向井拓海「ひざまくら」
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1:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:05:17.79 ID:CvEezSxo0
「……プロデューサー」

 二人きり。プロデューサーの部屋の中。何人ものアイドルやスタッフ達が出入りする事務所の建物の、だけどアタシとプロデューサー以外には誰も入ってこない個室の中。
 もうすっかり使い込んで慣れ親しんだソファの上に身体を乗せる。二人用のそれの端のほうへ腰を下ろして、今日は太ももを開かず閉じる。そこへ乗せやすいように。それを撫でやすいように。
 そうして座る。そして乗っける。プロデューサーの頭をアタシの上へ。膝枕。アタシが、プロデューサーを。

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2:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:06:42.15 ID:CvEezSxo0
「……プロデューサー」

 それから十分ちょっと。瞬きをするくらいの一瞬だったようにも感じるし、無限に思い返して噛み締められるくらいの長く満たされた時間だったようにも感じるけど、壁に掛かった時計の針によればどうやら十分をちょっと過ぎたくらいらしい。
 膝枕。無防備に預けられた頭を太ももの上へ受け止めて、そのまま目を閉じ口も結んだプロデューサーを同じく無言で、でも逆に目は閉じずまっすぐじっと見つめながら時間を重ねるこれ。これを始めてからもう十分。
 始まりはプロデューサーから。……プロデューサーの担当するアイドルは今アタシだけ。だから仕事はアタシのため。朝からいくつも作ってる書類も、何度も繋ぐ電話も、繰り返し送り送られてくるメールも、その何もかもがアタシのため。だから断れなくて。プロデューサーの「仕事で疲れたな。拓海に癒してほしいな」なんて言葉を。断らず……本当は断る気なんて欠片もなくて、むしろアタシのほうからさせてほしいくらいで、でもアタシのほうからはそんなこと言えなくて。だからそれに気付いてるプロデューサーが、自分の発言ってことにしてくれてるこれを受けて。少し迷って拒むような形だけ嘘のふりをしてから、それからこれは始まった。今日もまた。そうして。
以下略 AAS



3:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:07:29.07 ID:CvEezSxo0
「……プロデューサー」

 名前を呼ぶ。呼んで、少し待つ。目を閉じたプロデューサーは動かない。その無抵抗を確かめて、それから手を触れさせる。
 耳の縁、輪郭をなぞるように指先を這わせて撫でる。耳たぶを指の間に挟んで甘く食む。外から隠れた付け根の辺りをゆっくりと撫で上げて、そこからそのまま離すことなく頬まで滑る。そんなふうにして、それまで置き場に困って空を泳いでた手を触れさせる。
 プロデューサーは拒まない。受け入れてくれる。無抵抗で答えてくれたその通り。
以下略 AAS



4:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:08:10.93 ID:CvEezSxo0
 プロデューサーは許してくれない。どうしても駄目なこと。アイドルとして、まだ許されちゃいけないこと。それをしっかり許さない。アタシの言葉を聞いて、それを許していいか考えてくれる。駄目ならちゃんと言ってくれて、良いなら無言で受け入れてくれる。
 出逢った時からそう。仕方なさそうに苦笑しながら、楽しそうに笑いながら、真剣な目で見つめ返しながら、いろんなアタシを許してくれた。背中を押してくれた。手を広げて受け止めてくれた。……目を閉じて自由にさせてくれた。
 いつもの通り。だからアタシは今もそう。何度も繰り返し重ねてるこの触れ合いの中、また何度も許しをもらう。もう許されたこともまた。まだ分からないものを新しく。前に許されなかったものも改めて。

(前よりも、そりゃまあ少しは落ち着いてる。同じことやってんだからそりゃあまあ。……けど)
以下略 AAS



5:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:08:44.16 ID:CvEezSxo0
「……プロデューサー」

 また呼んだ。今度もプロデューサーは動かない。
 許してもらえたのに甘えて抱き寄せる。頬へ添えていた手を滑らせて、胸の前辺りでソファから投げ出されてたプロデューサーの腕を持つ。力無く委ねられたそれを傍まで導き引いてきて、胸元へと抱き締める。
 離さないようにしっかり掴んで。押し付けるように胸の中へ抱き込んで。だらん、と垂れた手の甲へそっと顔を近付ける。
以下略 AAS



6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:09:34.06 ID:CvEezSxo0
(……でっけえなあ)

 見つめる。唇が触れそうなくらいのすぐ近く、胸に抱いたそれを吐息で濡らしながら見つめて思う。
 自分とは違う手だ。女の自分とは違うゴツゴツとした男の手。子供の私とは違う、皺の刻まれ始めた大きくて温かい大人の手。……ああやっぱり、アタシとプロデューサーは遠いんだな、なんてことを。
 プロデューサーは大人で、そんなプロデューサーにとって自分はまだ子供。求めるのはいつだってアタシからで、プロデューサーはそれに応えてくれるだけ。今のこれもそう。格好だけはプロデューサーからするみたいに取り繕ってくれるけど、実際求めてるのはアタシばかり。応えてもらえてるだけ。許せる範囲で許してもらえてるだけ。その先は叶わない。プロデューサーのほうから、アタシを求めてはもらえない。


7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:10:11.42 ID:CvEezSxo0
(ドキドキしてんの全部伝わってんだよな、これ……。ちゃんと。アタシの気持ち)

 胸へ抱いたプロデューサーの腕、速く鳴る胸の鼓動を隠さずそこへ伝えて送る。
 もう伝わってるのは分かってるけど。前にこれと同じようにした時にはもう。そのずっと前、こうして触れ合うのを許してもらう前からきっと。そんなのは分かってるけど。でもまた。改めて。
 伝わってるなら、もっと。プロデューサーの中のアタシが薄まらないように。もっと大きく、もっと深いものになるように。
以下略 AAS



8:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:10:50.13 ID:CvEezSxo0
(……プロデューサーは、してくれてねえんだな……。……ドキドキ。アタシに。今日も。……まだ、アタシじゃ足りてねえんだ)

 たぶん本当はしてるはず。ドキドキ。アタシのそれが大きすぎて感じられないだけでプロデューサーも。……感じられないくらいに少しだけ。
 それに少し心が波立つ。悔しいような悲しいような、奮い立つような。
 分かってること。一回り違うんだ。世間からしても、プロデューサーからしたってアタシは子供。手を伸ばすのはいつだってアタシのほう。だけどそれを、改めてまた見せられて。それに心がざわ、と震う。
以下略 AAS



9:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:11:33.89 ID:CvEezSxo0
 悪い虫を退治するのは訳もない。そんなの慣れたもんだ。どうにだってしてやれる。
 だけどそうじゃないのに手は出せない。湧いて出てきて擦り寄ってくるどうしようもない虫じゃない、綺麗で、格好良くて、熱く眩しく輝くような。プロデューサーのほうから手を伸ばさせるような、そんな誰かには振るえない。
 アタシより輝く誰か、その輝きを消したりするのは……それに泥を塗るようなのは、アタシには絶対できない。それができるならそれはもうアタシじゃないし、そんなやつはきっとふさわしくない。プロデューサーのことがどんなに……こんなに好きでも、こんなに好きだからこそ、それは絶対やれないこと。


10:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:12:19.98 ID:CvEezSxo0
(アタシが一番だ。プロデューサーの、一番だ)
(一番近い。一番深い。一番アタシが輝いてる)
(今、プロデューサーの一番はアタシなんだ)

 だからアタシは輝くしかない。
以下略 AAS



11:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:12:59.62 ID:CvEezSxo0
(アタシんだ。今はまだ。これからもきっと)
(プロデューサーのアイドルはアタシだけ。こいつの女はアタシだけ)
(絶対に譲らねえ。それだけの女に、ふさわしいシンデレラになってみせっから)

 手をなぞる。指の腹でゆっくりと。そっと優しく柔らかく。
以下略 AAS



12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:13:32.49 ID:CvEezSxo0
(……プロデューサー)

 キス。
 軽く触れる、ほんの少し重なるだけの、思いを込めた深いキス。
 アタシを魅せるその在り方に敬愛を。どうかこの想いを叶えてほしいと懇願を。嘘なんか微塵もない本気の好意を。アタシをここまで導いてくれたことへの感謝を。プロデューサーへの思いを込めて。
以下略 AAS



13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:14:12.12 ID:CvEezSxo0
 心の中で繰り返す。
 アタシ以外なんて目に入らないくらい輝き続けてやる。アイドルとして女として、一番高いところまで登ってやる。そしていつかアンタのほうから手を伸ばさせて、正真正銘アンタをアタシのもんにしてやる。
 ずっと思ってきたことを改めて繰り返す。何度も何度も。唇から沁みて伝わるように。自分の中の決意を深めるように。プロデューサーへのアタシの気持ちを。

(……ああ)
以下略 AAS



14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/04/22(水) 22:15:25.26 ID:CvEezSxo0
以上になります。


15:名無しNIPPER[sage]
2020/04/22(水) 23:14:02.13 ID:f2G/8dhbO
いいねぇ


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