514:1[sage saga]
2011/05/21(土) 01:58:24.53 ID:lK3+rVGho
ダルクがほんの三歩先まで近づいても、彼女は微動だにしなかった。
いや、あるいはあえてこちらに気づかないフリをしているだけかもしれない。
それは定かではないがともかく、彼女は相変わらず姿勢を変えずにボードの上を眺めていた。
声をかけようと思ったダルクだったが、先に盤上の方に興味を引かれた。
局面は終盤だ。面白い形をしている。彼女側からの手番であれば詰みがありそうだ。
ダルクの澄んだ目が盤上に注がれる。
読みの思考。高速の駒移動が脳内で展開されていく。
同時にこの懐かしい感触に心が震えてくる。ダルクは自然と口元を緩めていた。
「g10・ルイーズ」
彼女ははっと顔を上げた。
そしてダルクを顔を見るなり、絶句の表情を見せる。
ダルクは瞬時にその意を理解し、すぐさま身を引いて首と平手を振った。
「ち、違う違う! 追いかけたわけじゃないんだ。これは、偶然で……」
彼女のいぶかしげな視線は切れない。
テーブルの死角で、早くも杖へと手を伸ばしていることにも気づく。
当たり前ながら相当の警戒をしており、想定内のことながら非常にやりづらい。
「オレは今日初めてこの町に来たんだが、食糧を売っている店が見当たらなくて」
眼鏡のレンズに映った自分の姿の、なんと頼りないうろたえぶりだろう。
「それで、たまたま開いている店を見つけて、情報を集めようと入ったら、さっきぶつかった子がいるなと思って……。
そ、そうだ、さっきはすまなかった。あれは本当に事故だったんだ。不快に感じたなら申し訳ない、許してほしい」
頭を垂れても、すぐにはダルクのわだかまりは解けない。
謝罪を形にすること自体は誰でもできる、それが100%演技だとしても自分以外は分かりっこない。
ダルクは本気で申し訳ないと思ってはいたが、それが相手に伝わるかどうかなど知る由もない……。
「……私は、地霊使いのアウス。この町に住んでいる者です」
雑音の中、静かに、しかし凛とした声が通った。
ダルクは「地霊使い」という言葉にぴくりと反応したが、内々で物思いするより早くアウスは二の句を継いだ。
「あなたは何者ですか?」
眼鏡のレンズ越しに、品定めするかのような瞳がダルクを射抜いた。
予期された問いかけ。ダルクはすばやく周囲に目を配る。
幸い誰もこのテーブルのやりとりを見ていない。
いや!
……カウンターの方から圧力を感じる。あのマスターだ。
さすがは店の主、店内のことは全て把握しようとしているらしい。
こういう場合、下手に意識するよりは自然に振舞った方がいい。
それにこの雑音の最中、小声の会話までは聞き取れないだろう。
以上の判断から、ダルクはアウスの質問に答えた。ただし――
「名前はダルク。西の方から来た」
極力素性を明かさないよう、ぼかした返答で。
これで凌げたら御の字と思っていたが、やはりアウスはそれで流さなかった。
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