過去ログ - 今日この板を見つけた俺がおまえらの書き込みから適当に物語を進める
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26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[saga]
2011/07/31(日) 20:14:39.17 ID:7NkKhr4d0
「彼女と籍を入れるのは、彼女が仕事をきちんと引退してからだ」父親らしい言葉であり、同居するのもそれと同時に行うと続いて言われた。
彼女は恭しく頭を下げて、落ち着いた僕へと挨拶をした。僕も、どもりながらもなんとか挨拶を返した。

僕は父親に彼女とどうやって知り合ったのかと聞いたのだが、父親は答えてくれなかった。
「照れているのね。かわいいでしょう、この人」そうやって、口に手を添えて笑う彼女が自分の母親になるということは、どうしても信じられなかった。

夕方頃にそうやって紹介されたのは、彼女が手料理を僕に振舞うためだった。
「期待してて良いわよ」と出された料理はとびきり美味であり、いつもインスタント食品やジャンクフードばかり食べている舌を唸らせた。

「こんなに美味しい料理が、毎日食べられるんですか」

「そうよ」と胸と張ってから、「どうですか? 美味しいですか?」父親へと聞く彼女は、まさに恋する乙女と表現できる。

「美味しいよ」その父親の一言で、彼女は満面の笑みを浮かべるのだ。
正直な話、とても羨ましく、父親を妬む気持ちがなかったといえば嘘になる。

日が落ちて、彼女が帰宅するとき僕に向かって「明日、私の最後の仕事の日だから、見てね」と告げた。

「毎日見てますよ」

「本当?」

「本当ですよ」

「上手なんだから」にへらと笑う彼女を見て、父親に「送らないでいいの?」と聞くと、彼女が私が断ったのだと言った。
「明日の朝までは、私は、まだ独身です」表情を引き締める彼女を見ると自然と顔がほころんだ。
短い間の会話だけであったけれど、母親の機嫌はころころ変わるもので、まさに『お天気お姉さん』だった。

そして、翌日、いつものように生放送中、笑顔を浮かべて天気を伝えていた彼女が暴漢によって刺された。
テレビ局の前に立ち、今日の天気のうつろいと仕事へと向かう人間へとエールを送った直後のことだった。

テレビ画面を見ていた僕は、次第に大きくなる人の声を不審に思っていると、画面端から黒い塊が現れ、彼女へと突っ込んだ。
彼女の着ている服がじんわりと赤く染まっていき、腹部へと突き立てられた柄がはっきりと中継されていた。

何がなんだかわからなくなっている僕の隣で、テレビ画面を見ていた父親が絶叫を上げた。
開けるのも忘れて近くの窓へと突っ込み、庭へと飛び出した。甲高い音が鳴り響いたが、父親はそのまま道路を走り続ける。
咄嗟のことに僕は動けなかったが、テレビ画面が「しばらくお待ちください」と切り替わったことを確認してすぐに、僕も飛び出した。

何度も曲がり角や交差点があったのだが、地面の血痕を辿っていくと、父親へとすぐ追いつくことができた。
体中をガラスで傷つけて、全身血まみれのまま声を上げて走り続ける父親は周囲の目を惹いていたが、そんなことを気にする余裕は一切無かった。
このままでは父親が危ないと思った僕は、父親となんとか止めようとするが、半狂乱になった父親に殴り倒されてしまう。

救急車か警察を呼ぼうにも携帯電話は家の中だったので、僕は父親の後をついていく。
そして、生放送が中継していた現場へと到着した。さほど遠い場所ではなく、五分ほどで到着したはずだ。

人、人、人。
事故現場を中心として何重もの人の輪が出来ており、皆、何かをささやきあっている。携帯電話で撮影しているものも居た。
救急車のランプが音を立てて点灯し、警察官による厳戒態勢が敷かれていた。

父親は人の波を押しのけ、自身を阻む警察官をも押しのけ(この辺りからは僕も手伝った)、黄色いテープで遮られた向こう側に婚約者を発見した。
僕が「発見した瞬間」を認識できているのは、父親が彼女の名前を呼んだからである。
僕をも阻む警察官に事情を説明したが、『国民的お天気お姉さん結婚相手の息子』なんてことは信じられるわけがなく、すぐに僕は取り押さえられた。

それから先のことは、よく覚えていない。

家へと葬儀の知らせが来て(父親が相手方の両親への挨拶に行っていたのだろう)、
僕は父親と自分の分の喪服を用意して会場へと連れて行った。葬儀に出席した父親の横顔が、自分の知る父親とは思えなかった。


そんな悲劇とは、自分は無縁の存在だと思っていた。


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