過去ログ - お題を安価で受けてSSスレ
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904:SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]
2011/12/24(土) 10:04:55.84 ID:SxnfNXCao
>>894

『今度こそ』
それがじいちゃんの最期の言葉だ、とばあちゃんは教えてくれた。葬儀が終わったあと、ばあちゃんの部屋で話していた時だった。
「まったく、あの人らしいねえ」
たしかに。俺は制服の詰襟を緩めながら笑った。まっすぐ仕事一筋に生きてきたじいちゃんらしい。
研究者だったじいちゃん。いつも数字の羅列された紙をにらめ付け、あーでもないこーでもないと唸っていた姿は今もはっきり思い出せる。
薬で朦朧とした頭の中でじいちゃんは最後まで数式と格闘していたのだろう。
「死ぬ間際で『今度こそ』か。かっこいいな」
「そりゃそうですよ。私の自慢の旦那ですもの」
ばあちゃんは笑顔でのろける。葬儀中もずっと笑顔だった。
闘病生活が長かったから覚悟はもうとっくにできていたみたいだし、何よりじいちゃんを笑って見送れたことが嬉しかったらしい。
「でもばあちゃん寂しいんじゃない? 最後の最後で研究の事なんて」
「なにがだい?」
「だって研究の時の口癖だったじゃん。それ」
研究者の仕事は失敗することだ、が持論だったじいちゃんは実験が上手くいかない度に「今度こそ、今度こそ」と魔法の呪文のようにつぶやいていた。
そんな執念のせいか、じいちゃんの研究はそれなりに成果があり、有名だった。弔電の一つにノーベル賞受賞者の名前があったときはさすがに驚いたけれど。
それだけにばあちゃんが少しかわいそうに思えた。最期の時ぐらい研究の事なんて忘れても良かったんじゃないだろうか。
けれどばあちゃんは俺の心中とは真逆に声を上げて笑い出した。
「ふふふ、そういやあんたには話してなかったねえ」
「なにが?」
「あの人との馴れ初めさ」
学生時代、じいちゃんがばあちゃんの家に下宿したのが二人の出会いらしい。
「私に一目惚れだったらしいよ。若い頃は綺麗だったからねえ」
はいはい、とあしらいつつ先を促す。
「出会ってから半年後ぐらいかねえ。あの人から求婚されたのは」
「なるほど、それで結婚したんだね」
「うんにゃ、断ったさ」
「は?」
意外だった。ばあちゃんがいかにじいちゃんが好きだったか生まれてからずっと見てきたから。
「若かったからねえ。勉強ばっかりの堅物にしか見えなかったんだよ」
「それじゃ、どうやって結婚……」
「あの人からもう一度結婚しよう、って言われたのさ。いや一度じゃきかないねえ。何度も何度も、かね」
真面目を絵に描いたようなあのじいちゃんが? 同じ人に何度も求婚? 
「嘘でしょ?」
「本当の話さ。あの人の友達に聞いたんだけどね。私に振られる度愚痴ってたらしいよ『今度こそ、今度こそ』ってね」
「あのじいちゃんが、ねえ」
それこそ本当に意外な話だった。
「最後には私が折れたってわけさね。今思えばいい買い物だったよ」
またばあちゃんはまた声を出して笑い出した。
ずっと亭主関白だと思っていたけど、今考えればばあちゃんのいうことにじいちゃんが逆らったことは一度も見たことない。惚れた弱みというやつなのか。
じいちゃんが最期に頭の中で闘っていたのは数式ではなく自分を振り続けたばあちゃんだったのだ。
なんだか無性におかしくなった。おかしくなって俺も腹を抱えて笑った。
部屋が二人の笑い声で包まれる。すると背後でじいちゃんの遺影が抗議するようにカタッと倒れた。
「おやおや、からかい過ぎたかねえ。恥ずかしがり屋だったからねえ、あの人」
どっこいしょ、と立ち上がり、遺影を直すばあちゃん。たったそれだけなのにその姿はとても幸せそうだった。
人は死ぬときに一瞬で自分の人生を振り返るという。走馬灯と言うやつだ。
振り返った中で一番輝いている人が今際の際に自分の目の前にいる。それはどんなに幸せなことなんだろうか。
そんなことを考えていると一人の女の子の顔が頭の中に浮かんだ。同じクラスで席が隣のあの子。俺の十数年の人生で一番輝いている人だ。
俺はしびれた足に力を込め立ち上がった。葬儀中オフにしていた携帯を起動させながらばあちゃんに尋ねる。
「ねえばあちゃん。誰もいない部屋ってどこかな」
葬儀のため日本中から親戚が泊まりにきたから広い家なのに空いてる部屋ほとんどなかった。
「あの人の書斎は誰もいないんじゃないかい。なにするのさ?」
なんだか気恥ずかしいから俺は「がんばってくる」とだけ答えた。するとばあちゃんも「そうかい、がんばって」とだけ言ってくれた。
ばあちゃんの部屋を出て、じいちゃんの書斎に向かう。単に人がいない所を探していただけなのにじいちゃんの書斎とは。なんだかおあつらえ向きすぎる気もするけどちょうどいい。
携帯を操作して通話ボタンを押すとトゥルル、という呼び出し音が流れた。
俺は彼女に二度目の告白をするつもりだ。
「今度こそ、今度こそ」
俺が魔法の呪文を唱えていると携帯から「もしもし」と声がした。




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