【ぼざろSS】ふやけたページ
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13:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:46:51.13 ID:G7tB3fi30
 片道2時間の通学路。
 当然、その所要時間に対応できる程度には、後藤ひとりの朝は早い。 
 そして、通学というものに対してそこまで時間をかける感覚がすでに信じられないリョウは、後藤家の生活リズムに合わせられない朝を迎えていた。
 
「りょ、リョウ先輩、学校送れちゃいますよ……!」
「ううん……」
「わー、おねえちゃんが誰かを学校行かせようとしてるの初めて見た〜。いつもは自分が行きたくないって言ってるのにね!」
「ふたり!」
「あはは、怒られた〜♪」

 ぼさぼさの髪を梳かし、顔を洗って泣きはらした目を戻し、ギリギリの時間に家を出発して、二人はなんとか電車に乗ることができた。
 通勤通学の人が多い時間帯ではあるが、それでも座席の空いている車両を見つけ、リョウと並んで一緒に座ったひとり。
 自分の家から誰かと一緒に学校に行ける日が来るなんて思ってなくて、しかもそれがリョウであることが嬉しくて、休み明けの学校に行くのは憂鬱なはずなのに、どこか晴れやかな気持ちだった。

「あっ、そうだ……」
「……?」

 ひとりはバッグをごそごそと探り、ノートを取り出してリョウに渡した。
 最初に見せたときのショックを吹き飛ばすくらい、昨日の夜、何回も何回もリョウに褒めてもらった歌詞ノート。

「い、インクがいっぱい滲んじゃってたので……さっき起きてすぐ、一応清書し直したんです」
「……ありがと。でも、もうほとんど覚えてる」
「え……」
「初めて読んだ時から、好きだったから」
「っ……」

 ひとりは赤くなった顔を見られないようにノートに顔を落とし、そしてそれをリョウの膝の上にすっと乗せた。

「こ、今度は……リョウ先輩の番、ですよね」
「……うん」
「先輩なら……絶対に良い曲をつけてくれるって、思ってます……」

 ところどころページがふやけて、小口がわやわやと波打ち、少しだけ分厚くなってしまっているノート。
 リョウはそれを両手で受け取り、自分のバッグにしまう前に、思い出したかのように呟いた。

「そういえば……ぼっちはいいの?」
「えっ?」
「この歌詞……虹夏と郁代にもあとで見せることになるんだけど」
「……」
「ていうか私が曲つけたら、今後何回も郁代に歌ってもらうことになるんだけど」

 初めて聴く人はともかく、ほとんどラブレターのような歌詞になっていることに、虹夏あたりは確実に気づくはず。
 その可能性を指摘され、まったくもってそんなことを考えていなかったひとりは、みるみるうちに顔を赤くさせた。

「だっ……だ、だだだだめですね! やっぱりダメですね!」
「えっ」
「すっすみません、今になってやっぱり直したくなってきました! 返してください!」
「えー……昨日あんなに直したくないって泣いてたのに」
「だ、だって〜……!!」

 リョウはひとりを無視して自分のバッグにノートをしまい、ひとりにせっつかれた。
 何度も歌詞を心に刻んで、本当はもういろんなフレーズが浮かんでいたし、今すぐにでも家に帰って録音がしたいところだった。
 けれど虹夏も心配しているだろうし、今日くらいは真面目に学校に向かうことにしよう。ひとりの隣で静かに目を閉じる。

 この歌詞に合う曲が、私にはきっと作れる。私にはきっとやれる。
 ひとりの想いを感じていれば、いくらでもいいアイデアが浮かんでくる気がするんだ。
 リョウは自信ありげな笑みを浮かべ、ひとりの方に体重を預けるように、少しだけこてんと身体を寄せた。
 右肩に乗せられたリョウの頭の重みが愛しくて、ひとりの顔にも思わず笑みがこぼれた。

 眩しい朝焼けが二人の背中の窓から差し込み、東京へと向かう電車内を、きらきらと染め上げていた。
 

〜fin〜


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