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HTML化した人:lain.
荒野のアンパンマン
1 : ◆yGeJcSZNGM2009/06/10(水) 11:26:45.76 ID:nTxybkAO
「何だこりゃ……」

砲弾の飛び交う戦場から帰って来た俺は町を見下ろす丘に立って呟いた。
隣国で起きた革命が周辺諸国に飛び火して大規模な戦争へと
発展したことにより、大勢の成人男子が徴兵された。
この俺アンパンマンは長らく町のヒーローとして活躍した功績で
兵役は免除されていたが、お国のためよと自ら志願した。
ヒーロー仲間のカレーパンマンも同じ気持ちだった。
そして俺たちは旅立った。
町の皆に見送られて。
それが3年前のことだ。
2 :2009/06/10(水) 11:29:23.84 ID:nTxybkAO
町の光景はすっかり様変わりしていた。
のどかだった町並みは姿を消し、ゴミゴミとしたビルが立ち並んでいる。
そして、俺たちが育ったパン工場は――文字通り跡形も無かった。
黒ずんだ地面が見えた。
一体何があったのか。
俺はパン工場があったはずの場所へ飛んだ。
3 :2009/06/10(水) 11:30:20.98 ID:nTxybkAO
どうやらパン工場は火事で焼失したようだった。
飼犬チーズの小屋も無い。
俺の産みの親ジャムおじさんと娘のバタコさんはどこへ行ったのだろう。
俺はしばらくその場に立ちつくしていたが、市街地へ行ってみることにした。
とにかく知り合いを見つけて話を聞かなければ。
4 :2009/06/10(水) 11:30:52.36 ID:nTxybkAO
街行く人の顔にまるで生気が無い。
あれだけ活気があったのが嘘のようだった。
皆急いでいる。丸で何かに怯えて、早く家に帰りたがっているように。
歩き続けた俺は遂に知り合いを見つけた。
「ウサ子!」
5 :2009/06/10(水) 11:31:26.22 ID:nTxybkAO
俺は手を上げてウサ子に気付かせようとした。
彼女がこっちを見た。
目が合った。しかし――。
彼女は目を見開いて俺を見つめ、そして、逃げた。
こそこそと雑踏の中に紛れ込んでしまったのだ。
俺は彼女が消えた人混みを見ていた。
3年という歳月が町にもたらした変化は予想以上に暗く深そうだった。
6 :2009/06/10(水) 11:32:16.02 ID:nTxybkAO
程なく陽が落ちて夜の帳が下りてきた。
人がまばらになる。
但し増える奴らもいるようだ。
町の辻々に女たちが姿を現した。
どうやら娼婦のようだ。
戦場での経験は今までにない世界を見せてくれた。
だが、ここでそれを目の当たりにしようとは。
7 :2009/06/10(水) 11:32:50.65 ID:nTxybkAO
俺はとりあえず寝場所を探すことにした。
知り合いが見つからない以上、宿屋に泊まるしかない。
もっとも見つかった所でさっきみたいに逃げられるかも知れないが……。
俺はいつしか歓楽街とおぼしき地帯に足を踏み入れていた。
この町にこんな顔があるなんて、3年前までは思いもしなかった。
町が変わったというより、俺が知らなすぎたのかも知れない。
8 :2009/06/10(水) 11:33:30.91 ID:nTxybkAO
「ねえ、そこのお兄さん。ちょっと寄っていってよ」
不意に声をかけられて、俺はそちらに顔を向けた。
見ると、薄汚い服をまとった女が立っていた。
頭巾を被っているせいで顔はよく判らなかったが、しゃがれた声と
ほうれい線から判断する限りそう若くは無いようだ。
俺は断った。
が、彼女はしつこく言い寄ってきた。
「ねえ、いいだろ。ちょっとだけ。ねえ――」
女は俺の腕にすがりつき、俺の顔を見上げた。
9 :2009/06/10(水) 11:35:07.15 ID:nTxybkAO
「アッ、アンタ!?」
女が急に大声を出して俺を突き飛ばすように離れた。
背中を向けて足早に去って行こうとする。
「おい、待てよ!」
俺は女の袖を捉えてこちらへ引き寄せた。
女は顔を背けている。
「おいどうした! こっちを見ろ! 見るんだ!」
俺は女の顎に手をかけてこちらを向かせた。
街灯の淡い光が女の顔を照らした。
10 :102009/06/10(水) 11:35:49.79 ID:nTxybkAO
「ドキンちゃんじゃないか! 一体どうしたんだ!」

頬はこけ、目には隈が浮かんでいたがそれは間違いなく
ドキンちゃんだった。
青ざめた顔で俺から目を反らしている。
「黙ってたって判らない。何があったのか聞かせてくれ」
ドキンちゃんは反応しない。
俺は彼女を連れ、手近の宿屋に入った。安い所をと思っていたが
この際仕方ない。
11 :112009/06/10(水) 11:36:27.04 ID:nTxybkAO
「さあ、ここならいいだろう。俺たちの他には誰もいないぞ」
部屋に入った俺はベッドにこしかけ、ドキンちゃんに呼びかけた。
彼女はドアの側につっ立ってこちらを窺っている。
俺が睨みつけてやると、観念したのかベッドへ歩いてきて
俺と出来るだけ離れた所へこしかけた。
12 :122009/06/10(水) 11:37:50.09 ID:nTxybkAO
「俺がいない3年間、一体この町に何があったんだ? パン工場は
跡形も無かったぞ。ジャムおじさんやバタコさんはどうした?
それからアンタもだ。バイキンマンはこの事を知ってるのか?
アンタがこんな……」
「そんな一辺に訊かれても答えられないわ」
小さな声で言った。
震えているようだ。
そこにはかつての高飛車で我儘なドキンちゃんの姿は無かった。
一体何が彼女をこうも脅えさせているのか。
俺は訊き方を変えることにした。
「俺とカレーパンマンが旅立ったあの日からのことを教えてくれないか」
出来るだけ優しく言ってみる。
13 :132009/06/10(水) 11:38:31.91 ID:nTxybkAO
ドキンちゃんはぽつりぽつりと話だした。
「アンタたちが行ってしまってから、しばらくは町は平和で皆仲良くやっていたわ。
食パンマンは町の治安を守っていたし、バイキンマンはあまり
悪事を働かなくなったの。きっとアンタたちがいなくて張り合いを
無くしたんだと思う」
そう、俺たちは食パンマンに町を託したのだった。彼の行方も気になる。
「でも平和は長くは続かなかった。戦争がこの町にも影響を
及ぼしてきたのよ……」
14 :142009/06/10(水) 11:39:19.99 ID:nTxybkAO
「政府はこの町の郊外に軍需工場を作ることにしたの。あの山の
向こうだからアンタは気付いてないかも知れないけど」
ドキンちゃんは窓から見える山を指さして言った。
「町の皆は反対したわ。ジャムおじさんや食パンマンが先頭に立ってね。
でも、政府の方針は覆らなかった。何故なら熱心に誘致した男がいたから」
「何、そんな奴がこの町にいたのか?」
「ええ、彼は広大な土地を格安で政府に提供すると約束したの。
かさんでいく戦費にあえいでいた政府はこの申し出を歓迎したわ。
そして政府の強力なバックアップを受けて、男はこの町の支配者になった」
15 :152009/06/10(水) 11:40:19.67 ID:nTxybkAO
「そんな馬鹿なことが……」
「彼はこの町をすっかり作り変えてしまったの。豪華で猥雑な町に……」
「そんなことを何故皆は許したんだ! 食パンマンは!」
「彼は何もしなかった」
「何だと! どうして!」
「だってその男は何も悪いことをしていないもの。それどころか
国のために尽した英雄なのよ。勲章も貰った」
「だからって、町の皆がそいつを支持した訳じゃないだろう!」
「ええ。でも、食パンマンは何も出来なかった。彼は真面目過ぎたのね。
アンタやカレーパンマンなら違ったかも知れないけれど」
その時俺はドキンちゃんの言葉に食パンマンへの軽蔑が含まれていること
に気付いた。そう言えば彼女は以前のように食パンマンに様を
付けていない。
16 :162009/06/10(水) 11:41:36.94 ID:nTxybkAO
「そう言えばカレーパンマンはどうしたの? まだ戦場に?」
「アイツは死んだよ」
「……そ、そんな、だって」
「その話は後だ。続きを」
俺が有無を言わせずにそう促すとドキンちゃんは微かに不満気な表情を
浮かべながらも話を再開した。
「食パンマンは動かなかったけど、ジャムおじさんは違った。
町の皆を結集して反対運動を続けていたわ。殆どの人が加わっていた。
でも、やがて一人また一人と抜けていった。」
「脅しに屈したのか」
「というより金にね。でもジャムおじさんはくじけなかった。最後の
一人になっても抵抗を止めないと誓っていたわ」
「ジャムおじさんらしい……」
「でも、やがて思いも因らないことが起きた。バタコが寝返ったのよ」
17 :172009/06/10(水) 11:42:23.85 ID:nTxybkAO
あまりの衝撃に俺は思わず立ち上がってドキンちゃんの襟を掴んだ。
「何だって! おい! こら! ドキン! でまかせ言うんじゃないぞ!」
「でまかせじゃないわ! 皆本当のことよ!」
ドキンちゃんは青ざめた顔でしかしはっきりとそう言った。
俺は手を離した。
あのバタコさんが父親であるジャムおじさんを裏切るとは
とても信じられない。
「何故なんだ? どうして彼女は……」
「さあね……」
18 :182009/06/10(水) 11:43:35.87 ID:nTxybkAO
「噂では無理矢理手ゴメにされて言うことを聞かされたとも、
政府に逆らうのが怖くなったとも、金に目がくらんで自分から
近付いたとも。アタシは最後のに賛成ね。女なんて所詮そんなものよ」
「違う! バタコさんは断じてそんな女性じゃない! それに
例えどんな辱めを受けたってジャムおじさんを、俺たちを裏切るような
真似をするはずが無い!」
「無理も無いわ。アンタは帰ってきたばかりなんだから。でも
ここにいれば考えも変わるわ……」
「よせ! まだ話は終わってないぞ。パン工場のことも」
19 :192009/06/10(水) 11:44:27.95 ID:nTxybkAO
「バタコが出ていってからジャムおじさんは一層反対運動に
のめり込んだわ。連中の嫌がらせにも耐え続けた。仲間は日に日に
減っていったけど。そして、ある夜、工場に火が付けられたの」
もう想像はついていたがやはり衝撃だった。
「ジャムおじさんは! ジャムおじさんはどうなった!」
「死んだわ。最後まで火を消そうとして、結局逃げ遅れたのよ」
「嘘だっ! ジャムおじさんが死ぬなんて! 絶対に嘘だ!」
「……」
ドキンちゃんは黙って下を向いた。
俺は否定の言葉を吐きながら彼女を睨み続けた。
もう解っていた。
だが認めたく無かった。
20 :202009/06/10(水) 11:45:17.55 ID:nTxybkAO
「食パンマンはどうしたんだ! 何故ジャムおじさんを助けなかった! 
何故火を消さなかった!」
「アイツはジャムおじさんを止めたらしいわ。もう諦めろって。
でもジャムおじさんは聞かなかった。何としても工場を守るんだって。
余程工場に思い入れがあったのね」
(違う)
俺にはジャムおじさんの思いが解った。ジャムおじさんは俺たちのために
工場を守ろうとしたんだ。俺たちに顔を作り続けるために。
俺たちの命のために。
21 :212009/06/10(水) 17:01:47.95 ID:nTxybkAO
「チーズは? 食パンマンが育てているのか?」
「あの犬も死んだわ」
「何、じゃあジャムおじさんと一緒に?」
「いいえ、その時は食パンマンが手綱を握って放さなかったらしいわ。
でも、その後一切餌を食べようとせずに一週間ほどで死んだそうよ」
言葉が無かった。だがそこには俺の知っているチーズがいた。
ジャムおじさんと彼だけは歳月を経ても変わらなかったのだ。
だが、死んだ。
「それで、食パンマンは今どこに?」
「アイツはあの男の手下になったわ。ジャムおじさんを殺して
工場を燃やした奴の手下にね」
22 :222009/06/10(水) 17:02:49.77 ID:nTxybkAO
今夜は何度驚かされれば良いのだろう。
もう驚くことにも疲れてきた。
「食パンマンまでもが敵に寝返ったというのか? 何故だ。何故なんだ」
「さあね。バタコの近くにいたいからじゃない? 情けない男よ。
あんな腑抜けだとは思わなかった」
「バタコさんは今もその男と一緒なのか?」
「ええ、町の中心部にあるカジノホテルで一緒に暮らしてるわ。
着飾ってあちこちで贅沢の限りを尽くしている」
「嘘だ!」
「そうだと良いわね。でも、違うのよ」
「ああ、もう何も考えられない!」
俺は頭を抱えた。心の整理が着かない。
余りに多くの衝撃的な情報が入ってきて混乱していた。
悲しみも怒りも、感じるべきなのは解っていたが、心が追いつかなかった。
23 :232009/06/10(水) 17:03:44.53 ID:nTxybkAO
俺は立ち上がって洗面所へ行き、手を洗った。
本当は顔から水を浴びたかったが、俺がそれをやると命取りになる。
それにもう替えのパンは無い。
そうだ! もうパンは無いのだ。
俺は愕然とした。
ジャムおじさんが死に工場も燃えた今、俺に今のこの顔しか無いのだ。
この顔を失えば俺は、死ぬ。
俺は初めて死を意識した。
これからは腹を空かせている子供を見かけても顔を千切ってやる
ことは出来ないのだ。
いや、出来ない訳じゃない。一生の傷を負う覚悟、やがては死ぬ
覚悟があれば。
俺は、自分の弱さを知った。
俺は、死ぬのが恐ろしかった。
24 :242009/06/10(水) 17:05:01.59 ID:nTxybkAO
俺はコップに水を注ぎ静かにベッドへ戻った。
黙って俺を見つめているドキンちゃんにコップを渡した。
「それで……アンタは、どうしてこんなことになった? 
バイキンマンはどうしたんだ? 奴も裏切ったのか?」
ドキンちゃんはゆっくりと水を飲み干すとコップをスタンドに置いた。
「前にも言ったように、バイキンマンはもう町を荒らすことに
生き甲斐を感じなくなっていたの。基地に引き篭るようになってね。
アタシはあちこちをただブラブラして食パンマンにちょっかいかけたり
パン工場にイタズラをしたりしてた。でも、あの男が町を牛耳るように
なると、皆アタシなんかに構ってくれなくなったわ。アタシは
段々基地から出なくなった」
「アンタたち以上の悪が現れたんだな……」
「そうね」
ドキンちゃんは自嘲気味に笑った。
「バイキンマンもそう思ったみたい。そして彼はあの男に挑んだの」
25 :252009/06/10(水) 17:06:32.91 ID:nTxybkAO
「アイツが……町のために戦ったのか!?」
「というより面子のためでしょうね。町一番の悪者は自分だという
誇りを傷付けられた。彼はあの男と、そして政府に逆らった。
でもジャムおじさんたちとは一線を画してね。バイキンマンは
建設中の軍需工場を破壊したり、作業員を誘拐したりしていたわ」
「政府は黙って無かっただろうな」
「そう。反対運動をしている善良な市民には手を出しかねていても、
バイキンマンには容赦する必要がないと判断したみたい。政府は
彼を国家反逆罪で指名手配したわ」
「当然そうなるだろうな……」
「でもバイキンマンは妨害を止めなかった。ジャムおじさんが死んで
反対運動が瓦解してもね。そんな彼の前に立ちはだかったのが、
食パンマンだったのよ」
26 :262009/06/10(水) 17:07:21.62 ID:nTxybkAO
「食パンマンはその頃にもう手下になっていたのか?」
「その時は、あくまで指名手配犯を捕まえると言っていたわ。でも、
心の中では寝返りを決めていたのよ」
ドキンちゃんは憎々しげに言った。
「バイキンマンと食パンマンは激しく闘ったわ。そして結局食パンマンが
勝った。彼には政府がついていたしね」
27 :272009/06/10(水) 17:09:30.07 ID:nTxybkAO
「そしてバイキンマンはどこかへ逃げて行った。残されたアタシは
基地にとどまったけれど、やがてやってきた警察に捕まった。
アタシは食パンマンに助けを求めたけど、彼は無視した。結局
アタシは証拠不十分で釈放されたけど、基地は閉鎖されて
行き場所を失った。そして流れ流れて気付いたら夜辻に立って
アンタを誘ってたってわけ」
漸く彼女の長い話が終わったようだった。
だが俺の頭はまだ釈然としない。多くの死。多くの裏切り。
その中でも食パンマンの動向は謎だった。
彼に一体何が起こったのか?
俺は自分のやるべきことを考え始めた。
28 :282009/06/10(水) 17:13:21.28 ID:nTxybkAO
そこで俺は肝心なことを訊きそびれていたと気付いた。
「その男の名前を教えてくれ」
「カバキよ。ドン・カバキと呼ばれているわ」
「カバキ……知らない名だ」
「ねえ、もう話は止めて、宿屋の一室にいる男と女がすべきことを
しましょう」
ドキンちゃんは俺ににじり寄って来た。
精一杯蠱惑的な笑みを浮かべていたのだろうが、痛々しいばかりだった。
「俺たちは何もすべきじゃないよ。俺は床に寝るからアンタは
ベッドを使うといい」
「ふん、アタシじゃ役者不足ってわけかい! アンタはもう尊敬される
町のヒーローじゃないんだよ! 今のアンタにはヤク漬けの淫売が
お似合いさ!」
「もう寄せ。寝るんだ」
俺は床に横たわった。
ひんやりして堅かったが、のっぴきならない戦場での就寝を思えば
これしき何でも無かった。
ベッドのドキンちゃんはしばらくするとすすり泣きを始めたようだったが、
俺の意識は闇の底へ沈んでいった。
29 :292009/06/10(水) 17:14:14.07 ID:nTxybkAO
目が覚めると朝だった。
ドキンちゃんはまだ寝ている。
顔に涙の跡があった。
俺は黙って部屋を出た。
食堂で朝飯を食って、カウンターに今日の分の宿泊代を払った。
ドキンちゃんには部屋にいて構わないと伝言しておいた。
町のために何もしなかったかも知れないが、可哀想な女には違いない。
カジノホテルに行こうかと思ったが、まだ早いと思い、もう一度
工場の跡に行ってみることにした。
30 :302009/06/10(水) 17:14:46.06 ID:nTxybkAO
俺は焼け跡をじっくりと検分することにした。
昨日はショックでろくに観察していなかったが、今日なら冷静に
見ることが出来るはずだった。
やがて妙なことを発見した。釜戸の残骸である。
それがやけに細かいのだ。火事で燃えただけでここまで
破壊されるものだろうか……。
俺はしばらくそこに座って考えた。
31 :312009/06/10(水) 17:15:42.16 ID:nTxybkAO
しかし考えはまとまらない。
俺は焼け跡を改めて見回した。本当ならここにテーブルがあって、
あそこはキッチンで……。
だが、そう思ってみても何の感慨も沸いては来なかった。
もうここはパン工場じゃない。
ジャムおじさんもバタコさんもチーズもいない。
俺は虚しい気持ちになって、空に飛び上がった。
このまま青空をどこまでも飛んで行きたかった。だが、それは出来ない。
俺は町の中心部へと向かった。
32 :322009/06/10(水) 17:16:52.68 ID:nTxybkAO
カジノホテルは町で一番高いビルだ。
俺は玄関前に下りた。
ドアマンはいなかったが、自動ドアをくぐるとフロントの男に
呼びとめられた。
「申し訳ありませんが、チェックインの時間はまだでございます」
「会いたい人がいるんだ。ここに泊まっている」
「その方のお名前とお部屋番号をおっしゃって下さい」
「部屋の番号は知らないが、名前はバタコだ」
男の顔が強張った。
「そのような方は当ホテルにはいらっしゃいません」
「いいや、いるはずだ」
「どうか、お引き取り下さい」
「そういう訳にはいかない。俺はバタコさんに会わなきゃならないんだ」
俺は一歩も引かずに男を睨んだ。
どうでも部屋の番号を聞き出してやるつもりだった。
33 :332009/06/10(水) 17:18:20.28 ID:nTxybkAO
「お客様、どうかお引き取りを」
不意に後ろから声をかけられた。
聞き憶えのある声だ。
俺は振り向いて、食パンマンに挨拶した。
「久しぶりだな」
食パンマンは驚いたようだった。
「君は……戻っていたのか」
「ああ、昨日戻ったばかりだよ。だが、戻ったと言えるのかどうか。
別の町に来たようだ」
「とりあえず僕の部屋へ来ないか」
食パンマンはフロントの男に心配ないと告げて俺をロビーの脇の
エレベーターの方へ導いた。
「ここに住んでるのか」
「ああ、眺めの良い部屋だよ」
俺は食パンマンの顔を観察した。どことなく違和感がある。
3年という歳月は俺たちには関係ないはずだからこれは奇妙な
感覚だったが、確かに以前の彼の顔とは違っていた。
やがて彼の部屋がある階に着いた。最上階の一つ下だった。
34 :342009/06/10(水) 17:22:22.01 ID:nTxybkAO
食パンマンの部屋は確かに眺めが良かった。
だが俺には眺めを楽しむ余裕は無い。
「食パンマン。話はドキンちゃんから全て聞いたぞ。これは一体
どういうことなんだ!」
「アンパンマン、時代が変わったんだよ。のどかだったあの頃とは
もう違うんだ。君もきっと解るようになる」
「いや、解らないな。どうしてパン工場の皆を守れなかった?」
「僕は精一杯のことをしたよ。ジャムおじさんも必死で止めた。
だが、彼は頑固で自分の考えを曲げなかったんだ。それが破滅に繋がると
想像がついたはずなのに」
その言い方が癇に障った。
「それが俺たちのジャムおじさんじゃないか! それでこそ俺たちの
産みの親じゃないか!」
「だが、結果として彼は死にパン工場も消えた。僕はそれが残念で
ならないよ」
「お前は共に闘わなかったのか!」
「そんなことをしても勝ち目は無いよ。向こうには政府が
付いてるんだから。僕まで国家反逆罪の汚名を着せられてしまう。
黙って言うことを聞いた方が、最良の道だったんだよ」
俺は目の前の男の名前が解らなくなってきた。
「なあ、食パンマン。一体お前に何があったんだ? 何故こんな所に
いるんだ? ジャムおじさんの仇の手下なんかになって!」
35 :352009/06/10(水) 17:26:54.98 ID:nTxybkAO
食パンマンは悲しげに笑った。
「僕はただ彼に雇われているだけだ。彼の持つ施設の中で誰もが安全に
過ごせるようにね。勿論町のパトロールだってしているよ。
君に託された役目は ちゃんと果たしているつもりだ」
「だが、町の皆はお前の雇主を怖れているんじゃないのか」
「そうかも知れない。だが、町の平和を保つためには怖れも
時には必要なのじゃないか?」
「何……だと!?」
「君とカレーパンマンは戦場へ行ってしまった。残された僕は
たった一人で全てを背負い込まなくてはならなかった。政府の信任を得て
国家のために尽くしている男と、それに反対しているジャムおじさんたち。
僕は町のヒーローとしてどちらにも与する訳にはいかなかったんだ」
それまで淡々としていた食パンマンの口調が心なしか変わったようだった。
36 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/06/10(水) 19:18:42.81 ID:gH4TmHso
食パンマン様……
37 :362009/06/10(水) 22:28:42.43 ID:nTxybkAO
「中立を保ったと言いたいのか? しかし皆はカバキのやり方に
反対していた筈だ。奴は嫌がらせを繰り返していたんだろう?
町の平和を守ろうとするならカバキと闘うべきだったんじゃないのか」
「彼には政府が付いているんだ。抵抗しても無駄だったんだよ。
僕らは腹ペコの子供は救えても、国とは闘えない」
「パン工場が焼けたせいでもう腹ペコの子供すら満足に救えなくなって
しまったんだぞ!」
俺は食パンマンを睨みつけた。ドキンちゃんの侮蔑の言葉と表情が
脳裏をよぎった。
「僕はジャムおじさんを説得しようとしたよ。バタコさんだってね。
でも彼はあまりに……頑迷だった」
さっきから食パンマンはジャムおじさんを彼と呼んでいる。他人行儀だ。
それに、どことなく敬意に欠けているようだ。
38 :372009/06/10(水) 22:49:00.64 ID:nTxybkAO
「そのバタコさんは今どこにいる? 話がしたい」
食パンマンの白い顔が曇った。
「彼女は無事だよ。だが会うことは出来ない」
「何故だ?」
「彼が、許さない」
「カバキか?」
食パンマンは黙って頷いた。
「バタコさんが俺に会うかどうかは、カバキには関係ないだろう」
「そういう訳にはいかないんだよ……」
いい加減俺も我慢の限界に来ていた。
「一体何なんだ? お前もバタコさんもアイツをそんなに
怖れているのか?」
「そうだよ。僕は彼が怖い」
39 :382009/06/10(水) 22:59:10.85 ID:nTxybkAO
俺は到頭癇癪玉を破裂させた。
「いい加減にしろよ! お前は一体どうなっちまったんだ! 
俺がこの町を託したヒーローだった食パンマンはどこへ行った?」「……」
「お前は何故こんなとこにいる? バタコさんは何故寝返った?」
「彼女は寝返っちゃいない!」
食パンマンはやや声を荒げた。
「ならどうしてだ?」
「……ジャムおじさんのためさ」
「!?」
「彼女は自分を生贄にして、父親を守ろうとしたんだよ」
やはり、そうだった。
「バタコさんがそう言ったのか?」
40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/06/11(木) 11:41:31.18 ID:lzwHloAO
(゚∀゚)!!
41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/06/15(月) 23:47:54.03 ID:ayJbnUAO
つ・づ・き!
つ・づ・き!!
42 :392009/06/16(火) 23:18:35.60 ID:kTjCsIAO
「ああ……彼女がパン工場を出た後、しばらくしてとあるパーティーで
出会った時に聞いたんだ」
「お前も招待されていたのか?」
「フッ、いや、実を言えば彼女に会えないかと思って行ったのさ」
「バタコさんはお前に何と言ったんだ?」
「彼が自分に言い寄って来ていたから、父の身の安全と引換に
恋人になる約束をしたと言っていたよ」
「で、お前はそれを信じたのか?」
「疑う理由があるかい?」
(無い。確かに無いが……)
食パンマンは窓に近付いて外に目をやった。
もう陽が高い。
「で、お前は何故カバキの手下になった?」
43 :402009/06/16(火) 23:28:37.45 ID:kTjCsIAO
「彼女を守るためだ……」
「守る? カバキから?」
食パンマンは外を見たまま頷いた。
「だが、あいつはバタコさんに惚れてるんだろう?」
「そんなこと当てになるものか。人の心は移ろいやすいものだよ。
今日好きだと言っても明日は憎み始めるかも知れない。
彼女は父親のために。僕は彼女のために」
「だがジャムおじさんは死んだ」
「その事実が僕の言葉を裏書きしているじゃないか」
「だがバタコさんはまだカバキといる」
「……」
「だからお前もカバキといる」
食パンマンは俺の言葉が気に入らないようだった。
44 :412009/06/17(水) 14:49:52.83 ID:Nn9RbQAO
「君には解らない……」
「それはもう聞き飽きたよ」
もうここにいてもしょうがないと思い、俺はドアへ向かいかけたが、
訊き忘れていたことがあるのを思い出した。
「おい、ジャムおじさんとチーズの墓はどこなんだ?」
「町外れの共同墓地だよ。並んで葬られている」
「パン工場の側に葬るべきだったんじゃないか」
「さあね。良く解らない」
食パンマンは投げやりな口調で言った。が、自分でもそっけ無い
と思ったのか言葉を継いだ。
「火事の後チーズを引き取ろうとしたんだが、全く僕になつかなくてね。
近寄ろうとすれば激しく吠え立てるものだから、断念したよ。
ジャムおじさんを救えなかったと僕を恨んでいたんだろう……」
45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/06/17(水) 15:01:08.00 ID:SVIjemYo
続きを…!
46 :422009/06/17(水) 18:19:29.64 ID:Nn9RbQAO
俺は部屋を出た。食パンマンは現状を変える気が無いようだ。
あいつはバタコさんの居場所を言いたがらなかったが、どうせここの中、
それもオーナーの愛人なら特等室だろう。俺は最上階に行くことにした。
最上階のフロアに人気が無かった。部屋は4つあるようだ。
俺は一つずつドアに耳をくっつけて中の様子を窺うことにした。
いきなりカバキに鉢合わせするのは不味いと思ったのだ。
47 :432009/06/20(土) 23:53:17.26 ID:Fqge/wAO
まず一つ目のドア。
近付いて行くと男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「それじゃ私はどうなる!」
「今更そんなことを言われても困る!」
一人分の声しかしないから電話をしているのだろう。
カバキだろうか? バタコさんも一緒にいるのか?
とりあえず次のドアへ。
ここは物音一つしない。恐らく空室だ。
俺は3番目のドアに耳をつけた。
どこか不明瞭な声がする。どうやらテレビの音のようだ。
しばらく聞いていても話し声はしない。どうやら一人のようだ。
最後のドア。
ここも空室。
俺は最もリスクが少ないであろうと判断した3番目のドアに戻って
インターホンを押した。
48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/06/21(日) 00:05:55.52 ID:GAdQRkIo
支援
49 :442009/06/21(日) 01:58:09.45 ID:mzHmhIAO
鳴らすと同時に飛び上がって天井に張り付く。
不意打ちを避けるための用心だ。
はっ!
マントが垂れているではないか!
俺は慌ててマントをたぐり寄せようとしてバランスを崩し
派手に転落してしまった。
そこへドアが開いたので、俺は住人と鉢合わせする羽目になった。
そこに立っていたのは見知らぬ女性だった。
俺は立ち上がって声をかけた。
「久しぶりだね、バタコさん」
50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/06/21(日) 02:19:59.09 ID:L5tc47Ao
支援
51 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/06/23(火) 18:38:10.09 ID:P91UoIAO
見ているから続きを書くんだ!
52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/06/23(火) 19:54:07.34 ID:9fE0IEco
しえん
53 :452009/06/24(水) 16:14:52.69 ID:9TgbdsAO
バタコさんはしばし呆然と俺を眺めていたが、やがて後ろに下がって
俺を受け入れる動作を見せた。
部屋に入った俺は後ろ手でドアを閉めながら言った。
「驚いたよ。丸で別人だ」
バタコさんが振り向いた。
きらびやかなドレスに身を包み、入念に化粧を施している。
首元には眩いネックレスが彩り、両手にはいくつもの指輪が輝いていた。
美しい。それが見た者の率直な感想だろう。しかし……。
「見違えたでしょう? 貴方はパン工場での私しか知らないものね」
バタコさんは目を細めて微笑してみせた。初めて見る仕草だ。
54 :462009/06/24(水) 16:16:20.49 ID:9TgbdsAO
「帰って来てから3年が300年にも感じるよ」
「辛い目に遭って来たのね。でももう大丈夫。戻って来たんだから」
「あまり実感は沸かないがね……」
俺は長いソファに座った。
広い部屋だ。リビングとベッドルームが分かれており、
バーカウンターも付いている。
バタコさんはバーの後ろに回って棚からボトルを取り出した。
「もう酒かい?」
「陽が気になるならカーテンを閉めれば夜になるわよ」
2つのグラスに注いで片方を差し出してきた。
俺は一息に飲み干した。滅法強い赤ワインだ。
55 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/06/24(水) 16:23:45.92 ID:revUQeko
支援
56 :472009/06/24(水) 16:27:48.99 ID:9TgbdsAO
バタコさんはグラスに軽く口を付けると俺からやや距離を置いて
ソファに座った。
「今朝戻ったの?」
「いや昨日だ。驚いたよ。こうも変わっているとはね」
「貴方はそう言うけど、自然とこうなったのよ」
「それで、あれから何があったか教えてくれないか」
「貴方は何も知らないの?」
「この町がある男に乗っ取られ、それに反対したジャムおじさんとチーズが
殺されたということくらいしか知らないよ」
(それにバタコさんと食パンマンがそいつの元に走ったということしかね)
「……私のことはどう聞いたの?」
「詳しくは何も」
57 :482009/06/24(水) 16:28:52.98 ID:9TgbdsAO
バタコさんの表情からは如何なる思いも読み取れない。
本当に化粧が巧くなった。
バタコさんはもう一度グラスを傾けてから、話し始めた。声が心持ち低くなっていた。
「……貴方がいなくなってからこの町は生き残るための選択を
迫られたの。それは仕方のないことだった。反対してた人達だって
皆心の底では解っていたことなのよ。誰だって戦争は嫌いだわ。
でも国には逆らえない。だから貴方も戦争に行ったんでしょう?」
俺は出来る限り穏やかに訊いた。
「カバキのことは?」
「彼は町が生き残る手助けをしてくれたのよ。あの人はリアリスト
だったから、抵抗するより進んで受け入れることで皆の利益を
守ろうとしたんだわ。」
「なるほどね」
俺は皮肉な口調になるのを抑えられなかった。
58 :492009/06/24(水) 16:36:10.78 ID:9TgbdsAO
「それで、カバキの苦悩を和らげてあげたくなって、ここにいるんだね」
予想通り、バタコさんはキッと俺を睨んだ。
「貴方は何も解ってない」
「だから訊いてるんだ」
「あの人は、あの人は、私のことが好きだった。ずっと好きだったのよ。
でも言い出せなくて、だから、私が頼みに言った時に、あんなことを……」
「ジャムおじさんを助ける替わりに恋人になってくれ、と?」
「それじゃあんまり卑劣に聞こえるわ」
(だが事実だ)
俺は立ち上がってバーに行き勝手にワインをグラスに注いだ。
59 :502009/06/24(水) 16:37:09.57 ID:9TgbdsAO
「あの人は助けを必要としてたのよ。町のために働いていたのに
皆に憎まれて。だから力になってあげたいと思ったの」
「ジャムおじさんとパン工場を捨てて?」
「勿論父さん達のためでもあったわ!」
バタコさんは立ち上がって俺を睨んだ。
「どう? 認めたわよ。これで満足?」
「いや、俺は……」
「あの人はずっと私が好きだったと告白した。自分と一緒にいてくれと
頼んだわ。私も、自分が皆との橋渡しになれるかもと信じて
それに従ったのよ!」
「だがジャムおじさんは死んだ!」
バタコさんは顔を背けてソファに腰を落とした。
本当に疲れた様子に見えた。
60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/06/25(木) 00:29:07.06 ID:AYeiuwAO
つC
61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/07/01(水) 00:59:07.46 ID:kbkYLgAO
あれ、続きは?
62 :512009/07/01(水) 19:03:12.05 ID:CPBDvEAO
俺は話題を変えた。
「食パンマンのことを話してくれ」
「彼は……とても可哀想な人」
(また“可哀想な人”か……)
「彼は何故カバキの用心棒になったんだ?」
「きっと私のためだわ」
「どうしてそう思う?」
「彼は私のことをとても気にかけていてくれたから。最初にパーティで
会った時はパン工場に戻るように強く勧められたわ」
「でも戻らなかった」
バタコさんはこちらを向いて頷いた。
「もう決めていたから」
俺はソファに戻った。
「食パンマンは町を守ってくれたかい?」
「それはいくつかの意味を含んでいるようね」
「というと?」
「彼が町全体のために行動したかと言えば答えはイエスよ。でも、
貴方の思っているような形では無いでしょうね」
「ジャムおじさん達を守ることは出来なかった」
63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/07/01(水) 20:48:33.70 ID:/NVqMuQo
支援
64 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします2009/07/09(木) 03:07:01.46 ID:RQSoegAO
もう書くの止めちまったのか?
65 :522009/07/10(金) 19:45:44.34 ID:Q311A6AO
「そう。父さんは死んでしまった……。でも、あれは彼のせいじゃないわ」
「カバキのせい」
「違う。あの人のせいじゃない。私はもう少しで父さんを説得出来ていた。
それはあの人もよく判っていたはずだもの」
「手を下す理由が無いと?」
「そうよ。第一人を殺めるような人じゃないわ」
「バタコさんは余程カバキを信じているんだな」
「側にいれば解るわ」
「食パンマンはそうは思っていないようだったがな」
バタコさんの顔が曇った。
「本当に可哀想……。彼は貴方がいなくなった後毎日のように
パン工場を手伝ってくれたわ。私は彼をとても頼りにしていわ。
実の兄のように思っていた」
「だが向こうはもっと違う意味の親密さを感じていた」
「……」
バタコさんは悲しげに微笑むとグラスを傾けた。
ふと、疲れを感じた。
66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/07/10(金) 19:48:06.16 ID:kBu98Xco
支援
67 :532009/07/10(金) 19:53:03.31 ID:Q311A6AO
「私は何も気付かなかった。今考えると笑っちゃうけど、あの頃の私には
パンを作ることが全てだった」
「食パンマンはそうじゃ無かった訳だ」
「彼だってパン工場を、父を大事に思っていたわ」
「火事の時、ジャムおじさんを助けに行かなかった」
「だって顔が焼けてしまうじゃないの」
「なるほど。確かにそうだ」
俺ならそこまで計算せずに飛び込んで行った。そう思った。
68 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2009/07/10(金) 19:57:59.28 ID:kBu98Xco
しえん
69 :542009/07/27(月) 12:07:32.01 ID:0IXG7gAO
バタコさんはグラスに口を付けて言った。
「私はあの人の気持ちに応えてあげられなかった。私は一人しか
いないんですもの」
(妙な言い回しをする。以前のバタコさんにはないものだ)
俺はグラスにワインを注いだ。不意に眠気が刺した。
昨日からの疲れが一気に押し寄せてきたようだ。
「それでもアイツはバタコさんを諦め切れなかった。そして、
カバキの手下になった」
「あの人、真っ黒のサングラスなんかかけるようになって……
顔が白いから変な感じで」
バタコさんは小さく笑った。
俺も笑おうとしたが、それすらも億劫になっていた。目蓋が重い。
俺はソファに倒れ込んだ。やたら強かったワインの味がしっかりと
舌に感じられた。
薄れてゆく視界の隅で立ち上がるバタコさんが見えた。
受話器を取る音が聞こえた気がした。
そして闇が覆った。



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