うか脱いでたわけでもないし
なにか扇情的な格好をしていたわけでもないのに
なんでいきなりこんなことになってるんだ僕。
火憐の顔みて軽く話しただけだぞ?
猛々しいにも程があるだろ、意味わかんねえ。
落ち着け、落ち着くんだ僕。
こんなの見られてみろ一生もんの恥だ、
下手すっと勘当ものだ。
いや、それでも良い方だ、月火に見られたら
なんの躊躇いもなく僕は無残に殺される。

「ふむ、不快な匂いじゃの」

 いつでてきたのか、
僕が自分自身とバトッているのを眺めながら
忍がベッドの上で眉を顰めていた。
585 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/07(土) 16:32:39.75 ID:CRUbLeco

 というか出てきて早々嫌な事言うなよ。
それはなんだ僕のベッドのことをいってるのか?
僕は年頃だからそういうことには結構気を使ってるんだぞ。

「違うわ馬鹿者。この部屋に充満しておる匂いじゃ」
「この部屋の匂い?」

 僕にはなにも感じないけど。
もしかして僕が慣れてしまってるだけで
実はこの部屋は異臭がするとか言わないよな?

「言うわけなかろう、そんなことで儂がでてくるわけもなかろう。
 ま、慣れてしまってるという所は正解じゃ、
 匂いが強くなったときには認識できるようじゃがの」
「……どういうことだ?」
「これは香水の様な人工の類ではない、
 そして自然界に存在する香でもないじゃろう」
「だから何が言いたいんだ忍」
「既にお主の中で答えはでているじゃろう?
 お前様の妹御は怪異に憑かれておる、
 いつ頃かは儂にもわからぬの」

 また、なのか。
怪異、知ったものは惹かれやすいなんてもんじゃない、
こんなの悪意と悪気しか感じられない。
むちゃくちゃだ。なんの嫌だらせだ。

「ふむ、お前様よ」
「なんだよ……」
「悩むのはいいが。とりあえずズボンを穿いたほうがいいのではないかの?」
586 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 02:39:29.70 ID:fM2jAMko

―――

 まぁ、なにやらてんやわんやありましたけれど。
それはともかく。
ともかくとして!

「火憐ちゃんは本当に怪異に憑かれてるのか?
 それに怪異の王たる吸血鬼のお前がいつからかわからないってのはどういうことだ?
 よくわかんないけど普通じゃありえないから怪異にしとこうとか言う思考回路じゃないだろうな」
「儂はお前様には嘘はつけんし、冗談も言わん」

 嘘はともかく、普段は冗談は言うし
かなりふざけてるじゃんお前。
この間だってポケモンに僕の名前付けて瀕死にさせまくってたしな。
主人公の名前はちゃっかり忍だし、ふざけんなよ本当。

「ごほん! で、じゃ。お主、七つの大罪という言葉に覚えはあるかの?」
「ん、それなら聞いたことあるな。キリスト教だろ?
 人間を罪に導く感情とか何とか羽川に聞いたことがある」

 正確には言われたことがある、だが。
一ヶ月と二週間前に、色々とあった際に。
えっと、確か『傲慢』『嫉妬』『憤怒』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』の七つだったっけか。
こ
587 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 02:53:21.35 ID:fM2jAMko

「うむ、そしてその最後の色欲。ぶっちゃければエロい欲求じゃの
 ホムンクルスなら最強の矛じゃ。ま、儂のブレードの方が強いじゃろうがの」

 ハガレンかよ……。
つーかぶっちゃける必要あったのかそれ。
そもそもなんでこのタイミングでそういう方向の話がでるんだ、
僕をやっぱりからかってるだろお前。
けれど忍は僕の内心の疑心を知ってか知らずか平然と続ける。

「儂がわからんかったのは、多分巧妙に存在を消されておったからじゃ。
 お主は先程儂が気づかぬことを咎めるようなことを言ったが、
 しかし兄たるお主も、ここ最近は接触の多くなった妹御の変化に気づけんかったように、
 この怪異はいままでの物とは少々趣が違う」
「どういうことだ?」
「この怪異は、そうじゃのう。近いのは猿の時、もしくは蟹の時じゃの」
「猿と、蟹?」

 猿の手と、おもし蟹。
その、共通点とは。
なんだったか。

「願いを叶える、望みを果すと言った所じゃの」
「でも、じゃあさっきの七つの大罪はどう関係するんだよ?」
「じゃからの、この怪異はその欲望を助長する類の怪異じゃ。それもそのまま色欲を、の」
588 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 03:27:20.81 ID:fM2jAMko

「は?」

 厳かな雰囲気を醸しだしていた忍に気圧される形で、
一体どんな恐ろしい奴が今回はでてくるのかと思っていた僕は、
正直言うと肩透かしを食らったような気分だった。
話を聞いただけなら、単にその怪異は火憐をエロくさせるだけの怪異と受け取れたから。
けれど忍は至って真剣に言葉を続ける。

「お前様は自分で言うたろうに、
 七つの大罪はキリスト経の用語じゃ。
 つまり大罪を定めてそれで終わりという筈が無かろう、
 罪を司る大いなる主が共に定められる」
「主……」

 キリストで、罪で、主。
忍が先にあげた近い例は蟹と猿。
猿は、蟹は、本来のその姿はなんだったか。
そこから導き出される答えはなにか。
考えるまでもない。

「アスモデウス、と言う名前じゃったかの。
 アエーシェマを元にアスモダイオス、アシュメダイなんぞとも呼ばれとるようじゃが、
 とにかくこいつが色欲を司る魔王じゃ」
589 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 03:35:44.06 ID:fM2jAMko

 魔王て、どこぞのRPGかよ。
と僕はその性分から、恐怖とか畏怖とかよりも先に突っ込みたくなる。

「ま、本来はこの悪魔の方が先行して、
 あとから色欲の主に宛がわれたと言う形らしいがの。
 そこまでは儂にはわからんわ」 
「ってぇことはなにか? 僕の妹は魔王様にとり憑かれた姫様ってか」
「そうなるとお前様は差し詰め勇者、
 儂は勇者に面倒なお使いイベントをやらせてから
 魔王城へ行くためのアイテムを授ける仙人と言った所かの」

 お前、本当変な方向の知識ばっかり収集していくな。
べつにいいけどさ、いいんだけどさ、
なんか、腑に落ちない。
お前自身はいいのかそれでと、問いたい。

「ま、安心せい。妹御の色欲の表れ、
 それが芳香であったじゃろう?」
「そう、なるんだろうな」

 僕の反応を見る限り。
それと忍、火憐の色欲の現れとかやめてくれ。
なんとなく後ろめたい。
590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/11/08(日) 03:38:40.56 ID:zpTLiCco
テスト
591 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 03:42:57.95 ID:fM2jAMko

「む? さっきのことなら気にするでない、
 あの芳香は色欲の権化そのもの。
 男なら反応しても仕方あるまい」
「いや、そんなフォローはいらねえ!」

 なんで外見八歳の金髪美少女に
男の本能についてのフォローを受けないといけないんだ。
すっげえ惨めっぽいよ僕。

「でじゃ、色欲の悪魔の象徴はサソリじゃからの、
 そしてサソリは針、ないしはその毒を象徴とする。
 サソリには甘い香りを発する器官などない、
 精々使い魔程度、悪魔そのものが降臨するような自体ではなかろう」
「そっか、それは良かった」

 まぁ普通そうだよな。
魔王なんて意味わかんねえ世界を征服するような存在が
ひょうたん島よろしくひょっこりと下界に顔をだされては
僕達平民は挨拶に困って仕方ない。
タイトルも『かれんバタフライ』じゃ無くて『かれんスコーピオン』じゃないとおかしい。

「そもそも、いつぞやのように低級悪魔、しかも片腕のみというレベルならともかく
 魔王と呼ばれる固有名付きの悪魔がそのまま精神に憑いたら
 普通の人間ではまず耐えられん。即座に粉々じゃ」
「粉々っ!? なんだよその爆砕点穴!?」

592 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 03:43:49.42 ID:fM2jAMko
>>590
む、なんのテストですかな
593 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 03:59:06.17 ID:fM2jAMko

「事実じゃ。お主の様に精神的にも肉体的にも耐性がある人間ならともかく
 怪異を知らず、怪異と関わってこなかった人間が耐えられる筈無かろう。
 それに爆砕点穴は人間には効かんぞ?」
「知ってるよそんなこと!」

 らんま1/2もご存知だった。
どうしよう、忍が僕の影の中で火中天心甘栗拳の練習とかしてたら。
……やべえ、見てみてえ。
ってそんな場合じゃなかったか。

「えっと、いまいち被害がないから深刻になりにくいな」
「被害ならあるじゃろ。さっきの――」
「それはいい! 忘れてくれ!」

 あぁ、しばらくはこのネタを使われるんだろうなあ。
こういう方面に理解がある忍でよかった。
……しかし、恥もなにもないとか言ってても、
まだあるもんだなあ、恥ずかしい物。

「それに、近頃お主が受けている度の過ぎたアプローチ」
「む……、それは、まぁ」
「汎用性に乏しい、色欲という括りの怪異ゆえに
 憑かれてる当人と、その想い人であるお主にしか影響は及ぼさぬが。
 それだけに影響を受けてる人間には重く圧し掛かる。
 お主は吸血鬼の残滓が、あるからまだ抗えているがの、それも時間の問題じゃ。
 自身が自身に違和感を持たない程度にじわじわと強制力を高めて、
 憑いてる人間の欲望を叶える怪異。まったく嫌らしいのう」
594 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 04:06:17.04 ID:fM2jAMko

 忍は、唾棄するように顔を険しく歪める。
人形のように可愛らしい外見でそんなことをするもんだから、
より一層その凄惨さに拍車がかかる。

「あと、一週間もなんの策も弄せずにおれば、
 お主とあの勝気な妹御はなんの違和感も無く。
 なんの罪悪感もなんの背徳感もなんの嫌悪感もなく、
 自発的に互いを求め合うじゃろうて」
「なっ……」

 そんなことありえないと言おうとして、
先程、忍がでてくる前、さらに火憐が現れるまでに
僕が一人でうじゃうじゃとしていた思考を想起する。
今の段階でも、相当僕は傾いている。
それをなんとか立場とか、倫理とかで押し込めている状態だ。

 けど、そうだ。
一週間前は? 二週間前は?
そんな感情あっただろうか?
受け入れてはいたかも知れないし、
諦めていたかも知れない。
でも、ちょっと前の僕はここまで火憐に傾倒していなかったはずだ。

 なら、一週間後の僕は?
何事も無くいられると思うのか?
いまの話を聞いた上で、いまの感情を加味した上で、
それでも?
595 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 04:15:31.70 ID:fM2jAMko

「僕は一体どうすればいい? どうしたらそのけった糞悪い悪魔を退治できる?」

 ここで、初めて今回の事件にまともに向き合ったであろう僕に、
忍は口端をあげるだけの笑みを浮かべる。

「退治とな? 元気がいいのう、なにか言い事でもあったのかの?」

 懐かしい。忍野の台詞。
あいつは、決して助けるとは言わなかった、
飄々として適当で、ズボラで不真面目で軽薄なおっさんで。
でも、居なくなった今ですら僕をこうして導いてくれる、
どうしたらいいか、教えてくれる。
僕はそれを助けてもらったと思っている。

 まぶたを閉じて、少しばかり回想をして、
再度僕は忍に問う。

「忍、僕は真面目に聞いてるんだ」
「ふっ、勇壮じゃのう。よかろう、悪魔なんぞ退治しようとしても
 到底できるようなことではないのじゃが。
 しかし対峙することくらいならできるかも知れんの」
 
596 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/08(日) 23:56:10.12 ID:fM2jAMko

―――

 対峙するための忍の案、
それは案と言えるのかどうか甚だしく疑問の声があがる代物だった。
なにもするな。忍はけれど確かにそういった。
おいおい、なにもする必要は無いって、
だったら一々知らせる必要もないし
あんな深刻そうなノリを貫く必要もなかっただろうと僕は憤慨したのだが。

 曰く、アスモデウスという悪魔は
取り憑いた少女の身体をよういて男を絞め殺しはするものの
少女そのものに手をだすことはない小心野郎で、
火憐の身に危険が及ぶことないだろうとの事。

 いや、それじゃあ僕は殺されるじゃねえか。
対峙するのは死の間際の一瞬だけじゃ意味ねえよ、
なんで妹にあっさり絞め殺されてんだ、お前も死ぬぞ。
とか素で思ったんだけれど、
忍はそれ以上なにも教えてくれず、不適に笑ってに影に消えてしまった。
てめえこの野郎、肝心なことをなにも言わずに
いきなり消えんな。僕が絞め殺されると言う可能性だけ仄めかして消えるとか
最悪のパターンじゃねえか! とか影に向かって怒鳴ってみたり
タップダンスよろしく影を踏みつけてみたりしたけれど、音沙汰なし。
597 :変更[saga]:2009/11/09(月) 01:19:19.38 ID:Erc7o.6o
>>596は無しの方向で
>>595から

―――

 ということで。
ただいま深夜零時過ぎ、
僕は絶賛作戦行動中だった。
具体的になにをしているかと言うと、
自分の部屋、その妹側の壁に沿う形で配置された
四脚型木式寝台に置かれたふかふかのマットレスに横になり、
さらには鳥類より採取した多量の羽が含むことにより
防寒性に優れる、僕の身長よりも大きい布袋を身体に被せる。
そして極めつけには部屋の光源を全て断ち、
壁の方に向かいながら一言も発さずに目を瞑るという
最高難度のミッションだ。

 ……ん?
ちょっと難しすぎるって?
そうだろうな、僕も最初に忍にこの作戦を説明された時は
訳がわからなくて頭が痛くなるほどだった。
では、端的にこの状況を説明させてもらうと、
……狸寝入りである。
自分のベッドで普通に布団に包まりながらの狸寝入りである。
598 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 01:31:56.21 ID:Erc7o.6o

 いや、うん。
言い訳をさせて欲しい。
言い訳と言うか、弁解を、
これは忍の言い出したこのなんだから。

「お前様はなにもするでない」

 忍が僕に勿体ぶって耳打ちした言葉はそれだけだった。
まぁ、いくつか物を用意しろとは言われはしたけれど、
本当にそれだけしか、僕がするべきことという項目については言わなかった。
退治する為でなく対峙するためにすべきことは、
それは"なにもするな"。
本来ならなんだそれはと憤慨するべきなのだろうけれど、
しかし忍のその台詞を言ったときの表情が、
如何にも自信ありげで、我に秘策ありと言わんばかりだったから。
僕は黙ってそれを受け入れた。

 ただ黙って、なにもせず、
火憐が。僕の大切な妹に憑いている馬鹿野郎が、
のこのここの部屋にやってくるのを、じっと待っている。
599 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 01:47:00.10 ID:Erc7o.6o

 果たして、その時は意外にも早く来た。
まず、妹達の部屋の扉が静かに開き、
極普通の足取りで廊下を進む足音が聞こえる。
その足音は、直ぐ隣である僕の部屋の前で止まり、
そして無作法に部屋の扉が開かれる。
と、同時に部屋に漂う甘い匂い。
途端に思考が鈍り、変な方向に移行しそうになる。

「兄ちゃん……」

 聞こえてきたのは、か細い火憐の声。
これで姿を確認できないためにあった、
実は月火の気まぐれという線は消えた。
しかしそうか、いままで僕が半ば黙認してた火憐の忍び込み。
だけど神原の件を考えるだけでわかるように悪魔は夜にこそ力を増す、
普段は意識しなければわからない程度だけど
寝てる間に僕は至近距離で何時間もこの香りをモロに嗅いでいたのか。
成る程短い期間で影響を受ける訳だ。

 バタンと扉を閉める音がして、
火憐がこちらにゆっくりと近づいてくる。
甘い匂いはより一層と強くなり、僕は自分の意識を保つのが精一杯になる。
忍、なにかするなら早くしてくれ。
600 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 01:53:22.09 ID:Erc7o.6o

 しかし僕の願い虚しく、
未だ忍は姿を現そうとはしない。

「……」

 真後ろに気配がある。
でも、それはそうと気づいてしまえば明らかにおかしいと言える程に
火憐のそれとは明確な差異があった。
明確で、明白な、違い。迷惑な話だ。

 僕の布団が音も無く剥がされて、
空いてるスペースに火憐が身体を横たえようとする。
おいおい忍さんよ、これ以上はまずいんじゃないの?
僕の視界も意識もぼやけて相当ヤバイんだけど、
もはや戦闘に及ぶのは不可能だ。
ちくしょう、忍に血を吸ってもらえばよかった。

「そこまでじゃ、この小心悪魔」

 僕が本格的にピンチを悟り、
後悔と慙愧の念に駆られようとした時、
まるで空間そのものに張り手をかました様な鋭い忍の声が部屋に響いた。
601 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 02:05:23.51 ID:Erc7o.6o

 そしてその直後に、まるでスパークが起きたかのような
短く甲高い音がして、脳味噌にまで浸透しそうな甘い香りは一瞬で霧散した。

「……っ!?」

 火憐。いや、表層に姿を現した怪異が声にならぬ声をあげる。

「忍!」
「待たせたのうお前様よ。ちぃとばかし火の付きが悪くての、
 これだから生のはいかんのじゃ」

 布団から跳ねるように起き上がると、
部屋の入り口、扉によりかかるように忍が立っていた。
その手に小さな香炉をもって。

「これはお前の主の最も嫌いな匂いじゃろ?
 さっさと失せんか使い魔風情が!」

 香炉を掲げるように、忍は一歩前に歩く。
火憐は、それから逃げるように後ろに一歩。
けれど僕は先んじて火憐の後ろに立ち、
火憐の、怪異の逃げ場を封鎖する。
602 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/11/09(月) 02:26:13.37 ID:nPdVvoDO
蠱惑
603 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 06:02:32.72 ID:Erc7o.6o

 火憐を後ろから羽交い絞めにして、
押すように忍に近寄らせる。
じたばたと、本来地力で勝る火憐の身体を使いながらも
しかし怪異は僕から逃れられない。
もう一歩、僕と忍が近寄ると、今度は身動きもできずにただ怯えた目で
ただ一点。香炉を見つめ続けている。

「姿を現すじょ!」

 忍が叫ぶのと同時、
火憐の背中から二枚の羽が広がる。
それは、ファンタジー系の映画やアニメでよく見かける類の
白く大きな神の羽でも、黒く不気味な悪魔の羽でもなく。

 蝶の、羽。
僕はその突然の現象に咄嗟に火憐の身体を拘束していた手を離して
後ろに数歩距離をとる。
すると火憐の身体はゆっくりと力なく地面に倒れて、
まるで蛹が脱皮するかのようにその背中から羽は伸びていく。

「でかい……」

 まるで、僕の部屋を埋め尽くすかのような巨大な蝶の羽。
光源を全て断ったにも関わらず薄らぼんやりと光る羽は、
どこか幻想的で、そして魅惑的で蠱惑的だった。

604 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 07:06:01.47 ID:Erc7o.6o

 蝶。
昆虫綱鱗翅目に分類される21上科、
その中でもアゲハチョウ上科、セセリチョウ上科、シャクガモドキ上科の総称。
目の前のこれは、明らかにサイズが桁違いの規格外だけれど。
怪異に一般的な常識なんて当て嵌まる筈が、
当て嵌めて良い筈がないのはわかっていても、
しかしこんなのが火憐のあの身体に収まっていたのかと思うと
ぞっとしないものがある。

「なにを見とれておるか。
 いまはまだ邪魔者を部屋から追い出した直後のようなもの、
 部屋の扉を閉めて鍵をかけるか、もう来たくないと思わせるか、
 もしくは物理的にもう来られなくさせるかしないといかんのじゃぞ」

 ようやく全てを火憐の身体から出した蝶は、
葉に止まる普遍的なそれと同じように、
細い足を火憐の背中に乗せて羽を畳んで佇んでいる。
確かに、出しただけではしょうがない。
退治できない以上来られなくさせるというのは無理だろう、
常に戻ってくる可能性が残る。
けれど来たくないと思わせるにしても、
前回の狐がそうだったように高度な知能を持たないものに
どうしてそういう感覚や感情を植え付けばいいのかわからない。
そもそもこいつが使い魔だと言うなら、
この蝶に如何様な処置を施したところで大本の悪魔が残っている限り
そんなことに意味はあまりないとすら思える。
じゃあ火憐に二度と入れないように鍵を閉める?
けれどじゃあ一体どうすればいいのかと聞かれても対応に困る。
605 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 07:20:02.46 ID:Erc7o.6o

 などと考えているうちに、
忍はさらに香炉を無表情に蝶に近づける。
火憐の身体から離れた今、
その複眼にどんな色が浮かんでいるのか僕にはわからないけれど。

「いい加減火憐ちゃんからその足をどけやがれ!」

 方法論なんていまはいい。
とりあえずこの怪異から火憐を引き離したかったし、
気絶してるのかなんなのか、
動かない火憐を踏みつけにしている怪異に腹が立って仕方なかった。

 だから僕はがむしゃらにぺらっぺらの蝶の羽を横殴りに叩きつけた。
感触は、無かった。ただ衝撃だけがあった。
振るった腕が羽に触れたと同時に動きを止め、
それに反応する様に羽から空気が澱むほどの甘い香りが広がる。

「なっ!? 馬鹿もん!」

 忍の焦ったような怒声が聞こえるが、
しかし僕の身体は先程の火憐の時よりもさらに強力なその香りにやられ
前のめりにぶっ倒れ返事を返すこともままならない。

 通常、蝶の羽の表面はクチクラと呼ばれる
所謂キューティクルのようなもので覆われている。
これらは体毛の変化した物で、一つ一つが簡単に羽から剥がれる様な構造になっている。
通称は、鱗粉。
606 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 07:32:51.33 ID:Erc7o.6o

 匂いというの物は空中に散布された化学物質を、
鼻腔の奥にある嗅細胞で拾い上げ、脳が変換することで生まれる感覚だ。
鱗粉自体は、前述の通りキューティクルの為匂いなどはないのだが。
けれど、怪異に常識は通じない。
この蝶の鱗粉が甘い香りを発して、媚薬的な効力を発揮する物だとしても、
驚く余地など一欠片程もないのだ。

「くぅっ……」

 でも、わかったところでもう遅い。
すでに僕はしこたま吸い込んでしまった、
意識を失わずに居られるだけでも僥倖なのだろう。
忍に影響がないように見えるのは、
やはり人間基盤の吸血鬼と、怪異の王たる真性の吸血鬼の違いか。

「ったく、手間をかけさせる主殿じゃのう……」

 僕が意識を保ってるのを確認して、
忍は呆れ顔で呟き、蝶を見据える。
動けないのか動かないのかわからない巨大すぎる蝶を。

「蝶など美味くはなさそうなのじゃがのう……」

 呟いて、がぶりと。
羽川の猫の時のように、
蝶の羽の付け根、頭の後ろ辺りに嫌そうに牙を立て、喰らう。
吸血鬼の、食事。
607 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 07:42:16.88 ID:Erc7o.6o

 煌びやかだった羽も、ものの数秒で
しなしなと力無くうな垂れ、萎れていく。
そして一分が立つ頃には、蝶など跡形も無く僕の部屋から消え去っていた。
呆気ない、終わり方。

「うぇ、あー美味くないのう。
 まったくお前様にはミスタードーナツをたっぷり口直しに買ってきてもらわんと
 儂の割に合わんわ」
「……明日にでも、連れて行くよ」

 それでも吸血鬼の回復力の賜物か、
口を開くことぐらいはできるようになった僕は
文字通り苦虫を噛み潰したような表情の忍にそう言う。

「ふん、破産は覚悟しとくがいい。
 それよりも、本題はこれからじゃ」
「施錠、か」

 自由の利かない身体を、
芋虫のようにうねらせて火憐を見やる。
火憐は、なんてことはない、安らかな顔をして眠っていた。

「うむ、使い魔風情を倒したところで、
 一度この娘が呼びよせたのは事実。
 再度別の使い魔がやってくることは明白じゃからな」
「でも、どうすりゃいいんだ?」
「決まっておろう? 魔王に連れ去られた眠り姫に対し勇者はなにをするべきか」
608 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 07:52:35.94 ID:Erc7o.6o

「マジかよ……」
「なにを今更躊躇っておる? すでに二度も奪っておるじゃろうて、
 二度もやったら後はなんかいやろうと同じこと」

 そーれキッス! キッス!
などとまるで合コンみたいなノリでキスを強制する忍。
今回はこいつに丸投げした形だから、非常に感謝してるのだけれど
そんな馬鹿なそこらの大学生みたいな感じになられると
こちらとしても感謝の念はどこへやらだ。

 しかし、まさか忍がただ僕と火憐にキスをさせたいが為に嘘をつくとは思えない。
というか忍は僕に嘘はつけないので、ならばやらない訳にはいかず。
四苦八苦身体を動かして眠る火憐に顔を近づける。
……いや、確かに過去に二回してるけど、
そん時は一応まがりなりにも火憐の了承を得てる訳でして。
寝てる妹の唇を奪うというのは、格別犯罪の匂いがすると僕は思う。
まぁ、するけどさ。

「うわっ、本当にやりおった」

 殺したろか、と軽く本気で思った。
609 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 08:12:39.14 ID:Erc7o.6o

「でさ、やっといてなんだがこれでいいのか?」
「うむ。その、つまりは鍵というのも比喩でしかない訳であって、
 結局は妹御が怪異を必要としなければ良い訳じゃ。
 仕事があるから派遣されて来る訳でじゃからの、
 用無しになったと切ってしまえばそれまでじゃ」

 頭を抑えながら涙目で言う忍。
なにがあったかは語るまい。

「つまりなにか? 要約すると、火憐は僕とキスしたいと思うあまり
 あんなものを呼び込んじまったってことか?」
「それは流石に直訳が過ぎるの。
 キスというのは一つの誓いのようなものじゃからの、
 年頃の娘の恋愛を区切るにはちょうど良いと思っただけじゃ」
「ふうん。しかし無茶苦茶じゃねえか、なんか最近見境なしだな怪異
 色欲だとか大層なモンがでてきたけどよ、
 こんなの誰でも抱く恋愛感情じゃねえか、そんなんで出てくんなっての」
「ふむ、実はお主自身が怪異に憑かれてるのではないかの?
 怪異を呼ぶ怪異とかのう。むしろ神に嫌われとるのかもわからん」
「うわ……、最悪のパターンだけどありそうだな……」

 つーか神って。
『こよみゴッド』とか、やらねえぞ絶対。
意味わかんねえ。
610 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 08:26:27.31 ID:Erc7o.6o

「しっかし、猫に続いて今回のことで蝶も嫌いになりそうだ。
 今までは結構綺麗だと思ってたけど、縮尺間違えるとあんなにグロいんだな」
「あれはビトレアヒメゴマダラじゃのう。
 南アジア、つまりはアスモデウスが語源の悪魔が伝わっておる
 宗教の土地周辺に生息しておる蝶じゃ、日本にはおらんじゃろうから安心せい」
「それは、救われる話だな」
「ま、いまさっきまででかいのが日本のこの部屋にいたがの」
「あー、まぁそうなるのか。写真でも取っておけばよかったかな?」
「知らんわ。じゃが仮にそんなことをあの状況でやっておったら、
 蝶よりも先にお主に噛み付いておるわ」
「だろうな。ところで忍」
「なんじゃ?」
「そのなんとかマダラが火憐から飛び出すときさ、
 お前、『姿を現すじょ!』とか言ったろ?
 なんだよあれ、ぶっちゃけ笑いを抑えるの大変だったんだからな」
「あー、あれか」


「噛んだ」
611 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 08:37:29.93 ID:Erc7o.6o

―――

 後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつものようにというにはやや間が空きすぎてる感はあるものの、
二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた。

 どうやら火憐は怪異に憑かれてる間の
明らかに過剰で熱烈過ぎる行動の事も
自分の行った行為として記憶しているようで、
正気に戻ったというか補正が外れた今はそれを恥じているのかなんなのか、
少しだけ火憐は僕と距離を置くようになった。
それは距離を置いたと言うよりも、
距離を怪異に憑かれる少し前に戻したという感じだけれど。
でも、おかげで月火との間にもあった微妙なギクシャク感も無くなり、
晴れて僕達兄妹は、本当の意味で仲の良い兄妹としてやっている。

 まぁ、火憐からのラブアタックが皆無になったわけではないから、
その辺はごちゃごちゃとしているけれど。
それでも、誰に憚る事も無く、
極普通に馬鹿な話をして盛り上がって、
くだらないことで言い合いして、
そしていつの間にか仲直りしていて。
そんな当たり前に、帰依できたのだ。
612 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 08:47:34.22 ID:Erc7o.6o

 忍は言った。
怪異を呼ぶ怪異に憑かれてるのではないか、と。
知った人間はより惹かれ易くなる、
そんな言葉では納得できないほどに僕の周りには怪異に満ちている。

 そこらじゅうでなんかしらの怪異が、
なんかしらの事象を、現象を、起こし続けている。
けれど、それはきっと僕の運命だ。
宿命で、本命なのだろう。ならば僕は、背負う。
見てみぬ振りができない、不器用な生き方しかできない僕だけれど。
それでも、それで誰かが救えるなら。
僕は器用じゃなくて良い。
賢い生き方なんて糞喰らえだ。

 毎日のように頭を痛めて、頭を悩ませて、
時には身体も痛めて、危険を孕ませてでも。
それでも僕は怪異と向き合っていく。
僕の身の回りの人達を守りたいから。
傲慢かもしれない、
僕が守れるだなんておこがましいかも知れない。
それでも。守りたいものがあるのは幸せだと、言いきれるから。
613 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 09:05:01.18 ID:Erc7o.6o

 さて、ではそろそろ僕は終わらなくてはならない。

鬼に始まり蝶に終わったこの僕の無様で不様な自分語りに終わりを告げなくてはならない。

冗長で稚拙なこのお話に、仮初のピリオドを打たなくてはいけない。

他人に語ることで自分を追い込んで、ようやく立っていられた薄くて弱い僕とはさようならだ。

僕達は生きてるから、この先も、きっとこれまでよりも色々あるだろうけれど、

でも、それもなんとかなると信じている。



 その先に、きっと終わりなんてない。
 解決も解釈も解明も無い。


 あるのはただ、延々と続く"物語"だけ。
では、皆様御機嫌よう。
ばいばい。ありがとう。お疲れ様。


 PS.

 この口上を終えた後、僕は愛すべき妹達に告白をしようと思う。
614 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 22:46:42.26 ID:Erc7o.6o


   あとがき

 物事をはっきりとさせることをよく黒白をつけるなんて言います、
大抵の場合はそれはどっちが正しいか否かという場面で使われる言葉ですが。
しかし考えてみれば物事がそんな都合よく黒か白かの二つに転ぶとは限りません、
大体は二色ではなく、明暗のグラデーションのような感じで
黒と白はその両端にあるだけでほとんどの面積は
それいがいの混色で形成されてる事だろうと思います。
どちらが正しいかではなく。どちらがより正しいかという問題。

 けれど、この世のほとんどはそういう曖昧なパーセンテージには
目を向けることなく、過半数以上を占めたほうで塗りつぶそうとします。
確かに君も三割くらいは正しいけど、でも彼の方が正しいから君は無視、
みたいな、乱暴にぶっちゃけちゃえばそんなやりとりばかりに見えます。
それは黒白つけるというか、ただただ酷薄なだけなんじゃないかなぁと
毎度過半数を取れない僕なんかは思います。

 多数決とかでも、A案とB案がぶつかって投票になった場合、
それが100対0でも51対49でも勝ったほうがそのまま正規案って
なんかおかしいと思うんですよね。
まぁ、そんなこと言ったら多数決というやり方
そのものずばりをダメって話になっちゃうんですけど、
それがたった一つの冴えたやり方ではないと思うんです。
もっと良いやり方はないのかなあとか、そんな感じで、
ちょっとした疑問の告白でした。
615 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/11/09(月) 23:00:26.99 ID:VeKm5kIo
VIPは規制されてるのでこちらで
乙でした!
おもしろかったです

今回のあとがきは『こくはく』ですねwwww

ついでに勝手にage
616 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/09(月) 23:39:03.49 ID:Erc7o.6o
>>615
こっちにレス、しかも感想がつくのは非常に稀なのでありがとうございます
その通り今回のあとがきはこくはくです
面白かったの一言が凄く励みになりますんで
本当にありがとうございます
617 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/11/10(火) 00:08:52.01 ID:IwEcNe6o
>>616
また次の作品待ってます!

出来れば化物語系が読みたいです
化物系は個人的にツボなのか、ずば抜けておもしろいと感じました

乙でした
618 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/10(火) 00:23:26.89 ID:tltZzfAo
>>617
今回もそうでしたが
基本的に自分は乗っ取りが好きな強盗野郎なので
スレタイで内容が浮かんで、なおかつそのスレが放置を受けてるような場合じゃないと書かないので
化物語のそんなスレを見つけたら明日にでも書き始めるかもしれませんし
しばらく書かないかもしれません

本当こんな稚拙な文章をおもしろいといってくれてありがとうございます
619 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/10(火) 02:35:26.50 ID:tltZzfAo
抜けてた……


「そういや、お前が用意しろって言った物。
 香炉はまぁ思いっきり使ってたけどさ、魚ってなんだったんだ?」

 もう誰も忍び込んでこない僕の部屋で、
僕は忍と向き合って駄弁る。

「む、そういえば説明し忘れてたの。
 アスモデウスは伝承の中で天使に捕縛される際、
 香炉で燃やされた魚の内臓の煙でとり憑いた少女の身体から逃げ出したのじゃ」
「ふうん、なるほどな。「これだから生はいかん」ってそういう事だったのか」
「うむ。手も生臭くなるし良いこと無しじゃったわい。
 まぁ効き目も少しはあったようじゃし結果オーライじゃのう」
「結果オーライ? おいまて、効果無しの可能性もあったのか?」
「魔王そのものじゃないからの、五分五分を切る程度というのが本音じゃの」
「うっわ……、マジかよ」
「終わったことじゃ、気にするでないぞお前様」
「お前が言うな……」

 脱力。
620 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/10(火) 08:51:05.26 ID:tltZzfAo

―――

621 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 19:55:21.66 ID:C92EGI6o

 指先が寒さで紅く色づいている。
吐く息は白く凍り宙に広がり溶け、
歯の根が噛みあわず奥歯がカチカチと小刻みに音を立てる。

 寒い。それに怖い。
歯が鳴るのは寒いからだけじゃない、
四方八方から感じる強いプレッシャー。
いままでとは比べ物にはならない野生のポケモンたちの視線。
それに私の身体は本能として恐怖を覚えている。
622 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 20:06:14.96 ID:C92EGI6o

 深呼吸。
肺の奥まで冷え切った空気が入り込み、
ぞわっと鳥肌が粟立つ。
次いで頬をパンと二回強く叩く。
大丈夫、ここまで来たのは私の実力。
私には野生のポケモンなんかに負けない強いパートナー達が居る。

 ベルトに並ぶ六つのボールを指先で撫でて、
自分に渇を入れて一歩前に歩く。
地面にできた霜が合わせてしゃりと音を立てた。
目指すは山頂。
なにがあるかはわからないけど、
ここまで着たからには一番上まで向かいたい。

 この、シロガネ山の、一番高いところに。
623 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 22:38:25.91 ID:C92EGI6o

 続いて二歩目を踏み出す。
左からは大きな滝が流れ落ちて周囲に細かな飛沫を巻き散らかす。
顔や手にかかる飛沫が、時間をかけずに凍り付いていく。

 一方、目の前には崖。
一箇所だけメガニウムで登れそうな場所がある。
どちらから行くべきか少し悩んで、
私はメガニウムにロッククライムをさせて崖を登ることにした。
勢いよく登るメガニウムに振り落とされないようにして
少し広い場所に出る。

「……うぅ、寒い」

 洞窟の外にでる穴。
そこからはいままでよりも強い冷気が入り込み、
白く凝った光が薄っすらと入り込んでいた。
落ち込みそうになる気分を上げるため、
ポケギアを感覚の無い震える指先で操作してラジオを流す。
途端静かな洞窟内に反響するアオイさんの楽しげな声。
合言葉を聞き逃さないように、とか場違いな事を考えて苦笑しながら、
私は手の平に息を吐いて、気休め程度に暖めてから穴をくぐる。
624 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 22:49:49.92 ID:C92EGI6o

 一面の銀世界があった。
山の表面は雪で覆われて、歩くたびにさくさくと音がする。
空には雲がかかり、お昼だと言うのに灰色の光が辺りを暗く演出する。

「でも、木が生えてる……」

 そんな中だというのに、草は生え
木々がひっそりと雪にまみれながらも立っている。
あちこちにはポケモンの気配も感じれる。
凄い。凄い、場所だ。
身体の震えは止まらないけど、
ここにきてよかった。

 そしてわかる。
漠然とだけど、この先。
このシロガネ山の頂上で、
私を待ってる何かが居ると、知らせてる。
スズの塔、うずまき島。
ルギアとホウオウと出会う前にあの場所で感じた、
あの感覚が、私の身体とも頭とも違う、
どこにあるかもわからない心が感じていた。

「行こう……」

 私の後ろには、足跡の道ができていた。
625 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 22:56:35.28 ID:C92EGI6o

―――

 豪雪だった。
目の前が真っ白になるくらいの強い雪が、
私を横殴りにするように吹き付けてこの細い道から叩き落そうとしてくる。
ラジオなど、とうに電波が入らない。
指先の感覚はとっくになくなり、真っ赤に染まっている。
きっと耳も鼻も、つま先も、同じような状況だろう。
靴は踏んだ雪でぐしょぐしょになっているし、
バッグも酷い有様、着てきた防寒着もその用途を足さない。

「…………」

 けれど、そんな酷い環境の中を平然と立ち。
悪戦苦闘する私を見る一人の男の人が居た。
長い期間使い込まれた事が伺える服とバッグを持ち、
彼の元に向かおうとする私をまっすぐ見据える一人のトレーナーが。

「私と、戦ってください」

 上がる息を整えることも忘れ、
彼の目の前に立つと同時に私はそう口にしていた。
早鐘のように鳴る心臓は、きっと疲労の所為じゃない。
もしそうだったら、この高揚感は一体なんだろうか。
626 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:05:48.46 ID:C92EGI6o

 私は、ベルトに装着したモンスターボール
その一つを手にとり彼と対峙する。
彼は、なにも言わず、なにも語らず、
同じようにベルトから一つモンスターボールを手に取った。

「私はワカバタウン出身のコトネです」
「…………」
「あなたは?」
「勝ったら、教える」

 たった一言。
それだけしか言わずに彼はまた黙り込む。
私もそれ以上問うことはせずに、
ただボールを投げてメガニウムを呼び出す。

「メガニウム! 寒いだろうけど頑張って!」
「メガッ!」

 最初に貰った一番付き合いの長い私の相棒。
彼はメガニウムと私を目を細めるように少し見て、
そして何も言わずに手に持っていたボールを変更してから投げた。
627 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:14:29.56 ID:C92EGI6o

「ピッカ!」

 でてきたのはピカチュウだった。
この場に、相応しくない事この上ない、
進化していないポケモン。
小さくて、可愛らしい、女の子に人気の、そんなポケモン。
タイプ的にもメガニウムの方が有利なのに。
なのになぜ選びなおしてまでピカチュウを?

 答えは自ずと知れた。
きっとこのピカチュウが彼の一番長いパートナーなんだろうと、
雰囲気で、察した。
彼は、私に合わせてくれたのだ。
いままで、こんな経験はなかった。

「いきます!」
「……」

 こみ上げてくるものに押されるように、
私は一つ大きな声を上げてからメガニウムにリーフストームを命令する。
最初から出し惜しみはなし。
目の前に居る彼は、間違いなくいままで戦ってきた誰よりも強い。
最強のトレーナーだろうから。
628 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:18:30.76 ID:C92EGI6o
リーフストーム覚えねえやメガニウム


「ピッカ!」

 でてきたのはピカチュウだった。
この場に、相応しくない事この上ない、
進化していないポケモン。
小さくて、可愛らしい、女の子に人気の、そんなポケモン。
タイプ的にもメガニウムの方が有利なのに。
なのになぜ選びなおしてまでピカチュウを?

 答えは自ずと知れた。
きっとこのピカチュウが彼の一番長いパートナーなんだろうと、
雰囲気で、察した。
彼は、私に合わせてくれたのだ。
いままで、こんな経験はなかった。

「いきます!」
「……」

 こみ上げてくるものに押されるように、
私は一つ大きな声を上げてからメガニウムにソーラービームを命令する。
最初から出し惜しみはなし。
目の前に居る彼は、間違いなくいままで戦ってきた誰よりも強い。
最強のトレーナーだろうから。
629 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:23:37.60 ID:C92EGI6o

 彼の足元で優雅にこの雪嵐のなか毛づくろいをしていたピカチュウは、
途端目つきを変えて一瞬で臨戦態勢に変った。
けれど既に充填を終えたメガニウムは口から巨大なソーラービームを打ち出す。

「ヂュウ!」
「なっ!?」

 電撃一閃。
確実に当たると思ったソーラービームは、
ピカチュウの電撃で簡単に弾かれてしまった。

「ソーラービームは天候状態に左右される。
 こんな雪模様じゃ大した威力は見込めない」
「うぅ……」

 淡々とした口調で、私の失敗を指摘する彼。
そしてその間も命令をくだされた訳でもないのに、
ピカチュウはこの足場も視界も悪い雪の中を
機敏に高速移動してメガニウムを翻弄する。

「マッ、マジカルリーフ!」

 注意をトレーナーからピカチュウに戻して命令。
メガニウムの首元から僅かに光を放つ葉が多数宙に撒かれて、
そしてピカチュウの元に向かう。
630 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:32:46.72 ID:C92EGI6o

「メガッ!?」
「メガニウム!」

 マジカルリーフは、確かにピカチュウに当たった。
けれどいくらかダメージを与えたところでピカチュウを止めることはできず、
電光石火で体勢を崩され、そのまま十万ボルトで止めを刺された。

「つ、強い……」

 メガニウムをボールにしまい、
ベルトに戻し、次のモンスターボールを手に取り投げる。
赤い光が白い景色の中、短く光ってキュウコンが現れる。

「キュウコンお願い!」
「コーン!」

 それに合わせて彼もピカチュウを戻して、
別のポケモンを呼び出す。
現れたポケモンはリザードンだった。
大きな尻尾の炎を揺らめかせ、
巨大な羽で雪を吹き飛ばす。
見ただけで威圧感に呑まれそうになる、リザードンだった。

「キュウコン火炎放射!」
「……」

 キュウコンが口を開き、火の連なりをリザードンに向けると、
リザードンも同じく口を開き、火炎放射を放った。
山に積もる雪を溶かして、火炎放射同士がぶつかり、
周囲に降り注ぐ雪に反射して辺りが赤く染まる。
631 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:41:16.97 ID:C92EGI6o

 幾許か立たないうちに、二つの火炎放射は一方に急激に傾く。
……もちろん、私のキュウコンの元へ。
一見しただけで桁違いとわかるリザードンの火炎放射に
キュウコンは太刀打ちできずに自分の炎とリザードンの炎に包まれた。

「キュウコン!?」

 轟々と炎がうず高く燃え上がり、
対して時間を置かずに絶え間なく降る雪によって消される。
そうして残ったのは、すでに戦闘不能のキュウコンのみ。

「うそ……」

 キュウコンは、もらい火を持ってるから。
炎タイプの攻撃は効かないはずなのに……。

「強すぎるよ……」

 キュウコンをボールに戻すものの、
次のポケモンを繰り出す手が、進まない。
四天王も倒して、チャンピオンも倒して、
カントーのジムリーダー達も倒して、ここまで来たのに。
それでも、この人の足元にも及んでない。
632 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:49:10.72 ID:C92EGI6o

「このっ! 行ってデンリュウ!」
「リュッ!」

 それでも、戦わなくちゃ。
私が勝ってきた人たちに、申し訳が無い。
負けてでも、全力で戦わなくちゃ、合わせる顔が無い。

「カメックス……」
「カメッ!」

 彼が入れ替えてだしたポケモンは今度はカメックス。
タイプ的には圧倒的に有利。
油断はダメだけれど、でも有利。
もう寒さなんて感じない、周囲の景色なんて見えない。
感じるのはポケモンの鼓動、見えるのは彼の姿だけ。

「デンリュウ! 十万ボルト!」
「リュッ!」

 スパークがデンリュウの身体から二三度弾けて、
そして強い光と共に十万ボルトがカメックスに向かう。
ピカチュウと違って素早くは無い、
当たれば倒せる筈。
そう思ったけれど。

「ガメー!」
633 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/12(木) 23:55:03.32 ID:C92EGI6o

 余裕を残してカメックスは私のデンリュウの十万ボルトを耐え切って。

「ふぶき」

 そして彼の一言と、カメックスの一撃で、
私のデンリュウは戦闘不能になった。

「まだまだ! 頼んだよブラッキー!」
「ブラ!」
「……」
「バナー!」
634 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:17:12.97 ID:1FxuTB.o

―――

 パチパチと、熱せられた水分が弾けて
焚き火の中で薪が激しく音を立てる。
その横では、先程圧倒的な強さを見せたピカチュウが、
暖かそうに丸くなって眠っている。

「あの、すみません。お世話になっちゃって……」

 バトル後、豪雪はさらに勢いを増し、
数メートル先も見えない吹雪になってしまった為。
下山ができず、私はやむなく最強のトレーナーさんが
キャンプを張っているシロガネ山内の洞窟に逃げ込んだのだ。

「回復アイテムまで、貰っちゃって……」

 下山ができなければ、ポケモンセンターにも当然行けず、
傷ついたポケモン達はそのままになってしまう。
そんな私に彼は元気の欠片とポケモンと私の分のミックスオレを分けてくれた。
まぁ、その間もほとんど一口も言葉を口にはしなかったけれど。
635 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:22:40.16 ID:1FxuTB.o

 焚き火を挟んで私の向かい側、
彼は帽子を目深に被って顔を隠して
銀のカップに入れたおいしいみずを暖めた物を飲んでいる。
私は、同じく暖めてもらったミックスオレをちびちびと飲んでいる。
なんか、よくわからない味。

「あなたはなんでここに住んでるんですか?」

 つい、聞いてみた。
こんな険しい、足を踏み入れるために許可が必要な場所に何故?
張ってあるテントも、地面に刺してある金属製の杭の錆び具合から
相当長い年月ここに住み続けてることがわかる。
彼は、帽子越しに私を見て、一言だけ呟く。

「……強く、なるため」
「もう、十分強いじゃないですか?」

 自惚れでは無く、事実として。
今の私は相当強い。
目の前の彼以外なら、誰にも負けないほどに。
ならば、目の前の彼は本当に誰にも負けない最強なのだろうと、思うけど。
しかしそれは踏み入ったことだったのか、
彼はなにも言わずにコップに口をつける。
636 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:34:04.38 ID:1FxuTB.o

 パチパチと、焚き火の音だけが静かに響く。
手持ち無沙汰に、私は少し血色の戻った指でポケギアをカチカチと
適当に操作してみるが、やはり圏外なのは相変わらずで。

「はぁ……」

 ため息は白くなって消えていく。
ここは外と、いや洞窟内で比べても暖かい方だったが、
しかしそれでも息は白く濁るし肌寒い。
なにより、雪でびしょびしょになってしまったバッグと上着、靴などを
乾かすために焚き火に当てているのが痛い。
まぁ本当は衣類全部を乾かしたいのだけど、
彼が居る手前そんなことができるわけがない。
この人がなにかするとは思えないけれど、私が恥ずかしい。

「……」

 すっと、不意に彼が立ち上がり。
テントの中に入っていく。
どうしたんだろうか?
雪が止む気配が無いから寝てしまうのかな?
とか思っていると、彼は一枚の毛布を持ってテントからでてきた。
637 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:41:05.02 ID:1FxuTB.o

 テントの中にあったから、当たり前だけど乾いている。
ふかふかの、暖かそうな毛布。
彼は、それを持って私に近づいてきて、
おもむろに私に肩にかけてくれた。
さらに、毛布に隠れるようになってて見えなかった毛糸のマフラーも、
同じように私に巻いてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

 私と同じように、私よりもずっと長く。
雪降る山頂に居た彼も全身濡れているはずなのに、
多分これしかない毛布を自分じゃなくて私にかけてくれた。
嬉しくて、申し訳なくて。

「あ、あのっ!」
「?」

 先程と同じ位置に座ろうとする彼を呼び止めて、
怪訝そうな表情をする彼に向かって。

「あなたも一緒に入りませんか!?」

 こんなことを口走っていた。
638 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:49:29.68 ID:1FxuTB.o

―――

 疲労でも高揚でもないのに、
私の心臓はまたも早鐘の如く鳴っていた。
一枚の毛布を分け合うようにして温まっている
肩の触れ合うほど近い彼の所為で。

 いや、所為と言うと彼が悪いみたいだ。
実際には私から口にしたのだから私の所為。
伺うように見てみれば、彼も先程までのぶっきらぼうな表情とは変わって
少し困ったような、戸惑ってるような。
困惑した表情を僅かに浮かべている。

「あの、あなたの名前はなんて言うんですか?」
「……」

 沈黙が重くて、咄嗟に質問してしまう。
彼は、表情を消して私を見る。

「あっ、すみません! 負けたんですから教えてもらえるわけ……」
「レッド」

 呆れたように小さくため息をついて、
それでも彼は、そう教えてくれた。
『レッド』という名前を、私に教えてくれた。
639 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 00:59:36.86 ID:1FxuTB.o

「レ、レッドさんですね!? 私コトネって言います!
 えへへ、ありがとうございます教えてくれて!
 っと、ごめんなさいうるさかったですよね……」

 レッドさんは、至近距離で突然嬉々として大声を上げる私に
眉を顰めてまた呆れたような表情を作った。
私は彼に謝りながら、でも名前を知れたことで少しだけ距離が縮まったような気がして
小さく微笑んでいたと思う。
距離が縮まったことが、なぜ笑みに繋がるのか、
このときの私は対して考えもしなかったけれど。

「それにしても、雪止みませんねぇ」
「……たまにある五日もすれば止む」
「五日ですか!?」

 また眉を顰めるレッドさん。
肩が触れる距離で、相手の方を向きながら大声をだせば当然そうなる。

「あ、ごめんなさい……。でも、五日……」

 謝りながら、今度は私も困り顔。
五日といったら、結構長い。
その間誰とも連絡取れないでここに篭っていたら、
流石に心配もされるだろう。

「自然には勝てない。食料も十分あるから、我慢」
「あうぅ……、すみません。そんなにお世話になってしまうなんて」
640 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 01:28:43.63 ID:1FxuTB.o

 現時点でさえ非常にお世話になってるのに、
五日間もここでレッドさんと二人きりで過ごすなんて。
気にしなくていい、とレッドさんは言ってくれたけれど。
そんなこと、できるはずもなく。
ならばせめて五日間少しでもお手伝いをして
極力レッドさんの負担を減らすしかない。

「あの、それではレッドさん」
「?」
「不束者ですがよろしくお願いします」

 じゅうと、焚き火が燃え尽きる音がした。
641 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 01:36:23.28 ID:1FxuTB.o

―――

「寒い……」

 目が冷めて、第一声はもちろんそれだった。
テントの中、毛布に包まってもまだ冷えるシロガネ山洞窟、
特に外でブリザードが起きてる今は余計に冷えた空気が中に入り込むらしい。
寝起きの為に一層強く感じる寒さの中起き上がりテントの中を見渡すと、
レッドさんの姿はすでになく、空虚なスペースが人一人分狭いテント内にできていた。

「レッドさん?」

 毛布を畳んでからテントをでる。
けれどそこにもレッドさんの姿は無く、
昨日と同じ場所に同じように焚かれた火が
私の上着を温めているだけだった。

 私はすっかり乾いた上に、すでに暖かい防寒着を羽織って周囲を見渡す。
そこまで広くない洞窟内にできた空間。
レッドさんの姿を見落とす訳が無い。
ならば外にでたのだろうか? 何のために?
まさか五日と言っていた雪が一日足らずで止むはずがないだろう。
642 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 01:38:33.05 ID:1FxuTB.o

―――

643 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 02:28:56.28 ID:1FxuTB.o

 僕の部屋にある家具。
本棚が二つ、洋服ダンスが一つ、
ショーケースが一つ、テーブルが一つ、
テレビが一つ、ゲームがいくつか、そしてベッド。
極々普通の部屋だろうと僕は客観的に判断するのだが。

「どうかなさいました?」
「……いや」

 そのベッドは当然シングルベッドなのだが、
なにやら枕が二つ並べておいてある。
そしてそのベッドの淵にはエリカがちょこんと腰掛けている。

「あの、それでレッド様」
「なにかな?」
「私、睦ぎ事は初めてですので。優しくお願いします」

 頬を染めて、恥ずかしげに両手を添え顔を背けるエリカ。
僕はこの洋室に甚だしく不似合いであるエリカの和装姿に
ドギマギしながらも、それ以上に頭を抱えたい気持ちで一杯だった。
644 : ◆7SHIicilOU[saga]:2009/11/13(金) 02:46:53.73 ID:1FxuTB.o

 先週のこと。
僕はチャンピオンになってからの退屈な日々に彩を加える為に、
空を使わず徒歩でマサラからタマムシまでデパート目的で向かうことにしたのだ。
途中タケシやカスミのジムにも顔をだして雑談に花を咲かせながら、
時間をかけてタマムシに到着したのは昼過ぎ、
相変わらずの喧騒に浮かれながら買い物を済ませて
エリカにも会おうとジムに向かったのだけれど。

「あぁレッド様。久しぶりですわね、今日はどうしてこちらに?」
「買い物だよ。それで折角だからエリカにも会おうかなって」

 なんて会話の途中で足を滑らせて転倒、
目の前に居たエリカを押し倒してしまい。
あまつさえ胸を鷲づかみにしてしまった。

「きゃあ! レッド様ったら大胆ですわ……」
「ご、ごめんエリカ! わざとじゃ……、というかブラしてないの!?」
「和服に下着は禁物ですわ。ご存知でしょう?」
「し、知ってはいたけど……」
「それより、わたくし胸を殿方に触れられるのは初めてですの。
 レッド様には責任を取ってもらわなくてはいけませんわね」
「責任!? って、結婚!?」
「はい、では。一週間後レッド様のお宅へ嫁ぎに向かいますので、お待ちください。旦那様」

 みたいな、細部は違うだろうけどこんな感じの会話とかを得て。
645 :パズー「・・・下からまわれる。」2009/11/20(金) 23:01:16.87 ID:dKrERwDO
ほ
646 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/12/12(土) 22:24:01.29 ID:rQ8WIEDO
遠野     ttp://www36.atwiki.jp/mbaashiki/
七夜     ttp://www20.atwiki.jp/mbaa_nanaya/
アルク    ttp://www41.atwiki.jp/mbac_arc/
暴走アルク ttp://www36.atwiki.jp/mbaawaruku/
シエル    ttp://mbaaciel.7.tool.ms/
シオン    ttp://www20.atwiki.jp/sionaa/pages/1.html
吸血シオン ttp://www1.atwiki.jp/vampiresion/
秋葉     ttp://www3.atwiki.jp/mbaa_akiha/pages/1.html
赤主秋葉  ttp://www20.atwiki.jp/mbaa-sekisyu/pages/1.html
ヒスコハ   ttp://www.mana3535.com/hisukoha/
翡翠     ttp://wikiwiki.jp/hisui/?FrontPage
琥珀     ttp://www19.atwiki.jp/mbaa_kohaku/pages/1.html
メカヒスイ  ttp://www7.atwiki.jp/mbac-mekahisui/pages/1.html
ネロ      ttp://www28.atwiki.jp/mbaa_666/
ワラキア   ttp://www34.atwiki.jp/mbac_walachia
都古     ttp://www20.atwiki.jp/miyako_mbaa/pages/12.html
さつき     ttp://wikiwiki.jp/satukiss/
レン      ttp://wikiwiki.jp/mb_len/
白レン    ttp://www1.atwiki.jp/shiro-neko/pages/1.html
青子     ttp://www3.atwiki.jp/aokoaa/
紅摩     ttp://www28.atwiki.jp/kishimaniax/
両ネコ    ttp://gcv2007.gameplus.info/
ロア      ttp://www20.atwiki.jp/micaelroavaldamjong/
リーズ    ttp://www26.atwiki.jp/riesbyfe/
647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/12/14(月) 16:06:19.35 ID:aZlJEg6o
ほ
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/12/23(水) 17:42:51.46 ID:UBQbb9co
tes
649 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 16:51:02.64 ID:fTTHjTYo

 目が覚めると視界には見慣れた天井が目一杯広がっていた。
当然だ、目が覚めて知らない天井が広がっていたらおかしい。
拉致や記憶喪失か、それに類するなにかや順ずるなにかが起きている、
というかそもそも寝起きの頭で一々天井がどうこうとか意識しない。
僕が意識したのはだから正確に言うならば天井ではなく、
それよりも幾分高度を下げた空間に漂っている白い煙だ。

 火事だ。
とは思わない、僕にとってこれはこれでまた見慣れた物、
それでいて天井よりは意識するに値する物。
煙草の煙、ではない。
もっと悪質で素面で鼻腔に入れるにはそぐわない香りを伴う煙。
……いや、煙は大抵人体には害か。

「人の部屋で吸うのはやめてくださいと再三言っているんですけどねぇ……」

 起きて視界に入るのが天井と煙だけという時点で
僕が二段ベッドの上に居るか、もしくはこの部屋に家具がないか、
どちらかだということは想像がつくだろうけれど、僕の部屋は後者。
650 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 16:51:08.42 ID:fTTHjTYo

 なので僕は起き上がってすぐに目に入った
部屋の隅でパイプを銜えて不気味に笑っている知り合いに意味の無いとわかっている声をかける。

「あはは〜、おはよう御茶ノ水君」
「誰ですかそれは……」

 呂律が回っておらず、且つ目が虚ろな少女の姿に呆れながら
床に手を付き立ち上がろうとして、
その手が床ではなく変な物体に触れたのに気が付いた。
ほぼメチルアルコールで構成された酒。スピリタスの瓶。

「……なぜこんな物がここに?」
「喫茶様が昨日いきなり火炎放射がやりたいって買ってきたんじゃーん」
「でしたっけ?」

 見ればなるほど、曝け出された壁の一部が焼けている。
壁紙だって意外と高いのに、僕は馬鹿か。
などと頭を抱えていると少女は一際強くパイプを吸い込み、
一拍置いてからぶはぁと親父のように大口を開けて煙を吐き
覚束ない足取りでこちらに近づいてくる。

「茶葉さん、キスしようぜー」
「嫌ですよ。吸ってるわにとキスすると確実に煙を送り込んでくるんですから」
「にゃはは〜、だってつまんないもーん。つまんないつまんないつまんねぇ!
 なんで一人素面なんですかぁ? 馬鹿にしてんのか私を!」

 どれくらいの時間一人でやっていたのだろう。
この少女はうさぎよりも寂しがり屋で放置しすぎると手首を切る癖があるから困る。
……まぁうさぎの方の話はガセだけれど。

「……はぁ」
「んむっ!?」

 虚空を見つめ今にもぶっ倒れそうな少女が再度パイプを銜えて
煙を多量に吸い込んだのを見計らい彼女を抱き寄せ、
その唇に自分の唇を重ねて自身の肺に煙を送り込む。
途端強い酩酊感と高揚感が僕の身体を駆け巡る。
と同時に死にすぎた味雷を刺激する鋭く不味い味。

「……あー」
「うぇへへ。もっかいしよーぜー」

 
651 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 22:26:14.55 ID:fTTHjTYo

 一口分だというのに全身に蔓延る虚脱感と虚栄感。
これは今日一日もこの部屋からでられないだろうと
まだ正常に稼動する脳で判断した後、
へらへらと葉っぱと、多分キスの所為で笑う少女に再度口付ける。

「んふ〜」

 それに対し目も閉じずにへらへらと笑う少女。
正直虚ろな瞳を虚空に投げる少女を至近で見つめるというのは
まだ少々素面が残る自分の精神衛生上よくないので、
だらんと下がった少女の手に握られたパイプを奪いつつ自分が目を瞑る。
なんと色気の無いキスシーンだろう。
でも問題ない、どうせ見てる人間など居ない。
締まりの無い少女の唇に自分の舌を割り込ませ
煙の味がする口腔を蹂躙する。

「んっ、はぅ……」

 途端に荒くなる少女の息、
抱きしめる腕の中で小さく跳ねる体躯。
丁度いい、どうせすぐ足元に先程まで僕が寝ていた布団がある。

 僕は少女の身体を力ずくで
へたれた薄い布団に少女を押し倒し、覆いかぶさる。
652 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 22:46:30.51 ID:fTTHjTYo

 状況の変化についていけない少女を置いて、
僕は奪ったパイプを銜えて煙を強く吸い込む。
肺に流れ込む中毒性のある濃い煙はすぐさま僕の正常な思考を奪い
そしてみるみるうちに脳髄を高揚感と万有感で覆ってしまう。

 息を止め、十分に毒素を巡らせてから、
先程したように少女に口付け煙の口移しを行う。
……あぁ、なんか楽しくなってきた。

「抹茶……」

 少女はここでやっと僕の名を呼ぶ。
けれど返事はせず、黙って僕は少女の衣服を剥ぎ取っていく。
少女の顔は相変わらずにやけ顔のままだが、
……よくみれば可愛いものだ。
可愛いどころか絶世の美女だ。
そうか僕はいままでずっと思い違いをしていたんだ、
青い鳥と同様、僕の望むものはここにあったんだ。
僕はきっと世界一の幸せ者なのだ。
世界はこんなにも愛で溢れ返っていて、
僕は愛に埋もれて生きている。
素晴らしきかな世界。
ラブ&ピース。
653 :パー速のローカルルールが変わりました[sage]:2010/02/11(木) 22:48:03.72 ID:X.kwzwAO
sagaってなんだよ
654 :パー速のローカルルールが変わりました[sage]:2010/02/11(木) 22:49:59.53 ID:W89XGFUo
>>653は新参
655 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 22:55:08.63 ID:fTTHjTYo

―――

「気持ち悪い……」

 ラストシーンの台詞を最初に持ってきてみた。
でも気持ち悪いものは気持ち悪かった。
いや、後遺症とかじゃない、
ハーブ系はそこまで強くないし酒やキノコ類と併用した訳でもない。
そうじゃなくて、なんというか。
毎度ながらの嫌悪感だ。
賢者モードみたいな。
トリップっつーかトランスしてる僕は正直気持ち悪い。
あと、隣の部屋から聞きなれた男の喘ぎ声が聞こえてくるのが拍車をかけている。

「あ゛ー。マジで薬が抜けた後のこの倦怠感が無ければいいんですけどねぇ……」

 幸福感もなにもあったもんじゃない。
抜けた瞬間に倍になって帰ってくるもんだから堪らない。
みれば先程ぶっ飛んだ僕が絶賛してた絶世の美女は全裸のままで汗とか色々に塗れて隣で寝てるし、
本気で死にたくなってくる。
中毒性も抜けた後の後遺症もない格安のドラッグってないものだろうか。
誰か開発してください。
656 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 23:06:23.36 ID:fTTHjTYo

 僕は近くに転がってるスピリタスの酒瓶を割って
その破片で自殺をしようかなぁとか考えていたのだが、
薄いコンクリートの壁越しに聞こえていた低い嬌声が
おきまりの五十音三文字目と同時に消えたことで思いとどまり酒瓶を床に戻した。

「とりあえず服を着ましょうか……」

 思えば少女だけでなく自分も全裸だったので
とりあえず周囲に散らばった服を回収して着ようとする。
が、汗やその他諸々の水分でずいぶんと着用するに適さない状況になっていたので中止。
別途新しい服を取り出して、汚れた服は近くのランドリーに出す予定の集まりに混ぜておいた。

「気持ち悪い……」

 再度劇場版の台詞を持ってくる。
先程までは神父のケツにキスだってできる位に幸せ絶頂だったのに、
本当、もうドラッグはやめよう。
と一日に二度位は平均でしている決意を新たにしてみる。
なにがラブ&ピースだ、道行く僕に投げかけられるのは愛でも平和でもなく石礫だ。
下手するとパンダに乗った青い連中に鉛玉すら投げかけられない。

「そうか……。僕って屑野朗だったのか」

 再認識。
死にたい。
657 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/11(木) 23:20:29.13 ID:fTTHjTYo

 一人欝に浸りながらとりあえず汗を掻いて身体に水分を与えてやろうと思い
狭く匂いの籠もった部屋からでると、
僕が扉を開けた音とほぼ同時に隣の部屋も開いた。
顔を出したのは先程の嬌声の主である顔見知りの下衆男。

「おっ、二重愛好者。生きてたのか」

 下衆男は僕の顔を見るなり、
汗で光る顔を笑みの形に歪ませて不愉快に声をかけてくる。

「……監獄こそ、今日も軽快に盛ってるようですね。
 本当、人の家でよくもまぁそこまでできますね、死んでくださいよ頼みますから。
 あと二重愛好者とか言うな下衆」
「だってそうだろうが? てめぇがヤんのはいつもマグロばっかりじゃねぇか
 マグロなんぞ死体とやってのとかわんねぇだろ?
 しかもどいつもこいつもまだまだ女って言うにははえーガキばっか。
 幼女愛好者《ぺドフィリア》と死体愛好者《ネクロフィリア》で二重愛好者《ダブルフィリア》ってな。
 いんやぁ俺もネーミングセンスあるとおもわねぇ?」
「そんなこと化物喰らいに言われたくはありませんよ。
 どうせ今日も顔面崩壊の熟女が相手でしょう?
 あんなの女じゃありませんよ化物です、よくあんなのでおったちますね?
 僕なら吐きますよあんな生物の全裸なんて」
「あぁ? 俺に喧嘩売ってんのか?」
「先に吹っ掛けて来たのはそちらでしょうに、
 僕は水が飲みたいだけですよ。というかそれ以前に僕の家に化物連れ込むな、
 奴ら外見もそうですけど臭い香水をつけたりして匂いがつくんですよ」
 
658 :パー速のローカルルールが変わりました[sage]:2010/02/12(金) 00:11:14.14 ID:Mk2NHwDO
ふむ
659 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/12(金) 01:05:19.34 ID:mxVaMYYo
なぜ人が居た
660 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/13(土) 17:09:27.94 ID:/BqEUvAo

 言うだけ言って僕は目を逸らして
狭い台所の低いシンクからコップに水を注ぐ。
決して美味くは無い、ありふれた無色透明の水道水。
それを一気に飲み干し、再度水を注いで後ろの男に渡す。

「ん? あぁ、悪いな」
「こういう所は悪いと思うんですね君は」
「あー、まぁ"アレ”も悪いと思ってねぇ訳じゃないんだぜ?」
「でしょうね。それでいて継続するのが君って男です」
「そう怒んなよ。あんま表にださねぇだけで感謝もしてる」
「素直になれないってのが一つのアビリティとして認められるのは女の子だけです」
「……フィリア」
「化物専門家」
「よし、表に出ろ」
「いやですよ。なんでさらに汗をかかなくてはいけないんですか」

 半裸の男が二人ぐったりしながらの会話。
本当に実りの無い会話だ、絵にもならない絵図だ。
とりあえず僕は手近にある窓を音も無く開けて部屋の換気を促す、
このままでは家中不快な匂いで充満する。

 
661 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/13(土) 17:28:55.18 ID:/BqEUvAo

 微妙に湿った身体にヒンヤリと形容するには
些か刺々し過ぎる冷たい空気が勢い良くぶつかっていく。
僕はため息をついて床に直接腰を下ろし、
ズボンのポケットに入れたままの一つの箱を取り出す。
拉げた、白いマイナーな煙草の箱。

「お前まだそんなの吸ってんのか?」
「僕は普通煙草は苦手なんですよ」
「メンソ系にも種類は色々あるだろうが」
「いいじゃないですか、これが好きなんだから」

 箱をあけて中からライターと煙草を取り出し、
箱同様に草臥れた煙草を銜えて火をつける。
フィルターから滲むメンソールの味が唾液に混ざって舌を刺激する。
僕の好きな感覚。
662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/02/14(日) 03:20:14.66 ID:goKscaQo
案外いるもんだ
663 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/14(日) 05:03:32.43 ID:3jq3AD6o
びっくりだぜ
特に思うのはどうやってこのスレを発見したのかだ
664 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/02/14(日) 09:00:27.74 ID:NNvyIFoo
>>495の時にですかね
665 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:05.97 ID:BuVFHg6o

 忍野忍という、一存在についてのあれこれ。
長い金髪。ドーナツが好き。ちっこい。
僕の従者。僕の影に住んでいる。
吸血鬼の絞り粕。その程度。
僕にとって最も近しい存在で、
僕にとって最も恐ろしい存在で、
そして僕にとって最も愛しい存在である所の彼女の事を、
しかし問われてみればあまり知ってるとは言い難い。

 更に本日この日。
所謂聖バレンタインデーと呼ばれる二月の十四日。
僕は今まで以上に忍の事がわからなくなる事態に遭遇した。
666 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:22.55 ID:BuVFHg6o

 親しい男女、乃至は女同士でカカオ豆を用いた
黒くて甘くて多量摂取すると鼻からの大量出血も危ぶまれる
そんな菓子をあげたり貰ったりする行事。
バレンタイン。

 正直に言わせて貰えば僕はこの日が嫌いだ。
一個も貰えないからではない、
確実に二つ、貰えてしまうからだ。
下の妹、阿良々木月火から一つ。
上の妹、阿良々木火憐から一つ。
計二つ。毎年毎年ご苦労にも妹達は僕に律儀にチョコを寄越す。
しかも市販ならまだしも見てわかる程度に手の込んだ手製のチョコを。

 兄としては妹のチョコを受け取らないという選択は無く、
また受け取った以上は礼を返さないという選択も無く。
毎年この時期の僕のお小遣いは妹達への返礼で丸々なくなってしまうのだ。
さらにさらに、今年はそれだけじゃない。
僕には今年彼女ができてしまっている。
それも戦場ヶ原という彼女だ。
以前の戦場ヶ原なら逆によかった、
僕に意地悪なのかなんなのかでキット反応に困るようなチョコを寄越しただろうから。
667 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:25.12 ID:BuVFHg6o

 でも、いまの戦場ヶ原はそうではない。
ちょっとした紆余曲折からガハラさんはツンドラ属性を捨てて
デレガハラさんにジョブチェンジしてしまったのだ。
そしてそのデレガハラさんは一月も前から今日の事を楽しみにしとくようにと
少し前なら考えられない柔和な笑みで言っていた。
つまりそれだけ手の込んだのを寄越すだろうことは目に見えている。

 愛すべき妹二人に愛すべき彼女からのチョコ。
これはもうちょっとやそっとの金額では済まなかろうと、
お年玉と一月から三月までの小遣い全てを
三月十四日の予算にすることを僕は決めたほどだ。

 しかし、それでも覚悟も見込みも甘かった。
二月の十四日。バレンタインデーという日を僕は侮っていたのだ。
668 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:32.46 ID:BuVFHg6o

 その先陣。
さきがけと言えるなにかを起こしたのが忍。
僕の従者であり、同時に僕の主人でもある金髪の少女だった。

 あとからして思えば気づくべきだったのだ、
その複線は、もうあからさまな程に張り巡らしてあった筈なのだ。
例えば一月後半入ってから忍が僕に内緒でやたらと月火や火憐と談合をしていたり、
僕が勉強している横で月火から奪ったのだろうバレンタインの雑誌をやたら読みふけっていたり、
無意味に全身からチョコの甘い匂いをさせていたり。

 ――本当、気づかない方がどうかしてるという程にあからさまだった。
けれど、それでも僕は本当にこの瞬間まで気づかなかったのだ。
鈍感、節穴。どうとでも言え。それは事実で真実で現実だ。

「お前様にこれをやろう」

 だって僕は、この状況に本気で驚いてる。

「……チョコじゃ。一応、手作りじゃぞ?」

 なぜなら僕は、この状況に本気で困惑してる。


669 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:44.27 ID:BuVFHg6o

 寝起きの頭というのもあるかもしれない。
突然の事態に単にまだ寝ぼけた頭がついていけてないのかも知れない。

「そう、じっとみられるのも恥ずかしい物があるのだがのう……」

 けれど、どんなに寝ぼけていたところで。
何度確認しなおしたところで。
ベッドに転がってる僕の横にちょこんと座って、
嘘みたいに照れ臭そうにはにかみながら僕に小さく甘い匂いのする箱を渡す忍の姿は消えない。

「あ、ありがとう……」

 恥ずかしそうに頬を掻いて目を泳がせる忍に、
僕はたっぷり時間を掛けてようやくその一言を言うのが精一杯だった。

670 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:03:53.76 ID:BuVFHg6o

 言って、同時に受け取る小さな包み。
忍の小さな手に握られた、小さなチョコレートの包み。
寝起きという場面上、当然これが今年初のチョコレートとなるのだが、
まさかそれが忍の物になるとはこの瞬間まで思いもしなかった。

「お前、料理とかできたんだ」
「伊達に幾百年と生きてはおらぬわ」
「……にしては絆創膏が目立つ手の平をしてるな」
「う、うるさいわい! そういうのは黙って見過ごさんか!」
「ははっ……。そっか、忍からチョコを貰えるとはな。
 お返しなにがいい?」
「……そんなものはお前様が自分で考えんか」
「ま、そりゃそうだ」

 話しながら起き上がる。
部屋はまだ暗く、閉めたままのカーテン越しの光は
今日が曇天であることをわかりやすく教えていた。
基本僕は寝るときは小さな電球などもつけない為、
部屋は非常に暗く、その中で忍の瞳と髪がやたら輝いて見えた。

「ふむ、用事も終わったし儂はもう寝るかの」
「ん? もうか?」
「これでも夜更かしじゃ、お前様の起きる時間に合わせて起きていたのじゃが」
「そっか、おやすみ忍」
「うむ」

671 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:04:03.56 ID:BuVFHg6o

 横柄に頷きながら大きく欠伸をして布団に潜り込んでくる忍。
一見すれば忍がそのまま僕の隣で寝ようとしているようだけれど、
実際は布団に隠れている僕の陰に入るために布団に潜っただけに過ぎない。
一応、念のための説明でした。

「しっかし……。チョコレートねぇ」

 布団にしばしできた小さな少女一人分の膨らみ。
それが音も無く消えて布団が元通り凹んで行く様子を眺めながら
僕は受け取ったばかりのチョコの箱を掲げてみた。
普通の、というには少々歪な包装。

 実際僕は貰ったことに驚いた位なのだから、
当然忍が調理している場面には遭遇していないのだが。
しかし何故だろうその包装を眺めていると、
ありありと忍の悪戦苦闘具合が浮かんでくる。

「……、つーかリボンかた結びってどうよ?」
672 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:04:18.12 ID:BuVFHg6o

 既に眠ってるのかどうなのかはわからない影の向こうの忍に
僕は苦笑いと微笑を均一に混ぜた笑みを浮かべつつ
そんな呟きのような質問を投げかけてみた。

 当然、絆創膏を巻く吸血鬼もどきからの返事はなかった。

―――

「はい、お兄ちゃん。バレンタインデーのチョコ」
「あたしからも受け取れ兄ちゃん! 手作りだぜ手作り!」

 以上、着替えてから部屋を出た僕に早々に飛んできた
最愛の妹二名からの第一声。

 例年よりも輪をかけて丁寧に作りこまれたチョコレート。
これを受け取った男子は100パーセント本命と受け取るであろうハート型だ。
お前ら渡す相手を間違えてると言ってやりたい、
なぜこれを兄に渡すんだ。
もっと適当でいいんだぞ? いや、本当に。
そうしたら僕も適当に返しても問題ないんだから。

「なに言ってんだよ兄ちゃん! もしかして照れてんのか〜?」
「妹からチョコ貰った位で照れる訳ねーだろ。
 そんな兄は兄として失格だ」
「大丈夫! 例え世間から失格と認定されても
 あたし達の兄ちゃんは兄ちゃんだけだぜ!」
「喜んでいいのかわかんねぇよ……」

673 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:04:43.75 ID:BuVFHg6o

 まったく、参謀担当の月火はともかく
実戦担当とか言う肩書きを持ってる火憐まで
真面目にチョコ作りに取り込むんだもんなぁ。
キャラ違うだろと非常に突っ込んでやりたい。

 まぁ、それに付き合って同じように
渡す相手間違ってるだろ。と突っ込まれるようなお返ししてる僕も僕だが。
そこはそれ兄妹。結局ある程度は似てしまうって事で御勘弁を。
それに今年はキチンと別に彼女が居るのだから問題ない筈だ。――多分。

「で、お兄ちゃんは忍ちゃんからはもうチョコ貰ったの?」
「ん? なんでその事を――」

 ってそりゃ当たり前か、
こいつらのどっちかが忍に吹き込んだんだろうし。
どっちか、もしくは二人ともが手伝わなくちゃ忍一人で
チョコを作り上げるってのも無理な話だろうから、
知ってて当然なのか。

「んー。手伝ったのは手伝ったけど吹き込んではないよ?」
「あん? そりゃどういうことだ?」
「テレビで特集組んでたのを一緒に見たんだ、
 それで忍ちんの方から聞いてきて兄ちゃんに作ってやるって言い出したんだぜ」
「ふぅ、うん」


 つまりあくまで忍が自主的に作ったのかあのチョコ。
そりゃ、――まぁそこそこ嬉しい話ではあるな。
そっかそっか、へぇ……。

「兄ちゃん顔がにやけてるぞ?」
「お兄ちゃんってロリコンだったの?」
「違う!」
「そっか、兄ちゃんは私達二人のチョコよりも忍ちんのチョコ一つのほうが
 ずぅっと大事だったんだな……」
「いや、そんなことはないぞ!?」
「でもお兄ちゃんさー。まだ私達のチョコ受け取ってから一言も
 “ありがとう”とか“嬉しい”とか言ってくれないよね」
「そ、そうだったか?」

 そういえばそんな気もするけど、
毎年恒例である妹からのチョコに今更なにか言うのも気恥ずかしいし――。
というかさっきからこの会話、僕の部屋前の廊下でずっと行われてるのだが、
こんな会話を階下の両親はどんな気持ちで聞いてるのだろうか。
気になるが決して問いかけられない両親の内心。
ぶっちゃけかなりこえー。
674 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:05:03.69 ID:BuVFHg6o

 あと、こういったやり取りがほぼ毎年行われてるという事実を
戦場ヶ原に知られたらどうなるのだろうという懸念も浮かぶ。
それもそれでこえぇ。
前のガハラさんだったら確実にヤられてる自信がある。
――いや、そんな自信はいらない。捨てよう。

 などと妹二人の追求(というよりは詰問に近い何か)を
現実逃避気味に回避していると、不意に携帯が鳴る。
ズボンのポケットに突っ込まれた携帯を取り出しながら
妹二人を一旦黙らせて画面を見る。
表記された名前は『神原駿河』。
……これは罠か?

「あー、もしもし?」
『もしもし神原駿河だが、阿良々木先輩で間違いはないか?』

 ……罠じゃなかったか。

「あぁ間違いなく僕だが、しかしお前から電話をかけてくるなんて珍しいな」

 というか電話かけれたんだな神原。
相変わらず電話帳機能は覚えてなさそうな物言いだけれど、
それはそれで一つの進歩だと広く受け取らせてもらおう。

『おぉ、やっと阿良々木先輩にたどり着いたか。よかったよかった』

 ちょっと待て、いま不穏な言葉が飛び出た。
675 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:05:18.76 ID:BuVFHg6o

「あー、神原? 辿り着いたってのはどういう意味だ?」
『ほら今日は日曜日で学校が無いではないか。
 平日なら学校で直接言えたのだが休日では電話するしかアポイントメントをとる手段がないのだが、
 知っての通り私は機械が苦手でな。阿良々木先輩の番号に辿り着くまでに何度かけ間違いをしたことか……。いやぁ長かった』
「傍迷惑な奴だな!」

 電話帳が使えないのはわかってたから
精々着信履歴を使ったのだろうと思っていたが、
またずいぶんと前時代的というか、非常に涙ぐましい努力に出たな……。
というかそんなことする位なら直接来たほうがいいだろ、
いまさらアポイントメントなんかを取って見せたところで
僕がお前に気遣いというアビリティを見出すことはないから。

『いや、私も五十回程かけ間違いを繰り返したところで直接行った方がいいと思ったのだが』

 もっと早く気づけ。

『しかし自分の今の状態を考えると阿良々木先輩の家に着く前にしかるべき場所に連れて行かれそうだったのでな』
「……あー。もう大体落ち読めたけど一応聞くぞ? お前、今どんな状況にあるんだ?」
『もちろんバレンタインデーという事と私という事を踏まえて、
 全身チョコレートでコーティン――』

 ぶつっ、という音がした。
電話が切れたということだった。
というか僕が切った。ほぼ反射的に。
くそぅ神原め、期待を裏切らない奴だ。
676 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:05:22.79 ID:BuVFHg6o

「兄ちゃん誰からだったの?」

 電話の間律儀に黙って待っていた妹達だったが、
終わると同時に再開とばかりに再度詰め寄ってくる。
しかしどうしたものか、下の妹はともかく上の妹は神原の事を
同じ活動系のスターって事で変に尊敬してるきらいがあるからな……。
かといってここで嘘を吐いた所でそれはそれで下の妹に看破されるだろうし、
――仕方ない。

「お前も知ってるだろ? 後輩の神原だ」
「神原さん!? な、なんだって!?」

 異常なほどの食い付きだ。
見てみろ、わかってた僕はともかく月火ちゃんまで
お前の豹変具合に軽く引いてるじゃないか。

「う……。で、なんだって?」
「さぁな? よくわからんこと言ってるなぁと思ったら切れた」

 切ったのは僕だけど。

「なにお兄ちゃん、他にもチョコの当てがあるの?
 へー、今年は大量だね? いつからそんなモテ男になったの?」
677 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:05:39.31 ID:BuVFHg6o

 ……えっと?
なんでだろう、まるで浮気を恋人にバレた時のような気分だ。
した事無いのにそんな気分だ。
つーかなんで自宅で妹相手にそんな気分にされなくちゃいけないんだ、
これはなんの罰ゲームだ。僕が一体なにをしたよ?

「私に無断で彼女を作ってるし」
「なんでお前の許可を取らなくちゃいけないんだよ!?」
「あー、確かにそれは許せねーな」
「まさかの同調!?」
「最近お兄ちゃんちょっと調子に乗ってるよね?」
「ちょっと悪い感じの上級生からかけられる様な言葉を妹に投げかけられた!」
678 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:06:12.73 ID:BuVFHg6o

 えぇい、よくわからないけどとにかく僕が現状不利過ぎる。
どうにか不意をついてすたこらさっさと一度この場から逃げ

「逃げたら、刺すからね」

 ――るのは止めよう。
ちくしょう恨むぞ僕、なんで吸血鬼性をまだ残してるって素直に告白しちまったんだ。
月火ちゃんの猟奇性に磨きがかかって、且つ歯止めがかからなくなってる!
こんなことならさっき忍にチョコを貰ったときに血を吸ってもらうんだった。

「違うんだ月火ちゃん! えっと、月火ちゃんや火憐ちゃんになにも言わずに
 彼女を作ったのは悪かった! それに神原の事とかも、えーとえーと、とにかくごめん!」

 平謝りだった。低頭にも程がある。
というか本当僕はなにを謝ってるんだろうか。
謝るというか単に誤ってるだけの気がしてきた。

「まぁ……、いいけどね」
「マジでっ!?」

 妹に許してもらうことに本気で歓喜する兄がここに居た。
今度は火憐ちゃんが僕に引いてる。
引いたり引かれたり忙しい兄妹関係だなぁとか他人事のように思う僕。
傍から見たら一体どんな情景なんだろうか?
679 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:06:27.17 ID:BuVFHg6o

「というか、別に彼女作ったのは別にいいの。
 よくないけど、それはお兄ちゃんの勝手だし、仕方ない」
「うん。……うん?」
「でもさ、あんま私達をほったらかしにしないで欲しいかな」

 そういって、少し拗ねた様に口を尖らせる月火ちゃん。
なんだろう、普段からへそを曲げ易く天邪鬼な下の妹だけれど、
少し趣の違う、そんな珍しい拗ね方。
……あー。もう、まったく僕は本当にダメな兄だな。
妹の機敏に全然気づいてやれないんだから、愚兄と罵られてしかるべきか。

「……そういや、最近はめっきりお前達と遊んでないもんなぁ」
「まー、あたしは別にいいけどよー。
 兄ちゃんが忙しいのはわかるしさ」
「いや、やっぱり自分の事で一杯一杯になって
 お前達を構ってやれないようだしな」

 二人の頭を敢えてわざとらしくグリグリと
幼い子供にやるように乱暴に撫でくり回しながら話す。
こんな風に話すのもいつぶりだろうか、
普段なら即座に僕の手を弾くだろう月火も黙ってされるがままになっている。

「まったく可愛い妹だ。安心しろ、兄ちゃんはいつまで経っても
 僕が死ぬその瞬間まで兄ちゃんだ。いや、死んでも兄ちゃんだ」

 そんな感じでいい加減業を煮やした親が二階に上がってくるまで
べたべたと妹といちゃついてこの一連のというには無理がある無茶苦茶な流れは断ち切られた。
680 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:06:47.74 ID:BuVFHg6o

―――

『もしもし神原駿河だが。阿良々木先輩か?』

 なんとも居た堪れない朝食を乗り越え、
自室に戻って一息ついたところで再度神原から電話があった。
即座にかけ直さなかった辺り、またぞろ間違え電話をしまくったのだろうけれど
もはやそこは僕の関与する範囲ではないだろうと思い黙殺することにした。
というか全部のかけ間違いに上記のような口上を述べていたのだとしたら、
それはそれで問題だと思うのだけれど。
やはりそこもとりあえずは無視の方向で。

「あー、できれば違うと答えたいところだが残念なことに阿良々木先輩だ」
『そうか。それはよかった、所で阿良々木先輩さっきの話だが』
「……なんの話だったっけ?」
『阿良々木先輩がチョコ塗れの私を嘗め回してくれると約束した話だ』
「そんな約束はしてねぇ!」
『舌で嬲ってくれると約束した話だったか?』
「いやいやいや! そんな些細なニュアンスの違いを指摘した覚えもないぞ!
 もっと根本的にお前は間違ってる!」
『ふむ、ではどんな約束をしたのだったか?』
「そもそもなんの約束してないから、変な前提を作って話を進めるな神原。
 というかお前がチョココーティングされてるのも僕としては前提として認めてない」
『なにを言う! 阿良々木先輩は私を疑っているのか!?』
「疑ってるというか信じたくねぇんだよ! なんで僕が命令して
 それを神原が守ってるかどうかみたいな流れにしてんだ!?」
『え? だって命令しただろう?』
「してねぇよ!」
681 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:07:10.39 ID:BuVFHg6o

 ダメだ。話が進まないにも程が有る。
というか、仮に僕が神原チョコを受け取ったとしよう、
想像したくないし色々と間違ってる考えたくないイフだが、それでも受け取ったとしよう。
――僕は一体なにを返せばいいんだよ。
そんな手の込んで身体を張った物品に並ぶお返しなんて僕には浮かばないぞ。

『ふふっ、阿良々木先輩が受け取ってくれるという事が私にとってのお返しのような物だ』
「普通のチョコの時に言われたかった! 切実に!」
『そうか……。では』

 ブツッと、突然通話が切れる音がした。
今度は僕が切ったわけではない、
かといってあの神原が僕と話しているときに一方的に切ってくるとも思えない……。

「では、もう一度言わせて貰おう阿良々木先輩。
 このチョコを受け取ってくれ。お礼はいらない、受け取ってくれればそれがお返しだ」

 携帯電話片手に神原の意図を図りかねていると、
突如携帯電話越しではなく直接神原の声が背後から聞こえた。

「……やるじゃん」
「お褒めにあずかり光栄だ阿良々木先輩」

 勿論その姿はチョコレートコーティングされただけの全裸ではなく、
普段通りの少しボーイッシュな感じの可愛らしい女の子の私服。
そして差し出された一つの四角い箱。
中身がなんであるかは考えるだけ無駄だろう。
682 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:07:34.91 ID:BuVFHg6o

「いやはや、意外に苦労したものだ。
 溶かしたチョコに浸かってしまえば完成の全身チョコの方が楽だろうと本当に思った」
「いや神原。それをしたら火傷じゃ済まないんじゃないかと僕は思うぞ」
「ん? なにを言ってるんだ阿良々木先輩。湯煎で溶けるようにチョコの融点は結構低いのだぞ?
 でなければ口に入れても溶けまい」
「あー、そういやそうか。だからってやろうとする人間は少ないだろうがな、
 そもそも浸かるってどれだけのチョコが必要になるんだよ」
「最近の板チョコは量も減ってきているし、数万円は必要だろうな」
「……普通に高級チョコでも貰った方がまだ楽だ」
「なにを言っているのやら。乙女の気持ちが含まれたチョコは幾ら高級だろうと市販の物とは比べられんぞ」
「全身チョコは手作りと言っていいのか?」
「一応言っていいのではないか? 少なくとも市販はされてないだろう」
「当たり前だ! 年頃の娘がチョコ塗りたくられて市場にだされるって
 そりゃどこのブラックサイドだよ!? 普通に人身売買じゃん!」
「気持ちがこもって入れば大丈夫だ」
「邪念しかこもってなさそうだ!」
「人身売買から始まる恋もあるさ」
「あって欲しくないよそんな恋……」

 嘆息、神原との会話は面白いが疲れる。
こいつと会話を継続するには非常に体力が要る、
毎ターンダメージの代わりに威力が上がるRPGの装備品みてぇだ。

「というか、いつの間に本当来たんだ?
 お前が来たら妹達が騒ぎそうなもんだが、それじゃなくても知らせに着そうだし」
「うむ、下の妹さんと会うのは初めてだが上の妹さんとは知っての通り面識があるのでな。
 いま渡したチョコとは別にチョコを上げたら協力してくれた」
「……あー、安い妹だな。ファイヤーシスターズはチョコで動くのか」

 つうか先刻そのことでだだを捏ねてなかったか妹達よ。
僕が神原にどうとか、彼女がどうとか拗ねていたくせに
チョコ一つで売兄行為に走るとはいい度胸だ。

「で、入ったら最後神原フットを使えば気配を消すなど造作も無いのでな。
 通話をしながらぎりぎりまで近づいて、みたいな」
「みたいなってお前……」

 というかお前は僕と通話をしている間に妹達との交渉も行っていたのか、
お前がそんな多重能力者だったとはついぞ知らなかったぞ。
腹話術とかできんじゃねぇのか?

「神原マウスを使えば造作も無い」
「そうか、造作も無いのか。それは凄いな」

 突っ込み放棄。
僕の立場が危ぶまれる。
683 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:07:51.31 ID:BuVFHg6o

「そして神原アイで阿良々木先輩が部屋の扉に背を向けたのを確認して
 即座に部屋に忍び込み後ろを取って決め台詞を放ったのだ」
「そっかー、それは凄いなー」

 突っ込み放棄というか、これはもう相槌ですらねぇ。
丸と槍を投げっぱなし状態だ。

「あー、とりあえずありがとう神原。過程はどうあれチョコはありがたく受け取っておくよ」
「そうか、よかった」

 嘆息一つ。よくわからない流れを無理に切り上げて
本筋に話を戻させてもらったのだが。
神原はそれを気にした様子も無く、むしろ僕の台詞に
心底安堵したように息をつき微笑んだ。

「実を言うと男性にチョコを上げるというのは初めてでな、結構緊張していたのだ」
「へー、僕が始めてね。そりゃなんというか恐悦至極って所だが」
「そうなのだ、阿良々木先輩が始めての人なのだ」
「そういう言い方はやめてくれ神原、特に僕の部屋では。
 扉の向こうで確実に聞き耳を立ててる妹達に誤解を招きかねない」

 僕の発言とどうじに扉の向こうで小さく音がする。
わかりやすい妹達め。

「というか、それ以前に僕は『男性にチョコを上げるというのは初めて』という節に待ったをかけたい」
「うむ、流石阿良々木先輩。気づいてしまったか」
「お前のキャラを考えれば当然目に付く」

 付かない方がおかしい。
全身チョコーティングだって過去にやってそうだしなこいつ。

「いや、やったことはない」
「そうか、安心したぞ神原」
「だがやられたことはある」
「安心できねぇぞ!?」
「そうあれは一昨年のバレンタイン、中学卒業を目の前にした最後のバレンタインだった」
「回想入っちゃった!」
「仲の良い後輩の家に呼ばれて遊びに行った私は驚愕した。
 玄関を開けるなり強く匂うチョコレートの匂いに」
「全身に塗るだけのチョコを溶かせばそうなるよな……」
「即座に換気した」

 ……いや、間違ってないけど。
でも間違ってる。

684 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:08:12.36 ID:BuVFHg6o

 放棄したはずの突込みを拾うべきか否か悩んでいる間に
神原の回想話は勝手に進んでいく。
ノベルゲームのオートボタンを知らず知らずに僕は押してしまったらしい、
戻すにはどうすればいいんだろうか? とりあえず殴ってみるか?
斜め四十五度で勢いよく。

「で、窓を開け放ったあと。
 私を呼んだはずの後輩の姿が見えないことに気が付いた」
「その子の両親とかは?」
「留守だった。誘われたときの言葉が『今日家、私だけなんです』だったからな」

 それはそれは。
ある意味常套句だけど使う相手とか使い道とか間違ってる。
さっきから間違いだらけだこの回想。
いつになったら終わるのだろうか、
気づけば妹達の気配は復活してるし。

「で、私は部屋の真ん中で愛を叫んだんだ」
「迷惑極まりない!」
「間違えた、後輩の名を叫んだんだ」
「どっちにしろ迷惑だ!」
「するとどこからか後輩の声が聞こえ、私はその声のする方に向かったのだ」

 落ちが見えてきた。
やな落ちが見えてきた。

685 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:08:35.60 ID:BuVFHg6o

「それは、まぁ想像通り風呂場でな。
 チョコの匂いも充満しすぎてよくわからないことになっていた」
「だろうな」
「で、私が何度か確認してから意を決して風呂場の扉を開くと、
 そこにはバスタブ一杯のチョコに沈む後輩の姿が。
 当然私は驚いた、見慣れた後輩の顔が黒い塊からひょっこりでているのだからな」
「どんな怪談だ……」
「いやぁ、あの光景はきっといつまでも忘れないだろう。
 それほどまでに強烈だった」
「というかそれ以上に強烈な情景に僕は今後出会いそうにないぞ」

 怪異とかの非日常な物関係だと、逆になんでもありだから。
むしろそういった日常の中での起こりかねない異常の方がインパクトがある。
でかいチョコの塊から顔って、黒いぬりかべじゃん。

「で、後輩は私の顔を見るなりこういった。『助けてください』と」
「はぁっ!?」

 そこでその台詞!?
その場面なら精々『私を食べて』とか『私を貰ってください』とか
いってもその程度だろう。なんでいきなり命乞いしてんだよ!?

「ほら言っただろう? チョコの融点は低いのだ、
 つまりそれは冷めてまた固まるまで温度差が小さいということでもある。
 特に二月という季節はそこらに放置してもチョコが自然に溶けるという事はない程度に寒い」
「あー、つまり。火傷しない程度に溶かしてから冷めたチョコに浸かって
 お前の到着を待っていたらその間にチョコが冷めて固まったって事か?」
「そういうことだ」
「……」

 くっだらねぇ!
すっげぇチョコの無駄じゃん!
しかも後処理が非常に大変そうだし、
金もかなりかかってそれじゃあかなり辛い物がある。

「いや実際大変だったのだぞ? ただでさえ分厚くしっかり固まったチョコは
 レンガになるほど硬くて頑丈なのだというのに、まるまる風呂桶一つ分が一つの塊になってるのだ、
 もう殴っても蹴ってもビクともしない堅牢な黒い物体と言って過言ではない」
「もう聞きたくないが、どうやって掘り出したんだよ?」
「他の後輩とかに手伝ってもらってもよかったのだが、
 流石に他の友人に見られたくないということでな。
 私一人でシャベルなどを使って一日がかりの作業になった。
 幸い腹が減ったら目の前にあるチョコを食えばよかったしな」

 それは幸いなんだろうか、
チョコの匂いの充満する部屋の中で
大量のチョコと格闘しながらチョコを貪る。
一種の拷問だ。僕の精神なら二時間で砕けるだろうことは目に見えてる。
686 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:09:07.10 ID:BuVFHg6o

「まぁ、そんな話だった」
「ん?」
「どうかしたか?」
「どうかしたもなにも、――落ちは?」
「ない。もちろん山場も話した意味もないぞ? 私はやおい好きだからな」
「この野朗上手い事言いやがって!」
「人生そんなものだ阿良々木先輩」
「まさかの諭され!」

 どうしろって言うんだよこのぐだぐだな空気。

「って、もうこんな時間か!?」
「む、ありがちな切り上げ方だな。どうかと思うぞ」
「いやちがくて! 昼から戦場ヶ原と約束してんだよ!」
「あぁ、そういえば昨日そんなことを言ってたな」
「言ってたの!?」
「夜中に電話がかかってきて三時間くらい惚気られた」
「僕の身の回りの奴は他人に迷惑をかけることに関してのスキルが高すぎる!」

 しかし参った。
気が付けばもう正午過ぎてるじゃんかよ、
別に特に仕度しなくてはならないものはないから間に合いはするだろうけど。
あー、戦場ヶ原よりも早く待ち合わせ場所に行こうと思ってたのに。

「そうか、戦場ヶ原先輩との逢引か……。
 確かにそれを邪魔してしまう訳にはいかないな」

 非常に残念そうに腕を組み
慌しく部屋を回る僕を眺めている神原。
――なんというか、本当に可愛い奴だなこいつも。

「悪いな神原。わざわざ来てもらったのにさ」
「いや、阿良々木先輩が気にすることはない……」

 あからさまにしょんぼりしやがって、
抱きしめてやろうか、この後輩め。

「ってぇ!?」
「ど、どうした阿良々木先輩!?」
「足が……」
「足!? 足を舐めろと言う事か!?」
「全然違う!」
687 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:09:16.68 ID:BuVFHg6o

 なんでこの状況でいきなり足を舐めさせようとしてんだよ阿良々木さんは。
とんだエス野朗だ。

「ではどういうことだ? あぁ、私を踏ん付けてやるという意思表示か?」
「何でお前はそういう方向にしか思考がいかないんだよ!?」

 言いながら僕は一旦その場にしゃがみ込み、
少々不純な思考をしたと同時に痛んだ自分の右足首をズボンを巻くって覗いてみる。

「うっわぁ……」

 アキレス腱の辺り、内側と外側にできた二つの弧。
僕の足首には忍の見事な歯型ができていた。

「いってぇ訳だよ……、がっつり噛みやがって」
「一体なにがどうしたのだ阿良々木先輩」
「あー、なんつうか……」

 最近は血を飲ませてない為、
いつも以上に時間を掛けてじわじわと治っていく歯型を眺めながら
僕は苦笑いと共に呟く。

「ほんっとう、可愛い奴ばっかだな。僕の周りは」



688 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:09:34.35 ID:BuVFHg6o

―――

「どうしたの? 凄い汗かいてるわ、はいこれ使って。
 え? ううん待ってないわ、私も今来たところだから、
 ……それより、この服どうかしら? 新調したばかりの服なんだけど。
 本当? ありがとう阿良々木君、凄く嬉しいわ」

 以上の台詞を戦場ヶ原ひたぎという人物が言ったとして、
一体幾人の人間が信用し、素直に飲み込むことができるだろうか。
いや、台詞だけならまだわかる、口調自体にそこまでの変化は無いし、
もしかしたら過去の戦場ヶ原も僕に対する嫌がらせ目的で無表情に
この様な発言をするという可能性もあったかもしれない。

 けれど、目の前の戦場ヶ原ひたぎは違う。
なにが違うってもうなにもかもが違う。
その柔らかな物腰、柔和で温和な微笑み、
遅れて走ってきた僕に恨み言の一つも凶器の片鱗も向けずに
花柄のハンカチを渡してくれ、弁解する姿にクスクスと笑う動作。
そして以前より少し露出が多くなった女の子らしい服装。
この戦場ヶ原がドッペルゲンガーである可能性を疑っても、
なんら仕方がない事だろうと僕はしみじみ思う。

 デレガハラさん。
彼女は本当に普通の女の子になった。
つまらなくなったなんて言葉も言われた彼女だけれど、
それでも僕は言い続ける。これは進歩で、喜ぶべきところだと。
689 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:09:42.18 ID:BuVFHg6o

 存在が、儚げ。
いつだったか羽川が戦場ヶ原の事を評した言葉の一つだ。
それは多分、戦場ヶ原の全容に近い一端だった。

「じゃあ、阿良々木君。早速だけどこれ、もらってくれる?」

 消えてなくなりそうで、誰とも介さず、誰とも交じらず、
故に儚く散り散りと割れそうな印象が心に根付く。
届かぬものを求め、自身に無いものに憧れる様に、
その姿はやがて深窓の令嬢となった。

「バレンタインのチョコレート。
 阿良々木君の為に頑張って作ったんだから」

 いまの戦場ヶ原はもう深窓の令嬢ではない。
明朗快活、中学時代に戻ったかのような彼女に
クラスの連中も戸惑いを隠せないようであったが、
しかし人当たりが柔らかくなり、人付き合いが良くなった戦場ヶ原は
いままでのブランクを見る見るうちに埋めるようにクラスに馴染んでいった。

 正直に言えば、多少の嫉妬というか
少々寂しいようなそういった感情を抱かなかった訳ではないが。
それよりも、戦場ヶ原自身が現状を楽しそうに受け止めているという事実が、
僕はひたすらに嬉しかった。
690 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:09:49.54 ID:BuVFHg6o

「阿良々木君?」

 伺うような、心配するような表情で僕の顔を覗き込んでくる戦場ヶ原。
唐突に接近した彼女の顔に僕は思考の海から引き釣り上げられ狼狽する。
なんていうか、本当女の子の睫毛って長いよな、
それに最近するようになった薄い化粧がまた艶っぽいというか。

「い、いやごめん。ありがとう戦場ヶ原、めちゃくちゃ嬉しい」
「よかった喜んでもらえて。本当は期待しててとか言ってたけど
 こういうの慣れてないから凄く緊張してたのよ?」

 そう言ってまた照れたように笑う戦場ヶ原。
――なんか、ここ一年の僕ってなんだかんだ言って恵まれてるよなぁ。
すっげぇいまそれを実感した。
もらえるだろうと思っていても実のところ結構僕も緊張していたし、
こうして本当にチョコを受け取るとやっぱり非常に嬉しいし喜ばしい。

「じゃあ行きましょう阿良々木君」
「うおっ、ちょ、戦場ヶ原」
「なにかしら? 恋人なんだから腕を組むくらいしてもいいじゃない」
「いや、急にやられたら驚くし……」
「それとも、……いやだった?」
「全然嫌じゃありません!」

 そんな感じで、毒舌の無くした戦場ヶ原と
突っ込みという存在理由を捨てた僕のデートは本当に恙無く進行した。
ここから先の内容は面白要素が皆無な上に
デレガハラさんの本領発揮デレドロ状態が酷いために僕はプライバシーという
安易且つ万能な言葉を引き合いに出して詳細に語ることはしないので了承願いたい。
691 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:10:08.49 ID:BuVFHg6o

―――

 午後六時。
夏場ならまだしも二月中旬という季節でのこの時間は
もう夕焼けも遠に過ぎさってしまった夜そのもの。
僕は徒歩で一人街灯に照らされた暗い道を歩いている。
戦場ヶ原を家に送ってからの帰路だ。

 本当はもう少し同じ時間を過ごしたかったのだが。
僕と戦場ヶ原は健全な高校生カップル、
しかも受験生であるからして、夜更かし夜遊びというのは避けなくてはならない。
一時的な感情で遊び呆けて今後を台無しにする訳にはいかないし、
羽川にもしそれが知られたら僕は一体どうなってしまう事か。

「……想像したくねぇな」

 そういえば、今の戦場ヶ原は武器、というか凶器を持っていない。
何度もこうやって現在と過去を比較させるのは
当人にとっても失礼なんだろうとわかってはいるのだけど、
でも以前の癖以上の病気に程近い迄に浸透していた
文房具装備を今は完全に手放している。
一緒に勉強してるときに僕が意地悪な事を言っても、
手に持っているシャーペンを僕の眼球に突きたてたりしなくなった。
僕が戦場ヶ原を家に送った理由の一つがここにあったりする、
勿論理由の大半は少しでも一緒に居たいからだが。
692 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:10:34.41 ID:BuVFHg6o

 ――と、そういえば先程引き合いに出した羽川だが、
あいつは本日この日のバレンタインというイベントの事を
今日まで一度も会話に織り交ぜるという事をしていなかったな。

 クラスの連中は一部を除いて大抵が進路も決まり、
プレッシャーもなくなった所に現れたイベントにやたらに騒いでいたのだが
(この場合僕は一部に含まれたりする。近々後期の試験がある)。
羽川はそういった話題にまったく触れたりはしなかった、
というか意図的に避けていたようにも思える。

 まぁイベントの趣旨が趣旨だし、
僕と羽川のそういった方向の微妙な立ち位置を考えると
少し寂しいながらも当然といえば当然だろうか。
というか、本当僕達の立場って結構不安定だよなぁ……。
ドロドロはしてないまでも、
しかしぬかるんだ感じが微妙に漂っている気がする。
その辺も、当事者の僕としてはあまり口にし難いけれど。

「いや、やめだやめ」

 頭を振って思考を飛ばす。
あんまりこういった事を考えるのはよそう、
妹達に忍、神原に戦場ヶ原と計五つも貰っといて
さらに羽川からも貰おうだなんて我侭欲張りを通り越して強欲傲慢だ。

 それよりも早いとこ帰らないと、
実際がどうあれ僕の帰りが遅くなると
僕の家族に変な誤解を生みかねない。
両親からはまだある程度放任されてるから良いけれど、
妹達に変な誤解を生むとまたやっかいだからな。
口外されたりしたら困る、あいつら変に人気者だから。

693 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:11:11.73 ID:BuVFHg6o

「おや、柊さん」

 徒然とした思考をしながら漫然とそぞろ歩いていると、
僕が歩いている道の脇にある細い横道に見知った小学生を見つけた。
見つけた、といっても先に見つかったのは僕のほうだが。

「実際に存在している苗字の上、響きまで似てるからうっかり聞き逃しそうになるが
 残念ながら僕の名前はモクセイ科モクセイ属の常緑樹ではなくて阿良々木だ八九寺」
「失礼噛みました」
「違う、わざとだ……」
「しちゅれい、かみまみた」
「本気で噛んでる!?」
「ひょうひれははららひはんははんでほんなほほろを?」
「なにがなんだかわからない!」
「はひふへほ!」
「バイキンマン!?」

 まぁ、小学生と言った時点でもうわかってるだろうけれど。
察しの通りというか、期待通りというか、
僕等の愛玩小学生八九寺の登場だった。

「おっほん。で、どうして阿良々木さんはこんなところを?」

 相変わらずのツインテールと大きなリュック姿で
初っ端からかっ飛ばしてくれた八九寺大先生はお約束が終わると同時に
咳払いを一つしてそんな問いかけをしてきた。

「あぁ、よかった。あのままのノリで続けるのかと僕は戦々恐々だったよ」
「阿良々木さんがお望みならそれでもいいですけど」
「いや、まったく望まないし続けられたら会話が成立しないぞ」
「私は一向に構いません!」
「そこでそのネタかよ!?」

 中々に濃い小学生だ。

「っと、そんなことはいいですから質問に答えてくださいよあさり木さん」
「僕を味噌汁とかに入ってる食用の貝みたいに呼ぶな、僕は阿良々木だ……、
 って短いスパンに二度お約束持ってくるなよ、一発屋の芸人みたいじゃないか」
「失礼、仮眠しました」
「寝るなよ! いや、むしろ夜にしっかり寝ろよ!」
「夜は夜で寝てます!」
「単にのび太君属性!?」

694 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:11:48.18 ID:BuVFHg6o

「って、そんなことはいいですから質問に答えてくださいよ。二回目」
「ネタを振っておいてその言い草かよ……。
 まぁどうしてと言われても家に帰る途中ってだけだしな」
「帰る途中……、あぁツンデレさんのお家からのですか」
「……」

 いや、そうだけど。
確かにそうだけどなんでそんなにすぐにわかるんだよ、
エスパーか、テレパス能力者なのか?

「もし、本当にそうだとしたらどうします?」
「そうだなぁ、――八九寺に色々な事をする想像をひたすらに巡らすかな」
「うわぁ……」

 超引かれた。
シーエイチオー矢印引かれた。
CHO→、見たいな。……痛いな。

「しかしそうですか、今日確かにバレンタインですしね。
 アレですか? デレたツンデレさんに私を食べてとかやらせたんですか?」
「お前は僕をなんだと思ってるんだ」

 そしてそのネタは神原と既に済ませた。
ネタ被りだ愚か者め。

「神原さんと済ませた?」
「あぁ、今日の昼前に家でな」
「え……、つまり神原さんが阿良々木さんに私を食べて、と? なにをやらせてるんですかあなたは」
「はぁっ!? なんでそうなるんだよ!? 神原はやられた側だ!」
「やられた側、つまり阿良々木さんが神原さんに僕を食べて、と? なにをやってるんですかあなたは」
「違うっつってんだろ! 神原が、中学生の頃、後輩にやられた、って言う話を昼前にしただけだ!」
「なんだ、そういうことだったんですかつまんない」
695 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:12:01.40 ID:BuVFHg6o

 つまらないってお前、
仮に僕がそんな傍目にも明らかにヤバイ行為をしてたらどうするんだよ。

「そしたらとりあえず肺に穴でもあけて差し上げましょう」
「それすっごい苦しい死に方じゃん!」
「でも、さっき私やりそうになりましたよ」
「とんでもねぇことをあっさり告白してんな!」
「というか阿良々木さん、バレンタインデーに彼女とデートがあるというのに
 自宅に別の女性を招いていたんですか? 最低ですね」
「うぐっ、急に現実的な批判を……」

 というか僕招いてないし、
勝手にやってきて勝手にあがってきただけだぞ。

「自分を慕ってやってきた後輩に対してそんな物言いとは、最低ですね」
「とにかくお前は僕を最低にしたいらしいな!」
「はい」
「素直!」

 つーか八九寺、僕を最低に仕立て上げて
お前に一体どんな得があるというんだ。
毒舌キャラ枠が空いたからって引き継ぐ必要性なんてないんだぞ?
そのままの八九寺で居てくれ。

「はぁ……。つまり阿良々木さんは私にいつまでも幼女で居てくれと言うんですね?」
「そうは言ってない」
「いつまでも愛玩小学生で居てくれと言うんですね?」
「だから言ってない! お前はさっきからつまりつまりととんでもない事ばかり言いやがって!」

 あと、地味に最初の僕のモノローグを持ってくるんじゃねぇよ。
しかし改めて聞くと愛玩小学生という言葉もとんでもねえよな。

「改めるまでも無くとんでもないですよ。
 なんですか愛玩小学生って、無茶苦茶な語感ですよ。
 警察が近くに居たら確実に小走りで寄ってきますからねこの言葉」
「正直反省してる」
「一笑しててください」
「え? 笑い飛ばせと?」
「間違えました、一生しててください」
「そんな文字でしかわからない間違いを……」
696 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 01:12:07.60 ID:BuVFHg6o

「あー、しかし阿良々木さん」
「ん? どうした八九寺ちゃん」
「……うえっ」
「うえっとか言うなよ! 傷つくだろ!」
「どうせすぐ治るじゃないですか」
「心の傷は簡単には治らないんだよ!」
「はぁ、またそんな乙女みたいなことを言って。
 阿良々木さんは一体どの層の人気を狙ってるんですか?
 もっと私らしくわかりやすい層にアピールしてくださいよ面倒臭い」
「お前のキャラってアピールだったの!?」
「はい、阿良々木さんみたいなロリコンに焦点を絞ったアピールです」
「もっと自分を大事にしてと声を大にして言いたい!」
「最も私を蹂躙してるあなたがその台詞を言いますか!」
「怒られた!」

 その前に蹂躙って、……もっと言葉を選べよ小学生。
微妙に生々しい。あと僕は何度も言うようにロリコンじゃない。

「あぁ、ペドフィリアですか」
「悪化した! 本当そういう方向マジやめて!
 それこそどの層の人気も得られなくなってしまう!」
「いいじゃないですか、どうせハーレム漫画の主人公なんてどいつもこいつも人気ありませんから」
「ぶっちゃけた!」

 というかはっちゃけてる。
なんだこのテンションは、落ち着け僕、
ここは天下往来の一般道だ。
697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/02/19(金) 01:45:54.51 ID:g3J9hiAo
これどこのスレに投下してるん?
698 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 02:33:52.39 ID:BuVFHg6o
?
699 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/19(金) 22:07:45.56 ID:BuVFHg6o

「おほん」

 わざとらしく咳払いをしてみた。
仕切りなおしという合図としてはありきたりだが仕方ない、
拍手を打つよりはまだ腰を折らないだろう。

「で、なんだっけ。なにか聞きたいんじゃなかったのか?」
「はい、今日はお幾つチョコを頂いたのかを聞こうと思ってました」
「数? えぇっと……」

 妹達と神原と戦場ヶ原、そして忍からだから。

「五つ、かな」
「はぁ〜、随分偉くなったものですね阿良々木さんも」
「まぁ五つって言っても内二つは妹からだしな、ノーカンだろそれは」
「そうですか?」
「そりゃそうだろ」
「私からしてみれば妹さんたちも十分頬染め状態ですけどね」
「はぁ?」
「おや阿良々木さん、ときメモをご存じないんですか?」
「いや、知ってはいるけど……」
「ときめきメモリアルでは好感度が最高状態に達すると
 常時頬染め状態での会話となるんですよ」
「僕の妹は間違いなくそんな状態にはなっていない……」
「ですかね? 話に聞いたりする限りでは確実だと思いますが、
 まぁ私自身は面識があるわけじゃありませんし、阿良々木さんがそういうならそうしときましょう」
700 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/02/20(土) 02:19:03.20 ID:BYSb3kQo
最下層辺りを探検していたら偶然見つけた記憶がある
701 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/20(土) 03:25:12.02 ID:p/nrHGIo

 そうしときたいならって、
むしろなんで妹が僕にときめいてるっていう状況をお前は作りたいんだよ。
なにがお前を間違った道に引き込んだ。

「どうだっていいじゃないですかその辺、
 私にも語りたくない過去という物が存在するのですよ……」
「そ、そうか。すまん八九寺」
「嘘ですけど」

 バラすの早いな!
というかなんだそのしたり顔は!?
わかってたよ!? わかってたからね嘘だってっ!

「はいはい。で、阿良々木さんつかぬことをお聞きしますが」
「ん?」
「先程の面子に羽川さんが含まれて居ないんですけど?」
「うぐっ」

 唐突にエグイ所を聞いてくるな。
なんだこいつ、僕がお前と出会う寸前まで
そのことで少々混濁した思考をしていたのをわかっての所業か?
だとしたら僕はお前の額に鰊の刺身を盛り付けかねないぞ。
……まぁ、多分そういう訳じゃないんだろうけど。

702 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/20(土) 03:32:50.11 ID:p/nrHGIo

「おや、どうしました阿良々木さん。
 酷く汗を掻いてるようですが……?」
「いや、僕はまだなにも言ってないから嘘を吐いてる味もなにもないぞ」
「例えなにかを言っていて舐めません」
「そうか……」

 残念。

「無念」
「また来年、ってやかましいわ! なんでそんな一世代も二世代も古いやりとりを小学生としなくちゃいけないんだよ!?」
「知りませんよ、というか残念と思ってる阿良々木さんが残念ですよ」

 その通りだった。
口にだしてたら僕はきっと青い制服のお兄さん方に任意とは名ばかりの強制連行をされるところだった。
あー危ない危ない。

「私としては捕まってくださって全然構いませんけどね、
 そうすればこの辺りの治安が少しだけ良くなりますよ」
「僕はそこまでの変態じゃねえぞ!?」

 いや、そもそも変態じゃない。
絶対に変態じゃない。
誓って変態じゃない。
むしろ紳士だ。

「なるほど、仮に変態だとしても……ということですね」
「くま吉君と同類だったのか僕!?」

 びっくりだ。そしてがっかりだ。
僕はうさ美ちゃん(この場合八九寺)を追い回して私物を奪い取る変態ストーカーだったのか……。
703 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/20(土) 03:41:15.37 ID:p/nrHGIo

「というか話を逸らさないでください阿良々木さん」
「うっ、バレたか」

 さりげなく自分を貶める事で羽川の話を忘却させようとしたのに、
作戦失敗だ。残念なことにこういう時に指示をくれる大佐と僕は知り合いじゃない。
精々足元の影に住むもう一人のロリポジションキャラ位だ、
しかもこいつ以前八九寺に抱きつこうとしたところを妨害した事もあったからなあ。
味方ですらない。

「あー、あれだ八九寺。あまりこういうのは口にしないほうがいいんだろうけど、
 羽川と僕って色々あったろ? ツンデレさんも含めて、さ」
「そうでしたっけ?」
「そうでしたよ! 忘れてんな!」
「冗談ですけどね、で? 続きをどうぞ」
「……まー、それでいめちぇんとかしてたろ?
 だからさ、羽川は僕とそういうイベントを回避してるんじゃないのか?」

 寂しいけれど、
でもそれはそれで仕方の無いことなのだから。
そうやって進めるなら、それでいいのだろう。
羽川に、僕は多々甘えていたけれど、
だけどそれは羽川が僕を甘やかしてた訳じゃないのだから。
704 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/21(日) 02:55:08.21 ID:5EovCeYo

 ぬわー
705 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 04:35:53.93 ID:yDhnNfYo

 羽川は、飴と鞭の使い方が上手いからな……。
最近は特に鞭の方、性格矯正プログラムの性質の悪さはガチだ。
いい調教師なれるだろう。

「つまり阿良々木さんは家畜と」
「いや、そこまでは言ってない」
「でも女王様ルックで鞭を振るう羽川さんに興奮するんですよね?」
「…………」

 するけど。
するけど! でもその言い方はあんまりというか、酷すぎる。
冷酷と言っても過言ではない。

「――しかし、阿良々木さんもまだまだですね」
「うん? それはどういうことだよ」

 鞭を振るう羽川さんに興奮するとまだまだなのか?
じゃあ僕はどう反応すればよかったんだ?
欲情するとでも言えば良いってのか。

「なんでそうなるんですか、馬鹿ですかあなたは」
「……馬鹿ですみません」

 素直に謝る僕。
ひでえ有様だ、なんだこれ?
706 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:47:05.40 ID:yDhnNfYo
>>696からの改訂版


「おほん」

 わざとらしく咳払いをしてみた。
仕切りなおしという合図としてはありきたりだが仕方ない、
拍手を打つよりはまだ腰を折らないだろう。

「で、なんだっけ。なにか聞きたいんじゃなかったのか?」
「はい、今日はお幾つチョコを頂いたのかを聞こうと思ってました」
「数? えぇっと……」

 妹達と神原と戦場ヶ原、そして忍からだから。

「五つ、かな」
「はぁ〜、随分偉くなったものですね阿良々木さんも」
「まぁ五つって言っても内二つは妹からだしな、ノーカンだろそれは」
「そうですか?」
「そりゃそうだろ」
「私からしてみれば妹さんたちも十分頬染め状態ですけどね」
「……ん?」

 頬染め状態?
なんだそれは、常に頬紅を塗りたくってるのか?
お歯黒みたいな……いや、流石にそれはないか。
常識的に考えれば妹達がそんな状態になってるのを見たことは無い、
というかそんな妹は妹じゃない、赤の他人だ。

「おや阿良々木さん、もしかしてときメモをご存じないんですか?」
「ときメモなら知ってるけど……」

 ときめきメモリアル。
1994年にコナミからPCエンジンSUPER向けに発売された恋愛シミュレーションゲーム。
その人気の高さからプレステやゲームボーイ等々に移植され
今でも新シリーズを最新ハードでリリースしてる超有名タイトル、
ドラマCDやOVAにもなっている程でやったことのない僕でも
その大まかな内容というかストーリーのような物は知っている。
707 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:47:24.34 ID:yDhnNfYo

「流石は阿良々木さんですね」
「こんなことで流石とか言われたくねえ……」
「まぁそのときめきメモリアルなんですが、
 ご存知恋愛シミュレーションでして、ヒロインの好感度という物が存在しまして、
 それが最高に達すると常時頬を紅く染めて主人公に話しかけてくるんですよ」
「妹がそんな状態だったら僕は間違いなく熱を測った後で病院に連れて行っているぞ」
「例え話ですから」
「つか妹ってのは基本的にそういうゲームじゃ攻略対象外だろ、倫理的に」
「阿良々木さんはどうやらときメモは知っていてもシスプリはご存知無いようで」
「知ってるけど、アレって義妹だろ? 火憐と月火は実妹だぞ」
「なにを言ってるんですか阿良々木さん、
 シスプリは選択肢によって実妹エンドか義妹エンドか変わりますよ?」
「あー、そうだっけ?」

 てか、選択肢によって血縁か否か変わるってなんだよ。
一体どんな紆余曲折が裏であったんだ、役所はなにしてるんだ。

「まぁとにかく、僕の妹はそんなんじゃねえよ。
 妹萌えと同じくらい兄萌えってのも現実にはねえんだよ」
「ですかね? 話に聞いたりする限りでは確実だと思いますが、
 私自身は面識があるわけじゃありませんし、阿良々木さんがそういうならそうしときましょう」

 そうしときたいならって、
むしろなんで妹が僕にときめいてるっていう状況をお前は作りたいんだよ。
そもそも僕だってあまり知らないギャルゲーを
なんで小学生であるお前がスラスラと口にしてるんだ、そこからおかしい。

「どうだっていいじゃないですかその辺、
 私にも語りたくない過去という物が存在するのですよ……」
「そ、そうか。すまん八九寺」
「嘘ですけど」
「…………」
708 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:47:59.47 ID:yDhnNfYo

 いやいや。
 いやいやいやいや。

 なんだそのしたり顔、
すげえむかつくんだけど。
わかってたよ? わかっててノッてやったのにその仕打ちか、
この野朗、もう僕はお前のフリには乗っかってやらない。

「はいはい。で、阿良々木さんつかぬことをお聞きしますが」

 どうでもよさそうに流すなあこいつ。
言っとくけど、僕がノリと突っ込み放棄したら
お前ただただ本当に痛い小学生になるだけだからな?

「小学生のフリに力一杯乗ってくる高校生も相当痛いですけどね」

 そりゃそうだ。

「で、阿良々木さん。それはそうと先程の面子にはねくぁわさんが含まれてませんが?」
「うっかり聞き逃しそうだけど、はねくぁわさんってどこの人だよ?
 カタカナにしたらハネクァワさんでちょっとした異人さんだぞ」
「なぜ含まれてないんですかねえ? 不思議ですねえ?」
 
 嫌に良い笑顔しやがってこいつ、
僕がお前と出会う寸前までそのことで少々混濁した思考をしていたのをわかっての所業か?
だとしたら僕はお前の額に鰊の刺身を盛り付けかねないぞ。
つか本当、なんて答えたらいいんだろうか。
下手な嘘を吐いてもこいつは個人的に羽川と付き合いあるから
即座に露見するし、下手すると羽川からも変に追及されそうだ。
……怖い。
いやマジで。
709 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:48:25.91 ID:yDhnNfYo

「おや、どうしました阿良々木さん。
 酷く汗を掻いてるようですが……?」
「うん? 汗? なんのことだ?」

 あからさまな誤魔化し方をしてみた。
してみたというか、咄嗟に口からまろびでた。
けど、咄嗟にでた言い訳がこれって
むしろ凹む。いっそ戯言遣いにでもなれたら楽なのに。

「戯言というか、阿良々木さんは妄言遣いですよね」
「おい、どういうつもりだそれ」
「彼女が居るとか、チョコ五つ貰ったとか、吸血鬼に襲われたとか、
 職安に行くとか、来年から本気出すとか、僕はやればできるとか、妄言だらけじゃないですか」
「よし八九寺、人通りの少ない裏路地にでも行って話し合いでもしようか」

 先の三つは妄言じゃなく事実だし、
後の三つはそもそも口にしてねえじゃん僕。
つかお前はなんで事あるごとに僕をニートとか引きこもりみたいな立ち位置で語るんだよ、
結構本気で辛いんだぞそれ、割と大学受験に失敗する確立があるから。

「大体なにが裏路地ですか、小学生女児にその発言って確実に変質者ですよ?
 明らかにお医者さんごっことかマッサージとかそういう行動が後にありそうです」
「お前は僕をそんなレベルの変態だと思っていたのか!?」
「あ、あの流石に猟奇系とか排泄系とか獣系とかになられると
 私も流石に今後の付き合いの根絶を申しださせてもらいますが……」
「違う! 僕は自分の変態度を不当に低く見られてることに憤慨してる訳じゃない!
 ……ってこのやりとり前にどこかでやったぞ!?」

 戦場ヶ原と以前似た様な会話をした。
つか目の前に居る八九寺と出会う直前にしていた会話だ。

「阿良々木さんは私と出会う直前にこんな会話をこなしていたんですか……、
 正直今後の付き合いの根絶を申しださせてもらっても?」
「そんなに僕と絶交したいのかよ!」

 なんだこれ、本気で涙がでてきた。
僕はそんな変態じゃないのに、
あの会話だって戦場ヶ原の暴走みたいなもので……、
ってなに僕が軽い変態みたいな感じになってるんだよ。
僕はそもそもちっとも変態じゃないしな。
絶対に変態じゃない。
誓って変態じゃない。
むしろどちらかと紳士だ、
目の前に裸の女子が居たとしてもその子が嫌がれば素直に目を逸らすことができるくらい紳士だ。
……あれ? この言葉もどっかで言った記憶があるぞ?
710 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:48:46.13 ID:yDhnNfYo

「はぁ、紳士ですか」
「そうだ」
「つまり阿良々木さんはくま吉君だったんですね、なるほど納得です」
「くま吉君と同類だったのか僕!? しかも納得されちゃった!」

 びっくりだ。そしてがっくりだ。
まさか僕が下半身を露出させてうぉぉぉとか叫びながらニャン美ちゃんを追い回すような
ハイレベル且つハイセンスな変態と同類だったなんて。

「うさ美ちゃん役は勿論羽川さんです」
「どんな異名をもってるのか軽く気になるところだな……」
「つばさちゃん、胸でかっ! とかですかね?」
「この瞬間、僕はくま吉君の同類であることを受け入れた」
「……気持ち悪い」
「本気の蔑み!?」

 気持ち悪いって……、小学生女児に気持ち悪いって……、
やべえ、こんなに悲しい気持ちになったのはいつ振りだろう。
初めて火憐に身長を抜かれた時の身体測定以来かな。

「というか話を逸らそうとしないでください」
「…………」

 いや、悪いけどぶっちゃけそれどころじゃない。
そりゃ最初は自分を貶めて話を逸らそうかなって意図は
確かにあったんだけど、今の僕はそんな意図はどこへやらで
マジで落ち込んでるからな? 手元に睡眠薬があれば一気飲みでもしそうな勢いだ。
多分その位じゃ僕は死なないだろうけれど。
711 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:49:00.23 ID:yDhnNfYo

「……ふぅ、ごめんなさい阿良々木さん言いすぎました。
 私は阿良々木さんの事が大好きですよー、
 阿良々木さんが元気出してくれないと私も悲しいので元気出してくださいー」
「おっしゃぁぁぁ!」

 速効で元気でた。
流石八九寺、今日三度目の足首の痛みも感じないほどに
いま僕のテンションは上がりに上がっている。
パワーだけならラディッツに匹敵するサイバイマンにも勝てそうな勢いだ。
少なくともヤムチャには負けない。

「まぁでもこういうのって僕があまり口外していいものでもないんだよなあ」

 現金に復活した僕は先程までの雰囲気はどこいく風と
なにくわぬ顔で思案してみたりする。
相当なダメ人間具合である。

「でしょうね」
「……でしょうねって、お前大体の見当はつけてるだろ」
「それは、まぁ一応それなりに」

 当然と言えば当然か、
八九寺は戦場ヶ原の告白シーンに立ち会ってる上に
先刻言ったように羽川とは個人的に仲良くなってるんだし。
ある程度は状況を把握してるんだろう。
……ってことは把握した上で聞いてるのか、一層性質が悪い。
712 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:49:18.75 ID:yDhnNfYo

「じゃあ、そういうことだよ。
 寂しいっちゃあ寂しいけど、仕方ないしなその辺。
 確かに僕は羽川に甘えてばかりいたけど、
 それは羽川が僕を甘やかしてくれていたって訳じゃないんだからさ」

 僕が一方的に羽川に甘えて、羽川に甘いだけ。
羽川は、それを黙って受け入れてくれただけで、
決して羽川から僕を甘やかそうとしたことはない。
認識の差、錯覚、錯視。

「つー訳で、この話は終わり。
 あんまりこういう事ほじくんなよなお前も」
「すみません」

 ぺこり。そんな擬音がぴたりと当てはまるような感じで
素直に頭を下げる八九寺。
ただ顔を上げた八九寺の顔には申し訳ないとか、そんな感情は皆無で
むしろ悪戯が成功した子供の愛らしくも憎たらしい微妙な表情が張り付いていた。
713 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/22(月) 06:49:22.28 ID:yDhnNfYo

「でも阿良々木さん。最後に一ついいですか?」
「……なんだよ」
「阿良々木さんって、馬鹿ですね」

 最後に一つの台詞が罵倒だった。
さっきのお辞儀が完全にハリボテだということが明々白々である。

「馬鹿って……、確かに僕は賢くはないけどさあ」

 だからってあんまりにもあんまりである。
さっきから上げては落とし、落としては上げてを繰り返されてる僕のテンション。
もう僕のライフはとっくにゼロだ。
まぁちょっと調子の良い一言で簡単に回復するライフだけど。

「本当に阿良々木さんは馬鹿です」

 一言と言ったくせに更に続けて罵倒しやがったこの小学生女児。
どうやったらこいつを上手くこらしめてやることができるんだろうか。
とか考えていると八九寺はさらに続ける。

「結局、阿良々木さんはなんだかんだ言って羽川さんのこと、
 なんにもわかってないですよね」

 流石に少しカチンときて
「どういうことだよ」と詰め寄ろうとしたところで、
ひょいと、目の前に差し出される二つの箱。
“二つ”の箱。今日はバレンタインデーで、
箱から香るのは、もはや説明要らずの甘い匂い。

「貰ったチョコの数、あと二つ追加しといてね。阿良々木君」

 八九寺とは違う、聞きなれた声。
それが後方から聞こえて、僕はただただ苦笑いを漏らすしかなかった。
714 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/27(土) 20:13:42.53 ID:2Ezs.Lko

―――
715 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/27(土) 20:17:14.13 ID:2Ezs.Lko
>>661

 吸い込み、肺に送り、息を止める。
工程はパイプと変わらないけれど、
感じるのは爽快感とニコチンの味。
酩酊感や高揚感は存在しない、落ち着いた感覚。

「ふぅ……」

 嘆息と同時に煙を吐き出した。
白い煙は冬の吐息の濁りとは違い、長時間眼前を漂い
やがて窓から入ってきた風に掻き消されてしまった。
716 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/27(土) 21:10:51.75 ID:2Ezs.Lko

 会話も無く、狭い空間で煙草を吸っては
流れる煙に視線をやってまた煙草を口にする。
そんな微妙な時間を怠惰に流していると。

「ゲホッ! ……えふっ」

 突然、僕の居た部屋から少女の咳き込む音が聞こえてきて、
次いでおえという単語と共に液体が床に叩きつけられる音と饐えた匂いが部屋から染み出してくる。

「おいおい、お前のダッチワイフが吐いてんぞ」

 うげっ、という表情を思い切り作って僕の方を向く下衆。
僕はその面に煙を存分に吐きかけて返事をする。

「一応言って置くと、今日はノリで連れ込んだ女でも仕事でもありませんよ」
「ってことはわにか? なるほどわになら仕方ねえな」

 薬物の多量摂取での嘔吐。
よくあることだ。僕の部屋でってのはあまりないけど、
つーかあってたまるかという話ですけど。

「景気良く吐いてんな、やけ食いした後に吸ったのか?」
「いっそ殺してください」
「やなこった」 
717 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/02/27(土) 21:44:53.19 ID:2Ezs.Lko

―――

「いやぁ、参った。参ったくたびれた」

 先刻の醜態の結果を洗い流すためにシャワーに入ったわには
現在身体も髪も拭かず、服も着ず僕の隣に座りながらそう言いながら煙草を銜えて笑った。
台所の床は水で作られた足跡と、いくつかの小さな水溜りが偏在している。

「まさか寝ゲロする羽目になるとは思わなかった」
「笑って言うことじゃありません。そして服を着てください」
「相変わらず良い乳してるよなお前は」
「はっはー、お前には触らせねー」
「いや、そんなことは良いから服を着てください」
「はぁ? またゲロ服着ろってのか?」
「他にも服あるでしょうが、頼みますから、マジで」
「じゃあ俺が用意してやろうか」
「お前の用意する服は痴女でも着ないようなのばっかりじゃねえか、死ね」

 あの後、ゲロったわにを風呂に放り込んでから
布団と服を洗って床に散ったのを雑巾で拭いて部屋を換気してと
僕一人で非常に苦労した。
下衆野朗は野次を入れることしかしなかった、死ねばいいのに。
718 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 02:42:54.53 ID:2/c1unIo

―――
719 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 02:46:32.47 ID:2/c1unIo

 ひよこと言う名の指に乗るような小さな鳥

 犬と呼んでいた手乗りの狼っぽいの

 バッパラとか、その他多数俺に懐いてる喋る動物見たいのが居た

 さちこも喋っていた、なんかよくわからないけど
 ショートカットの女でツンデレだった
 最終的にちゃんとした女の子になっていた

 頭に乗ってきてる奴も居た気がする、
 微妙にツメが刺さって痛かった覚えがある

 肩に乗って頬にすりよってくる鳥も居た
 覚えてないけど、少し暖かかった気がする
 羽の感触が、くすぐったかった

 また、会いたい
720 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 02:49:13.79 ID:2/c1unIo

 さちこは、また少し彼らとは場面が違った気がする
 俺と彼女の二人暮しで、座布団に彼女が一人で鎮座していた

 さちこは俺のことを度々馬鹿にしてきたし
 俺もそれに対してやたら怒って喧嘩になっていた気がする

 でも最終的にはさちこが洗濯とか色々してくれて、
 凄い助かってたという覚えもある
 いまいち覚えていない

 なんか最後の方は川原だった
 川原で一緒に居て、紆余曲折あって
 人間になっていた
 というか形ある女の子になっていて
 人間かどうかはわからないけど

 なんだかなぁ
721 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 02:53:47.48 ID:2/c1unIo

 これはまた昔の記憶だ

 まだ辺りが畦道だらけだった気がする

 俺は多分バック・トゥ・ザ・フューチャーにでてくる
 ホバーボードみたいのに乗っていて
 のんびりと女の子と一緒に一つの家に向かっていた

 僕と彼女のどちらの家でもない
 酷く簡素で小さな家だった

 中には飛鳥が住んでいた
 チャゲ&アスカじゃない
 赤茶のロングをたなびかせる長身の女の子だ

 彼女の周りには三人の子供が居て
 いまもお腹に一人居るらしい
 親はわからないという

 僕達もその現場に居た
 いや、覚えてないけど、あの時異様な罪悪感というかそういう気持ちで
 俺の心は満たされていた気がする
 わからないけど、彼女がこんな状態でそれでも笑っているのに
 僕は隣の少女と一緒に仲良く適当に暮らしてていいんだろうかみたいな
 
 そんな気分にさせられた

 確か、その前にも色々あって
 その後にも色々会った気がするけど、忘れてしまった
722 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 03:00:37.45 ID:2/c1unIo

 さらに昔の記憶を掘り下げよう

 洞穴、洞窟、呼び方はどうでもいいけど
 確か本当は浅い小さな洞窟を通っているとき
 僕はたまたま友人達とわき道を見つけてしまい
 そこに足を踏み入れてしまったんだ

 目の前に出口があるのに
 ふとした好奇心で明らかにおかしな横穴に入ってしまった

 その穴は途中まではただの無骨な穴だったのだけれど
 とある場所からその様相を一変させた
 まるでドミノのような小さな長方形で洞窟の壁面全てがびっしりと覆われているのだ
 といっても壁面に長方形が彫られてるわけじゃない、
 むしろ長方形が浮き出ているのだ、倒れた後のドミノのように
 少しずつ位置をずらしながらかくかくと一つ一つが浮き出ている

 その圧倒的な存在に気おされていると上方からしょぼくれた声がかけられた
 大きな脚立の天辺にたって、小さなノミとトンカチをもって
 そのお爺さんは僕達にその壁の模様は自分が全て一人でやったと話す

 無骨な場所は普通の頭の少し上程度だったが
 実は段々と洞窟は広くなっていて、このドミノのような模様が浮き出てる場所は
 もう僕の身長の三倍くらいある

 そこを一人で彫るってのは一体どれくらいの作業なのだろうかと僕は思った
723 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/03(水) 03:05:18.22 ID:2/c1unIo

 さらに深いところに足を踏み入れていくと
 大きなドーム上の広場に出た
 ジオフロントのような半球体で
 その壁面全てがまたもドミノのように浮き出ている

 しかもその全ては先までのだたの土色とは違い
 彩色され、配色され、装飾されていた
 思えばなんの光源ももって居なかったにも関わらず
 常に視界が一定して保たれていたのだが

 そのドーム状の空間はさらに異様だった
 まるで外界にいるかのように壁は空模様を写し
 その下には元々ここにあった土から削りだされたのだろう
 沢山の建築物が立ち並んでいた

 明らかにここに一つの文明があっただろう光景
 もちろん見えている空はドミノに描かれた空でしかないが
 しかしその一つ一つが光を放ちドームは明るく照らされている

 けれど人は僕達以外誰も居やしなかった
 
724 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/04(木) 07:05:08.22 ID:HXtIL7wo

 今日はまたよくわからない感じだった。
現代歴史の教師をやってる内臓系の医者を訪ねたら
小さい女の子が泣きそうになってインターフォンにでた。

 友人曰く、その子はあやめちゃんと言うらしく
泣かしたら最後医者にぶっころぶっころにされるということで
三人で凄いあやしていた。
なんかフラグたった。

 その後なんかあやめちゃんが自分の妹になっていた
よくわからないけど、凄く精神的に弱くて自傷行為を繰り返す子で苦労した。
725 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/04(木) 07:09:38.93 ID:HXtIL7wo

 確か味美陽一がでてきた。
村おこしの手伝いみたいなのをしていた覚えがある。
一週間という期間内に一人でなんか色々やっていた、
自分はその手伝いなのか敵側なのかよくわからない感じだった。

 ただ25mプールを四千円で作っていた。
そしてできたプールになぜか俺のことを「七誌」とか「芋」とか呼んで来る
連中が集まってきてやたらSSの話をした。
全員が全員眼鏡をかけてたので俺はおもむろに眼鏡を外した覚えがある。
コンタクトにしたい。近々する予定。

 白いワンピースの女の子が岩場に居て
その娘と仲良くなった。
兄弟姉妹の多い子で、大変だという話を聞いた気がするが定かではない。
726 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/05(金) 01:16:21.96 ID:3.jZ6EAo
―――
727 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/05(金) 01:25:18.88 ID:3.jZ6EAo
真・傷物語案

・偽物語下以降の話
・傷物語で残ったみんなの不幸、その人類編
・『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとその眷属が再度君臨する可能性』

・暦と忍の少し良過ぎる親しさの表現から入る感じで
・近頃増えた暦と忍の血液の行き来
・妹達に明かすと同時に自宅でのほとんどの時間を忍とともに過ごす暦を描写
・戦場ヶ原の過度な愛情を登場させずに書けるかが議題
・神原、八九寺、千石、羽川等。各キャラとのやりとりを書く
・できればオリジナルキャラを絡めようとか思ってる
・特に理由もなく、強いて上げれば少し年齢を重ねた忍と相対したさに吸血鬼度を恣意的に上げ始める

・最終的にはお互い完全復活化
・忍野、影縫、斧乃木、(もしかしたら貝木も?)とのバトル
・そして世界に放たれる二人の吸血鬼
728 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/05(金) 01:35:10.65 ID:3.jZ6EAo

 戦場ヶ原ひたぎについて、僕が以前色々とあげたそのパーソナルや
アビリティ、その他数多のオプションや属性は意味を成さない。
というのも戦場ヶ原はとある一件を境にぱったりと別人の如く
びっくりする程のキャラチェンジを果たしてしまったからだ。
いつだったか羽川が「いめちぇん」と称した髪型等の変更、
あれはあれでクラスが転覆しかねない程の変貌であったが。

 しかし戦場ヶ原のキャラチェンジはそれを更に上回る。
基本的に同様の行動を連続で行うと後続の方が
インパクトというかパンチに欠けてしまうのが当然の理だ。
それは当然前回ので一定のハードルができてしまい、
驚くという行為に対しても免疫が現れてしまうからだ。

 だというのに、戦場ヶ原のキャラチェンジというか、
属性の総とっかえを行った時の反応はやばかった。
クラスが転覆しかねないなんてものじゃない、
転覆して海の中に沈んだ後、もう一度その勢いのまま起き上がったら
いつの間にか別の場所に転移してたみたいな混乱に陥った程だ。
――いや、この説明もぶっちゃけよくわからない、
あの時の爆発テロみたいな事態に僕自身ついていけてなかったのだ。
729 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/05(金) 01:35:31.59 ID:3.jZ6EAo

 ついて行けなかったというか、
もはやついて行きたくなかったというか、
ただただ認めたくなかったというか。そんな感じ。
お前、誰だよ? みたいな。
双子の姉妹が居たのかよ? みたいな。
個人的にその有様というか惨状はあまり語りたくはない、
語ってどうこうという話じゃないし
彼女の事をまるでくるくるパーみたいに評するのも躊躇われるからだ。
……ん? いま僕は間接的にくるくるパーになってしまったことを口外してしまった?
まぁいい、兎にも角にも、僕が言いたいのは彼女が変わってしまったという事だ。

 劇的に。
いや、むしろ悲劇的に。
不吉の塊に評されたようにつまらないとは思わない、
普通になったことを“なってしまった”なんて悲観的に表現したりもしない。
ただ、気づいてしまっただけなのだ。
一時はよかったと、それでいいんだと、おめでとうと、言えたとしても。
そこに存在する不和に、不調に、不備に、不当に。

 この話の結末をいつぞやのように先んじて言ってしまうならば、
結局のところただの痴話喧嘩のような物だろう。
怪異は生じず、怪奇は存在しない、
ただの僕と戦場ヶ原に芽生えた一抹の“普通”。
それが拗れに拗れたただの喧嘩。

 これを僕が語る事に意味はない、
一種の自慰行為、自傷行為、そういう類。
きっと、そういうお話。
730 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/05(金) 01:35:48.51 ID:3.jZ6EAo

 002.

 僕は悩んでいた。
自分の部屋、自分のベッドに腰掛けながら
頭を両腕で抱えるという典型的なポーズを保ちながら
もうかれこれ一時間ほど悩み続けている。
時刻は二十三時、そろそろ日付が変わる時間帯である。
カーテンの外は当然暗く、ほとんどの家の窓から明かりが消えている。
妹達は明日も学校という事もあり既に布団に潜っているし、
両親も同様だろうと思う。流石にそれ以外の可能性は考えたくない。

「って言うかどうでもいいんだよそんなこと!」

 危うく両親の見たら幼心にトラウマとなる出来事トップ3を
頭に巡らせてしまうところを大声で叫ぶという
時間を鑑みない行動でキャンセルする。

 悩んでいること。
それはあと二週間に迫った大学の受験のこと、
如いては戦場ヶ原の事だ。

 なにも成績がやばいとか、
Dランク判定を貰ったとか、
そういう類の悩みじゃない。
もし仮にそうだとしたら悩むより先に机に向かうという話だ。
なのでそうじゃない、そうではないのだ。
そうだとしたら如何ほど話が楽なことか。

「あー、どうしよう……」

 むしろその逆、逆なのだ。
恐ろしいほどに脳の回転が口車にしか使われてない野朗と
変な定評のある僕が、なんと言う事かのA判定。
合格率90%という素晴らしい数値が横に添えられた判定を頂いた。
731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/03/05(金) 21:15:27.11 ID:3XYOxTgo
あれはお前だったのかww
732 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/06(土) 05:04:29.09 ID:bLTU5E.o
はい、そうです
山手線です
733 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:39:14.05 ID:0ZxbfFIo

 01.

 夜の蜘蛛は殺せ。
 朝の蜘蛛も殺せ。

 02.

 僕の妹はおかしい、
狂っていると言って過言で無いほどに、おかしい。
親戚の間でも忌避され阻害され、
聞くところによるとクラスの方ででも孤立し孤独らしい。

 学校を歩いていれば一日に一度は妹の話題を耳にする、
今日はなにをしたとかしてないとか
昨日はなにをやらかしたとかどうとか
そんな妹の一挙手一投足の話題が、絶えない。

 けれど僕はそれに対して
なにか策を講じようとか言う助ける気持ちや、
可哀想とかどうとか言う同情の感情を持ちはしない。
持つ意味が、無い。

 迫害される。
多人数が同一の空間で同時に過ごすという行為上、
大なり小なりそれは当然どこかに生じる自然現象だ。
その対象が妹だと言うだけでそこになにか感慨を持つほうがおかしいのだ。

 あって当たり前の事象。
それに対してわざわざ手を出すほど僕は傲慢じゃない。
――いや、そもそもとしてだ。
狂っている僕の妹は、そんなものを必要としていない、
迫害されて居ながら、僕の妹は自身のクラスの中心に存在する。
というよりも、中心に存在するからこその、孤独なのか。

 中心は、単一。
その他大勢から一定の距離を取られた円、その真ん中。
あそこまで行き着いた奇人を、僕は妹以外に知らない。
734 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:39:36.50 ID:0ZxbfFIo


「おはよう」

 音を立てて立て付けの悪い教室の扉を開く、
勿論、妹のではなく自分の教室の扉をだ。
すると既に登校しているクラスメートは
当然のように僕に挨拶を寄越す。
僕も、それに平然と答えながら自分の席に腰をかけ
鞄を机脇のフックに掛ける。

 と同時に深巫が机にするすると近寄ってきて
僕の机の上に座る。

「やぁ、元気?」
「そこそこだけど」
「それはそれは重畳だ」
「深巫はどうなんだい? あまり顔色がよくないけど」
「二日目だ」
「そうか、それはそれは重畳だ」

 僕は会話をしながら鞄から机に私物を移動させる。
机に座り頭上から言葉を投げかけてくる女子に文句を言ったりはしない、
言うだけ無駄だと知っているからだ。

「しかし掃村、毎度ながら凄い量の扶養物だな」
「君も、毎度ながら学校に全く荷物を持ってこないね」

 深巫。
フルネームは深巫秤というクラスメートの女子で、
僕の友人の一人。口調が少々風変わりだけれど
それはそれで個性だろうと僕はなにも言わないで居る。
同様に、休み時間の度に僕の所に来て
僕の机を椅子代わりに使うことも、何も言わないで居る。

「しかし今朝はずいぶん豪快だったね。
 妹さんになにを言ったんだい?」
「別に大した事じゃないよ、普段どおりさ」

 妹、妹、妹。
僕の一つ下の妹。
今日の登校中、下駄箱で語った電波な発言を一蹴した僕の首根っこを捕まえて
安い金属製の下駄箱を人形に凹ます勢いで叩き付けた妹。
狂っているというか、ただただ馬鹿力の方に目が行く。

735 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:39:56.40 ID:0ZxbfFIo

「君も馬鹿だね」

  深巫は僕の机に腰をかけたまま、
上体を前後に揺らしながら笑って僕を嘲る。

「毎度思うけれど、君は実の所極度なマゾヒストなんじゃないかい?
 でなければ態々危険を冒してまで妹さんを挑発したり刺激したりはしないよ」
「僕の妹は爆弾か」
「似て非なるものだね、放って置く分には問題ないし
 むしろ表面上だけでも同意してあげたり乗ってあげたりすれば普通にやり取りも成立する」
「それは成立してないと僕は思う、
 二人が同じ壁に向かってボールを投げてるだけだ、キャッチボールじゃない」
「上手い事言うね」「それはどうも」

 実際、今朝の妹とのやり取りも
別に成立してるとは言い難いなにかだった。
妹が一方的に訳のわからない話を捲し立てて僕に迫り、
無視を続けていた僕が流石に一言くらい相槌でも打ってやろうと
口を開いた瞬間に首根っこを掴まれたのだから。
あれは逆でも半でもなく、ひたすらに意味不明なキレだ。

「君は妹さんが可愛くはないのか?」
「可愛いとは思うよ。客観的に見てあれは美人だ」
「そういう意味じゃない掃村。愛着とかそういう意味だ」
「ないよ。兄弟は他人の始まりって言うしね、
 血の繋がりがある訳じゃない、同じ血が流れてるだけだ。
 だったら君と僕も同じことだろう」
「淡白だ、冷淡と言っても良い。
 まがりなりにも十数年の時間を共にしてる癖に」

 時間、ね。
問題なのは時間じゃなくて距離だ。
百万光年じゃないが、どれだけ同じ時間を過ごそうと距離があればそれは親密ではない。
僕と深巫は親しいけれど、それは時間を長く過ごしたからではなく
単に距離の問題だ。
736 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:40:32.89 ID:0ZxbfFIo

 そんな、まぁ世間一般とは少しばかりずれた
華も咲かない世間話に興じているとガラリと黒板側の扉が開く。
HRまではまだしばらく時間があるので教師ではなかろうと扉の方を向くと
案の定クラスメートが一人、扉付近の女生徒と挨拶を交わしながら自分の席に歩いていった。
僕はその様を横目で眺めながら会話を続ける。

「十数年一緒に過ごしてるからこそ、
 あいつがもう手遅れだって事がわかるんだよ」
「手遅れ、ね。私はそう思わないけど」
「深巫はそうかも知れないけれどね」

 投げっぱに言い放つ、
この話題はこれで終わりにしようという合図だ。
なんで自分の妹の狂いっぷりについて歓談しなくてはならないのだ。
僕は少し息苦しさを感じながら制服の首元を指で引っ張る。

「ふむ、保健室にでも行っとくか?」
「どうしてだい?」
「首に痣が残っている」
「……」

737 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:41:16.40 ID:0ZxbfFIo

―――

 僕の妹が狂っていると判明したのは、
はていつ位昔の事だったか僕は今一記憶に残っていない。
というのも、僕と妹は先刻言った様に一つしか年が違わないので
妹が幼い頃というのはイコールで僕の幼い頃な訳で、
当然記憶というのも曖昧模糊とした物にならざるを得ない。

「お兄ちゃんは凄いんだよ」
「僕がすごいの?」
「うん。お兄ちゃんはとっても凄いの、私はそれを知ってるの」
「そっか、僕はすごいのか」
「とっても凄いの、それで格好良いの、細い剣でばしばし倒すの」
「なにを?」
「人間」

 幼少の頃、記憶に残る最古の妹とのやり取りはこんなだ。
当時の年齢を考えれば微笑ましい兄妹の会話なのだが、
今の妹を思えばこれは片鱗とも言えるなにかだったのかも知れないとすら思う。
疑心暗鬼、暗中模索と言った感じだ。

 如何せん、妹の心中など僕には計り知れないので
憶測、推測、推察、そう言った仮定に仮定を重ねた思考が
妹を語る上でほとんどを占めてしまう。

 狂っている、というのもだからそれは一般論であって
それが正しいとは限らないのだ。
それが心理だとは誰も言ってない。
ただただそうであろうと思っているだけ、
思っているだけの、机上の空論みたいなもの。
正当性など、一ミリも無い。

 妹は、妹なのだから。
738 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:41:35.35 ID:0ZxbfFIo

「掃村」

 授業終了の鐘が鳴って教師が教室から退出する、
と時を同じくしてすぐ隣の席に座って授業を受けていた深巫は
そのまま座ってる椅子をこちらに向ければ済む話なのにも関わらず
一度席を立って僕の机によいしょと形の良いお尻を下ろす。

「どうした、浮かない顔をしているようだけど」
「君ほどじゃないよ、腹痛の波は去ったの?」
「あー、まー、普通かな」
「そうかい」

 くすくすと、不意に深巫が笑う。
愉快そうに痛快そうに、嫌らしい表情で笑う。

「しかし君も天邪鬼だ。
 他人に妹さんの事を語られるのは好ましく思わないくせに
 自分自身の頭の中は妹さんの事で一杯かい?」
「……なにを言ってるんだい君は」
「授業中、随分と物思いに耽っていたみたいだけど?
 授業にもっと集中した方がいいと私は思うよ」
「その言葉そっくり君に返すよ、
 僕を見てる暇があったら黒板を見ろって」
「ふふっ、あんまりにも横で集中されているようだったから
 ついつい気になってしまって困りものだ」

 一人で頷きながら笑う彼女、
僕は嘆息を一つついて席から立ち上がって背中を向ける。

「どこに行くんだい?」
「屋上」
「一昔の不良みたいだね、授業はどうするんだ?」
「……さぼるよ」
「そうかい、では私は知らぬ存ぜぬを通すか」
「頼んだ」
」
739 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:41:44.57 ID:0ZxbfFIo

 休み時間特有の教室の喧騒を抜け
僕は人の少ない廊下を一人歩く。
昼の休みならともかく授業間の短い休みで
トイレ以外の理由で教室を出る人間は少ない。

 ふと、廊下の反対側の壁、そのほとんどの面積を覆う窓を見てみれば
外は快晴、雲ひとつ無い空から降りる日光に中庭が照らされ
比較的大きな池で定番の鯉がのんびりと泳いでいるのが見て取れた。

「気ままだな、羨ましいとはおもわねえけど」

 意味も無い呟きを唱えながら
廊下を渡り、購買前にでる階下への階段とは別の
登り階段を音も立てず歩く、
教室から漏れる生徒達の声は聞こえるものの、
やはり誰とも遭遇しない。
僕みたいな天邪鬼や、もしくは。

「んだぁ? ……あぁお前かよ」
「気持ちよさそうだね、後追」

 彼のような、気まぐれ者が居ない限りは。
740 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:41:50.91 ID:0ZxbfFIo

 後追 咲良。
僕の友人の一人、男子生徒。
同級生ではあるがクラスメートではなく、
正直に言ってしまえば僕は彼がどこのクラスに所属しているのか知らない。
ただ以前一度見た生徒手帳の色で同輩であるとだけわかっているだけで、
僕はこいつとこの屋上以外の場所で顔を合わせた事がない。

「なんか用か?」
「九日十日。……別にそういう訳じゃないよ、単に寝転がりたくなっただけだ」
「ふぅん? ま、確かに今日は気持ちが良いぜ。
 暖けぇし、午前は運動系の授業もねぇから静かだしよ」
「そいつは良い事を聞いた、昼までここに居座ろう」
「勝手にしろ。俺の場所じゃねーし」
「だね」

 雨風で汚れた屋上のコンクリート、
そこに大の字になる後追の横に僕は腰を落ち着けた。
コンクリートは日光でほのかに温まり、
少し前まで他人が座っていた椅子の感触を思い起こさせてくれる。

 次いでごろんと制服が汚れるのも構わず
背中をべたりとつけて寝そべる。
当然上空に浮かんでいる太陽が思い切り視界に入り
目が眩み、閉じた瞼の裏に残像として残る。

「空ってさぁ、広いよな……」

 瞼越しに日光が眼球を余すとこなく照らし、
血液の赤で視界が染まるのを感じながら
しばしの間時折流れる風を受け止めていると
不意に隣で転がっていた後追が口を開く。

「そりゃ、そうだね」
「なんで、広いんだろうな」
「地球がでかいから、その周りはもっとでかいんだよ」
「ふぅん。地球がでかい、ねぇ」
741 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:41:57.95 ID:0ZxbfFIo

 意味ありげに言を濁す隣の友人に、
僕は何を言うでもなくいい加減目が痛み始めたのもあり
寝返りを打って横向きになることで答えた。

「俺はそうは思わないんだよな」
「はぁ? 地球が小さいって? 君はどんだけスケールの大きい人間だったんだよ」
「そうじゃなくて、地球が大きいと感じるのは人間が小さいからだと思うんだよ」
「……言いたい事がわかんないな」

 僕は目と太陽の間に腕を居れて影を作り
少しだけ瞼を開いて後追に目を向けてみる。
後追も似たような体勢でこちらをみていて目が合った、
……軽く死にたい。

「あー、つまりさ」

 そのまま続ける後追。
屋上で授業サボって男同士寝転がりながら
見詰め合っての談笑って一体どうなんだろうか。
僕としては一刻も早く目を逸らしたい。

「俺ってさ、ちっちゃいじゃん?
 高々170と数センチ程度な訳だ。
 これが、まぁ大体平均だとするだろ?」
「うん」
「となるとだ、人間って実は世界で一番ちっせぇ生き物なんじゃねえかなとか思うわけだ」
「一番小さいって訳はないだろ、
 いくらでも小さい生物は居るさ。微生物だけでも種類がいくつあることか」
「そうじゃなくてさ。
 そいつらみたいに、もっと小さい生物ってのは
 地球単位じゃなくて、もっと狭い世界ってのを持ってるだろ?
 人間ってのは、変にそいつらよりもでかいから本当の大きさを知って
 それと比肩して小さく感じちゃってさ」
「あー、わかるようなわからないような」
742 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/10(水) 18:42:00.32 ID:0ZxbfFIo

 自分だけの世界、
自分だけの世間、
狭くて、小さくて、身近で、至近で、
だからこそ自分を確立できているわけで。

「地球はさ、いつまでも板状で端に行くと落ちるとか行ってるレベルでよかったんと思うんだよ俺は。
 だっつーのに地球のでかさ知ってよ? 宇宙とか意味わかんねぇ世界にまで手ぇ伸ばして
 一体なにがしたいんだっつーの。そんなに自虐行為が楽しいかね?」
「知識欲とか好奇心とかの問題だよそれは、
 見方の問題だと僕は思うけどね」
「俺はネガティブなのかね?」
「前向きではないと思うけどね」

 はぁとため息を一つついて後追は僕から目を外して起き上がる。
僕は、それに釣られた訳じゃないけど、
なんとなく同様に起き上がる。
黒で統一された制服が異様に熱を持ち始めたからかも知れない。

「まぁ、なんでもいいけどさ。
 人間って儚いって事だよ」
「それは同意だな。儚い、良い言葉だね」
「良い言葉とは、思わないけどな
743 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2010/03/10(水) 21:40:05.63 ID:OOMDqOUo
おもしろい 支援age
744 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2010/03/12(金) 23:20:21.22 ID:GV4lv2DO
あげ
745 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/27(土) 03:20:10.92 ID:/66RW0.o

 儚い。今にも消えそうで、朧で、曖昧で、有耶無耶で。
手を伸ばせば掻き消えて失せてしまいそうな、存在。
僕は決してそんな物が良いとは思わない。思えない。

「その辺は感性の差っつーか環境の差みたいなもんだろうな」
「どうだろうね」
「お前は少し繊細なんだと、俺は思うよ」
「それはない」
「……じゃあ俺が乱雑なのかね?」
「僕に言わせて貰えれば、後追の方が繊細だと思うけれど」
「俺が繊細? それはねーよ、お盆の上に広がった世界がひっくり返って零れたとしてもねーよ」

 呆れたと言わんばかりの失笑を浮かべて、
後追は僕の言葉を力なく否定する。
僕としては冗談ではなく、素直に思った事を口にしただけなのだが。
746 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/29(月) 07:02:16.80 ID:fyb/eBMo

―――
747 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/29(月) 07:04:09.86 ID:fyb/eBMo

01.

 阿良々木月火は、阿良々木暦にとって大事な妹であると同時に
戦場ヶ原ひたぎが性格を矯正された今現在において
多分僕の中で最も身近な恐怖の対象である。
千枚通しで風穴を開けられそうになったり、
包丁でナマス切りにされそうになったり、
五寸釘を体内に幾つも埋め込まれそうになったりと
その過去の事例を挙げるに暇が無く、切りが無く、事欠かない。
僕は日常生活を送る中でなにに気をつけると言ったら、
第一にここであると言って過言で無いほどに
阿良々木暦の下の妹、阿良々木月火は親愛の対象であると同時に恐怖の対象だった。

 ただ、勘違いはして欲しくない。
上記のような経歴を見てからではやや遅いかも知れないが、
しかし阿良々木月火が単なる暴力魔やそれに類する何かであるような
そういった誤解はして欲しくない。
僕の下の妹は、思うに不器用なのだ。
感情を表現することが。
というよりもむしろ生きることそのものに対して、不器用であると言っても良い。

 不器用。
それは器用でないという事、
細かいことが、不得手。
ただただ、真っ直ぐなのだと、そう思う。
これは兄と言う些か以上に評価が甘い、
法的にはアリバイの立証として認められない立場の人間の言葉故に
あまり信じてもらえないかも知れないが。
けど僕はそういった点を抜いても、
多分親しい他人として月火という一人物と付き合ったとしても、
同様の感情に近い感傷を抱いただろうと断言できる。

 阿良々木月火。
お前という人間は、どこまでも不器用で、
それだからこそに、どこまでも真っ直ぐなんだと。
僕は心の底から言える。

 兄の欲目、想う故の盲目。
好きに言うが良い。
どうぞ御自由にだ、妹の名誉のために汚名を受ける。
兄としてそれこそが最高の名誉じゃないか、
諸手を挙げて受け入れてやろう。

 ただその前に、一つだけ聞いて欲しい。
僕を罵る前に、一つだけ清聴して欲しい。
僕の妹のその純粋さが招いた、
一つの、物語を。
748 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/29(月) 07:04:30.29 ID:fyb/eBMo

02.

 放課後の教室で可愛い女の子と二人きりという
シチュエーションは、まぁありがちではあるものの
しかし結構胸躍る状況なのだろうと僕は推察する。
それで傾いた太陽がオレンジ色に教室の中を染めた中で
校舎の外からは部活してる連中の爽やか且つ野太い声が僅かに聞こえて、
時折金属バットの甲高い音が響いたりしちゃったり――。

「阿良々木君、手が動いてない」
「……はい。すみませんばさ姉」
「謝らなくて良いから早く続き」
「わかりましたばさ姉」

 僕は羽川に穏やかな叱咤を受け
妄想と言う名の現実逃避から帰還して
目の前の大学ノートに向き直ってシャーペンで文字を連ねる。
内容は学校行事の出し物なんかではなく、
比較的僕の得意科目である数学の式。
参考書の最後についてる小テストを
羽川の監督の下で解いてる最中である。
この結果が残念になってしまうと
僕としても非常に立つ瀬がないので
意外と気楽にできない。というか普通に緊張する。
羽川さん怖い。

「ていっ」
「いたっ! えぇ、なに? なんで僕いま消しゴムぶつけられたんだ?」
「不穏な思考を感知しました」

 そんな無茶な……。
羽川さんお茶目にも程があるぞ、
もう迷走しすぎだよ。いめちぇん以降若干キャラが不安定だ、
きっちり固めていただきたい。なるべく早急に。

「はいはい、考えるのは問題の事だけにしてね阿良々木君」

 にっこりとした笑みで僕の不満を黙殺する羽川。
残念なことに僕はそれに対抗する手段など持ち合わせていず、
自分の机に黙って言われたとおりに額を撫でながら
普通に難しい小テストと睨めっこする。
といってもあと数問で終わりだし
その問題のどれもがなんてことはない設問なので
ぶっちゃけ僕としては後は惰性に似た何かだ。
きっちり集中してケアレスミスさえ起きないようにすれば、
数分で終わる。
749 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/03/29(月) 07:05:14.48 ID:fyb/eBMo

「あぁ阿良々木君。これ、一応テストだから時間計ってるからね?
 制限時間の五十分まであと六分」
「マジで!? なんでこのタイミングで制限時間の存在を明らかにするんですか羽川さん!」
「時間掛ければ大抵の問題は解けるでしょ?」
「…………」

 あっけらかんと言ってくださる。
まぁ確かに焦りがなくなればミスも減るし点数は上がりやすいけど、
普通最初に言わないかそれ?
羽川さんキャラ固めるにしてもドS方向はやめてね。
本気で。

 なぁんて事をつらつらと思ったりしてる内に
テストは終了。ギリギリ僕は最後の問題も解き終わって
羽川教官にノートを提出することができた。
いまは羽川の採点待ちなのだが、
その羽川さんが参考書最後尾付属の答えを見ずに
丸付けしている辺りがなんとも羽川だ。
流石という他無い。
750 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/04/16(金) 20:09:40.50 ID:CDjxQ1Mo
スレ立て規制
751 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/04/16(金) 20:13:53.83 ID:AqNQrfM0
どんまいとしか言い様が無いな
752 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/04/16(金) 20:28:03.54 ID:CDjxQ1Mo
書き込みはやっ
あることにも驚いたがその速度にもっと驚いたわ
753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/05/19(水) 20:22:22.76 ID:Lj38vp6o
ほ
754 : ◆7SHIicilOU2010/06/20(日) 03:39:42.69 ID:TIlkjoDO
ほ
755 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/08/12(木) 08:30:00.20 ID:Yi0GeVIo
ほ
756 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/16(月) 22:35:40.83 ID:768hblUo
少々修正

―――

02.

 放課後の教室で可愛い女の子と二人きりという
シチュエーションは、まぁありがちではあるものの
しかし結構胸躍る状況なのだろうと僕は推察する。
それで傾いた太陽がオレンジ色に教室の中を染めた中で
校舎の外からは部活してる連中の爽やか且つ野太い声が僅かに聞こえて、
時折金属バットの甲高い音が響いたりしちゃったり――。

「阿良々木君、手が動いてない」
「……はい。すみませんばさ姉」
「謝らなくて良いから早く続き」
「わかりましたばさ姉」

 僕は羽川に穏やかな叱咤を受け
妄想と言う名の現実逃避から帰還して
目の前の大学ノートに向き直ってシャーペンで文字を連ねる。
内容は学校行事の出し物なんかではなく、
比較的僕の得意科目である数学の式。
参考書の最後についてる小テストを
羽川の監督の下で解いてる最中である。
この結果が残念になってしまうと
僕としても非常に立つ瀬がないので
意外と気楽にできない。というか普通に緊張する。
羽川さん怖い。

「ていっ」
「いたっ! えぇ、なに? なんで僕いま消しゴムぶつけられたんだ?」
「不穏な思考を感知しました」

 そんな無茶な……。
羽川さんお茶目にも程があるぞ、
もう迷走しすぎだよ。いめちぇん以降若干キャラが不安定だ、
きっちり固めていただきたい。なるべく早急に。

「はいはい、考えるのは問題の事だけにしてね阿良々木君」
757 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/16(月) 22:36:00.41 ID:768hblUo

 にっこりとした笑みで僕の不満を黙殺する羽川。
残念なことに僕はそれに対抗する手段など持ち合わせていず、
自分の机に黙って言われたとおりに額を撫でながら
普通に難しい小テストと睨めっこする。
といってもあと数問で終わりだし
その問題のどれもがなんてことはない設問なので
ぶっちゃけ僕としては後は惰性に似た何かだ。
きっちり集中してケアレスミスさえ起きないようにすれば、
数分で終わる。

「あぁ阿良々木君。これ、一応テストだから時間計ってるからね?
 制限時間の五十分まであと六分」
「マジで!? なんでこのタイミングで制限時間の存在を明らかにするんですか羽川さん!」
「時間掛ければ大抵の問題は解けるでしょ?」
「…………」

 あっけらかんと言ってくださる。
まぁ確かに焦りがなくなればミスも減るし点数は上がりやすいけど、
普通最初に言わないかそれ?
羽川さんキャラ固めるにしてもドS方向はやめてね。
本気で。

 なぁんて事をつらつらと思ったりしてる内に
テストは終了。ギリギリ僕は最後の問題も解き終わって
羽川教官にノートを提出することができた。
いまは羽川の採点待ちなのだが、
その羽川さんが参考書最後尾付属の答えを見ずに
丸付けしている辺りがなんとも言えない。

「ん〜……」

 丸をつけながら軽く唸ったり首を傾げたりと
様々なアクションまで披露する羽川物凄い不安感を煽られる僕。
嘘だろ? 最後は軽く焦ったけど
それでもそれなりにできたという手応えはあったのに、
まさかその手応えは完全に
気のせいで実際は目も当てられない物なのだろうか?
やべぇ……。
758 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/16(月) 22:36:22.70 ID:768hblUo

「うん」

 採点が終わったのかペンを置いて頷く羽川。
どうしよう、この後羽川の口から「残念ですが、手遅れです」
なんて台詞が僕に投げかけられでもしたら
僕は速行で窓から身を躍らせる自信が有る。
最後に忍に血を飲ませたのはいつだったっけ……。

「すごいね阿良々木君、びっくりしちゃった」

 それはびっくりするほど出来が悪いということなのか?

「ううん、その逆」
「ぎゃ、逆?」
「とってもよくできてたよ、この調子で頑張れば大丈夫だと思うな私は」
「そ、そっか……。よかったぁ」

 「はい」と返された大学ノートに付けられた
赤い軌跡はそのほとんどが丸い形を描いていて、
僕はそれを見て心から安堵する。
と同時に先程の思わせぶりなアクションについて質問してみる。

「でも、ならなんで採点中あんなに唸ってたりしたんだ?
 その所為でてっきり点数が悪いものだと勘違いしたんだが」

 結果はこうなったけれど、
変な決意を一時的にとはいえしてしまった。
ニコニコと採点してくれたなら僕もまだ穏やかな気持ちで
結果を待つことができただろうのに。

「うん? あ、あれは阿良々木君に少しでも長く
 緊張した状態を保ってもらう為」
「……へえ、それはそれは」

 ――随分と底意地の悪い事を、
とは思っても勿論続けはしないけれど……。
どんどん僕の周りの女子が恐怖の対象になっていってる。
これは良くない傾向だ、本気で対処法を探さなくては。

「でもそれだけじゃないんだよ?」

 僕が今後近い未来に実現しかねない
完全恐怖包囲網の打開策を練っていると
羽川は咳払いを一つ付いてそう始めた。
759 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/16(月) 22:42:53.49 ID:768hblUo

「唸ったり、首を傾げたりしてたのはね阿良々木君。
 なんでだろう? って、思ったからなんだ」

 羽川は極普通に、世間話のように、
心中に沸いた疑問を口にする。

「なんでこんなにできるのに今まで阿良々木君は勉強をしてこなかったの?」
760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/08/17(火) 00:01:04.74 ID:58cJcQIo
        /: : : : : :-、∨: : : : : : : : : : : : : : : : ::\: : ::; -<: : :i: '∧: : : : /::!
      /\: : : / ⌒`´⌒ ヘ:\: : :.ヽ: : : : : : : ∨::{ , - 、 V: l: ',∧: :/: ::!
     ,':/: : >,'        V',ヽ: : :',: : : : ::/:V:」.{  j l: : : ::',∧: : : : :
      i.:!: : : : !           V', ∨: ̄:: ̄: : : : :i  二ノ: : : :::',.∧: : : :|
      |:l: : : : i            V', ∨:',: : : : : : : ::ヽノ: : : : : : : ::',.∧: : ::!
      `!: : : ::!            l::レ∨!: : : : : : : : :レ─ 、: : : : :.´: : : : :|  もう!いい加減のびないとだめだよ!
     |: : : ::i\_,   、,、____, 匕:|  ∨: : : : : : : : :i/  Y: :/ : : : : : : !
     | : : : ::/テ≧、       ´rテ‐-!、 __∨: : : : : : : ::!: :   l: ,': : : : : : : :ヘ
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761 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/18(水) 23:22:20.45 ID:l0sxGzko
そ、そういわれましても……



あ、誰かこのスレのどこに何があるかまとめてくれる人いない?
>>00-00 ○○

 見たいな感じで!
762 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/08/20(金) 02:38:43.13 ID:vD/yFVgo
あ、ごめんなさい
調子に乗りました
763 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/09/01(水) 18:47:45.26 ID:72VocB.o
よくよく考えればすげぇスレだよな
764 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/09/18(土) 01:08:48.05 ID:l3fSUtgo
と、言いますと
765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/09/18(土) 01:13:28.97 ID:7c3hB/wo
久々だな
766 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/09/19(日) 22:55:31.74 ID:k5K8Cyoo

―――

 磐城小石は有名だった。
同級生だけではなく、全校で。
学校内だけではなく、もっと広範囲にまで知れ渡った有名人。

 容姿が逸脱してる訳でもなく。
 発言行動が奇矯な訳でもなく。
 文武問わず成績が優秀な訳でもなく。
 由緒正しき家柄という訳でもなく。
 凄惨な過去を持つ訳ですらない。

 けれど磐城小石という人物は、
その存在感のみで有名だった。
あるいは存在そのものが。
とにかく、その磐城小石が保有する特殊性によって、
磐城小石は、自身の知らぬ人間に自分を知られているという
あがったかさがったか判断し辛い立場になった。

 磐城小石が持つ特殊性、
それは産まれた瞬間から始まった。
彼女はドッペルゲンガーと共に産まれたのだ。
世間一般的に言えば双子であるが、
しかし当然ただの双子では有名になどなりはしない。

 正確に言うと磐城小石姉妹。
磐城姉妹ではなく、磐城小石姉妹。
姉の姓は磐城、名は小石。
妹の姓は磐城、名は小石。
二人で一人、一人が二人。
名前は体を、存在を現すなら、
これ以上同一の存在はこの世には存在しやしないだろう。

 磐城小石姉妹。一つを二つに分け与えたかのように
自我も自意識も自己主張も、滅茶苦茶に希薄な彼女達。
けれどその存在感だけは、圧倒的だった。
767 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/01(金) 14:19:51.13 ID:r7qf.Wwo

―――
768 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/01(金) 14:24:58.56 ID:r7qf.Wwo

 でもそんなことを言ってもしょうがない。
あいつはここに居なくて、
僕はここに居るんだから。

 気づくのが遅かろうが、遅すぎようが、
手遅れでないのならそれでいいと思おう。
思うことにしよう。
じゃないと、報われないから。

 僕は僕なりに怪異と向き合えばいい。
769 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/01(金) 15:00:21.98 ID:r7qf.Wwo

 04.

 忍とミスタードーナツに行って
ドーナツを二つ貰い、それを両方とも忍に食べられ
さらに足りないからとポン・デ・リングやチョコファッショや
ゴールデンチョコレート、エンゼルクリーム等様々なドーナツを買わされた
その翌々日。つまりは月曜日。
770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/10/01(金) 23:33:23.18 ID:HpwW8yAo
久々だな
771 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/02(土) 00:29:09.86 ID:QJBWnI.o
修正

 04.

 忍とミスタードーナツに行って
ドーナツを二つ貰い、それを両方とも忍に食べられ
さらに足りないからとポン・デ・リングやチョコファッショや
ゴールデンチョコレート、エンゼルクリーム等様々なドーナツを買わされた土曜日。
あの日に交わした些細な会話を最後に僕と月火は今日まで一言も会話しておらず、
つまりは仲直りも果たしていない。

 というか、僕はあれ以降月火の姿そのものを見ていないのだ。
学校には行ってるみたいだし、微妙にニアミスしたりもしているのだが
故意か、はたまた奇跡みたいな偶然か、
同じ家に住んでいながらあれからの数日僕は月火と本当に遭遇していない。

 火憐も同様で、気配はするけど会えないとよくわからない事を言っていた。
まぁ気配で場所と個人を特定できる感覚が僕には当然わからないので
適当に無視をしたけれど。
772 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/02(土) 00:38:31.39 ID:QJBWnI.o

 しかしそんな状況に僕や火憐ちゃんは
置手紙やいると思われる部屋の外から接触を試みたりなどせず
月火ちゃんに対してここ数日、完全にノータッチを貫いている。

 単にここまで切れたことの無い月火ちゃんに
どう接して良いのかわからないとか、
今度こそ殺されるんじゃという恐怖などがあって
躊躇っているわけでも、またない。

 放置することこそが最良だ、と、
どこか僕も火憐ちゃんもそう認識してる帰来が有る。
理由はわからないし、以前の僕なら確実に自分の用事や
学校等を放棄して月火ちゃんが元に戻るまで付きっ切りだったろうけど
どういう訳か今回はそうするべきだと思ったのだ。


773 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/10/22(金) 00:28:54.41 ID:qghT6zUo
あげ
774 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/11/20(土) 00:05:07.38 ID:Mt5afGgo

―――
775 : ◆7SHIicilOU[saga]:2010/11/20(土) 00:11:45.42 ID:Mt5afGgo

 鈍く重い殴打音が響いた同時、
少女は後ろにあった自動販売機まで吹き飛んで
無様に地べたにはいつくばった。
その顔は殴られた傷と鼻血で見るも無残な状態。
震える唇の端からも血が絶え間なく流れ、
噛み合わぬ歯と歯の間から
恐怖をそのまま形にしたような声とも言えない音が漏れている。

「もう一度問おう見知らぬか弱い少女よ、
 素直に答えればこちらの――」

 台詞の途中で



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