929:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/05/09(水) 08:51:50.00 ID:un1KpVh8o
>>928
彼の毎日は至極平坦である。
いつものように朝早く起き、朝食をとり、出勤・帰宅を繰り返す日々。
容姿もぱっとせず野暮ったい眼鏡によれたスーツ。
平凡をそのまま人型にしたような男だが、実は彼には誰にも言えない秘密があったのだ!
「や、やめてください……」
「むっ」
出勤の道すがら、彼は一人の女性を見かけた。
めったにお目にかかれない見目麗しき可憐な女性だった。彼女はなんと大柄な悪漢にからまれていた!
「へっへっへ。お嬢さんちょっとお茶でもしませんかぁ?」
なんという破廉恥! なんという恥知らず! ついでに言えば誘い文句が古すぎる!
悪漢は下卑た笑いを洩らすと、女性の腕をむんずと掴んだ!
女性は泣きそうに顔をゆがめて周りを見回し――眼鏡越しに出勤途中の彼と目があった。
さて、平平凡凡たる彼には二つの選択肢があった。
一つは全てを見なかったことにして会社に出向く道。そしてもう一つは――
「やめたまえそこの君!」
果敢にも悪漢に挑み、女性を助け出す道だ!
「あぁん? なんだてめえは」
悪漢はトゲの生えた肩パッドとモヒカンを最大限みせつける格好で平凡男に向き直った。いや……もう平凡男ではない。
「変身!」
さっと眼鏡を取り払い、懐からタイムカードを取り出す。違う。それはただのタイムカードではない!
ぴかっと光るヒーロータイムカード。目のくらんだ悪漢が瞬きの後に見たものとは……
白を基調としたヒーロー服。逆立ったヒーローヘアスタイルにヒーローサングラス。ヒーローブーツにヒーローウォッチ。
何でもヒーローをつければ許されると思いこむ怠慢がそこにはあった。
「ヒーロー見参!」
「ぬう、お前は! 最近ここらをシメているヒーロー野郎!」
「いかにも! いいか悪党、今去れば許してやる。しかしやると言うならば……」
「ふん! 御託は要らねえ! 行くぜ!」
二つの影が交錯した!
「ふぅ……今日もいい妄想だった」
朝の道の上にあって満足な顔で汗をぬぐう平凡男が一人。
快活に笑みをもらし、ふとそれを誰かに見られなかったかと心配し、それがないと分かるとまた笑みをもらす。
「いやあ強敵だった。まさか秘奥義・モヒカンチョップを使ってくるとは」
そう、全ては彼の妄想だったのだ。
彼は所詮平凡なサラリーマン。ヒーローではないし、この平和な日本にはモヒカントゲ肩パッドの悪漢もいないし、ついでに言えば可憐な女性も少ない。
妄想は良い。そう言った悲惨な現実から僕らを助け出してくれる。
と。
「や、やめてください……」
「へっへっへ。お嬢さんちょっとお茶でもしませんかぁ?」
角を曲がったところで女性のか細い声と男の野太い声がした。そちらを見やると……
「……なんだあれ」
モヒカントゲ肩パッド、ついでにナナハンバイクの男が仰天レベルの美人さんをナンパしていた。
「あぁん!? なんだお前?」
ふとこちらに気付いたモヒカンが大声を上げる。
平凡男にはひとつしか道はなかった。すなわち全てを見なかったことにして――
そのとき胸元からハラリと何かが地面に落ちた。
見下ろすと、そこには妄想の中と寸分たがわぬヒーロータイムカード。
「え……え?」
彼の前にもうひとつの道が拓かれた! すなわち!
「助けてください!」
女性の声が響く。彼はカードを拾い上げた。
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