6:>>1[saga]
2011/03/28(月) 21:23:47.57 ID:gJVBoKdj0
「あきかわくん?」
で、教室。ぼーっとしているところに何やら高い声で、おずおずとした、まぁ、所謂女の子の声に背後から呼ばれてしまう。なんで、また、僕なんかに。何か用なんだろうか。僕は最大限の譲歩の気持ちを持って、精一杯のつくり笑顔で振り向くと、そこには冬森さんが緊張した様子で立っていた。どうにも落ち着かないらしい。僕もそれは同様だが。
「昨日言っていたこと、本当ですか?」
「昨日?」
「絵本のこと。私も、絵本をかきたいんです。でも、私、絵は描けないから」
「……僕も、お話をつくることはできないな」
「だから、一緒に絵本を作りたいな、って……」
どうしよう。急展開だ。でも、これはある意味理想系だろう。向こうからチャンスがやってきた。恐らく彼女も最大限の勇気を振り絞って僕にソレを持ちかけてきたのに違いない。そんな彼女の思惑を裏切ることはできないけど、なんというか、今一歩踏み出せない。
「……だめ、ですよね」
「だめ……じゃ、ないん、だけど」
思わず夏原に助けを求めてみる。目線を夏原に向けたが、ニヤニヤした笑みを返してくるだけだった。薄情者だ。そして何やら彼女も視線を僕から外していたのでそちらを見ると、今度は生徒会役員で次期生徒会長は確実と言われる春野都子さんがいた。こちらもニッコリと彼女に微笑みかけている。つまりは、僕らはお互いの保護者ともいえる人物らに生暖かい眼で見られていることになる。なんだか気に食わなくなってきた。それに、だ。冬森さんだって僕という異性の存在が強く苦手なのだ。一般常識として(この定義はあんまり好きじゃないんだけど)女の子は男よりもか弱いのである。そんな彼女から僕を誘ってくれたのに僕がまごまごしているというのはなんだかマズいんじゃないか。僕にも、吹けば飛ぶようなものだとはいえ、プライドぐらいある。
「冬森さん」
「は、はい」
「喜んで製作に協力させてもらうよ」
「本当? ありがとう」
「こっちこそ。絵本はずっと描いてみたかったんだ」
「私も。ふわふわして、かわいいお話がかければいいなって思っていたんです」
何だか二人して棒読みだった。どこまで本心の言葉なのやら。で、堪らずに二人してそれぞれの友人を見る。また二人の反応は同じようなもので、笑いながら近づいてきた。僕らはなんか、あれか。ちっちゃい子か。
「青春っていうか、なんというか。ドラマを見ている気分だった」
「私も。こんな面白い組み合わせってあったのね」
そして、夏原と春野さんの二人に何やらそういうことを言われてしまう。ひどい言われようである。面白がられても、僕らは困るんだけどね。
「その、提案があるん、です、けど」
なにやら句読点大目に冬森さんがびくびくしながら口を開いた。
「部を……絵本部を、作りませんか……? そうしたら、文化祭で部誌として出せますよ」
「絵本部? でも、僕と君だけじゃあ作れないけど」
「な、夏原君と……春野さんも入ってもらいます! そうすれば、人数はギリギリOKになるんですよ。顧問の先生は……適当に引っ張ってくればいいですから」
「雪花がそういうなら、私がことわる必要は無いわね」
何だか、すごいことになってしまった。なんとなしに夏原に眼を向けると、夏原は何やら大袈裟に咳払いをしてからその口を開いた。
「秋川がそれでいいなら、俺も入らない理由がないな」
「……じゃあ、そういうことで。夏原もよろしく」
なんだかんだで、四人で絵本部を結成することになってしまった。善は急げと言うことで、適当な暇をしている先生を見つけて顧問になってもらった。春野さん効果様々だ。次期生徒会選挙をやれば確実に生徒会長で、そうでなくても現時点でかなりの信頼を得ている彼女が如何にもなことをいえば彼女の頼みごとを断れる教師なんてそうそういない。何やらすごい人脈を得てしまったぞ、僕。まぁ、活用機会はこういう場所でしか出てこないだろうケド。さらに部室も適当な空き教室が宛がわれることが決定。必要な書類も即日に提出したということでめでたく絵本部は発足することとなった。予算はすでに編成されているために部費が今年度はゼロ円ということになるけど、お金がとくに必要な活動をするわけでもない。私費でまかなって来年度の予算に期待するしかないだろう。
それにしても、どうしてこうなったんだろう? 何やら、僕らしくない大きな変化の流れに巻き込まれてしまっている。美術部をやめて、新たな部活を作って活動するだなんていうのは今までの僕を考えるとかなり考えられないことだ。でも、自分がやりたいことができるチャンスがめぐってくるのは決して悪くない。久しぶりに、楽しんで絵がかけそうだ。絵本。僕の最近の、ちいさな夢。夢に溢れた、お菓子のように甘い話。それの絵を描けるというのは僕にとってかなり嬉しいことなのである。彼女がどんなお話を用意してくるのか、かなり楽しみだ。
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