8: ◆Xz5sQ/W/66[saga]
2017/05/30(火) 18:03:08.89 ID:Bv1bX58W0
===
食事を終えて、膨れたお腹をさするその手は慈しみに満ちていた。
例えるならば、妊婦が赤子の入った自身の腹を撫でるような……そんな無償の優しさだ。
とはいえ、彼女が誰かの子を孕んでいると言う意味ではない。
それにもう幾らかの時間が経てばこの幸福感に満ちた世界は終わりを告げて、
後はびょうびょうと風の吹きさす荒野のように味気なく、枯れた世界が訪れる。
そうなる前に、自分も片をつけねばならない。
あと少し、数分、数秒と引き延ばすこともできようが、舞台に上がる人間は自分の引き際を知っている。
彼女は静かに目を閉じて、幾つかの想い出を振り返り……
「お待たせ」言って、手にしたグラスの中身をあおる。
そこに一切の躊躇いは無く、幸いにも口に広がる鉄臭さが毒の苦みを誤魔化してくれるようであり――
――そのまま向かいの皿に載っていた、愛しい人とキスを交わす。
「ごちそうさま」
そうして視界は暗転し、幕は静かに下ろされた。
12Res/6.86 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20