330:にゃんこ[saga]
2012/04/15(日) 18:44:59.51 ID:3MlZ2LuN0
私はまず澪に視線を向ける。
澪はその場に崩れ落ちるムギの肩に手を置きながら、私を見つめてた。
声こそ強がってはいたけど、澪のその表情は泣き出す寸前みたいに見えた。
澪とは長い付き合いなんだ。
澪が泣き出す寸前の表情くらいよく知ってる。
私がそれを知ってるって事は、澪も私が泣き出す寸前の表情を知ってるって事でもある。
二人して泣き出しそうになりながら、でも、何とか泣き出さずに立ってやる。
失くしたくないから……。
これ以上、失くしたくないからだ。
これ以上、失くさないためには……。
次に崩れ落ちてるムギに視線を向けてみる。
ムギの表情を見たかったからだけど、それは出来なかった。
ムギが両手で顔を押さえ、ずっと震え続けてたからだ。
怖いんだろう、と思う。
世界がこんな事になっちゃって、一番怯えてるのは多分ムギだ。
私が肘をちょっとだけ怪我した時の事を思い出す。
あの時、ムギは大袈裟なくらい私の怪我を心配してた。
それは嬉しいんだけど、やっぱりその理由はムギが誰より不安だったからだと思う。
私の中の誰かを失う事を……。
私だって失いたくなかった。
誰一人、失いたくなかった。
でも、ムギはきっと私なんかよりずっと誰かを失う事が怖かったんだ。
だから、大声で泣き出しちゃってるんだ。
三年の学祭ライブの後、もう学校でライブが出来ない事を誰よりも悲しんでたみたいに。
失う事の辛さを知ってるから……。
その隣では唯が忙しなく周囲を見回していた。
唯の判断力では、今何が起こったのかを理解し切れてないんだろう。
口元に手を当てて、全身を震わせてるようにも見える。
特に唯は自分の保護者みたいな和と憂ちゃんを同時に失ってしまったんだ。
世界から私達以外の生き物が消えた時はともかくとして、
和、憂ちゃん、純ちゃんの姿が消えて一番動揺してるのは唯に違いない。
多分、一番大切な人達を同時に失っちゃったんだから……。
勿論、私だって唯の事は言えた義理じゃない。
私だって震えてる。
泣き出しそうになりながら、怯えながら、どうにか立ってるだけだ。
立っていられるのは、私の二の腕にあいつの手の感触を感じられてるからだ。
小さくて真面目で気難しい、軽音部の現部長……、梓の手の感触を。
軽く梓の表情を覗き込んでみる。
意外だった。
梓は震えてなくて、泣き出してもいなかった。
私も含めて残された五人の中で、一番毅然とした表情をしてると思う。
凄いな、と思った。
梓と離れてた四ヶ月、梓に何があったのかは分からない。
世界がこんな事になって、予想外に梓の近くに居られる事になったけど、
梓がこんなに強い表情が出来る理由までは分からなかった。
そもそも梓って自分の事を進んで話すタイプじゃないしな。
部長としての責任が梓を成長させたんだろうか。
だったら、やっぱり凄い。
私は三年間部長をやって来たけど、
それで自分が成長出来たのかと聞かれると、何とも答えにくい。
少しは成長出来たはずだと思う。
でも、梓くらい成長出来たとは思えない。
成長……しなきゃいけないんだよな、私も。
現部長が毅然としてるんだ。元部長だってやれる限りの事はやってやらなきゃいけない。
もうこれ以上、誰かを失うわけにはいかないんだ。
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