413:1(ストック終)[sage saga]
2011/04/19(火) 15:41:40.19 ID:SS7qLjRxo
◆
「すまなかった!!」
突然の大声に、火霊使いは驚いてダルクを見上げた。いや、見下ろした。
なんとダルクは、彼女より低い位置まで屈みこんで頭を垂れていたのだった。
彼女には何が起こったのか見当もつかない。
「決して覗こうとしたわけじゃなかった! 温泉での件は謝る! すまなかった!!」
彼女はぼんやりとその黒髪を眺めていたが、やがて事情を理解し、またたく間に赤面していく。
「あ……お……お前……」
「頼む、どんな報いも受けるが、謝罪だけは聞いてくれ! すまなかった!!」
「こ、このっ」
「申し訳ない面目ないごめんなさいっ!」
「うるさいっ!」
もともと自分が受けた辱めの復讐のために、自分から仕掛けた勝負。
しかしその勝負に敗れ、しかも相手はそのことでここまで頭を下げている。
これでは手を上げられない。イライラする。何だこの歯がゆさは。
(くそっ! コイツのせいでコイツのせいで! なんなんだコイツはっ!)
彼女はこれまで長い間戦いの中で育ってきた。しかしこんなパターンは今までになかった。
今まで自分を負かした相手のほとんどは、余裕、横柄、不遜、醜悪な態度をみせつけてきた。
なのになんだコイツは。なんで勝ったのにそんな振る舞いができる。
勝ったあとなら風呂での件を許してもらえるとでも思っているのか。そんな打算で。
(あたしは――)
彼女はギリリと一番奥の歯をかみしめる。
(あたしは勝ったときも負けたときも、こんな風にはなれない――)
「ど、どうかこの通りだ!」
「うるさい!」
「痛っ!」
顔を赤らめつつも、彼女のチョップがダルクの頭に炸裂した。
ダルクは鈍痛に目を回しながらも、その手刀に高熱を感じなかったことを意外に思う。
「風呂での件は忘れろ! 誰かに話したら絶対[ピー]す!!」
彼女は自分の使い魔を揺さぶり起こし、身支度を整え始めた。
とにかく一刻もこの場を離れたかった。
「お前……ダルクとか言ったな。いつかきっと決着をつける、その時まで覚えてろ!」
跳ね起きたきつね火をはべらせ、背を向けて今にも駆け出しそうな格好の火霊使い。
顔を上げたダルクは慌てて声を投げかけた。まだ肝心なことを知れていない。
「ま、待て、お前の名前は!?」
もう彼女は振り返らなかった。
すべてを振り切るように駆け出していく。
「火霊使いのヒータ!!」
その声はコロッセウム中に響き渡るようだった。
ダルクは小さくなっていくその後ろ姿を眺め、「ヒータ」とつぶやく。
ふと空を見上げた。もう、明け方だった。
いつのまにか雲は晴れ、澄み渡った群青色が広がっていた。
どこまでも、果てしなく。
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