801:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[sagesaga]
2011/11/14(月) 03:37:34.93 ID:S4noOvbto
>>733
荒野の風が少しばかり夕暮れのストリートに吹き込んできた。
乾燥して砂も混じっているその風は、向き合うガンマン二人の頬を無遠慮に撫でて吹き去っていく。
二人のうち、背の高い一人はその風に目を細め、もう片方は帽子をかぶりなおした。
「覚悟は、いいか?」
「一年前に済んでるさ」
男たちの距離は、話すには少々離れていた。約五ヤード。決闘の距離。
家屋は並んでいるが彼らの他には誰もいない。この近くに人は寄りつかない。一年前からだ。
「……そうか。そうだな」
そう言って、背の高い方がほんのわずかに目を伏せた。
◆◇◆◇◆
「過ぎた時間は戻らない」
その声は酒場の喧噪の中でもなぜか良く聞こえた。まるで魔法がかかっているとでもいうように。
背の高い男はその声を聞いて出口に向かいかけた足を止めた。
手にはいましがた買った酒のボトルの重みがある。大した重量でないが、それが滑り落ちそうになった。
声のした方に目をやる。席の一つに座った帽子の男がこちらを見ていた。にこりともせず彼が言う。
「久しぶりだなリック」
途端苦いものが確かに口の中に広がるのを彼は認めた。
「アルバート……」
返答の声は、低くかすれた。
「まあ座れよ」
帽子の男が対面の椅子を示す。背の高い男は少しのためらいを見せた後、ゆっくりと近付き腰を下ろした。
間があった。帽子の男が酒をあおった。ずいぶん前から飲んでいる様子に見えたが、特に酩酊しているようには見えない。
「酒は強いんだよ。知ってるだろ?」
やはり笑わずに帽子。
「それにあの日以来、俺は全く酔えなくなった」
帽子の男の目が冷たく光る。背の高い男は黙ってその目を見返した。
(あの日、か)
耳に過去がよみがえる。
金を出せ。女もだ。いいかお前ら逆らうんじゃねえぞ。
そしてあの女の悲鳴。自分の拳銃からの発砲声。その後の沈黙という名の静寂も。
女の悲鳴。今も背の高い男の夢に響き渡りその睡眠を浅く短いものにする。
「メアリーは死んだ」
帽子の男がうめく。俯いて、表情が読めなくなる。
「お前に殺された」
怨嗟にも泣き声にも聞こえた。
◆◇◆◇◆
「メアリーはお前が殺した」
ストリートの上の、つまり決闘の場において、それはただの余分なものにすぎない。
うらみがましい声、そしてその声を聞いて胸に湧く悲しみも。
背の高い男は事務的に確認した。
「お互い銃は一つ。距離は約五ヤード。好きなときに抜いて好きに撃つ」
帽子の男はそれを聞いてもいない風に続けた。
「お前は、俺が彼女のことを愛していた、それを知っていたくせにだ」
背の高い男もそれを無視して続ける。
「立会人は無し。勝った方は負けた方をきちんと埋める。それ以後は忘れて生きる」
「お前は義務を優先する、そういう男だよ」
帽子の声に、背の高い男は黙った。
◆◇◆◇◆
「決闘だ」
帽子の男がそう言うのを、背の高い男は驚きもせずに受け入れた。
「いつだ」
「明日の夕方」
「どこで?」
「あの日の悲劇の舞台でだ」
それだけ言うと、帽子の男は立って酒場を出ていった。
◆◇◆◇◆
銃声は一発。いやかぶさった二発分の銃声が一つに聞こえた。
同時、夕日が地平線に姿を消した。
短い沈黙。それから人間が地面に落ちる音。
背の高い男は腹に空いた穴を見つめながら、ゆっくりと声を出した。
「俺だって彼女を愛していたさ」
痛みは感じなかった。胸を鋭く突きさす悲しみに比べればそんなもの、とリックは思った。
「だけれど町の平和には代えられない……俺たちは保安官だったからな」
倒れ伏しながらも顔を上げる。うずくまるアルバートが見える。胸に銃弾を受け、絶命している。
「あのクソ強盗どもが彼女を人質にとりさえしなけりゃな……」
リックはどうにも涙が止まらないことに焦りを覚えていた。腹から流れる血よりもそれは重大だった。
「ああ、まったくだ。過ぎた時間は戻らんな」
あの悲劇よりも前、三人で笑いあっていた日々を思いだしながら。リックの意識は途絶えた。
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