利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」 二隻目
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756:妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A[saga]
2017/04/19(水) 01:45:21.28 ID:Pat0QSv5o
「ね、提督」

 ベッドに腰掛けた私の膝の上で機嫌良さそうにしている、良い香りの髪を下ろした川内が私を呼ぶ。
 最近、彼女は寝る前に必ずと言って良いほどヒッソリと私の部屋へ訪れていた。理由は言わずもがな、私を誘惑する為だそうだ。

「どうした?」

 初めこそはベッドの中に潜り込んでいたり露骨にいかがわしい事をしようと誘惑をしていたのだが、数日前からめっきりとそれが無くなった。
 何かがあったのか、それとも心境の変化なのかは分からないが、私は内心ホッとした。正直に言うと、真正面から誘われるのは苦手なのだ。言葉遊びを多用する私にとって、直接的に面と向かって言われると返しようが無くなる。茶化すのも手かもしれないが、それは彼女に対して失礼なのでやりたくない。

「新しく作戦が始まっても、こうやって部屋に来て良い?」

 意外な言葉だったので、少し驚いて手が止まってしまった。
 止まった櫛を、再び彼女のサラリとした髪へ滑らせながら答える。

「構わんぞ。……むしろ、作戦があろうと無かろうと来そうなものだと思っていた」
「アハハ! 流石に提督の邪魔になるかもしれないから確認するってー」

 いつものように、あどけない口調でそう言う川内。
 だが、そこから続いた言葉は、そうでなかった。

「……だって、嫌われたくないしね」

 いつもの彼女が晴れだとすれば、今の川内は雨雲がジワリと空を覆い始めたような灰色の寂しさだ。
 何があったのだろうか──。そう思って訊いてみるも、ちょっとね、と返されてしまった。
 顔が見えていない事もあり、真意は全く分からない。ただ言えるのは、川内は少しナーバスになっているのだろう、という事だけだ。

「……そうか」

 あまり深くは踏み込まず、いつもの口癖を口にする。それと同時に、川内の頭をゆっくりと撫でた。
 何も言わず背中を預けてくる川内。髪が近くなった事で、香りが強く鼻腔を刺激してくる。その香りの強さは彼女との距離を表しているのだが、心は真逆と離れていた。
 理由など簡単だ。私は卑怯者だからである。これだけ好意を示してくる子に対し、答えを保留しているのだから。本来ならば、ハッキリと返答をした方が良いのだろう。
 ズキリ、と胸が痛む。彼女を撫でる手が止まる。今の私の状態で言えば、誰に対してもOKを出すつもりは無い。それはつまり、毎晩健気に私と時間を過ごす彼女へ首を横に振るという事だ。
 ……その時、間違いなく彼女は悲しむだろう。もしかすると、今まで見せた事の無い涙を流すかもしれない。
 それが、私は怖い。
 卑怯だと分かっていても、優柔不断だと思っていても……それでも、私は踏み止まってしまう。
 ヴァルハラから見守ってくれている金剛のような、特別な子が出来るまで私はこのままだろう。

「……ん。提督?」

 撫でる手が止まり、頭に置いているだけとなった事が気になったのか、川内が首を捻って私へ横顔を見せてきた。
 どこか諦めているような、そんな雰囲気の笑顔。それが、酷く儚く見える。この撫でていた手を動かせでもしたら崩れてしまいそうなくらい、彼女の顔は脆そうに映った。

「……………………」
「……そっか」

 儚い笑顔が柔らかく変化する。母性があるというのか、それとも慈愛があるというのか、人を安心させる笑顔だ。

「ゆっくりで良いんだよ? それに今の私は、今のままが良いしね」

 そう言いながら、彼女はベッドに置いた私の手に手を重ねてくる。
 男のそれとは違ったほっそりとしている柔らかな感触。それが、堪らなく胸に痛みを与えてきた。
 ……いつまで、私は囚われているのだろうか。いつになったら心の整理を付けられるのだろうか。

「……そんな顔、しないで欲しいなぁ」

 身体を捻り、向かい合う形となる川内。……傍から見るとビジュアルが非常によろしくないな、これは。

「ちょっとだけ、許してね」




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