渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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29: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:38:59.53 ID:clFucneV0

やがて、音楽が止まる。

どうしても、鈍ってるなぁと感じてしまうが、数年のブランクがある中では踊れた方ではないだろうか、とも思う。

「はい。お疲れさまでした。まず凛ちゃんに話を聞いてみようかな。凛ちゃん、何かある?」

「……んー。そう、ですね。十か所近く間違えたし、二人もそれにつられちゃってたから、私と踊ると悪い影響出ちゃわないかな、ってのがまず心配で」

「正直だなぁ。凛ちゃんは」

「あと、たぶん私、この曲踊りながら、前みたいに歌えないと思います」

「あはは。後輩の前なんだからカッコつけたっていいのに。でも、そういうところは相変わらず素敵だと思う。あとね、悪い影響はないよ、たぶんね」

「どういう?」

「二人共、今までで一番良かったよ」

慶さんの視線が私から、女の子たちに移る。

「凛ちゃんが前にいたことで意識がいつもと違ったのかな。二人共ね、ただのダンスじゃなくて、表現に昇華できてた」

ね、と再び慶さんがこちらを向くので、頷く。

私は来るときに盗み見た一度、それも少しの間だったけれど、あのときよりも格段に私の後ろで踊る二人はなんというか、いきいきとしていた。

「その理由はたぶん、トレーナーの私より、表現者としての経験がある渋谷凛先輩に聞くのがいいと思う」

またしても急にこちらに振られて戸惑ってしまうが、慶さんが伝えようとしていたことはなんとなく理解ができた。

「えー、っと。ダンスってさ、それを専門にしてるプロの人がいるよね?」

言葉を投げかければ、二人は神妙そうに頷く。

「歌にしてもそうで、歌うことだけを専門にしてる人がたくさんいる。そんな中で、私たちアイドルって結構特殊な存在だと思ってて。でも、私はそのどれも負けたくなかったんだよね。悪く言っちゃえば、負けず嫌いで頑固なだけなんだけど。自分より上手な人がいるのを仕方ないと思えなかったんだ」

真剣な面持ちで私の話を聞いてくれる二人に向けて、一拍置いて「だからね」と再び口を開く。

「せめて、届けようと思ったんだ。そのときそのときの、全身全霊を。……でね、ここからはたぶん、の話なんだけど。今日もそうだったと思うんだよね。もう随分前に引退しちゃった私でも、何か二人の糧になれたらって考えて、でもよくわからなくて、とりあえず全力を尽くそう、って思ってやってたんじゃないかな」

話しながら、自分の考えていたことをまとめて言語化してみれば、なんとも抽象的な結論になってしまったが、きっとこれが事実なのだと思う。

慶さんに視線を送れば、彼女は頷いて、笑う。

「うんうん。二人も気付いてると思うんだけど、凛ちゃんのダンスは正直、所々ガタガタだったでしょ?」

なんとも辛口の評価であるが、間違っていないから異を挟むことなどできようはずもない。

「でも、すごかったと思うんだよね。技術的に、じゃなくて、表現としての力が。気持ちが乗ってる、としか言いようがないんだけど。もちろん、それをすぐに二人でもやってみせろ、なんていう気はない。一朝一夕に真似ができることでもないから。ただ、二人にはさっき見た光景を忘れないで欲しいと思います。きっと、あの光景は将来的に二人の表現の幅を増やす助けになってくれるので」

二人は大きく「はいっ」と声を揃えたあと、口元を引き結んでいた。

慶さんさんの言うように、何か力になれたのだろうか。

そうであるならば嬉しい限りだが、どうにもそんな気はあまりしなくて、もやもやとしてしまう。

そんなところへ慶さんがやってきて、私の肩を押し二人の前へ一歩進ませる。

「それじゃあ、貴重な経験をさせてくれた凛さんにお礼!」

ぴしゃりと慶さんがそう言えば、二人は深々と頭を下げてレッスンルームに響き渡るくらいの声で「ありがとうございました!」と言った。



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