過去ログ - 夜叉「もうすぐ死ぬ人」
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36:JK[saga]
2012/01/12(木) 20:40:14.24 ID:DE4CuiAp0
それ故に死を目前にして泉が思うのは己の事ではなく、周囲の知人の事だった。
自分が果ててしまうのは仕方が無いとしても、遺される家族や知人はどのように変化してしまうのか。
それのみが泉の不安だった。
家族は、己の死を悼むのだろうか。
弱い妹は、自分の死から立ち直れるだろうか。
悩みを抱えていた友人は、一人で悩みを解決出来るだろうか。
勿体無いほどの恋人は、泉を忘れ、彼自身の幸せを考えて生きていけるだろうか。
分からない。死に逝く者には、どうしようとそればかりは分かりようがない。
死んだ者は、遺された者には何もしてやる事が出来ない。
故にそれのみが、泉の不安なのだった。
無論、生命体の死を悼んでいるかもしれない月夜叉を遺す事も含めて、だ。

気が付けば、泉の唇は不思議なほど楽に開いていた。
感覚も殆ど感じないが、震える声で月夜叉に訊ねていた。
死の瞬間がもう間近にまで、迫っているのかもしれない。

「ねえ、お月……。
私が死んだら、皆はどう思うかな? 哀しむのかな?
空は一人でも大丈夫かな……?」

空というのは妹だ。
弱かった妹。弱いながらも、泉を支えてくれた妹だ。
無表情なまま、月夜叉がかぶりを振る。

『泉。幾年か前にも言ったと思うが、お月という呼称は』

「駄目……。アンタはお月……。
いい名前でしょ……?」

痙攣する唇で微笑して泉が呟くと、月夜叉は肩を竦めた。
新月のためなのか、今宵の月夜叉は妙に感傷的に見える。
月光の下ではない月夜叉を、初めて見たせいでもあるかもしれない。

『よしとしよう。ところで、どうしたのだ、泉。
泉が死ぬと家族がどうなるのか気になっているのか』

「まあ……、そうかな……」

すると月夜叉は天女の羽衣のような着物を翻し、泉の身体を軽く支えた。
ひどく呆気なく月夜叉が答える。

『何も……変わらない。変わらないよ、泉』

「変わらない……か」

『人が死のうと、生命体が消えようと、常世は何も変化せぬ。
変化せぬぞ、泉。私は久遠にも似た時間を過ごし続けて知っている。
人が死に、人が哀しんだとしても、人はほぼ何も変わらない。
いずれ人は親しき人の死を忘れ、生きていく』

「少し……、寂しいな」

寂しいと言いながらも、
泉は悲嘆に暮れているわけではなかった。
月夜叉も、長き時間に在ったが故に、泉の考えは分かっていたようだ。


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