過去ログ - お題を安価で受けてSSスレ
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786:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)
2011/11/09(水) 18:12:55.46 ID:2ahA77uDO
>>781



馴染みの反物屋に新しく入荷したという反物を見に行ったその帰り道のことである。
川沿いには草が手入れもしていない状態で生え散らかっていて、「猫の死体を踏んでしまってもわからないわ」などと思いながらも歩いていると、知らぬ男が唐草模様の上着を着て何やら悩ましい様子でしゃがみこんでいる。
興味をそそられて、「どうなさったの?」と話を振ってみると、男は被った手拭いを抑えながらこちらに顔をあげた。
しかし手拭いが翳りを落として表情までは窺えない。
「大切なものを落としてしまって」
「あら。あたしも探してあげましょうか」
「そんな、お嬢さんに悪いですよ」と首を振る。
「構わないわ。どうせ帰っても家事を手伝わされるだけだもの」
そう言うと男は可笑しそうに声を漏らして、「それならお願いします」と頭を下げるものだから、少女は恥ずかしそうに頬を紅く染めた。
「それで、どのようなものをお探しかしら」
「このぐらいの、青の、硝子玉です」
男は空に小さな丸を描いて見せる。
「青の硝子玉?」
「人から貰ったものですが、なんでも珍しいものらしくて」
それを聞いて「そうよね、初めて聞いたもの」と返しそうになるのを喉から出る寸前でぐっと抑えた。
男は続ける。手拭いが風を受けて小さくはためいた。
「大切なものなんです。――でも、猫の死体を踏んで吃驚した拍子に落としてしまって」
「間抜けな奴だなぁと自分でもそう思います」
男の声がどんどんと尻窄みになるのを聞いて、少女は何も答えずにすとんとしゃがみこんだ。
「どの辺りに落としたのかわかるの?」
「あっはい。貴女が立っている辺りで落としたので、本当にここ周辺だと思うんですが」
その言葉を聞いて少女は土を軽く触ると、何かを一瞬考えるように顎に指をかけ、立ち上がり水辺に近づいていく。
あと一寸もしないところでまたしゃがみこむと、「ねぇ」と男に呼び掛けた。
「これかしら?」
指に摘まんで見せたのは、青の硝子玉だった。



「何であんなすぐに見つけ出せたんですか?」
お礼をしたいという申し出を断り、やっとのことで引き下がったかと思うと、男はそう聞いてきた。
「それは――……貴方この辺りの人じゃないでしょ」
「えっ」
「貴方みたいに目立つ人が来たら、すぐに噂になるもの」と男の髪を指差すと、男はぎょっと体を強張らせた。
「気づいていたんですか」
「まぁね……日本語があまりにも上手いから、最初は気付かなかったけど」
男は手拭いを脱いでくしゃりと髪を掻きあげる。
「こんな容姿でも日本育ちでして。それで、何故?」
「ここね。歩いていると気づかないぐらいほんの少しだけ、川に向かって傾斜しているのよ。だから硝子玉なら転がっていくだろうと思ったし」
「それを知らない私は地元の人間ではないだろうと?」
「そういうこと。この辺りの人にとってこれぐらいは当たり前に知っていることでね」
「そうですか」と男は肩を落とした。
「……私は混血でして。ここに幼いころに別れた母がいると聞いて会いに来たんですよ。母は私を忘れているかもしれませんが、一目だけでも会いたくて」
「その硝子玉はお母様に?」
「はい」
少女は何やら納得するように頷くと、男に向き直る。
「貴方の瞳にそっくりね」
男は目を見開くと、手に持った硝子玉と少女を交互に見て唇を開けた。
それがあまりにも間抜けに見えて、少女は思わず吹き出すと男は慌てて口を閉じる。
「大丈夫よ、忘れてないわ。きっと」
「さて探し物も済んだのだから」と少女は踵を返す。
「あのっ」
顔だけを振り向かせた少女に、男は硝子玉を空に透かせながら、
「ありがとう!」
嬉しそうに微笑んだ。





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