過去ログ - お題を安価で受けてSSスレ
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941:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/06/14(木) 16:47:23.53 ID:Rx9kMhLIo
>>260

 薄暗がりに細く吐息を吹く。冷えた空気がすぐにそれを白く染めた。
 儚げに漂い、ぼんやりと渦を巻くように消えていくその靄は、彼の気持ちを代弁しているようにも思える。それを横目に、彼は歩き続けた。
 気温は低い。コロニーの外縁に近付くほどにそれは顕著になる。
 数十年前に厚い灰の層によって閉ざされた空からは熱エネルギーの供給が極端に少ない。
 外界は酷く凍えている上、コロニーの温度調節機能が縁まで回りきらない、それゆえの現象だった。
 コートの襟もとから忍び込む冷気に、彼は身を震わせた。

 歩く道にはひびが入り、ところどころ隆起し舗装がはがれていた。道に沿って並ぶ建物も損壊が激しい。
 薄闇がそこかしこに蔓延り、彼の孤独を必要以上に強調する。周りに彼以外の気配はなかった。
 いや。
「こんな夜更けにお出かけか坊ちゃん」
 男の声がした。前方からだ。

 坊ちゃん、と呼びかけてきた割に、その声は歳経た気配がなく、むしろ若い。
 自分とそう変わらない、と思ったし、事実同い年だ。格好まで似ている。
「ちょっと月を見にね」
 彼が言うと、相手は苦笑したようだった。
「お前はいつの時代に生きてるつもりなんだよ」
 コロニーに月はない。だが外にはある。いや、かつてはあった。
「それでも、見に行くんだ」
「そうかい」

 道は広かった。たとえ相手が立ちふさがろうが回り込んで進むことは可能に見える。
 だが、通してはもらえないことは気配で分かった。
「そうだ。俺はお前を行かせるわけにはいかねえ」
「どうして」
「一人でこの小さな世界の終わりを食い止められる、お前はそう思ってるんだろ?」
「……」
「俺はそれが気に食わねえ。思い上がりもはなはだしいんだよ馬鹿のウィル」
 実際、相手は言葉に続けて唾を吐きながら、苦々しく顔をしかめてみせた。

 ウィルと呼ばれた少年はふと頬を緩めた。
「君は僕を惜しんでくれるんだね、ロック」
 ロックはそれには答えなかった。代わりに言う。
「俺はお前を止めるぞ。その鼻っ柱を折ってやる」
 言うと同時に、ロックを中心に空気が渦を巻いた。

 先ほどの通りその場所は酷く冷えている。しかし、その風は火傷をしそうなほどに熱かった。
 ロックが右腕を掲げると、コートのその部分が燃え落ちた。外気にさらされたその素肌には幾重にも刻まれた文様が見える。
 彼が腕を振るうに合わせて火球が発生した。一つ一つが致命的な熱量を持っていることは見てとれた。
 ウィルは同じく右腕を掲げ、袖をまくった。同じく現れる似た図案の文様。
 眼前に迫る火球に対して腕を振ると、発生した冷気がそれをかき消した。

 が。
「おせえッ!」
 ロックが駆けこんで来ていた。燃え盛る右手が鋭く突きこまれる。狙いは顔面だ。反応が間に合わない。
 眼前に迫る業火の塊。その熱で触れないながらも火傷を起こす頬の痛み。
 だが、その時ウィルが見ていたのは目の前にある死ではなかった。
「――泣かないで」

「……泣いちゃいねえよ。馬鹿」
 夜風が頬に触れた。やはり冷たいそれは、頬の火傷をぴりぴりと冷やした。
「僕は行かなきゃいけない。僕にしか……できないから」
 ロックはそのときにはもう顔を伏せていた。燃え盛っていた拳も、今は少しも空気を焦がさずウィルの目の前で止まっている。
「お前じゃなくてもいいじゃねえか……なんでお前なんだよ。ヒーローになる必要なんか、ねえのに」
「コロニーに脅威が迫っている。戦う力を持っていて、それを振るう意志もあるのは僕だけ」
 それから思いついて、付け加える。
「守りたい親友がいるのもね。だからだよ」

 ロックは俯いたまま黙り込んだ。
 もう彼は邪魔はするまい。そう判断してウィルはその横を通り抜けた。
 歩きながら見上げる。暗いコロニーの天井があった。月は見えない。
 いつか、見えることはあるだろうか。人類の過ちの帳が取り除かれ、彼ら二人が望む世界が、時代がやってくるだろうか。
 わからない。それでも、彼はコロニーのゲートに向かって歩き続けた。



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