5: ◆INjIt6nmxE[sage]
2011/03/17(木) 11:14:35.71 ID:DI7Rv+qu0
「……あっ、ごめん」
唯は急にその女の子と視線を絡めるのが気恥ずかしくなって、さっと目を逸らす。
「どうしたんですか?」
「い、いや、何でもないよ!」
梓は疑いも何もない綺麗な眼差しで唯を覗きこむ。それがさらに唯の気持ちを惑わせ、顔を熱くさせる。
「そ、そうだ、名前聞いてなかったね。私は平沢唯。あなたは?」
「えっと……、あ、ずさ」
「梓ちゃん、か」
唯は何故か落ち着かず、何か話題は無いかと必死に考える。
(どうしたんだろう……、緊張する……)
初対面でもさほど緊張をしたことのない唯だが、この時ばかりは違っていた。
居心地がいい気がするのに、何故か落ち着かない。唯はなんとか間を持たせようと口をパクパクと動かして、話題を考える。
そんな中、梓が唯を呼ぶ。
「あの……」
「は、はい!」
咄嗟に呼ばれ、唯は極端な反応をしてしまった。自分の声に少し驚き、また恥ずかしく思いながら梓の声を聞く。
「唯は、なんでここに来たんですか?」
「なんでって……」
唯が予想だにしない質問だった。頭の中でぐるぐると考えがめぐり、口から出ていく。
「……何だか気持ちよさそうだったから、かな」
「気持ちよさそう……?」
梓が首を傾げる。
「うん。緑と風が呼んでいる気がしてここまで来たんだけど、そしたら思いのほか気持ちよくてさ」
唯は感じたありのままを話した。
「そうか。ここは気持ちいいんですね」
梓はまた頬笑みながら空を仰いだ。唯もそれに倣って、木々が柔らかくしてくれた日差しの向こう側を見つめる。
「うん、気持ちいいよね」
くっきりとした輪郭の入道雲が青い空の中を流れていく。
風が、また吹き始め、ふわりと風が髪の毛を梳いていく。
それに合わせて、梓の黒髪が気持ちよさそうに宙を泳ぐ。
その光景を唯はただ見つめていた。
綺麗とか美しいとかそんな感情は一切無く、ただ見つめていた。
いや、感情は無いと言うのは嘘になるかもしれない。
何か感触が無くふらふらして、それでいて胸を締め付けるような感情が心で芽生えている。
「……」
無言の時間が増えていくのと共に、見惚れる時間も増え、いつの間にか高かった陽は次第に傾き、影が周りを覆い始める。
「あっ……。そろそろ時間も遅いし、帰るね」
「そうですか」
梓は頬笑みを絶やさずに唯を見つめる。
「えっと……、また来るね」
唯はとっさにそう口走って、雑木林へ駆けこむ。
がさがさと草木を踏み荒らし、唯は駆ける。
(何で、また来るなんて言っちゃったんだろう……)
雑木林を抜けて、赤い日差しが染める道路へ出る。
「はぁ……、はぁ……」
無駄に走ってしまい、汗をかいてしまった。
立ち止まって雑木林を振り返り、また体にこみ上げる興奮が体を揺する。
唯は走らずにはいられなかった。抑えられずあふれ出る気持ちが体に漲り、無性に動きたいのだ。
(こういうの、嬉しいっていうのかな……)
走りながら、唯は梓の頬笑みが脳裏で浮かんでは焼き付いていくのだった。
(また、会いたいな)
唯は緩む口を戻そうとして不自然になる顔で、家へと走っていった。
186Res/213.94 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。