913:SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage]
2011/12/30(金) 22:34:16.72 ID:r82kMu/3o
>>909
あれは――いつだったか忘れたが、俺がうんと幼い頃の春の終わりだろう。恐らく俺の一番古い記憶。
どこだったかも忘れてしまったが、花の方の桜が咲いていた。その一本以外のものは残らず散っていたのに、だ。
それを見上げた爺さんが複雑な面持ちで、寂しげに言った。
『俺と同じだ、みっともねえ』
その言葉と表情は、未だに忘れられない。
………………
その爺さんが割と危篤らしい。
そう聞いても、俺はあまり動揺しなかった。
一応飲み込んでみた「だからなに?」という薄情に聞こえる台詞を、一考の後やっぱり口に出す。
当然お前はアホかと怒られたが、俺はアホではない。
危篤だからどうしろと言うのか。あの爺さんは元から死に損ないだというのに。
爺さんはいい歳した爺さんだ。なんでか戦争の時に若かった爺さん残して部隊が全滅した程度にはいい歳だ。
そんな話は幼くアホな俺にはよく分からなかったのだが、いつもに増して険しい顔をしていたから黙って聞いていた。
常日頃、爺さんはよく言っていた。
『俺はあの時死ぬべきだった』
俺には意味は勿論分からなかった。
だから俺はいつもアホ面をしていて、だから爺さんはいつもそのアホ面を見て言い直す。
『あの時の木の桜の花と同じだ、散るべきときに散れなかった。哀れで惨めでみっともねえ野郎だよ』
いつもそんな風に言っていたから、素直な俺は爺さんを全く尊敬せずにスクスクと育った。
………………
一応会いに来たものの、今会っても何を言えというのか。
かと言ってここまで来て何もせず帰るのも変な話だ。仕方ないからその無様な顔を一目拝んで帰ることにした。
顔を見てびっくりした。なんか色々機械とかに繋がれた爺さんは、まさに無様だったからだ。
もう[ピーーー]ばいいのにと言いたくなるくらいにみっともなく、爺さんは生きていた。
「すごく哀れだな、桜」
名前を呼ぶ。
聞こえるのか反応出来るのか、それも分からない程度には惨めな爺さんはしかし反応した。
こちらを向き、笑って言う。
「だから、どうした」
笑う。
分かっていたが少し安心した。忘れていない。当然俺も忘れない。
『散るべきときに散れなかったんだ、もう仕方ねえから無様だろうが惨めだろうが枯れ果てるまで生きてやるよ。それが義務ってもんだろ』
爺さんはいつもよく分からない話をしていた。
素直でアホな俺は分からないなりに真剣に聞いていたから、よく覚えている。
そしてその話は、いつもこう言って締められる。
『だからよ、いつか俺がくだらねえ弱音とか吐いたらぶん殴ってくれねえか。生憎もう他にアテがねえんだ』
素直な俺は一応頷いていたのだが、この頑固な爺さんがそんな弱音を吐く姿はまるで想像出来なかった。
別にアホだったからでは無い。何せ未だに想像出来ないのだから、きっと誰にも想像も創造も出来ないだろう。
だから幸いなことに、俺は大好きな頑固爺さんをこれまで一度も殴ったことがない。
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