939:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/05/25(金) 11:49:28.20 ID:GdeuJPpjo
>>159
瓦礫を押しのけたその下に、彼女はいた。
完膚なきまでに押し潰されて、既に面影は留めていないものの、体躯の小ささからかろうじて娘の方だと分かった。
途方もない悲しみが押し寄せてくるが、泣いている時間はないと彼は自制した。
まだ妻の方を探さないとならない。だから泣くのは後。
擦り切れた手を痛みにこわばらせながら、それでも彼は瓦礫に挑み続けた。
これは昔のこと。八年も前の話。
……
「どう思う、アルジャーノン。わたし悪くないわよね?」
暗闇に沈むその場所で、彼女は小さく囁いた。
四角く光る、ディスプレイと思しきわずかな光源以外にはそこを照らすものはない。
だが、とりあえず彼女は不便を感じてはいなかった。
「ええ? あなたまでそんなこと言う? ひどすぎじゃないそんなの」
相棒の返事を聞いて、顔をしかめながら彼女はパネルに指を這わせる。
「アルジャーノンたらいっつもパパの肩を持つんだから」
それを聞いて相棒がキーキーと抗議してくる。彼女はうんざりとそれに応じた。
「はいはい分かったわ。今度からは正式にお小遣いをもらえるようにする。これでいいでしょ?」
がんばってるのはわたしなんだからへそくりくらい多めにみてくれてもいいじゃない。
ぼやきながらいくつかパネルを叩くと、ディスプレイの表示が変化する。
彼女は口笛を鳴らしてその横にある扉の前に立った。
低い音をたてて開いた分厚い扉の向こうはやはり暗闇だった。
踏み込むと、足音の響き方からかなり広い空間になっていることが分かる。
「すっごーい!」
その空間にうずたかく積まれているそれを見て、彼女が歓声を上げた。
「これ全部金塊よ。これだけあればママを作る分には絶対足りるわね!」
わたしもパパに褒めてもらえるし、お小遣いもたっぷりもらえるわ。
そう付け加えて振り向いた瞬間、ライトの明かりが彼女を照らし、衝撃がその身体を貫いた。
銃声は倒れると同時に聞こえた。さらに数発の銃弾が撃ち込まれ、彼女の身体が跳ねた。
「……金庫破りたぁ、なかなか時代がかってるな」
近付いてきた足音は二人分。片方が呟き、片方は無言。
「死んだか? 死んだよな?」
確かに彼女はもう動かないように見えた。
「警報は作動してないが、なぁんかおかしいと思って来てみたらこれだよ」
うんざりと例の男が喋りつづける。
「ここまで侵入を許しちまったんだから、きっと明日ボスにどやされるぜ。やってらんね」
無口な方の男は、ゆっくりと彼女の方に近寄ってきた。その身体運びに油断はない。
「おい?」
不審に思った饒舌な方の男が声を上げる。
無口な男は彼に少女の腕を指示して見せた。銃創がある。しかしそれは……
「なんだ? 機械? ……アンドロイド?」
「あーもう! また傷がついちゃったじゃない!」
少女の声が上がった。
……
かつて妻と娘を失った男は、彼女らを取り戻す事を誓った。
あらゆる方法を模索し、血を吐くような試行錯誤を重ね、たどりついたのはアンドロイドとしての疑似蘇生だった。
五年の歳月かけ、彼は"娘"の方を作り上げることに成功した。
……
「アルジャーノン、やっちゃって!」
二人の男めがけて、彼女の肩から小さい影が跳び上がる。
彼らは反応しようとしたのだろう。しかし間に合うことはない。
破裂音が響いた。それから焦げ臭いにおい。
ネズミ型ロボットから発せられた強烈な電撃をくらって、二人は倒れた。
数分後。
大きなトランクを引きずって、裏路地を少女が歩いていた。
「そうよね。あれだけ金塊がたくさんあっても、持ち出せる量は限られてるわよね」
うんざりとため息をつき、古びたトランクを振り返る。
「ボディにも傷がついちゃったし、修理代もひいたらあんまりのこんないかなあ……お小遣いの分」
肩に乗った相棒が再びキーキーと声を上げる。
「まあ確かに。お仕事ってそういうものよね。我慢するわ」
お小遣いをためておしゃれして、母親作りにかかりきりの父親を振り向かせるという彼女の野望が達成されるのは、まだまだ先になりそうだ。
東の空が白み始めていた。
さしあたっては誰かにみられる前に隠れ家に戻らなければならない。
彼女は歩みを速めた。
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