過去ログ - 男「また、あした」
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146: ◆hwowIh89qo
2011/08/05(金) 21:13:25.35 ID:5NnwS6H/0
冬森さんはそう、うっとりとした表情でいて――続けて、僕に唇を重ねた。
僕はそれに応えながら、ゆっくりと冬森さんの背中に腕を回していく。
お互いに抱き合ってキスをしている状態で、他人に見られたらと思うと恐いものがある。
でも、それ以上に、この状況は僕達を興奮させるのに充分すぎる威力をもっていた。

冬森さんの柔らかな唇が、直接僕の唇に触れている。ジュピトリスで笑いながら言ったように、僕らのファーストキスの味はリンゴの味がした。
長く、永く。時間が止まったかのように、僕らは長い間キスを続けた。

「……やっぱり、すてきです」

蕩けたような視線で、虚ろに僕を見つめながらほう、と息を吐いた。艶かしい状態ではある、とは思う。僕に獣欲の類がないと言うわけでもない。
この状況は大変に魅力的だと断言してもいいだろう。もう少し場所が違ったのなら、僕は何か勘違いをしてしまいかねない。
どうやらキスというのは精神を冒してなお足らぬ、麻薬のようなものであるらしい。
麻薬に純度というものが求められるように、キスの当事者の関係、シチュエーション、キスの種類で恐らく万通りものキスの効果というものがあるのだろう。
言うなれば“キスの純度”というものか。今のキスは、相当に純度が高い。

「きょう、は」

口をパクパクさせながら、冬森さんが何かを訴えている。
上手く呼吸か、それとも言葉が思いつかないのか――それはよくわからなかったが、とりあえず落ち着けようと、彼女の背中をそっと擦ってやる。
そうすると、幾分か落ち着いたのか、彼女は照れたように笑って言葉を続けた。

「今日は、家に、みんないるんです」
「……クス。そうだね、僕の家にも、みんないるさ」

冬森さんの言わんとしたことが解かった。これも、昭和ぐらいに流行ったような言葉の裏返しだ。
「今家に誰もいないの」そう女の子の口から出たならば、それは……というわけだ。それの反対なら、当然意味合いも正反対。

「帰ろうか」
「はい。今日は楽しかったですよ。記念日にもなりましたし」
「次からは、もっと積極的にできるかな」

抱き合うのをやめて、また僕らは手を繋いで歩き出す。

「そうですね。キス、だなんて意気込むんじゃなくて、……こう、ちゅー、なら」
「それも久しぶりに聞く表現だなぁ。ちゅー、か」

やっぱり最近では言わないような気がするなぁ。ちゅー。或いはチュウ。
有名な歌があるから多少は言葉が残っているのかもしれないけど、実際に使う人はどれだけいるだろう。

「変でしょうか?」
「いいや。案外、僕達らしい表現でいいかもしれないね」
「かわいらしい響きですもんね」

冬森さんは少し上機嫌そうな様子で、僕と一緒に歩いている。
手を繋いで歩くっていうのは、なんだか――ひどく安心してしまう。幼い時の記憶から着ているのか、それとも。

「ねぇ、秋川君。私達、本当にお似合いの恋人ですよね」
「うん。きっと、そうだね」

――この愛しい笑顔の、その輝きが僕に向けられている。それを確かに実感できる行為だからなのかもしれない。



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