981:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/06/27(水) 17:00:09.32 ID:YR3H3Ff2o
>>733
実家に帰ったのは、特に用事があっての事ではなかった。
ただ単に、休暇に時間が余ってやることもなく、それでいて何もせずにはいられなかった、それだけのことだった。
だが少し考えれば分かる通り、そんな曖昧な理由で戻ったところで特別やることが生まれるわけでもなく。
「散歩でも行くか」
つくづく帰ってきた意味がない。
外はむわりと熱っぽい。半歩分、熱気に押し返されてから歩きだす。
はるか上空から照りつける熱線と、足元から這いのぼるアスファルトの熱量と。
どこからともなく聞こえる蝉の声がそれらと相まってどうしたって逃れられない夏真っ盛り。
百メートルほど行ったところでたまらず木陰に逃げ込んだ。
特別田舎というわけでもないが、間違いなく都会ではない。
山が近く木々が密集し、小規模な林となっている区画もある。ここはその辺縁だった。
瑞々しく広がり日を遮る枝葉を見上げていると、ふいに思い出すことがあった。
『ここが俺たちの基地な!』
あれも林の中、木漏れ日を受けてのやりとりだった気がする。
小さな丘に、木々が特に集まっている箇所があった。
彼と親友はそこに小さな隠れ場所を作り上げた。
得意げに笑い合って、ふざけて転げまわって。
楽しいことがあればそこにいたし、へこんだ時もそこにいた。何にもなかったときにもそこにいたから、いつもそこにいた計算になる。
ずっと一緒だったし、これからも一緒であることを疑いはしなかった。
それでも。
親友が、引っ越すと言った時、それが何を示すか彼には良く分からなかった。
引っ越す先を言われてもピンとこなかったし、親友があっけらかんと言うので、さらに混乱していた。
落ちついて考えて、理解がゆっくりと形を成し、そのときに出てきたのは怒声だった。なんでだよ。と。
親友はまあ、そういうことだから、とだけ言って、立ち去ろうとした。その肩をつかもうとして、でも失敗してよろめいて、彼は叫んだ。ふざけんなよ。
親友はなにも言わずに去っていった。その後のことはよく覚えていないが、夕日の色と、蝉のうるささだけはよく覚えている。
その後しばらくして、親友からの手紙が届いた。手紙には一言。
『基地に埋めた。掘れ』
俺がこんなに悔しいのに、なんでお前はそんななんだよ、と彼は怒りたいような、泣きたいような気分だった。
意地を張って結局親友の指示は無視した。
でも、今なら行ける気がする。
……
過ぎた時間は戻らない。そんなことを実感するのは、これが初めてではないが。それでも呟かざるを得ない。
「過ぎた時間は……戻らねえな」
見上げたフェンスは何も語らない。
もう七年ほど前になるらしい。秘密基地のあった丘は、崩されてなんとかいう工場になっていた。
近くにあったコンビニに入って、タバコとライターを買った。
タバコは吸ったことなどなく、当然詳しくもないので、一番端のものを頼んだ。
店を出て開封したそれをくわえ、火をつける。手慣れていないのでずいぶん間抜けに見えたことだろう。
思い出す。親友は、感情が高ぶっている時は逆に何でもないような態度をとることが多かった。もちろん悲しい時も。
慣れない煙に咳きこんだ。涙の出るまでごほごほやって、結局基地には何が埋まっていたのか思いを馳せた。
彼が自慢していたおもちゃの飛行機だったかも知れないし、何か手紙だったかも知れない。知れない、知れない。過ぎた時間は戻らない。
咳を催すタバコは結局捨てて踏み消して、彼は西の空を見上げた。
あの日と同じ夕日の色。蝉の声。でもやっぱりあの日とは違うはずだ。
寂しさにも似た涼風が吹きすぎ、日が暮れる。
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