516:1[sage saga]
2011/05/21(土) 02:01:25.57 ID:lK3+rVGho
「初頭効果という言葉をご存知ですか」
藪から棒に出された単語に、ダルクは「えっ」とたじろぐ。
「ヒトの第一印象を決定づける指標です。私とあなたの邂逅は決して良い形とは呼べませんでした。
御察しの通り、私はあなたに対して強い不信感を抱いています。
したがって対等の立場を得たいと思うなら、あなたは名乗り方に最低限の礼儀を兼ねるべきと思われます。
にも関わらず、今の答え方はとても私が満足できるものではありませんでした。
それらを踏まえた上で、いま一度だけ問わせていただきます。『あなたは何者ですか』?」
ダルクは少し唖然とする。やはり彼女は見かけ倒しではない。
すらすらと並べ立てられた口上は明瞭で、かつ言い方にも説得力があった。
知識に勝り、聡明さを誇る。加えて今まで出会った人物の中でも屈指の能弁家だ。
ダルクは迷う。ここで自分が闇属性だと明かすことが鬼と出るか蛇と出るか。
「……どうしました? なにか素性を明かせない理由が」
「オレは」
ダルクは決心を固めた。
どうせ他にアテはなく、ある程度は覚悟していたことだった。
ダルクは半ば彼女に賭ける気持ちで、よどみなく言いきった。
「オレは闇霊使いのダルク。闇の世界出身だ。いまは西の林に一人暮らしをしている」
途端、アウスの目つきが変わる。
驚愕と……困惑と……興味深さを灯したレンズが、ダルクをみつめる。
「……そうですか。ではダルク。どうぞ席を」
アウスが向かい側のイスに手を広げる。
相席を認めたということは、少なくとも拒絶する意思はないようだ。
ダルクがおずおずと着席すると、アウスは拳を口元に当てて軽く咳払いをした。
「あなたさえよろしければ、私がこの町を案内しても結構です」
「ほっ本当か」
「これは先のあなたの謝罪に、相応の誠意が汲み取れたから。
また危険を承知であえて闇属性であることを明かしてくれたから――気まぐれな親切心を起こしたまでです」
「ありがとう! 助か」
「ただし」
アウスの口元が微笑を浮かべる。
その手にはチェスの駒。
「私に勝てたら、というアンティルールではどうでしょう」
「えっ?」
「この局面での『g10のルイーズ』。正解でした。自信があるのでしょう?」
ダルクは――アウスにも増して、口の端を吊り上げた。
そのとおり自信がある。闇の世界では、チェスの腕前は百戦錬磨を誇っていた。
望むところだ。そう答えようとしたとき、アウスの思わぬ言葉が飛んできた。
「その代わり私に負けたら、その杖を置いていってもらいましょう」
「なっ……杖を!?」
「この町では、そのような闇の杖は貴重な資料になります。ぜひ細部まで研究したいものです」
「こ、これは大事なものだ。他の物ではダメか?」
「別に構いませんが……いささか興ざめですね。腕に自信がないことを認めるわけですから」
「……」
ダルクは決して冷静さを欠いていた訳ではない。具体的な勝算があったわけでもない。
ただ……あの師匠も褒めちぎってくれたチェスの腕前には、芯のようなプライドがあった。
ダルクは自分のうろたえぶりを猛省した。勝てばいい話だ。絶対に負けはしない。
「……自信はある。いいだろう、この杖を賭けよう」
「いいのですか? 大事なものなのでしょう?」
「言っただろう? 自信がある」
「ふふっ。そうこなくては」
かくして話は整った。
テーブル越しに向かい合う闇霊使いと地霊使い。
賑わい豊かな酒場の一隅にて、盤上の決闘がまたひとつ幕を開ける――。
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