374:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/08/26(日) 20:52:04.28 ID:w/0NnnoFo
朝、洗面所で鏡を見るたびに琴音は思う。この子、何が楽しくて生きてるんだろう。
どこか眠そうな眼鏡の下の目つき。涼やかと言えば聞こえはいいが、退屈さで不機嫌になった子供を思い浮かべずにいられない。
小さくへの字を描く口が、その印象を強くする。
そのうち退屈さで息を詰まらせて死ぬんじゃないか。そうも思う。
つまらなさで死ぬなんて、それこそ本当につまらない。
家族で朝食をとってから家を出る。曇り空をちらりと見上げながら高校に向けて歩く。友達と当たり障りのない会話。授業。帰宅。
そして、ピアノのレッスン。
先生の教え方は上手だ。厳しくないのに教え子を上達させるための一番の近道を知っている。
先生は無理強いしない。あれこれをしなさいとは言わない。こうしてくださる? が口癖。
どうやったらこんな立派な大人に育つんだろうと琴音はいつも思う。
そしてこうも思う。先生も退屈で窒息しそうになった時があるんだろうか。
家族で食事、登校、友達と会話、授業、ピアノのレッスン。
毎日それの繰り返し。
家族で食事、登校、友達と会話、授業、ピアノの――
繰り返し繰り返し。
ピアノの。ピアノの……
ああ。なんだかピアノレッスン、急に嫌になっちゃった。
「そう、残念だわ」
それは先生の本心のようだった。
「長いこと続けてらっしゃったのに」
その時も先生の言葉は丁寧で優しくて、胸が少しだけちくりとした。
ごめんね、と琴音は静かに謝る。先生のことが嫌いになったわけじゃないんだ。
でもね、どんな名曲が弾けたって、この先役に立たないでしょ?
才能がないことも知ってるよ。演奏者にはなれそうもないみたい。
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