3: ◆RLqqTM6o/csr[sage]
2011/01/23(日) 17:10:02.07 ID:ltIw3edqo
平沢憂は、朝方、クーラーを作動させて間もないリビング、そこに繋がるダイニングキッチンで、冷水に手を晒して食器を洗っていた。
どんどんと体温が奪われているような気がして、憂は窓から外を見た。
外ではじーわ、じーわ、と蝉の声が響いている。
その声はコンクリートと金属に住家を侵されているようで、心なしか寂しそうに聞こえた。
「みーんみーん」
小声で蝉の声真似をしてみてから、彼女は後悔した。
壁が声を吸いきってしまった後で彼女に残ったのは、虚しさだけだったから。
体の境界線を侵食してしまいそうな、物質的な圧力を持った静寂を、電子音が揺らして霧散させた。
憂は顔を輝かせて、急いで濡れた手を拭き、受話器を取った。
受話器から能天気な声が聞こえてきた。
『あ、憂? なんか梓が遊んでくれないんだよね。私一人だけど、憂の家行ってもいいかな?』
憂はその友人と、その日遊ぶ約束をしていたわけでは特に無い。
けれど、息苦しい空気の不動を、彼女なら簡単に崩してくれる気がして、憂は顔を綻ばせた。
「うん、是非来て」
あーい、という間延びした友人の返事を聞いてから、憂は受話器を置いた。
またしばらく、部屋には無音が闊歩した。
けれど、憂は外から聞こえてくる蝉の声に合わせて、歌うように呟いた。
「じーわ、じーわ、みんみん、つくつくぼーし」
だって、彼女は少し騒がしいもの、きっと部屋は賑やかになるだろう。
彼女なら、彼女と一緒にいる私なら。
そんな他力本願な考えを持つ憂の体温を、クーラーは少しずつ奪っていた。
103Res/68.21 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。