7:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:34:29.29 ID:G7tB3fi30
*
「……っと……ねぇ……」
「……」
「ちょっと! リョウってば!」
「……え?」
「はぁ、だめだこりゃ」
「今日のところは解散ですかね〜……」
虹夏に肩を揺さぶられるまで、声をかけられていることに気付かなかった。
いつもどおりの時間、いつもどおりの場所で始まった、結束バンドのスタジオ練習。まだ始まったばかりだったが、今日は早くもお開きになってしまいそうだ。
原因は、リョウの演奏に身が入っていないこと……というか、上の空すぎてコミュニケーションすらまともにとれないこと。
そして、ひとりが来ていないこと。
「ねえ、ぼっちちゃんと何かあったの?」
「……別に」
「ほんとに何もなかった人はそんな意味ありげに『別に』なんて言わないから!」
「ま、まあ伊地知先輩落ち着いて……!」
「リョウに聞いてもだめだ〜……喜多ちゃんは何か聞いたりしてない?」
「私も何があったか全然知らなくて……ひとりちゃんが学校休んでたのに気づいたのも登校してしばらくしてからでしたし、メッセージ送っても既読すらつかなくて……」
「私も同じだよ〜……試しに電話もかけてみたんだけど、電源切ってるみたいでさ」
「ちょっと心配ですね……」
「また明日」というメッセージを送って別れてからというものの、リョウもひとりのことが妙に頭から離れなかった。
歌詞のチェック作業自体は今までも何回かこなしてきたはずなのに、昨日のひとりは明らかに今までと様子が違った。
違うのは様子だけではない。何よりも書いてきた歌詞の雰囲気が突然変わったのだ。
虹夏や郁代だったらここまでの違和感を覚えていないかもしれない。数々の失敗作も含めて、今まで何度もひとりの考えてきた歌詞を読んできたリョウだからこそ感じてしまうものなのかもしれない。
ひとりが今回作ってきた歌詞は、自分でもびっくりするくらい、心に刺さるものだった。
時に激しくて、時に優しくて、痛いほどに透き通っていて、どうしようもなく綺麗で。
言葉選びも表現も、声に出して嚙み締めたくなるくらい印象的で。
こんな歌詞が本当に、目の前のひとりの頭の中から出てきたのかと疑ってしまうくらい。こんな歌詞を思いつけるなんて羨ましいと、ついついそう思ってしまうくらい。
だがそんな感動と同時に、「ひとりらしさ」が消えてしまっているのではないかと、もう一人の自分が心の奥で警鐘を鳴らしていた。
カップの飲み物をくるくると回しながら、どこか満足そうに微笑む目の前のひとりを見て、嫌な予感がしてしまった。
ひとりは、「私のため」にこの歌詞を書いてしまったのではないかと。
「自分らしさ」よりも「私のため」を優先し、目の下にクマを作りながら、片道2時間もかけてここまで来たのではないかと。
もしそうだとしたら、「それは違う」と言わなければいけない気がした。
毎度毎度、私に歌詞を見せるためだけに来てくれる以上、言ってあげることが自分の責務なのではないかと、そう思った。
……けれど。
(ぼっち……どうして……)
あんなに落ち込ませる気はなかった。まさか泣くとは思わなかった。
リョウはひとりの「強さ」を知っている。失敗にへこむことはあっても、いつか必ず立ち直ることを知っている。結束バンドのメンバーにさえ見えないところで時間をかけて努力して、最後には必ずいいものを作ってきてくれることを知っている。
だから、自分が思うことを素直に話しても、「ぼっちなら大丈夫だろう」と思った。
しかし、ノートにぱたたと涙の粒が落ちたのを見たとき、それは間違っていたのかもしれないと気づかされた。
それからは自分も動揺してしまって、上手くフォローしてあげることもできなかった。
ひとりをこのまま家に帰してはいけないのではないかと懸念したが、気分転換できるような場所も思いつかず、そのままするりと手を放してしまった。
歌詞にダメ出ししたくせに、気の利いた言葉のひとつも思い浮かばなくて、「また明日」としか送れなかった自分に嫌気が差した。
その後は家に戻ってひとりが書いてきた歌詞を思い出しながら試しに作曲してみたが、ひとりの泣き顔が目に焼き付いてしまって離れなくて、ピンとくるものはワンフレーズもできず。
結局昨日は何をやってもうまくいかなくて、自己嫌悪しながらふて寝して、気づいたら朝になっていた。
もしかしたら、今後の関係性にヒビが入るくらいのことだったんじゃないかという不安と、「ぼっちは強いから、きっと大丈夫」という身勝手な信頼感の狭間で揺れ動きながら、学校での時間を過ごし。
そうして放課後スタジオに来た時、郁代からひとりが学校に来なかったことを聞かされ、リョウは激しく動揺した。
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