977:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/06/23(土) 15:09:02.86 ID:+l60yjuno
>>970(>>415より)
「待て!」
夕闇迫る山中の道は、当たり前だが走るのに向いていない。それでも長兵衛は必死で友人に追いすがった。
早く引き返さねば村の危険は明々白々。既に何人か殺されているかもしれない。一刻も早く友人を連れてもどらねばならぬ。
だが当の友人は少しも歩みを緩めない。こちらを振り向きすらしない。
「待てったら!」
肩をつかんだところで、ようやく源一郎は足を止めた。
「俺には関係ない」
彼がそう言うであろうことは長兵衛にも分かっていた。
彼の兄が盗みを働いたせいで酷い村八分にあっていたのだ。村が山賊に襲われたとて今更それを助ける義理……はあるにしても、気持ちがそれを認めないはずだ。
それでも長兵衛が諦めるわけにはいかない。
「今、村は山賊に占領されている。皆捕まって、広場に集められてる。殺されるかもしれない。助けられるのは俺たちだけだ。分かるだろう」
言いながら彼の前に回り込む。源一郎の冷たい視線が刺さるが、焦りがその鋭さを忘れさせてくれる。
その目を強く見返すが、源一郎は何も言わなかった。
「源! その中には"かよ"もいるんだぞ!」
長兵衛と源一郎とかよ。三人は小さいころから一緒だった。
生まれた時期が近く、親たちが田畑に出るときにはひとまとめに預けられ、それこそ兄弟のように育てられてきた。
源一郎が村八分にされるに至ってその間柄もぎこちなくなったが、それでも心は通じているはず、と信じていた。信じていたのだ。
だが源一郎の表情は変わらなかった。
「いいか源一郎。俺たちは先生に剣を習った。今こそそれを役立てる時だ。先生も言っていた」
かみしめるようにゆっくり言う。
「二人でなら、できる。二人でないと、できない」
「どけ」
だが、源一郎はにべもなく切り捨てた。
「俺は行く」
長兵衛は怒りのあまり源一郎の胸倉をつかみ挙げようとした。が、それより早く幼馴染は身を引いた。
その目を見て悟った。
「……そうか」
刀に手をかける。鯉口を切る。
「なら俺の屍を踏んで行け!」
一息に刀身を引き抜いた。
彼の突進を、源一郎は身構えながらも静かに見返していた。
なにがしかの危険を感じたが、怒りは止まらない。そのまま振り下ろす。刃は空を切る。
次の瞬間には長兵衛は倒れて、大量に唾をこぼしていた。
「がッ――」
見えなかった……わけではない。避けられ、柄頭で水月を一撃された。
見える程度には実力に差はない。だが、避けられない程度には差がある。
痛みを飲み下し、身体に鞭打ち、長兵衛は上体をはね上げた。そのまま刀も切り上げ――眼前に突きつけられた切っ先に動きを止めた。
絶句する。抜く手も見せずに源一郎は抜刀していたらしい。
しばらく沈黙が落ちた。長兵衛はゆっくりとうなだれた。
「相手は五人。お前一人でも十分に戦える」
源一郎の平坦な声が聞こえる。
「なんとかしたいなら、一人でやれ」
「そんなに村の皆が憎いか?」
「……」
長兵衛はうなだれたまま、呟いた。
「かよは……かよはお前を好いているのに」
源一郎はゆっくりと一歩退いた。同じくゆっくりと納刀する。
「そんなことは関係ない」
「関係ある!」
思わず顔を上げて長兵衛は叫んだ。
「関係ないことがあるものか!」
「お前、かよを好いているんだろう」
おもわず長兵衛は息を呑んだ。
「だが己に助ける資格がないと思いこんでいるんだろう」
「それは……」
「それこそ俺の知ったことか。そんな事情知ったことか。好いているのだったらお前が助けろ」
それが離別の言葉だった。
幼馴染で、友人で、そして兄弟同然の彼は、もうそのどれでもなくなって、夕闇の中に消えていった。
薄暗がりに嗚咽が漏れた。
悔しさと寂しさと、そしてやるせなさがないまぜになって長兵衛を包んでいた。
もう動けない気もした。が、それでも行かなければならない。
足に力を込めると、意外とすんなり身体は持ちあがった。心の方はさすがにそうもいかなかったが。
それでも、行かなければならない。
長兵衛は一度だけ彼が消えた方を見やった。それから踵を返し、駆けだした。
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