過去ログ - 闇霊使いダルク「恋人か……」
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512:1[sage saga]
2011/05/21(土) 01:54:00.25 ID:lK3+rVGho

 割と長めの階段を下りきると、すぐ左手にボロボロドアがあった。
 しかし見た目のさびれた作りとは裏腹に、かすかに中から漏れている賑わいは一通りではない。

(盛況みたいだな……)

 ダルクは少しためらいがちにドアノブを握り、数拍を置いた。
 中に入れば多くのヒトに姿を見られてしまい、それは場合によっては我が身の危険となりうる。
 自身が闇属性であることは何とかひた隠しにするつもりだが、いざとなったらそれなりの対応が必要だろう。
 
 自分は何者なのか。この禍々しい杖は何か。なぜ手錠をつけているのか。ディーの眠り具合はどうか。
 自分がここに入る目的は。手持ちの金銭(デュエルポイント)事情は。どれだけの時間ここにいるか。
 備えあれば憂いなし。落ち着いて物を考えられるうちに、思いつく限りの想定に筋道をつける。

「……よし」

 やがて心の準備を終えたダルクは一呼吸をはさみ――静かにドアを引いた。
 その途端、中の賑わいが割り増しでダルクの耳に飛び込んできた。

 コインがこすりあう音。酒瓶とテーブルがぶつかる音。
 そしてダルクにとっては馴染みのある、チェスの駒がボード上に打たれる音。
 もちろん人の話し声などもあったが、店内の空間を占めているのは圧倒的に雑音の方だった。

 しかしながら想像をはるかに超える大勢の対局者たち。みな熱中しているのだ。
 誰も彼も身体ごとのめり込むように、チェスという脳内格闘技に神経を注いでいる。
 手元には酒。アルコールのほろ酔いがゲーム熱を呼び込み、更に店全体を温めているようだ。

 ダルクがドアを後ろ手で閉めると、店の奥から女の人が声をかけた。

「いらっしゃい……あらぁかわいいお客さん」
 
 カウンターに現れたのはダルクより一回りは年上の、肌の白い女性だった。どうも店の人らしい。
 前で分けた長い金髪からとがった耳がのびているのを見て、彼女がエルフだと悟る。
 ノースリーブの露出度の高い服を着ており、その色っぽい振る舞いは酒場の雰囲気によく似合っていた。
 ……というか鎖骨どころかムネの谷間までむきだし……。

「ボク、道に迷ったの?」
「い。いや」
「そう? こういうところに来るのは初めて?」
「そ、そういう訳でもない」
「あらそう。じゃ、ちょっといま忙しいから待っててね」
「あ、いやお構いなく」
「適当に好きな席に着いててね。お客さんとチェス指しててもいいわよ」

 彼女は「ゴメンねぇ」と微笑みかけ、なめらかな動きで「姉さんこっちボトルとグラス〜」とカウンターの奥へ引っ込んでしまった。
 客数はざっと数えて二十人は下らないが、それら相手に給仕と配膳をこなすのは確かに多忙の極みだろう。
 もとよりそのつもりだったが、できる限り店側に迷惑をかけないように動くとしよう。
 
 ダルクは周囲に目を配りながら店の奥へ進んだ。
 店に入った瞬間は方々から視線を受けたが、いまやもうダルクを見る者はいない。
 店の大半はチェス、チェス、チェスで、たかが一見の来客など記憶にすら残らないといった様子だった。
 
 店内構造はいたってシンプルで、大部屋の一室を長いカウンターと奥行きのあるホールが二分する形だった。
 窮屈だった入り口から考えるとホールは相当広く、座席を数えてみるとカウンターを含めて五十席はあった。
 天井からいくつも垂れ下がっている照明ランプは薄暗く、ゆらゆら揺れる影が酒場ならではの空気を一層かもし出していた。
 
 しかしダルクが今まで見知ってきた酒場のように、決して不潔でも退廃的でもない。
 掃除や整理整頓がよく行き届いており、店内を彩るインテリアの格調高さは非の打ちどころがない。
 チェスという知的ゲームに敬意を払っていることの表れだろうか、全体を通して濃厚な気品を感じられた。

(すごいな……世の中にはこんなところがあるのか……)

 自分の特技であるチェスが、ここまで愛されている場所がある。
 ダルクの感動はひとしおだった。



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