17:にゃんこ[saga]
2012/01/19(木) 19:10:01.42 ID:nNWGVWep0
「人が……、車も……」
梓が怯えた表情を浮かべたまま、その場に座り込んで呟いた。
唯がその座り込む梓の肩を、心配そうに強く抱き締める。
唯自身も不安に満ち溢れた顔をしながら、
それでも怯える梓を身体中で包み込んでいた。
だけど、梓の震えは止まらなかった。
よっぽど衝撃的な物を見たんだろう。
そうだ、と思った。
梓は多分、一部始終を見れてたんだ。
駆け寄って、何が起こったのか梓に問い質したい気分だった。
梓なら風が吹いた瞬間に何が起こったかを知ってるはずだ。
でも、問い質す必要なんて無かった。
私達より数秒目を開いていた梓が知っている事なんて、たかが知れてる。
問い質したって、単に怯える梓をもっと追いつめちゃうだけだ。
それに私だって、世界に何が起こったのかは本当は分かってる。
いや、ひょっとして私達に何かが起こったのか?
どっちにしても、とにかく異変の正体だけは一目瞭然だった。
その異変を信じられない。
信じたくないだけだ。
私は自分の手のひらが震えるのを感じながら、
どうにか意地だけでその手のひらを握り締めて、もう一度辺りを見渡した。
分かってはいた事だったけれど、当然何も無かった。
普段と変わらない町並み以外、消えてしまっていた。
一陣の風が吹いた瞬間、何もかもが私達の周囲から消失してしまっていたんだ。
十人くらい居たはずの通りすがりの人も。
騒音を上げて走っていたはずの車も。
さっき電信柱の裏で見掛けたはずの猫も。
空を飛んでいたはずの鳩も。
生きている物は何もかも。
そこに居た私達と、
耳に痛いくらいの無音の世界だけを残して。
梓が震えながら呆然とした表情を浮かべる。
唯が必死に不安と戦いながらその梓を抱き締める。
憂ちゃんが唯と梓の表情を交互に見ながら泣きそうな顔になる。
純ちゃんが憂ちゃんに駆け寄り、自分も震えながら憂ちゃんの肩を抱く。
何が起こったのか把握しようとしているのか、携帯電話を取り出して和が何かを確認している。
ムギが胸元で自分の手を握り締めながら、皆の様子を不安そうに見渡す。
澪が何も言わずに真っ青な顔で私の背中に抱き着く。
私は背中に抱き着く澪に、手を伸ばす事も何か声を掛ける事も出来ず、
身体の芯から湧き上がる震えを感じながら、呆然とその場に立ち竦む事しか出来なかった。
無音と一緒にこの世界に取り残された私達は、
湧き上がる不安を感じながらも突然の異変を受け容れるしかない。
この後、更に何が起こるのかも分からないままに。
これがあの夏休みの日……、
つまり三日前、世界……或いは私達に起こった異変の始まりだった。
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