10: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/03(火) 00:13:56.74 ID:5kzXp0UHO
律と美波は、しばらく互いに沈黙していた。ふたたびドア越しの声が聞こえたとき、あたりは薄暗くなっていた。夕暮れと夜とのあいだの時間。宵よりはちょっと明るい。光の状態は、標高の高い山の空気がそうであるように薄くなっていた。山の高いところのように家のなかが静まりかえっていた。律の声はさっきより低い位置から聞こえてきた。律は廊下に座って、美波と同じ目線から話を続けようとしていることがわかった。
律「美波、お父さんが刑務所に入らなかったからといって、それは罪を犯さなかったからというわけじゃない。違法な手段で臓器を購入しようとしたことは事実なの。だから、医師の仕事をやめざるをえなかった」
義母の説明は、あいかわらす温度を感じさせない冷静な口調だった。だが、美波には律の声が身近になったような気がした。
律「起こしてしまったことはなかったことにならないわ。これからのお父さんの生活には今回のことが必ずついて回る。順調に、問題なく過ごせているようにみえても、それは必ずどこかで顔を出して物事を破綻させる。そのお父さんといっしょに暮らすということは、あなたの生活にもそれがあてはまるということよ。思わぬ場面であなたの人生に打撃を与えるようなことが起こる確率があがるということなの」
律「あなたはそんな人生を選び取ろうとしている。親なら絶対に選ばせたくない選択肢を、お父さんがかわいそうだからという理由だけで」
律「かわいそうと思ってるだけでは人は救えない。誰かを大切するということは、その人のために行動し実現することではじめて成立するのよ。美波、厳しことを言うようだけれど、子供が実現できることなんてたかが知れてるわ」
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20