924:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)
2012/03/18(日) 04:27:36.53 ID:eDo9CHk2o
>>767
その猫が私のところにやってきたのは、ある週末のことだ。
私がいつものように家に帰ると、さも当たり前といった風に軒下で昼寝をしていたのだ。
「もしもし。どこの猫だね君」
聞いても返事は無い。まあ当たり前か。
老いた猫だ。人と(特に男と)違って毛はもさもさだが、なんだかくたびれた座布団のようにべちゃっとしている。
詳しくないから種類は分からないが、まあ雑種だろう。そこら辺にいそうな感じ。
「もし?」
言いながら軽く撫でて確認するが、やはり首輪などは無い。
近年は居場所を知らせるマイクロチップなるものもあるらしいが、残念ながら日本ではあまり普及してないらしい。
それなりに人に世話されていた感はあるし(撫でても逃げないし)、恐らく飼い猫ではあると思うが。
一応マイクロチップの確認に医者のところにでも連れて行こうか迷ったが、止めた。
多分、この猫はもう長くない。
最初から半ば分かっていたのだが、もう一週間も持たないだろう。
昔からそうなのだ。
この家は私が幼い頃から、何故か老猫がよく住み着いていた。
命の終わりを目前に控えた、老いきった猫が。
なんでも、昔から飼い猫というものは死期を悟ると飼い主の前から消えてしまう。
そしてその猫達はどこか誰の目も届かないところで死を迎える――らしい。
定説では体が弱った猫が静かな場所で体を休めようとしてそのまま死んでしまう、ということなんだそうだが。
実際のところは、猫に聞いても答えてくれないから分からない。
そしてこの家はその“体を休めるに適した静かな場所”として猫に広く認識されているらしい、何故か。
確かにこの家に流れる空気は、非常にゆったりしたものだが。猫にもそれが分かるのだろうか。
まあ何にしろ、この猫も我が家で体を休めるつもりのようだ。
猫が死を認識しているかどうか、これもまた猫に聞かないと分からないことだ。
命というものがあり、それがある限りは生きて、それが終われば死ぬ。そんな認識が猫にあるのかは分からない。
そして聞いても彼らはきっと答えてはくれない。或いは答えてくれたところで私には猫の言葉は分からない。
猫の本心など、人間には分からない。
だから、私は彼らに何一つ強制しない。分からないから、分からせようとも分かろうともしない。
結果としてここで緩やかに死を迎えてしまうのであれば、それを静かに見取ろう。
何もしないことが、私が彼らにしてやれる唯一のことだと思う。
「まあ、ゆっくりしていくと良いよ。だがエサは安物だぞ」
彼は弱々しくにゃあと鳴いた。その音の儚さとは裏腹に、響きには確かに非難の色が混ざっていた。
猫とは往々にして図々しいものである。
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