鷺沢文香「埃を被る暇も無く」-SS速報VIP

鷺沢文香「埃を被る暇も無く」

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57:名無しNIPPER[saga]
2019/01/04(金) 22:46:20.46 ID:0ZZcj/4u0

　「今度、アーニャさんと……長野まで行ってきます」

　「実家にかい」

　「はい。北海道の他にも、美しい星空を見て頂きたく」

　「すると、膝の上のそれは」

　「……彼女はまだ、読んだことがないと……言っていました」

膝掛けに埋もれるようにして閉じられた一冊。
サン＝テグジュペリ著、星の王子さま。
先ほどまで口笛を吹きながら読んでいた本の、その背表紙を、指でついと撫でました。

　「ぜひ、星空の下で読んでほしいと思いまして」

　「……」

　「やはり寒いでしょうから、毛布と……あぁ、このポタージュも……叔父さん？」

　「やっぱり、変わったよ」

納得するように口の端を曲げて、叔父さんもポタージュをぐいと。
銀縁の眼鏡が湯気に曇って、すぐに晴れてゆきます。
手に持ったマグカップを揺らしながら笑いました。

　「これだってそうさ。読書中の文香ちゃんは、コーヒーだって飲もうとしなかった」

　「それは」

　「ささいな気まぐれ、だろうね。ただ……物事は往々にして、些事から色を変えていく」

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