三船美優「最後にキスをして」
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8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:08:45.07 ID:rNK9Zl/t0



「……んで、何があったんだよ。週末、何やった?」

「何って、普通に過ごしてましたけど」

「あのなぁ……」と不満げに声をあげた先輩は、ジョッキのビールをぐいぐいとあおる。
 だん、と小気味いい音を鳴らして机にジョッキを置くまでがワンセット。先輩との飲みではあまりに見慣れた一連の動作だった。

「昨日今日と集中力なんかあってないような仕事具合だったじゃねえか。先週はそんなこたぁなかった。つまり週末に何かあったに違いない」

「いい飲みっぷりですね」

「だろ?」

 話を逸らされたことも気にせず、ひとしきり得意げな顔をする。

「で、やっぱ女か。こーいうのは恋愛がらみって相場が決まってるからな」

 そして満足したら、何事もなかったかのように話を戻すのだ。

 しかし恋愛沙汰ときた。適当な当て推量だろうが、先輩がそう思い込んでいるうちは本当のことを話すわけにはいかない。
 あることないこと勝手に納得して、笑いの種にされるのが目に見えている。

「わかりませんよ、もしかしたら僕が深刻な悩みを抱えてるかもしれません」

「金の工面ならしねーぞ」

 先輩は僕を何だと思っているのか。もう少し繊細な悩みを考慮してもいいだろうに。

「飛躍しすぎです、なんでそうなるんですか」

「じゃあ何だよ」

「……えーっと、親族が危篤とか」

「お前も大概不謹慎だろうが。そもそも、そんな悩みが本当にあるやつはそんなことを言わん」

「わかりませんよ」

「少なくともお前は違う」

 どうでもいいところで食い下がるな、と吐き捨てて先輩はビールをあおる。
 ジョッキはもうほとんど空で、「さーせーん! 生一つ!!」と大声で次の一杯を注文していた。

 そろそろ何か話した方が身のためだな、と経験的に悟る。もとより隠し通せるなんて思っていないのだ。
 いかにやり過ごすか、あるいは軽い説教に留めさせるか、そっちこそが重要だろう。

「白状すると、仕事絡みですよ。これは嘘じゃありません」

「ああ、担当アイドルの話か? さっきもそれっぽい資料見てたな」

「そんなところです。それと、もうこの件は解決しました。明日からはぼーっとしたりしません」

「いや待て、そこ詳しく聞かせろ」

 聞き捨てならないとばかりに先輩がツッコミを入れる。
 さて、このまま担当アイドルが決まったことだけ伝えてごまかせれば一番いいんだけど。
 僕は手元のレモンサワーに口をつける。だいぶ薄いけど、酔って帰るつもりもない以上この薄さがありがたい。

「飲みがなければ明日伝えるつもりだったんですけど、僕も一人のプロデューサーになる目処が立ちました。その節は心配と多大なイジリをいただき、ありがとうございます」

「おう、どういたしまして」

 皮肉を笑顔で正面から受け止める、というのも一種の皮肉だ。
 もっとも、何も気にしていないだけかもしれないけど。
 先輩は「で、どんな子だよ」なんて友人に彼女ができたと聞いた時の中高生のようなことを聞いてくる。

「大人な人ですよ。落ち着いてて、笑顔が綺麗で」

「ほうほうほう。なぁるほど」

「……なんですか、その態度」

 急にニヤニヤし始める先輩を見て、嫌な予感がした。
 格好のネタを見つけたとばかりの、そしてそれを僕に隠そうともしない態度。背筋を嫌な汗が流れる。


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