973:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/06/22(金) 09:35:47.67 ID:pcp4HTTMo
>>538
「どこかで見た顔ですね、ミスター」
カジノの中は騒がしく、向かいの男は聞きとれなかったようだった。
訝しげに顔を寄せる彼に、ディーラーは同じ言葉を繰り返した。
「ああ」今度は聞きとったらしい男が頷いて見せた。「そうかもな」
男が百ドルをテーブルに放り出した。
「これで行く」
「もしかして有名な方なのですか?」
ディーラーはカードを配りながら問いかけた。
「もしそうなら存知あげずにすみません。このカジノが私の全世界なもので」
言うと、男は意味ありげににやりと笑った。笑っただけで何も言わなかった。
カードを配り終え、見せ札は十。その隣の札は伏せてあるが、ディーラーは長年の経験から、かなり良い手であることがなんとなくわかった。
(さて……)
と一息つき、
「どうなさいますか、ミスター」
男はしばらく手札を吟味したようだった。だが、表情から分かる。次の手は既に決めていて、それに覚悟を流し込むだけ、それだけの間だった。
男がテーブルを威勢よく叩いた。カードが男の下に滑りこんだ。
男の舌打ちが聞こえた。彼はカードを三枚ともテーブルに放る。
絵札が一枚に、九と五。合計二十四。バーストだ。
ディーラーが伏せ札をめくると、絵札が現れた。合計は二十。
自分の勘が間違っていなかったことに自信を改めて固くし、ディーラーは男に微笑んだ。
「惜しかったですね。判断は間違っていませんでしたが、さすがに運が悪かった」
それにしても、とディーラーは続けた。
「よくその手札でヒットを選びましたね」
「俺は賭けごとに目がねえんだ」
男が目を光らせる。剃刀のように鋭く、危険なにおいがする輝きだ。ディーラーは知らず身を引いた。
「たとえ準備が万全で、段取りもよく、運びも悪くない。そんな状況でもスリルは楽しみたい。そんな性分だ」
沈黙が落ちた。男とにらみ合ったまま、時間が止まる。
コインが別のテーブルを叩く音と、スロットマシーンのリールの音だけが聞こえた。
「……ミスター」
ディーラーはやっとのことで声を押しだした。数秒の間にかすれて、カサカサの声だったが。
「まだ続けますか?」
「いや、あれですっからかんになっちまった」
男が頬を緩めて言った。張りつめた空気もまた急に緩んだ。ディーラーは拍子抜けして、同じように笑った。
「それは大変だ。これからどうなさるんですか?」
「こうするさ」
男が懐から金属音と共に取り出す。それは――
「見覚えがあると言ったな。そうかもしれねえ。俺は指名手配中の強盗団。その頭だ」
ディーラーは固まったままその金属の塊を見つめていた。正直に言って、男の言葉は聞こえていなかった。
「今日の稼ぎ場はこのカジノって決めてたんだ」
周りの喧噪が聞こえる。熱中の気配を感じる。この異常な状況に、誰も気づいていない。
「周到に準備してきたつもりだが、あんたに気づかれれば少しは不味い。不味かった。そういう賭けだ」
時間が引き延ばされる。男の言葉がゆっくり聞こえる。
「ゲームには負けたが、勝負は俺の勝ちだ。あばよ色男」
銃声が響いた。
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