381:名無しNIPPER[saga]
2016/10/12(水) 23:45:02.46 ID:am0+7R9Jo
私が店内に入ると、奥まった席の方から手を振っている会長の姿が見えた。私は注文し
て受け取ったコーヒーが乗せられたトレイを持って会長の向かいの席に座った。
「いきなりどうしたんですか?」
私は会長に聞いた。会長の表情を見て、ついさっき考えた失礼な思い付きを後悔した。
会長は私をデートに誘ったのではない。何か重要なことを伝えようとしているのだ。
「今週はずっと中学時代の知り合いに話を聞いていたんだ。思ったより僕のことを覚えて
いてくれる人がいたんで、結構たくさんの人に会っていたから時間がかかったけど」
会長は疲れたような表情で言った。
ではあの生徒会室の前で別れた後、会長はずっと聞き取り調査を続けていたのだ。それ
にしてもその間放置されていた麻衣ちゃんは大丈夫なのだろうか。彼女が好きな相手に捧
げる愛情は無限大だ。それは麻人が麻衣ちゃんの唯一の愛情の対象だった頃から明白だっ
た。
そしてその愛情の分、彼女は相手にも相応の愛情を要求するのだ。でも、それは今私が
会長に忠告することではなかった。きっと会長だって承知のうえで麻衣ちゃんを省みずに
調査に専念したのだろうから。そして逆説的だけどそれが会長の麻衣ちゃんへの愛情の深
さを表わしているのだろう。でもそれを麻衣ちゃんが理解するかどうかは別な話だった。
「唯さんだけじゃなく、副会長もやはり僕や優と同じ中学だったよ」
会長はいきなり本題に入った。それ自体は予想できていたことでもあったけど。
「そして、彼女たちの家は中学の近くにあるのだけど、その隣に住んでいて彼女たちと仲
のいい幼馴染の男の子がいたんだ」
「はあ」
私には会長が何を言わんとしているのかわからなかった。
「そしてその男の子は広橋君だ」
周囲から一瞬音声が消え失せた。ではこれで副会長と夕也の間が繋がったのだ。
「でもそれだけじゃない」
会長は私の方に身を寄せた。大声を出したくないのだろう。私も反射的に会長の方に顔
を近づけた。
「それだけじゃないのね。先輩はこの後どんなふうにお姉ちゃんを口説くつもりなの」
それは会長の声ではなかった。すこし離れた場所から狭いテーブルに身を寄せ合った状
態の私たちを真っ青な顔で見つめていた麻衣ちゃんの声だった。
涙を浮かべて私たちを睨んでいる麻衣ちゃんの後ろには、何が起きているのかわからず
にあっけにとられているような麻人の表情が重なって見えた。
私と会長は麻衣ちゃんの厳しい声にうろたえて、お互いから顔を離そうとした。そのせ
いでかえって密会していた男女が慌てて身を離そうとしていたように見えてしまったかも
しれない。まずいことに私と会長はその時一瞬お互いに目を合わせてしまっていた。
そんな私たちの姿を見つめていた麻衣ちゃんの表情は更に険しくなった。
「待って。誤解しないで、麻衣ちゃん」
私は呆けたように言葉を失っている会長を横目にしながら麻衣ちゃんに声をかけた。
その時、私は麻衣ちゃんが恋人の浮気現場を見かけて混乱した時に普通の女の子なら取
るであろう行動、つまり泣きながらこの場を走り去っていくのではないかと思った。でも
やはり麻衣ちゃんは芯の強い子だった。相当ショックを受けていたと思うけど、なおこの
場に留まって真相を知る方を選んだのだった。
468Res/896.79 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20