174:名無しNIPPER[saga]
2016/03/27(日) 22:40:16.56 ID:q8J8eS9oo
その頃、僕と彼女は校内でお昼を共にしたり、放課後の図書館で一緒に勉強したりして
いたけれど、僕と彼女がはっきりと恋人同士になったというわけではなかった。上級生の
男と下級生の女がいつも一緒にいたのだから、あいつら付き合ってるという噂はあったら
しいけど、僕自身ははきり彼女に告白したわけでもないし、優だって僕のことが好きなん
て一言も言ったことはなかった。
僕はもうコンサルタントじみたことをすることを止めていた。いや、厳密に言えばそう
ではない。僕は自分のスキルを放棄したわけではなく、むしろそのスキルをただ一人の女
性にだけ向けたのだ。今の僕の傾聴の対象者は、優だけだった。
彼女が僕と同じくらいのスキルを持ちながらも、好きでコンサルティングをしているわ
けではないことに、当時の僕は気づいていた。それは、転校を繰り返していた彼女の自己
防衛のようなものだった。そのスキルを駆使している限り、彼女はクラスで一人ぼっちに
なることはなかったのだ。逆に言うと、そのスキルを同級生に発揮している限りは、優に
は、真の意味での友人ができることはなかった、彼女の知り合いは、彼女自身に興味があ
るわけではなく、彼女の言葉に反射される自分自身を見つめていただけなのだから。
当然ながら、優にだって承認欲求はある。皮肉なことに、ぼっちを回避しようとして彼
女が発揮したスキルは、逆に彼女にストレスを与えているのだった。つまり、表面的な知
り合いは多くても、本質的には彼女は孤独なままだったのだ。これでは、実質的にはぼっ
ちであることと同じだった。
そんな彼女の承認欲求を受け止めたのが、僕だったのだろう。僕は彼女が好きだった。
そして、その当然の帰結として、僕は彼女のことをもっと知りたかった。その僕にだって
自分のことを認めてほしいという欲求がある。彼女は最初にこう言った。
「それで、先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あ
たしたち同級生でもないし初対面なのに」
「先輩・・・・・・本当に、あたしなんかに興味があるんですか」
僕は、今まで培ってきたスキルを、全力で彼女にだけ向けた。そしてそれは、義務感か
らでなく、本気で彼女のことが知りたいからだった。その思いは彼女にも伝わったようで、
校内で一緒に過ごす間、彼女は僕の質問に答え、自分のことをいろいろ語ってくれたのだ
った。そういう、彼女の承認欲求を満たしてあげられる相手としてのみ、僕は彼女のそば
にいる資格を得られたのだった。
それでも僕は満足だった。僕の人生は、自分の傾聴スキルによってのみ自己実現してき
たのだ。彼女の隣にいられる理由が、彼女が僕のことを好きになったからではなく、自分
の承認欲求を満たしてくれる男が他にいなかったからだということは、僕にもわかってい
たし、それに対して満足していたわけではないけど、今の僕が彼女と対等に付き合うため
に、その他の手段がなかったのも事実だった。
彼女にだけ夢中になっていたせいもあり、僕は僕を頼ってくれる生徒たちの需要に応え
られなくなっていた。優と会う時以外は、なるべくみんなの話を聞くように努めていたけ
れども、次第に彼女と過ごす時間が増えていくと、それすらままならなくなってきていた。
それで、僕には一時期のような人気はなくなっていた。そのこと自体は後悔しなかった。
それくらい僕は彼女に夢中だったから。でも、彼女には恥かしい思いはさせたくなかった。
せめて彼女には、人気のある先輩とつきあっているという評判をあげたかったのだ。
以前ほど、他人のコンサルタントに時間を避けない僕は、結構悩んだ末に、生徒会長に
立候補することにした。これなら運動神経が鈍くてもハンデにはならない。僕の成績がい
いこともアドバンテージになった。
僕が生徒会長に選出された時、優はいつもより不機嫌だった。生徒会長の彼女、いや彼
女とは言えないかもしれないけど、とにかくそういうことには、彼女は全然関心がないよ
うだった。
「先輩は生徒会長になって何がしたいの?」
優は、放課後の図書室で不機嫌そうに言った。
「あたしと一緒にいるだけじゃ、つまんないでしょうね。悪かったわ、これまであたしな
んかに付き合わせちゃって」
「そうじゃないよ」
僕は困惑しながら言い訳した。彼女が望むなら、ずっと肩書きなんてないままで隣に
いられるだけでよかったのだ。でも、彼女の評判を考えると、一緒にいる相手が生徒会長
という方が格好いいに決まっている。
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