630:1(>>615〜)[sage saga]
2011/08/24(水) 16:10:22.35 ID:BRARFUX8o
「それで。治安維持のジェイン氏」
マスターの平坦な、しかしむしろ威圧すら感じさせる低い声が、静まり返った酒場に流れていく。
「私どもの立場としては、とんだ濡れ衣で営業妨害を被っている次第なのですが」
「ふむ、それは我々の立場とて似たようなものだ。店ぐるみで不法賭博の事実をひた隠しされている、と」
ジェインもまったくたじろぐことなく、尊大な態度を緩めない。
「しかし平行線にはなりませんな」
「証拠か」
「左様です。見つからない以上は、即刻お引き取り願いたいものですな。お客さんも勝負を中断させられ迷惑している」
「ふむ」
ジェインは酒場内をぐるりと一望した。
客たちはみな固唾を呑んで様子を見守っていたが、多くの者はジェインと視線を合わせることを避けた。
ダルクも瞬発的に目線を変える。視界に飛び込むアウスの杖――。
「確かに。こういった状況では、現場を押さえるしか手立てがない」
「ごらんの通り、賭博の事実があったという痕跡はありませんが」
「当然、今はな」
そこでジェインは突然、背後の方へ目を向けた。
視線の先にいた強引な番兵は、たちまちかしこまって直立不動を伸び上がらせた。
「番兵の君」
「はっ!」
「我々の中で最初にこの店に入ったのは、確か君だったね」
「はっ、その通りです!」
「簡潔に、事実を答えたまえ。――君が入ったとき、この店の様子はどうだったかね」
「はっ、そ、そのときは……い、今と変わらぬ様子ではありましたが……」
「ほう。……天に誓って、間違いないね?」
「はっ! し、しかしこの店は過去に数度の通報履歴が」
「『今』。どうなのかが焦点なのだ。余計なことは報告しなくていい」
「はっ、はっ! 失礼しました!」
ジェインは身体を向きなおすと、再び「ふむ」とふわふわ頷き――ホールの中へゆっくりと足を踏み入れた。
金属の靴音が、一歩一歩じらすようにホール内に響き渡る。
彼が歩み進むごとに、ホールの奥は銀色の明るみに晒され、そばに位置する客たちは縮み上がった。
まるで、少しでも気を抜いたら賭博がバレてしまうのではないか、といった具合にその身を凍りつかせている。
ジェインは各々のテーブルの上を撫で回すように眺め――あるテーブルで、ぱたりと足を止めた。
何をするかと思えば、おもむろに屈みこみ、テーブルの下に落ちていたそれを拾い上げた。
500DP硬貨。共通硬貨となる前の金貨を模した、やや大きめのコイン。
ジェインは酒場にいる誰もが目視できる程度に、それをつまみ掲げた。
「これは……誰が落としたコインかな?」
「あっ」
真っ先に血の気が引いたのは、そのテーブルについていた「アイルの小剣士」だった。
相席の痩せたゴブリンの表情も、ヘマをした相手を非難するより先んじ、ただただ恐怖を募らせている。
広いホール一帯に、裂けんばかりの緊張がぴりぴりと走り抜けていった。
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