898:SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]
2011/12/23(金) 20:37:59.11 ID:l4KhSiaDo
>>159
いつそれを決意したのだったか。彼は自問した。
実の母が死んだ時だったような気もしたし、二番目の母親が死んだ時だったような気も、三番目の母親の連れ子、義妹が死んだ時だった気もする。
とにかくいつにしろ既に決意していたのは間違いない。ただ、行動は起こさなかった。そういう意味では今日初めて決意したと言えるかもしれない。
しかし、いつかはこうするとは決めていた。
青年は静かに階段を上っていた。右手の重みを確かめながら。
狭い階段だった。かなりの大きさがあるこの館には似つかわしくない。
なぜそうなのかといえば、話は簡単だった。人が大勢通る場所ではないからだ。
ここに来るのはあの悪魔と、それへの生贄しかいない。彼とて今日まで近付くことはなかった。
階段を登りきると、短く狭い廊下と、その突きあたりに扉があった。
青年は耳をすませた。
「――! ――!」
声がする。くぐもった悲鳴。扉は厚いのであまりよくは聞こえない。『そういうこと』をするために作られている。
青年が扉を開くと、最初に目に入ったのは大きなベッドだった。この広い部屋のほとんどを占めるそれ。そして次に目に入るのは――
「ああ! ああっ!」
絡まり合う肌色だった。
「……」
うす暗い寝室に隠されたなまめかしい営み。粘液の立てる静かに耳障りな音。
だが異常なのは、その二人の内、女の顔がひどく腫れあがっていることだった。顔に黒くこびりついているのは鼻血の跡だろう。
小太りの男が唐突に腕を振り上げる。次の瞬間、腰をこすりあう女の腹に打ちおろす。女のうめきが聞こえた。
青年はしばらくそれを眺めていた。男女はそれに気付く様子はなかった。それぞれに必死の様子だった。
一通り眺め終えた後、青年は右手を持ち上げた。銃声。そして聞こえたかも分からない肉を貫く音。遅れて女の悲鳴。
小太りの男は頭を撃ち抜かれ、女にのしかかっていた。女は疲労困憊の様子で、恐慌に身を震わせながらも抜け出すことは出来ない様子だった。
女。かつて彼が愛した女性。しかし今は、醜く顔を崩して泣いている。
青年はそれに背を向けた。
館の狭い一室、金庫の前で、彼は黙々と札束を鞄に移していた。
泣きたい気分だったが、涙は一滴もこぼれてくれなかった。遅すぎたのだ。もっと早くこうしていれば少しは泣けたはずだ。
父は狂人だった。青年の最初の母親、つまり血のつながった彼女は、あの男の異常性癖によって死んだ。その次の母も、さらにその次の母が連れてきた義妹も。
愛した人々はあの狂人に次々殺された。もう何も残っていない。
「……」
だから、彼にはもう今手にある紙幣の束しか信ずるに値するものがない。
たとえそれがいかに空虚なことであろうと、彼は金を取る手を止めなかった。
館は何も語らない。暗く沈むのみ。まるで彼の行く末のように。
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