834:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]
2011/11/17(木) 03:29:20.01 ID:lYSIuYDqo
>>781
落とし物をした。貝殻を使って作ったキーホルダー。
記憶の中の彼女が、また少し遠のいた。
「生きていれば、これぐらいは当たり前」
強がる自分のつぶやきはいかにも空々しかった。
一応探し回ったのが、落し物は結局見つからなかった。会社、いつも利用する駅、帰り道の上。どこにもない。
いつもより少し余計に疲れた体を、沈む心と共に布団に押し込んだ。
そして、夢を見た。真っ青な夢。空と海の交わるところ。
「海って、いつも違う顔をしてるよね」
そうかな。と俺は返した。
「そうだよ」
彼女の顔は見えない。堆積した時間の層が、俺の視界をそして記憶を、曖昧にしている。
あんなに愛おしかった彼女の顔が思い出せない。
「今日は笑ってる」
目を覚まして、しばらくぼーっとした。少し泣いた。
「疲れてるのかね?」
いつもはやたら厳しい部長までが心配してくれた。
そうかもしれません。俺は自嘲気味に微笑んで頷いた。
今日もまた、道の上に視線を注ぎながら帰り道を歩いた。
だが気付く。落とし物をしなくても、俺はいつも通り俯いて歩いていただろう。
「今日は怒ってる」
夢の中の彼女は俺にいたずらっぽく笑った。
「いたずらしたのがばれちゃった」
何をしたの? と、俺は訊いた。
「カニさんをね、ちょっとからかったの」
俺は笑った。海も結構つまらないことで怒るんだなあと。
落とし物はやはり見つからない。
仕事が手につかない。書類の上を目が滑る。
自然、記憶の中に意識は飛ぶ。
青い青いあの夢の中へ。
「今日は泣いてる」
それは俺にも分かった。こんな悲しい海を見たことはなかった。
どうして? 俺は問うた。君も泣いてるの?
「お別れだから」
え?
「わたしは行かなきゃいけないの」
そんな。俺は呆然とした後、彼女に手を伸ばそうとした。ちょっと待ってよ。
「もう行かなきゃ」
彼女は泣きながら微笑む。俺の手は届かない。
「これ、あげる」
俺の手は、彼女の代わりに貝殻のキーホルダーをつかんだ。
がくんと衝撃が走って、慌てて目を瞬かせて。
帰りの電車内であることを悟った。俺はぶつかってしまった人に軽く謝罪して、ため息をついた。
次の日。俺は海にいた。会社は休んだ。
秋も終わりにさしかかり、どこかどんよりとした空。海もやはり暗い。あの夢とは何もかもが違った。
少し波打ち際を歩いて、記憶を過去に伸ばした。
昔、好きな娘がいた。海のそばの町だったので、よく一緒に海を見た。
だいぶ親しい付き合いで、実は俺は彼女が好きだったのだけれど、彼女は都会に行ければならなくなって引っ越していったのだった。
貝殻のキーホルダーはそのとき一緒に作った物だ。あの時もこっそり泣いていた。
俺は数年後、未練たらしく都会に出た。
意識を現在に戻すと、足元に貝殻があった。ただ、あれとは形も大きさも色も違った。
拾ってみるとやはり軽い。
「……」
そろそろ。と思った。そろそろ、進むべきなのかもしれない。
あるものを落とせばあるものを拾う。世の道理だ。「これぐらいは、当たり前」とつぶやく。
貝殻をポケットにしまった。
その時、声がした。
「海が、笑ってる」
俺は驚いて振り向いた。
女が一人、海を見ている。長い黒髪を冷たくなってきた風になびかせて。
彼女はゆっくりこちらを向くと、こちらに手を差し出した。
「落としたよ」
その手の上に貝殻のキーホルダー。
俺は何も言えないまま。それでも泣きそうに顔をゆがめながら、笑った。
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