過去ログ - 禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」
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591: ◆ES7MYZVXRs[saga]
2013/03/01(金) 01:29:15.91 ID:L8R+kmkEo


一方通行の拳が頬を打ちぬいたのは、それからすぐの事だった。


両足が地面から離れ、体全体を浮遊感が包み込む。
不思議と痛みはそこまで感じない。殴られすぎて感覚が麻痺している可能性もある。
まるでテレビの中の映像を見ているかのように、殴り飛ばされているのが自分だという感覚を上手く受け止められないまま、場面は展開されていく。

ザッバァァ!!! と激しい水しぶきをあげて、垣根はそのまま川に落ちた。
全身を刺すような冷たさが襲い、視界には無数の泡しかない。
かなりの速さで流されているのは分かる。途中で岩などにぶつからないのはただ幸運なのだろう。
足はつかない。それなりの深さはあるようだ。

普通だったら、この流れの速さの川に落ちた場合、命の心配もするべきだろう。
だが、垣根は特にもがくこともなく、ただ流されるままになっていた。頭の中ではどうやって助かろうか、といった考えも浮かんでこない。
決してそのまま死にたいというわけではないのだが、このままでは命に関わるという事にもあまり実感が湧かない。

目を閉じる。
すると瞼の裏には、今のこの状況とは対照的な、暖かく穏やかな光景が浮かび上がっていた。


桜の舞う四月のある晴れた日。まだ子供である自分は複数の白衣を着た研究者達を引き連れて歩いていた。
世間一般的には新学期シーズンだ。
ふと視界に入ってくる学校では初々しくガチガチに緊張した新入生や、春休みが終わったことを嘆きつつ、友人と話しながら登校している在校生などが確認できる。

垣根はそんな光景を眺めて足を止める。周りの研究者達は何事かと怪訝そうな顔をしたり、垣根が何かをやらかさないかと冷々している者も居る。
何かするつもりはない。ただ、少し興味があっただけだ。
子供の頃から研究機関に居た垣根にはまともな学校生活の記憶はない。授業風景と言われれば、だだっ広い教室で自分だけが机に座っている光景が浮かび上がる。
授業中に誰かにイタズラをして先生に叱られたり、放課後にみんなで遊びに行ったり、修学旅行で順番に好きな女の子を白状していったり。

そんな、当たり前な経験が垣根にはなかった。
そしてそれは、何も知らない子供にとってはとても輝いて見えた。

その度に、垣根は無理矢理に自分を納得させた。
自分は他の大勢の者達にはない、特別な力がある。それはきっと、とても素晴らしいことなのだ。
隣の芝生は青く見えるものだ。今のこのどこかのお偉いさんのような手厚い待遇などだって、普通の者達から見れば羨ましがられるものだろう。

だから、何も気にする必要はない。人には人の住むべき世界がある。
垣根は小さく目を閉じ、歩き始める。周りの研究者達もそれに続く。
桜の舞う、名前も知らない学校を背に、力を持った少年は歩き続ける。


垣根は目を開ける。
どうやらもう、自分は流されていないらしい。それでも、今もなお体は水中にある。もしかしたら話にあった湖まで流されたのかもしれない。
頭上に広がる、キラキラと太陽の光を反射する水面がかなり遠くなっている。服も大分水を吸って重くなっているので、どんどん深くまで沈んでいく。
やけに重く感じる腕を上げる。水面に映る光を掴むように、掌を大きく広げる。

(……そうだったな)

遠くの水面に反射する光に、垣根は目を細める。
ずっと前から、本当は分かっていた。分かっていて、必死に気付かないふりをしていた。
ただ怖かったから。否定されたくなかったから。
だから、最初から動かずに傷つかない道を選んだ。小さな子供が嫌なことから目を背けるのは仕方のないことだろう。

そして、そのまま今この瞬間まで生きてきた。
何も変わっていない。体だけが大きくなっただけで、根本的な部分は子供の頃からずっと同じだ。
ずっと、同じ場所に立っているだけだ。


(俺は――――)


垣根の体は沈んでいく。
水面に映る光が遠い。まるで空に光る星のように、そこにあるのに決して手は届かない。
背後に顔を向けてみると、真っ黒な闇だけが広がっている。やはり行き着く先はそこか、と垣根は目を閉じ、自嘲気味に唇を歪めた。

今までの彼であれば、このまま底まで沈んでいったのだろう。
しかし、今はもう違った。

数秒後、垣根は目を開ける。その目には確かな光が宿っている。



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