9: ◆XUWJiU1Fxs
2019/04/25(木) 00:19:17.76 ID:cgXM4cARO
それは十五歳の女の子が背負うには大きすぎる看板だった。なんでも依頼主の旅行代理店の営業担当が音楽祭のスタッフとも親交があるらしく、
近年世界中で注目されている日本のアイドルに興味を抱いたフェスの主催が営業さんに相談したらしい。そして白羽の矢が立ったのがゆかりだったというわけだ。
「私、ドイツ語は挨拶程度しか喋ることができませんし……本当に私なんかでいいのでしょうか?」
ゆかりの不安も無理はない。俺だって大学の頃は楽だからと先輩に言われた韓国語を履修していたわけだし。ドイツ語なんて音楽記号くらいは分かるけども、後はなんかかっこいい響きだなー程度の認識でしかない。通訳さん頼りか晶葉に翻訳こんにゃくでも作ってもらわないとコミュニケーションがとれない。でもゆかりはそれだけで終わらない。音楽の都で、彼女の音楽を表現しなくちゃならないのだから。同じ立場だったら、俺は確実に断っている。
「君だからこその仕事だと思うよ。どうかな? ゆかりにとっても憧れの街だし……きっと何か得るものはある」
戸惑う彼女を励ますように話す。根拠なんてものはどこにもない。バスケットの国アメリカの、その空気を吸うだけで僕は高く跳べると思っていたのかなぁ、なんて昔床屋で読んだ漫画のセリフすら出てくる。
もしウィーンに行くだけで音楽が上手くなるならば、日本に音楽家志望の人間はいなくなってしまう。極端すぎることを考えてるなと我ながらおかしく思うけど、きっとこのチャンスは神様からの贈り物だ。
ゆかりにとって、大きな意味があると信じている。そして多分、俺にとっても。
「プロデューサーさん」
「ん?」
「あなたを信じて、良いでしょうか?」
二つの瞳は真剣だ。だから俺も、真摯に向き合わなくちゃいけない。
「一緒に頑張ろう」
「はいっ」
僅かばかりだけど、春の息吹が吹いたような感覚を抱いた。
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